昨年8月、『りさ子のガチ恋▽俳優沼』(▽はハートが正式表記。以下同)という斬新なタイトルの舞台が上演され、演劇ファン、俳優ファンに衝撃が走った。
タイトルにある「ガチ恋」とは、自分の一推しの俳優やアイドルを意味する“推し”に、本気(ガチ)で“恋”しているオタク(ファン)のことを示すオタク用語だ。同様に、「沼」はその対象から抜け出せず、沼のようにどんどん深みにハマっていくことを表す言葉。つまり、この舞台は「俳優に恋をしているオタク」の物語だ。
主人公・りさ子を演じたのは、元・モーニング娘。の新垣里沙。国民的アイドルだった彼女が“若手俳優オタク”を演じ、俳優とファンの泥沼愛憎劇を繰り広げるということで賛否両論を呼んだが、舞台は大盛況のうちに幕を閉じた。
そんな本作が、今月20日に小説となって集英社から発売されたということで、編集部では、本作の脚本・演出家を手がけ、このたび小説家デビューを果たした松澤くれは氏を直撃! 今だから話せる舞台の裏側や、公演中に起こった“アノ”騒動、小説のみどころについて、話を伺った。
※以下、作品について多少のネタバレを含みます。ご注意ください。
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■客席は、ある種“カオス”だった
――このたびは、出版おめでとうございます。
松澤くれは氏(以下、松澤) ありがとうございます。
――まずは、この作品が生まれたキッカケについてお聞かせください。
松澤 元々、元モーニング娘。の新垣里沙さんと、2013年と15年に『殺人鬼フジコの衝動』(以下、フジコ)という舞台でご一緒して、「また何か一緒にやりたいね」と話していたんです。
これまで新垣さんを主役にした書下ろし作品に挑戦したことがなかったので、じゃあ、あらかじめ新垣さんが演じる役を作ってから、物語を作ってみようと思いまして。元々「俳優とガチ恋ファン」という構想が頭にあったので、「元モー娘。のリーダーが地味なファンの子を演じるのを観たい!」とストレートに新垣さんにお伝えしたら、「やってみたい!」と。それから「二人でこういうのやりたいんですけど……」っていうのをSNSに書いたら、『フジコ』のプロデューサーさんが食いついてくださって舞台化が実現しました。
――舞台を終えて半年以上経ちますが、改めてご感想は?
松澤 まずは、無事に終えられてよかった……(笑)。本当にたくさん、予想以上のお客様に見ていただくことができました。
――客席の反応はいかがでしたか?
松澤 同じシーンで泣いている女の子がいれば、笑っているおじ様がいたり、お客様の反応がこんなに分かれる舞台は初めてで、強烈に印象に残っています。笑う人もいれば笑わない人もいるといった反応の違いは今までにもありましたが、同じシーン見ながら、捉え方がここまで真逆になるんだと驚きました。そういった客席のある種の“カオス”現象が、この作品に対する一つの答えなのかなと実感しました。
お客様一人ひとりの顔を見ることが脚本・演出家としての責任だと勝手に思っていたので、全公演を客席後方で見て、終演後は出口に立ったんですが、「すごく面白かったです」って話しかけてくれる人がいたり、中には「納得いかないから話しませんか?」と、十数分ロビーでお話ししたこともありました。
あとは、皆さんSNSで感想をものすごい長文で書いてくださって、その観劇レポを読んだレポみたいなものまで生まれていて(笑)。本当にたくさんの方が、自分の感想を自分の言葉で表現してくれた作品でした。
会場にアンケート用紙を用意しなかったのも、そういった意図からです。この作品に限らず、僕はアンケートを取りません。見た感想を僕ではなく、周りの人にSNS上で広めてほしいんです。良いことも悪いことも、そのまま素直に感じたことを自由に書いて、皆さんで意見交換をしてほしいので、特にこの作品には、そのやり方が合っていたのかなと思っています。
――ブログ等を拝見させていただきましたが、キャスティングが難航したそうですね。
松澤 僕もプロデューサーから聞きました。いや~、断られまくりだったらしいですね(笑)。僕は、脚本・演出なのでキャスティングにはあまり関わりませんが、以前ご一緒した方がキャスティングされていたり、僕が「この人とご一緒してみたい!」と推薦させていただいた方が何名かいらっしゃいます。元々役は用意していましたが、演じる俳優の名前をそれぞれ役名に入れて、本人のキャラに寄せた部分もあります。
――新垣さんファンの反応を見ると、「新しいガキさんが見れた」という声もありました。
松澤 こういう役は、僕しか振らないと思うので(笑)。良い意味で、バケモノのような女優さんなので、もっといろんな彼女を見たいですね。本当に素敵な役者さんです。
――篠戸るる役を演じた階戸瑠季さんも、大変な役柄だったんじゃないかなと感じましたが……。
松澤 それが、階戸さんは、「やりたいです!」と二つ返事で引き受けてくださったんですよ。階戸さんをはじめ、本当に全キャストにメチャクチャ感謝をしています。オファーを受けてくださったということは、僕とプロデューサーがやりたいことをきちんと汲んでくださったわけですから。

■「告知したときが一番、叩かれた」
――「ガチ恋」というタイトルにかなり衝撃を受けました。作品を上演するにあたって、さまざまな意見があったかと思いますが、いかがでしたか?
