「ルネッサ~ンス」で一世を風靡した……という書かれ方もうんざりするほど経験しているであろう、お笑いコンビ・髭男爵。2008年のブレークから紆余曲折、当事者となった山田ルイ53世が自身と同じ「一発屋」という枠で語られる芸人たちの過去と現在を真摯なインタビューで紡ぎ出した著作『一発屋芸人列伝』(新潮社)が話題を呼んでいる。数々の文豪たちが執筆にいそしんだという新潮社の通称「缶詰め部屋」で、山田ルイ53世が「一発屋」という言葉に抱く思いを訊いた。
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――「芸人さんが芸人さんの本を書く」というのは、バランスがとても難しいと思うんです。すごい熱い感じで書いてあると、読み手としてはちょっと引いてしまったり。
山田ルイ53世(以下、山田)そうですね。やっぱり身内だから。
――逆にこれをライターが書いたら、それもちょっと嫌な感じがするんじゃないかと。
山田 最初に編集者の方から「新潮45」(新潮社)で「一発屋芸人が一発屋芸人を取材する」というお話を頂いたときは、「ん?」「ちょっと変な感じになりませんか……」って、結構渋ったんですよ。おっしゃる通り、身内同士のかばい合いというか、傷のなめ合いみたいになったらほんまお寒い話ですし、かといって同じ芸人なのに、突き放しすぎるのもおかしい。そういう距離感は本当に苦労したというか、気を使いました。さらにそこに先輩後輩という概念もあって。でもいざやることが決まって、だったら最初はHGさんだなって。
――なぜHGさんだったのでしょうか?
山田 単純に言うと、すごく尊敬しているんです。そもそも「一発会」みたいな一発屋界隈を活性化させるような活動を、別になんの得にもならへんのにやってるんですよ。今のHGさんのポジションだったら安定してるし、普通なら、わざわざ人のためにそんなことやらへんよなと思うんです。だけどHGさんは、たとえば「一発屋総選挙」とか、そういうギミック作りをすごいしてくれてて、我々はそれに乗っからせてもらってる。
――一発屋の活性化。
山田 髭男爵が2008年1回売れて、翌年から堕ちていくっていう過程の中で「ルネッサンスのボリューム小さくなってないか」とか「もっと胸張って伝統芸にしていけばいい」みたいな発想を最初に言いだしたのが、HGさんとムーディ勝山君なんですよ。僕、結構ネガティブなので、そういう考え方は思ってもみなくて、すごく明るい気持ちにさせてもらった。本当に断酒会の主催者みたいなんですよ。皆で輪になって座って、一発屋同士、気持ちを吐露する。HGさんって、NPO法人の代表みたいなところがあるんです。自分のためじゃなく、人のためにやってるっていう。
――断酒会というたとえが出ましたが、そういう会で一番難しいのは「自分はアルコール依存症である」と認めることだという話を聞きます。一発屋と呼ばれる方たちが「自分は一発屋である」と認めることに、苦悩はあったりするものでしょうか?
山田 そうですね。自分の負けとか、ダメなところとか、失敗したことっていうのをゴクリとのみ込むっていうのは、別に芸人じゃなくて人間誰しもしんどいし、できるならやりたくないことだから、そういう意味でやっぱり……生々しくなるんですかね。「一発会」は心のセーフティネットっていう部分もあって。これよく最近みんなで話すんですけど「これからの一発屋の子は楽やな」って。こういう受け皿があるから、ある程度勢い落ちてきたな……ってなっても「一発会入りましてん」っていうネタもできるし。それはひとえに2人のおかげだと思う。

――本当にたくさんの芸人さんがいる中で、テレビに1回出るだけでも大変なことで、そこからさらに売れるっていうのは本当に限られた人たちであるのに、「一発屋=失敗」みたいな風潮もおかしいっちゃおかしな話ですよね。
山田 いや、それはあっていいし、しかるべきですよ。こんな本書いて本当に僕はクソダサいんですけど、お茶の間の方が「この芸はこういうギミックでできてて、こういう歴史があって、だから笑わなあかん」みたいなことは絶対ないわけで。もうただボーッと見るのが、世間のスタンスじゃないですか。芸人が自分から「すごいでしょ」って言うなんてみっともないから、もちろん誰も言わない。ただ僕はこういうご縁を頂いたので、皆が言わない分、自分が犠牲になって言いましょうっていうのはあります。それは書くモチベーションの一つとしてありました。だから基本ダサいことだと思ってるっていうのは、ご理解いただきたいです。
――この本がすごいなと思ったのはまさにそこで、変な言い方ですが、もしかしたら芸人さんを二度殺してしまうかもしれないと。その危険を感じながら書くって、ものすごい緊張感だったのではないかと。
山田 本当に手前味噌ですけど、そのバランスはすごい気にしました。もちろん褒めすぎたらあかんし、こき下ろしすぎるのもおかしいし。だからありのままをなるべく写生するぐらいの、ありのままを言語化するぐらいの気持ちでやってました。
――書く時のスタンスとしては「芸人同士」ですか? それとも「取材者と対象者」みたいな感じですか?
