
『聖痕のクェイサーⅡ』の比較画像。画像上が「テレビ放送版」で、画像下がDVD収録の「ディレクターズカット版」。規制前がいかに激しい描写かがわかるはずだ。

ネット上のアニメ配信ポータルサイトでは、「無修正の世界」などとして、それらの作品を集めて、大々的に特集が組まれることもある。
「聖痕のクェイサーII」ディレクターズカット版Vol.1 [DVD] 観たい......。


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「ネトウヨは財政破綻した夕張を助けに行け。雪かきして来い」
こんなフレーズを耳にして、ピンと来る人が果たしてどれくらいいるのだろうか?
2010年の12月5日、マンガ・アニメの規制を画策する東京都青少年健全育成条例改定案を巡る、猪瀬直樹東京都副知事のTwitterでのつぶやきに即座に反応したジャーナリストの昼間たかし氏は、「表現規制ではない。デマゴーグに踊らせられているだけ」と主張する猪瀬副知事に対し、「その旨を取材させてほしい」とオファー。すると、猪瀬副知事から取材に応じる条件として、財政破綻で苦しむ夕張市内での雪かきを提示されたのだった。
この条件提示に昼間氏と時を同じくして呼応したのが、キャリア20年を数えるマンガ家の浦嶋嶺至氏。浦嶋氏は、11年1月21日に夕張市を訪問し、同市の社会福祉協議会の案内で雪かきを実行。直後から、取材方法について猪瀬副知事との調整を始めた。
そんな矢先、昼間氏も同年2月24日から開催された「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011」に併せて、夕張市を訪問して雪かきを行うことを表明。実は昼間氏、06年と09年に映画祭取材した経緯があり、09年に至っては脚本を執筆した映画『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』(監督:増田俊樹)が、同映画祭のフォーラムシアター部門にて招待上映されたという経歴の持ち主なのだ。
映画祭取材を終えた昼間氏は、浦嶋氏と現地で合流。撮影を担当する増田俊樹監督を伴い、同市の社会福祉協議会を通じで雪かきを敢行。その画像がTwitter上を駆け巡るや否や、周囲が帰京後に猪瀬副知事との対論を実現させようと、あの手この手と準備を進めていた矢先、映画祭閉幕から10日後の3月11日、未曾有の東日本大震災と原発事故の影響で世情は一変。昼間氏の取材対象は青少年健全育成条例を巡る諸問題から外れていく結果となり、歩調を合せるかのように、浦嶋氏も不退転の決意をベールに包むかの如く沈黙を守り通した。
そんな中、昼間氏は漫画家の山本夜羽音氏らが主宰する「おたぱっくQB準備会」のボランティア活動に同行。被災した福島県南相馬市へと向かい、精力的に現地取材を行った。一方、沈黙を守り続けた浦嶋氏は、人知れず過去に発表した自作の短編マンガを脚本化。その後、自ら制作プロダクションを立ち上げ、映画化に奔走。プロ・アマ問わず幅広く人材を公募し、7月初旬のクランクインを経て、8月下旬にクランクアップを向かえるに至った。
「ネトウヨは財政破綻した夕張を助けに行け。雪かきして来い」
こんなフレーズを耳にして、ピンと来る人が果たしてどれくらいいるのだろうか?
