市川由依の大胆濡れ場で話題沸騰中『海を感じる時』 行きずりの男とのSMプレイも……

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(c)2014「海を感じる時」製作委員会
 今週取り上げる最新映画は、スペースアドベンチャーにスーパーヒーローものの要素をミックスしたハリウッド製アクション大作と、30数年前に現役女子高生が多感な少女期の性を描いて「文学上の事件」と評された純文学の映像化作品。まるでタイプの異なる2本だが、どちらも70年代から80年代の雰囲気を伝えているというささやかな共通点もある(ともに公開中)。  『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2D・3D上映)は、見た目も性格もてんでバラバラな地球人とエイリアン4人の脱獄仲間が、銀河滅亡の危機に立ち向かう姿を描くマーベルコミックの映画化作品。9歳の時に庭先で宇宙船に拉致されたピーターは20年後、秘宝を求めて惑星間を渡り歩くトレジャーハンターになっていた。ある惑星で謎の球体「オーブ」を盗み出したピーターだったが、その球体は銀河を滅亡させる力を宿したパワーストーンであることが判明。さらに、宇宙の凶悪犯たちを収容する刑務所に投獄されてしまったピーターは、そこで一緒になったロケット、グルート、ガモーラ、ドラックスと協力して脱獄する。オーブを手に入れて宇宙を支配しようとする「闇の存在」がピーターらに迫った時、5人は“銀河の守護者たち”として命がけで戦う覚悟を決める。  同じくマーベルの『アベンジャーズ』をはじめ、特殊能力を持つ個性豊かなキャラたちがチームを組んで悪と戦うストーリーは数あれど、メンバーに毒舌のアライグマ=ロケットと、“歩く木”=グルートを含む、まるで統一感のない顔ぶれがまずユニーク。『アバター』で青い異星人を演じたゾーイ・サルダナは今回、緑の肌の暗殺者ガモーラをクールに演じた。クリス・プラット演じる主人公が、80年代に誘拐された際に携帯していたウォークマンで当時のミックステープを大人になっても愛聴しているという設定があり、70~80年代のヒット曲の数々がBGMとしても流れてレトロなムードを演出。最新の映像技術が使われているのに、どこか往年のSF冒険映画のような懐かしさを感じさせてくれる。監督のジェームズ・ガンは、宇宙生命体に人間が浸食されるSFホラー『スリザー』、なりきりヒーローの奮闘と悲哀を描くブラックコメディ『スーパー!』など、ジャンル映画を踏まえつつも個性的なひねりを加えるのがうまい映像作家。本作もまた、スペクタクルなスペースアドベンチャーに新鮮なサプライズと笑いと感動を盛り込んだ、幅広い世代が楽しめる1本となっている。  『海を感じる時』(R15+/配給・宣伝:ファントム・フィルム)は、1978年に現役女子高生が性を描いて話題を呼んだ中沢けいの文壇デビュー作を、安藤尋監督、市川由依主演で映画化した作品。高校1年生の恵美子(市川)は、授業をさぼって新聞部の部室にいると、3年生の先輩・洋(池松壮亮)から突然キスを迫られ、受け入れてしまう。恵美子は「前から好きだった」と告白するが、洋は「女の人の体に興味があっただけ。君じゃなくてもよかった」とつれない。それでも洋を追い求めて体を差し出し、何度も関係を重ねる恵美子。やがて洋は進学のため上京し、恵美子も後を追って東京の花屋に就職する。  市川由衣が28歳にして初のヌードに挑戦したことが大きな話題の本作。骨格が浮き出るような細身の肉体をさらし、池松壮亮との濃密なベッドシーンや、行きずりの男とのSMプレイなどを大胆に演じ切った。出演作がめじろ押しの新進俳優・池松も、一昔前の文学青年を思わせる複雑で繊細な役どころを好演。世間から理解されない特別な愛のかたちを通じて、少女が女へ、少年が男へと成長する過程と結末を、観客の多くは祈り見守るような気持ちで追うことになりそうだ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』作品情報 <http://eiga.com/movie/77789/> 『海を感じる時』作品情報 <http://eiga.com/movie/80183/>

「傘かしげ」も「こぶし腰浮かせ」も存在しなかった!? 古き良き日本の心“江戸しぐさ”を論破する!

