ポリアモリーの先にある愛と悲劇を描く、官能小説『あやまちは夜にしか起こらないから』

 「ポリアモリー」という言葉をご存知だろうか。端的に言うと「複数恋愛」で、配偶者や1番目の恋人、2番目の恋人とも真剣に付き合うという恋愛スタイルである。

 不倫や浮気とまったく異なるのは、「プライマリー」と呼ばれる一番大切な相手に、これから交際する「セカンダリー」を紹介し、プライマリーから了承を得るというところらしい。それぞれ後ろめたさを感じず、オープンにポリアモリーという関係を楽しむのだ。

 今回ご紹介する草凪優氏の『あやまちは夜にしか起こらないから』(新潮社)は、ポリアモリーをテーマにした官能小説だ。

 舞台となるのは、東京郊外にある、自由な校風で知られる私立六角堂学園。新任教師の佐竹は、クールで美しい音楽教師の万輝が気になっていた。2人きりで残業をしていた夜、激しい雨と雷をやり過ごそうと、学園からタクシーでワインバーへ行く。佐竹は、学園に赴任する前から万輝のことを知っていた。佐竹が通っていたジャズバーで、男装をしてピアニストをしていた万輝の演奏に魅了され、「彼」に一杯ご馳走をした――その「彼」が、万輝だったのだ。

 ワインを飲み、酔っ払った万輝と佐竹はずぶ濡れになりながらホテルへ向かい、セックスをする。そこで佐竹は、万輝に「セカンダリーになって欲しい」と言われるのだ。

 万輝にはプライマリーがいたし、佐竹にもいた。同じ学園で働く家庭科教師の雪乃である。交際してからまだ間もないが、家庭的で結婚願望が強い雪乃は、ベッドでも「尽くすタイプ」で、一度抱いただけで彼女のセックスの虜になってしまった。

 しかし佐竹は、雪乃の部屋でくつろいでいた時に訪ねてきた男から、雪乃の秘密を知ることになる。突然現れた十代とおぼしき若い男は「雪乃と付き合っている」と告白する。彼は雪乃の教え子で、彼女に童貞を捧げた。雪乃は学園内の男子生徒から「サセ川先生」と揶揄されるほどの童貞ハンターだったのだ。

 万輝のセカンダリーになることを拒絶していた佐竹だが、過去の一件を聞いた夜から、自然と雪乃とは距離を置くようになり、頻繁に万輝との逢瀬を楽しむようになった。やがて佐竹は、万輝のプライマリーが六角堂学園のカリスマ教頭の久我で、学園の広告塔である妻・冴子と共に、万輝を恋人として肉体関係を持つことを知る。

 万輝が久我夫妻にオモチャにされていると感じた佐竹は、彼女に素直な気持ちを打ち明ける。ポリアモリーなどという馬鹿げたことをやめ、俺だけのものになってほしい、と――。

 大切な恋人にもうひとりの恋人がいるということは、嫉妬につながる。その嫉妬を感じられるからこそ、パートナーへの愛が深まり、持続してゆく。交錯した悦楽はやがて歪みを生じて、悲劇を呼び起こしてしまう――。

 ラストは悲しい事件が起きてしまうが、その先にはうっすらと希望が垣間見える。人間の薄汚い快楽をまざまざと突きつける草凪氏だが、彼らしい、希望のある温もりのあるラストである。愛する人はひとりがいい、というファンタジックに浸れる一冊である。
(いしいのりえ)

刑務所で出会った男同士の「無償の愛」を描くBL小説『箱の中』

 BL(ボーイズラブ)と官能小説の共通点といえば「爽快なマンネリ」だと私は思っている。昔から書き続けられた官能小説のさまざまな「あるある」を、作者が独自の視点で練り直し、新しい「マンネリ」を生む。セックスを書くという単純明快なお題目に対して、これほど無限に作品が発表され続けているところが非常に興味深くある。