2010年の12月5日、マンガ・アニメの規制を画策する東京都青少年健全育成条例改定案を巡る、猪瀬直樹東京都副知事のTwitterでのつぶやきに即座に反応したジャーナリストの昼間たかし氏は、「表現規制ではない。デマゴーグに踊らせられているだけ」と主張する猪瀬副知事に対し、「その旨を取材させてほしい」とオファー。すると、猪瀬副知事から取材に応じる条件として、財政破綻で苦しむ夕張市内での雪かきを提示されたのだった。
この条件提示に昼間氏と時を同じくして呼応したのが、キャリア20年を数えるマンガ家の浦嶋嶺至氏。浦嶋氏は、11年1月21日に夕張市を訪問し、同市の社会福祉協議会の案内で雪かきを実行。直後から、取材方法について猪瀬副知事との調整を始めた。
そんな矢先、昼間氏も同年2月24日から開催された「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011」に併せて、夕張市を訪問して雪かきを行うことを表明。実は昼間氏、06年と09年に映画祭取材した経緯があり、09年に至っては脚本を執筆した映画『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』(監督:増田俊樹)が、同映画祭のフォーラムシアター部門にて招待上映されたという経歴の持ち主なのだ。
映画祭取材を終えた昼間氏は、浦嶋氏と現地で合流。撮影を担当する増田俊樹監督を伴い、同市の社会福祉協議会を通じで雪かきを敢行。その画像がTwitter上を駆け巡るや否や、周囲が帰京後に猪瀬副知事との対論を実現させようと、あの手この手と準備を進めていた矢先、映画祭閉幕から10日後の3月11日、未曾有の東日本大震災と原発事故の影響で世情は一変。昼間氏の取材対象は青少年健全育成条例を巡る諸問題から外れていく結果となり、歩調を合せるかのように、浦嶋氏も不退転の決意をベールに包むかの如く沈黙を守り通した。
そんな中、昼間氏は漫画家の山本夜羽音氏らが主宰する「おたぱっくQB準備会」のボランティア活動に同行。被災した福島県南相馬市へと向かい、精力的に現地取材を行った。一方、沈黙を守り続けた浦嶋氏は、人知れず過去に発表した自作の短編マンガを脚本化。その後、自ら制作プロダクションを立ち上げ、映画化に奔走。プロ・アマ問わず幅広く人材を公募し、7月初旬のクランクインを経て、8月下旬にクランクアップを向かえるに至った。

1月12日、東京都内で行われた『コードギアス ニュープロジェクト発表会』において、『コードギアス』シリーズが同時多方面展開されることが明らかになった。
ソーシャルゲーム『コードギアス 反逆のルルーシュ mobage』のサービス開始、舞台版(LIGHT ACT)『コードギアス 反逆のルルーシュ 騒乱 前夜祭(イヴ)』、それに男性キャストのみのミュージカル版『コードギアス 反逆のルルーシュ 魔神に捧げるプレリュード』の上演、40ページの絵本付きOVA(Blu-ray&DVD)『コードギアス 反逆のルルーシュ ナナリー in ワンダーランド』の発売などが発表されたが、中核となるのは新作アニメーション『コードギアス 亡国のアキト』だ。
近年では希少になりつつあるオリジナルアニメの傑作として人気を博した『反逆のルルーシュ』が2006年から07年、『反逆のルルーシュR2』が08年に放映されて以来、続編が途絶えていたが、今年初夏に新作『亡国のアキト』を全国10館でイベント上映する。上映時間は公表されなかったが、数本を制作する予定だという。

本邦初公開となった1分半のPVに映し出されたのは、過激なフリージャズ調のBGM(音楽は橋本一子)が彩る、まったく新しいキャラクターとメカニック群だった(ナイトメアフレームは3DCG)。キャラクターデザイン原案をCLAMP、キャラクターデザインを木村貴宏、ナイトメアデザインを安田朗が担当するなどメインスタッフの大部分は『反逆のルルーシュ』を継承しているが、監督の谷口悟朗とシリーズ構成の大河内一楼は原作という立場に一歩引き、赤根和樹監督が指揮を執る。
サンライズの河口佳高プロデューサーによれば「『コードギアス』という大きな世界のなかで、『反逆のルルーシュ』という世界をつくった。今回は『亡国のアキト』という世界をつくりたい」。大きな志が秘められているようだ。
『亡国のアキト』では『反逆のルルーシュ』1期と2期の間の時間軸を描く。日本を舞台にとった『反逆のルルーシュ』に対して『亡国のアキト』は欧州、架空のE.U.(ヨーロッパ連合)を舞台としている。

