「デパ地下で 試食しすぎて 出禁かな」(デパ地下川柳) みなさんは最近、デパ地下に行ってますか? 特に週末になると、デパートのお総菜コーナーってにぎわいますよね。さらに催事場では「北海道うまいもの展」だの「駅弁祭り」だの「ご当地グルメ選手権」だのといった物産展がしょっちゅう開催されて、とんでもない行列ができますし、景気のよくない話が多いデパート業界にあって、いまだにグルメだけは勢いがあるのですが、そこにはデパート担当者の並々ならぬ苦労があるわけで……。 そんなわけで、今回は読むだけでデパ地下ビジネスの秘密がわかる……かもしれないマンガをご紹介したいと思います。その名も『デパ地下!』 。 まずは、デパ地下について軽くおさらいしておきましょう。昨今のデパ地下ブームを語るための重要キーワードとして、「中食」というものがあります。中食とは、外食と内食(家で料理を作って食べる)の中間で、お店で売っているお総菜などを買って家で食べる形態のことです。不況の煽りで外食が減り、その分、中食へシフトしているという話はよくニュースで聞きますね。 そして、そのお総菜がめっちゃ売られてる中食キングダム状態なのが、ご存じデパ地下です。そもそも、なぜデパートの地下フロアに食品売り場が多く集まるのでしょうか? その理由はいくつかあるようです。 ・水回りやガス、電気などの厨房設備が、上階より低コストで設置できる ・地下鉄駅や地下駐車場からダイレクトに集客できる ・食品売り場に集めた客を上層階へ誘う「噴水効果」が期待できる なるほど、噴水効果! 勉強になりますね。要するに、メントスコーラみたいなもんでしょうか。とにかく、そんな魅惑のグルメスポット、デパ地下に焦点を当てたグルメマンガが、この『デパ地下!』 というわけなのです。 では、ストーリーをご紹介しましょう。主人公は老舗デパート伊勢崎屋の社員、山本勇太(30)です。勇太は広告宣伝部に所属していましたが、ある日、伊勢崎屋立浜店のデパ地下主任を命じられます。 本社広告宣伝部という花形部署からの都落ちということで、テンション下がりまくりの勇太ですが、デパ地下の主任ですから、現場を取り仕切らなければいけません。部下からも上司からもプレッシャーをかけられ、出店している店舗からのお悩み相談も舞い込んできます。実際、老舗の佃煮店・佃平さんが売れ行き不振で撤退すべきか否か悩んでいました。 そんな勇太の前に、救世主が現れます。以前からデパ地下の試食コーナーに頻繁に出没する謎の老人。なんと、この老人が2回以上試食した商品は必ずデパートで行列のできる大ヒットになるという、なんともすごいグルメ嗅覚を持った老人なのです。 勇太はこの救世主、美川老人を尾行して接触。実は超豪邸に住む、謎のグルメ道楽老人だったのです。豪邸に入れてもらった勇太は、美川老人お手製のチャーハンをごちそうになり、意気投合。その後は、事あるごとに美川老人によるプロのコンサルタント顔負けのアドバイスをもらうことで、デパ地下の問題をガンガン解決していく――そんなマンガです。 ところで、先ほどの佃煮が売れなくて困っているデパ地下のお店、佃平ですが、相も変わらず困っています。試食を行っても、お客さんはイマイチのリアクションです。ここで、美川老人の的を射すぎたアドバイスが炸裂! 「ご飯がなくて、なんの佃煮じゃ!」 というわけで、佃煮をホカホカご飯にのせて試食させるようにしたところ、これがバカ売れ!! さあ、今すぐ全国の佃煮店さんは、ご飯にのせて試食させるべし! 別のエピソードでは、夏の商戦で張り切る勇太が、うなぎフェアをやって、うなぎの焼ける匂いでデパ地下に集客しようというアイデアを出します。勇太の作戦は見事当たり、上々の客の入りだったのですが、ここで問題が発生します。 デパート1階の化粧品売り場にうなぎの匂いが充満してしまい、1階の責任者から大クレームに。香水とか化粧品の香りが一気にうなぎスメルに……。これではシャネルのNo.5がうなぎのNo.5になってしまいます。売り上げへの影響は甚大でしょう。 せっかく好評だったうなぎフェアを、即刻中止にせざるを得ない勇太。しかし、ここで老人のアドバイスが炸裂するのです! 「中がだめなら、外で焼けばいいんじゃ!」 まさに逆転の発想。うなぎを外で焼くって、それはもうすでにデパ地下じゃないんじゃ……というツッコミはさておき、本当にうなぎを外で焼き始めました。外でうなぎを焼いているデパートなんて、前代未聞ですね。しかし、ここからが老人のアドバイスのすごいところです。 なんと、外で焼いたうなぎを、そのまま外で売らずにデパ地下に移動させます。なるほど、うなぎの香ばしい匂いを嗅がせるだけ嗅がせておいて、デパ地下にお客さんを誘導するという、おあずけ作戦です。これはあざとい、あざとすぎる!! 次のお悩みは肉売り場から。ブランド牛である但馬牛の売れ行きが芳しくなくて困っていると、老人からのアドバイスは「音を利用せよ」というものでした。肉のジュージュー焼ける音が食欲をそそるというわけです。 ラジカセにステーキを焼く音を仕込み、人感センサーで但馬牛の売り場を人が通るたびにジュージュー。このシステムの導入の結果、但馬牛がバカ売れというわけです。 というわけで、デパ地下限定グルメマンガ『デパ地下!』 をご紹介しましたが、とにかく正体不明の美川老人がいろいろすごすぎて、ジジイ無双状態。主人公はそれに乗っかっただけの棚ぼたラッキーボーイにすぎないマンガではあるのですが、読んでいるだけで知らないうちにデパ地下のマーケティング戦略についていろいろ勉強になってしまう、すごいマンガなのです。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>) ◆「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから『デパ地下!』(日本文芸社)
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考えるな、感じろ――「デヴィッド・ボウイ」という宇宙をめぐる探検
イギリスのミュージシャン、デヴィッド・ボウイが地球を去ってから、1年がたつ。 僕が、この世で一番好きな人だ。 ここで紹介するには多彩すぎるそのキャリアの終着点、69歳の自らの誕生日にアルバムを発売し、その2日後に死去するという、必要以上の完璧さで彼は去った。 多くの著名人から追悼コメントが寄せられ、SNSはR.I.P.で埋まり、数枚の追悼編集盤がリリースされた。僕自身も、極東の島国からボウイの死に際して文章(http://hyouri-t.jugem.jp/?eid=964)を書いた。 あれから1年、2017年1月8日(ボウイが生きていたら、70歳になる日)、史上最大とうたわれるボウイの回顧展『DAVID BOWIE is』が日本にやってきた。 世界9都市を回り、アジア圏では日本が初開催となる催しは、うたい文句通り、史上最大のボウイに関する博覧会で、おそらく未来においても、これほど巨大な企画は行われないと思う。ボウイにまつわる膨大な「証拠品」の数々が、だだっ広いスペースに陳列されている。「総括」にふさわしい著名な衣装、直筆のメモ、イラスト、楽譜、写真、映像……。見ても見ても終わらないそれは、明確な順路もなく、意図的に未整理に並べられているようだ。 その「証拠品」たちは、ネット時代特有の感覚を想起させる。展覧会それ自体が、ボウイが言うところの、巨大な「記憶装置」のようだ。来訪者たちはさながら、未整理のハードディスクドライブの大海原に投げ込まれた小魚だ。 そして膨大な情報が、ある種の「選択の権利」を与えてくれる。 限られた時間の中で、すべてを享受することはできない。では、何を意識的に見て、何を無意識的に見ないのか? 僕らはこの意識的な選択と、無意識的な拒否を繰り返すことで、ボウイの宇宙のミニチュアを自分の中に再構築する。精密なパーツを組み合わせて立派な宮殿を作る人もいるだろう。できるだけたくさんの情報から全貌に迫ろうとする人もいるだろう。まったく何かわからない奇妙なオブジェを作り上げる人もいるだろう。 どれもいい。 どれもが、デヴィッド・ボウイなのだ。 つまり、デヴィッド・ボウイというのは「それ」なのだ。 ■アイコンと化した衣装たちと、ボウイが外部に求めた刺激 すべてが並列に扱われている『DAVID BOWIE is』展において、「注目すべき展示」というのは選びづらい。しかし、ボウイ入門者に向けてオススメする視点で、いくつかピックアップしてみようと思う。 まずは、それぞれがアイコンと化した衣装たちだろう。 ボウイは基本的に1つのツアーを1つの衣装で回りきることが多く、ジャケット写真などで着ている衣装と合わせて、各時期の作品世界を象徴する衣装が無数に存在する。有名な「出火吐暴威」という当て字が入った衣装など、その一部を手がけたのは日本人のデザイナー・山本寛斎氏だ。 これらの衣装が、実にめまいがするほどおびただしい数、展示されている。