 BLは官能小説とは似て非なるものだが、官能小説と同じように、いくつかのBLあるあるが存在するように感じられる。そのひとつが「純愛」だ。

 今回ご紹介する『箱の中』(講談社)は、大人気BL作家・木原音瀬の長編作品である。舞台はとある刑務所。主人公である堂野は痴漢の濡れ衣を着せられ、2年の実刑を受けた。真面目で誠実な性格の堂野は、刑事や弁護士から「犯行を認めろ」と懐柔されても、絶対に首を縦に振らなかったのだ。両親は家を売って郊外に引っ越し、婚約していた妹は婚約者と別れた——堂野は絶望のどん底であった。

 犯罪者に囲まれた生活を過ごす中、堂野は同じ房にいる喜多川に声を掛けられる。同じ冤罪同士、刑務所内で仲良くしていた三橋のことを「嘘つき」だと忠告されたのだ。無口でおとなしく、それまで接点が皆無であった喜多川の忠告を無視した堂野だが、三橋が仮釈放中に、自分の両親が何者かによって金を騙し取られてしまう。その後、三橋は冤罪ではなく詐欺師であったことを知り、堂野は死のうと決意する。

 失意のどん底の堂野は所内でトラブルを起こし、懲罰房に入れられる。懲罰房から出てきても、堂野は食事も摂らずに眠りも浅く、涙が流れてくる。布団の中で震えながら泣いていた時、暗闇の中で目が合ったのが、隣の布団で寝ている喜多川であった。泣きじゃくりながら「助けて」という堂野に対し、喜多川はそっと彼の頭に手を添え、ゆっくりと撫でつづけた。

 2人の関係は、その夜以来、急速に縮まってゆく。家庭環境が悪く、ろくに学校に行かなかった喜多川は、人との付き合いが苦手で子どものようにまっすぐなところがあった。堂野に「ありがとう」と言われることに喜びを覚えた喜多川は、それからも堂野に対して、あれこれと尽くしてくれるようになる——。

 純粋な喜多川が堂野に与えるのは「無償の愛」だ。風邪をひいた堂野にこっそりと風邪薬を渡したり、堂野の冷たい足を自分の布団の中に入れて温めたり、手をつなぎ、膝枕をし、下の名前で呼びあって、キスをする。些細な行動のひとつひとつが恋人同士の「普通」であるのに、胸が締め付けられるのは「男同士」だからだろう。決して一筋縄ではいかない、刹那的な恋愛が必須であるところがBLの最大の見せ場なのだ。

 もう幾度となく表現されてきたシチュエーションだというのに、彼らを応援せずにはいられない。物語は堂野と喜多川が出所し、刑務所の外で再会するところまで描かれている。ぜひ、2人のラストを泣きながら見守っていただきたい。
(いしいのりえ)

刑務所で出会った男同士の「無償の愛」を描くBL小説『箱の中』

 BL(ボーイズラブ)と官能小説の共通点といえば「爽快なマンネリ」だと私は思っている。昔から書き続けられた官能小説のさまざまな「あるある」を、作者が独自の視点で練り直し、新しい「マンネリ」を生む。セックスを書くという単純明快なお題目に対して、これほど無限に作品が発表され続けているところが非常に興味深くある。

 BLは官能小説とは似て非なるものだが、官能小説と同じように、いくつかのBLあるあるが存在するように感じられる。そのひとつが「純愛」だ。

 今回ご紹介する『箱の中』(講談社)は、大人気BL作家・木原音瀬の長編作品である。舞台はとある刑務所。主人公である堂野は痴漢の濡れ衣を着せられ、2年の実刑を受けた。真面目で誠実な性格の堂野は、刑事や弁護士から「犯行を認めろ」と懐柔されても、絶対に首を縦に振らなかったのだ。両親は家を売って郊外に引っ越し、婚約していた妹は婚約者と別れた——堂野は絶望のどん底であった。

 犯罪者に囲まれた生活を過ごす中、堂野は同じ房にいる喜多川に声を掛けられる。同じ冤罪同士、刑務所内で仲良くしていた三橋のことを「嘘つき」だと忠告されたのだ。無口でおとなしく、それまで接点が皆無であった喜多川の忠告を無視した堂野だが、三橋が仮釈放中に、自分の両親が何者かによって金を騙し取られてしまう。その後、三橋は冤罪ではなく詐欺師であったことを知り、堂野は死のうと決意する。

