乃木坂46初の東京ドームライブの見切れ席グラフィティー

齢(よわい)67歳の週刊誌記者が突然アイドルにハマってしまった……余生を乃木坂46に捧げる!そんな覚悟で送る、オジサンのヲタ活ノススメ。

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「取れました!取れましたよ!」

 受話器から飛び出してきたK君のテンションの高い声。指定席の抽選3回全落ち後の最後のチャンスが指定席より条件が悪いとされる「見切れ席」と「音席」の申し込み。前回の記事で取り上げたステージサイドの音席とステージ真裏の音席。この席をめぐって、朝9時の申し込み開始からパソコンやスマホで申し込むのだが、1時間たってもサイトにつながらない状態だった。しかし、K君はスマホで見事にアクセスしチケットをゲットしたのだ。「見切れ席上等!」私は嬉しくて叫んでしまった。3期生の参加もあって、初めて全員で46人となったメンバーといっしょに「メンバーとファンが夢見た地」東京ドームに行ける。嬉しくてもう半泣き状態。

 当選日からライブまで怪我とかしないように赤信号で横断せず、不要不急の外出をせず、いつもにこにこと笑い指折り数えてその日を待った。そしてライブ初日の11月7日。後楽園の敷地に入るとメンバー全員の写真の垂れ幕が下がっており、ファンたちはひたすらそれを写メっている(もちろん私も同じ)。物販はと見ると長蛇の列で、この列に並べば最後、公演が始まってしまうので後ろ髪を引かれつつ断念。うろうろしていると別の場所に「グッズ売り場」という表示があり若い男女が並んでいる。なぜかここがすいていたので「ラッキー!」とばかり並んでいると、少しして担当者が出てくるや「刀剣乱舞のお客さま」と呼びかけるので倒れそうになった。ゲームが舞台になって刀剣ブームを起こしたあの作品だ。あわててその場から離れ、なんとかKさんと合流。2人が参加しているSNSのコミュニティの世話役が遠くから来ているのでご挨拶に行く。お礼を述べてから乃木坂46とライブの話で盛り上がる。初めて会う人だがメールのやりとりをしていたので、昔からの知り合いのように親密感がある。ライブの楽しみのひとつには、普段ネット上でしか交流のない仲間たちと実際に会うというイベントも含まれている。

 そして入場。ゲットしてもらった見切れ席はレフト側で、スコアボードの下にあるメインステージに向かって左側。ほぼステージと平行の位置なので正面は見えないが、センターステージとエンドステージ(バックネット側)はバッチリ俯瞰できる。今回はこの見切れからの風景を報告だ。どきどきしながら待ったライブ。メンバーによる注意事項のMCがスタートしてすでに場内が興奮し始めたとき、いきなりエンドステージに登って走りだした制服の集団、いつもと違う変わった登場だなと思いながら見ていると……。

 背丈も体型もバラバラ。しかも金髪の娘もいる。それどころか46人なんてものじゃない人影がどんどん増えていく。あっけにとられているとみんながメインステージに並んでメンバーといっしょになって踊り始める。「乃木坂46 真夏の全国ツアー2017 FINAL!東京ドーム公演」での1曲目は「制服のマネキン」でスタート。あとで聞いたら460人の女子高生だったとか。面白い企画ではある。

 ゲストたちがはけるとメンバーはメインステージから花道を駆けて、センターステージやエンドステージで初期の表題曲を中心に歌って踊る。ファンの歓喜のボルテージはすでに最高潮。おなじみ「ハウス!」のコールもドームで叫ぶとまた格別だ。曲によってセンターが替わると5万人の観客はいっせいにサイリウムカラーを変える。ずっと端まで眺めるとやはりドームはでかい。思えば私は屋根のない頃ここでマドンナを、屋根ができてからマイケル・ジャクソンやポール・マッカートニーのライブを観た。そんな伝説のアーティストたちが踏んだ舞台に今、乃木坂46がいる。マイケルにもポールにも負けない煌めきを携えている彼女たちのなんと誇らしいこと……。などと、ついつい感慨深くなってしまった。

さよならひめたん、さよならまりっか、ファンとの思い出は「不等号」

 グループがまだ今ほど有名でない頃、AKBとの交換留学生になって総選挙に参加した生駒里奈、知名度向上のためのティッシュ配りをして泣きそうになっていた彼女をメンバーが自発的に応援したこと、西野七瀬が初センターとなった「気づいたら片思い」のヒット祈願でマカオタワーのデッキから233mのバンジージャンプをしたこと、紅白の初出場が1年遅れたこと、まいまい、ななみんが卒業したこと、4月のアンダーライブでわずか12人ながら見事なパフォーマンスを見せてくれたことなど、ありとあらゆるエピソードが頭を駆けめぐり「脳内博覧会」になってしまった。そして今回、伊藤万理華と中元日芽香の最後の大きなライブが東京ドームだということは本当に切ない。

 いろんな思いを抱えていると、ライブ中盤でいきなりメンバーの名が一人ひとり呼ばれてエンドステージに登る。「このメンバー構成は?」と思っていると隣の席のK君が「アンダー経験者ですね」としみじみ。そうか、現在のアンダーメンバーとかつてのアンダーメンバーたち。まりっか(伊藤万理華)とひめたん(中元日芽香)がいる。そしてこのメンバーでの3曲目がひめたんセンターのアンダー曲「君は僕と会わない方がよかったのかな」。ひめたんは卒業しても妹のすず香のいるBABYMETALのライブにゲストで出ないかなとか無理なことばかり考えてしまう。ひめたんセンターの「不等号」の内容と同じく、2人と会えなくなるとファンの思いの熱量が強すぎ、まりっか、ひめたんとの思い出も不等号になってしまう。

 そんなことを考えているとライブはすでに後半。私の席からはステージの後ろ半分はよく見える。いつの間にかピアノが置かれていた。いくちゃん(生田絵梨花)が弾き始めたのは「君の名は希望」だ。それまでヲタコールや歓声で膨らみ切っていたドームが、水を打ったように静まりかえった。いくちゃんの「背中しか見えないが孤独な少年が心を癒される」というテーマが本当に心に沁みた。私が乃木坂46にハマったのもこの曲だった。私だけでなくそういう人は多いようだ。乃木坂にハマり、SNSで発信されるメンバーに背中を押されてドキドキしながらライブに行ったのもこの曲があったからだ。そしてしょっちゅう連絡を取り合い、一緒にライブに行く年下のすばらしい仲間たちもできた。今回ドームに来れなかった仲間のことを思うと胸が張り裂けそうになる。みんなのおかげで私は今年の乃木坂46の大きなライブに全部参加できた。この日ももし仲間が参加していたら、ライブ終わりに宴会をして喜びと感動を分かち合えたのに……。

フックと共にメンバーが天空へ

 そして「いつかできるから今日できる」でライブはいったん終了。見切れ席だからこそ見れたのがメンバーの天空への移動!一応ライブ終了というときにステージ裏の横の垂直のような階段をメンバーが登って行く。そして係員がメンバーのステージ衣装に高所作業に使うようなフックを付ける。順番を待つメンバーのうち何人かがステージ裏の「音席」のファンに手を振る。

 そうやって登った場所がドームで一番高い観客と同じ高さだった。メンバーも初めて見る高みからの景色に感激だろう。バックで流れたのが名曲「きっかけ」のインスツルメンタル版、この曲もやっぱり沁みる曲だ。翌日のライブではまりっかとひめたんが2人でこの曲を歌ったと知って、またしみじみ見たかったなあと思った。

 天空からドーム内の景色を眺めたあと、メンバーはステージ裏に降下してはけて行ったのだが、ここでも音席の一番前の通路をメンバーが通るという粋なはからいが。まっ黒なステージ裏で耐えたファンも大喜びだ。 

 そしてしばらく待っていよいよアンコール。最初の曲が「おいシャン」(おいでシャンプー)。乃木坂46の2曲目の表題曲だが、この曲ではフロントメンバーだった中田花奈しか推さないという意味の「ナカダカナシカ、ナカダカナシカ♪」というコールが久しぶりに聞けた。以前記事で紹介した75歳の乃木ヲタのIさんも、2日目に参加して中田コールが聞けてとても嬉しかったと言っていた。

 ライブ中、見切れ席から見えるステージ後列に立つメンバーの背中はまっすぐだった。そのまっすぐな背中があったから、約束の地まで来れたんだなあと思ってしまった。いつものライブでメンバーが乗るゴンドラも、東京ドーム仕様で王冠をあしらったものになったりとゴージャスだった。シンデレラたちは王宮へ上がったわけなのか。ありがとうメンバー!ありがとう仲間たち!心の中でそう叫んだ日は幸せと切なさの中で過ぎて行った。

土肥 真也
1948年生まれ。長年週刊誌記者として実用やエンタメなどの記事を取材・執筆。今も現役でウェブニュースなどの仕事をしている。ハードロック好きでツェッペリンやディープパープルの初来日ライブに行ったことが記憶の中の宝物。しかし、たまたま聴いた1曲で乃木坂46が降臨してしまう。以来座学で数年間乃木坂46を学ぶも、我慢できなくなり昨年初めてライブに参加して初めてサイリウムを振りまくった。その感動を週刊誌に寄稿、以来年下のファン仲間ができて楽しく一緒にライブに通っている。夢は家族席、女性席に次ぐシルバー席を用意してもらい死ぬまで乃木坂46のライブに通い続けること。

乃木坂46初の東京ドームライブの見切れ席グラフィティー

齢(よわい)67歳の週刊誌記者が突然アイドルにハマってしまった……余生を乃木坂46に捧げる!そんな覚悟で送る、オジサンのヲタ活ノススメ。

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「取れました!取れましたよ!」

 受話器から飛び出してきたK君のテンションの高い声。指定席の抽選3回全落ち後の最後のチャンスが指定席より条件が悪いとされる「見切れ席」と「音席」の申し込み。前回の記事で取り上げたステージサイドの音席とステージ真裏の音席。この席をめぐって、朝9時の申し込み開始からパソコンやスマホで申し込むのだが、1時間たってもサイトにつながらない状態だった。しかし、K君はスマホで見事にアクセスしチケットをゲットしたのだ。「見切れ席上等!」私は嬉しくて叫んでしまった。3期生の参加もあって、初めて全員で46人となったメンバーといっしょに「メンバーとファンが夢見た地」東京ドームに行ける。嬉しくてもう半泣き状態。

 当選日からライブまで怪我とかしないように赤信号で横断せず、不要不急の外出をせず、いつもにこにこと笑い指折り数えてその日を待った。そしてライブ初日の11月7日。後楽園の敷地に入るとメンバー全員の写真の垂れ幕が下がっており、ファンたちはひたすらそれを写メっている(もちろん私も同じ)。物販はと見ると長蛇の列で、この列に並べば最後、公演が始まってしまうので後ろ髪を引かれつつ断念。うろうろしていると別の場所に「グッズ売り場」という表示があり若い男女が並んでいる。なぜかここがすいていたので「ラッキー!」とばかり並んでいると、少しして担当者が出てくるや「刀剣乱舞のお客さま」と呼びかけるので倒れそうになった。ゲームが舞台になって刀剣ブームを起こしたあの作品だ。あわててその場から離れ、なんとかKさんと合流。2人が参加しているSNSのコミュニティの世話役が遠くから来ているのでご挨拶に行く。お礼を述べてから乃木坂46とライブの話で盛り上がる。初めて会う人だがメールのやりとりをしていたので、昔からの知り合いのように親密感がある。ライブの楽しみのひとつには、普段ネット上でしか交流のない仲間たちと実際に会うというイベントも含まれている。

 そして入場。ゲットしてもらった見切れ席はレフト側で、スコアボードの下にあるメインステージに向かって左側。ほぼステージと平行の位置なので正面は見えないが、センターステージとエンドステージ(バックネット側)はバッチリ俯瞰できる。今回はこの見切れからの風景を報告だ。どきどきしながら待ったライブ。メンバーによる注意事項のMCがスタートしてすでに場内が興奮し始めたとき、いきなりエンドステージに登って走りだした制服の集団、いつもと違う変わった登場だなと思いながら見ていると……。

 背丈も体型もバラバラ。しかも金髪の娘もいる。それどころか46人なんてものじゃない人影がどんどん増えていく。あっけにとられているとみんながメインステージに並んでメンバーといっしょになって踊り始める。「乃木坂46 真夏の全国ツアー2017 FINAL!東京ドーム公演」での1曲目は「制服のマネキン」でスタート。あとで聞いたら460人の女子高生だったとか。面白い企画ではある。

 ゲストたちがはけるとメンバーはメインステージから花道を駆けて、センターステージやエンドステージで初期の表題曲を中心に歌って踊る。ファンの歓喜のボルテージはすでに最高潮。おなじみ「ハウス!」のコールもドームで叫ぶとまた格別だ。曲によってセンターが替わると5万人の観客はいっせいにサイリウムカラーを変える。ずっと端まで眺めるとやはりドームはでかい。思えば私は屋根のない頃ここでマドンナを、屋根ができてからマイケル・ジャクソンやポール・マッカートニーのライブを観た。そんな伝説のアーティストたちが踏んだ舞台に今、乃木坂46がいる。マイケルにもポールにも負けない煌めきを携えている彼女たちのなんと誇らしいこと……。などと、ついつい感慨深くなってしまった。

さよならひめたん、さよならまりっか、ファンとの思い出は「不等号」

 グループがまだ今ほど有名でない頃、AKBとの交換留学生になって総選挙に参加した生駒里奈、知名度向上のためのティッシュ配りをして泣きそうになっていた彼女をメンバーが自発的に応援したこと、西野七瀬が初センターとなった「気づいたら片思い」のヒット祈願でマカオタワーのデッキから233mのバンジージャンプをしたこと、紅白の初出場が1年遅れたこと、まいまい、ななみんが卒業したこと、4月のアンダーライブでわずか12人ながら見事なパフォーマンスを見せてくれたことなど、ありとあらゆるエピソードが頭を駆けめぐり「脳内博覧会」になってしまった。そして今回、伊藤万理華と中元日芽香の最後の大きなライブが東京ドームだということは本当に切ない。

 いろんな思いを抱えていると、ライブ中盤でいきなりメンバーの名が一人ひとり呼ばれてエンドステージに登る。「このメンバー構成は?」と思っていると隣の席のK君が「アンダー経験者ですね」としみじみ。そうか、現在のアンダーメンバーとかつてのアンダーメンバーたち。まりっか(伊藤万理華)とひめたん(中元日芽香)がいる。そしてこのメンバーでの3曲目がひめたんセンターのアンダー曲「君は僕と会わない方がよかったのかな」。ひめたんは卒業しても妹のすず香のいるBABYMETALのライブにゲストで出ないかなとか無理なことばかり考えてしまう。ひめたんセンターの「不等号」の内容と同じく、2人と会えなくなるとファンの思いの熱量が強すぎ、まりっか、ひめたんとの思い出も不等号になってしまう。

 そんなことを考えているとライブはすでに後半。私の席からはステージの後ろ半分はよく見える。いつの間にかピアノが置かれていた。いくちゃん(生田絵梨花)が弾き始めたのは「君の名は希望」だ。それまでヲタコールや歓声で膨らみ切っていたドームが、水を打ったように静まりかえった。いくちゃんの「背中しか見えないが孤独な少年が心を癒される」というテーマが本当に心に沁みた。私が乃木坂46にハマったのもこの曲だった。私だけでなくそういう人は多いようだ。乃木坂にハマり、SNSで発信されるメンバーに背中を押されてドキドキしながらライブに行ったのもこの曲があったからだ。そしてしょっちゅう連絡を取り合い、一緒にライブに行く年下のすばらしい仲間たちもできた。今回ドームに来れなかった仲間のことを思うと胸が張り裂けそうになる。みんなのおかげで私は今年の乃木坂46の大きなライブに全部参加できた。この日ももし仲間が参加していたら、ライブ終わりに宴会をして喜びと感動を分かち合えたのに……。

フックと共にメンバーが天空へ

 そして「いつかできるから今日できる」でライブはいったん終了。見切れ席だからこそ見れたのがメンバーの天空への移動!一応ライブ終了というときにステージ裏の横の垂直のような階段をメンバーが登って行く。そして係員がメンバーのステージ衣装に高所作業に使うようなフックを付ける。順番を待つメンバーのうち何人かがステージ裏の「音席」のファンに手を振る。

 そうやって登った場所がドームで一番高い観客と同じ高さだった。メンバーも初めて見る高みからの景色に感激だろう。バックで流れたのが名曲「きっかけ」のインスツルメンタル版、この曲もやっぱり沁みる曲だ。翌日のライブではまりっかとひめたんが2人でこの曲を歌ったと知って、またしみじみ見たかったなあと思った。

 天空からドーム内の景色を眺めたあと、メンバーはステージ裏に降下してはけて行ったのだが、ここでも音席の一番前の通路をメンバーが通るという粋なはからいが。まっ黒なステージ裏で耐えたファンも大喜びだ。 

 そしてしばらく待っていよいよアンコール。最初の曲が「おいシャン」(おいでシャンプー)。乃木坂46の2曲目の表題曲だが、この曲ではフロントメンバーだった中田花奈しか推さないという意味の「ナカダカナシカ、ナカダカナシカ♪」というコールが久しぶりに聞けた。以前記事で紹介した75歳の乃木ヲタのIさんも、2日目に参加して中田コールが聞けてとても嬉しかったと言っていた。

 ライブ中、見切れ席から見えるステージ後列に立つメンバーの背中はまっすぐだった。そのまっすぐな背中があったから、約束の地まで来れたんだなあと思ってしまった。いつものライブでメンバーが乗るゴンドラも、東京ドーム仕様で王冠をあしらったものになったりとゴージャスだった。シンデレラたちは王宮へ上がったわけなのか。ありがとうメンバー!ありがとう仲間たち!心の中でそう叫んだ日は幸せと切なさの中で過ぎて行った。

土肥 真也
1948年生まれ。長年週刊誌記者として実用やエンタメなどの記事を取材・執筆。今も現役でウェブニュースなどの仕事をしている。ハードロック好きでツェッペリンやディープパープルの初来日ライブに行ったことが記憶の中の宝物。しかし、たまたま聴いた1曲で乃木坂46が降臨してしまう。以来座学で数年間乃木坂46を学ぶも、我慢できなくなり昨年初めてライブに参加して初めてサイリウムを振りまくった。その感動を週刊誌に寄稿、以来年下のファン仲間ができて楽しく一緒にライブに通っている。夢は家族席、女性席に次ぐシルバー席を用意してもらい死ぬまで乃木坂46のライブに通い続けること。

ローラ、西内まりや、真木よう子…女性タレントたちはなぜ事務所と揉めるのか?

