“脱北者”は、なぜ韓国に渡るのか? 女性ブローカーの人生が語る、南北分断と家族の別離

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 繰り返されるミサイル実験や、世界各地の銀行を狙って仕掛けているといわれるサイバー攻撃など、北朝鮮に関する報道を耳にして「この先、日本はどうなってしまうのだろう?」と不安に感じている人は多いのではないだろうか? 北朝鮮からの脱北者も、そんな母国に不安があるから脱出しようとするのかもしれない。そして脱北者がいる限り、彼らに手を貸す脱北ブローカーも存在する。

 映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』は、脱北ブローカーの女性の人生にスポットを当てたドキュメンタリー。北朝鮮に夫と息子2人を残して、中国へ出稼ぎに来たつもりが、実は貧しい農家に嫁として売られていたマダム・ベーは、生き抜くために中国の家族を受け入れながら、脱北ブローカーとして働く。彼女の数奇な人生を追いかけた、韓国人のユン・ジェホ監督に、脱北者が韓国に渡る理由、南北分断と家族、現在の韓国情勢について話を聞いた。

■出稼ぎのつもりが農家へ身売りされたという事実

――まず、脱北ブローカーのマダム・ベーさんとの出会い、彼女のことを映画にしようと思ったきっかけについて教えてください。

ユン・ジェホ監督(以下、ジェホ監督) 2013年、劇映画の準備をしようと中国へ行ったときにマダム・ベーに出会いました。私は彼女に脱北者のインタビューのガイドをお願いしていたんです。彼女は私を自分の家に連れて行き、中国人家族に紹介してくれました。そのとき、映画で描かれているような話を聞いたのです。そして「私のことを映画にしたら、面白いんじゃない?」と言われました。映画化を決意するまで時間を要しましたが、きっかけはそのときです。

――マダム・ベーの、出稼ぎに来たはずが、実は農家に売られていたというエピソードは衝撃的でしたが、彼女と中国人の夫との関係が良好な様子であることも驚きました。映画に登場する北朝鮮の夫といるときより、中国人の夫といるときの方が、幸福そうに見えたんですが、監督は撮影していて、どう思われましたか?

ジェホ監督 最初にマダム・ベーの中国の家族に会ったとき、彼女が身売りされたとは知りませんし、とてもいい家族だと思いました。中国の夫はユーモラスで活発な方で、てっきり本当の夫婦だと思っていましたよ。そのあと「騙されて身売りされた」という話を聞いたのです。中国人家族は、彼女の望んだ家族ではありませんが、2人が仲良く幸福そうに見えるのは、彼女にとって良いことであり、自然にそのようになっていったのだと思います。

――中国と北朝鮮で二重生活を送っているマダム・ベーについて本当に映画化することになったとき、彼女がゴネたり、それを監督が説得したりするということはありませんでしたか?

ジェホ監督 いいえ。彼女と私は最初、映画化について冗談めかして言っていましたが、心の中ではお互い「これは映画になる」という気持ちを抱いていました。僕が彼女を説得することなどなく、マダムから「いつ映画になるの?」と催促されていたくらいです(笑)。

 僕はフランスで映画を学んでいたのですが、韓国に住む決心をしてソウルに来たとき、北朝鮮や脱北者に対する韓国人の考え方を知りました。北朝鮮から来た人の中には、スパイ容疑をかけられる者がいますし、マダム・ベーもそのひとりでした。同じ韓国にいても、脱北者とわれわれは全然違うのです。そのとき、マダム・ベーの存在を映画にすべきではないかと本気で考えたのです。

――マダム・ベーが脱北者たちを連れて韓国を目指しますが、あの脱北ルートも驚きの連続でした。すごくハードでしたよね。撮影での苦労は、どんなものだったのでしょうか?

ジェホ監督 ラオス、タイ・バンコクを経て韓国に向かうルートは、本当にキツイものでした。スタッフは僕ひとり。特に山を越えるときは、雨が降って来て、滑りながら13時間余り歩き続けました。あのときは足を怪我してしまい、一応撮影はしていましたが、正直それどころではありませんでした。

 赤ちゃんを連れて脱北ルートに挑戦する女性もいました。脱北の理由はそれぞれあると思いますが、やはり韓国が同じ言葉、同じ文化、同じ食事であることは大きいと思います。でも、北朝鮮で平民だった人は韓国でも平民だし、北朝鮮で高官だった人は韓国でも高官です。そこは何も変わらないので、韓国へ渡って彼らが果たして幸福になれたかどうか、僕にはわかりません。

――マダム・ベーは、現在どのような生活をしていますか? また、この映画についてどんな感想を語っていましたか?

ジェホ監督 彼女は今、韓国で一人暮らしをしながら、バーを経営しています。そこでの収益金を、中国と北朝鮮から韓国へ連れてきた夫や息子に渡しているのです。中国の家族とも北朝鮮の家族とも同居していない理由は聞いていないのですが、もしかしたら双方の家族を傷つけたくないからではないかと思います。もちろん、映画を見てもらいましたよ。マダム・ベーは、すごく笑って見ていました。そして脱北ルートをひたすら歩くシーンでは「いちばん大変だったのに短い!」と言われたので、「撮影するどころじゃなかったから、あまり撮っていないんだ」と正直に答えましたよ(笑)。

■南北分断の中で生きる家族が、僕の映画のテーマ

――監督は前作『ヒッチハイカー』でも脱北者を描いていますが、なぜ彼らに惹かれるのですか?

