「ジャニーここにあり」を強く印象付ける、映画『少年たち』の果てしない不思議と狂気【ネタバレ】

 ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が初製作・総指揮を執り、ジャニーズJr.のメンバー53名が出演する映画『少年たち』。一言でいって、「ジャニーエキス」濃縮還元100%の作品だった。

 以下はネタバレとなるため、未見の方はご注意を。

 舞台は、さまざまな事情を抱える少年たちが収監された少年刑務所。少年たちは喧嘩をしたり、絆を育んだり、暴力的な看守長の支配下からの脱走を企てたりする(超ざっくりのあらすじ)。

 それにしても、ジャニーさんは昔から公私共に、不良や貧乏、母子家庭が大好き。少年だけの世界にこだわり続けるのも、根底には「母親」や「母性」に対する強烈な不信感があるからではないかと、この作品を見てあらためて思わされた。

 また、不治の“『ウエスト・サイド・ストーリー』大好き病”を患っているため、少年たちが唐突に喧嘩したり、シリアスな場面で唐突に踊り、歌いだしたりするのは、いつものご愛嬌。「ミュージカル」と呼ぶにはいささかチープな作りは、テレビ朝日で2017年夏に放送されていた、プールやかき氷屋で脈絡なく少年たちが歌い踊る『KINGステーション』にも似ている。

 「総勢53名のJr.が出演」と謳うが、基本的にはSixTONES、Snow Manを中心として、そのほかはTravis Japanの宮近海斗や、なにわ男子の西畑大吾と大西流星、Lilかんさいの島崎斗亜、少年忍者の川崎皇輝など、お気に入りのJr.が目立つパートに登場するのみ。メイン格のJr.は舞台経験者が多いことがアダとなって、映像作品にはしっくりこない芝居の大きさが、なかなかに不思議な雰囲気を醸し出していた。

 とはいえ、出演者たちに罪はない。彼らは一生懸命指示されたことに従うだけで、物語を果てしなく脈絡なくおかしくしているのは、ほかの誰でもない、ジャニーさんだ。

 少年をあっさり殺すのは、ジャニーさんならではの悪趣味ぶり健在といった感じなものの、回想シーンのみの出演で、登場→即死亡を遂げるのが7MEN侍・中村嶺亜というところに、凄まじいジャニー臭を感じる。

 かつて、シンメの相手が退所してしまい、Mr.KINGの3人と一緒に4人で『ジャニーズ銀座』に出演したかと思えば、一人そこから外されたり、ユニットに入れず「フリーランス」になったりした嶺亜。そして、自ら『炎の体育会TV』(TBS系)出演者などを中心に運動神経の良いJr.たちに声をかけてスケボーを教え、ともに練習し、それが認められて新ユニット「7MEN侍」が結成された。

 自らの努力と戦略による出世物語は、ここでは語りつくせないほどだが、にもかかわらず、オイシイ役とはいえ、やっぱり「即死亡」する。ジャニーさんにとって、「中村嶺亜」はいつでもちょっと気になり、ちょっとイケズしたくなる存在なのだろうか。

 また、最大限におかしかったのは、室龍太の存在。病で死んだはずなのに、爽やかな夏空の下で、関西Jr.たちがキラキラに「Happy」などと歌い踊っていると、ラスト方で室がピンピンして登場する。

 不思議さを醸し出す存在として、看守長を演じる関ジャニ∞・横山裕のことも忘れてはいけない。横山の演技や役作りは、『左目探偵EYE』(日本テレビ系)で演じていた役とほぼ同じだが、いつの間にか良い人になったり、5年で急速に老けたり、突然死んだような様子を見せたりする。しかも、刑務所を110年間見守ってきた“創設者”みたいな扱いを受けていた。

 この件を推測するに、プロによる脚本上では当初まともな人物説明だったのに、ジャニーさんが強引に手を加えたことで、誤解が生まれたのではないだろうか。

 また、肝心の脱獄計画も、わざわざ頭の回る田中樹を「情報屋」として配置しながら、全く機能させていない。「情報屋」と役割が完全に被ってしまった、松村北斗演じる頭脳担当の「ダイケン」(大学検定の意)も、わざわざ碁石を持ち出して、大層な作戦を練ったように見せかけておきながら、ただ“バラバラに散るだけ”という計画の単純さが、またジャニー流。

 これも、おそらくもともとの脚本ではもう少し意味のある作戦があったのだろうが、ジャニーさんにとっては興味のない面倒くさい話として、端折られたのではないか。ともあれ、そんなチンプンカンプンな「雑」具合が、「ジャニーここにあり」を強く印象付ける。ジャニー的世界は、意味なんか真面目に考えちゃいけない。「感じること」が大切なのだ。

 もう一つ、ジャニー流をすさまじく感じたのは、京本大我の死の描き方。屋上から落ちるシーンでフラッシュバックするのは、ドラマ『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』(TBS系)でKinKi Kids・堂本剛が死ぬ、悲しすぎるシーンである。もしかしてジャニーさんもこのシーンを思い出して、涙とヨダレを垂らしながら見ていたのではないかなどと、妄想が膨らんでしまう。

 極めつけは、5年後に刑務所跡地に作られたホテルでのショー。現在お気に入りのHiHi Jetsや美 少年、少年忍者たちは、ここで初めて登場する。このシーンだけが急に浮き立つほどクリアで美しい高画質になるのもおかしいし、なぜか何度も大写しになるのがHiHi Jets・猪狩蒼弥というのも味わい深い。

 ちなみに、SixTONESとSnow Manの面々は「出所」して、ショーを見に来ているという設定だ。実際のジャニーズ事務所でも、タッキー管轄になったSixTONESやSnow Man、Travis JapanなどのJr.はジャニー管轄から卒業=「出所」した形になっている。つまり、この映画が実質、彼らのジャニー管轄からの卒業式であり、刑務所からの出所が描くものは「ジャニー=刑務所」からの出所ということなのか。

