世代を超えた女の情念を描く、怪談話のような官能小説「ごりょうの森」

 怪談と官能は非常に親和性が高く、多くの作品が刊行されている。

 特に女性の情念は思いが強く、一代で叶わなかった願いは世代を超え、次の世代へと受け継がれてまで昇華される、などの逸話も多い。

 今回ご紹介する作品は、日本の怨霊をモチーフに、現代に生きる男女の情愛を描いた花房観音の官能短編集『ごりょうの森』(実業之日本社)。7編の作品のうち、今回は表題作である「ごりょうの森」をご紹介する。

 主人公の高木は京都の料理屋を営む父の一人息子で、幼少時代はお手伝いを雇うほどの裕福な家庭で育った。

 大学を卒業してから父が営むレストランに就職し、支配人の美也と出会う。美也は一度離婚をしており、元夫のところに娘がいる。高木はかつて交際してきた同世代の女性には感じなかった、一人で生きる女性の逞しさ、色艶と品を持つ美也に惹かれていくが、実は彼女が父の愛人であることを知る。美也は父の子を妊娠していたのだ。

 離婚をして美也と一緒になるという父の申し出を母親は一蹴し、弁護士を立てる騒ぎになった。結局、美也は京都を離れて実家に戻り、のちに流産、美也も体調を崩したまま亡くなった。

 高木の父は亡くなり、母は施設で暮らしている。

 その矢先に、高木は馴染みの小料理屋で美也によく似た女性に出会った――彼女は美也の娘、琴子であった。

 高木は現在、家庭を持っているが、子どもを授かってからもう10年ほど妻との営みはない。かつて惹かれていた年上の女性と瓜二つな琴子を目の前にし、高木は欲情し、体を重ねた。

 もう50代になる高木は、まるで美也と出会った20代の頃のように心が躍った。琴子のマンションに通い詰め、お互いが欲しくてたまらなくなるセックスを繰り返す――高木は50という歳で、あらためて女の体に夢中になった。

 妻には嘘をついて琴子の元に行っていたが、妻にはとうにバレていた。

 「容認する」と妻に告げられた夜、ふと父のことを思い出す。美也を選び、離婚を決意した父。琴子のことは愛しているが、父親のように家庭を捨て、琴子と共に生きることはできない――そう感じつつも琴子と離れられずにいる高木は、どのような結末を迎えるのだろうか。

 本作は、京都の上御霊神社になぞらえた作品になっている。祀られている八柱の神様の中には井上内親王という女性の神も存在する。無念の死を遂げ、怨霊担って祟る霊を鎮めるための神社だ。

 代々祟るほど、女の情念は強い。娘の体を使い、息子を滅ぼそうとするほどに。

 怪談話にも感じられる本作、ぜひこの夏にご一読いただきたい。
(いしいのりえ)

童貞の青年と既婚女性のセックスを通して、若者の夢と現実を描く石田衣良の「チェリー」

 まだ処女だった頃、友人同士でセックスについて語り合ったことはないだろうか。

 例えば高校時代にすでに経験済みであった友人を囲み、いつか自分も経験する行為を聞きながら、友人の体験談に自身を重ねていただろう。

 雑誌などで得ていた知識は具体化して、想像が膨らみ、これから先、自分はなんて素敵な体験ができるのかと期待を膨らませた人も少なくないだろう。知らない人と肌を重ねあうことがどんなに素敵で、この上なく気持ち良い行為なのだろうかと。期待が膨らむほど、現実は拍子抜けするほどリアルで、残酷だ。

 今回ご紹介する石田衣良の「チェリー」(講談社文庫『初めて彼を買った日』所収)は、思い描いていた理想のセックスを簡単に打ち砕く物語である。

 主人公の耕太は27歳のフリーターだ。四大を卒業しながらも、引っ込み思案な性格から就職活動に失敗し、現在は都内のスーパーマーケットで働いている。

 年下の正規雇用の男に指示されて、不愉快になりつつも丁寧に苺の陳列をする。店内の有線放送からは、スピッツの「チェリー」が流れてきた。彼はこの曲が大嫌いだ。なぜなら、彼は童貞だから。