ジェホ監督 脱北者に惹かれているわけではないのですよ。韓国における偏見と南北分断が、個人の人生を破たんさせたり、家族の別離を生んだりしていることを見つめていきたいのです。南北分断が引き起こす家族の物語は、人々に共感を与えることができるのではないかと思っています。

――では今後、どんな映画を撮っていきたいですか?

ジェホ監督 今後4~5年は、南北分断と家族をテーマに映画を撮っていきたいです。次に取り掛かる作品はドキュメンタリーではないのですが、家族の和解をテーマにした物語です。和解するには、ぶつからないといけない。でも、ぶつかるためにはお互いを知ることが重要で、お互いを知るためには、相手に対して一歩踏み込まないといけない。その一歩を踏み込むかどうかで、結果は変わっていきます。それが今の韓国社会を映し出すのではないかと考えています。

 僕は南北分断以降に生まれた世代なので、分断を意識することが家族関係に反映されるのです。僕の父は北朝鮮が大嫌いです。その原因は朝鮮戦争ですが、いくら親子でも父の憎しみの気持ちを僕に押し付けることはできません。僕は、会ったこともない人々を嫌いにはなれないからです。そのような気持ちを抱くようになったからこそ、僕は家族や分断について映画を撮り続けたいのです。

――先日、裁判が始まりましたが、パク・クネ前大統領が弾劾裁判で罷免され、失職、逮捕された件も含めて、不安な要素も多いようです。今の韓国についてどう思われますか?

ジェホ監督 今の韓国は変化の途中であり、世代交代の波を感じます。なぜなら、僕らが若いときはSNSなどなかったので、プロパガンダの中で育ちましたが、今の若者はSNSで自由に自分の考えを発信できる場を持っているのです。ある意味、メディアに左右されない世代ではないかと思います。僕は30歳を越えて自我に目覚めた感じがありますが、おそらく今の若い人は、もっと早く目覚めるでしょう。政府が望むような影響を受けない10代が出てくるのではないでしょうか。僕はそのように肯定的に見ています。彼らが40歳を越えたとき、韓国にどんな変化をもたらしてくれるのか期待しています。
(斎藤香)

ユン・ジェホ監督
韓国・釜山生まれ。フランスで、美術、写真、映画を学ぶ。短編映画『約束』がアシアナ国際短編映画祭の大賞を受賞。ほかにドキュメンタリー映画『北朝鮮人を探して』、短編『ヒッチハイカー』などの作品を発表している。『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』は、モスクワ国際映画祭、チューリッヒ国際映画祭にて、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。

『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』
2017年6月10日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト

「障害者はテレビで利用されている」ろう者の両親を持つ韓国映画監督が語る、障害者問題

 耳の不自由な両親が「かわいそう」という目で世間から見られることに、ずっと違和感を覚えていたというイギル・ボラ監督。娘である監督は、両親を、そうしたイメージとはかけ離れた、家族を愛し、人生を楽しんで生きている夫婦として、ドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』でイキイキと映し出した。ボラ監督から見た両親の歴史、自身のルーツ、映画を通して伝えたいことから、韓国の障害者問題までを伺った。

■私の両親は「かわいそうな人」ではないことを伝えたい

――映画『きらめく拍手の音』で、ご両親の歴史をインタビューして、どんな気持ちになりましたか? 知らないことも多かったのでしょうか?

イギル・ボラ監督(以下、ボラ監督) 両親の出会いのことは、この映画を撮るまで知らなかったです。父が母に恋煩いをしていたこと、蜂の群れが花に集まるように、母のもとに男性たちが集まってきたことなどのエピソードを聞くのは楽しかったですね(笑)。両親はそれをすべて手話で語るので、情景が目に浮かぶのです。この2人から私が生まれたのだと、自分のルーツを探る旅にもなりました。私の名前イギル・ボラは、父の姓であるボラ、母の姓であるギルをミックスさせた名前です。普通、子どもは父の姓を名乗るので、イ・ボラとなるのですが、私は2人の影響を受けていますから、母の名字も加えてイギル・ボラと名乗っています。

――耳の不自由な人たちへの周囲の見方に対して疑問に感じていたそうですが、それにはどんなきっかけがあったのでしょう。

ボラ監督 私は耳が聞こえるので、両親と一緒にいるときは自然と通訳をすることになります。そのときに接する人の反応がさまざまなのです。とても驚かれる人もいますし、慌てる方もいますし、同情して哀れんでお金を包んで渡そうとする方もいます。そういう反応を見るたびに、「そうじゃないのに」といつも思っていました。両親は変わっていないし、かわいそうでもない。ただみんなと違う言語で生活しているだけなのです。だから私の大好きなドキュメンタリー映画で、うちの両親の本当の姿、幸福であることを伝えようと思ったのです。

――取材対象がご両親なのは大変でしたか? 家族だからこそ聞ける話もありますよね。

ボラ監督 確かにインサイダーとして撮影できたことは長所ですが、近すぎて距離感が難しかったです。あとスタッフは私ひとりなので、インタビューと撮影を同時にやらないといけない。そうすると、両親と手話で会話ができなくなるんです。カメラを回しながら手話をすることができなくて……。それは、面白くもあり大変なことでした。手話スタッフが必要でしたね。

――韓国ではろう者の映画やドラマは多いのですか?