(C)SUNRISE/PROJECT GEASS
Character Design
(C)2006- 2011 CLAMP
赤根和樹監督は言う。
「ヨーロッパのフランス革命が先鋭化し、ナポレオンが皇帝とならずにギロチン台に送られた、その後のifの世界を描きたいと思った」
時は皇暦2017年。圧倒的な武力で侵攻するブリタニア帝国に対し、敗色濃厚なE.U.軍では、E.U.人のバックアップと日本人の少年少女のみで構成されたナイトメア部隊からなる特殊部隊「W-0」が、生還の確率が低い無謀な作戦に投入されていた──というストーリー。
主人公の日本人パイロット、日向アキトを入野自由、W-0の司令官で元ブリタニア貴族の少女、レイラ・マルカルを坂本真綾が演じる。また坂本真綾は主題歌『モア・ザン・ワーズ』を歌うことも明らかになった。デビュー曲『約束はいらない』と同じく菅野よう子作曲、岩里祐穂作詞。同曲がOPを飾った『天空のエスカフローネ』は赤根和樹監督作品だったという縁がある。
赤根監督は挨拶の中で「『エスカフローネ』以来の新鮮さで、新人になった気持ちで取り組んでいる。期待は裏切りません」と決意を示した。『コードギアス』シリーズの新作を担うプレッシャーをしっかりと受け止めるかのような発言が心強い。
『亡国のアキト』が上映されれば、『反逆のルルーシュ R2』からおよそ4年ぶりの"復活"となる。ここまで温められてきた様々なプロジェクトを含め、ファンにはたまらない一年となりそうだが、なんとその先もあるかもしれないという雲行きになってきた。
というのも、発表会の最後に、河口プロデューサーとバンダイビジュアルの湯川淳プロデューサーの口から仰天発言が飛び出したからだ。

(C)SUNRISE/PROJECT GEASS
Character Design
(C)2006-2011 CLAMP
「(ニュープロジェクトの)その先にも、我々には夢があります」
スクリーンに映し出されたのは「反逆のルルーシュ劇場版 企画始動決定!!」という文字だった。
テレビシリーズが終わったとき、谷口悟朗監督は「これはまだ点である。点を増やして線に、面にしていきたい」と言ったが、それは多面展開のことなのだろうと思ったと、河口プロデューサーは振り返る。
その一環である『亡国のアキト』がスクリーンにかかるならば、いつかは『反逆のルルーシュ』も劇場で観たい、というのが「夢」の意味であるようだ。
発表会終了後の囲み取材で尋ねたところでは、具体的にはこれから相談していくが「谷口監督と大河内さんには既にオファーをし、前向きな返答をいただいている」と言う。
夢の続きに期待したい。
(取材・文=後藤勝)

(C)『ヒミズ』フィルムパートナーズ
正月休みの余韻がまだ残る時期ではあるが、そろそろ気持ちを入れ替えて新しい一年を本格始動させたい。そんな思いに弾みをつけてくれそうな、アツいメッセージがガツンと胸に響く新作映画2本を紹介しよう。
1月14日に公開される『ヒミズ』は、古谷実の同名コミックを鬼才・園子温監督が実写映画化した作品。貸しボート屋に暮らす祐一は、「普通の大人」になることを願う15歳。身勝手な両親と、借金取りの男たちによって、祐一は次第に追いつめられていく。やはり両親から愛されない同級生の景子は、思いを寄せる祐一に猛アタックし、疎まれながらも祐一を支えようと奮闘。だが、そんな日々を一変させる事件が発生する。
撮影準備期間中に東日本大震災が起き、園監督は設定を「震災後の日本」に急遽変更。葛藤の末ロケを敢行したという被災地の光景に、思わず息を飲む。祐一役の染谷将太と景子役の二階堂ふみは、園監督の厳しい演技指導に全身全霊で応え、絶望の淵に立ちながら「生」に向き合う若者を好演。昨年の第64回ヴェネチア国際映画祭で、そろって新人俳優賞を受賞するという快挙を成し遂げた。長い苦悩と絶望の果てに訪れる、ラストの激走と絶叫は、震災という悲劇を体験し将来に不安を覚える今の日本人すべてに送られるエールに違いない。
同じく1月14日に封切られる『マイウェイ 12,000キロの真実』は、第2次世界大戦中のある東洋人兵士の実体験に着想を得た壮大な戦争ドラマ。日本占領下の朝鮮半島で幼い頃に出会った辰雄とジュンシクは、マラソンのライバル同士として成長するが、ノモンハンの戦場で関東軍の上官と部下として再会。ソ連軍との戦闘に敗れ捕虜になった2人は、収容所での強制労働を経て、ソ連兵としてヨーロッパの対ドイツ戦線へ。凄惨な戦闘を生き延びた辰雄とジュンシクは、ドイツ側への亡命を試みるが、さらに過酷な試練が2人を待ち受けていた。
