【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む、紗倉まな初の長編小説『凸凹』

【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像1
『凹凸』(KADOKAWA)
 大人っぽいというわけではないのですが、子どもらしからぬところがあった子どもの頃の私は、早く大人になりたいと思っていました。30代ってあまり面白くなさそう、20代なんてもっと想像がつかないと思っていたのです。そしていま私は24歳で、『凹凸』(KADOKAWA)の主人公・栞(と著者の紗倉まなさん)と同い年です。24歳なんて一番どうしようもないと思っていました。偶然地下アイドルという特殊な仕事に就いたので辛うじてハレとケがありますが、そうでなければ、本当に気怠くて仕方のない生活だったろうと思います。  随分年上の恋人とアパートに住んで、アルバイトに行ったり行かなかったり、妊娠しても母親になれる気がしなくて堕ろしてしまったりする栞の生活は、紗倉さん自身が「もしAV女優や小説家の仕事をしていなかったら」を想像して書かれたそうです。実際にこのような生活を送るか送らないかはさておき、いまの仕事をしていない自分をこういう風に想像する感覚には、共感するところがあります。  私の“子どもらしからぬところ”というのは、つまり無邪気でないことで、不安がつきまとって離れないのは、自分が子どもであるせいだと考えていたのです。20代の想像がつかなかったり、30代に希望を見出せなかったりしたのは、自分がもしかしたらまだ子どものままかもしれないと恐怖していたからです。  そして案の定、私は大人になりきれないまま大人になりました。成人しても不安なことはいくらでもあって、そういう時のために読まずにとっておいた『よつばと!』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)という漫画に手をつけます。『よつばと!』は、父子家庭で育つ5才の娘・よつばの日常を描いた作品です。調子のいい時に読むと愉快で安心するのですが、調子が悪い時に読むと、よつばが子どもらしい振る舞いをするたびに周囲の人間に愛想を尽かされないか不安になるので、自分の精神状態をはかるためにも手元に置いていました。私も幼少期の栞も、よつばのような底抜けの明るさは持ち合わせていません。  先日またつらい日々があって、とうとう『よつばと!』の最新刊(13巻)に手を伸ばしました。読みながら泣いて、閉じてから泣いて、シャワーを浴びながら泣いて、タオルで拭いている時もまだ泣いていて、洗面台で目が合った自分の顔は、それこそ子どもに戻ったように泣きはらしていました。精神状態をはかるといっても、さすがにこれまで泣いたことはありません。一体何がそこまで私を刺激したのか。  一方で『凹凸』は、思春期に父親が家からいなくなって、母子家庭で育った子どもらしからぬ子どもの栞が、成人して恋人と付き合うようになってから彼に父親を重ね合わせている自分に気が付く話です。  私は年上の男性が好きなのですが、そういった話になると、「お父さんに愛されなかったの?」あるいは、「お父さんとすごく仲良いでしょう」ということを必ず言われます。女性が恋人に父親を重ね合わせるなんてことはいくらでも言われていて、私自身もよくわからないというか、肯定も否定もできるので、ここでは言及しません。さらに示し合わせたように栞の父親が私の実父と同じ名前だったので、ここはますます意地になって(笑)……というのは嘘ですが、今回は大事なことがほかにあるので、それはまたの機会にします。 ■『よつばと!』に持ち込まれた“母性”が教えてくれたこと 『よつばと!』の話に戻ります。よつばの家に登場するのは、主に父親と、父親の友人であるふたりの男性です。父親とふたりの暮らしには、どこか男性同士の先輩と後輩が一緒に暮らしているような楽しさが見られます。初めての自転車やお祭りや、なんでもない1日に、誰もがいつか経験したことのある日常のきらめきが散りばめられていて、いつまでも幼少期の世界にいられるような安心感が作品の魅力です。  しかし最新刊では、よつばの祖母(父親の母親)が家にやって来ます。よつばの家に突然、不在だった母性が現われたのです。これまでの生活も充分に楽しかったけれど、厳しくて優しい祖母は、靴を揃えることや本格的な掃除や、きちんとすることの気持ちよさをよつばに教えます。そして祖母が帰ってしまう日、初日はお土産が欲しくて子どもらしい傍若無人さで騒ぎ立てていたよつばが、「おみやげなんかなくてもいい(から帰らないで)」と祖母に泣きつくのです。よつばは祖母と過ごした数日の間に、掃除ができるようになって、いくつかの鳥の名前と、おりがみの折り方を覚えました。いつの間にか後輩の男の子のような雰囲気も少し削がれて、祖母が買ってくれた可愛い服に喜び、“きゃりーぱむぱむ”の曲を歌って見せるようになりました。  永遠に続くと思われていた幼少期の世界が、突然私がいる現実に近づいてきたのです。  いつまで『よつばと!』の話をしているのだと思われるかもしれませんが、『凹凸』に描かれている不安と葛藤は、『よつばと!』の13巻から受け取った感覚と酷似していました。そもそもずっと、私はよつばの天真爛漫さを楽しみに読んでいると思っていたのですが、13巻を読んだことによって、よつばに感情移入して読んでいた自分に気が付いたのです。  よつばは来年、小学校に入学します。彼女の子どもらしい傍若無人な振る舞いを誰もが笑って見守って、絶対的に愛してくれる世界から社会へと出て行きます。そしてそんな時期からはとっくに離れて24歳という年齢になってしまった私と栞。自分のことを絶対に嫌いにならない人から愛されることの難しさ(不可能さ)、誰かに命令されたり何かを教えてもらったりすることへの、少し不満が入り混じった面白さと安心感。大人になりきれないどころか、幼少期の頃にはあったはずのそれらが、あらかた失われていることをやっと認めて涙しているのが現状です。24歳に待っていたのは、大人の赤ちゃんがえりでした。  そろそろ自分が愛も安心も与える側にならなければいけないのに、『凹凸』では栞も、自分が母親になれるのかどうか戸惑い葛藤しています。 「母親になれる人となれない人の間には必ず明確な線引きがあり、それは誰もが認めざるをえない事実のひとつだと思う。」(『凹凸』本文より)  恋人はいつまでも自分を愛してくれるだろうか。父親は本当に私を愛していただろうか。子どもを愛せるのだろうか。私は母親になれるのだろうか。母親になることが必ずしも大人になることではないけれど、母親になれないと思っている人は、大人への境界線がさらに曖昧になります。そのように苦悩する時、愛についての確信は持てなくても、自分に一番関心があったはずの男性(父親)を思い出すのは自然なことではないでしょうか。それは恋人と重ね合わせているとも言えるし、やはりそうでないとも言えます。大人になりきれていない24歳は、子どもではないし、ひたすらままならないのです。
【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像2
撮影=尾藤能暢
 他人の欲求を満たすために働いている人は、他人の寂しさには敏感でも、自分の欲求には割と鈍感なように思います。何よりも『凹凸』には、女性の葛藤はもちろん、父親のエピソードを通して、大人の男性の脆く追い詰められた悲痛さが描かれていました。地下アイドルをしていてもそうですが、紗倉さんも仕事を通じて、男性たちが世間で思われているよりも追い詰められていることを感じ取っていたのかもしれません。また、自分の欲求に鈍感だからこそ、不安や不満に気が付いた時に、溢れるように『凹凸』は生まれたのだと思います。 ●姫乃たま(ひめの・たま) 1993年2月12日、下北沢生まれの地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。 ★Twitter<https://twitter.com/himeeeno
【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像3
凹凸 あなたはどう読む? 【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像4

