飛田、円山町、町田……かつて紡がれた男女の交わりに思いを馳せる『青線~売春の記憶を刻む街』

 今回は趣向を変えてノンフィクションの作品をご紹介しようと思う。

 「青線」というものをご存知だろうか? 戦後の一時期、売春が認められていた場所を「赤線」と呼んでおり、これと差別化するために「青線」は生まれた。青線は赤線とは違い、非合法に売春が行われていた地帯である。

 昔は全国各地に存在していた赤線、青線地帯だが、売春防止法が施行された現在は当然、その役割をなくしたかのように見える。しかし、かつて青線街であった場所には、現在も昔の名残を残してバーや料理屋として営業する店が連なっている。新宿のゴールデン街や、横浜・黄金町などがそうである。

 本作『青線~売春の記憶を刻む街』(集英社)は、かつての青線の色を強く放っている地域を全国規模で取材し、紹介している作品だ。古くから色街として親しまれてきた地域は、今も男女のいざこざが絶えない。渋谷・円山町などが最たる例である。東電OL殺人事件の舞台となった円山町は、現在もラブホテルが軒を連ね、あちこちで男女が交わっている。

 青線、赤線街として全国的に認知度が高いのは、大阪・飛田だろう。その地域に足を踏み入れると、時代をタイムスリップしたように感じるという。料亭の形で並ぶ店先には呼び込みの老女がいて、その奥にはアイドルやタレントと見まごうほどの美しい女性がニコニコと笑顔を振りまいている——そこで行われているのは「自由恋愛」だ。

 また、思わぬベッドタウンにも青線の色を強く残している場所がある。東京・町田だ。「たんぼ」と呼ばれた町田の青線は、ラブホテル街の中にプレハブ小屋の飲み屋を装った店が立ち並び、そこには外国人の娼婦がいたという。元をただすと米兵相手の日本人娼婦が体を売っていた場所であった「たんぼ」には、現在、その面影はまったくない。しかし、かつての「たんぼ」へ通じる道の前には、現在もラブホテルが立ち並んでいるという。

 本作は東京から大阪、沖縄のチョンの間までも深く取材している。自分自身が住む街はもちろん、旅先にも、かつての青線の面影を色濃く残した場所が存在する。そんな地で、どのような男女の物語が紡がれていたのか、想像するのも面白い。
(いしいのりえ)

彼女たちはなぜセックスを売るのか? 『飛田の子』が描くワケあり女性たちの人生

 今回は趣向を変えて、ノンフィクションの作品を紹介したいと思う。

 「飛田新地」をご存じだろうか? 風俗が好きな男性はもちろん、性風俗に関心のある女性であれば、その名を聞いただけで、どのような場所であるか想像がつくだろう。

 大阪にある最大の遊郭として知られている飛田新地は、約7万平方キロメートルのエリアに160軒近くの「料亭」が存在している。その広さは、阪神甲子園球場のおよそ2個分である。

 ピンク色のライトを浴びて店先に座る女性たちは、女優やモデル並みの容姿を持つ者も少なくないという。「料亭の店員」という名目の彼女たちは、にこやかな笑顔を浮かべて客である男たちを誘い、そして男は女性を気に入ればオバチャンと交渉し、女性とともに料亭の2階へと上がる——。日本人にはもちろん、外国人観光客からも「観光地」として広く認知されている、日本最大の遊郭である。

 今回ご紹介する『飛田の子〜遊郭の街に働く女たちの人生〜』(徳間書店)の筆者は、元・飛田新地の料亭経営者であり、今では料亭のスカウトマンをしている杉田圭介氏。本作は、彼がこれまで出会ってきた飛田の女たちを小説形式で紹介している。個性あふれる5人の女性が飛田で織りなす物語を、生々しく表現した。

 飛田で働く女性たちの多くの理由は「金」である。ホストにハマったキャバ嬢が多いというが、金の使い道はさまざまだ。

 杉坂氏がスカウトマンをしている料亭のベテランであるカナは、バツイチの29歳。子どもができにくい体質であったカナの夢は助産師になることであった。そんなカナを主軸として料亭を運営する中、既婚で子持ちのナオが飛び込みでやってくる。彼女は結婚前に飛田のエース級の女性たちがいる「青春通り」の店で働いていた、元・飛田の女性である。稼ぎの少ないサラリーマンである夫を支えるために飛田に戻って来たナオは、1歳になる子どもを保育所に預けられる間だけ働くことになった。しかし「子どもを作れる」ナオに嫉妬したカナは、ナオと衝突してしまう——。