 失意のどん底の堂野は所内でトラブルを起こし、懲罰房に入れられる。懲罰房から出てきても、堂野は食事も摂らずに眠りも浅く、涙が流れてくる。布団の中で震えながら泣いていた時、暗闇の中で目が合ったのが、隣の布団で寝ている喜多川であった。泣きじゃくりながら「助けて」という堂野に対し、喜多川はそっと彼の頭に手を添え、ゆっくりと撫でつづけた。

 2人の関係は、その夜以来、急速に縮まってゆく。家庭環境が悪く、ろくに学校に行かなかった喜多川は、人との付き合いが苦手で子どものようにまっすぐなところがあった。堂野に「ありがとう」と言われることに喜びを覚えた喜多川は、それからも堂野に対して、あれこれと尽くしてくれるようになる——。

 純粋な喜多川が堂野に与えるのは「無償の愛」だ。風邪をひいた堂野にこっそりと風邪薬を渡したり、堂野の冷たい足を自分の布団の中に入れて温めたり、手をつなぎ、膝枕をし、下の名前で呼びあって、キスをする。些細な行動のひとつひとつが恋人同士の「普通」であるのに、胸が締め付けられるのは「男同士」だからだろう。決して一筋縄ではいかない、刹那的な恋愛が必須であるところがBLの最大の見せ場なのだ。

 もう幾度となく表現されてきたシチュエーションだというのに、彼らを応援せずにはいられない。物語は堂野と喜多川が出所し、刑務所の外で再会するところまで描かれている。ぜひ、2人のラストを泣きながら見守っていただきたい。
(いしいのりえ)

エロを笑える“オモシロ名言”が満載の官能小説『人妻合宿免許』で、今年の笑い納めを

 「性をちゃらける」のは日本の伝統芸である。代表的な例が「春画」だ。セックスをしている場面を子どもに覗かれているというコミカルなものがあれば、巨大なタコとまぐわっているものもあり、それらは当時「笑えるエロ」という位置付けで人々に親しまれてきたといわれている。

 また、地方都市にある「秘宝館」なども同様に、エロを題材にクスリと笑える展示物が多い。小説という形になると少々構えてしまうが、実は官能小説には、こうした「笑えるエロ」文化を引き継いでいる作品が非常に多い。

 今回ご紹介する『人妻合宿免許』(実業之日本社)は、そのような要素が満載の、コミカルなエロ小説である。

 主人公の吉岡大吉は42歳の独身男性で、運送業者に勤めている。この会社で20年間仕分け業務を担当してきた大吉だが、会社の経営状態が悪化し、仕分け業務はアルバイトに任せる方針となり、宅配ドライバーに配置換えされることになってしまった。自動車免許を持っていない大吉は、年末の繁忙期を終えてから、合宿免許を取りに行くために地方都市へと向かった。

 入校した10数名のうち大半の学生が20歳前後の中、中年男性である大吉は明らかに浮いていた。そんな教習所で、大吉は数名の気になる女性と出会う。30代前後の人妻風の雰囲気を持つ佳奈子や、切れ長の瞳にダイナミックなプロポーションを持つドSキャラの教官・沙織、38歳の未亡人の美鈴などバラエティ豊かな女性陣が登場する。大吉は、美女に囲まれた教習所ライフの中で、運転技術を鍛えながら美女たちとの一夜までも過ごすことになるのだが――。

 著者・葉月奏太氏の得意技である「ほっこり官能」はもちろんだが、本作の言葉選びは実に面白い。どの女性とも濃厚なセックスが描かれている中で、教官である沙織との言葉遊びは滑稽で、思わずクスリと微笑んでしまう。

 「吉岡さんのシフトレバー、こんなに硬くなってるわよ」「バックなら、教官にたっぷり教えてもらいましたから」など、本作にはオモシロ名言がふんだんに散りばめられている。帯のキャッチコピー「バックオーライ!!」も非常に愉快である。

