平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析!
先日、宇多田ヒカルの<歌姫ってなんなん>というツイートが話題になった。
歌姫ってなんなん
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) February 15, 2019
発端となったのは、おそらく11日にTBS系でOAされた番組『歌のゴールデンヒットー昭和・平成の歴代歌姫ベスト100ー』。彼女はたぶん、この番組内で、CDやレコードの売り上げで“歌姫のランキング”を決めたことに対して触れたのだと思う。
僕もこの番組をなんとなく観ていた。当連載で過去に登場した安室奈美恵は4位、ZARDは3位にランクイン。
で、今日取り上げる人はどうだったかというと……あら? ランク外? そうかー。大ヒットした曲もあるけど、そもそもリリースの数自体がそこまで多くなかったから、シングルの売り上げの集計をしても、そこまで数字が行かないのかなと。
と解釈しながら、川本真琴について書きます。
彼女のデビューは1996年のこと。デビューから、いきなり衝撃的だった。なにせ1stシングル「愛の才能」の作曲、アレンジ、プロデュースは岡村靖幸。その楽曲のファンキーさだけでもかなりの魅力がある上に、川本の歌声もルックスも、じつにキュート。結果、この「愛の才能」はスマッシュヒットを記録し、彼女はデビュー早々、音楽シーンの最前線へと躍り出たのである。
川本は、その年の秋に2枚目のシングル「DNA」をリリース。さらに翌年の「1/2」、そのまた次の年の「桜」と、ヒットを連ねていった。この間には最初のアルバム『川本真琴』も出し、これはCDチャートの1位を奪取するほどのセールスを残している。
川本の歌にはいくつかの特徴がある。歌声は、ちょっとロリータっぽくも、またアニメ声っぽくもあるハイトーン。その声や本人の風貌と絶妙なブレンドを見せるのは、青さや若さを感じさせる歌詞の世界だ。当時の彼女は20代前半だったが、<明日の一限までには 何度もkissしようよ>(「愛の才能」)といったように、歌詞の面では大人になる手前の少女の心情が鮮烈に反映されていた。しかも、その詞はまるで早口のように言葉が詰め込まれていて、これによって生まれる性急さが感情のスピードを加速させている感覚があった。
また、アコースティック・ギターをかき鳴らすイメージもフレッシュだった。この頃はギター女子なんて言葉もなく、もちろんYUIが出てくるよりもぜんぜん、前の時代。「川本真琴=アコギ」のイメージは、初期の頃から彼女の個性として定着した。
そしてメロディや曲全体に感じられる、自由で、のびのびとした感性。たとえば「1/2」や「桜」のような楽曲のイメージの広がりには、ほかのどんなアーティストでも表現することができない独自性がある。
で、この頃からなんとなく感じていたのは、彼女はどこかナチュラルな……天然なところがある人ではないかということ。それは当時、ファンの方も感じていたのではないだろうか。
というのは……1998年の春、渋谷公会堂でのライヴのこと。原稿を書くために川本のライヴを初めて観に行った僕は、そこで奇妙な光景に対面したのである。曲の合間のMCで彼女は「今日はずっと、最後に<パンチョ>って付けてしゃべろうかな」と笑いながら言ったのだ。そして以後、ステージ上で彼女は「次の曲はなんだっけパンチョ?」「今日はいい感じだねパンチョ」というふうに、語尾にパンチョを付けて話し続けた。その意図はよくわからない。きっと、なんとなくだったんだと思う。
終演後、レーベルであるソニーの担当の方に通されて、川本本人と、ほんの一瞬だけあいさつができた。間近で接近した川本真琴は本当にかわいかった。そしてお互いにドリンクを手にしていたので、「今日のライヴはとても楽しかったです。パンチョ」と言うと、彼女も「パンチョ」と返してくれて、グラス(プラカップだけど)で乾杯した。
この日の演奏は、とても良かった記憶がある。ただ、僕の中では、川本の渋公ライヴは「パンチョ」という言葉の思い出のほうが強く残っている。
で、当時、川本は確かに時代を代表するシンガー・ソングライターとして君臨していた……のだが。ハタから見ていて気になったのは、どうにも安定しない活動ペースだった。
まだデビュー数年のアーティストにしては、作品ごとのインターバルがやけに長いこと。ある程度のライヴやメディア露出をしたと思いきや、その後プッツリと沈黙が続くこと。すでに人気アーティストだったから、いろんな方面からの仕事の話は多かったはずなのに、こうして沈黙する状態が続くばかりだった。おかげで本人の姿どころか、テレビや街中でも曲を耳にすることが徐々に減り、川本、大丈夫か? と思ったりしたものだった。
結論を言うと、この90年代後半から2000年代の初頭にかけて、川本は自分のペースで音楽に向かうことに苦慮していたのではないかと思う。たぶんスタッフ側はもっと仕事をしてほしかっただろうけど、彼女本人はそこまで多作なほうでもないし、スケジュールを詰め込みたいわけでもない。このナチュラルなアーティストには、メジャーでの活動の仕方があまり合わなかったのではないだろうか。