衣装をまとうマネキンには、1975年に作られたボウイのライフマスクのレプリカが貼り付けられていて、さながら無数のボウイの亡霊に取り囲まれているような錯覚を覚える。 もう1つは、少し矛盾するようだが、無造作に挿入される「ボウイ以外」の展示だ。 この『DAVID BOWIE is』展の特色として、ボウイが時代的に影響を受けた、ないし受けたであろう同時代のアーティストの情報が挿入されている。 ボウイは、常に自分のクリエイティビティと融合し得る、表現の「ツール」になるであろう外部の刺激を求めていた。いくつかの部品の組み合わせから、まったく鮮やかな独自の表現に到達するさまは、まるで発明家のようでもある。 それゆえに(逆説的に)、ボウイの音楽はそれらが溶け合う、さまざまな場所へとつながるターミナル(駅)になっているわけだ。 ボウイの宇宙には、無数のドアが眠っている。これを探訪する旅も楽しい。 ここまで読んでくれたボウイをよく知らない諸兄の中には、「なんだ、ボウイさんというのはずいぶん捉えどころのない人だなー」と感じる人もいるだろう。 SF世界のフォークシンガー、グラムロックの始祖、ガリガリに痩せたプラスチック(偽りの)・ソウル、ベルリンの青白い貴公子、水色のスーツに身を包んだスーパースター……。 確かに、ボウイのペルソナは無数に存在して、全貌をつかむことは難しい。しかし、ひとつだけ、誰にでも感じられる、ボウイ世界を貫く柱がある。 それは、彼の声だ。 いかなるジャンルの音楽でも、ボウイが歌うとジャンルの意味合いを消し去ってしまう。この驚異的な歌声は、彼の美学それ自体が、音として顕在化したかのようだ。ぜひ、展示と共に彼の声を感じてほしい。 そうそう! 番外編としては、日本限定の「David Bowie Meets Japan」コーナーの存在がある。前出の山本寛斎氏以外に、ここでは2人の日本人が登場し、ボウイについて語る。それは、故・大島渚監督『戦場のクリスマス』(83年)で、ボウイと共演した北野武&坂本龍一のお2人だ。「たけし、ボウイを語る」とは、なかなか新鮮な光景なので、お楽しみに。 ■「考えるな、感じろ」 さて、『DAVID BOWIE is』展では、この深遠なパーソナル宇宙を旅しようという勇気ある探検者に、特殊なヘッドフォンが配られる。これらは特定の展示物に近づくと、展示にまつわる音声や音楽を自動で再生する。最近、さまざまな展示会などでオプションとして採用されているシステムだが、『DAVID BOWIE is』展では、基本的に全員、必ず着用しなければならない。これなしでは成立しないように設計された展示は、画期的であると同時に、実に猥雑だ。 歩いていると次々音が切り替わり、ほかの展示を見ていても、近くの映像の音が再生されて聴こえてくる。この猥雑さ、破廉恥さが、ものすごくボウイらしい。常に変化し、誰よりも時代に「キャッチー」でありながら、誰にも本質をつかませなかったボウイの、その活動が作り上げたつぎはぎだらけの宇宙を、少々質の悪い宇宙船で旅しているようだ。 最大の展示スペースでは、ボウイの音楽がワンフレーズずつ切り刻まれたメドレー、というよりも、ボウイ自身が愛読したウィリアム・バロウズの「カットアップ手法」を用いたようなBGMも流れている。 「SOUND&VISION」と名付けられた巨大なライブの部屋では、四方から別のライブ映像が再生され、それぞれの音声が順番に耳元で再生される。 これらの氾濫する音声は、「理解するな」と言わんばかりだ。 かつては、情報が少ない中での「考えるな、感じろ」だった。『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(80年)で、ヨーダが文明のほとんどない森深くで、ルーク・スカイウォーカーにフォースの修行をさせたように。 しかし、いまや情報が氾濫しすぎて、「考えるな、感じろ」になった。多すぎて多すぎて多すぎることが、逆に「無」に近づいていく。 ボウイの代表曲のひとつ「SPACE ODDITY」(69年)の中で、宇宙を遊泳中に消息を絶ったトム少佐のように、虚無の宇宙をさまよう感覚は、無限の可能性の中を泳いでいるようなものなのかもしれない。1980年、ボウイ自身の楽曲「Ashes to Ashes」の中で、トム少佐はジャンキーで、宇宙遊泳は妄想だった、と歌われた。 しかし、それもまた、多元宇宙の可能性のひとつだ。 僕らは常に、可能性の中で生きている。 無限の可能性の中で、意識的な選択と、無意識的な拒否を繰り返して、自分を作っている。 それは、今も宇宙を遊泳するトム少佐の相似形だ。 死してなお、ボウイは教えてくれる。 僕らは、「僕ら内・インナースペース」の宇宙飛行士だ。宇宙は、外だけでなく、内にも無限に広がっていく。
●タカハシ・ヒョウリ
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。
HP:http://www.owarikara.com/
ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/
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セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ……多摩川の河原で「新春・七草クエスト」
1月7日に、1年の無病息災を願って食べる七草粥。春の七草を摘んで、お粥に入れて食べるというこの風習は、平安時代から行われていたほど古く、『御伽草子』にも説話が語られているそうだ。 春の七草といえば、最近はスーパーなどでもセットになって売られているが、やっぱり自分で探してこその縁起物だろう。そこで、野草に詳しい友人が1月3日に多摩川の河原で七草集めをするというので、それに参加させてもらうことにした。春の七草を多摩川の河原で探してみました。
当日はその友人に教わることで、苦労することなく七草をゲットするはずだったのだが、なんと主催者がインフルエンザで欠席。急遽、引率者なしの遠足に。無病息災を願うための七草粥だが、その七草を集めるためには健康でなければならないのだなと、新年早々に人生の摂理を学んだ気分である。 とりあえず、集合場所に集まった人達と河原へと移動し、七草を探す冒険がスタート。7つの草を探すなんて、なんだかドラゴンボール集めみたいだ。10名ほどが集まった春の七草摘みの会。この7種類を探します。
ここで春の七草について説明すると、小学生の頃に誰もが覚えたあの7種の名前は、現在は正式名称ではないものもある。 芹:セリ=これはそのままセリ。野菜としても販売されている。 薺:ナズナ=これもそのままナズナ。通称ペンペン草。 御形:ゴギョウ(オギョウ)=ハハコグサのこと。咳や喉の痛みに良いとされ、草餅に使われることもあったとか。 繁縷:ハコベラ=ハコベのこと。ウシハコベ、コハコベなどの種類があり、七草はコハコベとされている。 仏座:ホトケノザ=タビラコ(コオニタビラコ)のことで、ホトケノザという名前の植物もあるが、これは別種となる。 菘:スズナ=カブのこと。野生のカブって生えているんですかね。 蘿蔔:スズシロ=ダイコンのこと。これも野草じゃなくて野菜だよね。 どこでも生えている野草から、どこでも売っている野菜までさまざまだが、さて何種類が多摩川の河原で見つかるのだろうか?探そうぜ、七草。
一番簡単に見つかったのは、ペンペン草ことナズナ。小さくて白い花と、特徴的なペンペンしたくなる種が付いていたので、これは楽勝で見つかった。 観賞用ではなく食べるためなので、できれば花の咲いてない若葉がいいのだが、葉っぱだけだとなんの草なのかよくわからないのが七草集めの難しいところ。特にこの時期は「ロゼット状」といって、地面にビタっと葉っぱが広がっているだけで、植物の種類を同定するための情報が圧倒的に足りないのだ。まずは、河原の石がゴロゴロしている場所を探してみます。
花と種があればわかりやすいナズナ。
続いて見つけたのは、ハコベラことハコベ。きっとコハコベ。小学生の頃に生き物係(バンドではない)としてニワトリやウサギのために集めていた草だが、今日は私のご飯となるのだ。ロゼット状の葉っぱだけだと、ナズナなんだかタンポポなんだか判断がつかない。
続いては、なかなか見つからないのでは、との前評判だったゴギョウことハハコグサ。黄色いポンポンみたいな花が咲いていれば探しやすいのだが、この時期にはそれがないのだ。 同定のポイントは、猫の舌のような形と、猫の耳のような産毛だニャー。這いつくばって探したところ、似たような草がたくさんあるなかで、きっとこれだろうというものを発見。素人による同定なので確実ではないが(これを「素人同定」と呼ぶ)、これがゴギョウということでいいだろう。ハコベラの「ラ」は、歴史上どのタイミングでなくなったのだろう?
