老後問題とセックスが絶妙に絡み合う「婦人公論」は中高年の“パンドラの箱”

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)は、「老後の安心を手に入れる」です。リードには「『人生100年』などと言われるようになり、不安がふくらんでしまう現代。年金や介護など本当に必要なものを知れば、心細さは薄れていくはずです。女性たちの体験談や新情報にふれて、未来の自分をイメージしはじめてみませんか」とあります。読者の声として紹介されていた「私の将来、ココが不安です」には「生活費」「認知症」「定年夫」「親の介護」など「婦人公論」定番ネタがズラリ。でもちょっと待って……。これらのトピックスに関して「婦人公論」が読者の不安解消に作用したことあったかな……どちらかといえば不安倍増の方向に盛り上がる気がするんですが。

<トピックス>
◎特集 老後の安心を手に入れる
◎人生に必要な性と愛
◎「被害者らしく」していては何も変わらないと思ったから

■知性もカネも図々しさもある女たち

 とはいえ、「老後不安」は、「婦人公論」では何度もこすられてきた特集です。「あなたの年金生活をシミュレーション」「認知症やがんを予防して『健康で長生き』を目指すには」のような実生活向け企画もあれば、北斗晶×佐々木健介の“夫婦仲良ければだいたい大丈夫”的対談があったり、「最期まで自分の意志で。『尊厳死』という選択」のような真面目なルポも。その中で今回拝見しますのは「親ですもの、子どもに迷惑かけたっていいじゃない?」。こちら、エッセイストの桐島洋子と社会学者・上野千鶴子の対談ですが、名前だけで圧がすごい。

 以前から、ちょいちょい「婦人公論」で「私は子どもに面倒みてもらいます」宣言をしていた桐島。「なるべく子どもの世話にはなりたくない」という高齢者が増える中、この桐島の発言はショッキングに取り上げられていました。対談は、この桐島の老後論をフェミニズムの親玉である上野がアカデミズムに補完するというスタイルで進んでいきます。

 桐島のこの持論を、上野は「私はとても腑に落ちて、納得したんです。子どもを産み育てるために、女性はものすごいエネルギーと時間を投資しているわけでしょう。老後にちょっとくらいお世話になってもいいじゃないか、と」と賛同。

桐島「他人様に迷惑をかけたり、お国の世話になったりするよりは、身内とりわけ子どもがまず責任を受容してほしいですね」
上野「ところが最近の高齢者は、『子どもの世話にはなりたくない』『迷惑をかけたくない』とおっしゃる」
桐島「どんな親であり子であったにしろ、親子の縁をいやおうなしに結んでしまったのだから。老後、子どもにほどほどの迷惑をかけてもいいと思います」

 と、まぁおっしゃることはわかりますけど、そうやって女性が子育て・家事・介護の役割に追い詰められていくのに対するアンチテーゼが「フェミニズム」ではなかったのか……。しかしよくよく読むと上野先生、介護の核心部分では、自分の意見は述べずに華麗にインタビュアーに擬態するんですよね。その辺りの巧さはさすがといえます。

 今の「婦人公論」読者層は、「子どもは年老いた親の面倒をみるのは当たり前」という前世代と「親の介護で人生狂わされるなんてまっぴら」という後世代のちょうど谷間にいて、多くの人が「自分は親の介護をするけど自分が子どもに要求できない」というジレンマの中で生きているのではないでしょうか。「子どもに迷惑かけたっていいじゃない」は、そんな悶々とした中高年たちの“開き直りの呪文”なのかもしれません。

 さて、老後の安心に続きましては、これも高齢化社会の1つのテーマではないでしょうか。巻末特集「人生に必要な性と愛」。お久しぶりのセックスネタです。「誰かに寄せる想い、肌を交えることでしか得られぬ温もり、そして快感。そんなものとはしばらくご無沙汰……という女性も多いものですが、生きることと直結するあの感覚、思い出してみませんか」とはリードの弁。はて、生きることと直結するあの感覚とは……。

 画家で女優の蜷川由紀が、恋人である作家の猪瀬直樹についてアツく語る「猪瀬直樹さんは、私を導いてくれるウェルギリウス」、みんな大好き読者体験手記「あの“快感”が私を変えた」、「アブノーマルな世界にはまる妻たち」ルポも読み応えあります。夫との性交は3回のみ、悩んだ末にネットの世界に性愛を求めた真面目な主婦、絶倫夫との義務としてのセックスに疲れ、指圧師のテクに溺れた女性、「ゼンタイ(全身タイツ)」で、セックスとはまったく違う快感をおぼえる妻、クンニのプロから開発されたり、禁断のNTR(寝取られ)プレイにハマったり……。

 一通り読みますと、いかに「夫婦」という形式が、「人生に必要な性と愛」と相性が悪いのかを思い知らされます。だいたいが夫婦での淡泊なセックス、もしくはセックスレスから始まってるんですもん。「性愛」の対象を法的に1人と定めた結果のしわ寄せがこの特集には溢れているといいましょうか。こちら、読者体験手記から抜粋すると、

「そうだ、私の身体はおかしくなっていたのではない。倦怠期だからではない。何かを見失い、忘れていたのだ」
「彼の手が肌に触れると私の全身はシャンパンの泡のように弾けていく。感じるたびに、私は岩のような塊ではなく、花も実もつける豊饒な大地になれるのだと信じることができた」

など、夫以外とのセックスは「傍目には幸福な母親」を性の表現者に変えるよう……。泡になったり大地になったりの大騒ぎです。これがいいことなのか悪いことなのかはわからない、そもそも「婦人公論」はそういうジャッジはしない媒体ですからね。

 そんなことを考えながら、特集最後のページ、高齢者の坂爪真吾による性についてのエッセー「『死ぬまでセックス』の呪縛にどう向き合うか」を読んでいたらこんな一文が。「認知症を発症する前は、敬虔なクリスチャンであり、夫は公的機関で重職を担っていました。長女も福祉施設の施設長であり、次女と孫は学校の教師をしている」という87歳の女性が、「認知症になってからは人前で『おっぱい!』『まんこ!』といった性的な言葉を連発するようになった」「笑いながら人前で『おっぱい!』と叫んで胸を露出する」とのこと……。抑圧されていた何かが、認知症をきっかけに、それこそシャンパンの泡のように弾けてしまったのか。性の帳尻合わせの恐ろしさにちょっぴりゾッとした次第です。

 「老後の面倒をみてと子どもには言えない」も「女が性的な発言をすべきでない」も、根っこは同じなのかもしれません。本音よりも、社会における自分の見え方を優先した生き方。ジェンダーという檻の中である意味安全な生活を送るのか、本音というパンドラの箱を開けてしまうのか。中高年女性は選択を迫られているのではないでしょうか。
(西澤千央)

「婦人公論」の「体の不調」特集で暴れる、冨士眞奈美・吉行和子・仲代達矢ら“あっけらかん”としたアラ80

fujinkouoron170613

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)の特集は「不調のサインを見逃さない」。キャッチフレーズには「40代から70代の『体の節目』」とあります。「40代に入ると徹夜はできないし、深酒できないし、どんなに疲れていても熟睡できない……」と、この手の話題なら3時間はぶっ通しで話せるようになる、それが中高年たるものの矜持。冒頭のアンケート「私の体の“曲がり角”は?」にも、「私の不調」が生き生きとページに踊っています。そんな中、最も心を掴まれたのが「不調のどん底で考えていたこと」にあった、「年齢的なものだから仕方ない。それに、あんなにキレイな歌手だって尿もれパッドとかきっと使っているはず。そう思えば明るい気持ちになれる」(53歳主婦)という一文。どん底の人間を救う尿もれパッド……これはサラサーティのCMを務めたRIKACOの偉業を讃えるべきでは……。

<トピックス>

◎特集 不調のサインを見逃さない

◎冨士眞奈美×吉行和子 人生後半から大切なのは食事、運動、そしてときめきよね

◎仲代達矢 演じ続ける。悪しきものへ抵抗するために

■「和子っぺ」という愛称のほのぼの昭和感

 こちらの特集、40代以降の女性の体の変化と病気の関係を医学的見地から語るものや、がんと宣告された人のルポ、脳梗塞から生還した磯野貴理子のインタビューなど、ほとんどが「病気」や「体調」を真正面から捉えたものですが、座談会「人生後半から大切なのは食事、運動、そしてときめきよね」だけ毛色が違います。女優の冨士眞奈美、吉行和子、エッセイストの関容子による「仲よし3人、気ままにおしゃべり」と銘打たれておりますが、これを「気まま」という言葉で片づけていいのか……。

