“妻の謝罪”にドン引き……5人不倫告白の乙武洋匡氏に、周囲から「5人で済むわけない」の声も

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写真=岡崎隆生
 5人の女性と不倫関係にあったことが発売中の「週刊新潮」(新潮社)で報じらているタレントで作家の乙武洋匡氏だが、周辺から「5人なんて、そんな少ないわけがない」という声が上がっている。  乙武氏を知る雑誌編集者は「彼の女好きは業界じゃ有名だし、5人どころじゃないと思う。結婚前後から別の女性の存在はいつもあったし、みんな障害者だからと気を使って黙っているけど、彼と付き合いの長い人ならみんな知ってるでしょ」と明かし、あるテレビ関係者はSNSで「5人? いやいや僕が知ってるだけでも二桁はいるんだけどw 5人だけ認めればみんなビックリするからそこは疑わないもんね。奥さんに謝罪させるとか、素早く終息させる方法を必死で考えたっぽいのは乙武君らしい」と書いている。  450万部を超える大ベストセラー『五体不満足』(講談社)の著者で、2013年から昨年末まで都の教育委員を務めていた乙武氏は、01年に大学の後輩、仁美さんと結婚。長男(8)、次男(5)、長女(1)の3人の子を持つ父親だ。  しかし「週刊新潮」では昨年末、20代後半の女性とフランス、チュニジアを旅行し、「ダミー」として男性も同行させていたと伝えられている。同誌の直撃に乙武氏は当初、不倫を否定していたが、最終的に「彼女とは3、4年前からのお付き合い」「肉体関係もあります。不倫と認識していただいて構いません」と認め、さらに過去5人の女性との不倫があったと告白したという。  その後、乙武氏は公式サイトで謝罪文を掲載したが、同時に「妻は私を許し、やり直そうと言ってくれました」として妻の謝罪文も掲載。仁美さんは「このような事態を招いたことについては、妻である私にも責任の一端があると感じております」とした。  周囲から「5人どころじゃないはず」といわれる乙武氏の浮気癖、実際のその人数はわからないが、周囲に「テロの現場視察」などと言ってダミーの男性まで同行させていた手口は相当に手慣れたもの。確かにこの方法なら、長い間不倫をしていてもバレなかっただろう。  ただ、乙武氏には過去、不倫疑惑が持ち上がったこともある。3年前に銀座の隠れ家的なレストランで、車椅子を理由に入店拒否された騒動の際は、いつも付き添う介助スタッフがおらず、妻ではない別の女性と2人っきりで、仕事時のスーツ姿でもなかったことなどから「浮気」の現場と疑われていた。  ある業界人は「親しい人には妻に浮気がばれない方法を自慢していた彼が、今回それがバレそうになって入店拒否騒動に置き換えたのは見事な戦術!」とまでTwitterに書いており、騒動が不倫の隠ぺい工作だった可能性も浮上していた。  また、ある人物は同時期Twitterで「乙武の真実。もう10年ほどたちますが、乙武が嫁同伴でグアム旅行した時のことです。夜、女3人買ってました。なぜ知ってるか?それは添乗員が僕の同僚だからさ」などと書いていた。  この頃、実は「週刊新潮」の記者が「乙武さんの浮気をやりたいんだけど、矢口真里の不倫が大きくなって延期」と筆者に話していたことがあった。同誌は、粘り強くこのネタを追い続けていたとみられる。  ちょうど乙武氏は夏の参院選で、自民党と日本を元気にする会の2党からの出馬オファーがあり、本人も「今後、政治という道がベストだと判断する時が来れば、私の中でそういう覚悟をする時が来るのかもしれません」と、前向きな話をしたばかり。新潮が不倫記事を出すには絶好のタイミングだったといえるが、それでも妻にまで謝罪させる本人の対応は、テレビ関係者が言う通り、早い終息を狙ったあざとさが感じられ、ジャーナリストの江川紹子氏もTwitterで「妻に謝罪コメント出させるなんて、サイテーだにゃ」と投稿している。  結婚直前まで3股交際だったと週刊誌に報じられたこともある乙武氏。過去にTwitterの「名作のタイトルに一文字足すとよく分からなくなる」というテーマに、自らの著書名をネタに『五体不倫満足』と投稿していたが、そこに「身体が不自由でも不倫が満足にできる」というような他意はあったのだろうか? (文=ハイセーヤスダ)

「野球選手は暴力団のカモ」野球賭博問題、山口組分裂で「試合どころじゃなくなる」!?

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ナベツネ辞任でも、騒動は収まらない!?
 プロ野球の賭博問題は、巨人・高木京介投手の1年間の失格処分で幕引きが図られようとしている。だが「このまま終わるはずがない」と明かすのは、ヤクザ実話誌の記者だ。というのも、指定暴力団・山口組の分裂が、この騒動に関係しているのだという。 「巨人選手の間に入り込んでいた闇社会の連中がいて、その中に山口組の分裂で仲たがいした関係者が複数いるんです。一方が巨人選手の弱みをネタにカネにしようと動いているところ、もう一方はこれを守って新たな弱みにしようとしているという話を聞きました。事実なら、相当厄介ですよ」(同)  巨人の渡邉恒雄・最高顧問の辞任にまで発展した野球賭博問題はその後、複数球団にわたって「声出し」と呼ばれる賭け行為や、高校野球を対象に金銭を賭ける「くじ」行為などが続々と明らかになり、球界全体を巻き込んだ大問題に発展している。  シーズンは予定通り開幕する見込みだが、「混乱した状況が続けば、試合どころではなくなるのでは?」と話すのは同記者だ。 「もともと野球選手は暴力団にとっていいカモで、大金を稼いでいても社会性に乏しいので取り込まれやすい。これを、一気に搾り取らず長期的に金を奪い続けるのがヤクザのやり方です。基本、ヤクザの息のかかったカタギの人間を接近させるんですが、表向きヤクザの姿はないので、高木投手みたいに『怖い人だと後でわかった』となるんです。モメたらモメたで、別のヤクザが『収めてやる』と出てくるのが、この世界の常套手段。実際には、2人のヤクザが仲間内で事態収拾を演出しているだけ。そうして新たな借りを作らせるんです」(同)  だが、今回の山口組の分裂で、事情が変わってきたのだという。 「高木投手には『問題の仲介人と手を切らせてやる』と怪しいコンサルタントの男が近寄っていたことがあるんですが、この男は組の分裂で、仲介人に反目していた人物なんです。通常なら出来レースであるところが、今回は本当に利権の奪い合いになっているらしいです。分裂している山口組は今、風俗店のみかじめなどでシノギの奪い合いになりつつあるので、高木投手はすべて告白してカタをつけたつもりでも、第5、第6の選手や関係者がいたら強硬的な動きが出てきて大変なことになるのでは……」(同)  実際、渡邉最高顧問ら上層部の辞任があったのも、暴力団からのユスリタカリの二次被害に遭わないためだという見方もあるほど。山口組は目下、昨年の分裂騒動以降、六代目山口組と神戸山口組が連日のように小競り合いを続けており、3月17日には大阪・堺市にある山口組系事務所の入り口に軽自動車が突っ込んだ。こうした衝突は関西で今年7件(23日現在)も発生しており、さらに17日には茨城・水戸市の山口組系事務所に、灯油入りの瓶が投げつけられた。この状況下、拳銃のヤミ売買で相場が高騰しているという物騒な話もある。  暴力団の抗争に巻き込まれる恐れについて巨人に問い合わせると「把握していない」と、冷たく電話を切られた。だが、暴力団との関わりは記者の電話のように簡単に切れるものではない。選手の身に、何もなければよいのだが……。 (文=ハイセーヤスダ)