その後、2001年の春に、川本は2枚目のアルバム『gobbledygook』のリリースのために、ひさびさにメディア露出をしている。デビュー・アルバムから、なんと3年9カ月ぶりの2作目だ。その雑誌インタビューを読んでいたら、このインターバルについて川本自身は「長いですよね。特に9カ月ってのが長いですよね」と答えていて、僕は誌面に向かってツッコまざるを得なかった。いやいやいや! 9カ月でなく、3年のほうが長いでしょ! あの天然ぶりは健在だったのである。
ただ、このアルバムから、川本の動きはまた鈍化していった。当時は把握していなかったのだが、9枚目のシングル「ブロッサム」を最後に、メジャーとの契約が終了。それ以降、彼女は表舞台から去ってしまった。
それから時が経過し、川本のことを忘れかけていたゼロ年代の半ば頃のことだ。彼女がインディーズのアーティストたちと活動しているというウワサが耳に入ってきた。数年の潜伏期間を経て、再び動き始めているようだった。
05年の暮れには、シンガー・ソングライターの豊田道倫のアルバム『東京の恋人』に参加していて、驚いた。豊田は非常に生々しい歌を唄うシンガーだが、このタイトル曲は名曲で、その後半でほんの少しだけ聴こえる川本のコーラスはあまりに優しくて、じつに感動的だった。
川本は、豊田のこのアルバムの発売記念ライヴにもゲスト参加していて、僕はそこでひさびさに彼女の姿を見ることができた。川本は、東京のインディ・シーンのミュージシャンたちに混じって、確かに舞台にいたのだ。
この頃から彼女は、たとえばタイガーフェイクファという名義でリリースするなど、自分なりの新たな活動の仕方を展開するようになる。
やがて僕のところに、そうしたミュージシャンたちと交流する川本に取材する話が来て、インタビューすることになった。時は2011年になっていた。その場所が、あの渋谷公会堂のすぐ近くのカフェだったのだから面白い。
あらためて対面した川本は30代後半になっていたが、相変わらずきれいで、かわいかった。そして会うや否や、「前に会ってますよね?」と言われて、ビックリした。うーん、会っているといえばそうだけど、13年前に渋公でパンチョ乾杯したのはほんの一瞬だったので……。「まあ、そうですけど、えーと」と言いながら、たぶん彼女の記憶違いではないかと思った。で、「そこの渋公でライヴした時に、語尾にパンチョって付けて話してましたよね?」と尋ねたところ、そのことを覚えていて、「言ってた」と笑う彼女だった。
実家のある福井に住み、そこから時々、東京など別の土地まで行って唄ったりしているという川本は、のびのびしていて、居心地が良さそうだった。そういう感じで音楽に向き合いたかったのかな、と思った。
あれから数えても、もう8年。それ以降も川本はインディーズをベースにしながら活動を続けてきている。
14年には神聖かまってちゃんの「フロントメモリー」にヴォーカルで参加。かまってちゃんと川本……精神的に大人の世界になじめないまま、それでも生き続けるアーティスト同士の、あまりにハマりすぎの共演だった。この時のライヴも最高だったな。
16年はリリースが多かった。これは夏に発表した「ホラーすぎる彼女です」。
ほかのミュージシャンとの交流も盛んで、「川本真琴withゴロニャンず」名義での活動もしている。
これも16年秋の「ドーナッツのリング」。
そしてこの年には、メジャーのコロムビアからデビュー20周年記念盤であるセルフカバー集『ふとしたことです』をリリース。これには「愛の才能」「1/2」、ファンからの人気が高い「やきそばパン」も収録されている。
この時期、川本は音楽誌のインタビューで、こんな発言をしている。
「活動を休んでいた頃は、やっぱり葛藤もありました。でも、今ではそういう時間が持ててよかったと思ってるし、こうしてまた来年もいろいろやれたらいいなって。でも私、ホント先のことが考えられないんですよね(笑)。ぜんぜん計画的じゃないし、これからもきっとそんな感じなんだろうな」
今の彼女の歌を聴いて驚くのは、声の魅力が変わっていないことだ。どこか子どものような、そして自由奔放なヴォーカルは、90年代当時から、いや、それどころか、さらに大きな魅力を放っている。そしてアコギもさることながら、幼少期から習っていたというピアノを弾きながら唄うのも、現在の川本のスタイルとなっている。
で、いろいろ調べていたら、なんと彼女、今週末の24日(日)に下北沢のシェルターでライヴをするとのこと。後藤まりことの2マンのようである(この2人、昔、雑誌で対談してたな)。
なんかPRっぽいけど、まったくの偶然で、でもせっかくなので、ここに載せておくことにする。気になる方は、ぜひ(チケットは→https://eplus.jp/sf/detail/2793330001-P0030001 )。
ともかく川本が今、自分らしいペースで音楽を続けている。それこそテレビの歌番組とかで見かけるようなことはないし、今の彼女はあの頃とは違う。成長もしているし、自分自身のやり方を身につけているのだから。
90年代の頃とはまた違った、でも今なりの川本真琴のスタイルで、唄い続けていってほしいと思う。
◆「平成J-POPプレイバック!」過去記事はこちらから
●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki





