「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

本物の<聖地巡礼>を見せてやる! 『究極超人あ~る』の聖地で“轟天号”を追いかけてきた!!

早朝の東京駅から荷物を抱えてヨロヨロと乗車。
日頃の運動不足を実感する汽車旅だ
 「これは、参加するしかない!」と筆者は、東京駅から旅立った。  空前の成り行き任せな仕切りで全国のファンの注目を集めた、伊那市駅開業100周年を記念した『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」。集合してスタートしたら、あとは好きな道を走って、好きな角を曲がって午後6時までに伊那市駅に来てください、というからムチャクチャだ。  早々と参加申し込みをした筆者だが、イベント発案者の一人から「当然、豊橋経由で輪行(自転車を公共交通機関を利用して運ぶこと)してくるんですよね?」との声が。なるほど、OVAの通りのルートを選ぶなら、東京駅から踊り子号で下田から石廊崎、天城峠を越えて三島から豊橋で一泊して、飯田線で……とても無理! 無理だが、少しでもOVAに近づいて、ほかの誰もがやらないことをやらなければ取材に値しない。  かくして、イベント前日の7月27日の早朝。筆者は、自転車に荷物を積み込んで旅立った。まだ誰もいない東京駅の前で、まずは自転車を分解。輪行袋に詰め込んでいく。この輪行袋、自転車を買ったときにオマケについてきたものなので、車体にリアキャリアやらなにやらを取り付けた今、きっちりと袋には入ってくれない。それでも、なんとか詰め込んでホームまで移動開始。筆者の旅の友である愛車・パナソニックのOSD3は、フレームを前後に分割できる輪行重視の自転車なのだが、あくまで分割しやすいだけで車体が軽いわけではない。10キロを超える車体が肩に食い込み、荷物を積み込んだフロントバッグやリュックやらも肩に食い込み、東海道線のホームに到着するまでに挫折しそうだ。  それでもなんとか、5時46分発の沼津行き一番列車に乗車完了。始発だからすいているかと思いきや、横浜を過ぎたあたりから混雑が始まる。朝のラッシュの時間に自転車を持ち込んでいる筆者には、厳しい視線が……。どうにかたどり着いた沼津では、駅そば屋が営業時間外。向かいのホームまで行く体力はなく、すきっ腹を抱えながら、トイレのない列車を走らせるJR東海に怒りを覚えつつ浜松を経由し、なんとか豊橋に到着した。だが、ここからはまだ長い。12時前に到着したのに、伊那市へ行く飯田線は2時前までないのだ。豊橋駅の名物の駅そば「壺屋」にて、天ぷらきしめんの旨さを久々に噛みしめたあと、呆然とホームで時が流れるのを待つのであった……。
豊橋駅といえば「壺屋」のきしめんである。
壺屋の本業は駅弁屋で、いなり寿司がオススメだ
 ようやくやってきた天竜峡駅行きの列車に乗り込み、これまた長い飯田線の旅が始まる。なにせ、まだ午後2時前なのに伊那市に到着するのは夕方を過ぎて夜の7時過ぎなのだ。3月のダイヤ改正でワンマンの運用が始まった飯田線だが、ワンマン列車のはずなのになぜか車掌が乗車している。その車掌が、駅が近づくたびに「前の車両から降りてくださーい」と連呼し、ドアが開くと「キップは、そこの箱に入れてくだ~さい」と連呼している。主な利用客が年寄りと高校生の飯田線、相当慣れていない人が多いようだ。
「飯田線のバラード」が似合う風景が見えてきても、まだまだ先は長い……
 東京では見かけない、独特の味のある高校生たちに新鮮さを感じながら睡魔に襲われ、気がついたら天竜峡駅、乗り換えて気がついたら伊那市駅に到着していた(というわけで、今回は秘境駅の話はない)。
伊那は馬肉の産地でもある。「いたや」の馬肉料理は、ご飯がいくらでもすすむね
■そして、灼熱のサイクリングへ  さて、当日である。輪行するよりは自走したほうが楽だと宿を出た筆者は、綿半(長野県では超メジャーなホームセンター。野菜も売っているよ!)で買い物を済ませ、本番の想定コースを逆に一路田切駅へ。交通量の多い国道を避けて旧道を選んでみたのだが、車は少ないものの、アップダウンがけっこう激しい。ここに比べれば、東京の坂なんぞ平らに見える。そもそも、筆者が普段、修行(あえて、トレーニングではない)している荒川サイクリングロードは、ほとんど平地である。旧道ゆえに地方にありがちなロードサイド型の店舗があるでもなく田舎ののんびりした風景は、素敵な「ごほうび」だ。
余裕をかまして寄り道をしていたら、次第にジリジリと日に焼かれていくことに

穏やかな天竜川の河畔。こんな風景が見られるなら多少の苦労も仕方ないよね

交通量の少ない旧道は、ほぼ独り占め。思いの外、自販機もあるので熱中症の心配もなさそう
 それにしても、やはり苦しい。体力は十分なハズなのだが、身体が暑さに慣れるまで時間がかかるのだ。旧道とはいえ、けっこうな数の自販機があるので水分補給には事欠かないが、照りつける日差しが急速に体力を奪っていく。時折、横を通り抜ける自動車がとても恨めしい。自転車マンガの古典『サイクル野郎』(荘司としお)ならば、適度なところで美女と行き会う展開なのだが、誰にも会うことなく孤独にペダルをこぐ作業は続く。伊那市駅と田切駅間の距離は、ざっと17キロあまり。自転車乗りならば、本来は大した距離ではないのだが、知らない道ゆえに、ほんとに負担が大きい。  途中、駒ヶ根市に入る時の上り坂についにくじけた筆者は、駒ヶ根駅前で一休み。何か腹に入れないと死んでしまうと思い、駒ヶ根名物ソースカツ丼のコースへ。最近、伊那市と駒ヶ根市の2つの町が「名物」と主張しているソースカツ丼だが、どちらの名物かは別にして、やはりおいしい。伊那のローメンといい、これを食べるためだけに、交通費を使う価値は十分にある。
店ごとに工夫を凝らす、駒ヶ根市のソースカツ丼。全店を制覇するのは、いつの日になるだろうか
こんなノスタルジックな店もちらほらと