続いてはスズナ、スズシロ。カブとダイコンである。これは野草ではなく野菜なので、河原よりも八百屋で探すべき植物だろう。誰だよ、これを七草に入れたのは。 だが、スズナは大丈夫。野生のダイコンなんて生えてないよーと思ってしまいがちだが、ここ多摩川の河原でいえば、これが結構生えているんだな。中央のモサモサしているのがゴギョウのはず。家で育てて答え合わせをするというのも楽しいかもしれない。このモサモサが気持ち良いね。
栽培されているものの種が飛んで、海辺で野生化したものがハマダイコン。となると、これはカワラダイコンと呼ぶべきだろうか。河原に生えるダイコン。
立派な根っこ。土の柔らかい場所なら、もっと大きなダイコンも生えている。 このようにダイコンならいくらでも生えているのだが、野生のカブは見たことがないと参加者全員が口をそろえる。どうせ生えていないからと、自宅の畑からカブを持参してきた人も。 ダイコンの葉っぱはギザギザしているが、カブの葉っぱは丸っこいのか。引っこ抜いてみれば、ほらダイコンだ。
こういう葉っぱが生えてないかなーと探してみると、さっきのダイコンよりも明らかにカブ寄りの葉っぱを発見。 もしかして、これは幻の野生カブなのでは!葉っぱまで美味しそうなカブ。
ドキドキしながら抜いてみると……これは……ダイコン! 葉っぱが丸いので期待したけれど、ダイコンとコマツナあたりの交雑種だったかな。でもまあ細長いカブの品種もあるので、カブということにしておこうか。「イワシの頭も信心から」というが、「細めのスズナも信心から」だ。葉っぱの形がカブっぽい!
続いて探すのはセリ。これは休耕田のような湿地に生える食草なので、水の溜まった場所の回りを探してみるものの、これがなかなか見つからない。このあたりはセリの好む土壌とはちょっと違うかな。 セリの代わりにやたらと生えているのが、外来種のオランダガラシ。いわゆるクレソンである。 春の七草が選出された時代から何百年もたっているんだから、もうクレソンに世代交代してもいいような気がする。いや、でもやっぱりセリを見つけたい。多摩川のセリ、タマガワのセリ! さんざん探してようやく見つけたー! と思ったけどちょっと違うか。スリムなカブだと信じよう。
ダメだ、セリっぽい草なら生えているけれど、これぞセリというやつが見つからない。セリはドクゼリというその名の通り毒草があるので素人同定が危険なターゲット。あせりは禁物である。……セリだけに。 川沿いにだいぶ歩き回り、こりゃもうダメかなーとあきらめかけたその時、草むらの中で探していたアイツを発見! 八百屋で売っているセリとはちょっと違うが、これこそが野生のセリの姿。葉っぱをちぎって嗅いでみれば、まさにセリの香り。念のため根っこを確認して芋状になっていないことを確認(芋状ならドクゼリ)。 どうにかセリを狩って、新年早々競り勝ったということで、こりゃ縁起がいいわい。うーん、似ているけれど違うかな。
これで、残すはホトケノザだけである。野草の図鑑に載っているホトケノザならいくらでも見つかるのだが、春の七草でいうホトケノザはタビラコ(コオニタビラコ)というタンポポに似た草のこと。これが全然見つからない。 黄色い小さな花が咲いていれば見つけることもできるだろうが、図鑑の写真のように都合よく咲いていないのが野草というもの。田んぼの畔などに生える草らしいので、探している場所が悪いのだが。そっと一株だけいただきました。
参加者の話だと、なんでもタビラコは全国的に数が減っているそうで、場当たり的に探すのは難しいらしい。今日のところは仏様に適当な草に座っていただき、それをホトケノザとしておこう。探しているのはこのホトケノザではない。
そんなこんなで、見つけられた七草は以下の通り。 ○芹:セリ ○薺:ナズナ ○御形:ゴギョウ(オギョウ) ○繁縷:ハコベラ ×仏座:ホトケノザ △菘:スズナ ○蘿蔔 あのカブっぽい葉っぱのダイコンをスズナと呼んでいいのか微妙だが、その辺りは自己満足の世界なので良しとすれば、7種類中6種なのでなかなかの好成績ではなかろうか。まあ7種類そろえても願いをかなえてくれる龍が出てくるわけでもないしね。 七草以外で見つけた食草は、ヨモギ、クレソン、タネツケバナ、ノビル、タンポポ、カラシナなど多数。正調の七草にこだわらなければ、その辺の公園でも7種類の食べられる野草は見つけられると思うので、「世界に一組だけの七草」を探すくらいの気持ちで楽しむのがいいんじゃないですかね。八宝菜や五目そばだって、何が入っていてもいいわけだし、そもそも地域によって生えている草なんて違う訳だし。でもまあ、やっぱりホトケノザも見つけたかったなー。 とにもかくにも天気の良い日に野草を探すのは、とても気持ちよかった。年末年始の休みでなまった体を動かし、暴飲暴食をした胃を休ませるのには最適の風習だなと実感した次第である。これはカラシナかな。いやナズナなのか。仏様、これでお許しください。
多摩川で集めた七草の粥。ありがたや。
個人的に好きな野草はカラシナです。
(取材・文=玉置豊)自家製アンチョビとカラシナのパスタ。大変おいしゅうございました。
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ……多摩川の河原で「新春・七草クエスト」
1月7日に、1年の無病息災を願って食べる七草粥。春の七草を摘んで、お粥に入れて食べるというこの風習は、平安時代から行われていたほど古く、『御伽草子』にも説話が語られているそうだ。 春の七草といえば、最近はスーパーなどでもセットになって売られているが、やっぱり自分で探してこその縁起物だろう。そこで、野草に詳しい友人が1月3日に多摩川の河原で七草集めをするというので、それに参加させてもらうことにした。春の七草を多摩川の河原で探してみました。
当日はその友人に教わることで、苦労することなく七草をゲットするはずだったのだが、なんと主催者がインフルエンザで欠席。急遽、引率者なしの遠足に。無病息災を願うための七草粥だが、その七草を集めるためには健康でなければならないのだなと、新年早々に人生の摂理を学んだ気分である。 とりあえず、集合場所に集まった人達と河原へと移動し、七草を探す冒険がスタート。7つの草を探すなんて、なんだかドラゴンボール集めみたいだ。10名ほどが集まった春の七草摘みの会。この7種類を探します。
ここで春の七草について説明すると、小学生の頃に誰もが覚えたあの7種の名前は、現在は正式名称ではないものもある。 芹:セリ=これはそのままセリ。野菜としても販売されている。 薺:ナズナ=これもそのままナズナ。通称ペンペン草。 御形:ゴギョウ(オギョウ)=ハハコグサのこと。咳や喉の痛みに良いとされ、草餅に使われることもあったとか。 繁縷:ハコベラ=ハコベのこと。ウシハコベ、コハコベなどの種類があり、七草はコハコベとされている。 仏座:ホトケノザ=タビラコ(コオニタビラコ)のことで、ホトケノザという名前の植物もあるが、これは別種となる。 菘:スズナ=カブのこと。野生のカブって生えているんですかね。 蘿蔔:スズシロ=ダイコンのこと。これも野草じゃなくて野菜だよね。 どこでも生えている野草から、どこでも売っている野菜までさまざまだが、さて何種類が多摩川の河原で見つかるのだろうか?探そうぜ、七草。
