突然ですが、みなさんは出世してますか? 僕はしてません。それはともかく、僕らの思い描く、 サラリーマンが「出世」するマンガといえば、やっぱり『島耕作』シリーズですよね? 1983年に「週刊モーニング」(講談社)で連載がスタートした『課長 島耕作』は、派閥にも属さず、自分の信念を貫く、日本一カッコイイ中間管理職を描いたマンガとしてサラリーマンの熱い支持を得てきた作品ですが、約10年間課長を務めた後、ついに部長に昇進、 92年からはタイトルが『部長 島耕作』となります。 その後は中間管理職の象徴ではなく、エグゼクティブコースに乗ったサクセスストーリーマンガとして『取締役 島耕作』『常務 島耕作』『専務 島耕作』『社長 島耕作』と上り詰 め、これで終わりかと思いきや、まさかの『会長 島耕作』がスタートして今に至ります。 さらに、過去の時代への回帰も行われており、『ヤング 島耕作』『ヤング 島耕作 主任編』『係長 島耕作』、そして大学生時代の『学生 島耕作』までさかのぼっています。もはや野口英世や夏目漱石以上に詳細な自伝が描かれ、いつお札に印刷されてもおかしくないレベルなのですが、とにかく派生作品が多すぎるので、これから読む人のために、それぞれのタイトルを島の人生の時系列に沿ってご紹介してみましょう。 ■『学生 島耕作』 早稲田大学を受験するため、山口県岩国市から上京した学生・島耕作。当時、学生運動が盛んだった早稲田で、下見の最中に活動家と間違えられて機動隊にボコられたり、入学後はタコ部屋学生寮の先輩と一緒に風俗に行ってボッタくられたりと、なかなかの青春ド真ん中っぷりです。 ハイライトは、高校時代からのペンフレンドでタレントの卵、三沢淳子との童貞喪失シーンです。道を歩くだけで女が寄ってくるモテの化身・島耕作にも、童貞時代があったというのが驚きですね。てっきり、生まれた直後から非童貞だと思ってました。 ■『ヤング 島耕作』 新入社員の島を描く『ヤング島耕作』。本人の望み通り、大企業・初芝電産に入社できた島が、若さに任せて大ハッスル。 研修として、ハツシバショップで販売実習をすることになる島。そこの従業員が 不用品を不法投棄するシーンを見かけ、正義感が爆発してガツンと言ってやったのはいいが、その報復として実習先での勤務評価を最低ランクにされてしまうピンチに陥ります。 そこへたまたま通りかかったのが、まさかの神、初芝電産の吉原会長。「お前は正しいことを言っている!」と会長の覚えもめでたく、研修後の評価は最高グレードで、見事に希望の宣伝部配属ゲット。やはり島耕作、新入社員の時から「持ってる」男でした。 女関係では、言い寄ってきた同僚をヤッちゃった後に、その女が会社に産業スパイとして潜り込んでいた左翼活動家の女だったことを知ったり、社員寮のルールを破って無断外泊しまくりで上司に呼び出され、開き直って「好きな女とセックスしてました」と堂々と答えたり、若気の至りがあふれ返っているヤング時代なのでした。 ■『ヤング 島耕作 主任編』 ヤングだけど、主任……つまりは、若手のエースとなった島。主任になったために部下ができたのですが、よりによって新しく配属された部下・亀渕雄太郎が、アメリカ帰りの新人類で大物デザイナーの息子という、初芝のお偉いさんも逆らえない、たいそう厄介なヤカラなのです。 アメリカ的個人主義を徹底し、日本企業になじもうとしない亀渕に対し、人情を大事にするニッポンのサラリーマン代表、島が激しく叱責。しかし、亀渕の親のコネが強力で、逆に島が専務に怒られるありさま。 女関係では、島の最初の妻となる岩田怜子が大活躍。『課長 島耕作』では最初っから夫婦関係が冷え切っていて浮気しまくりモードの島ですが、この時代の怜子は島が惚れるのも納得の、実にデキる女です。 レストランでの食事の予約を入れるも、突然の深夜作業でドタキャンしてしまう島。しかし、家に帰ってくると、レストランのフルコース料理をお持ち帰りにして、テーブルにきれいに並べて待っている怜子の姿が。 そして「しょうがないわよ、仕事よりデートを優先する男がいたら、そんな奴逆に信用できないわ」のセリフ。彼氏の仕事に理解のある、実にいい女ですね。 ■『係長 島耕作』 係長になって早々、上司の遠馬課長が末期のすい臓がんであることが発覚。会社の命令により、本人には知らせず奥さんに告知するという、いきなりハイレベルなミッションを課された島。 しかも、入院している課長は課長で、奥さんのいない隙に、行きつけのバーのホステスである愛人を見舞いに来させろという、さらにややこしい指示を出してきます。こんな嫌な業務命令ある? 課長の他界後、愛人の存在に薄々気づいていた奥さんが、その愛人に会わせろと島に詰め寄るという修羅場に陥ります。これぞまさに貧乏くじ。っていうか、明らかに係長の業務のレベルを超えてますよね。 ■『課長 島耕作』 島耕作シリーズの原点が、この『課長 島耕作』です。課長時代の活躍があったからこそ会長にまで出世できたということで、読んでみると、歴代の中でも実は女関係が一番鬼畜なのも、この課長時代といえます。 態度の悪い新人女性社員にガツンと言ってやるべく、晩飯に誘う島。しかし、完全に彼女にペースを握られ、飲んでカラオケに行った後、ラブホにしけ込んで結局ヤッちゃいます。その後、女性社員にガツンと言うどころか、会社や妻にバラされ、家庭を壊されるのではないかとビクビクしていた島でしたが、その女が結婚して辞めることになり、ギリギリセーフだった話とか……。 部長命令で「博通広告賞の大賞をなんとしてでも受賞しろ」というムチャ振りを受け、博通の審査員の男に頼み込んだところ、「スワッピングパーティーに参加することが条件」と言われる島。結局、その男の嫁を抱くハメになったのですが、島の嫁・怜子と大学の同級生だったことが発覚して、大ピンチみたいな話とか……。 行きずりでヤッちゃった女にピンチを救われたり、ヤッた女が実は仕事上のキーマンだったり、みたいなパターンも異常に多く、それがきっかけで社内での評価をガンガン上げていく島。日本のサラリーマンを代表する男にしては、能力が特殊すぎます。 ■『部長 島耕作』 部長以降の島は、無事、怜子との離婚が成立し、独身貴族に。女関係は本命セフレの大町久美子が中心ではありますが、相変わらず女にモテまくりです。 総合宣伝部長の島なのですが、中沢社長の友人が企業乗っ取りの危機に遭っているということで、会社を救うための特命を受けることになります。いわゆるM&A案件です。まったく畑違いの仕事でも、柔軟かつ颯爽と、ビシッとこなす。さすがは仕事がデキる男。その後はフランスに行ってワインの買い付けをしたり、ニューヨークで自分の隠し子を歌手としてプロデュースしたりと、一体なんの部長なんだ……。 ■『取締役 島耕作』『常務 島耕作』『専務 島耕作』 正直、このへんは取締役と常務と専務の時代の違いがよくわからず、ストーリーがごっちゃになりやすいのですが、取締役時代は島の上海進出がテーマになり、常務時代は中国全土を担当するようになり、専務時代には東アジアおよびアメリカ担当ということで、ワールドワイドな展開が続きます。コマ当たりの説明セリフの密度も上がり、文字だらけのシーンが多く、まるでビジネスマンガのようになります(もともとビジネスマンガですが……)。 しかし、肝心の初芝自体は、業績ダダ下がり。カルロス・ゴーンみたいな郡山社長の下、超リストラ断行モードで、ド派手だった課長時代に比べると、冬の時代といった感じ。 女関係はビジネス同様、ワールドワイドに手を広げ、中国人秘書、中華料理店のママ、米国法人の金髪秘書、インドの大物女優などなど、オッサンになってもモテが止まりません。インドの大物女優とのキスシーンをフライデーされて、敵対する副社長派に吊るし上げられたりなど、業績は冬なのに、女関係は相変わらず夏真っ盛りといった感じです。 ■『社長 島耕作』 前社長が憎まれ役を買って出て、大リストラをやってくれたおかげで、会社の膿を出し切り、最高においしいタイミングで社長になった島。 パナソニックが三洋電機を子会社にしたように、初芝電器も五洋電機と経営統合。松下電器がパナソニックになったように、初芝五洋ホールディングスも「テコット」に改名というリアルとシンクロする感じのストーリーがグッときます。 女関係では、社長秘書である和菓子店のお嬢様・南村彩、オヤジ殺しの多田かおり、ヌンチャク使いの神奈川恵子という、仕事がデキるだけでなく一芸に秀でている3人の社長秘書たちが、いかに他を出し抜いて社長の好意をゲットするかという三つ巴バトルや、25年間付かず離れずの関係だったセフレの久美子と、ついに観念して結婚するところなどが見どころです。 ■『会長 島耕作』 巨額の赤字を出した責任を取ってテコットの社長を辞任し、会長に就任した島。今まで、年齢に比して異様なまでの若々しさを保ち、それゆえモテモテだったわけですが、会長編では一気に枯れた感じを醸し出します。 ストーリーとしては、ついに財界の大物デビューを飾った島が、経団連みたいな感じの「経済連」に入ったかと思えば、上層部と考えが合わず、揉めたりします。ビジネスのスケールもいままでよりも大きく、日本の国益がテーマとなり、農業や漁業、さらには日本酒造りなど、予想もしなかった方向に進出します。 また、島の専任秘書として登場した三代稔彦は、カミングアウトしたゲイという設定で、イケメンが出てくるとすぐに口説こうとするなど、やたらとゲイ関連の話が出てくるのも特徴的です。こちらは現在も連載中の作品なので、今後の展開に期待しましょう。 ■この後の展開を予想してみる ビジネスマンとしての頂点である会長まで上り詰めてしまった島なので、どうしても、その先の役職は限られています。『相談役 島耕作』『名誉会長 島耕作』あたりなら、まだイケますが。もしビジネスマンとしての役職にこだわらなければ、『総理大臣 島耕作』『国連事務総長 島耕作』『老後 島耕作』『遺骨 島耕作』などもイケそうです。 ちなみに、島の再婚相手、久美子のアブノーマルな女子高生時代を描いた読み切り『JK大町久美子』や、島が殺人事件に巻き込まれて探偵になる『島耕作の事件簿』の連載が始まっているので、今後はこのような変化球路線が中心になるという可能性も考えられます。 また、ヤング方面の作品では、大学生時代の『学生 島耕作』に加え、読み切りの『少年 島耕作』で高校時代を消化してしまっているため、残りは『中学生 島耕作』『小学生 島耕作』『園児 島耕作』『幼児 島耕作』『赤子 島耕作』『胎児 島耕作』あたりが考えられます。さらに『君の名は。』とのコラボが実現すれば『前前前世 島耕作』というのもあるかもしれません(ないか……)。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>) ◆「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから『課長 島耕作(1)』(講談社)
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日本最強サラリーマン『島耕作』 その出世遍歴を振り返る
