エルトン・ジョンが自叙伝で「ダイアナ妃とリチャード・ギアとシルヴェスター・スタローンの三角関係」を明かす

 近年何度目かのブームとなりつつある、海外セレブの自叙伝。最近でも、女優デミ・ムーアやロックバンド「ブロンディ」のデボラ・ハリーが赤裸々すぎる自叙伝を立て続けに発売している。今年活動を再開したロックバンド「ジョナス・ブラザーズ」は11月、俳優ジム・キャリーは来年5月に自叙伝の出版が決まっており、まだ知られていないセレブの秘密が明かされるのではないかとゴシップ好きをワクワクさせている。

 故ダイアナ妃と親交があったイギリスの歌手エルトン・ジョンも、10月15日に初の自叙伝『ME』の発売を控えている。その中で、ダイアナ妃と人気絶頂だった頃の俳優リチャード・ギアがパーティーでとてもいい感じになったこと、それを見たアクション俳優シルヴェスター・スタローンが嫉妬で怒り狂い、リチャードにケンカを売ったことが書かれているという。

 このハプニングは、エルトンがディズニーの長編アニメーション映画『ライオン・キング』(1994)のサウンドトラック制作中、訪英したディズニー映画部門の責任者だったジェフリー・カッツェンバーグのために開催したパーティーで起きたとのこと。

 妻を連れてやってきたジェフリーは、ダイアナ妃に会いたいと強く希望していたため、エルトンは友人だった彼女を招待。脚本家のリチャード・カーティスや、ミュージシャンのジョージ・マイケル、リチャード、シルヴェスターらセレブスターも招いた。

 リチャードはこの頃、最初の妻だったスーパーモデルのシンディ・クロフォードとすでに破局。ダイアナ妃も92年にチャールズ皇太子と別居しており(96年に離婚)、事実上フリーな状態だった。エルトンいわく「リチャードとダイアナは顔を合わせた瞬間、すぐにお互いのことが好きになったよう」で意気投合。暖炉の前に一緒に座って会話を弾ませていたのだが、エルトンはその時「ただならぬ雰囲気が漂っている」と察知した。

 エルトンは、それがシルヴェスターが放っている嫉妬だと知る。本ではその時のことを「シルヴェスターは2人をにらみつけていた。“花開いたばかりのダイアナとリチャードの友情”を、面白くなく思っていることは誰の目にも明らかだった」と回想。「あの夜、シルヴェスターはダイアナをナンパしようとパーティーに来ていたのかもしれない」とも推測している。

 その後、パーティーでは食事を取る段取りになったのだが、エルトンはリチャードとシルヴェスターの姿が見えないことにピンときたようで、のちにエルトンの夫となるデヴィッド・ファーニッシュに「探してきて!」と命令。デヴィッドは廊下で、「ダイアナ妃をめぐり、取っ組み合いのケンカをする寸前」の2人を発見した。

 デヴィッドに説得された2人は食事の席に着いたが、食後、ダイアナ妃とリチャードはさっさと暖炉の前に移動して会話を再開。シルヴェスターは怒って帰ったのだが、見送ったエルトンとデヴィッドに対して、「あのフ〇ッキングなチャーミング王子が来ると知ってたら、オレは来なかった!」「まぁ、(ダイアナ妃を)オレのものにできてたら、してたさ!」と捨てゼリフを吐いていったそう。

 渦中のダイアナ妃だが、この騒ぎを見事にスルーしていたそうで、エルトンは「気づかなかったのかもしれないし、こういう状況に慣れていたから、なんとも思わなかったのかも」と分析。「ハリウッドのスーパースターをまるで恋愛慣れしてないアホなティーンのようにさせるほどの魅力が、ダイアナ妃にはある」とつづっている。

 シルヴェスターだが、最初の妻は美しいブロンドヘアが印象的な写真家サーシャ・チャック、2番目の妻は完璧な肉体美と美貌を誇った女優で元モデルのブリジット・ニールセン、美女三姉妹を産んでくれた現妻は元モデルのジェニファー・フレイヴィン。また、元スーパーモデルのジャニス・ディキンソン、男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した元モデルのアンジー・エバーハートらと交際してきたことから、キリッとした感じのモデル系美女が好みだといわれている。

 このパーティーに出席した頃、シルヴェスターは映画『ロッキー』『ランボー』シリーズの成功で人気を不動のものとし、『クリフハンガー』(93)などの大ヒットを飛ばすなど飛ぶ鳥を落とす勢いだったので、「モデルどころか、プリンセスだって落とせる」と自信満々だったのかもしれない。

 一方のリチャードは、エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラ・プレスリー、歌手ダイアナ・ロス、女優スーザン・サランドン、日米ハーフモデルのティナ・チャウら数多くの美女たちと浮名を流しており、国籍、職業関係なく恋愛を楽しむタイプ。ハンサムで紳士的かつチャーミングな彼にノックアウトされる女性は多く、ダイアナ妃も映画『プリティ・ウーマン』(90)からまだ数年しかたっていなかった頃の彼の魅力に、強く惹かれたのだろう。

 豪華なメンバーによる恋愛沙汰を暴露したエルトンだが、自叙伝には2年前に前立腺がんが見つかり、全摘手術を受けたことなど、自身の波瀾万丈な半生をメインにつづっているそう。ネット上では、「ダイアナ妃とリチャード、シルヴェスターのラブ・トライアングルもすごいが、もっと大きな爆弾があるのではないか」と期待。

 毛嫌いしているマドンナの『MDNA』ツアーを「ストリッパーのドサ周り」と痛烈にディスったり、「キリストはゲイ」などの爆弾発言で有名なエルトンなら、あっと驚くような暴露話がまだまだ書かれているはず。「エルトンの半生よりも、ゲスな暴露話のほうが楽しみ」といった意見が多数上がっている。

エルトン・ジョンが自叙伝で「ダイアナ妃とリチャード・ギアとシルヴェスター・スタローンの三角関係」を明かす

 近年何度目かのブームとなりつつある、海外セレブの自叙伝。最近でも、女優デミ・ムーアやロックバンド「ブロンディ」のデボラ・ハリーが赤裸々すぎる自叙伝を立て続けに発売している。今年活動を再開したロックバンド「ジョナス・ブラザーズ」は11月、俳優ジム・キャリーは来年5月に自叙伝の出版が決まっており、まだ知られていないセレブの秘密が明かされるのではないかとゴシップ好きをワクワクさせている。

 故ダイアナ妃と親交があったイギリスの歌手エルトン・ジョンも、10月15日に初の自叙伝『ME』の発売を控えている。その中で、ダイアナ妃と人気絶頂だった頃の俳優リチャード・ギアがパーティーでとてもいい感じになったこと、それを見たアクション俳優シルヴェスター・スタローンが嫉妬で怒り狂い、リチャードにケンカを売ったことが書かれているという。

 このハプニングは、エルトンがディズニーの長編アニメーション映画『ライオン・キング』(1994)のサウンドトラック制作中、訪英したディズニー映画部門の責任者だったジェフリー・カッツェンバーグのために開催したパーティーで起きたとのこと。

 妻を連れてやってきたジェフリーは、ダイアナ妃に会いたいと強く希望していたため、エルトンは友人だった彼女を招待。脚本家のリチャード・カーティスや、ミュージシャンのジョージ・マイケル、リチャード、シルヴェスターらセレブスターも招いた。

 リチャードはこの頃、最初の妻だったスーパーモデルのシンディ・クロフォードとすでに破局。ダイアナ妃も92年にチャールズ皇太子と別居しており(96年に離婚)、事実上フリーな状態だった。エルトンいわく「リチャードとダイアナは顔を合わせた瞬間、すぐにお互いのことが好きになったよう」で意気投合。暖炉の前に一緒に座って会話を弾ませていたのだが、エルトンはその時「ただならぬ雰囲気が漂っている」と察知した。

 エルトンは、それがシルヴェスターが放っている嫉妬だと知る。本ではその時のことを「シルヴェスターは2人をにらみつけていた。“花開いたばかりのダイアナとリチャードの友情”を、面白くなく思っていることは誰の目にも明らかだった」と回想。「あの夜、シルヴェスターはダイアナをナンパしようとパーティーに来ていたのかもしれない」とも推測している。

 その後、パーティーでは食事を取る段取りになったのだが、エルトンはリチャードとシルヴェスターの姿が見えないことにピンときたようで、のちにエルトンの夫となるデヴィッド・ファーニッシュに「探してきて!」と命令。デヴィッドは廊下で、「ダイアナ妃をめぐり、取っ組み合いのケンカをする寸前」の2人を発見した。

 デヴィッドに説得された2人は食事の席に着いたが、食後、ダイアナ妃とリチャードはさっさと暖炉の前に移動して会話を再開。シルヴェスターは怒って帰ったのだが、見送ったエルトンとデヴィッドに対して、「あのフ〇ッキングなチャーミング王子が来ると知ってたら、オレは来なかった!」「まぁ、(ダイアナ妃を)オレのものにできてたら、してたさ!」と捨てゼリフを吐いていったそう。

 渦中のダイアナ妃だが、この騒ぎを見事にスルーしていたそうで、エルトンは「気づかなかったのかもしれないし、こういう状況に慣れていたから、なんとも思わなかったのかも」と分析。「ハリウッドのスーパースターをまるで恋愛慣れしてないアホなティーンのようにさせるほどの魅力が、ダイアナ妃にはある」とつづっている。

 シルヴェスターだが、最初の妻は美しいブロンドヘアが印象的な写真家サーシャ・チャック、2番目の妻は完璧な肉体美と美貌を誇った女優で元モデルのブリジット・ニールセン、美女三姉妹を産んでくれた現妻は元モデルのジェニファー・フレイヴィン。また、元スーパーモデルのジャニス・ディキンソン、男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した元モデルのアンジー・エバーハートらと交際してきたことから、キリッとした感じのモデル系美女が好みだといわれている。

 このパーティーに出席した頃、シルヴェスターは映画『ロッキー』『ランボー』シリーズの成功で人気を不動のものとし、『クリフハンガー』(93)などの大ヒットを飛ばすなど飛ぶ鳥を落とす勢いだったので、「モデルどころか、プリンセスだって落とせる」と自信満々だったのかもしれない。

 一方のリチャードは、エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラ・プレスリー、歌手ダイアナ・ロス、女優スーザン・サランドン、日米ハーフモデルのティナ・チャウら数多くの美女たちと浮名を流しており、国籍、職業関係なく恋愛を楽しむタイプ。ハンサムで紳士的かつチャーミングな彼にノックアウトされる女性は多く、ダイアナ妃も映画『プリティ・ウーマン』(90)からまだ数年しかたっていなかった頃の彼の魅力に、強く惹かれたのだろう。

 豪華なメンバーによる恋愛沙汰を暴露したエルトンだが、自叙伝には2年前に前立腺がんが見つかり、全摘手術を受けたことなど、自身の波瀾万丈な半生をメインにつづっているそう。ネット上では、「ダイアナ妃とリチャード、シルヴェスターのラブ・トライアングルもすごいが、もっと大きな爆弾があるのではないか」と期待。

 毛嫌いしているマドンナの『MDNA』ツアーを「ストリッパーのドサ周り」と痛烈にディスったり、「キリストはゲイ」などの爆弾発言で有名なエルトンなら、あっと驚くような暴露話がまだまだ書かれているはず。「エルトンの半生よりも、ゲスな暴露話のほうが楽しみ」といった意見が多数上がっている。

