ブーツを脱ぎ捨て熱唱! 小松未可子「Black Holy」発売記念フリーイベント

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 4月26日、東京・池袋のサンシャインシティ アルパB1 噴水広場前にて、「小松未可子『Black Holy』発売記念フリーイベント~さぁ、サンシャインの時間だ!~」が開催された。  ステージの周囲、ステージを見下ろす上層階の手すりから注視する人々、地下一階の通路を行き交う人々で賑わった同所の観衆は約1,000人。イベントの模様はニコニコ動画でも生配信され、大きな反響を呼んだ。  前日の25日にデビューシングル「Black Holy」(キングレコード)を発売した小松にとって、これがリリース後、初めて人前で歌う機会。新人のライブにしてはあまりに異様な熱気と人だかりに、通りすがりの一般人も思わず食いついてしまい、さらに観衆の輪が広がるという状況。  主に舞台で活躍していた小松が、『HEROMAN』の主人公ジョーイ(男の子)役で声優デビューを果たしたのは2010年のこと。今年1月から放送がスタートしたアニメ『モーレツ宇宙海賊』ではヒロインの加藤茉莉香役に大抜擢され、このほど同作品のゲストED/イメージソングの「Black Holy」で、歌手としての第一歩を踏み出した。透明感溢れるルックスはもちろんのこと、よく通る天性の声質を生かした抜群の歌唱力で、早くも多方面からの注目を集めている。 DSC_00138.jpg  インストアイベントとは違う広いスペースで大観衆に気圧されたのか、若干緊張した様子だったが、それでも圧倒的な地声で歌がブレなかったのはさすが。まずは、デビューシングル表題曲「Black Holy」、続けてカップリング曲の「透明な夜空~瞬く星に包まれて~」を熱唱した。    この安定ぶりが、さらに未聴の人々の注意を引いたことは言うまでもない。  宇宙海賊船の船長という設定の加藤茉莉香にちなみ、船長服に海賊帽風(?)の黒い帽子を被って現れた小松。2曲目のイントロでは、その海賊帽を気前よく客席に投げ入れた。  2曲を歌い終えると、「暑いですねー、船長汗だくです」と言いながらも、やはり息が乱れていない。心肺機能の高さはうわさ通りだ! DSC_0235.jpg  デビューシングル収録曲はここまで。そこで「ちょっと違う曲を……」と3曲目に歌い出したのは、『モーレツ宇宙海賊』Blu-ray 1巻初回限定版特典CDに収録されている「ユメノアリカ」。ライブでは初披露ということでこの時点でレアなのだが、歌い終えると、さらに重大発表。なんと、デビューしたばかりにもかかわらず、7月11日にミニアルバム(と言っても8曲入り)『cosmic EXPO』(同)の発売が決定したというのだ。 DSC_0289.jpg  最後に歌ったのは、そのうちの1曲「砂漠のタイムマシン」。振り付けが激しくなり、足が蒸れたとの理由で裸足になっての熱唱だ。 DSC_0410.jpg  大盛り上がりのうちに全4曲のライブを終えた小松は、「つい昨日『Black Holy』が発売されて私も何店舗か行ったのですが、どこにもなくて買えなかったんです。今日物販があるらしいので、そこで買おうかなと思います」と発売日の模様を報告。「シングルを発売したばかりなのにアルバムを出させていただける。作品(『モーレツ宇宙海賊』)にまた違う形で参加できたこと、わたしのひとつの夢であった歌を歌わせていただけるといううれしいこと尽くしで、みなさんと一緒に楽しむことができて幸せです」と、デビューの実感を語った。 DSC_0393.jpg  ハイタッチ会は長蛇の列で、予定時間を大幅に超えた。また、小松の報告通り、前日から各所で売り切れの報が上がる中、会場特設レジカウンターでも購入特典ポスター付きのシングル「Black Holy」にファンが殺到。周囲の予想以上に急速なブレイクの兆しが見えた、濃密な一時間半だった。 (取材・文・写真=後藤勝)

ブーツを脱ぎ捨て熱唱! 小松未可子「Black Holy」発売記念フリーイベント

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 4月26日、東京・池袋のサンシャインシティ アルパB1 噴水広場前にて、「小松未可子『Black Holy』発売記念フリーイベント~さぁ、サンシャインの時間だ!~」が開催された。  ステージの周囲、ステージを見下ろす上層階の手すりから注視する人々、地下一階の通路を行き交う人々で賑わった同所の観衆は約1,000人。イベントの模様はニコニコ動画でも生配信され、大きな反響を呼んだ。  前日の25日にデビューシングル「Black Holy」(キングレコード)を発売した小松にとって、これがリリース後、初めて人前で歌う機会。新人のライブにしてはあまりに異様な熱気と人だかりに、通りすがりの一般人も思わず食いついてしまい、さらに観衆の輪が広がるという状況。  主に舞台で活躍していた小松が、『HEROMAN』の主人公ジョーイ(男の子)役で声優デビューを果たしたのは2010年のこと。今年1月から放送がスタートしたアニメ『モーレツ宇宙海賊』ではヒロインの加藤茉莉香役に大抜擢され、このほど同作品のゲストED/イメージソングの「Black Holy」で、歌手としての第一歩を踏み出した。透明感溢れるルックスはもちろんのこと、よく通る天性の声質を生かした抜群の歌唱力で、早くも多方面からの注目を集めている。 DSC_00138.jpg  インストアイベントとは違う広いスペースで大観衆に気圧されたのか、若干緊張した様子だったが、それでも圧倒的な地声で歌がブレなかったのはさすが。まずは、デビューシングル表題曲「Black Holy」、続けてカップリング曲の「透明な夜空~瞬く星に包まれて~」を熱唱した。    この安定ぶりが、さらに未聴の人々の注意を引いたことは言うまでもない。  宇宙海賊船の船長という設定の加藤茉莉香にちなみ、船長服に海賊帽風(?)の黒い帽子を被って現れた小松。2曲目のイントロでは、その海賊帽を気前よく客席に投げ入れた。  2曲を歌い終えると、「暑いですねー、船長汗だくです」と言いながらも、やはり息が乱れていない。心肺機能の高さはうわさ通りだ! DSC_0235.jpg  デビューシングル収録曲はここまで。そこで「ちょっと違う曲を……」と3曲目に歌い出したのは、『モーレツ宇宙海賊』Blu-ray 1巻初回限定版特典CDに収録されている「ユメノアリカ」。ライブでは初披露ということでこの時点でレアなのだが、歌い終えると、さらに重大発表。なんと、デビューしたばかりにもかかわらず、7月11日にミニアルバム(と言っても8曲入り)『cosmic EXPO』(同)の発売が決定したというのだ。 DSC_0289.jpg  最後に歌ったのは、そのうちの1曲「砂漠のタイムマシン」。振り付けが激しくなり、足が蒸れたとの理由で裸足になっての熱唱だ。 DSC_0410.jpg  大盛り上がりのうちに全4曲のライブを終えた小松は、「つい昨日『Black Holy』が発売されて私も何店舗か行ったのですが、どこにもなくて買えなかったんです。今日物販があるらしいので、そこで買おうかなと思います」と発売日の模様を報告。「シングルを発売したばかりなのにアルバムを出させていただける。作品(『モーレツ宇宙海賊』)にまた違う形で参加できたこと、わたしのひとつの夢であった歌を歌わせていただけるといううれしいこと尽くしで、みなさんと一緒に楽しむことができて幸せです」と、デビューの実感を語った。 DSC_0393.jpg  ハイタッチ会は長蛇の列で、予定時間を大幅に超えた。また、小松の報告通り、前日から各所で売り切れの報が上がる中、会場特設レジカウンターでも購入特典ポスター付きのシングル「Black Holy」にファンが殺到。周囲の予想以上に急速なブレイクの兆しが見えた、濃密な一時間半だった。 (取材・文・写真=後藤勝)

ブラックユーモア全開! 人気フィギュア作家が手掛ける絵本『ちゅーとにゃーときー』

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『ちゅーとにゃーときー』(長崎出版)
 日本の昔ばなしには、子どもへの読み聞かせるのをためらってしまうような不条理な物語や、恐怖の物語が無数に存在する。  有名なところでは、「カチカチ山」。畑を荒らしていたタヌキを捕まえたおじいさんが、おばあさんに「タヌキ汁」にするように伝え、畑仕事へ。しかし、おばあさんはタヌキにだまされ、逆に「ばばぁ汁」となってしまう。さらに、帰宅したおじいさんもだまされ、「ばばぁ汁」を食べてしまい……。  こんなトラウマ必至の昔ばなしも、かわいい絵なんかが添えられてしまうと、子どもは意外に「なんかおもしろーい」と聞き流してしまうもの。しかし大人になると、「これはヤバイ(笑)」とツッコミながら、グルグルと深読みすることができる。昔ばなしとは、そんな“2度おいしい代物”といえるだろう。  今年1月に発売となった全編「土佐弁」の絵本『ちゅーとにゃーときー』(長崎出版)も、子どもと大人で印象の異なる作品だ。再話&イラストを手掛けるのは、ポップでちょっとおかしなフィギュアを数多く発表する、人気フィギュアイラストレーター・デハラユキノリ。カラフルな色づかいと強いタッチで、キャラクターや大自然をダイナミックに描いている。  あらすじは、実に昔ばなしらしい。おばあさんが織った“はた”を、町へ売りに行くおじいさん。そこで助けた猿からお礼に「一文銭」をもらってからというもの、たちまち大金持ちとなり……。 「わしゃ もう かえらないかんき」 「ほいたら おれいに これを もっていって つかぁさい」 おじいさんは きーから いちもんせんを もらいました  そんな土佐弁の心地よい耳障りは、子どもへの読み聞かせにもぴったり。さらに「おじいさん」「おばあさん」「動物」という、らしいキャストに、分かりやすいストーリー。しかもハッピーエンドと、子どもならきっと「なんかいいお話だった~」「猿がかわいかった~」などと言いながら、本をパタンと閉じることだろう。  しかし、大人が読むとどうだろうか。それまで想定内のストーリーが展開していたと思いきや、ラスト一歩手前に見過ごせない数ページが……。不意を突かれるように突然訪れるそのシーンには、たった数ページながら、道徳的に子どもへ伝えづらい「取られたら、いかなる手段を使ってでも取り戻せ!」「一度、上を見てしまうと、人は変わってしまう」といった教訓が詰まっているように感じる。  そんな問題のシーンは、実際に自分の目で確かめてほしい。そしてこの絵本をきっかけに、日本古来のファンタジー作品の数々に目を向けてみてはいかがだろうか。人間と動物がしゃべるだけでも、十分どうかしてるのだから。 (文=林タモツ)

ブラックユーモア全開! 人気フィギュア作家が手掛ける絵本『ちゅーとにゃーときー』

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『ちゅーとにゃーときー』(長崎出版)
 日本の昔ばなしには、子どもへの読み聞かせるのをためらってしまうような不条理な物語や、恐怖の物語が無数に存在する。  有名なところでは、「カチカチ山」。畑を荒らしていたタヌキを捕まえたおじいさんが、おばあさんに「タヌキ汁」にするように伝え、畑仕事へ。しかし、おばあさんはタヌキにだまされ、逆に「ばばぁ汁」となってしまう。さらに、帰宅したおじいさんもだまされ、「ばばぁ汁」を食べてしまい……。  こんなトラウマ必至の昔ばなしも、かわいい絵なんかが添えられてしまうと、子どもは意外に「なんかおもしろーい」と聞き流してしまうもの。しかし大人になると、「これはヤバイ(笑)」とツッコミながら、グルグルと深読みすることができる。昔ばなしとは、そんな“2度おいしい代物”といえるだろう。  今年1月に発売となった全編「土佐弁」の絵本『ちゅーとにゃーときー』(長崎出版)も、子どもと大人で印象の異なる作品だ。再話&イラストを手掛けるのは、ポップでちょっとおかしなフィギュアを数多く発表する、人気フィギュアイラストレーター・デハラユキノリ。カラフルな色づかいと強いタッチで、キャラクターや大自然をダイナミックに描いている。  あらすじは、実に昔ばなしらしい。おばあさんが織った“はた”を、町へ売りに行くおじいさん。そこで助けた猿からお礼に「一文銭」をもらってからというもの、たちまち大金持ちとなり……。 「わしゃ もう かえらないかんき」 「ほいたら おれいに これを もっていって つかぁさい」 おじいさんは きーから いちもんせんを もらいました  そんな土佐弁の心地よい耳障りは、子どもへの読み聞かせにもぴったり。さらに「おじいさん」「おばあさん」「動物」という、らしいキャストに、分かりやすいストーリー。しかもハッピーエンドと、子どもならきっと「なんかいいお話だった~」「猿がかわいかった~」などと言いながら、本をパタンと閉じることだろう。  しかし、大人が読むとどうだろうか。それまで想定内のストーリーが展開していたと思いきや、ラスト一歩手前に見過ごせない数ページが……。不意を突かれるように突然訪れるそのシーンには、たった数ページながら、道徳的に子どもへ伝えづらい「取られたら、いかなる手段を使ってでも取り戻せ!」「一度、上を見てしまうと、人は変わってしまう」といった教訓が詰まっているように感じる。  そんな問題のシーンは、実際に自分の目で確かめてほしい。そしてこの絵本をきっかけに、日本古来のファンタジー作品の数々に目を向けてみてはいかがだろうか。人間と動物がしゃべるだけでも、十分どうかしてるのだから。 (文=林タモツ)

「あの人に頼めば大丈夫!」中日・落合元監督の名参謀の球界中に知れわたる“裏の顔”

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『参謀 落合監督を支えた右腕の
「見守る力」』(講談社)
 今季からOBの高木守道監督が指揮を執る中日ドラゴンズだが、開幕から12勝7敗2分(24日現在)で3年連続のリーグ優勝と5年ぶりの日本一奪回を目指し、首位を快走中だ。 「2004年から8年にわたってチームを率い、4回のリーグ優勝と1回の日本一に輝いただけでなく、毎年Aクラス入りしていた落合博満前監督の鍛え上げたチームはそう簡単には負けない。ただ、主力の平均年齢が高いだけに、夏場を迎え、ベテランを中心に故障者や離脱者が続出しないかが危惧されるが……。中日の強さの秘けつは圧倒的な投手力だが、そうなったのも、落合政権で投手コーチ、バッテリーコーチ、ヘッドコーチを歴任し、自分に声をかけてくれた落合前監督と一緒に退任する“侠気”を見せた森繁和氏(現・野球評論家)の功績が大きい」(球界関係者)  そんな森氏がこのほど、自著『参謀 落合監督を支えた右腕の「見守る力」』(講談社)を上梓。落合前監督が帯に「私が、ユニフォームを着るなら必ず森繁和を呼ぶ」と、野球人としてはこれほどの名誉はないレベルの推薦文を寄せているだけあり、「発売直後に増刷が決定。この勢いだと、落合前監督の近著『采配』(ダイヤモンド社)を超える勢いの売り上げ」(出版関係者)というが、表紙は絶大なインパクト。  ビシッと髪を整え、色つきのメガネをかけ、あまりサラリーマンが着用しないようなスーツを着こなした森氏がおどけたポーズをとっているだけに、森氏を知らない人が書店で見つけたら、「この人はもしかして……」とあらぬ疑念を抱きそうだが、その“裏の顔”は球界中に知れわたっている。 「森氏の別名は『球界のトラブル・シューター』。よく各球団の首脳陣や主力選手の口から『あの人に頼めば大丈夫!』『森さんはいざという時に頼りになる』と聞こえてきた。森氏は“球界の寝業師”の異名をとった故・根本陸夫氏に、直々に口説かれて西武入り。根本氏とは親子を超えたような関係で、根本氏は自分の“後継者”に森氏を指名。根本氏が亡くなるまでに、その人脈をほぼ引き継いだといわれている。自軍の選手のみならず、表沙汰にはならなかった数々のトラブルを解決。中日時代には、某スター選手の警察沙汰を穏便に収めた。もともと熱血漢で、自著によると落合氏から『(選手に)手だけは出すな』と言われ必死にガマンしていたようだが、その風貌もあって、選手たちは森氏の前では若手・ベテランに限らず緊張の面持ち。今シーズンの中日ナインにはもうあの緊張感がないだけに、物足りないのでは」(プロ野球担当記者)  森氏は自著で、「具体的にはいっさい書くわけにはいかないが、たくさんのトラブルの種を、表沙汰になる前になんとか収めてきたことだけは確かだ」と意味深な一文をつづっているだけに、これまでの野球人生、グランドの外でもかなりの修羅場を乗り越えてきたに違いない。