ボラ監督 ほとんどありません。あっても脇役ですね。日本では健常者と同じようにろう者が登場する作品があると聞きましたが、韓国では、何かが不足している人、助けないといけない人として登場する作品がほとんどです。

――確かに日本では、ろう者が主人公のドラマや映画はあります。ただ、ときどき障害者を感動の材料に利用しているという声もありますね。

ボラ監督 それは嫌ですね。私の両親は何でもできる人たちです。私が頼んだことは何でもしてくれましたし、母は友達のお母さんの中でも飛びぬけて美人ですし、本当に自慢の両親です。でも、障害者はテレビなどでは、かわいそうという視点でしか描かれていなくて、何か利用されているように感じることもありました。だから、私の映画では絶対そうは見せたくなかった。「障害者の人達たちも頑張っているのだから、健常者の私たちも頑張りましょう!」というスタンスは絶対に嫌でした。

――でも、失礼のないようにと考えすぎて、どう接したらいいのだろうと悩むこともあります。障害者の方に対しては、どのように接するのがいいのでしょうか?

ボラ監督 自分の方が上だと思わないことです。相手が障害者じゃなくても、そう思ってしまうことはあると思いますが、それは危険です。例えば紛争地域の方、難民の方などに寄付しましょう、寄付したらエライ、みたいな考えはよくありません。でも、メディアはそういう考えを拡大させてしまう恐れがありますね。

■韓国の障害者教育は日本より25年遅れている

――日本では2017年に初めての「東京ろう映画祭」が開催され、いい方向へと動き始めたと思うところもありますが、韓国ではそういう動きはありますか?

ボラ監督 韓国は日本より遅れていて、25年前くらいの状況です。この映画を字幕入りで公開しても、私の両親は字幕を読めません。なぜなら、韓国の障害者への教育はとても遅れていて、例えばろう者には「リンゴは手話ではコレ、文字ではコレ」と教えるべきなのに、両親が学んだ韓国の障害者学校は手話ができる教師がいないので、文字を学べないのです。クラスにさまざまな障害者を集めて、普通に授業をするので、耳が不自由な私の両親の場合は、教師が何を教えているのかがわからない。ちゃんとした教育を受けられないから、文字も読めないし、書けないし、文脈もわからないのです。障害者学校で起こった実話をもとにした映画『トガニ 幼き瞳の告発』という作品がありますが、あの映画と同じようなものです。
(※映画『トガニ 幼き瞳の告発』は韓国のろう学校で起こった児童虐待事件を描いた実話の映画化)

――きちんとした教育をさせるために制度を作ったり、立て直そうとしたりする人はいなかったのですか?

ボラ監督 両親が学生だったのは、もう何十年も前ですが、障害者学校では不正も多かったのです。学校建設費用を国からもらっていたにもかかわらず、それを横領して、児童にレンガで学校を建てさせたということもあったそうです。普通は告発すべきと思いますが、障害者学校に手話ができる人はいないので、何もできないのです。教育を受けていないので、何が自分たちの権利なのか、それが間違っているのか否かもわからない。こういうことを認識できない教育になっていることが韓国社会の問題点です。ろう者の人たちは、諦めた方が簡単だと思っています。だから私は映画を通して真実を発信し、こうやってインタビューを受けたり、文章を書いたりすることで、伝えていきたいと思っています。

――ご両親は、娘であるボラ監督が作った自分たち夫婦の映画を見て、どんな感想をもたれましたか?

ボラ監督 すごく喜んでいましたが、母は「おなかの肉がはみだしているところが映ってる!」とか「お化粧もしてないのにカメラを回している!」とか、いろいろ言っていましたけど(笑)。でも、両親は文字が読めないから視覚で情報を得るのが日常なので、手話言語の映画を娘が作ったことが、とてもうれしかったようです。

――映画を見ていると、ご両親は行動的で社交的。毎日をイキイキと暮らす姿がとても素敵だと思いました。ボラ監督自身、ご両親の影響を受けていると思うことはありますか?

ボラ監督 私の両親は、何事も目で見ないと信用しません。それはろう者の特徴でもあるのですが「実際に見て、やってみないとわからない」という考えなのです。行きたい場所へ行ってみる、やりたいことをやってみるという、目で見て体で覚えていくのが両親の生き方です。そういう人たちに育てられたので、私もまず「実際に見たい、体験したい」というタイプです。だから高校生のとき「もっと世界を見てみたい。学びたい」と思って、学校を辞めて世界へ飛び出しました。実際にそうして良かったです。多くの人に出会えましたし、学びもたくさんありました。それは私にとって財産です。

――この映画をどんな人に見てほしいですか?

