他人だから理解の努力をする――『うつまま日記。』が掴んだ家族の核心

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『うつまま日記。』(コンボ)

 起床は7時。授乳を済ませておむつを替え、そして赤ちゃんの顔を拭く。「顔を拭くことで赤ちゃんが朝だと気づくんですよ」と育児雑誌に書いてあったから。機嫌よく遊んでいる間に洗濯機に洗濯物を詰め込み、大人たちの朝ごはんの支度。食べようと思った途端に泣き出すわが子。冷めた味噌汁をかきこんで、さあ掃除。それまでは5日に一度、ガーッと掃除機かける程度だったのに。だって赤ちゃんに埃はよくないと、これまた育児雑誌にあったから。「外気に触れることで赤ちゃんは丈夫な体に……」ということで張り切ってお散歩、買い物、たそがれ泣きが激しいので、おんぶをしたまま夕飯作り。お風呂、ベビーマッサージ、あぁ耳掃除も爪切りもしないと。異常なテンションのまま「お母さん」の1日は過ぎていく。

 思えば母親業、特に子どもが小さいうちの母親という役割は、自分じゃない自分になりきらなければこなせないものだった。この頃の私にとって「お母さん」とは無意識なる“躁”状態で、当時のことを思い出そうとしても記憶がだいぶ抜け落ちている。もし、あの時なんらかのタイミングで張りつめたテンションが切れ、心が急降下していたら……その可能性は十分にあっただろう。私はかなり“完璧な母親”という幻影に支配されていた。

『ギャルと不思議ちゃん』から“女子”“ガール”へ……女の子たちの戦争の果て

『ギャルと不思議ちゃん論: 女の子た
ちの三十年戦争』(原書房)

 バブル時代のボディコンギャルや90年代のコギャル、2000年代のエビちゃんOL、森ガールなど、途切れることなく盛り上がり続けている女性カルチャー。『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(原書房)は、文字通り「ギャル」と「不思議ちゃん」という、日本だけでなく海外からも「GYARU(渋谷)」「Kawaii(原宿)」として注目される現代女性カルチャーの二大陣営の成り立ちとその背景を追っていき、そこから見える女性と社会の関わりとその変化を丁寧に綴っています。

 本書では、雑誌「CUTiE」(宝島社)や「egg」(大洋図書)、「東京ストリートニュース!」(現・学研ホールディングス)、「アウフォト」(新潮社)、「CanCam」(小学館)、「小悪魔ageha」(インフォレスト・パブリッシング)、映画『桜の園』『下妻物語』、マンガ『ホットロード』(紡木たく/集英社)、『ヘルタースケルター』(岡崎京子/祥伝社)、『天使なんかじゃない』『NANA』(矢沢あい/集英社)、『致死量ドーリス』(楠本まき/祥伝社)などを通して、近代の「少女」という概念から、差異化競争の果てに生まれた現代の「ギャル」「不思議ちゃん」についての分析を試みています。男性による女性カルチャー論というと、「女性の理解者になりたい」という欲求が行間からうかがえたり、単純に萌え萌えしていたりというケースが割りと見受けられますが、本書は対象と距離を置いた冷静な筆致です。

母親たちのつながりに依存するPTAという組織、「本当の敵」はどこにいる?

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『七人の敵がいる』(加納朋子、集
英社)

 現在放送中のドラマ『七人の敵がいる!』(フジテレビ系)をご覧になったことはあるだろうか。PTAを舞台にしたワーキングマザーの奮闘記。何に奮闘するかと言えば、理不尽な規律、女性同士特有のしがらみ、傍観者を決め込む男性たち、社会状況が著しく変化しているにも関わらず、全く変わろうとしない組織の実態などなど。しかし多分に昼ドラ的脚色がなされていることもあり、小学生息子を持つ当事者としては見続けるにはちとキツい番組でもある。

 『名前をなくした女神』(同)もそうだが、この手の話は「これだから女ってヤツは……」「ママ友こわいこわい」とか、女に付与されやすいイメージに帰着されがちだ。たぶん、その方がウケるから。ドラマ版『七敵』をトゥーマッチに感じる方は、どうぞこの原作本を。加納朋子著『七人の敵がいる』(集英社)には、女の嫌味と妬みの全面戦争だけでは済まされない、母親とその周辺社会とのヒリヒリする関係が存分に描かれている。

母親たちのつながりに依存するPTAという組織、「本当の敵」はどこにいる?

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『七人の敵がいる』(加納朋子、集
英社)

 現在放送中のドラマ『七人の敵がいる!』(フジテレビ系)をご覧になったことはあるだろうか。PTAを舞台にしたワーキングマザーの奮闘記。何に奮闘するかと言えば、理不尽な規律、女性同士特有のしがらみ、傍観者を決め込む男性たち、社会状況が著しく変化しているにも関わらず、全く変わろうとしない組織の実態などなど。しかし多分に昼ドラ的脚色がなされていることもあり、小学生息子を持つ当事者としては見続けるにはちとキツい番組でもある。

 『名前をなくした女神』(同)もそうだが、この手の話は「これだから女ってヤツは……」「ママ友こわいこわい」とか、女に付与されやすいイメージに帰着されがちだ。たぶん、その方がウケるから。ドラマ版『七敵』をトゥーマッチに感じる方は、どうぞこの原作本を。加納朋子著『七人の敵がいる』(集英社)には、女の嫌味と妬みの全面戦争だけでは済まされない、母親とその周辺社会とのヒリヒリする関係が存分に描かれている。