自称“不遜”な小説家・天童荒太が描いた、震災5年目の「サバイバーズ・ギルト」

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 東日本大震災から5年。被災地からは続々と「復興」のニュースが届き、その安心感も手伝って、震災被害に思いを寄せる時間は格段に少なくなってきている。  直木賞作家・天童荒太の新作『ムーンナイト・ダイバー』は、そんな私たちに冷や水をぶっかける力作だった。描かれるのは、震災から4年半が過ぎた原発周辺地域。立ち入りが制限され、復興から取り残された町で行方不明になったままの方々の家族のために、主人公は月明かりだけを頼りに危険な海に潜って、遺品を拾い上げてくる。  あの震災を生き残ってしまった者の苦悩、いわゆる「サバイバーズ・ギルト」に苦しむ登場人物たちの姿は、あの日見た被災地のニュース映像を、自ら体験した大きな揺れとともに、まざまざと思い出させてくれた。  まだ、たった5年だった。深く自省しながら、ページを繰った。 ──深く自省しながら読み始めたのですが、そういう意識がすぐに吹っ飛んでしまったんです。どんどん読み進めてしまって、すごく面白い本を読んでいるという幸福感に包まれてしまい……。 天童 それは何よりです。願っていることなので(笑)。 ──幸福な読書体験だったのですが、読み終わった後に、少しだけ「私は震災を面白がってしまった」という罪悪感が湧いてきたんです。震災でつらい思いをした方がいる、まだまだいるということに思いを馳せようとして、思いを馳せながらも、時間を忘れて楽しんでいる自分がいた。そこに戸惑いを感じたんですね。 天童 それは自分が書くときにも生じるんですよ。『永遠の仔』で虐待された子を書くとき、あるいは『悼む人』で忘れられた人の死を書くときもそうですけれど、自分の中で昂揚感がなければ、表現として書くことができないですから。そうして昂揚していくときに「昂揚していいのか?」という罪悪感は、否定すべきものではないのではないか、と思っています。その罪悪感は、愛情の薄い人間だったり、「そんなことどうでもいいよ」と思っている人間だったら感じないものだから、肯定すべきものなのではないかと。それは人間の美質なんだろうと思います。大事なものだと思いながら表現しますし、届けるっていうのはありますね。 ──誠実さの裏返しとしての罪悪感。 天童 そう思っていましたし、物語の中の罪悪感、サバイバーズ・ギルトを書くときの基本路線はそれでしたね。生き残った側が、生き残ったことを幸せに思えない。「なんで俺が生きているのか」と。そのことを周囲は「おまえのせいじゃないんだから、そんなふうに考えるな」とか「くよくよせずに、そんなこと忘れて精一杯生きていけよ」って言い方をすると思うんですけれど、それは彼の持っている愛の豊かさを否定することになったり、大事に思う心を「忘れろ」と言っているに等しい。だから、言われた方はもっと苦しくなるし、「そんなことできない」と、もっと自分を責めてしまう。そういうことを、この世界はずっとしてきたんじゃないかと思ったんです。むしろ、そう思えることが愛の豊かさだし、忘れる必要もないし、そう思うことは大事なことだという社会に変わった方が、すごくいいんじゃないかっていう思いが根っこにあったんですね。
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■作家自身の震災体験と、「小説は不遜だ」という思い ──この作品の出発点となった2011年3月11日の東日本大震災を、どういう状況で迎えたのでしょうか。 天童 都内の自宅で、そのときは仕事はしていなかったですね。くつろいでいる時間帯でした。これだけの大きな揺れは経験したことがなかったので、とっさに思ったのは「これが東京の震源地ならいいんだけどな」ということでした。他が震源地だったら、その震源地はひどいことになっているだろうと。で、テレビをつけると、震源地は東北だった。これはもう尋常じゃないことが生じているだろうということを感じたのが、いちばん最初でしたね。 ──その報道を見ているときも、小説家としての職業意識は働くものですか? 天童 最初はやっぱり職業人としてではなく、属性のない一個の人間として驚愕の目で見ていました。小説家としてそこでできる仕事は、まずないので。ただ、2日3日たって、死者が1,500人、1,600人、もっと増えそうだとカウンティングが始まってきたときに……阪神淡路大震災の翌日に、自分の父親が亡くなっているんですね。これは病気で亡くなったので震災とは関係ないけれど、テレビでは「おまえの母ちゃんダメだったんだ」「えー!」みたいなことをずっと追いかけているし、地元の地方紙のお悔み欄に父親の名前を探したら、震災と関係なく大勢の方が亡くなっていて、子どももいて。人の死は死に方で扱いが変わるっていう現実を、肌感覚で感じたんです。その後、2001年の9.11があって、人の死がカウンティングされていくことの限界と、家族にとっては1万人分の1ではなく「オール」であるということのギャップに、我々はどう向き合っていけるんだろう。あるいは、向き合うことを忘れている世界は、人間にとって本来の幸せなのかと。3.11でも、カウンティングで災害の大きさが測られていくときに、またこのことが繰り返されていくのか、この世界は何も変わっていないということが、すごく重く堪えるようになってきた。そのときに、小説家として意識し始めたのかな。 ──その後、2011年の6月に、被災者にインタビューをするテレビの取材で陸前高田と大船渡に入っています。 天童 小説家として被災地に行くのは間違っている、という気がしていたので、葛藤はありましたね。そのときは『悼む人』を書いた人間としてどう思うかという取材依頼をいただいて、自分が媒介としての役割を果たせると思って、ようやく行けました。何かを表現するために行くっていうのは違うと思っていたんですが、小説家という人種は困ったもので、行くとそういう気持ちが絶対に芽生えるんです。単純にボランティアで行っても、それを何かに生かしてしまおうとするのではないか、という。 ──そのときの様子が『静人日記』の文庫版に収録されていますが、この文章は「一万五千、七千、という波底にもぐり、一つ一つのいのちの相貌を拾い上げられる本物の想像力がほしい」という一文で締めくくられています。これは「いつか小説を書くぞ」という決意表明だったのでしょうか? 天童 小説として書くことは、まったく考えていませんでした。現実を現実として表現するのは、小説として不遜であるという気持ちが強くあるんです。はっきり言えば小説はウソを通して真実を表現することなので、ああいう大きな災害は、ウソではなく現実を通して真実を伝えるべきだろうと。であれば、報道であったりノンフィクション、ドキュメンタリストの仕事なので、自分の仕事ではないという気持ちが強かったんですね。 ──書くにいたったきっかけというのは? 