ボラ監督 新しい世界に出会いたいと思っている人ですね。この映画は、障害者の映画でもないし、教育の映画でもないと思っています。本作は新しい世界に関する映画です。視覚、臭覚、触覚が研ぎ澄まされている、ろう者の美しい世界を見たいと思っている人にぜひ見てほしいです。
(斎藤香)

『きらめく拍手の音』
(2017年6月10日より、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー)
ボラ監督が、両親の過去から現在までをひもといていくドキュメンタリー。家族を通して、ろう者の生活の真実にスポットを当てていく本作は、音が聞こえない不自由さではなく、工夫を凝らし、前向きにハッピーに生きる毎日が映し出されている。
監督&出演:イギル・ボラ 出演:サングク(父)ギョンヒ(母)グァンヒ(弟)
公式サイト

イギル・ボラ監督
18歳で高校を中退して、東南アジアを旅しながら、旅の過程を記録した中編映画『Road-Schooler』(2009)を制作。その後、韓国国立芸術大学に入学してドキュメンタリー制作を本格的に学ぶ。本作は山形国際ドキュメンタリー映画祭2015アジア千波万波部門で特別賞を受賞した。

「障害者はテレビで利用されている」ろう者の両親を持つ韓国映画監督が語る、障害者問題

 耳の不自由な両親が「かわいそう」という目で世間から見られることに、ずっと違和感を覚えていたというイギル・ボラ監督。娘である監督は、両親を、そうしたイメージとはかけ離れた、家族を愛し、人生を楽しんで生きている夫婦として、ドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』でイキイキと映し出した。ボラ監督から見た両親の歴史、自身のルーツ、映画を通して伝えたいことから、韓国の障害者問題までを伺った。

■私の両親は「かわいそうな人」ではないことを伝えたい

――映画『きらめく拍手の音』で、ご両親の歴史をインタビューして、どんな気持ちになりましたか? 知らないことも多かったのでしょうか?

イギル・ボラ監督(以下、ボラ監督) 両親の出会いのことは、この映画を撮るまで知らなかったです。父が母に恋煩いをしていたこと、蜂の群れが花に集まるように、母のもとに男性たちが集まってきたことなどのエピソードを聞くのは楽しかったですね(笑)。両親はそれをすべて手話で語るので、情景が目に浮かぶのです。この2人から私が生まれたのだと、自分のルーツを探る旅にもなりました。私の名前イギル・ボラは、父の姓であるボラ、母の姓であるギルをミックスさせた名前です。普通、子どもは父の姓を名乗るので、イ・ボラとなるのですが、私は2人の影響を受けていますから、母の名字も加えてイギル・ボラと名乗っています。

――耳の不自由な人たちへの周囲の見方に対して疑問に感じていたそうですが、それにはどんなきっかけがあったのでしょう。

ボラ監督 私は耳が聞こえるので、両親と一緒にいるときは自然と通訳をすることになります。そのときに接する人の反応がさまざまなのです。とても驚かれる人もいますし、慌てる方もいますし、同情して哀れんでお金を包んで渡そうとする方もいます。そういう反応を見るたびに、「そうじゃないのに」といつも思っていました。両親は変わっていないし、かわいそうでもない。ただみんなと違う言語で生活しているだけなのです。だから私の大好きなドキュメンタリー映画で、うちの両親の本当の姿、幸福であることを伝えようと思ったのです。

――取材対象がご両親なのは大変でしたか? 家族だからこそ聞ける話もありますよね。

ボラ監督 確かにインサイダーとして撮影できたことは長所ですが、近すぎて距離感が難しかったです。あとスタッフは私ひとりなので、インタビューと撮影を同時にやらないといけない。そうすると、両親と手話で会話ができなくなるんです。カメラを回しながら手話をすることができなくて……。それは、面白くもあり大変なことでした。手話スタッフが必要でしたね。

――韓国ではろう者の映画やドラマは多いのですか?

ボラ監督 ほとんどありません。あっても脇役ですね。日本では健常者と同じようにろう者が登場する作品があると聞きましたが、韓国では、何かが不足している人、助けないといけない人として登場する作品がほとんどです。

――確かに日本では、ろう者が主人公のドラマや映画はあります。ただ、ときどき障害者を感動の材料に利用しているという声もありますね。

ボラ監督 それは嫌ですね。私の両親は何でもできる人たちです。私が頼んだことは何でもしてくれましたし、母は友達のお母さんの中でも飛びぬけて美人ですし、本当に自慢の両親です。でも、障害者はテレビなどでは、かわいそうという視点でしか描かれていなくて、何か利用されているように感じることもありました。だから、私の映画では絶対そうは見せたくなかった。「障害者の人達たちも頑張っているのだから、健常者の私たちも頑張りましょう!」というスタンスは絶対に嫌でした。

――でも、失礼のないようにと考えすぎて、どう接したらいいのだろうと悩むこともあります。障害者の方に対しては、どのように接するのがいいのでしょうか?

ボラ監督 自分の方が上だと思わないことです。相手が障害者じゃなくても、そう思ってしまうことはあると思いますが、それは危険です。例えば紛争地域の方、難民の方などに寄付しましょう、寄付したらエライ、みたいな考えはよくありません。でも、メディアはそういう考えを拡大させてしまう恐れがありますね。

■韓国の障害者教育は日本より25年遅れている

――日本では2017年に初めての「東京ろう映画祭」が開催され、いい方向へと動き始めたと思うところもありますが、韓国ではそういう動きはありますか?

ボラ監督 韓国は日本より遅れていて、25年前くらいの状況です。この映画を字幕入りで公開しても、私の両親は字幕を読めません。なぜなら、韓国の障害者への教育はとても遅れていて、例えばろう者には「リンゴは手話ではコレ、文字ではコレ」と教えるべきなのに、両親が学んだ韓国の障害者学校は手話ができる教師がいないので、文字を学べないのです。クラスにさまざまな障害者を集めて、普通に授業をするので、耳が不自由な私の両親の場合は、教師が何を教えているのかがわからない。ちゃんとした教育を受けられないから、文字も読めないし、書けないし、文脈もわからないのです。障害者学校で起こった実話をもとにした映画『トガニ 幼き瞳の告発』という作品がありますが、あの映画と同じようなものです。
(※映画『トガニ 幼き瞳の告発』は韓国のろう学校で起こった児童虐待事件を描いた実話の映画化)

――きちんとした教育をさせるために制度を作ったり、立て直そうとしたりする人はいなかったのですか?