メガホンをとったのは、『シュリ』(2002)『ブラザーフッド』(04)のカン・ジェギュ監督。韓国映画史上最大額の製作費25億円を投入、広範に及ぶロケ地でリアルな戦場を再現し、大迫力の戦闘シーンと時代に翻弄される人間の生き様を描き切った。主演のオダギリジョーとチャン・ドンゴンは、互いに反目しながらも一緒の部隊で戦い、やがて心を通わせるようになる2人の兵士をそれぞれ熱演。中国人スナイパー役のファン・ビンビンも鮮烈な存在感を放っている。「アジアの戦争映画もここまで来たか!」と感嘆させられるスケール感に満ちた映像と、数奇な運命を走り抜いた男たちの感動のストーリーを、ぜひ映画館の大スクリーンで堪能してほしい。
(文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉)
『ヒミズ』作品情報
<http://eiga.com/movie/56356/>
『マイウェイ 12,000キロの真実』作品情報
<http://eiga.com/movie/55982/>

かつて、政府の圧力で放送中止になったとされる伝説のテレビドキュメンタリー『南ベトナム海兵大隊戦記』の上映会が、来たる1月27日(金)に東京大学本郷キャンパスで予定されている。
この作品は『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』などの製作者としても知られる、ドキュメンタリー作家の故・牛山純一氏が1965年に製作したもの。同年2月下旬から2カ月半、当時日本テレビのプロデューサーだった牛山は南ベトナム軍の海兵大隊の作戦を同行取材し、テレビ放映のために三部作にまとめた。
この作品は当時・日本テレビが日曜日の21時30分から東京ガスの一社提供で放映していたドキュメンタリー番組『ノンフィクション劇場』で放映されることになる。この番組は現在でもテレビ史に残る番組で、大島渚が演出し、国籍の違いから補償を受けられない片手片足で両眼を失明した元朝鮮人日本兵を主人公に描く『忘れられた皇軍』や、村でも唯一になってしまった鷹匠の老人に取材した『鷹匠 老人と鷹』(62年カンヌ国際映画祭テレビ映画部門グランプリ)といった作品を残している。
さて、『南ベトナム海兵大隊戦記』の第一部が放映されたのは65年の5月9日のこと。南ベトナム軍の海兵隊員が、射殺した少年の首をカメラの前に放り投げるという、今では絶対に放映できないようなシーンもあった。ただ、当時は日本テレビ内でも「ちょっと残酷だったかな」という意見があった程度で、特に視聴者からの抗議もなかったという。
ところが、11日になって当時の日本テレビ社長・清水与七郎に、官房長官の橋本登美三郎から「茶の間に放映するには残酷過ぎないか」と電話がかかってきた。
これを機に局内では「第二部・三部を放映すべきか否か」をめぐり議論が巻き起こった。局内の意見の大勢は「放映を継続すべき」というものだった。番組審議会も協議尾の末に「残酷な面もあるが、戦争の狂気と悲惨さを訴えるためにはいいだろう」と結論づけた。
ところが、清水社長は、第二部・三部の放映を取りやめ、第一部の再放送も行わないこととなった。
テレビを通じてジャーナリズムを実践することの限界を知らしめたこの事件。この後、牛山は『すばらしい世界旅行』を経て、日本テレビから独立し、映像ライブラリー機関「日本映像カルチャーセンター」を設立。価値を認められずに消えていくだけだったテレビ番組の保存事業に貢献し、97年に死去した。
日本テレビでも、この作品を放送中止に追い込まれた「挫折」は痛みとなって残った。同局は88年8月20日に開局35周年を記念して「テレビ放送三十五年 怒り、悲しみ、そして喜び」と題して報道特別番組を放映したが、その中でひとつの柱になったのが『南ベトナム海兵大隊戦記』のその後を追うものだった。この番組では、『南ベトナム海兵大隊戦記』の主人公として描かれた元南ベトナム軍大尉や、射殺された少年の家族も探し出す熱のこもった取材が行われている。
やはり、この番組が「封印作品」になってしまった経緯で注目したいのは、多くが「放映すべき」という意見だったにもかかわらず、社長が政府からの「圧力」を恐れて放映を中止してしまったことだ。放映を強行した後に、待ち受ける有形無形の「圧力」を恐れたのか?