カンヌに降り立ったスタローンの次女、美しく成長した姿に「まるで女神」と世界中のメディアが色めく

 5月25日まで開催されていた第72回カンヌ国際映画祭に登場した、アクションスターのシルヴェスター・スタローン。今なおカルト的な人気を誇る主演映画『コブラ』(1986)について、「ドラマ化の構想を練っている」と明かし、授賞式ではプレゼンターを務めるなど、映画祭を大いに盛り上げた。しかしネットではシルヴェスターよりも、次女システィーンのまばゆいほどの美しさが話題をさらう形になった。

 システィーンは24日夜、シルヴェスターと母でモデルのジェニファー・フレイヴィンと共に、父の代表作『ランボー』の4Kデジタル版の上映会に出席。9月公開予定の『ランボー5/Rambo V:Last Blood』予告編も公開されるとあり、世界中から熱い注目を集めていたこの上映会のレッドカーペットで、シルヴェスターと手をつなぎ、詰め掛けたメディアの写真撮影に堂々と応じた。

 この時、システィーンは黄金色のロングドレスを着用。光沢感のあるドレスは彼女の魅力を一層引き立てており、「まるで女神のようだ」と大絶賛された。整った顔立ちはもちろん、サラサラのブロンド・ロングヘアや、ごく自然にシルヴェスターに寄り添う姿にも好感を持つ人が多かったようだ。

 ちなみに、肌の露出はゼロだが、50歳とは思えぬスリムボディにフィットしたロングドレスを選んだ妻のジェニファーのセンスも「上品」と好評で、「両手に花とは、まさにこのこと」「シルヴェスターは本当に幸運な男だ」とうらやむ声がネット中に飛び交った。

 シルヴェスターは、結婚22年目になる3番目の妻ジェニファーとの間に、今月名門校の南カリフォルニア大学を卒業した長女ソフィア、パパ大好きな三女のスカーレットをもうけている。3人は2017年のゴールデン・グローブ賞でアシスタントを務めるなど、これまでにも美人姉妹として知られてきたが、今回のカンヌで美しく成長したシスティーンに目を奪われた人が続出。米ゴシップサイト「Hollywood Life」や伊ニュースサイト「quotidiano」、英タブロイド紙「デイリー・メール」など世界中のメディアが、システィーンの写真を複数掲載し、優雅な姿を伝えている。

 システィーンは16年に大手モデル事務所IMGと契約しており、ニューヨークを拠点に活動し、シャネルやドルチェ&ガッバーナなど高級ブランドのショーに登場。しかし、昨年秋に姉と同じ南カリフォルニア大学に入学するため地元のロサンゼルスに戻り、昨年末には、サメに襲撃されるホラー映画『海底47m』(17)の続編映画『47 Meters Down: Uncaged』で映画デビューすることが発表された。

 同作は、8月16日に全米公開される予定。偉大な父と同じ道を歩みだしたシスティーン、今後どのような女優になるのか非常に楽しみだ。

カンヌに降り立ったスタローンの次女、美しく成長した姿に「まるで女神」と世界中のメディアが色めく

 5月25日まで開催されていた第72回カンヌ国際映画祭に登場した、アクションスターのシルヴェスター・スタローン。今なおカルト的な人気を誇る主演映画『コブラ』(1986)について、「ドラマ化の構想を練っている」と明かし、授賞式ではプレゼンターを務めるなど、映画祭を大いに盛り上げた。しかしネットではシルヴェスターよりも、次女システィーンのまばゆいほどの美しさが話題をさらう形になった。

 システィーンは24日夜、シルヴェスターと母でモデルのジェニファー・フレイヴィンと共に、父の代表作『ランボー』の4Kデジタル版の上映会に出席。9月公開予定の『ランボー5/Rambo V:Last Blood』予告編も公開されるとあり、世界中から熱い注目を集めていたこの上映会のレッドカーペットで、シルヴェスターと手をつなぎ、詰め掛けたメディアの写真撮影に堂々と応じた。

 この時、システィーンは黄金色のロングドレスを着用。光沢感のあるドレスは彼女の魅力を一層引き立てており、「まるで女神のようだ」と大絶賛された。整った顔立ちはもちろん、サラサラのブロンド・ロングヘアや、ごく自然にシルヴェスターに寄り添う姿にも好感を持つ人が多かったようだ。

 ちなみに、肌の露出はゼロだが、50歳とは思えぬスリムボディにフィットしたロングドレスを選んだ妻のジェニファーのセンスも「上品」と好評で、「両手に花とは、まさにこのこと」「シルヴェスターは本当に幸運な男だ」とうらやむ声がネット中に飛び交った。

 シルヴェスターは、結婚22年目になる3番目の妻ジェニファーとの間に、今月名門校の南カリフォルニア大学を卒業した長女ソフィア、パパ大好きな三女のスカーレットをもうけている。3人は2017年のゴールデン・グローブ賞でアシスタントを務めるなど、これまでにも美人姉妹として知られてきたが、今回のカンヌで美しく成長したシスティーンに目を奪われた人が続出。米ゴシップサイト「Hollywood Life」や伊ニュースサイト「quotidiano」、英タブロイド紙「デイリー・メール」など世界中のメディアが、システィーンの写真を複数掲載し、優雅な姿を伝えている。

 システィーンは16年に大手モデル事務所IMGと契約しており、ニューヨークを拠点に活動し、シャネルやドルチェ&ガッバーナなど高級ブランドのショーに登場。しかし、昨年秋に姉と同じ南カリフォルニア大学に入学するため地元のロサンゼルスに戻り、昨年末には、サメに襲撃されるホラー映画『海底47m』(17)の続編映画『47 Meters Down: Uncaged』で映画デビューすることが発表された。

 同作は、8月16日に全米公開される予定。偉大な父と同じ道を歩みだしたシスティーン、今後どのような女優になるのか非常に楽しみだ。

S・スタローンの72歳の誕生日に、シュワちゃん、アル・パチーノらスターがサプライズメッセージを贈る!