松澤 業界の反応は、「そういうのやったらダメだよ」「何やってんの!?」と(苦笑)。「やっていいことと、悪いことがあるよ」といった目では見られましたね。最初に告知したときが一番、叩かれました。
公演日程と劇場程度の内容だったんですけど、やはりタイトルのインパクトが強かったようで、「直ちにやめてください」「オタクを茶化すな」と、Twitter のDMで脅迫されたこともありました(苦笑)。僕は、基本、シリアスな作風が多いんですが、それを知らない方々は、コメディー作品だと思ったようで、実際に作品を見てもらうまでは分かってもらえないだろうなと覚悟はしていました。もちろん、「すごく面白い題材」って言ってくださる方もいらっしゃいましたが、告知の段階では、結構ネガティブな意見の方が多かったですね。
――でも、いざ公演が始まると、ネット上で評判がどんどん感想を拡散されて、連日たくさんの方々が当日券を求めて劇場に列を作ったとか。
松澤 そうなんですよ。毎ステージたくさんの方に並んでいただいて、チケットの当選倍率は20倍超えだったと聞きました。皆さんの口コミのおかげでもありますね。それぞれ受け取り方は違うと思いますし、面白いと思う人もいれば、面白くないと思う人がいる中で、見た人には僕がやりたいことは伝わったのかなって。そう思うことができたのは救いでした。
――公演中には、ファンの方が松澤さんに贈ったスタンド花が、誰かの手によって壊されてしまうという悲しい事件もありましたよね。
松澤 あの件は、本当にショックで……。これは自分の中できちんと消化しないといけないなと思いブログを書いたら、たくさんの反響をいただきました。でも、「自分で壊して話題性を狙ったんでしょ?」なんて言われてしまって。ただ、僕のことを元々ネガティヴに捉えている人は、当然そうなるよなと。そう思った時に、言葉を尽くせば伝わるっていうのは、欺瞞だなって思ったんです。こっちが心を尽くして話した言葉でも、どう受け取るかは相手の自由ですから。
そういう意味では、精神的なダメージは結構大きかったんですが、そこから色々考えることもできましたし、現場はすごく楽しかったです。役者さんとみんなで和気あいあいとしていました。

■「現実」と「リアリティ」はイコールではない
――今作で、松澤さんが一番こだわった部分は何ですか?
松澤 「語彙」です。俳優の言葉づかいと、ファンの方たちの言葉づかいを意識しました。Twitterにおける「本アカ」と「愚痴アカ」の語彙の使い分けには特に気をつけましたね。小説版では、舞台とは違った小説ならではのある“仕掛け”があるので、読んでくださった方は、皆さん驚かれるかと思います!
――「松澤さん、よく見ていらっしゃるな~」と、投稿内容の一つひとつにリアリティを感じました(笑)。
松澤 でも、あまり具体的な出来事などは追わないようにしたんです。とはいえ、勝手に入ってくる情報もあるので、自分からは調べずに、なるべく情報を入れすぎないようにしましたね。よくある“匂わせツイートをしてカノバレ”騒動も作中に出てきますが、完全に妄想なので、もし現実にああいうことが起きていても、偶然被っているだけなんです。
――りさ子のオタク友達には遠征組の子がいたり、原作厨がいたり、「こういう服装の人、劇場でよく見るな」というファッションだったりと、登場人物のキャラクター設定にも“あるある”要素が詰め込まれているなと感じました。
松澤 具体的なモデルはいません。でも、僕自身オタクなので、ジャンルは違えどもある程度の知識はありますし、衣装のブランドとか、細部までこだわってしまうことはよくあります(笑)。「分かる~!」って共感していただくだけでも、楽しんでいただけるかなって。
俳優達の楽屋でのやりとりは、今回出演していない知り合いの俳優に、雑談の中で色々聞いたりもしましたが、例えば「プレゼントは何を貰ったらうれしい?」など、細かいことは聞きませんでしたね。「スタバカード、ありがとうございます!」みたいなツイートとか、よく見るなぁ、よく貰っている=みんな嬉しいのかな? とかいろいろ考えてたときに、そういう俳優がいても不思議じゃないなと。ただ、現実にいるかどうかは分からない。
「現実」と「リアリティ」は決して同じものではないし、“特定の誰か”を明確にせず、余白を残したほうが面白いと思うんです。
――確かに、どこまでが実像でどこからが虚像なんだろうって考えるのが楽しかったです! 例えば、公演を見たファンが「あそこがよかった!」って盛り上がっていても、実際、俳優たちの手ごたえとしては、「微妙だったな」って温度差があったり……(笑)。
松澤 正直、それはありますね(笑)。毎回必ずベストを目指しますが、人間なので、むしろ変わらないことはできませんし、試行錯誤を積み重ねた結果、微妙な出来になってしまったり、うまくいかずに「悔しいな」って思っていた時に、お客様から、「今日が一番よかった」って言われることはもちろんあるし、その逆もあり得るので(笑)。
――そう考えると、ファンって、俳優たちのことを分かっているようで分かっていないんですよね(笑)。
松澤 そうなんですよね(笑)。“知りたい”と思う一方、“でも他人のことは、その本人にしか分からない”っていうのが、この作品の根幹にあります。
――松澤さんは、「俳優」と「ファン」は、どういう関係性だと思われますか?
松澤 まさに、そこは、小説を読んでいただきたいです! ラストの翔太の言葉を、僕の考えとして受け取ってもらえたらうれしいですね。
■“容姿と表情”“役者の演技”を、いかに自分の言葉で伝えるか
――小説の出版の話は、いつ頃からあったんですか?
松澤 担当編集さんが舞台を観に来てくださって、僕も「小説にしたい」という気持ちがあったので、すぐに打ち合わせをして「じゃあ、2カ月で第一稿を書いて、年明けには形にしましょう」と、ものすごいスピードで話が進みました。去年の秋はずっと原稿を書いていましたね。
役者さんが演じていると、もうパッと見で伝わるじゃないですか。でも小説では、今どんな顔をしていてどんな服を着て……というのを、細かく書かないと伝わらない。舞台では役者さんの演技に委ねる部分も、すべて自分の言葉で表現しなければならないので、“容姿と表情をいかに伝えるか”に気をつけました。
――小説は、舞台版とは異なる結末を迎えますよね。
松澤 舞台は、絶対に劇場でしかできないことをやったので、小説なら小説でしかできない終わり方にしたかったんです。最後に“あの一文”がくるっていうのが、小説の結末だなって思ったので、思い切って変更しました。
演劇の良さと小説の良さっていうのを最大限引き出したいなと思いながら、両方とも作りました。舞台版はDVDで、役者さんの“演技そのもの”を見ていただきたいですし、小説版は、りさ子の心情の移り変わりを追体験してほしい。また、小説は舞台版と比べると俳優サイドがすごく詳しく描かれているので、りさ子ではない、もう一人の主人公に注目していただだければ。
――最後には、「劇団雌猫」さんによる解説もありますが、どういったつながりで?
松澤 ちょうど『りさ子』の稽古している時に、『浪費図鑑』(小学館)という面白い本が出たらしいと聞いて、影響を受けたくなかったので、そのときは読まなかったんです。それで、後日読んだでみたらすごく面白くて、お会いした事もないのに、勝手に“同志”だとシンパシーを感じて(笑)。「ぜひ解説を書いてほしい」と出版社を通して僕からオファーをさせていただきました。本当に良い解説を書いていただきましたね。
――劇中作品の『政権☆伝説』の特設サイトも公開されていますが、凝ったつくりになっていますよね。
松澤 実は、『政権☆伝説』に一番力を入れたといっても過言ではありません(笑)。イラストはプロのイラストレーターさんに、サイトデザインやロゴは全部デザイナーさんに発注しているんです。キャラクターデザインが上がってきたときは、あまりの完成度の高さに思わず笑ってしまうくらい、力を注いでくださって。スタッフさん全員の気合の入れ方が半端じゃなかったです。スピンオフも色々やっていけたらいいなぁ……!
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後編では、創り手からみた「ガチ恋ファン」や、脚本・演出家としてのルーツについて、松澤氏に引き続き話を伺っていく。
(取材・文=編集部)
●松澤くれは
1986年富山県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。演劇ユニット「火遊び」代表。舞台脚本家・演出家として、オリジナル作品をはじめ人気小説の舞台化を数多く手がける。『りさ子のガチ恋▽俳優沼』で小説家デビュー。
■集英社文庫『りさ子のガチ恋▽俳優沼』特設サイト
http://bunko.shueisha.co.jp/risako
☆作中作品『政権☆伝説』特設サイト
http://bunko.shueisha.co.jp/seiken_stage
■舞台版『りさ子のガチ恋▽俳優沼』公式サイト
http://www.finepromotion.co.jp/gachi/
■松澤くれは 脚本・演出舞台
オフィス上の空プロデュース 火遊びpray.08
「焔の命──女優の卵がテロリストになった理由」
日程:2018年5月9日(水)~13日(日)
会場:東京都 恵比寿・エコー劇場
出演:福永マリカ / 辻響平、伊藤亜斗武、榊菜津美、野村龍一、真嶋一歌、田中健介、石澤希代子 / 石井玲歌、佐々木なふみ、菅井育美、高木薫、瀧啓祐、富田喜助、三木万侑加 / 黒沢佳奈、佑木つぐみ
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