 飛田で働く女たちが持つそれぞれの深い理由と、交錯する心の物語がリアルに描かれている。中でも本作の主人公であるスーパースター・アユの物語は実に面白い。関西の大手企業に勤めていた彼女が、なぜ飛田で働き始めたのか、そして飛田でスーパースターと言われるほどに客を取り、その地位にのし上がった経緯などが描かれている。

 本作で紹介されている5人の女性たちに共通して言えることがある。それは、セックスを売ることに対して躊躇がない点だ。かつては、女を売るという仕事に対して抵抗を持ちながら仕方なく働いている女性がほとんどであった。しかし現在は、夢や目標のためなら遠慮なく脱ぎ、女として売れる武器を利用して金を稼ぐ女性が増えてきたように感じる。

 私がこうして日常を過ごしている今も、飛田の地には、逞しい女性たちが今日も店先で微笑んでいるのだ。
(いしいのりえ)

「女に生まれて良かった」と思わせる官能小説——徹底した女性への寵愛を描く睦月影郎の世界

 ある程度の冊数、官能小説を読んできた官能小説ファンには、数人の「お気に入り作家」ができる。「本離れ」が進んでいる昨今、定期的に新刊を刊行している官能小説家はあまり多くないけれど、その中でも固定ファンが確実に存在し、新刊を発表し続ける作家はいる。

 官能小説を書くという行為は、自分自身の性欲との戦いではないかと筆者は思う。だからこそ、閉経という性欲減退の引き金となる現象の訪れる肉体を持つ女性が官能小説をコンスタントに書き続けることは難しく、性欲と一生付き合える男性の方が向いているのではないかと考えている。しかし、そんな男性たちも、若い頃のようにずっと性欲を感じることは難しい。官能小説家という仕事は、永遠に欲情し続けなければならないという、心身ともにパワーが必要な行為なのだ。

 そんな中、デビューしてからずっと、その勢いが衰えずにいる作家が存在する。官能小説界の重鎮、睦月影郎氏である。23歳の時にデビューした睦月氏は、60代になった今も作品を発表し続け、今年の上半期だけでも11冊の新刊を発表している。睦月氏の作品の魅力を伝えるには、『鎌倉夫人』(二見書房)を紹介するのがわかりやすいだろう。

 舞台は江ノ電が走る湘南。童貞の大学生である主人公・純司は、同じサークルに所属する先輩の亜紀と共に深夜の湘南海岸公園駅にいた。この駅には、丑三つ時になると無人の江ノ電が到着し、異世界に運ばれるといううわさがある。そのうわさ通りに到着した電車に乗り込んだ純司と亜紀は、現代の江ノ電には存在しない駅に到着する。彼らは、明治時代の鎌倉へとタイムスリップしてしまったのだ。

 そこで、2人は美しい母娘と出会う。娘の里美を助けた礼にと連れられた彼女たちの家は、瀟洒な男爵家であった。そして、しばらく彼女の家で厄介になることになった純司には、さまざまな喜悦の誘惑が待っているのである——。

 睦月氏の作品に共通するのは、徹底した女性への寵愛と、計り知れないほどの男性の優しさがある。決して女性を乱暴に扱わず、丁寧にひとりの女性を愛するセックス描写には、女性冥利に尽きるほどの、たっぷりな愛情が満ちている。

 男性にはもちろんおすすめだが、女性にとっても「女に生まれて良かった」と思わせてくれる睦月氏の作品、ぜひ一度手に取っていただきたい。
(いしいのりえ)

人に化ける猫がお爺さんに恋心を抱く『三姉妹』――「新感覚官能」のユニークな世界

 官能小説の代表的なカテゴリーといえば「SM」や「人妻」モノである。これらの二大シチュエーションは固定ファンも多く、昔から広く愛されている。特に、SM作家として永遠に語り注がれる団鬼六の作品は、1人の女性が陵辱される様子を緻密に描写し、最初は苦痛しかなかった行為に対して、少しずつ性の悦びを開花してゆく女性の強さや美しさ、艶かしさを瑞々しく表現し続けた。

