“ショーケン”萩原健一さんに合掌──セクハラ、ドラッグ、不倫、暴力、なんでもありの役者人生

 ロックンローラーの故・内田裕也さんの後を追うように、俳優で歌手のショーケンこと萩原健一さんが3月26日、消化管間質腫瘍のために他界した。68歳だった。内田さん同様、マスコミ、とりわけスポーツ紙は賛辞を惜しまないが、その人生は、女性関係からドラッグ、暴行事件など、トラブルに事欠かなかった。

 ショーケンは、グループサウンズ全盛時代に「ザ・テンプターズ」のボーカリストとして人気を博した後、俳優に転身。ドラマ『傷だらけの天使』『前略おふくろ様』(いずれも日本テレビ系)で主演を務めたほか、数多くの映画にも出演し、映画『青春の蹉跌』(1974)ではキネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞した。

 他方私生活では、75年、当時人気モデルだった小泉一十三さんと結婚。女児を授かったが、3年で離婚した。80年には女優・いしだあゆみと結婚するも、こちらも4年で離婚している。

“共演者キラー”と呼ばれ、女性の噂が絶えなかったショーケンだが、筆者は当時、ある女優から「ショーケンと共演した女優はみんな、彼におびえていた」という意外な事実を打ち明けられた。聞けば、ショーケンは映画の撮影で濡れ場のシーンになると、前バリをつけず、強引な演技を強行し、拒否すれば降板させられたという。実際、泣き寝入りした女優も一人ではないというから、今だったらセクハラどころか、強制わいせつで訴えられてもおかしくないだろう。

 女性問題だけではない。

 当時からショーケンにはドラッグの噂が絶えず、マスコミが積極的に取材に動いたことがあった。実際、83年には大麻取締法違反容疑で逮捕されている。さらに84年には飲酒運転で人身事故を起こして逮捕され、04年にも再び人身事故を起こして逮捕されている。

 85年には、当時、アントニオ猪木の妻だった女優・倍賞美津子との不倫疑惑が浮上。不倫現場を押さえようと張り込んでいた写真週刊誌の記者とカメラマンに暴行し、書類送検された。暴行事件に関しては、その後も、85年公開の映画『恋文』の打ち合わせのため、新宿区内の旅館で監督や共演の倍賞らとの打ち合わせ中、張り込んでいた記者を拉致して暴行を働いた疑惑が持ち上がった。事件化はしなかったが、暴力による取材活動の妨害すは、絶対に許されない行為だ。

 ショーケンにとって致命的だったのは、04年公開の映画『透光の樹』の降板事件だった。撮影中にショーケンが共演者やスタッフに暴言を吐き、暴力を振るったため、途中降板させられたのだ。しかも、プロデューサーが出演料の半分の返却を求めると、逆ギレ。実在する暴力団の名前を出して脅かしたため、製作サイドがショーケンを恐喝未遂で告訴。それを受けて逮捕されたことで、映画やドラマ関係者から「ショーケンは怖くて使えない」という声が上がり、芸能界から干された。

 そんなトラブルメーカーだったショーケンだが、11年にモデルの冨田リカさんと再婚してから立ち直った。

 16年に放送されたNHK・BSプレミアムドラマ『鴨川食堂』で準主演に抜擢されると、主人公の父親役を熱演。さらに、昨年3月には自ら原案を手がけたドラマ『明日への誓い』(テレビ朝日系)で主演し、いぶし銀の演技で高い評価を得た。また、同年10月に放送された連ドラ『不惑のスクラム』(NHK)では、がんに侵された老ラガーマン役で迫真の演技を披露。思えばあの頃、ショーケン自身ががんと闘っていたのだ。

 もっとも、あるドラマでは、撮影中にショーケンのいじめに遭った若手俳優が降板したというから、エキセントリックな性格は変わっていなかったようだ。

 ともあれ、長らく“芸能界一の問題児”と呼ばれたが、最後は役者としての人生を全うしたショーケン。改めて、合掌。

(文=本多圭)