ことばを愛し、畏れる“ブンガク者”高橋源一郎『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』

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『「あの日」からぼくが考えている
「正しさ」について』(河出書房新社)
 昨年、僕たちを突如として襲った未曾有の大災害は、深い悲しみやがれきの山とともに、日本中にたくさんの“ことば”を生み出した。テレビや新聞、インターネット、カフェや場末の居酒屋に至るまで、さまざまな場所で「この震災はなんだったのか」という議論が何度も交わされたことだろう。  そんな中、とりわけ多くの人々から支持を集めた人物の一人が、作家・高橋源一郎だ。雑誌やTwitterなどで発表される彼のことばによって冷静さを取り戻し、勇気づけられた人々は少なくないだろう。2011年3月から12月までに高橋がTwitterやエッセーなどを通じて発表したことばをまとめた『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』(河出書房新社)が刊行された。  2011年、高橋も僕たちと同様、地震に怯え、原発事故に戸惑いながら生活を送っていた。教鞭をとる明治学院大学の“非公認”卒業式(震災の影響で正式な卒業式は中止となった)に祝辞を送り、資源エネルギー庁が子どもたちに押し付ける“節電パンフレット”に怒った。それと同時に、小学生になったばかりのれんちゃんと、保育園に通うしんちゃんという2人の子どもに惜しみない愛を注いでいた。高橋の(親バカと形容されそうな)子どもへの眼差しは、「震災の悲劇」とはあまりにもかけ離れている。しかし、その両方が合わさってはじめて、作家・高橋源一郎の2011年が見えてくるのだ。  そもそも、高橋ほど「異端」な作家もいない。  学生運動に参加し、凶器準備集合罪によって逮捕・拘留された高橋。肉体労働に従事しながら小説を書きため、デビュー作『さようなら、ギャングたち』(講談社)は鮮烈な印象を持って迎えられた。以降、『Dr.スランプ』などの漫画・アニメの世界観をモチーフにした『ペンギン村に陽は落ちて』(集英社)や、AVの世界を描く『あ・だ・る・と』(主婦と生活社)など、誰にも真似することのできない小説を発表し続ける。文学界の登竜門である芥川賞を受賞することもなく、独特のスタンスで作家生活を営んできた(余談ながら、私が初めて彼の存在を知ったのは『スポーツうるぐす』(NTV系)の競馬解説者としてだった)。高橋は小説を信じ、その可能性に賭けてきた。  本書に掲載された中から、印象的なことばを紹介しよう。 「ことばを書く、ことばを他人に向けて使う、どちらもほんとうに、恐ろしいことだ、と思うことがあります。ふだんは忘れているけれど、時々、しみじみとそう感じる。いま、たぶん、そうなんだと思います。それでも、使うしかないんだけど」(12月1日のツイート) 「そもそも『すぐにことばが出る』というのは、異常な状態なのではないか。  ぼくたちは頭の中ですでに考えていたことを、まるで、さもいま思いついたかのようにしゃべる。  その時(うまくしゃべれている時)、頭の中はどうなっているのだろう」(「ぼくらの文章教室」特別編・第6回)  先に触れた逮捕・拘留中、高橋は失語症に陥った経験がある。ことばを生み出せない場所から出発した高橋が書くそれは、時にまったくのデタラメでありながら、同時にこれ以上ない美しさを感じさせる。本書を読んでいると、Twitterとは高橋のために開発されたツールなのではないかと錯覚してしまうほど、その言葉は140文字という制約を感じさせない広がりを持つ。  昨年執筆した『恋する原発』(講談社)では、「震災のチャリティAVをつくる」という突飛な設定にあらん限りのギャグを散りばめ、(高橋の本意ではないかもしれないが……)「ブンガク」の高みまで昇華させてしまった。当サイトの取材に対し、「3.11以降、読める小説と読めない小説が出てきた。『僕たちが住んでいる世界は、やっぱりおかしくないか?』という認識が根底にある小説は、3.11以降に読んでもやっぱり面白い」と語っていたが、高橋の作品の強度もまた、決して震災によって損なわれるものではないように感じる。 高橋の仕事は3月11日以前も以降も変わらずにデタラメだし、面白い。それはきっと、高橋が小説を、ことばを最も愛し、最も畏れているからではないだろうか。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●たかはし・げんいちろう 1951年広島生まれ。81年、『さようなら、ギャングたち』で「群像」(講談社)新人長編小説賞優秀賞受賞。88年、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞受賞。著書に『虹の彼方に』『ジョン・レノン対火星人』『ペンギン村に陽は落ちて』、『日本文学盛衰史』など。05年より明治学院大学国際学部教授を務めている。

「どうせダメになるなら、好きなことやっちゃおう!」高田馬場の名物CDショップ店主を直撃!