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『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)
 ネット上では、「江戸しぐさ」の評判はすこぶる悪い。  かつて公共広告機構のCMや東京メトロの広告などにも取り上げられ、オリエンタルランドやNEXCO東日本などの企業研修にも導入されてきた。さらには、公民の教科書や道徳教材として学校教育にも取り入れられているなど、公のお墨付きも獲得しているにもかかわらず、江戸しぐさは「捏造」であるという主張がまことしやかにささやかれているのだ。  この「江戸しぐさ捏造説」を裏付ける新書が、原田実氏による『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)だ。  往来を行き交う人びとの暗黙の心遣いとして、お互いが傘を傾け通行しやすくする「傘かしげ」、相手の時間を奪うことを戒める「時泥棒」、ひとりでも多くが座席に座れるように、席を詰める「こぶし腰浮かせ」など、江戸しぐさは、江戸を生きる町人たちが相手を思いやるためのマナーであり、現代の日本人が忘れてしまった美しい習慣だと思われてきた。  しかし、原田は、傘が江戸時代のぜいたく品であり、編笠や箕が雨具として用いられていたこと、江戸時代に精巧な時計などなく、外国人の残した証言からも日本人は時間にルーズだったこと、「こぶし腰浮かせ」を必要とするような長い座席の乗り物自体が存在しないこと……など、江戸しぐさが存在しなかった証拠を次々と語っていく。  原田に従って江戸しぐさを見ていくと、怪しい点が次々と浮かんでくる。  江戸時代に広く共有されていたにもかかわらず、なぜ、江戸しぐさは近年になって「発見」されたのか? 「NPO法人江戸しぐさ」の理事長であり、江戸しぐさ普及の第一人者である越川禮子氏は、幕末~明治期にかけて、薩長によって「江戸っ子狩り」が行われていたことを理由としている。当時、江戸っ子に対してベトナムのソンミ村のような殺戮が行われていたという越川の話だが、もちろんそんな話は歴史には刻まれていない。さらに、江戸しぐさは口伝で書物を残すことを禁じられており、わずかな書物も薩長勢力に渡ることを恐れて焼き討ちにされてしまったと、どうもに怪しさが際立っている……。  では、なぜ江戸しぐさという偽りの伝統が生まれたのだろうか? 原田は、江戸しぐさの提唱者であり「創始者」である芝三光を調べ上げる。  だが、複数の「江戸しぐさ」を扱う団体を調べると、芝の来歴は謎に包まれている。生年も、1922年生まれや1928年生まれなど複数あり、GHQに江戸しぐさの保護を請願したという話や、逆にGHQから江戸の素晴らしさを教えられたという説などが混在している。また、江戸しぐさの普及に乗り出す前は、経営コンサルタントとして活躍していた芝。彼の語る「江戸しぐさ」の哲学は、元マクドナルドの藤田田をはじめとする経営者により、70年代に出版されたビジネス書の哲学と奇妙に符合していく。  芝の生涯を追い、原田はこう結論付ける。 「芝は戦前の軍国主義的風潮、ひいてはそれを準備した明治政府の政策を嫌っていた。その心情が彼を『江戸』への回帰に導いたわけである(たとえその空想上の『江戸』が、現実の江戸と比べてどんなに珍妙なものだったにしろ)」  いわば、現代に絶望した芝が、ユートピア「江戸」を妄想しながら生み出したファンタジーこそが「江戸しぐさ」であり、それゆえに不自然に現代的な「江戸しぐさ」が数多く存在しているのだ。その後、江戸しぐさは、芝の弟子である越川や日本経済新聞社社友の故・桐山勝氏などの運動によって拡大。かつて200といわれていたその数はいつの間にか800に膨らみ、独り歩きを続ける。そして、「古き良き日本」の代名詞として、教育現場にまで取り入れられるようになっていったのだ。  原田は、皮肉としてこう語っている。 「『江戸しぐさ』で重要視される概念に『真贋分別の目』というものがある。『江戸しぐさ事典』によるとそれは、『周囲の意見に惑わされることなく、自分で相手が信用できるかを判断できる目』なのだろう」  江戸しぐさは、伝統的な江戸の心なのか、それとも現代人が勝手に捏造したフィクションなのか――。本書を読むと、どうやら前者である可能性は限りなく薄いようだ……。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

特撮ヒーロー“中の人”の悲哀と不屈の精神 唐沢寿明主演『イン・ザ・ヒーロー』

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『イン・ザ・ヒーロー』(C)2014 Team REAL HERO
 今週取り上げる最新映画は、「アクション映画は若者だけのものじゃない!」とばかりに、タフな中年の主人公が派手な立ち回りと真の男気を見せてくれる2本。年相応に漂う哀愁もまた、作品の滋味として楽しみたい。  『イン・ザ・ヒーロー』(9月6日公開)は、唐沢寿明が『20世紀少年』シリーズ以来5年ぶりに映画主演を務めたオリジナル作品。戦隊ヒーローなどの特殊スーツを着込んで演じるスーツアクターの渉(唐沢)は、25年のキャリアの中で一度も顔出しでの出演がかなわず、愛想を尽かした妻子には逃げられてしまう。後輩スーツアクターらの指導も行う渉は、成り行きで新人俳優・リョウ(福士蒼汰)のアクションを鍛えることに。渉の指導によりリョウはハリウッド製アクション大作のオーディションに合格するが、その映画の撮影で命を落としかねない危険なスタントを要求されたスター俳優が降板したことで、渉に急きょ役が回ってくる。  メガホンをとったのは、12月に『百円の恋』の公開も控える新鋭の武正晴監督。戦隊ヒーローものとチャンバラ活劇それぞれの魅力を、舞台裏のスタッフらの仕事ぶりもまじえ、ある意味メイキング映像に近い視点も合わせて見せてくれる。下積み時代に実際スーツアクターの経験があるという唐沢寿明は、『レスラー』でミッキー・ロークが演じた落ち目の中年プロレスラーのように、盛期を過ぎた悲哀と不屈の精神を説得力十分に演じきった。終盤のハイライトとなる超危険なスタントのシーンは、『蒲田行進曲』で平田満が体を張った「階段落ち」と並ぶほどの緊張感に満ちた名場面。一方で、夢を見続けることの残酷さにも言及しており、ほろ苦さも漂う、複雑な味わいのアクション娯楽作だ。  『フライト・ゲーム』(9月6日公開)は、『アンノウン』のリーアム・ニーソンとジャウム・コレット=セラ監督が再びタッグを組んだサスペンスアクション。航空保安官のビル(ニーソン)は、いつものように警備のため国際線の旅客機に搭乗。だが離陸直後、ビルの携帯電話に「1億5000万ドル送金しなければ、20分ごとに搭乗者を殺す」との匿名の脅迫メールが届く。予告通りの時間に1人目の犠牲者を出してしまい、ビルは乗客を拘束して荷物や携帯電話を調べるが、手がかりを見つけられない。犠牲者が続く中、地上での捜査で犯人が指定した銀行口座がビルの名義だと判明。ビル自身が犯人ではないかと上司や乗員乗客から疑われ、孤立無援になってしまう。  旅客機という閉ざされた空間で起きる、姿の見えない犯人によるハイジャック事件という着想がいい。1人また1人と乗客や乗員が殺されていく恐怖に、状況がめまぐるしく変化することで高まるサスペンス。殺しの手口も実行犯も分からないケースもあれば、予想外の人物が手を下すケースもあり、緻密に構成された脚本とスピーディーな演出で観客を飽きさせない。さらに終盤には、機内に掛けられた爆弾が爆発するかしないか、旅客機が墜落するのかどうかというスリルが加わり、迫力満点のVFXも相まって一層盛り上がる。リーアム・ニーソンは『96時間』の大ヒット以来、同作の続編、『アンノウン』といった具合に、強大な犯罪組織や陰謀に単身立ち向かうスーパー中年オヤジがハマり役になっているため、既視感がないわけではないが、工夫すればこの路線でまだまだいけることを証明した快作ともいえるだろう。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『イン・ザ・ヒーロー』作品情報 <http://eiga.com/movie/79845/> 『フライト・ゲーム』作品情報 <http://eiga.com/movie/79743/>

続編あり!? リュック・ベッソン×スカーレット・ヨハンソン『LUCY ルーシー』

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『LUCY ルーシー』(c)2014 Universal Pictures
 今週取り上げる最新映画は、リュック・ベッソンと園子温という、世界中の映画ファンを魅了してやまない人気監督が手がけた、タフなヒロインが躍動する新感覚エンターテインメント2本。常に時代を見据え、さらにその先を切り開く天才2人のストーリーテリングと映像センスを存分に楽しめる作品だ。  『LUCY ルーシー』(公開中/PG12)は、ベッソン監督、スカーレット・ヨハンソン主演のサイキックアクション。旅先の台湾で、運悪くマフィアの闇取引に巻き込まれてしまった普通の女性ルーシー(ヨハンソン)は、高い覚醒効果をもたらす非合法の薬物を腹部に埋め込まれ、運び屋として国外へ送り出されそうになる。だが、見張り役から暴行を受けたことで、薬物が体内に漏れ出すアクシデントが発生。普通の人間なら10%しか機能していないとされる脳の機能が徐々に覚醒し、それに伴い超人的な力を高めていくルーシーは、マフィアの計画を阻止するために行動を起こす。  『ニキータ』『ジャンヌ・ダルク』といった作品群で戦うヒロインを描き続けてきたベッソン監督と、アメコミヒーロー物『アベンジャーズ』シリーズのブラック・ウィドウ役で切れのいいアクションを披露しているヨハンソンによる、初のタッグが見事にハマッた。脳が覚醒するにつれて知覚や身体能力が並外れて高まり、驚異的なパワーでマフィアの男たちをなぎ倒していくさまは壮観。ベッソン監督得意のカーチェイスも、目一杯の工夫で楽しませてくれる。解釈の余地を残したエンディングも含め、興行成績次第では続編もあるのでは? と期待させる見どころたっぷりの快作だ。  『TOKYO TRIBE』(8月30日公開/R15+)は、漫画家・井上三太の代表作『TOKYO TRIBE2』(祥伝社コミックス)を、園監督が実写映画化。近未来のトーキョーで、さまざまなトライブ(族)に属する若者たちが、暴力で街を支配しながらお互いの縄張りを守っていた。そんな中、ブクロWU-RONZの勢力拡大を進めるメラと、ムサシノSARUの熱血漢・海(カイ)の2人を中心に、すべてのトライブを巻き込む一大抗争が勃発。高い戦闘能力を持つ謎の女・スンミも加わり、トーキョーを制する壮絶なバトルが繰り広げられる。  トライブに属する若者たちの抗争をラップ・ミュージカルで描くという着想がまずユニークで、作品の世界観をうまく表現している。海役で映画初出演を果たした新進ラッパーのYOUNG DAISは、確かな存在感と印象的な声で、佐藤隆太、染谷将太、窪塚洋介ら豪華な共演陣にも引けを取らない。スンミ役の清野菜名は、清純なルックスと裏腹に、パンチラしまくりの過激なアクション、ヌードもありの大盤振る舞い。日本では数少ない本格アクション女優として、今後の大成が期待される。コミック原作をミュージカル仕立てで、という点では三池崇史監督の『愛と誠』と共通するが、懐古風味だった同作に比べ、未開のフィールドを切り開いて新しい世界を感じさせてくれるという点では『TOKYO TRIBE』が上。常に挑戦を続ける園監督と、同時代を生きる喜びをかみしめたい。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『LUCY ルーシー』作品情報 <http://eiga.com/movie/80434/> 『TOKYO TRIBE』作品情報 <http://eiga.com/movie/78511/>

女性を誘拐し、結婚する――キルギスの衝撃的な慣習を追った写真集『キルギスの誘拐結婚』

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(日経ナショナル ジオグラフィック社)
 「誘拐結婚」という言葉を聞いたことがあるだろうか? キルギス語で「アラ・カチュー」=「奪って去る」を意味し、仲間を連れた若い男が、嫌がる女性を自宅に連れていき、一族総出で説得し、無理やり結婚させる、という中央アジアのキルギスで古くから続く、“慣習” だ。違法とされているにもかかわらず、現状、警察や裁判官も単なる「親族間のもめごと」と見なされ、犯罪として扱われることはほとんどない―――。  『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナル ジオグラフィック社)は、その実態を探るべく、世界を舞台に活躍する気鋭のフォトジャーナリストの林典子さんが、2012年7月から約5カ月間、現地に滞在し、女性ならではの目線で切り取った写真集である。滞在中、林さんは、実際に誘拐結婚の現場に数回遭遇。女性が誘拐され、泣き叫んで抵抗するも、数時間後には結婚を受け入れてしまうまでの一部始終を、写真で生々しく記録している。どの写真も絶句するほど衝撃的な写真ばかりだが、とりわけ驚かされたのは、当時大学生だったディナラ(22歳)という女性を追った一連の写真だ。  彼女は、高校教師であるアフマット(23歳)に市場でひと目惚れされ、2回目に会った時にプロポーズを受ける。だが、当時2年ほど付き合っていた彼氏がいた上、1年後にトルコへ行って就職するつもりだったので、「お互いを知るまで1年待ってから考えたい」とやんわり断った。ところが、ある日、誘拐されたのだ。 「お願いだから車を止めて! ドライブに誘い出しておいて、私を誘拐するなんて。ウソをついたのね、最低な男!」  この現場に林さんも居合わせ、彼女はシャッターをひたすら切り続ける。相手の家に連れて行かれ、花嫁の象徴である白いスカーフを無理やりかぶせ、結婚するよう説得する高齢の女性たち、スカーフを外そうと泣き叫ぶディナラ、ディナラとアフマットの結婚を祝おうと馬に乗って駆けつけるアフマットの友人たち……。 「やめてください。あの人のことなんか、愛していないんだから!」 「アフマット、私が結論を出す前に、結婚式の準備を始めてるの? そんなことは時間の無駄よ。恥ずかしいと思わないの?」  けれど、5時間後、彼女は結婚を受け入れていた。その理由はこうだ。 「アフマットのことはよく知らなかった。でも、誘拐結婚はキルギスの伝統だから、受け入れたの」  日本の半分ほどの国土に、約540万人が暮らす中央アジア・キルギスの最大民族は、キルギス人。彼らの多くは、スンナ派のイスラム教を信仰している。この国では、一旦、男性の家に入ってしまうと、たとえ拒否し続けて実家に帰ったとしても、「純血を失った」と見なされ、家族に恥をかかせてしまうこともあるという。  正直なところ、「恥」という理由で、結婚を拒否できないという事実をまったく理解できない。訳がわからない分、一体、彼女たちが何を考えているのだろうと、写真に映る彼女たちを何度も凝視してしまう。すべてのページに目を通した時、衝撃とともにやっぱりよくわからない、という思いが残る。けれど、再びページをめくった時は少し印象が変わる。この写真集から伝わってくるのは、「誘拐結婚」ってダメだよねということよりも、むしろキルギスの女性たちが力強く、生きる姿だ。  林さんは、最初の取材から1年4カ月後、ディナラから出産すると聞いて再訪する。そこには、嘆くばかりではなく、子どもを宿し、ロシア語教師という新たな仕事を見つけ、幸せになるんだと意気込みさえ感じさせる、ディナラの姿があった。  この写真集にはディナラ以外にも、婚約者がいるのに誘拐され、結婚を迫られた大学生のファリーダ、強引に結婚式が行われた末にレイプされ、19歳の若さで自殺してしまったウルス、誘拐結婚を利用して、わざと恋人に誘拐されることで結ばれたアイペリ、誘拐結婚の末に今は幸せに暮らしているグルスン(59歳)など、13名の女性が登場し、「誘拐結婚」を通した、キルギス人の女性たちの生き方を伝えている。  これらの写真で、林さんは日本人初となる、2013年フランス世界報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」特集部門最高賞「ビザ・ドール(金賞)」、さらには、14年全米報道写真家協会(NPPA)「フォトジャーナリズム大賞」現代社会問題組写真部門1位を受賞している。世界中の人々の心を揺さぶった写真の数々を、とくとご覧あれ。 (文=上浦未来) ●はやし・のりこ 1983年生まれ。大学在学中に、西アフリカ・ガンビアの地元新聞社、ザ・ポイント紙で写真を撮り始める。「ニュースにならない人々の物語」を国内外で取材。ナショナル ジオグラフィック日本版で、12年9月号「失われたロマの町」、13年7月号「キルギス 誘拐婚の現実」を発表。その他、米ワシントン・ポスト紙、独デア・シュピーゲル誌、仏ル・モンド紙、デイズ・ジャパン誌、米ニューズウィーク誌、マリ・クレール誌(英国版、ロシア版)など、数々のメディアで作品を発表。著書に、『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳 ――いま、この世界の片隅で』(岩波書店)。受賞歴/11年第7回名取洋之助写真賞、12年第8回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞1位、13年米アレクシア写真財団写真賞ファイナリスト、フランス世界報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」特集部門最高賞「ビザ・ドール(金賞)」、14年全米報道写真家協会(NPPA)「フォトジャーナリズム大賞」現代社会問題組写真部門1位。