テレビ局に“家宅捜索”撮影させるも、自身の逮捕シーンも撮られ……「反逆スター・萩原健一逝く」~後編~

(【前編】はこちら

「青春をショーケンと一緒に過ごしました。あんなかっこいい青年をあれからまだ見ていません。発想力すること、仕事への姿勢など確実に私達を変えた革命的な俳優でした。可愛くていけない魅力的生き者でした。同じ時代に生まれ、同じ時間を過ごせた偶然に、感謝。ありがと。海」(原文ママ)

 3月26日に亡くなっていたことがわかった、ショーケンこと萩原健一さん。萩原さんの代表作の一つであるドラマ『前略おふくろ様』(日本テレビ系)シリーズなどで共演した、女優・桃井かおりは、29日になって自身のInstagramを更新し、萩原さんの死を悼んだ。

「可愛くていけない魅力的生き物」

 桃井らしい独特の表現ながら、何の過不足もない、ありのままの萩原さん評といえるのではないだろうか。

 4回の逮捕歴も、そんな萩原さんのキャラクターを決定づけた。

 1回目の大麻所持、2回目の飲酒運転での接触事故については、前回に詳しいが、3回目の逮捕は04年の10月だった。自宅近くで交通事故を起こし、業務上過失致傷で現行犯逮捕されたのだ。

「罰金40万円の略式命令に終わりましたが、事故直後の様子がおかしいと、交通事故としては異例の10日間拘置。実況見分にも立ち会うこととなり、大麻での逮捕時以来の手錠姿を世間にさらすことになってしまいました」(ワイドショー関係者)

 こうした扱いに、萩原さんもガマンがならなかったのだろう。

「会見を開き、『警察の方は(薬物が出て来なくて)ガッカリしたんじゃないですか』『なぜ検察に謝らなきゃいけないの? 反省するのは被害者に対してでしょ』と、警察や検察を挑発するような発言を繰り返しました」(同)

 これによって当局の心証を著しく悪くした萩原さんは、翌05年に、今度は恐喝未遂容疑で逮捕されてしまう。前年に公開された映画『透光の樹』に主演が決まり、撮影も開始されたものの、スタッフやキャストとのいさかいが絶えず、暴言に加え暴行まで働く事態となり、クランクインから1カ月後に降板していた。

 さらに、その後、プロデューサーのO氏に対して出演ギャラの1,500万円のうち、未払の750万円にDVDの権利料などを加えた計1,050万円の支払いを要求し、その交渉の電話の中で、暴力団の存在をちらつかせてしまったのだ。

「契約通り、きちんと払うものは払ってください。国税庁、警視庁、山口組、住吉、熱海の●●さんという若頭が全部協力してくれまして、『やったろうじゃないか』と言っております。必ずやっつけますから!」

 というメッセージを、なんとO氏の携帯電話の留守番電話に自ら残していたのだから、これはもう言い逃れはできなかった。

「当局による逮捕の動きを察した萩原さんは、O氏への全面的な謝罪と、自分の要求している金額を上回る、1,500万円の慰謝料を提示して和解へと動きましたが、O氏はこれを拒否。最期は、開き直ったかのように、週刊誌やテレビの取材を受け入れ、逮捕当日にもTBSとフジテレビのカメラを自宅に招き入れて自らの主張を世間にうったえ、家宅捜索に入る警察とのやり取りを内部から撮影させましたが、結局、手錠をかけられるまでの一部を公開することとなってしまいましたね」(同)

 こんなことがあっても、抜群にカッコいいショーケンの記憶が損なわれることはなく、最後までスターであり続けた萩原さん。こんな男はもう出てこない。

テレビ局に“家宅捜索”撮影させるも、自身の逮捕シーンも撮られ……「反逆スター・萩原健一逝く」~後編~

(【前編】はこちら

「青春をショーケンと一緒に過ごしました。あんなかっこいい青年をあれからまだ見ていません。発想力すること、仕事への姿勢など確実に私達を変えた革命的な俳優でした。可愛くていけない魅力的生き者でした。同じ時代に生まれ、同じ時間を過ごせた偶然に、感謝。ありがと。海」(原文ママ)