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 事務所とタレントの間のトラブルが目立つ最近の芸能界。来年での引退を発表した安室奈美恵(40)も「引退の背景には事務所との契約問題に不満を持つ安室が引退で事務所との関係を一旦、白紙に戻すためのもの」といった話まで伝えられている。

 タレントのローラ(27)は2020年まで結ばれた契約書には、「有効終了後も10年間、自動更新されることになっていて、これは不当拘束に当たるとして契約終了を求める申し入れをしているという。まだ解決を見ないまま、ローラは母親や兄と一緒に新事務所を立ち上げ、独自にタレント活動を再開。今後は裁判に発展する可能性もあるという。その他にも、女優の真木よう子(35)は映画の降板をめぐり事務所と一触触発の状態。歌手の西内まりや(23)は事務所とのトラブルで関連会社の社長をビンタしたと報道された。「社長がタレントを叩くという話は聞きますが、逆はあまり聞かない。それも女性がビンタとは」と業界内からも驚きの声があがっている。前代未聞のビンタ事件はさらなるトラブルに発展すると言われている。こうしてみるとなぜか女性タレントばかりが事務所とトラブルを起こしている。

「右も左を知らないまま芸能界に入り、最初は事務所の言われたとおりに動くが、次第に周囲から雑音が入る。契約内容のおかしな点や金銭問題などが発端になる。特に女性は契約などにうといから、後に知り合いからの助言でわかることが多い。悪意のある事務所は女性のほうが騙しやすいという背景もある」(芸能関係者)

人気歌手だった鈴木亜美は「こんなに売れているのに、他の歌手に比べギャラが安い」と不満をぶちまけ、鈴木の父親が乗り出し、裁判沙汰になったこともあった。さらに大きな事件に発展したケースも過去にある。

 1976年、「涙の太陽」などヒット曲を飛ばした、クオーターの彫りの深い顔とセクシーな体型で男性ファンを魅了した歌手・安西マリアの事件は芸能マスコミをも震撼させる大事件となった。所属していた事務所は六本木のマンションの一室。「社長に取材に行くときは絶対に1人で行くな」と言われる人物だった。社長は自他ともに認める広島の元暴力団幹部。映画『仁義なき戦い』の登場人物の一人のモデルになったほどだ。巨体に鋭い眼光。ドスの効いた声で「もう堅気だよ」と言われても、彼の一声で兵隊はいくらでも集まると喧伝されていた。話をしているだけで怖さがヒシヒシと伝わってくるようだったのを覚えている。安西との契約も奴隷のような内容。話し合いなどで済む相手ではないと察知したのか、安西は恋仲になっていた担当マネージャーと逃亡を図った。引退覚悟の逃避行だったが、事件はそれだけで終わらなかった。社長の安西に対する恐喝事件にまで発展。裁判沙汰にまでなった。逃亡先からそれぞれ出廷したマネージャーと安西。マスコミは裁判後の居場所を確認すべく、前代未聞のカーチェイス。今では考えられないが、安西の車を追うマスコミの車はざっと20台。著者は四番目の車にいた。居場所を隠すため必死に逃げる安西の車。追う車。ドラマで犯人の車を追うパトカーのようなシーンが都内で繰り広げられた。逃げる車は信号が黄色になるのをのろのろ運転で待ち、突然スピードを上げて突っ走る。それでも何台かは信号無視で突破するが、後続の車は赤で引っ掛かり続々、離脱。残ったのは4台になったとき、さらなるハプニングが起きる。踏切の遮断機が下りる直前で彼女の車が突っ切った。後に続いた先頭の車が踏切に入った途端、遮断機が降りた。追跡どころではない。みんな車を降り、遮断機を持ち上げ難を逃れたが、その時点で見失い追跡は終わった。

 そんなハプニングまで引き起こした安西の逃避行は安西の引退で決着。安西はマネージャーと結婚し、ハワイで暮らした。

「引退したとはいえ、日本で暮らせば社長の仕返しが恐かったのでは」と言われていた。だが、その事務所もやがて解散。事件は喧嘩両成敗のような形で決着を見た。

 その後、安西は離婚して日本に戻り、六本木のライブハウスなどで歌っていた。何度か店で会い親交を温める機会があった。「あの時は私も必死だったのよ」と酒を飲みながら昔話に花を咲かせたが、安西は60歳の時、急性心筋梗塞で亡くなった。

 事務所とタレントのトラブルは絶えないが、残るのは遺恨だけ。それを歴史は教えてくれている。

(敬称略)

二田一比古
1949年生まれ。女性誌・写真誌・男性誌など専属記者を歴任。芸能を中心に40年に渡る記者生活。現在もフリーの芸能ジャーナリストとしてテレビ、週刊誌、新聞で「現場主義」を貫き日々のニュースを追う。

あの入院シーンもオマージュだった? 極私的・HiGH&LOWと観たいアジア映画

――生コンを飲まされるコブラの画像が公開されたとき、その衝撃と共に話題になったのは、このシーンが韓国映画『新しき世界』のワンシーンに似ていることだった。同作をはじめ、アジア映画を愛して20年超のライター・西森路代氏が、ハイローと一緒に観たい“極私的”アジア映画を語る。

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衝撃の生コンシーンもアジア映画のオマージュか?(You Tube「HiGH&LOW THE MOVIE 3 / FINAL MISSION」 予告編 60秒verより)

『HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION』(以下、『FINAL MISSION』)の公開前、コブラが吊るされ、“生コン”を飲まされている場面写真が公開され、多くの人の度肝を抜いた。同時に、この場面が韓国映画『新しき世界』(2014/以下、すべて日本公開年)のワンシーンを思わせるというのも話題になった。これをきっかけに、同作を観たというハイローファンもいるのではないだろうか。

 かく言う私は公開当時、『新しき世界』にドハマりし、ツイッターのスクリーンネームで「新しき西森路代」と名乗っていた。当時は同じように「新しき」を名乗るファンが何人もいたのだ。ここにきて、そんな自分にとっての特別な映画と、現在ドハマりしている『HiGH&LOW』がつながったのはうれしかった。同時に、今まで20年以上も香港映画を観てきたこと、アジア各国のアウトローを描いたアクション作品が好きだった自分をさらに肯定できる気がして、胸が熱くなったものだ。私のほかにも、形は違えどそんな人はいるのではないだろうか。

『新しき世界』で“セメント”のシーンが出てくるのは冒頭だ。組織の中に“警察のイヌ”がいると判明し、疑惑をかけられた構成員がセメントを飲まされ、その後、ドラム缶に入れられたまま海に放り込まれて、その構成員は映画から退場する。ちなみに、『新しき世界』のファンは「生コン」ではなく「セメント」と言う。『HiGH&LOW』ファンの間では「生コン」という名称が定着したようなので、以下からはそう書く(『FINAL MISSION』の劇中でも「できたぞ、セメント」というセリフがあるので、やはりあれは「セメント」なのではないかと思いつつ……)。

『FINAL MISSION』で“生コン”を飲まされるのは、末端のキャラクターではなく、「全員主役」といわれる同シリーズの中でも主役中の主役であるコブラである。「生コンなんか飲んだら、食道や内臓の粘膜やられて、いくらコブラでも動けないよ!」と思ったら、そこはうまいこと展開してくれていてほっとした。

 さて、『HiGH&LOW』シリーズを見ていると、『新しき世界』以外にも「この映画へのオマージュなんだろうか」と思う作品がいくつも思い浮かぶ。本稿では、そうした作品をはじめ、『HiGH&LOW』とあわせて観ると楽しめるアジア映画を、個人的な視点で紹介していきたい。

琥珀&九十九の入院シーンもアジア映画へのオマージュか?

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『インファナル・アフェア』

 そもそも、『新しき世界』もまた、ある映画へのオマージュだといっても過言ではない。その映画とは、香港で制作された『インファナル・アフェア』(03〜)シリーズだ。アメリカでも『ディパーテッド』(07)というタイトルでリメイクされ、日本でも、西島秀俊&香川照之のコンビで『ダブルフェイス』(17年/TBS)というタイトルでドラマ化されたため、知名度は高いだろう。

『インファナル・アフェア』は、警察官が黒社会に潜入し、また黒社会の若い構成員が警察学校を卒業してそのまま警察官となって警察組織に潜入しているという二重の潜入捜査ものである。こうした斬新な設定は、その後の作品に影響を与えた。『新しき世界』もそのひとつである。

『インファナル・アフェア』の原題は『無間道』。これは「一度足を踏み入れたら戻ることのできない無限に続く地獄」を意味しているという。とすると、それにインスパイアを受けているだろう『新しき世界』のタイトルは、「無限に続く地獄への新しき世界が開けてしまった」という解釈もできる。『インファナル・アフェア』のアンディ・ラウ演じるラウ(警察に潜入したヤクザ)と、『新しき世界』のイ・ジョンジェ演じるジャソン(ヤクザに潜入した警察官)は、両物語の最後に“同じ景色”を見るのだ(ひとつの到達点にたどり着くとでも言えばいいだろうか。両作品の最後の最後のネタバレになるため、これくらいの表現に留めておきたい)。

 タランティーノが、チョウ・ユンファ主演の香港映画『友は風の彼方に』(91)からインスパイアされて『レザボア・ドッグス』(93)を作ったというのは、ファンの間では有名な話である。『新しき世界』もまた、『インファナル・アフェア』を見て、シーンを取り入れたり、物語を深く解釈して、ときにはキャラクターの立ち位置を反転させたり、ストーリーのどんでん返しの技を駆使したりしながら、新たなものとして作り出した作品であると感じるのだ。

 少し横道にそれるが、『HiGH&LOW THE MOVIE』には、『友は風の彼方に』を思い起こさせるシーンもある。『友は風の彼方に』は、チョウ・ユンファ演じる潜入捜査官が、ダニー・リー演じる裏組織の人間に、本来ならば感じてはいけない友情を抱いてしまうことが物語の肝になっているのだが、この二人が強盗決行前夜に隣り合ったベッドで横になりながら、語り合うシーンがある。このシチュエーションは、九十九と琥珀が共に入院して隣り合って寝ている回想シーンに重なって見える(カーテンは隔ててはいるが)。しかも、右側に寝ているチョウ・ユンファ演じる潜入捜査官は過去に大切な仲間を亡くした経験があり、そのことで苦しんでいる。そして今、絆を深めつつあるのが左で寝ているダニー・リー演じる裏組織の人間なのだ。『HiGH&LOW』では、回想シーンで右側に寝ていた琥珀が、現在は龍也という存在を失って苦しみ、左にいた九十九が相棒となりつつあるという点でも、このシーンは重なっているのだ。そもそも、『友は風の彼方に』は、その後の潜入捜査ものや男同士の絆を描いた作品のルーツになる映画でもあるから、『HiGH&LOW』に影響を与えていることは考えられなくもない。

悪人はゴルフクラブを握り打ってはいけない場所で打つ

 話を戻そう。『インファナル・アフェア』は、設定以外にもさまざまな面で後続の作品に影響を与えている。『インファナル・アフェア』には、潜入捜査官と刑事が屋上で落ち合うシーンがあるが、本作が公開されて以降、ドラマや映画で男二人が密会するシーンでは屋上が使われることが格段に増えた気がする。また、屋上からアンディ・ラウ演じるラウ刑事がゴルフの打ちっぱなしをするシーンは、まさに『FINAL MISSION』でもオマージュされている。

 考えてみれば、屋上から市街地に向かってゴルフの打ちっぱなしをしたら、地上を歩く人間に当たって死者が出るような危険な行為のはずだ。したがってこれは悪のメタファーでもある。屋上でゴルフをするような人は、物語の中では悪人なのだ。『FINAL MISSION』でも、屋上でゴルフに興じていたのは、無名街の秘密を隠蔽しようとする汚職にまみれた警察官僚や政治家、九龍の面々であった。

 さらに、『新しき世界』でも、ゴルフクラブを握るのは悪人だった。同作では屋上ではなく、建設途中のビルのワンフロアから、空中へとボールを打ちっぱなす。打っているのは、黒社会の組織の大物であり、非情な手段を使ってでも権力を握ろうとしている悪=イ・ジュング(パク・ソンウン)であった。悪とわかっていても、ジュングがゴルフクラブを持つ姿はなんともゾクゾクするものがある。彼がボールを打つと、周りの太鼓持ちの構成員から「ナイスショット!」と媚び媚びの声がかかるのだが、『FINAL MISSION』でも、岸谷五朗演じる善信にこの媚びた「ナイスショット!」の声がかかる。ここでジュングと善信(そもそもこんな悪人が「善を信じる」という名前なのが皮肉だが……)がつながるのである。やはり『インファナル・アフェア』は『新しき世界』に影響を与え、『新しき世界』は『HiGH&LOW』に影響を与えているのである。

「立ち上がる人々」を描くジャッキーのダーク作品

『FINAL MISSION』では、SWORDが窮地に陥ってどん底の状態になり、そこからコブラたちが這い上がる姿が描かれている。劇中では、コブラが生コンを飲まされている姿とシンクロするように、SWORDの面々が九龍の手によって瀕死の状態にさらされている場面が映る。鬼邪高校やWhite Rascalsのクラブ「heaven」、達磨一家の拠点は、火を放たれ人々は死んだように横たわっている。山王街では、天井の骨組みから人々が縄で縛られ吊るされていた。

 このシーンは、SWORDが九龍によって最悪の状態に追い込まれたことを示す重要な場面である。「立ち上がるにも限度がある」というロッキーのセリフがこの状況を表しているが、ここまでのことをされたからこそ、コブラやSWORDの面々に再び立ち上がってほしいと観客に強く思わせることのできるシーンでもあるし、どん底のあとにこそカタルシスがある。そんなシーンを見て思い起こすのが、ジャッキー・チェン主演の『香港国際警察/NEW POLICE STORY』(05)だ。

 本作は、ジャッキー・チェン映画の中でも、ダークな部類に入る作品である。ジャッキー演じる香港警察特捜班のチャン警部は、警察を混乱させて楽しむ凶悪な愉快犯たちの標的となる。チャン刑事を困らせるために、彼の部下たちは天井から吊るされる。両者がカンフーで手合わせをしてチャン警部がしくじるたびに、吊るされた部下たちはつながれた縄を切られ、その下にあるフェンスに激突して命を失ってしまうという、非常にやるせないシーンがあった。チャン警部はこの悲惨な経験から一時は自暴自棄にはなるが、そこから立ち上がるのだ。コブラたちのように。

『HiGH&LOW』がジャッキーの映画に影響を受けたのかどうかは、はっきりとはわからないが、一緒に観ると楽しめる一作としてこの『香港国際警察/NEW POLICE STORY』を推薦したい。『END OF SKY』と『FINAL MISSION』で監督を務めた中茎強氏も、インタビューで「『ロッキー』(1977)とか『グラディエーター』(00)のような、圧倒的に弱い立場のものが立ち上がっていきつつも、一番大事なものは身近な人たちだろっていう作品が好きだったんです」と語っている(東京ニュース通信社「CINEMA STARS vol.1」より)。立ち上がる人々を描いた作品は、『HiGH&LOW』を深掘りするのにふさわしいだろう。

 そもそも『HiGH&LOW』は当初から、アジア映画の影響の強さがよく指摘されていた。ドラマシリーズから監督を務めてきた久保茂昭監督は、韓国映画、香港映画好きを公言している。前出の「CINEMA STARS」のインタビューでも、ジャッキー・チェン、ドニー・イェン、ジェット・リーの名前がときおり挙がっていた。

 また、ロッキー役の黒木啓司や琥珀役のAKIRAらが所属するEXILE THE SECONDのドキュメンタリーで、楽屋に『新しき世界』ほか多くの韓国映画のDVDが積まれているのが、ファンの間で話題になったこともある。ノボル役を演じる町田啓太はインタビューで『友へ チング』『アジョシ』『悪魔を見た』『猟奇的な彼女』『哭声 コクソン』『お嬢さん』など、多くの韓国映画を観ていることを明かしている(ウェブマガジン「FILMAGA」17年8月15日掲載)。“達磨ベイビーズ”の雷太を演じるBOYS AND MENの田中俊介も、ブログでソル・ギョング作品や韓国のアクション映画監督、リュ・スンワンの『ベテラン』や『生き残るための3つの取引』が好きだと語っていた。私自身『HiGH&LOW』出演者への取材の中で、今年の春に公開された『アシュラ』や『哭声/コクソン』の名前を聞いたこともある。

 若手俳優、それも『HiGH&LOW』に出演するような俳優たちが憧れる世界観の映画は、韓国に多いということなのかもしれない。韓国映画では、男同士が緊迫した心理戦を繰り広げたり、アクションで魅せたり、どん底から立ち上がったりする作品が次から次へと生まれているのだから、当然と言えば当然である。

〝韓国のガンちゃん〟が〝達磨(?)サーフィン〟する快作

 今回の『FINAL MISSION』では、ほかにも韓国映画を思い起こす部分があった。『FINAL MISSION』は、腐敗した国家権力と九龍という組織にSWORDの面々が立ち向かう作品である。日本の昨今のメジャー作品では、権力と対峙する市民が描かれることはあまり多くないが、韓国には数多く見られる。特に近年では、イ・ビョンホン、チョ・スンウ主演の『インサイダーズ/内部者たち』(16)がこうしたテーマで大ヒットした。

 同作と『HiGH&LOW』にもまた、似たシーンが存在する。『END OF SKY』では、九龍の黒崎、カジノ推進法案担当大臣の篠原、警察官僚の波多野という3人が料亭で密談をしているシーンがあった。『インサイダーズ/内部者たち』では、腐敗した自動車会社社長や新聞記者の面々が料亭で密会するシーンがある。そこで行われるのは性接待であり、あの有名な“ちんゴル”(ビールなどを注いだコップの上に、強いお酒を入れたショットグラスを乗せ、男性器をゴルフクラブに見立ててショットしてショットグラスを下に落とし、混ぜて飲むことを一部のネットスラングでそう呼ぶようになった)が行われているのであるから、インパクトはデカい。

 だが『HiGH&LOW』も負けてはいない。『インサイダーズ』では隠蔽された事実をなんとかつきとめ、イ・ビョンホンがたくさんの報道陣に向けて告発するシーンがあるが、『FINAL MISSION』の告発のシーンは、政府主導の爆破セレモニーとの合わせ技であるから、こちらのインパクトもでかい。こうした荒唐無稽な発想こそが、『HiGH&LOW』を『HiGH&LOW』たらしめている場面なのではないかとも思える。今回の『FINAL MISSION』であれば、達磨一家の花火もそうしたシーンである。

 達磨一家は、『HiGH&LOW THE MOVIE』では日向がアメ車に箱乗りして観る者を面食らわせたし、『END OF SKY』では達磨サーフィンを披露。そして『FINAL MISSION』ではまた原点の箱乗りに戻ったかと思いきや、今度は車体自体が斜めになった状態で日向は登場した。

 達磨をはじめ、SWORDの面々がバイクや車で一堂に会するシーンは、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)を思わせた。『HiGH&LOW』の久保監督が、『マッドマックス』(79)『マッドマックス2』(81)の影響を受けて作られたと言われている『爆裂都市 BURST CITY』(82)のファンを公言しているのも納得がいく。

『爆裂都市 BURST CITY』は、ザ・ロッカーズやザ・ルースターズ、スターリンなど、当時の若くてギラギラしていたバンドのメンバーたちが主演し、退廃的な架空の街にそんな若者たちが集まっている。映画に流れるアナーキーな部分に、久保監督は惹かれているのだというが、確かに『HiGH&LOW』も架空の都市が舞台で、若くてギラギラした今の俳優たちが出演し、ときにライブのシーンも挟み込まれる。

 架空の荒廃した街、ギラギラした男たち――アジア映画にも、そうした作品はもちろん存在する。チョン・ウソン、イ・ビョンホン、ソン・ガンホというビッグスターが共演した『グッド・バッド・ウィアード』(09)も、『HiGH&LOW』とあわせて観てほしい映画のひとつだ。

 本作の舞台は1930年の満州ではあるが、さまざまな民族がまじりあった無政府的な街が描かれているし、また『マッドマックス』のように、砂漠の中を進む列車やジープや馬などが出てくる。韓国のガンちゃんことソン・ガンホが、達磨サーフィンよろしく、ジープに縄でつかまって滑走する姿も見られるのだ。砂漠の中に存在する荒廃した街は、リトル・アジアのようでもあり、無名街のようでもある。日本軍の指揮官として、『HiGH&LOW THE MOVIE』で張を演じた白竜も出演している。

死んだ人がケロッと帰ってくる!『古惑仔』は香港版「ハイロー」だ

 最後に、本当に極私的な観点ではあるが、『HiGH&LOW』を観ると思い出す香港映画を紹介したい。それは、『インファナル・アフェア』シリーズを監督したアンドリュー・ラウの出世作『欲望の街・古惑仔(コワクチャイ)』(97〜)シリーズである。

 本作は、香港の団地出身のチンピラたちを描く青春群像映画であり、主演は歌手としても活躍するイーキン・チェンや、ダンスグループ「風火海(フォンフォーホイ)」の3人であった。彼らの前に立ちはだかる非道で強烈な悪役を、『インファナル・アフェア』で刑事を演じたアンソニー・ウォンなど、当時の脂の乗った中堅俳優が演じている。彼の上にはさらに組織の上位の面々も存在しており、いわば九龍の幹部会のようなものも開かれる。この悪役中堅俳優の演技が過剰なうえに、やることなすこと極悪非道なため、私はこのシリーズを観てから3年、いや5年くらいは、アンソニー・ウォンのことが嫌いで仕方なかった(今ではファンだが)。この人はほかにも、人肉を饅頭にして売っていた犯人の実話映画『八仙飯店之人肉饅頭』(93/日本では04年以降に映画祭などでのみ公開)や、架空のエボラウイルスに感染した男が人に感染させまくる映画『エボラシンドローム 悪魔の殺人ウィルス』(97)などに出ていたのだから仕方ない。そんな姿と、『HiGH&LOW』での髙嶋政宏(源龍海役)や、岸谷(善信役)の怪演が重なった。

 さて、この『古惑仔』シリーズは6作まで作られたほか、女性キャラクターたちを描いた『洪興十三妹』(日本では99年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映)や、悪役のン・ジャンユー主演の『旺角 Fit人』(96年香港公開/日本未公開)、同じく悪役のアンソニー・ウォンが主演の『古惑仔激情篇洪興大飛哥』(99年香港公開/日本未公開)、そしてニコラス・ツェーやサム・リー、ダニエル・ウーといった香港の新しいスターたちを生んだ『硝子のジェネレーション 香港少年激闘団』(00)など、次々とスピンオフ作品が作られた。これらの作品は、『正外伝』と『外伝』とに分けられている。つまり、ひとつの『古惑仔』という世界から、無数の作品が生まれたのである。これは登場人物のキャラクターがそれぞれ魅力的だったことを意味している。そしてその中でも、悪役が特に魅力的だったのである。

 こうした『古惑仔』シリーズの試みは、『HiGH&LOW』プロジェクトと重なって見える。正規のシリーズがあり、『HiGH&LOW THE RED RAIN』のようなスピンオフ映画があり、本編では悪役のMIGHTY WARRIORSを主役とした『HiGH & LOW THE MIGHTY WARRIORS』のようなスピンオフが作られていることとも重なる。今となっては、テレビシリーズもスピンアウト作品に思えるほどだ。まだ脚本家・平沼紀久とキャストの口約束の段階ではあるが、「鬼邪高校のスピンオフを作る」というやりとりもあった。前述の通り『古惑仔』シリーズには、女性だけで描かれるスピンオフもあったし、新人俳優だけで構成される作品も存在したわけで、こうした可能性は、『HiGH&LOW』に「も無限に広がっていると思っていいだろう。

 なお、何度も本稿に登場したアンドリュー・ラウについていえば、実は琥珀を演じているAKIRAは、『レジェンド・オブ・フィスト/怒りの鉄拳』(11)で日本軍の暗殺隊長・佐々木役で彼の監督作品に出演済みである。この作品で、AKIRAは主演でアクション監督を務めるドニー・イェンにアクション指導もされている。もう一人のアクション監督は、『HiGH&LOW』シリーズの大内貴仁と関係の深い谷垣健治だった。本稿を書いていると、『HiGH&LOW』と香港映画、そしてアンドリュー・ラウの結びつきの深さを感じずにはいられない。

 アンドリュー・ラウは、アラン・マックやフェリックス・チョンと共同作業していることが多いのも、チームで制作する『HiGH&LOW』と重なる。また、チンピラや黒社会の世界を描きながら、どこかコミカルな部分や、突っ込める部分もたくさんあるのが初期アンドリュー・ラウの強みでもあった。

 さて、前述の『古惑仔』シリーズでは、平気で死んだはずの人が別のキャラでケロっと帰ってきたりするのがまた、作品の面白さを盛り上げていた。死んだ人がケロッと帰ってくるというのは、日本の『仁義なき戦い』や香港の『男たちの挽歌』などでも使われる、ヤクザモノのお約束なのである。しかしそれは、作品自体にエネルギーや勢いがあり、「とにかく次を作らないといけない」という意気込みの表れなのではないだろうか。だから『HiGH&LOW』でも、突っ込まれまくりな部分が今後どんどん発生していったとしても、それは作品を盛り上げるスパイスのひとつであって、なんの問題もないのではないかと思うのだ。アジア映画を愛する者としては、それくらいの気持ちで『HiGH&LOW』の次なる展開を待ち望みたい。

西森路代(にしもり・みちよ)
1972年、愛媛県生まれ。ライター。アジア系エンタメや女性と消費に関するテーマなどを執筆。著書に『Kポップがアジアを制覇する』(原書房)、『女子会2・0』(共著/NHK出版)など。

ありがとう『HiGH&LOW』、お体だけはどうぞ大事に…窪田正孝の凄みとハイロー未来への期待 【対談後編】

対談前編はコチラ

映画『HiGH&LOW THE MOVIE』に脳を焼かれてから1年数カ月。夏の『END OF SKY』公開時にも開催したハイロー対談@サイゾーが、再び帰ってきた。毎度おなじみ映画ライターの加藤よしきさんとヤンキーマンガとEXILE史学に詳しいライター藤谷千明さんが、『FINAL MISSION』について徹底討論! これが俺たちの最後の祭りじゃ!!(なお、今後新作が公開された場合にはこれが最後とは限らない場合がございます/今回も同席している編集者は重度のLDHオタクです)
※本記事は映画『HiGH&LOW THE MOVIE3 / FINAL MISSION』のネタバレを含みます。

まずは窪田正孝の話をさせてくれ

藤谷:ザム3の演技といえば、スモーキーですよ。窪田正孝さん、今回もちょっとしか出てないのに、出ているところは全部すごかった。

加藤惜しい人を亡くしました……。タケシとやり取りするシーンで、タケシ役の佐野(玲於)くんは、正直ドラマの最初のときはかなり演技が厳しいと思っていましたが、心なしか彼もうまくなってました。スモーキーと二階堂の絡みもすごくよかったですし、あの場にいた全員の演技力を底上げするくらいの力が窪田くんにはあります。最後も、ちょっと時空が歪みますよね。全力疾走してくる敵に対して、スモーキーが心中をゆっくり語るっていう。あれは少年マンガ的に正しいです。

藤谷:「まったく、最高の人生だった」って、完全に『BLEACH』【1】の作法ですよ、あれは。見開きブチ抜きのコマで表現しているところですね。

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【1】(久保帯人/集英社)家族を守るために悪霊・虚(ホロウ)を退治する死神になってしまった高校生・黒崎一護の活躍を描く。18年に福士蒼汰主演で映画化もされる。

加藤:最後まで強いまま、強くてかっこいいまましっかり死んだ。

藤谷:正直彼はSWORDの頭の中で、一番突飛な設定ですよね。スラムで育って、超強くて、難病を抱えている。この超無理難題設定を違和感なく表現して有終の美を飾るって、この世で窪田さん以外できないと思いますよ。ちょっと下手な役者がやった場合、100%寒いギャグになる。

加藤:達磨の日向を演じた林遣都くんもそうで、あの人たちの俳優としての底力を見ました。もちろん衣装や周りのデザイン、美術とかの人達もものすごく優秀だから、こういう素晴らしい概念を具現化できたんだと思うんですけど、その中でも、この方の演技力っていうのは強かったんだと思いますね。だからこそスモーキーには最後に戦ってほしかった。

編集部今回刊行する『HiGH&LOW THE FAN BOOK』の中でスモーキー推しの方を集めて、あの死に様をどう受け止めたのか聞く「スモーキー追悼座談会」をやったんですけど、みなさんやっぱり「もう一回最後にアクションが欲しかった」と言ってましたね。「せめてキリンジを殴るところは見たかった」と。

加藤:キリンジにハイキック一発でいいから入れてほしかったですね。で、その後二階堂に刺されるでもいいですし。あれは多分、中途半端にアクションするくらいなら全部切っちゃおうという判断なんでしょうね。

藤谷:それは正解な気がします。

加藤:ただ、切ったわりに、死んだところは映すんかいって。そこの取捨選択でちょっと疑問は残りつつも、やっぱり「Break into the Dark」が流れるあのシーンは、本編で一番の見所と言っても過言ではないです。劇場で観たとき、ちょっと泣きました。

藤谷:生コンが「サビ」なら、あそこは「大サビ」ですね。

編集部:「Break into the Dark」はザム2からの挿入歌ですけど、歌詞を読むと完全にルードボーイズの曲ですね。「I’ve gonna never give up」って繰り返してて、「俺達は生きることを決して諦めない」の姿勢ですよ。この起用、LDHウォッチャー的には、“アフロジャック接待”にしか思えなかったんです。でもザム3で流れてきたときに、「うがった見方をしてしまいすみませんでした。素敵です」って思いました。

ルードボーイズの曲だったのだ…

藤谷:あそこは一つのクライマックスではありますね。まあ常にクライマックスなんですけど。

 演技力でいうなら、小野塚勇人さん=キリンジの話をさせてください。ザム3の収穫の一つとして、キリンジがめちゃめちゃカッコよくなってるという点があげられます。作中でも幹部に出世してますし。それでいうと、ザムのときの対談で謝らなければならないことがひとつありました。あの対談では「LDHの人間同士は勝負をつけてない」という説を掲げましたけど、ドラマ版から勢い良く負けてるLDHの人、いましたよね。そう、劇団EXILE・小野塚勇人さん演じるキリンジです。申し訳ありませんでした!

