説教臭い山場があるのに、スポ魂形相と謎解きが悩ましい『リミット』

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『リミット』(すえのぶけいこ、講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 このところ、子どものいじめがいっそう社会問題化している。いじめられる方の苦悩やいじめる方の心の闇について論じるのはほかの方に譲るとして、いじめの本質とは何かを考えてみよう。いじめは、いじめる側が「こいつはいじめてもいい奴」「こうされても仕方がない奴」と判断するから起こる。つまり自分の立ち位置、相手の立ち位置を勝手に決めてしまっているのだ。もちろん自分が上位である。人ってホントに都合がいいな。

 しかしその立ち位置を逆転させたら、どうなるか。それが『大奥』(白泉社)である。……間違えた。『リミット』(講談社)である。

 この話は、合宿所に向かう、とある高校のクラスの生徒たちが乗っているバスが谷から転落してしまうところから本格的に話がスタートする。クラスには生き生きと高校生ライフを楽しむ女子たちや、いじめられっ子がいた。そんな人間関係を描いた後に起こった事故。生き残った数人の生徒たちが、なんやかんややりながら、救出されるまでを描く。

「常識とは何か」を突き付けられる、『えっちぃ放課後』の所構わぬヤリっぷり

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『えっちぃ放課後(1)』(相川ヒロ、
講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 人によって「常識」というのは微妙に違うものだ。例えば、息を吸って吐いて、ご飯を食べたら出す、というような生きることの根源のたいていのことは常識だけれど、言質が一致してないとか、他人に迷惑がかかるとか、一般的に「罪だ」とされていることをする人は、非常識と言われるだろう。でもその間の、グレーな部分は、「やってる人が多ければ常識」といった風に、ゆらぎのあるものである。

 ここに、『えっちぃ放課後』という、タイトル見ただけでも、何が行われるのかがキラリとわかる話がある。このマンガはタイトル通り、「あらゆるエッチな放課後」について語られる短編集だ。

 えっと、自分、女子校だったんでわからないんですが、共学の放課後というのは、こんなにエッチまみれなんですか? 振り向けば、ここそこから女の吐息が顔にかかりそうなくらい、学校中がエッチであふれているものなんですか? これは常識なんですか? これじゃあ先生はさぞかし性教育とコンドームの配布に必死でしょう。

美形の兄とイチャコラするために、人ががんがん死ぬ『七星におまかせ』

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『七星におまかせ』(浦川まさる、
集英社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 当たり前のことだが映画にしろ小説にしろ、物語にはたいてい「物語を通して言いたいこと」がある。例えば自堕落な青年の生活を描きながら人生の難しさを説いたり、スポーツ選手の成長を描きながらひとつのことに打ち込む素晴らしさを説いたり。「結果として、これが言いたかったんですよ!」というのが最後まで見るとわかるのだ。作者が一番言いたいことを読者や視聴者に伝えるために、どう表現するかが腕の見せ所である。

 それが少女マンガでいえば、たいていが「お目当ての男とくっつきました」または「主人公はこんなにモテちゃいました」というのが本当のところ言いたいのである。それが例えばスポ根であろうが、学園ものであろうが、そして何人もの人が死ぬサスペンスだろうが。

美形の兄とイチャコラするために、人ががんがん死ぬ『七星におまかせ』

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『七星におまかせ』(浦川まさる、
集英社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 当たり前のことだが映画にしろ小説にしろ、物語にはたいてい「物語を通して言いたいこと」がある。例えば自堕落な青年の生活を描きながら人生の難しさを説いたり、スポーツ選手の成長を描きながらひとつのことに打ち込む素晴らしさを説いたり。「結果として、これが言いたかったんですよ!」というのが最後まで見るとわかるのだ。作者が一番言いたいことを読者や視聴者に伝えるために、どう表現するかが腕の見せ所である。

 それが少女マンガでいえば、たいていが「お目当ての男とくっつきました」または「主人公はこんなにモテちゃいました」というのが本当のところ言いたいのである。それが例えばスポ根であろうが、学園ものであろうが、そして何人もの人が死ぬサスペンスだろうが。

セックス=死亡フラグ、耽美な世界で少女たちを魅了した『マリオネット』

『マリオネット』(愛田真夕美、白泉
社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 耽美な世界観が好きな女は結構いる。偶像としての人気は、元気にお外を駆け回ってるキャラよりも断然高いはずだ。戦隊ものでも、女子の一番人気は元気はつらつリーダー格の赤よりも、クールな青だそうだ。

 それはなぜか。元気はつらつなヒーローが自分に欲情してきた場合と、耽美主義者の美少年が自分に欲情してきた場合を比べて想像してみよう。元気はつらつは、「あー、なんか遊んでそう」「体も息子もお元気なのですね」という気がする。一方で耽美系が自分に欲情してきたら、「よっぽど私のことが好きなのかしら」という気がする。普段が冷静に美を愛でていそうなキャラクターだから、よほどのことがない限り欲情しないような気がするのである。黒髪ストレートヘアの色白の女が全員処女のような気がするのと同じ理屈である。