山田 それは……どっちもありましたよね。同じ芸人やっていう意識では、やっぱり書く時に、聞いた時以上にはせなあかんと。最低でも同じぐらいの面白さでは書かないと、スベらせたことになるから。たぶん僕が芸人じゃなかったら、そのへんは許されると思うんですけどね。ただ芸人同士っていうことを意識しすぎると、より突っ込んだ話もできないし。自分の中で、「インタビューする人」っていうのと「芸人」っていうのとの狭間でのせめぎ合いみたいなのはありました。
――この本の生々しさは、そういう部分にも起因しているんですね……。
山田 僕の場合は基本的に自分自身の恨み、私怨みたいなところも執筆の原動力の一つだったから、皆さん話しやすかったかもしれない。ちょっと真剣な話、突っ込んだ話、家族の話、あるいは「想い」の部分を話している時、やっぱり僕とHGさんなり、僕とジョイマンさんなり、僕と相手の芸人さんとの間に脱がれた衣装が置かれたように見えたんですよ。お互い衣装を脱いで、真ん中に置いて、生身の人間でしゃべろうみたいな部分もありました。
――自分の象徴ともいえる衣装を言葉で脱がせていくって、それは本当にインタビュアーとしての理想だと思います。
山田 いや、僕は取材や執筆に関しては素人なので、もちろんすぐにできたわけじゃないです。やっぱりHGさんから始まって、「新潮45」(新潮社)で連載10回やっていくうちに、後半になればなるほど要領を得てきたというか、つかめてきました(笑)。

――「つかんだな」と実感したのは、どなたの部分ですか?
山田 うーん……やっぱりムーディ君と、天津木村さんのバスジャック事件かなぁ。いま振り返ってみれば、あのバスジャック事件書いてる時の熱い気持ち、追及していかなあかんみたいな気持ち、あの時、名前わからなかったですけど、あれがジャーナリズムだったんですね。真実を突き止めなければという熱いジャーナリズム。
――そういう意味ですと、波田陽区さんのところが……ちょっとそれまで読んでいたものと毛色が違うような気がして……。
山田 皆それ言う! なぜそう思ったのか教えていただきたい!!
――バスジャック事件の「書いているうちに探っていかなきゃみたいな気持ち」と逆というか、これ以上あまり探っちゃいけないんじゃないかみたいな、どこか心のブレーキが働いたのかなと。勘繰りですが。
山田 なんとなくわかります……。だからまず言えるのは、あの原稿そのまま通してくれた波田君、格好いいっていう。これ皆さんに言えるんですけど、全然原稿直さないんですよ。そこがやっぱり芸人の矜持というか。全体通して面白かったってなったら、このままでいいよっていう、この潔さ、格好良さ。その最大が波田君ですけど、僕も「ちょっと悪いな」って思う部分もあったんです。「言い過ぎてるところあるな」って。
――こき下ろしてる感じには全然思わなかったです。皆さんドキュメンタリーなんですけど、波田さんは特にその感じが強かった。
山田 ドキュメンタリーが過ぎました。
――だからでしょうか……自分の中にある波田さん的な要素がうずくというか。
山田 波田君の要素が入ってるんですか、自分に(笑)。
――人間が持ってる最も人間くさい部分というか、波田さんはそれを惜しげもなく見せてくれる。コウメ太夫さんに対する感覚とは全然違うんですよね。
山田 コウメさんは、ちょっと神に近い部分がありますから(笑)。
――そういう意味でも、読み比べると皆さん違いました。
山田 皆さん、違う生きざまですよね。そうそう、昨日HGさんに会って、僕ちょっとびっくりしたんですけど、最近ハードゲイの衣装、2カ月に1回しか着てないって。RGさんとの正統派漫才、レイザーラモンの芸で評価され始めてるから、あのハードゲイの衣装着るのが、自分で主催してる一発屋イベントでしかないらしいんです。だからか……ちょっとやっぱり似合ってなかったですね(笑)。着せられてる感じ。「コスプレキャラ芸人」として堂々と胸張ってた先輩が少し恥ずかしそうにコスプレしてるっていうのは、正統派漫才で評価を得た一つの弊害やなと感じました(笑)。
――「堂々と伝統芸にしていけ」と言っていた方が(笑)。
山田 ただね、そのキャラ物の芸人がスーツ着て正統派でもう一回再評価されるって、本当すごいんです。密集した林の中にあるバンカーからボール打って、ワンオンするぐらいの見事なリカバリーなんです。
――山田さんご自身はどうですか? 執筆活動をしながら髭男爵としていざ営業やテレビ出演となった時に、「ちょっと恥ずかしい」と感じたりしますか?