ボラ監督 両親が学生だったのは、もう何十年も前ですが、障害者学校では不正も多かったのです。学校建設費用を国からもらっていたにもかかわらず、それを横領して、児童にレンガで学校を建てさせたということもあったそうです。普通は告発すべきと思いますが、障害者学校に手話ができる人はいないので、何もできないのです。教育を受けていないので、何が自分たちの権利なのか、それが間違っているのか否かもわからない。こういうことを認識できない教育になっていることが韓国社会の問題点です。ろう者の人たちは、諦めた方が簡単だと思っています。だから私は映画を通して真実を発信し、こうやってインタビューを受けたり、文章を書いたりすることで、伝えていきたいと思っています。

――ご両親は、娘であるボラ監督が作った自分たち夫婦の映画を見て、どんな感想をもたれましたか?

ボラ監督 すごく喜んでいましたが、母は「おなかの肉がはみだしているところが映ってる!」とか「お化粧もしてないのにカメラを回している!」とか、いろいろ言っていましたけど(笑)。でも、両親は文字が読めないから視覚で情報を得るのが日常なので、手話言語の映画を娘が作ったことが、とてもうれしかったようです。

――映画を見ていると、ご両親は行動的で社交的。毎日をイキイキと暮らす姿がとても素敵だと思いました。ボラ監督自身、ご両親の影響を受けていると思うことはありますか?

ボラ監督 私の両親は、何事も目で見ないと信用しません。それはろう者の特徴でもあるのですが「実際に見て、やってみないとわからない」という考えなのです。行きたい場所へ行ってみる、やりたいことをやってみるという、目で見て体で覚えていくのが両親の生き方です。そういう人たちに育てられたので、私もまず「実際に見たい、体験したい」というタイプです。だから高校生のとき「もっと世界を見てみたい。学びたい」と思って、学校を辞めて世界へ飛び出しました。実際にそうして良かったです。多くの人に出会えましたし、学びもたくさんありました。それは私にとって財産です。

――この映画をどんな人に見てほしいですか?

ボラ監督 新しい世界に出会いたいと思っている人ですね。この映画は、障害者の映画でもないし、教育の映画でもないと思っています。本作は新しい世界に関する映画です。視覚、臭覚、触覚が研ぎ澄まされている、ろう者の美しい世界を見たいと思っている人にぜひ見てほしいです。
(斎藤香)

『きらめく拍手の音』
(2017年6月10日より、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー)
ボラ監督が、両親の過去から現在までをひもといていくドキュメンタリー。家族を通して、ろう者の生活の真実にスポットを当てていく本作は、音が聞こえない不自由さではなく、工夫を凝らし、前向きにハッピーに生きる毎日が映し出されている。
監督&出演:イギル・ボラ 出演:サングク(父)ギョンヒ(母)グァンヒ(弟)
公式サイト

イギル・ボラ監督
18歳で高校を中退して、東南アジアを旅しながら、旅の過程を記録した中編映画『Road-Schooler』(2009)を制作。その後、韓国国立芸術大学に入学してドキュメンタリー制作を本格的に学ぶ。本作は山形国際ドキュメンタリー映画祭2015アジア千波万波部門で特別賞を受賞した。

空前の台湾ブームの背景とは? 初めてでも国内旅行の延長で楽しめる海外旅行の魅力

<p> 『2泊3日でここまで遊べる! 週末ソウルベストルート』、『2泊3日でここまで遊べる! 週末台湾ベストルート』(ともに辰巳出版)の編著者で、韓国を愛するアラサー女性2人組の編集ライティングチーム「omo!」の土田理奈さんと後藤涼子さんに、台湾人気の理由、そして、韓国と台湾それぞれの魅力について聞きました。<br /> </p>

事故多発で客足半減! 韓国の新シンボル「第2ロッテワールド」はやっぱり呪われてる!?