 肩肘張らずにエロを笑うことのできる本作で、今年の笑い納めをしてみてはいかがだろうか。
(いしいのりえ)

人肌恋しい季節に「ノスタルジー官能」で心温まる――寂れた街を舞台に官能が交わる『桃色商店街』

 最近の官能小説のトレンドのひとつとして「ノスタルジー官能」がある。寂れた街や商店街などが舞台となり、官能を交えて“結束”をする、という内容のものである。説明をすると、どんなトンチキシチュエーションなのだと思われそうだが、ほっこりとした地域密着型の官能小説ともいえ、実に心が温まる。

 今回ご紹介する『桃色商店街』(イースト・プレス)も、ノスタルジー官能のひとつである。主人公の陽太は、桃色商店街にある大滝書店の息子。最近ではめっきり斜陽となった書店経営だが、陽太は本の宅配サービスを行うことで、何とか経営を盛り返そうと考えていた。常連である未亡人の咲子の家へ本を宅配し、Gカップの胸を見てちょっぴりエッチな気持ちになる、22歳の童貞男だ。

 ターミナル駅から数駅離れたところに位置する桃色商店街は、約20店舗ほどの八百屋や魚屋が並ぶ小さな商店街である。かつては賑わっていたが、ショッピングモールやターミナル駅の大型店舗、ネット通販の躍進などにより、時代の流れとともに寂れていきつつある。

 そんな中、商店街の組合長である陽太の父がひき逃げされるという事件が起きた。商店街にスーパーを出店させる計画を持つ不動産屋からの嫌がらせである。陽太は商店街の起死回生を図るため、商店街に「シェアキッチン」を作る計画を立てる。店主とスタッフに美女を集め、それぞれに趣向を凝らしたコスプレでおもてなしをし、桃色商店街に集客を図ろうと計画するのだ。

 未亡人の咲子、幼なじみの女子高生である香織、豪邸に住む熟女の亜優子という3人の美女からの協力を得て、陽太はシェアキッチンのオープンを試みる。童貞であった陽太がオナニーをしている場面に遭遇した香織が「将来彼氏ができた時に困らないように」と陽太のオナニーの手伝いをしたり、ひょんなことから亜優子からの手ほどきを受けて童貞を喪失したりと、官能小説ならではのトンデモ展開があるのは「ご愛嬌」である。

 寂れた商店街を再び蘇らせるために立ち上がる美女と青年の様子は、読み進めていくと温かい気持ちになれる。香織や亜優子に心が傾きながらも、咲子に対して一途に想いを寄せる陽太の描写もかわいらしい。

 人肌が恋しくなるような寒い季節に、ほっこりとした気持ちにさせられるノスタルジー官能。ぜひお勧めしたい。
(いしいのりえ)

性への探究心は強いが男は大嫌い! 女性官能作家の性の解放を爽快に描く『蜜味の指』

 数年前、女流官能小説家が多く輩出される時期があった。女流官能作家バブル期である。中年男性層をメインターゲットとする官能小説業界において、「女流官能作家」というジャンルは、その肩書だけでも注目される。

 日本では、まだ女性の性については明るくはない。日本女性は貞淑であるはずが、エロい小説を執筆する女性が存在している――それだけで、出版社は、読者は興味をそそられるのである。しかも、執筆者本人が美しければなおさらのこと。

 今回ご紹介する『蜜味の指』(幻冬舎アウトロー文庫)は、『まん・なか -You’re My Rock-』というタイトルで映画化もされている作品である。

 主人公は、女流作家の紫城麗美――本名の「山中典子」から、親しい友人には「テンコ」と呼ばれている。彼女はデビュー5年目の官能小説家である。3歳年上の柚寿とは仲が良く、時々酒を飲みながら語り合う仲だ。

 テレビの取材などで堂々とエロい言動をするテンコだが、実は性経験は「事故セックス」であった2回しかなく、自覚があるセックス経験は皆無。反対に、昔からセックスに興味があった柚寿は、性に対して奔放で、正反対の経験を持つ2人は相性が良く、時々仕事の愚痴を共有し合っている。