一番簡単に見つかったのは、ペンペン草ことナズナ。小さくて白い花と、特徴的なペンペンしたくなる種が付いていたので、これは楽勝で見つかった。 観賞用ではなく食べるためなので、できれば花の咲いてない若葉がいいのだが、葉っぱだけだとなんの草なのかよくわからないのが七草集めの難しいところ。特にこの時期は「ロゼット状」といって、地面にビタっと葉っぱが広がっているだけで、植物の種類を同定するための情報が圧倒的に足りないのだ。まずは、河原の石がゴロゴロしている場所を探してみます。
花と種があればわかりやすいナズナ。
続いて見つけたのは、ハコベラことハコベ。きっとコハコベ。小学生の頃に生き物係(バンドではない)としてニワトリやウサギのために集めていた草だが、今日は私のご飯となるのだ。ロゼット状の葉っぱだけだと、ナズナなんだかタンポポなんだか判断がつかない。
続いては、なかなか見つからないのでは、との前評判だったゴギョウことハハコグサ。黄色いポンポンみたいな花が咲いていれば探しやすいのだが、この時期にはそれがないのだ。 同定のポイントは、猫の舌のような形と、猫の耳のような産毛だニャー。這いつくばって探したところ、似たような草がたくさんあるなかで、きっとこれだろうというものを発見。素人による同定なので確実ではないが(これを「素人同定」と呼ぶ)、これがゴギョウということでいいだろう。ハコベラの「ラ」は、歴史上どのタイミングでなくなったのだろう?
続いてはスズナ、スズシロ。カブとダイコンである。これは野草ではなく野菜なので、河原よりも八百屋で探すべき植物だろう。誰だよ、これを七草に入れたのは。 だが、スズナは大丈夫。野生のダイコンなんて生えてないよーと思ってしまいがちだが、ここ多摩川の河原でいえば、これが結構生えているんだな。中央のモサモサしているのがゴギョウのはず。家で育てて答え合わせをするというのも楽しいかもしれない。このモサモサが気持ち良いね。
栽培されているものの種が飛んで、海辺で野生化したものがハマダイコン。となると、これはカワラダイコンと呼ぶべきだろうか。河原に生えるダイコン。
立派な根っこ。土の柔らかい場所なら、もっと大きなダイコンも生えている。 このようにダイコンならいくらでも生えているのだが、野生のカブは見たことがないと参加者全員が口をそろえる。どうせ生えていないからと、自宅の畑からカブを持参してきた人も。 ダイコンの葉っぱはギザギザしているが、カブの葉っぱは丸っこいのか。引っこ抜いてみれば、ほらダイコンだ。
こういう葉っぱが生えてないかなーと探してみると、さっきのダイコンよりも明らかにカブ寄りの葉っぱを発見。 もしかして、これは幻の野生カブなのでは!葉っぱまで美味しそうなカブ。
ドキドキしながら抜いてみると……これは……ダイコン! 葉っぱが丸いので期待したけれど、ダイコンとコマツナあたりの交雑種だったかな。でもまあ細長いカブの品種もあるので、カブということにしておこうか。「イワシの頭も信心から」というが、「細めのスズナも信心から」だ。葉っぱの形がカブっぽい!
続いて探すのはセリ。これは休耕田のような湿地に生える食草なので、水の溜まった場所の回りを探してみるものの、これがなかなか見つからない。このあたりはセリの好む土壌とはちょっと違うかな。 セリの代わりにやたらと生えているのが、外来種のオランダガラシ。いわゆるクレソンである。 春の七草が選出された時代から何百年もたっているんだから、もうクレソンに世代交代してもいいような気がする。いや、でもやっぱりセリを見つけたい。多摩川のセリ、タマガワのセリ! さんざん探してようやく見つけたー! と思ったけどちょっと違うか。スリムなカブだと信じよう。
ダメだ、セリっぽい草なら生えているけれど、これぞセリというやつが見つからない。セリはドクゼリというその名の通り毒草があるので素人同定が危険なターゲット。あせりは禁物である。……セリだけに。 川沿いにだいぶ歩き回り、こりゃもうダメかなーとあきらめかけたその時、草むらの中で探していたアイツを発見! 八百屋で売っているセリとはちょっと違うが、これこそが野生のセリの姿。葉っぱをちぎって嗅いでみれば、まさにセリの香り。念のため根っこを確認して芋状になっていないことを確認(芋状ならドクゼリ)。 どうにかセリを狩って、新年早々競り勝ったということで、こりゃ縁起がいいわい。うーん、似ているけれど違うかな。
これで、残すはホトケノザだけである。野草の図鑑に載っているホトケノザならいくらでも見つかるのだが、春の七草でいうホトケノザはタビラコ(コオニタビラコ)というタンポポに似た草のこと。これが全然見つからない。 黄色い小さな花が咲いていれば見つけることもできるだろうが、図鑑の写真のように都合よく咲いていないのが野草というもの。田んぼの畔などに生える草らしいので、探している場所が悪いのだが。そっと一株だけいただきました。
参加者の話だと、なんでもタビラコは全国的に数が減っているそうで、場当たり的に探すのは難しいらしい。今日のところは仏様に適当な草に座っていただき、それをホトケノザとしておこう。探しているのはこのホトケノザではない。
そんなこんなで、見つけられた七草は以下の通り。 ○芹:セリ ○薺:ナズナ ○御形:ゴギョウ(オギョウ) ○繁縷:ハコベラ ×仏座:ホトケノザ △菘:スズナ ○蘿蔔 あのカブっぽい葉っぱのダイコンをスズナと呼んでいいのか微妙だが、その辺りは自己満足の世界なので良しとすれば、7種類中6種なのでなかなかの好成績ではなかろうか。まあ7種類そろえても願いをかなえてくれる龍が出てくるわけでもないしね。 七草以外で見つけた食草は、ヨモギ、クレソン、タネツケバナ、ノビル、タンポポ、カラシナなど多数。正調の七草にこだわらなければ、その辺の公園でも7種類の食べられる野草は見つけられると思うので、「世界に一組だけの七草」を探すくらいの気持ちで楽しむのがいいんじゃないですかね。八宝菜や五目そばだって、何が入っていてもいいわけだし、そもそも地域によって生えている草なんて違う訳だし。でもまあ、やっぱりホトケノザも見つけたかったなー。 とにもかくにも天気の良い日に野草を探すのは、とても気持ちよかった。年末年始の休みでなまった体を動かし、暴飲暴食をした胃を休ませるのには最適の風習だなと実感した次第である。これはカラシナかな。いやナズナなのか。仏様、これでお許しください。
多摩川で集めた七草の粥。ありがたや。
個人的に好きな野草はカラシナです。
(取材・文=玉置豊)自家製アンチョビとカラシナのパスタ。大変おいしゅうございました。
「あなたを殺したくて殺したわけではない……」増え続ける『介護殺人』の悲しい現実
こんな悲劇があっていいのだろうか? ニュースを見ていると、しばしば目にする「介護殺人」の文字。介護への疲れから逃れるために、殺人へと発展してしまう、痛ましいこの種の事件。超高齢化社会を迎えた日本において、1年間に発生する介護殺人の件数は数十件に上るとみられており、もはやありきたりな事件のひとつとなってしまった。だが、毎日新聞大阪社会部取材班による書籍『介護殺人』(新潮社)を読めば、そんなニュースに立ち止まらざるを得なくなってしまうだろう。介護殺人事件の「加害者」たちを追った本書に描かれているのは、愛するがゆえに殺人にまで追い込まれてしまった、介護者/殺人者たちの苦悩である。 木村茂(仮名/75)は2011年から、連れ添って45年あまりになる認知症の妻・幸子(71)の介護をしていた。物忘れや徘徊だけでなく、まるで人格が変わってしまったように怒りっぽくなり「ご飯の準備せえ!」と茂を怒鳴りつける幸子。それにもかかわらず、入浴、着替え、トイレまでも、茂がひとりで懸命に介護し続けた。「お前は誰や!!」と言われ、汚い言葉を投げかけられようとも、うんうんとうなずきながら、茂は幸子の背中をさすり続けていた。 12年夏になると、幸子はあまり眠らなくなった。夜中に目を覚まし、大声で茂をなじる声に、近所からも苦情が届くようになる。さらに、幸子は、毎晩のように「どこかへ出かけたい」と駄々をこね、茂はそのたびに彼女をドライブへ連れ出した。昼は家事、夜はドライブという毎日に追われ、茂の精神は疲弊していく。施設に頼ろうとも考えたが、介護保険施設にはまったく空きがなく、民間の高級老人ホームの入居費用は年金暮らしの夫婦に払える金額ではない。茂は「幸子を介護できるのは自分しかいない」と言い聞かせた。 けれども、もう限界だった。 その夏のある夜、幸子から激しくなじられ続けた茂は、幸子の首をタオルで絞めて殺害。自身も死のうと思って睡眠薬を飲んだが、死にきれなかった……。 介護殺人の加害者たちは、被害者を献身的に介護をしてきた人々だ。茂のケースはおよそ1年半だが、数年間、あるいは数十年間にわたって、自らの日常生活を捨てて介護にいそしんできた人々も数多い。施設にも頼らず、自分の手で家族の介護を続けた彼らは、ある日、その責任感に押しつぶされ、殺人に手を染めてしまう。その判決では情状酌量が認められ、執行猶予の判決が下されることがほとんどだが、誰よりも自らの犯した罪を許せないのは、被害者を介護してきた彼ら自身だろう。茂は、拘置所で、こんな言葉をノートに書きつけている。 「あなたを殺したくて殺したわけではないの。あなたを愛して愛していたのに、あの日はなぜかマイナス思考になっていた。あなたを介護したい自分がおること。自分がしたいが思うようにできない事などがあって、殺して自分も死のうと思って。自分だけが生き残ってごめん」 15年の国勢調査によれば、65歳以上の人口は3,342万人。国では、800万人の団塊の世代が75歳となる25年をにらみ、社会保障費圧縮のために、施設ではなく在宅での介護を推進している。もちろん、在宅介護は、介護者となる家族の生き方をも大きく変える。しかし、在宅介護者への現金支給や休暇取得制度などを導入し、介護者が休息する権利までをも掲げている英国をはじめとする諸外国とは異なり、日本では、介護者をどのように支援していくかという視点を持っていない。その結果、介護に追い詰められた介護者が、愛する家族を殺してしまうという悲劇まで起こってしまうのだ……。 誰もが、ある日突然、介護という現実を突きつけられる。もはや、介護は誰にとっても他人事ではない。一刻も早く、この悲しい殺人事件が、日本からなくなることを願ってやまない。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])『介護殺人』(新潮社)
「あなたを殺したくて殺したわけではない……」増え続ける『介護殺人』の悲しい現実
こんな悲劇があっていいのだろうか? ニュースを見ていると、しばしば目にする「介護殺人」の文字。介護への疲れから逃れるために、殺人へと発展してしまう、痛ましいこの種の事件。超高齢化社会を迎えた日本において、1年間に発生する介護殺人の件数は数十件に上るとみられており、もはやありきたりな事件のひとつとなってしまった。だが、毎日新聞大阪社会部取材班による書籍『介護殺人』(新潮社)を読めば、そんなニュースに立ち止まらざるを得なくなってしまうだろう。介護殺人事件の「加害者」たちを追った本書に描かれているのは、愛するがゆえに殺人にまで追い込まれてしまった、介護者/殺人者たちの苦悩である。 木村茂(仮名/75)は2011年から、連れ添って45年あまりになる認知症の妻・幸子(71)の介護をしていた。物忘れや徘徊だけでなく、まるで人格が変わってしまったように怒りっぽくなり「ご飯の準備せえ!」と茂を怒鳴りつける幸子。それにもかかわらず、入浴、着替え、トイレまでも、茂がひとりで懸命に介護し続けた。「お前は誰や!!」と言われ、汚い言葉を投げかけられようとも、うんうんとうなずきながら、茂は幸子の背中をさすり続けていた。 12年夏になると、幸子はあまり眠らなくなった。夜中に目を覚まし、大声で茂をなじる声に、近所からも苦情が届くようになる。さらに、幸子は、毎晩のように「どこかへ出かけたい」と駄々をこね、茂はそのたびに彼女をドライブへ連れ出した。昼は家事、夜はドライブという毎日に追われ、茂の精神は疲弊していく。施設に頼ろうとも考えたが、介護保険施設にはまったく空きがなく、民間の高級老人ホームの入居費用は年金暮らしの夫婦に払える金額ではない。茂は「幸子を介護できるのは自分しかいない」と言い聞かせた。 けれども、もう限界だった。 その夏のある夜、幸子から激しくなじられ続けた茂は、幸子の首をタオルで絞めて殺害。自身も死のうと思って睡眠薬を飲んだが、死にきれなかった……。 介護殺人の加害者たちは、被害者を献身的に介護をしてきた人々だ。茂のケースはおよそ1年半だが、数年間、あるいは数十年間にわたって、自らの日常生活を捨てて介護にいそしんできた人々も数多い。施設にも頼らず、自分の手で家族の介護を続けた彼らは、ある日、その責任感に押しつぶされ、殺人に手を染めてしまう。その判決では情状酌量が認められ、執行猶予の判決が下されることがほとんどだが、誰よりも自らの犯した罪を許せないのは、被害者を介護してきた彼ら自身だろう。茂は、拘置所で、こんな言葉をノートに書きつけている。 「あなたを殺したくて殺したわけではないの。あなたを愛して愛していたのに、あの日はなぜかマイナス思考になっていた。あなたを介護したい自分がおること。自分がしたいが思うようにできない事などがあって、殺して自分も死のうと思って。自分だけが生き残ってごめん」 15年の国勢調査によれば、65歳以上の人口は3,342万人。国では、800万人の団塊の世代が75歳となる25年をにらみ、社会保障費圧縮のために、施設ではなく在宅での介護を推進している。もちろん、在宅介護は、介護者となる家族の生き方をも大きく変える。しかし、在宅介護者への現金支給や休暇取得制度などを導入し、介護者が休息する権利までをも掲げている英国をはじめとする諸外国とは異なり、日本では、介護者をどのように支援していくかという視点を持っていない。その結果、介護に追い詰められた介護者が、愛する家族を殺してしまうという悲劇まで起こってしまうのだ……。 誰もが、ある日突然、介護という現実を突きつけられる。もはや、介護は誰にとっても他人事ではない。一刻も早く、この悲しい殺人事件が、日本からなくなることを願ってやまない。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])『介護殺人』(新潮社)
「名代 富士そば=超ホワイト企業」説ってホント!? 「富士そばライター」が語る真実とは?