加藤:そういえば、キリンジは盛大に負けてましたね。

藤谷:いってしまえばキリンジは、当初は勝負の土俵にすら上がらせてもらえないキャラクターだった。ドラマ版では日向に相手にもされず、ザムでは九十九さんにワンパン一発KOです。それがザム3ではものすごい存在を放っていた。これは1年間『仮面ライダーエグゼイド』で九条貴利矢(仮面ライダーレーザー)役をやっていた結果、ケレン味のある演技を身につけたんだろうな、と。ハイロー自体、「特撮に近い」「2.5次元に近い」ということが指摘されている通り、キャラクターと生身の人間の中間を表現する術を学んだんでしょうね。

加藤:格段にうまくなってると思います。

藤谷:だってキリンジ、やってること自体は前とあんまり変わってないというか。馬場の存在には気がつかないし、実際そんなに役に立ってないですし。でも登場シーンの重機からの降り方がかっこいいし、人さらいの仕方もかっこいい。これからの活躍が期待される、それこそ名前の通りの「麒麟児」になったわけです。

編集部:あのガラス破って、「はーい、こんばんわー」も大好きですね。確実に「ハイロー力」が上がっていました。

加藤:そこは「ハイロー力」じゃなくて「演技力」でいいと思いますが……。ともかくシリーズ足掛け3年やってるわけですから、その間にいろんなところでいろんなことを皆さんが経験されて、やっぱり全員うまくなっている。

藤谷:ガンちゃんさんの成長も著しいです。琥珀さんに助けてもらうシーンも表情の変化なんか素晴らしかった。

加藤:それこそ、「もう拳だけじゃ解決できねぇ」もすごく良い表情でした。

編集部:声の出し方もすごく変わりましたね。今ドラマシリーズを見ると、普段より低い声でしゃべるのが大変だっていう前提はありますけど、かなりきつそうに聞こえる。でも今回はそれこそ「拳だけじゃ解決できねぇ」とか、ちゃんとコブラの喋り方で感情ものせていました。

藤谷:ダンの糾弾を受けて「そんなことお前に言われなくてもわかってんだよ」のシーンも印象に残っています。目とか表情で演技できるようになっていて。

加藤:「分かってる」と言いつつ迷っているところがうまく出せてますよね。ただ、ガンちゃんさんも若干スケジュールの都合があったのかなと思いました。インパクトのあるシーンは多いんですけど、実は出演時間はそう多くない。一人のシーンと、大御所俳優の方々とのからみのシーンが多くて、前回のジェシーとの格闘シーンみたいながっつりしたタイマンも無かったですし。

藤谷:爆発にせよ生コンにせよ、インパクトが強くて気がついていませんでしたが、たしかに。「無名街爆破セレモニー」に証拠のエリ、馬場、資料を連れてくのは琥珀さんと雨宮兄弟ですもんね。エリを後部座席に乗せていたのはコブラのはずなのに、いつのまにか別れて地下の駐車場で九龍を待ち構えていて、やっぱり一人になりがち。『マジすか学園2』【2】における前田敦子現象ですよ。

加藤『エクスペンダブルズ2』【3】におけるジェイソン・ステイサムですね。

編集部:ヤマトとノボルも実はそんなに出てないですしね。鈴木伸之さんも町田啓太さんも売れっ子になりつつあるから、忙しかったんだろうな、と。

藤谷:ハイローから飛び出してちゃんと活躍の幅が広がったという意味ではポジティブに考えるべきことですし、「たられば」を考えても仕方がないですが、全員のスケジュールが万全な状態のザム2ザム3を観てみたかったですね。

渡辺裕之の説得力がどうしても必要だった…? 最後までモヤるDTC問題

加藤:「HiGH&LOW THE DTC」を挟んだからか、DTCの3人も、演技力は格段に上昇してましたね。あの爆弾のシーン、おもしろすぎました。語弊がありますけど、「バカしかいない空間」ができていた。九十九さんの「とりあえず1本いっとくか」とか。あれが大好きなんですよ。変な話、あのテンションで全編やってくれてもよかった。

編集部:「探すんかい!」最高でしたね。『HiGH&LOW』ってギャグセンスがあまりないと最初は思ってたんです。ちょっと笑かすシーンってシーズン1からあったんですけど、ハマりの悪さが気になって。だからザム3の爆弾のくだりが純粋に笑えたのは、間の使い方が抜群に上手くなった証拠なんじゃないでしょうか。ザム2から加わった脚本家の福田晶平さんは、吉本の劇場のコントライブなどをずっと書いてる方なので、お笑い畑の人がちゃんと入った効果もあるのかもしれません。

藤谷:私はあそこは「なぜクライマックスで、特に役に立たないシーンを……?」と思いました。改心したDTCが何かしらの活躍をすると思ったら、コントするだけ。それこそ徐々にクライマックスに上がっていくところで、ぽっかり踊り場みたいなテンションの空間ができあがっていた。あそこだけカットしてhuluでやっても何の問題もないでしょう。話の筋にはまったく必要ないから。でもあそこをカットしてしまうと、DTCの出番がなくなってしまう……。というか、DTCの感情は一体どうなってるのか。ザム2ではあんなにピリピリして、今回もコブラに啖呵切ってたのに、ちょっとテッツの親父に説教されたくらいで、気持ちが変わるのが早すぎません?

加藤:僕は逆にあそこは「渡辺裕之さんだったら仕方ないな」と思いました。ダンさんたちも怪我をしていたから、ひょっとしたら九龍の襲撃において、テッツの親父も戦ったのかもしれない。白いタンクトップが若干薄汚れてましたけど、あれは九龍が襲ってきたときの返り血なんですよ。テッツの親父が九龍を撃退して、「こういうやつらにのさばられるくらいなら、俺は残る」みたいな親父の翻意があったのでは。

藤谷:「ザム3 ・150分ディレクターズカット版」(※存在しません)ではそういうシーンがあるのかもしれない……。

加藤:DTCのところの説明不足を補うためにも、あの暴力的な説得力を持つキャスティングは必要だったんですよ。B級映画でもたまにあるんです。マイケル・マドセンっていう、『レザボア・ドッグス』【4】に出てる俳優が、本当にどうしようもない映画に結構出てくれる人なんです。もうグチャグチャになってる話でも、マドセンが出てきて何か言ったら、その場が丸く収まったような気になるんです。それと同じものを感じました。

藤谷:「ファイト一発」で全てを解決してきた男ならではの説得力がある、と。

ハイローは「なんでもやっていい『アウトレイジ』」か?

加藤:あとはやっぱり、九龍の皆様の話をしていいですか。今回一番目立った勢力って、九龍なんじゃないでしょうか。見どころとして、九龍の皆様の演技のおもしろさで引っ張ってる部分も多分にありました

藤谷:そうですね、全貌も分かりましたし。それぞれどんな特徴があるのか、頭の皆さんにそれぞれ見せ場があったから。みんな一つ一つの動きだけで「恐い存在」だというところが伝わりました。

加藤:克也会長なんて、達磨の拠点を襲撃したとき、冗談みたいな襟の革ジャン着てましたよ。シルバーのダブルのスーツから急に服装が変わって。でもすごい強そうだし、確かにカッコいい。要はハイローって、「なんでもやっていい『アウトレイジ』【5】」なんですよ。『アウトレイジ』は一定以上のリアリティを保たないといけないけど、こっちは好き勝手やっていい。それは楽しいでしょう。

 それで思ったのですが、『HiGH&LOW』ってコンテンツは何なんだろうって考えた時に、これはLDHによる“福利厚生”的な側面もあるんじゃないか、と。ガンちゃんさんがすごく顕著ですけど、普段彼が求められてるのは爽やかな青年で、アイドル然としたキラキラ仕事が多いわけですよね。そんな中で『HiGH&LOW』だと、コブラのようなワイルドでクールな役ができる。本人たちもキラキラ路線だけじゃなくてギラついた感じもやりたいだろうから、そういうガス抜き的な意味があるのかもしれない。彼らをLDHの社員と考えると、これは仕事であり、同時に一種の福利厚生というか、慰安旅行なんですよ、きっと。そしてほかの俳優さんたちにとっても、例えば岸谷五朗さんや加藤雅也さんとかも今だと「主人公の会社の上司」みたいな普通の役が多い中であんな役を求められたら、楽しいと思います。

編集部:そしてその旅行を主催することによって、LDHは芸能界のいろんな人達から支持をもらっていく、と。

藤谷:『HiGH&LOW』に出て、株を下げた人はいないですからね。

加藤:九龍のみなさん全員楽しそうでしたし、「ハイローに出たい」と公言する役者さんまで出てきましたから。

アニメ、マンガ、TBS版…そして世界へ! 広がれ!ハイローユニバース!

加藤:この場を借りて言っておきたいことがあります。原点に立ち返ると、LDHの皆さんにアクション・スター的な活躍を要求している僕はノイジーマイノリティーなんです。LDHの皆さんの本業は歌手でありダンサーですから、あんまり危険なアクションで怪我しないでほしい。アーティストとしての彼らを応援しているファンが本来いるわけで、その人たちを一番大事にしてあげてほしいですから。「お体だけはどうぞ大事に」(BOOWY)【8】ですよ。

藤谷:でも、逆に外野からそこに気を使われすぎるのも、本人たち的にはどうなんでしょう。「全部できるのがLDH」みたいな、体育会系的精神というか。そこまで目配せをするのが逆に失礼ではないかという気持ちもある。我々がノイジーマイノリティーであることは間違いないですが。

加藤:とにかく、それくらい心配になる領域に来てるので、ここはゆっくり休んでいただいて。

藤谷:ここで一回区切りをつけるのは、いい選択なんでしょうね。でも今後の展開は想像してしまいます。

加藤:『スターウォーズ』みたいに、何十年か後に「エピソード1」が急にできるとか。

藤谷:ヤング龍心さんが主人公の、九龍前日談?

加藤:龍心さんたちが巣鴨プリズンで出会った若き日の……。

編集部:そこまでの年齢ではなくないですか?

加藤:あの世界の第二次世界大戦は、終わるのがちょっと遅かったかもしれない。

藤谷:なるほど? 1945年に終戦してるとは限らないですね。

編集部:なら、そのヤング龍心さんをAKIRAさんにやってほしいです。それで九龍とMUGEN・SWORDはやっぱり似ていたんだというのを示す。

藤谷:では黒崎を青柳さんに……? 夢が広がりますね、本当にMUGENですね。

加藤:次なる展開として、マンガやアニメもまたやってほしいですね。

藤谷:個人的には細川先生版の『HiGH&LOW』をもう一度やってほしいです。ヤンキーマンガの文法で描かれた『HiGH&LOW』を読みたい。

編集部:我々編集部は最近「TBS版ハイローを作ってほしい」と盛り上がりました。

加藤:意味がわからないですね。

編集部:キャストに誰もLDHがいないバージョンです。TBSの磯山(晶)プロデューサーが「設定を借りたい」ってLDHに頼むんですよ。そうするとHIROさんは懐が広いので、OKを出してくれるんです。キャスティングは琥珀さんが妻夫木聡さんで、ハイローファンが「ぜんぜん琥珀さん感がない!」ってめちゃくちゃ叩くんだけど、龍也さん役が高橋一生さんで、彼の演技で説得力が出て「これはこれでありかも……」って揺れ動くんです。コブラは山崎賢人さん、ヤマトは竹内涼真さん、ノボルが坂口健太郎さん。たて笛尾沢だけ天野浩成さんのままで。楽しそうじゃないですか。全部妄想ですけど。

加藤:ちょうど今アメリカで同じようなことやってますよ。たとえばDCコミックスの「フラッシュ」というキャラクターなんですけど、ドラマ版のフラッシュがいるのに、今度『ジャスティス・リーグ』【8】で映画版のフラッシュが出てくるんです。そういう感じで、いろんな俳優がひとつの役を演じるのはありだと思う。

藤谷:それだったら、アニメ『HiGH&LOW』がCLAMP先生版とは別にできて、人気声優が声を担当するという案もあるのでは。『エグザムライ戦国』のアニメだって、本人以外の人が声を担当していましたし。HIROさん役が稲葉徹ですから。あとは舞台版も観てみたい。佐藤大樹さんが主演をつとめた『錆色のアーマ』という「逆2.5次元」コンセプトの舞台もありましたし、LDHとネルケの関係性を考えたらありえそうです。

加藤:ハイローを今後いろんな形で浸透させていった結果、気がついたら「『HiGH&LOW』という原作があって、それをEXILEの皆さんで実写化する」みたいな未来が来るのかもしれません。

編集部:どういうことですか?

加藤:現在のハイローがあって、そこからアニメやマンガやTBS版?とかいろんなものができる。それらを経て、『新HiGH&LOW』が生まれるんです。

藤谷:待ってください。『新HiGH&LOW』ってなんなんですか、加藤さん。

加藤:現在のハイローからマンガやアニメ、ハリウッド版とかいろいろ生まれていった結果、やがて一番古い『HiGH&LOW』は忘れ去られてしまうんですよ。ガンダムで、最新作は知っているけど、旧作には触れてない人がいるみたいに。さかのぼって全部観る人もいるでしょうけど、もとになった『HiGH&LOW』を知らない人が出てくるし、派生作品のほうが人気が出てしまう事態が生じるわけです。

藤谷:たとえば2.5次元舞台版ハイローが覇権をとって、「染様のロッキーがすごい」「北村諒のKIZZY最高だわ」みたいな感じになるんですね? ゲーム版『HiGH&LOW』が海を超えてめちゃめちゃヒットするとか、アニメ版がヒットしすぎてそっちのほうにハリウッドから実写の依頼が来るとか。

加藤:そういうのが当たって、『HiGH&LOW』というコンテンツとしてお金は入ってくるんだけど、LDHの方々が「ちょっと俺ら元祖なのに、負けてんじゃねえか?」ってなって奮起して、再び実写版の『HiGH&LOW』を作る。

藤谷:なるほど、『HiGH&LOW THE ORIGIN』ですね。マンガ版、アニメ版しか知らない人は「え、マジで実写化すんの?」でしょうね。

加藤:「え? スモーキーを窪田正孝が演じるの?」「林遣都が日向? 俺、解釈違うわ」とか。そうやって無印『HiGH&LOW』の存在が再び脚光を浴びる。忠臣蔵のようなものになっていくんですよ。……こういう妄想はこっちで勝手にやりますから、LDHの方々には己の「カッコイイ」を追求してもらいたいです。

藤谷:そこにつきますね。重ね重ね「ありがとう」と言いたいです。『HiGH&LOW』って、映画を観るたびにドラマ版を観たくなりません? 昨年の対談でも言いましたけど、私は最初はドラマ版にピンときてなかったクチなんです。でも今回ザム3の横浜アリーナイベントで観て、帰宅して速攻でhuluを立ち上げてドラマ版を見直しましたもん。最初はわりと文句を言ってたドラマ版を、こんなに愛しく思えるとは……。こんなコンテンツ、なかなかないですよ。

加藤:僕は『ザム』から入ったクチなので、1年くらいですか。まったく、最高の映画体験だった……。

藤谷:ほんと、ハイローがあると退屈しねえわ。

俺たちもこれが最後の祭りじゃ!! サイゾー的ハイロー特集最後の花火『FINAL MISSION』徹底討論対談!

※本記事は映画『HiGH&LOW THE MOVIE3 / FINAL MISSION』のネタバレを含みます。

たくさんの夢をありがとう、HIROさん…

 映画『HiGH&LOW THE MOVIE』に脳を焼かれてから1年数カ月。夏の『END OF SKY』公開時にも開催したハイロー対談@サイゾーが、再び帰ってきた。毎度おなじみ映画ライターの加藤よしきさんとヤンキーマンガとEXILE史学に詳しいライター藤谷千明さんが、『FINAL MISSION』について徹底討論! これが俺たちの最後の祭りじゃ!!(なお、今後新作が公開された場合にはこれが最後とは限らない場合がございます/今回も同席している編集者は重度のLDHオタクです)

生コンはサビ! 音楽組織ならではの大胆な構成

藤谷前回の対談「ごめんなさい」から始まったわけですけど、今回は「ありがとうございます」から始めたい。変に引き伸ばしを図るわけでもなく『HiGH&LOW』は『HiGH&LOW』として畳んでくれた。ドラマ版から脈々と続いていたSWORD地区のカジノ問題に一段落つきました。そしてやっぱり今回も冒頭から度肝を抜いてくる。これぞハイローでした。だって、予告で我々に衝撃を与えた生コン祭りがまさか冒頭に来るとは思わなかった。そして中盤でももう一回同じシーンが流れる。つまり、このシーンが「サビ」なんですよ! 三代目J Soul Brothersでいうところの「Welcome to TOKYO」【1】みたいな頭サビで始まる展開です。

【1】16年11月リリースの、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE通算20枚目のシングル。名曲。トキオ…トキオ…トキオ…

加藤:確か『新しき世界』も冒頭に生コン(セメント)シーンがありましたね。

藤谷:でもあれは「サビ」ではなくて、死体が浮かび上がってこないように、海に沈めるための処置としてのセメント描写をもって「この韓国ノアールはエグイやり方で死体を隠蔽するヤクザが出てきますよ」という宣言をするイントロでした。『HiGH&LOW THE MOVIE 3 / FINAL MISSION』(以下ザム3)の場合は、これをサビに持ってきた。音楽組織であるLDHならではの大胆な構成なんですよ!

加藤:大胆な構成というか、今回、シリーズの中で一番構成がめちゃくちゃですね。とくに時系列はもう本当にわからない。どのタイミングでコブラが姿を消して、どこで琥珀さんが助けに来て、どこでSWORDの街が空襲受けたかのように停電になったのでしょうか?

編集部:SWORD地区がいつ燃やされてるのかも分からなかったです。善信の「逃げねえよ」の後なのか、彼が「いや、もう始まってるか」って言うからには『HiGH&LOW THE MOVIE2 / END OF SKY』(以下ザム2)のクライマックスの裏で同時進行で起こってることなのか。おそらく映像の順番的には後者ですかね。その間にダンさんたちは山王街で九龍と戦い、尾沢は骨折した。

加藤:コブラたちは「逃げねえよ」って言われた後、ガレージみたいな謎の空間で山王会議をしていました。本来なら多分、あの会議の前にSWORD地区が九龍の襲来によってブチ壊されて、危機に瀕しているはずなんですよ。人が吊るされたりとか、派手にやられちゃってる。だからゲリラ戦で行こう、という順序のはずです。でも、そこが描かれてないから伝わらないんですよ。ほかのチームも同様です。クラブheaven、鬼邪高、達磨の拠点も燃やされて、そこにロッキー、村山、日向は「間に合わなかった」みたいな感じで来てる。それに達磨の拠点では、達磨ベイビーズが倒れていて、あれがまた時系列の謎を加速させてます。

藤谷:ザム2のクライマックス、達磨一家登場シーンで大きく啖呵切ってたのに! なにか事情があって先に帰ったのか……ナ? 村山は鬼邪高が燃やされて膝から崩れ落ちてるけど、黒白堂駅帰りだとしたら、古屋と関ちゃんは一緒にいないし。SWORDのみんなの鬼気迫る勢い、特にコブラの、ドラマ版からすると圧倒的成長を遂げた演技力に圧倒されて一瞬納得しそうになるんですけど、よく考えたら「……アレ?」ってなる部分は今回多かったですね。

加藤:冷静になるとおかしいんです。今に始まったことじゃないけど、ザム3はそういう部分が特に多い気がする。で、山王は「じゃあゲリラ戦だ」って戦うけど九龍の圧倒的暴力に勝てず、進退窮まったコブラがカッとなって、単身でツッコんでボコボコにされて拉致される。そして生コンを飲まされそうになったところに琥珀さんが現れて。

藤谷:琥珀さんたちはその前に広斗をかばって負傷した西郷の隠れ家に行くというくだりがありました。ここはたぶんSWORDの襲撃と同時進行のはず。この時点でかなり複雑なフローが発生している。

加藤:もしかしたら、琥珀さん側の時空とコブラたち側の時空と、時の流れが違うのかもしれない。『インセプション』【2】みたいな感じで、コブラたちが戦ってる時に琥珀さん側はゆっくり時間が流れているのでは。

1712_inception_150.jpg
【2】クリストファー・ノーラン監督による2010年公開の映画。主演はレオナルド・ディカプリオ。世界のケンワタナベも出演。設定が難解すぎて「コマが回る映画」としか説明できないけど傑作。

藤谷:『HiGH&LOW』の世界はお気持ちで相当時間感覚が変わるところはありますよね。

加藤:いろんな意味でいびつな映画だとあらためて思いました。

藤谷:でもそれは、「お気持ち」が溢れた結果なんですよ。

加藤:最初の『HiGH&LOW THE MOVIE』(以下ザム)のときも、すごいお気持ちがあふれてました。ただザムでは一応脚本上の時間の流れをしっかり設定してて、具体的に日にちを上げたりしていた。「2日後、マイティ、ダウト、総勢500人を連れて、琥珀さんがSWORDを潰しに来る」とかセリフで入れて。いや、それも冷静に考えたらおかしい事態なんですけど、とにかく時間の流れを区切って、キャラの動きもそれに合わせて整理していた。

藤谷:今回は作中の出来事の時間経過が、1週間なのか、3日なのか、1晩なのか分からない。今回の場合、熱量が溢れた結果というよりも、あまりにも短期間に2本を撮影したため、単純に構成に未整理なところが出てしまったという考え方もできるのではないか。どのタイミングでSWORDのみんなが「コブラー!」と走っているのか。しかもそこでコブラにたどり着いたのはSWORDのみんなではなく、琥珀さんと九十九さん。コブラの居場所を偶然耳にしたのは九十九さんだから、そうなる理由はわかるんですけど、じゃあSWORDのみんなはどこに向かって走っていたの……? 

編集部:あの5分割シーンは、ロッキーさんなんて「立ち上がるにも限度がある」って言ったばっかりで走ってて、何があってそんな急に復活できたのか、感情の理解が追いつかなかったです。

藤谷:そもそも5人が「コブラ!」と全力疾走しつつも、「助けるのは琥珀さんか〜い、ズコッ」みたいな気持ちもあります。

編集部:しかもその後、ロッキー・村山・日向は無名街のスモーキーの墓に着いているけど、ヤマトとノボルはいない。で、次の日の琥珀さん大号令のシーンで、「コブラ! 九龍潰そうぜ!」って出てくる。

加藤:ヤマトとノボルどこ行ったんだ問題、ありますね。

藤谷:このあたりは最初観たときは頭から「?」がとれませんでしたね。SWORDのみんな→コブラへの感情の受けどころがない。助けられた後にヤマトやノボルの「心配したんだぞ、コブラ」「俺達は仲間だ」みたいな一言でもあれば……。まあそんなベタなセリフ、ハイローで言わないと思いますけど。あんなに必死に走っていたSWORDのみんなに対しての目配せがないのは気になりました。

ハイローのアクションには「情」のバトルと「動」のバトルがある

編集部:対談前半はツッコミどころをいろいろ話していくことになりそうですが、そもそも、話の畳み方としてはどうでしたか?

加藤:散々文句を言いましたが、僕は悪くなかったと思います。見せ方が気になるところはあるにせよ、最終的に拳だけじゃ解決できないから、警察っていうちゃんとした大人の力で解決するのは良いと思います。それと、マスコミが入ってる生放送=ライブの場で訴える『サンクチュアリ』方式は、ある意味、ダンスパフォーマーの人たちの「ライブ」っていうものに対する信頼を感じました。だから落とし方は全然いいんです。あとはそれに至るまでの感情の流れや、エンタテインメントとして、僕が見たかったジェシーVSコブラ完全決着マッチとかをやっていただけたらより楽しめたという印象です。

藤谷:「無名街爆破セレモニー」でリアリティーラインが一気におかしなことになって、うやむやになったところはありますね。あの勢いに押されて、全部OKかなと。

加藤:そうですね、「無名街爆破セレモニー」が強すぎました。最初に名前聞いたときも「何じゃそりゃ」って思ったんですけど、実際劇場に見に行ったら、予想を超えるセレモニー感。スクリーンいっぱいの「RECEPTION OF CASINO」! あの時に「考えたら負けだろうな」とは思いました。

藤谷:あそこで脳が焼き切られますよね。満面の笑みでスイッチが押されて、しかも本当に半分は爆破されてしまう。

加藤:こういうところは最高だなって思いますね。話の締め方も、僕は「俺達の戦いはこれからだ」エンドは好きなので、全然いいです。逆に拳だけじゃ解決できないってことをテーマに掲げた以上はこういうラストしかなかったんじゃないでしょうか。

藤谷:そうですね、拳で解決してないのは誠実ですね。

加藤:あそこで琥珀さんたちが大臣をぶん殴っても良かったわけですけど、そういうことをせずにちゃんと解決したのは偉いです。ただ、拳だけで解決できないとすると、ハイローの一番の武器であるアクションを封印せざるを得ないので、そこに少しジレンマがありました。今回はザム2に比べるとアクションで物語る部分が少なくて、そのせいでガバガバなところをごまかしきれるだけの何かが足りなかった。だから不満も出てきてしまう。

藤谷:制作陣の方のインタビューでも言及されていますが、基本的に『HiGH&LOW』ってアクションとキャラクターと物語が連動していきますよね。その中でも感情に寄ったバトルと、アクションの快楽に寄せてるバトルがある。「情」のバトルと「動」のバトルというか。

 ザム1ですと、スモーキーと劉の戦いは「動」に寄っていて、ラストの琥珀さん戦は「情」の戦い。ザム2は、USB争奪カーチェイスのくだりは「動」で、ロッキーと蘭丸の戦いは「情」のバトルでした。今回は、「情」のバトルがなかった。もちろん、加藤さんもおっしゃる通り「拳だけでは解決できない」っていう大きなテーマがあったからですが、アクションが見たかった人からすると、消化不良な部分が出てきてしまうところがある。

 例えばですけど、源治を倒されたところで「俺が仇をとる」と黒崎が前線に立つだとか、九龍の頭とSWORDの頭が拳を交わすことがあっても良かった気はします。実際今回一番いいアクションシーンって、前半のワンカット風の琥珀さん九十九さん&雨宮兄弟vsヤクザチームでしょう。

加藤:片方はモロにヤクザなんですよね、スーツでドス持って。で、反対側から特殊部隊が出てくる。夢のような空間です。

藤谷:絵的には面白いんですけど、「追手に追われている人たち」以外の意味を持ってないから、アクションとストーリーを連動させるという意味では、ちょっとハイローイズムから外れている気がしました。

加藤:確かに。細かいところはいいんですけどね。今まで何回も繰り返し見てきたMUGENと雨宮兄弟の殴り合いの時と同じ技を雨宮兄弟が使っていたり、「おっ」とは思うんですけど、単体の映画のアクションとして観るとちょっと弱い。4人の共闘もザム2でもやってるんで繰り返しになってしまうし。

藤谷:ほかのアクションシーンも、琥珀さん+雨宮兄弟&ルードボーイズと、雨宮兄弟VS源治で、基本的には琥珀さん九十九さん&雨宮兄弟中心ですね。雨宮兄弟VS源治の「鎖」は笑ってしまいました。鎖を巻いた瞬間、めちゃくちゃ強くなって日本刀折れちゃうっていう、謎の源治弱体化もありましたけど。ザム2のロッキー対蘭丸でも鎖で首を締めていて、結構強い武器として使われてたんで、もしかしたらハイロー世界で鎖は車に次ぐ最強武器の可能性があります。

編集部:でも、雨宮兄弟推しとしてはあのシーンはちょっと……。正直、なんかカッコ悪いな、と。あの鎖巻くやつなんですか!ぜんぜんスタイリッシュじゃない!見た目がカッコイイのが雨宮兄弟の真理なのに……。

加藤:カッコいいじゃないですか!

藤谷:おもしろカッコいいぜ的な!

加藤:そうです! 僕は雅貴をおもしろ闇深(やみふか)お兄ちゃんだと解釈しているので、全然OKです!

編集部:「おもしろカッコいい」の人たちではなかったはずなんです! それと、2人+鎖vs1人は、はたしてカッコいいのか?と。

藤谷:それはたしかにそうですね。ゼロレンジコンバットで複数をバッタバッタとなぎ倒すのが雨宮兄弟の良さではあったから。

編集部:そうなんです。というか、雨宮兄弟は2人で全盛期100人のMUGENと対等に戦ったわけで、その2人+鎖でやっと勝てる源治の強さとは……と考え始めると、「ハイロー算」みたいになってきます。

加藤:「まさきくんたちはむげん100人を2人でやっつけました」

藤谷:「では、げんじくんは1人でむげんを何人やれるでしょうか?」

(ホワイトボードを使ってハイロー算を始める)

white board.jpeg
ハイロー算とは。

編集部 琥珀さんはザム2で源治と戦って、一応勝ってますね。琥珀さんと雅貴2人でも、どうにか勝って源治を水中に沈めてます。

加藤:あ、ここが決着がつかなかった理由としては、雅貴が1で広斗が弟だということで0.5だったとしたら……(ボードを書く)。

編集部:MUGEN時代から時間がたって、雨宮兄弟も琥珀さんも強くなってるはずです。だとすると数年前の琥珀さんと現在の源治がイコールなのかもしれず……(ボードを書く)。

藤谷:せんせー、私、算数の授業聞きにきたんじゃないんですけど〜。

加藤 そうですね、やめましょう。矛盾が生じますから。

村山のネット批判をどう見たか?

加藤:今回は脚本も、琥珀さんと九十九さん、雨宮兄弟に頼り過ぎだと思います。冒頭からコブラメインの話だったはずなのに、最終的に仕切るのは琥珀さんでしたし。

藤谷:ヤマトがスモーキーの気持ちを引き継いでなのか「俺たちももっと高く翔ぶ」って言いつつ、「だから琥珀さん、勉強させていただきます」になるのもよくわからない。

編集部:あれこそがEXILEイズムですよ。先輩の背中を見て後輩が「勉強させていただきます」。

加藤:僕は格闘技とかプロレスが好きなので、やっぱりあれを見てると猪木イズムを感じますね。

 子供の頃に、橋本真也と小川直也の試合をテレビで観てて、「橋本が負けたら即引退」みたいな流れがあったんですけど、橋本が負けたんですよね(2000年4月7日東京ドーム大会「橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退!スペシャル」)。会場騒然で、「これどうなっちゃうんだろ?」って思っていたら猪木がいつも通り「いくぞ! 1、2、3、ダーっ!」を始めたんです。さすがに観客も困惑するっていう。

藤谷:EXILEイズム、猪木イズムとしては間違ってないということでしょうか。

加藤:その気持ちは間違ってないけど、こっちの気持ちも考えてくれという。

藤谷:琥珀さん単体のストーリーとしては、ザムからつながる美しい流れではあります。後輩のコブラたちに説得されて正しく生き直そうと思った人が、後輩の危機に駆けつける。ただ、普通だったらそこから一歩引いて、コブラがあとを仕切るはず。そういう常識で考えたらいけないのかもしれませんが、「あ、琥珀さんが仕切っちゃうの?」とキョトンとなってしまった。まあ、琥珀さんはHIROさん、ひいては“LDHの擬人化”なので、それはまあ最終的には「勉強させていただきます」にならざるをえないのか……。

加藤:LDH内の価値観や道徳観に照らせば満点なんだろうし、当然の展開だと思うんですけど、観てるこっちとしては「おや? そういう話だったっけ?」ってなります。

編集部:三代目がどれだけ売れても「我々がいるのはEXILE先輩がいらっしゃるおかげでございます」みたいなことを何度もライブのMCで言うので、そういう価値観なんですよ、やっぱり。

加藤:フィクションの中では、そこを引いてほしかったですね。そのせいで「感情線がぐちゃぐちゃじゃねぇか!」と。

藤谷:こっちが一方的にそう思いこんでるだけかもしれないけど、ハイローには「次世代への魂の継承」みたいなテーマがあると思うんです。それが態度ではなく、「勉強させていただきます」というセリフになってしまう。すべてが唐突なんですよ。村山のネット批判のセリフもそう。

加藤:あそこは正直、僕はいただけないですね。あのシーンって、キャラの人生観みたいなものが前面に出ているじゃないですか。今まで多くの人が自由に解釈していた「このキャラはこういう感じなんだろうな」というところに、ある意味での正解を出してしまうシーンでもある。だから、「この人、こういう人だったの?」ってなってしまう。あと、ロッキーは若干声も別人になってませんでした?

藤谷:キャラを固めるためのセリフであるはずなのに。

加藤:「な〜んか熱いんだよな〜」って、「あったか〜い」みたいな、そんな喋り方じゃなかったでしょ、あなた! 村山に至っては「あなたインターネットなんか知ってたの!?」っていう。

藤谷:もしかしたらディレクターズカット150分バージョン(※存在しません)には「まちBBS」で、鬼邪高批判があったのかもしれない。国が「無名街は負の象徴だから」って爆破セレモニーに踏み切りますけど、よく考えたらいくら存在がタブーになってる街でも、「爆破しよう」となったら普通は周辺住民が反対しますよ。それが歓迎ムードになるっていうのは多分ですね、闇のクラウドソーシングサイトで1件800円とかで雇われた人がネットで暗躍して……。鬼邪高校に関してもそういう人たちによる心無い書き込みがあって、それに村山が傷つくシーンがあったとか。

加藤:鬼邪高なんて普段から絶対に炎上しまくりですからね。きっと燃やされた時に、まとめサイトでは「【朗報】鬼邪高校さん、炎上しすぎて校舎まで燃える」みたいなスレまとめが。

編集部:轟がレスバトルに参戦してしまう……。ちなみに、村山を演じた山田裕貴くんは「僕自身が普段から思ってることを村山が言ってくれた」と語ってました。(「ぴあ映画生活」11月9日掲載「山田裕貴が語る、『HiGH&LOW』の人気キャラ・村山とシンクロする思い」

藤谷:実際、ああいうセリフってヤンキーマンガだと結構ベタなものではあります。というか、『サムライソルジャー』【3】の最終巻でほぼ同じセリフがあるんですよ。自然に出たのかオマージュなのか、分からないですが。前回の対談でも言いましたけど、ヤンキーモノの自己肯定の根拠って「もっと卑劣なやつがいる」的な落としところになることが多い。「女性を騙してレイプするチャラい大学生のほうがヤンキーより悪」「ネットで中傷してるやつのほうがヤンキーの喧嘩より悪」という。これはある種の欺瞞でもあるんですが。

1712_samurai_soldier_150.jpg
【3】(山本隆一郎/集英社)2008年~2014年「週刊ヤングジャンプ」にて連載。数々の不良集団が乱立する渋谷で起こる抗争を描く。

加藤:『HiGH&LOW』って今までも、話の都合でキャラを動かしていたところは多々ある。でも俳優さんがそのキャラをしっかり守っているから、そんなにキャラブレはなかったと思います。でもあのシーンだけは完全に制作側が伝えたいことをキャラクターが言っちゃってるから、すごくキャラブレに感じてしまう。

藤谷:逆に日向は一貫して「復讐と祭り」だった。日向が自分の人生の目的だった「復讐」から解放されて「祭り」に動機が変わっていくのが美しい流れだった分、「おや? 村山ちゃん?」という印象を受けてしまったのかもしれない。村山に関しては本人の演技力というよりは脚本や構成の不備だと思うから、150分バージョン(※存在しません)に「SWORD地区・まちBBS」があれば解決するんですけど。

編集部: LDHはこれまで特にネットで揶揄されがちだったから、ずっと彼らが思っていたことなんだろうな、というのもあります。でも、最後の最後で言いたいことを一個我慢できないダサさを見てしまった感じはしました。それはそれでLDHらしいですけど、ハイローを観る人全員にその受け止め方を要求するのは無茶です。

藤谷こういうのも「ネットでグチグチ言いやがって」って怒られるのかな……。

加藤:いや、これはいいでしょう!  許してください!