突然ですが、みなさんは出世してますか? 僕はしてません。それはともかく、僕らの思い描く、 サラリーマンが「出世」するマンガといえば、やっぱり『島耕作』シリーズですよね? 1983年に「週刊モーニング」(講談社)で連載がスタートした『課長 島耕作』は、派閥にも属さず、自分の信念を貫く、日本一カッコイイ中間管理職を描いたマンガとしてサラリーマンの熱い支持を得てきた作品ですが、約10年間課長を務めた後、ついに部長に昇進、 92年からはタイトルが『部長 島耕作』となります。 その後は中間管理職の象徴ではなく、エグゼクティブコースに乗ったサクセスストーリーマンガとして『取締役 島耕作』『常務 島耕作』『専務 島耕作』『社長 島耕作』と上り詰 め、これで終わりかと思いきや、まさかの『会長 島耕作』がスタートして今に至ります。 さらに、過去の時代への回帰も行われており、『ヤング 島耕作』『ヤング 島耕作 主任編』『係長 島耕作』、そして大学生時代の『学生 島耕作』までさかのぼっています。もはや野口英世や夏目漱石以上に詳細な自伝が描かれ、いつお札に印刷されてもおかしくないレベルなのですが、とにかく派生作品が多すぎるので、これから読む人のために、それぞれのタイトルを島の人生の時系列に沿ってご紹介してみましょう。 ■『学生 島耕作』 早稲田大学を受験するため、山口県岩国市から上京した学生・島耕作。当時、学生運動が盛んだった早稲田で、下見の最中に活動家と間違えられて機動隊にボコられたり、入学後はタコ部屋学生寮の先輩と一緒に風俗に行ってボッタくられたりと、なかなかの青春ド真ん中っぷりです。 ハイライトは、高校時代からのペンフレンドでタレントの卵、三沢淳子との童貞喪失シーンです。道を歩くだけで女が寄ってくるモテの化身・島耕作にも、童貞時代があったというのが驚きですね。てっきり、生まれた直後から非童貞だと思ってました。 ■『ヤング 島耕作』 新入社員の島を描く『ヤング島耕作』。本人の望み通り、大企業・初芝電産に入社できた島が、若さに任せて大ハッスル。 研修として、ハツシバショップで販売実習をすることになる島。そこの従業員が 不用品を不法投棄するシーンを見かけ、正義感が爆発してガツンと言ってやったのはいいが、その報復として実習先での勤務評価を最低ランクにされてしまうピンチに陥ります。 そこへたまたま通りかかったのが、まさかの神、初芝電産の吉原会長。「お前は正しいことを言っている!」と会長の覚えもめでたく、研修後の評価は最高グレードで、見事に希望の宣伝部配属ゲット。やはり島耕作、新入社員の時から「持ってる」男でした。 女関係では、言い寄ってきた同僚をヤッちゃった後に、その女が会社に産業スパイとして潜り込んでいた左翼活動家の女だったことを知ったり、社員寮のルールを破って無断外泊しまくりで上司に呼び出され、開き直って「好きな女とセックスしてました」と堂々と答えたり、若気の至りがあふれ返っているヤング時代なのでした。 ■『ヤング 島耕作 主任編』 ヤングだけど、主任……つまりは、若手のエースとなった島。主任になったために部下ができたのですが、よりによって新しく配属された部下・亀渕雄太郎が、アメリカ帰りの新人類で大物デザイナーの息子という、初芝のお偉いさんも逆らえない、たいそう厄介なヤカラなのです。 アメリカ的個人主義を徹底し、日本企業になじもうとしない亀渕に対し、人情を大事にするニッポンのサラリーマン代表、島が激しく叱責。しかし、亀渕の親のコネが強力で、逆に島が専務に怒られるありさま。 女関係では、島の最初の妻となる岩田怜子が大活躍。『課長 島耕作』では最初っから夫婦関係が冷え切っていて浮気しまくりモードの島ですが、この時代の怜子は島が惚れるのも納得の、実にデキる女です。 レストランでの食事の予約を入れるも、突然の深夜作業でドタキャンしてしまう島。しかし、家に帰ってくると、レストランのフルコース料理をお持ち帰りにして、テーブルにきれいに並べて待っている怜子の姿が。 そして「しょうがないわよ、仕事よりデートを優先する男がいたら、そんな奴逆に信用できないわ」のセリフ。彼氏の仕事に理解のある、実にいい女ですね。 ■『係長 島耕作』 係長になって早々、上司の遠馬課長が末期のすい臓がんであることが発覚。会社の命令により、本人には知らせず奥さんに告知するという、いきなりハイレベルなミッションを課された島。 しかも、入院している課長は課長で、奥さんのいない隙に、行きつけのバーのホステスである愛人を見舞いに来させろという、さらにややこしい指示を出してきます。こんな嫌な業務命令ある? 課長の他界後、愛人の存在に薄々気づいていた奥さんが、その愛人に会わせろと島に詰め寄るという修羅場に陥ります。これぞまさに貧乏くじ。っていうか、明らかに係長の業務のレベルを超えてますよね。 ■『課長 島耕作』 島耕作シリーズの原点が、この『課長 島耕作』です。課長時代の活躍があったからこそ会長にまで出世できたということで、読んでみると、歴代の中でも実は女関係が一番鬼畜なのも、この課長時代といえます。 態度の悪い新人女性社員にガツンと言ってやるべく、晩飯に誘う島。しかし、完全に彼女にペースを握られ、飲んでカラオケに行った後、ラブホにしけ込んで結局ヤッちゃいます。その後、女性社員にガツンと言うどころか、会社や妻にバラされ、家庭を壊されるのではないかとビクビクしていた島でしたが、その女が結婚して辞めることになり、ギリギリセーフだった話とか……。 部長命令で「博通広告賞の大賞をなんとしてでも受賞しろ」というムチャ振りを受け、博通の審査員の男に頼み込んだところ、「スワッピングパーティーに参加することが条件」と言われる島。結局、その男の嫁を抱くハメになったのですが、島の嫁・怜子と大学の同級生だったことが発覚して、大ピンチみたいな話とか……。 行きずりでヤッちゃった女にピンチを救われたり、ヤッた女が実は仕事上のキーマンだったり、みたいなパターンも異常に多く、それがきっかけで社内での評価をガンガン上げていく島。日本のサラリーマンを代表する男にしては、能力が特殊すぎます。 ■『部長 島耕作』 部長以降の島は、無事、怜子との離婚が成立し、独身貴族に。女関係は本命セフレの大町久美子が中心ではありますが、相変わらず女にモテまくりです。 総合宣伝部長の島なのですが、中沢社長の友人が企業乗っ取りの危機に遭っているということで、会社を救うための特命を受けることになります。いわゆるM&A案件です。まったく畑違いの仕事でも、柔軟かつ颯爽と、ビシッとこなす。さすがは仕事がデキる男。その後はフランスに行ってワインの買い付けをしたり、ニューヨークで自分の隠し子を歌手としてプロデュースしたりと、一体なんの部長なんだ……。 ■『取締役 島耕作』『常務 島耕作』『専務 島耕作』 正直、このへんは取締役と常務と専務の時代の違いがよくわからず、ストーリーがごっちゃになりやすいのですが、取締役時代は島の上海進出がテーマになり、常務時代は中国全土を担当するようになり、専務時代には東アジアおよびアメリカ担当ということで、ワールドワイドな展開が続きます。コマ当たりの説明セリフの密度も上がり、文字だらけのシーンが多く、まるでビジネスマンガのようになります(もともとビジネスマンガですが……)。 しかし、肝心の初芝自体は、業績ダダ下がり。カルロス・ゴーンみたいな郡山社長の下、超リストラ断行モードで、ド派手だった課長時代に比べると、冬の時代といった感じ。 女関係はビジネス同様、ワールドワイドに手を広げ、中国人秘書、中華料理店のママ、米国法人の金髪秘書、インドの大物女優などなど、オッサンになってもモテが止まりません。インドの大物女優とのキスシーンをフライデーされて、敵対する副社長派に吊るし上げられたりなど、業績は冬なのに、女関係は相変わらず夏真っ盛りといった感じです。 ■『社長 島耕作』 前社長が憎まれ役を買って出て、大リストラをやってくれたおかげで、会社の膿を出し切り、最高においしいタイミングで社長になった島。 パナソニックが三洋電機を子会社にしたように、初芝電器も五洋電機と経営統合。松下電器がパナソニックになったように、初芝五洋ホールディングスも「テコット」に改名というリアルとシンクロする感じのストーリーがグッときます。 女関係では、社長秘書である和菓子店のお嬢様・南村彩、オヤジ殺しの多田かおり、ヌンチャク使いの神奈川恵子という、仕事がデキるだけでなく一芸に秀でている3人の社長秘書たちが、いかに他を出し抜いて社長の好意をゲットするかという三つ巴バトルや、25年間付かず離れずの関係だったセフレの久美子と、ついに観念して結婚するところなどが見どころです。 ■『会長 島耕作』 巨額の赤字を出した責任を取ってテコットの社長を辞任し、会長に就任した島。今まで、年齢に比して異様なまでの若々しさを保ち、それゆえモテモテだったわけですが、会長編では一気に枯れた感じを醸し出します。 ストーリーとしては、ついに財界の大物デビューを飾った島が、経団連みたいな感じの「経済連」に入ったかと思えば、上層部と考えが合わず、揉めたりします。ビジネスのスケールもいままでよりも大きく、日本の国益がテーマとなり、農業や漁業、さらには日本酒造りなど、予想もしなかった方向に進出します。 また、島の専任秘書として登場した三代稔彦は、カミングアウトしたゲイという設定で、イケメンが出てくるとすぐに口説こうとするなど、やたらとゲイ関連の話が出てくるのも特徴的です。こちらは現在も連載中の作品なので、今後の展開に期待しましょう。 ■この後の展開を予想してみる ビジネスマンとしての頂点である会長まで上り詰めてしまった島なので、どうしても、その先の役職は限られています。『相談役 島耕作』『名誉会長 島耕作』あたりなら、まだイケますが。もしビジネスマンとしての役職にこだわらなければ、『総理大臣 島耕作』『国連事務総長 島耕作』『老後 島耕作』『遺骨 島耕作』などもイケそうです。 ちなみに、島の再婚相手、久美子のアブノーマルな女子高生時代を描いた読み切り『JK大町久美子』や、島が殺人事件に巻き込まれて探偵になる『島耕作の事件簿』の連載が始まっているので、今後はこのような変化球路線が中心になるという可能性も考えられます。 また、ヤング方面の作品では、大学生時代の『学生 島耕作』に加え、読み切りの『少年 島耕作』で高校時代を消化してしまっているため、残りは『中学生 島耕作』『小学生 島耕作』『園児 島耕作』『幼児 島耕作』『赤子 島耕作』『胎児 島耕作』あたりが考えられます。さらに『君の名は。』とのコラボが実現すれば『前前前世 島耕作』というのもあるかもしれません(ないか……)。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>) ◆「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから『課長 島耕作(1)』(講談社)
「アダルトグッズ+催眠音声」の可能性を追求するトランスイノベーションへの誘い
