広島ローカルネタも満載! 松田龍平×前田敦子のホームドラマ『モヒカン故郷に帰る』

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(C)2016「モヒカン故郷に帰る」製作委員会
 今週取り上げる最新映画は、松田龍平と前田敦子が恋人同士を演じる、笑いあり感動ありの娯楽作と、自主映画監督らのゲスな生きざまを描く異色の人間ドラマ。キャラクター設定は一見極端だが、家族や仲間との接し方や距離にいつの間にか共感を覚える2作品だ。 『モヒカン故郷に帰る』(4月9日公開)は、『キツツキと雨』(2011)、『横道世之介』(12)の沖田修一監督が脚本も手がけて描くホームドラマ。モヒカン頭の売れないバンドマン・永吉は、妊娠した恋人・由佳との結婚を報告するため、瀬戸内海の戸鼻島(とびじま)へ7年ぶりに帰郷する。実家には、矢沢永吉を愛する頑固な父・治と広島カープファンの母、さらに偶然帰省していた弟もいて、久々に家族がそろう。だが大宴会の夜に治が倒れ、病院での検査の結果、ガンを患っていることが明らかになる。  松田と前田に、治役の柄本明、母役のもたいまさこ、弟役の千葉雄大を加えた5人の間に流れる、独特の間とゆるい笑いがたまらない。戸鼻島は広島県下という設定の架空の島だが、同県出身の矢沢永吉や、カープ戦のテレビ中継など、ローカルネタの活用も巧み。とりわけ、治が顧問を務める中学校吹奏楽部による、矢沢の名曲「アイ・ラヴ・ユー、OK」の頼りない演奏がいい味で、島の素朴な景観と、のんびりした人間模様によくなじむ。長く離れていた家族の心が次第に近づく過程に、しみじみと温かい気持ちになる好作だ。 『下衆の愛』(4月2日公開)は、年間出演作が5本以上という年もざらにある、売れっ子の個性派俳優・渋川清彦がゲスな映画監督に扮したドラマ。40歳前にして夢をあきらめきれない自主映画監督のテツオは、映画祭での受賞経験を心の支えに、女優を自宅に連れ込む自堕落な生活を送っていた。だがある日、才能あふれる新人女優ミナミと出会い、新作映画の実現に向けて立ち上がる。『裸と動物』にこだわるプロデューサーの貴田、枕営業にかける女優の響子、ハメ撮りで生計を立てる助監督のマモルなど、映画界の底辺であがく仲間たちと最後の賭けに挑むテツオに、現実の壁が立ちはだかる。  監督・脚本は、『グレイトフルデッド』(13)が世界30以上の映画祭で上映され注目を集めた内田英治。でんでん、忍成修吾、岡野真也、津田寛治、古舘寛治らが脇を固めた。登場人物ほぼ全員が身勝手でだらしなく、感情移入をなかなか許さないが、後半になって各キャラの魅力が出そろう構成が巧い。見苦しくも尊い映画愛、哀しく切ないエロスが散りばめられ、映画好きなら笑い泣き必至の快作だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『モヒカン故郷に帰る』作品情報 http://eiga.com/movie/82074/ 『下衆の愛』作品情報 http://eiga.com/movie/83066/

暴力団が狙うのは「1.5軍」選手……頻発する不祥事の裏側『黒い人脈と野球選手』

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『黒い人脈と野球選手』(宝島社)
 25日から開幕したプロ野球ペナントレース。しかし、今年はまだ野球を楽しむという気持ちになれないファンも少なくないだろう。  今月、読売ジャイアンツ・高木京介投手が野球賭博に関与していたとして、 1年間の失格処分となった。さらに、これに関連して調査を行ったところ、現金を賭けた麻雀、トランプ、高校野球賭博などが一部で恒常的に行われていたことが発覚する。この問題を受けて、渡辺恒雄最高顧問が辞任することとなった。ジャイアンツでは、昨年10月に福田聡志、笠原将生、松本竜也の3投手が野球賭博に手を染めていたとして無期失格処分となったが、まだまだその膿は出し切れていないようだ。  昨年の野球賭博発覚、今年 2月の清原和博の覚せい剤取締法違反による逮捕と、球界と暴力団との関係を匂わせる不祥事が頻発している。いったい、どうして球界と暴力団がつながってしまうのだろうか……。マンガ『クロサギ』(小学館)の原作者として知られる夏原武氏の著書『黒い人脈と野球選手』(宝島社)を読むと、そこには構造的な問題が見え隠れしている。  2015年10月、読売ジャイアンツは、野球賭博に手を関与していたとして福田聡志、笠原将生、松本竜也の3投手を解雇した。賭博そのものももちろん違法だが、野球賭博に野球選手自らが手を染めていたという事実は、球界を激震させた。しかも、誰も知らないような無名選手ではなく、 1軍登板実績やドラフト1位指名など華々しいキャリアを持つ選手たちによるスキャンダルだったのだ。  この事件に対して、コミッショナーは球団側への制裁金1,000万円、さらに渡辺恒雄最高顧問(当時)に対して取締役報酬の2カ月間全額返上などの処分が科せられている。しかし、夏原は「暴力団とのつながりを断ち切るとした球界ならば、この大甘の処分でよしとしてはダメだろう。徹底的な調査を第三者機関に委託してやるべきだ」と、対応策の甘さを激しく非難する。真相解明よりも、事件を3人の問題のみで終わらせたいという球団側の意図は明らか。その結果、半年後に再び問題が頻発するという事態に陥っているのだ。  では、なぜ野球選手と反社会的勢力との間にはつながりが生まれてしまうのだろうか? 夏原の取材によれば、黒い勢力が近づくのは「1.5軍クラス」の選手が多いという。  年俸や知名度はそこまで高くないが、 1軍選手とも交流のある1.5軍選手を狙って、さまざまな人間が近寄ってくる。暴力団員らは、タニマチとの食事会や飲み会で親しくなった1.5軍選手から主力選手の情報を引き出そうとする。もちろん、熱心なファンだからというわけではない。野球賭博にとって、何よりも重要なのは選手の体調などのインサイダー情報であり、その情報を摑んでいれば、より予想は立てやすくなる。 1.5軍選手が持っている情報は、野球賭博にとって何よりも貴重な情報なのだ。  また、プロ野球引退後、現役選手とネットワークを持ったOBが、反社会的勢力と現役選手をつなげる仲介役になることも少なくない。体育会系の野球界では、先輩からの誘いは断りにくい。そんな「先輩」からの食事の誘いだけでなく、裏カジノや風俗といった場所に連れられて、反社勢力と蜜月の関係に陥ってしまう選手が少なくないのだ。  3月23日、開幕を目前に、12球団が「球界の浄化に全力で取り組み、ファンの皆様の信頼回復に最善の努力を尽くす」との共同声明を発表し、幕引きを図った。しかし、これが本当の終わりとなるのだろうか? それとも、まだまだ新たな問題が明らかになっていくのだろうか? 疑心暗鬼のままでは、野球ファンも晴れ晴れとした気持ちで選手たちを応援することはできないだろう。

ジャッキー・チェンやブルース・リーもメンバーだった!? 秘密結社「チャイニーズフリーメーソン」とは

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『秘密結社 チャイニーズ・フリーメーソン』(宝島社)
「フリーメーソン」の名前を知らない人はほとんどいないだろう。世界中に600万人のメンバーを抱える秘密結社であり、GHQのマッカーサーや日本に開国を迫ったペリーもメンバーであったといわれている。世界中にあらゆる陰謀をめぐらし、裏から社会を牛耳ってきたと、まことしやかに語られている組織だ。  だが、世界を操る秘密結社はフリーメーソンだけではない。メンバー数にして、メーソンの9倍以上、別名「チャイニーズ・フリーメーソン」と呼ばれる「洪門」という組織が存在するのをご存じだろうか? この組織のメンバーであり「國際洪門日本國総会会長」を務める鈴木勝夫の著書『秘密結社 チャイニーズ・フリーメーソン』(宝島社)に従って、この秘密結社の謎を解き明かそう。  洪門の歴史は400年前にさかのぼる。17世紀に明から清へと国が変わる頃、清に反旗を翻し、明の復興を目指す=「反清復明」の合言葉のもと、洪門は結成された。これだけならば、歴史の中に現れた革命組織のひとつにすぎない。しかし、彼らの活動は清の時代から中華民国、そして中華人民共和国になった現代まで続き、華僑の世界進出に伴ってアジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸など世界中に5600万人ものメンバーを擁する巨大組織に拡大しているのだ。  辛亥革命を起こし、中華民国建国の父である孫文、80年代に改革開放路線を推し進めた鄧小平といった政治家、さらにはジャッキー・チェンやブルース・リーというアクションスターまでもがメンバーだったと目されている洪門。その影響力は、フリーメーソンに勝るとも劣らないもの。では、その実例を見てみよう。  2011年、アメリカで、国債のデフォルト(債務不履行)騒動が巻き起こった。毎年、債務上限引き上げは議論されており、野党は政権批判の道具として形だけの反対票を投じる。しかし、当時は下院において野党・共和党が多数を占めており、強固に引き上げ反対を主張した。実は、そのバックにはロックフェラーとロスチャイルドが控えており、このデフォルトを機に、世界経済を一からつくり直そうという勢力が暗躍していた。  そして、デフォルトが現実化すれば、最もダメージを受けるのが1兆ドルを超えるアメリカ国債を保有する中国。この資産喪失を食い止めるために、洪門は行動を開始する。その組織力を総動員し、対立していたロックフェラー、ロスチャイルドの双方と話をつけることに成功。見事デフォルトを回避し、中国のみならず世界経済を混乱から救ったのだ。この事件は報道もされておらず、にわかには信じがたいスケールの話だが、鈴木によれば「洪門の上層部では常識と化している」話だという……。  もちろん、秘密結社である洪門が行ってきたのは、合法的な活動ばかりではない。かつては革命をもくろむアウトローたちの集まりだった洪門は、イギリスから輸入されたアヘンを中国国内にばらまき、民衆の反乱である太平天国の乱にも加わっている。また、辛亥革命にも、共産革命にも、天安門事件にも洪門は深い影響を与えてきた。中国の近現代史は、洪門抜きには語ることができないのだ。  いまだ、中国ではその存在を認められていない洪門。しかし、日本の洪門組織は社団法人資格を取得し、「開かれた洪門」として、その活動を表舞台に移しつつある。日本では、世界中に広がるネットワークを生かし、東南アジアからの看護師来日支援や、公営ギャンブルシステムの輸出などのビジネスを手掛けるメンバーも数多い。中国本土でもまた、世界的なその影響力が重視され、徐々にその姿を現してきつつある。  10兆ドルのGDPを誇り、世界第2位の経済大国になった中国の影響力は強まるばかり。政治、経済などの「表」の世界だけでなく、秘密結社が跳梁跋扈する「裏」の世界でも、中国の脅威は拡大していく――。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

