「おいしい店が繁盛するとは限らない!」お手軽さだけじゃない、駅そばの奥深き世界

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JR宗谷本線・音威子府駅(北海道)「常盤軒」・かけそば
 早くて安い、日本の元祖ファーストフード・駅そば。そんな駅そばを愛し、通算1万杯以上を食している人物が、駅そば研究家の鈴木弘毅氏だ。『ご当地「駅そば」劇場』(交通新聞社新書)の著者としても知られる鈴木氏だが、彼がハマる駅そばの魅力とは一体なんなのか。本人に話を聞いた。 ――テレビや雑誌などで、“駅そば研究家”として活躍中の鈴木さんですが、そもそもどんなきっかけで駅そばに目覚めたんですか? 鈴木弘毅氏(以下、鈴木) 大学3年生の時に阪神大震災があり、ボランティア目的で関西を訪れた時に姫路駅の「えきそば」と出会い、そこから駅そばは地域によって見た目も味もまったく違うということを知ったんです。早さ・安さに加え、地域やお店ごとの特色がすごく表れるというところに魅力を感じまして。それと、一杯のそばの裏側にあるお店の人の努力と、その背景ですね。 ――「駅そば」の定義って何かあるんですか? 鈴木 あくまで僕の中での定義ですが、立地は駅構内のほか、駅の外でも駅の利用者がついでに寄れる範囲。一応、徒歩5分と決めているんですが、可能な限り、拡大解釈しています。そのほうがサンプルが多く採れて研究に役立ちますから。価格はたぬきそば400円が目安、メニューはそばを主力としているお店ですね。 ――これまでに全国約1,700軒に足を運ばれたそうですが、お店に入ったらどういうところをチェックするんですか?
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ノートは全部で21冊!
鈴木 味・ボリューム・値段・衛生面・サービス・その他の6項目を、それぞれ5段階で評価しています。「その他」は付加価値で、基本的にはゼロ点なんですが、5点以上付けることもあります。地方ではその土地の名物をチョイスすることが多いですが、都内で初めて入るお店は、ほぼ100%たぬきそばを頼みます。僕の中では、一番その店の実力がわかるメニューなんです。天ぷらそばだと油が乗りすぎて汁本来の味がわからなくなってしまいますし、かけそばだと物足りない。きつねそばは、きつねの甘い煮汁で味が劇的に変わってしまうんです。 ――ノートを拝見する限り、評価は厳しめのようですね。これまでの研究の結果導き出された、おいしい駅そばの条件って何かあるんですか? 鈴木 うーん、これは非常に難しいんですが、あえて言うならバランスでしょうか。人によると思いますが、駅そばって、麺だけおいしくてもダメなんですよ。麺がおいしいのに汁が化学調味料丸出しだと、バランスが悪くて逆にマイナスになってしまうんです。どちらかというと、麺も汁もそこそこだけどすごく合っている、というほうがおいしいんです。一番の理想は平均点がある程度高くて、何かひとつが秀でているということ。価格が価格なだけに、すべてを満点にするのは難しいんですよ。 ――トッピングに向いているもの、向いていないものってあるんですか? 鈴木 揚げ物や練り物は間違いないですね。あとは、肉や魚。鍋料理に入るようなものって、だいたいなんでも合うんですよ。向いていないものはあんまり出会ったことはないんですが、以前、宇都宮駅で販売していた焼き餃子がのった駅そばはひどかったですね。ちょうど、ご当地モノが全国的に広がっていった時期で、軽い気持ちで乗っけてみたんでしょうけど……。逆に一見ゲテモノで、これは合わないだとろうと思って食べたらおいしかったのは、大阪で食べたたこ焼きそばですね。紅ショウガの風味がよく合っておいしかったですよ。
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JR常磐線・我孫子駅(千葉県)「弥生軒」・唐揚げそば(2個入り)
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JR山陽本線・姫路駅(兵庫県)「えきそば」・えきそばてんぷら
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JR東北本線・仙台駅(宮城県)「萩」・萩のそば
――意外! 鈴木さんは著書の中でも「駅そばは日本の縮図だ」という名言を残されていますが、日本全国、驚くほどいろいろな駅そばがあるんですね。 鈴木 駅そばには、ご当地的な個性と、アイデア的な個性の2つがあるんです。地域性が出てきたのは、ここ最近だと思います。この業界は協会みたいなものがないので、横のつながりってあんまりないんですよ。たぶん平成に入ってから、どこかがご当地的なものを出したら当たって、じゃあうちもやってみるか、という感じで広がっていったんじゃないでしょうか。先日、東急の「しぶそば」の方たちとお会いする機会があったんですが、近隣の電鉄系の駅そばの動向をすごく意識されてましたね。ここ数年は各社、夏場の冷たい麺に力を入れていて、アイデア合戦が繰り広げられていますよ。 ――駅そば業界といえば、JR東日本グループの、日本レストランエンタプライズ(NRE)の参入の影響がすごく大きかったとか。 鈴木 NREが参入する20年くらい前までは、首都圏のJR駅には地域ごとや路線ごとに異なる駅そば業者が店舗を構えていて、チェーン店の中にも地域性を感じることができたんです。しかしNREを中心とした駅そばの統廃合が進み、平成10年頃にはNREが運営する「あじさい茶屋」が首都圏の駅そばの代名詞であるかのような事態になってしまった。それがおいしければまだよかったんですが、魂が入っていない、うわべだけの味だったんです。ほかの飲食店のチェーンでは他店と味が違うとクレームがきますが、駅そばはその逆で、「味が同じだ!」って客からクレームがくるんですよ(笑)。そのクレームの影響かどうかは定かではありませんが、平成15年頃からNREも画一的な店舗営業から方向転換し、エリアごとや駅ごとに店名を変え、オリジナルメニューの開発に着手していったんです。 ――それは一大事件でしたね。ちなみに、繁盛しているお店に共通点ってあるんですか? 鈴木 駅そばは、おいしい店が繁盛するとは限らないんですよ。これは日暮里にある「一由そば」のご主人からいただいたお言葉なんですが。このお店は24時間営業で麺はゆで麺、汁はどす黒い、いわゆるジャンクフード的なもの。立地も悪いんですが、なぜか夜中に行っても繁盛しているんですよ。おそらく、ご主人の人柄が人気の秘訣ではないかと。とくに常連さんには、すごく親しげに接客しているんです。繁盛していないお店のオーナーさんが相談にきたりするらしいですよ。 ――駅そばは、お店の人の人柄だと。
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JR福塩線・備後矢野駅(広島県)「矢野駅売店」・福縁阡そば
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JR長崎本線・新鳥栖駅(佐賀県)「中央軒」・親子そば
鈴木 そうですね。そういう意味では、都内より地方のほうが心が入っている気がします。都内では汁を注ぐにも冷水機みたいなものを使っているお店もありますし、麺の湯切りを機械でやっているお店も増えている。どんどん無機質になってきているんですね。僕は駅そばにノスタルジーを求める部分もあるので、竹製の湯切りを使っていたりすると「おー、ここは!」と思ってしまいますね。 ――そんな鈴木さんが、駅そばをプロデュースするとしたら? 鈴木鈴木のは山形の「だし」なんですが、あれは絶対、冷たいそばには合うと思うんですよ。あとはコンビーフの天ぷら。固まりのままでもいいし、生地に混ぜちゃってもいいかなと。それから甘辛味噌は間違いない。実際に家でもよくやるんですが、ゆずこしょうみたいに、かけそばの上にちょろっとのっけるとおいしいんですよ。 ――ぜひ食べてみたいですね。では最後に、駅そば研究家としての今後の活動について教えてください。 鈴木 全国各地だいたい行っているんですが、究極は全店全メニュー制覇ですね。一度行ったお店でもメニューは20種類くらいありますし、閉店~開店のサイクルが早くなって、新しいお店もどんどんできている。昨年、九州新幹線が開通しましたが、あのへんはまだ行けてないですし、北陸新幹線も開通するから、そちらにも行かないと……。終わりなき旅ですね(笑)。 IMG_8505.JPG ●すずき・ひろき 昭和48年、埼玉県生まれ。中央大学文学部卒業。学生時代に旅に目覚め、独自の旅のスタイルを模索しつつ、雑誌などに情報を寄稿する。現在は駅そば・道の駅・スーパー・温泉など、旅から派生するさまざまなジャンルを追究する“旅のスピンオフ・ライター”として活動。著書に『ご当地「駅そば」劇場』(交通新聞社新書)がある。 全国駅そば選手権<http://ashraf.web.fc2.com/