 今年2月末に「前立腺がんで死去」というニセ情報が拡散されたものの、自身のインスタグラムで「オレはまだパンチしてるぜ!」とつづり、健在をアピールしていたシルヴェスター・スタローン。先週は21歳、20歳、16歳になるご自慢の娘3人と、22歳年下の元モデルの妻と共にロンドンを訪れ、高級レストランに繰り出してはファンのサインに応じるなど超ご機嫌。72歳の誕生日である7月6日に開催されたディナーショー『An Experience With Sylvester Stallone』でも笑顔を見せながら、トークを繰り広げた。

 このトークショーではステージに巨大スクリーンが設置され、後ろの席の観客のためにシルヴェスターの姿を映し出していたのだが、ディナーショー主催会社がこのスクリーンを使い、シルヴェスターに粋なサプライズを仕掛けたのだ。

 

 米エンタメサイト「TMZ」は、その様子を撮影した観客の動画を入手。それによると、進行役の女性がおもむろに「ちょっとこのビデオメッセージを見ていただきたいのですが」と言い、シルヴェスターは不思議そうな表情でスクリーンを見上げる。すると、突然スクリーンには、映画『ロッキー』(1976)でシルヴェスター演じるボクサー、ロッキーと死闘を繰り広げ、『ロッキー3』(82)では失意のどん底に沈んだロッキーを熱い友情で立ち上がらせた上、「試合ではけ」と自分の勝負トランクスを差し出し、『ロッキー4/炎の友情』(85)ではロッキーの代わりにリングに立ち、対戦相手にボコボコにされて亡くなるという、無二の大親友アポロ・クリード役を演じたカール・ウェザースが登場。

 VTRの中で、カールはシリーズの最初から『ロッキー』に関われて幸せだと感謝の気持ちを述べつつ、「誕生日おめでとう」とかみしめるように言い、シルヴェスターは笑顔でスクリーンのカールを見つめていた。

 次に登場したのは、『ロッキー』のスピンオフ映画『クリード チャンプを継ぐ男』(15)にて、アポロの息子役で主演を果たしたマイケル・B・ジョーダン。「誕生日おめでとう。これからも戦い続けてください」とマイケルから拳を見せられ、シルヴェスターはにっこり。

 続いてアクション映画『エクスペンダブルズ2』(12)で、シルヴェスターと敵対する悪役を演じたジャン=クロード・ヴァン・ダムが登場。海をバックに「ハッピーバースデー」と投げキッス。

 『ロッキー4』でアポロを死に追い詰めたロシア人ボクサー、イワン・ドラゴ役を演じて一躍有名になり、『エクスペンダブルズ』にも出演したドルフ・ラングレンも人懐っこい笑顔で登場。「誕生日、おめでとう! 近いうちに会えればと思ってます」と、共演に含みを持たせていた。

 そして、赤いサンドバッグをパンチするサングラス姿のアル・パチーノが登場。ゼーゼー息を切らしながらパンチとマシンガントークを炸裂させ、サングラスを取り「ハッピーバースデー」と言いながら、くしゃくしゃの笑顔に。6歳先輩のアルからのビデオメッセージに、シルヴェスターは首を振り、感極まったような仕草を見せた。

 ビデオメッセージの大トリを飾ったのは、筋肉自慢のアクション俳優という似た者同士だったため80年代後半までいがみ合っていたものの、その後、友情が芽生え、絆を深めていった“大親友”のアーノルド・シュワルツェネッガー。3月に緊急心臓切開手術を受けた後、意識を取り戻した時の第一声が「アイム・バック」だったと発表され、「さすがターミネーター」と世界中で話題になったアーノルドの元気そうな姿に、シルヴェスターは両手を大きく広げ、喜びを表現。アーノルドは、「オレたちもさ、とうとう、『セックス=助けて!』という年になっちまったなぁ」とアダルトなギャグをかまし、「君はこの数十年、オレにとって素晴らしいインスピレーションを与えてくれた。アスタ・ラ・ビスタ(またいつか)、ベイビー!」と決め台詞を言い放った。

 いつも以上に目をとろーんとさせながら、大親友からのメッセージをうれしそうに受け止めていたシルヴェスター。今年11月には『クリード2』が全米公開される予定で、しばらく多忙な日々を送りそうだが、友人たちのメッセージを胸に、ますます精力的に活動することだろう。彼が健康な1年を送れるよう祈りたい。

スタローン、クリスマスに家を訪ねてきたシュワちゃんに大感激! 筋肉オジサンたちの友情に見る者もホッコリ

 シルヴェスター・スタローン(71)が、クリスマスの日にアーノルド・シュワルツェネッガー(70)との仲良しツーショット写真をインスタグラムに投稿した。40年前の初対面は最悪だった2人だが、今ではハリウッド屈指のバディとして知られており、「70歳を超えても互いに刺激し合う永遠のライバル」「素敵な関係」だと羨む声が上がっている。

 美しい3人の愛娘たちの写真や動画を自慢げに投稿することで有名なスタローンのインスタグラムに、アーノルドが登場したのは25日のことだ。クリスマスカラーの真っ赤なセーターを着たアーノルドと、どこかで見たことがある銅像の前で寄り添い、互いにボディタッチしながら満面の笑みを浮かべている写真で、「おいおい、クリスマスの日にこんな人が来ちゃったよ」「シュワルツェネッガーはいつだってポジティブなエネルギーで部屋を満たしてくれるんだぜ」とスタローンの言葉が添えられていた。

 アーノルドが大好きでたまらないスタローンは今年7月にも、インスタグラムに若かりし頃の2人のトップレス白黒写真を並べ、「明日、誕生日だな。おめでとう、アーノルド!」「誰も超えることができないほどハードルを高くしやがった、アクションヒーロー・レンジェントだぜ!」とテンション高めのキャプションを付け話題になっていた。

