43歳の若さながら突然の引退を表明した、ダービージョッキー・藤田伸二。ここまで日本ダービーを含むG1レースを17勝、歴代8位となるJRA通算1918勝を記録した、誰もが認める名ジョッキーだ。レースで稼いだ賞金は24億円以上といわれ、『騎手の一分――競馬界の真実』(講談社現代新書)といった著作の多くが競馬界では異例のベストセラーになるなど、武豊騎手に続く人気を誇っていた。 藤田元騎手が引退を表明したのは、9月6日のレース終了直後。事前にマスコミを含め、JRA(日本中央競馬会)にすら伝えていなかったという前代未聞の引退劇だった。しかし、以前から競馬関係者の拠点である栗東(滋賀県)から、奥さんが雑貨店を経営する札幌へ住居を移すなど引退に向けた準備はしていたようで、関係者の間では「地元の札幌開催が最後だと思った」という声も聞かれていたという。 そんな藤田元騎手だが、引退にあたり、JRAのエージェント制度を批判したことも話題になった。競馬界の代理人制度ともいわれるエージェント制度とは、騎手に代わって競馬新聞の記者らが厩舎を回り、「どの騎手が」「どのレースで」「どの馬に乗るのか」を決める“慣習”である。藤田元騎手は自身の著作などでもこの制度を批判していたが、現役関係者は冷ややかな目で見ているという。関西の騎手はこう語る。 「もともと優秀なエージェントを雇って、優先的に実力のある馬を手配してもらい、レースに勝利して賞金を稼いでいたのは藤田さん本人。それを今さら批判するのは、正直みっともない。現場から誰も藤田さんに賛同する声が出ないのは、どの口がそれを……と思っているからですよ」 この騎手が語るように、本人も過去にエージェントを利用し、実力馬に乗ってG1レースを勝つなど、エージェント制度による恩恵があったのは否めない。特に関西所属の藤田元騎手が関東に遠征する際は、そのエージェントが騎乗馬確保に動いており、関東の馬でもG1レースを2勝しているほどだ。 藤田元騎手のエージェントを務めていたA氏は日本屈指の“敏腕”として知られ、藤田元騎手も多くの馬をこのA氏を通じて確保していたのだ。にもかかわらず今回のような批判をするのは「的外れ」という声も多く、その後エージェント制度に関して内外から声が上がっていないことからも、単に藤田元騎手の愚痴だったと見る向きが多い。 そもそも藤田元騎手は、2014年に出演したテレビ番組『有吉反省会』の中で、自らを「チャラい」「(既存のルールを)打ち砕いていこう」といった発言をしていたが、その破天荒ぶりを示すように、多くの武勇伝が存在する。レース中の若手騎手への恫喝、レース後の先輩騎手への暴言、極めつきは06年暮れに起こした飲食店店員に対する暴行事件(書類送検後、示談により起訴猶予で3カ月の騎乗停止処分)もある。そして本人にとって“悪い意味”で転機となったのは12年4月、信頼していたエージェントの死だろう。敏腕エージェントであったA氏の死を境に、藤田元騎手は騎乗確保が困難になり、さらに自由奔放な性格が災いして競馬界を牛耳るグループや大物馬主から敬遠され、騎乗が激減した。 最後にG1レースおよび重賞レースで勝利したのは11年12月であったことからも、やはり12年を境に生活環境は激変していく。藤田元騎手の年間勝利数は06年の127勝がピークで、その後10年まで100勝前後で推移し、11年59勝、12年31勝、13年50勝、14年は33勝、今年も引退当日の9月6日まで18勝と大幅に減少している。加えて11年には年間重賞8勝を記録したが、12年以降は未勝利。また13年に競馬界の内部事情に触れた本『騎手の一分』の出版で関係者から距離を置かれるようになり、弟のようにかわいがっていた若手騎手も離れていってしまった。 この環境でプライドの高い藤田元騎手がモチベーションを維持できるはずもなく、騎手生活を終了するという選択に至ったのである。 ●引退の裏側に見える、ある競馬予想会社の存在 さて、15年9月6日、藤田元騎手の引退表明と同時に、ある競馬サイトに本人の直筆メッセージが公開された。そのサイトでは藤田元騎手が引退直後の9月8日に、札幌にオープンするカフェバー「cafe bar favori」を紹介している。さらにそのサイトに記載されている引退表明後のサポートやマネジメントをすることになったO社のM社長は、北海道出身で藤田元騎手と20年ほどの付き合いがある人物。藤田元騎手が親友と認める数少ない一人だ。