 3月26日に亡くなっていたことがわかった、ショーケンこと萩原健一さん。萩原さんの代表作の一つであるドラマ『前略おふくろ様』(日本テレビ系)シリーズなどで共演した、女優・桃井かおりは、29日になって自身のInstagramを更新し、萩原さんの死を悼んだ。

「可愛くていけない魅力的生き物」

 桃井らしい独特の表現ながら、何の過不足もない、ありのままの萩原さん評といえるのではないだろうか。

 4回の逮捕歴も、そんな萩原さんのキャラクターを決定づけた。

 1回目の大麻所持、2回目の飲酒運転での接触事故については、前回に詳しいが、3回目の逮捕は04年の10月だった。自宅近くで交通事故を起こし、業務上過失致傷で現行犯逮捕されたのだ。

「罰金40万円の略式命令に終わりましたが、事故直後の様子がおかしいと、交通事故としては異例の10日間拘置。実況見分にも立ち会うこととなり、大麻での逮捕時以来の手錠姿を世間にさらすことになってしまいました」(ワイドショー関係者)

 こうした扱いに、萩原さんもガマンがならなかったのだろう。

「会見を開き、『警察の方は(薬物が出て来なくて)ガッカリしたんじゃないですか』『なぜ検察に謝らなきゃいけないの? 反省するのは被害者に対してでしょ』と、警察や検察を挑発するような発言を繰り返しました」(同)

 これによって当局の心証を著しく悪くした萩原さんは、翌05年に、今度は恐喝未遂容疑で逮捕されてしまう。前年に公開された映画『透光の樹』に主演が決まり、撮影も開始されたものの、スタッフやキャストとのいさかいが絶えず、暴言に加え暴行まで働く事態となり、クランクインから1カ月後に降板していた。

 さらに、その後、プロデューサーのO氏に対して出演ギャラの1,500万円のうち、未払の750万円にDVDの権利料などを加えた計1,050万円の支払いを要求し、その交渉の電話の中で、暴力団の存在をちらつかせてしまったのだ。

「契約通り、きちんと払うものは払ってください。国税庁、警視庁、山口組、住吉、熱海の●●さんという若頭が全部協力してくれまして、『やったろうじゃないか』と言っております。必ずやっつけますから!」

 というメッセージを、なんとO氏の携帯電話の留守番電話に自ら残していたのだから、これはもう言い逃れはできなかった。

「当局による逮捕の動きを察した萩原さんは、O氏への全面的な謝罪と、自分の要求している金額を上回る、1,500万円の慰謝料を提示して和解へと動きましたが、O氏はこれを拒否。最期は、開き直ったかのように、週刊誌やテレビの取材を受け入れ、逮捕当日にもTBSとフジテレビのカメラを自宅に招き入れて自らの主張を世間にうったえ、家宅捜索に入る警察とのやり取りを内部から撮影させましたが、結局、手錠をかけられるまでの一部を公開することとなってしまいましたね」(同)

 こんなことがあっても、抜群にカッコいいショーケンの記憶が損なわれることはなく、最後までスターであり続けた萩原さん。こんな男はもう出てこない。

最初の逮捕は元妻・いしだあゆみの目の前で……「反逆スター・萩原健一逝く」~前編~

 ショーケンの相性で親しまれた、昭和のスター・萩原健一さんが、26日、消化管間質腫瘍のために都内の病院で亡くなっていたことが、28日にわかった。

「GSバンド『ザ・テンプターズ』のボーカルとしてデビューして人気者となり、その後は、俳優・歌手として活躍。どちらでもほかに替えのきかない唯一無二の存在感、誰の模倣でもない完全オリジナルなパフォーマンス、いつもとんがった理屈抜きのカッコいい姿が、当時の若者の心を大いに引きつけ時代のカリスマとなりました」(ワイドショー関係者)

 一方で、何ごとにも苛烈な道を選んでしまう、その生きざまから、いつしか「反逆児のカリスマ」と呼ばれるようになっていた。

 4度の逮捕歴――しかもその腕に手錠をかけられるショッキングなシーンを何度も世間にさらしながら、それでも多くの人を魅了し続けたスターなど、他に存在はしない。

 一回目の逮捕は、1983年の大麻所持だった。

「黒澤明監督映画『影武者』(80)の共演俳優から芋づる式に逮捕者が出た中で、萩原さんの所持も発覚したものでした。このときは、懲役1年執行猶予3年の判決が下り、その後一年はすべての芸能活動を休止せざるをえなくなりました」(同)