 今回のアーノルドとのツーショット写真のバックに置かれているのは、『ロッキー 3』(82)の撮影で使用され、現在は、映画の舞台になったペンシルバニア州のフィラデルフィア美術館に置かれているロッキー・バルボア像と瓜二つの銅像だ。実はこれ、予備として作られたもので、撮影後は長年サンディエゴ・ホール・オブ・チャンピオンズという博物館に設置されていた。同博物館が閉鎖することになり、オークションに出品されたのを、スタローンが40万ドル(約4514万円)で最近ゲット。広い豪邸に住んでいるのに、わざわざこの場所で記念撮影したのは、「スタローンがアーノルドに銅像を自慢しまくったからに違いない」とネット上で大きな話題となった。

 5年前には、2人並んで病院のベッドに横たわり、楽しそうに談笑する撮影裏ショットを公開してファンを大興奮させたアーノルドとスタローン。「これぞバディ」という雰囲気の2人だが、実は長年ディスり合う宿敵だった。

 出会いは1977年1月29日。場所は第34回ゴールデン・グローブ賞の授賞式会場だった。ゴールデン・グローブ授賞式は、出席者がテーブル席でフルコース料理やお酒を楽しむ中で進められていくのだが、2人はたまたま同じテーブルに座るよう指定されていたのだ。スタローンはこの時のことを、13年に開催されたコミコン・インターナショナルに参加した際に回想。「誰だこの大男は!? って思ったね。テーブルくらいデカいじゃねえかって。でもって、俺にメンチ切ってくるしさ」と一目見た瞬間から気に食わなかったと明かしている。

 この第34回ゴールデン・グローブ賞で、アーノルドは『ステイ・ハングリー』(76)で新人男優賞を、スタローンは『ロッキー』(76)で映画部門作品賞(ドラマ部門)を見事獲得した。「作品賞をゲットして『何かやんなくちゃ』って、置かれていた花束をつかんで上に放ったんだ。花はアーノルドの肩の上に降り注ぎ、なんとも言えない彼の怒りを感じたよ」とスタローンは楽しそうに回想。アーノルドも「授賞式のこと、覚えてるよ。スタローンの母ちゃんに、『あんた、ピアノの運送屋みたいな子だねぇ』って言われたから」と笑っていたが、当時は心穏やかではなかったようだ。

 第一印象が最悪だった2人は互いを敵対視するようになる。先に打って出たのはアーノルドだ。85年10月に受けた『コマンドー』のプロモーション・インタビューで、「スタローンの名前を出されて比較されると、ヘドが出る。奴は体のクローズアップシーンにボディ・ダブルを使うが、俺は使わない」とディス。同年11月にスタローン主演の『ロッキー4 炎の友情』が一般公開されたとき、「強い訛りのある英語を喋るソ連のボクサーはアーノルドに見立てたもので、最後にボコボコにして鬱憤を晴らした」という噂が流れた。

 85年12月にスタローンは『コブラ』(86)で共演したブリジット・ニールセンと結婚したのだが、ブリジットは『レッドソニア』(85)で共演したアーノルドにも手を出していたというゴシップが流出。「ブリジットがスタローンに自分のヌード写真を送ったことがきっかけで付き合うようになった」という説と「マリア・シュライバーと真剣交際していたアーノルドが、ブリジットを遠ざけたくてスタローンと一緒になるように仕向けた」という説が流れ、ゴシップ紙を大いに賑わせた。

 88年1月、アーノルドは米男性誌『PLAYBOY』のインタビューで、「スタローンと友達になりたいのに、いつも変な電波を俺に放ってくる」とぼやき、「女性を卑下する嫌な奴」「カッコつけて白いスーツを着たり、監督するときには毛皮のコートを着たり」と再びディスった。

 88年2月になると、英大手タブロイド紙『ニュース・オブ・ザ・ワールド』が「アーノルドの父親はナチ党員で、ユダヤ人を強制収容所に送り込んだ人物だ。アーノルド自身も隠れナチでヒトラーに心酔している」と報道。情報元はスタローンだと伝えられた。

 これ以上のディスり合いは良くないと思った共通の友人が、2人を引き合わせたのが88年8月のことだった。スタローンは友人に「和解した。一緒に仕事するかもしれん」と伝えたが、9月に米紙「ザ・ニューヨーク・ポスト」が、スタローンが訪れたナイトクラブにアーノルドの写真が飾られているのを見つけ、クラブのオーナーに「処分しろ。さもないと俺は二度とここには来ない」と脅したと報道。同年12月に公開された『ツインズ』には、アーノルドが『ランボー』のポスターを見て、「俺のほうが上腕二頭筋がある」と笑うシーンがあり、また始まったと世間はニヤニヤした。対するスタローンは89年の『デッドフォール』で、アーノルドに似た役者を登場させ、「お前の『コナン・ザ・グレート』(アーノルド主演の映画)よかったな」と言った直後に痛めつけるというシーンを撮影している。

 そんな2人の関係は、90年3月に和らぐことになる。アーノルドの非公認自叙伝を読んだスタローンは、彼の苦難に満ちた幼少期、ナチだった家族、10代でステロイドを使用することになった理由など、相当な苦労人だったことを知り、感銘を受ける。「この本はいい。フェラチオを4回されるよりもいい」と感想を述べたと伝えられた。

 同年4月にはフランスのカンヌで、2人がおどけながらチークダンスを踊る姿がパパラッチ。91年10月にはブルース・ウィルス&デミ・ムーアと一緒に4人でハリウッド映画をテーマにしたレストラン、プラネット・ハリウッドをオープン。手を繋いで万歳ポースをとるなど、仲良しっぷりをアピールするようになった。

 その後は互いの映画でディスることもなくなり、スタローンは『刑事ジョー ママにお手上げ』(92)でママが「アイル・ビー・バック」と言った時「そりゃ、ターミネーターの台詞だろ。刑事は言わないんだぜ」と返し、ファンは大喜び。アーノルドも『ラスト・アクション・ヒーロー』(93)で、『ターミネーター』(84)の主演がスタローンという設定のポスターを用意し「『ターミネーター』の主演は彼だよ。素晴らしい演技だったよ」と言い、ファンはさらに大喜び。『デモリションマン』(93)で、アーノルドがアメリカの大統領になったと聞かされたスタローンが白目をむくシーンもあったが、「これはディスではなく愛」だと話題になった。

 00年に入るとエンタメ有力紙「The Hollywood Reporter」が「2人が、ギャラが同じでなくても構わないから一緒に仕事をしたいと切望している」と報道。さらに03年、アーノルドがカリフォルニア州知事選に出馬した時には、スタローンが選挙演説に駆けつけた。ちなみに、スタローンは当初彼の出馬を快く思っていなかったそうだが、母親に説得され応援するようになったという。

 だがやはりスタローンはアーノルドが知事になったことにモヤモヤしていたようで、03年のヴェネツィア国際映画祭では「個人的な考えだけど、役者は役者だけやるべきだと思う。でも奴は前から政治家になりたいという熱意を持ってたからね。うまくいくかもね」と発言している。そう言いつつも、05年にはアーノルドの再選委員会に1万5000ドル(約169万円)をポンと献金して応援していた。同年12月、アーノルドは『ロッキー・ザ・ファイナル』(06)の撮影現場を訪れ、「撮影費用を安く上げるため海外で撮影をするプロダクションが多い中、ハリウッドで撮影してくれて感謝する」と貢献賞の賞状を手渡し、これまた話題になった。

 そして、2010年、とうとう2人の共演が実現することになった。スタローンが監督、脚本、主演を務める映画『エクスペンダブルズ』にアーノルドが、なんとノーギャラで出演したのだ。スタローンは米紙「L.A.タイムズ」の取材で、「これまで俺が会った中で最も素晴らしい人物は誰かと聞かれたら、アーノルドだって答えるね」と発言。12年に前述の病院でのツーショット写真がお披露目され、13年にはW主演アクション映画『大脱出』が公開。立て続けの動きに、ファンは熱狂した。

 プライベートでも交流を持つようになった2人は、その後も一緒にランチする姿などがパパラッチされており、どうやら本当に仲がよさそうだとたびたび話題になっている。「若い頃は本当に嫌いだった」などとぶっちゃけ話を披露できるほど今では仲良しで、世間からは「通じ合うものがたくさんある戦友なんだろうな」「これが真の“兄弟”だ」などと羨む声が多数上がっている。

 スタローンは今年後半、「27年前にレイプされた」「16歳だった31年前に性的暴行された」などセクハラを告発されて「事実無根」と激怒するなど、楽な日々ではなかったはずだ。しかしそれも、ロッキーの銅像と、クリスマスにアーノルドがサプライズ訪問してくれたことで、吹っ飛んだに違いない。新年は美しい娘たちと妻に囲まれながらご機嫌に迎えることだろう。

スタローン、クリスマスに家を訪ねてきたシュワちゃんに大感激! 筋肉オジサンたちの友情に見る者もホッコリ

 シルヴェスター・スタローン(71)が、クリスマスの日にアーノルド・シュワルツェネッガー(70)との仲良しツーショット写真をインスタグラムに投稿した。40年前の初対面は最悪だった2人だが、今ではハリウッド屈指のバディとして知られており、「70歳を超えても互いに刺激し合う永遠のライバル」「素敵な関係」だと羨む声が上がっている。

 美しい3人の愛娘たちの写真や動画を自慢げに投稿することで有名なスタローンのインスタグラムに、アーノルドが登場したのは25日のことだ。クリスマスカラーの真っ赤なセーターを着たアーノルドと、どこかで見たことがある銅像の前で寄り添い、互いにボディタッチしながら満面の笑みを浮かべている写真で、「おいおい、クリスマスの日にこんな人が来ちゃったよ」「シュワルツェネッガーはいつだってポジティブなエネルギーで部屋を満たしてくれるんだぜ」とスタローンの言葉が添えられていた。

 アーノルドが大好きでたまらないスタローンは今年7月にも、インスタグラムに若かりし頃の2人のトップレス白黒写真を並べ、「明日、誕生日だな。おめでとう、アーノルド!」「誰も超えることができないほどハードルを高くしやがった、アクションヒーロー・レンジェントだぜ!」とテンション高めのキャプションを付け話題になっていた。

 今回のアーノルドとのツーショット写真のバックに置かれているのは、『ロッキー 3』(82)の撮影で使用され、現在は、映画の舞台になったペンシルバニア州のフィラデルフィア美術館に置かれているロッキー・バルボア像と瓜二つの銅像だ。実はこれ、予備として作られたもので、撮影後は長年サンディエゴ・ホール・オブ・チャンピオンズという博物館に設置されていた。同博物館が閉鎖することになり、オークションに出品されたのを、スタローンが40万ドル(約4514万円)で最近ゲット。広い豪邸に住んでいるのに、わざわざこの場所で記念撮影したのは、「スタローンがアーノルドに銅像を自慢しまくったからに違いない」とネット上で大きな話題となった。

 5年前には、2人並んで病院のベッドに横たわり、楽しそうに談笑する撮影裏ショットを公開してファンを大興奮させたアーノルドとスタローン。「これぞバディ」という雰囲気の2人だが、実は長年ディスり合う宿敵だった。

 出会いは1977年1月29日。場所は第34回ゴールデン・グローブ賞の授賞式会場だった。ゴールデン・グローブ授賞式は、出席者がテーブル席でフルコース料理やお酒を楽しむ中で進められていくのだが、2人はたまたま同じテーブルに座るよう指定されていたのだ。スタローンはこの時のことを、13年に開催されたコミコン・インターナショナルに参加した際に回想。「誰だこの大男は!? って思ったね。テーブルくらいデカいじゃねえかって。でもって、俺にメンチ切ってくるしさ」と一目見た瞬間から気に食わなかったと明かしている。