そのM社長、過去に札幌のカラオケコンテストで2位になるなど歌唱力に定評があり、飲食店経営を経て、歌手デビューを目指して上京。その際、CDデビューの面倒を見たのが東京を拠点にする某競馬情報会社グループだったという。 「松本大地の名前でデビューし『ありがとうのうた』は、北海道日本ハムファイターズの公認ソングに決定するも、その後、歌手として成功するには至らず、北海道全市町村を回るなどといった企画も頓挫。以降は大きな活動はしていませんでしたが、今では歌手は諦めたようですね」(芸能関係者) O社は同グループが陰で設立したという会社で、社名はそのグループ名から一字をもらったそうだ。 実は同グループ、過去に法人税法違反で二度起訴されて、実質代表だったS氏は実刑が確定。このS氏は静岡出身の元暴力団組員である広域暴力団のフロント企業として、不動産、飲食、芸能興行など多岐にわたって展開していたと報じられた。11年2月には「週刊文春」(文藝春秋)による記事に端を発し、当時与党だった民主党議員(野田佳彦、蓮舫、前原誠司など)への黒い献金疑惑が国会で追及されたが、同年3月に発生した東日本大震災の影響で、うやむやになったという。事情を知る競馬関係者は、次のように語る。 「藤田さんが競馬サークルから離れて活動するにあたり、バックアップをしたのがそのグループとみられています。おそらく藤田さん本人はご存じないでしょうが、今もJRAがマークする競馬予想会社の一つであるため、藤田さんを集客に利用するのでは、といった声もあるみたいですね」 ただし藤田元騎手本人は競馬業界内での活に動は消極的で、周囲の競馬関係者も非協力的な状況だという。それでも過去に発刊した書籍の販売が好調だったため、現在藤田元騎手による本の出版や雑誌のコラム、対談などが企画されているとの話もある。その書籍で競馬界の裏事情を暴露されるのではないかと、JRA、騎手、馬主、調教師は戦々恐々としているというが、あまり過激なことは書けないのではと、ある出版関係者が語る。 「藤田さんの姪が大手芸能プロ・スターダストプロモーションに所属し、芸能活動をしているためか、あまり敵を作りたくないともっぱらだそうです。AKBグループや演歌の大御所・北島三郎さんなど、芸能界には馬主も多いですから。あまり過激な本を書いて姪に飛び火するのは避けたいはずです」 43歳といえば、サラリーマンでは最も脂が乗っている時期。アスリートとはいえ体力の限界ではなくモチベーションや制度への不満が引退の要因のようだが、本人はこれからどんな活動をしていくのだろうか。多彩な才能を持つ希有な存在だけに今後はマルチな活躍が見られると思われるが、多くの競馬ファンから慕われる存在でもあり、経験と見識を生かして、いつまでも競馬に接していってほしいものである。 (文=桑山謙太郎)※イメージ画像
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エージェント批判、暴力団フロント企業との関係、そして芸能活動をする姪……引退を発表した藤田伸二元騎手の素顔
43歳の若さながら突然の引退を表明した、ダービージョッキー・藤田伸二。ここまで日本ダービーを含むG1レースを17勝、歴代8位となるJRA通算1918勝を記録した、誰もが認める名ジョッキーだ。レースで稼いだ賞金は24億円以上といわれ、『騎手の一分――競馬界の真実』(講談社現代新書)といった著作の多くが競馬界では異例のベストセラーになるなど、武豊騎手に続く人気を誇っていた。 藤田元騎手が引退を表明したのは、9月6日のレース終了直後。事前にマスコミを含め、JRA(日本中央競馬会)にすら伝えていなかったという前代未聞の引退劇だった。しかし、以前から競馬関係者の拠点である栗東(滋賀県)から、奥さんが雑貨店を経営する札幌へ住居を移すなど引退に向けた準備はしていたようで、関係者の間では「地元の札幌開催が最後だと思った」という声も聞かれていたという。 そんな藤田元騎手だが、引退にあたり、JRAのエージェント制度を批判したことも話題になった。競馬界の代理人制度ともいわれるエージェント制度とは、騎手に代わって競馬新聞の記者らが厩舎を回り、「どの騎手が」「どのレースで」「どの馬に乗るのか」を決める“慣習”である。藤田元騎手は自身の著作などでもこの制度を批判していたが、現役関係者は冷ややかな目で見ているという。関西の騎手はこう語る。 