山田 それはないですね。僕エゴサーチとかすごい好きなんですけど、「本めっちゃ面白かった、ただ髭男爵のネタは好きじゃないけど」「髭男爵のギャグでは笑ったことないけど、この本は笑った」と、僕と髭男爵を2つに分けるんですよね、皆さん(笑)。あなたが面白いっていうこの本は髭男爵である俺が考えてるし、これも髭男爵の芸のうちなんだっていう感覚なんですけど、どうも受け取り手の中にはそうじゃない人もいるみたいで。

――批評をしてる人に対しては皮肉なことかもしれないですけど、この本はまさにそれを一つにしてくれたんですよね。今までバラバラだった芸人さんのネタや人間性や生き方、それをギュッと一つにしてくれたっていう。
山田 さっきも言いましたけど、お茶の間の人は、ボーッと見ていてもちろんいいんです。ただお笑いのみならず、世間一般で皆バッサリ斬りたがる風潮がすごいじゃないですか? 発信者する側の色気というか、欲を感じるんですよ、そこに。何かをバッサリ斬って、注目されたい。それって結局、皆ちょっと一発当てたいんやん、みたいなね。
――「1億総実は一発当てたい」化……。
山田 それはあると思う。でも、この本に出てくる芸人は「一発」っていう言葉ついてますけど、読んでいただいたらわかる通り、本当に緻密にコツコツ組み上げた芸をやってるから、その果ての一発なので。まあでもね、一番いいサンドバッグであることは間違いないですから。わかりやすく一回大きく成功して、わかりやすく墜ちるっていう。だから「あの人は今」みたいなくくりと違って、現代の一発屋っていうのは「リアルタイムで負けを見せる仕事」みたいなことになってる。
――すごい。
山田 たとえばいま芸能界にいない人を、芸能界での勝ち負けで叩くことってないじゃないですか。ただ、一発屋って特殊で、現役で負けを見せる仕事みたいになってるんです。当然我々も意識してそれやってる部分もあるし、叩きやすい。昔、歌舞伎町で一瞬話題になった殴られ屋みたいなもんです。
――以前8.6秒バズーカーさんにインタビューした時、絶頂の時だったんですけど「一発屋になりたいんですよ」って言っていたのを、今ふと思い出しました。
山田 たぶんそれ、絶頂の時だから言えることですよ。リアルに墜ちてきた時は、そんな心境にはならない。焼きごてを喉に突っ込まれるぐらい、難しいですから。最近、HGさんのやってる一発屋ライブに、ようやく8.6秒が自首してきたって聞きました。HGさんは、これを「自首」と呼ぶんですけど(笑)。
――自首すれば、誰でも入れるんですか……。
山田 そうです。むしろ、自首しないと無理なんですって。一発屋は人から言われることじゃない、自称する人しか名乗れない。芸人の間では、一発屋を自称していない人に対しては、一発屋イジリしないんです。
――それが、その方にとってオイシイかどうか。
山田 僕らは一発っていうか0.8発くらいですけど、HGさんや小島よしお君みたいな、あんなすさまじい経験ってなかなかないと思う。普通に今テレビに出てる売れっ子の人でもないと思う。だからすごいし、大きく勝ったあと大きく負けた人間の生きざまっていうのは、何かしら響くところが、刺さるところがあると思います。“逆白鳥”なんですよね。
――逆白鳥ですか?
山田 白鳥は水の上では優雅にしてるけど、下はバシャバシャ水をかいてる。我々の場合、水の上でバシャバシャやってて、下はしっかり平泳ぎの感じ。今回は、その水より下の部分を、ちょっと書かせてもらったっていう。
――本当に……この本にはそういう的を射たたとえがたくさんあって、嫉妬すら感じました。書く職業の人間として。
山田 いや、逆白鳥は僕、2週間前から考えてましたから(笑)。
(取材・文=西澤千央)