駒ヶ根市を抜けて、飯田線の跨線橋を越えて、田切駅は、もうちょい先だ
 かくて、体力を回復した筆者は、一直線に今回の催しのスタート地点田切へと向かう。  さらに、照りつける太陽。上昇する気温に苦しみながら、ようやくたどり着いた田切。そこには、数多くの驚愕が待っていた……。
田切駅前に、こんなに大勢の人が集結するなんて誰が予測しただろうか
■ついに迎えた、クライマックス再現イベント  当初の予想を超えて、自転車持参の人から見送りのファンまでが聖地・田切駅に大集合となった。当日、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」では、20年にわたって<聖地巡礼>として、田切駅の掃除をしているグループ「田切ネットワーク」が創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」を開催するということもあり、早い時間から参加者は続々と集結。「元・下村酒店」や田切駅周辺で、新たな光画部員と出会い、トークに華を咲かせていた。  当日、自転車持参で駅に集まった参加者は約80名あまり。田切駅までの集合方法は、電車で輪行してきたり、車に積んで移動したりとさまざまだ。だが、やる気のある参加者の中には、杖突峠を越えてきたという人も。杖突峠は、茅野市から高遠へ至る峠なのだが、標高1,247メートル、わずか数キロで高低差400メートル以上の急傾斜となる、有数の険しさで知られる峠である。そこまで「苦行」を楽しむこともできるのも『究極超人あ~る』のファンであればこそ。
電車が到着するたびに続々と、あ~るファンが降りてくる。ん、ホームのハジに妙な人が

田切の集落も、大勢の人で混雑。なお、今は集落には自動販売機が一台あるだけ
 そんなムチャを楽しむ人も交えながら、田切の集落には続々と参加者が集結していく。中には、さっそく作品世界を再現すべく、飯盒でごはんを炊き始める人もいるではないか。
作品世界を再現すべくリュックまで用意する完璧さ。これが本物の<聖地巡礼>だ

まさか、世界征服を企む博士が再び田切にやってくるなんて。この水鉄砲は危険すぎる!
やる気の参加者かと思いきやキャリアに積まれているのは、おひつ……
 開始時間も近づき、続々とファンが集まってきて驚いた。多くはロードバイクなのだが、中には「なぜ、この自転車をセレクトしたんだ!」という参加者も。  京都から参加したという男性は、いつも通勤に使っているという、ブロンプトンを持参。これでもかと外装をカスタマイズしているので、ギアも内装8段変速に改造しているのかと思いきや、ノーマルのままだという。街乗りに映える折りたたみ自転車の代名詞であるブロンプトンだが、アップダウンの激しいコースに、この自転車をセレクトするとは相当の自信家に違いない(実際、とても脚力のある人だった)。さらに、折りたたみ自転車持参の人には「いや、バイクにこれしか積めなかったので……」と、さらに驚くような車種をセレクトしている人も。ほかにも「DMMでレンタルした」という自転車で手には軍手という、光画部の成り行き任せテイストを、ものすごく理解した女性も。
この自転車でも、ちゃんと完走できたんだから恐るべしファン魂だ!

まさかのママチャリ参加者。なお、筆者はこのママチャリの人にも追い抜かれました……
 そんな中でとくに目を引いたのが、ママチャリ持参の女子である。いつも2キロあまりの通勤に使っているという愛車を持参したその女性は、OVA発売当時に行われた公開イベント「ザ・夏祭り」にも参加したという筋金入りのファン。今回のイベントを知って、友人を集めて上映会も開き、友人も一緒に参加することになったのだとか。  さらに、見送り組の女子には「『日刊サイゾー』の記事を見てイベントを知ったので来ました」という人も。  見送り組には、あ~るはもちろん、成原博士や鳥坂先輩に、あさのに小夜子まで、等々各種のコスプレも集結。千葉から、あ~るのコスプレ衣装一式持参でやって来た男性は、「明日はワンフェスなんで、急いで帰ります」と。ファンの熱さにはもはや感涙だ。  そうしたファンの中でも、もっとも熱さを放っていたのは、主催者の一人でもある伊那市創造館の捧剛太館長だ。あ~るの愛車・轟天号を再現すべくロードマンを入手、可能な限りOVA仕様に近づけ、学生服持参でやってきた捧氏が田切に姿を現すと、会場はわあっと沸いた。
実は、伊那はこの作品の聖地でもあったんだね……。と、気づくまでちょっと時間がかかった