感涙必死! 家族と動物園の再生を描いたヒューマンドラマ『幸せへのキセキ』

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(c)2011 Twentieth Century Fox
 今週紹介する2本は、いずれも実話が映画化されたヒューマンドラマ。過酷な現実に直面した主人公が、家族と仲間に支えられながら夢の実現を目指す姿が胸を打つ、感涙必至のオススメ作だ。  6月9日に封切られる『ソウル・サーファー』は、ハワイ出身の女性サーファー、ベサニー・ハミルトンの実体験に基づく衝撃と感動のストーリー。13歳の少女ベサニーはプロサーファーになるのが夢で、地方大会で優勝しスポンサーも獲得するなど前途洋々。だがある日、海でサメに襲われ左腕を失ってしまう。片腕での生活、自宅に押し寄せるマスコミ取材陣など環境の変化に戸惑うベサニーだったが、意を決してサーフィンを再開。家族に支えられながら特訓し、再びプロを目指して大会に出場する。  主演は『チャーリーとチョコレート工場』(2005)、『ウィッチマウンテン 地図から消された山』(09)のアナソフィア・ロブ。希望に満ちキラキラ輝く表情から、事故後の苦悩、再起に賭ける強い意志まで、繊細かつ豊かに表現した。幼い頃から体操やダンス、スノーボードに親しむスポーツ少女で、主演が決まってからサーフィンを猛特訓して約1カ月でマスター。もちろん、高度なスキルが必要なシーンではスタントが使われているが、その一部をベサニー本人が演じている点も興味深い。ショーン・マクナマラ監督は、ヘレン・ハント、デニス・クエイドらが扮する家族がベサニーを誠心誠意サポートする姿を丁寧に描き出す。美しいハワイの海、サーフィンの爽快感など見どころも多いが、「人生における挫折や喪失からどう立ち直るか」という普遍的なテーマが語られるからこそ、広く共感を呼ぶのだろう。  一方、6月8日公開の『幸せへのキセキ』は、休園状態の動物園を買い取ったジャーナリスト、ベンジャミン・ミーの回顧録を映画化した作品。半年前に妻を亡くし、悲しみが癒えないベンジャミン(マット・デイモン)は、コラムニストの仕事を辞め、妻との思い出が詰まった町を離れようと決意。14歳の息子ディランと7歳の娘ロージーを連れて郊外をまわり、理想的な邸宅を見つけるが、隣接する閉鎖中の動物園を再建することが購入条件に付くワケあり物件だった。心を閉ざすディランや会計士の兄の反対を押し切って引っ越し、ボランティア同然で動物たちを世話してきた飼育員チームとともに、園の再オープンに向けて準備を始めたベンジャミンだったが……。  飼育員のリーダー格ケリーに扮するスカーレット・ヨハンソン、その従姉妹リリー役のエル・ファニングをはじめ、再建を目指す個性豊かな仲間たちが実に魅力的。彼らや動物たちと触れ合うことで、崩壊しかけていた家族が絆を取り戻す過程を、『あの頃ペニー・レインと』(00)、『バニラ・スカイ』(01)のキャメロン・クロウ監督が優しく描き出す。音楽誌ライター出身の同監督らしく、シガー・ロスのヨンシーが書き下ろした新曲や同バンドの名曲「Hoppipolla」など、抜群の選曲センスで感動を盛り上げる。動物園再建と家族再生のドラマに平行して語られる、ベンジャミンとケリー、ディランとリリーという2組の恋の行方も気になるところ。印象的な台詞の余韻がじわりと胸に染みる、後味さわやかな好作品だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ソウル・サーファー』作品情報 <http://eiga.com/movie/56283/> 『幸せへのキセキ』作品情報 <http://eiga.com/movie/57473/>