【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』

【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像1
『凹凸』(KADOKAWA)
 大人っぽいというわけではないのですが、子どもらしからぬところがあった子どもの頃の私は、早く大人になりたいと思っていました。30代ってあまり面白くなさそう、20代なんてもっと想像がつかないと思っていたのです。そしていま私は24歳で、『凹凸』(KADOKAWA)の主人公・栞(と著者の紗倉まなさん)と同い年です。24歳なんて一番どうしようもないと思っていました。偶然地下アイドルという特殊な仕事に就いたので辛うじてハレとケがありますが、そうでなければ、本当に気怠くて仕方のない生活だったろうと思います。  随分年上の恋人とアパートに住んで、アルバイトに行ったり行かなかったり、妊娠しても母親になれる気がしなくて堕ろしてしまったりする栞の生活は、紗倉さん自身が「もしAV女優や小説家の仕事をしていなかったら」を想像して書かれたそうです。実際にこのような生活を送るか送らないかはさておき、いまの仕事をしていない自分をこういう風に想像する感覚には、共感するところがあります。  私の“子どもらしからぬところ”というのは、つまり無邪気でないことで、不安がつきまとって離れないのは、自分が子どもであるせいだと考えていたのです。20代の想像がつかなかったり、30代に希望を見出せなかったりしたのは、自分がもしかしたらまだ子どものままかもしれないと恐怖していたからです。  そして案の定、私は大人になりきれないまま大人になりました。成人しても不安なことはいくらでもあって、そういう時のために読まずにとっておいた『よつばと!』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)という漫画に手をつけます。『よつばと!』は、父子家庭で育つ5才の娘・よつばの日常を描いた作品です。調子のいい時に読むと愉快で安心するのですが、調子が悪い時に読むと、よつばが子どもらしい振る舞いをするたびに周囲の人間に愛想を尽かされないか不安になるので、自分の精神状態をはかるためにも手元に置いていました。私も幼少期の栞も、よつばのような底抜けの明るさは持ち合わせていません。  先日またつらい日々があって、とうとう『よつばと!』の最新刊(13巻)に手を伸ばしました。読みながら泣いて、閉じてから泣いて、シャワーを浴びながら泣いて、タオルで拭いている時もまだ泣いていて、洗面台で目が合った自分の顔は、それこそ子どもに戻ったように泣きはらしていました。精神状態をはかるといっても、さすがにこれまで泣いたことはありません。一体何がそこまで私を刺激したのか。  一方で『凹凸』は、思春期に父親が家からいなくなって、母子家庭で育った子どもらしからぬ子どもの栞が、成人して恋人と付き合うようになってから彼に父親を重ね合わせている自分に気が付く話です。  私は年上の男性が好きなのですが、そういった話になると、「お父さんに愛されなかったの?」あるいは、「お父さんとすごく仲良いでしょう」ということを必ず言われます。女性が恋人に父親を重ね合わせるなんてことはいくらでも言われていて、私自身もよくわからないというか、肯定も否定もできるので、ここでは言及しません。さらに示し合わせたように栞の父親が私の実父と同じ名前だったので、ここはますます意地になって(笑)……というのは嘘ですが、今回は大事なことがほかにあるので、それはまたの機会にします。 ■『よつばと!』に持ち込まれた“母性”が教えてくれたこと 『よつばと!』の話に戻ります。よつばの家に登場するのは、主に父親と、父親の友人であるふたりの男性です。父親とふたりの暮らしには、どこか男性同士の先輩と後輩が一緒に暮らしているような楽しさが見られます。初めての自転車やお祭りや、なんでもない1日に、誰もがいつか経験したことのある日常のきらめきが散りばめられていて、いつまでも幼少期の世界にいられるような安心感が作品の魅力です。  しかし最新刊では、よつばの祖母(父親の母親)が家にやって来ます。よつばの家に突然、不在だった母性が現われたのです。これまでの生活も充分に楽しかったけれど、厳しくて優しい祖母は、靴を揃えることや本格的な掃除や、きちんとすることの気持ちよさをよつばに教えます。そして祖母が帰ってしまう日、初日はお土産が欲しくて子どもらしい傍若無人さで騒ぎ立てていたよつばが、「おみやげなんかなくてもいい(から帰らないで)」と祖母に泣きつくのです。よつばは祖母と過ごした数日の間に、掃除ができるようになって、いくつかの鳥の名前と、おりがみの折り方を覚えました。いつの間にか後輩の男の子のような雰囲気も少し削がれて、祖母が買ってくれた可愛い服に喜び、“きゃりーぱむぱむ”の曲を歌って見せるようになりました。  永遠に続くと思われていた幼少期の世界が、突然私がいる現実に近づいてきたのです。  いつまで『よつばと!』の話をしているのだと思われるかもしれませんが、『凹凸』に描かれている不安と葛藤は、『よつばと!』の13巻から受け取った感覚と酷似していました。そもそもずっと、私はよつばの天真爛漫さを楽しみに読んでいると思っていたのですが、13巻を読んだことによって、よつばに感情移入して読んでいた自分に気が付いたのです。  よつばは来年、小学校に入学します。彼女の子どもらしい傍若無人な振る舞いを誰もが笑って見守って、絶対的に愛してくれる世界から社会へと出て行きます。そしてそんな時期からはとっくに離れて24歳という年齢になってしまった私と栞。自分のことを絶対に嫌いにならない人から愛されることの難しさ(不可能さ)、誰かに命令されたり何かを教えてもらったりすることへの、少し不満が入り混じった面白さと安心感。大人になりきれないどころか、幼少期の頃にはあったはずのそれらが、あらかた失われていることをやっと認めて涙しているのが現状です。24歳に待っていたのは、大人の赤ちゃんがえりでした。  そろそろ自分が愛も安心も与える側にならなければいけないのに、『凹凸』では栞も、自分が母親になれるのかどうか戸惑い葛藤しています。 「母親になれる人となれない人の間には必ず明確な線引きがあり、それは誰もが認めざるをえない事実のひとつだと思う。」(『凹凸』本文より)  恋人はいつまでも自分を愛してくれるだろうか。父親は本当に私を愛していただろうか。子どもを愛せるのだろうか。私は母親になれるのだろうか。母親になることが必ずしも大人になることではないけれど、母親になれないと思っている人は、大人への境界線がさらに曖昧になります。そのように苦悩する時、愛についての確信は持てなくても、自分に一番関心があったはずの男性(父親)を思い出すのは自然なことではないでしょうか。それは恋人と重ね合わせているとも言えるし、やはりそうでないとも言えます。大人になりきれていない24歳は、子どもではないし、ひたすらままならないのです。
【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像2
撮影=尾藤能暢
 他人の欲求を満たすために働いている人は、他人の寂しさには敏感でも、自分の欲求には割と鈍感なように思います。何よりも『凹凸』には、女性の葛藤はもちろん、父親のエピソードを通して、大人の男性の脆く追い詰められた悲痛さが描かれていました。地下アイドルをしていてもそうですが、紗倉さんも仕事を通じて、男性たちが世間で思われているよりも追い詰められていることを感じ取っていたのかもしれません。また、自分の欲求に鈍感だからこそ、不安や不満に気が付いた時に、溢れるように『凹凸』は生まれたのだと思います。 ●姫乃たま(ひめの・たま) 1993年2月12日、下北沢生まれの地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。 ★Twitter<https://twitter.com/himeeeno
【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像3
凹凸 あなたはどう読む? 【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像4