「もともと優秀なエージェントを雇って、優先的に実力のある馬を手配してもらい、レースに勝利して賞金を稼いでいたのは藤田さん本人。それを今さら批判するのは、正直みっともない。現場から誰も藤田さんに賛同する声が出ないのは、どの口がそれを……と思っているからですよ」 この騎手が語るように、本人も過去にエージェントを利用し、実力馬に乗ってG1レースを勝つなど、エージェント制度による恩恵があったのは否めない。特に関西所属の藤田元騎手が関東に遠征する際は、そのエージェントが騎乗馬確保に動いており、関東の馬でもG1レースを2勝しているほどだ。 藤田元騎手のエージェントを務めていたA氏は日本屈指の“敏腕”として知られ、藤田元騎手も多くの馬をこのA氏を通じて確保していたのだ。にもかかわらず今回のような批判をするのは「的外れ」という声も多く、その後エージェント制度に関して内外から声が上がっていないことからも、単に藤田元騎手の愚痴だったと見る向きが多い。 そもそも藤田元騎手は、2014年に出演したテレビ番組『有吉反省会』の中で、自らを「チャラい」「(既存のルールを)打ち砕いていこう」といった発言をしていたが、その破天荒ぶりを示すように、多くの武勇伝が存在する。レース中の若手騎手への恫喝、レース後の先輩騎手への暴言、極めつきは06年暮れに起こした飲食店店員に対する暴行事件(書類送検後、示談により起訴猶予で3カ月の騎乗停止処分)もある。そして本人にとって“悪い意味”で転機となったのは12年4月、信頼していたエージェントの死だろう。敏腕エージェントであったA氏の死を境に、藤田元騎手は騎乗確保が困難になり、さらに自由奔放な性格が災いして競馬界を牛耳るグループや大物馬主から敬遠され、騎乗が激減した。 最後にG1レースおよび重賞レースで勝利したのは11年12月であったことからも、やはり12年を境に生活環境は激変していく。藤田元騎手の年間勝利数は06年の127勝がピークで、その後10年まで100勝前後で推移し、11年59勝、12年31勝、13年50勝、14年は33勝、今年も引退当日の9月6日まで18勝と大幅に減少している。加えて11年には年間重賞8勝を記録したが、12年以降は未勝利。また13年に競馬界の内部事情に触れた本『騎手の一分』の出版で関係者から距離を置かれるようになり、弟のようにかわいがっていた若手騎手も離れていってしまった。 この環境でプライドの高い藤田元騎手がモチベーションを維持できるはずもなく、騎手生活を終了するという選択に至ったのである。 ●引退の裏側に見える、ある競馬予想会社の存在 さて、15年9月6日、藤田元騎手の引退表明と同時に、ある競馬サイトに本人の直筆メッセージが公開された。そのサイトでは藤田元騎手が引退直後の9月8日に、札幌にオープンするカフェバー「cafe bar favori」を紹介している。さらにそのサイトに記載されている引退表明後のサポートやマネジメントをすることになったO社のM社長は、北海道出身で藤田元騎手と20年ほどの付き合いがある人物。藤田元騎手が親友と認める数少ない一人だ。そのM社長、過去に札幌のカラオケコンテストで2位になるなど歌唱力に定評があり、飲食店経営を経て、歌手デビューを目指して上京。その際、CDデビューの面倒を見たのが東京を拠点にする某競馬情報会社グループだったという。 「松本大地の名前でデビューし『ありがとうのうた』は、北海道日本ハムファイターズの公認ソングに決定するも、その後、歌手として成功するには至らず、北海道全市町村を回るなどといった企画も頓挫。以降は大きな活動はしていませんでしたが、今では歌手は諦めたようですね」(芸能関係者) O社は同グループが陰で設立したという会社で、社名はそのグループ名から一字をもらったそうだ。 実は同グループ、過去に法人税法違反で二度起訴されて、実質代表だったS氏は実刑が確定。このS氏は静岡出身の元暴力団組員である広域暴力団のフロント企業として、不動産、飲食、芸能興行など多岐にわたって展開していたと報じられた。11年2月には「週刊文春」(文藝春秋)による記事に端を発し、当時与党だった民主党議員(野田佳彦、蓮舫、前原誠司など)への黒い献金疑惑が国会で追及されたが、同年3月に発生した東日本大震災の影響で、うやむやになったという。事情を知る競馬関係者は、次のように語る。 「藤田さんが競馬サークルから離れて活動するにあたり、バックアップをしたのがそのグループとみられています。