天童 あの震災が起きたときには、それまで経済優先だったがゆえに備えを低く見たり、怠ってきた部分があったのではないか? といった反省が起きたり、改めて人と人がつながり合うこと、絆が大事なのではないかという空気が生まれたにもかかわらず、1年2年たつうちにどんどん忘れられて……3.11以前にも増して、経済優先で格差を肯定している、あるいはそれによって孤立化が生まれ、モラルが中枢まで崩れていってしまうという現状がありました。それは根底に、我々が被災者を忘れようとしているがゆえに、自分たちの無意識のうちにも「利益を上げないと忘れられていくのではないか?」「悲しいことを背負ったら置き去りにされるのではないか?」という強迫観念を植え付けられているような気がしたんです。もう一度、悲しい思いをした人たち、つらい立場の人たちと向き合うことによって、我々の本来の美しさとか、豊かな在り方みたいなものを求めうるのではないかと。これは可能性であり、事実ではない。可能性を表現するのが小説の仕事ですから、自分の仕事がここにあると思ったんです。 ──それを実感した瞬間というか、奮い立った何かというのはあるのでしょうか。 天童 奮い立った何かはないですね。いろいろなものの総合的な感覚だったし、時代の流れだったし。そこで小説としての特性とか、小説にできることというのを考えたときに、今から2年前ですね、立ち入り禁止の町に海から入ることを思い立った。小説は人の目に見えないもの、カメラで写せないものを見せられるのが特性なので、立ち入ることができない海の底を見せるというのを思いついたときに、「それなら表現できる」「小説にできる」という小説家としての昂揚が生じたわけです。それがきっかけになっています。
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■原発が見える海に、手をつけて「約束」してきた ──執筆を前に赴いた浪江町の港への取材は「復興できない場所」を見に行くという意図だったのでしょうか? 天童 最初はそんなことを考えて行ったわけではなく、主人公たちが海に潜るために出航する港を見つけに行こうという取材でした。実際に現地名は出さないことを決めていましたが、生活者が主人公なので、生活者としての生活に即した現場をしっかり見てこようという気持ちが強くあったんですね。そこで浪江町の請戸という港に入ったのですが、取材に行った去年の4月というのは、もう4年目なんです。当時の報道は「復興しています」「被災現場は更地になって、きれいになって、高台に街ができ始めています」「失われた店はこんなふうに復興していて、元のようではないけれど、みんな元気で頑張っています」という笑顔があふれるシーンばかりだったので、その場所のイメージがなかったんです。行ってみたら、11年6月に陸前高田に入った時とほぼ変わらない風景だった。土台だけを残して失われた街の情景がずーっと続いているのを見たとき、大きなショックを受けましたね。何も、あのときから変わっていない。我々が見てきた「復興しています」という報道はなんだったんだという、そのギャップに茫然としてしまった。意図して行ったわけではなく、行ってみて、ショックを受けて、これをちゃんと心に入れて書くべきだと、そのときに感じたんです。 ──作中では原発を「光のエリア」とだけ呼んで、放射能にも一切言及していません。ただそこは「立ち入り禁止である」ということだけに留めたのは? 天童 ひとつは、小説であるのに、現実と混同されて整合性をひとつひとつ見られていくと、フィクションとしての真実性が届かなくなるということ。それと、さまざまな問題にさらされている人たちを傷つけたくないという気持ちですね。取材に行ったときに、不遜なことをしている気持ちがすごくあったので、原子力発電所が見えて、もしかしたら汚染されているかもしれない海に、実際に手をつけて「書かせていただきます」と、約束をしたんです。それがどう読まれるかというのは、もう委ねるしかない。委ねるしかないがゆえに、全力を尽くさなければならない。この表現に対しては、自分の今持っている技術と、ここまで培ってきたキャリアをすべて注ぎ込んで、一片の悔いもないところまで作り込まざるを得なかった。委ねるということに、甘えは許されないとは思っていました。 ■「言葉が言葉を呼んで、もっと潜れる──!」 ──登場人物たちのセリフや行動には、実際に取材で聞いた言葉も入っているのでしょうか。 天童 僕、基本的に決めているんです。小説を書くために人の話は聞かない。テレビカメラを通してその方の言葉を伝えたりする仕事で聞くことはありましたが、自分が小説を書くときには、もう聞かない。お話を一度二度聞いただけでその人のことをわかったと思うのは間違いだし、どれだけ深く付き合っても、本音の部分なんてなかなか話さないと思うんです。それを取材して、聞いて、語ったから、この町の人はこんなふうに思っていると書いたら、それはとんだ間違いになる。それに、小説で人間を描くとき、よい部分もあれば、悪の部分、醜い部分も書かなければ、その人間を本当に描いたことにならない。話を聞いておいてそういう部分を書いたら、その人が嫌な気分になると思うんです。だから、話は聞かない。聞かない代わりに、リサーチをしっかりして、自分がそこにいたらどんな思いをするんだろう、自分だったらどうするんだ、っていうのはとことん突き詰めて、追い込みますね。 ──読んでいてすごくスピード感を感じましたが、書くスピード感はいかがでしたか? 天童 スピードはすごく速くて、ありえないくらいでしたね。最初は短編でという話だったので、物語がストレートにどーんと1本あるだけなのもあって、書き始めたらどんどん言葉が言葉を呼んで、このくらいの浅さ潜るつもりが、もっと潜れるという感じで。海の底に潜ることがメタファーになって、人間の心に潜ることに直結していくのが、書きながらわかったんです。これは自分の、あるいは人間の心の奥底に潜っていく、主人公や自分自身の心の奥底に潜って、無意識層に当たれば、それは多くの人々が持っている無意識層と重なるはずだと。その人類の無意識層にどこまで潜っていけるか、という感覚に変わっていったんですね。物語ラインは1本で、より深く潜っていく。より深く潜るためには、一回上がってきて息継ぎをしていると、距離感が取れなくなると思ったんです。だからもうそのまま、一気に潜っていき続けたのでスピード感があったし、この作品においては、レトリックをできるだけ省いて、いかに強くて深いところまで潜れる言葉を選択できるかというのを、自分に対して課していました。 ──主人公は危険なダイビングをするようになって、肉を欲するようになった、女の人の体を強く欲するようになったということが象徴的に描かれていますが、それは潜りきった奥底にあったのがそれだったということでしょうか? 天童 いや、あれは自分が取材に行って、何もない街を歩いて、どんどん歩いて、どこまで行っても死の匂いがするわけです。自分自身が『悼む人』を書いた人間なので、その死がどんどんどんどん体に入ってくるんですよね。そうして死が蓄積していって、いわきの大都会に戻ってきたときに、いちばん最初に思ったのが「肉を食いたい!」だったんですよ。なんで肉を食いたいのかなと思ったら、自分が死の世界にずーっと行ってきて、戻ってきて、その生命体として、細胞として、生きることを渇望している感じがしたんです。年齢的なこともあるから性的なものはそんなにないけれど、主人公は自分よりもっと死に近い場所に行くし、若いし、さらに本能的に生の活動が強くなるんじゃないかなと。人間にはいろいろな理屈があるけれど、まず生き物だから、死に近づいたら生きることに餓えるのではないかと。命を取り込みたいとか、肉体への渇望も強まるのではないかというのが、自然に出てきましたね。 ──では、それはキャラクターに潜り込んで探り当てたというよりは、最初に感じたこと。 天童 そうですね。それをフィードバックした感じです。