「やりすぎ横暴演出」が愛しい『美味しんぼ』連載終了!? 一方「終われない」人気作の惨状は……

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『美味しんぼ 111 (ビッグコミックス) 』(小学館)
 人気料理マンガ『美味しんぼ』(小学館)の連載再開が決定し、それと同時に連載終了になることが明らかとなった。原作者の雁屋哲氏によれば、「今までの登場人物総出演で、美味しい食べ物の話でどんちゃんどんちゃん楽しく騒いで大団円。そう考えています」と最終回の構想を語っている。 「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で1983年の連載開始から30年以上、単行本は111巻を数える。連載中期以降は国際問題などにも料理を通して切り込み「左翼色が強い」という批判もあったが、ファンからすれば数ある名エピソードの思い出のほうが強いはずだ。 「トンカツ慕情」を筆頭に初期の人情話や市井の人々にスポットを当てた「神回」はもちろん、主人公である山岡士郎と父・海原雄山との「究極・至高の料理対決」、山岡とヒロインである栗田ゆう子の結婚までのエピソードなど、単純にマンガ作品としても評価が高かった同作。しかし、往年のファンからすればイチイチ大げさで「やりすぎ」な演出ネタこそが、このマンガの真骨頂という認識ではないだろうか。  特に山岡の父、海原雄山のぶっ飛んだエピソードは枚挙に暇がない。古きよき料理を愛する海原は、ハンバーガーなどファストフードが嫌いで「(ハンバーガーを食べて)手が汚れてしまった!」と激怒したり、評判のカレー店に行って「じゃあ本当のカレーとはなんだ」と店主に難癖をつけるなどやりたい放題。車が渋滞していると「馬鹿どもに車を与えるな」と八つ当たり。当代一の美食家で芸術家ではあるが、特に初期はかなり横暴な人物だった。最も有名なセリフは「このあらいを作ったのは誰だあっ!!」か。しかし、基本的に息子である山岡を厳しくも温かく見守るツンデレな面もある。  他にも、栗田ゆう子が美味しいヒラメを食べた時に出た名言「シャッキリポン」や、山岡が生きる気力をなくしたうつ病患者に「死ねよ」と突き放したり……(もちろん意図があって)。なんともやりすぎな演出が多く印象に残っている。  しかし連載25年目、長くあった「父と子の戦争」が終わり、山岡と海原が和解し休載になると、ファンの間でも「そろそろ終わりか」という声がささやかれ始めた。親子の意地の張り合いがこのマンガの根幹だっただけに、そう考えるのは極めて自然だ。  さらに2009年の連載再開後、福島原発に関する「鼻血」の描写で世間からバッシングを喰らい、またも連載休止。その後、現在にいたる。  そろそろネタ切れになるのも仕方がないし、雁屋氏も「30年は長すぎた」と語っている。まさに“潮時”を迎えたということだろう。作品にとっても制作陣にとってもその選択は正しいように思える。  逆に、同じく単行本が100巻以上となる「少年マガジン」(講談社)連載のボクシング巨編『はじめの一歩』などは、連載から20年以上が経った今でも、主人公の一歩が25戦23勝(23KO)2敗という成績でいまだ世界戦に挑めないという非現実的な状況が続いている。人気作だけに編集部としても長引かせたいのはわかるが、さすがにもう限界ではないのか。そういう意味では『美味しんぼ』は悪くないタイミングに終了するといえるのではないか。『一歩』作者の森川ジョージ氏も羨ましがっていたりして。

「ちょっと失礼します!」馬上で出産!? バカでマヌケな人々が世間を賑わす『100年前の三面記事』

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『100年前の三面記事』(KADOKAWA)
 1986年から続くTBSのラジオ番組『大沢悠里のゆうゆうワイド』。今年の4月に約30年の歴史に幕を閉じることがアナウンスされ、業界内外から惜しむ声が多くあがった。  同番組内のコーナー「100年前の三面記事特集!」が人気を博し、2011年から14年放送分を元に一冊にまとめたのが本書『100年前の三面記事』(KADOKAWA)である。  今から100年前というと明治後期から大正時代。まるで落語のような話題を明治中期、明治後期、明治末期~大正~昭和初期と3編にわけて本書は紹介。  スタートを飾る記事は、明治12年11月20日の東京日日新聞に掲載された『馬上で出産した妊婦』の話題。記事によれば、臨月の妊婦を迎えの馬に乗せたところ、その移動中に陣痛が始まってしまった。妊婦は、慌てる周囲に「騒ぎなさるな! ちょっと失礼します!」と一喝し、馬に乗ったまま尻を突き出して、無事出産したという。  また、明治34年4月23日の朝日新聞では、秋田県に赴任した武田千代三郎知事が、「県庁の職員が何を言っているかさっぱりわからない」と訛りを矯正させたという記事がある。明治に入り、文明開化といっても秋田をはじめとする東北と東京では、まだまだ隔たりがあったのだ。秋田県庁に勤める人々の多くは、農家出身で「ズーズー弁」を使っていた。武田知事は、ズーズー弁を矯正させるために、何人かの職員を連れて幾度となく上京し、彼らをあえて東京にほったらかしにしたという。  知事の努力は実り、やがて県庁内で「洋行会」という集団が結成され、積極的に新しい文化に触れていくようになった。  現在、大相撲を白鵬など外国人力士が席巻しているが、それに先立ち国技館に出たいと一大決心をして日本へやってきたドイツ人力士がかつていた。大正2年12月5日東京・朝日新聞の記事によれば、そのドイツ人は身長180cm体重98kgと恵まれた体型で、親方からも将来有望と期待されていたが、ある日を境に姿を消してしまったそう。のちにわかったその理由は「ちゃんこ鍋が苦手だったから」。  ほか、137本の話題を収録。実際に大沢悠里が番組内で発した「人情だねえ」「大したもんだ」など暖かみのあるコメントを、イラスト付きで掲載。  大沢もあとがきで語っているが、100年前とはいっても自分の祖父や両親たちが生きていたかもしれない時代。陰鬱な事件ばかりの昨今より、バカバカしくてマヌケな話題が世間を賑わせた100年前に、豊かさを感じずにはいられない。