あの「四谷怪談」が現代ホラーに! 市川海老蔵×柴咲コウ×三池崇史『喰女 クイメ』

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(C)2014『喰女-クイメ-』製作委員会
 今週取り上げる最新映画は、古典の怪談と現代のホラーを巧みに接続した意欲作と、最先端のVFXで巨大竜巻を体感させてくれるディザスタームービー。ゾクゾクくるスリルと間近に迫る恐怖で、ほどよく身も心も冷やしてくれる残暑向きの2作品だ。  『喰女 クイメ』(8月23日公開)は、歌舞伎狂言「東海道四谷怪談」をモチーフに、歌舞伎俳優の市川海老蔵による企画・主演、三池崇史監督で描くサスペンスホラー。俳優の浩介(市川)は、恋人のスター女優・美雪(柴咲コウ)の推薦により舞台「真四谷怪談」の主役・伊右衛門役に抜擢され、お岩役の美雪と共演することになる。だが、若い共演女優(中西美帆)との浮気を繰り返す浩介に、美雪の精神状態は不安定になり、やがて2人の愛憎と確執は舞台と現実との境界を超えていく。  日本の代表的な怪談としてよく知られたお岩と伊右衛門の悲しくも恐ろしい物語を、それぞれを演じる美雪と浩介の私生活での関係に重ね合わせることで、四谷怪談のエッセンスが現代の恋愛関係にも通じる普遍性と魔力を持つことを見事に証明してみせた。柴咲の鬼気迫る演技と特殊メイクによる無惨な面相が圧巻。舞台のリハーサルが進行するスタジオと、マンションの室内で9割方ストーリーが進行するため、重苦しい閉塞感が全編に漂ってサスペンスを高めている。男女の不和が生む根源的な恐怖を、古今のホラー映画の記憶も取り込みながら表現した本作は、三池監督らしい独創性と過激な描写を楽しめる一本だ。  『イントゥ・ザ・ストーム』(公開中)は、観測目的で巨大竜巻を追う研究者たちと、脅威に直面する人々の姿を描いたディザスター映画。ドキュメンタリー映像スタッフと気象学者が組んだ竜巻ハンターの一行は、最先端の観測機器と複数のカメラを装備した車で捜索の末、桁外れに巨大な竜巻が発生することを察知し、アメリカ中西部の小さな町シルバートンに向かう。その日、地元の高校では卒業式が行われており、教師と生徒らが校庭で集まっている最中に天候が急速に悪化。さらに発生した複数の竜巻が合体して、直径3200メートル、秒速135メートルという未曾有のメガ竜巻がシルバートンを直撃する。  スター俳優を一切使わない代わりに、予算の大部分を竜巻のVFXと屋外セットに投じたのであろう驚異の映像が最大の見どころ。車や家はもちろん、果ては空港の旅客機までも空に巻き上げるモンスター竜巻に度肝を抜かれる。瓦礫や崩れた家屋、吹き飛ばされた車など、被災後の荒れ果てた街並みのリアルさもあ然とするほど。一部のシーンは、実際にハリケーン被害の地域で撮影したのでは? と思わせるくらい、スケールも状況も圧倒的だ。本作の工夫は、ドキュメンタリースタッフの手持ちカメラに加え、車載カメラ、高校生が回すビデオカメラ、携帯電話のカメラなど複数名によって撮影された一人称視点映像を組み合わせて、モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)風に仕上げたこと。この仕掛けがあることで、観客はまさにストームへ「イントゥ」する(中に入る)瞬間を臨場感いっぱいに体験できる。映画館のスクリーンで見るにふさわしい、スリリングなディザスター映像に大興奮の快作だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『喰女 クイメ』作品情報 <http://eiga.com/movie/78691/> 『イントゥ・ザ・ストーム』作品情報 <http://eiga.com/movie/78096/>

アルコールに飲まれた女たち『ほろ酔い女子』のエロさとは!?