 年収200万円台の耕太はもちろん独身で、特定の恋人もいない。仕事を終えてからすれ違うカップルに舌打ちを打ち、馴染みの安い居酒屋で元同僚たちと飲むのが彼の日常だ。いつものようにひとりで飲んでいると20代の若者たちに混じって、ひとりで飲んでいる30代の女性を見つけた。

 聖美と名乗るその女性は耕太よりも5歳ほど年上に見える。これまで自然に女性と会話できることがなかった耕太は、聖美とスムーズに会話が続いていることに驚いていた。初対面での女性と、これほどくつろげたことはかつてなかったのだ。

 終電の時間が近づき、飲み会はお開きになる。その後、聖美に声をかけられ、2人は耕太の部屋に行くことに。途中のコンビニで酒とコンドームを調達し、ワンルームの部屋へ聖美を招き入れた耕太。互いにシャワーを浴びて、耕太は白状した。

「……実はぼくはまだ女の人としたことがないんです」

 すると聖美も、自分が既婚者で、4年間セックスレスであると告白する――。

 27年童貞であった耕太は「童貞喪失」を、おそらくとても重荷で、とても素晴らしいものだと思い描いていただろう。その結末は期待通りに気持ちよかったが、想像していたよりも「あっけなかった」と言える。現に耕太と聖美とはその後、連絡先を交換せずに別れた。それでも、耕太は「童貞」という鎧を捨て、聖美は「性欲」を解放させることができたのだろう。

 一歩踏みだすには勇気が要る。期待も不安も膨らむ。けれど、いざこえてみると、想像していたよりもあっけないものである。しかし、若い頃に「セックスってどんなもの?」と想像を膨らましていたことは、何にも変え難い高揚感に溢れていたのではないだろうか。

 夢と現実、そしてこれから。本書は若者の性の「これから」を正しく導いているように感じた。
(いしいのりえ)

裸一貫になって逞しく生きるリアルな姿に励まされる『AV女優の家族』

 今回は趣向を変えて、ノンフィクションの書籍をご紹介したい。6人のAV女優・男優へのインタビュー記事をまとめた『AV女優の家族』(寺井宏樹・著/‎ 光文社)である。

 読者自身のきょうだい、母親、親戚、親族のなかに「AV女優」が存在したら、いったいその職業をどう捉えるだろうか。

 かつては偏見の対象であったAV女優という職業は、現在では「セクシータレント」という肩書を持つようになり、地上波テレビ番組にタレントとして活動するまでに成長している。

 深夜番組では、セクシータレントを大半としたアイドルユニットも結成され、「芸能界への第一歩」として垣根が低くなっているが、世の中に裸を晒し、性を売り、ネット上に一生残ってしまう稼業である。

 そんな危うい職業に足を踏み入れた彼ら、彼女たちは、どのような形で「身バレ」したのか、そして、身バレした後は、家族とどのように関わっているのか……さまざまな立場の女優・男優たちが赤裸々に語っている。

 「芸能界に入りたい」という想いからAV女優になる女性は多い。本作で取材されている優月ここなもその一人だ。

 裕福な家庭で育った優月は、小学生の頃に両親が離婚してから家庭環境が一転し、貧乏になる。祖父母と姉、そして優月の4人の家計を母親が一人で支えていた。本作の取材では当時の貧困の様子を淡々と語っている。

 そんななか、声優になることを夢見ていた優月は、偶然知り合ったプロデューサーと名乗る男から声をかけられ、細々と声の「仕事」もしていた。しかし、その男に捨てられて居場所がなくなり、歌舞伎町でスカウトされてから風俗の仕事を始め、ホストクラブにハマるようになる。心身ともに疲弊した頃、出会った仕事が「AV」であった――。

 「自分で稼いで人に頼らず生きていけるようになった」

 笑顔の写真とともに、優月はそう語っている。幼い頃から貧困を体験し、うつの祖母と母親とともに暮らしながらも必死に「生きよう」とした優月。彼女の明るい笑顔の裏に潜む壮絶な過去を想像すると、拍手を送れずにはいられない。そして、裸一貫になって逞しく生きる彼女を、誰が責めることができるだろうか。

 コロナ禍の影響により、じわじわとストレスが私たちを覆い、生きにくい世の中になっている。本作は、どのような状況下においても「生きる」強さと逞しさを備えた人々のリアルが語られている。日々生きることに疲れたと感じる方へのエールとなる一作である。
(いしいのりえ)

コロナ禍で仕事を奪われても、たくましく生きる風俗嬢たちを描く『アンダーグラウンド・ガールズ』

 昨年から続くコロナ禍の一年で、私たちは生命力を問われた。生きていく上で潤いにはなるが、決して「必要」ではないエンタテインメントは徹底的に排除され、必要最低限の衣食住だけを守り、1日を生き延びてきた。

 これまでの生き方が通用しなくなった今、試されるのは個々の「強さ」だ。男も女も平等に、これから先は心身ともに個体が強くなければ生き残れないだろう。

 今回ご紹介する『アンダーグランド・ガールズ』(草凪優・著/実業之日本社文庫)は、コロナ禍で仕事を奪われた女が主人公である。

 舞台は東京・吉原。120分10万円の高級ソープ「ヴィオラ」で働くナンバーワンソープ嬢の波留は、真綿で首を絞められるような新型コロナウイルスの影響に怯えていた。周辺店舗は次々と自主休業に入るなか、客足が遠のいてしまった「ヴィオラ」は、店長の自死により閉店を余儀なくされる。

 波留は決して男性経験が豊富だったわけではない。学生時代に教師と駆け落ちをし、流れ着いた東京で、年齢を偽り夜の街で働き始め、教師の家族の養育費を仕送りするために、今でも風俗業界から抜け出せずにいる。

 コロナ禍で路頭に迷ったのは波留だけではない。常に人気ランキング上位に入るアラサーの檸檬、知的な雰囲気を持つ翡翠、そして、常に波留をライバル視していたナンバーツーの水樹。そして愛嬌だけが売りの桃香の5人の「ヴィオラ」元キャストが手を組み、デリヘル店「ヴィオラガールズ」をひっそりとオープンした。

 滑り出しこそ順調であった「ヴィオラガールズ」だが、ひょんなことから波留は高蝶という悪い男の手腕にはまり、監禁されてしまう。仲間たち5人は何とか波留を救おうと、高蝶が営む裏カジノへ乗り込むのだがーー。

 『アンダーグランド・ガールズ』は、非常にシンプルで爽快な官能小説である。コロナ禍の中で疲れ果て、心身ともにふやけきった脳内に喝を入れてくれる「ヴィオラガールズ」の、強く美しい戦士たちの物語。

 エロく、楽しく、たくましい。

 本作は、先行きの目処が立たず、不安しか見えずに弱りきった身体に鞭を打ち、奮い立たせる一冊である。
(いしいのりえ)

「売春島」の娼婦だった母と4人の女を描き、“女の性欲”を考えさせる『うかれ女島』

 三重県に実在する「売春島」と呼ばれる島をご存知だろうか。1970〜80年代の最盛期には人口200人の島に70人近くの娼婦が住んでおり、小さな島内で売春産業が栄えていたという。

 なぜ女たちは島に集まり、毎夜男とセックスをして金を得ていたのだろうか――。女が「見ず知らずの男と寝る」場合、たいていこの疑問が湧く。男の性欲とは違い、女の性欲には何らかの「理由」を必要とする人が多い。女たちは、なぜセックスを売っていたのだろうか。

 今回ご紹介する『うかれ女島』(花房観音・著/新潮文庫)は、売春島で女衒として生きた母を持つ男が主人公の物語だ。

 3カ月前、主人公の大和は母親が亡くなったという事実を知る。学生時代に絶縁状態になった大和の母親は「売春島」と呼ばれる島で娼婦をしていた。大和が生まれる前から性風俗業に従事していた母は、大和を祖母や親戚の元に預けて働いていた。

 「真里亜」という名を名乗り、娼婦として島で生き、引退後はやり手婆として女たちの世話をしていた大和の母。島の入り江で溺死体となって発見された母と対面した大和は、母から一通のメモを託される。そのメモの中には、島で娼婦をしていた4人の女の名前が書かれていた。

 一流企業の会社員や女優、主婦などになった4人の中で、唯一、島を出た後も娼婦を続けているのは43歳の忍だ。シングルマザーの忍は母に子を預け、体を売る傍で保育所も経営し、かつて風俗店で働いていた有資格者の女たちを保育士として雇っている。そんな彼女の元に大和から手紙が届き、島で世話になっていたやり手婆の「真里亜」が亡くなったことを知る。

 物語は、4人の女たちと真里亜の死の秘密に迫り、進んでゆく。金のため、男のため、あらゆる理由で男たちに抱かれていた女たちの中で、忍は「性欲のため」だけに体を売っていた。体を売って生きた母を憎む大和と、男に抱かれることが唯一無二の快感である忍の、後半の対峙は爽快だ。「娼婦の母」という十字架を背負った大和が忍に打ち明けた結末とは――。

 大和の母の源氏名「真里亜」は、聖母マリアではなく、男の欲望を受け止めた殉教者「マグダラのマリア」が由来であり、本作の軸となるこのエピソードとなっている。

 この物語は、改めて女の性欲について考えさせられる一冊である。

人の温もりを感じる「当たり前」の日常が尊い、コロナ禍の心を癒やす官能小説『癒しの湯 若女将のおもてなし』

 収束の兆しが見えない新型コロナウイルス感染拡大の中、日本人の性欲は減少傾向にあることが明らかになっている。しかし一方で、1カ月のセックス回数が20〜29回の層が、コロナ禍の中で増加したという統計()が出た。

 平均的な性欲の持ち主は性欲が減退し、一方で、元来性欲が強い者は、この混沌とした世の中で生き残ろうとするためにセックスを求めている。

 約1年間コロナ禍で翻弄され、心身ともにヘトヘトになってしまった平均層にとって、今もっとも縁遠いのは官能小説という存在であろう。しかし、全ての常識がひっくり返った今、「密」を切実に感じたくなる作品をご紹介したい。

 今回ご紹介する『癒しの湯 若女将のおもてなし』(葉月奏太・著/実業之日本社)は、北海道の片隅にある小さな温泉宿が舞台だ。

 上司に不正の責任を擦りつけられ、結婚寸前であった同僚の恋人からも振られてしまった主人公の田辺は、自暴自棄になり、吹雪の中ハンドルを握り続けていた。札幌から5時間、車がスタックしてしまい、あてもなく銀景色の中を彷徨っているところを助けてくれたのが、温泉宿の若女将を務める桃香であった。

 案内された温泉宿には、田辺以外にも「訳あり」の女性たちが宿泊していた。豪雪の影響で足止めを食ってしまった田辺は、数日間温泉宿に世話になる。会社からの辞令を待ちながら温泉で体を温め、桃香をはじめとした宿泊客たちと触れ合い、自分自身と向き合う時間を重ねる。

 次第に田辺は桃香への愛情を感じて告白をするのだが、桃香も田辺と同じように、密かに「闇」を抱えているのであった――。

 心に傷を負った者たちが自然と集まった温泉宿で、田辺が女たちと体を重ね、癒やし合う本作は、コロナ禍の今に刺さる作品だ。人の温もりを感じるという当たり前のことが禁忌となっている今、温泉に浸かっておいしいものを食べ、誰かに抱かれて包まれることが何よりも愛おしく感じる。

 一刻も早く「当たり前」の日常を迎えたい。官能小説では普遍的なシチュエーションを描いた本作は、非日常を生き続ける「今」を癒やす一冊である。
(いしいのりえ)

結婚とセックスと女の幸せをこじらせた、アラフォー女性の人生を描く『嵐の夜に』

 恋愛とセックスは常に表裏一体である。恋愛を成就させるにはセックスの相性は切り離せないほど、男女間に重要な役割を持っている。恋愛の延長上に「結婚」を考えている女であれば、セックスはより重要性を持つ。だからこそ、セックスをこじらせてしまう女は多い。

 今回ご紹介する『嵐の夜に』(斉木香津・著、性愛小説アンソロジー『果てる』<実業之日本社>より)の主人公・沙都子もそのひとりだ。物語は元カレのナオキとの再会の場面から始まる。ひとまわり近く年齢が離れた恋人にストーカー行為をされ、自宅に帰れなくなってしまった沙都子は、数日間ナオキの部屋に住まわせてもらうことになった。2年前にナオキと別れた沙都子は、もう38歳になる。対するナオキは26歳、裸を見せることも躊躇してしまう。

 沙都子の子どもの頃の夢は「お嫁さん」であった。30歳までに結婚したいと思っていた沙都子だが、結婚と恋愛は常にセックスが隣り合わせだということに気づく。沙都子は30歳を過ぎてもセックスを楽しむことができず、詮議ばかりをしていた。

 30歳を過ぎ、恋人もいないまま、バイト先のファミレスでナオキと知り合った。当時、大学とアルバイトを両立していたナオキは、バイトの帰りに沙都子を誘った。ナオキのバイクの後ろに乗り、導かれるままに彼の自宅を訪れ、体を重ねる。2年近く恋人もおらず、女としての自信を失いかけていた時に22歳の男に求められたというだけで、沙都子はこれまで味わったことのない絶頂を体験する。

 彼との関係は2年続いたが、ナオキにとって、沙都子は「性の捌け口」以上のものにはならなかった。36歳になった沙都子は、いよいよ婚期を逃すと感じ、ナオキに別れを告げる――。

 物語の後半では、沙都子の人生の縺れを描いている。ただ幸せになりたい、気持ちよくなりたいという想いだけで行動した沙都子の運命は、思いがけない結末を迎えている。女の「幸せになりたい」という気持ちほど厄介な感情はない。女の幸せには大抵「結婚」が前提となり、それを叶えるためにはセックスが付き物となる。

 本作は女流作家7人のアンソロジーで、性をこじらせた女たちが多く登場する。「うまくいかない」と思い悩む女性たちに、ぜひご一読いただきたい。
(いしいのりえ)

結婚とセックスと女の幸せをこじらせた、アラフォー女性の人生を描く『嵐の夜に』

 恋愛とセックスは常に表裏一体である。恋愛を成就させるにはセックスの相性は切り離せないほど、男女間に重要な役割を持っている。恋愛の延長上に「結婚」を考えている女であれば、セックスはより重要性を持つ。だからこそ、セックスをこじらせてしまう女は多い。

 今回ご紹介する『嵐の夜に』(斉木香津・著、性愛小説アンソロジー『果てる』<実業之日本社>より)の主人公・沙都子もそのひとりだ。物語は元カレのナオキとの再会の場面から始まる。ひとまわり近く年齢が離れた恋人にストーカー行為をされ、自宅に帰れなくなってしまった沙都子は、数日間ナオキの部屋に住まわせてもらうことになった。2年前にナオキと別れた沙都子は、もう38歳になる。対するナオキは26歳、裸を見せることも躊躇してしまう。

 沙都子の子どもの頃の夢は「お嫁さん」であった。30歳までに結婚したいと思っていた沙都子だが、結婚と恋愛は常にセックスが隣り合わせだということに気づく。沙都子は30歳を過ぎてもセックスを楽しむことができず、詮議ばかりをしていた。