飯島町のゆるキャラ・いいちゃんは地元のお祭りが重なり多忙な中駆けつけてくれたぞ
 かくて、イベントは始まった。主催のCycle倶楽部R(伊那市役所自転車部)の牧田豊さんは 「こんなに、馬鹿な人が多いとは……」  と、シャレの効いた挨拶で、会場をどっと沸かせる。飯島町のゆるキャラ・いいちゃん、地元の住民、コスプレ混じりの見送り組に声援を送られながら、自転車参加者は続々と出発していく。途中、パラパラと夕立が降るが、身体の火照った参加者には、よいシャワーだ。どの道を通るのも自由なので、参加者は国道、旧道、さらにはOVAよろしく火山峠を目指して別れ、合流しながら伊那市駅へと向かっていく。  相当、体力の落ちている筆者は、次々と追い抜かれつつ、なんとかゴールを目指す。正直、往路よりも上り坂が少ないので幾分かは楽である。さまざまなルートへ分割した参加者は、伊那市駅周辺で再び合流しながら、ゴールの伊那市駅前を目指す。OVAに従えば、西園寺ツーリストのガラス戸をぶち破って突入しなければならないのだが、80枚もガラス戸は準備できないので、駅前に西園寺ツーリスト伊那市支店の出店が。誰も、突入することなく声援や拍手に迎えられながら、続々と到達。この日のために用意された特製の西園寺ツーリストのスタンプを獲得した。
ガラス戸をぶち破られる危険を回避すべく、西園寺ツーリスト伊那市支店は屋外に設置
閉会式会場は、コスプレ撮影会へ。やばい、あ~るのカメラは危険すぎるぞ!

無事にイベントを終えて捧剛太館長もほっと一息。
しかし、3000円の中古ロードマンはかなりキツかったとか
 とくに大きな事故もなく、参加者は、駅近くの閉会式が行われる広場に移動。ここでは、伝説のおかゆライスを配布するファンが現れたり、コスプレ撮影会も行われるなど、会場は大盛り上がりだ。出店で販売される名物の高遠まんじゅうで、糖分を補給する参加者も多かった。出店ではラムネが販売されていたのも注目ポイントだ。レトロな雰囲気が漂う伊那市には、ラムネがよく似合う。  前夜も、轟天号の整備をしていて睡眠不足気味の捧剛太館長も 「続々と人数が増えて、どうなることやらと思っていましたが、大きな怪我人も出なくてよかった」  と、ホッとした表情。かくて、イベントは「伊那市駅開業100周年万歳!」「Cycle倶楽部R20周年万歳!」「究極超人あ~る万歳!」の万歳三唱を行って終幕。参加者は、Cycle倶楽部Rの牧田氏が「足を使ってお願いしてきた」参加者向けのサービスを提供してくれる市内の飲食店へと、三々五々散っていった。
まずは「うしお」にてローメン分を補給。もちろん、超々大盛りで。名物のトーフ汁がサービスだった
(取材・文=昼間たかし)

おっさんゲーマー集まれ! 最新技術を盛り込んだ、アーケードゲーム業界の今

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「アーケードゲーマー」(ホビージャパン)
 そういえば、久しくゲームセンターに行っていない。かつては学校が終われば毎日のように立ち寄り、格闘ゲームや音ゲーにありったけの100円玉を突っ込みまくっていた筆者だが、ここ数年はとんとご無沙汰である。理由はいろいろあるが、どうもオンラインゲームやカードゲームといった2000年代に入ってからのアーケードゲームのトレンドに手を出すことが億劫だった、というのが大きいだろう。「やっぱりゲームは一人でチクチクと攻略していくべきだ」「顔の見えない奴と対戦なんかできるか!」という、前時代的なこだわりもあったのかもしれない。  同様の保守的なゲームファンが増えているのかどうかは不明だが、「警察白書」によると、1986年には2万6,573軒あったゲームセンターの数も、2010年には7,137軒にまで数を減らしているそうだ。コンシューマゲーム機のスペック向上に伴い、アーケードゲームの優位性が失われてきたことや、オンライン対戦が家庭でも楽しめるようになってきたことで、わざわざゲームセンターに出向かずとも世界中のプレイヤーと対戦できるようになってきたこと。また少子化や不景気による利用者数の減少といった社会的な理由なども考えられるが、だからといってゲームセンターは、いや、アーケードゲームは終わったのか? そうではないはずだ!  そう力強く叫ぶのが、ホビージャパンより発行されたゲーセン情報誌「アーケードゲーマー」だ。最新の技術を盛り込み、かつてないアイデアを投入したアーケードゲームが集う「ゲームの実験場」として、日本のゲーム黎明期より存在し続けているゲームセンターは、今日も新たなゲームの可能性とエキサイティングな体験を我々に提供し続けているのだ。そんな「ゲームセンターの本質」を探るという観点から、今のゲームセンターの魅力を提示している。
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 シューティングゲーム、アクションゲーム、格闘ゲーム、音ゲー、トレーディングカードゲームと次々と新たなトレンドを生み出してきたアーケードゲームシーンだが、本書はそれらに連なる「今のゲームセンター」のトレンドとして、オンラインゲームを大々的にフィーチャー。また、巻頭のオンラインゲーム特集の後は、ゲームセンターの進化の歴史を振り返る大型筐体の特集が組まれている。この記事では、新たな技術を貪欲に取り込み、ゲーマーに新たなエンタテインメントを提供し続けてきたアーケードゲーム業界の熱気を感じることができる。  ここで多くのオールドゲーマーは気づくはずだ。かつて我々は、新たなゲームが登場するたびに嬉々として100円を投入していたではないか、と。『ハングオン』『スペースハリアー』『アフターバーナー』『R-360』『ビートマニア』に『ダライアス』……。『忍者ハヤテ』なんてLDゲームもあったっけ。全部が全部大成功というわけでもなかったし、今ももろ手を挙げて名作というにははばかられる、エッジすぎる迷作も少なくなかった。それでも我々は新作ゲームに挑み続けていたではないか。新たなジャンルのゲームが登場したなら、我先にと台に列をなしたじゃないか。仮にゲームセンターという文化が緩慢な死を迎えつつあるとするならば、その戦犯は新たなゲームに対する好奇心を失った、我々オールドゲーマーだったのではないだろうか。 IMG_8824_.jpg IMG_8825_.jpg  というわけで、書を捨てゲームセンターに行ってみた。そこには、最新技術が惜しみなくつぎ込まれた未知のアーケードゲームが待ち構えていた。ゲームセンターならではの大画面や大音響に圧倒されつつプレーする久々のアーケードゲームは、すっかりおっさんになってしまった筆者にはちょいとばかりテンポが速すぎるような気もしたが、まあ、何回かトライ&エラーを繰り返すことで対応できるようになるだろう。見知らぬプレイヤーとのやりとりも、存外に面白い。対戦後のコメントのやりとりにはニヤリとさせられることも多いし、うまく連携がハマった時の「つながっている感」はオンラインゲームならでは。  こんなふうにアーケードゲームの面白さを再確認させてくれたことだけでも、本書の存在意義は大きい。それもこれも、業界の広告媒体となった大手ゲーム雑誌には出せないゲーム愛あふれる誌面づくりがあればこそ。ただの情報誌として以上に、ゲームファンならいつもそばに置いておきたい一冊である。 (文=有田シュン)