拳で解決できなくなった『HiGH&LOW』に与えられた課題

藤谷:ひとつひとつのシーンは本当に素晴らしいんですよ。琥珀さんがコブラを助けるシーンもすごくいいし、DTC周りの笑いどころもきちんと笑える。ただ連結部分がガタガタになっていて、1個1個のシーンは「10点満点」だけど「合計は?」ってなる。九龍を倒すのにしても、気がついたら九龍の半分は心変わりしてて、一方はバルジが手を引いたからって切り上げてしまう。SWORDのみんなの力で解決したわけではない。そこがちょっと消化不良に感じられてしまいました。

加藤:今回、九龍側でコブラが一番対立した善信が途中で退場してしまうのが良くなかったと思います。善信が倒されて、「俺の負けだ」って認めて去っていく話でもよかったのかもしれない。

藤谷:コブラが対峙する相手が、途中で善信から黒崎になってますしね。だから、乗り越えるべき対象がちぐはぐになっている。大臣も地位を失うでしょうし、九龍の皆さんもマスコミに捕まっていますが、拳で解決してないからカタルシスが薄くなっている。拳を封印したことが裏目に出ている。でも、拳を封印するっていうその選択は間違ってない。

加藤:その気持ちは間違っていない。ただそうなると、今までの『HiGH&LOW』とはまた違う技術が必要になってくる、ということですね。

藤谷:ザム3は、このままアクションで押し切ってもよかったのに、拳を封印したという新たな挑戦だったととらえることはできると思います。それはひとつの勇気だと思うんです。これで話を一回畳んだことによって、また新しいことができるのかもしれない。九龍も「破壊と再生」みたいなことを言ってましたし。

加藤:『HiGH&LOW』に限らず、例えばLDHピクチャーズ【4】が今後映画作っていく上で、多分ここで培ったものは失敗点も成功点も含めてすごく役に立つでしょうね。

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【4】「LDH PICTURES」「HI-STREET PICTURES」「HIGH BROW CINEMA」の3つのレーベルからなるLDHの映画配給会社。

藤谷:ある種ベンチャー企業らしいというか、フィードバックがめちゃくちゃうまい集団だと思いますから。

加藤:「一回言われたことはすぐ覚える」みたいなところがありますよね。

藤谷:だからこそ次の展開にも期待が持てると思います。

加藤・藤谷の熱いハイロー談義はまだまだ終わらない!
後編は明日公開予定です。

(構成/斎藤岬)

<プロフィール>
加藤よしき
ライター。1986年生まれ。「Real sound」などで執筆。『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』(洋泉社)に寄稿。
ブログ:http://blog.livedoor.jp/heretostay/
twitterID:@daitotetsugen

藤谷千明
ヴィジュアル系とヤンキーマンガとギャル雑誌が好きなフリーライター。1981年生まれ。執筆媒体「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ」ほか。
twitterID:@fjtn_c

俺たちもこれが最後の祭りじゃ!! サイゾー的ハイロー特集最後の花火『FINAL MISSION』徹底討論対談!

※本記事は映画『HiGH&LOW THE MOVIE3 / FINAL MISSION』のネタバレを含みます。

たくさんの夢をありがとう、HIROさん…

 映画『HiGH&LOW THE MOVIE』に脳を焼かれてから1年数カ月。夏の『END OF SKY』公開時にも開催したハイロー対談@サイゾーが、再び帰ってきた。毎度おなじみ映画ライターの加藤よしきさんとヤンキーマンガとEXILE史学に詳しいライター藤谷千明さんが、『FINAL MISSION』について徹底討論! これが俺たちの最後の祭りじゃ!!(なお、今後新作が公開された場合にはこれが最後とは限らない場合がございます/今回も同席している編集者は重度のLDHオタクです)

生コンはサビ! 音楽組織ならではの大胆な構成

藤谷前回の対談「ごめんなさい」から始まったわけですけど、今回は「ありがとうございます」から始めたい。変に引き伸ばしを図るわけでもなく『HiGH&LOW』は『HiGH&LOW』として畳んでくれた。ドラマ版から脈々と続いていたSWORD地区のカジノ問題に一段落つきました。そしてやっぱり今回も冒頭から度肝を抜いてくる。これぞハイローでした。だって、予告で我々に衝撃を与えた生コン祭りがまさか冒頭に来るとは思わなかった。そして中盤でももう一回同じシーンが流れる。つまり、このシーンが「サビ」なんですよ! 三代目J Soul Brothersでいうところの「Welcome to TOKYO」【1】みたいな頭サビで始まる展開です。

【1】16年11月リリースの、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE通算20枚目のシングル。名曲。トキオ…トキオ…トキオ…

加藤:確か『新しき世界』も冒頭に生コン(セメント)シーンがありましたね。

藤谷:でもあれは「サビ」ではなくて、死体が浮かび上がってこないように、海に沈めるための処置としてのセメント描写をもって「この韓国ノアールはエグイやり方で死体を隠蔽するヤクザが出てきますよ」という宣言をするイントロでした。『HiGH&LOW THE MOVIE 3 / FINAL MISSION』(以下ザム3)の場合は、これをサビに持ってきた。音楽組織であるLDHならではの大胆な構成なんですよ!

加藤:大胆な構成というか、今回、シリーズの中で一番構成がめちゃくちゃですね。とくに時系列はもう本当にわからない。どのタイミングでコブラが姿を消して、どこで琥珀さんが助けに来て、どこでSWORDの街が空襲受けたかのように停電になったのでしょうか?

編集部:SWORD地区がいつ燃やされてるのかも分からなかったです。善信の「逃げねえよ」の後なのか、彼が「いや、もう始まってるか」って言うからには『HiGH&LOW THE MOVIE2 / END OF SKY』(以下ザム2)のクライマックスの裏で同時進行で起こってることなのか。おそらく映像の順番的には後者ですかね。その間にダンさんたちは山王街で九龍と戦い、尾沢は骨折した。

加藤:コブラたちは「逃げねえよ」って言われた後、ガレージみたいな謎の空間で山王会議をしていました。本来なら多分、あの会議の前にSWORD地区が九龍の襲来によってブチ壊されて、危機に瀕しているはずなんですよ。人が吊るされたりとか、派手にやられちゃってる。だからゲリラ戦で行こう、という順序のはずです。でも、そこが描かれてないから伝わらないんですよ。ほかのチームも同様です。クラブheaven、鬼邪高、達磨の拠点も燃やされて、そこにロッキー、村山、日向は「間に合わなかった」みたいな感じで来てる。それに達磨の拠点では、達磨ベイビーズが倒れていて、あれがまた時系列の謎を加速させてます。

藤谷:ザム2のクライマックス、達磨一家登場シーンで大きく啖呵切ってたのに! なにか事情があって先に帰ったのか……ナ? 村山は鬼邪高が燃やされて膝から崩れ落ちてるけど、黒白堂駅帰りだとしたら、古屋と関ちゃんは一緒にいないし。SWORDのみんなの鬼気迫る勢い、特にコブラの、ドラマ版からすると圧倒的成長を遂げた演技力に圧倒されて一瞬納得しそうになるんですけど、よく考えたら「……アレ?」ってなる部分は今回多かったですね。

加藤:冷静になるとおかしいんです。今に始まったことじゃないけど、ザム3はそういう部分が特に多い気がする。で、山王は「じゃあゲリラ戦だ」って戦うけど九龍の圧倒的暴力に勝てず、進退窮まったコブラがカッとなって、単身でツッコんでボコボコにされて拉致される。そして生コンを飲まされそうになったところに琥珀さんが現れて。

藤谷:琥珀さんたちはその前に広斗をかばって負傷した西郷の隠れ家に行くというくだりがありました。ここはたぶんSWORDの襲撃と同時進行のはず。この時点でかなり複雑なフローが発生している。

加藤:もしかしたら、琥珀さん側の時空とコブラたち側の時空と、時の流れが違うのかもしれない。『インセプション』【2】みたいな感じで、コブラたちが戦ってる時に琥珀さん側はゆっくり時間が流れているのでは。

1712_inception_150.jpg
【2】クリストファー・ノーラン監督による2010年公開の映画。主演はレオナルド・ディカプリオ。世界のケンワタナベも出演。設定が難解すぎて「コマが回る映画」としか説明できないけど傑作。

藤谷:『HiGH&LOW』の世界はお気持ちで相当時間感覚が変わるところはありますよね。

加藤:いろんな意味でいびつな映画だとあらためて思いました。

藤谷:でもそれは、「お気持ち」が溢れた結果なんですよ。

加藤:最初の『HiGH&LOW THE MOVIE』(以下ザム)のときも、すごいお気持ちがあふれてました。ただザムでは一応脚本上の時間の流れをしっかり設定してて、具体的に日にちを上げたりしていた。「2日後、マイティ、ダウト、総勢500人を連れて、琥珀さんがSWORDを潰しに来る」とかセリフで入れて。いや、それも冷静に考えたらおかしい事態なんですけど、とにかく時間の流れを区切って、キャラの動きもそれに合わせて整理していた。

藤谷:今回は作中の出来事の時間経過が、1週間なのか、3日なのか、1晩なのか分からない。今回の場合、熱量が溢れた結果というよりも、あまりにも短期間に2本を撮影したため、単純に構成に未整理なところが出てしまったという考え方もできるのではないか。どのタイミングでSWORDのみんなが「コブラー!」と走っているのか。しかもそこでコブラにたどり着いたのはSWORDのみんなではなく、琥珀さんと九十九さん。コブラの居場所を偶然耳にしたのは九十九さんだから、そうなる理由はわかるんですけど、じゃあSWORDのみんなはどこに向かって走っていたの……? 

編集部:あの5分割シーンは、ロッキーさんなんて「立ち上がるにも限度がある」って言ったばっかりで走ってて、何があってそんな急に復活できたのか、感情の理解が追いつかなかったです。

藤谷:そもそも5人が「コブラ!」と全力疾走しつつも、「助けるのは琥珀さんか〜い、ズコッ」みたいな気持ちもあります。

編集部:しかもその後、ロッキー・村山・日向は無名街のスモーキーの墓に着いているけど、ヤマトとノボルはいない。で、次の日の琥珀さん大号令のシーンで、「コブラ! 九龍潰そうぜ!」って出てくる。

加藤:ヤマトとノボルどこ行ったんだ問題、ありますね。

藤谷:このあたりは最初観たときは頭から「?」がとれませんでしたね。SWORDのみんな→コブラへの感情の受けどころがない。助けられた後にヤマトやノボルの「心配したんだぞ、コブラ」「俺達は仲間だ」みたいな一言でもあれば……。まあそんなベタなセリフ、ハイローで言わないと思いますけど。あんなに必死に走っていたSWORDのみんなに対しての目配せがないのは気になりました。

ハイローのアクションには「情」のバトルと「動」のバトルがある

編集部:対談前半はツッコミどころをいろいろ話していくことになりそうですが、そもそも、話の畳み方としてはどうでしたか?

加藤:散々文句を言いましたが、僕は悪くなかったと思います。見せ方が気になるところはあるにせよ、最終的に拳だけじゃ解決できないから、警察っていうちゃんとした大人の力で解決するのは良いと思います。それと、マスコミが入ってる生放送=ライブの場で訴える『サンクチュアリ』方式は、ある意味、ダンスパフォーマーの人たちの「ライブ」っていうものに対する信頼を感じました。だから落とし方は全然いいんです。あとはそれに至るまでの感情の流れや、エンタテインメントとして、僕が見たかったジェシーVSコブラ完全決着マッチとかをやっていただけたらより楽しめたという印象です。

藤谷:「無名街爆破セレモニー」でリアリティーラインが一気におかしなことになって、うやむやになったところはありますね。あの勢いに押されて、全部OKかなと。

加藤:そうですね、「無名街爆破セレモニー」が強すぎました。最初に名前聞いたときも「何じゃそりゃ」って思ったんですけど、実際劇場に見に行ったら、予想を超えるセレモニー感。スクリーンいっぱいの「RECEPTION OF CASINO」! あの時に「考えたら負けだろうな」とは思いました。

藤谷:あそこで脳が焼き切られますよね。満面の笑みでスイッチが押されて、しかも本当に半分は爆破されてしまう。

加藤:こういうところは最高だなって思いますね。話の締め方も、僕は「俺達の戦いはこれからだ」エンドは好きなので、全然いいです。逆に拳だけじゃ解決できないってことをテーマに掲げた以上はこういうラストしかなかったんじゃないでしょうか。

藤谷:そうですね、拳で解決してないのは誠実ですね。

加藤:あそこで琥珀さんたちが大臣をぶん殴っても良かったわけですけど、そういうことをせずにちゃんと解決したのは偉いです。ただ、拳だけで解決できないとすると、ハイローの一番の武器であるアクションを封印せざるを得ないので、そこに少しジレンマがありました。今回はザム2に比べるとアクションで物語る部分が少なくて、そのせいでガバガバなところをごまかしきれるだけの何かが足りなかった。だから不満も出てきてしまう。

藤谷:制作陣の方のインタビューでも言及されていますが、基本的に『HiGH&LOW』ってアクションとキャラクターと物語が連動していきますよね。その中でも感情に寄ったバトルと、アクションの快楽に寄せてるバトルがある。「情」のバトルと「動」のバトルというか。

 ザム1ですと、スモーキーと劉の戦いは「動」に寄っていて、ラストの琥珀さん戦は「情」の戦い。ザム2は、USB争奪カーチェイスのくだりは「動」で、ロッキーと蘭丸の戦いは「情」のバトルでした。今回は、「情」のバトルがなかった。もちろん、加藤さんもおっしゃる通り「拳だけでは解決できない」っていう大きなテーマがあったからですが、アクションが見たかった人からすると、消化不良な部分が出てきてしまうところがある。

 例えばですけど、源治を倒されたところで「俺が仇をとる」と黒崎が前線に立つだとか、九龍の頭とSWORDの頭が拳を交わすことがあっても良かった気はします。実際今回一番いいアクションシーンって、前半のワンカット風の琥珀さん九十九さん&雨宮兄弟vsヤクザチームでしょう。

加藤:片方はモロにヤクザなんですよね、スーツでドス持って。で、反対側から特殊部隊が出てくる。夢のような空間です。

藤谷:絵的には面白いんですけど、「追手に追われている人たち」以外の意味を持ってないから、アクションとストーリーを連動させるという意味では、ちょっとハイローイズムから外れている気がしました。

加藤:確かに。細かいところはいいんですけどね。今まで何回も繰り返し見てきたMUGENと雨宮兄弟の殴り合いの時と同じ技を雨宮兄弟が使っていたり、「おっ」とは思うんですけど、単体の映画のアクションとして観るとちょっと弱い。4人の共闘もザム2でもやってるんで繰り返しになってしまうし。

藤谷:ほかのアクションシーンも、琥珀さん+雨宮兄弟&ルードボーイズと、雨宮兄弟VS源治で、基本的には琥珀さん九十九さん&雨宮兄弟中心ですね。雨宮兄弟VS源治の「鎖」は笑ってしまいました。鎖を巻いた瞬間、めちゃくちゃ強くなって日本刀折れちゃうっていう、謎の源治弱体化もありましたけど。ザム2のロッキー対蘭丸でも鎖で首を締めていて、結構強い武器として使われてたんで、もしかしたらハイロー世界で鎖は車に次ぐ最強武器の可能性があります。

編集部:でも、雨宮兄弟推しとしてはあのシーンはちょっと……。正直、なんかカッコ悪いな、と。あの鎖巻くやつなんですか!ぜんぜんスタイリッシュじゃない!見た目がカッコイイのが雨宮兄弟の真理なのに……。

加藤:カッコいいじゃないですか!

藤谷:おもしろカッコいいぜ的な!

加藤:そうです! 僕は雅貴をおもしろ闇深(やみふか)お兄ちゃんだと解釈しているので、全然OKです!

編集部:「おもしろカッコいい」の人たちではなかったはずなんです! それと、2人+鎖vs1人は、はたしてカッコいいのか?と。

藤谷:それはたしかにそうですね。ゼロレンジコンバットで複数をバッタバッタとなぎ倒すのが雨宮兄弟の良さではあったから。

編集部:そうなんです。というか、雨宮兄弟は2人で全盛期100人のMUGENと対等に戦ったわけで、その2人+鎖でやっと勝てる源治の強さとは……と考え始めると、「ハイロー算」みたいになってきます。

加藤:「まさきくんたちはむげん100人を2人でやっつけました」

藤谷:「では、げんじくんは1人でむげんを何人やれるでしょうか?」

(ホワイトボードを使ってハイロー算を始める)

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ハイロー算とは。

編集部 琥珀さんはザム2で源治と戦って、一応勝ってますね。琥珀さんと雅貴2人でも、どうにか勝って源治を水中に沈めてます。

加藤:あ、ここが決着がつかなかった理由としては、雅貴が1で広斗が弟だということで0.5だったとしたら……(ボードを書く)。

編集部:MUGEN時代から時間がたって、雨宮兄弟も琥珀さんも強くなってるはずです。だとすると数年前の琥珀さんと現在の源治がイコールなのかもしれず……(ボードを書く)。

藤谷:せんせー、私、算数の授業聞きにきたんじゃないんですけど〜。

加藤 そうですね、やめましょう。矛盾が生じますから。

村山のネット批判をどう見たか?