 この第34回ゴールデン・グローブ賞で、アーノルドは『ステイ・ハングリー』(76)で新人男優賞を、スタローンは『ロッキー』(76)で映画部門作品賞(ドラマ部門)を見事獲得した。「作品賞をゲットして『何かやんなくちゃ』って、置かれていた花束をつかんで上に放ったんだ。花はアーノルドの肩の上に降り注ぎ、なんとも言えない彼の怒りを感じたよ」とスタローンは楽しそうに回想。アーノルドも「授賞式のこと、覚えてるよ。スタローンの母ちゃんに、『あんた、ピアノの運送屋みたいな子だねぇ』って言われたから」と笑っていたが、当時は心穏やかではなかったようだ。

 第一印象が最悪だった2人は互いを敵対視するようになる。先に打って出たのはアーノルドだ。85年10月に受けた『コマンドー』のプロモーション・インタビューで、「スタローンの名前を出されて比較されると、ヘドが出る。奴は体のクローズアップシーンにボディ・ダブルを使うが、俺は使わない」とディス。同年11月にスタローン主演の『ロッキー4 炎の友情』が一般公開されたとき、「強い訛りのある英語を喋るソ連のボクサーはアーノルドに見立てたもので、最後にボコボコにして鬱憤を晴らした」という噂が流れた。

 85年12月にスタローンは『コブラ』(86)で共演したブリジット・ニールセンと結婚したのだが、ブリジットは『レッドソニア』(85)で共演したアーノルドにも手を出していたというゴシップが流出。「ブリジットがスタローンに自分のヌード写真を送ったことがきっかけで付き合うようになった」という説と「マリア・シュライバーと真剣交際していたアーノルドが、ブリジットを遠ざけたくてスタローンと一緒になるように仕向けた」という説が流れ、ゴシップ紙を大いに賑わせた。

 88年1月、アーノルドは米男性誌『PLAYBOY』のインタビューで、「スタローンと友達になりたいのに、いつも変な電波を俺に放ってくる」とぼやき、「女性を卑下する嫌な奴」「カッコつけて白いスーツを着たり、監督するときには毛皮のコートを着たり」と再びディスった。

 88年2月になると、英大手タブロイド紙『ニュース・オブ・ザ・ワールド』が「アーノルドの父親はナチ党員で、ユダヤ人を強制収容所に送り込んだ人物だ。アーノルド自身も隠れナチでヒトラーに心酔している」と報道。情報元はスタローンだと伝えられた。

 これ以上のディスり合いは良くないと思った共通の友人が、2人を引き合わせたのが88年8月のことだった。スタローンは友人に「和解した。一緒に仕事するかもしれん」と伝えたが、9月に米紙「ザ・ニューヨーク・ポスト」が、スタローンが訪れたナイトクラブにアーノルドの写真が飾られているのを見つけ、クラブのオーナーに「処分しろ。さもないと俺は二度とここには来ない」と脅したと報道。同年12月に公開された『ツインズ』には、アーノルドが『ランボー』のポスターを見て、「俺のほうが上腕二頭筋がある」と笑うシーンがあり、また始まったと世間はニヤニヤした。対するスタローンは89年の『デッドフォール』で、アーノルドに似た役者を登場させ、「お前の『コナン・ザ・グレート』(アーノルド主演の映画)よかったな」と言った直後に痛めつけるというシーンを撮影している。

 そんな2人の関係は、90年3月に和らぐことになる。アーノルドの非公認自叙伝を読んだスタローンは、彼の苦難に満ちた幼少期、ナチだった家族、10代でステロイドを使用することになった理由など、相当な苦労人だったことを知り、感銘を受ける。「この本はいい。フェラチオを4回されるよりもいい」と感想を述べたと伝えられた。

 同年4月にはフランスのカンヌで、2人がおどけながらチークダンスを踊る姿がパパラッチ。91年10月にはブルース・ウィルス&デミ・ムーアと一緒に4人でハリウッド映画をテーマにしたレストラン、プラネット・ハリウッドをオープン。手を繋いで万歳ポースをとるなど、仲良しっぷりをアピールするようになった。

 その後は互いの映画でディスることもなくなり、スタローンは『刑事ジョー ママにお手上げ』(92)でママが「アイル・ビー・バック」と言った時「そりゃ、ターミネーターの台詞だろ。刑事は言わないんだぜ」と返し、ファンは大喜び。アーノルドも『ラスト・アクション・ヒーロー』(93)で、『ターミネーター』(84)の主演がスタローンという設定のポスターを用意し「『ターミネーター』の主演は彼だよ。素晴らしい演技だったよ」と言い、ファンはさらに大喜び。『デモリションマン』(93)で、アーノルドがアメリカの大統領になったと聞かされたスタローンが白目をむくシーンもあったが、「これはディスではなく愛」だと話題になった。

 00年に入るとエンタメ有力紙「The Hollywood Reporter」が「2人が、ギャラが同じでなくても構わないから一緒に仕事をしたいと切望している」と報道。さらに03年、アーノルドがカリフォルニア州知事選に出馬した時には、スタローンが選挙演説に駆けつけた。ちなみに、スタローンは当初彼の出馬を快く思っていなかったそうだが、母親に説得され応援するようになったという。

 だがやはりスタローンはアーノルドが知事になったことにモヤモヤしていたようで、03年のヴェネツィア国際映画祭では「個人的な考えだけど、役者は役者だけやるべきだと思う。でも奴は前から政治家になりたいという熱意を持ってたからね。うまくいくかもね」と発言している。そう言いつつも、05年にはアーノルドの再選委員会に1万5000ドル(約169万円)をポンと献金して応援していた。同年12月、アーノルドは『ロッキー・ザ・ファイナル』(06)の撮影現場を訪れ、「撮影費用を安く上げるため海外で撮影をするプロダクションが多い中、ハリウッドで撮影してくれて感謝する」と貢献賞の賞状を手渡し、これまた話題になった。