世に「変態紳士」というスラングがあるが、そんな言葉がピタリとあてはまる人に初めて出会ったと、思った。 それが、このルポルタージュのテーマである催眠音声付きアダルトグッズという新たなジャンルを切り拓く、トランスイノベーションを立ち上げたT氏の第一印象であった。 その日の待ち合わせは、都内某所のターミナル駅。約束の5分程まえに、指定された改札の前で、私は柱にもたれかかった。 どんな人が来るのだろうと思いながら、私はiPhoneを取り出して、今日の取材テーマである品物が掲載されているホームページにアクセスした。 そこには、扇情的というよりも倒錯的な言葉がいくつも綴られていた。 「M男専用 催眠ボールギャグ」 「意地悪過ぎる女の子の射精管理遊び」 これは、商品名。そして、いかにも危なげな感じのする女のコのイラストと共に、こんな煽り文句が記されていた。 「挑戦者求む あなたを マゾ玩具化させる 限界まで追い込む音声付き」 近年は、インターネット通販の発達もあってか、ごくごく自然に使われるようになったアダルトグッズ。そこは、次々とユーザーが予想だにしない製品が生み出される世界。 その中でも、この2つの製品は「変態さ」が際立っていた。 そして、日々更新されるTwitterのトップに固定されたアオリもまた、自分たちの開発した製品の変態性への自身に満ちあふれていた。 「おら、どM共かかってこいや!! いやかかってきてもいいよ? いやすいませんかかってきて下さい 買って・・・下さいOTL」 わずかな言葉の中には、情熱が満ちていた。 単に、自社の製品を売るためだけに冗談交じりに書いたアオリ文句……とは、とても思えなかった。製品への、揺るぎない自信の表明。そして、その変態じみた内容を、気取ったりするのではなく、本気で大勢の人に楽しんで、ハマってもらいたいという心意気が、溢れているように感じたのだ。 そして、音声。「音声付き」と控えめにしている。あたかも、オマケであるかのように、さりげなく添えられた言葉。でも、その音声の制作者を見て、購入をすることを決めた者も数限りないだろう。それは、尖った嗜好に、完全に合致した人物である。 ボールギャグの音声はキャンドルマン。オナホールは、B-bishop。 いずれも、ある嗜好では極めて知名度の高い人物である。 そう、催眠音声やオナニーサポート音声などアダルト向け音声作品の世界において。 ■第三の快楽に酔う音の世界 催眠音声とは、読んで字の如く、音声だけによって行われる催眠術である。ネットで検索すれば、同人ダウンロードサイトで販売されているものから、無料でダウンロード可能になっているものまで、さまざまな音声を見つけることができる。 極めてニッチな趣味と思われるかも知れないが、このジャンルは多彩だ。ストーリー仕立てにして、さまざまな物語の中で登場人物になっているような気分で楽しむ催眠を目指したもの。あるいは、さまざまな音の変化を用いることで催眠と快感とを目指したものなど。ひとつとして、似たり寄ったりな作品がない、極めて尖ったジャンルである。もし、大きく分類するならば、ウェットとドライであろう。前者は、催眠にかかりつつ、男性が自分のペニスを弄って射精するというもの。これは、催眠+射精によって、通常のマスターベーション以上の快感を目指すものといえる。 そして、もうひとつが、ドライ。すなわち、催眠によってドライオーガズムに達することを目指したものである。男性が女性の絶頂に近い快感。すなわち、メスイキの快感を得る方法としては、エネマグラなどを用いた、アナルを使う方法が知られているところだ。個人差もあるだろうが、催眠音声によって得られるドライオーガズムは、またこれとは違った快感だ。身体にはまったく触れていないのに、身体の芯のほうから、射精ともアナルの快感とも違う、第三の快楽が押し寄せてくるといえばよいだろうか。 そして、催眠音声には、さらに別のベクトルからの快感がある。基本的に催眠音声は受け身である。ストーリー仕立ての作品だと、わかりやすいが、さまざまな音で貶められ、蔑まれ、それが、みじめ気持ちいい快感となっていく。すなわち、現実のプレイでは不可能であろう領域で、究極のマゾヒズムを味わうことができるというわけだ。 実のところ、そんな快楽には個人差がある。私は、数年前に初体験して以来、だいたいの作品で、あっという間に催眠状態になってしまう。一方で、試したことのある友人知人に話を聞くと体験談は様々だ。 「催眠音声で快感に浸って、ぐったりとしたまま眠りにつくのが気持ちいいんですよね」 そういう人がいるかと思えば、 「いくつも買ってみたんですけど……全然、かからないんですよ」 実は、どれだけ催眠音声を聞いても、まったく催眠状態になったことがないという友人の話には驚いた。これは、誰もがすぐに、催眠状態になってしまうものだと思っていたからだ。 私の場合、自分でも危険だと思うほどに、すぐに催眠状態に入ってしまう。通例催眠音声は、導入の催眠~本編~催眠解除の構成になっている。ちゃんと最後は、催眠を解除してくれるようにはなっているのだが、私の場合、なかなか現実に戻ってくることができないのである。ともすれば、何時間も、心と身体が落ち着かない状態になってしまう。 今回、取材するにあたって、当然事前に試しておこうと思った。ところが、ようやく試す時間ができたのが、取材当日の午前中。ボールギャグのほうを試しておこうかと思った。取材の相手が、著書があれば読む。映像があれば視聴する。そうした下準備がインタビューに欠かせないことはわかっている。けれども、イヤホンをして少しだけ音声を再生して、すぐに止めた。いや、正確にいえば聞いている時間は5秒もなかった。 「これは、ヤバすぎる……」 聞いてしまうと、その日はずっと現世に戻って来られないような気がした。一気に、幻想の世界へと引きずりこまれる、甘美な禍々しさが、そこにはあった。実のところ、取材前日の夜に、いつもの人のよさそうなおじさんが「Amazonでーす」と、届けに来た時。すぐに、ほかの原稿の手を止めて試しておけばよかったかもしれない。でも、結果は同じだったと思う。むしろ、目が覚めてから、もう一度聞き直したい衝動に駆られて、大変なことになっていたのではないかと思う。 それは当然のことだった。ボールギャグもオナホールも、どちらの音声も、すでにいくつもの作品を生み出している実力派の作家の手によるものである。 ボールギャグの音声を担当した、キャンドルマンは、音を用いて女のコにレイプされる催眠を味わう『レイプ・サウンド・ガール♪』という作品で知られる人物である。 少し前に、近作の『Best work for Sissy boi ~女々しいボクにピッタリのオシゴト~』を試したのだが、これはこれまで以上にケタ違いの作品であった。 まず、総再生時間は140分という大長編。展開する物語のテーマはSissy。すなわち、男なのにチンポに負けて、女のコのようになり、社会的禁忌も犯していく快楽を描く作品であった。Sissyというジャンルは、欧米発祥のエロ概念で日本では、あまり馴染みがない。どの程度かといえば、コミケの3日目に純粋にSissyの同人誌を頒布しているサークルは、ひとつしかない。それほど尖った快楽を、2時間以上。山あり谷ありの展開で、没入させてくれていたのである。おそらく、ボールギャク音声を一瞬聞いただけで「やばさ」を感じたのは、私の脳内で、まだあの作品の感覚が残っていたからだと思う。 そして、オナホールの音声を担当したB-bishopは数々のオナニーサポート音声で、やはり研ぎ澄まされた作品群で知られる人物だ。この人物はまず驚異的なの制作スピードでも評価が高い。だいたい毎月2本ペースで新作をリリースしているのである。おまけに、中にはシリーズとしているものもあるが、一つとして同じようなネタがない。毎回が、オリジナルなのである。そんな音声の特徴は、とにかくマゾヒスティックな快楽を喚起する言葉の応酬である。昨年、偶然『恐怖のアイアンメイデンはニガサナイ』を試してみて以来、私もいくつもの作品を購入している。女性の声を用いて、時には感情を込めて、時には無機質な感じで、とにかくありとあらゆる言葉を駆使して、責めてくるのである。トランスイノベーションの公式サイトより
作品は、あくまでオナニーサポート音声である。けれども音だけの世界は実用のための興奮のさらに先の世界へと意識を誘う。精神をもいたぶり興奮させる効果を与えてくれる、またとないものだと私は思っている。 最初に聞いた『恐怖のアイアンメイデンはニガサナイ』の印象は今でも強烈だ。なにしろ、実用のためのオナニーサポート音声として試したはずが、ぐったりするほど疲労と、何か大きな仕事をやり遂げたような満足感をくれたからだ。 ■「変態紳士」という言葉が、ふっと浮かんだ時 いずれにしても、極めて催眠に没入する体質の私にとっては、おいそれと試すことができないものであることは明らかだった。 とはいえ、どちらがよかったのだろう。 インタビューのために会うというのに、テーマとなるものを試していない申し訳なさを感じていた。それと共に、初めて催眠音声を試した頃に、世界から抜け出すことができなくなり、幾度もループし続けた酷い姿も、頭をよぎった。 待ち合わせ場所でiPhoneでグッズの名前などを確認してから、いつものようにノートを取り出す。質問事項を確認するためである。1から順に番号を記した箇条書きの質問。その文面を復習する間もなく「お待たせしました」と、声をかけてきた男性の姿を見て、私は驚いた。 いったいどんな人がやってくるのか、さまざま想像を巡らしていた。ところが、想像していたどれにも当てはまらない、 身体にフィットした、糊のきいたワイシャツを着た爽やかな紳士。その身に纏った空気と、アダルトグッズとのギャップに驚いたのである。 でも、驚きはまだ続いた。 「喫茶店に席を取っておりますので、そちらに行きましょうか」 駅周辺の喫茶店というものは、いつでも混雑しているのが当たり前だ。この爽やかな紳士は、自分が先に席を確保してから、私を迎えに来たのである。本来なら、インタビューをお願いした私のほうがやることであり、段取りを間違えていたわけである。でも、この紳士は、ごく自然な体で私を喫茶店までエスコートしたのである。 私の頭の中で「変態紳士」という言葉が、ふっと浮かんだのは、この時であった。 でも、単に紳士なのではない。その背後には、催眠音声というディープな世界への情熱が、常に沸いている。その情熱があるからこそ、2つのグッズが誕生したのである。 それというのも、催眠音声というジャンルにおいて、作り手は他所から仕事として依頼を受けても、応じることは少ないのだという。 「音声作家さんは、シナリオ(スクリプト)を書くことができれば、自分で声優さんに依頼して、編集まで一人で完結してしまいます。だから、依頼する時も人にお願いする時は熱意が必要でした」 もともと、催眠術に興味があり、自分でも研究をしていたというT氏の催眠音声との出会いは2009年頃のことだった。当時は、まだ催眠音声も黎明期。今のように、同人ダウンロードサイトで販売されているものはほとんどなく、「2ちゃんねる」のスレで、同好の士たちが語り合い、自作を配布しているような時代であった。 そんな時代から興味を持ち、催眠音声やさまざまなオナニーサポート音声を聞くようになったという。それでも、商業でアダルトグッズと合体した形で催眠音声を展開したいというアイデアに賛同してもらうには、幾多の辛苦もあった。辛苦とは、すなわちグッズと組み合わせた形で、新たな催眠音声の可能性を追求したいという情熱を語ることであった。 「お金ではないメリットと情熱を伝えなければ、賛同してもらうことはできなかったと思います」 だから、もし自社の製品がもっと話題となっても他社が参入するのは難しいのではないかと、T氏は考えている。 ■それは、ビジネスを超えた求道の世界