 そんな中、最近少しずつ見られるのが「新感覚官能」である。不慮の事故により亡くなった女性が、秘めた思いを昇華させるために、見ず知らずの女性に憑依し、片思いの男性に抱かれる……など、摩訶不思議なシチュエーションに官能を乗せた物語も多く刊行されている。

 もちろん官能小説としても楽しめ、またストーリーもポップに描かれているので、女性も手に取りやすい作品が多いことが特徴だ。

 中でも面白かったのが柚木郁人の『三姉妹』(宝島社)。柚木は官能小説ファンを唸らせるようなダークで濃厚なセックスシーンを書く小説家だが、本作はとてもかわいらしいシチュエーションとキャラクターが描かれていて、女性にもおすすめの1冊である。

 本作の主人公は「猫」。主人公のアイは三毛猫三姉妹の末っ子。彼女が住むのどかな港町・桜絹市の三毛猫は、先祖代々、人間に恋をすると神様から「人」の姿を授かることができるのだ。

 アイは、猫の姿の時に迷子になり、助けてもらった老夫婦のお爺さんに恋心を抱き、人の姿に化ける。愛するお爺さんとの生活を守ろうとするアイだが、大切な妹を守るために狐に立ち向かう姉たちは、人として遊郭に沈められることとなってしまうのだ――。

 柚木氏ならではのしっとりとした官能シーンは健在ながらも、末っ子気質の愛らしいアイのキャラクターや、お爺さんとの微笑ましいやりとり、姉と狐との戦いなど、魅力的な登場人物が繰り広げる展開も素晴らしい。

 官能小説というと、湿度の高いダークなものを想像してしまうかもしれないが、こうした明るく和やかな作品も多く存在する。本作は、官能小説の可能性を強く感じさせる1冊である。
(いしいのりえ)

食事からセックスの相性や2人の親密さを想像させる『裸飯 エッチの後なに食べる?』

 日常における何気ない行動の中で、最も性欲と直結するのが「食欲」である。

 これからセックスをする相手との夕食のひとときは、数時間後の性への衝動を掻き立てる。ソースを舐める舌や油を滴らせた唇、肉を頬張る口元などは、どれもがセックスの時に行う行為へと脳内変換をすることができるのだ。この後、その舌は自分の肌をなぞり、唇で光る油はお互いの唾液と混じり、軽く開いた口元は胸の先端を吸うのだろう――そう考えると、セックスをする相手と共に食事をすることは、非常にいやらしい行為である。

 今回ご紹介する『裸飯 エッチの後なに食べる?』(祥伝社)は、セックスの後で食べる食事も含めて「エロ」を感じさせる短編集である。「チーズ&ハニー」「BBQ」「卵かけごはん」「鰻」など、文字を追うだけで涎が出そうな副題の中で、筆者が最も興味を惹かれたのが、第2話に収録されている「野菜たっぷりのラーメン」である。

 主人公の晶子は、モテ期を逃した30代の「元美人」。学生時代から自分が美人だということを自覚して育った。しかし証券会社に入社してからというもの、明らかに自分よりもブサイクな同僚女性がバタバタと結婚していく。

 35歳となった晶子は、一大奮起して「相席居酒屋」へと足を運んだ。ナンパ待ちをしている20代前半女性ばかりの面子に辟易していた晶子に相席を希望してきたのは、ひとまわりも年下の学生・慎之介であった。

 泥酔した晶子を介抱するという理由で彼女のマンションへついてきた慎之介は、急に晶子を口説き始めた。鍛え上げられたたくましい腕でお姫様抱っこをされ、ベッドへと連れられた晶子は、今までに経験したことのないセックスへと導かれる。

 それまで晶子が経験してきたセックスは、完全に彼女主導であった。美しい顔立ちとグラマーなスタイルを持つ「高めな女性」である晶子が大胆に振る舞うと、どんな男たちでも晶子のなすがままだったのだ。しかし、慎之介とベッドを交わしている晶子は完全に彼のなすがままで、しかも彼に翻弄されてしまう――。

 朝まで抱き合った晶子は、ベッドを抜けて裸のままでキッチンに立ち、食事を作る。インスタントラーメンの袋を開けて、たっぷりの野菜を入れた。一杯のインスタントラーメンを若い男と分け合って食べる姿は、とてもかわいらしい。

 セックスの後でインスタントラーメンを分かち合える2人の関係に、筆者はとても深い親密度を感じた。それは、フレンチのフルコースを共有する以上にハードルが高いと感じてしまう。

 食事を共にできる男女は、セックスの相性も良いものなのだろうか? 改めて、自分自身の私生活を振り返ってしまう作品である。
(いしいのりえ)

SM、巨乳、ミステリー……官能小説の“いいとこ取り”を堪能するアンソロジー本『翳り』

 官能小説を読むにあたって、ぜひ最初に手に取っていただきたいのが、各社から定期的に刊行されている「アンソロジー本」である。官能小説に強い双葉社などから頻繁に出版されているアンソロジーは、さまざまな小説家の短編が収録されているので、お気に入りの作家が見つかりやすい。

 今回ご紹介する『翳り』(双葉社)は豪華官能小説家5名を揃えたアンソロジーである。本作に寄稿しているのは睦月影郎、館淳一、藍川京のベテラン勢と、安定した人気のある草凪優、牧村僚。現在の官能小説界を担う小説家が勢ぞろいした、魅力たっぷりな作品集である。

 それぞれの書き下ろしが5編収録されているが、その内容も今の「時代」を見せつけてくれる作品ばかりだ。

 先陣を切るのは唯一の女流作家である藍川京の「鬼縛り」。舞台は箱根。瀟洒な別荘に招かれた和装の女性と還暦過ぎの男。藍川らしい上品な文体と、なまめかしい性描写とのギャップはページをめくるごとにぞくぞくする。

 しっとりとした官能を楽しんだ後には、草凪優の「秘技・巨乳潰し」が収録されている。こちらは一転して草凪らしいポップで愉快な作品である。

 主人公の派遣OL・愛依の武器は、グラマーなボディとはちきれんばかりのHカップの胸。愛着のある巨乳だが、最近めっきり「ごぶさた」で、三十路が目前に迫った今、自慢のHカップが少しずつ垂れ下がって来ているように感じていた。

 結婚したい。そのためにはセックスをして、改めて女としての魅力を磨かねばと、派遣先の萎れた四十男を誘う。自信たっぷりに声をかけ、2人でカラオケボックスへ行くのだが、愛依の一番の自慢である巨乳を罵倒されることになってしまう——。

 男にとって巨乳は善か、それとも悪か。バカバカしくも永遠のテーマである「巨乳」の善悪を問う作品である。

 そのほか、館淳一は正統派なSM世界を表現、牧村僚は、官能小説の王道である秘書モノで、彼の得意分野である「太もも官能」(女性の太ももの魅力を描く)を展開、ラストを飾る睦月影郎は、ミステリアスな事件の解明を官能小説に乗せた。それぞれの特徴が鮮やかに描かれた作品ばかりが収録されている。

 長編からチャレンジするのも面白いが、それぞれの小説家のおいしいところをちょっとずつ楽しめるのは、アンソロジーならではの魅力だ。官能小説の世界へ一歩踏み出したい方には、ぜひ手にとっていただきたい1冊である。
(いしいのりえ)

SM、巨乳、ミステリー……官能小説の“いいとこ取り”を堪能するアンソロジー本『翳り』

 官能小説を読むにあたって、ぜひ最初に手に取っていただきたいのが、各社から定期的に刊行されている「アンソロジー本」である。官能小説に強い双葉社などから頻繁に出版されているアンソロジーは、さまざまな小説家の短編が収録されているので、お気に入りの作家が見つかりやすい。

 今回ご紹介する『翳り』(双葉社)は豪華官能小説家5名を揃えたアンソロジーである。本作に寄稿しているのは睦月影郎、館淳一、藍川京のベテラン勢と、安定した人気のある草凪優、牧村僚。現在の官能小説界を担う小説家が勢ぞろいした、魅力たっぷりな作品集である。

 それぞれの書き下ろしが5編収録されているが、その内容も今の「時代」を見せつけてくれる作品ばかりだ。

 先陣を切るのは唯一の女流作家である藍川京の「鬼縛り」。舞台は箱根。瀟洒な別荘に招かれた和装の女性と還暦過ぎの男。藍川らしい上品な文体と、なまめかしい性描写とのギャップはページをめくるごとにぞくぞくする。