もはや“声優アイドルフェス”!? アニソン重鎮不在の「アニサマ2012」に不安の声

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「Animelo Summer Live 」公式サイトより
 アニメソングファンの真夏の恒例イベント「Animelo Summer Live」(アニサマ)が、今年も「Animelo Summer Live 2012 -INFINITY∞-」と題して8月25日、26日の2日間にわたってさいたまスーパーアリーナで開催される。  2005年に代々木体育館にて開催された「Animelo Summer Live 2005 -THE BRIDGE-」を皮切りに、毎年動員人数を増やし続け、08年より現在のさいたまスーパーアリーナで開催。今年も2日間にわたって5万人以上の動員が予想されている。  そんな日本のアニメ文化の盛り上がりを象徴するアニサマだが、今年の出演アーティスト・ラインナップに対して、ファンから不安視する声が上がっている。  それは、まずアニサマに初回から参加し続けたJAM Projectと水樹奈々が、今年は不参加であるためだ。  JAM Projectといえば、『ドラゴンボールZ』主題歌を歌った影山ヒロノブ、『ONE PIECE』主題歌を歌ったきただにひろしなど、アニソン界の大御所が集ったボーカルユニット。二人以外にも、遠藤正明、奥井雅美、福山芳樹といった80年代から90年代にかけて多くのアニソンを歌ってきた、いわば「古き良き正統派アニソン歌手」の系譜にある存在である。  一方の水樹は、3年連続紅白歌合戦への出場を達成した、人気・実力ともに声優界の歌姫と呼べる存在である。毎回アニサマのトリを務め、いわばアニソン界のアイコン的存在である彼らが今年は不参加ということで、「一体誰が今年のアニサマのラストを務めるのか」という声がオンライン、オフライン問わずファンの間で話題となっている。  両者以上に老若男女問わず支持されるアニソン歌手はいないと言っても過言ではない。そんな彼らがいない今年のアニサマは、不完全燃焼に終わってしまうのでは……ファンが不安がるのも無理はない。  もう一点、出演アーティストの過半数が声優である、という点においても疑問の声が上がっている。  声優がCDをリリースし、ライブを行うというスタイルがかつてないほど定着した昨今、彼らが出演するアニメの主題歌を歌う機会も非常に増えてきたことから、「声優ソング」と「アニソン」が同列に語られることも珍しくなくなってきたが、やはり「プロのアニソン歌手と、歌うことが本業ではない声優の歌を一緒にはできない」と主張するファンがいるのも事実である。  とはいえ、声優がさながらアイドルのようにメディアに取り上げられる現在のアニメシーンにおいて、ストイックなアニソン歌手が駆逐され声優がシーンを席巻するのは無理からぬこと。この流れは、90年代後半から現在に至るまで続く「アイドルがドラマに出演し、その主題歌を歌う」という日本のドラマと音楽業界の関係によく似ていると感じるのは筆者だけだろうか。  さらに言えば、昨年よりとりわけ顕著になってきた、アイドル声優ユニットの出演数増加が、よりファンを不安にさせているのだろう。アイドル声優を売るためにユニットを結成し、アニソンという体で楽曲を売る。つまり、アニメのために作られた主題歌を歌う、というファンがもっとも重要視する大前提が、「アニサマ」というアニソンの祭典においても崩壊し始めている、という疑念が今年のラインナップに対する不安として現れているのではないだろうか。  しかし、「歌は世につれ」とはよく言ったもので、時代や世相が変わればはやる歌も変わる。音楽の消費のされ方も移り変わっていくものであり、アニサマの変革も時代の変化を受け入れ、イベントの新陳代謝を図っていく上で必要だったのだろう。そういう意味では、今後のアニソンのトレンドを読みとる上で、今年の「Animelo Summer Live 2012 -INFINITY∞-」は非常に重要なイベントとなるはずである。 (文=龍崎珠樹) ■バックナンバー 【第12回】「期待外れ?」「これぞ京アニ?」 賛否両論『氷菓』の本当の見どころ 【第11回】「燃え上がれ、俺の小宇宙よ!」前作ファンもニヤリ『聖闘士星矢Ω』 【第10回】「見たかったのはコレジャナイ!?」声優アイドルアニメ『夏色キセキ』に早くも黄色信号 【第9回】大コケの『機動戦士ガンダムAGE』を徹底検証! 求められる新たな「ガンダム像」とは? 【第8回】アニメ業界の新トレンド!? “分割2クール作品”急増の裏事情 【第7回】ついに世代交代!? 若手アイドル声優が続々歌手デビュー 【第6回】AKB48 vs 声優アイドルユニット アニメ界もついにアイドル戦国時代突入か!? 【第5回】一流アニメファンなら女児向け作品もチェックせよ!? 『スマイルプリキュア!』 【第4回】過激なピンク描写が男子の下半身を直撃!『アマガミSS+ plus』 【第3回】今クール話題の学園モノを徹底分析!『男子高校生の日常』『Another』 【第2回】ロボット好き必見! 洗練されたメカたちが大活躍『輪廻のラグランジェ』 【第1回】水樹奈々が歌いながらバトル!? 「戦うヒロイン」アニメに大注目!