「もう、カラダを売っても生きられない」“熟女”風俗嬢の売春格差 『熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実』

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『熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実』(ミリオン出版)
 風俗業界では26歳から上を熟女とし、60歳越えを超熟女、超熟と呼んで分け、熟女好きや一部の客に向けて売り出している。  本書『熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実』(ミリオン出版)は、その熟女~超熟の層にいる風俗嬢のリアルな実態に迫った191ページにわたるルポである。  著者である中村淳彦は、これまで性産業に切り込んだ数多くの著書で知られる人物。本書は、中村に「お惣菜も買うお金もない」という53歳の風俗嬢から電話が入ることからはじまる。  中村は、その風俗嬢にインタビューをする。風俗系求人誌をめくって、手当たり次第に風俗店に応募する毎日だという女性。50代になってしまったら、新たに受け入れてくれる店舗などあるはずもないが、本人いわく「熟女というジャンルがあるから大丈夫」らしく、まだまだ自分が稼げると信じている。現在の収入は、風俗嬢の時に懇意にしていたお客の相手をする月5万の収入と、テレホンセックスのバイトが1分30円。10分で300円ほどにしかならない。最低限の生活すらままならないという。  33年間風俗嬢として働いたこの女性は、男性経験が1人しかなく最後に好きになったのは勤務先の店長。猛アタックをしたが拒否された。その理由を女性は「インポとしか考えられない」と断言する。多くの風俗嬢は、男性からさまざまな知識や社会性を吸収して、独立したり結婚したりとが貧困になることを避けるが、この女性の場合20歳から業界に入り、長くいたことで他の働き方も知らず精神的にも未熟なままなのだ。  後半では、住宅ローンを払うために風俗嬢になった主婦が登場する。本書の中でもいわれているが、性産業で働く中高年の女性は、真面目で家柄が堅いことが共通点だという。この主婦も、厳格な両親のもとで育ち、結婚の条件として「持ち家であること」を両親から迫られ、35年のローンを組んだ。  しかし、直後に夫の経営していた喫茶店が廃業したために、鶯谷で働くことを決意。仕事をはじめてから多い時では1カ月50万以上稼いだが、今では1日に1人つけばいいほうだという。日給は6,000円~1万2,000円で、当然客がつかなければ収入はない。  業界に足を踏み入れて早20年近く。相手にした男は数千人以上。夫は、池袋の飲食店でパートをしているという妻の言葉を今でも信じ続けている。  現在、風俗をはじめ“裸の世界”で働く女性は年々増加し、全国に約40万人以上いるといわれる。その過半数が熟女と呼ばれる年代の女性たち。美貌と品の良さから、74歳でも現役AV女優として働く女性が登場する一方で、裸の世界から弾かれ困窮の中で細々と性的サービスを提供し、日銭を稼ぐ女性も存在するのだ。  需要と供給が逆転してしまった性産業が、“女性最後の駆け込み寺”として機能していた時代は終わった。普段あまり明るみにならない世界だが、私たちの知らないところで暗い日常が顔を覗かせている。