 30歳を過ぎ、恋人もいないまま、バイト先のファミレスでナオキと知り合った。当時、大学とアルバイトを両立していたナオキは、バイトの帰りに沙都子を誘った。ナオキのバイクの後ろに乗り、導かれるままに彼の自宅を訪れ、体を重ねる。2年近く恋人もおらず、女としての自信を失いかけていた時に22歳の男に求められたというだけで、沙都子はこれまで味わったことのない絶頂を体験する。

 彼との関係は2年続いたが、ナオキにとって、沙都子は「性の捌け口」以上のものにはならなかった。36歳になった沙都子は、いよいよ婚期を逃すと感じ、ナオキに別れを告げる――。

 物語の後半では、沙都子の人生の縺れを描いている。ただ幸せになりたい、気持ちよくなりたいという想いだけで行動した沙都子の運命は、思いがけない結末を迎えている。女の「幸せになりたい」という気持ちほど厄介な感情はない。女の幸せには大抵「結婚」が前提となり、それを叶えるためにはセックスが付き物となる。

 本作は女流作家7人のアンソロジーで、性をこじらせた女たちが多く登場する。「うまくいかない」と思い悩む女性たちに、ぜひご一読いただきたい。
(いしいのりえ)

陵辱モノで女の“気持ちよさ”を描いた官能サスペンス『穢したい彼女』

 官能小説にはいくつかの予定調和が存在し、その中でどう小説を面白くするかが作者の技量にかかっている。

 例えば官能小説のジャンルとして無数に存在する「人妻」「SM」モノなどが最たる例だ。昔から数えきれないほど発表され続けているが、いまだに毎月新刊が発行されている。料理にたとえると肉じゃがのようなもので、ありふれているからこそ家庭や店によって調理方法や味が異なる。「この店はどんな味なんだろう?」と興味を持つ人がいるように、人妻モノに関心を持つ人が一定数存在するのである。

 今回ご紹介する深志美由紀の『穢したい彼女』(ジーウォーク紅文庫)は、そんな予定調和のひとつである陵辱モノにミステリー要素を加えた作品である。

 主人公の健人は冴えない元オタクで、いわゆる大学デビューの社会人である。モテ本を買い漁り、ダイエットや筋トレに励んで清潔感を出した。その甲斐あって、女性に毛嫌いされることはなくなったものの、内気な性格は治らない。

 彼が密かに心を寄せているのが、4歳年下の同僚・安奈だ。清楚で明るい彼女に惹かれるきっかけになったのが、出張先での出来事だ。健人の待ち受け画面に表示された魔法少女のアニメに安奈が興味を示したことで、時々アニメの感想を送り合ったりする仲に発展した。アニメの趣味を受け入れてくれた安奈は、健人にとって「心の女神」なのである。

 ある日、安奈からアニメ映画に誘われた健人だが、同僚からとある安奈のうわさを聞く。以前交際していた恋人が亡くなったことから、二度と男と付き合うつもりはないというのだ。そんなうわさを聞いて、ますます健人は安奈の健気さに惚れ、彼女の笑顔を守ろうと決心する。

 しかし、とある日の出来事がきっかけとなり、健人の日常に変化が訪れる。

 いつものようにジムのプールで泳ぎ、ジャグジーで寛いでいると、見知らぬ女性から声をかけられた。先週から同じジムに通い始めたというその女性は梨子といい、ノーメイクでもわかるほどの整った顔立ちをしている。翌週、ジムで水泳の本を貸す約束を交わし、食事をしながら会話をした後、健人は部屋へと誘われる。

 生まれて初めて恋人ができたかもしれないと浮かれている健人の元に、梨子からメールが届く。何気なく添付されたURLをタップした健人は、現れた画面に絶句した。そこには、目隠しをされた裸の女性が複数の男たちに犯されている写真が映し出されたのだ――。