時は流れて21世紀、もし時の権力から「圧力」を受けた際に、どれだけの人が「それでも放映すべき」あるいは「出版すべき」と、意志を表明できるだろうか。いや、むしろ、今や、権力と対峙したジャーナリズムの姿を想像できない人ばかりかもしれない。単に「放送禁止作品」「封印作品」だとワクワクするのではなく、そこに込められたテレビを通じたジャーナリズムの実践という意志を、ぜひ感じ取りたいものだ。
●TVアーカイブ・プロジェクト
第1回「みんなでテレビを見る会」
テーマ:制作者シリーズ「牛山純一 映像のドラマトゥルギー」
日時:2012年1月27日(金)、18:00-20:30
場所:東京大学本郷キャンパス、工学部2号館9階92B教室
<http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_04_03_j.html>
上映:ノンフィクション劇場『南ヴェトナム海兵大隊戦記』(1965年、50分)ほか
ゲスト:濱崎好治さん(川崎市市民ミュージアム)
<http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/event_detail.php?id=1408>

かつて、政府の圧力で放送中止になったとされる伝説のテレビドキュメンタリー『南ベトナム海兵大隊戦記』の上映会が、来たる1月27日(金)に東京大学本郷キャンパスで予定されている。
この作品は『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』などの製作者としても知られる、ドキュメンタリー作家の故・牛山純一氏が1965年に製作したもの。同年2月下旬から2カ月半、当時日本テレビのプロデューサーだった牛山は南ベトナム軍の海兵大隊の作戦を同行取材し、テレビ放映のために三部作にまとめた。
この作品は当時・日本テレビが日曜日の21時30分から東京ガスの一社提供で放映していたドキュメンタリー番組『ノンフィクション劇場』で放映されることになる。この番組は現在でもテレビ史に残る番組で、大島渚が演出し、国籍の違いから補償を受けられない片手片足で両眼を失明した元朝鮮人日本兵を主人公に描く『忘れられた皇軍』や、村でも唯一になってしまった鷹匠の老人に取材した『鷹匠 老人と鷹』(62年カンヌ国際映画祭テレビ映画部門グランプリ)といった作品を残している。
さて、『南ベトナム海兵大隊戦記』の第一部が放映されたのは65年の5月9日のこと。南ベトナム軍の海兵隊員が、射殺した少年の首をカメラの前に放り投げるという、今では絶対に放映できないようなシーンもあった。ただ、当時は日本テレビ内でも「ちょっと残酷だったかな」という意見があった程度で、特に視聴者からの抗議もなかったという。
ところが、11日になって当時の日本テレビ社長・清水与七郎に、官房長官の橋本登美三郎から「茶の間に放映するには残酷過ぎないか」と電話がかかってきた。
これを機に局内では「第二部・三部を放映すべきか否か」をめぐり議論が巻き起こった。局内の意見の大勢は「放映を継続すべき」というものだった。番組審議会も協議尾の末に「残酷な面もあるが、戦争の狂気と悲惨さを訴えるためにはいいだろう」と結論づけた。
ところが、清水社長は、第二部・三部の放映を取りやめ、第一部の再放送も行わないこととなった。
テレビを通じてジャーナリズムを実践することの限界を知らしめたこの事件。この後、牛山は『すばらしい世界旅行』を経て、日本テレビから独立し、映像ライブラリー機関「日本映像カルチャーセンター」を設立。価値を認められずに消えていくだけだったテレビ番組の保存事業に貢献し、97年に死去した。
日本テレビでも、この作品を放送中止に追い込まれた「挫折」は痛みとなって残った。同局は88年8月20日に開局35周年を記念して「テレビ放送三十五年 怒り、悲しみ、そして喜び」と題して報道特別番組を放映したが、その中でひとつの柱になったのが『南ベトナム海兵大隊戦記』のその後を追うものだった。この番組では、『南ベトナム海兵大隊戦記』の主人公として描かれた元南ベトナム軍大尉や、射殺された少年の家族も探し出す熱のこもった取材が行われている。
やはり、この番組が「封印作品」になってしまった経緯で注目したいのは、多くが「放映すべき」という意見だったにもかかわらず、社長が政府からの「圧力」を恐れて放映を中止してしまったことだ。放映を強行した後に、待ち受ける有形無形の「圧力」を恐れたのか?
時は流れて21世紀、もし時の権力から「圧力」を受けた際に、どれだけの人が「それでも放映すべき」あるいは「出版すべき」と、意志を表明できるだろうか。いや、むしろ、今や、権力と対峙したジャーナリズムの姿を想像できない人ばかりかもしれない。単に「放送禁止作品」「封印作品」だとワクワクするのではなく、そこに込められたテレビを通じたジャーナリズムの実践という意志を、ぜひ感じ取りたいものだ。
●TVアーカイブ・プロジェクト
第1回「みんなでテレビを見る会」
テーマ:制作者シリーズ「牛山純一 映像のドラマトゥルギー」
日時:2012年1月27日(金)、18:00-20:30
場所:東京大学本郷キャンパス、工学部2号館9階92B教室
<http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_04_03_j.html>
上映:ノンフィクション劇場『南ヴェトナム海兵大隊戦記』(1965年、50分)ほか
ゲスト:濱崎好治さん(川崎市市民ミュージアム)
<http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/event_detail.php?id=1408>

穏やかな表情で取材に答えるラティフ氏。
1990年にアントニオ猪木が邦人解放のために
イラクに入国したが、「私は入院中でした。
猪木氏が会ったのはウダイ本人でしょう」とのこと。
前編はこちらから
■西洋も青い目をしたフセインばかり。システムが個人を処刑しているんです
"悪魔のプリンス"ウダイ・フセインの影武者を4年間にわたって務めたラティフ・ヤヒア氏。身の危険を感じたラティフ氏はイラクから国外脱出するが、そのためにラティフ氏の父親は処刑されている。だが、ラティフ氏がイラク国内に残れば、当然ながらウダイの追っ手に捕まり、さらに酷い拷問に遭っただろう。もしくは地下に潜っての過酷な逃亡生活を余儀なくされたはずだ。それでもラティフ氏は、自分の生まれ育った祖国を棄てたことを後悔している。
ラティフ 「やはり、もう一度やり直すチャンスがあれば、自分の家族と共にイラクに残ることを選択すると思います。それは何故かというと、結局は海外で暮らしていても、イラクとまったく変わらないことが分かったからです。イラクを脱出したばかりの頃は、海外での生活に期待していました。きっと西洋のどこかには本当の民主主義が守られ、人権を大切にする国があるのではないか、自分の新しい故郷と呼べる国があるのではないかと思っていたんです。ヨーロッパのいろんな国で過ごしましたが、結局はどの国でも姿を変えたサダム・フセインにしか会うことができませんでした。アイルランドでは、大学で講義をする機会もあったのですが、米国が犯したマイナス面について、特に米国の外交政策についてイラク人である私が言及しようとすると逮捕されそうになりました。発言の自由は認められることはなかったんです。イラクでは独裁者に従わないとすぐに処刑されましたが、西洋社会ではすぐに殺されることはなくても、非常にゆっくりと処刑が行われるんです。システムによって、気がつかないうちに殺されるんです。私はどの国で暮らしていても、いまだに正式なパスポートは与えられていません。イラクから亡命した私には国籍がないままなんです」
地獄のような生活から大きな犠牲を払って脱出したものの、海外の国々も決して安住の地ではなかった。探し求めれば、ユートピアが見つかるというものではないようだ。

ウダイに従わない人間は、みな拷問責めに
処せられる。ラティフ氏は完成試写中に当時の
記憶がフラッシュバックする恐怖を味わった。
ラティフ 「アイルランドで15年間を過ごしていますが、それまではさまざまな国を1年ごとに変えて暮らしていました。国際弁護士として働いているので、お金はちゃんと稼いでいるんです。でも、いくらお金を払っても"祖国"を買うことはできません。西洋の国で自由な発言を控えて大人しく暮らしているか、もしくは各国の諜報機関に協力していれば50億円くらいもらえて、パスポートも与えられたかもしれません。でも、私はそうしませんでした。特にCIAに協力するようなことはしませんでした。CIAに情報提供を求められましたが、それは断固拒否したんです。もし、CIAに協力すれば、それはイラクを売るような行為です。イラクにいる間にウダイに強制されていたとはいえ、協力させられていたことと同じことを繰り返すことになってしまうからです。結局は西洋諸国も、青い目をしたサダム・フセインたちが支配しているんです」
生きるために、自分であることを棄てざるを得ない。『デビルズ・ダブル』はアイデンティティーとは何かについて考えさせる作品でもある。
ラティフ 「私はイラクから脱出した際にアイデンティティーを喪失しました。ウダイと過ごした4年間は、まだ自分のアイデンティティーは自分の内側に仕舞い込むことができていたんです。でも、国外に逃亡してからはアイデンティティーを持つことはできていません。"母"と呼べる祖国を私は失ってしまったんです。CIAや各国の諜報機関に協力することは、自分の"母"を外国に売ることになるわけです。そうやって生きながらえても、そこには生きた人間としての尊厳はありません。イラクを出たときに自分はアイデンティティーと祖国を失ったのですが、自分の祖国を外国に売ってしまえば、自分は全てを失ってしまうことになってしまうんです」
■金正日にも影武者はいたはず。独裁者は自己愛が強いから
諜報機関への情報提供料が50億円という驚くべき数字が飛び出したが、これは決してホラではない。イラク戦争で米軍によってバグダッドが占拠された後、ウダイは弟クサイと郊外の隠れ家に潜伏していた。だが、この隠れ家を提供したイラク人によって通報され、米軍の急襲を受けて2人とも射殺された。通報したイラク人には情報提供料として数十億円が支払われたと言われている。イラク戦争開戦前のフセイン家の情報なら、もっと値が付いていただろう。さて、若手男優ドミニク・クーパーが『チャップリンの独裁者』(40)よろしくウダイとラティフ氏の一人2役を演じた映画だが、ラティフ氏本人にはどう映っただろうか?