 さらに怖いのは、一時的に日本へ遊びに来ていた間、唐突にプッシュされまくったキャメロンが、映画のクライマックスでソロを歌い上げたことと、最終カットの集合写真ではメインキャストたちを差し置いて、キャメロン+ヴァサイエガ渉+ブランデンが“どセンター”を占めていたこと。おそらく、彼らこそジャニーさんが未来を託す子どもたちで、「2020年構想」の中心なのだろう。

 それにしても感心せずにいられなかったのは、こんな随所に狂気と笑いが散りばめられている映画を、ファンは笑いもせず、ざわつきもしないこと。応援上映ではツッコミの声があちこちから飛んだようだが、一般上映では、慎み深く静かに鑑賞する。そんな狂気慣れしたジャニオタの感性というか耐性は、すでに高いステージに到達していることを確信した映画だった。
(南山ヒロミ)

 

「ジャニーここにあり」を強く印象付ける、映画『少年たち』の果てしない不思議と狂気【ネタバレ】

 ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が初製作・総指揮を執り、ジャニーズJr.のメンバー53名が出演する映画『少年たち』。一言でいって、「ジャニーエキス」濃縮還元100%の作品だった。

 以下はネタバレとなるため、未見の方はご注意を。

 舞台は、さまざまな事情を抱える少年たちが収監された少年刑務所。少年たちは喧嘩をしたり、絆を育んだり、暴力的な看守長の支配下からの脱走を企てたりする(超ざっくりのあらすじ)。

 それにしても、ジャニーさんは昔から公私共に、不良や貧乏、母子家庭が大好き。少年だけの世界にこだわり続けるのも、根底には「母親」や「母性」に対する強烈な不信感があるからではないかと、この作品を見てあらためて思わされた。

 また、不治の“『ウエスト・サイド・ストーリー』大好き病”を患っているため、少年たちが唐突に喧嘩したり、シリアスな場面で唐突に踊り、歌いだしたりするのは、いつものご愛嬌。「ミュージカル」と呼ぶにはいささかチープな作りは、テレビ朝日で2017年夏に放送されていた、プールやかき氷屋で脈絡なく少年たちが歌い踊る『KINGステーション』にも似ている。

 「総勢53名のJr.が出演」と謳うが、基本的にはSixTONES、Snow Manを中心として、そのほかはTravis Japanの宮近海斗や、なにわ男子の西畑大吾と大西流星、Lilかんさいの島崎斗亜、少年忍者の川崎皇輝など、お気に入りのJr.が目立つパートに登場するのみ。メイン格のJr.は舞台経験者が多いことがアダとなって、映像作品にはしっくりこない芝居の大きさが、なかなかに不思議な雰囲気を醸し出していた。

 とはいえ、出演者たちに罪はない。彼らは一生懸命指示されたことに従うだけで、物語を果てしなく脈絡なくおかしくしているのは、ほかの誰でもない、ジャニーさんだ。

 少年をあっさり殺すのは、ジャニーさんならではの悪趣味ぶり健在といった感じなものの、回想シーンのみの出演で、登場→即死亡を遂げるのが7MEN侍・中村嶺亜というところに、凄まじいジャニー臭を感じる。

 かつて、シンメの相手が退所してしまい、Mr.KINGの3人と一緒に4人で『ジャニーズ銀座』に出演したかと思えば、一人そこから外されたり、ユニットに入れず「フリーランス」になったりした嶺亜。そして、自ら『炎の体育会TV』(TBS系)出演者などを中心に運動神経の良いJr.たちに声をかけてスケボーを教え、ともに練習し、それが認められて新ユニット「7MEN侍」が結成された。

 自らの努力と戦略による出世物語は、ここでは語りつくせないほどだが、にもかかわらず、オイシイ役とはいえ、やっぱり「即死亡」する。ジャニーさんにとって、「中村嶺亜」はいつでもちょっと気になり、ちょっとイケズしたくなる存在なのだろうか。

 また、最大限におかしかったのは、室龍太の存在。病で死んだはずなのに、爽やかな夏空の下で、関西Jr.たちがキラキラに「Happy」などと歌い踊っていると、ラスト方で室がピンピンして登場する。

 不思議さを醸し出す存在として、看守長を演じる関ジャニ∞・横山裕のことも忘れてはいけない。横山の演技や役作りは、『左目探偵EYE』(日本テレビ系)で演じていた役とほぼ同じだが、いつの間にか良い人になったり、5年で急速に老けたり、突然死んだような様子を見せたりする。しかも、刑務所を110年間見守ってきた“創設者”みたいな扱いを受けていた。

 この件を推測するに、プロによる脚本上では当初まともな人物説明だったのに、ジャニーさんが強引に手を加えたことで、誤解が生まれたのではないだろうか。

 また、肝心の脱獄計画も、わざわざ頭の回る田中樹を「情報屋」として配置しながら、全く機能させていない。「情報屋」と役割が完全に被ってしまった、松村北斗演じる頭脳担当の「ダイケン」(大学検定の意)も、わざわざ碁石を持ち出して、大層な作戦を練ったように見せかけておきながら、ただ“バラバラに散るだけ”という計画の単純さが、またジャニー流。

 これも、おそらくもともとの脚本ではもう少し意味のある作戦があったのだろうが、ジャニーさんにとっては興味のない面倒くさい話として、端折られたのではないか。ともあれ、そんなチンプンカンプンな「雑」具合が、「ジャニーここにあり」を強く印象付ける。ジャニー的世界は、意味なんか真面目に考えちゃいけない。「感じること」が大切なのだ。

 もう一つ、ジャニー流をすさまじく感じたのは、京本大我の死の描き方。屋上から落ちるシーンでフラッシュバックするのは、ドラマ『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』(TBS系)でKinKi Kids・堂本剛が死ぬ、悲しすぎるシーンである。もしかしてジャニーさんもこのシーンを思い出して、涙とヨダレを垂らしながら見ていたのではないかなどと、妄想が膨らんでしまう。

 極めつけは、5年後に刑務所跡地に作られたホテルでのショー。現在お気に入りのHiHi Jetsや美 少年、少年忍者たちは、ここで初めて登場する。このシーンだけが急に浮き立つほどクリアで美しい高画質になるのもおかしいし、なぜか何度も大写しになるのがHiHi Jets・猪狩蒼弥というのも味わい深い。