 そして、2010年、とうとう2人の共演が実現することになった。スタローンが監督、脚本、主演を務める映画『エクスペンダブルズ』にアーノルドが、なんとノーギャラで出演したのだ。スタローンは米紙「L.A.タイムズ」の取材で、「これまで俺が会った中で最も素晴らしい人物は誰かと聞かれたら、アーノルドだって答えるね」と発言。12年に前述の病院でのツーショット写真がお披露目され、13年にはW主演アクション映画『大脱出』が公開。立て続けの動きに、ファンは熱狂した。

 プライベートでも交流を持つようになった2人は、その後も一緒にランチする姿などがパパラッチされており、どうやら本当に仲がよさそうだとたびたび話題になっている。「若い頃は本当に嫌いだった」などとぶっちゃけ話を披露できるほど今では仲良しで、世間からは「通じ合うものがたくさんある戦友なんだろうな」「これが真の“兄弟”だ」などと羨む声が多数上がっている。

 スタローンは今年後半、「27年前にレイプされた」「16歳だった31年前に性的暴行された」などセクハラを告発されて「事実無根」と激怒するなど、楽な日々ではなかったはずだ。しかしそれも、ロッキーの銅像と、クリスマスにアーノルドがサプライズ訪問してくれたことで、吹っ飛んだに違いない。新年は美しい娘たちと妻に囲まれながらご機嫌に迎えることだろう。

スピンオフ作品の続編も!? シルヴェスター・スタローン、「死ぬまでロッキーを演じる」と宣言

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69歳でも筋肉一筋という潔さが、スタローン人気を支えているの!

 23歳で本格的に俳優を目指すもなかなか売れず、食べるためにソフト・ポルノ映画にまで出演したシルヴェスター・スタローン。29歳のときに観戦した世界ヘビー級タイトルマッチ「モハメド・アリ対チャック・ウェプナー」の試合に強い感銘を受け、脚本を執筆した。書き上げた作品を映画配給会社/映画スタジオの「ユナイテッド・アーティスツ」に売り込み、契約。その作品は1976年に『ロッキー』というタイトルで公開され、「不良が心身を鍛え上げ、拳ひとつで英雄になる」というベタベタなアメリカン・ドリームに世界中が熱狂した。アカデミー賞最優秀作品賞を受賞し、シルヴェスターは以後、『ロッキー』シリーズ、『ランボー』シリーズ、『コブラ』と熱いアクション映画に主演し、アメリカを代表するアクション俳優となった。

 彼の出世作となった『ロッキー』シリーズだが、79年に『ロッキー2』、82年に『ロッキー3』、86年に『ロッキー4/炎の友情』、90年に『ロッキー5/最後のドラマ』、2006年に『ロッキー・ザ・ファイナル』が公開。完結したものとみられていたが、13年、大手映画製作/配給会社「MGM」は、『ロッキー』のスピンオフに当たる『クリード チャンプを継ぐ男』を製作し、シルヴェスターがロッキー役で出演すると発表した。『クリード』は、ロッキーの永遠のライバル、アポロ・クリードの息子アドニスがボクシング・チャンピオンになることを夢見て、ロッキーにトレーナーになってほしいと頼み込み、二人三脚でチャンピオンベルトをつかみ取るというストーリーだ。

S・スタローン、写真に5万円・サインに4万円近くを要求し「あまりにせこい」と大不評

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蝋人形(もしくはパネル)か本人かを見分けるポイントは、血管の動きだけ!

 『ロッキー』『ランボー』シリーズなどで、硬派で肉体派のヒーロー役を熱演し、ハリウッドを代表するアクションスターとして世界中に多くのファンを持つようになったシルヴェスター・スタローン。今月10日から13日までの3日間、ニューヨークで開催されたコミックやアニメの祭典『ニューヨーク・コミック・コン』に特別出演し、ヒーロー好きなファンを大喜びさせた。しかし、14日、米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」が、「スタローンほどの大物スターが、コミコンで行ったファンとの写真撮影会に445ドル(約4万3,800円)も要求した」と報道。ネット上で、「あまりにもせこい」「ぼったくりだ」と叩かれる騒ぎとなっている。

 「TMZ」によると、コミコンに駆けつけたスタローンの熱狂的なファンたちは、1枚445ドルという大金を支払い、スタローンと一緒に写真撮影を行ったとのこと。サイトには、その写真のいくつかが紹介されているのだが、お金を支払ってもらっているからか、スタローンはファンから求められたであろうポーズを取り、笑顔で写真に収まっている。どの写真も似たような表情を浮かべているため、スタローンの等身大パネルと撮影をしたのかと錯覚してしまうが、それぞれ違うポーズを取っており、表情も微妙に変化しているため、本物による写真撮影会であることがわかる。

漢字で「海神」&ミススペル! セレブのヤバすぎるタトゥー

ミーガンの腕に、マリリンの亡霊のようなタトゥー

 アメリカも日本同様、保守的な人たちの間ではタトゥーはよくないとされているが、アーティストであるセレブたちは自己表現のためにタトゥーを入れることが多い。今回は、セレブたちが痛みをこらえて彫った個性的なタトゥーをご紹介したい。

アンソニー・キーディス(左右の上腕部にアメリカン・インディアンの伝説的人物)

 ロックバンド「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」のボーカル、アンソニー・キーディスには、母方から受け継いだモヒカン族の血が流れている。アメリカン・インディアンの血を誇りに思うアンソニーは、右上腕部にハンクパパ族の戦士/呪術師のシッティング・ブル、左上腕部にアメリカインディアン史上最高の指導者として名高いジョセフ酋長の顔を彫っている。また、背中には羽を大きく広げたアステカ・イーグルのタトゥーを彫っており、スピリチュアルなタトゥーに守ってもらっていると説明。彼の場合は、良い意味で「ヤバいタトゥー」だと言われている。