おそらく藤田さん本人はご存じないでしょうが、今もJRAがマークする競馬予想会社の一つであるため、藤田さんを集客に利用するのでは、といった声もあるみたいですね」 ただし藤田元騎手本人は競馬業界内での活に動は消極的で、周囲の競馬関係者も非協力的な状況だという。それでも過去に発刊した書籍の販売が好調だったため、現在藤田元騎手による本の出版や雑誌のコラム、対談などが企画されているとの話もある。その書籍で競馬界の裏事情を暴露されるのではないかと、JRA、騎手、馬主、調教師は戦々恐々としているというが、あまり過激なことは書けないのではと、ある出版関係者が語る。 「藤田さんの姪が大手芸能プロ・スターダストプロモーションに所属し、芸能活動をしているためか、あまり敵を作りたくないともっぱらだそうです。AKBグループや演歌の大御所・北島三郎さんなど、芸能界には馬主も多いですから。あまり過激な本を書いて姪に飛び火するのは避けたいはずです」 43歳といえば、サラリーマンでは最も脂が乗っている時期。アスリートとはいえ体力の限界ではなくモチベーションや制度への不満が引退の要因のようだが、本人はこれからどんな活動をしていくのだろうか。多彩な才能を持つ希有な存在だけに今後はマルチな活躍が見られると思われるが、多くの競馬ファンから慕われる存在でもあり、経験と見識を生かして、いつまでも競馬に接していってほしいものである。 (文=桑山謙太郎)※イメージ画像
“大荒れ”安保騒動の陰で……労働者の賃金がどんどん下がる「改正労働者派遣法」施行の恐怖
安全保障関連法案をめぐる与野党の対立が激化した中で、ドサクサ紛れの法改正が強行された。9月11日、国会で可決された「改正労働者派遣法」は施行が同月30日、わずか3週間足らずで周知期間も置かないまま強行されることになった。国民からの意見を募るパブリックコメント(意見公募制度)は、たった3日間で締め切りだった。 同法最大の眼目は、ソフトウェア開発や秘書、書籍編集など一部専門業務で最長3年までとなっていた派遣期間の制限を撤廃し、同じ部署で働ける期間を3年に制限することで3年ごとに派遣労働者を入れ替えながら継続的に雇用することができるというもの。勤務3年を過ぎた派遣社員に対しては、直接雇用を派遣先に依頼することなどを義務づけているが、派遣先に、これに応じる義務はないという。 これを厚生労働省は「派遣労働者の正社員への道を開くもの」とし、経団連会長も「経済界としては歓迎」と喜んだが、当の労働者側からは「3年ごとに派遣労働者を入れ替えれば、何年でも同じ業務を任せることができるし、依頼の義務付けも、しょせんは依頼のみで、断られたら終わり」と抜け道の指摘があった。 民主党の山井和則衆院議員も「若者が正社員になりにくくなり、一生派遣という若者が増える」と格差社会への危惧を示し、ほかからも「見方を変えれば大改悪」という声すら上がっていた。 同法はこれまで2度廃案になっていたところ、昨年3月に改正案が再提出されたものだが、安保問題による審議の遅れなどを理由に、可決からわずか19日間で施行されることになってしまった。 同法の是非はともかく、その施行までの経過がいかに不自然なものであったかは厚労省の動きに見てとれた。厚労省は同法のパブリックコメントを可決から4日後の15日に始めたが、なんと受付期間は17日に締め切り。わずか3日間だけの意見募集というのは、あまりに乱暴な話。これについて、労働法に詳しいジャーナリストはこう憤る。 「行政手続法39条3項で、意見提出期間は30日以上と定められているんですよ。例外規定はあるものの、これはひどすぎます。厚労省は、安保問題で国会が荒れている中、メディアの関心が薄いタイミングを狙ったとしか思えないのです」 そこまでして安倍政権が同法の成立を進めた理由は一体なんだったのか。厚労省に出入りする別の事情通は「おそらくこれは同一労働、同一賃金が狙い」とする。 「派遣社員の地位向上というのは表向きの建前で、これは正社員を派遣社員レベルの待遇に合わせていく話の第一歩。おそらく今後、労働基準法改正による残業代のカットなど経営者に都合のいい話が続出するはず。規定された専門業種というのも範囲を広げる方向で話が進んでいて、最終的には労働者の実質賃金がどんどん引き下げられるでしょうね」 少子化で人口が減少するというのに、貴重な労働者の待遇が下げられるというのなら、安保問題に劣らぬ怖い話。厚労省の動きがあまりに姑息すぎて、事情通の言うような事態になるのではないかという不安が拭えない。 (文=ジャーナリスト・片岡亮)