「あばたもえくぼ」で、濃厚エッチシーン以外はおざなりの『みだらなご主人様』

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『みだらなご主人様』(叶のりこ、
講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 「あばたもえくぼ」という諺がある。好きな人のものなら、汚らしいニキビだってチャーミングなえくぼに見えるよ、ということらしい。「見えねーよ」と思わずツッこみたくなるけれど、確かにある部分が自分のツボにはまってると、他は許せるものである。例えば「時代物衣装が好きだから、登場人物がドレス着てる映画はそれだけで評価が高くなっちゃう」とか「京都が好きだからどんなしょっぱい寺院があっても気付かない」とか。

 『みだらなご主人様』(叶のりこ、講談社)は、主人公・愛花が人間ドックで入院した母の代わりに、大企業の独身御曹司・桐生さんの家に家政婦になるところから始まる。この設定だけで読者の胸は期待でいっぱいだ。そしてその期待通り、初対面から桐生さんはその変態っぷりを発揮してくれるのである。

時代を逆行する設定とやわらかな絵で、殺伐とした話が紛れた『夢の果て』

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『夢の果て』文庫版1巻(北原文野、
早川書房)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 「未来を読む」というのは、結構大変な能力がいる。特に、機械の進化を正しく予測するのは、とても難しい。例えば某アニメで、宇宙戦艦が造れるような技術力があるのに、なぜか電話はランドセル並みにでっかく描かれていたり。まあ細かいところを探せば、山ほどそんな箇所が出てくるわけで、それでも視聴者がそのウソを「まあいいか」と許せる作品は、ストーリー全体の比率の中でウソの割合が低く、人間関係の描き方や話の展開のリアルさがそれを上回るものだろう。

 ましてや、この20年の間のパソコンやインターネットの浸透速度を誰が予測できただろう。あっという間にコンピュータは一般人が当たり前に使う時代になったし、そろそろ人型ロボットだって市販されそうだ。20年前に、コンピュータ関連の情報に関して、先が読めなかった作品があったとしても仕方がない。

何と闘って何が伝説なのか、わからないことだらけの『紅伝説』

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『紅伝説』(講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 「大事なことは2回言う」というのは、今日では常識である。そうでなければ、人間の集中力と理解力では、相手の意図を理解できないからだ。歌のサビ部分を何度も繰り返すのも、そこが大事な部分だからだろう。大事なことは繰り返し、そしてやり通す。これは人生においてとても大事なことだ。

 『紅伝説』(あさぎり夕、講談社)は、背中に鳳凰の印を持った男女が愛し合いつつ、敵と戦う話である。

設定の壮大さゆえに、ストーリーが小じんまり見られるメイ作『アーシアン』

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『完結版 アーシアン 1』(創美社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 マンガというのは、つくづく多様な作業の組み合わせで成り立っていると思う。設定を考え、ストーリーを組み立て、キャラクターを作って絵を描く。しかも1ページに何コマも。漫画が文化として認められるくらいに市場が膨れ上がるにつれて、どんどんとマンガは進化した。そうしていつしかマンガ家には多様な能力が求められるようになってしまったのだ。

 こうなるともちろん、「話は面白いけど絵はヘタクソ」とか「絵は上手いけど話はイマイチ」という、一点集中型の才能を持った作家が登場してくる。概して話が面白ければ絵は二の次、名作となる。話がイマイチなら迷作だ。そして今回紹介する『アーシアン』(高河ゆん、集英社)は、話でも絵でもなく、なんと「設定が素晴らしく面白そう」なメイ作なのである。

 主人公のちはやと影艶(かげつや)は、こんな和風な名前なのに、天使である(ちなみにほかの天使達はミカエルとかラファエルとか、普通に天使の名前なのですが)。ふたりは、地球人(アーシアン)を滅ぼすべきか存続させるべきかを決めるため、影艶がアーシアンのマイナスな点を、ちはやがプラスな点をチェックするために、地球に舞い降りたのだった。プラスを1万個チェックできれば、アーシアンたちは生き残れる......。なんとしてもいい点をいっぱい上げて、アーシアンを救いたい。ちはやはそう思った。

『彼氏はドーベルマン』、忠犬彼氏にエロをまぶしておかしなことに!

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『彼氏はドーベルマン』(西城綾乃、
小学館)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 「恥ずかしい話」といって、たいていの人が思いつくのは、「勘違いしちゃった話」だろう。それも、「自分に都合のいい方に勘違いしちゃった話」が一番恥ずかしい。恋人に振られたのに「私のためを思って別れ話してるのよね」とか妄想大爆発でつきまとったり、アイドルのコンサートに行って「今、翔くんと目が合った!」みたいな。まあ人に話せる「恥ずかしい話」は、せいぜいおつりを間違えた程度の話で、ここまで痛々しい話はあまり人には話さないかもしれないですが。

 『彼氏はドーベルマン』(西城綾乃、小学館)という短編がある。タイトルの通り、ドーベルマンを彼氏にする話である。『ネオ・ドーベルマン』(清水玲子)という読み切り作品も、同じくドーベルマンを彼氏にする話だが、こちらは垂涎モノの面白さである。ドーベルマンの彼氏は、犬のときには犬の彼女がいてプレイドッグな感じなんだけど、好きなのは飼い主である主人公。危なくなったら危険を冒して助けに来てくれて、クールで知的で、頼れるお兄さんみたい。こんな犬なら今すぐ飼いたい。