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こ……この人は……!?
 ボクが群馬のクソ田舎から上京してきた1990年代中盤、世は大型CDチェーン店全盛期で、東京にはWAVE、ヴァージン・メガストア、HMV、タワーレコードといった、店の全貌がひと目では見渡せないほど巨大なCD屋がいっぱいあった。  地元にいる頃は、売り場面積約4畳半、やたらと豊富な演歌テープのほかはすべて「J-POP」にカテゴライズされているような、個人経営の小さなレコード屋くらいしか見たことがなかったので、「パンク」「ハードコア」どころか「Oi! / スキンズ」「ノイズ / インダストリアル」など、マニアック過ぎるジャンル分けをされた棚がズラッと並ぶ巨大なCD屋に足を踏み入れて、「東京ってすごいところだ!」とビックリした記憶がある。  そんな大型CDチェーン店も、CD不況と呼ばれる昨今の状況や、ネットでの音楽配信、Amazonに代表されるネット通販などに押される形でかなり苦戦を強いられているようだ。2009年にはヴァージン・メガストアがTSUTAYAに吸収され、2010年にHMVは旗艦店であった渋谷店を閉店。2011年にはWAVEが自己破産申請をした。  まあ確かに、Amazonでピロッと検索すれば相当マニアックなCDでもすぐに探せるし、しかも送料無料で買えるとなれば、わざわざ店舗に出向いてCDを買わなくても……と思う人は少なくないだろう。実際、ボクもここ数年、CD自体はそこそこ買ってはいるものの、実店舗で購入した記憶なんてほとんどないもん。そりゃあ、CD屋さんもキビシかろう。  大手CDチェーン店ですらそんな状況なので、個人商店をはじめとする小規模な「町のCD屋さん」なんてもっと大変なんじゃなかろうかと思い、ボクがかつて通っていた群馬のCD屋を数店舗検索してみたところ、大変な状況というか……ことごとく潰れてしまっていた。わーっ、ザ・CD不況! もはや「町のCD屋さん」が成り立つような時代ではないのだろうか。  そんな中、Twitterをはじめとしたネットを活用して、最近話題となっている「町のCD屋さん」があるという。そのお店は高田馬場の駅前にある「ムトウ楽器」。早稲田口を出るとすぐに目に入ってくるハデな看板が目印のCD屋さんだ。
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早稲田口を出てすぐ「ムトウ楽器」さん。
 この「ムトウ楽器」、創業1924年という長い歴史を持つCD(レコード)屋さんで、もともとはクラシックやジャズの品揃えの多さで知られる老舗店なのだ。しかし、なぜそんな老舗がネットで話題になっているのだろうか。
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一見、普通のCD屋さんに見えるが……。
 その謎を解明すべくお店に向かうと……店の前になんか変な人がいるッ! ものすごいアブナイ人かも……とビビッていると、「初めまして、店長の足立です」なんて言ってくるじゃないの。ええーっ、この人が店長さん!? *** ――え……えーっと……この衣装は……? 「AKB48の『フライングゲット』の衣装ですよ! 上のチャイナ服部分は既製品ですけど、下はオカダヤで生地を買ってきてかみさんに作ってもらいました」 ――いや、そういうことを聞きたかったワケでは……。 ***  実はこの足立さん、「店頭キャンペーン」と称し、自らアイドルのコスプレをして店頭に立ってダンスを披露している名物店長なのだ。店長さん自身のキャラがネット上で話題となっており、おかげでクラシックやジャズで有名だった老舗店が、最近ではアイドル・ファンが集うお店に変貌しているという。
*** ――アイドルのコスプレをやりはじめたきっかけは? 「僕が店長になったのは3年くらい前なのですが、やはりCDの売り上げは毎年落ちているような状況だったんですね。これは今までのような『町のCD屋さん』のままではやっていけないだろうと。そこで、お店の特徴を出さなきゃいけないなとは思っていたんです。時を同じくして、AKB48にハマりまして……ちょうど『10年桜』が発売された時期ですね。それから、どんどんアイドルにのめりこんでいき、初めて衣装を作ったのが2010年の夏。『逃した魚たち~シングル・ビデオコレクション~』が発売された時です。まず、金魚のお面を買ってきて、セーラー服を着て、『会いたかった』の振り付けを覚えて店頭で踊ったんです」 ――アイドルが好きな店長さんがお店でもアイドルを推すというのは分かるんですが、特集コーナーを作るくらいでよかったような気もしますが……。
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AKB48推しすぎ!
「アイドルコーナーを充実させるくらいだったら、タワーレコードさんとか、大手さんにはかなわないじゃないですか。だから、ウチはもっとすごいぞ、こんなに推しているんだぞっていうのを出したかったんですよね。今時、極端なことをしなければ誰も注目してくれませんから」 ――コスプレでパフォーマンスをするにあたって、上司やほかの店員さんたちから止められたりしなかったんですか。 「とくに何も言われなかったですね。コスプレをして踊っている写真を撮ってTwitterでアップしたり、YouTubeに上げたりすることで、ネットで注目されるようになりましたし。……まあ、それが売り上げに直結しているかどうかは分からないですけど、ネットを見てわざわざ遠くから来てくれるお客さんもいますから、そういうのはうれしいですね」 ――パフォーマンスをすることによって、「アイドルのCDを買うならムトウ楽器」みたいなお客さんが増えてくれればいい、という戦略ですね。
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初コスプレの写真
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AKB48以外のコスプレも。ももクロのZ伝説コス!
「そういう戦略を超えちゃって、単に趣味でやっている部分もありますけどね(笑)。昔の楽器屋って、とくに楽器を買うわけじゃなくても音楽好きな人が集まって来てたじゃないですか。ウチもそういう感じで、アイドル好きな人たちが集まって来て、横のつながりを作れるような場所になれたらいいなと思っています。ネット通販はもちろん、大型のCDチェーン店さんでも、そういうことをやるのは難しいじゃないですか。そここそが、街のレコード屋の強みなんじゃないかと思いますね」 ――売り上げでもアイドルCDの割合というのは増えているんですか? 「いや、売り上げランキングを見ると、意外と普通にB'zやK-POPが売れていたりするんですよね。アイドルのCDを買うならイベントや握手会で、という人も多いので……どうしてもそこには勝てませんからね。ただ、AKB48の選抜総選挙投票権付きのシングルが発売される時なんかは100枚近く買ってくれる人もいますよ。その人は多分、ウチだけじゃなくてほかでも買っていて、合計600枚くらいは買っているんじゃないですかね。それだけ買った上で、選挙最終日にやって来て『やりきるだけやったけど、不安だから残ってるのを全部くれ』って言ってさらに50枚くらい買っていきましたから!」
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TKB(高田馬場)48!?
――AKB48以外で今後推していきたいと思っているアイドルは? 「ありがたいことに、最近は事務所さんのほうからウチでアイドルのイベントやりたいと言ってもらえるようになっているんですよ、『しず風』や『JK21』とか……やっぱりイベントをやってくれたアイドルはすごく応援したいって思いますね!」 ――町のCD屋さんをやっていくのはなかなかキビシイ時代だとは思いますが、そんな中、生き残っていくためにはどうしたらいいと思いますか。 「そんな偉そうなことを言える立場でもないんですが……そもそもウチも、こんなことやっても売り上げにつながっているのかどうか分からないですからね。ただ本当に今、町のCD屋さんというのは切羽詰まっている状況だと思うんですよ。どうせダメになるんだったら、開き直って好きなことをやっちゃおうという感じでやってるだけです。開き直ってやれるだけやって、みなさんの記憶に残ってもらえればいいんじゃないですかね」 ***  小規模な町のCD屋さんであることを逆手に取って、大手が絶対にマネできない方法でお店を盛り上げていっている足立店長。小売店を取り巻く状況がますます厳しくなっていくであろうこれからの時代、マーケティングや営業戦略なんて関係なく、まずは「○○が好き!」という情熱オンリーで突っ走る、こんな姿勢こそが、町のCD屋さんの生き残る道なのかもしれない。 (取材・文=北村ヂン)

「どうせダメになるなら、好きなことやっちゃおう!」高田馬場の名物CDショップ店主を直撃!