職業の賢者たちが、女がひとりで生きる術を説く『サバイバル女道』

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『サバイバル女道』(小社刊)

 助け合って生きていきましょう、と声高に言われているこのご時世。大事なことだと分かっていますが、自分ひとりでどうにかしなければならない状況も多いもの。頼ることも助けてもらうことも望みが薄い、彼氏や旦那のいない独り身の女性こそ、サバイバル精神を隠し持っていかねばなりません。『サバイバル女道(おんなみち)』(小社刊)は、一生ひとりで生きていくことを想定し、「手に職」をつけるべくあらゆる職業のプロたちに辛酸なめ子がテクニックを聞き出した一冊です。『13歳のハローワーク』(幻冬舎)より読むべき本がここにあります。

万古不易のイビリ連鎖を断ち切る、高らかなる宣言書『いびられ嫁の復讐』

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『いびられ嫁の復讐』(講談社)

 義理とは、人として守るべき正しい道のことを言う。一方で付き合い上しかたなしにする行為のことも言う。結婚して新たにできた家族親族を「義理の~」と表現した日本人は本当に頭が良い。夫の親から見れば「夫に従い、夫の両親を敬う」のが嫁の正しき義理道、嫁にしてみたら「結婚して自動的に加入させられた」義理家族。二つの意味の間をグラグラと揺られながら、ニッポンの嫁姑問題は解決をみることなく先延ばしにされてきたのである。

 とは言うものの、21世紀のこの世。「何このお味噌汁のしょっぱいこと! 私を殺す気かい?」「あ~らお義母さま御免なさ~い。ハイお砂糖」なんてやり取りは、サラリーマンが頭に巻くネクタイぐらいに風化していると思っているそこの貴女! 確かに嫁共感番組『ど~なってるの?!』(フジテレビ系)、姑応援番組『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)が終了し、伝統的な嫁姑のやり取りは一時期私たちの視界から消えた。しかし、たとえ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)が終わっても、積年の恨みツラみがそう簡単にグランドフィナーレを迎えるはずはない。姑の嘆きはAMラジオの人生相談へ場所を移し、嫁の復讐はさらにアングラ化する。その代表格であるのが2ちゃんねるの人気スレ「義実家にしたスカッとするDQ返し」である。

ハイテンションなギャクの中に、負の側面が見え隠れする『美少年名言集』

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『美少年名言集』(桂明日香、太田
出版)

 「イケメン」という言葉はカラッとしていて面白くない。淫靡なニオイもなく、直球すぎるのだ。それには、「イケメン」という言葉が持つ概念が広すぎて、「雰囲気イケメン」などもはや「美」を基準にした言葉ではなくなっていること。そして、数年前に流行した「ただしイケメンに限る」のように、自己否定に見せかけた、強烈な自己愛を表す利便性の高い言葉として男性の中で定着してしまったことが根底にあるように思えてならない。

 それに比べて、「美少年」という言葉がもらたす響きは圧倒的だ。そもそも「あの子は美少年だね」という会話は、日常ではなかなか耳にしない。人々が「美少年」と共通の認識を持てるのは、ごくわずかな人だけだから。リバー・フェニックスにしろ、エドワード・ファーロングにしろ、美少年の絶頂期は恐ろしいほどに美しい。それは同性さえも魅了してしまうほどであり、その禁忌的イメージを彷彿させる力こそが「美少年」の危うげな一面なのだ。

「女目線」を求めることが「男目線」、『ハタラクオトメ』が浮き彫りにした現実とは?

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『ハタラクオトメ』(桂望実、幻冬
舎)

 ビジネスの世界でもてはやされる「女目線」。「女目線のサービス」「女目線の経営」「女目線の家電」、果ては「女目線のヘルシースイーツ」など、「いやそれもともと女性の領域だったよね?」というものまで女目線で見なきゃいけない世の中。はっきり言って、少しも新鮮じゃありません。女性が自発的にやるのならともかく、男性にやらされているだけだったりすると、しらけるの一言。そもそも「女をウリにする」ということが、もはや「男目線」なんだけどなあ......。そんな「女目線」ビズに奮闘する女性たちを描いた小説『ハタラクオトメ』(桂望実・著)。

取次が委託配本拒否! 原発問題の根幹に迫る『東電・原発おっかけマップ』

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『東電・原発おっかけマップ』
(鹿砦社)

 日々、テレビや新聞から流れている「ベクレル」「シーベルト」という言葉。感覚がすっかり麻痺しているが、本来ならそれらの言葉が耳馴染みになってしまっていること自体が異常なこと。「3.11」直後の情報が錯綜していたころに比べればメディアも落ち着いたが、東電や政府から情報が「後出し」されたり、政府や大手メディアの出す「情報」の信憑性が疑われ続けている。なぜ、こんなことが起こっているかといえば、それは原子力発電(以下、原発)自体が巨大な利権になっているからだ。では、原発はいつから利権になったのか。その謎を解く本が『東電・原発おっかけマップ』(鹿砦社)である。

泣ける犬映画はもう飽きた!? 小日向文世×"笑う犬"激突ハートフルコメディー

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『その後の犬飼さんちの犬』(竹書房)

 『星守る犬』『ロック~わんこの島~』など、ここ最近"泣ける"犬映画が続けて公開されている。犬を飼っている友人と見に行ったところ、用意していたハンカチを握りしめ、ボロボロ泣いていた。犬どころか金魚すら飼ったことのない筆者は涙がうるっとくることもない。そんな自分がものすごく冷徹な人間に感じられ、いたたまれない気持ちになった。