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 古来から、日本人は酒に神秘の力が宿ると信じてきた。正しく利用すれば、殺菌作用を持ち、血行を促進させ、精神から不安感を取り除き、ストレス解消にもなる。その効能から、あたかも魔法のような力を持つ酒は、洋の東西を問わず宗教的な儀式に欠かせないものとなっている。  アルコールの力によって、人は無防備になれる。心が解き放たれ、判断は大胆になり、日常の窮屈なこだわりから開放されるのだ。そして、まるで神懸かりのような状態になったため、SMAPの草なぎ剛は全裸になり公然わいせつ罪の現行犯で逮捕され、涙の記者会見。市川海老蔵は灰皿テキーラを飲ませようとして殴られ、笑福亭鶴瓶は27時間テレビで泥酔の上股間を露出し放送事故、長野五輪金メダリストの里谷多英は酔った勢いでVIPルームで性行為……と、数々の失敗がアルコールの力で巻き起こされてきたのだった。  だが、アルコールが生み出すのは失敗ばかりではない。そこにはエロいチャンスも転がっている! いわゆる「お持ち帰り」というやつである。酔っ払って気持ちが大きくなった男女は、アルコールを言い訳にして終電を逃し、繁華街のホテルへと消えてゆく。とはいえ、女子と一緒にお酒を飲めるだけでも奇跡なのに「※ただしイケメンに限る」から漏れてしまった男たちにとって「合コンでお持ち帰りしちゃった」「酔った勢いでそのままホテルに……」といったシチュエーションなどは夢のまた夢……。けれども、そんなボクらにだって、アルコールに飲まれたしどけない姿の女子を眺める眼福に預かってもいいはず。いいはず!!   horoyoi02.jpg  というわけで、フェチ写真集の刊行で名高いマイウェイ出版による最新ムックが『ほろ酔い女子』だ。居酒屋で、バーで、海で、旅行先で、オフィスで、ラブホテルで……と、さまざまな場面で頬を赤らめながらアルコールを嗜む女の子たちが写し出された本書。もちろん、フェチ写真集のプライドとして、女性たちは一切裸を見せることはない。ここには、パンツ、ブラ、谷間などのチラリズムがあるのみだ。 horoyoi01.jpg  余計な文章は一切挟まれることなく、写真だけで展開される”ほろ酔い女子”たちのストーリー。アルコールが周ってとろ~んと潤んだ瞳、バーカウンターに上半身を預けながらこちらを見て、彼女はいったい何を期待しているのだろうか? 汗ばんでいるからって、そんなに薄着になって大丈夫なの!? おいおい、浴衣の裾がはだけて下着が見えているじゃないか! 本書を眺めていると、酔いの勢いに任せて大胆になる女の子たちを、覗き見しているような感覚になってくる。酔っ払った彼女たちのリアルな姿が写し出されているからこそ、読者とほろ酔い女子たちとの距離はグイグイと近づいていくのだ(あくまで妄想の上だけど……)。 horoyoi03.jpg  ユニコーンが実在しないように、麒麟が古代中国人による想像の産物であるように、非モテ系男子にとって、お持ち帰り可能な”ほろ酔い女子”はファンタジーの世界に住んでいる生き物。こんな女の子たちと一緒に美味しいお酒を飲んで、こんなシチュエーションを味わいたい……と思うけど、冷静に考えてみれば、これまでそんな経験は一切なかったボクらの人生において、こんな女性たちに巡りあうことはまずないと考えたほうが懸命だろう。  だから、本書を読みながら妄想と股間を膨らませつつ、来世に期待しよう!