 しっとりとした官能を楽しんだ後には、草凪優の「秘技・巨乳潰し」が収録されている。こちらは一転して草凪らしいポップで愉快な作品である。

 主人公の派遣OL・愛依の武器は、グラマーなボディとはちきれんばかりのHカップの胸。愛着のある巨乳だが、最近めっきり「ごぶさた」で、三十路が目前に迫った今、自慢のHカップが少しずつ垂れ下がって来ているように感じていた。

 結婚したい。そのためにはセックスをして、改めて女としての魅力を磨かねばと、派遣先の萎れた四十男を誘う。自信たっぷりに声をかけ、2人でカラオケボックスへ行くのだが、愛依の一番の自慢である巨乳を罵倒されることになってしまう——。

 男にとって巨乳は善か、それとも悪か。バカバカしくも永遠のテーマである「巨乳」の善悪を問う作品である。

 そのほか、館淳一は正統派なSM世界を表現、牧村僚は、官能小説の王道である秘書モノで、彼の得意分野である「太もも官能」(女性の太ももの魅力を描く)を展開、ラストを飾る睦月影郎は、ミステリアスな事件の解明を官能小説に乗せた。それぞれの特徴が鮮やかに描かれた作品ばかりが収録されている。

 長編からチャレンジするのも面白いが、それぞれの小説家のおいしいところをちょっとずつ楽しめるのは、アンソロジーならではの魅力だ。官能小説の世界へ一歩踏み出したい方には、ぜひ手にとっていただきたい1冊である。
(いしいのりえ)

「エロを笑う」日本特有の感覚で官能小説の楽しさを味わえる『淫謀』

 官能小説の楽しみ方のひとつに「エロを笑う」という方法がある。欧米のハーレクインロマンスなどによく見られる「シンデレラストーリー風官能小説」とは真逆に位置する、こうしたエロの楽しみ方は日本特有の感覚だろう。

 古来より親しまれて来た春画も「エロを笑う」作品の代表格である。男女がなまめかしく交わる春画の中には、巨大な男根が描かれていたり、人間のような大きな蛸に犯される女性などが描かれている。こうした春画は、決していやらしさを誘うものではなく、面白おかしくセックスを楽しむためのアイテムとして、多くの日本人に愛されてきた。

 今回ご紹介する『淫謀 1966年のパンティ・スキャンダル』(祥伝社)も「笑うセックス」を楽しめる作品のひとつである。時代は、ビートルズが来日公演を果たした1966年。世界中のファンを魅了するビートルズの武道館公演では、熱烈なファンが彼らに投げる無数のパンティがひらめいていた。その中の1枚の真っ白なパンティに、英国諜報部が掴んだ機密が隠されていたのだ。そして2017年の現在、テレビ制作会社の女性社員が次々と失踪するという奇妙な事件が起きる。その事件の鍵となったのが「ビートルズのテープ」なのだが——。

 沢里裕二氏ならではのおバカなシチュエーションに乗せて、ほとばしる性描写が生き生きと綴られている。読み進めていると、あまりのバカバカしさに心が軽くなるような爽快感に包まれる。

 昨今のエンタメといえばネットであり、「小説を読む」というと、どうしても身構えてしまいがちな世の中だが、こうした日本古来の「エロを笑う」という独特の楽しみ方は、硬くなった頭がふっと柔らかくなる面白さを持ち合わせているのである。決して高尚なものではない、等身大の官能小説の楽しみ方を、ぜひ本作で味わってみてはいかがだろうか。
(いしいのりえ)

恋愛小説が描くセックスの醍醐味――ベッドシーンが作品の全てを物語る『ナラタージュ』

 数ある恋愛小説の中にもセックスは描かれているが、官能小説と異なるのは「セックスを描くことが目的」ではなく、「恋愛を描くことが目的」だという点である。しかし、恋愛を語る上でセックスはもっとも重要な通過点のひとつであり、セックスを描くことによって物語の本筋である恋愛が色濃く浮き彫りになる。今回ご紹介する『ナラタージュ』(角川書店)のセックス描写は、その代表的な例だ。

 昨年映画化されて話題になった本作は、大学2年生の泉が母校の教師である葉山へ抱く、切ない思いを描いた恋愛小説である。

 高校在学中は演劇部に在籍していた泉の元に、葉山から連絡が入る。顧問である葉山から「演劇部の公演に参加してほしい」と頼まれるのだ。当時、いじめにあっていた泉を助けてくれた葉山は、彼女にとって唯一の拠り所であり、卒業式の日に2人はキスをしたが、関係が発展することはなく、それきりとなっていた。泉が母校に行くと、同じ卒業生である親友の志緒や彼女の恋人の黒川、そして黒川の友人の小野も演劇部の公演に参加することになる。