 テンコ自身は、ずっと性に対して強い興味を抱いていた。20代前半の時に2度経験はしたが、どちらも気持ち良くはなく、むしろ性欲に溺れて獰猛に腰を振る男たちが気持ち悪いとすら感じてしまったのだ。以来、テンコは男が大嫌いなままになっている。

 居酒屋で一緒に飲んでいた柚寿と別れたあと、泥酔したテンコはひとりの男性と出会った。アダルトビデオの助監督をしている楠田である。男たちに絡まれていたテンコを助けた楠田は、足元がおぼつかずにえづいているテンコを、自宅へ招き入れる。

 その日も楠田はアダルトビデオの撮影現場にいて、女の裸は腐るほど見ているのだが、目の前で、自分のベッドに横たわっているテンコを見ていると「仕事」の時のようにはいられない。目を覚ましたテンコと話していると、酔いが回った彼女は楠田に口づけ、ベッドへと誘ってゆく――。

 一夜を共にした2人だが、テンコはその夜、何が起きたかは覚えておらず、逃げるように楠田の部屋を出た。その後、仕事でアダルトビデオの収録現場を訪れた時、2人は思わぬ再会をするのだが――。

 エロいものを書いているから「エロい」とは思われたくない、という半面、心の中には性に対する探究心を強く抱いているテンコ。そんな彼女の心の歪みがバランスよく描かれていて、同性ながらも主人公を応援したくなってしまう。

 楠田の手ほどきに導かれ、これまで心に秘めていた性を解放するテンコの様子は、読み進めていくうちに爽快に感じられる。心のくすぶりを解き放つ一冊である。

おぞましくも心地よい、表裏一体の快感をもたらす『ぼっけえ、きょうてえ』

 女流作家が書く怪談は、ストレートな性描写がないのに湿度を含んだいやらしい雰囲気を醸す作品が多い。文字を読み進めていくうちに、じわじわと恐怖心に包まれる感覚は、セックスの時の愛撫に似たような、体の内側から感情が沸き上がる感覚と似ているような気がするのだ。

 今回ご紹介する『ぼっけえ、きょうてえ』(角川ホラー文庫)は、奇才・岩井志麻子氏の言わずと知れた代表作である。第6回日本ホラー小説大賞受賞作である本作は、女郎の一人称で語られる物語ではあるものの、直接的な性描写は存在しない。しかし、読み進めていくうちに内臓をくすぐられているような、こそばゆく静かな快感を覚える作品である。

 物語は、女郎の「妾(わたし)」の語り口調で綴られている。岡山出身である妾が、この日彼女を買った旦那に「きょうてえ夢を見るから、寝られん」と言われて、身の上話をしているのだ。「きょうてえ」というのは、岡山地方の方言で「怖い」という意味である。

 妾は、生まれて間もなく双子の姉と共に川に捨てられた。奇跡的に助かった彼女は育ての親と共に、凶作続きの貧しい村で暮らし始める。妾は「間引き専業」の産婆である育ての母の仕事を手伝い、10歳にも満たない頃に父親から「オカイチョウ」をされ始める――。

 淡々とした口調で語られる妾の身の上話は、遊郭に売られる前に父親が何者かに殺されたことや、かつて同じ遊郭で働いていた小桃の自殺騒動などのエピソードが盛り込まれている。そして、物語は妾の体の秘密へと迫ってゆくのだが……。

 たおやかで美しい岡山弁で綴られる物語は、実にグロテスクである。さらりと語られる妾の語りを読み進めてゆくと、「間引かれた」赤子によるおぞましい臭気までもが感じられて、思わず本を閉じたくなる。目を覆いたくなるほど気持ちが悪い描写が続くのに、なぜか目を背けられなくなるのは、岩井志麻子氏の圧倒的な筆力である。彼女が描く物語の空間の中で揺蕩うことが、おぞましくも心地よい。

 決して気持ちの良いストーリーではない。気持ち悪いのに、気持ちいい。そんな表裏一体の部分が、どこかセックスの快感と似ているのである。
(いしいのりえ)