ゆるキャラの次は “ゆるパイ” ブーム到来!?『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』

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『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』(扶桑社)
 “ゆるパイ” の文字に、うっかりあらぬ想像をしてしまった人には申し訳ないが、今回はそっちのパイの話ではない。今月1日、全国各地のご当地パイ約200種類を紹介した『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』(扶桑社)が発売され、ちまたでちょっとした話題になっている。 “ゆるパイ” とはなんぞやと思う人も多いかと思うが、これは、著者の藤井青銅氏が、「味」「その土地らしさ」に加え、“ウケる” というベクトルが加わった、魅力的なご当地パイを勝手に命名したもの。パッとイメージが思い浮かばないかもしれないが、その代表的な存在が、静岡県浜松市の名産うなぎを使った「うなぎパイ」だ。うなぎとパイという、まさかの組み合わせながら、サクサクの食感と、ひと口食べるとクセになる香ばしい味わいで、1961年の誕生以来、根強い人気を誇るアノ銘菓である。  と、これだけではウケる要素はないのだが、爆発的ヒットに至るまでのエピソードが実に面白い。発売当初は意外にもイマイチの売れ行きだったのだが、夕食の後に家族みんなで食べてほしい、と願いを込めて付けた“夜のお菓子”というキャッチフレーズに、うなぎが持つ精力増強のイメージが重なり、ムフフ……と勝手に妄想するおじさんたちが続出。その反応にお店も乗っかって、栄養ドリンクのカラーである赤・黄・黒を使って夜っぽいパッケージを変えたところ、大ヒットしたというのだ。  そんな「うなぎパイ」に続けとばかりに、全国各地で「焼あなごパイ」や「淡路島はもパイ」「さんまパイ」「どじょうパイ」などの魚介系のパイが次々に登場し、さらには、「松坂牛」「牛たん入り仙台パイ」「名古屋地どりコーチンパイ」などの肉系、ウマイに違いない「信州りんごパイ」、「山口夏みかんパイ」「伊予柑パイ」「メロンパイ」などのフルーツ系と、観光地とあらば、ともかくパイを――。日本ではそういう流れが生まれた、ようなのである。この本を読んでいると、そのバラエティの多さに、日本人はこれほどまでにパイを求めていたのかと、驚かされる。  また、個人的に非常に気になったのが、藤井氏がすべてのパイに対してつけている、ツッコミどころ満載のキャッチ。ラ・フランスを使ったパイには「フランスにはないのよ」、その隣に紹介されている、ルレクチェのパイには「フランスにはないのだ」と、全体的にかぶった内容が妙に多かったり、京都産の楓の形をしたパイには「そうだ、京都行こう…と思うパイ」、そばの実パイには「“おか~さぁ~ん!”と叫びたくなるパイ」など、ネタに詰まったのか、“どうした!?”と聞きたくなる、絶妙ないい加減さで書かれた内容が多く、じわじわと笑いが込上げてくる。  ほ~、全国にはこんなにもパイが……とただ感心しながら見るも良し、何かの機会に小ネタで使うも良し、旅行や出張などでどこかへ行った時の土産の参考にするのも良し、なんとなく手元に置いておきたくなる本である。 (文=上浦未来) ●ふじい・せいどう 1955年生まれ。作家、エッセイスト、脚本家。「第1回星新一ショートショートコンテスト」入選をきっかけに、作家兼放送作家に。『夜のドラマハウス』『オールナイトニッポン・スペシャル』『青春アドベンチャー』など、書いたラジオドラマは数百本に上る。伊集院光と共に、ヴァーチャルアイドル「芳賀ゆい」を創り、腹話術師いっこく堂のデビューもプロデュース。「東洋一」の謎を追った『東洋一の本』(小学館)、変な名前を研究した『あんまりな名前』(扶桑社)、実話に基づいた小説『ラジオな日々』(小学館)など著書多数。

世界から注目を集める新人女性監督、衝撃のデビュー作『FORMA』はイヤミス?

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『FORMA』(c)kukuru inc.
 今週取り上げる最新映画は、日本の新しい才能をスクリーンで堪能できる邦画2本。テレビでおなじみの若手スターの新境地や、すでに海外で高い評価を獲得している女性新人監督の衝撃のデビュー作を、ぜひ映画館で確かめていただきたい(いずれも公開中)。  『ホットロード』は、1980年代に「別冊マーガレット」(集英社)で連載された紡木たくの人気少女コミックを、NHKの朝ドラ『あまちゃん』の能年玲奈と三代目J Soul Brothersの登坂広臣の主演で実写化した純愛映画。  母親と2人で暮らす14歳の和希(能年)は、自分が望まれて生まれた子ではないことに心を痛めていた。ある夜、級友に誘われて行った湘南で、暴走族「Nights」の次期リーダー春山(登坂)に出会い、不良の世界に戸惑いながらも居場所を求めるように。春山から告白された和希は、急速に春山にひかれていく。  監督は、『ソラニン』『僕等がいた』『陽だまりの彼女』と、青春映画を得意とする三木孝浩。能年は『あまちゃん』の純朴なヒロインから打って変わり、茶髪にロングスカート、親に悪態をつき男を殴る不良少女を懸命に演じた。登坂も映画初出演ながら、シャープなルックスと情熱を秘めたクールな表情がスクリーンによく映える。10代の孤独と不安、世界が広がる感覚、そして運命的に出会った相手との鮮烈な恋を描く本作は、同世代の若者からは共感を、また当時を知る大人からは懐かしさをもって支持されることだろう。  『FORMA』は、本作でデビューを飾る坂本あゆみ監督が、2人の女性が互いに憎しみを募らせ心の闇を深めていく過程を描いたサスペンス。  会社員の綾子(梅野渚)はある日、高校の同級生だった由香里(松岡恵望子)と偶然再会し、自分と同じ職場で働くよう由香里を誘う。だが、綾子は由香里に公私で理不尽な態度をとり、由香里は次第に追い詰められていく。積年の思いを抱く綾子はある夜、由香里を会社の倉庫に呼び出す。  昨年の東京国際映画祭、今年のベルリン国際映画祭での受賞をはじめ、すでに内外で高い評価を得ている本作。淡々とした語り口で人間の闇の深さをえぐり出す作風は、カンヌ国際映画祭で最高賞受賞を2度受賞した巨匠ミヒャエル・ハネケの作品群を思わせる。綾子、由香里、そして由香里に接近する男・修(ノゾエ征爾)の順にそれぞれの視点で描き直すことで、張りめぐらせた伏線を回収していく緻密な構成が見事。湊かなえの小説『告白』に代表されるイヤミス(嫌な後味のミステリー)の、映画版といったところか。  世界から注目を集める女性監督の1人になった坂本のデビュー作は、コアな映画ファンの口コミから徐々に人気が高まりそうだ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ホットロード』作品情報 <http://eiga.com/movie/79355/> 『FORMA』作品情報 <http://eiga.com/movie/79260/>