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こ……この人は……!?
 ボクが群馬のクソ田舎から上京してきた1990年代中盤、世は大型CDチェーン店全盛期で、東京にはWAVE、ヴァージン・メガストア、HMV、タワーレコードといった、店の全貌がひと目では見渡せないほど巨大なCD屋がいっぱいあった。  地元にいる頃は、売り場面積約4畳半、やたらと豊富な演歌テープのほかはすべて「J-POP」にカテゴライズされているような、個人経営の小さなレコード屋くらいしか見たことがなかったので、「パンク」「ハードコア」どころか「Oi! / スキンズ」「ノイズ / インダストリアル」など、マニアック過ぎるジャンル分けをされた棚がズラッと並ぶ巨大なCD屋に足を踏み入れて、「東京ってすごいところだ!」とビックリした記憶がある。  そんな大型CDチェーン店も、CD不況と呼ばれる昨今の状況や、ネットでの音楽配信、Amazonに代表されるネット通販などに押される形でかなり苦戦を強いられているようだ。2009年にはヴァージン・メガストアがTSUTAYAに吸収され、2010年にHMVは旗艦店であった渋谷店を閉店。2011年にはWAVEが自己破産申請をした。  まあ確かに、Amazonでピロッと検索すれば相当マニアックなCDでもすぐに探せるし、しかも送料無料で買えるとなれば、わざわざ店舗に出向いてCDを買わなくても……と思う人は少なくないだろう。実際、ボクもここ数年、CD自体はそこそこ買ってはいるものの、実店舗で購入した記憶なんてほとんどないもん。そりゃあ、CD屋さんもキビシかろう。  大手CDチェーン店ですらそんな状況なので、個人商店をはじめとする小規模な「町のCD屋さん」なんてもっと大変なんじゃなかろうかと思い、ボクがかつて通っていた群馬のCD屋を数店舗検索してみたところ、大変な状況というか……ことごとく潰れてしまっていた。わーっ、ザ・CD不況! もはや「町のCD屋さん」が成り立つような時代ではないのだろうか。  そんな中、Twitterをはじめとしたネットを活用して、最近話題となっている「町のCD屋さん」があるという。そのお店は高田馬場の駅前にある「ムトウ楽器」。早稲田口を出るとすぐに目に入ってくるハデな看板が目印のCD屋さんだ。
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早稲田口を出てすぐ「ムトウ楽器」さん。
 この「ムトウ楽器」、創業1924年という長い歴史を持つCD(レコード)屋さんで、もともとはクラシックやジャズの品揃えの多さで知られる老舗店なのだ。しかし、なぜそんな老舗がネットで話題になっているのだろうか。
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一見、普通のCD屋さんに見えるが……。
 その謎を解明すべくお店に向かうと……店の前になんか変な人がいるッ! ものすごいアブナイ人かも……とビビッていると、「初めまして、店長の足立です」なんて言ってくるじゃないの。ええーっ、この人が店長さん!? *** ――え……えーっと……この衣装は……? 「AKB48の『フライングゲット』の衣装ですよ! 上のチャイナ服部分は既製品ですけど、下はオカダヤで生地を買ってきてかみさんに作ってもらいました」 ――いや、そういうことを聞きたかったワケでは……。 ***  実はこの足立さん、「店頭キャンペーン」と称し、自らアイドルのコスプレをして店頭に立ってダンスを披露している名物店長なのだ。店長さん自身のキャラがネット上で話題となっており、おかげでクラシックやジャズで有名だった老舗店が、最近ではアイドル・ファンが集うお店に変貌しているという。
*** ――アイドルのコスプレをやりはじめたきっかけは? 「僕が店長になったのは3年くらい前なのですが、やはりCDの売り上げは毎年落ちているような状況だったんですね。これは今までのような『町のCD屋さん』のままではやっていけないだろうと。そこで、お店の特徴を出さなきゃいけないなとは思っていたんです。時を同じくして、AKB48にハマりまして……ちょうど『10年桜』が発売された時期ですね。それから、どんどんアイドルにのめりこんでいき、初めて衣装を作ったのが2010年の夏。『逃した魚たち~シングル・ビデオコレクション~』が発売された時です。まず、金魚のお面を買ってきて、セーラー服を着て、『会いたかった』の振り付けを覚えて店頭で踊ったんです」 ――アイドルが好きな店長さんがお店でもアイドルを推すというのは分かるんですが、特集コーナーを作るくらいでよかったような気もしますが……。
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AKB48推しすぎ!
「アイドルコーナーを充実させるくらいだったら、タワーレコードさんとか、大手さんにはかなわないじゃないですか。だから、ウチはもっとすごいぞ、こんなに推しているんだぞっていうのを出したかったんですよね。今時、極端なことをしなければ誰も注目してくれませんから」 ――コスプレでパフォーマンスをするにあたって、上司やほかの店員さんたちから止められたりしなかったんですか。 「とくに何も言われなかったですね。コスプレをして踊っている写真を撮ってTwitterでアップしたり、YouTubeに上げたりすることで、ネットで注目されるようになりましたし。……まあ、それが売り上げに直結しているかどうかは分からないですけど、ネットを見てわざわざ遠くから来てくれるお客さんもいますから、そういうのはうれしいですね」 ――パフォーマンスをすることによって、「アイドルのCDを買うならムトウ楽器」みたいなお客さんが増えてくれればいい、という戦略ですね。
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初コスプレの写真
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AKB48以外のコスプレも。ももクロのZ伝説コス!
「そういう戦略を超えちゃって、単に趣味でやっている部分もありますけどね(笑)。昔の楽器屋って、とくに楽器を買うわけじゃなくても音楽好きな人が集まって来てたじゃないですか。ウチもそういう感じで、アイドル好きな人たちが集まって来て、横のつながりを作れるような場所になれたらいいなと思っています。ネット通販はもちろん、大型のCDチェーン店さんでも、そういうことをやるのは難しいじゃないですか。そここそが、街のレコード屋の強みなんじゃないかと思いますね」 ――売り上げでもアイドルCDの割合というのは増えているんですか? 「いや、売り上げランキングを見ると、意外と普通にB'zやK-POPが売れていたりするんですよね。アイドルのCDを買うならイベントや握手会で、という人も多いので……どうしてもそこには勝てませんからね。ただ、AKB48の選抜総選挙投票権付きのシングルが発売される時なんかは100枚近く買ってくれる人もいますよ。その人は多分、ウチだけじゃなくてほかでも買っていて、合計600枚くらいは買っているんじゃないですかね。それだけ買った上で、選挙最終日にやって来て『やりきるだけやったけど、不安だから残ってるのを全部くれ』って言ってさらに50枚くらい買っていきましたから!」
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TKB(高田馬場)48!?
――AKB48以外で今後推していきたいと思っているアイドルは? 「ありがたいことに、最近は事務所さんのほうからウチでアイドルのイベントやりたいと言ってもらえるようになっているんですよ、『しず風』や『JK21』とか……やっぱりイベントをやってくれたアイドルはすごく応援したいって思いますね!」 ――町のCD屋さんをやっていくのはなかなかキビシイ時代だとは思いますが、そんな中、生き残っていくためにはどうしたらいいと思いますか。 「そんな偉そうなことを言える立場でもないんですが……そもそもウチも、こんなことやっても売り上げにつながっているのかどうか分からないですからね。ただ本当に今、町のCD屋さんというのは切羽詰まっている状況だと思うんですよ。どうせダメになるんだったら、開き直って好きなことをやっちゃおうという感じでやってるだけです。開き直ってやれるだけやって、みなさんの記憶に残ってもらえればいいんじゃないですかね」 ***  小規模な町のCD屋さんであることを逆手に取って、大手が絶対にマネできない方法でお店を盛り上げていっている足立店長。小売店を取り巻く状況がますます厳しくなっていくであろうこれからの時代、マーケティングや営業戦略なんて関係なく、まずは「○○が好き!」という情熱オンリーで突っ走る、こんな姿勢こそが、町のCD屋さんの生き残る道なのかもしれない。 (取材・文=北村ヂン)