加藤:今回は脚本も、琥珀さんと九十九さん、雨宮兄弟に頼り過ぎだと思います。冒頭からコブラメインの話だったはずなのに、最終的に仕切るのは琥珀さんでしたし。

藤谷:ヤマトがスモーキーの気持ちを引き継いでなのか「俺たちももっと高く翔ぶ」って言いつつ、「だから琥珀さん、勉強させていただきます」になるのもよくわからない。

編集部:あれこそがEXILEイズムですよ。先輩の背中を見て後輩が「勉強させていただきます」。

加藤:僕は格闘技とかプロレスが好きなので、やっぱりあれを見てると猪木イズムを感じますね。

 子供の頃に、橋本真也と小川直也の試合をテレビで観てて、「橋本が負けたら即引退」みたいな流れがあったんですけど、橋本が負けたんですよね(2000年4月7日東京ドーム大会「橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退!スペシャル」)。会場騒然で、「これどうなっちゃうんだろ?」って思っていたら猪木がいつも通り「いくぞ! 1、2、3、ダーっ!」を始めたんです。さすがに観客も困惑するっていう。

藤谷:EXILEイズム、猪木イズムとしては間違ってないということでしょうか。

加藤:その気持ちは間違ってないけど、こっちの気持ちも考えてくれという。

藤谷:琥珀さん単体のストーリーとしては、ザムからつながる美しい流れではあります。後輩のコブラたちに説得されて正しく生き直そうと思った人が、後輩の危機に駆けつける。ただ、普通だったらそこから一歩引いて、コブラがあとを仕切るはず。そういう常識で考えたらいけないのかもしれませんが、「あ、琥珀さんが仕切っちゃうの?」とキョトンとなってしまった。まあ、琥珀さんはHIROさん、ひいては“LDHの擬人化”なので、それはまあ最終的には「勉強させていただきます」にならざるをえないのか……。

加藤:LDH内の価値観や道徳観に照らせば満点なんだろうし、当然の展開だと思うんですけど、観てるこっちとしては「おや? そういう話だったっけ?」ってなります。

編集部:三代目がどれだけ売れても「我々がいるのはEXILE先輩がいらっしゃるおかげでございます」みたいなことを何度もライブのMCで言うので、そういう価値観なんですよ、やっぱり。

加藤:フィクションの中では、そこを引いてほしかったですね。そのせいで「感情線がぐちゃぐちゃじゃねぇか!」と。

藤谷:こっちが一方的にそう思いこんでるだけかもしれないけど、ハイローには「次世代への魂の継承」みたいなテーマがあると思うんです。それが態度ではなく、「勉強させていただきます」というセリフになってしまう。すべてが唐突なんですよ。村山のネット批判のセリフもそう。

加藤:あそこは正直、僕はいただけないですね。あのシーンって、キャラの人生観みたいなものが前面に出ているじゃないですか。今まで多くの人が自由に解釈していた「このキャラはこういう感じなんだろうな」というところに、ある意味での正解を出してしまうシーンでもある。だから、「この人、こういう人だったの?」ってなってしまう。あと、ロッキーは若干声も別人になってませんでした?

藤谷:キャラを固めるためのセリフであるはずなのに。

加藤:「な〜んか熱いんだよな〜」って、「あったか〜い」みたいな、そんな喋り方じゃなかったでしょ、あなた! 村山に至っては「あなたインターネットなんか知ってたの!?」っていう。

藤谷:もしかしたらディレクターズカット150分バージョン(※存在しません)には「まちBBS」で、鬼邪高批判があったのかもしれない。国が「無名街は負の象徴だから」って爆破セレモニーに踏み切りますけど、よく考えたらいくら存在がタブーになってる街でも、「爆破しよう」となったら普通は周辺住民が反対しますよ。それが歓迎ムードになるっていうのは多分ですね、闇のクラウドソーシングサイトで1件800円とかで雇われた人がネットで暗躍して……。鬼邪高校に関してもそういう人たちによる心無い書き込みがあって、それに村山が傷つくシーンがあったとか。

加藤:鬼邪高なんて普段から絶対に炎上しまくりですからね。きっと燃やされた時に、まとめサイトでは「【朗報】鬼邪高校さん、炎上しすぎて校舎まで燃える」みたいなスレまとめが。

編集部:轟がレスバトルに参戦してしまう……。ちなみに、村山を演じた山田裕貴くんは「僕自身が普段から思ってることを村山が言ってくれた」と語ってました。(「ぴあ映画生活」11月9日掲載「山田裕貴が語る、『HiGH&LOW』の人気キャラ・村山とシンクロする思い」

藤谷:実際、ああいうセリフってヤンキーマンガだと結構ベタなものではあります。というか、『サムライソルジャー』【3】の最終巻でほぼ同じセリフがあるんですよ。自然に出たのかオマージュなのか、分からないですが。前回の対談でも言いましたけど、ヤンキーモノの自己肯定の根拠って「もっと卑劣なやつがいる」的な落としところになることが多い。「女性を騙してレイプするチャラい大学生のほうがヤンキーより悪」「ネットで中傷してるやつのほうがヤンキーの喧嘩より悪」という。これはある種の欺瞞でもあるんですが。

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【3】(山本隆一郎/集英社)2008年~2014年「週刊ヤングジャンプ」にて連載。数々の不良集団が乱立する渋谷で起こる抗争を描く。

加藤:『HiGH&LOW』って今までも、話の都合でキャラを動かしていたところは多々ある。でも俳優さんがそのキャラをしっかり守っているから、そんなにキャラブレはなかったと思います。でもあのシーンだけは完全に制作側が伝えたいことをキャラクターが言っちゃってるから、すごくキャラブレに感じてしまう。

藤谷:逆に日向は一貫して「復讐と祭り」だった。日向が自分の人生の目的だった「復讐」から解放されて「祭り」に動機が変わっていくのが美しい流れだった分、「おや? 村山ちゃん?」という印象を受けてしまったのかもしれない。村山に関しては本人の演技力というよりは脚本や構成の不備だと思うから、150分バージョン(※存在しません)に「SWORD地区・まちBBS」があれば解決するんですけど。

編集部: LDHはこれまで特にネットで揶揄されがちだったから、ずっと彼らが思っていたことなんだろうな、というのもあります。でも、最後の最後で言いたいことを一個我慢できないダサさを見てしまった感じはしました。それはそれでLDHらしいですけど、ハイローを観る人全員にその受け止め方を要求するのは無茶です。

藤谷こういうのも「ネットでグチグチ言いやがって」って怒られるのかな……。

加藤:いや、これはいいでしょう!  許してください!

拳で解決できなくなった『HiGH&LOW』に与えられた課題

藤谷:ひとつひとつのシーンは本当に素晴らしいんですよ。琥珀さんがコブラを助けるシーンもすごくいいし、DTC周りの笑いどころもきちんと笑える。ただ連結部分がガタガタになっていて、1個1個のシーンは「10点満点」だけど「合計は?」ってなる。九龍を倒すのにしても、気がついたら九龍の半分は心変わりしてて、一方はバルジが手を引いたからって切り上げてしまう。SWORDのみんなの力で解決したわけではない。そこがちょっと消化不良に感じられてしまいました。

加藤:今回、九龍側でコブラが一番対立した善信が途中で退場してしまうのが良くなかったと思います。善信が倒されて、「俺の負けだ」って認めて去っていく話でもよかったのかもしれない。

藤谷:コブラが対峙する相手が、途中で善信から黒崎になってますしね。だから、乗り越えるべき対象がちぐはぐになっている。大臣も地位を失うでしょうし、九龍の皆さんもマスコミに捕まっていますが、拳で解決してないからカタルシスが薄くなっている。拳を封印したことが裏目に出ている。でも、拳を封印するっていうその選択は間違ってない。

加藤:その気持ちは間違っていない。ただそうなると、今までの『HiGH&LOW』とはまた違う技術が必要になってくる、ということですね。

藤谷:ザム3は、このままアクションで押し切ってもよかったのに、拳を封印したという新たな挑戦だったととらえることはできると思います。それはひとつの勇気だと思うんです。これで話を一回畳んだことによって、また新しいことができるのかもしれない。九龍も「破壊と再生」みたいなことを言ってましたし。

加藤:『HiGH&LOW』に限らず、例えばLDHピクチャーズ【4】が今後映画作っていく上で、多分ここで培ったものは失敗点も成功点も含めてすごく役に立つでしょうね。

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【4】「LDH PICTURES」「HI-STREET PICTURES」「HIGH BROW CINEMA」の3つのレーベルからなるLDHの映画配給会社。

藤谷:ある種ベンチャー企業らしいというか、フィードバックがめちゃくちゃうまい集団だと思いますから。

加藤:「一回言われたことはすぐ覚える」みたいなところがありますよね。

藤谷:だからこそ次の展開にも期待が持てると思います。

加藤・藤谷の熱いハイロー談義はまだまだ終わらない!
後編は明日公開予定です。

(構成/斎藤岬)

<プロフィール>
加藤よしき
ライター。1986年生まれ。「Real sound」などで執筆。『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』(洋泉社)に寄稿。
ブログ:http://blog.livedoor.jp/heretostay/
twitterID:@daitotetsugen

藤谷千明
ヴィジュアル系とヤンキーマンガとギャル雑誌が好きなフリーライター。1981年生まれ。執筆媒体「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ」ほか。
twitterID:@fjtn_c

【原田眞人】ついに陽の目を見る伝説の映画の“日本語吹き替え版”から学ぶ、翻訳作業の神髄

――スタンリー・キューブリックによるベトナム戦争をリアルに描写した不朽の名作『フルメタル・ジャケット』。その字幕と吹き替えの監修を担当した巨匠が語る本音。

 

 伝説の問題作が、ついに陽の目を見る。その卑猥すぎる内容から、水曜ロードショーでは直前に差し替えられた異端の名作『フルメタル・ジャケット』。このたび同作の“日本語吹き替え版”DVD&Blu-rayがリリースとなった。完璧主義者で知られる、故スタンリー・キューブリック監督が吹き替えを許可したのは、語学に明るい原田眞人監督だった。

「キューブリックは、全世界で出されている自身の作品の翻訳、吹き替えをすべてチェックするほどの徹底ぶりです。それだけ作品の細部に至る表現まで気を遣っていたし、また、それが許された数少ない監督でした」

 原田氏は、吹き替えは単なる作業ではなく、作品作りの一環という。

「僕は“字幕作りの名人”という褒め言葉は根本的におかしいと思っているんです。あくまで、映画作りのスタッフであって、監督の意向や意図を尊重すべき。もともと、僕は日本のずさんな翻訳には腹が立っていた人間なので」

 吹き替えにあたり、氏は2週間、ほぼ毎日キューブリックと電話でやりとりしたという。そこから数カ月に及ぶオーディション、リハーサルを実施し、吹き替え作業にも数週間の時間を要した。自身の映画に使えるレベルで演技ができること、オリジナルの声色に近いこと、演者に体格が近いことなど、審査基準は多岐にわたった。

「ジョーカー役の利重剛、レナードの村田雄浩の吹き替えは、キューブリックもお気に入りだった。ハートマン軍曹の斎藤晴彦さんも、日本人であれだけしゃべる人は稀有と、オーディション前から目をつけていました」

 原田監督が翻訳・吹き替えを担当する背景には、前任者の翻訳に、キューブリックから「汚さが出ていない」とNGが出た経緯がある。クソ、クサレ、ファックの連発に加え、「セイウチのケツにド頭つっこんでおっ死ね」「ザーメン小僧」などの言葉を吹き込む。その中でオリジナルの味を生かしつつ仕上げるのは、単なる翻訳作業ではないことは明白だ。

「吹き替えの欠点は、“台詞を聞かせようとしてしまう”こと。本来は声の高さや語感など、総合的に聞かせることが重要。実は、いま公開されている『関ヶ原』でも、『台詞が聞き取れない』という意見が多々あったんです。でも、映画は人間を描くもの。台詞が聞き取れないことも当たり前で、100%聞き取れる日常会話もない。律儀な日本人の性格や文化が、映画を楽しむ際の弊害を生んでしまっているんですよ」

 原田氏は、日本での翻訳や吹き替え作業の質の低さに落胆を覚えるという。本来であれば、翻訳や吹き替え、演出は語学の専門家ではなく、映画を撮れる人間が行うべきといった持論だ。取材中の熱を込めた口調は、「オリジナルの良さを消してしまっている作品が多すぎる」というメッセージにも取れる。この状況が続けば、鑑賞側の衰退にもつながる、と。実際に原田氏は、故・黒澤明監督にも英語表現に関して苦言を呈しているというから、恐れ入る。

 余談になるが、同作の吹き替え完了後に、キューブリックから一本の電話があったという。「『時計じかけのオレンジ』も、直訳すぎてずっと気になっていた。直してくれないか」と。実現はしなかったものの、遺作の『アイズワイドシャット』の翻訳も「原田に」と、キューブリックから指名があったほどだ。そして取材終了間際、氏は吹き替えを担当した意義をこう話した。

「可能な限り、キューブリックの意図に添った日本語版を見ていると、日本人がベトナムで戦っている感覚になる。過酷な戦場の空気がダイレクトに迫ってくると思います。 これってひょっとしたら数年先に日本の若者たちが遭遇する戦場なのかもしれない。そんなことを考えながら見てもらえたらうれしいです」

(文/栗田シメイ)

原田眞人(はらだ・まさと)
1949年、静岡県生まれ。映画評論家、映画監督。79年の『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビューを果たして以降、『KAMIKAZE TAXI』や『突入せよ! あさま山荘事件』など、多くの名作を手がける。08年に公開された映画『クライマーズ・ハイ』は、日本アカデミー賞10部門を制覇した。

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『フルメタル・ジャケット 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ』
販売元/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
価格/6253円(税込)

計算高いからカワイイ【小島瑠璃子】――こじるり!……好きになってもいいですか?

『小島瑠璃子』

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10月27日発売号の「フライデー」(講談社)にて、関ジャニ∞村上信五との“お泊まり愛”が報じられた小島瑠璃子。“元気っ子キャラ”の先輩・ベッキーのことがあるだけに「不倫じゃないだけよかった」という謎の安堵感があった。

 ああ……そんなことしたら、また女子に嫌われちゃうよ。

 41歳、独り身である己の失態を嘆いているわけではない。こじるりこと小島瑠璃子の話だ。

 今やバラエティや情報番組において絶対的なポジションを確立。それでいてこなれた様子は一切なく、キュートな見た目とハツラツとしたキャラクターで10代から中高年層までの男心をガッチリとつかんでいる。だがその半面、女性受けはいまいちの状態が続いていた。

 アンチからすれば、あの“万人受けしそうなキャラクター”は「計算高い」と映るようで、「そんなことにも気づかず、騙されているバカな男たち」という構図もイラ立ちの原因であるようだ。

 言っておくが我々「こじるりすと」(※こじるりファンの総称。今考えた)も彼女が「計算高い」ことぐらいとっくに気づいているわけで、むしろ「計算高いからカワイイ」とすら思っている。「計算高い」というのもいいように解釈すれば、「周りの空気を読んで行動できる」ということなわけで、ひいては「人の気持ちを考えることができる」ということではないだろうか。他人の気持ちを無視して、自己主張ばかりするOLよりも「あの人はどうやったら喜んでくれるかな?」と愛想を振りまくこじるりのほうが、断然カワイイに決まっている。

 そもそも「計算高い」というのも、先天性と後天性があり、こじるりは明らかに後者だ。芸能界、とりわけバラエティ方面で生き抜くには必須スキルといっていいだろう。だからこそ、こじるりは努力して計算高くなった。その証拠にこの技術はお笑いのツッコミ同様、自然に見せるまでには相当な鍛錬を要する。そのため、つい最近まで男の目から見ても「ちょっと今の、わざとらしかったな」と思える瞬間がたびたびあったのである。私くらいになれば、それすらも「いじらしい」と受け止めるのだが、何も知らない若僧であれば、引く者もいたであろう。女性においては言わずもがなである。

 それが、このところだいぶ板についてきたなあと思っていた矢先、10月22日に生放送されたテレビ東京『池上彰の総選挙ライブ』での現場リポートで一気に花開いた。

 開票センターの空気感を等身大の言葉で表現したそのリポート力は局アナ以上と評され、視聴者からも「うまい! 聞き取りやすい! かわいい!」といった「うれしい! たのしい! 大好き!」レベルの称賛の声が上がった。計算高さ、ここに極まれり。

 これまで引いていた男たちを一気に引き戻し、敬遠していた女性層すらもつかんだかに思われた。

 だが、それもつかの間、10月27日発売号の「フライデー」で関ジャニ∞村上信五との“お泊まり愛”を報じられてしまったのだ。

 確か2014年くらいに、モデルの呂敏とイチャイチャしているところをフライデーされた際には「お友達」とコメントしていたこじるり。当時、「友達であそこまでの密着度なら、恋人ならどうなってしまうのか?」とファンをやきもきさせたものだが、今回は“お泊まり愛”である。これはもう、 Bくらいまでは進んでいると思って間違いない。いや、相手が相手だけにJか。「お泊まりだJ!」みたいな。せっかく女性層をつかんだのに、下手すればジャニーズファンをも敵に回すことになってしまう。何やってんだよ、こじるり……。

 一人意気消沈した私だが、そもそも呂敏の頃からかえりみてもこじるりは、仕事以外の面は結構無頓着だ。後天性である彼女の計算高さは、仕事現場でのみ発揮される。ともすれば、本人的には目の前の仕事に全力で応えているだけで、それこそ世間の評価など「なるようになれ!」と思っているのかもしれない。そこにあるのは、仕事にストイックに打ち込む大人の女性の姿である。せせこましく女性人気を心配していた自分が恥ずかしい。むしろ計算高いのは、私のほうである。と同時にそのストイックさと度量の深さに、改めて萌えてしまったことも事実だ。

 なんだか、考えれば考えるほど、こじるりの手の中で踊らされてしまう。というか、こっちが勝手に手の中で踊っているようなことになってしまったが、その無意識な言動で一人の中年を惑わしてしまう小島瑠璃子の魅力とは、つまるところ“天然モノ”の計算高さにあったのかもしれない。

西国分寺哀(にしこくぶんじ・あい)
「こじるり」もいいけど「こじはる」も好きな40代独身男性。お泊まり愛を夢見て、ベッドの新調を検討している。

マーベルが知らぬところで勝手にリメイク?――世界中に溢れるマーベル無許可のスパイダーマンその中身

世界にはマーベルの許可を得ずに作ったであろう、スパイダーマン映画がたくさん存在する……それも、かなり現地の文化を相当反映した形で。こうした映画は一見すると、荒唐無稽なようにも思えるが、実はその国の文化を理解するためのツールになるのかもしれない?

