――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。
【概要】
『いつもひとりだった、京都での日々』(宋欣穎・著、光吉さくら・訳、早川書房)
東京アニメアワードをはじめ複数の映画賞を受賞し、2019年、米アカデミー賞長編アニメーション賞エントリー25作にも選出されたアニメーション映画『幸福路のチー』を手掛けた台湾の女性映画監督・宋欣穎(ソン・シンイン)。彼女が留学生として京都大学で過ごしたひとときを振り返ったエッセイ。
『わたしの好きな街:独断と偏愛の東京』(SUUMOタウン編集部監修、ポプラ社)
雨宮まみ、岡田育、ひらりさ・もぐもく(いずれも劇団雌猫)、山田ルイ53世、山内マリコら総勢20名の著名人・文化人が、東京で暮らすこと、偏愛する街、上京の思い出について本音を語るエッセイ・インタビュー集。
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進学、就職などで、見知らぬ土地で新生活を始める人が多い春。慣れない環境に身を置き、生き抜く人に向けて、孤独感や寂しさが力に変わるような2冊の本を紹介したい。
『いつもひとりだった、京都での日々』は、台湾の作家・映画監督の宋が京大生として京都に滞在した約2年間を、色彩豊かに振り返ったエッセイ。京都に暮らすさまざまな人との触れ合いを中心につづられているが、タイトルに冠されているように、どこか孤独感が漂っている。しかし、著者が漂わせる寂しさは、同時にどこかすがすがしさを連れてくるものだ。
「湯婆婆」のような老女が夜だけ開く古い喫茶店、電灯のない真っ暗な部屋で一人の生活を愛する「金子さん」、南米の音楽に乗りながら創作料理を振る舞ってくれる60歳の「名和さん」、舞妓を偏愛する「赤内くん」――。このエッセイに登場する京都の人々は、外部の人が「日本人」「京都の人」と聞いた時に想像するような、典型的なタイプはほぼいない。それは、変わった人ばかりを取り上げているわけではなく、“普通の人”が普通に持つその人だけの個性を著者が逃さずすくい上げているからだろう。そんな彼女のフィルターを通して京都の暮らしをのぞき見ることで、市井の人々の普通の日常生活が、時には幻想小説の一幕のような光景として映し出されていく。
渡日直前、親友の自死に直面したエピソードから幕を開ける本作には、ある種の感傷が最後まで通底している。親友に最後にぶつけた言葉を後悔しつつ、ロボットのように無理やり日常生活をこなしていた著者は、あるきっかけで鴨川の光る川面を眺めながら、どうしても過去には戻れないことを悟る。川の水は流れ続け、戻ることはないが、彼女はそこに寂しさだけでなく美しさも見いだす。日本でできた友人「金子さん」が「ずっと同じ環境にいると、きれいな風景も目に入らなくなる。そうなると人は麻痺しちゃう」と彼女に漏らしたように、長く親しんだ人や風景から無意識に受け取っていた美しさや幸福に気づくのは、たいてい受け取れなくなってからだ。過去に戻れないことは人を苦しめるが、進むしかないからこそ、新たな場所で別の幸福を見つけることもある。
この一冊の中で、著者自身も、出会った友人たちも、すみかを替え仕事を替え、家族を作ったり離れたり、亡くなったりして、とどまることなく移ろいゆく。表層はあくまで淡々とすべらかな筆致だが、状況や環境が変わることで生じる景色が開けるような楽しさと、息が止まるほどの悲しさ、両方が丁寧に写し取られている。だからこそ、新たな環境で戸惑う人々の感傷を優しく包み、前を進ませてくれるようなエッセイになっている。
『わたしの好きな街: 独断と偏愛の東京』は、時に「住む場所ではない」などと揶揄される過密都市・東京に暮らす多様な20名の著名人・文筆家らが、東京や上京について語ったエッセイ&インタビュー集。「この街のオススメスポット」といったガイドブック的な要素はないが、書き手が個人的に愛する場所や思い入れのある街の思い出により、「東京」という都市の魅力が複層的に描き出されている。
東京は、いわば複数の街の集合体であり、一言でその特色を語り尽くすのは難しい。しかし、「あの街で暮らした十年間が、たぶん、私の青春だった」とつづる雨宮まみのエッセイ「西新宿」には、まさに「一つの側面では語りきれない東京像」が凝縮されている。都庁やパークハイアット東京、高層ビルが林立するエリアと、昔ながらの住宅が密集するエリアがほぼ隣接する西新宿。古アパートの1階に住みながら、2つのエリアを日常的に行き来していた雨宮が、「こんな生活には、いつか別れを告げてやる」と怒りにも近い情熱をじりじり燃やす日々は、その熱も相まって、東京と、東京という場所が象徴する「上への情熱」が端的に書き残されている。
また、作家・山内マリコが「本当に全然ダメだった」「一体なにをしていたかというと、なにもしていなかった」と振り返る「吉祥寺」も、まるで一編の短編小説のような味わいを残す。25歳で上京し、駅まで徒歩30分、立派な畑や野生のタヌキを確認できる部屋で過ごした4年間は、一見優雅なようで、自身の不安に押しつぶされないようもがいた日々でもあった。玉川上水ののどかな景色を背景に、とある吉兆を大切に受け取ったエピソードは、少し滑稽ながらも美しい。
ほかにも「あの街での毎日が明るいものではなかった」と回顧する芸人・山田ルイ53世の「中目黒」、自身の育った街の魅力を「なんとなくぐちゃっと、全部入り」と愛たっぷりに表した、もぐもぐ(劇団雌猫)の「町田」など、都心から郊外まで、本書にはそれぞれ東京についての思い出や偏愛が詰まっている。この一冊で、表情をさまざまに変える東京の一端を知ることができるだろう。
書き手たちが振り返る思い出は各人各様だが、輝かしいばかりの時期より、あやふやに過ごした日々や、映えない日常を重ねていた街のエピソードが圧倒的に多い。うまくいかなかった時期や無為に過ごした風景のほうが、書き手の記憶に強く焼き付き、それが人生を助ける礎石になることもある。上京を控える人や東京で暮らす人だけではなく、先の見えない日々にもどかしさを抱える人々にも届いてほしい一冊だ。