 葉山と再会し、再び定期的に会うようになった泉の心には、高校生時代に抱いた葉山への思いが蘇る。泉は卒業する前、葉山から結婚していて、妻が精神的に病んでしまったことを打ち明けられていた。当時は泉のことを失いたくない一心で離婚をしたと嘘をついた葉山であったが、実はまだ別れていなかったのだ。再会後に嘘をつかれていたことを知って動揺した泉と、彼女を深く傷つけてしまった葉山は、互いに「もう2人きりで会うことはやめよう」と決意する。そして泉は、演劇部の手伝いをしている小野との距離が縮まり、付き合うことになるのだが――。

 この物語のキーとなるのが、映画化された際に話題にもなった、葉山と泉のベッドシーンである。物語の後半では、やはり互いの思いを断ち切ることができなかった2人が、たった一夜だけ肌を重ねることになる。強く惹かれあう彼らが「別れ」のために行うセックスの様子が淡々と丁寧に描写されている。

 決してストレートな表現をしているわけではないのに2人の息遣いまで聞こえてきそうなほどににいやらしく、切ない思いが凝縮されている数ページは、この物語の集大成であり、この作品の全てを物語るにふさわしいものとなっている。本作は、セックスが恋愛の延長上に成立しているということを痛感させてくれる作品である。
(いしいのりえ)

セックスを仕事にする女が「かわいそうな女」とは限らない――風俗嬢と教師の価値観のズレ

 男性に多く存在するように、女性にも「セックスが好き」という人はいる。誰とでも寝てみたり、自分の性欲を満たすためだけに風俗店に勤めたり、アダルトビデオに出演したりする女性は、決して都市伝説ではなく、実際に存在するのだ。しかし、アダルトビデオに出演したり、風俗店に勤めているだけで、世間からは「かわいそうな女」だと思われがちである。

 今回ご紹介する『恋塚』(講談社文庫)収録の「鳴神」に登場する妙子がそうだ。主人公である教師の和樹は、かつての教え子たちが集う同窓会で、妙子が風俗店で働いているといううわさを聞いた。決して目立つ存在ではなかったが真面目な生徒であった妙子は、和樹が勤める高校を卒業してから家庭環境が悪くなり、結果、悪い男に捕まって借金を背負ってしまったという。

 10年前に妻をがんで亡くしてからずっと独り身である和樹は、ひとりで自宅にいることが耐えられずに、隙間の時間を埋めるようにボランティア活動に精を出していた。10年もの間、人のために尽くしてきた和樹は、男の借金のために風俗で働く妙子の力になりたいと考え、彼女が働く風俗店へ会いに行く。

 和樹の想像とは裏腹に、妙子は風俗の仕事を「楽しんでいる」と言った。また、風俗で働く自分のことを「かわいそう」と言うことで、クラスメイトたちは優越に浸っているのだと。

 連絡先を交換した2人は、後日カラオケボックスなどで話をする。しかし、和樹がどれだけ思いをぶつけても、妙子はまったく風俗をやめようとしない。そんなある日、妙子は和樹の家に遊びに行きたいと言い出す。昔の教え子ということから、軽い気持ちで妙子を家に上げた和樹だが、その夜、妙子は思わぬ行動に出る――。

 女子校のクラスメイトたちが妙子のことを「かわいそう」だと話していたが、妙子はそんな彼女たちの方こそ「かわいそう」だと言う。人にはさまざまな生き方があり、悩みがあり、価値観がある。その中でレッテルを貼りやすいのが「風俗で働く」ということだ。誰にでも身を売る女性は自分の価値を下げているから「かわいそう」だと言いやすい。しかし、風俗で働く女性全員をひとくくりにはできない。妙子のように、男に抱かれることが好きで好きでしょうがない女性も絶対数で存在しているのだ。

 正義感を振りかざす和樹を蔑むように、彼の上で微笑む妙子のラストシーンは、読んでいて実に爽快である。セックスの価値観は人それぞれであり、誰も型にはめることはできない。
(いしいのりえ)