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■小説が社会に果たす役割と、作家・天童荒太の役割とは ──『永遠の仔』では、書いた後にぶっ倒れてしまったという話を聞きました。今回はどうでしたか? 天童 あのときは虐待された子の感情を生きたので、疲れたのは疲れたんですが、本当にぶっ倒れたのは、読者からものすごい数の手紙をいただいたときなんです。実際に自分が虐待されてきた方々から、精神科医やカウンセラーにも話さないような体験を書いた分厚い手紙がどんどん送られてきて、その体験が全部自分の中に入ってきた。それで、耐え切れなくなって倒れたという感じですね。いわゆる二次トラウマのような。今回はまだ倒れるということはないです。やっぱり慣れもあるし、『悼む人』なんかも仕事上で続けてきたので、リカバリーの仕方もわかりますし。 ──小説というメディアは、社会の中でどんな役割を果たすべきだと考えていますか? 天童 「べき」とまでは考えないですね。 ──では、ご自分の小説がどんな役割を果たしてくれたらなぁ、という思いを込めて書いてらっしゃいますか? 天童 小説は可能性を表現できるメディア、ある種の奇跡を見せられるメディアなので、報道とは違う、時事性とは違うものを拾い上げて、それを使ってどう人々に気づきをもたらすことができるか、人間や社会における深みにどれだけ潜っていって、人々の幸せや、本当の幸いとはなんなのかということに、どれだけ向き合って伝えられるかということは考えていますね。今回、いただいた感想の中に「被災地や被災者に対して感じていた後ろめたさを、きちんと消化する形で書いてくれて、自分としても救われました」というのがあって、そういう役割もあるんだなぁ、とは思いましたね。多くの人が実は被災地や被災者に対して、サバイバーズ・ギルトというほどではないにしろ、後ろめたさや罪悪感を持っているのではないか、そこに対しての訴えかけが届いたというのは、それはひとつ小説としての役割を果たし得たかな、というのはありますね。 ──将来的に、また震災をテーマに小説を書くことはあるのでしょうか。 天童 どうだろう、今回も震災はシンボル化してしか書けなかったし、そのことが自分の小説としての意味合いだと思っているので……。考えてみると僕は、忘れられた傷とか、忘れられていく死者とか、今回だったら忘れられていく場所だったり、そういうことを表現して届ける人であって、そういう作家は日本にそんなにいないな、という。自分はそういう場所に立てているという「恵まれ」があると思うんです。『永遠の仔』以降、そういう場所に恵まれている。それは読者に置いてもらったので、多くの悲しみやつらさを抱えている人が、「自分と同じようなことを考えている、語っている表現者はいないのか」「この世界には、明るいことばっかり書く作家しかいないのか」と考えたときに「1人はいるよ」っていう作家であれればいいなと思っているんですよ。「いや、1人はいるよ」という作家で。『永遠の仔』で、自分が倒れるほどの手紙をいただいて、そこから復帰してくるときに、こんな手紙をもらえる作家は世界でも自分だけだろうと。だったら、その世界でたったひとりの作家になれればいいじゃないかと。これで生きていこうと決めたんです。 ──先ほどから何度も「小説家は不遜だから」とおっしゃっていますが、その意識は『永遠の仔』以降に感じるようになったのでしょうか? 天童 より強く感じるようになったのは『永遠の仔』以降ですが、昔からあったんですよ。あのね、米が作れない、食料が作れないっていうのは、いちばんダメだなという。本来は、お米を作ってくれる人とか、食料を作ってくれる人が人間にとっていちばん価値があるし、大事だろうと思っているので、物語を作ってお金をいただくというのは……これは小説を書くより前、16歳で映画監督になりたいと思ったあたりから、「うわぁ、これは不遜な、申し訳ない仕事だよね」という意識は、すごくあります。ぜんぜん拭えないです。 ──あのー、自分でも、こういうことを聞いちゃうのか、という感じなのですが……。 天童 はい? ──小説家になって、よかったですか? 天童 聞いちゃったなー。 ──出てきちゃいました。 天童 いや、すっごく、よかったです。映画をやりたかったのは本当だし、自分のすべてをそっちに向けて生きていた時代もあるんですが、今、小説の世界に立っているときに、小説で書けること、表現できることって、すごく豊かだと思っているんです。例えば病気になると、なんか気持ち悪い、なんだろうこれは、というときがあるじゃないですか。そんなときに、これはこういう病気ですよと言われると、ホッとする。そういう病気だってわかったことで、それに対して何かができる。そういう言葉付け、名付けって大事だと思っていて、それに似ているんですね。言葉にならない思いだとか、なんでこんなふうに自分を責めてしまうのか、どうしてこんなに悲しいのかっていうことに対して、それはこういうことなのではないか、誰もが持っている「生きたい」という気持ちや、「生きていてもいい」という肯定感を求めるからこそ起きているのではないか。罪悪感やサバイバーズ・ギルトを抱えていても人は幸せになれるし、なっていいのではないかという、言葉付け、名付けをすることができるのは、たぶん小説だけなんです。小説は物語によって伝えるので、深層心理の感情に届く、感情に届いたものは長く続くんです。人間を根底から変化させていく力を持っている。それに携わっていることが意識できたときに、本当に小説家にならせていただいてよかったなと、心から思いますね。 (取材・文=編集部/撮影=尾藤能暢) ●てんどう・あらた 1960年、愛媛県生まれ。86年「白の家族」で野性時代新人文学賞を受賞、93年『孤独の歌声』が日本推理サスペンス大賞優秀作となる。96年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年に『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、09年に『悼む人』で直木賞受賞。13年に『歓喜の仔』で毎日出版文化賞を受賞。ほか著作に『あふれた愛』、『包帯クラブ』、画文集『あなたが想う本』(舟越桂と共著)、対談集『少年とアフリカ』(坂本龍一と共著)、荒井良二画の絵本『どーしたどーした』がある。近著に新書『だから人間は滅びない』。