自宅を秘宝館にした空前絶後のトンデモ奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫る

自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像1
八潮秘宝館の館主、兵頭喜貴さん
 埼玉県八潮市に、一戸建ての自宅を「秘宝館」にしてしまった男がいるというウワサを耳にした。その男の名は兵頭喜貴(ひょうどう・よしたか)。フランスのテレビ局が何度も取材に訪れる、日本有数の変人である。  秘宝館といえば妖艶な蝋人形が並ぶ観光地の見世物小屋のイメージだが、それを自宅でどこまで実現できるものなのだろうか? 「八潮秘宝館」と名付けられた兵頭氏の自宅が、ゴールデンウィーク期間中に一般公開されるということで現場に向かったのだが、その外観はノーマルそのものだった。
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像2
八潮市内の閑静な場所にある八潮秘宝館
 だがしかし、その館内は秘宝館の名にまったく恥じない濃さであり、趣味のレベルを超えた物量と情報量が詰まっていた。  部屋ごとに展示内容のテーマが決められ、所狭しと数々のドールが配置されている。それを引き立たせるのが、こだわりの間接照明と一癖ある小物たちだ。  その異様な雰囲気に圧倒されたまま、館主である兵頭氏へのインタビューを開始した。
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像3
2Fの旧ソ連軍ゾーン。ラブドールとミリタリーの融合
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像4
その隣の部屋はベトナム戦争ゾーン
――何から聞いたらいいのか迷うところですが、まずはこういった趣味に目覚めたきっかけを教えていただけますか? 「小学生の頃には、この趣味の原型が出来上がっていましたね。特撮に出てくる女サイボーグとか女改造人間が大好きで、決定的になったのは『装甲騎兵ボトムズ』に出てきたフィアナという女の兵隊。『メカゴジラの逆襲』に出てくる、ヒロインの改造シーンにも胸がキュンキュンしました」 ――男の子が『ボトムズ』や『ゴジラ』を見ると、ロボットや怪獣に目覚めると思いますが、そっちだったんですね。 「いやいや、メカやミリタリーも好きなんですよ。ゾイドとかも大好物。だからこそ、『ボトムズ』におけるメカのカッコよさとフィアナの美しさの組み合わせにやられました。その頃から、趣味がまったく変わっていないんですよ」 ――なるほど、それにしては少女の人形が多いようですが……。 「ボトムズと同時に、『魔法の天使クリィミーマミ』の優ちゃんにも恋をしました。小学校4年生くらいの時ですね」 ――おっと、また『ボトムズ』とは両極端な作品名が出てきましたね。 「この話をするとロリコンだっていわれるんだけど、それはちょっと違うんです! その頃の私は10歳で、優ちゃんと同じ年なんですから。同じ年の女の子に恋をするのは普通でしょう? ただ、そこから私の趣味が変わっていないだけなんです!」 ――じゃあしょうがないですね……ってなりませんよ!
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像5
まったく趣味が変わっていないというだけあって、今も優ちゃんのフィギュアを多数所持していました
――どういう経緯で自宅を秘宝館にして、期間限定とはいえ、公開するようになったのでしょう? 「別に秘宝館を目指していたというのは全然なくて、コレクション自体は、趣味として集めてきたものです。もともとは前の家の賃貸アパートで、飼っていた猫と生活圏を分けるために専用の人形部屋を作ったんですよ。それを見に来た人が喜んでくれるようになって。4年前にそのアパートを出ないといけなくなり、安かったんで、この一戸建てを買っちゃいました。いくらだか知ってますか!?」 ――いや、知らないです。 「650万円ですよ! 25坪! 昭和48年の秋に生まれた家で、私と同い年というところも気に入りました。もう自分の持ち家だから、やりたい放題。改造し放題、人を呼び放題。こういう人形を買う人の多くは、人に見せないし、ネットにも出さない。ましてや自宅になんて絶対呼ばない。でも、私は見せびらかすのが大好きなんで、八潮秘宝館として公開するようになりました。今回が4回目の公開で、ざっと80人くらいは来るんじゃないかな」 ――八潮秘宝館のメインである、等身大のドールを集めるようになったきっかけは? 「今から17年前に、亀有にある変な波動がガンガン出ている空き地で、ゴミの山の中に捨てられていた、焼けたマネキンを拾いました。焼けて汚れているとはいえ、服を着せれば大丈夫そうだったんですよ。それが1体目となる人形です」
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像6
 亀有でマネキンを拾ったときの様子
――ラブドール、いわゆるダッチワイフではなくて、マネキンからスタートしたんですか。 「等身大のドールがどうしても欲しかったので、これを拾わなかったらオリエント工業のラブドールを買っていましたね。人形は買わずに拾って、そのお金で大学院に行きました。それが26歳の頃ですね。私の中では、ラブドールもマネキンも蝋人形も、すべて人形であり、同じジャンルなんです」 ――ジャンルにとらわれない人形への愛があるワケですね。
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像7
廃館となった別府秘宝館まで軽自動車で行って買い付けてきた、精巧な蝋人形の展示も
「このマネキン人形で写真を撮りだしたのですが、マネキンだとポーズの制約もありますから、次はやはりラブドールを買おうとお金をためました。購入する1年前から金剛寺ハルナという名前をつけて、三姉妹の話にするというのは決めていたんです。うちの爺さんが乗っていた戦艦が『金剛』と『榛名』だったから」 ――『艦これ』よりも、ポッキー四姉妹よりも、ずっと前の時代ですね。 「それで30万円を握りしめてオリエントに買いにいったら、その瞬間に『ハルナ』っていうモデルが発売されるんです! ハルナって決めていてハルナを買うのも安直だなあと思ったけれど、やっぱり一番かわいくて。そのハルナとは、2008年に50人の来賓を集めて披露宴をやりました」 ――ラブドールとの結婚式! しかもガチのやつだ!!
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像8
兵頭氏と金剛寺ハルナさんとの結婚式の様子
「いま一階に飾っているのは、全員ハルナ。ハルナ部隊。チームハルナですね。軍事医療ネタが好きで、第840特殊看護部隊という架空の設定を作っています。これは日本陸軍が作った人工生命体による、人体実験や拷問を専門にする部隊なんですよ」 ――三姉妹っていうから、ポッキー四姉妹みたいな、ほのぼのとした設定かと思ったら……。
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像9
第840特殊看護部隊、通称ハルナ部隊
「実はスミレ部隊という別部隊(全4体)もあったのですが、これは遠征先での撮影中に盗難に遭ってしまい、全滅しました。知り合いに譲っていただいたりしてどうにか3体は補充したのですが、もう1体、136センチのシリコンの娘がどうしても欲しいんですよ」 ――ではこれを読んで、譲ってもいいよという方は、兵頭さんまでご連絡を。
自宅を秘宝館にした空前絶後の奇人! 「八潮秘宝館」オーナーの半生に迫るの画像10
在りし日のスミレ部隊。いまだ犯人は捕まっていないそうです。詳しくはこちら
――最後になりますが、今後の野望なんてのはありますか? 「昔は写真集を自費で作ったりもしましたけれど、最近はそういうことに関する情熱がなくなっちゃったんですよ。実は4年前に脳出血を起こして、脳の仕組みが変わってしまったんです。たとえば足を見てください。前は毛がボーボーだったのに、すね毛がすっかりなくなりました。入院しているときに気がついたのですが、性欲・性衝動がなくなっているんです」 ――男としての欲望が、なくなってしまったんですか! 「コルチゾールというホルモンが出せない。チンコもまったく動かない。退院して1カ月後に、勃起も何もしていないのに白濁液がドクドク出てきて、“ああ、これで私は終わったんだ”と思ったね」 ――赤玉が出て終わるっていう都市伝説は聞いたことありますが、兵頭さんは白濁液だったと。 「そのあと薬をいっぱい飲んで戻りましたが、脳の仕組みが変わっているから、人の評価とかどうでもよくなったし、細かいことは全然気にならない。私は三途の川に何回か行っているんですよ。心臓発作とかで。 だから、もう自分のやりたいことをどう実現するかしか考えていないんですよ」 ***  正直なところ、自宅を秘宝館にするくらいの人だから、どんなに扱いにくい変人さんなのかと不安でいっぱいだったのだが、兵頭さんは至って紳士的であり、とてもまじめな方に思えた。  普通の人からしたら特殊な趣味の人であることは間違いないだろうが、そんな兵頭さんを慕っている人はとても多く、この日も男女問わず、たくさんのクリエイターや美人アイドル、美大の学生などが訪れていたのが印象的だった。 (取材・文=鴨野橋太郎) ●Blog http://blog.livedoor.jp/hyodo_shasin/

DV、虐待、援助交際から垣間見える、沖縄の現実『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』

【GW】DV、虐待、援助交際から垣間見える、沖縄の現実『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』の画像1
『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)
 沖縄県の1人当たり県民所得は47都道府県中最下位の210.2万円と、全国平均306.5万円に対して大きく落ち込んでいる(内閣府・平成25年度県民経済計算)。失業率、DV発生率なども高く、離婚率も全国ワースト。統計が見せる沖縄の姿は、牧歌的な南の島のイメージから遠く隔たっている。  この島で育った教育学の研究者・上間陽子は、2012~16年まで、風俗業界やキャバクラなどで働く女性たちの実態をリサーチするために、継続的なインタビューを実施。4年間のリサーチの成果として『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)を上梓した。本書に収録されたさまざまな女性たちのインタビューを読めば、DV、虐待、援助交際など、この島が抱える現実が見えてくる。 「私たちの街は、暴力を孕んでいる。そしてそれは、女の子たちにふりそそぐ」  上間は、自身が育った島の姿を、このように表現する。  では、その「暴力」とは、いったいどのようなものだろうか? 本書の中から2つの例を見てみよう。  兄からいつもひどく殴られて育ってきた優歌(仮名)は、16歳で妊娠して結婚、17歳で男の子を出産した。しかし、子どもが生まれると、夫は優歌に対して暴力的になる。目の前で作った食事を捨てられ、仕事着を洗うと舌打ちされ、洗い直しを命じられる日々。そんな生活に嫌気が差し、優歌は夫と離婚した。優歌がひとりで子どもを育てていたにもかかわらず、ユタ(霊能者)の「一族に問題が起こる」というお告げから、8カ月になる子どもは夫の家族に引き取られた。  実家に戻った彼女は、キャバクラの体験入店などを行いながら暮らしていく。しばらくして、5歳年上の恋人ができたが、男はDVの常習犯だった。周囲の反対を押し切り付き合った優歌は、些細なことで怒鳴られ、殴られながらも男との子どもを妊娠。しかし、男は働いていた店の金と模合(もあい/メンバーが一定のお金を出し合い、順番に給付し合う頼母子講のようなシステム)の金を持ち逃げして、街から消える。男は、ほかの女も孕ませていたのだった。優歌は、再びキャバクラで働きながら、ひとりで子どもを産んだ。  街に戻ってきた男は、優歌の兄に謝罪し、5万円を詫びとして支払った。男にとって、謝罪する相手は、孕ませた優歌ではなく、優歌の兄のほうだった。優歌は今も、ひとりで子どもを育てている。  優歌よりもさらに悪質な暴力にさらされているのが、翼(仮名)だ。彼女が幼いころに両親は離婚。母親に引き取られた翼は、スナックのママを務める母から、ネグレクト(育児放棄)されて育った。ご飯も作ってもらったことのない彼女にとって、「母親の味」の記憶はない。  高校に進学しなかった彼女は、友達の誘いでキャバ嬢になる。16歳になった頃、7歳年上のボーイと付き合うようになり、2カ月で妊娠。不安はあったものの、彼女は結婚し、出産することを決意する。しかし、結婚すると、夫はその態度を一変させる。生活費を家に入れず、翼が不満を言えば、暴力を振るい、馬乗りで殴る蹴るの暴行を加えた。その暴力は、鼻が折れて、目が開かなくなるという壮絶なものだった。出産後、翼はすぐにキャバクラに戻ったものの、夫からの暴力で顔に傷ができると、仕事を休まなくてはならない。そんな翼を見て、男は「お前が悪い」と自分の行為を棚に上げて罵った。  親からの虐待、夫からのDVのほか、レイプ、援助交際など、少女たちが直面する暴力の数々は、想像をはるかに超えるものばかりだ。彼女たちにインタビューをした経験を、上間は「予想していたよりもはるかにしんどい、幾重にもわたる困難の記録」だったと振り返っている。唯一の救いは、本書に登場する少女たちがみな、自分の子どもを愛していることだろう。せめて彼女たちの子どもは、そんな暴力とは無関係に育つことを願ってやまない。そのためには、多くの人々が、この暴力の実態に目を向けることが不可欠だ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●うえま・ようこ 1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。共著に『若者と貧困』(明石書店)。