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建設中の第2ロッテワールドタワー (c)Massyparcer/Wikipediaより
 スカイツリーが東京の新しいシンボルとなってから、すでに3年がたとうとしている。もはや“東京の顔”といっても過言ではない。一方、韓国では新しいシンボルとして地上123階、555メートルの超高層ビル「第2ロッテワールドタワー」が完成間近だ。  ロッテワールドは、日本でもなじみ深いロッテグループが、1989年に免税店やショッピングモールを併設した総合テーマパークとして開園。現在では、ソウル3大名所の一つとして知られている。昨年10月には、そのロッテワールドの敷地内に、大型ショッピングモールや映画館、水族館などレジャー施設を備えた「第2ロッテワールド」が一部開業した。そして増設計画の目玉となっている第2ロッテワールドタワーは、完成すればソウルで最も高い建造物になる予定だ。  「韓国に新しい“顔”が生まれる」。そんな希望的観測の一方で、安全性を疑問視する声が相次いでいる。ソウル市内では原因不明の漏水や路面陥没が相次いでいるが、もし超高層ビルでトラブルが起きれば、大惨事を免れないからだ。そして、その不安は的中し始める。  例えば、2012年にはコンクリートに亀裂が入っていたことが発覚。その後も、足場とコンクリート型枠が落下し、作業員1人が死亡、5人が負傷する事故が起きた。さらに、コンテナから出火し火事が起きるなど、さまざまな事件・事故が続出している。  それでも、14年9月にはショッピングモールや映画館、水族館など、一部施設のオープンにこぎ着けたが、ここでもさらなる問題が。水族館の一部から漏水したり、映画館で原因不明の騒音と振動が起こるなど、不可解なトラブルがやむ気配がないのだ。  その結果、全2,756台も収容できる駐車場は、1日平均530台ほどしか利用されておらず、オープン当初は1日平均10万人もあった客足も、12月には平均7万人にまで減少。今年1月には平均5万3,000人と、オープン当初の半数近くにまで落ち込んでしまっている。  去る1月末、視察に訪れたロッテグループのシン・ドンビン会長は、「来年末、ロッテワールドタワーが完工すれば、2万人の雇用と年間観光収益3,000億ウォン(約300億円)を創り出す、韓国のランドマークになるだろう」と話したが、建設の安全面を疑問視する声はいまだに絶えない。  第2ロッテワールドタワーがスカイツリーのように“ソウルの顔”になるのは、果たしていつになるのだろうか? (取材・文=慎虎俊)

通算700回の“献血王”誕生も、副作用によるトラブル多発! 韓国キケンな献血事情

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イメージ画像 Photo By SharonaGott from Flickr.
 「ナッツ姫」を例に引くまでもなく、何かとニックネームに「姫」や「王」をつけたがる韓国において、また一人の王が誕生した。今度は、“献血王”だ。  複数の韓国メディアによると2月23日、ソン・ホンシク(65)さんが国内最多となる通算700回の献血を達成したという。1984年5月に初めて献血を行い、それから30年間、毎月2度の献血を欠かさず行ってきた。現在までに献血した血液量は30万ccを超えており、成人男性60人分に当たる数字となっている。ソンさんの献血に対する思いはかなり真摯で、「献血のために、禁酒禁煙。食事と運動にも気をつけており、いつでも献血できる状態を維持するために努力しています」などと語っている。まさに献血に捧げた生涯だ。  韓国では昨年、年間の献血者数が300万人を突破。これは、韓国赤十字社が56年前の1959年に献血事業を本格化させてさせて以来、初の快挙となった。同社関係者は「献血は有益なことが多い。簡単な健康チェックにもなります」と話す。献血を行う前に体温、脈拍、血圧などの検査を受けるため、その言葉に偽りはないように思える。  一方で、こんな数字もある。韓国国会の保健福祉委員会に提出された資料によると、2010年から14年6月までに、献血の副作用が確認され、補償金を支払った件数は1,612件に上るというのだ。ほぼ1日1件、補償金を支払うような事故が起こっているということになる。補償金額は、総額6億5,000万ウォン(約6,500万円)だ。  副作用の中身を調べてみると、めまいなどの症状が最も多く、注射した部位周辺にあざが生じる皮下出血が次点だった。比較的軽い副作用だが、献血後に鈍痛を訴える人も少なくなく、中には意識を失って骨折した人もいたという。約5年間で副作用事故が36%も増加していることを考えると、とても献血を行う気にはなれない。  また、献血者数の割合において、高校生などの学生が多く参加しているということを問題視する声もある。献血者の43%が未成年者というデータが出ており、学校が夏休みなどになると慢性的に血液不足が起こる可能性もあるという。高校生たちにとって献血は、社会奉仕という“点数”を得るための手段にもなっている。1回の献血で「4時間の奉仕活動」にカウントされ、大学進学において一つの評価につながるそうだ。  献血者数は増えているものの、副作用をはじめとした問題も山積している韓国の献血事情。“献血王”ソンさんは「私は年齢的に800回が限界だろうが、1,000回を超える人が早く現れて、私の記録を抜いてくれればうれしい」と希望を語っているが、ずさんな献血事情を解決しない限り、さらなる献血者数の増加は厳しいといえそうだ。

「北朝鮮を見ながらセックス!?」韓国の不倫カップルが“38度線上”のラブホを目指すワケ

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軍事境界線の近くにある「ホテルバレンタイン」
 韓国の憲法裁判所は26日、刑法の姦通(かんつう)罪を違憲と判断し、同罪は62年ぶりに廃止となった。これにより、婚姻関係を持つ男女が配偶者以外の人と関係を持った場合、2年以下の懲役が科されるという厳しい掟から、ようやく解放される。  儒教やキリスト教の影響で、独身の婚前交渉もバレたら大騒ぎになる韓国。配偶者の親告により、これまでに約10万人が姦通罪で処罰されている。  韓国メディアの報道によると、前回2008年の合憲判決以降、これまでに姦通罪で起訴されて判決が出た人は計5,348人。このうち実刑判決を受けた人は110名にすぎず、多くが執行猶予ないしは棄却されている。  それでも不倫が発覚して裁判沙汰になるだけで、社会的地位は著しく下がることから、逢瀬を楽しむには厳重な情報管理が必要となる。  一応、ソウルなどの大都市にはラブホ街があるにはあるが、さらに遠くの郊外にラブホ街が形成されているのが、韓国の特徴だ。  特に多いのは、北朝鮮との軍事境界線沿い。京畿道坡州(パジュ)市の臨津江(イムジンガン)沿いの農村地帯には、いきなり「バレンタイン」とか「エロス」といった、どう見てもそれっぽいホテルがそびえ立っている。
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北朝鮮との軍事境界線近くにあるホテルエロス
 ソウルの留学経験が長い日本人女性は「坡州周辺までは高速道路があり、車で1時間ほど。便利がいい上、南北離散家族でない限り、めったに一般人は訪れないので、不倫の情報管理に適している」と指摘する。  また、日本人をはじめ外国人もよく参加する、板門店会談場ツアーでトイレ休憩の際に立ち寄る観光施設も近くにあるが、このラブホ街に「北朝鮮を見ながらセックスって、落ち着くのか?」などと、しばしば疑問の声を上がっていた。
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山頂の北朝鮮監視所と対峙する韓国の監視所
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臨津江の向こうは北朝鮮
 確かに、ラブホテルからもそう遠くはない臨津江の数百メートル向こうには、北朝鮮の黄海北道開豊郡の荒涼とした風景が広がる。南側に豊かさを宣伝するために建設された3~4階建てのマンションも今は外壁が剥がれ、屋根が落ちている建物も珍しくない。食糧事情が危ぶまれる光景を目の当たりにすると、普通に萎えてしまうものだが、禁断の愛に燃えるカップルにとっては関係のないことなのか……。  一方、こうしたラブホには一人旅の個人客も宿泊が可能。予約の必要がなくいつでも入れるし、ベッドや風呂場も広い。また、インターネットも完備されており、一泊5000~6000円で止まれる。  姦通罪の目をかいくぐり、独自のハッテンを遂げていた38度線上。同罪の廃止で、存続の危機に陥るラブホもあるかも!? (文=金正太郎)

韓国人は、なぜ“ファビョる”のか? 年間11万人以上が患う「火病」と「恨(ハン)」の真実

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「Thinkstock」より
 「ファビョる」というネットスラングをご存じだろうか? ネット上の議論の場で反論ができなくなったときに、顔を真っ赤にして逆ギレするようなさまを表す言葉なのだが、その語源となっているのは火病(鬱火病)だ。火病とは、積もりに積もった怒りやストレスが原因で体や心にもたらされる苦痛のことで、呼吸困難、食欲不振、うつ症状、不眠、全身の疼痛などが起こる“韓国人特有の病気”とされている。  最近、韓国で火病の診療を受けた患者数が、年間11万5000人にも上ることがわかった。韓国健康保険審査評価院の調査結果で、そのうち女性患者数が7万人と男性を大きく上回り、特に40~50代の中年層が多かったという。大韓航空の“ナッツ姫”ことチョ・ヒョンア前副社長も40代女性だ。ほかにも「韓国サラリーマンの90%が火病を病んでいる」との報道もあり、看過できない社会問題となっている。  韓国における火病の歴史は古く、朝鮮王朝時代にまでさかのぼる。韓国時代劇『イ・サン』で知られる朝鮮王朝第22代王・正祖(1752~1800)の母親は、著書『閑中録』の中で、自身の夫の病気を「火症」と表現しているという。正祖の父は、怒りによって胸が痛み、極度の不安を感じたり、うつ状態になったりする火病と酷似した病に侵されていたそうだ。  火病はまさに“韓国の伝統”ともいえるわけだが、そもそもなぜ韓国人だけが火病にかかるのだろうか。慶熙大学病院のある教授は、こう分析している。 「怒りや悔しさ、“恨(ハン)”などの感情が長期間持続した場合に患う火病は、アメリカの精神障害診断マニュアルに“韓国人に固有の文化依存症候群”と明示されています。韓国人には“恨”という独特の感情がある。これは、歴史的に外国の侵略や同族対決が繰り返された悲劇に加えて、差別的な身分制度、男性中心的社会からくる抑圧と悔しさ、怒りなどの感情が蓄積されて形成された状態だといえます」  つまり恨という独特の感情があるから、韓国人だけが火病にかかるというわけだ。同教授は、さらに「経済的困窮、家庭における暴力や虐待、夫の不倫など、否定的な経験が火病を誘発しやすい」とも。ここ数年、韓国で火病患者が急増している背景には、経済格差などの根深い社会問題があると考えていいだろう。  患者数が急増していることもあり、韓国で大きな関心を集めている火病。ある韓国メディアは、火病にかかりやすい人の特徴について、「責任感が強く、良心的で、感情を表に出さない内向的な性格の人ほど注意が必要」と報じている。いずれも、韓国人にはまったく当てはまらないイメージだが……。

損失は8億円超! “エボラ鎖国”北朝鮮が「平壌国際マラソン」外国人排除を決定、観光産業に大打撃

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北朝鮮専門旅行会社コリョツアーズはHPで、平壌国際マラソン外国人出場不許可の一報を伝えている。
 エボラ出血熱の国内流入を阻止するためという名目で、昨年10月より外国人観光客の入国を事実上禁止している北朝鮮。4月12日に開かれる平壌国際マラソンまでには入国制限措置を解くのか注目が集まっていたが、北朝鮮当局者が「マラソンへの外国人参加を禁止する」と語ったとAP通信が伝えた。  北京で北朝鮮専門旅行会社「コリョ・ツアーズ」を経営するニック・ボンナー氏は、23日に北朝鮮当局から、平壌国際マラソンには北朝鮮国民のみの参加を許可するとの通知を受けたと明らかにした。  ボンナー氏によると、コリョ・ツアーズだけでも外国人の参加申し込みは400人を超えているが、マラソン主催者は、大量の外国人入国が北朝鮮国内へエボラウイルスを流入させる恐れがあると、過剰に警戒しているようだ。  「平壌国際マラソン」の開催に当たって各旅行会社は、北京からの定期便に加えて、上海からのチャーター便も利用して多くの観光客を誘致しようと計画。そんな矢先の今回の決定は、まさに青天の霹靂だ。  4月は国際マラソンだけでなく故金日成氏の生誕祝いや「テコンドー創設60周年記念式典」など、大きなイベントがめじろ押しで、旅行会社にとってはいわば「書き入れ時」。さらに、8月のアリラン祭(マス・ゲーム)まで中止されるという情報もある。  北朝鮮はここ数年、観光産業に力を入れている。2013年12月には馬息嶺(マシンリョン)スキー場をオープンさせ、外国人観光客の訪問が許されていなかった中朝国境の新義州市や東林郡、平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)市などを開放した。  また、各旅行会社でも朝鮮国際旅行社と共同で全国縦断自転車ツアー、サッカー北朝鮮リーグ観戦ツアー、サーフィンツアー、平壌地下鉄乗り倒しツアーなどユニークな商品を開発している。  そんな努力のかいもあってか、北朝鮮のキム・ドジュン国家観光総局局長は昨年8月の共同通信とのインタビューで、13年の外国人観光客数は過去最高の10万人に達したと明らかにしている。  また、中国国家旅遊総局の資料によると、中国人の北朝鮮訪問者数は09年の6,000人から10年13万人、11年13万人、12年には23万7000人を記録した。23万人のうち5~6万人が観光客と推測されている。  韓国の対外経済政策研究院の資料によると、観光収入は2,100~3,400万ドル(約25~40億円)、開城工業団地から得られる収入の20~40%に相当する。  この数字に基づき単純計算すると、昨年10月からの観光客入国制限により失われた観光収入は700万ドル(約8億3,000万円)になる。そればかりか、長期間の鎖国による国の信用度低下は金銭に代えがたいものがある。  現在のような「鎖国状態」がこのまま続けば、旅行会社はもちろん、北朝鮮経済にも大きな損害を与えることは間違いなさそうだ。 (「デイリーNKジャパン」<http://dailynk.jp>より)

曽野綾子氏“アパルトヘイト許容コラム”が韓国でも波紋「清廉潔白なイメージが一転……」

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『風通しのいい生き方』(新潮新書)
 産経新聞がアパルトヘイトを容認する曽野綾子氏のコラムを掲載した問題について、韓国でもメディアを中心に波紋が広がっている。「事実上、アパルトヘイトを容認」(世界日報)、「世界の裏側・南アフリカ共和国も噴怒」(韓国日報)などと報じられている。  中央日報系列のテレビ局JTBCでは、曽野氏を「極右団体・日本財団の会長を務め、安倍総理の教育政策諮問委員としても活動した、側近中の側近」と表現。またテレビ朝鮮では、フランスでユダヤ人の墓石が破壊された最近の事件を曽野氏の発言と結びつけながら、「時代を逆行する世界」という見出しでニュースを編集し、差別的傾向を非難した。また同ニュースでは「実質上、アパルトヘイトを日本に導入しようと主張した」とまで言い切り、事実を誇張気味に伝えている。  JTBC、テレビ朝鮮のように、あからさまに批判するメディアは少数派だ。ただメディア全体の傾向としては、多かれ少なかれ、今回のコラム掲載に過敏に反応しているようだ。  日本から見ると、曽野氏のコラムを口実に、日本の内政に遠まわしに口を出しているようにも見えなくもない。実際、日韓の外交問題で優位に立つための布石として、メディアが書き立てているという面もあるだろう。ただ、曽野氏の発言が注目を浴びているのには、ほかの理由もある。  そもそも、曽野氏は韓国で認知度がとても高い日本人作家だ。著作の売れ行きも良く、60冊以上が翻訳、出版されている。村上春樹氏や東野圭吾氏になると、200冊くらいが翻訳、出版されているが、その次のクラスには十分に属すことができる人気ぶりだ。  特に、“老い”や“老後”をテーマにした作品は人気が高い。著作を読んだ韓国の高齢者からも、感想がどしどし寄せられているようだ。その証拠に、著作の中の名言は生活系のニュースでは数多く引用されている。例えば、中央日報系列の中央日報SUNDAYでは、曽野氏の著作に書かれていた、次のような老人の健康維持法を紹介したことがある。 「明るく過ごすこと。自ら進んで物事をやること。捨てることを恐れぬこと。攻撃的でないこと。愚痴をこぼさないこと。意思疎通を正直に、はっきりとすること。家族にも礼儀をもって接すること」  これまで、曽野氏の韓国社会での評価は清廉潔白な女性作家、NGO活動家というものだった。が、今回の発言を機に、一気に差別的な右翼作家というイメージが定着しつつある。そして、日本の一部の識者やメディアから指摘されているように、“日本や首相に恥をかかせる”存在として利用され始めてさえいる。  現在、曽野氏は謝罪も撤回もしないという立場だ。はたから見ると、曽野氏個人が築いてきたキャリアや、日本の国際的な立場を優先するほうが、知識人としてよっぽど合理的で、賢いと感じるのだが……。はたして、今後の事態の推移はいかに――。  (取材・文=河鐘基)