日本人が「ユダヤ資本」や「フリーメイソン」が絡む“陰謀論”にハマり始めたワケ

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著者の辻隆太朗氏。
 書店の一角やネット上の掲示板などを覗いてみると、「東日本大震災は地震兵器による日本への攻撃だ」「世界はユダヤ資本に牛耳られている」などといった陰謀的言説が溢れている。陰謀論に興味がない人でも、ユダヤ資本やフリーメイソンによる陰謀を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。  そんな、これまで人々が受け入れてきた陰謀論の実例を取り上げ、なぜ人々は陰謀論を求めるのかについて考察したのが『世界の陰謀論を読み解く ユダヤ・フリーメイソン・イルミナティ』(講談社)だ。  今回、本書の著者で、北海道大学大学院で宗教学を專門にしている辻隆太朗氏に、日本でも広く知られているユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論について話を聞いた。 ――辻さんは現在、大学院で宗教学を研究されています。その延長線上に陰謀論というテーマがあり、本書を書かれたのでしょうか? 辻隆太朗氏(以下、辻) 大学の学部の卒論では、オウム真理教のサリン事件について関心を持ち、大学院修士課程の修論ではオウムだけでなく、マインドコントロールやカルトの入信動向について書きました。具体的には、一般的に言われているような「マインドコントロールで洗脳され、騙されて新宗教に入信している」というのが、どこまで妥当なのかということを考察しました。要するに、社会的に異端とされていたり、社会と軋轢を生じている考え方を社会がどう扱うのかということに関心があったんです。また、なぜそうした考え方が一部の人々にとって魅力的であるのかということに関心があり、社会的に異端とされている考え方のひとつのサンプルとして、今回は陰謀論に焦点を当てました。 ――一般的な日本人からすると、ユダヤ人やユダヤ資本、フリーメイソンは、現実社会では身近な存在ではありません。にもかかわらず、それらが関わる陰謀論は、日本でもよく見受けられます。そこで、とくにユダヤやフリーメイソンに関して伺いたいのですが、まず、ユダヤ資本の代表格のようによく扱われるロスチャイルド(ユダヤ系の一族であり、現在も金融業を営んでいる)やロックフェラー(アメリカの三大財閥のひとつ)は、実際にはユダヤ系なのですか?  ロスチャイルドは、ユダヤ人なのでユダヤ資本と言って差し支えないと思います。しかし調べている限りでは、ロックフェラーはユダヤ系ではないです。宗教的にもユダヤ教ではないですし、過去をさかのぼっても、知られている限りではユダヤ系ではないです。ただ、ユダヤ人は歴史的にいろいろな民族と混血をしていますので、どこかでユダヤ人の血が入っている可能性もあります。しかし、それを言いだしたら誰でもユダヤ人になる可能性はありますね。 ――ユダヤ資本やフリーメイソンに関する陰謀論の特色はありますか?  世の中にはいろいろな陰謀論的な主張がありますが、ユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論に関心を示す人は、「世界全体が、ユダヤやフリーメイソンに動かされている」と主張する特色があります。例えば、「アポロは本当は月へ行っていない」「エイズはアメリカがつくった殺人兵器」といった陰謀のように、ひとつの出来事に対する疑問や不信感ではなく、世界全体の動きに対して、不信感や納得できないという感覚があり、それを陰謀に結びつけて見るという特色があります。 ――そうした特色が生んだものに、新世界秩序というものがあります。新世界秩序とは「あらゆる出来事・集団・領域に陰謀の存在を見いだし、それらすべてが統一世界政府の樹立といった目標のもと、統一された陰謀のネットワークを形成していると見なす」というものですが、このような陰謀論を受け入れる要因とはどんなものでしょうか?  人が陰謀論を受け入れる要因は2つあると思います。ひとつは時代や地域を問わず、普遍的な人間の心理的傾向や実存的欲求、人間の本性のようなものがあります。もうひとつは、それぞれの地域や社会の時代的条件が生んだ特有なものがあるということです。ひとつ目の、普遍的な人間の心理というのは、世の中に起こる事象について、「本当の真実を知りたい」という気持ちや「自分の人生や社会、世界に対して何か意味があるはずだ、それを知りたい」というものです。「社会や世界がこうであることに意味なんてない。すべては偶然の出来事だ」と考えるよりは、社会や世界には明確な意味があり、現在の社会はこうなっていると考えるほうがわかりやすいからではないでしょうか。 ――そのような特色や要因を背景として、日本でユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論が受け入れられるのはなぜでしょうか?  本書では、なぜ日本でユダヤやフリーメイソンが広まったのかということについてはあまり手をつけられませんでした。ですから、ハッキリと分析はできていません。しかし、考えられることとして、まず第一にヨーロッパで発展してきた陰謀論の基本的なフォーマットがあります。日本で、ユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論を主張する人は、そのフォーマットに乗って主張をします。 ――そのフォーマットというのは?  代表的なのが『シオン賢者の議定書』という文書です。この文書は「ユダヤ地下政府の会議で語られた世界支配計画が流出したもの」とされています。詳しい内容については割愛しますが、ユダヤ人が世界を征服することや、そのために娯楽による愚民政策を行うことが記されています。この文書は、19世紀末のパリでロシアの秘密警察によって作成された偽書であることが明らかにされていますが、さまざまな陰謀論の主張に影響を与えています。例えば、中国共産党による対日謀略文書『日本解放第二期工作要網』や、ロンドンのタビィストック研究所で作成された「影の政府」による人類奴隷化の計画書『静かなる戦争のための沈黙の兵器』などです。この『シオン賢者の議定書』を元にした文書のフォーマットの中心には、ユダヤやフリーメイソンが必ずいます。しかし、日本人がユダヤやフリーメイソンを知らなかったら、誰もその主張を信じません。日本にユダヤやフリーメイソンに関するイメージがある程度流布しているからこそ、受け入れられるわけです。 ――いつ頃から、日本にもユダヤやフリーメイソンのイメージが流入してきたのでしょうか?  歴史的に見ると、1918年の日本軍のシベリア出兵の際に、反革命派のロシア人経由で『シオン賢者の議定書』が日本へ入ってきました。その当時の日本は全体主義の枠組みでした。西洋で陰謀論がはやったのと同じ土俵だったわけです。つまり、民主主義や自由主義に対する警戒心が強かったのです。そのような背景の中、日本の知識人にも、ある程度ユダヤやフリーメイソンという言葉が広がったと考えられます。日本の陰謀論のフォーマットも、欧米から借りてきたものです。日本の知的な枠組みは欧米依存ですし、さらに西洋に対するコンプレックスもあります。この欧米依存と西洋コンプレックスという対立があるため、日本の陰謀論は「日本対西洋」という構図になりがちです。 ――ヨーロッパの陰謀論とは違うということでしょうか?  ヨーロッパの陰謀論では、ヨーロッパ社会の中で、ユダヤやフリーメイソンが国の中から侵食し、自分たちを裏切り、動いているとなります。しかし、日本の陰謀論では、古き良き日本の伝統や精神主義が西洋の物質主義に侵され、日本の独立が西洋に攻撃されているとなる。そして、日本を攻撃してくる西洋の黒幕として、ユダヤやフリーメイソンが存在するという話になります。 ――日本でも、ベンジャミン・フルフォードさんなどが陰謀論的な著作を書いていますが、どう読まれていますか?  日本で出版されている陰謀論的な本は、資料として読んでいます。しかし、どれも内容に変わりはありません。基本的には同じフォーマットで、取り上げている陰謀の証拠も、これまでの陰謀論者が取り上げている話や証拠と同じようなものしか出てきません。根拠として参照している話も、陰謀論者の中で出回っている話の孫引きにすぎない。参照している原典にも当たっていないと思います。 ――最後に、陰謀論とはなんでしょうか?  陰謀論とは、複雑で曖昧な世界をすっきりわかった気になれる便利な解釈の枠組みだと思います。つまり、世界をどう考えるか、どう解釈するのかという思考の枠組みのひとつです。世界全体を解釈するための世界観という意味においては、宗教やイデオロギーに近い部分があると思う。しかし、宗教やイデオロギーとまったく一緒というわけではない。そこのグラデーションについては、現在も考えているところです。 (構成=本多カツヒロ) ●つじ・りゅうたろう 1978年生まれ。北海道大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科博士後期課程在学中。修士(文学)。專門は宗教学。共著書に『よくわかる宗教社会学』(ミネルヴァ書房)、『面白いほどよくわかるキリスト教』(日本文芸社)、『情報時代のオウム真理教』(春秋社)がある。

直木賞候補作家の最新刊 天涯孤独の男女を描いた『起終点駅 ターミナル』

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『起終点駅 ターミナル』(小学館)
 ここ最近、孤独死および孤立死が問題となっている。2012年1月、札幌で起こった40代姉妹孤立死事件を皮切りに、立川市、さいたま市などでも孤独死・孤立死が相次ぎ、各メディアで大きく報じられた。生涯未婚率の上昇、出産率の低下、地域共同体の崩壊――無縁社会の末に待っているのは、上記のような悲しい知らせだ。  しかし、「孤独=不幸」と簡単に図式化してしまってよいものだろうか。『起終点駅 ターミナル』(小学館)は、02年にオール讀物新人賞を受賞し、11年下半期の直木賞候補となった新進気鋭の作家・桜木紫乃氏が、新たに上梓した短編集だ。妻子と別れ、30年間独り暮らしを続けている弁護士と、被告人女性の交流を描いた表題作「起終点駅 ターミナル」を含め、全6編が収録されている。6編に共通するテーマは「無縁」「孤独」と「北海道」という地域性。行くあてのない人たちの寂しさが、広く寒々とした北海道の風景とマッチして、深い感傷に誘われる。  第5話「たたかいにやぶれて咲けよ」は、第2話「海鳥の行方」の主人公で、若手新聞記者の山岸里和が、老人ホームで死去した女流歌人・中田ミツを取材し、彼女の晩年を追っていくという物語だ。タイトル「たたかいにやぶれて咲けよ」は中田ミツの詠んだ短歌の上の句で、たたかいは恋愛の意。取材の結果、中田ミツが近藤悟という小説家志望の若い男一緒に暮らし、自身の財産を相続させたという話を聞きつける。恋多き歌人として有名だった中田ミツの最後の恋なのか。近藤はミツとの生活を静かに語り出した……。 「リツさんと僕はふたりだけれどひとりだった。ひとりだけれどふたりだった」(本文より)  ジェンダーや女性の職業問題などを随所に織り込みながら、自立した女性の力強さや清々しさを感じさせる作品だ。  6編の主人公たちは皆、一人でありながら、一人の生活を肯定して生きている。『起終点駅 ターミナル』を読めばきっと、ミツや里和のように、前を向いて歩んでいく勇気をもらえることだろう。 (文=平野遼) ・さくらぎ・しの 1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、初の単行本『氷平線』が新聞書評等で絶賛される。12年『LOVE LESS(ラブレス)』で第146回直木賞候補。ほかの著書に『風葬』(文藝春秋)、『凍原』(小学館)、『硝子の葦』(新潮社)『恋肌』『ワン・モア』(ともに角川書店)など。