震災から5年、日本映画は何を映してきたのか? 風化する記憶を刻むタイムカプセルとしての役割

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園子温監督『希望の国』(左)/君塚良一監督『遺体 明日への十日間』(右)
 東日本大震災の発生から5年の歳月が流れた。映画はその時代の写し鏡とされているが、この5年間で日本映画は何を映し出してきたのか。そして、多くの犠牲者を出し、すべての日本人を震撼させた3.11後、日本映画界は変わったのか。それとも何も変わっていないのか。映画を通して、この5年間について考えてみたい。  興収面を見ると、震災が起きた2011年は東北や関東で映画館の閉館や休館が相次ぎ、また自粛ムードから年間興収は前年の2,207億円から1,811億円と近年の日本映画界の水準とされる2,000億円の大台を大きく割った。続く12年は1,951億円、13年は1,942億円と低迷が続いたが、『アナと雪の女王』(14)など洋画のメガヒット作が生まれた14年に2,070億円と大台への復帰を果たした。15年は2,171億円を記録。数字だけ見ると映画界の活況は震災前に戻ったように映るが、ここ数年間で耐震性や費用対効果の問題から銀座シネパトスや吉祥寺バウスシアターほか全国各地の伝統ある映画館が次々と取り壊されている。ミニシアターの雄・渋谷シネマライズも姿を消した。数字では見えない形で、映画界は様変わりしている。  震災後の主な劇映画に目を向けてみると、『ヒミズ』(11)で被災から間もない石巻でのロケを行なった園子温監督が原発問題に正面から斬り込んだ『希望の国』(12)は海外からの資金援助を受けることでようやく製作に漕ぎ着け、ビターズ・エンドが配給した。『踊る大捜査線』シリーズの脚本家として知られる君塚良一氏がみずから監督した『遺体 明日への十日間』(13)は、ファントム・フィルム配給で公開された。メジャー系の作品としては、東宝配給の『風立ちぬ』(13)はテクノロジーの進化が人間社会にもたらす負の側面に言及した宮崎駿監督からのラストメッセージとなった。松竹配給の『天空の蜂』(15)は原発施設をめぐる恐怖をサスペンスエンターテイメントとして堤幸彦監督が描き、10.8億円という興収結果を残している。直接的に震災を描いてはいないが、耐震性の検査を行なう技師を主人公にした橋口亮輔監督の『恋人たち』(15)は“喪失感からの再生”をテーマとしており、これも3.11後の映画として位置づけられるだろう。  映画界の5年間を駆け足で振り返ったが、日本映画プロフェッショナル大賞を主宰し、メジャー系・インディペンデント系を問わず良質の作品を四半世紀にわたって顕彰してきた映画ジャーナリストの大高宏雄氏に、より踏み込んだ形でコメントしてもらおう。 大高「今、私が強く感じているのは、震災の記憶に対する風化の速度があまりにも速いということです。震災直後には“第二の戦後”というような言葉も発せられ、何か大きな変化の予兆もあったのですが、もはや、そのような言葉自体が忘れ去れました。映画ジャーナリストの私は、震災によってこれから映画表現はどう変わるのか、映画に向けた言葉はどう変化するのかに注目してきました。その過程で、製作側の意欲に比べ、映画の書き手側の意識があまりに鈍いことが気がかりでした。先日、テレビで山田洋次監督の『東京家族』(13)を3年ぶりに見ました。震災によって、作品の中身が一部修正された作品です。公開時にはあまり評価が高いとは思えない作品でしたが、震災から5年が過ぎた今見直すと、胸にズシーンと響いてくるものがあります。橋爪功が居酒屋で、『(日本は)このままじゃいけん』と、切実に言うシーンがありました。何気ないひと言ですが、庶民の本音をさらっと語らせる演出手腕に改めて感心しました。山田監督は、インテリでも何でもない庶民の一人である彼から、その言葉を引き出し、この国への希望を託しているのだと思います。また、妻夫木聡が、結婚することになる蒼井優と、被災地で小指をからませて愛を確認したと話すシーンがあります。素晴らしくて、涙が出ました。ここでも、希望なんですね。甘ったるいシーンですが、共同体をこれから作っていく男女の慎ましい出会いに、震災後のこの国の希望を託している。今では、国家をはじめ、職場、家庭、学校、地域といった場が、共同体として機能しづらくなっています。進む人々の孤立、孤独化は、共同体の今のありようと大きな関係があります。だからこそ、5年後の今、『東京家族』で描かれた希望の光がとても胸に迫るものがあるのです」  2013年の日本映画プロフェッショナル大賞では、日米合作映画『おだやかな日常』(12)の主演女優・杉野希妃に新進プロデューサー賞、被災地でのロケを敢行した『希望の国』の主演女優・大谷直子に特別賞を贈っている。どちらの作品も福島第一原発事故を題材にした社会派ドラマだ。 大高「杉野さんがプロデュースも兼ねた『おだやかな日常』は、東京郊外で暮らす主婦の視点から震災を捉えたもので、原発事故によって誰もが感じた恐怖や不安感をとてもリアルに描いています。生々しさの残る被災地でロケを行なった『希望の国』も、問題意識の高い作品です。ただ、『東京家族』があまり評価されなかったように、『希望の国』も公開時の評価はそれほど高くなかった。ドキュメンタリーはある程度の評価がある一方で、劇映画=フィクションに、妙な忌避感があるように思えます。公開時は震災からまだあまり時間が経っておらず、作品との距離感が取りにくかったことも一因かもしれません。これら作品も見直すことで、全然違った感慨が湧いてくるのではないでしょうか」  時間を経て見直すことで、新しい価値観を見出すことができるのは映画ならではの魅力だろう。また、震災の本質を突いた劇映画としての決定作はまだ作られていないと大高氏は語る一方、新藤兼人監督の『原爆の子』(52)や市川崑監督の『野火』(59)といった戦争映画の秀作が終戦から映画の完成・公開まである程度の時間を要したことを先例として挙げる。 大高「被災地などの現状を伝えるドキュメンタリーも重要ですが、原発問題も含めた形で、これからの日本社会はどうなるのかを描く骨太な劇映画が作られることを期待しています。こちらはマスの観客を対象とするケースもあるから、影響力が大きいのです。被災地で起きたことを克明に描こうとすれば、被災された方たちにとっての良い面と嫌な面の両方に触れざるをえません。また、いろんなタブーにも引っ掛かるでしょう。少し前に、新藤監督や若松孝二監督が亡くなりましたが、彼らが元気だったらどういう挑戦をしていたか、ふと思うことがあります。タブーに果敢にぶつかっていった新藤、若松的な映画の作り方が、今強く求められています。日本映画監督協会の理事長を務めている崔洋一監督が震災直後、『(大震災の)記録と記憶を柱にした映画を残そう。未来に残すことは全映画人の宿命』という主旨の声明をしていたのも思い出します。震災を題材にした映画は、映画会社からは生まれにくいようです。私は震災直後、映画界全体で被災地に何か働き掛けることがあるのではないかと期待を込めて書きました。今では、そういう言い方を悔いています。映画界の総意には、期待しないほうがいいのです。寂しいですけどね。だから、プロデューサー、監督、脚本家らの表現者を含めたまさに全映画人としての個々人が、それこそ、各々の場で考えるか行動する以外ないのです」  今年のベルリン映画祭では桃井かおりが出演したドイツ映画『フクシマ、モナムール』が国際アートシアター連盟賞を受賞し、韓国のキム・ギドク監督は福島でロケを行なった『STOP』を完成させ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映を行なっている。 大高「海外含めて、いろいろな動きがあります。見たばかりの篠崎誠監督の『SHARING』という作品が、素晴らしい出来栄えでした。震災を題材に、ホラー映画のテイストで、見る者をぐいぐい引っ張っていきます。面白いのです。震災を描いて、面白いとは何事かという人が出てくる気もしますが、この作品は、そのような見方、言い方そのものを俎上に乗せつつ、震災と映画の関わり方を問うているのです。震災からたかだか5年ですが、一時の節目のあとには、また膨大な歳月があるのです。映画もまた、その膨大な時間の前に、やることはとても多いのだと思っています」  他にも園子温監督が『ヒミズ』『希望の国』に続いて被災地でロケを行なった自主映画『ひそひそ星』(新宿シネマカリテほかで5月14日~)、震災によって皮肉にも社会復帰を果たす男を佐野和宏が演じる『夢の女』(ポレポレ東中野にて4月9日~)などの作品が公開を控えている。映画が震災と震災を経験した人々をこれからどう描いていくのか注目していきたい。 (取材・文=長野辰次) ●おおたか・ひろお 1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。92年から毎年、独立系作品を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を開催。今年で25回目を迎える。現在、キネマ旬報に「大高宏雄のファイト・シネクラブ」(2012年度キネマ旬報読者賞受賞)、毎日新聞に「チャートの裏側」、日刊ゲンダイに「エンタメ最前線」などを連載中。『興行価値―商品としての映画論』(鹿砦社)、『ミニシアター的!』(WAVE出版)、『日本映画 逆転のシナリオ』(WAVE出版)、『日本映画への戦略』(希林館)、『仁義なき映画列伝』『同・増補新版』『同・復刻新版』(鹿砦社)、『映画業界最前線物語 君はこれでも映画をめざすのか』(愛育社)など著書多数。昭和の官能女優たちの映画を取り上げた『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』(鹿砦社)が4月下旬に発売予定。 ※2015年度の第25回日本映画プロフェッショナル大賞受賞作は近日発表の予定 http://nichi-pro.filmcity.jp