どう見ても積載量オーバー!? ベトナムの“動く芸術”『それ行け!! 珍バイク』

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『それ行け!! 珍バイク』(グラフィック社)
 アオザイの国・ベトナム。北は中国、西はラオスとカンボジアに接した東南アジアの美しいこの国には、世界各国から年間600万人の観光客が訪れる。かつてフランスの植民地だったこともあって、ほかの東南アジア諸国に比べてフランス人旅行客の姿が目立つが、そんな観光客がまず驚かされるのは、この国のバイクの多さだろう。ホー・チ・ミン市だけでも200万台以上のバイクが、道路という道路を縦横無尽に走っている。通勤・通学はもちろんのこと、農作物や工業製品を山積みにした何万台ものバイクが行き来する。朝夕のラッシュ時の渋滞はすさまじく、あたり一面が灰色の排気ガスで充満。エンジン音やクラクションがあちらこちらで鳴り響く、アジア屈指のカオスな街だ。  そんなバイク大国ベトナムの、どう見ても完全に積載量をオーバーした「珍バイク」を激写した写真集が、『それ行け!! 珍バイク』(グラフィック社)だ。  ベトナムでは、1960年代から日本メーカーの小型バイクが普及し始め、中でもホンダのスクーターやスーパーカブの人気が圧倒的に高い。ベトナム人がバイクのことを“ホンダ”と呼ぶのはよく知られた話だ。公共交通機関が発達しておらず、狭い路地が多い都市部では、人やモノを運ぶのにはバイクが最も便利で最速の手段なのだ。
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61501.jpg 6-150-4.jpg  ベトナム人の間では、人もモノも“乗せられるものは乗せられるだけ乗せる”というのが常識なようで、数人で移動するときも基本は1台、多いときには4人で1台に乗っていることもある。荷台の荷物にしても、食料や日用品は序の口。生きたまま足を縛られた鳥や豚、山積みにされたペットボトルや金物、ビニール袋に小分けされた金魚、布団、タイヤ、鏡など、人々が必要とするものはすべてバイクに積まれる。バイクは、ベトナム人にとって最も重要なライフラインの一つなのだ。  また、その積み方も実に見事で、上下左右前後、スペースさえあればどこでも積みまくる。しかも厳重に梱包されるわけでもなく、紐でぐるぐるっと固定した程度。日本なら完全に違反切符が切られるレベルだが、どうやらベトナムではヘルメットさえかぶっていれば一応問題ないらしい(本書の中にはノーヘルの人も多いが)。よくもまあこんな状態で走れるものだと感心してしまうが、ライダーたちは何食わぬ顔で街を走り抜けていく。 6-150-2.jpg 6-150-3.jpg 6-150-1.jpg 197.jpg  ここ数年のベトナムの経済発展は著しく、都市部には高層オフィスビルや高級ホテルが次々と建設され、狭い路地は拡張されつつある。しかし、そういった変化もお構いなしに、今日もホー・チ・ミンでは何万台ものバイクがうなりを上げて走り回っている。そんな彼らのパワフルさこそ、ベトナムの本当の魅力なのかもしれない。