クールジャパンは成功するのか? 外国人にウケるのは商品の「物語」だった

R0031494.jpg  去る4月6日、秋葉原UDXにて「クールかどうかは外国人に聞け!~英国のクリエイティブ産業とクールブリタニア~」が、クールジャパン・イノベーション研究会主催で開催された。  この研究会の目的はずばり、自分たちで日本の文化や製品がカッコイイと言い合うだけの状況から一歩先に進んで、外国から「カッコイイね」と言われる部分を再発見しようというもの。昨年、経済産業省に設けられたクールジャパン室は、やはり日本の伝統工芸と外国ブランドのコラボ商品の開発の後押しを志向するなど、日本の文化や製品を自画自賛することからの脱却を図っている。官でも民でも立場は変わらず、従来の「クールジャパン」のもう一歩先に、進まなければならないと思っているわけだ。  最初に登壇した三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 芸術・文化政策センター センター長・太下義之氏は「《クール・ブリタニア》再考」と題して講演した。そもそもイギリスが「クール・ブリタニア」として注目されたきっかけは、「ニューズウィーク」が1996年11月号の巻頭特集「ロンドン式」で、「ロンドンが世界で最もCoolな首都である」と掲載したこと。そして、「Varity Fair」が97年3月号の「COOL BRITANIA London Swings! Again!」と題した特集記事で、「60年代半ばと同じように、イギリスの首都ロンドンは文化的な先駆者であり、藝術・ポップス・ファッション・食文化、そして映画等の分野において、新しくて若々しいアイコンに満ちている。政治家さえもがクールだ」と評したことに始まる。これに加えて、97年5月にはトニー・ブレアがイギリス首相に選出されたこともイギリスのイメージ転換を後押しした。就任当時ブレアは43歳、労働党出身にもかかわらず、それまでの労働党の出身者とは一線を画すファッショナブルなスタイルが注目を集めることとなった。  これに時期を併せるように、イギリスの独立系シンクタンク「DEMOS」のマーク・レナード研究員は「複数の政府機関とビジネスが共同して、肯定的なアイデンティティーを発信することができれば、英国の経済に大きな利益をもたらすことになる」と提言する。当時、イギリスは香港の返還や、ダイアナ妃の死去など、国のブランドイメージが低下する事件が相次いでいた時期だ。首相に就任したブレアは、さっそくレナードの考え方を取り入れ、「クール・ブリタニア」をキャッチフレーズとする国家ブランディング戦略を展開していくことになる。  こうして当初は一時的なブームに過ぎなかった「クール・ブリタニア」がクリエイティブ産業振興政策へと発展していったわけである。この政策は、主として外務・英連邦省が所管するパブリック・ディプロマシー政策、文化・メディア・スポーツ省と貿易産業省によるクリエイティブ産業輸出政策、文化・メディア・スポーツ省が所管する、クリエイティブ産業振興政策の三本柱で行われた。  しかし、この政策は思ったほど成果を挙げることができなかった。  その理由は、イギリスを取り巻く内政と外政の両方が大きく変化したことにある。99年にはスコットランドとウェールズで独自の議会が設置される。さらに2001年の911以降、イギリスを含めて欧米諸国は、自らの文化に否定的な勢力が存在していることを痛感する。つまり、先進諸国が総じて世界は多文化主義的であることを認めざるを得ず、多様性を重視する志向へと変化した。これによって「要は、イギリスだけがカッコイイとは言えなくなった」のだと、大下氏は指摘する。  さて、こうした一連の流れを聞いた上で重要なのが、なぜイギリスが(あるいはブレア政権が)、クリエイティブ産業振興策を打ち出すに至ったかである。大下氏は、イギリスが文化産業に注目した理由を、「美しいストーリーではなく、産業構造が劇的に変化したため」だと指摘する。具体的には、製造業が海外に流出したことだ。ひとつの産業セクターが失われれば、当然、その分の雇用を確保しなければならなくなる。その方策として、「仮想フロンティア」としてのクリエイティブ産業が重視されたというわけだ。  この点から見ても、日本の「クールジャパン」に絡む政策は、イギリスの政策を反省点を踏まえながら後追いをしていると見てよいだろう。日本の政策がイギリスと異なる点は、政策で扱う産業の多様性だ。この政策で振興が目指されるのは文化産業だが、日本では、観光・食・住の要素までもが含まれる。つまり、イギリスに比べて幅広い産業に「日本ブランド」の要素をもたらすことができると言える。  その方法を示唆したのが、続いて講演した株式会社ちん里う本店のゾェルゲル・ニコラ氏だ(なんの会社かと思ったら、小田原にある梅干しの老舗だそうで「妻が社長です」と自己紹介)。ニコラ氏は、日本には「老舗」と呼ばれる店舗が山のように存在することを取り上げ、日本の製品の特徴を「物語のあるもの」だと指摘する。具体例として、ニコラ氏は甲州印伝の名刺入れを取り出し、「これは、もともとは鎧の部品だった。“あなたの鎧の一部になります”という物語を作ることもできるし、珍しいものを持っているに至った物語を伝えることもできるんです」と話す。さらに、熊本象眼や、狗張り子なども取り上げて日本の製品の持つ「物語」の豊富さを次々と指摘した。  日常生活において、衣服でも文房具でも、単に見てくれのよいものよりは伝統や開発に至るまでの物語があるもの、あるいは、フェラーリのように所有することに手間も金もかかるもののほうが「買ってよかった」という感覚を抱かせるはず。それは、世界共通なのではないかと考えた。 (取材・文=昼間たかし)