「少女を縛って」美しい国・日本の生み出したエロス『部屋と少女と赫い縄』

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『部屋と少女と赫い縄』マイウェイ出版
 イラストレーターのみうらじゅんは、エロについてこう語っている。 「高校時代、中間・期末テストが終わると、まるで自分へのご褒美のように通っていたポルノ映画館。三本立ての中には必ずギャグ・ポルノという作品が混じっていて大層気分を損ねたもんだ。エロは陰湿でなければいけない! 陽気な性への反発からオレはいつしか団鬼六のSM映画シリーズにのめり込んでいった」(『とんまつりJAPAN』集英社文庫)  思春期をこじらせてしまった人間は、一度はフェティシズムの世界を通り、エロについて考えを巡らす。いったい、エロとは何か? どこからがエロくて、どこからはエロくないのか? 性の極北ともいえるフェティッシュの世界を垣間見ながら、文系童貞エロ青年たちは、この世のどこかにあるであろう真のエロを夢想するのだ。 heyatoshojotoakainawa__01.jpg heyatoshojotoakainawa__04.jpg  日本が、世界に誇るエロス「KINBAKU」。今や、海外でもその人気は高く、縄師たちは世界各地のフェティッシュイベントにもひっぱりだこ。一本の麻縄がカラダの自由を奪うことによって、どうしてここまで奥深いエロが生み出されてしまうのか? まさに、それは「東洋の神秘」と形容できる所業だ。  『部屋と少女と赫い縄』(マイウェイ出版)は、20人あまりの少女たちを縛り上げた一冊。真っ白い壁に囲まれた、やわらかな光が差し込む部屋で、濡れた目線をカメラに向ける美女たち。処女性を感じさせるそのあどけない面影と裏腹に、白い肌をきつく縛り上げる赤い縄。それは、エロさを通り越して美しさすら感じさせるだろう。  この写真集を撮影したのは、写真家の中島圭一郎氏。昨年上梓した『ウインクキラー』(マイウェイ出版)は、少女たちのウィンク姿がなぜかそこはかとないエロスを感じさせる一冊となったが、今回は、大胆に縛り上げられた少女のエロさを全開にしている。 heyatoshojotoakainawa__05.jpg heyatoshojotoakainawa__02.jpg  とはいえ、本書には、意外にもバストトップがあらわになっている写真は1枚もない。制服姿で、浴衣姿で、メイド服で、ボンテージで、ベビードールでとさまざまなコスチュームを身にまといながら、少女たちはそのカラダを荒縄に預けている。縛り方も、亀甲縛りから宙吊り、あるいは蜘蛛の巣のように広がる美しい縄まで多種多様だ。ブラの代わりに麻紐が乳首を隠している一枚に、欲情しない男がいないはずがないし、股間に通された縄に至っては、女性でもないのに、そのスジに食い込む荒縄の乱暴な触感を想像してしまうだろう……。そう、緊縛とは、全裸にして全てをさらけ出すのではなく、一本の縄を通すことによって、女性のカラダを想像しながら脱衣以上のハダカを実現してしまう行為なのだ。 heyatoshojotoakainawa__03.jpg  21世紀になって、中出しも乱交も当たり前になったAVは過激化の一途をたどるばかり。インターネットで検索すれば、モザイク無しの動画が溢れかえっているし、倫理的にアブない児童ポルノだって獣姦だってスカトロだって見ることができてしまう。こんなにも、エロが氾濫している時代は人類はじまって以来のことだろう。だが、奥ゆかしき日本人は忘れていない。エロとはただ全てを見せつけることではないのだ。隠すことによってハダカ以上にハダカにし、一本の縄で自由を奪うことがたまらない快楽を生み出す。それは、人間にのみ許された知的で痴的な性のカタチなのではないだろうか。  「美しい国・日本」の生み出したエロはかくも奥深い。