直木賞候補作家の最新刊 天涯孤独の男女を描いた『起終点駅 ターミナル』

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『起終点駅 ターミナル』(小学館)
 ここ最近、孤独死および孤立死が問題となっている。2012年1月、札幌で起こった40代姉妹孤立死事件を皮切りに、立川市、さいたま市などでも孤独死・孤立死が相次ぎ、各メディアで大きく報じられた。生涯未婚率の上昇、出産率の低下、地域共同体の崩壊――無縁社会の末に待っているのは、上記のような悲しい知らせだ。  しかし、「孤独=不幸」と簡単に図式化してしまってよいものだろうか。『起終点駅 ターミナル』(小学館)は、02年にオール讀物新人賞を受賞し、11年下半期の直木賞候補となった新進気鋭の作家・桜木紫乃氏が、新たに上梓した短編集だ。妻子と別れ、30年間独り暮らしを続けている弁護士と、被告人女性の交流を描いた表題作「起終点駅 ターミナル」を含め、全6編が収録されている。6編に共通するテーマは「無縁」「孤独」と「北海道」という地域性。行くあてのない人たちの寂しさが、広く寒々とした北海道の風景とマッチして、深い感傷に誘われる。  第5話「たたかいにやぶれて咲けよ」は、第2話「海鳥の行方」の主人公で、若手新聞記者の山岸里和が、老人ホームで死去した女流歌人・中田ミツを取材し、彼女の晩年を追っていくという物語だ。タイトル「たたかいにやぶれて咲けよ」は中田ミツの詠んだ短歌の上の句で、たたかいは恋愛の意。取材の結果、中田ミツが近藤悟という小説家志望の若い男一緒に暮らし、自身の財産を相続させたという話を聞きつける。恋多き歌人として有名だった中田ミツの最後の恋なのか。近藤はミツとの生活を静かに語り出した……。 「リツさんと僕はふたりだけれどひとりだった。ひとりだけれどふたりだった」(本文より)  ジェンダーや女性の職業問題などを随所に織り込みながら、自立した女性の力強さや清々しさを感じさせる作品だ。  6編の主人公たちは皆、一人でありながら、一人の生活を肯定して生きている。『起終点駅 ターミナル』を読めばきっと、ミツや里和のように、前を向いて歩んでいく勇気をもらえることだろう。 (文=平野遼) ・さくらぎ・しの 1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、初の単行本『氷平線』が新聞書評等で絶賛される。12年『LOVE LESS(ラブレス)』で第146回直木賞候補。ほかの著書に『風葬』(文藝春秋)、『凍原』(小学館)、『硝子の葦』(新潮社)『恋肌』『ワン・モア』(ともに角川書店)など。

「年寄りをナメるな!」老人ホームで聞こえた、人々の生活史『驚きの介護民俗学』

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『驚きの介護民俗学』(医学書院)
 老人は何度も同じ話をする。例えば、うちの祖父がそうだ。  今年90歳になる祖父は、認知症こそ始まっていないものの、会うと毎回同じ話を繰り返す。例えば、戦後すぐの話。祖父は闇市で飴の販売をしたり、コメや農作物と物々交換をしてもらい生計を立てていた。 「伊東でイカを仕入れて、長野まで夜行で持って行ったんだよ。おい、どうなったと思う?」 「さあ……」 「腐っちゃってたんだよ」 祖父、爆笑。 こちらはうつむきながら調子を合わせて、とりあえず笑っているような雰囲気を作る。100回近く聞かされたこの話が面白いわけがない。だが、こちらの考えなどお構いなしに、おそらく祖父は死ぬまで僕に向かってこの話をしていることだろう……。  大学教授として学生たちに民俗学を教える立場から突然、介護の現場に飛び込んだ民俗学者・六車由実は「介護民俗学」という概念を提唱している。老人ホームで、認知症の老人たちの生活史に熱心に耳を傾けることによって生み出されたこの新しい視点。その成果が『驚きの介護民俗学』(医学書院)として一冊の本にまとめられた。  九州電力の子会社で働いていた山口昇さんは、発電所から村々を結ぶ電線を設置する仕事に従事していた。10日間村に滞在し、電線の設置が終わればまた別の村へと移動する。また、カイコの雄雌を見抜く「鑑別嬢」という仕事をしていたのは杉本タミさん。若い女性たちがグループを組み、あちこちの村に派遣され、村人と触れ合いながらカイコの鑑定を行う。現代では失われ、思い出されることもない彼らの暮らしぶり。六車は、民俗学者・宮本常一の言葉を引用しながら「忘れられた日本人」と彼らの半生を形容する。  また、高齢者のトイレ介助も老人ホームの仕事。普通なら嫌がられるだけの仕事だが、六車はそこにもまた面白さを見出してしまう。慣れない水洗トイレに拒否感を示してしまう入所者たち。「トイレに行きましょう」と声をかけてもなんの反応もしないのに、「お手洗い」「便所」「雪隠」などと言い換えればとたんに理解できる認知症の老人。畑仕事をしていた昔の記憶を思い出したのか、しばしば男性用トイレで立ちションをしてしまう女性……。  生活の歴史をつぶさに聞きだす民俗学のフィールドワーク現場として、老人ホームほど適した場所はない。だが、相手は認知症を患っている老人。認知症の診断を受けていないわが祖父の話し相手をするだけでもへとへとになってしまうのに、認知症老人相手にコミュニケーションなどとることができるのだろうか?  例えば夕方になると「帰りたい」と言い、徘徊をはじめるハルさん。「たそがれ症候群」といわれ、認知症高齢者によくある症例のひとつだ。 「私は家に帰ってご飯の支度をしなきゃいけないのよ。私が帰らなきゃ子どもたちがみんな困るじゃないの。だから私を家に帰してちょうだい」 「お母さんが病気で家に一人でいるの。だから帰らなきゃならないの」  もちろん、そんな事実はないのだから、彼女の言葉は「ボケ」の典型的な症例に過ぎない。しかし、六車はそんなハルさんの言葉から、徘徊する背景を「家族のために一生懸命働いてきたハルさんの生き方が垣間見える」と肯定する。認知症だからといって、決して老人たち本人にとっては支離滅裂な言葉をしゃべっているわけではない。記憶が混濁していても、彼らには彼らなりの必然性を持った言葉を話している。六車は、そんな老人たちの言葉に対して真摯に向き合う。  もちろん、人手不足が叫ばれ、過酷を究める介護の現場に、そんな誠意を持つ余裕はないという反論もある。六車も、仕事が変わり業務に忙殺されるようになると、とたんに彼らの話を聞く余裕を失ってしまった。だが、そんな状況でも「知りたい」という好奇心は勝手に動きまわるものだ。彼女は忙しさに流されず、そんな自分の欲求に素直になることで、「驚き」という感動を手にした。それは、思わぬ可能性も秘めていた。 「そこでは利用者は聞き手に知らない世界を教えてくれる師となる。日常的な介護の場面では常に介護される側、助けられる側、という受動的で劣位な『される側』にいる利用者が、ここでは話してあげる側、教えてあげる側という能動的で優位な『してあげる側』になる。(略)そうした介護者と被介護者との関係のダイナミズムはターミナル期を迎えた高齢者の生活をより豊かにするきっかけとなるのではないか」(本文より)  ともすると、僕らはすぐに老人を「弱者」とみなして、手厚く保護をしようとする。だが、現代っ子には窺い知れないほどに数多くの経験をしている彼らは、決してただの弱者ではないのだ。もちろん、老人たちの声に耳を澄ますことは、とても大変なことだ。だが、人間として尊敬を持ちながら真摯に彼らに接することで、介護は民俗学にとどまらない新たな発見の場にもなるだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●むぐるま・ゆみ 1970年生まれ。大阪大学大学院修了。文学博士。「神、人を喰う―人身御供の民俗学」で2003年サントリー学芸賞を受賞。東北芸術工科大学准教授を経て、現在郷里の静岡県で特養内ディサービスに介護職員として勤務。