ついに完結! “闇の騎士”バットマンの最後の戦い『ダークナイト ライジング』

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 (C)2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. 
AND LEGENDARY PICTURES FUNDING, LLC
 今週は、クリストファー・ノーラン監督による『バットマン』シリーズの第3作にして完結編となる『ダークナイト ライジング』(7月28日公開)を紹介しよう。  物語の舞台は、前作『ダークナイト』(2008年)で殺人者の汚名を引き受けたバットマンが姿を消してから8年後のゴッサム・シティー。新法で犯罪が厳しく取り締まられ平和が訪れたかに見えた街は、地下のならず者集団を率いる凶暴な破壊者ベイン(トム・ハーディー)の出現により、にわかに混乱と恐怖に陥る。再びバットマンとして立ち上がる時を迎えたブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)。ブルースの身辺に出没するキャットウーマン(アン・ハサウェイ)、正義感に燃える若き警官ジョン(ジョセフ・ゴードン=レビット)、ウェイン産業の役員に名を連ねる資産家ミランダ(マリオン・コティヤール)らの思惑が交錯する中、“闇の騎士”バットマンの最後の戦いが始まる。  2001年9月11日の同時多発テロを経験した“世界の警察”アメリカの苦悩が色濃く投影され、従来のアメコミヒーロー物にない重さと暗さ、単純な勧善懲悪でない善と悪の相対性という視点を備えた『バットマン ビギンズ』(05年)で始まったシリーズ。幅広い層に支持された第2作『ダークナイト』は、公開時に全米歴代2位の興収を記録。心象風景を圧倒的なビジュアルで表現したオリジナル脚本の『インセプション』(10年)を経て、映像作家としてさらに進化したノーラン監督が今回、期待にたがわぬ重厚な作品世界と壮絶な戦いを描き出した。  キャストはこれ以上望めないほどぜいたくな顔ぶれで、見応え十分のアンサンブル演技を披露。シリーズのレギュラー組(ベール、ゲイリー・オールドマン、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、キリアン・マーフィー)、『インセプション』からの続投組(ハーディー、ゴードン=レビット、コティヤール)、ノーラン作品では新顔のハサウェイに加え、シリーズ前2作で死んだキャラクター複数も遺影や幻覚シーンで登場して華を添える。  アクションシーンも多彩で、輸送機から下降したベイン一味がCIA機を制圧するプロローグから、空を飛ぶバットモービルやバイク型のバットポッドが活躍するスピーディーなチェイス、アメフト競技場や橋が崩落するスペクタクル、バットマン対ベインの肉弾戦まで、息をのんでは感嘆する見どころが盛りだくさんだ。なお本作は、上映時間2時間45分の半分近くが大型のIMAXフィルム・カメラで撮影されているため、できればIMAX上映館で鑑賞して迫力の映像を満喫したいところ。また、ストーリーと世界観をより一層楽しむために、前2作を未見または忘れてしまったという方には、ぜひ予習してから映画館に足を運ぶことをおすすめしておきたい。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ダークナイト ライジング』作品情報 <http://eiga.com/movie/56094/>

「Amazonに対抗するために……!」電子書籍本格普及を前に白熱する“著作隣接権”をめぐる議論

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作家や法律の専門家など、さまざまな立場
から意見が飛び交う。
 電子書籍の本格化による出版産業のグローバル化を見据えて進められてきた、出版社への「著作隣接権」付与の議論。7月25日、いよいよ法制化の動きが進むのに先立ち、衆議院第二議員会館で、シンポジウム「出版文化の今後と出版者への権利付与」(主催:文字・活字文化推進機構)が開催された。  シンポジウムは、専修大学教授で出版デジタル機構会長の植村八潮氏の現状報告から始まった。まず植村氏は、「出版不況」は日本だけのことに過ぎず、先進国の多くでは近年、出版業界は横ばいか成長局面にあることを説明する。そして、日本だけが「出版不況」に陥っている理由として、全国4,000社あまりの出版社の本が、少数の取次会社を経て数多くの書店に流通するというシステムが、制度疲労を起こしていると指摘する。  もはや、日本の出版業界は抜本的な改革を迫られているというわけだ。しかし、期待される電子書籍も、その内情はまだ貧しい。出版社のほとんどは中小零細企業。ゆえに、電子書籍を制作するために新たな担当者を置くことはできない。それに、出版社自身も電子書籍の制作技術を持っているところは少ない。さらに根本的な問題として、電子書籍は流通基盤も制度も標準化されていない状態。堅実に成長を始めている日本の電子書籍だが、その内容はまだまだ貧しいのだ。  その上で植村氏は「コンテンツを持っている人が王様だというのは、幻想に過ぎません。重要なのはプラットフォーム。このままだと、それがアメリカに取られてしまいます」と説明する。  キンドル日本版の発売もアナウンスされ、書店としても国内第2位の勢力を誇るAmazonが、電子書籍市場でも大きな勢力を得ることは容易に予想できる。そうした巨大企業の寡占化も止めなくてはならないと、植村氏は言う。 「プラットフォームがチャネル(販売経路)を独占すると、一見、中抜きがなくなり、無料、あるいは安価に情報が流通するように見えますが、結局は収益が落ちていきます。米国の場合、新刊書籍と電子版とが同時発売されるようになって、全体の売り上げが落ちました」  電子書籍の市場が(主に外資によって)寡占化されることの弊害は大きい。そのためにも、出版業界の再編のための法整備は急務なのだ。  現状分析の上で実際にどのような法整備を進めるかを解説したのは、弁護士の桶田大介氏である。桶田氏はまず、昨今議論になっている「著作隣接権」が不適切な用語であると解説した。 「隣接権は分類の名称であって、固有の権利を指すものではなく適当ではありません。“(仮称)出版物に係わる権利”としたほうがよいでしょう」  この前提の上で、桶田氏はどういった経緯で議論が行われてきたかを説明し、具体的な内容を説明していった。これまで多くの報道で述べられているように、法整備が求められる大きな理由は、海外での海賊版対策や、電子書籍市場の発展に向けた対応。これまでナアナアで行われてきた出版界特有の慣行を明文化し、著者と出版社の権利を明らかにすることなどが挙げられる。そのために、出版社側に複製権・送信可能化権・譲渡権・貸与権を与えることになる。
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自らの経験から、電子書籍の現状を説明する
松本零士氏。
 Amazon Kindleストアですら、勝手に日本の同人誌を翻訳して売っていた、とんでもないヤツがいる時代、海賊版対策を出版社に一任できる点だけでも便利な法整備に見える。ただ、出版社の権利を拡大することに異議を唱える声も尽きない。  取材中、筆者の後ろの席で「なんだよコレ」「うまい作文作ってさあ……」と小声でしきりに文句を言っている人がいるので、誰かと振り返ってみたら日本漫画家協会のCさんだった……。まだまだ、議論を尽くす必要があるのは否めない。  そうした議論のためにと、シンポジウムの後半はパネルディスカッションに。その中で、まず賛成の立場から尖った意見を述べるのが、作家の浅田次郎氏だ。浅田氏は、 「作家は大抵が社会性に欠けています。出版社や編集者だけが社会との窓口になっている人も多い。ゆえに、契約なんかの時に、事故も起こりやすいんです」  と、自身の体験に照らした(?)意見を述べる。対して法整備に慎重な立場を取る、マンガ家の里中満智子氏は、次のように話す。 「出版社も慈善事業じゃないので、力のない人に冷たいのはわかります。でも、品切れ重版未定の本を別の出版社が出したいといった時、品切れにしている出版社にとりあえずお伺いを立てると、拒否されることがある。そうした問題を整理するために権利を整備するのはよいことですが、出版社の中にはマンガ家の原稿をよそにたたき売ったり、とんでもない会社もあります、そうした出版社に等しく権利を与えてよいのでしょうか?」  質疑応答では、マンガ家の松本零士氏が電子出版で極めて少額の原稿料しか入っていない例を挙げて作者の権利について生々しい意見を述べるなど、会場の空気は熱かった。果たして全員が得することができる制度があるのか、新たな法整備は必然だが、まだまだ議論は白熱しそうだ。 (取材・文=昼間たかし)