まるで別人! 脇坂英理子容疑者、最近の奇行ぶり「ブチ切れた直後、急にニヤニヤ……」

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脇坂容疑者が経営していた、Ricoクリニック
 悪質な手口よりも、その容姿に驚きの声が上がっている。女医タレントの脇坂英理子容疑者(37)が9日、診療報酬の不正請求による詐欺容疑で警視庁に逮捕された。  警視庁によると、同容疑者は2012年11月から14年9月まで、会社役員・早川和男被告(詐欺罪で公判中)らと共謀し、経営するクリニックの患者の治療回数を水増しした虚偽の診療報酬明細書を、都内などの8自治体に提出するなどし、診療報酬約155万円をだまし取った疑いが持たれている。  およそ2年間で不正請求した総額は6,900万円。一連の診療報酬詐欺事件で警視庁組織犯罪対策4課は昨年11月以降、住吉会系組長の三戸慶太郎被告や歯科医師の重松武被告ら20人超を逮捕している。  脇坂容疑者は取り調べに「犯罪者と私は関係ない」と容疑を否認。だが、捜査関係者は「先に逮捕・起訴された歯科医師の重松被告が『(詐欺の)指示役の人物を脇坂容疑者に紹介した』と供述するなど、完オチしている。立件に支障はない」と話す。  そんな中、ネット上で話題になっているのが、脇坂容疑者の逮捕時の容姿だ。「年収は5,000万円」「ホストクラブで、ひと晩900万円使った」と豪語しテレビで話題となった際は、ギャルメークに推定Fカップの胸の谷間を強調した衣装で「セクシー美人女医」という扱いだった。  それが9日午前、東京・世田谷区の自宅で逮捕された時は、髪はボサボサ、顔はノーメーク。右の頬には大きなシミがあり、以前テレビ番組で見せていた姿とは、まるで別人だった。  美容クリニックが本業なのに、この調子では「まず自分をメンテナンスすべき」「女のメークは怖い」とネット上で指摘されるのも当然。週刊誌記者は「ここ半年、彼女は心身ともにボロボロのようでした。経営していた目黒のクリニックには昨春に当局のガサが入り、彼女は逮捕におびえる毎日。金欠のため、食事はファストフードやコンビニ弁当がほとんどで、たまに知人らと食事に出掛けても、支払いは知人まかせでした。彼女は食事よりも、ひたすら飲んでいましたね」と明かす。  逮捕時、脇坂容疑者は時折笑みを浮かべていた。 「最近はテンションもおかしかった。直撃取材したマスコミにブチ切れて絶叫したかと思えば、急にニヤニヤして『で、なんなのよ~?』と話し掛けることもあった」(同)  まさに“金は人を狂わせる”ということか……。

五輪「聖火台」問題で森喜朗が名指し批判! 馳浩文科相にささやかれる“黒い人脈”とは

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衆議院議員「はせ浩」オフィシャルサイトより
 2020年東京五輪の主会場となる新国立競技場に「聖火台」の設置場所がない状態で設計されていた問題で、大会組織委員会の森喜朗会長と馳浩文部科学相が、責任のなすりつけ合いになっている。  森会長は5日、山梨・甲府市内で行われたイベントで「聖火台を忘れて競技場を造るのは、建てた家にトイレも風呂もないようなもの。日本スポーツ振興センターという頭のおかしな連中が設計図を作った。一番悪いのは馳浩だ」と言い放った。  もともと森の愛弟子のような立場にあった馳文科相だけに、これには「愛のムチだと思っています」と穏やかに返したが、それ以前に、この問題が持ち上がったときは「ザハ案から場外設置になっていた」と回答し、組織委のまとめた旧計画が原因であることを暴露。水面下では「馳が余計なことを言って、話を拡大させた」という大会関係者の声も上がっていた。  結局、統一した見解がなかったことが露呈し、エンブレム問題に続いてまたも五輪のドタバタ劇の繰り返しとなってしまった。  ただ、馳文科相の周辺では「森さんを怒らせると危ない。マスコミを使ってスキャンダル攻撃を仕掛けてくることもあるから」という物騒な話も聞かれる。 「森さんは政界に入ったばかりの新人時代の馳さんの“ボロ”をたくさん知っていますし、さらにプロレスファンでもあるので、あの業界人脈から、政界に入る前のハレンチな話もつかんでると、もっぱら。馳さんが森さんを親分と慕っていたのは、弱みを握られているからというのもあったはず」と政界関係者。  一説には「AV女優との愛人関係」なんていうゴシップのウワサもあるが、これにはプロレスライターが「業界内のたくさんの人が知っていたことですが、かなり昔のこと。いまさら爆弾ゴシップにはならない」と否定している。  永田町に出入りする筋に馳文科省の評判を聞くと「俺が俺がと、しゃしゃり出ない調整力が好評」というポジティブな話がある一方、「怪しいロシア人と付き合いがあって何か弱みでも握られているのかと思うことがある」という声も聞かれた。 「馳さんは昔、ロシアに何度も出入りしていた人で、昨年末の格闘技イベント『RIZIN』の会場では、ロシアの格闘家であるエメリヤーエンコ・ヒョードルに文部科学省のチャンピオンベルトを勝手に作って渡しちゃった。これは首相官邸が詳しい事情を知らずに了解したものですが、肝心の外務省にとっては面白くない話だったんです。ヒョードルは一時、ロシアスポーツ省の特別補佐官に就任していましたが、現在は派閥争いに敗れ退任。なので本来は後任の方を立てないといけない話だった。馳さんがそんな余計なことをしたのは、ロシアマフィアとの関係があるともウワサされています」(政界関係者)  一方、プロレスライターからは「その『RIZIN』は前身団体に暴力団とのつながりが問題視された連中で、関与は控えた方がいいのに、馳さんはなぜか擦り寄った」と話す。 「これは業界内では、馳さんが昨年、別の格闘技団体『巌流島』の実行委員長を務めたことの“落とし前”ともいわれてます。『巌流島』は『RIZIN』が立ち上がるや急にフジテレビとの契約を無断で打ち切られていて、背後に興行ヤクザの問題があったともっぱら。この、団体間で乗り換えたようなことをした馳さんは、ヤクザな興行の世界で何か“落とし前”をつける必要があった気もします」  何が馳文科相のアキレス腱かはわからないが、いずれにせよ森会長から睨まれたことは楽観できない話。 「もともと東京五輪が開催できたのは、当時の都知事だった猪瀬直樹でも滝川クリステルでもなく、ロシアや東欧、アフリカ諸国の票を水面下で集めた森会長で、それが不祥事の続く組織委のトップに現在も就いている理由ですが、森会長は自分をないがしろにされることを嫌うので、このあと何か反撃があるとは思いますよ」(前出政界関係者)  馳文科相が呼び捨てにされても笑顔で答えるのは、それを恐れてのことかもしれない。 (文=藤堂香貴)

テレビドラマは、東日本大震災をどのように昇華してきたのか

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『あまちゃん 完全版 Blu-rayBOX1』(TOEI COMPANY,LTD.)
「娯楽に関わる多くの人が自分自身に問いかけました。ドラマや映画や歌がなくても人は十分生きていける。でも水や食べ物、電気や燃料がないと人は困る。生きられない。世の中がすっかり変わってしまった。3月10日まで、日々どんな気分で暮らしていたか、アキもまた思い出せず、自分がどうしたいのか、わからないでいました」  これはNHK朝ドラ『あまちゃん』の物語の終盤、東日本大震災に見舞われた後のモノローグである。アイドルとして娯楽を提供してきたアキ(能年玲奈)が、果たして自分はこのままアイドルをやっていていいのだろうか、自分に何ができるのか、苦悩する。東日本大震災は、こうした悩みを「娯楽に関わる人」すべてに抱かせた。そして、震災後に作られたドラマのほとんどは、直接的・間接的を問わず、多かれ少なかれ、「震災」の影響を受けている。  最初に“直接的”に「震災」というキーワードが出てきたドラマは、僕が記憶している限りでいえば、2011年10月から放送された『11人もいる!』(テレビ朝日系)だった。『あまちゃん』と同じ宮藤官九郎の脚本で、貧乏な10人+幽霊の大家族を描いたホームコメディだ。その中で、被災地から避難してきた転校生・卓郎(渡邉甚平)が登場する。彼は大家族の一員である五月(赤石那奈)に恋をし、下駄箱に手紙を忍ばせる。彼に興味がない五月は手紙すら読もうとしないが、そんな態度をクラスの女子が責め立てる。 「かわいそうじゃん、読んであげなよ」 「卓郎君、地震で大変だったんだよ」 「日本中がひとつになろうとして」  それに対し、五月はきっぱりと言う。 「それとこれとは別」  宮藤は一貫して、「普通」であることの大切さをテレビドラマの中で描いてきた。震災後、日本では「普通」で居続けるのが困難になった。そんな中でも宮藤は震災を特別視せずに「普通」の中のひとつとして描いている。『あまちゃん』でも、宮藤は震災を描くに当たって「(震災を)やらないのもウソ、それだけをやるのもウソ」(MSN産経ニュース)と語っていた。  また、ネット上の自身の日記でも「『あまちゃん』は震災を描くドラマではありません。お茶の間の皆さんが愛着を持って見守って来たキャラクター達が、その時を経て何を感じ、どう変わるかは、ちゃんと描くことになると思います」とつづいている。    その言葉通り、『あまちゃん』における「震災」は数あるエピソードのひとつにすぎない。『11人もいる!』では、主人公である大家族は家を失いキャンピングカーで全国を放浪しながら、「真田合唱団」を結成し、歌を歌って楽しげに生活する姿を描いて終わる。幽霊のメグミ(広末涼子)と一緒に。彼らが歌う「家族なんです」は、こんな歌詞だ。 「助け合ったり 励まし合ったり しなくていい それが家族なんです」 「家がなくてもおもしろい あったらあったで超おもしろい それが家族なんです」 「生きていても 死んでいても 最悪見えなくてもいい 好きだから 一緒に暮らすんです」  震災以降、ドラマの作り手には「死者との向き合い方」「共同体における“絆”のあり方」「表現者としての立ち位置」を描くことが避けられなくなってきた。『妖怪人間ベム』や『泣くな、はらちゃん』『ど根性ガエル』(いずれも日本テレビ系)を手がけたプロデューサーの河野英裕は、それに自覚的な作り手のひとりだ。 『泣くな、はらちゃん』は、ヒロイン・越前さん(麻生久美子)が描いたはらちゃん(長瀬智也)が“現実”の世界にやってくるという岡田惠和脚本のファンタジー。純真無垢で美しい世界しか知らないはらちゃんはある時、震災や紛争などの悲惨な映像を見てショックを受け、涙を流す。「世界」を知ったのだ。そして『ど根性ガエル』では、主人公のひろしが移動販売車で旅に出る。彼が行き先に選んだのは福島だった。ある農家にたどり着いたひろしは、手間ひまかけて作られている米に、「日常」の意味を知るのだ。  河野は震災3カ月後に受けた東京新聞のインタビューで、こう答えている。 「ぼくのドラマにはファンタジーの要素があったりするが、核心にあるのは日常。今回の震災で、日常がもろくも崩れさったり、原発事故という非日常が日常になっている。現実世界が日常と非日常の中間地点になってしまっているが、今までちゃんとやろうとしてきた日常を、これからもやっていこうと思う」  河野は、日常を描くためにファンタジーを駆使しているのだ。  東日本大震災がこれまでの震災と違うのは、同時に原発事故というものがあることだ。たとえば、阪神大震災のときは、復興に向けて基本的に一枚岩だった。だが、福島第一原発事故による放射能汚染が事態を複雑化させた。それが表面化したのが「がれきの受け入れ」拒否だった。「絆」を声高にうたいながらも、いざ自分たちに直接的な負担を迫られると拒絶する。それどころか、攻撃する。  そんな「断絶」(と「伝える」ということ)を丁寧に描いたのが、『ラジオ』(NHK総合)だった。被災地である宮城県女川町で町民有志により放送を続けている「女川さいがいFM」の実話を基に、一色伸幸が脚色したドラマだ。ヒロインは、高校生の某ちゃん。(刈谷友衣子)。がれきはもともと被災者の家であり、生活であり、大切な思い出だ。「受け入れなくてもいいから、汚れたもののように言わないでほしい」。そう切実につづった某ちゃん。のブログが炎上してしまう。某ちゃん。は言う。 「被災地の外で11日にしか思い出されないあの震災は、私たちの日常なのです。過去形ではない、現在進行形なのです。私にしたら11日は震災を思い出す日でもなく、黙祷する日でもなく、被災地と被災地外の温度差を感じる日になってるように思います」  こうした「断絶」は今期の“月9”ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)でも象徴的に描かれている。物語が震災の少し前から始まっていることから、ドラマ開始当初から「震災」が描かれることが予想されていた。  これまで、脚本を担当する坂元裕二は『それでも、生きてゆく』や『最高の離婚』(ともにフジテレビ系)でも、震災の影響を受けたであろう場面を登場させていた。だから、今度はいかに震災を描くのか、注目されていた。  果たして、直接的に描かれたのは「おめえ知ってたが? 坂上二郎さんが亡ぐなっちまったんだってよ」とタクシーの運転手が語る震災前日まで。そこで第1章が終わり、5年後の第2章がスタートする。第2章の開始時、登場人物たちの心模様は大きく変わっている。つまり『いつ恋』では、震災は心の「断絶」の象徴として使われているのだ。  だが、こうした「断絶」が「断絶」のままで終わらないのがドラマのファンタジーであり、希望のはずだ。それはもしかしたら現実逃避かもしれない。けれど、逃げたくても逃げられない現実に立ち向かうときに、フィクションの力が武器になることもある。 「人はドラマや映画や歌や笑いがなくても生きていける――」  そんなわけないじゃないか。  僕らに必要なのは、フィクションという希望なのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