娘の立場から、父と母、そして愛人の三角関係を描いた『あちらにいる鬼』に感じる運命

 妻とその夫の愛人は、この世の誰よりも敵対する間柄になりそうな気がするけれど、実は腹を割って話し合うと、学生時代から知り合いだったかのように強い友情で結ばれることがあるという。これは筆者が実際に婚外恋愛の取材を経て、たびたび聞いた事実である。

 同じ男に惹かれたことから「奪い合う」という形で知り合う女同士は、当然最初は仇同士になるだろうけれど、ライバルである相手のことを調べてゆくうちに、気がついたら相手のことを認め、いつしか知りたい、話がしたいと感じるようになることもあるという――それはもちろん「同じ男を愛しているから」である。

 筆者にとって近年稀にみる衝撃作であった『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)は、多くの読者の心を強く揺すぶったのではないだろうか。

 本作の主人公となるのは3人の男女。作家である男とその妻、そして男の愛人となる作家の女――文学を嗜む日本人であれば誰もが気づくだろう、作家・井上光晴と愛人関係にあった瀬戸内寂静の話を、光晴の娘である井上荒野が書いたという衝撃作である。

 本作は、作家である白木の妻である笙子の視点と、人気女流作家みはるの視点で構成されている。白木とみはるは、とある講演旅行で知り合い、愛人関係となった。惹かれあう2人は肉体関係を持ち、いつしかかけがえのない存在となってゆく――。

 表題となる「鬼」は、白木のことである。笙子とみはる、2人にとっては「鬼」と感じられる彼を通じて響き合う、「妻」と「愛人」という女たちの想いが綴られている。

 当然ながら本作はフィクションである。しかし、モデルとなる登場人物たちの間に存在していた「娘」という立場から、荒野は独自の解釈で物語を綴ってゆく。もっとも衝撃であったのは、白木とみはるは強い愛で結ばれており、その関係性は単なる肉体関係だけではなかったこと。そして、笙子は白木に「愛されていた」と感じられる点である。

 本作はもちろん光晴の娘である荒野の「フィクション作品」として受け止めなければならないのだが、読者としては無数の想像が繰り広げられてしまう。愛人へも、妻へも隔てなく愛情を注ぎ、2人の女に対して平等に愛を感じさせていた白木。「鬼」である白木とみはるが「書く」ということを通じて一層惹かれあった――そして今、娘である荒野が「書く」ことで、母と、父の愛人の人生を昇華させている。

 母と愛人、そして娘も「鬼」に惹かれ、書かずにはいられない運命に翻弄されている……そう感じさせられる一冊であった。
(いしいのりえ)

官能小説のトレンド「ヤクザモノ」、おぞましい陵辱プレイと愛情深いセックスを対照的に描写

 ファッションやメイクなどと同じように、官能小説にもスタンダードやトレンドが存在する。長年変わらずに愛されているのはSMや人妻モノで、これらはあらゆるシチュエーションで幅広く表現され続けている。

 加えて、姉妹モノなども広く親しまれているジャンルだ。姉妹モノにSMの要素を掛け合わせた作品は多く存在し、姉と妹という「百合」の要素も加わることから、官能小説のファンにとっては安心して手に取ることのできるシチュエーションだ。

 さて、最近の官能小説のトレンドといえば「ヤクザモノ」である。昨今では「若者のセックス離れ」とも言われるように、性に対してあまり興味を持たない男性が多いことから、その反動か、オラオラ系の強い男たちが登場する作品が多く見られる。一般的な男女とは違い、えげつないセックスも描写することができるので、ハードプレイが読みたい読者から支持を得ているジャンルだ。

 新たに確立されつつあるヤクザモノの第一人者といえば、草凪優の名が挙がる。さまざまなヤクザモノを手がける草凪氏の作品の中で、特に推薦したいのが『地獄のセックスギャング』(実業之日本社)だ。

 主人公のコージは、六本木の裏通りにある勤め先のバーでマリアと知り合った。ひとりで物静かに酒を飲み、本を読むマリアに興味を持ったコージは、ある日マリアが働くキャバクラを訪れる。