「Amazonに対抗するために……!」電子書籍本格普及を前に白熱する“著作隣接権”をめぐる議論

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作家や法律の専門家など、さまざまな立場
から意見が飛び交う。
 電子書籍の本格化による出版産業のグローバル化を見据えて進められてきた、出版社への「著作隣接権」付与の議論。7月25日、いよいよ法制化の動きが進むのに先立ち、衆議院第二議員会館で、シンポジウム「出版文化の今後と出版者への権利付与」(主催:文字・活字文化推進機構)が開催された。  シンポジウムは、専修大学教授で出版デジタル機構会長の植村八潮氏の現状報告から始まった。まず植村氏は、「出版不況」は日本だけのことに過ぎず、先進国の多くでは近年、出版業界は横ばいか成長局面にあることを説明する。そして、日本だけが「出版不況」に陥っている理由として、全国4,000社あまりの出版社の本が、少数の取次会社を経て数多くの書店に流通するというシステムが、制度疲労を起こしていると指摘する。  もはや、日本の出版業界は抜本的な改革を迫られているというわけだ。しかし、期待される電子書籍も、その内情はまだ貧しい。出版社のほとんどは中小零細企業。ゆえに、電子書籍を制作するために新たな担当者を置くことはできない。それに、出版社自身も電子書籍の制作技術を持っているところは少ない。さらに根本的な問題として、電子書籍は流通基盤も制度も標準化されていない状態。堅実に成長を始めている日本の電子書籍だが、その内容はまだまだ貧しいのだ。  その上で植村氏は「コンテンツを持っている人が王様だというのは、幻想に過ぎません。重要なのはプラットフォーム。このままだと、それがアメリカに取られてしまいます」と説明する。  キンドル日本版の発売もアナウンスされ、書店としても国内第2位の勢力を誇るAmazonが、電子書籍市場でも大きな勢力を得ることは容易に予想できる。そうした巨大企業の寡占化も止めなくてはならないと、植村氏は言う。 「プラットフォームがチャネル(販売経路)を独占すると、一見、中抜きがなくなり、無料、あるいは安価に情報が流通するように見えますが、結局は収益が落ちていきます。米国の場合、新刊書籍と電子版とが同時発売されるようになって、全体の売り上げが落ちました」  電子書籍の市場が(主に外資によって)寡占化されることの弊害は大きい。そのためにも、出版業界の再編のための法整備は急務なのだ。  現状分析の上で実際にどのような法整備を進めるかを解説したのは、弁護士の桶田大介氏である。桶田氏はまず、昨今議論になっている「著作隣接権」が不適切な用語であると解説した。 「隣接権は分類の名称であって、固有の権利を指すものではなく適当ではありません。“(仮称)出版物に係わる権利”としたほうがよいでしょう」  この前提の上で、桶田氏はどういった経緯で議論が行われてきたかを説明し、具体的な内容を説明していった。これまで多くの報道で述べられているように、法整備が求められる大きな理由は、海外での海賊版対策や、電子書籍市場の発展に向けた対応。これまでナアナアで行われてきた出版界特有の慣行を明文化し、著者と出版社の権利を明らかにすることなどが挙げられる。そのために、出版社側に複製権・送信可能化権・譲渡権・貸与権を与えることになる。
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自らの経験から、電子書籍の現状を説明する
松本零士氏。
 Amazon Kindleストアですら、勝手に日本の同人誌を翻訳して売っていた、とんでもないヤツがいる時代、海賊版対策を出版社に一任できる点だけでも便利な法整備に見える。ただ、出版社の権利を拡大することに異議を唱える声も尽きない。  取材中、筆者の後ろの席で「なんだよコレ」「うまい作文作ってさあ……」と小声でしきりに文句を言っている人がいるので、誰かと振り返ってみたら日本漫画家協会のCさんだった……。まだまだ、議論を尽くす必要があるのは否めない。  そうした議論のためにと、シンポジウムの後半はパネルディスカッションに。その中で、まず賛成の立場から尖った意見を述べるのが、作家の浅田次郎氏だ。浅田氏は、 「作家は大抵が社会性に欠けています。出版社や編集者だけが社会との窓口になっている人も多い。ゆえに、契約なんかの時に、事故も起こりやすいんです」  と、自身の体験に照らした(?)意見を述べる。対して法整備に慎重な立場を取る、マンガ家の里中満智子氏は、次のように話す。 「出版社も慈善事業じゃないので、力のない人に冷たいのはわかります。でも、品切れ重版未定の本を別の出版社が出したいといった時、品切れにしている出版社にとりあえずお伺いを立てると、拒否されることがある。そうした問題を整理するために権利を整備するのはよいことですが、出版社の中にはマンガ家の原稿をよそにたたき売ったり、とんでもない会社もあります、そうした出版社に等しく権利を与えてよいのでしょうか?」  質疑応答では、マンガ家の松本零士氏が電子出版で極めて少額の原稿料しか入っていない例を挙げて作者の権利について生々しい意見を述べるなど、会場の空気は熱かった。果たして全員が得することができる制度があるのか、新たな法整備は必然だが、まだまだ議論は白熱しそうだ。 (取材・文=昼間たかし)