壮絶! リストラ漫画家のお遍路旅『55歳の地図』で知る、四国の人のあったかさ

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『55歳の地図』(黒咲一人/日本文芸社)
 人が人生の岐路に立った時に選ぶ道のひとつに、「お遍路」というものがあります。いわゆる四国八十八カ所のお寺を回る、日本最大規模のスタンプラリーです。最近は旅行会社のツアーなんかもあったりして、大変人気があるようですね。  今回ご紹介するのは、お遍路をテーマにした漫画『55歳の地図』という作品。「実録!リストラ漫画家遍路旅」というサブタイトルがついており、仕事がなくなり、食えなくなってしまった漫画家、黒咲一人先生が自分探しのためにガチの「お遍路さん」をする、壮絶なドキュメント漫画なのです。  黒咲先生は2003年ごろから原稿の新規依頼が途絶え、連載していた雑誌が廃刊になったりと、漫画の仕事が徐々になくなっていきます。そして、ついに完全に廃業状態となった黒咲先生は、身辺整理を始めます。しかし、ハローワークに行っても、漫画しか描けない55歳のオッサンに職が見つかるはずもありません。  そんな黒咲先生の窮状を心配して駆けつけてきたのが、漫画家仲間のさとう輝先生。『江戸前の旬』がロングヒットしており、リストラとは無縁なお方です。さらに御大、本宮ひろ志先生も、ビルのワンフロアーをタダで貸してくれるなどと言ってくれます……。うーん、いい人たちだ。  さらに、犬漫画の帝王『銀牙』『銀牙伝説WEED』などでおなじみ高橋よしひろ先生も、「仕事を手伝わないか?」と電話をかけてきてくれました。  せっかく心配して声をかけてくれているんだから、素直に高橋先生の仕事を手伝えばいいじゃないかと思うのですが、そこはかつて自分も第一線で描いていた漫画家だというプライドがあるのでしょう。結局、自分探しの道、四国遍路の旅を選びます。 『55歳の地図』というタイトルで思い出すのが、尾崎豊の名曲「十七歳の地図」です。尾崎は「盗んだバイクで走りだす」のですが、黒咲先生の場合は「5,000円で買った中古三輪チャリ」で走りだします。これが55歳の青春なんでしょうか……。あまりの先行き不透明感で、読んでいるこっちも暗澹たる気分になります。  それにしても黒咲先生、どうも要領が悪すぎるというか、自らピンチを招き入れている感があります。出発の日は冬が差しせまる11月、どう考えても春や夏に比べて、放浪旅をするにはつらい時期です。さらに土砂降りの雨。何も、こんな日を選ばなくても……って気がしますが。しかも、運が悪いことに途中で三輪車のタイヤがパンク。  タイヤを修理するために土砂降りの中を右往左往し、予定のフェリーの時間に間に合わず……。まだ東京なのに、すでに瀕死状態です。大丈夫なのか、こんなんで。  四国へ上陸後、旅路用にホームセンターでテントを買って一国一城の主気分になるも束の間、相変わらず大ピンチです。なにしろ、総重量20キロの全財産を自転車に積んでいるため漕ぐことができず、結局、常に自転車を手押しして移動することになります。案の定、徳島で早速、死にそうになります。朝から胃袋に入れたのは、缶コーヒーとビールのみ。カロリーメイトぐらい買っておけばいいのに……。  ようやくスタート地点である、第一番札所「霊山寺」(徳島)に到着。ここでお遍路さんのコスプレ、もとい衣装に着替え、お遍路さんに変身。しかし、延々と続く山道を20キロの重量を積んだ自転車を押し続けるわけですから、相当大変です。  せっかく有り金をつぎ込んで宿に泊まっても風邪を引いてしまい、食事も取れずボロボロに。死に装束風のお遍路さんのカッコも相まって、いつ逝ってもおかしくない雰囲気です。そんな常に瀕死の黒崎先生を見るに見かねたのか、謎のオヤジが登場。 「死ぬで!!」  ハードボイルドなホームレス風のオッサンは一心さんという人で、さまよえるお遍路さんに付き添ってアドバイスしてくれる、お遍路の「先達さん」をライフワークにしている人でした。まさに、黒咲先生の命の恩人。  作品の中盤まで、ラーメンを作ってくれたり、テントを張るベストポジションを教えてくれたり、効率のよい寺の回り方などをアドバイスしてくれたり、お供え物のゲットの仕方まで、とにかく至れり尽くせりで生きる伝授してくれます。さらに、この一心さん以外にも、無料宿泊所のリストをくれる人、自転車をタダで修理してくれる自転車屋さん、自転車をタダで修理してくれた上にミカンまでくれる町工場の人、自転車を家族総出でタダで直してくれる地元の駐在さんと、四国の人あったかすぎて泣ける!  そんな感じで何度も死にそうになりながら88カ所の寺を回り切り、真のゴールである高野山(和歌山)へ。その高野山が、完全に冬登山モードで遭難必至。あまりの寒さに、何度も三途の川を渡りそうになります。ゴールを目前にして息絶えるのか……というところで、間一髪。通りがかった車に乗せてもらい、なんとか高野山にたどり着くのでした。最後まで人の優しさに頼り切って、見事ゴール! 本当によかった、よかった。  冷静に考えると、数々の申し出を振り切ってまでお遍路さんに行って、自分探しはできたけど職は探せていなくて、実はなんの解決にもなってないという、元も子もないオチなのですが、結局、お遍路ネタでこの漫画が描けているのですから、これこそがまさにお遍路さんのご利益なのかもしれませんね。皆さんも人生に行き詰まったら「お遍路さん」。覚えておいて損はありません。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>)