■前編はこちらから 先ごろ、ネットで「富士そばが超ホワイト企業でヤバい!」という話題が盛り上がった。いわく、「アルバイトにもボーナス支給」「休憩時間にも時給が発生」「挫折者の受け皿になるため、全員中途採用」などなど。 なるほど、飲食チェーンのブラック企業ぶりが取り沙汰される昨今、これは確かに超ホワイトである。しかし、あくまでもネット情報。本当に超ホワイトなのか? 全113店舗中100店舗以上を食べ歩き、関係者以外では最も富士そばに詳しいと思われる自称「富士そばライター」、名嘉山直哉さん(33歳)に聞いた。 「ネットに上がっている評判は本当みたいですよ。会長の著書などでも同様の発言が見られます。もしそうじゃなかったら、社員やアルバイトがSNSなどで告発するはず。Twitterで店長の文句を言っている人はいましたが、これは単なる人間関係の問題でしょう」 名嘉山さんいわく、「『社員が、あいつばっかりひいきしやがって』『限定メニューが多すぎて覚えきれない』」といった内部批判も見聞きすることがあるという。しかし、いずれも企業の経営方針とは別の話だ。 「富士そば=超ホワイト企業」説が濃厚になったところで、ほかにも富士そばの真実について教えてもらった。 「夜間は基本的に店内を一人で切り盛りする“ワンオペレーション”なので、けっこう大変そうですね。しかし、店長に最大限の権限が与えられていて、メニュー開発やPOP制作も自由。すべて直営店なのに店ごとに個性が出るのは、そのせいです。こういう点は、やりがいにつながるはず」券売機のメニューを凝視しながらチェックする自称「富士そばライター」名嘉山さん。
奇抜な限定メニューの筆頭には浜松町店の「まるごとトマトそば」が挙げられる。これは文字通り、トマトを丸ごとそばに載せてしまったものだ。商品開発会議があれば、絶対に通らないメニューだろう。没メニューの再現企画で20杯限定で販売されたが、完売には至らず。インパクトありすぎの「まるごとトマトそば」。こうした没メニュー再現企画も時々行われる。
「ほかにも、元パティシエの新宿店店長が『そば茶プリン』を開発したり、奥さんが沖縄出身の吉祥寺店店長が『タコライス』を販売するなど、とにかく自由すぎます。会長が定期的に店舗を視察しますが、細かいことには口出ししないそうです」 こうした珍メニューは、公式サイトやFacebookなどで告知されないことが少なくない。店舗に足を運び、自分の目と舌で確かめるしかないのだ。超ホワイトの企業体質と店長裁量の経営スタイルのギャップこそが、富士そばの魅力なのかもしれない。 (文=石原たきび) ●名嘉山さんのブログ「富士そば原理主義」 (http://nkymnoy.exblog.jp)名嘉山さんオススメの「ゆず鶏ほうれん草そば」。鶏肉、ほうれん草、ゆず皮の鮮やかな彩り。食べ応えがあり、ゆずの風味もきいている。さらに、430円と低価格。
ホームラン賞に謎コラボ!? 知られざる「名代 富士そば」トリビア10
飲み会で盛り上がり、つい終電を逃してしまった。始発には、まだまだ間がある。そんな時に吸い込まれてしまうのが「名代 富士そば」だ。 こちらは、東京を中心に113店舗(2016年12月現在)を展開する立ち食いそばチェーン。駅前立地で24時間営業という使い勝手のよさに加えて、メニューも多岐にわたるので飽きることがない。 そんな「富士そば」をウォッチし続けている人物がいる。自ら「富士そばライター」と名乗る名嘉山直哉さん(33歳)だ。4年前にその魅力に目覚めて以来、訪れた店舗は100店舗以上。それらの実食ルポを「富士そば原理主義」(http://nkymnoy.exblog.jp)というブログで熱くつづっている。 名嘉山さんいわく、「富士そばは、サバンナのオアシス」。あまりにも居心地がいいため、ライオンからシマウマまで、肉食、草食を問わずあらゆる動物が集まってくる、という意味だ。 また、「富士そば」には、知られざるトリビアも数多くあるそうだ。そこで今回は、中でも選りすぐりの「富士そば」トリビアを10個教えてもらった。 【1】1号店は2016年1月に閉店 「富士そば」の1号店は、1966年にオープンした渋谷店。ケーキ店だった建物に入居したという。閉店理由は「建物の老朽化のため」。ちなみに、2号店は新宿店で、3号店は西荻窪店。 【2】実は、立ち食い店は1店舗だけ 立ち食いそばのイメージが強いが、完全立ち食いスタイルは東中野店のみ。渋谷店、大山店も椅子がなかったが、現在はともに閉店。激狭の東中野店は、最近ようやく券売機を導入した。 【3】店舗によって価格が微妙に違う 店舗によってオリジナルメニューがあるのは有名だが、価格も微妙に異なる。特に、八重洲店は基本価格帯より20円ぐらい安く、大盛りも100円ではなく50円といううれしい設定。 【4】演歌がかかっている理由 BGMは基本的に演歌。これは4度目の上京で一旗揚げた苦労人・丹道夫会長が演歌に入れ込んでいることから。55歳で作詞学校に入学した彼の作品が店内に流れることも。高円寺店の外観。外観はどこも似ているが、一歩中に入るとそこは別世界……。
【5】人気の新メニューに「ホームラン賞」 オリジナル新メニューの売り上げがよかった場合、考案した店長に本社から「ホームラン賞」が与えられる。賞金が出る上に、ときには定番メニュー化という栄誉も。メディアで公表されているのは、かつ丼、肉富士そばなど。 【6】社長交代を機に、海外へも進出 会長の息子で、現在の丹有樹社長は2015年に就任。「新市場への進出は挑戦しがいがある」という理念のもと、台湾、フィリピン、シンガポールなど、海外への進出路線を取っている。 【7】脈絡のない“謎コラボ”が話題 過去には、ゲーム『龍が如く』、映画『TOKYO TRIBE』『かいけつゾロリ』『亜人』などとのコラボメニューを展開。しかし、作品とメニュー内容の関連が薄く、ファンの間で疑問の声も。 【8】味が一番安定しているのはカレー カレーのルーはパウチ入りの業務用。そのため、店舗ごとにつゆの味が異なるそば類より、味が安定している。「あの店のそばつゆとは、相性が合わない」という人にはカレーがオススメ。店舗オリジナルメニューは券売機の最上段で「これでもか」とアピールしてくる
【9】さらに、ラーメンもおいしい ラーメンは鶏がらのしょう油スープで、懐かしい味。最近では煮干しラーメン(450円)が人気で、ネットで「激ウマ」とバズったのをきっかけに販売店舗が急増し、現在は65店舗(2016年11月)で食べられる。 【10】最新の動向はFacebookでチェック 公式サイトは更新頻度が少ないため、最新の動向を知りたい場合はFacebook(https://www.facebook.com/fujisoba/)をチェックすべし。「人物紹介」「美人×蕎麦」「没メニュー紹介」などの面白情報を入手できる。 *** メニュー開発やスタッフ採用は、店長任せ。基本的にマニュアルの類いもない。そんな「富士そば」だからこそ、このような面白トリビアが生まれるのかもしれない。 後編では、先ごろネットをにぎわせた「富士そば=超ホワイト企業」説の真偽を含め、さらに「富士そば」の魅力に迫る。 (取材・文=石原たきび)名嘉山さんオススメの「煮干しラーメン」。ショッピングモールのフードコードで提供されているような「ほどほど」の味わい。カレー同様に味が安定しているので、ハズレがない。
年末年始にイッキ見したい海外ドラマ5作!