マーベルが知らんところで勝手にリメイク?――トルコでは入浴中の女を絞殺!?マーベル無許可のスパイダーマンの画像1
『スパイダーマン:ホームカミング』(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)

 今年は『スパイダーマン:ホームカミング』が公開され、大きな話題となった。前作『アメイジング・スパイダーマン2』を超す大ヒットを記録し、早速シリーズ化が決定したとのことで、再リブートは成功したといえよう。

 さて、本作は1977年にCBSで放送されたテレビ映画から数えると、これまで実写化されたスパイダーマンとして8作目ということになるが、実はもう一作「幻のスパイダーマン」が存在しているのはご存じだろうか?

 そんな幻のスパイダーマンを製作したのはまさかの日本。78年に東映がマーベル・コミック社とキャラクター使用契約を交わし、オリジナル作品を制作していたのだ。だが、その内容は原作コミックとは大きくかけ離れており、“スパイダーマンがレオパルドンという巨大ロボットに乗り込んで戦う”など、もはやスーパー戦隊シリーズのような特撮で「マーベルが激怒して封印された」との噂もあったほど。しかし、原作者のスタン・リーは「世界各国でスパイダーマンが製作されているが、その中でも日本版だけは別格だ。レオパルドンもとてもかっこいいロボットだった」とコメントしており、マーベルや原作者にとって特に黒歴史というわけではないようだ。

 一方、ここで気になるのはリーが発言した「世界各国でスパイダーマンが製作されている」という点。そう、東映は権利を得て制作したが、世界にはマーベルから確実に許可を取らずに、勝手にリメイクされたスパイダーマン映画がゴロゴロあるというのだ。そこで本稿ではスパイダーマン映画の正史からは除外される、世界の「無許可スパイダーマン」を見ていきたい。

エログロ全盛期のトルコではスパイダーマンはマフィア!?

 スパイダーマンが実写化されたのは前述したように、77年のテレビ映画が最初といわれているが、裏面史の立場からするとそれは誤りで、正確には73年にトルコで製作された『3 Dev Adam』【1】が、最初の映像化とされている。

 本来はヒーローとして活躍するスパイダーマン。しかし、トルコではヘマをやらかした部下を食人モルモットに喰わせ、回転する舟のスクリューを顔に押し当てて殺し、入浴中の裸の女性を絞殺するなど、ヴィラン(悪役)も真っ青になるほどの極悪人として登場。さらに、そんなスパイダーマンに立ち向かうのはキャプテン・アメリカと“メキシコの伝説的なマスクマン”エル・サントというハチャメチャな内容で、権利もへったくれもないパクリ具合である。

「当時のトルコには、スパイダーマンの他にも、『スター・ウォーズ』、『E.T.』、『エクソシスト』まで、ハリウッド作品を焼き直したような、パクリ映画がたくさん存在しましたよ」

 そう語るのは、映画ライターのなかざわひでゆき氏。当時のトルコは、経済の急激な高度成長を背景に、最盛期には年間300本以上もの映画が粗製乱造されていたという。しかし、いくらパクリとはいえ、スパイダーマンが容赦なく人を殺していくシーンは、今見てもかなりバイオレンス。どうしてトルコのスパイダーマンは、ここまで残虐になったのだろうか?

「70年代、トルコの大衆映画では、アクションとエロスが最重要視されていました。労働者を癒やすために娯楽的な要素が強く、より過激な内容が好まれ、また男女が公衆の面前で手をつないで歩くことすらご法度だったこともあり、劇中のサービス・ショットは“ズリネタ”として重宝されていたんです。イスラム圏としてはかなり珍しい映画文化ですね」(同)

 容赦ないパクリの揚げ句に、過激な暴力描写とトップレスの女性で彩られたトルコの映画産業。しかし、80年代に入るとテレビ産業が主流となり、フィルムは燃やすと銀が出るということで次々に破棄されて、こうしたエクスプロイテーション的な映画は廃れていった。

インドのボリウッドではスーパーマンと空を飛ぶ!?

 一方、本国アメリカではテレビ映画をきっかけに、ようやくスパイダーマンの映画化が動き出すが、当時の技術ではスパイダーマンをCGで作り出すのはそもそも難しいという問題が発生。また、技術面の問題ばかりでなく、マーベルの権利もはっきりせず、監督や脚本家が製作から次々と降板するなど、なかなか軌道に乗らない。そんな中の88年、今度はインドでスパイダーマンもとい、スパイダーレディが誕生してしまう。

 インド映画といえば、濃い顔の演者、クサすぎるセリフ、明るいシーンとシリアスな展開の極端な緩急、そして脈略なく始まるミュージカルシーンでおなじみだが、スパイダーレディも例外なく、歌い踊っている。

 そんなスパイダーレディが登場するのが『Dariya Dil』【2】というメロドラマ映画。同作では、主人公とヒロインの恋が実った瞬間、突如として場面は切り替わり、スーパーマンの格好をした主人公と、スパイダーレディに扮したヒロインが空を飛び、地上に降り立つと群衆を従えて踊り続けるという必然性のないシーンが始まる。一応、ケンカ程度のアクションシーンはあるものの、あくまでもメロドラマ。なぜ、急に関係のないスパイダーレディのダンスが挿入されたのだろうか? 某キー局の制作会社に勤める、日本育ちのインド人スタッフはこう語る。

「ボリウッドでも漏れなくハリウッド映画や日本映画のパクリはありますし、このシーンで歌われている曲の歌詞のサビは『あなたは私のスーパーマン』ということで、コスプレをしたのでしょうか?(笑) また、インド映画では、カースト制度への逃避として、貧困層も映画の中だけでは仮想現実を楽しもうということで、歌や踊りが組み込まれる構成が多いんです。つまり、歌って踊るのはいわば、『スーパーマリオ』でスターを獲得して無敵状態と化しているような様子を表したいので、急に始まるんですよ」

 日常からの乖離を表現するために、必然性のないように思えるダンスが始まる。とはいえ、陽気で明るいインド映画のミュージカルシーンが、カースト制度という同国の暗部に対するアンチテーゼというのは、なんとも切ない。

映画最後の秘境・アフリカの衝撃リメイク

 話をアメリカに戻そう。2000年代に入るとCG技術の発達と、ようやく権利関係に決着がついたため、正統なるハリウッド版『スパイダーマン』が次々と公開されていく……が、10年にサム・ライミ監督が降板させられたことによって、またゴタつきを見せていた。

 そんなハリウッドの体たらくぶりを見かねたのか、今度は現代映画最後の秘境・アフリカが動き出す。世界中で『アメイジング・スパイダーマン』が公開される前年の11年、ガーナの“クマウッド”では『Ananse 1&2』【3】というタイトルで、暴漢たちに臓器売買か黒魔術の生贄のために虐殺された少女がその黒魔術によって、90年代のアーケードゲームを思わせるようなCGでスパイダーマンに変身し、暴漢たちを殺していくという内容の映画が公開された。

 一応、Rockson Film Productionという、プロダクション製作の本作は、衝撃的なスパイダーマンの造形と、チープなSFXに目を奪われがちだが“スパイダーマンを自国の文化とつなぎ合わせた現象は興味深い”と、北部ナイジェリアで製作された忍者映画を研究する文化人類学者・中村博一文教大学教授は語る。

「この映画のタイトルの“アナンシ”というのは、ガーナに現住するアカン語系民族の神話・伝承における蜘蛛のことです。また、ナイジェリア北部のハウサ語圏ではギゾとも呼ばれ、蜘蛛というのはアフリカ地域にとって“トリックスター”という意味があります。大衆に人気があるヒーローという知名度に加え、蜘蛛という生き物にもともと込められた神出鬼没性という役割も作用しているように思えます」

 黒魔術というアフリカ独自の文化に加え、自国の神話もスパイダーマンに取り入れるというのはローカリゼーションの良い例にも思えるが、「劇中では蜘蛛(アナンシ=スパイダーマン)は暴漢に取り憑くし、それとは別に女の子の霊も取り憑くという展開で、本当にアナンシと関係あるのか、よくわからないですね。私はナイジェリアのプロダクションの映画に関わったことがあるのですが、現地の映画制作には台本があるわけではなく、前日に『こんな感じのセリフを話してよ』と言われましたし、いろんな要素を詰め込みすぎていて、撮っている本人たちですら『作っていてよくわからない』と言うんですよ。まだ、映画産業そのものが成長中ですから。この映画もそんな印象を受けます」(中村教授)と、映画の出来には直結していないようだ。

黒魔術がリアリティー?暗いスパイダーガール

 そんなガーナに続けとばかりに昨年、アフリカ最大の映画産業、ナイジェリアの“ナリウッド”がスパイダーマンを『スパイダーガール』【4】としてリメイクした。

 本作のスパイダーガールは本来の蜘蛛らしくジャングルを飛び回り、ガーナ版に比べてアクションやCGは完成度が高い。中村教授いわく「ナリウッドでは撮影機材は家庭用のホームビデオだけではなく、背景がキレイにボケ感の出るキヤノンのEOSも使っています。また、テレビ局で撮影を学んだスタッフも多く、シナリオライターやプロデューサー的立ち位置も存在する」など、製作体制がきっちり確立している。さらに劇中で使われる銃は「銃口は埋めてありますが、本物じゃないですかね? ニジェールとの国境付近では銃は1万円程度で買えるので、わざわざ偽物をつくるよりも、すでにあるものを使ったほうが早く、もしかしたら、軍からの払い下げなんかを使っているのかも」(同)という代物。そもそもナリウッドの本場、ラゴスには俳優学校があったり、北西部のソッコトにはアクションを学ぶためにカンフーの指導教室が開かれたりと、映画制作には相当こだわりがあるのだ。

 しかし、ナリウッド映画はハッピーエンドが多いといわれている中、本作は『Ananse 1&2』と同様、貧富の差、レイプ、黒魔術、虐殺など、アフリカに根強い社会問題が描写され、内容そのものはかなり暗い。

「2作とも社会的メッセージは明確ですよね。アフリカは貧富の差が激しく“金持ちは貧民から搾り取った金で贅沢をしている”と思い込んでいる人も多いです。そのため、金持ちを懲らしめる復讐の方法としての呪術は珍しいものではなく、映画でもよく描かれているのです。また、ナイジェリアに限っていえば、北部は特に貧富の差が激しく、中間層が生まれつつあるとはいえ、国民のほとんどは貧しいままです。職業としてタクシーの運転手がかなり多いのですが、彼らは毎日働いても、自分の車が買えないほどのわずかな賃金しかもらえず、“アフリカンドリーム”がほとんどない国なんです。そういった現実が映画に反映されているともいえます」(同)

 インドとは違い、映画に実際の社会問題がリアルに映し出されているのは、なんともつらい話だ。

本家に認められる日も?無許可作品たちの未来

 ところ変われば、スパイダーマン変わる――世界の無許可スパイダーマンは荒唐無稽だが、もしかしたら、世界共通のキャラクター・スパイダーマンはその国の文化を理解するための、ひとつのツールになり得るのかもしれない。前出のなかざわ氏は、こう述べる。

「昔は発展途上国に著作権の概念がなく、著作権側からすると、とんでもない話だとは思いますが、スパイダーマンに限らず、こうしたハリウッドのパクリ映画って究極のローカライズじゃないですか。その国の人々の価値観や文化が如実に表れていますよね。しかし、近年のハリウッドによるグローバリゼーションが、こういう映画をすべて破壊したと思うんですよ。まぁ、守るべき伝統なのかは、議論の余地ありですが(笑)」

 確かにマーベルとしてはたまったもんじゃないかもしれないが、今回紹介してきた無許可スパイダーマンを観ることによって、日本に住む我々には理解し難いカースト制度や黒魔術といった問題も知ることができるという側面もあるのだ。

 さて、冒頭で紹介した東映のスパイダーマン。実は数年前にアメリカで発表されたコミック『スパイダーバース』では、並行世界のスパイダーマンのひとりとして30年の時を経て、巨大ロボット・レオパルドンと共に本家デビューを果たしている。

 黒歴史とも「マーベルが激怒」とも評された作品だったが、長い時を経て、スパイダーマンシリーズの重要な作品として認められた。そうなれば、今後はこれまで紹介した国々のスパイダーマンも、いずれ東映版のように本家に認められ、作品に登場する日も来るかもしれない。

(文/小峰克彦)

スパイディ史上初の実写化
【1】卑劣なスパイダーマンに立ち向かうのはキャプテン・アメリカとマスクマン!?

マーベルが知らんところで勝手にリメイク?――トルコでは入浴中の女を絞殺!?マーベル無許可のスパイダーマンの画像2

『3 Dev Adam』(トルコ/73年)
イスタンブールを舞台に、スパイダーマンが「ヘマをやらかした部下をモルモットに喰わせる」「トルコの国宝をアメリカに売り飛ばす」「女性を絞殺して仏像を盗む」「入浴中のカップルを刺殺して高笑い」という、とんでもない悪役として登場。そんな凶悪なスパイダーマン相手に、キャプテン・アメリカとエル・サントが立ち向かうというアクションあり、コメディあり、ストリップシーンありの完全オリジナル作品。『アベンジャーズ』(12年)のような、複数のヒーローが登場するクロスオーバー作品の元祖ともいえよう。どこからも、キャラクターの使用許可は取っていないが……。ちなみに、この映画ではヒーロー同士が戦うといっても、スパイダーマンは蜘蛛の糸を使わず、キャプテン・アメリカもシールドを使わない肉弾戦がメイン。また、スパイダーマンはショッカーと同じシステムなのか複数人いるので、倒しても倒しても、たくさん出てくる。


幸せなダンスと雑な特撮
【2】スーパーマンと歌って踊る!?これがボリウッドの真骨頂!

マーベルが知らんところで勝手にリメイク?――トルコでは入浴中の女を絞殺!?マーベル無許可のスパイダーマンの画像3

『Dariya Dil』(インド/88年)
真夜中のデパートに閉じ込められた主人公とヒロイン。もともと、2人はお互いを憎しみあっており、ヒロインは主人公を警戒して、店内で売られているサーベルを手にするが、刃の部分を掴んでしまったために出血してしまう。それを主人公が応急処置して、2人の距離は急接近。そして、お互いが良い感じになると、急に場面変更。スーパーマンの衣装に身を包んだ主人公と、スパイダーレディに扮したヒロインが、チープなシンセ音に合わせて「あなたは私のスーパーマン 私はあなたの女、女~」と歌い上げながら空中で踊る。空を飛ぶ2人は途中、広場で踊る集団を発見。そこに降り立ち、今度は集団でダンスダンスダンス! そして、何度も口づけを交わす。このほかにも劇中ではミュージカルパートが数回あるが、百歩譲ってスーパーマンに関する曲ということで、スーパーマンの衣装を着たのはわかる。しかし、どうしてスパイダーレディなのかは何度観直しても理解できない。


チープでグロテスクなCG
【3】虐殺された少女の怨念がスパイダーマンに乗り移る!

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『Ananse 1&2』(ガーナ/11年)
『ターミネーター』、『プレデター』、『バットマン』などハリウッド映画の焼き直しを、大量に制作しているRockson Film Productionによるスパイダーマン。スパイダーマンだけでなく、どの作品も初期の『モータル・コンバット』に影響を受けたかのようなチープなCGと、人体破損描写が特徴的。スパイダーマンを、黒魔術によって召喚された神の使いなのか、アナンシのようにトリックスターとして描きたいのかは不明だが、CGのスパイダーマンが登場するとき「うぅぅぅぅ」と、不気味なうめき声のような音が入るのは、もはやホラー。ちなみに、この映画の監督、本作を勝手にYouTubeに違法アップロードされたことに激怒。著作権侵害だから削除するようにコメント欄に書き込んだところ「お前も、そもそもマーベルからなんの許可も取ってないだろう」と、逆に突っ込まれていた。


主演は50万ナイラ(16万円)女優
【4】ナリウッドのスパイダーガールは9時間以上にも及ぶ超大作

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『Spider Girl』(ナイジェリア/16年)
昨年から今年にかけて製作された最新の無許可スパイダーマン。森の中でテロ組織に攻撃された主人公が、蜘蛛に噛まれたことによってスパイダーガールに変身し、弱者を虐げるテロ組織たちに立ち向かうという内容。これまでの無許可スパイダーマン作品とは違い、本作ではようやく糸を使って戦う。糸の力は強く、若者たちを乗せたままコントロールが利かなくなり、暴走するバスを糸で止めることもできる。ナイジェリア国内で評判なのか、正確には把握できていないが、現在までにシーズン10まで作られており、最新作ではなぜかスパイダーガールが2人になっていた。シーズンが続いていくのは、本文にも登場した中村博一教授いわくナイジェリア映画では昔からよくあることらしい。また、ナリウッドでは役者一本で生活できる俳優は少ない中、本作主演のレジーナ・ダニエルズの出演料は50万ナイラ(16万円)と、それなりの額だという。