「年寄りをナメるな!」老人ホームで聞こえた、人々の生活史『驚きの介護民俗学』

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『驚きの介護民俗学』(医学書院)
 老人は何度も同じ話をする。例えば、うちの祖父がそうだ。  今年90歳になる祖父は、認知症こそ始まっていないものの、会うと毎回同じ話を繰り返す。例えば、戦後すぐの話。祖父は闇市で飴の販売をしたり、コメや農作物と物々交換をしてもらい生計を立てていた。 「伊東でイカを仕入れて、長野まで夜行で持って行ったんだよ。おい、どうなったと思う?」 「さあ……」 「腐っちゃってたんだよ」 祖父、爆笑。 こちらはうつむきながら調子を合わせて、とりあえず笑っているような雰囲気を作る。100回近く聞かされたこの話が面白いわけがない。だが、こちらの考えなどお構いなしに、おそらく祖父は死ぬまで僕に向かってこの話をしていることだろう……。  大学教授として学生たちに民俗学を教える立場から突然、介護の現場に飛び込んだ民俗学者・六車由実は「介護民俗学」という概念を提唱している。老人ホームで、認知症の老人たちの生活史に熱心に耳を傾けることによって生み出されたこの新しい視点。その成果が『驚きの介護民俗学』(医学書院)として一冊の本にまとめられた。  九州電力の子会社で働いていた山口昇さんは、発電所から村々を結ぶ電線を設置する仕事に従事していた。10日間村に滞在し、電線の設置が終わればまた別の村へと移動する。また、カイコの雄雌を見抜く「鑑別嬢」という仕事をしていたのは杉本タミさん。若い女性たちがグループを組み、あちこちの村に派遣され、村人と触れ合いながらカイコの鑑定を行う。現代では失われ、思い出されることもない彼らの暮らしぶり。六車は、民俗学者・宮本常一の言葉を引用しながら「忘れられた日本人」と彼らの半生を形容する。  また、高齢者のトイレ介助も老人ホームの仕事。普通なら嫌がられるだけの仕事だが、六車はそこにもまた面白さを見出してしまう。慣れない水洗トイレに拒否感を示してしまう入所者たち。「トイレに行きましょう」と声をかけてもなんの反応もしないのに、「お手洗い」「便所」「雪隠」などと言い換えればとたんに理解できる認知症の老人。畑仕事をしていた昔の記憶を思い出したのか、しばしば男性用トイレで立ちションをしてしまう女性……。  生活の歴史をつぶさに聞きだす民俗学のフィールドワーク現場として、老人ホームほど適した場所はない。だが、相手は認知症を患っている老人。認知症の診断を受けていないわが祖父の話し相手をするだけでもへとへとになってしまうのに、認知症老人相手にコミュニケーションなどとることができるのだろうか?  例えば夕方になると「帰りたい」と言い、徘徊をはじめるハルさん。「たそがれ症候群」といわれ、認知症高齢者によくある症例のひとつだ。 「私は家に帰ってご飯の支度をしなきゃいけないのよ。私が帰らなきゃ子どもたちがみんな困るじゃないの。だから私を家に帰してちょうだい」 「お母さんが病気で家に一人でいるの。だから帰らなきゃならないの」  もちろん、そんな事実はないのだから、彼女の言葉は「ボケ」の典型的な症例に過ぎない。しかし、六車はそんなハルさんの言葉から、徘徊する背景を「家族のために一生懸命働いてきたハルさんの生き方が垣間見える」と肯定する。認知症だからといって、決して老人たち本人にとっては支離滅裂な言葉をしゃべっているわけではない。記憶が混濁していても、彼らには彼らなりの必然性を持った言葉を話している。六車は、そんな老人たちの言葉に対して真摯に向き合う。  もちろん、人手不足が叫ばれ、過酷を究める介護の現場に、そんな誠意を持つ余裕はないという反論もある。六車も、仕事が変わり業務に忙殺されるようになると、とたんに彼らの話を聞く余裕を失ってしまった。だが、そんな状況でも「知りたい」という好奇心は勝手に動きまわるものだ。彼女は忙しさに流されず、そんな自分の欲求に素直になることで、「驚き」という感動を手にした。それは、思わぬ可能性も秘めていた。 「そこでは利用者は聞き手に知らない世界を教えてくれる師となる。日常的な介護の場面では常に介護される側、助けられる側、という受動的で劣位な『される側』にいる利用者が、ここでは話してあげる側、教えてあげる側という能動的で優位な『してあげる側』になる。(略)そうした介護者と被介護者との関係のダイナミズムはターミナル期を迎えた高齢者の生活をより豊かにするきっかけとなるのではないか」(本文より)  ともすると、僕らはすぐに老人を「弱者」とみなして、手厚く保護をしようとする。だが、現代っ子には窺い知れないほどに数多くの経験をしている彼らは、決してただの弱者ではないのだ。もちろん、老人たちの声に耳を澄ますことは、とても大変なことだ。だが、人間として尊敬を持ちながら真摯に彼らに接することで、介護は民俗学にとどまらない新たな発見の場にもなるだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●むぐるま・ゆみ 1970年生まれ。大阪大学大学院修了。文学博士。「神、人を喰う―人身御供の民俗学」で2003年サントリー学芸賞を受賞。東北芸術工科大学准教授を経て、現在郷里の静岡県で特養内ディサービスに介護職員として勤務。

