安室奈美恵、ラストイヤーの花火イベント「大幅値上げ」で復帰説が再燃?

 2018年9月に引退してからも、今もなおファンを魅了し続けている伝説の歌姫・安室奈美恵。そんな安室に、一部ではまたしても“復帰”の噂が囁かれ始めているという。

 現在の安室は、芸能界からは完全に離れ、完全な一般人として生活している。東京や京都、沖縄などに居住しているといわれているが、実態はわからない。

「安室さんは、過去に親族に関するスキャンダルが報じられた際に…

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安室奈美恵の復帰説、定期的に浮上…裏で糸引く“関係者”の悪辣な正体

 定期的に囁かれるのが、2018年に引退した安室奈美恵の復帰説だ。直近では、「女性自身」23年1月17日・1月24日合併号(光文社)で、韓国エンタメ界において安室復帰計画が水面下で動いていると報じられた。しかし、この話について多くの業界関係者は懐疑的である。

「安室さんは、金輪際表舞台に立たないという覚悟を持って引退したと言われています。金銭的に苦しくて、活動を再開しないと生活…

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矢沢永吉の台風下ライブが炎上の裏で…安室奈美恵は“半分強行”でも大団円のスゴさ

 9月17日から19日の3連休に日本列島を襲った台風14号の影響で、多くの音楽イベントが中止になった。西川貴教が発起人となり滋賀で行われた『イマズマロックフェス』は、17・18日の公演は実施したものの、19日の公演は中止へ。マリンメッセ福岡で18日に開催予定だった小田和正のコンサートも中止された。

 一方で、矢沢永吉は18日に福岡PayPayドームでのコンサートを決行。しかし、…

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安室奈美恵「2021年9月復帰」報道と木下優樹菜バッシングに見る、芸能マスコミの“不条理”

下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る!

 やはりこの国のマスコミはおかしい。菅義偉官房長官が次期自民党総裁に確定的と見るや、ヨイショしまくり。問題が数多く指摘されて「菅話法」などと揶揄された官房長官会見も高く評価する始末――。政権発足前からこれだ――。

第522回(9/3〜9/8発売号より)
1位「安室奈美恵 水面下で進む’21年9月“電撃復活”プラン」(「週刊女性」9月22日号)
2位「直撃に『芸能界に未練ナシ』もインスタ新設 木下優樹菜の『嘘つき素顔を暴きたい!』原告女性が決意に激白」(「週刊女性」9月 22日号)
3位「安倍昭恵夫人 『首相官邸日参』にあった『Aファイル』隠滅!」(「女性自身」9月22日号)

 2018年の引退以来、その動向がほとんど報じられてなかった安室奈美恵。その理由は引退直前に弁護士を通しての強い報道自粛要請があったからだが、やっと出ました! 「週刊女性」が安室の21年9月の復帰を報じている。

 記事によれば、安室に近い音楽プロデューサーや関連グッズ製造販売を請け負う会社社長が復帰に向けて動いているらしい。その根拠のひとつが、昨年に引き続き開かれる、安室の名を冠した花火イベント。今年はコロナの影響でオンライン開催となるが、グッズも充実し、その数が毎年増えている。そして個人事務所から「namie amuro」のロゴが新たに商標登録され、その登録の範囲も広範囲だというもの。今後、安室がいろいろな事業を展開できるように――。

 うーん、でもこれを根拠に復帰というのはどうなのか。しかも安室の性格からしてこんな早い復帰ってあり!? というか復帰というのは歌手活動ってこと? 何を持って復帰なのかわからない。オンライン花火イベントにかこつけて復帰をこじつけた? それともイベントのPRか? そんな感じの記事なのだ。

 でもまあ、これがギリギリだったのかな。安室の名前で花火イベントするんだから、その動向を伝える。一応、大義名分がつく。何もないのに安室関連記事を、特にプライベートなどを報じれば訴訟になる可能性があるから。強いものには巻かれる。安室関連の記事の少なさと今回の記事を見て、改めて芸能マスコミの弱腰ぶりをみた。

 一方、弱いものには徹底的に食いつくのも芸能マスコミ。今年7月に芸能界を引退した木下優樹菜について、同じ「週刊女性」が手厳しい。

 9月1日、公式インスタグラムを開設した木下だが、このことを端緒にいまだ続くタピオカ訴訟について記事にしている、というか蒸し返している。

 これまでのタピオカ問題を最初から振り返り、活動休止、離婚、不倫疑惑、引退までを詳述。そしてタピオカ店オーナーとの裁判の進行具合を記した上、オーナーに直撃! 「私は真実を明らかにしたいだけ」というコメントも引き出した。極め付けはタイトルだろう。オーナーは「週女」の直撃取材に「裁判で嘘を暴いて、真実をハッキリさせたいと思って提訴しました」と語ったのだが、それを「嘘つき素顔を暴きたい!」と意訳しているのだから。

 いや〜激しい(笑)。それもこれも、木下が引退の際、所属事務所だった「プラチナム」が木下を切り捨てるようなコメントを出したからだろう。しかもこの事務所は“芸能界のドン”率いるバーニングプロダクション系列だったから。もうお墨付きがあるから、書きたい放題! そもそも、タピオカ騒動が持ち上がった当初、ネットで炎上しているのにマスコミはほとんど騒動に触れず、木下が芸能活動自粛を発表すると、急に騒動のことを報じ始める。さらに芸能界引退となると大バッシング! それは木下が芸能界を引退しても続いているのだ。

 同じく引退した安室と比べるのはどうかとは思うが、それでもこの扱いの差だ。強者の言いなりになって、あるときは口をつぐみ、あるときはバッシングに精を出す。不条理な芸能マスコミ、だ。

 「女性自身」が重大な疑惑記事を掲載している。政権を投げ出した安倍晋三首相だが、相方の安倍昭恵夫人が最近になって頻繁に首相官邸に姿を現すという。その理由が、「文書破棄」になるのではというのだ。

 政治評論家の有馬晴氏が解説しているのだが、官邸には昭恵夫人関連の資料がファイリングされ、その中にはおそらく森友学園関連書類もある。昭恵夫人の所有書類ゆえ、官僚は勝手に破棄できない。その確認、破棄のために通っているのでは、というのだ。

 大変だ! 阻止できないのか!? この疑惑をもっと掘り下げてほしい。「女性自身」。

沖縄・首里城再建で、安室奈美恵vs.小渕優子の代理戦争が勃発のキナ臭さ

 10月31日の火災で正殿などが焼失した首里城。2週間が過ぎ、那覇市のクラウドファンディングで5億円以上の寄付が集まるなど、「沖縄のシンボル」再建は国民の悲願といえるだろう。こうした中、水面下では政治家の暗闘が繰り広げられている。

 再建の「旗振り役」として沖縄が誇る歌姫・安室奈美恵の名が挙がっていることは当サイトでも紹介した(参照記事)が、これが明るみになった経緯が何ともキナ臭い。

「この案を口にしたのは沖縄選出の日本維新の会・下地幹郎衆院議員です。下地氏は11月5日、謝花喜一郎・沖縄県副知事に提言を手渡す際、安室さんに音楽を作ってもらい、販売することで予算を確保することを盛り込んでいます。下地氏が安室さんとパイプがあるとも思えず、ニュースになるのを見越したパフォーマンスですね」

 そう地元記者は一刀両断するが、その真意をこう解説する。

「下地氏の選挙区は沖縄1区(那覇市や島尻郡)で、毎回熾烈な争いを繰り広げている相手が自民党の国場幸之助議員。2017年衆院選では共産党の赤嶺政賢氏が勝ち、下地・国場両氏は比例復活当選で、1つの区に3人現職議員が誕生した激戦区となっています。国場氏といえば18年5月、県連会長でありながら、酒に酔って傷害容疑で書類送検されたり、その後不倫で提訴されるなど、政治家としての資質に疑問符が付く御仁。下地氏は元自民党議員ということもあり、国場氏の次期選挙での公認取り消しを画策しているのです。安室さんの名を出したのは、いち早く沖縄選出議員として存在感を示したかったからでしょう」

 だが、そうは問屋が卸さなかった。自民党の沖縄振興調査会(会長・小渕優子元経産相)は11月13日、「首里城再建に関する委員会」設置を発表。その事務局長に国場氏が就任したのである。

 19日に開かれる自民党総務会で、党所属国会議員の歳費から1万円差し引き、トータル400万円程度を集める見込みだが、その寄付金を、小渕氏や国場氏が党を代表して沖縄に出向き、手渡すことになっているのだ。

「小渕氏は、父の故・恵三元総理が沖縄サミット開催の道筋をつけたことから沖縄と深い縁で結ばれているのですが、彼女も国場氏と同様、トラブルに見舞われてきた。経産相だった14年、政治資金を巡る疑惑で大臣を辞任。東京地検特捜部の家宅捜索まで発展し、その際、隠蔽工作を図るため、パソコンを電動ドリルで破壊されていたことがわかり『ドリル優子』なる汚名を着せられるハメに。以来、不遇をかこつ小渕氏としては、父の名誉のためにも、ここで一役買っておきたいわけです」(前出の記者)

 世界遺産を低レベルな政争の具に利用するのは御免被りたいものだ。

沖縄・首里城再建で、安室奈美恵vs.小渕優子の代理戦争が勃発のキナ臭さ

 10月31日の火災で正殿などが焼失した首里城。2週間が過ぎ、那覇市のクラウドファンディングで5億円以上の寄付が集まるなど、「沖縄のシンボル」再建は国民の悲願といえるだろう。こうした中、水面下では政治家の暗闘が繰り広げられている。

 再建の「旗振り役」として沖縄が誇る歌姫・安室奈美恵の名が挙がっていることは当サイトでも紹介した(参照記事)が、これが明るみになった経緯が何ともキナ臭い。

「この案を口にしたのは沖縄選出の日本維新の会・下地幹郎衆院議員です。下地氏は11月5日、謝花喜一郎・沖縄県副知事に提言を手渡す際、安室さんに音楽を作ってもらい、販売することで予算を確保することを盛り込んでいます。下地氏が安室さんとパイプがあるとも思えず、ニュースになるのを見越したパフォーマンスですね」

 そう地元記者は一刀両断するが、その真意をこう解説する。

「下地氏の選挙区は沖縄1区(那覇市や島尻郡)で、毎回熾烈な争いを繰り広げている相手が自民党の国場幸之助議員。2017年衆院選では共産党の赤嶺政賢氏が勝ち、下地・国場両氏は比例復活当選で、1つの区に3人現職議員が誕生した激戦区となっています。国場氏といえば18年5月、県連会長でありながら、酒に酔って傷害容疑で書類送検されたり、その後不倫で提訴されるなど、政治家としての資質に疑問符が付く御仁。下地氏は元自民党議員ということもあり、国場氏の次期選挙での公認取り消しを画策しているのです。安室さんの名を出したのは、いち早く沖縄選出議員として存在感を示したかったからでしょう」

 だが、そうは問屋が卸さなかった。自民党の沖縄振興調査会(会長・小渕優子元経産相)は11月13日、「首里城再建に関する委員会」設置を発表。その事務局長に国場氏が就任したのである。

 19日に開かれる自民党総務会で、党所属国会議員の歳費から1万円差し引き、トータル400万円程度を集める見込みだが、その寄付金を、小渕氏や国場氏が党を代表して沖縄に出向き、手渡すことになっているのだ。

「小渕氏は、父の故・恵三元総理が沖縄サミット開催の道筋をつけたことから沖縄と深い縁で結ばれているのですが、彼女も国場氏と同様、トラブルに見舞われてきた。経産相だった14年、政治資金を巡る疑惑で大臣を辞任。東京地検特捜部の家宅捜索まで発展し、その際、隠蔽工作を図るため、パソコンを電動ドリルで破壊されていたことがわかり『ドリル優子』なる汚名を着せられるハメに。以来、不遇をかこつ小渕氏としては、父の名誉のためにも、ここで一役買っておきたいわけです」(前出の記者)

 世界遺産を低レベルな政争の具に利用するのは御免被りたいものだ。

首里城再建に向け、安室奈美恵の電撃復活ライブが現実味?

 10月31日未明に発生した首里城の火災で、多くの沖縄県民の心の支えとなってきた「沖縄のシンボル」は一夜にして灰になった。30年かけて復元された建物とともに、城内に保存されていた文化財の状況についても注目が集まっている。

「首里城には琉球王国時代の絵画や漆器、書跡など1510点の資料が収蔵されていました。このうち、県指定有形文化財になっている3点については無事が確認できていますが、文化財全体の3割近い421点は焼損してしまった」(地元紙記者)

 首里城の地下には琉球王国時代の遺構が埋まっており、焼失した正殿など7棟はそのレプリカだ。世界遺産に登録されているのはこの遺構で、こちらへの火災の影響の度合いに関しても大きな懸念材料となっている。

 ひのきや瓦などの資材、職人の調達も難航しそうな気配だが、再建に向けた何より大きなハードルとなりそうなのが資金面での壁だ。

「首里城を含む首里城公園の整備にかかった総事業費はおよそ260億円とされています。このうち正殿の建設にかかったのが、約73億円。ただし、これはあくまでも建築当時の相場で、資材や作業員の人件費は当時よりもさらに上がっている。地価が高騰する中で、人、モノともに不足がちの現状では、さらなるコスト増が予想される。一方で、沖縄県から首里城の管理を任されていた沖縄美ら島財団が加入していた火災保険の支払限度額は最大70億円。これでは数十億円足りない計算になる」(同)

 再建に向けた資金集めの一環として、一部の県民の間では募金の動きも活発化しており、すでにクラウドファンディングを活用した募金額は11月7日正午までに3億8,000万円を突破しているが、再建費用を賄うには程遠い。関係者の間では、資金集めには求心力と発信力のある「旗振り役」ともいうべき存在が欠かせないとの声も上がっているが、そこで名前が取り沙汰されているのが、沖縄が誇るあの歌姫だ。

「昨年、芸能界を引退した安室奈美恵さんです。安室さんは引退に絡むコンサート開催やCD、グッズ販売などで1,000億円の経済効果をもたらしたとされている。今夏には『引退から1年』という節目で、宜野湾市で安室さんの名前を冠した花火大会が開催されたのですが、ここでも億単位の収益を上げたといわれています。すでに財団側は、首里城再建に向けて安室さんになんらかの協力を仰ごうと水面下で動きだしているとの情報もあります」(県政関係者)

 6日付の琉球新報によれば、5日には地元選出の下地幹郎衆院議員(日本維新の会)が安室に音楽制作を依頼するなどして再建への協力をあおぐよう県に提言、地元政界にも待望論が出始めている。

「首里城がある首里地区は安室さんの地元でもある。生まれ故郷の苦境のために、安室さんが人肌脱ぐというのは十二分にあり得る」(同)

 電撃復活の舞台は整った!?

浜崎あゆみの安室奈美恵化が止まらない!「あゆらしさを取り戻して」ファンから悲痛な声も

 浜崎あゆみが18日、自身のインスタグラムのストーリーズを更新。投稿した写真に批判の声が殺到している。

 今月1日、デビューからの軌跡をつづった小説『M 愛すべき人がいて』(幻冬舎)が発売され、注目を集めている浜崎。先日の投稿では「一年前の事を思い出していた。そして改めてこの一年、日本中を旅し続けて来たなぁ、旅のない時はほぼ毎日スタジオで過ごしていたなぁ」とつづり、青い衣装を着用した自身の写真を公開したものの、写真の加工をしすぎて鼻の穴の形がおかしくなっていると話題になったばかり。

 そんな浜崎はこの日、現在行われているツアー『”ayumi hamasaki TROUBLE TOUR 2019 A(ロゴ) “』の追加公演の開催地などを豪華なムービーとともにストーリーズで発表した。

 しかし、ファンの注目を集めたのはライブ衣装に身を包んだステージ上の浜崎の写真だった。以前から元歌手の安室奈美恵の真似をしていると囁かれていた浜崎だが、今回も衣装や髪型を意識しすぎているという指摘が続々と上がっている。

 ついにはファンからも「あゆいつから安室ちゃんみたいになっちゃったの~あゆらしい衣装でライブして欲しい」「このあゆ、もはや安室ちゃんにしか見えんねんけど。昔みたいな、自分らしさを出すあゆの方が好きだな」「なんで最近のあゆ、こんな安室ちゃんに寄せるんだろ??あゆのファンはあゆに安室ちゃんぽさ求めてないし、安室ちゃんのファンからも叩かれるから何もいいことないのに」などの不満の声が寄せられている。

 ネット上には二人の衣装や髪型を比較する画像も出回っており、双方のファンの間で話題になっている。ファンの望む「あゆらしさ」を取り戻してくれるのはいつになるのだろうか。

浜崎あゆみ、入浴中画像投稿で新年早々お浜節炸裂! 安室引退特番放送日に投稿、いまだ敵意むき出しか

 歌手の浜崎あゆみが、新年早々、話題を振りまいている。

 1月20日に自身のInstagramを更新した浜崎。「人はつらさを忘れるから前に進み続けることができるのだそう。金沢前に寄り道した福井のお母さんが教えてくれました」というメッセージとともに、この日投稿したのは、入浴中に撮影したというバッチリメイクで小指を咥えたドアップ自撮り画像で、ストーリーには、この入浴中に撮ったであろう自撮り動画も公開した。

 思わず二度見してしまいそうな今回のセクシーショット。浜崎としては、新年を迎え “ファンにお年玉”のつもりで投稿したのかもしれない。だが、ネットではファン内外から批判の声ばかりが聞こえているという。

「ネットでは予想通り『誰が見たいのか?』『アラフォーの入浴シーンに需要なし』『バッチリメイクで撮るとか、騒がせたいのが見え見え』と大炎上しているのですが、今回ばかしはファンからも批判の声が。『こういうお騒がせなあゆはみたくない』『こういうの撮る前に新曲出してくれ!』といった苦言が殺到している状態。ファンへのお年玉ショットとはならなかったようですね(笑)」(週刊誌記者)

 ファンに向けて投稿したが、ファン内外から批判されてしまった今回の画像。しかし、「これはあの人に対するライバル心から投稿している」と芸能ライターは、こう語る。

「浜崎さんのこの画像が投稿された20日と言えば、NHKで安室奈美恵さんの引退直前インタビューの特番も放送された日。浜崎さんは過去に、安室さんが最後の表紙を飾り話題となった『ViVi』(講談社)の発売日に、顔中水滴だらけのドアップ画像を投稿し、話題を掻っ攫おうとしていたり、安室さんのアルバム発売日近くに意味深投稿をSNSにしたり、引退後には安室さんの過去のアルバムCMやデザインを丸パクりしたりと、ことあるごとに敵意をむきだしにしていた。今回も安室さんに対して敵意をむき出しにしたのかもしれません。ただ、安室さんはすでに昨年引退しているので、あまり効果はないかと思いますが(苦笑)」

 最近では歌よりもInstagramの方が話題になっている浜崎だが……。“歌姫”としてのプライドは、いまだ残っているようだ。

安室奈美恵をブレークに導いた、小室哲哉の”絶妙なR&B感覚”と「SWEET 19 BLUES」

 

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析!

 安室奈美恵――。

 この1年と少しの間、彼女のことを目にするたびに、僕はあの時の後ろ姿を思い出していた。

 1996年、夏のはじめ。発売直前のアルバム『SWEET 19 BLUES』についてのインタビューをするために、僕はそのビルにいた。安室奈美恵はほぼ一日中、自分に向けられるカメラに対していた。

 この年は春の「Don’t wanna cry」に続き、夏は「You’re my sunshine」がヒットチャートを席巻していた。安室ブームの真っただ中で、街には「アムラー」と呼ばれる子たちがあふれていた。日本中の目がこの少女に向けられていた。

 複数の取材が一度に進められており、撮影はシチュエーションを変えながら行われ、安室本人はそのたびに衣装替えやメイク直しをする。インタビューはその合間に組まれていた。まさに分刻みだった。

 僕は、ライヴは観ていたが、安室本人とは初対面。目の前に座った彼女は華奢だった。お互いさほど目も合わせず、「よろしくお願いします」と、あまり大きくない声であいさつをしてくれた。

 子どもの頃からステージに立つことが夢だった、俳優の美木良介さんが好き……。安室の話しぶりは自然だった。飾らず、静かに、時折にこやかに話してくれた。

 インタビューは撮影のたびに分断される。その2度目の時だったか、席を立って撮影スペースへ向かう安室が、ほんの少しだけフラついたように見えた。過密スケジュールで、疲れていないわけがない。それでも彼女は厚底のブーツをそっと前へ踏み出し、バランスをとって、まぶしいライトの下に歩いていった。

 その後ろ姿には、プロとしての根性と、負けず嫌いの気持ちが感じられた。

 当時の安室の音楽は、何が支持されたのか。その背景ともども、振り返ってみる。

 先ほどの取材の翌月にリリースされた『SWEET 19 BLUES』は、日本のアルバム・セールス史上において記録的な数字を残す大ヒットとなる。僕のインタビューの中で最も印象的だったのは、のちにリカットされたこのタイトル曲で唄われている「とりえ」についての話だった。

<いちばんとりえが何か/教えてあげなきゃならない/あの子やあいつ>

 19歳になろうとしていた安室はレコーディング時、この歌を書いた小室哲哉と会話を交わしている。そこで彼女は自分の「とりえ」を大切にすることについて話したそうで、それが歌詞のテーマの一部となり、2コーラス目に織り込まれていた。

 人それぞれが持っているはずの長所、魅力……とりえ。ほかならぬ安室自身、それに突き進んできた人だった。そしてアムラーを含めた当時のリスナーたちは、おそらく彼女のそんなひたむきさ、まっすぐさに強く惹かれたのではないかと思う。

 この前年の95年は阪神・淡路大震災、それにオウムによる地下鉄サリン事件という悲劇が起こり、日本という国の価値観が根底から揺らいでいた頃だった。数年前のバブル崩壊の影響も社会のあちこちに出始めていて、この国は否応なく転換点を迎えていた。何を信じて生きていったらいいのか、誰もがわからなくなりつつあった時である。

 そんな中で安室はスターとして認められた。それはもちろんダンスのカッコ良さ、歌の力、チャーミングなルックスがあってこそ、なのはもちろんなのだが。何よりも彼女の姿……迷いなく、自分の信じる道をひたすら走る姿に、大勢の人が元気付けられたはずだ。

 また、アルバム『SWEET 19 BLUES』の前後は、安室の音楽性も転換点を迎えていた。そもそも安室はダンス・グループのSUPER MONKEY’Sの一員としてデビューした人である。やがてグループのメインに抜擢され、大きなヒットを放つようになったのは95年の「TRY ME~私を信じて~」から。この後からは彼女のソロ名義となり、その後、続いた「太陽のSEASON」「Stop the music」といったヒット曲の核にあったのは流れるようなユーロビートだった。これらは、いずれも洋楽のカバー曲である。

 それが、95年の後半からは小室哲哉のプロデュース、楽曲も彼の書き下ろしとなる。ここからのヒット・シングルは「Body Feels EXIT」、次の「Chase the Chance」と、ユーロビートの感覚を踏襲しながらも、そこにハウス的なビートとロックな音色を配合し、より太いサウンドへと変化していっている。

 そして鮮やかだったのは、「Chase the Chance」から3カ月後に出た「Don’t wanna cry」だった。シェイクするようなビートの反復、ソウルフルに唄い上げるヴォーカル、それにコーラス。ホットな一体感が情熱を浮き彫りにするこの楽曲は、安室自身がかねてから憧れていたジャネット・ジャクソンに代表される当時のブラック・ミュージック~R&Bを志向したものだった。

 この後にはハウスのビートが疾走する「You’re my sunshine」と、先述のアルバムからのバラード「SWEET 19 BLUES」のリカットを挟み、晩秋、ブラック路線をさらに推し進めたポップ・ナンバー「a walk in the park」が登場する。

 当時の安室の進化はすさまじかった。僕は引き続き彼女への取材を行っていた(TV局の畳敷きの楽屋で、お互い脚を崩しながら話したこともあった)。そしてライヴも観ていたのだが(夏の沖縄での野外公演が特に印象深い)……シングルのたびにメロディの質感やビートの傾向が大きく変わっていっているのに、彼女はそれらを当たり前のように唄いこなしていたのである。それはそこまでの積み重ねの段階でヴォーカルをしっかりと鍛えていたからであろうし、しかもライヴではこれに激しいダンス・パフォーマンスも加わる。天賦の才とはこのことを言うのだろうと思ったものだった。

 プロデューサー・小室は、この後も挑戦を怠らなかった。翌97年の初頭にはかの名曲「CAN YOU CELEBRATE?」が誕生する。今も万人から愛され続ける、祝福の歌だ。

 また僕個人は、その後のシングル「How to be a Girl」にも強く魅了された。当時「デジタル・ロック」と呼ばれたケミカル・ブラザーズあたりのサウンドを意識したと思われる、ダンサブルでクールなナンバーである。こうして小室は、合間にバラードを挟みながら、主にアップテンポの曲で安室の歌の世界を広げていった。この時期、現代的なブラック・ミュージックを主体にしながら、小室とともにあらゆる方向性にアプローチしたことは、安室というアーティストにとって貴重な糧になっているはずである。

 以後の安室は、結婚・出産という人生の一大イベントが起こったことで、活動としてはひとつの区切りを迎える。そこからの休止期間を経て、シーンに復帰したのは98年の暮れのこと。翌99年の春には「RESPECT the POWER OF LOVE」というゴスペル的なコーラスも印象的な曲を出している。しかし彼女の歌は、小室哲哉という巨大な才能の手のひらからも次第にあふれ出ていくことになる。

 この年にエポックだったのは、9月、もろにR&B路線の「SOMETHING ‘BOUT THE KISS」をリリースしたことだった。TLCやモニカなど、すでに世界的な知名度を誇るダラス・オースティンをプロデューサーに迎えての楽曲だった。安室はここから本場の、ホンモノのプロデューサーたちとも仕事をするようになっていったのだ。そして結果、彼らとも堂々と渡り合うのだから、本当に大したシンガーだと思う。

 小室は、新しい音楽に対して貪欲な人だった。僕は、安室のブラック志向も、小室プロデュースだからこそ世の中に受け入れられたのだと思う。というのは、小室はプログレッシヴ・ロックなどのロックにルーツを持つ人で、どちらかといえばブリティッシュ・ロック寄り。TM NETWORKでの作品群、それにレイヴやジャングルにも接近したように打ち込みのダンサブルなビートへの志向を持つプロデューサーではあるが、元からしてブラック・ミュージックの要素はさほど強くないのだ。

 ただ、90年代においては、この彼によるブラック成分の強すぎないR&B感覚こそが、歌も、また人間的にも成長過程にあった安室に、そして幅広い層まで含めた日本のリスナーたちにハマったのだと思う。安室が最初からR&Bの本格派と組んでいたら、濃すぎたに違いない。

 そして小室だからこそ、少女から大人へと成長しようとする安室の、壊れそうなほど繊細な思いをくみ取って、「SWEET 19 BLUES」という美しいバラードをモノにできたのだと思う。

 21世紀に入ると、安室は完全に新しい制作態勢へと移行していった。小室とのコラボは2001年のシングル「think of me/no more tears」までとなり、その後は新たな作家陣に託したり、また彼女自身が詞を書くケースも出てくる。特に02年の「I WILL」は、ファンに対する純粋な思いが表れたバラードだ。ちなみにこの年には、プライベートではシングルマザーになったことも報道されている。

 僕はといえば、安室には継続的にインタビューをしていたのだが、ちょうどこの頃から取材をする機会そのものがなくなっていった。これはおそらく当時の彼女(とスタッフ)が活動のあり方や方向性、あるいはペースについて捉え直した時期で、メディアへの露出のスタンスが変わったところもあったのではと思う。また、僕自身も、メインストリームの音楽より、ロック寄りの仕事の割合が増えていく流れがあった。まあ、こうしたことは縁とか運のようなもので、この仕事をしていると、よく起こることである。

 それからの自分は、仕事の上では安室から離れたものの、TVで見かけたり、どこかで新曲を耳にするたびに、「安室、頑張ってるな」と思っていた。彼女の成長を特に大きく感じたのは、07年のアルバム『PLAY』の頃だった。胸元を開け、ムチを持ったジャケットは、安室がまったく新たな表現の領域に達したことを示していた。「Baby Don’t Cry」をはじめ、新たなクリエイターたちとの出会いが、大人になっていく安室奈美恵像を作り出していた。

 セルフ・プロデュースをしたり、サウンド面ではEDMを導入したりと、安室は歌とダンスとともに新しい表現を重ねていった。気がつけば彼女は世界中のファンから愛され、尊敬もされる、とてつもなく大きな存在になっていた。そんな事実をあらためて感じさせてくれたのが、17年の引退発表以降の騒ぎだった。

 デビュー25年と聞いても、実はあまりピンとこなかった。ただ、一番驚いたのは、安室の引退が話題になっている頃……僕はプロ野球の阪神タイガースのファンなのだが、そのファンサイトか何かで、福留孝介選手と彼女が同い年だというのを見た時だった。確かに2人とも、1977年生まれ。阪神を牽引する大ベテランで、ファンからは「ドメさん」と呼ばれる福留と、いまだに世代を超えて「安室ちゃん」と親しまれる彼女が同じ年齢だなんて! そこで時の流れを初めて実感した。

 そこからの自分は、まったく一般のファンの方と似たようなものだったと思う。17年の暮れのNHK『紅白』で「Hero」を唄う彼女を見て、ほんとに素敵だと感じた。

 明けて18年は、ドーム公演の抽選に落選し、チケットを入手することができなかった。イモトアヤコにドッキリを仕掛けたTV番組は、家族と一緒に笑いながら、感動しながら観た。そして9月16日の引退の日までは、報道合戦を遠くの出来事のように感じながら、何もかもが無事に進むといいなと思いながら過ごした。TVでもネットでも雑誌でも、たくさんの安室に触れて、彼女の歌とダンスにひさびさに浸った、この1年とちょっとだった。

 安室の姿を見ると、あの夏の日のスタジオでの姿が、つい脳裏に蘇る。ブーツで踏みとどまって、照明の下に歩いていった安室奈美恵。そして「SWEET 19 BLUES」に託された、「とりえ」についての思い。そんな彼女の強い意志が、日本だけではなく、世界中の人々に元気を与え、幸せをもたらしていったことを。

 安室さん。どうか、お幸せに。

●あおき・ゆう

1966年、島根県生まれ。1994年、持ち込みをきっかけに音楽ライター業を開始。現在「テレビブロス」「音楽と人」「WHAT’s IN?」「MARQUEE」「オリジナル・コンフィデンス」「ナタリー」などで執筆。