 ひょんなことから恋人同士になった2人は、住宅街にアパートを借りて、静かに愛を育む。コージの脳裏に「結婚」の二文字がチラつくようになった時、2人を切り裂く事態が襲った。「堂本」と名乗る男が現れ、「マリアは俺の女だ」と言い放ち、彼女を連れ去ったのである。

 マリアを奪われてから2年たち、コージは振り込め詐欺グループのアジトに身を置いていた。憂さ晴らしをしようと入った闇マンヘル(違法マンションヘルス)の個室で、偶然にもコージはマリアと再会する。彼女を奪った堂本が仕切るその店では、当然本番は禁止だ。監視カメラが設置されている部屋で、コージは狂ったようにマリアを抱き、互いの愛を確かめ合う。コージは堂本が仕切る店を襲撃し、マリアを奪い返して逃げるのだが——。

 逃げる彼らを追う悪党たちによって、目を覆うほどの激しい陵辱の数々が繰り広げられる。その手はマリアの妹であるカンナにも及び、マリア自身も恥部に屈辱的な言葉のタトゥーを入れられてしまう。

 ヤクザモノの見どころは、おぞましい陵辱プレイの見せ場と対極をなす、男女の愛情深いセックスシーンにある。改めて2人きりになり、2年間の空白を埋めようとマリアの下着を下ろした時のコージが深い愛情でマリアを包むシーンは必読だ。

 本作は、非日常を感じる作品を体験したい方には、ぜひオススメしたい新ジャンルである。
(いしいのりえ)

あいみょんも愛読する、官能小説好きのバイブル『官能小説用語表現辞典』

 4月2日に放送された『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)をご覧になった方はいないだろうか? 人気急上昇中の若手女性アーティスト・あいみょんが出演、彼女の楽曲は官能小説からインスピレーションを受けていると話し、その日のタモリ倶楽部は「官能小説特集」となった。

 番組内では3社の出版社の官能小説を担当する編集者が、あいみょんの曲作りのヒントとなりそうな描写が収録されている作品を紹介。官能小説好きであれば思わずニンマリとしてしまう、草凪優の代表作『どうしようもない恋の唄』(祥伝社)や、団鬼六賞受賞作である、うかみ彩乃の『蝮の舌』(イースト・プレス)などが紹介され、性描写が朗読された。

 筆者にとっては日常である官能小説と『タモリ倶楽部』がリンクしたその日は、とても感慨深い夜であった。

各社がイチオシの官能小説を紹介する間に挟まれたコーナーでは、官能小説好きのバイブルとなっている『官能小説用語表現辞典』(ちくま文庫、編集:永田守弘)を紹介していた。番組ではあいみょんが持参してきた私物を映していたが、数え切れないほどの付箋が貼られていたことから、彼女がどれだけこの作品を深く熟読していたかが見て取れる。

 本作は、官能小説で使われている約2300の用語や表現をまとめた、日本で唯一無二の「官能小説用語辞典」である。女性器ひとつ取っても、官能小説では無数の表現を使用している。

 本作は「絶頂表現」「女性器」「オノマトペ」のように、単語がカテゴライズされており、例えば「女性器」のカテゴリの中には 「悦楽の宝庫」とある。これは官能小説家のレジェンドである団鬼六氏の『お柳情炎』(幻冬舎)に書かれている表現だ。これをどのように使用しているかを、作中から引用している。このように、官能小説600冊以上の中から永田氏が隠語をセレクトし、一冊にまとめているのである。各カテゴリーは五十音順に掲載されているので目当ての単語が引きやすい。まさに「辞書」なのである

 中には、つい吹き出してしまうような面白い表現や、あいみょんのように切ない歌詞に使用できそうな表現もある。彼女が番組内で気に入っていた用語は、絶頂時に表現された「潤んだ瞳は見開かれて」だ。

 あいみょんのように自分自身の表現方法の手段としてはもちろん、眠れない夜に酒でも飲みながらぼんやりと眺めているだけでも楽しめる、官能小説好きは必読の一冊である。
(いしいのりえ)