こう書くと、T氏自身が先見の明があった。自分の目に狂いがなかったことを誇っているように思えるかもしれない。けれども、そうではない。このジャンルには、ビジネスとして考えれば無駄としか考えることのできない「求道」の精神がなければ、購入してくれる人々を満足させることなどできないからだ。その「求道」とは、肉体も精神も常識も越え、一歩前に踏み出す勇気にほかならない。 T氏は、それを当たり前のことだと考え、そして、快楽の求道者なのではないか。そう思ったのは、トランスイノベージョン名義でリリースした2作目の催眠音声「催眠アナニー」に話が及んだ時であった。 これは音声単体でリリースされてはいるが、アダルトグッズの使用を前提とした作品である。音声を聞きながら、アネロス(エネマグラ)などの前立腺を刺激するグッズを用いて、ドライオーガズムへと達してもらうことを目的とした作品である。 つまり、作り手側がアナニーや男性におけるドライオーガズムがどういうものであるか理解していなくては、単なるインチキに堕してしまう。ところが、この作品は微に入り際にいたり的確そのもの。ネットで聞きかじったような知識でアナルの知識が乏しい人でも、どうやって挿入するのか。どのように力をこめるのかが、ものすごくわかりやすいのである。 「これは、あなた自身もアナニーの快感を知らないとできないではないですか」 そう尋ねると、T氏は恥ずかしがることもなく真っ直ぐな目で口を開いた。 「そうですね。私自身、好奇心がすべてで、いろんなものに手を出してきました。一応、エネマグラとかの経験もしています。自分の経験から、アナニーでドライするには、イメージ的な部分が重要だと思ったのです。だから、催眠と相性がよいに違いないと思って世に送り出したのが<催眠アナニー>なんです」 「アネロス(エネマグラ)が気持ちいいと、ご自身でもわかってやってるんですね」 「そうですね、理解がないと依頼できないし、よいものが生まれないと思っています」 その控えめな言葉から、T氏が相当の快楽への探求を重ねた上で作品を世に送り出すに至っていることは自ずと理解ができた。誰よりも探求を重ねた経験がなければ「一応」なんて前置きをできるはずがないと思った。その探究心は、決して大っぴらに自慢できるものでもない。世間から広く賞讃を浴びるものではない。 そう、世間の多くの人は、こうした「性情ではない」快楽に興味があっても、表向きは忌避してしまう。「ちょっとそこまでは……」と、躊躇したり。まったく興味のないフリをする。あるいは、興味がある自分を認めたくなくて過剰に変態扱いしたりするものだ。だからこそ、探究心の赴くままにルビコン川を超えるT氏のような人物は、もっと評価されてしかるべきだと、私は思った。 そして、そこで知った快楽を、受け入れ安い形で躊躇している人たちへ勧めようとして、作品を世に送り出す態度。それは尊敬に値するものではないかと。 今回リリースした、ボールギャクとオナホもまた、お仕着せのものではない。優れた催眠音声とセットになっているのだから、少々手を抜いてもよかったかも知れない。けれども、T氏はまったく妥協をしていない。幾つものボールギャグを取り寄せ、作品に相応しい物を選ぼうと努力を重ねたのだ。 「ボールギャクもあそこにたどり着くまでは、十数個を咥えました。実際にくわえて見て、はじめてわかることがあります。大きさは38ミリの物を選んだのですが、もっとも一般的な大きさは42ミリです。ですので、まずさまざまな大きさのボールギャグを探すのが大変でした。咥えてみると素材の違いもわかります。プラスチックではなくシリコン製でなくてはいけないと……。シリコンは少し値段が高くなってしまうのですが、最良のものは、これだと決断したんです」 そのT氏の熱意に応えるべく、キャンドルマンも催眠音声を制作するにあたり、すべてを咥えて、一ずつレビューを書いたのだという。 ■技術力の限界まで気持ち悪いオナホを求めて工場を訪ねる オナホにも、また知られざる探求がある。 こちらは、商品名の通り「気持ち悪い」デザインを目指して、まったくゼロから生み出したものである。 「まず、原型師さんと一緒に、国内某所にあるオナホ工場を見学させてもらいました。オナホをいうものが、どうやって製造されるのかを学び、できることできないことを確かめたのです」 その結果生み出されたのが、今回のアイテムである。当初、もっと違うものも考えていたが、それでは形が崩れてしまい製造することができなかったという。色も同様である。 ある種の妥協といってしまえばそれまでである。でも、それはさらに未来を感じさせてくれるエピソードなのではないか。マンガやアニメがリリースにあわせて、さまざまなグッズを展開するようになってから長い。そこでは、これまで思いもよらなかった新手のグッズが次々とリリースされている。 例えば、お色気系グッズの定番といえる抱き枕カバーや、おっぱいマウスパッド。実際に見たり触れたりしたことのある人ならわかるだろうが、登場した頃に比べると進化は著しい。 素材は触っているだけで気持ちよいものとなり、着色などさまざまな面で、より満足度の高いものとなっている。これもまた「こういうものをつくることはできないか」というアイデアに応え、さまざまな技術が試行錯誤された結果である。 近年、オナホは当たり前のように使われるものとなり、さまざまなグッズが生まれている。ふわとろの柔らかさを追求したものもあれば、締め付けを追求したものもある、かと思えば、付属するローションなど肌に触れた時の感覚や匂いに工夫を施したものも。 でも、造形自体を「気持ち悪い」レベルまで、尖ったデザインにするなんて、思いも寄らなかったのではなかろうか。この挑戦によって、オナホの外側のデザインを工夫すれば、また新たな快楽の世界が広がっていくことを、世間は初めて知ったのではないか。 まさに情熱のままに、新たな快楽を求めて突っ走る。それを半ば呆れられた目で見られることもあるとT氏はいう。 「そこまでやって、儲かってますか?」 「いや、実はあまり……。ボールギャグも、赤字にならないようには作ってます。でも、今は制作者さんにちゃんとお支払いした上で、面白いものをつくりたいという意識のほうが強いのです。知り合いのアダルトグッズメーカーには<アホだろ>といわれましたけど……それでも、面白いことをやりたい。やりたいだけなのかもしれない」 趣味ならいざ知らず、トランスイノベーションは法人である。T氏のほかにもスタッフは複数名いる。ゆえに、ビジネスとしての成功もなくては危うい。ましてや、同人と違って商業で販売する場合、ネットでも実店舗でも「卸値」というものが存在する。それを見越して、ある程度高めに価格を設定しなければならないはずなのに、T氏は赤字にならないギリギリに価格を抑えている。それが「アホだろ」といわれるのは、当然だろう。それでも、T氏には目指すべき地平があるのではないか。 「やはり、大勢の人に気持ちよくなって欲しいんですよね」 「もちろん。商業ベースでやることによって、これまで知らなかった層に広がっていってるのは有り難いなあとは思っています。儲けが少なくてもやってるのは、情熱だけですよね、完全に」 やはりそうなのだ。そうでなくては、まず今回のようなグッズを思いついても自社の商品として、世に送り出すことはしないだろう。ビジネスとしての面を優先させるなら、もっと妥協したり、さまざまな方法でコストカットを図るだろう。そうした面を無視した二つのグッズは、完成までも時間を要した。 もともと、2つを同時にリリースする計画ではあったが、オナホには半年。ボールギャグには1年半の歳月を要したのだ。オナホの音声を担当したB-bishopは界隈では驚異的な執筆速度だといわれているが、それでも半年を費やしている。 さらに、2つの催眠音声が本当に購入してくれた人を満足させるかを確認するために、T氏は何度も何度も聞いた。自分が納得する音になるまでリテイクを繰り返しながら。 ■「無駄な努力」が作品力を高めるという真理 傍から見れば「無駄な努力」などといわれるかも知れない。なにせ、じっと聞いているのである。しかも、聞きながら考えることは多い。本当にちゃんと催眠状態になることができるのか。音量。さらには、コンマ何秒での音のタイミング……。 「自分がちゃんと聞いていないと、説明もできませんから、何回も聞きますね。ホントに何回も何回も聞いて、よしって納得できる仕上がりになってからプレスに回してます」 そして、そうしたチェックができるのも、これまで無数の催眠音声を聞くことに時間を費やしてきた経験があるからだ。 「催眠音声の知識では負けていませんよ。それだけ試していますし。聞いてないと、合う人を選べない。最初は自分で書けないかなと思ったのですが、お願いしたほうがいいものができます。それも、聞いているからこそお願いができるわけですから。催眠音声についての理解は人に負けない自負はあります」 むしろ、自分が制作の側に回っているからこそ、さまざまな作品が聞きたくなるのだとT氏はいう。 「自分の携わっている作品でかかるのは難しいですよね。あらを探すために聞いてしまうんです。ですから、さまざまな催眠音声を買って楽しんでいるんです」 ■常に求めるのは前とは違う作品をつくること
常に「攻めの姿勢」といえばよいだろうか。より新しい快楽を求め、それを多くの人に知ってもらいたい。そんな思いが、優れた催眠音声の作家には通底しているという。ダウンロード販売サイトを見てもらえばわかるだろうが、今回の作品を担当したキャンドルマンも、B-bishopも、1つとして似通った催眠音声をつくってはいない。 ひとつのテーマを繰り返すのではなく、次々とテーマやストーリーに挑戦し続けている。これは、いわゆるアダルトメディア全般の中では、特異な現象だと思う。 エロマンガやアダルトゲームなどに見られるように、作品には、ある程度の「定番」というものが存在している。とりわけ、アダルトゲームは定番の宝庫。ある程度、似たり寄ったりの印象を持たせて間口を広げて、その中で新しい要素を忍ばせて作家性を維持している作品が多いように思えてならない。 けれども、催眠音声は、そのような意図がほとんど見られない。常に、新しいテーマへと挑戦し続けているのだ。 「だから、異端ともいわれるそうです。でも、自分の趣味嗜好よりは、シチュエーションは今までにないものを求めています。最重要は、今までにない新しいものです」 きっと、そのほうが楽しいに違いないと思った。そして、自分もそうしなければならないのだとも。私自身もまた、いつの頃からか安穏とした定番の中で満足していることは否めない。コミックマーケットでも、カタログを隅から隅までチェックして、新たなジャンルを開拓しようとする情熱は、薄れている。もう、自分の性的な嗜好がある程度はっきりとして、その枠の中で満足すればよいと思っている部分がある。 だいたい、男の娘とTSと、いくつかの特殊性癖島を回ればコミケは終了。無駄にお金も使わないし、疲れないからいいじゃないか。そう思う一方で、自分の行動にどこか疑問もある。嗜好が先鋭化したといえば論理的で納得しているように思える。 けれども、まだ見ぬ新たな「これは、興奮する」という嗜好が、コミケに、あるいはネットの広い海にはあるのではないか、と。