 怪しいサイトをクリックしたことから、健人の生活は一転する。そして安奈と梨子の秘密も暴かれることとなる。

 目を覆いたくなるような陵辱シーンが続くものの、サスペンス要素が盛り込まれていることで肩の力が抜け、自然と物語の続きを追いたくなる。清楚な安奈と明るい梨子の対比も「官能あるある」だが、彼女たちの裏の顔が魅力的で斬新だ。

 陵辱モノは女性にとってはつらいシーンが多いものだが、女流作家の目線で書かれている分、女としての「気持ちよさ」も理解できる稀有な作品である。
(いしいのりえ)

ポリアモリーの先にある愛と悲劇を描く、官能小説『あやまちは夜にしか起こらないから』

 「ポリアモリー」という言葉をご存知だろうか。端的に言うと「複数恋愛」で、配偶者や1番目の恋人、2番目の恋人とも真剣に付き合うという恋愛スタイルである。

 不倫や浮気とまったく異なるのは、「プライマリー」と呼ばれる一番大切な相手に、これから交際する「セカンダリー」を紹介し、プライマリーから了承を得るというところらしい。それぞれ後ろめたさを感じず、オープンにポリアモリーという関係を楽しむのだ。

 今回ご紹介する草凪優氏の『あやまちは夜にしか起こらないから』(新潮社)は、ポリアモリーをテーマにした官能小説だ。

 舞台となるのは、東京郊外にある、自由な校風で知られる私立六角堂学園。新任教師の佐竹は、クールで美しい音楽教師の万輝が気になっていた。2人きりで残業をしていた夜、激しい雨と雷をやり過ごそうと、学園からタクシーでワインバーへ行く。佐竹は、学園に赴任する前から万輝のことを知っていた。佐竹が通っていたジャズバーで、男装をしてピアニストをしていた万輝の演奏に魅了され、「彼」に一杯ご馳走をした――その「彼」が、万輝だったのだ。

 ワインを飲み、酔っ払った万輝と佐竹はずぶ濡れになりながらホテルへ向かい、セックスをする。そこで佐竹は、万輝に「セカンダリーになって欲しい」と言われるのだ。

 万輝にはプライマリーがいたし、佐竹にもいた。同じ学園で働く家庭科教師の雪乃である。交際してからまだ間もないが、家庭的で結婚願望が強い雪乃は、ベッドでも「尽くすタイプ」で、一度抱いただけで彼女のセックスの虜になってしまった。

 しかし佐竹は、雪乃の部屋でくつろいでいた時に訪ねてきた男から、雪乃の秘密を知ることになる。突然現れた十代とおぼしき若い男は「雪乃と付き合っている」と告白する。彼は雪乃の教え子で、彼女に童貞を捧げた。雪乃は学園内の男子生徒から「サセ川先生」と揶揄されるほどの童貞ハンターだったのだ。

 万輝のセカンダリーになることを拒絶していた佐竹だが、過去の一件を聞いた夜から、自然と雪乃とは距離を置くようになり、頻繁に万輝との逢瀬を楽しむようになった。やがて佐竹は、万輝のプライマリーが六角堂学園のカリスマ教頭の久我で、学園の広告塔である妻・冴子と共に、万輝を恋人として肉体関係を持つことを知る。

 万輝が久我夫妻にオモチャにされていると感じた佐竹は、彼女に素直な気持ちを打ち明ける。ポリアモリーなどという馬鹿げたことをやめ、俺だけのものになってほしい、と――。

 大切な恋人にもうひとりの恋人がいるということは、嫉妬につながる。その嫉妬を感じられるからこそ、パートナーへの愛が深まり、持続してゆく。交錯した悦楽はやがて歪みを生じて、悲劇を呼び起こしてしまう――。

 ラストは悲しい事件が起きてしまうが、その先にはうっすらと希望が垣間見える。人間の薄汚い快楽をまざまざと突きつける草凪氏だが、彼らしい、希望のある温もりのあるラストである。愛する人はひとりがいい、というファンタジックに浸れる一冊である。
(いしいのりえ)