石田純一はノリノリでマイクパフォーマンス! 安保法案可決で見えた、デモ隊の実像とは
安保法案が19日未明、参院本会議で可決、成立した。自民党など政権与党は数で有利に立つため、野党は“時間切れ”を狙ってアノ手この手を繰り出したが、それも最後はネタ枯れ。 「山本太郎議員の1人牛歩戦術には笑いましたが、あれはあれで抗議の意を示したということ。デモも不発に終わりました」とは社会部記者。採決は未明までかかることは当初から予定されていたが、それでも一部の一般紙記者は“不測の事態”を想定していたという。 「最も恐れていたのは、一部のデモ隊が暴徒化し、国会に乱入することでした。採決当日、国会前に集まったデモ隊の数は1万人を超えていた。そのうちの一部が逮捕を覚悟で国会に突っ込み、そこから雪崩のように群衆が押し入ることを警察当局は警戒していた」(同) しかし、それは起きなかった。いや、起こす勇気がなかったというべきか……。芸能プロ関係者が苦笑する。 「採決前日には、石田純一がこれみよがしにデモに参加し『戦争は文化じゃない!』と叫んでいましたが、あれも結局はパフォーマンスでしかない。所属事務所に止められて、採決当日はすんなりと引き下がったようですから(笑)」 デモ隊の中には、国会前で仲良く記念写真を撮るグループや、若い女子学生をナンパする男性など、観光気分で参加する者がいたことは事実。前出の社会部記者は「結局は、その程度ということ。1970年の安保闘争の時は、全共闘のメンバーが丸太を持って防衛庁に突入し、逮捕者も出た。今回のデモは“お祭り”的な要素も多分にあった。大ごとにならず、我々も締め切り時間に間に合ったわけですから、よかったですけどね」と笑う。 来夏の参院選でも安保法制が議論されそうだが、今回でデモ隊の“底”が見えてしまった感は否めない。石田純一オフィシャルホームページより
石田純一はノリノリでマイクパフォーマンス! 安保法案可決で見えた、デモ隊の実像とは
安保法案が19日未明、参院本会議で可決、成立した。自民党など政権与党は数で有利に立つため、野党は“時間切れ”を狙ってアノ手この手を繰り出したが、それも最後はネタ枯れ。 「山本太郎議員の1人牛歩戦術には笑いましたが、あれはあれで抗議の意を示したということ。デモも不発に終わりました」とは社会部記者。採決は未明までかかることは当初から予定されていたが、それでも一部の一般紙記者は“不測の事態”を想定していたという。 「最も恐れていたのは、一部のデモ隊が暴徒化し、国会に乱入することでした。採決当日、国会前に集まったデモ隊の数は1万人を超えていた。そのうちの一部が逮捕を覚悟で国会に突っ込み、そこから雪崩のように群衆が押し入ることを警察当局は警戒していた」(同) しかし、それは起きなかった。いや、起こす勇気がなかったというべきか……。芸能プロ関係者が苦笑する。 「採決前日には、石田純一がこれみよがしにデモに参加し『戦争は文化じゃない!』と叫んでいましたが、あれも結局はパフォーマンスでしかない。所属事務所に止められて、採決当日はすんなりと引き下がったようですから(笑)」 デモ隊の中には、国会前で仲良く記念写真を撮るグループや、若い女子学生をナンパする男性など、観光気分で参加する者がいたことは事実。前出の社会部記者は「結局は、その程度ということ。1970年の安保闘争の時は、全共闘のメンバーが丸太を持って防衛庁に突入し、逮捕者も出た。今回のデモは“お祭り”的な要素も多分にあった。大ごとにならず、我々も締め切り時間に間に合ったわけですから、よかったですけどね」と笑う。 来夏の参院選でも安保法制が議論されそうだが、今回でデモ隊の“底”が見えてしまった感は否めない。石田純一オフィシャルホームページより
洪水被害の鬼怒川に出没した中国人窃盗団に、ミュージカル俳優の影? 目撃者「同一人物だと思った」
台風で堤防が決壊した鬼怒川の被災地周辺で、中国人窃盗団が混乱に乗じた悪質な「財宝狩り」をしているという。 東日本を襲った豪雨で、茨城県・鬼怒川の堤防が決壊。水害の後、泥に覆われた自宅は水道・電気などのライフラインも復旧していないところが多く、道路にはガレキやゴミの山が散乱していることから、各地で渋滞も発生。被災者の行き来はままならず、5日が経過しても3,000人近くが避難したままだ。 そこに付け入ったのが窃盗犯で、県警によると被災以降に「自宅を物色されて現金が盗まれた」などの被害届が20件以上。一部集落では「犯人は4~5人の集団で、中国語をしゃべっていた」という目撃情報から、中国人窃盗団の可能性が浮上してきた。ただ、被災直後から救援優先で本格的な捜査の着手に至っていないようで、現時点では不安だけが広がっている。 「地元のパトロール団に似た統一した服装をしていて、夜に活動していた」という情報が寄せられている中国人窃盗団については、さらに犯人のひとりが昨年12月に日本でミュージカルに出演していた中国人俳優ではないかという疑惑も聞かれる。「見た目がそっくりだった」とする女性は、たまたま都内で行われた公演を観劇していたため「同一人物だと思った。一瞬、目の錯覚かと思ったほどよく似ていた」と話した。 その中国人俳優はアクションが得意で、独特のジャンプをすることで知られるが、女性が目撃した際も3~4人の仲間と民家から飛び出し、同じジャンプをしていたというのだ。 犯人がその俳優であるかはハッキリしていないが、過去、摘発された中国人窃盗団では、別の職業で来日しながら、そのまま不法滞在して犯行グループ入りした例は枚挙にいとまがない。 県警の話では盗難被害の大半が一戸建ての住宅で、財布や貴金属を盗まれており、その手慣れた犯行は「中国人窃盗団マフィアの手口とも思える」という。 「プロの窃盗団は、木登りができるとか泳ぎが得意とか、各々スキルのある者で構成されていることが多く、川が氾濫したときに救助のフリをしてボートで移動した例がある。万一、警察に見つかってもボランティアスタッフを装ったり、ひどいときは被災した観光客を装うこともある」 そんな話を聞いた鬼怒川温泉の旅館経営者は、館内に大きな金の置物が取り付けてあることから「盗られるのが怖い」と避難しなかったという。被害は床下浸水で、ほかと比べて軽度ではあったが「暖房も水もダメ」という状況。それでも「離れることはできない」としている。この経営者によると「ほかでは、強引な営業をかける複数のリフォームが連続して押しかけてきたらしい」というから、水害以外の敵に悩まされている被災者があまりに気の毒だ。 (文=ハイセーヤスダ)鬼怒川決壊を伝える動画(AFPBB News)より
ホームページ立ち上げに非難殺到! 元少年Aは、まだ本当の“恐怖”を知らない――
前代未聞だ。1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の「元少年A」を名乗る人物が、公式ホームページを立ち上げ、物議を醸している。 宣伝になるのでサイト名は割愛するが、そこにはAのプロフィールや趣味で描いたというイラスト、写真、本や映画のレビュー、そして著書『絶歌』(太田出版)に対する自画自賛の紹介文が掲載されている。 その中の「ギャラリー」には自身が書いた不気味なイラストのほか、顔を布で覆ったAと思しき写真も数点確認できる。「まるで自分の才能をアピールしているかのよう。こんなことを許していいのか。腹立たしい気持ちです」とは週刊誌デスク。 犯罪史上に名を残す「悪のヒーロー」であることを自覚し、世間を挑発しているかのようだ。 だが、いつまでも調子に乗らせとくわけにもいくまい。同ホームページにはメールフォームが設置されており、現在、Aには殺害予告に近い誹謗中傷が殺到しているという。 さらにAには“泣きどころ”がある。某週刊誌記者が声を潜めて語る。 「実は6月に『絶歌』を出版したあと、某マスコミがAの近影を撮っているんです。もちろん実名も把握しています。プライバシー的な問題で掲載は見送ったようですが、今回の騒動で『やっぱり出すべきだ』という議論が高まっているといいます」 法的には罪を償なっているだけに、掲載を強行すれば人権団体から編集部に抗議電話が殺到するのは確実だが……。 「それでもかつての週刊誌『フォーカス』(光文社)は少年Aの顔写真を載せた。現在のAを写真付きで実名報道すれば、雑誌は飛ぶように売れるでしょう。すでに動いている社もあると聞いています」(同) 目立ちすぎたAは、ここから本当の“恐怖”を味わうことになりそうだ。『絶歌』(太田出版)
山口組の分裂でディナーショータレントに“ネジレ現象” 芸能界が大混乱へ