追悼・山田五十鈴──反骨の大女優の最高傑作はこれだ!『女ひとり大地を行く』

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『女ひとり大地を行く』(新日本映画社)
 今月、95歳で世を去った女優・山田五十鈴。戦前から70年あまりにわたって活躍し、女優として初の文化勲章を得た彼女の死は、一つの時代の終わりを感じさせる。それでも、生涯にわたって数多くの映画・ドラマに出演した彼女の作品は、決して色褪せることがない。  そんな彼女の作品群の中でも、とくに今の時代だからこそ見るべき! という作品がある。それが、亀井文夫監督作『女ひとり大地を行く』(1953)である。日本炭鉱労働組合北海道地方本部加盟の炭鉱労働者が1人33円ずつ資金を出し合い、300万円を集めて制作したという、まさに働く者たちの映画だ。撮影は、夕張炭鉱などでスタッフが寝泊まりしながら進められたという気合いの入りぶり。  物語は昭和7年。秋田県で農業を営む宇野重吉と山田五十鈴の夫婦は、凶作による生活苦に陥る。そのために、宇野は我が身を売って北海道の炭鉱のタコ部屋へ送り込まれるのである。しかし、地獄のようなタコ部屋生活の果ての爆発事故で彼は死んでしまった。夫を追いかけてきた山田は、二人の子どもを抱えて夫の死んだ土地で女炭鉱夫として生きていくことを決意するのだ。  こうして物語は、戦中から戦後へと山田演じる女の一代記として綴られていく。小さな子どもを抱え気丈に生きる時代から老いて死の床に着くまでの長い期間を、一人で演じきっているのは、感嘆するよりほかない。なにより、当時の山田は、すでに文字通りの大女優。まだ戦後の混乱が冷めやらぬ時代とはいえ、それなりのブルジョアだったはず。にもかかわらず、完全にプロレタリアートな女性になりきっているのだから、その演技力は計り知れない。山田は戦後動乱期の大労働争議として、歴史に刻まれている東宝争議の際に、経営側に毅然として戦いを挑んだ反骨精神の持ち主としても知られている。戦前から大衆の支持を得た理由である類い希なる妖艶さ、それに反骨精神、単なる「大女優」という言葉ではくくれない、いくつもの要素が彼女の世界観を豊かなものにし、女の一代記をサラリと演じさせているのである。  まさに、山田の代表作として数えてもよい作品なのだが、公開当時はまったくヒットしなかったそうで、知名度は高くない。現在、DVD化されているのも、ある意味奇跡的といえる。しかし、日本が戦後の動乱期に等しい混迷の時代に突入した今、この作品は再び鑑賞すべき価値を得ているのではないだろうか。  この映画の監督である亀井文夫は、劇映画よりもドキュメンタリーで知られた人物で、 原爆被災者に密着した『生きていてよかった』(56)などの作品で名高い。プロレタリアートが新たな世界を生み出す理想を夢見ながらも、組織の汚さにも気づいていた亀井だけに、山田の周囲の、炭鉱に暮らす人々の描写も目を見張る者がある。物語の中で描かれる、儲け一辺倒の会社の方針に抗議し首を切られそうになった仲間を守るための、炭鉱労働者たちの一致団結っぷり。ストライキを求める労働者たちの熱意に、ビビる組合の幹部たち(なんか、高そうな背広を着ているあたりが亀井らしい演出)。働く者の権利を守るために、挫折することなく希望を持ち続けている登場人物たちの姿を見ていると「なんて、組織された労働者だ。こんなヤツら現実にいたら、とっくに革命が起こっているよ」と、ツッコミを入れながらもなぜか、感動してしまう。  山田の凄まじいまでの演技力、それに加えて、炭鉱労働者たちが会社にも権力にも屈することなく戦っていく様の2つに感動できるからこそ、この作品は素晴らしい。ただ、DVDになっているのは132分版でオリジナルの最長164分版は、観賞できる機会がないのが惜しいところ。山田の偉業を顕彰する意味でも、ぜひ上映の機会を設けてもらいたい。 (文=昼間たかし)