日本カルチャーに対するスペインからの回答! 善意が悲劇を招くスペイン語映画のニューウェイブ『マジカル・ガール』

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Una produccion de Aqui y Alli Films, Espana. Todos los derechos reservados (C)
 今週取り上げる最新映画は、岡田准一と阿部寛がエベレストでの撮影に挑んだ山岳スペクタクルと、日本の魔法少女アニメが大好きな少女と男女3人の運命を描くスペイン発のドラマ。雄麗な最高峰と気迫みなぎる演技をとらえた映像や、独創的なストーリーと魔術のような展開で、いずれも同ジャンルのハリウッド映画と肩を並べる傑作たちだ(いずれも3月12日公開)。 『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』は、夢枕獏の小説『神々の山嶺』を、『愛を乞うひと』(1998)、『必死剣 鳥刺し』(2010)の平山秀幸監督が映画化したスペクタクル大作。ヒマラヤ山脈を望むネパールの首都カトマンズで、山岳カメラマンの深町(岡田准一)は、1924年にエベレスト初登頂挑戦で行方不明になった英登山家の所有物らしきカメラを見つける。深町はカメラを調べる過程で、孤高の天才クライマー羽生(阿部寛)と出会う。羽生がエベレストの超難所に挑むと確信した深町は、羽生の元恋人・涼子(尾野真千子)を伴い、再びカトマンズへ。羽生の前人未踏の挑戦を、深町はカメラで追うことを決意する。  邦画初となるエベレストの5,200m級でのロケ撮影を敢行。キャスト・スタッフが1カ月以上に及ぶ過酷な撮影に命懸けで挑んだ映像に、神々しいほど気高く美しい世界最高峰と、それに対峙する男たちの覚悟が圧倒的なリアリティーで刻まれた。岡田はやさぐれた面も持つ野心家の役で新境地。阿部も求道者のようにストイックな登山家を男くさく演じきった。昨年はハリウッド製の『エベレスト3D』も公開されたが、人間の実存に迫る骨太なドラマという点では、本作のほうがより一層の高みに到達した印象だ。 『マジカル・ガール』は、新鋭カルロス・ベルムト監督の長編映画デビュー作にして、スペインのサン・セバスチャン国際映画祭でグランプリと監督賞を受賞した新感覚ドラマ。白血病で余命わずかな少女アリシアの夢は、大好きな日本のアニメ「魔法少女ユキコ」のコスチュームを着て踊ること。失業中の父ルイスは、高額なコスチュームを手に入れるため、思い切った行動に出る。それは、心に闇を抱えた女性バルバラや、刑務所を出所した元教師ダミアンを巻き込み、予想外の事態へと転じていく。  大の日本オタクというベルムト監督は、架空の魔法少女アニメのほかにも、長山洋子のデビュー曲「春はSA・RA・SA・RA」でアリシアが踊ったり、エンドロールで「黒蜥蜴の唄」(美輪明宏作詞・作曲)のカバー曲が流れるなど、日本のテイストを随所にちりばめた。大胆な省略でキャラクターや状況の謎を効果的に配し、先の読めないストーリーに引き込む手腕が鮮やかだ。善意が悲劇を招く連鎖で笑わせるシニカルなユーモアも絶品。スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルが絶賛した本作は、昨年日本公開されたアルモドバル製作のアルゼンチン映画『人生スイッチ』(14)に並ぶ、注目すべきスペイン語映画のニューウェイブだ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』作品情報 <http://eiga.com/movie/80572/> 『マジカル・ガール』作品情報 <http://eiga.com/movie/83438/>

