
7月9日に87歳で亡くなり、9月4日に東京ドームで『お別れの会』が執り行われることになったジャニーズ事務所の創設者・ジャニー喜多川社長。7月10日には所属タレントが続々と追悼コメントを発表し、“ジャニーズの問題児”と言われたNEWS手越裕也も次のような言葉を発表している。
「僕の歌を認めてくれてジャニーズの歌に対するイメージを変えて欲しいと期待を込めてNEWSというグループに選んでくれたジャニーさんに感謝しかないです。(中略)これからのタレント、ボーカリストとしての手越祐也の歌を、YOU成長したね。って言ってもらえるように努力し続けます」
ところがその手越、ジャニーさんが亡くなった直後にもかかわらず、銀座の高級クラブで豪遊し、ホステスを口説いている姿が目撃され、周囲を呆れさせている。
「ジャニーさんが亡くなってまだ2日くらいだったのですが、手越が高齢男性と2人で8丁目の高級クラブ『L』に入店してきました。ジャニーさんの死に少しは落ち込んでいるかと思いきや、テーブルにつくホステスを次から次へと口説いていたので、その神経を疑いましたよ」(銀座のクラブ関係者)。
手越の場合、これだけではない。
7月19日発売の写真週刊誌「FRIDAY」(講談社)も、ジャニーさんが亡くなる前日の7月8日に手越が東京・赤坂で“どんちゃん騒ぎ“に興じる様子を報じている。同誌によれば、この日は芸能界から財界まで幅広い人脈を持つ人物の誕生パーティで、手越は会がお開きになるまで同席。店から出た後も、仲間のリクエストに応じて記念撮影を始め、パーティ参加者と肩を組むなど、上機嫌だったという。
もちろん、パーティへの参加自体が悪いわけではない。しかし、この日はジャニーさんが生死を彷徨っていた日だ。ジャニーズのタレントの大半は、ジャニーさんが都内の病院に緊急搬送されて以降、時間が許す限り、ジャニーさんを見舞うために病院に足を運んでいた。
そんななか、我関せずとばかりにどんちゃん騒ぎに興じていた手越。普通なら、少なくとも初七日があけるまでは喪に服し、目立つ言動は慎むところだろう。銀座のクラブには、高齢男性に接待されてついていったようで、時期が時期だけに接待するほうの神経も疑いたくなるが、そこでホステスを口説きまくっていたという手越には開いた口が塞がらない。
遡れば、昨年6月にも「週刊文春デジタル」(文藝春秋)に未成年女性との飲酒疑惑を報じられ、同年9月には、同サイトで、未成年女性を含む知人女性30人を引き連れての「飲酒バスツアー」を主催していたことが報じられている手越。さらには、金塊強奪事件の犯行グループの1人が公開したFacebookの写真に手越が写っていたことがあり、ネット上で大騒ぎになったこともある。
「2016年7月、福岡市内で7億5,000万円相当の金塊が強奪された事件です。事件から約3週間後に、雨上がり決死隊の宮迫博之がその主犯格と大阪・北新地のキャバクラで“ギャラ飲み”をしていたとして、“闇営業”問題が再燃しましたが、実は手越も、同じ犯行グループ仲間とツーショットやピースサインで写る写真が彼らの1人によってSNSに投稿され、騒ぎになっています」(マスコミ関係者)
しかし、反社会的勢力との交遊が明らかになったにもかかわらず、ジャニーズ事務所は、「(手越は)お店でたまたま一緒になり、『一緒に撮って』と求められ、応じてしまった。軽率だった」と釈明しているとして、「(容疑者と)面識はなかったが、本人も軽率だったと反省している」「手越のサービス精神が裏目に出てしまった」という説明でお茶を濁し、手越を処分さえしなかった。
他方で、反社会的勢力との交遊を理由に、吉本興業から契約解除された宮迫。宮迫の場合、吉本興業のお家騒動によってこの契約解除は一応、撤回されてはいるが、ジャニーズ事務所は、そろそろ“懲りない不謹慎男”手越の処分の検討に入るべきではないか。