年内最後の本コラムでは、年末年始にイッキ見できる海外ドラマをジャンル別にピックアップ。王道ドラマから、珍品、名品などなど、多ジャンルをチョイスしているので、気軽にトライしてみてほしい。
●犯罪ドラマ『ブラックリスト』 配信サービスが本格的にドラマ制作に乗り出し、日本で見られるアメリカのドラマの数はうなぎ上り。だが、制作数が増えた分、作品テイストはどんどんニッチ化し、どれを見たらいいかわからないという人も多いのでは? そんな時は、ネットワーク系のドラマの中から、自分の好みを探ってみるのがオススメだ。ネットワークは、日本でいうところの地上波のテレビ局。それだけに、比較的万人にアピールする方向性でドラマを制作する。そういう意味で、王道的なネットワーク・ドラマでありながら、しっかりとした個性を持った犯罪ドラマが『ブラックリスト』だ。 世界中の犯罪者と取引をし、「犯罪コンシェルジュ」と呼ばれるFBIの最重要指名手配者レイモンド・レディントンが、なぜか新米FBI捜査官エリザベス・キーンを指名し、20年かけて集めた世界中の犯罪者の情報“ブラックリスト”を合衆国に提供すると申し出るという本作は、毎回多彩な悪人たちが登場する1話完結的なドラマであると同時に、レイモンド とエリザベスの知られざる関係性と、そこに絡む悪の組織との対決という連続的なストーリーが同時進行していく。ジェームズ・スペイダー演じるレイモンド のミステリアスな人物像がドラマの謎に拍車をかけ、1話完結の気軽さを楽しんでいるうちに、気がつけば連続性のあるストーリーにハマっていけるパターンは、ライトな視聴スタイルにもマッチするだろう。『ブラックリスト SEASON 1 COMPLETE BOX』(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)
●ミステリー『THE OA』 7年間、失踪していた盲目のヒロインをめぐるミステリー。ある日、自殺未遂で病院に運ばれた女性は、7年間失踪していた人物だった。7年ぶりに家族の前に現れたその女性、プレーリーは、失踪中の記憶を失っていた。さらに驚くべきことに、生来盲目だった彼女が、戻ってきた時には視力を取り戻していた。世間が奇跡の生還と盛り上がる中、プレーリーは少しずつ失われた記憶を取り戻し、ある目的を果たすために動きだす。 映画『ザ・イースト』の監督・主演コンビが贈るNetflixのオリジナル・シリーズとなる本作は、同社のオリジナル・シリーズ『センス8』的な独特の世界観を持つ。失踪した女性をめぐるサスペンスかと思いきや、次のエピソードではファンタジー、さらに進むとミステリーと、週1ペースの配信なら散漫になるところも、一挙配信のドラマだからこそ見る者を翻弄しつつ引き込んでいく。ヴァイラル狙いの前衛バレエ風のある“動作”といい、率直に言って珍品だが、その奇妙さはクセになる。エンディングに感動するか、ポカーンとするかは人によって大きく分かれるかと思うが、いずれにしても見終わった後に誰かと話したくなること必至だ。Netflixより
●SFサスペンス『高い城の男』 フィリップ・K・ディックの同名小説をドラマ化した、Amazonのオリジナル・シリーズ。第2次世界大戦でドイツと日本(+イタリア)側が勝利していたら……という歴史改変SFを、リドリー・スコット製作総指揮で描いている。アメリカはドイツと日本で分割統治され、その世界は現実の世界とはかけ離れたものに。ナチス思想と軍国主義に支配された世界は、並みのホラーより恐ろしい。そんな世界の中で、レジスタンスの活動に巻き込まれるジュリアナと、ドイツ側のスパイとしてレジスタンスの活動を探るジョーを中心に、“高い城の男”が撮ったあるフィルムをめぐって、ドイツ、日本、そしてレジスタンスの思惑が入り乱れたサスペンスが展開される。 アメリカドラマの中には、しばしばヘンテコ・ニッポン描写が登場するが、歴史改変のあくまで“if”の話のため、すんなりと作品世界になじんでいる。今の日本とはおよそかけ離れた世界という点ではしっかりとSFだが、その緻密に構築された世界観は、恐ろしいほどのリアリティで迫ってくる。サスペンスとしても一級品で、早くもシーズン2が待ち遠しくなる作品だ。Amazonプライムより
●ホラー『ストレイン』 映画『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロ監督が放つ、デル・トロ節炸裂のホラー・サスペンス。冒頭、ベルリンからJFK空港に着陸した航空機内で起こった乗客乗員206名が死亡するという謎の事件では、ウィルスによるパンデミックなストーリーかと思いきや、やがてそれは未知の生物との死闘に発展。ドラマはゾンビ・アポカリプス的な様相を呈し、その生物と人類の隠された戦いの歴史が明かになっていく。サスペンスから、ホラー、SF、アクション、ミステリーと、徹底的なジャンルのごった煮も、デル・トロ風味という味付けによってきっちりとひとつにまとめ上げられ、一気にその作品世界に引き込まれていく。 ストーリーが進むにつれ存在感を増していく、モンスター描写の本気度もスゴイ。「人間は飲み物だ」と言い切るあたりは、いっそすがすがしいほどだ。全般的に陰湿な恐怖よりも、あっけらかんとしたモンスター描写に徹しているので、ホラーが苦手な人でも入りやすいのもポイント。しかしながら、グロ描写が苦手な人は要注意。その物語の終着点がどこに向かうのか、まったく予測がつかないが、ワクワクさせられることは間違いない。Amazonプライムより
●コメディ『VEEP』 今年はアメリカ大統領選挙があったため、アメリカの政治に大きな注目が集まったが、2017年はトランプ政権が本格始動するだけに、まだまだ目が離せない。アメリカにはいろいろな政治ドラマがあるが、正月らしく笑って過ごしたい人にオススメなのが、政治コメディ『VEEP』だ。アメリカで2番目の権力の座にありながら、その実態は世界一の閑職(?)な、女性副大統領を主人公にした本作は、副大統領とそのスタッフのドタバタぶり、そして毒が効いたユーモアで、アメリカの政治世界を笑顔でぶった切る。といっても、あくまで主題は閑職ポジションの悲哀。 主人公のセリーナ・マイヤーを演じるジュリア・ルイス=ドレイファスは全米で絶大な人気を博した『となりのサインフェルド』でブレイクした名コメディエンヌだが、本作でもその実力を遺憾なく発揮し、平時にはロクな仕事を与えられない副大統領というポジションの哀れな日常を、絶妙な笑いに転じている。アクの強い個性派キャラぞろいのキャストのアンサンブルも見事で、初笑いにうってつけの作品だ。 ●まくた・ちひろ 映画・海外ドラマライター。『日経エンタテインメント!海外ドラマSpecial』『ゲーム・オブ・スローンズ パーフェクト・ガイド』(日経BP社)、『海外ドラマTVガイド WATCH』(東京ニュース通信社)、『映画秘宝EXドラマ秘宝vol.2~マニアのための特濃ドラマガイド』(洋泉社)等に寄稿。Twitterアカウントは@charuminhuluより
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