T氏の言葉から、得たのはそれらを探求することの楽しさであった。 快楽への探求は、あらゆる嗜好を偏見や躊躇などなく、素晴らしいものとして捉え誘うのだと思った。そんな意志が明確に感じられたのは、催眠音声では数多く制作されているTS、すなわち女体化ものに話題が広がった時だった。 「作家さんの多くは、女体化してやられているシチュエーションは、自分が女になって、やられている体で制作しているんだと思います。開発時にはけっこう興奮しているはず。だって、書いている時というのは、音声を聞いているようなものですからね」 作家は、自分がなりたいもの。そして、されると気持ちいいことを描いている。そうした作家と気持ちを通じ合わせて、より多くの人に、新しい世界を届けようというT氏には、なんら臆するところが感じられなかった。 「創作物はなんでもそうだと思うのですが、自分から入ろうとしないと気持ちよくならないものだと思うんです」 長い人生の中で型にはまったような日常を送っていれば、知ることのできる快楽はわずかなものだろう。けれども、ほんの少しだけ躊躇することをやめれば、そこには無限の新しい世界が広がっている。そこで出会う、催眠音声の気持ちよさ。それは、単なる即物的で刹那的な快楽ではない。新たな世界を知る歓びもあれば、何かが満たされた気持ちもある。なぜなら、ほかのメディアと違い催眠音声においては聞いている自分自身が、登場人物であり主役である。いうなれば、催眠という方法で異世界転生をしているようなものである。していることは受け身一辺倒でありながら、極めて能動的なのが催眠音声なのだ。 そんな世界をアダルトグッズと組み合わせることで、さらに充実したものへと展開させようとするT氏の情熱に、共感は止むことがなかった。 帰り道。このインタビューをどうやってまとめていくか、しばし考えた。書き手である私も、どこまで自分をさらけ出して書くべきかと……。 (取材・文=昼間たかし) ■トランスイノベージョン公式サイト http://trance-innovation.com/ Twitter @trance_inn(https://twitter.com/trance_inn)
2期開始・友軍艦隊実装発表もあまり盛り上がらず……いよいよ『艦これ』はオワコンになっているのか
爆発的なヒットとなったブラウザゲーム『艦隊これくしょん-艦これ-』も、試練の秋(とき)を迎えているのだろうか? 去る9月16日、東京ビッグサイトにて行われた『第肆回「艦これ」観艦式』で、2018年春に「艦これ2期」が開始されることが発表された。2期開始に伴い、「HTML5移行」と「友軍艦隊」が実装されることも告知されている。 「友軍艦隊」は、ゲームがリリースされて以来、いつになったら実装されるのかとウワサされていた機能である。その内容がどんなものかは、まだ明らかにはなっていない。ただ間違いないのは、運営側は、まだゲームのサービスを継続する意志があるということである。 実のところ、体感としてすでに『艦これ』は過去の作品となっているという人も多いのではないだろうか? 口の悪い人は「艦これはオワコン」という言葉すら使う。そこまでではないにしても、もはや『艦これ』も新規ユーザーを獲得するよりは、現在もゲームをプレイしているユーザーにどこまで続けて遊んでもらうかが焦点になっている。もはや「たられば」にしかならないが、やはりテレビアニメ放送はひとつのターニングポイントであった。作品の問題点を今さら叩く気はないが、ネットを通じて広まった実態以上の「悪評」によって、新規ユーザーはいよいよ確保できないものになってしまったのだと思う。 もはや、キャラ重視で話題になるゲームといえばFGO(『Fate/Grand Order』)。『艦これ』の話になると、とにかくみんな冷めている。 「いや~、もう1年以上ログインしていないですよ」 だいたい『艦これ』の話題をした時に返ってくる答えはこれだ。むしろ共通する話題は、「今月はFGOにいくら課金したか」ということくらい。 実際、『艦これ』に注目される要素があるかといえば、思いつかない。海外艦の投入において、連合国艦船が登場した時には注目を集めた。しかし、一方では「いくらなんでも、連合国と一緒には戦えない」と、引退する者もいた。 ともあれ、どんな手を使ったとしても、登場する艦船の数には限りがある。正直、日本海軍に関していえば、ほぼ出し切った感がある。昨年の追加実装では、太平洋戦争の時点ですでに最古級となっていた神風型駆逐艦が投入されたが、この時点でネタ切れ感は疑いようもなかった。 今後、三笠や松島など日清・日露戦争の時代まで遡るのだろうか。それは、なんとも無理がありそうな選択だ。 そうした中で、いよいよ2期と共に実装が期待されているのが信濃である。 信濃といえば、当初は大和型戦艦の三番艦から設計変更され誕生した巨大空母。その恐るべきスペックにもかかわらず、一回も実践に参加することなく瞬く間に撃沈された艦として知られている。もし、この艦が登場するとしても、鳴り物入りというよりは史実とリンクした「艦これ」の末期感を演出することになりそうだ。 そろそろ「艦これも、いずれはサービス終了する時期が来るのか」と覚悟を決めなければならない時期なのかも。とはいえ、まだ改二となっていない艦娘たち(天龍田とか)が改二になるまでは、どうにか頑張ってほしい。 (文=是枝了以)『艦隊これくしょん-艦これ-』公式サイトより
2期開始・友軍艦隊実装発表もあまり盛り上がらず……いよいよ『艦これ』はオワコンになっているのか
爆発的なヒットとなったブラウザゲーム『艦隊これくしょん-艦これ-』も、試練の秋(とき)を迎えているのだろうか。 去る9月16日、東京ビッグサイトにて行われた『第肆回「艦これ」観艦式』にて、2018年春に「艦これ2期」が開始されることが発表された。2期の開始にともなって「HTML5移行」と「友軍艦隊」が実装されることも告知されている。 「友軍艦隊」は、ゲームがリリースされて以来、いつになったら実装されるのかとウワサされていた機能である。その内容がどんなものかは、まだ明らかにはなっていない。ただ間違いないのは、運営側は、まだゲームのサービスを継続する意志があるということである。 実のところ、体感として既に『艦これ』は過去の作品となっているという人も多いのではないだろうか。 口の悪い人は「艦これはオワコン」という言葉すら使う。そこまでではないにしても、もはや『艦これ』も新規ユーザーを獲得するよりは、現在もゲームをプレイしているユーザーにどこまで続けて遊んでもらうかが焦点になっている。もはや「たられば」にしかならないが、やはりテレビアニメ放送はひとつのターニングポイントであった。作品の問題点を、今さら叩く気はないが、ネットを通じて広まった実態以上の「悪評」によって、新規ユーザーはいよいよ確保できないものになってしまったのだと思う。 もはや、キャラ重視で話題になるゲームといえばFGO(『Fate/Grand Order』)。『艦これ』の話になると、とにかくみんな冷めている。 「いや~、もう1年以上ログインしていないですよ」 だいたい『艦これ』の話題をした時に返ってくる答えはこれだ。むしろ共通する話題はFGOに今月は、いくら課金したかということくらい。 実際、もはや『艦これ』に注目される要素があるかといえば、思いつかない。海外艦の投入において、連合国艦船が登場した時には注目を集めた。しかし、一方では「いくらなんでも、連合国と一緒には戦えない」と、引退する者もいた。 ともあれ、どんな手を使ったとしても、登場する艦船の数には限りがある。正直、日本海軍に関していえば、ほぼ出し切った感がある。昨年の追加実装では、太平洋戦争の時点で既に最古級となっていた神風型駆逐艦が投入されたが、この時点でネタ切れ感は疑いようもなかった。 今後、三笠や松島など日清・日露戦争の時代まで遡るのだろうか。それは、なんとも無理がありそうな選択だ。 そうした中で、いよいよ2期と共に実装が期待されているのが信濃である。 信濃といえば、当初は大和型戦艦の三番艦から設計変更され誕生した巨大空母。その恐るべきスペックにもかかわらず、一回も実践に参加することなく瞬く間に撃沈された艦として知られている。もし、この艦が登場するとしても、鳴り物入りというよりは史実とリンクした「艦これ」の末期感を演出することになりそうだ。 そろそろ「艦これも、いずれはサービス終了する時期が来るのか」と覚悟を決めなければならない時期なのかも。とはいえ、まだ改二となっていない艦娘たち(天龍田とか)が、改二になるまでは、どうにか頑張って欲しい。 (文=是枝了以)『艦隊これくしょん-艦これ-』公式サイトより
「プリキュアにはかなわない」という現実を超えて──ラノベレーベルにも乗り出す「キリスト新聞社」の目指す未来
「日曜日の朝は、特撮がありプリキュアもあり……まあ、勝てないですよ」 真っすぐな視線から注がれる言葉には、諦めの先の希望があった。 松谷信司は、キリスト新聞の編集長として、これまでもさまざまな試みを行ってきた人物である。聖書を題材に「モーセ召喚!!!」「聖書の世界を遊び尽くせ!!」をキャッチコピーにしたカードゲーム『バイブルハンター』。同じく聖書の人物が登場する『バイブルリーグ』。スマホで遊べるパズルゲーム『モーセの海割り』。 宗教改革500周年を迎える今年は、宗教改革をテーマとするアナログゲームのコンテストを実施。この作品は『ルターの宗教大改革』のタイトルで、ルターが95カ条の論題を張り出した500周年の記念日となる10月31日に発売される予定だ。 そんな新聞社が新たに発表したのが、キリスト教をモチーフにしたライトノベルレーベルの創刊だ。ライトノベル投稿サイト「トークメーカー」とコラボして行われている作品募集では、プロアマ不問はもちろんのこと、宗教不問・改宗不要とまで煽っている。 近年、さまざまな宗教が現代社会のカルチャーを利用した試みを盛んに行っている。人気アニメとコラボする神社や、仏教アイドルなどが次々と現れている。そうした中で、キリスト新聞社の試みは、かなり特徴的に見える。 それは、ここまでやっていいのかという“ユルさ”である。キリスト新聞は、いわゆる業界紙の中ですべての教派を扱う新聞である。創刊は1946年。日本のキリスト教界の中では伝統と権威のある新聞といえるだろう。それが、なぜここまで尖った試みを行うのだろうかということが引っ掛かった。 これまでも、興味の赴くままに神社仏閣の現在を取材したことはある。その中には、神田明神しかり、了法寺しかり、サブカルチャーを利用して人々に働きかけようとするところも数多くあった。けれども、サブカルチャーを取り入れながらも、宗教としての立ち位置は鮮明に打ち出していたように感じている。それに比べると、キリスト新聞のゲーム、そしてライトノベルレーベルには、ぐっとユルさが感じられる。 それに、是非の気持ちなどはない。むしろ、なぜここまでユルくするのだろう。そんな興味のままに取材のアポイントメントを取った。 ■40歳の若社長が語る「キリスト教信仰の危機」とは? キリスト新聞社があるのは、神楽坂の筑土八幡の近く。近年、道路も改修され古くからの街並みは徐々に21世紀へと変貌しようとしている。