テレビドラマは、東日本大震災をどのように昇華してきたのか

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『あまちゃん 完全版 Blu-rayBOX1』(TOEI COMPANY,LTD.)
「娯楽に関わる多くの人が自分自身に問いかけました。ドラマや映画や歌がなくても人は十分生きていける。でも水や食べ物、電気や燃料がないと人は困る。生きられない。世の中がすっかり変わってしまった。3月10日まで、日々どんな気分で暮らしていたか、アキもまた思い出せず、自分がどうしたいのか、わからないでいました」  これはNHK朝ドラ『あまちゃん』の物語の終盤、東日本大震災に見舞われた後のモノローグである。アイドルとして娯楽を提供してきたアキ(能年玲奈)が、果たして自分はこのままアイドルをやっていていいのだろうか、自分に何ができるのか、苦悩する。東日本大震災は、こうした悩みを「娯楽に関わる人」すべてに抱かせた。そして、震災後に作られたドラマのほとんどは、直接的・間接的を問わず、多かれ少なかれ、「震災」の影響を受けている。  最初に“直接的”に「震災」というキーワードが出てきたドラマは、僕が記憶している限りでいえば、2011年10月から放送された『11人もいる!』(テレビ朝日系)だった。『あまちゃん』と同じ宮藤官九郎の脚本で、貧乏な10人+幽霊の大家族を描いたホームコメディだ。その中で、被災地から避難してきた転校生・卓郎(渡邉甚平)が登場する。彼は大家族の一員である五月(赤石那奈)に恋をし、下駄箱に手紙を忍ばせる。彼に興味がない五月は手紙すら読もうとしないが、そんな態度をクラスの女子が責め立てる。 「かわいそうじゃん、読んであげなよ」 「卓郎君、地震で大変だったんだよ」 「日本中がひとつになろうとして」  それに対し、五月はきっぱりと言う。 「それとこれとは別」  宮藤は一貫して、「普通」であることの大切さをテレビドラマの中で描いてきた。震災後、日本では「普通」で居続けるのが困難になった。そんな中でも宮藤は震災を特別視せずに「普通」の中のひとつとして描いている。『あまちゃん』でも、宮藤は震災を描くに当たって「(震災を)やらないのもウソ、それだけをやるのもウソ」(MSN産経ニュース)と語っていた。  また、ネット上の自身の日記でも「『あまちゃん』は震災を描くドラマではありません。お茶の間の皆さんが愛着を持って見守って来たキャラクター達が、その時を経て何を感じ、どう変わるかは、ちゃんと描くことになると思います」とつづいている。    その言葉通り、『あまちゃん』における「震災」は数あるエピソードのひとつにすぎない。『11人もいる!』では、主人公である大家族は家を失いキャンピングカーで全国を放浪しながら、「真田合唱団」を結成し、歌を歌って楽しげに生活する姿を描いて終わる。幽霊のメグミ(広末涼子)と一緒に。彼らが歌う「家族なんです」は、こんな歌詞だ。 「助け合ったり 励まし合ったり しなくていい それが家族なんです」 「家がなくてもおもしろい あったらあったで超おもしろい それが家族なんです」 「生きていても 死んでいても 最悪見えなくてもいい 好きだから 一緒に暮らすんです」  震災以降、ドラマの作り手には「死者との向き合い方」「共同体における“絆”のあり方」「表現者としての立ち位置」を描くことが避けられなくなってきた。『妖怪人間ベム』や『泣くな、はらちゃん』『ど根性ガエル』(いずれも日本テレビ系)を手がけたプロデューサーの河野英裕は、それに自覚的な作り手のひとりだ。 『泣くな、はらちゃん』は、ヒロイン・越前さん(麻生久美子)が描いたはらちゃん(長瀬智也)が“現実”の世界にやってくるという岡田惠和脚本のファンタジー。純真無垢で美しい世界しか知らないはらちゃんはある時、震災や紛争などの悲惨な映像を見てショックを受け、涙を流す。「世界」を知ったのだ。そして『ど根性ガエル』では、主人公のひろしが移動販売車で旅に出る。彼が行き先に選んだのは福島だった。ある農家にたどり着いたひろしは、手間ひまかけて作られている米に、「日常」の意味を知るのだ。  河野は震災3カ月後に受けた東京新聞のインタビューで、こう答えている。 「ぼくのドラマにはファンタジーの要素があったりするが、核心にあるのは日常。今回の震災で、日常がもろくも崩れさったり、原発事故という非日常が日常になっている。現実世界が日常と非日常の中間地点になってしまっているが、今までちゃんとやろうとしてきた日常を、これからもやっていこうと思う」  河野は、日常を描くためにファンタジーを駆使しているのだ。  東日本大震災がこれまでの震災と違うのは、同時に原発事故というものがあることだ。たとえば、阪神大震災のときは、復興に向けて基本的に一枚岩だった。だが、福島第一原発事故による放射能汚染が事態を複雑化させた。それが表面化したのが「がれきの受け入れ」拒否だった。「絆」を声高にうたいながらも、いざ自分たちに直接的な負担を迫られると拒絶する。それどころか、攻撃する。  そんな「断絶」(と「伝える」ということ)を丁寧に描いたのが、『ラジオ』(NHK総合)だった。被災地である宮城県女川町で町民有志により放送を続けている「女川さいがいFM」の実話を基に、一色伸幸が脚色したドラマだ。ヒロインは、高校生の某ちゃん。(刈谷友衣子)。がれきはもともと被災者の家であり、生活であり、大切な思い出だ。「受け入れなくてもいいから、汚れたもののように言わないでほしい」。そう切実につづった某ちゃん。のブログが炎上してしまう。某ちゃん。は言う。 「被災地の外で11日にしか思い出されないあの震災は、私たちの日常なのです。過去形ではない、現在進行形なのです。私にしたら11日は震災を思い出す日でもなく、黙祷する日でもなく、被災地と被災地外の温度差を感じる日になってるように思います」  こうした「断絶」は今期の“月9”ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)でも象徴的に描かれている。物語が震災の少し前から始まっていることから、ドラマ開始当初から「震災」が描かれることが予想されていた。  これまで、脚本を担当する坂元裕二は『それでも、生きてゆく』や『最高の離婚』(ともにフジテレビ系)でも、震災の影響を受けたであろう場面を登場させていた。だから、今度はいかに震災を描くのか、注目されていた。  果たして、直接的に描かれたのは「おめえ知ってたが? 坂上二郎さんが亡ぐなっちまったんだってよ」とタクシーの運転手が語る震災前日まで。そこで第1章が終わり、5年後の第2章がスタートする。第2章の開始時、登場人物たちの心模様は大きく変わっている。つまり『いつ恋』では、震災は心の「断絶」の象徴として使われているのだ。  だが、こうした「断絶」が「断絶」のままで終わらないのがドラマのファンタジーであり、希望のはずだ。それはもしかしたら現実逃避かもしれない。けれど、逃げたくても逃げられない現実に立ち向かうときに、フィクションの力が武器になることもある。 「人はドラマや映画や歌や笑いがなくても生きていける――」  そんなわけないじゃないか。  僕らに必要なのは、フィクションという希望なのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

不倫辞職の“イクメン”宮崎謙介元議員「AKB48メンバーと合コン」の過去発覚で再起不能か

miyazaki0308
宮崎けんすけ公式サイト(現在は削除)
 妻の妊娠中に巨乳タレント、宮沢磨由との不倫が報じられて議員辞職した宮崎謙介元衆院議員の醜聞は、辞職後も永田町界隈で続々とささやかれている。 「女性議員の●●さんも口説かれたらしい」 「今まで400人とヤッたそうだよ」  そのせいか、自民党は宮崎氏の辞職に伴う京都での補欠選挙に公認候補の擁立を見送り、不戦敗を決めた。2012年の大量当選時の公募に問題があったとまでいわれ、次の選挙に向けてもゴタついている。  野党でも民主党の細野豪志政調会長が、過去の山本モナとの路チュー不倫を蒸し返され「再浮上は絶望的」といわれるなど、その悪影響は想像以上に大きい。  宮崎議員の育休制度提案にかこつけて育休本を企画していた出版関係者も「すべて白紙になってしまった」と落胆しているが、「ついでに暴露するけど、宮崎はAKB48のメンバーとも合コンしていた」と話し、これまた政界関係者の耳に入って、新たな醜聞に加わっている。  イクメン議員としてさわやかな話をする一方、その裏では政界一のチャラ男とも呼ばれていた宮崎氏は、合コン大好きであったことがわかっており、自民党本部の受付嬢や事務の女性を合コンに誘っていたことも、元宮崎県知事のタレント、東国原英夫が明かしていた。  出版関係者が明かしたAKBメンバーとの合コンは、約2年前。初婚の妻と離婚後、金子恵美議員と再婚するまでの独身期間のことだが、「当時、すでに金子議員と付き合っていることは関係者間で知られていて、直後に『週刊新潮』(新潮社)にも報じられた」というから、これが事実なら特定の交際相手がいながらの火遊びだったことになる。 「自民党のネットメディア局次長という肩書で、メディアの美人どころとも次々に会っていたんですが、そのひとりがスマホ局NOTTVの、松嶋菜々子似の番組ディレクター。彼女がAKBのメンバーに同級生の友人がいるということを知るや、合コンを頼んだんです。当初は男女6人で合コン予定だったところ、女性ひとりが欠席したそうで、代わって急きょ参加した女性が、なんと偶然にも金子議員の知り合い。こうなると現場で女性を口説けないからか、約2時間半の1次会だけでお開きにしましたが、しっかりAKBメンバーの子の連絡先は聞いていたそうです。あのときお持ち帰りでもしていたら、爆弾ニュースになったんですけどね。ただ、あの勢いで合コンを次々にやっていたなら、400人斬りのウワサもウソではないでしょう」(出版関係者)  選挙時には安倍晋三首相の応援演説で高い支持を受けて当選した宮崎氏だが、一連の騒動で議員としての立場を失ったばかりか、妻からも見放されかけている。そこへ続報の嵐で、まさ再起不能となりつつある。 (文=ハイセーヤスダ)

本田ミランが睡眠妨害の被害に! 凶悪すぎるナポリサポーターは、乗った電車を壊して帰る?

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 日本代表FW本田圭佑が所属するACミランが、敵地ナポリのホテルで、相手サポーターによる睡眠妨害を受けていたことを、現地テレビ局が伝えている。  選手たちが寝静まった真夜中に、200人を超えるナポリサポーターがホテルの外に集まり、ミランを侮辱する歌を大合唱。怒り狂ったミランの悪童マリオ・バロテッリは窓から身を乗り出し、これに応酬。200人のサポーターとバロテッリ1人の罵り合いが始まったという。駆けつけた地元警察により事なきを得たが、一歩間違えれば、どんな事件に発展していたかわからない。イタリアで最も凶暴と恐れられるナポリサポーターは、過去にもさまざまな事件を起こしている。 「睡眠妨害は、よくやっているイメージがありますね。今回が特別ではありません。スタジアムでの暴動もしょっちゅうで、何もしていない敵サポーター相手に瓶や爆竹を投げつけたりで、手がつけられません。時には、味方選手でも出来が悪いと車のガラスを割ったりしますからね。今までで一番有名になった事件だと、2008-2009シーズンの開幕戦にあわせて、ローマへと向かった3,000人のナポリサポーターが、乗っていた電車の座席やトイレや窓ガラスを破壊し、到着したローマの駅もメチャクチャにしたのが有名ですね。そのシーズンのナポリサポーターは、アウェイでのすべての試合で入場禁止。ホームも3カ月間、ゴール裏での観戦が禁止になりました。全部ひっくるめると、被害総額は日本円で数十億に上るとみられています」(スポーツライター)  昔と比べると、ヨーロッパでのこういったサポーターの暴動はずいぶん減ったように思える。しかし、欧州主要リーグがあるスペイン、イングランド、ドイツの中で、イタリアだけが一向に変わらない。かつては世界最強リーグとうたわれたセリエAの衰退は、こういった治安の悪さも関係しているのかもしれない。 (文=沢野奈津夫)

押尾学とは「友達じゃない」発言も……浦和レッズ司令塔・柏木陽介の危険な交友関係

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押尾学Twitterより(現在は削除)
 2016年は激動の年といえる。    新年早々にベッキーの不倫が報じられ、直後にはSMAP解散騒動。芸能スキャンダルだけではなく、政治家も甘利明経済再生担当大臣は金銭授受疑惑で辞任し、経済は世界的な株安に見舞われた。スポーツ界でも、覚せい剤取締法違反で元読売ジャイアンツの清原和博が逮捕されるなど、日本中が震撼させられている。  その嫌な流れが、今週末に16年シーズンの開幕を迎えるJリーグにも舞い込んできた。なんと、浦和レッズの元日本代表選手である李忠成と柏木陽介、ガンバ大阪の岩下敬輔が、2009年に麻薬取締法違反と保護責任者遺棄致死罪で逮捕され、2年6月の実刑判決を受けた(現在、仮釈放中)押尾学と肩を組んでいる写真がSNS上にアップされたのだ(現在は削除)。  TwitterおよびInstagramにアップしたのは押尾自身で、「昨日楽しかったな(^_^)」と、顔文字付き。いまだに黒いウワサが絶えない押尾だけに、サッカーファンも「これはヤバいんじゃないか?」と心配していた。  東京スポーツが柏木を直撃すると「写真一緒に撮ろうと言われて『いいですよ』とは言いましたけど『(SNSに)載せないでくれ』と言いました。勝手に友達みたいに載せられて困っている……」と困惑気味に答えたという。この報道の翌日、押尾はTwitterで「しかし嘘つきが多いな…自分が可愛くてしかたないのかな…」と意味深なツイートをしていたが、これが柏木を指すのかは不明だ。2人の関係について、サッカー関係者は次のように話す。 「柏木が遊び好きなのは確かです。そのために、サンフレッチェ広島から浦和レッズというか、東京に来た。今は引っ越したかもしれませんが、都心の一等地に住んでいましたしね。でも、さすがに違法薬物に手を染めていた押尾との交友はないと思いますよ」  押尾といえば、“ビッグマウス”で名言ならぬ迷言を連発していた見栄っ張り男でもある。今回も、音楽活動を再開するにあたり、彼らサッカー選手をダシに使った可能性もある。と思いきや、前出のサッカー関係者は眉をひそめる。 「実は柏木は、俳優の永井大と親しかったようなんですよ。永井のよく行く店に、頻繁に連れていってもらったりしていましたから」(同)  永井といえば昨年末、「週刊文春」(文藝春秋)に、詐欺まがいの物件販売を行おうとしたが失敗し、トラブルになったことがスクープされた。12年ペニーオークション騒動含め、金にまつわる黒いウワサのある永井との交際も、ファンからすれば心配なところだろう。今回の報道をきっかけに、柏木は遊び相手を選定し直したほうがよいかもしれない。 (文=TV Journal編集部)