中年アイドルオタは本当に迫害されているのか?『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』

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『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』(ワニブックス)
 日本人は、何かと卒業したがりだ。  学校の卒業はともかくとして、暴走族、番組、アイドルグループ、この支配からの……などなど、いろんなものから卒業していく。  何かに関するオタクを辞めることを「オタ卒」なんて言ったりもする。卒業とはいうものの、「もう○○歳だし、オタクやってる年でもないよな」的な意味合いのほうが強い言葉だといえるだろう。  まあ、何をやる上でも「年齢」っちゅうのは判断基準のひとつとなるもんで、「だいたい○○歳くらいまでには、こういうことをやるのは辞めましょうね」的な暗黙の了解というのは世の中にたくさん存在する。  ただ、インターネットが一般に普及して以降、さまざまなジャンルにおいて「もう○○歳だし」というハードルが、かなり低くなっているのではないだろうか。  だって、ネットの世界を見渡せば「いい年こいて」なことを、キーポン○○な精神でずーっとやり続けているスゴイ先達がいっぱいいるのがわかっちゃうんだもん。  そんな感じで、かつては「いい年こいて」と言われていたようなジャンルにも、いい年こいた人たちがわんさか残っていて、エイジレス状態となっているのだ。 ■中年アイドルオタクって、迫害されてる?  で、この本『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』(ワニブックス)だ(コレのレビュー記事を頼まれていたんだった!)。  プロレスファンならば「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社)の、アイドル好きならば、ももクロの公式記者としておなじみのライター・小島和宏さんの新刊。  ボクも、ももクロ好きとして小島さんの記事はしょっちゅう読んでいたので、小島さんの語る中年アイドルオタク論とはどんなものかと期待していたのだが……。すみません、正直あんまピンとこなかったっす。  本書の中では、 ・中年アイドルオタクは冷たい目線にさらされている ・世間の理解がまったく進んでいない ・「恥じらい」や「うしろめたさ」を抱いていたほうがアイドルを楽しめる というのが前提としてあり、そのアンチテーゼとして『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』となっていくのだが、本当に中年アイドルオタクって、そんなに冷たい目線にさらされているだろうか?  もちろん、中年アイドルオタクに対して「キモイ!」「大人げない!」「ロリコン!」という偏見全開で接してくる人も少なくない……というか、結構多いとは思う。  でもそれが、ハロウィンにドンキで買ったコスプレを着て渋谷を闊歩するヤングたちに向けられる「ウザイ!」「邪魔!」「頭悪そう!」「どーせこれからセックスするんだろ!? ハロウィンでもクリスマスでも、なんでもいーんじゃねーか!」という偏見と、どっちが多いかといえば、まあ同じようなもんなんじゃないだろうか?  取り立てて中年アイドルオタクが迫害されているわけでもなく、価値観が多様化しまくって小さなジャンルの村社会が大量に作られた結果、なにかっちゅうと村人同士が石を投げ合っているのが現代なのだ。  アイドル界隈だけでいっても、中年アイドルオタクはピンチケ(AKB48劇場で販売される中高生向けのチケットのこと。転じて、マナーを守らない若者を揶揄する言葉として使われる)をバカにしがちだし、モノノフ(ももクロのファン)はCDを大量買いするAKBオタクをバカにしがち。かと思えば、他のアイドルグループのファンは、やたらとももクロだけを神聖視するモノノフをウザがったり……。  もちろん、アイドルとかにまったく興味のないリア充は、そんなオタクたちをひとまとめにして「キモイ!」と思っているし、オタクのほうはオタクのほうで、Facebookでステキな飲み会写真ばっかりアップしているリア充をバカにしまくっていることだろう。  以前、アニメオタクの友人と話している時に、 「アイドルオタクはバカだ。いくらCD買ったってアイドル自身には金なんか入らないで、秋元康みたいなおっさんが儲かるだけだろ?」 「だったらオメーの買ってる美少女フィギュアも、作ってるおっさんに金入るだけだろーが!」  みたいな不毛極まりない議論となり、つかみ合いになりそうになったが、もうね……オタクもリア充もヤンキーも意識高い系も、人間は理解し合えないと考えたほうがいい。  こんな時代なんだから、村の外の人たちの目線を気にしても仕方がないのだ(「清潔感」とか、最低限のラインは守りたいところだが)。  学校や会社で、周囲から冷たい目で見られたとしても、気持ちの通じ合える仲間はネットや現場でいくらでも探せるし、もちろん「いい年こいて……」という世間の目を気にしてオタ卒する必要もない。 『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』……と、最終的なところで小島さんと意見が一致するんだけど。 ■アイドル記者奮戦記として読もう 『中年がアイドルオタクでなぜ悪い!』の帯には「アイドルを追いかけることは大人の立派な“たしなみ”である!」とのキャッチフレーズが書かれているが、同時期に発売された、大森望さんの『50代からのアイドル入門』(本の雑誌社)の帯にも「アイドルは大人のたしなみだ!」との文字があるのも興味深い。  まあ「中年がアイドルを追いかけるなんてキモイ!」という声に対しての理論武装として「大人のたしなみだ!」なんだろう。  小島さんも大森さんも、ボクのひとまわりぐらい上の世代の方たちなのだが、「上の人たちって、周りの目をいろいろ気にして大変そうだなぁ~……」と思ってしまう。 「大人のたしなみだ!」なんて強がらなくても、周りが何と言おうと「ボクは好きだから好きなんだもーん!」でよくない? ……ほら、理解し合えないでしょ?  ちなみに本書は、中年アイドルオタク論うんぬんは置いといて、ももクロをはじめとしたアイドルに密着取材してきた、アイドル記者である小島さんの奮闘記として読めばすごく面白いよ。 (文=北村ヂン)