ラティフ 「私は映画の原作となった手記を書き上げたことで、ずいぶん気持ちの整理ができました。手記の発表後、多くの映画化のオファーをもらいました。私からの映画化の条件は、なるべく原作のストーリーを外れすぎないようにということでした。ハリウッド映画のように、ただの消耗品のエンターテインメント作品にはしてほしくなかったんです。その点、今回のベルギーで作られた『デビルズ・ダブル』は60~70%は原作に沿った形にしていますし、私が訴えたかったことも、きちんと理解した上で映画に盛り込んでくれています。ドミニク・クーパーの演技も素晴らしく、私は満足しています。マルタ島でオープンセットが組まれた撮影には、私も何度も足を運んだのですが、撮影スタッフはみんなまるでファミリーのような温かさに溢れていましたね。スタッフひとりひとりの働きぶりもよく、ケータリングのスタッフが淹れてくれた一杯のコーヒーも美味しかった(笑)。ただし、バイオレンスシーンは当初に予定されていたものの、10~20%程度になっています。実はバイオレンスシーンはもっと撮っていたのですが、全部見せてしまうと映画館に来たお客さんたちは5分も我慢できずに席を立ってしまうだろうということでカットしたんです(苦笑)。
1996年に実際に起きたウダイ暗殺未遂事件も劇中では再現されている。ラティフ氏もその場にいたら、自分が銃を撃ちたかったのではないだろうか?
ラティフ 「もちろん! この映画を観た方の多くは、どこまでが実話かフィクションなのか知りたくなると思います。実は劇映画としてではなく、ドキュメンタリーとして別にもう一本製作しているところなんです。もうすぐ、こちらも完成します。そちらを観てもらえれば、リアルな部分がもっと分かるはずです。ドキュメンタリーも楽しみにしてください」
取材したのは2011年12月19日。北朝鮮の金正日総書記死去のニュースが飛び込んできた日でもある。金正日にも複数の影武者がいると言われてきたが、独裁者には影武者が必ずいるものなのか。体験者であるラティフ氏に聞いてみた。
ラティフ 「答えはイエスです。歴史をひも解いてみても、ヒトラー、ムッソリーニ......と独裁者にはみんな影武者がいたといわれています。では、それは何故か。独裁者は自己愛が強すぎるのでしょう。独裁者に限って、『自分は神だ』『自分は死ぬことはない』と考えるのです。だから、民衆の前に立ち、殺されることを恐れるのです。そのために人前には影武者を立たせたがるのです。サダム・フセインも1997年に死んでおり、その後は実は影武者だったんではないかといわれています。金正日もそうですが、独裁者は死ぬことを恐れ、危険な行為は影武者に押し付けるわけです。でも、そうやって長生きしても、200歳、300歳と生きることはできません。結局はどれだけ長生きしたかよりも、自分が死んだ後にどのような歴史を残すことができるかで、その人の価値は決まるのではないでしょうか。私はそう考えます。
ラティフ氏と握手を交わし、「笑顔でイラクに帰る日が来ることを願っています」と別れの言葉を告げた。ラティフ氏が返してくれた最後の言葉が胸に突き刺さった。
ラティフ 「サンキュー。でも、それは夢の中でしか叶わないことですね。私が脱出した後のイラクは米軍の暴力によって歪められ、昔のイラクではありません。私が暮らしていたイラクは、もうどこにもないんです」
(取材・文=長野辰次)
●『デビルズ・ダブル ある影武者の物語』
原作/ラティフ・ヤヒア 監督/リー・タマホリ 出演/ドミニク・クーパー、リュディヴィーヌ・サニエ 配給/ギャガ R18 1月13日(金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開 <http://devilsdouble.gaga.ne.jp>
●ラティフ・ヤヒア