5月の風吹くお台場に超ディープな10代バンドが集結!? 「kids these days!」イベントレポート

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各バンドの演奏後には、トークセッションが。
写真左より、本イベント主催者のライター成松哲氏、
同じくライターの大山くまお氏、EMIミュージックの
加茂啓太郎氏、そして、佐賀県唐津市の女子校生バンド「Victory」の面々。
 去る5月12日、東京・お台場にある、ニフティが運営するイベントハウス「東京カルチャーカルチャー」にて「A kids these days! Night~(ほぼ)10代バンドがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!~」なるイベントが開催された。  同イベントは、「月刊サイゾー」でも活躍中のライター成松哲氏が、高校の軽音部バンドなど10代のインディー/アマチュアバンドへのインタビューを通して「いまどきの若者」の横顔に迫るというコンセプトで制作したインディーマガジン『kids these days!』vol.2の発行を記念したもの。要は、成松氏が『kids~』vol.1&2で取材したバンドから選りすぐった3組のライブ&公開インタビューをやってしまおうというわけだ。  インタビュアーを務めるのは、EMIミュージックの新人発掘セクションでチーフを務め、過去にウルフルズ、氣志團、ナンバーガール、相対性理論などを見出してきた加茂啓太郎氏と、ミュージシャンへのインタビュー実績も豊富なライター/編集者の大山くまお氏のお2人。  ではでは、四の五のいわず音を聴いてもらいましょうと、まずははるばる佐賀県からやってきた女子高生5人組バンド「Victory」がステージへ。メンバー全員が高校2年生(16~17歳)で、当たり前だが見るからに若い! しかも1曲目は、アニメ『キテレツ大百科』のエンディング曲「はじめてのチュウ」(のHi-STANDARDバージョン)のカバーなんて、反則だろ!  「東京で演奏するのが初めてで、すっごく楽しみにしていました」と九州なまりのMCも初々しく、計4曲プレイ。オリジナル曲も王道のガールズロックだ。思わず「青春ですな~」と目を細めてしまった。このVictoryは多くの大人がイメージするであろう「女子高生バンド」にドンピシャで、ある意味、戦略的というか、“見せ方”を心得ているバンドなのかと思いきや、本人たちは「そんなに考えてないです」という、天然のおっさんキラー。普段は地元のお祭りや盆踊りでプレイすることが多いというエピソードも、実に新鮮だった。  もちろん演奏も、全国の高校生バンドの祭典「ティーンズ ロック イン ひたちなか」で優勝したというだけあって、堂に入ったもの。加茂氏は「プロを目指すとして、アイドルっぽい見方をされてもいい?」と口説きにかかっていたほどだ。
 そんなVictoryが運んできた爽やかな青春の風に皆が甘酸っぱくなっている中、会場にアラーム音が鳴り響き、2番手の3ピース・ガールズバンド「ミケトロイズ」が登場。そして「ミケトロイズ、指令よ。この会場に火星人が忍び込んでいるから捕まえてきなさい」(要約)という電波なアナウンスとともに演奏スタート。  こちらはニューウェーブの香り漂うひねくれたインディーロックで、「80年代の女性パンクバンド、パパイヤパラノイアに近い」(加茂氏)、「ラウドだけど戸川純っぽい」(大山氏)といった感想が飛んでいた。このけったいな音楽性はどこから来たのか。ボーカル/ベースのなつみちゃんによれば「最初は普通の音楽だったんですけど、曲の通りに歌えなくて、コノヤロー、もういいや、ジャーン!」とのこと。ぜんぜん説明になってないけどカワイイから許す!  実は、彼女らの母校である東京都立第一商業高校(東京都渋谷区)の軽音部は、超スパルタで有名なのだ。あまりの厳しさに、ドラムのありかちゃんは「貧血になったり髪の毛が抜けたり……思い出すと手が震える」、ギターのちこちゃんも「アニメの『けいおん!』は好きだけど、見ててツラくなる。そんなんじゃ、うまくならないよ!」と、しっかりトラウマを植え付けられていた(このあたりの地獄の日々は『kids~』vol.1にたっぷり収録)。自由奔放でぶっ壊れたプレイスタイルは、ストイックすぎる軽音部生活への反抗から生まれたのだろうか?
 そして、トリを務めるのは「挫・人間」。ボーカル/ギターの下川諒くんが中学生のときに、現在“コンプガチャ問題”で揺れるモバゲーでメンバーを集め、結成(現代っ子!)。昨年はズボンズと「月巻ズボン人間」なるイベントを共催していた実力派だ。  サブカルをこじらせた非モテ男子がルサンチマンを吐き出して……なんて書くとひどく陳腐だが、そのエネルギーの放出量たるやすさまじく、この日最大の爆音で聴衆を圧倒した。加茂氏は「すごく面白かった。お金の臭いがまったくしない!」と絶賛(?)。また、大山氏が「70年代の『少年チャンピオン』に出てきそう」と評する下川くんのキャラがとにかく強烈。ライブ中は終始挙動不審で、 「金が、金が欲しいんですよ」 「弦が切れたのかおまえ!? いいじゃない、弦くらい」 「CDが売れないっていいますけどね、そこで売ってるんだから買ってくださいよ。ステッカー付きで、ステッカーがメインです」 「いとおかし!」  などと、つかみどころのないMCをしていたかと思えば、自分のファーストキスの相手だった実家の犬が死んでしまった話から、なにやらセンチメンタルな名曲「天国」へ雪崩れ込み、会場から拍手が沸き起こり……って、なんだそれ、ズルいよ!  そんな下川くんのキャラは天然なのか計算なのか、それはわからないが、場を支配してしまうという点において一流なのだなと感じたのでした。
 さて最後に、ここに登場した3バンドの音源は、彼/彼女ら自身のホームページやYouTubeで聴くことができるので、騙されたと思ってバンド名で検索して、実際の音に触れてみてほしい。そして、そんなティーンズバンドたちの自由でリアルな言葉を真空パックした『kids these days!』vol.1&2も、ぜひ手に取っていただきたい。「近ごろの若者は~」だの「最近の音楽はつまらない」だの言われるけれど、そんなことはなくて、世の中にはぶっ飛んだ若者と音楽がゴロゴロしていることがわかるはずだ。 ●情報 「kids these days!」販売情報は、ライター成松哲氏の公式ブログ<http://d.hatena.ne.jp/narima74/>にて。 ●Victory(ヴぃくとりー) 2007年、それまで小学校時代の教諭の指導のもと、楽器を練習していた佐賀県唐津市内の小学校の同級生が、唐津ジュニア音楽祭出場を機に結成。11年、「ティーンズロック イン ひたちなか2011」で文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞し、同年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2011」に出演。11年11月、3曲入りCD「虹」リリース。 <http://71.xmbs.jp/amsrm5/> ●ミケトロイズ 2007年、東京都立第一商業高校入学と同時に、同校軽音楽部にて結成。09年「あと9分寝かせて」で東京都高等学校軽音楽コンテスト準グランプリに輝く。10年3月の高校卒業後は新宿、下北沢のライブハウスを中心に活動を展開する。 <http://45.xmbs.jp/ca73/> ●挫・人間(ざ・にんげん) 2005年、ボーカル・下川諒とドラム・吉田拓磨を中心に熊本で結成。09年8月、「閃光ライオット09」決勝大会にて「土曜日の俺はちょっと違う」で特別審査員賞=夏未エレナ賞を受賞。10年4月、上京。ズボンズとイベント「月巻ズボン人間」を共催し、OKAMOTO'Sのアルバム『欲望』に下川が参加するなど、精力的に活動を展開。11年7月、アルバム『人類のすべて』リリース <http://zaningen.web.fc2.com/>