DV、虐待、援助交際から垣間見える、沖縄の現実『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』

【GW】DV、虐待、援助交際から垣間見える、沖縄の現実『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』の画像1
『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)
 沖縄県の1人当たり県民所得は47都道府県中最下位の210.2万円と、全国平均306.5万円に対して大きく落ち込んでいる(内閣府・平成25年度県民経済計算)。失業率、DV発生率なども高く、離婚率も全国ワースト。統計が見せる沖縄の姿は、牧歌的な南の島のイメージから遠く隔たっている。  この島で育った教育学の研究者・上間陽子は、2012~16年まで、風俗業界やキャバクラなどで働く女性たちの実態をリサーチするために、継続的なインタビューを実施。4年間のリサーチの成果として『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)を上梓した。本書に収録されたさまざまな女性たちのインタビューを読めば、DV、虐待、援助交際など、この島が抱える現実が見えてくる。 「私たちの街は、暴力を孕んでいる。そしてそれは、女の子たちにふりそそぐ」  上間は、自身が育った島の姿を、このように表現する。  では、その「暴力」とは、いったいどのようなものだろうか? 本書の中から2つの例を見てみよう。  兄からいつもひどく殴られて育ってきた優歌(仮名)は、16歳で妊娠して結婚、17歳で男の子を出産した。しかし、子どもが生まれると、夫は優歌に対して暴力的になる。目の前で作った食事を捨てられ、仕事着を洗うと舌打ちされ、洗い直しを命じられる日々。そんな生活に嫌気が差し、優歌は夫と離婚した。優歌がひとりで子どもを育てていたにもかかわらず、ユタ(霊能者)の「一族に問題が起こる」というお告げから、8カ月になる子どもは夫の家族に引き取られた。  実家に戻った彼女は、キャバクラの体験入店などを行いながら暮らしていく。しばらくして、5歳年上の恋人ができたが、男はDVの常習犯だった。周囲の反対を押し切り付き合った優歌は、些細なことで怒鳴られ、殴られながらも男との子どもを妊娠。しかし、男は働いていた店の金と模合(もあい/メンバーが一定のお金を出し合い、順番に給付し合う頼母子講のようなシステム)の金を持ち逃げして、街から消える。男は、ほかの女も孕ませていたのだった。優歌は、再びキャバクラで働きながら、ひとりで子どもを産んだ。  街に戻ってきた男は、優歌の兄に謝罪し、5万円を詫びとして支払った。男にとって、謝罪する相手は、孕ませた優歌ではなく、優歌の兄のほうだった。優歌は今も、ひとりで子どもを育てている。  優歌よりもさらに悪質な暴力にさらされているのが、翼(仮名)だ。彼女が幼いころに両親は離婚。母親に引き取られた翼は、スナックのママを務める母から、ネグレクト(育児放棄)されて育った。ご飯も作ってもらったことのない彼女にとって、「母親の味」の記憶はない。  高校に進学しなかった彼女は、友達の誘いでキャバ嬢になる。16歳になった頃、7歳年上のボーイと付き合うようになり、2カ月で妊娠。不安はあったものの、彼女は結婚し、出産することを決意する。しかし、結婚すると、夫はその態度を一変させる。生活費を家に入れず、翼が不満を言えば、暴力を振るい、馬乗りで殴る蹴るの暴行を加えた。その暴力は、鼻が折れて、目が開かなくなるという壮絶なものだった。出産後、翼はすぐにキャバクラに戻ったものの、夫からの暴力で顔に傷ができると、仕事を休まなくてはならない。そんな翼を見て、男は「お前が悪い」と自分の行為を棚に上げて罵った。  親からの虐待、夫からのDVのほか、レイプ、援助交際など、少女たちが直面する暴力の数々は、想像をはるかに超えるものばかりだ。彼女たちにインタビューをした経験を、上間は「予想していたよりもはるかにしんどい、幾重にもわたる困難の記録」だったと振り返っている。唯一の救いは、本書に登場する少女たちがみな、自分の子どもを愛していることだろう。せめて彼女たちの子どもは、そんな暴力とは無関係に育つことを願ってやまない。そのためには、多くの人々が、この暴力の実態に目を向けることが不可欠だ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●うえま・ようこ 1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。共著に『若者と貧困』(明石書店)。

ジャズマニアはめんどくさい? 『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』でジャズ入門

ジャズマニアはめんどくさい? 『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』でジャズ入門の画像1
『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』(松坂)
 疲れがたまってマイルス、肩がコルトレーン……。  今宵は、みなさんをシブ~いジャズの世界に誘います。ナビゲーターはもちろん私、じゃまおくん(ジャズ歴2週間)。みなさん、普段ジャズって聴きますか? 僕はせいぜい、喫茶店のBGMぐらいでしか聴く機会がないのですが、赤いちゃんちゃんこ着てお祝いされる歳まであと20年を切りましたし、そろそろ大人の音楽も嗜みたいお年頃です。そこでジャズですよ。  しかしね、ジャズといえばクラシック以上に小難しくて、ハードルが高いイメージがあります。ジャズもマンガで気軽に学べればいいのに……ということで見つけたマンガが、本日ご紹介する『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』という作品です。読んで数ページで確信しました。ジャズマニアは相当めんどくさい人種だぞ、と。  ジャズ専門誌「ジャズ批評」(松坂)に1986年から連載されていた漫画をまとめたもので、作者はタイトルにある通り、ラズウェル細木先生。『酒のほそ道』(日本文芸社)などの呑兵衛グルメマンガで有名ですが、実はジャズのマンガでも第一人者なのです。  本作では、ラズウェル先生自ら往年のラッツ&スターのような黒塗りルックで登場します。めちゃくちゃソウルフル! そんな気合入りまくりのラズウェル先生が描く「ジャズファン(ジャズマニア)あるある」が、このマンガの醍醐味なのです。  連載当時の1980年代は、レコードがCDに移行する過渡期です。そのためジャズも、まだまだレコードが主流。とりわけ廃盤になっている稀少レコードが多いため、ジャズファンの間で中古レコードゲットのための想像を絶する過酷なバトルが繰り広げられているのでした。  中古レコードのセール情報があれば、開店前のラーメン二郎のごとく行列ができ、開店と同時に、我先にとレコードをゲットしようとするジャズマニアたち。完全に目が血走ってます。それほどまでに、ジャズの中古レコードって魅力的なものなのでしょうか?  ちなみに、レコード屋さんで中古レコードが収められているダンボール箱を「エサ箱」といい、お目当てのレコードを探す行為を「ディグる」といいます。つまり、エサ箱をディグるのがジャズファンの日常なのです。 「いまやレコード屋で弁当を食うのは常識だ!」  中古レコードを探すのに忙しすぎて飯を食べてるヒマもないので、そのままレコード屋に座り込んで弁当を食っちゃう。これもまた、ジャズファンの日常なのです(ホントかよ)。  生まれながらのCD世代で、レコードなんて見たこともないというヤングな人たちにはすでに一連のジャズファンの行動は理解不能かと思いますが、それもそのはず、正直リアルタイムに80年代を生きてきた僕にもサッパリ理解できません。しかし、ジャズファンのめんどくさい生態はこんなものでは済まされません。  ジャズファンの醍醐味はやはり、ジャズ喫茶などで繰り広げられる自己陶酔感あふれるウンチク語りにあるでしょう。 「調和と破壊の二律背反性というオブスキューなバックグラウンドを持ち…」  何を言っているのかサッパリわからん! オブスキューって、オバQの親戚か何かですか?  ただ、これは鉄道マニアが熱く語ったり、アイドルオタクが熱く語ったりすることにも通じるものがあります。わかってる者同士だけで専門用語てんこ盛りでウンチクを語り合うのって、ある種の快感なんですよね。  ちなみに、当時のジャズ喫茶というのは純粋にジャズを楽しむ場所ですので、でかい声でしゃべったりするのは厳禁です。 「ジャマラディンのサウンドってさー」とか夢中になってペチャクチャ語ったりすると、「テメーの顔のほうがよっぽどジャマだっつーの」と、嫌みのひとつもカマされてしまうのです。ラズウェル先生、酒のツマミには寛容なのに、ジャズのことになるとかなり毒舌ですね。ちなみに、ジャマラディンというのはジャズベーシストです。決してジャマな人ではありませんよ!  そのほかにも、狙ってる女の子とジャズフェスに行った帰りにラブホに連れ込もうとしてひっぱたかれたり、ソニー・ロリンズあたりのカッコイイ演奏に憧れて思わずサックス買っちゃったり……。BOOWYに憧れて布袋モデルのギターを買った黒歴史を持つ筆者としては、この気持ちすごくわかります。でも、現実にはサックスを吹いても…… 「ママー何の音?」 「さあ…キリギリスかしら?」  なーんてことを言われて、ただの置物になるんですよね。まさに、ニッチもサッチモいかない状況です。  最後に初心者のみなさんのために、覚えておいて損はないジャズ豆知識をお教えしましょう。「ヴィレッジ・ヴァンガード」って、実はアメリカの有名なジャズクラブの名前で、決して変なグッズを売ってる本屋さんのことではありません!! このマンガで初めて知りました。  というわけで、ジャズ初心者にもおすすめのマンガ『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』をご紹介しました。ジャズファンのみなさんにとってはいい加減にセロニアス! とばかりにモンクを言いたくなるような文になりましたことを心よりお詫び申し上げます。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>) 「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから

ジャズマニアはめんどくさい? 『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』でジャズ入門

ジャズマニアはめんどくさい? 『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』でジャズ入門の画像1
『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』(松坂)
 疲れがたまってマイルス、肩がコルトレーン……。  今宵は、みなさんをシブ~いジャズの世界に誘います。ナビゲーターはもちろん私、じゃまおくん(ジャズ歴2週間)。みなさん、普段ジャズって聴きますか? 僕はせいぜい、喫茶店のBGMぐらいでしか聴く機会がないのですが、赤いちゃんちゃんこ着てお祝いされる歳まであと20年を切りましたし、そろそろ大人の音楽も嗜みたいお年頃です。そこでジャズですよ。  しかしね、ジャズといえばクラシック以上に小難しくて、ハードルが高いイメージがあります。ジャズもマンガで気軽に学べればいいのに……ということで見つけたマンガが、本日ご紹介する『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』という作品です。読んで数ページで確信しました。ジャズマニアは相当めんどくさい人種だぞ、と。  ジャズ専門誌「ジャズ批評」(松坂)に1986年から連載されていた漫画をまとめたもので、作者はタイトルにある通り、ラズウェル細木先生。『酒のほそ道』(日本文芸社)などの呑兵衛グルメマンガで有名ですが、実はジャズのマンガでも第一人者なのです。  本作では、ラズウェル先生自ら往年のラッツ&スターのような黒塗りルックで登場します。めちゃくちゃソウルフル! そんな気合入りまくりのラズウェル先生が描く「ジャズファン(ジャズマニア)あるある」が、このマンガの醍醐味なのです。  連載当時の1980年代は、レコードがCDに移行する過渡期です。そのためジャズも、まだまだレコードが主流。とりわけ廃盤になっている稀少レコードが多いため、ジャズファンの間で中古レコードゲットのための想像を絶する過酷なバトルが繰り広げられているのでした。  中古レコードのセール情報があれば、開店前のラーメン二郎のごとく行列ができ、開店と同時に、我先にとレコードをゲットしようとするジャズマニアたち。完全に目が血走ってます。それほどまでに、ジャズの中古レコードって魅力的なものなのでしょうか?  ちなみに、レコード屋さんで中古レコードが収められているダンボール箱を「エサ箱」といい、お目当てのレコードを探す行為を「ディグる」といいます。つまり、エサ箱をディグるのがジャズファンの日常なのです。 「いまやレコード屋で弁当を食うのは常識だ!」  中古レコードを探すのに忙しすぎて飯を食べてるヒマもないので、そのままレコード屋に座り込んで弁当を食っちゃう。これもまた、ジャズファンの日常なのです(ホントかよ)。  生まれながらのCD世代で、レコードなんて見たこともないというヤングな人たちにはすでに一連のジャズファンの行動は理解不能かと思いますが、それもそのはず、正直リアルタイムに80年代を生きてきた僕にもサッパリ理解できません。しかし、ジャズファンのめんどくさい生態はこんなものでは済まされません。  ジャズファンの醍醐味はやはり、ジャズ喫茶などで繰り広げられる自己陶酔感あふれるウンチク語りにあるでしょう。 「調和と破壊の二律背反性というオブスキューなバックグラウンドを持ち…」  何を言っているのかサッパリわからん! オブスキューって、オバQの親戚か何かですか?  ただ、これは鉄道マニアが熱く語ったり、アイドルオタクが熱く語ったりすることにも通じるものがあります。わかってる者同士だけで専門用語てんこ盛りでウンチクを語り合うのって、ある種の快感なんですよね。  ちなみに、当時のジャズ喫茶というのは純粋にジャズを楽しむ場所ですので、でかい声でしゃべったりするのは厳禁です。 「ジャマラディンのサウンドってさー」とか夢中になってペチャクチャ語ったりすると、「テメーの顔のほうがよっぽどジャマだっつーの」と、嫌みのひとつもカマされてしまうのです。ラズウェル先生、酒のツマミには寛容なのに、ジャズのことになるとかなり毒舌ですね。ちなみに、ジャマラディンというのはジャズベーシストです。決してジャマな人ではありませんよ!  そのほかにも、狙ってる女の子とジャズフェスに行った帰りにラブホに連れ込もうとしてひっぱたかれたり、ソニー・ロリンズあたりのカッコイイ演奏に憧れて思わずサックス買っちゃったり……。BOOWYに憧れて布袋モデルのギターを買った黒歴史を持つ筆者としては、この気持ちすごくわかります。でも、現実にはサックスを吹いても…… 「ママー何の音?」 「さあ…キリギリスかしら?」  なーんてことを言われて、ただの置物になるんですよね。まさに、ニッチもサッチモいかない状況です。  最後に初心者のみなさんのために、覚えておいて損はないジャズ豆知識をお教えしましょう。「ヴィレッジ・ヴァンガード」って、実はアメリカの有名なジャズクラブの名前で、決して変なグッズを売ってる本屋さんのことではありません!! このマンガで初めて知りました。  というわけで、ジャズ初心者にもおすすめのマンガ『ラズウェル細木のときめきJAZZタイム』をご紹介しました。ジャズファンのみなさんにとってはいい加減にセロニアス! とばかりにモンクを言いたくなるような文になりましたことを心よりお詫び申し上げます。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>) 「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから

消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!