 ちなみに、SixTONESとSnow Manの面々は「出所」して、ショーを見に来ているという設定だ。実際のジャニーズ事務所でも、タッキー管轄になったSixTONESやSnow Man、Travis JapanなどのJr.はジャニー管轄から卒業=「出所」した形になっている。つまり、この映画が実質、彼らのジャニー管轄からの卒業式であり、刑務所からの出所が描くものは「ジャニー=刑務所」からの出所ということなのか。

 さらに怖いのは、一時的に日本へ遊びに来ていた間、唐突にプッシュされまくったキャメロンが、映画のクライマックスでソロを歌い上げたことと、最終カットの集合写真ではメインキャストたちを差し置いて、キャメロン+ヴァサイエガ渉+ブランデンが“どセンター”を占めていたこと。おそらく、彼らこそジャニーさんが未来を託す子どもたちで、「2020年構想」の中心なのだろう。

 それにしても感心せずにいられなかったのは、こんな随所に狂気と笑いが散りばめられている映画を、ファンは笑いもせず、ざわつきもしないこと。応援上映ではツッコミの声があちこちから飛んだようだが、一般上映では、慎み深く静かに鑑賞する。そんな狂気慣れしたジャニオタの感性というか耐性は、すでに高いステージに到達していることを確信した映画だった。
(南山ヒロミ)

 

ジャニーズJr.、主流化する「タッキー国」と弱まる「ジャニーさん国」に覚える不安

 ジャニーズ事務所に所属するグループの共演事情などから、「ジュリー派閥」「飯島派閥」などとファンが嘆いていた頃から、もう5年くらいがたつだろうか。

 あれからSMAP解散騒動があり、さまざまな不祥事やメンバーのグループ脱退・退所、活動休止等が今もなお続いている。いわゆる「派閥」がなくなった後に、ますます苦しくつらい状況になることなど、いったい誰が想像しただろうか。

 SMAP解散以降、現在に至るまで、事務所が一枚岩になるどころか、ますます小さく分裂している。そして、ジャニーズ事務所内の陣取り合戦の中で最小面積を管理しているのが、ジャニーさんに見えるのだ。

 ジャニーズ担当記者たちから最近たびたび耳にするのは、「ジャニーズJr.を事務所から勧められる」ことだ。しかも、面白いことに、それはSixTONESとTravis Japan、Snow Manの3組だけ。例えば、ジャニーさんがお気に入りの「美 少年」にオファーしても「この3つのグループの中からどうでしょう」と提案されるそうだ。この3つは、ジャニー社長が手放して、新事務所社長のタッキーに任せているグループだから「どれでもどうぞ」という扱いなのだろう。

 かつてはJr.全体がジャニーさんの陣地だったはず。しかし、今ではJr.国の中でも「タッキー陣地」が主流となり、ほかに「なにわ男子」を仕切っているという代理店がらみの独立国があり、ジャニーさんの国(というか、小島)にとどめているのは、美 少年と、5忍者+少年忍者、7MEN侍、そしてLilかんさいに見える。

 それを強く感じたのは、ここ数週の『まいど!ジャ~ニィ~』(BSフジ)だ。

 『ジャニーズKing&Princeアイランド』の魅力を探る出張ロケとして、スタジオで「Lilかんさい」とトークするのは、美 少年や7MEN侍、5忍者だけ。一方、Snow ManやTravis Japan、SixTONESは暗い階段の踊り場で立ち話をするという、謎の構成になっている。

 せめて明るいライトのもとで、パイプ椅子にでも座って話すわけにはいかなかったのか。こんな異常な格差を、悪気なくナチュラルにやってのけるのは、ジャニーさん以外考えられないのだが。

 しかし、世間的に見ると、雑誌の表紙を飾るなど華やかな“外仕事”が多いのは、圧倒的にタッキー国のほう。ジャニーさんの小さな島が幅を利かせている場所といえば、『ゴゴスマ~GoGo!Smile!~』(CBCテレビほか)の「ちょっと気の早い明日の運勢ランキング」が消滅してしまった今、たまにある『まいジャニ』、『ザ少年倶楽部』(BSプレミアム)のジャニーさん濃度高めの放送回のほか、なぜか「読売中高生新聞」くらいじゃないだろうか。

 新しい試みがたくさん始まっているジャニーズ。にもかかわらず、お茶の間的にはジャニーさんの色がどんどん薄れ、それが見られるのは極小規模の、特殊な会員向けの場所だけになりつつあることに、不安ばかりが広がるのは、なぜなのだろうか。
(南山ヒロミ)

ジャニーズJr.が大迷走中……変革の滝沢秀明と安定のジャニー喜多川、どちらが正解か?

 昨年いっぱいで芸能界を引退し、今年1月に設立された新会社「ジャニーズアイランド」の社長に就任し、主にジャニーズJr.の育成やプロデュースを担当する滝沢秀明。早速の“豪腕采配”の連続で、ファンも困惑しているようだ。

「社長就任早々、滝沢の一声で、ジャニーズJr.の人気グループSnow Manに新メンバーが3人加入しました。すでに人気もキャリアもあったし、滝沢が演出する『滝沢歌舞伎ZERO』(2019年2月から)で主演を務めるなど、滝沢からも信頼されていたグループなのに、まさかのテコ入れです。特に低迷していたわけでもないSnow Manに手が加えられたということで、ショックを受けるファンも少なくないようです」(週刊誌記者)

 昨年までSnow Manは6人組として活動、年齢も全員が25歳以上で、いうなればベテランの域に達している。そこに、24歳の向井康二、22歳の目黒蓮、15歳の村上真都ラウールの3人が加入した。

「ジャニーズ事務所の場合、平均年齢の低いフレッシュなグループがCDデビューする傾向があり、そういう意味ではSnow ManのCDデビューは難しいといわれていました。そこに新メンバーが追加されたので、『まさかCDデビューもあるのか?』と思いきや、追加されたのはそれほど若いメンバーでもなかった。そこまで大きな変化がないのであれば、今までのグループの雰囲気を崩してまで追加すべきだったのかは微妙なところ。ただ、滝沢としては、CDデビューという方向性はあまり考えていないのかもしれない。むしろ、舞台やコンサートを中心としたビジネスを大きく広げたいという意向もありそうです」(同)