山口組が分裂し、山健組ら13団体が「神戸山口組」を立ち上げた結果、本家と離脱組の間で縄張り争いにならないかと、関西の歓楽街にある風俗店などから不安の声が上がっているという。同様に芸能界でもタレントのディナーショーに関係して、山口組と長年の付き合いがある興行主は「どうなるのかとハッキリ聞けないし、不安はある」と話す。 叔父が1980年代まで山口組の仕切りでディナーショーを開催してきたというプロモーターの辰巳義男氏(仮名)は、2003年ごろに自身の手で興行事業を再開。その際に「一応の義理立てとして、叔父と付き合いがあった山口組の方に謝礼を持っていき、興行のたびにその挨拶だけを続けている」という。 「具体的には言えませんが、不安なのは開催場所の縄張りと、出演タレントの人脈で、面倒を見ている組が違ったりするところ。今回の分裂で、その部分が分かれてしまったケースが年末にあって、挨拶はどうしたらいいものかと悩んでいます」と辰巳氏。 こうした業界のネジレ現象はほかでも起こっているようだが、「仲介する有力者がいるところはそこで話をつけると聞きますが、ウチみたいな弱小業者はそういうものもなく、トラブルの予感があるなら最悪、興行自体を自粛するしかない」(同)。 近年の暴力団排除の流れで、芸能人と暴力団のつながりはほとんどが切り離されてはいるが、それでも辰巳氏の言う「有力者」を通じてつながりを残していたり、個々の付き合いが続くところもあるようだ。その中で特に暴力団が介在しやすいのが、ホテルや高級宴会場でのディナーショーだという。実際、過去に暴力団との関係が取り沙汰されて開催自体がキャンセルされた演歌歌手のショーもあった。 一方で、こうした暴力団が地域と共存共栄をしようという動きもある。暴力団排除条例以来、年々縮小するヤクザの世界では「ここは俺のシマだ」「ウチのニワだ」と争ってはいられなくなってきたところがあり、暴力団事情に詳しい作家の影野臣直氏によると「ヤクザが芸能プロダクションを経営し、興行主となっていたのは昔のこと。今は暴排条例の影響で、ヤクザが表立つと興行を開けないのが現状」というから、波風を立てず、辰巳氏からのような細々とした謝礼を受け取っているところもある。 「ただ、今回のように組織を割った組がその地域で興行を行うとなると、タダでは済まされないでしょう。そもそも、興行の面倒を見られたのも大組織の代紋があってのこと。組織を出るということは、本来そのシノギ(収入源)をすべて返さなくてはならない」(影野氏) 興行の利権は暴力団にとって大きな資金源であり、組織の威光も資金力がものをいうところがある。「だから、返せと言われても簡単にはいかないでしょう。それが火種となるかもしれません」と影野氏。 芸能人にとって、暴力団絡みのディナーショーは出演料以上のご祝儀が集まるともいわれるが、今回の分裂騒動が他人事ではない芸能人も少なくなさそうだ。 (文=ハイセーヤスダ)『血別 山口組百年の孤独』(サイゾー)
ネット掲示板で“レイプ仲間”を募集 大阪府警に象徴される警察の「超絶不祥事」の数々
これでは、一般人は誰に守ってもらえば良いのか、本当にわからなくなる。 女性を監禁し、集団で乱暴したとして、大阪府警捜査1課は7日、監禁と集団強姦容疑で、大阪府警箕面署刑事課の巡査部長、梅本大輔容疑者(36)と、元府警警察官で配送運転手の溝畑優(ゆう)容疑者(32)を逮捕したと発表した。 昨年12月、2人は数人の男とともに、大阪市天王寺区内のホテルで乱暴しようと20代の女性をホテルの一室に監禁。両手をひものようなもので緊縛して肩や足を押さえつけ、アイマスクのようなもので目隠しするなどして乱暴したとしている。 レイプ自体、到底許されるものではないが、何より世の中を憤慨させたのは、溝畑容疑者がインターネットの掲示板で集団強姦を呼びかけ、梅本容疑者を含む数人の男と犯行におよんだ点だ。2009年にも、インターネットの交流サイトで仲間を募り、東京都内で約10件の集団強姦致傷や逮捕監禁を犯した容疑で4人が逮捕される事件があったが、今回は現職の巡査部長と元警察官が主犯というのだから、呆れてものも言えない。 「指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の分裂騒動で世の中がピリピリと張り詰めている時に、とんでもない事件が表立ってしまったものです。山口組の総本部は神戸ですから、目と鼻の先である大阪は、当然警戒を強めなければなりません。