そんな変わりつつある街の一角にあるキリスト新聞社の入居する建物は、明らかに昭和の雰囲気だった。古ぼけたコンクリートの建物。その4階にある編集部は、オフィスというよりも事務所という言葉が似合う空間である。多くの人が行き来した、色あせた階段や廊下の床には、どこか硬い芯のようなものが感じられた。 そんな新聞社で、編集長であり6月からは社長にも就任した松谷は、まだ40歳である。アポイントメントを取った後、取材当日までの間に下調べをしていて、そのことを知った時に少し驚いた。伝統のある宗教の業界紙である。そんな会社の社長だから、きっと70歳くらいの信仰に人生を捧げてきたような、雰囲気のある人物が出てくると思っていたからだ。現場の第一線で活躍する年齢の人物が、社長にも就任する。そこには、ひとつの会社にとどまらない「業界」全体の何がしかの期待が込められていると思い、がぜん興味が湧いた。 神道でも仏教でも、よく語られている信者の減少と信仰の形骸化。それが、日本国内においては決して多数ではないキリスト教にとっては、より危機感を抱くことなのではないか。そんな誰もが思いつくような疑問を、松谷に尋ねてみることにした。 「まったく同じですね。お寺さんの話を聞いても、まったく課題は同じです。高齢化、なり手がいない。若者がいない。人がいない。お金がないのは共通です。住職がいないお寺が問題になっていますが、同様に牧師がいない教会も出てきて、問題になっているんです」 松谷が語ってくれたのは、私がにわかに想像したよりも深刻な各教派の実情であった。 最初に、松谷が問題として語ったのは、神学校を卒業して神父・牧師になった若者が、数年で辞めてしまうということであった。 神学校に入学をするということは、信仰に人生を捧げようという強固な決心があるように思える。けれども、そうした決意を固めた人でも持たないという問題を、教会は抱えているのだという。 「この時代、病んでいる方が多く教会にやってきますよね。神父や牧師になるのは真面目な方が多いので、真摯に対応しすぎて疲弊してしまうんです。朝も夜も構わず教会にやってくる人の相手をしたり、深夜に何時間も長電話の相手をしたり。牧師の場合ですと、奥さんや家族も被害を被ってしまうんです」 松谷の言葉は、驚くほどに率直だった。 とりわけ「病んでいる方」「真面目な方が多い」という言葉を使ったときには、少しドキっとした。なんらオブラートに包むことない物言い。でも、決して見下したり冷笑しているのでない。その言葉を使うとき、松谷の目は明らかに真剣そのものだった。同時に、そこまで刺すような言葉を用いなければならないということに「業界」の危機感が滲んでいるように見えた。私の思考の中でそのことと、ゲームやライトノベルが次第に糸で結ばれていった。 ■教会の「敷居の高さ」を取り除くために 私も、ライトノベルレーベルの立ち上げをきっかけに取材に訪れたわけであるが、現代日本に生きていてキリスト教の信仰に触れる機会はほとんどない。確かにキリスト教系の学校というものは、幼稚園から小中高大学まで全国各地にある。12月になれば、みんなクリスマスの準備を始める習慣は根付いている。けれども、聖書を読んだことがあるかといえば、そんな人はあまりいない。ましてや、そこに登場する人物や業績の知識を持ち合わせている人は少ない。「使徒」と聞いて思い浮かべるのは『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系、他)。あるいは『聖☆おにいさん』(講談社)くらいだろうか。それで、何がしかの知識の片鱗を得ても「なら教会に行ってみようか」と考える人は少ないだろう。 「敷居が高いですね。キリスト教系の学校というものは、けっこういっぱいあります。そうした学校に通っていても、教会で聖書読んでお祈りする人はあまりいません。娯楽の少ない時代には、教会に行けばおいしいお菓子や文化とかメリットはありました。でも今は、楽しいものがたくさんありますから」 その楽しいものとして、松谷は日曜朝の特撮、そして『プリキュア』の名を挙げた。日曜日の礼拝が、決して『プリキュア』にはかなわない。その、いわば「負け」を認めることが松谷の出発点になっているのだった。 「だから、若い人に触れてもらうために、マンガやゲームを制作したのです。そして、ラノベは絶対に必要なジャンルだと思っていました」 取材の前に、松谷が登場している幾つかの記事を読んだときに、松谷は「信徒以外の<にわかファン>」という言葉を用いて、もっと広くキリスト教をアピールする必要性を語っていた。けれども、松谷は単に新たな信徒を取り込むためだけに、サブカルチャーを利用しているのではない。むしろ「業界」内部に変化をもたらす必要性。もっと簡単にいえば「敷居を下げる」ことを求めているようだった。 キリスト教の「本場」ともいえるヨーロッパあたりを旅行すると一目瞭然だが、教会は日本の神社仏閣と同等に敷居が低い。ちょっと扉を開けて入って、礼拝の様子を覗き見しても咎められることはない。中には夜中でも開いていて自由に礼拝はできる教会もある。 けれども、日本の教会というものは、だいたいが入りにくさに満ちている。道路に面した門は閉ざされているし、その奥にある建物の扉はもっと重くて固い。何か、覚悟を決めなくては入ることのできない雰囲気がある。 「やはり、規模の違いでしょう。四谷の聖イグナチオ教会なんかは、わりと自由に出入りできます。でも、ほかの教会は基本、何もなく入っていくと不審者になっちゃいますね」 今までは「きっかけが、なさすぎた」と、松谷は言った。キリスト教の信仰を、簡単に学べるような本は少ない。少し興味を持って知ろうとすれば、日曜日の朝に礼拝にいかなければならない。そんな宗教で、おいそれと信者が増えるとは到底考えられないと、思った。 「今は、信者を増やすよりも、にわかのファン回りにいる人をどうやって増やすかを考えないと、コアなファンも育たないと思うんですよ」 そんな問題意識があっても、変化しようとしない教会。教派によっては、次代の聖職者を養成する神学校すら維持することのできないところも出てきているという。そうした、変わらない教会の意識を変えさせる方法が、ゲームでありライトノベルなのだろう。 「教会だけが、教会自身で変わるのはもう無理だと諦めています。外堀である、我々メディアとか第三者が『教会にはできないけど、私には言える』という立場で刺激を与えていかないと、生き残れないのではないかと思っています」 松谷の言葉には、まったく揺るぎがなかった。前述した通り、キリスト新聞はいわゆる「業界紙」である。ということは、業界とは常に持ちつ持たれつの関係にあるはずである。そうした専門的な媒体というものは、ネタ元であったり、購読者の属性に対しては、あまり批判をしないものだ。そんなことをしては、ネタももらえなくなってしまうし、場合によっては購読者が減る恐れもある。そんな立場の媒体のはずなのに、松谷には「こんな業界だから仕方ない」という諦観は、みじんもなかった。 もう、このまま現状維持では目減りしていくだけで後はない。ならば、やれることをすべて試してみよう。そんな開拓精神が満ちているように思えた。つまりそれは、単に最近はマンガやアニメ、ゲームがはやっているから、そこに乗っかってサブカルチャーを利用した宣教をしようというような軽いものではないということである。 「サブカルやっても儲かるワケではありません。結果は、すぐには出ないと思っていますし」 実は、ライトノベルレーベルの創刊だけでなく、キリスト教新聞は、今年大きな改革を実施している。これまで、通常の新聞と同じ大きさかつ、縦書きだった紙面を刷新。タブロイド判で横書きに切り替えたのだ。変更前と変更後、両方を見せてもらったが、それはまったくの別物である。変更前のものが新聞とすれば、変更後のものはフリーペーパーのようなスタイル。あまりに変わりすぎて、購読者からは「新聞が届かないのですが」と、クレームがきたほどだという。 「前から変えなきゃいけないとは思っていました。高齢化で、どんどん『読者が字が小さくて読めない』とかでやめていくばっかりだったのです。また、電子版を始めるにあたって従来のサイズは適さないと判断したのです」 題字も変わり、従来の新聞スタイルに比べると手軽に読むことのできる雰囲気になっているのは確かである。けれども、これも結果はすぐに出るわけではない。松谷自身も「判型を変えたからって購読者は激増しない」という。それでも、確実に変化を「業界」内部にも促す材料となっていることを確信しているように見えた。 そんな内部をも変化させる要素であるサブカルチャーの重要性を、松谷は冷静に判断していた。そのことを感じたのは、話がモーセの海割りから映画『十戒』へと及んだときであった。 チャールトン・ヘストン主演の『十戒』は、公開時に日本でも大ヒットした名作である。3時間超の映画の中で、残り時間が1時間を切る頃まで、ためて、ためて、ついにモーセの海割りシーンが大迫力で出現する。その記憶は多くの人に共有されていて、日本でも大勢の人がモーセといえば「海を割る人」くらいには覚えている。 「そう『ドラえもん』でも、十戒石板という秘密道具が……」 ふと、そんな言葉が口をついて出た。すぐに松谷も反応した。 「モーゼステッキという道具もありましたね」 多くの言葉を使わなくても一目瞭然。これが、サブカルチャーの成果である。藤子不二雄が『十戒』を観て大いに感動したエピソードは『まんが道』春雷編の中に記されているが、その感動が『ドラえもん』のエピソードのモチーフとなり、我々の記憶にと刻まれている。 松谷が目指しているのは、まさにこれである。ゲーム『バイブルハンター』や『バイブルリーグ』は、それぞれのカードに記された効果が、その人物の逸話とイコールになっている。つまり、ゲームで遊びながら、なんとなく聖書の登場人物を知っていくことができるわけだ。それで興味を持ち、原典である聖書を読むきっかけを得るような、本当の「にわか」が増加すること。それが、松谷のもくろみなのだ。 「東北学院大学の聖書入門という授業では、バイブルリーグを教材で使ってもらっています。授業で人物を取り上げて、なぜカードの効果がこれなのかとか説明した後に、実際にゲームで遊ぶんだそうです。これは、文字通りこちらの意図したことですね。三国志だって、ゲームやマンガで知った人がいっぱいいるじゃないですか。キリスト教だって聖書を読まなきゃわからないだけじゃなく、ほかにも入口があっていいんじゃないんでしょうか」 けれども、やはりほかの宗教と同じく、サブカルチャーを利用することへの不信感を持つ人も一定数は存在している。 「よく批判もされますよ。そもそもゲームにすることが不敬と考えている人もいます。お寺や神社と一緒で、ポケモンGO禁止の教会もありますしね。また『バイブルハンター』では、エヴァのイラストで肌の露出が多いというクレームが。聖書に忠実にすると、なんにもつけていないんですけどね……」 ともすれば、古色蒼然たる偏狭なクレームと受けとめることもできる。けれども、松谷はそれにいちいち腹を立てたりはしない。 「まあ、そんなくだらないことで炎上してはアレなんで、気を使ってはいますけど……」 批判は批判として粛々と受け止めて、我が道を貫く姿。それは、決して自分のやっていることに間違いがないことの確信があるからだと思った。 そんな状況の中で取り組まれているライトノベルの公募は、意外に注目を集めていると、松谷は言う。1週間で30作品あまりの応募があったというのだ。 ──やはり、文字数などの点でハードルを低めに設定しているからではないでしょうか? 「いえ、もともとハードルは高いと思うんです。舞台がミッションスクールとか、キリスト教の用語が出てくるラノベはたくさんあるわけで、どう差別化するかが課題だと思っています。そのため、キリスト教の理解を深めるための作品を条件にした。そうじゃなかったら、フツーのラノベになってしまいます」 ──では、どのような作品を求めているのでしょう。 「聖書をラノベ風にしたものとか、現代におけるキリスト教そのものを舞台にしたラノベ。キリスト教系の学校とかを舞台にして、面白おかしいだけじゃなく、根本には思想があるといいなというのが、希望ではあるんです」 ゲームがそうであるように、人によっては「不敬」と思うまでに、これでもかというほどに、面白おかしい路線を走っている。でも、そんなことができるのも、ちゃんと芯の部分があるからだと思った。「キリスト新聞」社長・松谷信司氏