消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像1
 大阪ならではのグルメを日々探し歩いている私のもとに「“キューピット”っていう大阪発祥の飲み物があるのを知ってますか?」という趣旨の連絡が舞い込んできた。「1970年代に一世を風靡したらしいのですが、今はほぼ絶滅状態らしいです!」という。  調べてみると、「キューピット」というのはカルピスの原液をコーラで割った飲み物らしく、確かに一時期は大阪の喫茶店の定番メニューだったようだ。いつしかメニューからその名は消えていき、いまや幻のドリンクとなった。事実、大阪の友人数名に「キューピットって知ってる?」と聞いてみたが、誰も知らなかった。  くじけずにさらに調べてみたところ、今でも「キューピット」を出している喫茶店が数軒存在することがわかった。というわけで、今回は大阪に現存する数少ない「キューピット」が飲めるお店を巡りつつ、最後は家でそれを再現してみることにした。手軽に作れるので、ぜひ読者のみなさんも試してみてほしい!  まずやってきたのは大阪・難波にある「Cafe Jump」。本棚にたくさんのマンガがストックされ、それをのんびり読みながらくつろげる、落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像2
 メニューを見てみると、コーヒー、紅茶、レモンスカッシュなどの定番メニューに並んで「キューピット(コーラ+カルピス)」の文字が!
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像3
 注文からほどなくして運ばれてきたのがこちら。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像4
 背の高いグラスの底のほうにカルピスが、上にはコーラが注がれており、輪切りのレモンが添えられている。白と茶色のツートンカラーがオシャレである。 「よくかき混ぜて飲んでください」というお店の方の指示に従って、ストローで底のカルピスとコーラを混ぜ合わせながら飲んでみる。  うむ、おいしい! カルピスとコーラを混ぜた味、というそのままの感じではあるのだが、想像していた味と少し違い、カルピスのまろやかさよりも酸味が際立っている。レモンの風味もそのフレッシュな酸味を後押ししていて、後味は非常にさっぱりしている。カルピスって、後に少しもったりした舌触りが残るものだけど、「キューピット」にはそれがなく、さわやかな飲み口になっている。散歩に疲れてこれを飲んだら、また歩く元気が湧いてきそうな回復系の味わいである。  伝票にも、もちろん「キューピット」の文字が。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像5
 お店の方に、いつ頃からあるメニューなのかと尋ねると、「30年前ぐらいですかねー」とのことだった。 「Cafe Jump」からそれほど遠くない、心斎橋の「純喫茶 アメリカン」でもキューピットが飲めるというので行ってみることに。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像6
 店頭のウィンドウに並ぶ食品サンプルの色鮮やかさにうっとり。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像7
 しかし、その中にキューピットの姿は見当たらない。とりあえず入店してメニューを見てみると、
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像8
 一番下に「カルピスコーラ」とある。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像9
 こちらのお店では「キューピット」というメニュー名ではなく「カルピスコーラ」として出しているのだ。そういうパターンもあるのか。  オーダーしてみると、すでにカルピスとコーラが混ぜ合わさった状態で提供された。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像10
 琥珀色が美しい。なんとなく「こういう毛色のシャム猫いるよな」と思ったのだが、伝わるだろうか? ちなみに「アメリカン」のカルピスコーラには、輪切りレモンは載っていない。それでもやはり、カルピスのさわやかな酸味は印象に残る味わいだ。  伝票には「キューピット」って書かれていたりして! と思ったけど、そんなことはなかった。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像11
「カルピスコーラ」のお値段は720円となっており、このお店の飲み物の中でも高級な部類に入る。ボンレスハムと同じ値段!
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像12
 少し離れた大阪吹田市にも「キューピット」を出す店があると知り、足を運んでみた。吹田駅から徒歩5分ほどの場所にある「蘭豆」が、そのお店である。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像13
 ドアを開けると店内には静かにジャズが流れ、こちらもまた良い雰囲気。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像14
“「キューピット」を出す店は、どこも昔ながらの憩いの喫茶店である”という法則が成り立ちそうだ。  メニューには、ちゃんと「キューピット」の名が。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像15
 オーダーしてみると、こちらも「アメリカン」同様、カルピスとコーラがあらかじめ混ぜてあるスタイルで、輪切りのレモンが添えられている。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像16
 マスターが、このお店でキューピットを出すことになったきっかけについて教えてくださった。  マスターが中学生の頃(1970年代)、大阪・梅田に「キューピット」という名前のロック喫茶があったという。今では複合商業施設「HEP FIVE」が立っているエリアにあったそうで、当時の若者にとっては、そのお店に行くのが相当オシャレな行為だったらしい。 「レッド・ツェッペリン」や「ディープ・パープル」といったバンドの奏でる新しい音楽が大音量で流れるその店で、店名を冠したドリンクとして提供されていたのが「キューピット」だという。マスターいわく、おそらくその店こそがキューピットの発祥の店なのでは、とのこと。  ちなみに、そこで出していた「キューピット」にはレモンの輪切りに加えてサクランボが載っていたそうで、恋人たちが「キューピット」を飲んでは、サクランボの茎を口の中で結んで遊んだりしていたというから、なんとも甘酸っぱい青春ドリンクである!   ロック喫茶・キューピットは1980年代初頭までは存在していたようだが、その後、閉店してしまった。マスターは当時の懐かしい味わいを再現しようと、30年ほど前からこの店のメニューに加えているという。マスターと同様に、当時ロック喫茶キューピットに入り浸っていた若者から波及する形で周囲の喫茶店に広まっていったのかもしれない。 「これって、家でも再現できますか?」と聞いてみたところ、「できますよ! 混ぜるだけですからね(笑)」とのこと。「ただまあ、その配合がうちの店は絶妙だと、そういうことにしておいてください!」とおっしゃる優しいマスターであった。  そんなわけで早速、家に帰って「キューピット」を自作してみることにした。コーラとカルピスとレモン、あとは氷を用意するだけ。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像17
・グラスの底にカルピスの原液を注ぐ(コーラ8に対し、カルピス2ぐらいの割合が基本だけど、もちろんお好みの量でOK) ・氷を入れ、コーラを注ぐ ・輪切りにしたレモンを入れる(さらにサクランボを入れれば、オリジナルスタイルに) ・混ぜながら飲む
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像18
 簡単にできました。しかも、ちゃんと喫茶店で飲んだあの味わい。ちょうどうちに遊びに来ていた8歳の甥っ子に飲ませてみたところ「何これ? うっま! 天国の味や!」と言い、よっぽどテンションが上がったのか、なぜか「相撲取ろう!」と言いだす始末。子どもウケも非常にいいようだ。  個人的にちょっとやってみたかったのが、キューピットにさらにバニラアイスを添えて作る「キューピットフロート」。
消えた大阪ローカルドリンク「キューピット」を追え!の画像19
 キューピット本来の酸味にまろやかな甘みが加わり、より奥深い味わいになった。こりゃうまい! ご覧の通り、基本的にはコーラとカルピスさえあればできるので、みなさんもぜひご家庭でキューピットの味わいを確かめてみてください。そして、大阪にお住まいの方は、ぜひ今回紹介したお店へもお立ち寄りください。 (取材・文=スズキナオ) ・「Cafe Jump」 大阪市浪速区難波中2-7-20 ・「純喫茶 アメリカン」 大阪市中央区道頓堀1-7-4 ・「蘭豆」 大阪府吹田市朝日町15-24

昨年の『アダルトVRフェスタ』主催者は追放! 事業者有志による新たなアダルトVRイベント『Amusement VR SHOW』が開催へ

昨年の『アダルトVRフェスタ』主催者は追放! 事業者有志による新たなアダルトVRイベント『Amusement VR Show』が開催への画像1
『Amusement VR Show』公式サイトより
 日進月歩で技術革新の進むアダルトVR。その技術が一堂に会する新たなイベント「Amusement VR SHOW(AVRS)」が5月3日、東京で開催される。  昨年から、一気に製品やコンテンツのリリースが進んできたアダルトVR。とはいえ、まだ普及には至っていない。  その理由の大きなひとつが「VR元年」といわれながらも、まともな形でイベントが開催されなかったことだ。  昨年、記憶に残るのは、騒動となったイベント「アダルトVRフェスタ」だ。このイベントが6月に秋葉原で開催された際には、会場前に集まった行列で大混乱となり、一般入場開始後、間もなく中止に。仕切り直しになった8月の開催では、直前に会場が変更になるなどトラブルが相次いでいた。  だが、トラブルは表面化しているものだけではなかった。6月の開催時に、主催者の仕切りの悪さに出展者からの怒りの声が続出。8月時点で出展を見合わせる企業も出ていた。  昨年の「アダルトVRフェスタ」を主催していたのは吉田健人氏が代表を務める「日本アダルトVR推進機構」という団体。吉田氏は東京・神田と南青山それぞれに住所を置く2つの法人の代表取締役を務める人物。業界の事業者が多数参加しているイメージのある「日本アダルトVR推進機構」だが、実態は吉田氏の個人商店、同人サークルのような形で運営されていたものだった。  当時の事情を知る関係者は語る。 「当初、吉田氏としては同人イベント的な規模感でイベントの開催を考えていたようです。そこに、企業にも参加してもらおうと思って声をかけたところ、イベントの規模が想定以上に大きくなってしまったようです」  それでも、イベントそのものがうまくいけば問題はなかった。しかし、肝心のイベントは来場者が集まりすぎて、開催と同時に中止。  それどころか「主催者の吉田氏が出展者が後片付けをしている最中に帰った」「イベントの収支報告がない」といった情報もあった。  昨年、8月のイベントを取材した筆者は、そうしたトラブルについても触れた記事を執筆。取材申請の際に「原稿チェックが必要」と明記されていたため、編集部と協議して原稿を送信した。  すると、すぐに吉田氏からは「事実無根である」との連絡が入ってきた。では、どこが間違っているというのか、会って話を聞くことになり、吉田氏から日時を指定された。場所は追って連絡をするということだったのだが、前日になっても連絡はなし。それでも、いつか連絡が来るだろうと思って待っていたら、約束の時間の2時間前にメールを送ってきたのである。  ようやく電話がかかってきたのは、指定時間の15分前。筆者は「あまりにも不誠実」である旨を述べて電話を切り、記事はボツにしてもらった。  それからいったい何があったのか……? 事情に詳しい業界関係者は語る。 「ほかにもいろいろと“やらかし”があったので、とにかく吉田氏を外して事業者で新しいイベントを組もうということになったんです。最後に吉田氏を見たのは、今年1月に大阪で『アダルトVRエキスポin 大阪』の打ち合わせをした時です。出席者の総意として“オブザーバーとしてなら関わっていいよ”と告げたら、怒って出ていってしまいました……」  事業者が吉田氏追放へと動いたのは、VR業界全体に実害が及ぶことを恐れてのもの。その後、関西のVR事業者が『アダルトVRエキスポ』の名称だけを買い取り、吉田氏は業界から追放されたという……。 「その後、姿を見た人は誰もいません。ウワサではAV男優になったとか……」(同)  こうして「VR元年」は、ごたごたの中で終了。これでは、せっかく始まったアダルトVRの灯火が消えてしまう。それを危惧した事業者たちが新たに立ち上げたのが「Amusement VR Show」というわけである。 「これまで、VR技術やコンテンツを開発する事業者を中心にした『アダルトVRの会』という非営利の組織がありました。これは、研究開発を主とした会合だったんです。でも、昨年の一般向けイベントの様子を見て、有志を募って『Amusement VR SHOW』を立ち上げることになったんです」(同イベントの事務局担当者)  立ち上げの経緯からもわかるように「Amusement VR SHOW」の目的は、まず多くのユーザーに、現在の技術やコンテンツを試してもらうこと。そこから、さらにユーザーが求めるものをくみ取り、普及に向けてさらに前進しようというわけだ。  現在、多くの人がVRを何度か試してみて「こんなもんか」と思っているのではなかろうか。でも、その技術は日々進化しており、開発者はユーザーからさまざまな意見を求めている。  今回、会場となる都内某所の施設はAV撮影にもよく使われる場所だそうで、実際に体験できるスペースも大幅に拡大されるとのこと。  アダルトVRの本気はこれからだ! (文=昼間たかし) Amusement VR SHOW 日時:2017年5月3日(水・祝日) 時間:13:00~18:00 ※入替制 場所:都内渋谷区某所 ※参加者のみにメールでお知らせ チケットなど詳細は、公式サイトにて http://avrs.jp/