これまで以上に府警の腕が試されるところでしょうに、あまりに非人道的な事件を起こしてしまい、信頼の失墜は避けられないでしょう」(記者) 12年には海水浴場で知り合った少女を乱暴した容疑で、府警布施署地域課の巡査長(当時27)が逮捕(後に起訴)。13年には堺署で起きた公務執行妨害事件に関する虚偽調書作成事件など、近年の大阪府警は悪質な不祥事、犯罪が続発している。「またか」「暴力団と警察の区別がつかない」など、驚きよりも呆れる声が多いようにも思う。 「大阪府警のみならず、警察のモラル低下はずいぶん前から叫ばれています。今回は単に犯罪を犯しただけでなく、ネット犯罪者の手法を取り入れた悪質極まりないもの。これはもう“人間性”そのものの問題ですよ。居酒屋やバーで時折警察官であることを自慢する人間に出会いますが、『元暴走族』『今まで運動だけしかしていない』など、過去の下らない自慢を繰り返す連中も少なくありません。組織としてのモラル向上以前に、採用試験の方法から見直す必要に迫られているように思えてならないのです」(同) 厳しい訓練や規律に耐えてこその警察官。多大なストレスによって犯罪や女性への悪戯に走ってしまう人間心理があるとしても、街や国の治安を守る立場にあり、責務に見合う収入(平均年収800万円以上)も得ている状況で、あらゆる言い訳は通用しない。 8日、『5時に夢中!』(TOKYO MX)でタレントの岡本夏生が同事件に対し「女性側も、自分の身は自分で守っていかないと。知らない男について行ったり、ウマ味のある話に乗っからないようにしなきゃいけない」と語っていたが、警察に全面的な信頼をおけない今、女性に限らず一般人は無用なトラブルや犯罪に巻き込まれない“自衛手段”を、これまで以上に講じる必要があるのではないか。『大阪府警察』(wikipedia)
レイプ未遂で“手紙”残し逮捕されたNTT東日本社員の素性「連続12回オナニー」「風俗1日4軒ハシゴ」
レイプ未遂した被害者宅に手紙を残してくるという、あまりに稚拙な犯行に捜査員もビックリだが、容疑者を知る人物からは「ものすごい性欲の人物だった」という話もある。 9月7日、警視庁に逮捕されたのは、ボート競技の元日本王者でNTT東日本社員の遠藤光容疑者。7月16日の深夜、都内アパートに住む20代女性の部屋に侵入して乱暴しようとした疑いだ。 就寝中だった女性に目隠しし、両手を粘着テープで縛って暴行しようとしたが、激しく抵抗されためにその場から逃走。しかし、女性宅の玄関ポストに「事件についてばらされたくなかったらメールしろ」とメールアドレスを書いた手紙を投函したことから、容疑者として浮上していた。遠藤容疑者は調べに対し「間違いない」と容疑を認めているという。 あまりに短絡的な犯行に及んだ遠藤容疑者だが、ボート競技では知られた選手だった。2012年の全日本選手権で優勝してNTTに入社。日頃は東京・港区で営業マンとして働き、13年には韓国での世界選手権に出場(7位)した日本代表で、同僚からの熱い応援も受けていた。 学生時代に容疑者と合宿経験もある知人は「まさか!」と驚く。 「学生時代からイケメンでしたが、よくしゃべる方でもないので、女性に対して器用なタイプには見えなかったです。恋人がいたというのも聞いたことはなかった。ただ、性格は優しい感じでしたから、まさかレイプなんてと今でも信じられないです」 少しおとなしめの好青年という遠藤容疑者だが、ただし「異性の話になると、身を乗り出すように話をしていた」という一面もあったと知人。 「それだけなら普通の男子学生ですけど、連続オナニーの回数を競おうって話になった時、遠藤クンが『12回はいける』って言って、みんなびっくりしたんですよ。冗談かもしれませんけど、別の友人から聞いたウワサでは、1日で風俗店を4軒もハシゴしたなんて話が聞かれたり、性欲はかなり強かったんじゃないですかね……。積極的に友達と遊ぶ方ではないので、最近はすっかり疎遠になっていましたが」(同知人) また、顔見知りのNTT女性社員からは「話したことはなかったけど、顔がかっこよくて体格もよかったので、どんな人か興味はあった」という話も聞かれた遠藤容疑者。優秀なスポーツ選手で大手企業の社員、ルックスも“良”とくれば、犯罪を手に染めずとも女性に不自由しない方法があったように思えるのだが……。 (文=ジャーナリスト・片岡亮)事件を報道する動画(ANN News CH)より