■本物の教会でコスプレ撮影会も……「いのフェス」 そんな松谷の思いが如実に表現されているのが、キリスト新聞社が協賛に名を連ね、年1回各地の教会で開催されているイベント「「いのり☆フェスティバル(いのフェス)」である。 2011年に始まったこのイベントは、キリスト教に関係する催しやフリーマーケットで構成されるもの。松谷自身も実行委員として参加しているのだが「有志による実行委員会」という形を取っているだけに、さらに振り幅が大きい。毎年のチラシは、ほとんど同人誌即売会のノリで自ら「教会版コミケ」という表現も。昨年、名古屋で開催された時のチラシには「天国無双」と、最近人気の作品へのオマージュとおぼしき煽り文まで記されている。 そして、10月9日に開催される今年の「いのフェス2017」では、会場となる教会でコスプレ撮影会もできるというのが、売りになっているのである。これまで、結婚式場などのチャペルでコスプレ撮影会というものは存在した。けれども、今回は本物の教会。それも公式にこんな文章で告知している。 ---------------------------------------------------------- コスプレ交流撮影会 「ホンモノの教会で撮ってみた♪」 実際に礼拝が行われる場で写真が撮れるまたとない機会。 ---------------------------------------------------------- サブカルチャーを用いた、変革へ向けての鮮烈な爆発。それは、10年後、20年後、どういう結果をもたらすことになるのだろうか。 (取材・文=昼間たかし) ■聖書 × トークメーカー ライトノベル新人賞 http://talkmaker.com/info/303.html ■いのり☆フェスティバル http://www.inofest.com/
『聲の形』はいじめっ子を美化する作品? 公開めぐり、中国政府と観客に温度差が生じたワケ
こんにちは、中国人漫画家の孫向文です。 9月8日、京都アニメーション製作のアニメ映画『聲の形』が中国で公開されました。 本作は大今良時氏の同名漫画が原作で、聴覚障害を持つヒロインの少女・西宮硝子と、彼女をいじめたことがきっかけで孤立してゆく主人公の少年・石田将也の触れ合いを描いたもの。日本では昨年9月に公開され、全国120館規模ながら興行収入23億円を記録する大ヒットとなりました。 ■作中には、現実問題が的確に描かれている 僕は『聲の形』には、日本社会が抱える現実的な問題が内包されていると思います。作品序盤で聴覚障害者の硝子がいじめられた際、担任教師とクラスメイト全員が、まるで傍観者のように彼女を嘲笑します。その後、硝子の母親が壊された補聴器の請求のために学校に抗議したことにより事態は一転し、硝子を率先していじめていた将也は、自身がいじめられるハメになります。障害者を露骨に差別するクラスメイトの植野直花は「硝子がろう学校や特別支援学級ではなく、一般学級に通学するがゆえにクラスメイト全員に迷惑がかかる」と説くのですが、確かにハンデを背負った人物が原因で多くの人に負担がかかるという例は珍しくありません。 その一方、障害者を助けることにより「意識の高い自分」を演じて周囲からの評価を上げようとする八方美人的な川井みき、真剣に硝子を助けたいという思いから手話を学んだ挙げ句、植野に第二のいじめの標的にされるという哀れな境遇の佐原みよこなど、さまざまなキャラの心理描写や心境の変化が作中で描かれています。 物語のクライマックス、クラスメイトたちは殴り合った末に、互いを理解しようとします。結局、誰の意見が正しいのか、明確な答えは描かれません。僕は『聲の形』を見た後、いろいろと複雑な心境になりました。 中国版の『聲の形』は、「教育上不適切な表現」という名目で、中共政府が、将也が硝子をいじめる場面、将也の母親が土下座する場面、クラスメイトが暴力を振るう場面など、数十カ所、計20分程度がカットされました。当然、ストーリーの重要な場面が端折られた状態となり、観客からは「ストーリーが唐突でよくわからない」などと苦情が殺到しました。 さらに、中共政府の機関紙「環球時報」は、「『聲の形』は、いじめっ子を美化する内容だ。作中のいじめ場面は、昔いじめられていた人に不安感を与え、エンディングでいじめを行った者が救済される点が不愉快な印象を与える。このような作品が作られたのは、日本の学校にいじめがはびこっているからだ」と酷評しました。これは、日本を批判するためのプロパガンダ的な報道です。 中国人の観客の大半は、日本人と求める要素が違います。中国では過去に悪いことを行った人を死んでもなお鞭で叩き続けるという、徹底的にやり込める痛快感を求めます。中国のことわざ「悪い犬が川に落ちても叩き続ける」(痛打落水狗)には、その国民性がよく反映されています。 ■日本をいじめ体質だと批判する、いじめ国家・中国 このような世論がまかり通っていますが、チベット民族・香港に対する迫害、富裕層の貧困層に対する搾取、公権力による一般人いじめ、共産党内部の内ゲバ、在中外国企業に対する嫌がらせ、自国周辺の小国に対する攻撃など、実際の中国社会には、いじめ気質がまん延しています。ある中国人アニメファンは環球時報の社説を受けて、「いじめられっ子に『いじめられることを反省しろ』というのが、典型的な中国の教師だ」という反論をネット上に寄せました。この意見には僕も思い当たる節があり、小学校の頃、僕は成績が悪いことが原因でクラスメイトからいじめられていたのですが、担任教師はその様子を見ていじめっ子をしかりつけるのではなく、「お前の成績が悪いから、いじめられるんだ。反省しろ」と僕に言いました。強い者がはびこる一方、弱い者は徹底的に虐げられるのが中国社会です。 僕は、映画公開前から漫画を全巻読破するほどの『聲の形』ファンです。日本での公開時、同時期に同じくアニメ映画の『君の名は。』が空前の大ヒットを記録しましたが、僕自身は『聲の形』のほうに共感します。『聲の形』は障害者やいじめがテーマという理由から、いったん雑誌掲載が見送られたという経緯を持ちます。このような風潮は、リベラル層が、日本の言論、マスコミ界の上層部に多く存在しているためだと思います。彼らの過剰な配慮により、名作が封印される可能性があったのです。 『聲の形』は、障害者、いじめ問題を世間に問いかける内容であり、差別を助長するものではありません。しかも、登場人物は全員架空であるため、個人を中傷する内容ではないのです。行きすぎた表現規制は、漫画家、小説家、映画監督など、多くのクリエイターの可能性を奪う行為だと思います。『聲の形Blu-ray 通常版』(ポニーキャニオン)
●そん・こうぶん 中華人民共和国浙江省杭州市出身の31歳。中国の表現規制に反発するために執筆活動を続けるプロ漫画家。著書に、『中国のヤバい正体』『中国のもっとヤバい正体』(大洋図書)、『中国人による反中共論』(青林堂)、『中国が絶対に日本に勝てない理由』(扶桑社)、『日本人に帰化したい!!』(青林堂)がある。 <https://twitter.com/sun_koubun>
同人イベントで隣のサークルに挨拶したら笑われる? 趣味の集いも殺伐とした時代に……
同人イベントで、隣のサークルに挨拶したら、けげんな顔をされた。そんな体験をめぐってTwitterなどで、さまざまな議論が繰り広げられている。 議論の発端となっているのは、同人イベントで、設営時間中に隣のサークルに挨拶をしたら、けげんな顔をされるどころか、なぜか笑われたという体験を綴ったツイート。 これに対して「自分も同じような体験をしたことがある」という実体験を語る人たちが登場しているのだ。 同人イベントにサークル参加する場合、両隣のサークルに挨拶をするのは、誰に教わったわけでもないけれども半ば常識なのだが、実は、そう思っているのは限られた人々だけということのようなのだ。 ある同人誌即売会スタッフによれば、ジャンルによって常識や慣例はさまざまだという。 「けっこう殺伐としているのは、男性向け18禁ではないでしょうか。売上を追っているサークルは、スタンドでポスターを掲示する時に周囲の迷惑を顧みずに、自分のところだけが目立つような設置をしたりしますよ」 そんな売上重視ゆえの殺伐さに限らず、もともとサークル参加の場合には挨拶するという慣習を知らないという人も増えているという。 「かつては、一般参加にしてもサークル参加にしても、人に聞くとか、そうした情報が載っている雑誌、あとはカタログなんかを読んで、やっていいこと悪いことを学んでいたんだと思います。でも、最近は、そうした経験がなくてもネットで仕入れた知識だけで、同人誌を制作、サークル参加もできますからね」(同) とりわけ、一般からサークルまで参加者が同人イベントのマナーを学ぶ資料として機能してきたのが『コミックマーケットカタログ』の「まんがレポート」。ここでは、現在も人に喜ばれる行為やひんしゅくを買うケースが実体験に基づいて投稿されている。けれども、これすらも、すべてのコミケ参加者が読んでいるわけではない。 「もうネットで調べるだけで、カタログを読まない人も多いですしね……」(同) 本来、ジャンルの相違はあれど同人イベントというのは、広くさまざまな同好の士が集う場のハズ。半日は一緒に過ごすわけだから、挨拶くらいしようよというのは、年寄りのたわ言なんだろうか? (文=是枝了以)
一日使える無料乗車券配布で話題沸騰! 23区のローカル線「池上線」でどこへ行く?
来たる10月9日(月・祝)。東急池上線が、開通90周年を迎えたことを記念して、始発から終電まで、一日乗り降り無料乗車券を配布することになり、反響を呼んでいる。 東急池上線は、1922年に池上本門寺の参詣客の輸送を目的に、蒲田~池上間で開通。その後、1928年に蒲田~五反田間が開通したもの。当初は、五反田から先、白金・品川間へと延伸することも計画されていたが、計画は頓挫。その後、国分寺方面への延伸も成功せず、現在は東急線の中で多摩川線と並ぶローカル感溢れる路線として営業されている。ホームの前一両部分に屋根がなかった五反田駅についに屋根が。池上線が進化してる?