クールジャパンは成功するのか? 外国人にウケるのは商品の「物語」だった

R0031494.jpg  去る4月6日、秋葉原UDXにて「クールかどうかは外国人に聞け!~英国のクリエイティブ産業とクールブリタニア~」が、クールジャパン・イノベーション研究会主催で開催された。  この研究会の目的はずばり、自分たちで日本の文化や製品がカッコイイと言い合うだけの状況から一歩先に進んで、外国から「カッコイイね」と言われる部分を再発見しようというもの。昨年、経済産業省に設けられたクールジャパン室は、やはり日本の伝統工芸と外国ブランドのコラボ商品の開発の後押しを志向するなど、日本の文化や製品を自画自賛することからの脱却を図っている。官でも民でも立場は変わらず、従来の「クールジャパン」のもう一歩先に、進まなければならないと思っているわけだ。  最初に登壇した三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 芸術・文化政策センター センター長・太下義之氏は「《クール・ブリタニア》再考」と題して講演した。そもそもイギリスが「クール・ブリタニア」として注目されたきっかけは、「ニューズウィーク」が1996年11月号の巻頭特集「ロンドン式」で、「ロンドンが世界で最もCoolな首都である」と掲載したこと。そして、「Varity Fair」が97年3月号の「COOL BRITANIA London Swings! Again!」と題した特集記事で、「60年代半ばと同じように、イギリスの首都ロンドンは文化的な先駆者であり、藝術・ポップス・ファッション・食文化、そして映画等の分野において、新しくて若々しいアイコンに満ちている。政治家さえもがクールだ」と評したことに始まる。これに加えて、97年5月にはトニー・ブレアがイギリス首相に選出されたこともイギリスのイメージ転換を後押しした。就任当時ブレアは43歳、労働党出身にもかかわらず、それまでの労働党の出身者とは一線を画すファッショナブルなスタイルが注目を集めることとなった。  これに時期を併せるように、イギリスの独立系シンクタンク「DEMOS」のマーク・レナード研究員は「複数の政府機関とビジネスが共同して、肯定的なアイデンティティーを発信することができれば、英国の経済に大きな利益をもたらすことになる」と提言する。当時、イギリスは香港の返還や、ダイアナ妃の死去など、国のブランドイメージが低下する事件が相次いでいた時期だ。首相に就任したブレアは、さっそくレナードの考え方を取り入れ、「クール・ブリタニア」をキャッチフレーズとする国家ブランディング戦略を展開していくことになる。  こうして当初は一時的なブームに過ぎなかった「クール・ブリタニア」がクリエイティブ産業振興政策へと発展していったわけである。この政策は、主として外務・英連邦省が所管するパブリック・ディプロマシー政策、文化・メディア・スポーツ省と貿易産業省によるクリエイティブ産業輸出政策、文化・メディア・スポーツ省が所管する、クリエイティブ産業振興政策の三本柱で行われた。  しかし、この政策は思ったほど成果を挙げることができなかった。  その理由は、イギリスを取り巻く内政と外政の両方が大きく変化したことにある。99年にはスコットランドとウェールズで独自の議会が設置される。さらに2001年の911以降、イギリスを含めて欧米諸国は、自らの文化に否定的な勢力が存在していることを痛感する。つまり、先進諸国が総じて世界は多文化主義的であることを認めざるを得ず、多様性を重視する志向へと変化した。これによって「要は、イギリスだけがカッコイイとは言えなくなった」のだと、大下氏は指摘する。  さて、こうした一連の流れを聞いた上で重要なのが、なぜイギリスが(あるいはブレア政権が)、クリエイティブ産業振興策を打ち出すに至ったかである。大下氏は、イギリスが文化産業に注目した理由を、「美しいストーリーではなく、産業構造が劇的に変化したため」だと指摘する。具体的には、製造業が海外に流出したことだ。ひとつの産業セクターが失われれば、当然、その分の雇用を確保しなければならなくなる。その方策として、「仮想フロンティア」としてのクリエイティブ産業が重視されたというわけだ。  この点から見ても、日本の「クールジャパン」に絡む政策は、イギリスの政策を反省点を踏まえながら後追いをしていると見てよいだろう。日本の政策がイギリスと異なる点は、政策で扱う産業の多様性だ。この政策で振興が目指されるのは文化産業だが、日本では、観光・食・住の要素までもが含まれる。つまり、イギリスに比べて幅広い産業に「日本ブランド」の要素をもたらすことができると言える。  その方法を示唆したのが、続いて講演した株式会社ちん里う本店のゾェルゲル・ニコラ氏だ(なんの会社かと思ったら、小田原にある梅干しの老舗だそうで「妻が社長です」と自己紹介)。ニコラ氏は、日本には「老舗」と呼ばれる店舗が山のように存在することを取り上げ、日本の製品の特徴を「物語のあるもの」だと指摘する。具体例として、ニコラ氏は甲州印伝の名刺入れを取り出し、「これは、もともとは鎧の部品だった。“あなたの鎧の一部になります”という物語を作ることもできるし、珍しいものを持っているに至った物語を伝えることもできるんです」と話す。さらに、熊本象眼や、狗張り子なども取り上げて日本の製品の持つ「物語」の豊富さを次々と指摘した。  日常生活において、衣服でも文房具でも、単に見てくれのよいものよりは伝統や開発に至るまでの物語があるもの、あるいは、フェラーリのように所有することに手間も金もかかるもののほうが「買ってよかった」という感覚を抱かせるはず。それは、世界共通なのではないかと考えた。 (取材・文=昼間たかし)