美少女たちが追いつめられる姿にゾクゾク!? リアル系ロボットアニメ『トータル・イクリプス』

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『トータル・イクリプス』公式サイトより
 力作ぞろいの夏クールアニメの中でも、気合の入りまくった作画といきなり最終回みたいなテンションの高さでアニメファンの度肝を抜いたのが、『トータル・イクリプス』だ。パソコン用恋愛ゲーム『マブラヴ オルタネイティブ』のスピンアウト作品という位置づけだが、キャッキャウフフと美少女たちが乱舞する萌え萌えな内容かというと、さにあらず。  地球外生命体「BETA」の侵攻で絶滅の危機に瀕している人類の存亡をかけた戦いが描かれ、主人公たちが乗り込む、炎の匂いが染み付いて思わずむせてしまいそうな人型ロボット「戦術機」がハイスピードアクションを見せる、リアル系ロボットアニメなのだ!  その第1話、第2話では、日本に上陸したBETAの軍勢を食い止めるために、訓練生ながら戦術機に乗り込んで防衛作戦に参加することになった女子衛士(劇中では戦術機パイロットを「衛士」と呼ぶ)たちの、凄惨な戦いが描かれる。  防衛ラインに設定された京都を舞台に、鉄の塊をぶっ放す戦術機や現代兵器と、人類の抵抗などなんのそのの勢いで驀進してくるBETAの群れが激突する中、初陣の衛士が対BETA戦において生きていられる「8分」というタイムリミットを乗り越えようと、美少女衛士たちが死に物狂いで戦場を駆け抜ける。なんとか問題の8分を乗り越え、キャラクターはもちろん、視聴者もひと安心するわけだが、物語はここからが本番だ。反撃に転じたBETAの猛攻の前に、気を抜いた女学生たちの乗る戦術機が次々と蹂躙されていくのだ。  その描写がまたエグい。悲鳴も上げることなく撃墜されるキャラもいれば、コクピットハッチを強引にこじ開けられゴリゴリムシャムシャと食べられるキャラもいたりと、戦場の悲惨さがこれでもかと描かれるのだ。死にゆく美少女たちを演じる声優陣の演技もすさまじいものがある。狂気に囚われ、ひたすらBETAをナイフでめった刺しにする金元寿子演じる能登和泉の姿や、死を目前にして「殺して!」と泣き叫ぶ植田佳奈演じるクール系美少女の山城上総と、絶叫しつつ彼女を銃で撃ち抜こうとする中原麻衣演じる篁唯依の掛け合いは鳥肌モノ。  冒頭で「美少女たちが乱舞する萌えアニメではない」旨の解説をしたものの、二次元キャラたちが表情をゆがめてあらわにする生々しい人間の感情が噴出し始める第2話は、ある意味、非常にセクシャルで、ともすればちょっぴりアブない性癖を喚起してしまいそうなほどの迫力と魅力に満ち溢れている。  閑話休題だが、ロボットアニメはその誕生の瞬間より「男子の身体拡張願望」を描き続けてきたジャンルだといえる。例を挙げるならば、『マジンガーZ』は「兜甲児がマジンガーZの脳となることで、巨大な力を制御下に置く」という分かりやすい形でそれを示してくれたし、『機動戦士ガンダム』では、「未成熟な少年であるアムロ・レイが父親的存在を乗り越えていくための武装としてガンダムを操る」という、思春期の少年の成長を結びつけて描き出し、『ターンエーガンダム』では立派にそそり立つ男性器を模したコクピットまで登場。そんな「男の子の乗り物」であり、「願望」であり、「象徴」であるスーパーロボットに美少女が乗るという行為は、それだけでエロティックなメタファーを多分に含んでいる、といえる。  だからこそ、スーパーロボットに乗る美少女たちはそれだけで魅力的だし、僕らはそんな彼女たちが追い詰められていく姿にサディスティックな興奮を覚えるのだろう。この「美少女がロボットに乗り込むこと」に対するアブノーマルな感情と欲求を隠すことなくさらけ出した『トータル・イクリプス』第1話、第2話には全力でスタンディング・オベーションを送りたい。  ただ、当初本作の監督を務めていた稲垣隆行氏は、この第1話、第2話に全力投球しすぎたため、第3話以降の制作スケジュールを圧迫。第10話より稲垣氏は脚本・シリーズ構成に集中。それまで副監督を務めていた安藤正臣氏が監督を引き継ぐことが発表された(表記は第3話より変更になっている)。このスタッフ交代劇が今後、作品にどのような影響を与えるのかはまだ分からないが、願わくば第1話、第2話で見せたような、思い切りフェティッシュで過剰な演出はそのままに、もうちょっとだけ作画を安定させて、より視聴者の煩悩を刺激する映像を見せてほしい。 (文=龍崎珠樹) ■バックナンバー 【第16回】夏アニメの穴馬!? “いわく付き”SNSゲームアニメ『探検ドリランド』に熱視線 【第15回】 キーワードはホモソーシャルな描写!? 今夏は「乙女ゲーム原作アニメ」が熱い! 【第14回】「まるで90年代の夕方6時枠アニメ!?」『モーレツ宇宙海賊』の大器晩成ぶり 【第13回】もはや“声優アイドルフェス”!? アニソン重鎮不在の「アニサマ2012」に不安の声 【第12回】「期待外れ?」「これぞ京アニ?」 賛否両論『氷菓』の本当の見どころ 【第11回】「燃え上がれ、俺の小宇宙よ!」前作ファンもニヤリ『聖闘士星矢Ω』 【第10回】「見たかったのはコレジャナイ!?」声優アイドルアニメ『夏色キセキ』に早くも黄色信号 【第9回】大コケの『機動戦士ガンダムAGE』を徹底検証! 求められる新たな「ガンダム像」とは? 【第8回】アニメ業界の新トレンド!? “分割2クール作品”急増の裏事情 【第7回】ついに世代交代!? 若手アイドル声優が続々歌手デビュー 【第6回】AKB48 vs 声優アイドルユニット アニメ界もついにアイドル戦国時代突入か!? 【第5回】一流アニメファンなら女児向け作品もチェックせよ!? 『スマイルプリキュア!』 【第4回】過激なピンク描写が男子の下半身を直撃!『アマガミSS+ plus』 【第3回】今クール話題の学園モノを徹底分析!『男子高校生の日常』『Another』 【第2回】ロボット好き必見! 洗練されたメカたちが大活躍『輪廻のラグランジェ』 【第1回】水樹奈々が歌いながらバトル!? 「戦うヒロイン」アニメに大注目!