 衝撃的だったのは、萩原さんが逮捕され手錠がかけられる、その逮捕劇の一部始終が週刊誌の取材カメラに収められていたことだ。

「80年に結婚した女優のいしだあゆみとの愛の巣であった代々木のマンションを、いしだ立会いのもと麻薬取締官が家宅捜索したところ、なんと大胆にもリビングのテーブルの上に、大麻樹脂12グラムがむき出しのまま置かれていたんです。そこに帰宅した萩原は、自分のものであることを認め、緊急逮捕されました。いしだが泣き叫び、崩れ落ちる中、憮然とした表情の萩原の手に手錠がかけられるという、まるでアウトロー映画の一場面のような瞬間が、しっかりとカメラにとらえられました」(同)

 この一年後の84年には、飲酒運転でバイクと接触。道路交通法違反と業務上過失致傷で逮捕されている。

「執行猶予が取り消され、実刑判決になるかとも思われましたが、罰金8万円の略式起訴で済みましたが、大麻のときは耐えて支えたいしだは、ほぼ同時期に、藤真利子との浮気疑惑が重なったこともあって、離縁を決意したといわれていますね」(同)

 そして85年には、当時、事実婚状態にあった、女優・倍賞美津子との2ショット写真を週刊誌に撮られて激怒。カメラマンと編集者を暴行して書類送検されるという事件を起こしている。

 そして05年の恐喝未遂での逮捕のときも、実に萩原さんらしかった――。

【後編】へ続く――

萩原健一さん死去──“もうひとつの体の秘密”って?

 俳優の萩原健一さんが26日に亡くなったことが報じられた。萩原さんは、2011年からGIST(消化管間質腫瘍)を患っていたが、本人の強い希望で伏せられていた。自身の死に関しても、葬儀が終わった後に公表され、こちらも萩原さんの遺志といえそうだ。

 萩原さんといえば、“ショーケン”の愛称で知られ『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』(ともに日本テレビ系)などで活躍した。役者業に対してストイックな性格で知られ、『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事役は人気者ではあったが、アイドル的な扱いをされることに嫌気が差し、自ら脚本家に談判して、自身の殉職シーンを描かせたエピソードもある。

 私生活では大麻所持、飲酒運転による人身事故、映画出演をめぐるトラブルによるスタッフへの恐喝未遂などで逮捕歴があり、お騒がせの人物といった印象がある。だが、同時に萩原さんは病気を最後まで隠し通すなど繊細さを併せ持った人物であり、知られざるもうひとつの体の秘密があった。

「萩原さんは幼少期から、片方の耳がほとんど聴こえなかったようですね。それでも、ミュージシャンをしていたわけですから、かなりの苦労があったといえるでしょう。ただ、それを表立って主張することはありませんでした。萩原さんとはいえば、何かと大声を上げるといったイメージもありますが、そちらも耳が聞こえないことが原因だったといわれています」(業界関係者)

 萩原さんは、先日亡くなった内田裕也さんの訃報に関してもコメントを発している。再び一緒の企画をやりたい思いもあったようだ。やはり68歳というのは今の時代としては早すぎるといわざるを得ないだろう。平成の終わりに、レジェンドと呼ばれる人たちが次々と亡くなっていくのは切なさを感じざるを得ない。萩原健一さんのご冥福をお祈りしたい。

(文=平田宏利)

“ショーケン”萩原健一の鮮やかな復活と、内田朝陽を「死にたい」とまで追い詰めたイジメの過去

 昨年、芸能活動50周年を迎えた、“ショーケン”こと萩原健一。自ら原案を手がけ、主演したドラマ『明日への誓い』(テレビ朝日系)が3月25日に放送された。2年ぶりのドラマ出演となったが、数々の映画監督やドラマプロデューサーから絶賛されていた演技力は、いまだに衰えていなかった。それどころか、年を重ねたこともあって、演技力に深みが増したようだ。これほどの俳優が、なぜ、久々の主演なのか?