そんな路線で行われる、日本の鉄道史でも珍しい全線無料のサービスは、さまざまな意味で話題だ。まずは、池上線の輸送力の限界。池上線は、車両がわずか3両だけ。果たして、無料ということでやってくる乗客を、どれだけさばくことができるかは心配だ。 もちろん、各駅のホームも3両編成に合わせた狭く短いもの。毎年、池上本門寺のお会式の際には大混雑するが、それを超えた混雑になることは想像に難くない。そんな、池上線始まって以来の一日を、東急がどう乗り越えるのかに、多くの人が注目しているのである。 さて、そうした混雑は承知の上で池上線を楽しみたいという人が、まず考えるのは「どんな観光地があるのか」ということだろう。 これまで、池上線が取り上げられる時に、必ず紹介されるのは、まず戸越銀座商店街。 日本有数の長さを誇る商店街は、多くの総菜屋が並ぶ「買い食いスポット」として知られている。 けれども、ここはあまりにも定番過ぎ。 本当に池上線の真髄を知りたいなら、おすすめなのは旗の台駅から先、蒲田駅あたりまでのゾーンでの各駅下車である。路線や車両のローカル感から東京南部の下町を走る路線と思われがちな池上線。でも、実態は下町っぽい町と、ちょっと高めの住宅地とが渾然一体になった奇妙な町なのである。池上本門寺は力道山の墓があることでも有名。石段が地味にキツいので歩きやすい靴で行きたい
例えば、旗の台駅。大井町線との乗り換え駅であるここは、超オシャレタウン・自由が丘まで電車で10分程度にもかかわらず、下町感が全開。おまけに、急行運転の実施を機に近代的につくり変えられた大井町線ホームに対して、旗の台駅は、いまだにホームのベンチが木製の長椅子という昭和の雰囲気全開。こんなギャップが見られるのも、東京でここだけであろう。加えて、駅前から荏原町・中延方面へ伸びる商店街の鄙びた感じは、もっと街歩き系の媒体などで取り上げられるべき逸材だ。旗の台駅の大井町線側。自由が丘に近いことがウリなのか。改装以来オシャレを目指してる様子が
こちらが旗の台駅の池上線側ホーム。いまだに木製ベンチも。以前は上り線ホームには、立ち食い蕎麦屋もあった
そんな旗の台駅の隣、長原駅を降りて、歩くのも一興だ。この長原駅。駅前は下町っぽい商店街。ところが、商店街から南東方向へ一歩入ると、なんだか立派な邸宅が目立つ住宅街が現れるのだ。ちょっと角を曲がっただけで、ガラリと風景が変わるのには、驚くはず。そんな長原駅からほど近い小池公園からは、さっきまで下町にいたとは思えない風景が広がっていて、驚くことができるハズだ。旗の台駅周辺のうらぶれた下町感は絶妙。まだ「大人の隠れ家」系人種には荒らされていない
個人商店の数も少なくなって寂しさを漂わせている長原駅周辺の商店街
しかも、開発されてから時間が経っているからだろうか。邸宅もひと昔前の雰囲気があって、味わい深い。ちなみに、小池公園は現在は自然の多い公園になっているが、かつては私営の釣り堀だった場所。住宅街のド真ん中に釣り堀がある光景は相当シュールであった。 このあたり、トボトボ歩いていると、次第に池上線から離れていってしまうが、バスの走る通りに出れば、池上駅前まで移動できるので覚えておきたい。その長原駅から徒歩5分あまり歩くと、突然、レイクサイドな高級住宅地が。ここが釣り堀だったのも今は昔
迷いながら歩いているうちに見つけた、スゴイ地形に立つマンション。お城みたいでカッコイイ
このほか、石川台駅や久が原駅なども、池上線を楽しむ上では欠かせない。言っておくが、主な見どころは何もない。単に、23区でも、ちょっとほかとは雰囲気の違う町があるだけ。とりわけ観光地的なところや、グルメスポットなど何もない。さらに迷っているうちにたどり着くわびさびのある風景。沿線にはこんな風景が目白押しである
ただ、多くの地域で土地が山あり谷ありの丘陵地系だったり、迷い込みたくなるような狭い道がいっぱい。お仕着せのガイドではなく、そうした道に迷いこむのが、池上線沿線観光の醍醐味なのである。 この文章を書くにあたって、筆者も千鳥町駅から蓮沼駅まで、池上駅経由で歩くはずが、なぜか多摩川線の武蔵新田駅前にいってしまった。そんな道に迷うことが楽しめる人は、無料乗車券を大いに楽しめるだろう。 (文=昼間たかし)こういう21世紀的な開発からは遠い風景が魅力。竹の塚や蒲田のようなディープスポットと違いキーワードは「寂」だな、多分
書店に並ぶ本の40%が「返品」されている! 数値から見る出版不況
書店に並ぶ本のうち約40%が「返品」されている――出版不況と言葉では聞くが、数で見ると改めて驚くものがある。思えば90年代にはよく聞いた『ミリオンセラー(100万部突破本)』という言葉も聞かなくなった。出版販促コンサルタントの山本豊氏に、前編に続き、移りゆく書店の姿について話を聞いた。 ■問屋が最強――「取次無双」な出版業界 ――出版業界は独特ですよね。出版社という本を作るメーカーがあり、書店という小売があり、取次という問屋がある。メーカー、小売、問屋という構造は他業種でも一緒ですが、出版業界は問屋である取次の権限がとても強いですよね。出版社が取次にそれはそれは気を使っているのを見聞きして、取次とはそんなに恐ろしいのかと思ったほどです。日本出版販売株式会社、株式会社トーハンが日本二大取次ですが、ここまで取次が強い背景には何があるのでしょう。 山本 取次は流通を抑えていますからね。例えば出版社が3000部取次に預けると、取次でこの書店には何冊、あの書店は売れるから何冊、と書店に卸す冊数を取次が決めていたんです。出版社にしてみても自力でやるより取次にお願いした方が、取次が長年の実績に基づいたルート、冊数で配本してくれますから。ですが、最近では出版社が書店から受注をして取次を経由して配本する方向へ変わってきています。 また、最近の傾向として取次が出版社から受け取る本の冊数が減っているというのはありますね。かつては3000部引き受けていたのが、今は2000部になるというような。取次からの受注が少ないと、出版社には在庫が残ることになります。 ――なぜ、取次が出版社から受け取る冊数は減っているのでしょうか? 山本 一番大きな理由は返品です。書店からの返品率は上がっており41%とも言われています。 ――書店にある本の半分弱が返品されているとなると、気が遠くなりますね。 山本 返送時の郵送コストは取次が負担しますから、取次にしてみたら返品率の上昇は死活問題です。 ■読書離れの実態を数字で追う~電車で見かけなくなった雑誌を読む人 ――出版不況は、読者側の読書離れもあるのでしょうか。 山本 実際あると思いますね。文化庁の平成25年の調査では1カ月に一冊も本を読まない人が47.5%でした。およそ10年前の平成14年度では37.6%でしたので、年々増えているんです。 ――この文化庁の『国語に関する世論調査』は毎年行われていますが、平成25年度を最後に、1カ月に読んだ本の冊数を聞く質問そのものがなくなってしまっていますね。電子書籍に移っているのでしょうか? 山本 電子書籍というより、ゲームや動画など「本ではない娯楽」へ流出していると思いますね。特に雑誌は厳しいです。電車の中で紙の雑誌を読む人をずいぶん見かけなくなりました。マンガそのものは好調ですが、マンガをスマホで読む人が増え、紙のマンガ雑誌も発行部数を落としています。 ――聞けば聞くほど出版業界に明るい兆しを感じにくいですが、それでも明るいジャンルを上げるとしたら何でしょう? 山本 「児童書」は手堅いと思います。少子化なので、意外なように聞こえるかもしれませんが、子供の数が減り、親が一人の子供にかけられるお金はむしろ増えていますから。 ――確かに、親は子供の未来に対しては切実ですしね。前編で「萌え」が強いとありましたが、「児童書」「萌え」はどちらも「金を出そうと読者(もしくは読者の親)が切実に思える」点がずば抜けているのでしょうね。 山本 一方で、苦しいジャンルはマニュアル系の書籍でしょう。 ――特にIT系だと内容がすぐ陳腐化してしまいますし、ネットでいくらでも丁寧に解説したサイトが今はありますからね。 ■「ウェブ発ベストセラー」はあれど、「電子書籍発ベストセラー」はない ――今は電子書籍のプラットフォームが整って、誰でも電子書籍を発表できるようになりましたよね。こういった電子書籍の状況はどうでしょうか? 山本 電子書籍(※ここでは、紙の媒体で先に出た書籍が電子化したものでなく、電子のみで出版されているもの)は売れていませんね。100冊売れればいい方とも聞きます。そもそも、「大人気電子書籍、(紙の)書籍化!」という話はあまり聞きませんよね。 ――確かに、「人気ウェブサイトのコラム、(紙の)書籍化!」は聞きますけど、「人気電子書籍、(紙の)書籍化!」は聞かないですね。 山本 もともと紙媒体でヒットしたマンガの電子化作品などは伸びていますが、これも、紙の書籍の大幅減少分を補うほどではありません。出版業界は1996年には2兆6千億の市場規模がありましたが、15年には1兆5千億まで下がっているんです。 ――驚きの下がり具合です。書店が減るわけですね。 山本 なかなかベストセラーは出ていないですよね。ビジネス書において最近のミリオンセラー(100万部突破)は『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)くらいですね。 ――考えてみれば本も音楽も、ネットの一般普及が進む前の90年代は「ミリオンセラー」が結構頻繁に出ていましたよね。 山本 そうですね。出版点数自体は増えていますから、何を読んでいいのかわからない、という人も増えているはずです。他の娯楽により読書離れが進み、また、出版点数が増え選択肢が増す中で、ベストセラーは以前より出しにくくなっているとは思いますね。 ――ありがとうございました。 * * * 私自身、著者として本を出している。一冊目は14年に出したので、書店での取り扱いはかなり少なくなってしまっている。よって、いつでも自著を販売してくれるAmazonにはとても感謝している。しかし、Amazonばかりが大きくなる状況には危機感や違和感も覚える。さらに、宅配便の再配達問題に関わる取材をして配送業者の厳しい状況を知り、私は都市部に住んでいて、小さな子供がいるなど買い物に苦労するような事情もないのだから、そもそも通販自体をあまり使わないようにしようと個人的には思っている。なかなか難しくはあるが。 そのため利用しているのが「e-hon」という、オンラインで本を注文し、それを指定した書店で受け取れるサービスだ(書店の売り上げになる)。正直、Amazonで買うよりも手間だ。しかし「あの書店つぶれちゃったんだ、残念」などと、数年間買い物しなかったであろう書店の閉店をつぶれてから惜しむ人を見るとカッコ悪いと思うので、できる範囲で続けていきたい。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/]) ■山本豊氏 出版販促サポートサイト 出版SPプラス:http://booksales.jp





