 舞台やコンサート中心のビジネスということに絡んでくるものとして、ジャニーズアイランドは3月1日から「ISLAND TV」というサービスを開始、ライブ映像の生配信などを行うという。

「ジャニーズJr.というと、基本的に会場に行かないと見られないものであり、その魅力を体験するためのハードルが高かったのは事実。そういう意味では、配信サービスによって、ファンの増加を狙っているのでしょう」(エンタメライター)

 しかし、新規ファン開拓の効果について懐疑的な声も少なくない。というのも、ジャニーズJr.は昨年、YouTube公式チャンネルを開設、動画1本あたりコンスタントに20~40万回ほど再生されているが、その一方で、大きくバズるような動画はまだないのだ。

「YouTubeの公式チャンネルは、あくまでも“ジャニーズJr.ファン”向けのコンテンツにしかなっておらず、新規ファン開拓の効果はイマイチ見えていないという現状があります。無料のYouTubeでこんな感じなので、有料のライブ配信でどこまで新規ファンを獲得できるかは、正直微妙なところでしょう」(同)

 ジャニーズJr.のネット戦略ということでは、関西ジャニーズJr.の藤原丈一郎と大橋和也がCVを担当するバーチャルアイドルプロジェクト「バーチャルジャニーズプロジェクト(VJP)」も2月19日に始動した。

「新規ファン開拓のための施策であることはわかりますが、急に手広くやりすぎだとの感は否めません」(同)

 その一方で、いかにも“ジャニーズらしい”動きもある。公式YouTubeチャンネルで動画配信も担当している6人組グループ「東京B少年」が昨年11月、「Sexy美少年」に改名。さらに今年1月に「美 少年」に再改名したのだ。

「『美 少年』に関する動きは、滝沢の意向ではなく、ジャニー喜多川氏の意向だといわれています。彼らは全員10代で、ジャニーズJr.の中ではフレッシュなグループ。ジャニー氏のお気に入りということで、CDデビューも近いとの噂もあります。ファンではない人がドン引きするようなグループ名に変えるあたりは、本当にジャニーズらしいといった雰囲気です。新しい元号が発表されたら、Hey! Say! JUMPのように、『美 少年』の上に元号をくっつけて、『〇〇美 少年』という名前に、再々改名するのではないかともいわれています」(前出・週刊誌記者)

 変革を進める滝沢と、従来通りの動きを見せるジャニー喜多川氏。必ずしも同じ未来を描いているようではなさそうだ。

「急にいろいろ動き始めているし、方向性も定まっていないしで、『迷走しているのでは……』と戸惑うファンも多い。これで新たなチャンレンジが失敗し続けようものなら、ジャニーズ帝国の崩壊すらあり得ると思います」(前出・エンタメライター)

 滝沢秀明の引退をきっかけに、変革の時を迎えているジャニーズJr.。果たして、彼らの未来は明るく輝くのだろうか……。

ジャニー社長、「トシちゃんのことも……器デカいよ」と爆笑問題・太田が感嘆した対応とは

 東京・帝国劇場で12月6日~1月27日まで上演される舞台『ジャニーズ King&Prince アイランド』。チケットは「全日程即日完売」となったプレミアムな舞台だが、ジャニーズサイドから招待を受けたお笑いコンビ・爆笑問題の太田光&田中裕二が同作を見に行き、ジャニー喜多川社長との対面が実現。興奮した太田が、その場で“元ジャニーズ”の名前を口にする場面もあったという。

 同舞台は昨年5月デビューのKing&Princeが座長を務め、作・構成・演出はジャニー社長が担当。SixTONES、Snow Man、Travis Japan、美 少年、HiHi Jetsなど人気のジャニーズJr.内ユニットも複数出演しており、彼らが戦争など過去の悲しい歴史を再現しながら、歌やダンスで観客を魅了する内容だ。

 そんな『ジャニーズ King&Prince アイランド』に関して、爆笑問題が1月22日深夜放送のラジオ番組『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)で観劇を報告。太田は「『ジャニーズアイランド』っていうね、帝国劇場で行われた舞台に、ジャニーさんから招待を受けてね」と切り出し、「これはもう……ホントに、僕が言うと“嘘くさい”って思う方もいるかと思うけども、素晴らしい舞台でしたよね」と、絶賛した。田中も「いや、もうスゴいね。ものスゴい圧倒されたね。あんな舞台とは思わなかったね」「とにかく、特に平野(紫耀)くんなんて、舞台の間中、3分の1は空飛んでた」と語り、ジャニー社長が作り上げるエンターテインメントショーにすっかり夢中になったよう。

 そして、この日にジャニー社長と初めて会ったという2人。太田は、「途中もご馳走してくれて。で、最後終わってね。(楽屋に)挨拶行ったら、もうヨレヨレのね。こんなもう、クソジジイみたいな……。クソジジイじゃないけども!」と、社長を「クソジジイ」呼ばわり。田中がすかさず「なんてこと言うんだ! 優しい!」と、制止。太田は「そう、優しい! 好々爺(こうこうや)ですよ」と言い直し、田中が「気をつけて、言葉を。本当、優しいおじいちゃんですよ」と再び注意を入れると、「“源三郎”みたいな感じなんだよね。どっちかって言うと、“ジャニー”っていうよりも」(太田)と、冗談交じりにトークを繰り広げた。

 そんな中、ジャニー社長の対応を太田が称賛する一幕も。

「ホント俺らみたいなチンピラに対してさ、『お忙しいところ、ありがとうございます』って。腰も低いしさ、スゴいんだよね! 『今日はわざわざありがとうございます』ってさ。しばらくちょっとお話してね。で、俺がまたさ、よしゃいいのにさ、『トシちゃん(田原俊彦)がよろしく言ってました』って(笑)」

 これに対して、ジャニー社長からは「お世話になってます」という一言が返ってきたといい、太田は「いい人だなぁ、あの人」と、感激。前日、爆笑問題と田原はレギュラーのバラエティ『爆報!THEフライデー』(TBS系)の収録現場で会っていたそうで、田中が「明日、ジャニーさん会いますよ」と話を振ると、田原は「本当か? どんなんなってんだろうな。俺も会ってねぇからよ」と、ジャニー社長の最新動向を気にかけていた様子。