「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイド

「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像1
『日本の黒い霧〈上〉』(文藝春秋) 
 昨年、海の向こうのトランプ大統領が使った「ポストファクト主義」という言葉が注目を集めた。「ポスト真実」とも言うらしい。無数のあらゆる情報が飛び交う現代においては、「真実かどうか」よりも「それに対する感情や、個人的な意見」のほうが影響力を持っている、という意味の言葉だ。この言葉を聞いた時、僕は「下山病」を思い出した。  そう、日本には「下山病」という病気がある。60年以上前に生まれたこの病は、一度かかると非常に治療が難しい。  ゲザンビョウ? 高山病の逆? いやいや違う。「しもやまびょう」と読む。初代国鉄総裁・下山定則氏の名前に由来する。下山総裁こそが、昭和最大のミステリーと呼ばれる「下山事件」の主役であり、このミステリーの謎解きに取り憑かれた人々を「下山病患者」と呼ぶのだ。  1949年7月6日午前0時30分過ぎ、常磐線・北千住駅と綾瀬駅の間の線路上で、列車に「轢断」された死体を発見した。約85メートルにわたってバラバラになっていたその轢死体は、色白で肉付きがよかったために当初は女性と思われたが、散乱する所持品の中に「国鉄総裁・下山定則」の名刺等が発見されたことから、事件は急激に騒がしくなっていく。まさに、轢死体発見の15時間前、下山総裁は日本橋の三越に入っていく姿を運転手に見届けられたのを最後に行方不明となり、失踪事件として捜査が開始されていたのだ。轢死体は、下山総裁本人であることが確認され、このニュースは列島中を駆け巡った。  
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像2
現在の日本橋三越(筆者2017年撮影/以下同)。下山総裁は、三越の重役や得意客などが使う本店南口から入って失踪した。店内で複数の店員に目撃されている
 下山氏は、同年に発足した国鉄の初代総裁となった人物だ。技術畑出身でありながら異例の抜擢を受けた彼に課せられた仕事は、実に10万人近い国鉄職員の人員整理。1949年当時は本格化する冷戦に突入した時代であり、日本の占領統治を行うアメリカは、日本を「反共産主義の砦」として再生すべく、経済の立て直しを急いでいた。そのために実施された「ドッジ・ライン」と呼ばれる経済政策の一環として、全国で28万人の公務員の人員整理、いわゆる「首切り」を日本政府に要求した。下山総裁は事件当時、まさにこの人員整理を迫られ、そのリストを発表している最中だった。こうした緊迫した状況の中での、遺体発見。  当初は、これらの「首切り」のプレッシャーを受けての「自殺」と考えられ、マスコミもそれに寄った報道を行った。しかし、遺体の司法解剖の結果からは「他殺」の可能性が浮かび上がった。それだけでなく、検視を行った各機関による見解が、「他殺」と「自殺」で真っ二つに割れたのだ。注目されたのは、列車に轢断された下山総裁の遺体が、生きている状態で轢断された=「生体轢断」か、死んでいる状態で轢断された=「死後轢断」か、だ。生体轢断なら自殺である可能性が高いが、死後轢断ならどこか別の場所で殺害されて線路上に放置された、つまり他殺だということになる。それを判定する鍵は、下山総裁の傷口が生きている間にできたことを示す「生活反応」があるかどうかだ。最初に司法解剖を行った東京大学の古畑教授は、死後轢断と判定した。つまり他殺だ。しかし、そのあとに司法解剖を行った東京都監察医務院の八十島監察医、慶應義塾大学の中舘教授は「生体轢断」、つまり自殺の可能性が高いと主張した。マスコミもこれに追従し、朝日新聞や作家の松本清張などは「他殺」、毎日新聞などは「自殺」を支持し、一大論争に発展した。 「他殺」「自殺」それぞれを支持する人々によって無数の証拠や証言が集められたが、結局、論争が結論を見るには至らず、捜査本部は同12月31日に解散。翌年、「自殺」と結論付ける内部資料「下山白書」が週刊誌に流出、という非公式な形で一応の結末を見た。しかし、この報告書に対しても、「他殺派」から無数の事実誤認や捏造を指摘されている。 ……と、あらましがめちゃくちゃ長くなってしまったけど、お察しのように、こういうことがサラサラと書ける時点で、僕も「下山病」罹患患者の一人なのだろう。いやいや、僕なんかかなり軽度のほうだと思うが。それで、今回の記事なんだけど、「下山事件」の真実に迫ろう!ということではない。そんなことをしたら、それこそ何十年という歳月、何百ページという原稿が必要になる。じゃあ、何をやろうかというと、この国でひそかに増殖を続けてきた「下山病」の世界を、代表的な書物を読み解くことで、ちょっとガイドしてみようと思う。なんたって、この「下山論争」、今も続いているのだ。今この瞬間も、書籍コーナーの一角で、ネットの片隅で、下山事件に関する「新事実」が現れては消え、「自殺なのか他殺なのか」「他殺なら黒幕は誰なのか?」という論争が続いているのだ。  下山事件に関する書籍のうち最も有名で、導入に適しているのは、推理小説家・松本清張の『日本の黒い霧』(1960年)だろう。戦後、GHQ統治下で起きた事件に焦点を当て、裏で糸を引くGHQの陰謀を暴き出したノンフィクション小説で、一大ベストセラーとなり、「陰謀=黒い霧」という概念を日本に植えつけた。下山事件に関する本はどれも情報量が多いために分厚かったり、また本職の物書きでない人が書いているものが比較的多いということもあってか、「ん? 文章が読みづらいかな?」っていう瞬間も少なくない。要するに、完読するのに気合が必要な本が多く、よほど興味のある人でないと読み切るのが難しいものもある。でも、この清張の『日本の黒い霧』なら大丈夫! 「帝銀事件」「松川事件」などのいくつかの事件に関する推理がオムニバス形式で収録されていて程よい長さだし、さすがベストセラー小説家! という感じでグイグイ読ませる。事件の概要がとてもわかりやすい名著だ。ただ、前述のように清張の結論は「他殺」であり、本書でもさまざまな推理を巡らせ黒幕を暴き出しているのだが、いかんせん、全体的に論拠に疑問点が残るものが多い。残念ながらノンフィクションとしては取材も不十分で、あくまで下山事件を題材にした「推理小説」として読みたい一冊だ。
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像3
旧八洲ホテル跡地。三越から徒歩数分の場所にあった八洲ホテルは、清張が「黒幕」と指摘したGHQ参謀第2部(G2)の特殊部隊「CIC」の拠点であった
 さてそれでは、コレ! と言える「他殺本」はどれか? 事件発生当時から取材を担当し、独自の調査で線路上の血痕などさまざまな「新事実」を見つけ出し、捜査本部にも食い込んでいた朝日新聞の記者・矢田喜美雄氏が執筆した『謀殺 下山事件』(1973年)だろう。映画にもなった本書には、とにかく新事実や新証言が多く登場し、「他殺派の急先鋒」として、さまざまな「下山本」に引用される機会も多い。本書を読めば、ほとんどの人が間違いなく「なるほど……これは他殺なんじゃないか」と考えるだろう。一読者としては、それくらい「他殺」という結論への導き方が、勢いと説得力に満ちているパワーのある本だ。だがしかし、問題点として挙げられるのが、その「新事実」を証言する「新証人」が、みーんな仮名だったりイニシャルだったりで、どこの誰だかわからないことだ。確かに昭和の闇に迫る危険な証言で匿名なのはわかるが、あまりにも都合よく、「この本にしか登場しない新証人」が多すぎないかい? という疑問は当然湧いてくる。「他殺」という結論に向かって走っていくためのパーツを、ムリヤリこしらえたような違和感は拭えない。これは多くの書籍で批判されている部分で、後に平成3部作といわれる「平成になってから出版された下山本」でもやり玉に挙がっている。  その平成3部作の中では、『下山事件 最後の証言』(2005年)は読み逃せない一冊だろう。平成3部作はそれぞれ別の著者が書いているが、基本的にこれが「元ネタ」といってよい。本書は実にセンセーショナルだ。なんたって、著者・柴田哲孝氏の祖父が下山事件の実行犯として深く関わっていた!? という内容なのだ。その祖父が所属した実行犯グループと名指しされる「亜細亜産業」なる会社についての調査・考察が、「平成3部作」共通の大きなキモだ。さまざまな証人に会い、謎に迫っていく――という筋書きは、読み物としてめちゃくちゃ面白い。実行犯グループの写真なども多数掲載されていて、もうこれが正解ジャン、やばいジャン、他殺ジャン、と思うだろう。とにかく近年話題になった「下山本」の中で最もインパクトが大きく、「亜細亜産業関与説」は今ではスタンダードのひとつになっている。