 萩原はグループ・サウンズ全盛期の1967年、ザ・テンプターズのボーカリストとしてデビュー。その後、俳優に転身し、映画『青春の蹉跌』(74)で、キネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞。続いて、日本テレビ系のドラマ『前略おふくろ様』や『傷だらけの天使』に主演するなど、数多くの映画やドラマで活躍した。

 私生活では当時、人気モデルだった小泉一十三と結婚。女児をもうけるが、3年で離婚。その後、女優のいしだあゆみと再婚したが、4年で離婚。“共演者キラー”として女優たちから恐れられた萩原だが、その後もアントニオ猪木の元妻で女優の倍賞美津子との熱愛がささやかれた。その現場を押さえようとした写真週刊誌「フライデー」(講談社)の記者とカメラマンに暴行するという事件が起こし、萩原は書類送検となった。

 女性スキャンダルのみならず、大麻取締法違反容疑による逮捕や、交通事故による2度の逮捕。トラブルの絶えない萩原は、「芸能界一の問題児」と言われるようになった。そして、極めつきは2004年に公開された映画『透光の樹』の途中降板事件だ。

 同映画の撮影中、萩原は監督やスタッフ、それに共演者に暴言や暴行を繰り返したために、途中降板となった。プロデューサーは出演料の半分を返還するよう求めたが、「一方的に降板させられた」と、これを拒否。さらには、実在する暴力団の名前を出して「必ずやっつけますから」と脅迫する言葉を留守番電話に残し、プロデューサーに出演料全額分を要求した。その結果、制作サイドから恐喝未遂容疑で告訴されたのち、逮捕される事態となった。

 たび重なる警察沙汰のトラブルや、トーク番組での共演者の悪口発言などにより、萩原は映画やドラマのスタッフから「危なくて使えない」と敬遠されるようになってしまったのだ。

 そんな萩原だが2年前、NHK BSプレミアムで忽那汐里主演のドラマ『鴨川食堂』に準主演として抜擢された。久しぶりにドラマへの起用となったが、萩原を知る関係者から「大丈夫?」と危惧する声が上がっていたという。

 関係者の懸念は的中することとなった。萩原はドラマの舞台である京都の方言がなかなか覚えられずイライラ。そのイライラが共演の内田朝陽に向けられた。萩原のイジメに遭って、内田は降板させられ、「僕の役者生命はもう終わりです。もう死んでしまいたい」と親しい人に漏らすほどだったという。萩原の“内田イジメ”で撮影も遅々として進まず、一時はお蔵入りで2億円の損失ともウワサされたが、無事、ドラマは撮り終えて放送された。

 それから2年後、テレ朝の日曜ドラマ『明日への誓い』で、自らが原案を手がけるという初の試みで、主演。67歳になったショーケンのいぶし銀の演技が光る作品となった。

 三つ子の魂百までということわざがあるように、放送終了後に、撮影中のトラブルが浮上しないことを願う。
(文=本多圭)

あのショーケンに上から物を言う妻・冨田リカ、その奔放すぎる生き方の妙

<p> 法律的な観点で、結婚とは何かを考えると、「配偶者と一生セックスする義務と権利」であると言える。配偶者以外とセックスをすることや、正当な理由なしにセックスを断ることは、離婚裁判では、結婚を継続できない理由として認められるのだ。<br /> </p>

ショーケンの"母"・瀬戸内寂聴が、気になる下半身事情をポロリ!

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「女性自身」3月8日号

下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の"欲望"に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る!

第64回(2/17~2/22発売号より)

 反政府デモから政権が崩壊したエジプトで、米CBS女性記者が取材中、集団レイプされたことが米国で大きな衝撃となっている。この事件を聞き、2003年にイラクで捕虜となった米女性兵の"事件"を思い出した。数カ月の捕虜生活の後に英雄となった女性兵に対し、拷問やレイプの有無が話題になり、さらにブッシュ政権の自演自作説、プロパガンダに利用されたなどの疑惑さえ巻き上がったのだ。エジプトの女性記者事件の後、オバマはイスラエルの入植活動を非難する国連安保理決議案に拒否権を発動した。