1964年イラク・バグダッド生まれ。実業家の息子として生まれ、エリート学校に入学し、ウダイ・フセインの同級生となる。大学卒業後、軍隊に所属していたが、ウダイに呼び戻されて影武者になることを強要され、87~91年をウダイの影武者として過ごす。その後、ヨーロッパに亡命し、作家・国際法律弁護士となる。亡命後もCIAに協力しなかったことから拷問に遭ったと告白している。また正式なパスポートを持たないため、2011年11月の初来日時は成田空港で入国拒否に遭い、アイルランドにUターン。2度目の来日で無事に入国を果たした。

機動戦士ガンダムAGE』公式サイトより
約2年半ぶりのテレビシリーズ新作として注目を集めていた『機動戦士ガンダムAGE』(MBS、TBS系)。昨年秋に放送がスタートし、2クール目に突入しているが、今のところ、思ったような人気が獲得できていないようである。あるアニメ関係者が言う。
「日曜の夕方という時間帯もあるのかもしれませんが、まず視聴率がよくないです。2~3%台のことも何度かありますね。裏番組が高視聴率番組の『笑点』(日本テレビ系)ですが、もともと視聴者層はかぶらないでしょうし、同じ枠で、倍ぐらいは取る作品もあります。ガンダムという鉄板のコンテンツということを考えると、ちょっと意外ですよね」
今回の作品はとくに、従来よりも低年齢層、キッズ層に向けたアピールを強化していたはずだが、
「その肝心のキッズ層に、あまり関心を持たれていないようなんですね。今回の作品は、小学生男子に人気の『イナズマイレブン』や『ダンボール戦機』(ともにテレビ東京系)のレベルファイブが手がけ、『コロコロコミック』(小学館)でも連動企画をやったりとかしているんですが、今のところはまだ厳しそうです。今、OVAや劇場版で展開している『ガンダムUC』は『ファースト』や『Z』といった、宇宙世紀の軸に乗った"正当派"とでもいえるようなものなので、コアな層はそっちに行ってしまっている。また、近年のテレビ版ガンダムは美形のキャラクターがたくさん出てきて、そこに女性ファンが大量に付いたりしていたのですが、その層も今回はちょっと付いてなさそう。結果的に、どの層にもいまひとつ響いていないというのが現状なんじゃないでしょうか」(同アニメ関係者)
たとえ視聴率が奮わなくても、DVDやブルーレイでの売り上げ、ましてやガンダムには、「ガンプラ」という超優良な商材がある。しかし、
「ガンプラも、今回は苦戦しているみたいなんですよ」
と言うのは、ホビー系のライター。
「番組が始まってまだ3カ月なんですが、年末にはすでに、半額以下の特価で販売されていたのをショップの店頭でよく見ました。お正月のホビーショップの福袋にも、あちこちでこの『AGE』関連のグッズが詰め込まれていたようです。最初に出たときは出足が好調だったようなんですが、その後、息切れしちゃったんでしょうか。プラモとしての出来そのものは相当いいだけに、もったいないというか、不良在庫化していないかとちょっと心配ですね」
2クール目に突入した番組では、主人公がいきなり代替わりし、最初の主人公の息子が新たな主人公となる(最終的には3世代目までを予定)という、スピード感ある展開。搭乗するガンダムも新世代のものに変更、イメージも一新されるかと思われるが、状況も変わってくるだろうか。前出のアニメ関係者は言う。
「1作目のガンダムだって、視聴率がふるわなくて打ち切りになってますしね(笑)。90年代の『Gガンダム』だって、1クール目はかなりヤバかったらしいんですが、途中から登場した主人公の師匠が起爆剤になって、一気に人気作になったというパターンもあります。『ガンダムAGE』も、2代目主人公のピンチに、最初の主人公が旧型のガンダムに乗って颯爽と現れるとか、カッコいいお父さんとして活躍する姿なんかに燃えることもあったりするかもしれませんしね」
まだまだ序盤が終わったばかりともいえる新作ガンダム。女性ファンのために再びアピールするために、3世代目のキャラクターはみんな美形ぞろいに、なんてこともあるかもしれない。今後の展開に、いろいろ期待したい。
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