 あらためて、太田は「トシちゃんのこともずっと……。器デカイよ、だからジャニーさん。『お世話になってます』だよ。スゴいなぁ、この人って思った」と、称賛していた。

 ちなみに太田は、ジャニー社長に「今度、番組に出てもらえませんか?」と直接オファーするも、「私なんか、とてもとても……」とやんわり断られたとか。今年1月より滝沢秀明がプロデューサー業に転身したが、ジャニー社長は自身が手がける舞台に著名人を呼び、おもてなしするなど、まだまだ精力的に活動していく方針なのだろう。舞台演出だけでなく、元ジャニーズタレントへの愛情すら感じられる発言を受け、爆笑問題はジャニー社長に尊敬の念を抱いたようだ。

 一方で、太田&田中は元SMAP・稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾がジャニーズ退社後の17年11月、インターネットテレビ局・AbemaTVで生放送された『稲垣・草なぎ・香取 3人でインターネットはじめます『72時間ホンネテレビ」』で3人と共演。また、太田は昨年4月公開のオムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』の草なぎ主演パートで監督を務めている。

 17年12月配信のニュースサイト「マイナビニュース」の記事によれば、太田はスポーツバラエティ特番『KYOKUGEN2017』(TBS系)の会見にて、「ジャニーズとも元SMAP3人とも『うまくやっていく』と宣言した」という。太田は木村拓哉とメールのやり取りを行い、田中も中居正広とプライベートで野球観戦する仲。仕事上でも稲垣らと関わりつつ、ジャニーズ本体とのつながりも大事にしていくスタンスなのかもしれない。

 ファンのレポートによると、爆笑問題が帝国劇場を訪れたのは1月18日の夜公演だったが、8日夜公演にはマツコ・デラックス、9日昼公演はフリーアナウンサー・有働由美子の目撃情報があったため、「爆笑問題が招待を受けたということは、マツコさんと有働さんも招待だね」「爆笑問題は何でジャニアイ見に来たの? 爆笑問題の番組にレギュラーで出るとか?」「ジャニーさん、ジャニアイに招待したって、爆笑問題との番組を考えてたりするのかな」と、ファンは気にかけている。

 今後、爆笑問題がジャニー社長や若手ジャニーズ、元ジャニーズたちとどう絡んでいくのか、注目していきたい。

「ジャニーさんに誘われたときは、驚いた」――16歳の“僕”が「スター抜てき」と引き換えたもの

1週間でデビューを決めた”僕”との「ただれた関係」

toyokawa300 「タレント、アイドルである前に社会人としての自覚や責任を果たすようにしていただきたい」

 NHK・木田幸紀放送総局長は、6月20日に行われた定例会見で、相次ぐジャニーズ所属タレントの不祥事に、厳しい表情でそう苦言を呈した。

 元TOKIO・山口達也の女子高生への強制わいせつに続き、NEWSの小山慶一郎や加藤シゲアキ、手越祐也に未成年女性との飲酒問題が立て続けに勃発し、NHKも番組の差し替えや、クレーム処理などの対応に追われていることを受けてのことだ。

「大アイドル帝国を築き上げ、NHKにまで大きな影響力を及ぼすようになっていたジャニーズのおごりとゆるみが招いた不祥事であることは明白です。これだけ続くということは、表沙汰にならなかっただけで、これが彼らの日常だったと思われても仕方ないでしょう。ジャニーズ事務所の罪は大きいですよ」(芸能記者)

 だが、ジャニーズ事務所に所属タレントを、一人前の社会人として教育する能力があるかどうかは、大いに疑問だ。

「創業者で現社長のジャニー喜多川氏には、これまでに未成年への性的暴行疑惑が山ほどあり、裁判で一部が認定されてもいる。にもかかわらず、これまできちんとした説明もなければ、社会的制裁を受けることもほとんどないまま、今も芸能界・テレビ界に大きな影響力を保ち続けている。そんな姿から、所属タレントたちは社会人としての何を学べばいいのか」(同前)

 本コラムではそんなジャニー氏の毒牙にかけられたタレント本人たちによる、勇気ある告発を紹介してきた。

 今回は、豊川誕のケースを紹介しよう。

 

「自室のベッドを使うことがなかった」

 豊川は、推定3歳のときに孤児となり、兵庫県姫路市の公園で保護されて児童養護施設で育った。高校を中退し、里親の家から家出して大阪のゲイバーや喫茶店でアルバイトをしているときにスカウトされ、上京。ジャニーズ入りし、1975年3月、16歳のときに「汚れなき悪戯」でレコードデビューを果たした。「豊川誕」という名前は、「豊川稲荷に捨てられていた」というギミックとともにメリー喜多川がつけたものだった。孤児であることを、堂々と売りにしていたのである。

 豊川は、上京初日から、ジャニー氏と当時のタレントたちが寝泊まりする「合宿所」に招かれ、自室が与えられた。だが、最初の1週間は「自室のベッドを使うことがなかった」という。豊川は、97年に上梓した『ひとりぼっちの旅立ち―元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』(鹿砦社)の中で、実に淡々と告白している。

では、どこで寝ていたのか。

 ジャニーさんの部屋であった。

 彼のベッドで毎晩、自由にされ続けたのだ。自分のやっていることが何であるのかはわかっていたつもりだ。だてにゲイバーで働いていたわけじゃない。

 豊川と他の告発者との大きな違いは、その孤児としての壮絶な生い立ちからくる、腹の据わり方とくくり方だ。

 「ジャニーさんにベッドに誘われた時は正直、驚いた。だが、これから、この人に育ててもらわなければどうにもならないということも、僕は十分すぎるほど、理解していたのである」

 そしてジャニー氏の求めに応じていた結果、なんとわずか1週間目にしてフォーリーブスの地方公演のステージにゲストとして登場するようになり、次なるスター候補としてファンに紹介され歌を披露するという大舞台が与えられたという。すなわちデビューが決まったのだ。

 当時のジャニーズ事務所は、郷ひろみが抜けたあとで、新たなスターの育成が急務であったこと。また若き日の豊川がジャニーズの歴史を振り返っても1、2を争う美少年であったことも間違いないが、それでも、下積みもなければ、まともなレッスンも受けないままの少年の抜てきは、やはり異例のことだったはずだ。

 その真相が絶対的な立場を利用したただれた肉体関係にあったのならば、当然、許されることではないし、これ以上のファンへの裏切りはない。

 ただ、豊川氏は、この『ひとりぼっちの旅立ち』の帯に「ジャニーさん、メリーさん、ありがとう!!」と綴っており、実際に、一冊を通して、彼らへのドロドロとした恨みはほとんど感じられない。ジャニーズを離れたあとも、メリー氏には何かと世話になっていたようで、最近のブログ(「豊川誕とみんな友達」livedoor Blog)などでの様子を見ても、現在も、彼らには感謝の気持ちの方が大きいようだ。

 だからこそ、逆に、ジャニー氏による数々の行為があったことがリアルに浮かび上がるのだ。

 性的関係を迫られるばかりでなく、当時の合宿所では酒やたばこは、未成年者でも暗黙の了解で許されていること、17歳のときに睡眠薬遊びにハマったことなどが綴られている。

 タレント、アイドルである前に社会人としての自覚や責任を――この言葉をジャニー氏はどう聞いたのか。

(渡邊孝浩)

「ユーも仲間にならないかい」――13歳を誘い犯した、ジャニー喜多川のパワハラと“行為”

ジャニー氏に直接スカウトされた、その日から

 ジャニーズ事務所所属タレントの、乱倫スキャンダルが止まらない。

 TOKIOの山口達也による女子高生への強制わいせつ事件の衝撃が冷めやらぬ中、NEWSの小山慶一郎、加藤シゲアキに続いて、同メンバーの手越祐也にも未成年女性との飲酒パーティーに参加していた事実が発覚。

 こうも立て続けに出てくるということは、要するに、これがジャニーズタレントの日常なのだろう。業界全体、いや社会全体がコンプライアンス意識を向上させている中、まるで彼らだけ時計の針が止まっているか、なんなら逆回転しているかのように、不祥事が繰り返されている。

 だが、そもそもが未成年へのホモセクハラ(※)から始まっているようなジャニーズ事務所の成り立ちを考えると、彼らに自浄作用を期待するのは無理だろう。

 前々回では、ジャニーズ初のアイドルグループ「ジャニーズ」の中谷良氏が著書『ジャニーズの逆襲』(1989年・データハウス刊)で行った、11歳の時に受けたジャニー喜多川社長によるホモセクハラ告発を紹介。前回は、フォーリーブスの北公次氏が『光GENJIへ―元フォーリーブス北公次の禁断の半生記』(88年・同)で明かしている、ジャニー氏から受けたという陵辱行為の数々を紹介した通りである。

 この『光GENJIへ』は当時、大ベストセラーとなり、シリーズとして全10タイトルを数えることとなった。その中の1冊『さらば!!光GENJIへ』では、フォーリーブスの次にジャニーズでデビューしたグループ、ジューク・ボックスの元メンバー・小谷純氏とやなせかおる氏も、当時のジャニー氏より受けたホモセクハラ経験について、その詳細を語っている。

 小谷氏は、後楽園ゆうえんちで行われていたフォーリーブスのショーを見に行ったときに、ジャニー氏にスカウトされたのが、ジャニーズ入りのきっかけ。施設内でたくさんの乗り物に乗せてもらい、いきなりフォーリーブスを楽屋で紹介され、「ユーも仲間にならないかい」と言われ舞い上がってしまったという。

 そして、フォーリーブスやバックバンドと一緒に、ジャニー氏運転のマイクロバスに乗り、合宿所についていってしまう。家族には、「友達の家に泊まるよ」と嘘をつき、合宿所に泊まることになったというが、なんとその日から、ジャニー氏は連日のように小谷氏の肉体を弄ぶようになったという。

 初日こそ未遂に終わったというが、翌日も泊まることになると、

〈すると、その夜にもやはり、あの行為があったわけだ。ジャニーさんが僕の物を口に含んでいるのがわかったわけ〉

 当時、13〜14歳、〈なぜこの人はこんな事をしているのか。それさえもわからない純粋な少年だったんだ〉という小谷少年は、あまりの驚きに恥ずかしさよりも疑問で頭がいっぱいになったという。

 だが、それがさすがに普通ではないことくらいはわかってきた小谷少年は、ジャニー氏を避けるようになると、

「もうグループサウンズも終わりだよ。そろそろフォーリーブスも解散するから、その時はユーもグループに入れてジュークボックスとして売り出す企画をしているんだ。バンドとして力を入れてあげるから、一緒にやって行こうね。すぐに大スターになれるんだよ」

 そんな甘いささやきに、ジャニー氏の悪魔の行為を拒否する力を奪われてしまったという。

 エスカレートするジャニー氏は、小谷少年のお尻にも執拗に迫ったというが、その最後の一線だけは拒否し続けたという。

 やなせ氏の証言も、実に衝撃的だ。

 同僚とバイクに乗っていて事故を起こして入院し、まだ体が動かず朦朧としているやなせ氏の眼前に、ジャニー氏は大きくなった男性自身を圧し当ててきたというのだ。

〈それどころかジャニーは俺の口にいきなり立ったそれを無理矢理入れようとしているんだぜ! まったく悪夢だよ!〉

 以降、やなせ氏は、ジャニー氏を避けるようになり、デビュー後もジャニー氏の求めを拒否し続けたが、そんなやなせ氏にジャニー氏は、

「ねぇ、かおる。ソロにしてあげようか。やって見たいんだろう」

 と甘い言葉をささやいてきたという。それでも拒否し続けたやなせ氏は、なんと給料がもらえず、その後、もらえるようになっても他メンバーよりも少なかったという。

〈からだを許さない分だけ引かれているかのようだった〉

 セクハラであり、パワハラでもある、卑劣な行為の数々に驚かされるばかりである。

 もちろん一方だけの証言であるだけに、これを全て信用するつもりもないが、のちに、ジャニー氏のホモセクハラが裁判で認定された(2004年)ことを合わせ考えると……。

 ジャニー氏、及びジャニーズ事務所が、こうした過去に真摯な反省をし、所属タレントに徹底した人間教育をする気がない限り、まだまだ不祥事は続くのではないだろうか。

(渡邊孝浩)

※今日では差別意識を助長する表現ですが、「逆セクハラ」同様、「セクハラ」が男性から女性への“行為”と限定されていた当時の社会的状況を伝えるため、時事用語と捉え、1999年の「週刊文春」(文藝春秋)報道から引用しています。

ジャニーズ子会社「アートバンク」、自殺した社長の後任は“いわくつき”の元テレ朝P!?

janny-250 “社内首吊り自殺”報道で激震が走った、ジャニーズ事務所の関連会社「アートバンク」。3月5日、代表を務める伊坪寛氏がみずから命を絶ったと、同15日発売の「週刊文春」(文藝春秋)がスクープした。その後、アートバンクからの発表はないが、ジャニーズに近い関係者が「後任は(藤島)ジュリー(景子)さんお気に入りの“いわくつき”が務めることになりそうです」と明かす。

「文春」報道によると、井坪氏の遺書には「仕事に疲れました」といったことが書かれており、退職届も一緒に置かれていたという。ジャニーズ内でも、自殺の原因は不明のままとなっているようだが、通称「ジャニーズビル内」での出来事だけに、事務所に対する遺恨ではと推測する声はあとを絶たない。

「社内的には何の説明もなく、ほとんどのスタッフが『文春』を読んで、自分たちの職場内で自殺が起こっていたことを知ったそうです。あのビルは、ジャニーズのマネジャーに言わせれば『稽古場』ということで、舞台レッスンに通っているジャニーズJr.たちも、みな大きな衝撃を受けていました」(芸能プロ関係者)

 そしてアートバンクの行く末については、いまだに存続させるかどうかも含め正式決定していないそうだが、人事に関してはこんな説がささやかれているという。

「数年ほど前にジャニーズ入りした、Iという人物が代表を継ぐのでは、と言われているんです。Iはテレビ朝日の元プロデューサーで、複数の有名番組を担当した敏腕でしたが、2013年、億単位の制作費を着服したという不祥事が発覚し、懲戒解雇を食らっています」(前出・芸能プロ関係者)

 当時、Iの素行や交際歴まで、多くのメディアが後追い報道を行ったが、テレ朝を去った後、人知れずジャニーズに拾われていたという。

「フルネームで検索すると、当時の記事が出てきてしまうので、現在は名前を変え、数少ない“ジュリー派”のスタッフとして、ジュリーさんのお世話になっているようです。とはいえ、アートバンクという名前や組織図自体も、今後は一変させることになるかもしれませんが」(同)

 かつてはネット上の画像の「不正使用」に関する“パトロール”が、アートバンクのメイン業務だったと言われている。しかし、YouTubeデビューに報道写真の一部解禁と、管理すべき事案は増える一方だけに、社内からもWeb事業の大幅テコ入れが叫ばれているようだ。果たしてアートバンクは存続し、I氏が代表を継ぐことになるのか。

ジャニー社長、写真撮影を異例の“快諾”! 「隠されてる存在だったのに」とジャニーズ仰天

 4月3日放送のラジオ番組『A.B.C-Z 今夜はJ's倶楽部』(NHKラジオ第1)に、NEWSの増田貴久がゲスト出演。A.B.C-ZメンバーとジャニーズJr.時代の昔話に花を咲かせる中、ジャニー喜多川社長にまつわる貴重なエピソードも飛び出した。

 2003年にCDデビューしたNEWSと、12年にジャニーズ初のDVDデビューを果たしたA.B.C-Z。08年にグループに加入した橋本良亮を除く五関晃一、戸塚祥太、塚田僚一、河合郁人はJr.歴も長いだけに、リスナーから増田に対して「A.B.C-Zとのエピソードがあれば教えてください」との質問が寄せられた。

 河合によると、07年~08年開催の『NEWS CONCERT TOUR pacific』に橋本が入る前のA.B.C.メンバーが急きょ出演したそうだが、塚田は「NEWSとのガッツリのレギュラーでバックダンスっていうのはなくて。そういう感じかな、ちょいちょい(仕事していた)」と、回顧。グループとしての接点は少ないものの、今回はかつてダンスのポジションで増田と“シンメ”(シンメトリー)を担当していた五関のリクエストによって、この日のラジオに登場したのだった。

 また、河合と増田は今年1月23日にジャニー社長が作・構成・演出を担当した舞台『ジャニーズ Happy New Year アイランド』を、TOKIO・国分太一、Sexy Zone・菊池風磨とともに鑑賞。当日を振り返り、河合が「その時、楽屋で1時間ぐらい。まっすーと河合、風磨でジャニーさんとしゃべってさ。写真撮ったじゃん」と切り出すと、増田も、

「そう。菊池風磨と河合と、俺とジャニーさんで、ずっとジャニーさんのいろいろ歴史の話を聞いて、最後に俺が『ちょっとジャニーさん写真撮ろう!』って言って、みんなで『イェーイ!』って」

と、異例の記念撮影が行われたことを告白した。この話を聞いた塚田はびっくりした様子で

「前までさ、ジャニーさんって(写真は)“絶対にダメ”みたいなさ。絶対に流出することはないけど、なんかあったら、やっぱりジャニーさんは“隠されてる存在”っていうね。絶対に拒否じゃん」

と、コメント。増田も「(以前は)嫌がってたよね」と同調しつつ、「たぶん、河合が『撮ろう』って言ってたらダメだったと思うんだけど、俺が言い始めたから、『仕方ないね』って」と、ジャニー社長の口調を交えて自慢した。