5月の風吹くお台場に超ディープな10代バンドが集結!? 「kids these days!」イベントレポート

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各バンドの演奏後には、トークセッションが。
写真左より、本イベント主催者のライター成松哲氏、
同じくライターの大山くまお氏、EMIミュージックの
加茂啓太郎氏、そして、佐賀県唐津市の女子校生バンド「Victory」の面々。
 去る5月12日、東京・お台場にある、ニフティが運営するイベントハウス「東京カルチャーカルチャー」にて「A kids these days! Night~(ほぼ)10代バンドがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!~」なるイベントが開催された。  同イベントは、「月刊サイゾー」でも活躍中のライター成松哲氏が、高校の軽音部バンドなど10代のインディー/アマチュアバンドへのインタビューを通して「いまどきの若者」の横顔に迫るというコンセプトで制作したインディーマガジン『kids these days!』vol.2の発行を記念したもの。要は、成松氏が『kids~』vol.1&2で取材したバンドから選りすぐった3組のライブ&公開インタビューをやってしまおうというわけだ。  インタビュアーを務めるのは、EMIミュージックの新人発掘セクションでチーフを務め、過去にウルフルズ、氣志團、ナンバーガール、相対性理論などを見出してきた加茂啓太郎氏と、ミュージシャンへのインタビュー実績も豊富なライター/編集者の大山くまお氏のお2人。  ではでは、四の五のいわず音を聴いてもらいましょうと、まずははるばる佐賀県からやってきた女子高生5人組バンド「Victory」がステージへ。メンバー全員が高校2年生(16~17歳)で、当たり前だが見るからに若い! しかも1曲目は、アニメ『キテレツ大百科』のエンディング曲「はじめてのチュウ」(のHi-STANDARDバージョン)のカバーなんて、反則だろ!  「東京で演奏するのが初めてで、すっごく楽しみにしていました」と九州なまりのMCも初々しく、計4曲プレイ。オリジナル曲も王道のガールズロックだ。思わず「青春ですな~」と目を細めてしまった。このVictoryは多くの大人がイメージするであろう「女子高生バンド」にドンピシャで、ある意味、戦略的というか、“見せ方”を心得ているバンドなのかと思いきや、本人たちは「そんなに考えてないです」という、天然のおっさんキラー。普段は地元のお祭りや盆踊りでプレイすることが多いというエピソードも、実に新鮮だった。  もちろん演奏も、全国の高校生バンドの祭典「ティーンズ ロック イン ひたちなか」で優勝したというだけあって、堂に入ったもの。加茂氏は「プロを目指すとして、アイドルっぽい見方をされてもいい?」と口説きにかかっていたほどだ。
 そんなVictoryが運んできた爽やかな青春の風に皆が甘酸っぱくなっている中、会場にアラーム音が鳴り響き、2番手の3ピース・ガールズバンド「ミケトロイズ」が登場。そして「ミケトロイズ、指令よ。この会場に火星人が忍び込んでいるから捕まえてきなさい」(要約)という電波なアナウンスとともに演奏スタート。  こちらはニューウェーブの香り漂うひねくれたインディーロックで、「80年代の女性パンクバンド、パパイヤパラノイアに近い」(加茂氏)、「ラウドだけど戸川純っぽい」(大山氏)といった感想が飛んでいた。このけったいな音楽性はどこから来たのか。ボーカル/ベースのなつみちゃんによれば「最初は普通の音楽だったんですけど、曲の通りに歌えなくて、コノヤロー、もういいや、ジャーン!」とのこと。ぜんぜん説明になってないけどカワイイから許す!  実は、彼女らの母校である東京都立第一商業高校(東京都渋谷区)の軽音部は、超スパルタで有名なのだ。あまりの厳しさに、ドラムのありかちゃんは「貧血になったり髪の毛が抜けたり……思い出すと手が震える」、ギターのちこちゃんも「アニメの『けいおん!』は好きだけど、見ててツラくなる。そんなんじゃ、うまくならないよ!」と、しっかりトラウマを植え付けられていた(このあたりの地獄の日々は『kids~』vol.1にたっぷり収録)。自由奔放でぶっ壊れたプレイスタイルは、ストイックすぎる軽音部生活への反抗から生まれたのだろうか?
 そして、トリを務めるのは「挫・人間」。ボーカル/ギターの下川諒くんが中学生のときに、現在“コンプガチャ問題”で揺れるモバゲーでメンバーを集め、結成(現代っ子!)。昨年はズボンズと「月巻ズボン人間」なるイベントを共催していた実力派だ。  サブカルをこじらせた非モテ男子がルサンチマンを吐き出して……なんて書くとひどく陳腐だが、そのエネルギーの放出量たるやすさまじく、この日最大の爆音で聴衆を圧倒した。加茂氏は「すごく面白かった。お金の臭いがまったくしない!」と絶賛(?)。また、大山氏が「70年代の『少年チャンピオン』に出てきそう」と評する下川くんのキャラがとにかく強烈。ライブ中は終始挙動不審で、 「金が、金が欲しいんですよ」 「弦が切れたのかおまえ!? いいじゃない、弦くらい」 「CDが売れないっていいますけどね、そこで売ってるんだから買ってくださいよ。ステッカー付きで、ステッカーがメインです」 「いとおかし!」  などと、つかみどころのないMCをしていたかと思えば、自分のファーストキスの相手だった実家の犬が死んでしまった話から、なにやらセンチメンタルな名曲「天国」へ雪崩れ込み、会場から拍手が沸き起こり……って、なんだそれ、ズルいよ!  そんな下川くんのキャラは天然なのか計算なのか、それはわからないが、場を支配してしまうという点において一流なのだなと感じたのでした。
 さて最後に、ここに登場した3バンドの音源は、彼/彼女ら自身のホームページやYouTubeで聴くことができるので、騙されたと思ってバンド名で検索して、実際の音に触れてみてほしい。そして、そんなティーンズバンドたちの自由でリアルな言葉を真空パックした『kids these days!』vol.1&2も、ぜひ手に取っていただきたい。「近ごろの若者は~」だの「最近の音楽はつまらない」だの言われるけれど、そんなことはなくて、世の中にはぶっ飛んだ若者と音楽がゴロゴロしていることがわかるはずだ。 ●情報 「kids these days!」販売情報は、ライター成松哲氏の公式ブログ<http://d.hatena.ne.jp/narima74/>にて。 ●Victory(ヴぃくとりー) 2007年、それまで小学校時代の教諭の指導のもと、楽器を練習していた佐賀県唐津市内の小学校の同級生が、唐津ジュニア音楽祭出場を機に結成。11年、「ティーンズロック イン ひたちなか2011」で文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞し、同年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2011」に出演。11年11月、3曲入りCD「虹」リリース。 <http://71.xmbs.jp/amsrm5/> ●ミケトロイズ 2007年、東京都立第一商業高校入学と同時に、同校軽音楽部にて結成。09年「あと9分寝かせて」で東京都高等学校軽音楽コンテスト準グランプリに輝く。10年3月の高校卒業後は新宿、下北沢のライブハウスを中心に活動を展開する。 <http://45.xmbs.jp/ca73/> ●挫・人間(ざ・にんげん) 2005年、ボーカル・下川諒とドラム・吉田拓磨を中心に熊本で結成。09年8月、「閃光ライオット09」決勝大会にて「土曜日の俺はちょっと違う」で特別審査員賞=夏未エレナ賞を受賞。10年4月、上京。ズボンズとイベント「月巻ズボン人間」を共催し、OKAMOTO'Sのアルバム『欲望』に下川が参加するなど、精力的に活動を展開。11年7月、アルバム『人類のすべて』リリース <http://zaningen.web.fc2.com/>