豊作と言われる2016年の日本映画界だが、その豊作をもたらした土壌について考えると複雑な感情を抱かずにはいられない。興収80億円を越える大ヒットとなった『シン・ゴジラ』、邦画の歴代興収2位となる200億円を越え、さらに記録更新中の『君の名は。』に加え、単館系での公開ながらロングランヒットが続く『この世界の片隅に』の3本を2016年を代表する日本映画として思い浮かべる人は多いはずだが、かつてない大災害に直面した主人公たちが不測の事態にどう対処するかを描いていることでこの3作品は共通している。 シリーズ第1作『ゴジラ』(54)に登場した怪獣ゴジラは核兵器に対する恐怖のメタファーとして描かれたが、庵野秀明総監督がリブートした『シン・ゴジラ』はメルトダウン化して制御不能状態に陥った核エネルギーの化身として首都圏を蹂躙した。日本が誇る科学力・技術力によってゴジラを凍結させることには成功するが、ゴジラ=廃炉化が決まった原発もしくは核廃棄物を完全に処理できないままドラマは終わりを迎える。生き残った矢口(長谷川博己)らに残された課題は相当に大きい。『君の名は。』は新海誠監督の定番である男女のすれ違いファンタジーだが、東京で暮らしている高校生・瀧(声:神木隆之介)は夢の中で体が入れ替わっていた女子高生・三葉(声:上白石萌音)が暮らしている町がすでに天災によって消滅していたことを知る。もしもタイムトリップが可能ならば、5年前に起きたあの大震災に対して自分は何かできたのだろうか。『君の名は。』がファンタジーとして感動的であればあるほど、震災に対して何もできなかった自分の無力さを思い知らされる。被災地に対して、多くの人が感じた“後ろめたさ”や“無力感”が産み落としたあまりにも哀しいファンタジーに感じられた。 苦労人・片渕素直監督にとって初めてのヒット作となった『この世界の片隅に』は2010年から企画が動き始めた作品だが、能年玲奈あらため“のん”演じる主人公のすずが体験する太平洋戦争を東日本大震災と重ねて観る人も少なくないだろう。広島で生まれ育ったすずは日本がなぜ戦争をしているのかを深く考えることなく、嫁ぎ先の呉での家事に追われることになる。乏しい食料事情の中、すずは明るく健気に振るまい、嫁入りした北條家の人々と心を通わせるようになるが、やがて1945年の夏が訪れ、すずが大切にしていた平凡な日常はあっけなく崩壊してしまう。『この世界の片隅に』は片渕監督が「100年後にも伝えたい」という想いを込めて完成させた作品ゆえに、短絡的に3.11に結びつけることは憚れるが、自分が置かれている社会状況に無自覚でいることの恐ろしさを我々に突き付ける。興収8億円を越えるロングランヒットとなった『この世界の片隅に』。年明け1月7日からは全国150館での拡大公開が予定されている。
震災から5年が経過した2016年を代表する作品がアニメーションや特撮であったのは、日本人の心情にアニメや特撮という表現媒体が憑代(よりしろ)としてフィットしやすいことも要因ではないだろうか。先述した3作品の他にも震災がモチーフとなった映画が2016年は目立った。佐藤信介監督の和製ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』の序盤、パニック状態に陥った東京が壊滅していく過程はどこかデジャブ感を思わせるリアルさがあった。今のようなシステマチックな社会は、いつ破綻してもおかしくないという皮膚感覚に訴えかけてくる不気味さがあった。 西川美和監督の『永い言い訳』も震災がきっかけで生まれた作品に数えられる。『永い言い訳』の発端となるのは自然災害ではなく、スキーバスの転落事故だが、不慮の出来事によって大切な人に「さようなら」を伝えることができなかった後悔の念が作品のモチーフとなっている。妻(深津絵里)とは冷えきった夫婦関係にあった作家(本木雅弘)だが、事故で亡くなった妻への罪の意識から同じ事故の被害者遺族(竹原ピストル)の子どもたちの面倒を看ることになる。西川監督の師匠にあたる是枝裕和監督の『そして父になる』(13)や『海街dairy』(15)と同じく、血縁にこだわらない新しい家族像・人との繋がりを提示した作品として印象に残る。 岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』も3.11が生み出した作品のひとつだ。日本社会の息苦しさを嫌ってLAに移住し、『ヴァンパイア』(12)などの英語劇を撮っていた岩井監督だが、故郷の仙台が被災したことから帰国。震災そのものを劇映画にすることは叶わなかったが、黒木華を主演に迎えた『リップヴァンウィンクルの花嫁』では3.11後の不安定な格差社会を舞台に、職場からも結婚制度からもこぼれ落ちたヒロインが、逆に明るく伸び伸びとサバイバルしていく姿が描かれた。もうひとつ、3.11を題材にした作品として『夢の女 ユメノヒト』も挙げておきたい。『クローズアップ現代』(NHK総合)でも紹介された実話をベースにしたドラマで、40年間にわたって福島の精神病院で暮らしてきた男性患者が原発事故の影響で転院したところ、すでに完治していると診断され、浦島太郎のように唐突に現実社会に復帰することになる。ピンク映画界で長年活躍した佐野和宏主演による低予算ロードムービーだが、地位も権力もないひとりの市民という立場から震災後の社会を見つめた作品として見応えがあった。社会現象となった『シン・ゴジラ』の影に隠れてしまった感があるが、3.11直後の首相官邸の5日間を描いた『太陽の蓋』は日本があと一歩で壊滅する危機にあった事実を思い出させる迫真のポリティカルサスペンスだった。政治家たちの名前を実名でドラマ化した実録映画がようやく出てきたことも評価される。菅総理(三田村邦彦)ら閣僚が実名で登場する実録パニックムービー『太陽の蓋』。ぜひ『シン・ゴジラ』と見比べたい。
『君の名は。』をメガヒットに導いた東宝の川村元気プロデューサーが手掛けた『怒り』も“いま”という時代の空気感を濃厚に感じさせた。吉田修一の同名小説を渡辺謙、妻夫木聡、広瀬すずといったオールスターキャストで映画化したものだが、作品で描かれる“怒り”は単に凶悪犯に向けられたものではなく、怒りという感情を爆発させることができない人々の内面にフォーカスを絞ってみせた。沖縄の基地問題、性的マイノリティーに対する偏見など、誰に対して怒りをぶつければいいのか分からない現代人のやるせなさを代弁した作品だった。ひとつの作品で実質3本分の映画を撮影した李相日監督のタフさも特筆したい。 この5年間は“クラウドファンディング”が日本でも浸透しはじめた期間でもあった。ネットで一般ユーザー向けに少額の製作資金を募るクラウドファンディングは、映画界ではこれまで低予算のドキュメンタリー作品などで効力を発揮してきたが、『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで3921万円を集め、5分間のパイロットフィルムを製作。パイロットフィルムの出来のよさから出資企業が現われ、2億5000万円の製作費を調達することに成功した。奥田庸介監督の『クズとブスとゲス』、井口昇監督の『キネマ純情』もクラウドファンディングで資金を募り、製作に踏み出すことが可能となった。地方都市の惨状をリアルに描いた『サウダーヂ』(11)の富田克也監督の新作『バンコクナイツ』(2017年2月公開)もクラウドファンディングで1000万円を集め、タイでのオールロケを敢行してハイクオリティーの作品に仕上げている。SNSを介して、気骨ある映画監督のオリジナル度の高い企画をファンひとりひとりが後押しするという流れが、徐々にだが形になりつつある。園子温監督が福島でロケ撮影し、地元の人々をキャスティングした『ひそひそ星』は自主制作という形態だったが、大手の映画会社に頼ることなく製作・配給に取り組んでみせた。メジャーとインディーの壁にとらわれない監督たちの自由な活躍がますます広がることを期待したい。 (文=長野辰次)奥田庸介監督が主演も兼ねた『クズとブスとゲス』。奥田監督は撮影中にビール瓶を頭でカチ割ってみせるクレイジーぶりを発揮。
『この世界の片隅に』 原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ 出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外 配給/東京テアトル テアトル新宿ほか全国順次公開中 (c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 http://konosekai.jp 『太陽の蓋』 監督/佐藤太 脚本/長谷川隆 音楽/ミッキー吉野 出演/北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦、菅田俊、井之上隆志、宮地雅子、葉葉葉、阿南健治、伊吹剛 配給/太秦 (c)「太陽の蓋」プロジェクト/Tachibana Tamiyoshi http://taiyounofuta.com 『クズとブスとゲス』 監督・脚本/奥田庸介 出演/奥田庸介、板橋駿谷、岩田恵里、大西能彰、カトウシンスケ、芦川誠 配給/アムモ98 (c)2015映画蛮族 http://kuzutobusutoges.com





