 冨士と吉行といえば、芸能界でも有名な仲よしコンビ。関とも40年来の付き合いなのだそう。一応「元気に過ごすために、日々心がけていることは?」というテーマはあるものの、話が進むにつれて完全に脱線。台本の台詞を覚えるのが大変という話で、てっきり「こういう努力をしている」といった女優魂エピソードが出てくるのかと思いきや、「私なんか、受験生向けの記憶促進器具というのがある、と聞いて、慌てて買いに行ったの」(吉行)、「えーっ。そんなのあるの?」(冨士)、「そしたら、結局ウォークマンみたいなものなのよ。自分でしゃべったのを耳から聴いて覚えなさい、ってなわけなの」(吉行)、「なぁーんだ。つまんないの」(冨士)。

 料理をまったくしないことでおなじみの吉行を、「この人、キッチンを何百万もかけて改装して、汚すのがいやだから使わないの」と冨士がイジれば、吉行が「何百万じゃないわよ、何十万よ。面白く言わないでよ」と軽くキレる。その後も冨士の盛りグセはとどまるところを知らず、

「和子っぺが私の家に一度だけ来たことあるのね、そのときにこめかみから血を流してるから、私びっくりして、『どうしたの?』って聞いたら、鍼を200本くらい打ったらしいの」(冨士)

「それは、嘘だと思うけどね」(吉行)

「本当よ。頭のてっぺんとか、瞼の上とか、こめかみとか、もう鍼だらけになって(中略)両側のこめかみから血をタラーっとたらして、家に来たの」(冨士)

「その話は私、信じないな」(吉行)

 この鍼で流血の話は水掛け論が続き、最終的には「今日子ちゃん(故岸田今日子)が、もういないけど、いたら覚えてるわよ、その話。おかげで元気なの、この人」(冨士)と死者まで引っ張り出してくる始末。このやりとりで意外だったのは「和子っぺが私の家に一度だけ来た」というところ。40年来の付き合いで何でも話す仲なのに、その距離感はお互い守り合っているんだなぁと。これこそが長く友情関係を続ける秘訣なのかも。そしてこういう会話ができる相手がいるからこそ「元気で長く生きよう」と思えるのでしょうね。

 “アラ80女”のかしましい座談会のあとは、これまた80代俳優のインタビュー。「仲代達矢 演じ続ける。悪しきものへ抵抗するために」のインタビュアーは、奇しくも先ほどのページに登場していたエッセイストの関容子です。

 6月3日に封切りとなる映画『海辺のリア』の宣伝を兼ねていますが、仲代の生い立ちや無名塾立ち上げエピソードなどかなり盛りだくさん。幼少期に戦争を体験し「爆弾が毎日東京に落ちて、逃げ回っていた。戦争に対する反感の思いは強烈にあります。『鬼畜米英』なんて言っていたのが、8月15日を境に、大人たちが一挙に親米派になったもんですから。その頃から、私にはニヒリズムが備わったわけです」と本人が語るように、仲代の視点はどこか社会に対してケンカ腰。「40歳を過ぎたころ、新しい役者を育てたいと思って、『無名塾』を始めました。妻で女優の宮崎恭子が演出して、私が主演して、教え子たちが周りを固める。そうしたら新聞記者から『ファミリー劇場だ』と言われて、『それがなんでいけないんだ』と喧嘩しました。すると、しばらく批評を書いてくれなくなったりした」。

 こんな調子で熱く、力強く舞台の話をしていたと思えば、役者に必要なものは「運」と「血」であるというくだりで「私の父親が不倫の子という話もあります。祖母が若妻だった時分、『旅回りの團十郎』と言われたいい男の役者と逃げて、生まれたのが私の父だとか。確証はないんですけどね。(中略)また、母方の祖父がスパイで、中国人に扮していた、というのは確かなんです」と、夏休みに祖母宅に泊まりに行くと布団の中で「お前もねぇ、時代が時代だったらお姫様だったかもしれないんだよ~うちは藤原の家系だからね~」と繰り返し話すウチのばあちゃん並みのファンタジー。「旅回りの團十郎」「祖父がスパイ」も、布団の中で聞かされた匂いがプンプンします!

「これからやりたい芝居が、まだ30本ほど、とても全部は実現できないけれど、あれこれ考えるのが楽しくて。気力だけはあります。85歳で引退すると言っていましたが、84になった今も演じ足りない。だって、自分はまだ下手なんですよ」

 80代になっても「鍼打ってこめかみから血ぃ流しながらうちまで来た」「オマエはすぐ話を盛る」と言い争う友達関係、80代になってもまだまだ自分は下手、もっと演じたいという仕事への渇望……まったく趣向の異なる座談会/インタビューながら、長く元気に生きる人間に共通する、一周まわった“あっけらかん”を見せつけられた思いです。そしてその“あっけらかん”は、選ばれた人間にのみ与えられた妙技なのだということも。(西澤千央)

「婦人公論」の「体の不調」特集で暴れる、冨士眞奈美・吉行和子・仲代達矢ら“あっけらかん”としたアラ80

fujinkouoron170613

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)の特集は「不調のサインを見逃さない」。キャッチフレーズには「40代から70代の『体の節目』」とあります。「40代に入ると徹夜はできないし、深酒できないし、どんなに疲れていても熟睡できない……」と、この手の話題なら3時間はぶっ通しで話せるようになる、それが中高年たるものの矜持。冒頭のアンケート「私の体の“曲がり角”は?」にも、「私の不調」が生き生きとページに踊っています。そんな中、最も心を掴まれたのが「不調のどん底で考えていたこと」にあった、「年齢的なものだから仕方ない。それに、あんなにキレイな歌手だって尿もれパッドとかきっと使っているはず。そう思えば明るい気持ちになれる」(53歳主婦)という一文。どん底の人間を救う尿もれパッド……これはサラサーティのCMを務めたRIKACOの偉業を讃えるべきでは……。

<トピックス>

◎特集 不調のサインを見逃さない

◎冨士眞奈美×吉行和子 人生後半から大切なのは食事、運動、そしてときめきよね

◎仲代達矢 演じ続ける。悪しきものへ抵抗するために

■「和子っぺ」という愛称のほのぼの昭和感

 こちらの特集、40代以降の女性の体の変化と病気の関係を医学的見地から語るものや、がんと宣告された人のルポ、脳梗塞から生還した磯野貴理子のインタビューなど、ほとんどが「病気」や「体調」を真正面から捉えたものですが、座談会「人生後半から大切なのは食事、運動、そしてときめきよね」だけ毛色が違います。女優の冨士眞奈美、吉行和子、エッセイストの関容子による「仲よし3人、気ままにおしゃべり」と銘打たれておりますが、これを「気まま」という言葉で片づけていいのか……。

 冨士と吉行といえば、芸能界でも有名な仲よしコンビ。関とも40年来の付き合いなのだそう。一応「元気に過ごすために、日々心がけていることは?」というテーマはあるものの、話が進むにつれて完全に脱線。台本の台詞を覚えるのが大変という話で、てっきり「こういう努力をしている」といった女優魂エピソードが出てくるのかと思いきや、「私なんか、受験生向けの記憶促進器具というのがある、と聞いて、慌てて買いに行ったの」(吉行)、「えーっ。そんなのあるの?」(冨士)、「そしたら、結局ウォークマンみたいなものなのよ。自分でしゃべったのを耳から聴いて覚えなさい、ってなわけなの」(吉行)、「なぁーんだ。つまんないの」(冨士)。

 料理をまったくしないことでおなじみの吉行を、「この人、キッチンを何百万もかけて改装して、汚すのがいやだから使わないの」と冨士がイジれば、吉行が「何百万じゃないわよ、何十万よ。面白く言わないでよ」と軽くキレる。その後も冨士の盛りグセはとどまるところを知らず、

「和子っぺが私の家に一度だけ来たことあるのね、そのときにこめかみから血を流してるから、私びっくりして、『どうしたの?』って聞いたら、鍼を200本くらい打ったらしいの」(冨士)

「それは、嘘だと思うけどね」(吉行)

「本当よ。頭のてっぺんとか、瞼の上とか、こめかみとか、もう鍼だらけになって(中略)両側のこめかみから血をタラーっとたらして、家に来たの」(冨士)

「その話は私、信じないな」(吉行)

 この鍼で流血の話は水掛け論が続き、最終的には「今日子ちゃん(故岸田今日子)が、もういないけど、いたら覚えてるわよ、その話。おかげで元気なの、この人」(冨士)と死者まで引っ張り出してくる始末。このやりとりで意外だったのは「和子っぺが私の家に一度だけ来た」というところ。40年来の付き合いで何でも話す仲なのに、その距離感はお互い守り合っているんだなぁと。これこそが長く友情関係を続ける秘訣なのかも。そしてこういう会話ができる相手がいるからこそ「元気で長く生きよう」と思えるのでしょうね。

 “アラ80女”のかしましい座談会のあとは、これまた80代俳優のインタビュー。「仲代達矢 演じ続ける。悪しきものへ抵抗するために」のインタビュアーは、奇しくも先ほどのページに登場していたエッセイストの関容子です。

 6月3日に封切りとなる映画『海辺のリア』の宣伝を兼ねていますが、仲代の生い立ちや無名塾立ち上げエピソードなどかなり盛りだくさん。幼少期に戦争を体験し「爆弾が毎日東京に落ちて、逃げ回っていた。戦争に対する反感の思いは強烈にあります。『鬼畜米英』なんて言っていたのが、8月15日を境に、大人たちが一挙に親米派になったもんですから。その頃から、私にはニヒリズムが備わったわけです」と本人が語るように、仲代の視点はどこか社会に対してケンカ腰。「40歳を過ぎたころ、新しい役者を育てたいと思って、『無名塾』を始めました。妻で女優の宮崎恭子が演出して、私が主演して、教え子たちが周りを固める。そうしたら新聞記者から『ファミリー劇場だ』と言われて、『それがなんでいけないんだ』と喧嘩しました。すると、しばらく批評を書いてくれなくなったりした」。

 こんな調子で熱く、力強く舞台の話をしていたと思えば、役者に必要なものは「運」と「血」であるというくだりで「私の父親が不倫の子という話もあります。祖母が若妻だった時分、『旅回りの團十郎』と言われたいい男の役者と逃げて、生まれたのが私の父だとか。確証はないんですけどね。(中略)また、母方の祖父がスパイで、中国人に扮していた、というのは確かなんです」と、夏休みに祖母宅に泊まりに行くと布団の中で「お前もねぇ、時代が時代だったらお姫様だったかもしれないんだよ~うちは藤原の家系だからね~」と繰り返し話すウチのばあちゃん並みのファンタジー。「旅回りの團十郎」「祖父がスパイ」も、布団の中で聞かされた匂いがプンプンします!

「これからやりたい芝居が、まだ30本ほど、とても全部は実現できないけれど、あれこれ考えるのが楽しくて。気力だけはあります。85歳で引退すると言っていましたが、84になった今も演じ足りない。だって、自分はまだ下手なんですよ」

 80代になっても「鍼打ってこめかみから血ぃ流しながらうちまで来た」「オマエはすぐ話を盛る」と言い争う友達関係、80代になってもまだまだ自分は下手、もっと演じたいという仕事への渇望……まったく趣向の異なる座談会/インタビューながら、長く元気に生きる人間に共通する、一周まわった“あっけらかん”を見せつけられた思いです。そしてその“あっけらかん”は、選ばれた人間にのみ与えられた妙技なのだということも。(西澤千央)

IKKO、坂井より子、小池栄子……「婦人公論」の片づけ特集に集う「自分が絶対」の猛者たち

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)、特集は「スッキリが続く片づけ術」です。「婦人公論」といえば、“物も夫も姑もご近所もなにもかもを捨てたい”でおなじみですが、今回は「断捨離」の気配は薄め。冒頭では家事評論家で随筆家の吉沢久子氏と「暮らしの手帖」(暮しの手帖社)の前編集長・松浦弥太郎氏が対談していますが、「本当に自分に必要か、見極めて選ぶことが何より大事です」(吉沢)、「道具と友だちみたいな関係になるとほかのモノが欲しくなくなって」(松浦)など、生活の達人たる、高レベルのお話が繰り広げられております。道具と友だち……翼くんか!!

 整理整頓系の話は、気づけば精神論に傾くから危険。「愛着あるモノと暮らす。それなら部屋も散らかりません」というタイトルに、「がんばりすぎない、小さな習慣」というキャッチフレーズ。この真綿でじわじわと首を締め上げてくる感じ……これは常套手段! “くらしていねい族”の常套手段です!

<トピックス>

◎特集 スッキリが続く片づけ術

◎IKKO「女に生まれなかった私は 部屋も自分も キレイを保ちたい」 

◎シャーロット・ケイト・フォックス「日本で迎えた最大の試練、今はただ前を向いて」

■モノってそんなに簡単に買っちゃいけないんだっけ?

 今回の特集は片づけの実用的なページが半分、ていねい族のじわじわインタビューが半分といったところでしょうか。タイトルだけでモソモソしちゃう、IKKOの「女に生まれなかった私は 部屋も自分も キレイを保ちたい」と、料理研究家・坂井より子氏の「葉山で三世代同居をする料理家の毎日は」は、IKKOのきらびやかなリビングと、すっきりシンプル系の酒井氏の自宅は真逆なようでその実根は同じだとわかる、非常に興味深いインタビューとなっています。

 「女に生まれたいと思いながら、そう生まれなかった。だから本当の女性以上に努力しないと、女性に近づけない。油断すると、男が出てくる瞬間があるのです。それをまぬがれるには、自分自身が美しくあろうとするのはもちろん、身の回りの環境もつねに美しく整えておくことが何よりも大切なの」というのがIKKO哲学。「ストーリーを感じる」絵画やアンティーク家具や調度品を取りそろえ、玄関には「季節の花を華道家の先生に生けていただいております」とのこと。「新しく何かを取り入れるときは、10年、20年先まで愛せるか、私が作り上げてきた世界に合うかどうかを基準にして選んでいます」と、今時名家の嫁選びに勤しむ姑でも言わないような厳しいコメント。

 一方の坂井氏は、「ご覧の通り、家の中は古いものばかりでしょ。私、なかなかものを買いません。『買う』ということは『好きなものを買う』ということですから(中略)そのかわり、これぞというものに出合ったら、たとえ高価でも、夫にも相談せずに買ってしまう(笑)。居間の箪笥も25年前に出合ってしまったものです」と、出だしから真綿で首……どころか鈍器のようなもので後頭部を殴られたような衝撃。「家の中も、家事も、日々の暮らしも、いかに自分が気持ちよくいられるかを考えてリズムを作っていくと、おのずと自分や家族にとって居心地のいい形になっていくのではないでしょうか」と語ります。

 「美しさ」を求めてもがき、がんばった証しとしての「家」を作り上げたIKKO。そんな世俗的な「欲」を手放し、山と海に囲まれた環境でシンプルな暮らしを続ける酒井氏。しかし両者共通してあるのは自らの審美眼への絶対的な自信。出し方としてはIKKOのほうがだいぶ素直ですがね。スッキリ片づけ術への道は、なかなか小手先ではうまくいかなそうです。

 さて、続きましては人生をスッキリ片づけた方と、あえて片づけない方、2人の女優の登場。今号の表紙を飾ってる小池栄子の「夫婦の関係が変わってきた」と、朝ドラ『マッサン』(NHK総合)でおなじみ、シャーロット・ケイト・フォックスの「日本で迎えた最大の試練、今はただ前を向いて」です。離婚危機を何度もささやかれながら、それでも別れない小池と、アメリカで働く夫と昨年離婚が成立したシャーロット。どちらも「婦人公論」が大好きな、夫婦の話題が中心となったインタビューです。

 縁もゆかりもなかった日本で、朝ドラヒロインを射止めたシャーロット。「来日以来、高くそびえる壁をよじ登るような試練の連続でした。言い換えれば、それはたくさんの新しい挑戦をし、さまざまな経験を積むことができたということ」。言葉、生活習慣、さまざまな高い壁の中でも「至るまでの葛藤も苦しかったし、離婚後のダメージも大きく、本当に心が壊れてしまいそうでした」と、離婚は相当精神的に重かったそう。

「私にとって離婚は、一種の『死』のようなもの。誰よりも大切に思っていた人を失うのですから、その悲しみと苦しみはたとえようもありませんでした」

「当時の私はまさに、スティグマを背負った気がしました。みんなから『離婚するなんてシャーロットが悪い』『シャーロットはダメな人間だ』と思われているのでは、という強迫観念に襲われてしまった」

 完全な偏見ですが、アメリカの方々はもっとドライに結婚や離婚を捉えているイメージがあったので、少しビックリ。「離婚」の感覚一つをとっても、もしかしたら彼女は日本とウマが合っていたのかもしれません。

 さて、一方の小池。昨年の大みそかに「RIZIN」(総合格闘技トーナメント)で引退した夫の坂田亘。冒頭でその経緯について、「RIZINを統括なさっている高田延彦さんとお会いした際、『坂田にケジメをつけさせてください』とお願いしました」「リング上で晒されるのは彼が人として試されるということだと思ったし、何かを引きずった状態のまま、中途半端に生きてもらいたくはなかった」「案の定、ボコボコにされ、流血試合に。かわいそうというよりは『一発一発の重みを受け取って』という思いのほうが強かったですね」と、もはや格闘家の妻というよりは極妻。覚悟しぃや……。

 夫に「ケジメ」つけさせたことで夫婦の関係も変わってきたようで、「数年前『婦人公論』に出させていただいたときは、『昭和タイプの男の人なので』とお話しし、どちらかというと私が尽くすほうでしたが、ちょっと逆になりつつあるというか(笑)」。

 ていねい族が片づけ術で「買うって、好きなものを買うということ」と我々を締め上げるように、ふがいない夫に「別れない」という最大で最強の絞め技をカマしている小池。どちらにせよ、「私が絶対」という強い確信、強い自信をもった人間だけが出せる一撃必殺の術です。

(西澤千央)

IKKO、坂井より子、小池栄子……「婦人公論」の片づけ特集に集う「自分が絶対」の猛者たち

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)、特集は「スッキリが続く片づけ術」です。「婦人公論」といえば、“物も夫も姑もご近所もなにもかもを捨てたい”でおなじみですが、今回は「断捨離」の気配は薄め。冒頭では家事評論家で随筆家の吉沢久子氏と「暮らしの手帖」(暮しの手帖社)の前編集長・松浦弥太郎氏が対談していますが、「本当に自分に必要か、見極めて選ぶことが何より大事です」(吉沢)、「道具と友だちみたいな関係になるとほかのモノが欲しくなくなって」(松浦)など、生活の達人たる、高レベルのお話が繰り広げられております。道具と友だち……翼くんか!!

 整理整頓系の話は、気づけば精神論に傾くから危険。「愛着あるモノと暮らす。それなら部屋も散らかりません」というタイトルに、「がんばりすぎない、小さな習慣」というキャッチフレーズ。この真綿でじわじわと首を締め上げてくる感じ……これは常套手段! “くらしていねい族”の常套手段です!

<トピックス>

◎特集 スッキリが続く片づけ術

◎IKKO「女に生まれなかった私は 部屋も自分も キレイを保ちたい」 

◎シャーロット・ケイト・フォックス「日本で迎えた最大の試練、今はただ前を向いて」

■モノってそんなに簡単に買っちゃいけないんだっけ?

 今回の特集は片づけの実用的なページが半分、ていねい族のじわじわインタビューが半分といったところでしょうか。タイトルだけでモソモソしちゃう、IKKOの「女に生まれなかった私は 部屋も自分も キレイを保ちたい」と、料理研究家・坂井より子氏の「葉山で三世代同居をする料理家の毎日は」は、IKKOのきらびやかなリビングと、すっきりシンプル系の酒井氏の自宅は真逆なようでその実根は同じだとわかる、非常に興味深いインタビューとなっています。

 「女に生まれたいと思いながら、そう生まれなかった。だから本当の女性以上に努力しないと、女性に近づけない。油断すると、男が出てくる瞬間があるのです。それをまぬがれるには、自分自身が美しくあろうとするのはもちろん、身の回りの環境もつねに美しく整えておくことが何よりも大切なの」というのがIKKO哲学。「ストーリーを感じる」絵画やアンティーク家具や調度品を取りそろえ、玄関には「季節の花を華道家の先生に生けていただいております」とのこと。「新しく何かを取り入れるときは、10年、20年先まで愛せるか、私が作り上げてきた世界に合うかどうかを基準にして選んでいます」と、今時名家の嫁選びに勤しむ姑でも言わないような厳しいコメント。

 一方の坂井氏は、「ご覧の通り、家の中は古いものばかりでしょ。私、なかなかものを買いません。『買う』ということは『好きなものを買う』ということですから(中略)そのかわり、これぞというものに出合ったら、たとえ高価でも、夫にも相談せずに買ってしまう(笑)。居間の箪笥も25年前に出合ってしまったものです」と、出だしから真綿で首……どころか鈍器のようなもので後頭部を殴られたような衝撃。「家の中も、家事も、日々の暮らしも、いかに自分が気持ちよくいられるかを考えてリズムを作っていくと、おのずと自分や家族にとって居心地のいい形になっていくのではないでしょうか」と語ります。

 「美しさ」を求めてもがき、がんばった証しとしての「家」を作り上げたIKKO。そんな世俗的な「欲」を手放し、山と海に囲まれた環境でシンプルな暮らしを続ける酒井氏。しかし両者共通してあるのは自らの審美眼への絶対的な自信。出し方としてはIKKOのほうがだいぶ素直ですがね。スッキリ片づけ術への道は、なかなか小手先ではうまくいかなそうです。

 さて、続きましては人生をスッキリ片づけた方と、あえて片づけない方、2人の女優の登場。今号の表紙を飾ってる小池栄子の「夫婦の関係が変わってきた」と、朝ドラ『マッサン』(NHK総合)でおなじみ、シャーロット・ケイト・フォックスの「日本で迎えた最大の試練、今はただ前を向いて」です。離婚危機を何度もささやかれながら、それでも別れない小池と、アメリカで働く夫と昨年離婚が成立したシャーロット。どちらも「婦人公論」が大好きな、夫婦の話題が中心となったインタビューです。

 縁もゆかりもなかった日本で、朝ドラヒロインを射止めたシャーロット。「来日以来、高くそびえる壁をよじ登るような試練の連続でした。言い換えれば、それはたくさんの新しい挑戦をし、さまざまな経験を積むことができたということ」。言葉、生活習慣、さまざまな高い壁の中でも「至るまでの葛藤も苦しかったし、離婚後のダメージも大きく、本当に心が壊れてしまいそうでした」と、離婚は相当精神的に重かったそう。

「私にとって離婚は、一種の『死』のようなもの。誰よりも大切に思っていた人を失うのですから、その悲しみと苦しみはたとえようもありませんでした」

「当時の私はまさに、スティグマを背負った気がしました。みんなから『離婚するなんてシャーロットが悪い』『シャーロットはダメな人間だ』と思われているのでは、という強迫観念に襲われてしまった」

 完全な偏見ですが、アメリカの方々はもっとドライに結婚や離婚を捉えているイメージがあったので、少しビックリ。「離婚」の感覚一つをとっても、もしかしたら彼女は日本とウマが合っていたのかもしれません。

 さて、一方の小池。昨年の大みそかに「RIZIN」(総合格闘技トーナメント)で引退した夫の坂田亘。冒頭でその経緯について、「RIZINを統括なさっている高田延彦さんとお会いした際、『坂田にケジメをつけさせてください』とお願いしました」「リング上で晒されるのは彼が人として試されるということだと思ったし、何かを引きずった状態のまま、中途半端に生きてもらいたくはなかった」「案の定、ボコボコにされ、流血試合に。かわいそうというよりは『一発一発の重みを受け取って』という思いのほうが強かったですね」と、もはや格闘家の妻というよりは極妻。覚悟しぃや……。

 夫に「ケジメ」つけさせたことで夫婦の関係も変わってきたようで、「数年前『婦人公論』に出させていただいたときは、『昭和タイプの男の人なので』とお話しし、どちらかというと私が尽くすほうでしたが、ちょっと逆になりつつあるというか(笑)」。

 ていねい族が片づけ術で「買うって、好きなものを買うということ」と我々を締め上げるように、ふがいない夫に「別れない」という最大で最強の絞め技をカマしている小池。どちらにせよ、「私が絶対」という強い確信、強い自信をもった人間だけが出せる一撃必殺の術です。

(西澤千央)

「婦人公論」で始まった鈴木保奈美のエッセー、80年代引きずりまくりの文体の時代錯誤感

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)、表紙は木村拓哉です。口の左端を微妙に上げた不敵スマイルで、キムタク健在をアピール。インタビューは主に映画『無限の住人』の宣伝ですが、「昨年の1月は身辺にいろいろあった時期だったので、目の前にこの作品があったことで、個人的にすごく助けられました。(中略)この時期、起きた出来事に対して、自分が口を開くべきなのかどうか、言葉を発したら、気持ちはちゃんと届くのか。いろいろな思いが心の中にありました。そういう抱え込んだものを、撮影を通して放出できたんです」と、誰もが聞きたい解散ネタを作品への意気込みにスルっと変換。まぁ商売上手。

 ひとつ気になったのはインタビュー後半の「映画なら映画、ドラマならドラマ、何かひとつの仕事にフォーカスを合わせ続けられるようになったことは、すごく新鮮ですね。前は、5チャンネルくらいありましたから」。たまたま出てきたのかもしれない5チャンネルの「5」という数字が頭の中をグルグルしてしまうのですよ。

<トピック>

◎木村拓哉 無駄も、試行錯誤も
◎藤原紀香「結婚生活も仕事も、新たな世界を知る喜びに溢れて」
◎新連載 鈴木保奈美「獅子座、A型、丙牛。」

■インタビューの自作自演まで疑わせる女こそ紀香

 今号の特集は「明日が充実する生き方のヒント」。前号が「かっこよく年を重ねたい」でしたから、ここ何号か現実問題や実用性を排除したざっくり漠然特集が続いています。こういった特集は、なかなかキモが掴みにくい一方で、タレントたちがざっくり漠然としたことをうっとり語るインタビューの宝庫でもあります。

 というわけで、本特集の必読は「藤原紀香 結婚生活も仕事も、新たな世界を知る喜びに溢れて」です。キャッチコピーは「片岡愛之助さんとの出会いに感謝を」。紀香のこれでもかという幸せアピールがモノクロページから匂い立っています。

 世間では「梨園の妻アピールがウザイ」「自分ばかり目立ち過ぎ」など悪評も多い紀香ですが、実際はそんなことはないようですよ。「『この世界に身を置かなかったら、私は知っているようで知らないことを、人生で勉強しないままだったのかもしれない』と思うことが日々あるのです」「周りの方もよく言ってくださいますが、彼は人間的に素晴らしい人です。友人の頃から見ていても、スタッフさんや周りの方々の立場に立ってものを考える人で、弱者にとても優しい」。ほら、謙虚! 旦那ファースト!

 「結婚してからというもの、睡眠はなかなか取りにくくなりました。これまでの自分の生活プラス、パートナーである主人のサポートをするようになり、やることが2倍ですから」と、ほぼ寝ずに夫の世話をしていると語る紀香。夫の健康に気を配り「ご飯は釜で炊いて和食を作る」「栄養士の友人や実家の母などから、ヘルシー料理を教えてもらったり」、また「私がいると冷蔵庫すら開けません」という夫のために「彼の座るテーブルのすぐ見えるところに常温のお水をいつも置いています」「手の届く範囲に、必要なものを全部置いてあるのです。必需品用の整理箱をオーダーして作りました」と、なにからなにまでメーターが振り切れる女、紀香。

 しかし面白いのはここからで「え? ずぼら? そうは思いません。だって、楽屋で歌舞伎役者の仕事の内容や、大変さを見ているでしょう。(中略)家でぐらいはのんびりと根を生やしてもらえれば、と」。おそらくインタビュアーは、「ずぼらですね~」とは言ってないと思います。紀香の脳内ストーリーテラーがそう言ってるのでしょう。「私は本来、三枚目な性格で、周りの友人たちは、テレビのイメージとは全然違うよね、といつも笑っていますね」「デビューしてからずっと、そのギャップの中で生きてきた感じがします」と話す紀香ですが、声を大にして言いたい。もう大抵の人はわかってる。たぶんギャップがあると思っているのは……ご本人だけっす。

■声に出して読みたい鈴木保奈美文体

 今号から新しい連載がいくつかスタートしました。女優・鈴木保奈美の「獅子座、A型、丙牛。」、前号で桃井かおりとカッコイイ女対談したキャスティングディレクター・奈良橋陽子の「ビューティフル・ネーム」、そして清水ミチコがゲストを招く鼎談スタイルの「清水ミチコの三人寄れば無礼講」の3本。

 鈴木が今年51歳、清水57歳。本格的にバブル世代が「婦人公論」に食い込んでいるということなのでしょう。トレンディの波にもまれてきた世代が、老後や年金不安、自立しない子どもに頭を悩ませ始めているのか……と感慨深いものがあります。しかしそんな感慨を一気に吹き飛ばしてくれたのが、鈴木の一人語りエッセー。女優のエッセーなんて……と高を括らず、ぜひぜひお読みいただきたい逸品です。

 初回のタイトルは「奇跡のギャップ萌え」。サンローランのタキシードスーツに12センチのヒール、髪をくしゃくしゃにセットし「クールでアンニュイないい女」として、とある映画の舞台挨拶へ臨んだときのこと。休憩中に「3年前の誕生日に娘が買ってくれたピンクのハート柄の水筒」で白湯を飲んでいたら、30歳くらいのイケメン俳優に「ギャップ萌えっす!」と言われたという、他愛もないお話でございます。しかし鈴木の80年代を引きずりまくった文体が、他愛もないお話に最高のスパイスを加えているのです。

「そんなことおくびにも出しませぬ。アンニュイな大人ですからね」

「どうやら彼は私のイデタチから、ワイルドで男前な孤高のアーティスト、みたいな人物像を想像しているのではあるまいか」

「はて、ギャップモエ? モエって?」

「いえね、あたくし普段お仕事用にはシンプルなシルバーのボトルを携帯しているのですよ」

「若者よ、君のひと言でお姉さんのホルモン値は確実に刺激されたよ」

 この不必要なまでのカタカナ表記、誰に語りかけているのかよくわからない口語体、これぞ80年代カルチャー、いや“軽チャー”。まさか鈴木のコラムから、あの時代の無責任感を追体験する日がくるとは。清水の鼎談の初回ゲストとして登場するYOUの「ぶっちゃけた私」なんて、鈴木のトレンディ力に比べたら風前の灯ですわ。

 長く続く雑誌は、上手に世代交代ができているもの。老後や終活話はまだまだ現実味がない世代を少しずつこちらの世界に引き込む、謎のカタカナが散りばめられた鈴木保奈美の連載がバブル世代の撒き餌のように思えてくるのです。

(西澤千央)

桃井かおりのカッコイイ女芸と松岡修造のタレント根性でおなかいっぱいになる、「婦人公論」の加齢特集

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)の特集は、「かっこよく年を重ねたい」です。久しぶりにやってきた、全編ギャグ&コントのようなインタビューや対談が並ぶ、超お気楽特集。まずは表紙の真矢ミキ。元宝塚トップスターというより、「“あきらめないで”の人」の方が伝わりやすい真矢ですが、インタビュー「人には無限の色がある。ひとつじゃないから面白い」でも、そのサバっとしてポジっとしたパブリックイメージをいかんなく発揮しております。

 「目指したいのは、質のいいニットみたいな人。着ている自分も楽で気持ちいいけれど、まわりの人もほっとするといった感じでしょうか」。なぜ女優という生き物は、なにかをニットとかカシミアとかワインとかにたとえたがるの……。萬田久子の罪は重い。

<トピックス>

◎特集 かっこよく年を重ねたい

◎奈良橋陽子×桃井かおり「経験が支えてくれるから勇気出していい年頃なのよ」

◎松岡修造「『かっこよさ』とは一所懸命から生まれる輝きのこと」

■本当に相槌で「オーマイゴッド」って言ってます

 そんな特集ですので、今号は介護も年金もニートな子どももイヤなご近所も捨てたい夫のことも全て忘れて、サバっとポジっと「年を取るって、素晴らしくない?」と鏡の中の自分に微笑みかけるような気持ちで読みましょう。

 必読はこちら、キャスティングディレクター・奈良橋陽子×女優・桃井かおり「経験が支えてくれるから勇気出していい年頃なのよ」。リードには「54歳でアメリカへ移住、仕事の拠点も移した桃井かおりさん。そのきっかけとなる仕事で、彼女を後押ししたのが奈良橋陽子さんだった。以来、仕事を超えた付き合いだという二人の、“かっこよさ”の基準とは何でしょうか」とあります。60を過ぎても現役バリバリ、海外を拠点に活動する“THEかっこいい女”がお互いを褒めながら、時に軽くディスって仲の良さを匂わせながら、女の生き方を語ります。

 この対談、ものすごくざっくり言うと「LAって最高」「映画も生き方もナチュラルが最高」「この年になってそれ実現している私たちって最高」。2月28日号で、THEかっこいい女界の西の正横綱・夏木マリが「自分の肩書きは『プレイヤー』だと考えています。遊ぶ人です! これからも本気で遊びたいと思います」と高らかに宣言していて無言になりましたが、今号はTHEかっこいいが互いを煽り合っているので、アーティスト的“うっとり”が天井知らず。

 桃井「結婚もして、この辺で静かに遊んで老後ってやつを迎えればいいと思ったりもする。やってみた~いって。でも、まだまだ仕事もやれそう(笑)。映画を撮ったり、文章を書いたり、絵を描いたりしている最中に、『創造の神』が降りて来なくなったらおしまいじゃない?」

 奈良橋「この年になってもバンバン変化球が飛んでくるというか、たいへんな目に遭うのはいいことですよ。年を重ねると、安全や居心地の良さを好みたくなるけど、変化球を好んだほうがいいと思う」

 大半の読者が受け入れるしかない「老後ってやつ」を、「やってみた~い」と言いながら、“だけど創造の神降りてきちゃうから無理~”とアーティストの宿命を説く。加齢とは衰えばかりではないという企画趣旨でしょうが、加齢で自我はますます濃度を上げていくということはよくわかりました。

 さて、続いては今日本の芸能界で最もセルフプロデュースが成功しているであろう2人の男性。偶然にも同特集内にインタビューが並んでいるので、その人気の秘訣を探ってみたいと思います。

 1人は読者モデル・タレントのりゅうちぇる。「好きな服を着続けてかわいいおばあちゃんとおじいちゃんになろうね」で、妻でブランドプロデューサーのぺこと新婚対談しています。もう1人は元プロテニスプレイヤーの松岡修造。インタビュー記事のタイトルは「『かっこよさ』とは一所懸命から生まれる輝きのこと」。2人のインタビューに共通しているのは、隙のなさ。タレントとしては亜流扱いされがちな2人ですが、骨の髄までTHEタレントですよ。

 隙のなさその1は「弱さ」。ハッピーでポジティブなイメージの裏にある苦労や悩みをさらけ出し、読者に「あの人にもそんな部分が……」と思わせる巧さです。りゅうちぇるは「僕は中学まで、自分の見られ方をすごく気にしてたの。しゃべり方がなんか女の子っぽいし、お茶を飲むときに小指立っちゃうし(笑)。だから“ちぇるちぇるランド”の幼稚園や小学校では、からかわれたこともあったの」。中学時代は「普通の男の子っぽく演技して」乗り切っていたようですが、「毎日がものすごくつまらなかったな。自分が好きじゃなかったし」。一方の松岡は「実際の僕はといえば、弱く、消極的な人間です。著書やホームページを通し、悩める子どもたちにアドバイスをしたり、みなさんを励ますメッセージを送ったりしていますが、それらは、僕自身が必要としていたもの」。松岡修造日めくりカレンダーは、彼自身が必要としていたものだったんですね……。

 隙のなさその2は「気遣い」。りゅうちぇるはとにかくぺこを褒めちぎる。最近ダイエットに成功したぺこについて、「あの頃ぺこりんは、急にお仕事が増えたストレスで太っちゃったんだよね。僕をみんなに知ってもらうためにって言ってくれて、ふたりでたくさんお仕事してたから」「ぺこりんが太っていくとき、どんどん外国人みたいになっていってかわいい! と思ってたよ」「ぺこりんは痩せてもかわいい」と、太った理由・過程・ダイエット後まであらゆる方面を完全防備。アンチ虫一匹侵入させまじ。

 松岡の「気遣い」はこれにつきます。若い頃は洋服が好きで、イタリアのものなどをよく買っていたと語りつつ、「今、わが家の洋服ダンスには、僕がイメージキャラクターをしているメーカー2社のものしかありません。(中略)今やそれを着ているのが『自分そのもの』と言えるくらい、両社の服は僕にピタッとなじんでいる」。スポンサーが泣いて喜ぶフレーズを自然と挟み込んでサービスエース。芸能界で生き残るって、大変……。

 「自分らしく生きる」「好きなことをする」、それが「かっこよく年を重ねること」という今号の「婦人公論」。しかし芸能界で「自分らしく生きる」こととは、その本来の意味からは大きく離れ、重大なイメージ管理を課せられるものなのだと、桃井、りゅうちぇる、修造というキャラ芸人たちから学んだ次第です。

(西澤千央)

桃井かおりのカッコイイ女芸と松岡修造のタレント根性でおなかいっぱいになる、「婦人公論」の加齢特集

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)の特集は、「かっこよく年を重ねたい」です。久しぶりにやってきた、全編ギャグ&コントのようなインタビューや対談が並ぶ、超お気楽特集。まずは表紙の真矢ミキ。元宝塚トップスターというより、「“あきらめないで”の人」の方が伝わりやすい真矢ですが、インタビュー「人には無限の色がある。ひとつじゃないから面白い」でも、そのサバっとしてポジっとしたパブリックイメージをいかんなく発揮しております。

 「目指したいのは、質のいいニットみたいな人。着ている自分も楽で気持ちいいけれど、まわりの人もほっとするといった感じでしょうか」。なぜ女優という生き物は、なにかをニットとかカシミアとかワインとかにたとえたがるの……。萬田久子の罪は重い。

<トピックス>

◎特集 かっこよく年を重ねたい

◎奈良橋陽子×桃井かおり「経験が支えてくれるから勇気出していい年頃なのよ」

◎松岡修造「『かっこよさ』とは一所懸命から生まれる輝きのこと」

■本当に相槌で「オーマイゴッド」って言ってます

 そんな特集ですので、今号は介護も年金もニートな子どももイヤなご近所も捨てたい夫のことも全て忘れて、サバっとポジっと「年を取るって、素晴らしくない?」と鏡の中の自分に微笑みかけるような気持ちで読みましょう。

 必読はこちら、キャスティングディレクター・奈良橋陽子×女優・桃井かおり「経験が支えてくれるから勇気出していい年頃なのよ」。リードには「54歳でアメリカへ移住、仕事の拠点も移した桃井かおりさん。そのきっかけとなる仕事で、彼女を後押ししたのが奈良橋陽子さんだった。以来、仕事を超えた付き合いだという二人の、“かっこよさ”の基準とは何でしょうか」とあります。60を過ぎても現役バリバリ、海外を拠点に活動する“THEかっこいい女”がお互いを褒めながら、時に軽くディスって仲の良さを匂わせながら、女の生き方を語ります。

 この対談、ものすごくざっくり言うと「LAって最高」「映画も生き方もナチュラルが最高」「この年になってそれ実現している私たちって最高」。2月28日号で、THEかっこいい女界の西の正横綱・夏木マリが「自分の肩書きは『プレイヤー』だと考えています。遊ぶ人です! これからも本気で遊びたいと思います」と高らかに宣言していて無言になりましたが、今号はTHEかっこいいが互いを煽り合っているので、アーティスト的“うっとり”が天井知らず。

 桃井「結婚もして、この辺で静かに遊んで老後ってやつを迎えればいいと思ったりもする。やってみた~いって。でも、まだまだ仕事もやれそう(笑)。映画を撮ったり、文章を書いたり、絵を描いたりしている最中に、『創造の神』が降りて来なくなったらおしまいじゃない?」

 奈良橋「この年になってもバンバン変化球が飛んでくるというか、たいへんな目に遭うのはいいことですよ。年を重ねると、安全や居心地の良さを好みたくなるけど、変化球を好んだほうがいいと思う」

 大半の読者が受け入れるしかない「老後ってやつ」を、「やってみた~い」と言いながら、“だけど創造の神降りてきちゃうから無理~”とアーティストの宿命を説く。加齢とは衰えばかりではないという企画趣旨でしょうが、加齢で自我はますます濃度を上げていくということはよくわかりました。

 さて、続いては今日本の芸能界で最もセルフプロデュースが成功しているであろう2人の男性。偶然にも同特集内にインタビューが並んでいるので、その人気の秘訣を探ってみたいと思います。

 1人は読者モデル・タレントのりゅうちぇる。「好きな服を着続けてかわいいおばあちゃんとおじいちゃんになろうね」で、妻でブランドプロデューサーのぺこと新婚対談しています。もう1人は元プロテニスプレイヤーの松岡修造。インタビュー記事のタイトルは「『かっこよさ』とは一所懸命から生まれる輝きのこと」。2人のインタビューに共通しているのは、隙のなさ。タレントとしては亜流扱いされがちな2人ですが、骨の髄までTHEタレントですよ。

 隙のなさその1は「弱さ」。ハッピーでポジティブなイメージの裏にある苦労や悩みをさらけ出し、読者に「あの人にもそんな部分が……」と思わせる巧さです。りゅうちぇるは「僕は中学まで、自分の見られ方をすごく気にしてたの。しゃべり方がなんか女の子っぽいし、お茶を飲むときに小指立っちゃうし(笑)。だから“ちぇるちぇるランド”の幼稚園や小学校では、からかわれたこともあったの」。中学時代は「普通の男の子っぽく演技して」乗り切っていたようですが、「毎日がものすごくつまらなかったな。自分が好きじゃなかったし」。一方の松岡は「実際の僕はといえば、弱く、消極的な人間です。著書やホームページを通し、悩める子どもたちにアドバイスをしたり、みなさんを励ますメッセージを送ったりしていますが、それらは、僕自身が必要としていたもの」。松岡修造日めくりカレンダーは、彼自身が必要としていたものだったんですね……。

 隙のなさその2は「気遣い」。りゅうちぇるはとにかくぺこを褒めちぎる。最近ダイエットに成功したぺこについて、「あの頃ぺこりんは、急にお仕事が増えたストレスで太っちゃったんだよね。僕をみんなに知ってもらうためにって言ってくれて、ふたりでたくさんお仕事してたから」「ぺこりんが太っていくとき、どんどん外国人みたいになっていってかわいい! と思ってたよ」「ぺこりんは痩せてもかわいい」と、太った理由・過程・ダイエット後まであらゆる方面を完全防備。アンチ虫一匹侵入させまじ。

 松岡の「気遣い」はこれにつきます。若い頃は洋服が好きで、イタリアのものなどをよく買っていたと語りつつ、「今、わが家の洋服ダンスには、僕がイメージキャラクターをしているメーカー2社のものしかありません。(中略)今やそれを着ているのが『自分そのもの』と言えるくらい、両社の服は僕にピタッとなじんでいる」。スポンサーが泣いて喜ぶフレーズを自然と挟み込んでサービスエース。芸能界で生き残るって、大変……。

 「自分らしく生きる」「好きなことをする」、それが「かっこよく年を重ねること」という今号の「婦人公論」。しかし芸能界で「自分らしく生きる」こととは、その本来の意味からは大きく離れ、重大なイメージ管理を課せられるものなのだと、桃井、りゅうちぇる、修造というキャラ芸人たちから学んだ次第です。

(西澤千央)

「介護」で母親との関係を清算し、復讐を果たそうとする娘たち……「婦人公論」の介護特集

 今号の「婦人公論」(中央公論新社)、特集の前に「小保方晴子日記 第五回」からレビューを始めたいと思います。作家・瀬戸内寂聴との“伝説的自分語り対談”から、同誌で日記形式の連載を始めた小保方氏。今回は特別編として、かねて小保方氏が提出していた「STAP細胞報道に対するBPO(放送倫理・番組向上機構)への申し立て」の審理結果とともに、その前後数日間の日記を公開。マスコミのバッシングや世間からの心ない中傷で、心身ともに不調をきたした様子を淡々とつづるのがこの日記の肝。

 あまりの悲劇のヒロイン風情に読者が胸やけを起こさないよう、季節や食べ物の描写を入れ、かえって切なさが強調される完璧な構成に毎度「ドえらい女やで……」とため息が漏れます。ちなみに今回の私的ため息ポイントはこちら。BPOが「人権侵害」の認定を発表した翌日、疲れから「強い眠気に襲われて、沈み込むように眠った。時々目が覚めて、この眠りから覚めたら、もしかして、と思ってまた眠った」。語らずに語る。この連載で小保方氏は新たな自分語りの技術を手に入れたようです。

<トピックス>

◎小保方晴子日記 第五回
◎特集 私の暮らしを守る介護
◎内村周子×杉山芙沙子「世界一を育てるためには『待つ』ことが大切です」

■まったく感じられない、太田光の存在……

 今号の特集は「私の暮らしを守る介護」。誰かの面倒を見るという点では「育児」と同じ「介護」。しかし「できない」から「できる」に移行し少しずつ手が離れていく育児に対して、緩やかに(時に急激に)「できない」ことが増えていく介護は、先の見えない不安や焦りとの戦い。老い、年金、人間関係など「先の見えない不安」が大好物の「婦人公論」にとって、「介護」も読者との共有財産といえます。

 特集冒頭に登場するのは、爆笑問題・太田光の妻にして、芸能事務所タイタンの社長、太田光代。インタビュー「実母と姑を同時に看ることに。その時、私が下した決断は」では、一人っ子同士の結婚ゆえの、双方の親ダブル介護の現実について語っています。義父を看取り、続いて義母が骨折……家に引き取りたいけど「実は、その時すでに我が家には私の実母が住んでいたのです」。現実味を増すダブル介護。そこに待ったをかけたのは意外にも「仲が良くて大好きな姑」への思いだったと言います。

 10代で家を出て自活するほど実母と折り合いが悪かったという光代氏。「人にやってもらって当然」という実母の性格から、2人の老女が同居となると「自分は何もせずに、お義母さんを頼って依存する。そんな光景が容易に目に浮かびます」。結局、義母は環境のいい施設へ入り、体調も回復。人生の最期を趣味に使い、3年後に他界。ちなみに実母は健在で「いい歳をして、いまだに母子ケンカをすることも。だから正直、一緒に暮らすのはしんどいです」。

 関係が良好な義母は施設へ。一方仲の良くない実母は自宅へ。そこには他人の預かり知らぬ事情があるのでしょう。子どもが抱えざるを得ない大きな荷物――捨てきれない血縁関係とでも申しましょうか、その深刻さを感じて少し怖くなったのも事実。血縁関係のない義母に対しては「どのような最期が最も本人にとって心地よいか」を俯瞰で見られるのに、実母には「母も施設で暮らしたほうが幸せかな、と感じるときもあり」ながら、その一歩が踏み出せない。それは若いうちに家を出てしまった贖罪なのか、自分の助けなしには生きていけない母親への復讐なのか。一口に介護といっても、そこには平均化できないたくさんの「ノイズ」があるように思います。

■「反抗期」ではなく「過渡期」

 そんなことを考えたのは、こちらの読者体験手記「私は介護をしません!」を読んだからかも。「幼い頃、弟ばかりを可愛がった母とは深い溝が。今さらのご機嫌うかがいに対して、復讐心に燃えた私が取った行動は」は、タイトルそのまま。かわいがっていたはずの弟との同居に疲弊し、急に自分を頼ってくるようになった母親の「面倒をみてほしい」という思いを、あえてスルーする娘。「自分の性格では、老人ホームに入ったとたん他の入居者から嫌われる者になることを、母は知っている。その姿を見るのが楽しみなのだ」「単に親孝行を望むのではなく、親孝行をしてもらえるような人間になるのが大切なのではないだろうか」と、厳しい物言いで母親を断罪します。これもまた介護の現実。

 それまでの親子関係の歴史をすべてなかったことにして「子どもだから親を看るのが当たり前」とするのは、あまりにも酷な話です。そう考えると「育児」から介護は始まっているのかも……。読者体験手記に出てきた母親ははたして「弟ばかり可愛がっていた」自覚はあったのか、娘にそんなふうに思わせてしまった原因はなんなのか。

 続いては、内村周子と杉山芙沙子の対談「世界一を育てるためには『待つ』ことが大切です」。え? 誰? とお思いの貴方、体操の内村航平とテニスの杉山愛の母親たち……と言った方がわかりやすいですよね。子どもを世界的スポーツ選手に育てた2人の母が「世界一を育てる思考と行動」をテーマに語り合っています。

 「子どもは人生の中で優先順位1番。もう愛して愛して、子どもがしたいということをさせてあげたい」という内村母と、「私も、子どもは社会からの預かりものだと思って子育てをしました」という杉山母。スクールへの送り迎えはもちろん、ときに学校のルールとも戦いながら、子どもたちをサポートしてきたと話します。現在は、杉山母が中心となった設立した「ジャパンアスリートペアレンツアカデミー(JAPA)」(内村母も講師として参加)で、「子どもの能力を最大限に伸ばしたい」と願う親たちのサポートに回っているそう。

 興味深かったのは、子どもの「反抗期」について。「反抗期ではなく、『過渡期』だったのだととらえています」と杉山母。内村母は「応援に来るな」と息子から告げられるも「いいえ。『あなたを産んだのは私なのだから、そういうわけにはいかない。もし事故が起きたとき、見ていなかったでは済まないんだ』」と言い張り、結局息子が根負け。「勝ったと思いました」と内村母。「反抗」ではなく「過渡期」、思春期の息子に「勝った」……こんな表現にアスリート母たちの支配欲を感じずにはいられませんでした。

 自分の時間を全て捧げてきたという自負が、母親に「子どものことは自分が一番よくわかっている」という自信を与えるのでしょうか。読者体験手記のように、子どもが「介護」を前に親との関係に落とし前をつけようとするのは、「子どもの人生は自分の人生」と思い込む母親の悲しい性のせいかもしれません。
(西澤千央)

“いい病院の見分け方”特集に「主治医に恋した」読者体験手記を持ってくる「婦人公論」

  今号の「婦人公論」(中央公論新社)の特集は、「生きがいとお金を得て輝く人」です。キャッチコピーには「一生現役の時代が来た!」とあります。延びる寿命、なくなる年金……悠々自適な老後なんて、もはや夢か幻。しかしリードの「少しでも収入を増やしたい」「けれどお金のためだけに働くのは味気ない」「達成感や生きがい、新たな出会いなど、収入以外の何かもほしいはず」って、ちょっと欲張りすぎ!! 回答者平均年齢62.4歳の読者アンケート、「あなたが働くのは何のため?」の回答の第1位が「生活のため」。2位の「社会と繋がりたいから」以外は、「自由に使えるお金が欲しいから」「子どもの学費のため」「老後が心配だから」と、全てマネーなモチベーション。20歳前後から働き始めて、65歳くらいで定年、労働から解放されたその後の生活を「老後」と呼ぶのなら、今後はもう悠々自適な「老後」どころか、「老後」という概念すら無くなっていくような予感がします。

<トピックス>
◎特集 生きがいとお金を得て輝く人
◎夏木マリ「好きなことを続けるために私は、お金から目を背けない」
◎巻末特集 いい病院、悪い病院の見分け方

■うっとりと精神論を語ることでがっぽり稼ぐ人たち

 先の読者アンケート、「現在の月収は?」を見ると「10万円以下」が圧倒的に多くて43%。「得られる収入にばらつきはあるものの、おおむね収入に対する不満は少ない」とのことで、ここで急に不安に襲われます。持ち家で、ある程度は年金や貯金があってのこの金額だから「不満は少ない」わけで、「家なし年金なし貯金なし」世代が“老後”になったときはどうなるのか。「家なし年金なし貯金なし」の1人として一句詠ませていただきます。「生きがいも 出会いもいらない カネをくれ」。

 さて、「婦人公論」の特集の傾向として、ガッチガチの実用に重きを置く系と、インタビューを中心にしたマインド系と2パターンありますが、今回の「生きがいとお金を得て輝く人」は後者。あのお家騒動バッシングから不屈の美白精神で立ち上がった君島十和子がド根性美容論を語り、脳出血で現在リハビリ中の河合美智子がそれでも演じずにはいられない女優魂を語り、レキシとみうらじゅんがサブカル界隈で生き残る術を語る。はっきり言いましょう……これ一般の人ひとっつも参考になんねぇな(カミナリのフルツッコミ風に再生)!! 特殊な業界のさらに特殊な人々ですからね。お金は後からナンボでもついてきましょう。

 しかし、この特集は「お金」だけでなく「生きがい」も求める、老後の働き方指南。そう考えると、やはりうっとりと精神論を語ってもらうほうがいいのでしょう。夏木マリの「好きなことを続けるために私は、お金から目を背けない」を読んでそう思い直しました。

 大ヒット曲「絹の靴下」を引っ提げてキャバレー回りをしていた20代、思い切って演劇の世界に飛び込んだ30代、理想の舞台を追い求めてストイックになりすぎた40代、お金の大事さに気づきバランスの取れる仕事法を模索し始めた50代、そして今。「本気でおもちゃで遊んだ子どもの頃のような感覚に戻れるのが、まさに60代なのではないか。だから60代以降は遊びの適齢期、遊ぶチャンスだと思いませんか」「自分の肩書きは『プレイヤー』だと考えています。遊ぶ人です! これからも本気で遊びたいと思います」と高らかに宣言する夏木。60歳を「ロクマル」と呼び、人生の分岐点を「チェンジマインド」という夏木マリを、一生現役のお手本に……やっぱりどう考えてもなんねぇな!!

■いい病院・悪い病院ではなく、面倒な患者がメインに

 寿命が延びても、健康でなければ働けない。来るべきセカンドライフに向けて気になるのは、巻末特集「いい病院、悪い病院の見分け方」です。先ほどの「一生現役」企画と対照的にガチガチの実用ページが並びます。「危ない病院と医師を見極める13のチェックポイント」「夫・大橋巨泉の最期に今も悔いが残ります」「<覆面座談会>医療のプロが打ち明ける『こんな病院には絶対に行きたくない』」。そりゃそうです。人の命がかかっているんです。しかし特集最後のページを見て、膝からガックリ崩れ落ちました。察しのいい方はもうおわかりでしょう。「<読者体験手記>主治医に恋して」。恋!?

 「病で心身ともに弱ったとき、一番の心の支えとなるのは担当医!? 信頼が特別な感情へと変化することも珍しくないようで……」という言い訳リードに導かれながら紹介されている、2篇のホスピタルラブストーリー。特に注目は、52歳・主婦による「がん宣告で落ち込んでいた私の心の支えとなったのは、夫ではなく、純粋でお茶目な年下の外科医だった」です。セカンドオピニオンで訪れた病院で出会った2人。自分の言うことにイチイチ頬を赤らめ、本来看護師が担当するような身の回りの世話までしてくれる担当外科医。その様子を見て態度を急変させ、主婦にキツく当たり続けるベテラン看護師、そして手術後の一番つらい状態なのにデリカシーのない言葉ばかり浴びせる夫……平日13時半の東海テレビ制作の昼ドラ枠がまだあったら、即採用されそうな話なのに!!

 「『ちょっと傷口を見せてください』と、ベッドサイドに腰掛け、私のパジャマのボタンをはずし始めました。そんな大胆なことをしながらも、先生の顔は真っ赤です」「私は、先生の両手に自分の手を重ねて……」といったエピソードが延々とつづられています。そして極め付きはこちら。退院の前日、ベテラン看護師から受けたさまざまな嫌がらせを告白し、「イスから立ち上がり、握りこぶしを作る」ほど怒りに満ちた外科医を、「もう7か月経ちましたから、時効です。その看護師さんの名前も言いません」となだめる女性。いやいや、けしかけたのオマエやないか~い。

 こんな昼ドラ的愛憎の間に「『あんた美人だから、診察の時間が私よりも長いんじゃない?』とからかわれることがありますが」「一回りくらい若く見られることもあるけれど」と、自らのプロフィールを挟むことも忘れない。「婦人公論」っぽいといえばそれまでですが、どんなつらい状況に置かれても「生」と「性」への強い業からは逃れられない。いや、こういう心持ちこそ病に打ち勝つ活力の源なのかもしれません。病院特集にこの体験手記を持ってきた「婦人公論」の奥深くも生々しいメッセージにしばし言葉を失いました。
(西澤千央)