 さらに、河合は「しかも、ちゃんと気合入れて、ジャニーさん。帽子被ってなかったのに、写真撮る時、帽子被りだしたんだよ」と、社長のお茶目な一面を暴露。続けて、増田が「撮る前に『ちょっと待ってよ、ちょっと待ってよ』って。何するのかな? と思ったら、キャップ、クッて被って」と明かすと、戸塚は「オフィシャルに載っちゃってるからね、ギネス(ブックに)。その印象を、やっぱ狂わしちゃいけない」と、ジャニー社長のパブリック・イメージを遵守する姿勢に理解を示していた。

 戸塚が発言した通り、ジャニー社長は「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」などの功績が認められ、12年版の『ギネス世界記録』(ギネス・ワールド・レコーズ)に顔写真が掲載されている。これまで、「裏方の人間は表に出るべきではない」といった考えから、メディア露出を控えていたジャニー社長だが、ギネス社側から打診を受け、キャップを目深にかぶったサングラス姿の写真を公表したのだ。

 一方、昨年12月22日放送の『ミュージックステーション スーパーライブ2017』(テレビ朝日系)で大野智が語ったところによれば、嵐もジャニー社長と歴史的な一枚を撮影したとか。10月に86歳の誕生日を迎えたジャニー社長に渡すため、プレゼントを持って5人で自宅を訪問したといい、「最後、6人で写真を撮って。で、みんなに配って、その写真。大事に持ってます」と、うれしそうに話していた。

 ジャニーズといえば、今年に入ってからネット上での写真や動画の解禁が進んでおり、3月中旬に動画配信サイト・YouTubeで「ジャニーズJr.チャンネル」が開設されたばかり。タレントの画像がネット解禁となる流れに乗っかり、ジャニー社長自身のオフショットも解禁となるのか――。河合&増田や嵐メンバーがテレビや雑誌などで記念写真を公開してくれることを願いたいものだ。

ジャニー社長、写真撮影を異例の“快諾”! 「隠されてる存在だったのに」とジャニーズ仰天

 4月3日放送のラジオ番組『A.B.C-Z 今夜はJ's倶楽部』(NHKラジオ第1)に、NEWSの増田貴久がゲスト出演。A.B.C-ZメンバーとジャニーズJr.時代の昔話に花を咲かせる中、ジャニー喜多川社長にまつわる貴重なエピソードも飛び出した。

 2003年にCDデビューしたNEWSと、12年にジャニーズ初のDVDデビューを果たしたA.B.C-Z。08年にグループに加入した橋本良亮を除く五関晃一、戸塚祥太、塚田僚一、河合郁人はJr.歴も長いだけに、リスナーから増田に対して「A.B.C-Zとのエピソードがあれば教えてください」との質問が寄せられた。

 河合によると、07年~08年開催の『NEWS CONCERT TOUR pacific』に橋本が入る前のA.B.C.メンバーが急きょ出演したそうだが、塚田は「NEWSとのガッツリのレギュラーでバックダンスっていうのはなくて。そういう感じかな、ちょいちょい(仕事していた)」と、回顧。グループとしての接点は少ないものの、今回はかつてダンスのポジションで増田と“シンメ”(シンメトリー)を担当していた五関のリクエストによって、この日のラジオに登場したのだった。

 また、河合と増田は今年1月23日にジャニー社長が作・構成・演出を担当した舞台『ジャニーズ Happy New Year アイランド』を、TOKIO・国分太一、Sexy Zone・菊池風磨とともに鑑賞。当日を振り返り、河合が「その時、楽屋で1時間ぐらい。まっすーと河合、風磨でジャニーさんとしゃべってさ。写真撮ったじゃん」と切り出すと、増田も、

「そう。菊池風磨と河合と、俺とジャニーさんで、ずっとジャニーさんのいろいろ歴史の話を聞いて、最後に俺が『ちょっとジャニーさん写真撮ろう!』って言って、みんなで『イェーイ!』って」

と、異例の記念撮影が行われたことを告白した。この話を聞いた塚田はびっくりした様子で

「前までさ、ジャニーさんって(写真は)“絶対にダメ”みたいなさ。絶対に流出することはないけど、なんかあったら、やっぱりジャニーさんは“隠されてる存在”っていうね。絶対に拒否じゃん」

と、コメント。増田も「(以前は)嫌がってたよね」と同調しつつ、「たぶん、河合が『撮ろう』って言ってたらダメだったと思うんだけど、俺が言い始めたから、『仕方ないね』って」と、ジャニー社長の口調を交えて自慢した。

 さらに、河合は「しかも、ちゃんと気合入れて、ジャニーさん。帽子被ってなかったのに、写真撮る時、帽子被りだしたんだよ」と、社長のお茶目な一面を暴露。続けて、増田が「撮る前に『ちょっと待ってよ、ちょっと待ってよ』って。何するのかな? と思ったら、キャップ、クッて被って」と明かすと、戸塚は「オフィシャルに載っちゃってるからね、ギネス(ブックに)。その印象を、やっぱ狂わしちゃいけない」と、ジャニー社長のパブリック・イメージを遵守する姿勢に理解を示していた。

 戸塚が発言した通り、ジャニー社長は「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」などの功績が認められ、12年版の『ギネス世界記録』(ギネス・ワールド・レコーズ)に顔写真が掲載されている。これまで、「裏方の人間は表に出るべきではない」といった考えから、メディア露出を控えていたジャニー社長だが、ギネス社側から打診を受け、キャップを目深にかぶったサングラス姿の写真を公表したのだ。

 一方、昨年12月22日放送の『ミュージックステーション スーパーライブ2017』(テレビ朝日系)で大野智が語ったところによれば、嵐もジャニー社長と歴史的な一枚を撮影したとか。10月に86歳の誕生日を迎えたジャニー社長に渡すため、プレゼントを持って5人で自宅を訪問したといい、「最後、6人で写真を撮って。で、みんなに配って、その写真。大事に持ってます」と、うれしそうに話していた。

 ジャニーズといえば、今年に入ってからネット上での写真や動画の解禁が進んでおり、3月中旬に動画配信サイト・YouTubeで「ジャニーズJr.チャンネル」が開設されたばかり。タレントの画像がネット解禁となる流れに乗っかり、ジャニー社長自身のオフショットも解禁となるのか――。河合&増田や嵐メンバーがテレビや雑誌などで記念写真を公開してくれることを願いたいものだ。