下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る!
注目の佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問だが、やはり証言拒否の連続だった。ほんのちょっぴり、0.1%くらい期待していたんだけどね。なかったね。
第406回(3/22〜3/27発売号より)
1位「ローラ 決意の初激白!『彼 ワンオクTakaとは一生の仲だから』」(「女性自身」4月10日号)
2位 「暴行力士 貴公俊両親が『不信』ぶちまけ『貴乃花部屋に預けなければ…』 」(「女性自身」4月10日号)
3位「寛一郎 『以前は父 佐藤浩市が家にいるだけで嫌でした(笑)』」(「女性自身」4月10日号)
※ 女性セブンは合併号休み
事務所トラブルでブラウン管から姿を消して久しいローラに朗報が。「女性自身」がその復帰予定を報じたのだ。
記事によると、ローラはトラブっていた事務所「LIBERA」と和解、仕事の窓口を両者が信頼するイベント企業に託した上で、本格復帰の予定だという。
多くの芸能人が事務所トラブルで干され、長い間活動を制限されたり、そのまま姿を消すケースすらある中、ローラはテレビ番組には出られなかったものの、CMには出演、それほど間を置くことなく復帰できたことは本当に喜ばしい。そして記事を読んで、今回の解決と復帰はローラの性格、明るさゆえに成し遂げられたものではないかと思った。
というのも「自身」はローラに対し、活動復帰と熱愛がうわさされるONE OK ROCK・Takaとの関係を直撃しているのだが、その際の対応とやりとりが“神”だったから。
「自身」は都内デパートの駐車場で、母親や友人男性と買い物終わりのローラを直撃しているが、そのやりとりはあまりに素直で、“ハッピー”な雰囲気だった。実際にローラは記者とのやりとりで「ハッピー」を連発。突然のはずの直撃にもかかわらず、3月中に活動再開を発表することなど、元気に受け答えている。Takaとの関係にしても、男女関係は否定したものの「一生親友」だときちんと取材に応じるローラ。
いや、単に直撃取材に応じただけではない。記者がいくつかの質問をした後、一緒にいた母親と友人がローラを記者からガードしようとするも、ローラはそれを「いいよ、先に行ってて」と収め、さらに質問に答えているのだ。そして、なおも取材が続くと再び母親が止めに入ったのだが、それでもローラは「大丈夫」と記者に対応し続けている。その一部始終はいかにもローラらしいもので、ぜひ記事を読んでほしいが、こんな“神対応”をされたら芸能マスコミもイチコロだ。
ともあれ、このまま順調にテレビのバラエティにも復帰してほしい。そしてかつて『モニタリング』(TBS系)でベッキーと組んでいた名物企画“木部さん口部さん”を是非復活させてくれ!
いやはや、こんな事態が待ち受けていたとは。昨年11月に発覚した日馬富士暴行事件に端を発した相撲協会VS貴乃花親方の大騒動。当初はモンゴルバッシング、お次は貴乃花親方への非難、さらには相撲協会批判に、最後は貴乃花親方への逆転大絶賛報道と、マスコミの論調はめまぐるしく変化を遂げていった。そんな中で勃発したのが、まさかの貴乃花部屋・貴公俊の暴行だ。
これまでマスコミが絶賛してきた貴乃花親方の暴力撲滅、相撲協会改革の姿勢は、そもそも疑問符だらけのものだった。
実際には、貴乃花部屋でも暴行被害を受けたという元力士の告発証言が相次いでいたし、怪しいコンサルタントを協会に入れたり、オカルト新興宗教団体に異様にのめり込んだりと、さまざまな問題も指摘されていた。とはいえ、頑なに取材を受けなかった貴乃花親方が取材やテレビインタビューに応じるなど“上手なマスコミ対策”に打って出たことで、こうした問題は報じられることがなかったが。
そう考えると「自身」が放った貴乃花ネタはなかなか興味深い。「自身」は暴行の当事者である貴公俊の両親のインタビューに成功しているのだが、そこで語られたのは貴乃花親方とおかみさんである花田景子への不信だったからだ。
その1つが暴行事件後、親方からもおかみさんからも一切の連絡がないことだ。いや、入門後から一度も話をしたことすらないらしい。また両親が息子たちの相撲を見るため国技館に行きたいと連絡しても、なしのつぶて。その挙げ句の暴行なのだから、親としてはどうなっているのか心配なのは当然だろう。
貴乃花親方といえば“礼節”やら“相撲道”やら、はたまた“日本への誇り”やらを説いている人物だ。しかし、言っていることとやっていることが大きく違う。その実像、本質の一端を暴いた「自身」。グッジョブ!
半年前に俳優デビューした寛一郎。佐藤浩市の息子で、三國連太郎の孫だ。その寛一郎が「自身」巻末グラビアに登場、父と祖父について語っている。特に祖父・三國のエピソードは興味深い。三國は孫の遊んでいる横で「歌はセリフのように、セリフは歌のように……」などとつぶやいていたという。“何かを教えるように”。三國は息子・佐藤とは長年確執関係にあり、佐藤が同じ俳優の道に入る際も「おやりになるなら親子の縁を切りましょう」と突き放したことは有名だ。しかし孫には――。三國も普通の“おじいちゃん”だったんだなぁ。