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像4
旧ライカビル跡地。「亜細亜産業」が入っていたといわれるライカビルは、写真の正面のビルの右脇にあった。正面の旧日本貿易会館ビルは、地下通路で三越とつながっている。
 さて、ここまで読んで「あれ?」と思う人もいるかもしれない。「他殺派の本ばっかで、自殺派の本がないじゃん」と。そうなのだ。下山事件に関する本、いわゆる下山本で話題になるのは、ほとんどが「他殺本」だ。自殺派の本もあるにはあるが、まずそもそもの数が少ない。さらに、当然っちゃ当然なのだが、「下山事件は、謀殺事件だった! 新事実発見! 黒幕は…○○!」というセンセーショナルな切り口の本でなければ、ちっとも売れないし話題にもならない。そのため、「実はね~自殺だよ」という本はどうしても地味な扱いを受けて読まれる機会も少なく、早々と絶版になってしまうのだ。結果、世に出回るのは「他殺派」の本ばかり、という状況になる。実際、下山事件を少しかじったことのある人は、「果たして誰が? どの組織が黒幕か?」という部分において差異はあっても、ほとんどの人が「下山事件は他殺に決まってる」と考えているんじゃないだろうか。僕も実際、いろんな他殺派の本を読みあさっていた頃は、「これは絶対、謀殺だよな~」と考えていた。しかし、次に紹介する本を読んでから、「どうもおかしい」と考えだすようになった。「自殺派のバイブル」であり、「究極の下山本」、佐藤一著『下山事件全研究』(1976年)だ。
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像5
 とにかく、分量が多い。600ページオーバー、しかもすべて小さな文字の二段組みで、よほどの読書ジャンキーじゃないと、これを読み切るのは不可能だ。それもそのはず、本書は、事件に関するあらゆる資料や証言、そして検証実験の結果を極力「客観的」に網羅しようという意図で作られた本なのだ。そのため、分量は膨大で、かつストーリー仕立てになっていないために「物語を追っていく興奮」などまったくない。著者の佐藤氏は、福島県で起きた列車転覆事故「松川事件」の被告として一度は死刑判決を受け、その後「冤罪」が証明され、無罪を勝ち取った人物だ。清張らに誘われ、下山事件の研究に参加したが、さまざまな調査を進めるにつれ、「自殺」への確信を深めていき、清張らと袂を分つことになる。研究の集大成を提示し、そこから導き出される結論として、本書は「自殺説」を支持し、各「他殺説」への反論も掲載している(前述の『謀殺 下山事件』への反論もある)。言うなれば、とてつもなく硬派な「自殺派」の本なのだ。その上、76年に出版されるも、09年に再版されるまで、ずっと絶版だった。そもそもかなり高い本なのだが、絶版なので一時期は古書市場で高値がついていた。片や、紹介した他殺派の『日本の黒い霧』『謀殺 下山事件』『下山事件 最後の証言』は、どれも文庫でも出版されていて、書店でワンコインでお手軽に安く買える。どう考えても、『全研究』は誰にも読まれない。一人の読者が本書を手に取る間に、一体何千人の読者が他殺派の本を読むんだろうか。そんなことを考えてしまうほど、ハードルの高い本だといえる。  しかし、そのハードルを越えて読むと、驚かされるのは、諸々の「下山本」が、どれほど「自分たちの望む結論に都合の良い証言や実験結果」しか引用していないか、ということについてだ。もちろん、『全研究』は結論から言えば「自殺派」の本であり、自殺と結論付けるバイアスが「まったくかかっていない」と言う気はない。しかし、それが極力少ないのは間違いなく、これが感覚としてわかるだけでも、本書には一字千金の価値があるんじゃないだろうか。これに照らし合わせると、平成3部作の『下山事件 最後の証言』も、かなり重要なポイントを「あえて」いくつも無視して「結論ありき」で話を進めている、という事実が見えてくる。『最後の証言』はものすごく興味深く面白い本だが、僕はこれもまた下山事件を題材にとった推理小説のようなものに近いと考えてしまう。  それで、冒頭の「ポスト真実」の話に戻るのだが、下山事件に関する証言や実験結果は、うわさ話のようなものも含めれば無数に存在する。そもそも司法解剖の結果ですら、それぞれの研究機関によって判定が違うのだ。尽きることなく結論の違う「陰謀」が暴き出され続けることからもわかるように、極端な話、必要なパーツだけを望むようにピックアップしていけば、自分の思い描くストーリーを構築するのも不可能ではないのだ。たとえば下山総裁の奥さんの発言として、失踪直後に「自殺かもしれない」と心配していたとする証言Aと、後年になって「下山は殺された」と周りに言っていたとする証言Bが存在する。自殺派は証言Aだけを、他殺派は証言Bだけをピックアップする。こうして意識的にせよ無意識的にせよ、無数の取捨選択が繰り返された結果、われわれが「真実」として受け取ってきたストーリーが作り上げられるのだ。そして「真実」が謎である限り、あらゆる推論に等しく真実である可能性がある。いや、もはや真の意味での「真実」は問題でなく、下山事件には「それに対する感情や、個人的な意見」だけが存在するのかもしれない。まさに、下山事件は「面白ければ、なんでもあり」の、「ポスト真実」を地でいく無法地帯なのだ。  そして、この無法地帯を永久にさまよい歩く病が、「下山病」だ。「真実」という太陽を探して、地面を掘り続けるのだ。空を見上げることなく、死ぬまでそれを続けるのだ。「おそろしい病気だな~」と思った。そこのあなた。ここまで原稿を読んだら、もう、伝染(うつ)ってますよ。 *** 【後記】  暖かくなってきた4月のある日、僕は五反野を訪れた。駅から10分ほど歩いた、線路脇の道や公園からやや遠めに見える伊勢崎線(いまは東武スカイツリーラインというらしい)と常磐線が交差するポイントが、68年前に下山総裁が列車に轢かれた場所だ。夜の闇の中に電車が通るたび、音を立てて地面を揺らし「そこ」を光のレールが通過する。轢断現場の近くの高架下の、ほとんどの通行人が見逃しそうな片隅に、「下山国鉄総裁追憶碑」が作られている。そこに添えられた下山総裁の肖像を見ていると、時代に翻弄され無念の死を遂げた一人の紳士の姿が浮かび上がってくる。下山本を読み進めたある時から、それまで「昭和最大のミステリー」のパーツのひとつにすぎなかった下山総裁という存在が、穏やかな表情で、一人の人間として、自分の中に立ち上がってくる瞬間があった。時代が違えば、優秀な技術者としての職務を全うしたかもしれない、市井の人として穏やかに生きたかもしれない。もちろん会ったことも話したこともない人物だが、先述の「真実」がなんであれ、彼の魂の安寧に想いをはせずにはいられない。下山事件の無法地帯では、こういう「感情や、個人的な意見」も許されるだろう。合わせた手をほどいて歩きだすと、夜風に吹かれて、その感情はどこかへ吸い込まれるように飛び去っていった。その風の行く先を見ると、下山事件が、今も風に吹かれて揺れている。
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像6
下山総裁轢断現場周辺
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像7
「下山国鉄総裁追憶碑」
「昭和最大のミステリー」下山事件を読み解くブックガイドの画像8 ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw