コートニー・ラブ、12年も前に「ハーベイに気をつけろ」と警告! 「ロックすぎる」と称賛の声

 映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタイン(65)が、過去約30年間にわたって20代の女優らにセクハラしてきたという疑惑が報じられて、はや10日が過ぎた。アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーからも会員資格を剥奪され、ハーベイは事実上、ハリウッドを追放された。数多くの女優たちが「実は私も過去に言い寄られた」「セクハラを受けた」と暴露大会を繰り広げているが、世間は「今、言っても意味ない」「その時に言わないから被害が広がった」としらけ気味だ。そんな中、恐れを知らないジャンキーなロッカーであり、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされたこともある女優のコートニー・ラブ(53)が、2005年にレッドカーペットで「ハーベイ・ワインスタインには気をつけるように」と警告していたことが明らかになり、「さすがコートニー!」と株を上げている。

 コートニーといえば、1994年4月に拳銃自殺した伝説的なロッカー、カート・コバーンの妻として知られているが、カートと出会う前からバンドや女優活動をアグレッシブに行っていた筋金入りのアーティストである。
 
 10代の頃、生活費を稼ぐために世界中でストリッパーをしていたとき、イギリスでミュージシャンと付き合ったことがきっかけでロックに夢中になり、自分もロッカーになることを決意。帰国後、一度はフェイス・ノー・モアのボーカルに採用されたものの「男のエネルギーが必要だから」と数カ月でクビになり、怒ったコートニーは「女だけのバンドを作ってやる!」とシュガー・ベイビー・ドールという女子バンドを結成する。自身の薬物依存が原因でこのバンドが解散した後は、ロサンゼルスに移住して映画のオーディションを受けまくる。87年にはインディ映画『ストレート・トゥ・ヘル』の主演に大抜擢されるものの、本人が期待したほどのブレークにはつながらなかった。

 今度は再び音楽に舞い戻り、「ビッグ・ブラック、ソニック・ユース、フリートウッド・マックに影響を受けてる私とバンド組みたい人!」という募集記事を新聞に出し、ホールを結成した。ステージは大盛況で、91年にインディーレーベルからデビューアルバムをリリース。この年にカートと交際を始め、翌年妊娠し、結婚する。ニルヴァーナが世界的に大ヒットしたことから「グランジ版ジョンとヨーコ」と呼ばれるようになったが、もともとコートニーは「自分で金を稼ぎ、自らキャリアを切り開いてきた」自立した女性だったのだ。

 カートが自殺した1週間後にメジャーレーベルからリリースされたホールのメジャーレーベル・デビューアルバム『Live Trough This』(94)は大ヒットし、ハチャメチャなツアーも大成功した。コートニーの精神状態は不安定で、荒れに荒れていたが、96年にはビッグチャンスが舞い込む。悪名高きポルノ雑誌「ハスラー」を創刊したラリー・フリントの裁判が映画化されることになり、コートニーはラリーの妻役が自分にぴったりだと確信を持つ。ラリーの妻・アルシアは、ストリッパー出身のヤク中で、後にエイズに罹患、33歳のときにOD(オーバードーズ)で亡くなったという人物で、たしかにコートニーに似合いの役だった。オーディションで監督のミロス・フォアマンは「アルシア本人のようだ」と驚き、採用する。製作会社のコロンビア映画は渋い顔をしたが、定期的に薬物検査を受けることなどを条件に『ラリー・フリント』(96)にキャスティングされた。これが当たり役となり、ゴールデン・グローブ主演女優賞にもノミネートされるなど業界から高く評価され、コートニーは「薄汚れたジャンキーなロックウーマン」から「ハリウッドのAリスト女優」へと華麗なる転身を遂げた。

 だがその後、レコード会社と揉めたり、薬物依存症が悪化したり、バンドを解散させたりと、コートニーとその周辺は再び荒れていく。05年には、米コメディ・セントラル局の人気番組『ロースト』に、明らかにハイな状態で出演し、保護観察期間中の違反行為であるとみなされてリハビリ施設に90日間ぶち込まれてしまった。

 この『ロースト』内のインタビューで、コートニーはハリウッドで成功することを夢見る若い女の子たちに「ハーベイ・ワインスタインには気をつけろ」と警告していたのだ。

 米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」は14日、コートニーが『ロースト』でカーペット・インタビューを受けるショート映像を紹介している。この映像では、「ハリウッドに移り住もうとしている若い女の子たちに、何かアドバイスを」という問いに、コートニーが「ん〜、これ言ったら名誉毀損になっちゃうかしら」と横を向きながらつぶやいた直後、「ハーベイ・ワインスタインに『フォーシーズンズでプライベート・パーティーするからおいで』って誘われても、行かないことね」と早口で言い放っている。同サイトは「コートニーは、はっきりとハーベイの誘いには絶対に応じるなと警告していた」「ハリウッドの俳優は『ハーベイのセクハラを知らなかった』と言い、女優たちは『私も言い寄られた、被害者だ』とカマトトぶってるが、ハーベイのセクハラは業界では誰もが知っていたということを裏付ける発言だ」と伝えた。

 この動画はネット上で拡散され、「さすがコートニー!」「ハーベイの名前をしっかりと挙げてのこの発言はすごい!」と称賛する声が多数上がった。これを受けてコートニーは、ツイッターで「私はハーベイの被害者じゃないんだけどね」と説明しつつ、「CAAから発言を永久に禁止されたのよ」という言葉の後に「ハーベイ」と「レイプ」というハッシュタグをつけたツイートを投下した。

 CAAとは、ハリウッド7大エージェンシーのひとつであるクリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシーのことだ。ロバート・ダウニー・Jr、ジェニファー・ローレンス、マシュー・マコノヒーなど大物スターを抱える事務所である。コートニーは、このエージェンシーから「ハーベイのセクハラを語るのはタブーだ」と厳しく口止めされたことを、サラッと暴露したのだ。

 ネット上では、「エージェントを含め、誰もがハーベイのセクハラを知っていたが、黙認していたことを証明する発言」「おそらく、セクハラを受けた女優が自分のエージェンシーに泣きついたとしても『そのことは公言するな』『仕事ができなくなってもいいのか』などと脅かされてたんじゃないか」とさまざまな推測が飛び交い、お祭り騒ぎとなっている。

 ブロンド美女でセクシーなコートニーにハーベイが手を出さなかったのは、彼女があまりにもハチャメチャで、ハイになった時にポロッと暴露されると懸念したのか、それとも彼女が『ラリー・フリント』で注目されるようになった時はすでに30歳を過ぎていたからか、理由は不明だ。コートニーは2001年にも、ニューヨークのロシアン・ティー・ルームで開催されたチャリティーで「ハーベイ・ワインスタインは私とは、セックスしないの。だって私は“シクサ”じゃないから」と冗談交じりに発言している。“シクサ”とは非ユダヤ人女性のことを指す。コートニーにはユダヤの血が流れているため、ハーベイは彼女をセクハラ対象にはしなかったとギャグにした。しかし、同じくぶっ飛んだお騒がせセレブとして知られているリンジー・ローハンもハーベイにセクハラされていないと見られていることから、「ユダヤの血うんぬんじゃなく、逆上しやすくベラベラしゃべりそうな女優は避けたのだろう」と推測する者が多い。

 若者たちからは「娘とやっと和解できた、露出狂の精神不安定なお騒がせ整形おばさん」というイメージを持たれているコートニーだが、ミュージシャンとしてのキャリアも女優としてのキャリアも、血のにじむような努力をして積み上げてきたのだという自信を持っている。また、彼女は長きにわたるSGI(創価学会インタナショナル)信者で、題目を唱えればなんでもかなうと信じている怖い者知らずだ。CAAに脅されても震え上がることなく「はいはい、タブーなんでしょ。もう言わないよ」というノリで了承したものと思われる。なお、コートニーは警告発言の後も、ハーベイと普通に交流しており、12年にはサンセット・タワー・ホテルで開催されたイベントでハーベイとジェシカ・チャステインが楽しそうに談話するそばで、にこやかな表情で立っているところをパパラッチされている。

 コートニーは13年に自叙伝『The Girl with the Most Cake』をリリースする予定だったが、その後、ゴーストライターから訴えられるなどのトラブルがあり、ポシャってしまった。今年6月に深夜番組『Late Night with Seth Meyers』で、「そういえばあの自叙伝の話、どうなったの?」と聞かれたコートニーは「最初のゴーストライターは書きすぎちゃって。暴露が多くて低級な作品になっちゃった」「だから、もっと上品な感じの、あまり書きすぎないような作品になるように、新しいゴーストライターと一緒に書き直してる」「自叙伝は出すけど、たくさんの秘密を守らなくちゃならないから」と説明していた。

 この自叙伝で、ハーベイやCAAに関することを「ハリウッドのクソすぎる闇」として書いていたのではないかとも注目されているが、果たしてどうなのか? 今後も、ハリウッドの裏事情に関するコートニーのさらなる暴露を、世間は期待している。

マイケルの知られざる“娘”、スピルバーグやドリューも!? セレブの衝撃的“親子”関係

 最近パリス・ジャクソンが、彼女のゴッドファーザーであるマコーレー・カルキンと親しげに交流している写真をSNSに投稿し、話題になっている。

 ゴッドペアレントとは、子どもの実父母に万が一のことがあった場合、責任と愛情を持ってその子どもの世話をする後見人のこと。特にカトリック教徒の場合、赤ん坊時代に受ける洗礼時にも立ち会い、実父母同様に成長を見守る重要な存在となる。そのため両親は、信頼できて金銭的にも裕福な友人の中から、ゴッドマザー、ゴッドファーザーを選ぶことが多い。「レオナルド・ディカプリオは、トビー・マグワイヤの娘ルビーのゴッドファーザー」「アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの双子、ノックスとヴィヴィアンのゴッドファーザーはU2のボノ」「ベッカム夫婦のブルックリンとロメオのゴッドファーザーはエルトン・ジョン、ゴッドマザーはエリザベス・ハーレー」「マドンナとガイ・リッチーの息子、ロッコのゴッドファーザーはスティング」などセレブの場合、セレブ友達に依頼することが多い。

 そしてその子どもが成長し、女優、歌手になってから「えっ! このセレブがゴッドマザー/ゴッドファーザーだったの!?」と世間をアッと驚かすことが時々あるのだ。

 今回は、そんなセレブたちの意外なゴッドマザー&ゴッドファーザーをご紹介しよう。

■マイケル・ジャクソンとニコール・リッチー

 1980年代に一世を風靡していた歌手のマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチー。2人は85年に名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」を共同で作詞・作曲したことで知られているが、仕事だけでなくプライベートでも仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしていた。

 ライオネルは75年に大学時代の恋人とゴールインした後、自身のバックバンドのメンバーだった男性と衣装担当だった女性との間に生まれたものの育児放棄されてしまったニコールを引き取った。その6年後、ニコールが9歳の時にライオネルは正式な養子縁組手続きをし、我が子同然愛情を注いで育てた。

 小さな頃から仕事をさせられ、複雑な子ども時代を過ごしてきたマイケルは、「大人は、すべての子どもに愛情を注ぐべきだ」という信念を持つライオネルに深く共感したのだろう。喜んでニコールのゴッドファーザーになり、成長を見守り、愛情を注いだ。ライオネルも「マイケルは子どもの頃、子どもと遊ぶことができなかった。だから大人になり、心を許せる子どもとだけ付き合うことにしたのだろう」と理解を示し、「ニコールもマイケルの家に行き、遊ぶのが大好きだったよ」と英タブロイド紙のインタビューで回想している。

 ニコールはパリス・ヒルトンとリアリティ番組に出演したり、パーティーガールとして世間を騒がせていた時期があったが、ゴッドファーザーのマイケルと親しく交流していることは表に出さず、2人の関係を大切に守った。また、薬物依存を克服しようと決心したニコールをマイケルは応援し、つらいリハビリ治療中には心の支えになったとも伝えられている。

 だから2009年にマイケルが急死した時、ニコールは大きな精神的ショックを受けた。彼女は第二子を妊娠中で、生まれてくる長男をマイケルに見せることを楽しみにしており、翌年に控えた結婚式では歌ってほしいと頼んでいたとも報じられていた。

NEW YORK, NY - APRIL 21:  Jamie Lee Curtis, Greg Campbell, Riva Marker and Jake Gyllenhaal attend the "Hondros" Premiere during 2017 Tribeca Film Festival at Cinepolis Chelsea on April 21, 2017 in New York City.  (Photo by Mike Coppola/Getty Images for Tribeca Film Festival ) ジェイク・ギレンホールの父親は数多くのテレビ映画・劇場映画を手がける監督のスティーヴン・ギレンホール、母親はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』(88)を手がけた脚本家のナオミ・フォナー。姉のマギーも女優という、芸能一家に育った。母親ほど年の離れた大御所女優のジェイミー・リー・カーティスと腕を組んで楽しそうに出かける姿がパパラッチされたことがあるが、実はジェイミーは彼のゴッドマザーなのである。

 ジェイミーはラジオ番組に出演した際、「ナオミとは、とても仲の良い友達なの。私はジェイクが赤ん坊の頃から知ってるのよ」と嬉しそうに語り、「だからね、彼がこの業界で仕事を始めた時に言ったの。『あなたのセレブリティ・ゴッドマザーとして言わせてもらうけど! あなたなら大丈夫!』って。そしたら、もうすごい才能でね!」と大興奮。ニューヨークのリンカーン・センターで上演されたミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』でのジェイクの歌声が素晴らしかったと大絶賛し、「その時の動画がネットにあるはずだから、探して聴いてちょうだい!」とリスナーに呼びかけ、親バカならぬ“ゴッドマザー”バカっぷりが話題となった。

 ジェイクとジェイミーは、一緒に仕事もしている。今年4月に開催されたトライベッカ映画祭で、ニュー・ドキュメンタリー監督賞と観客賞を獲得したドキュメンタリー映画『Hondros』は2人の共同作だ(ジェイクは製作総指揮、ジェイミーは共同製作総指揮)。映画祭のレッドカーペットにはもちろん一緒に登場し、仲良しっぷりを見せつけていた。

 なお、ジェイクは『ブロークバック・マウンテン』(2006)で共演したヒース・レジャーと親友になり、ヒースの婚約者、ミシェル・ウィリアムズが産んだ娘マティルダのゴッドファーザーになった。ヒースが08年に急死した時は、悲しみに暮れるミシェルを励ましつつゴッドファーザーとしてマティルダの世話を積極的にこなしたと報道されている。2人の交流はいまも続いているそうだ。

■ドリー・パートンとマイリー・サイラス

 アメリカでは知らない人はいない、カントリーミュージックの超大御所ドリー・パートン。数多くのヒット曲を飛ばしてきた彼女は、音楽界からレジェンドとしてあがめられており、映画に出演したり自分のテーマパーク「ドリーウッド」も運営している。

 一方のマイリー・サイラスは、アイドルからお騒がせセレブを経てポップ歌手として再び人気を集めている。彼女の父親のビリー・レイ・サイラスは、もともとカントリー歌手だった。92年に「Achy Breaky Heart」で大ブレークした後、俳優としても本格的に活動をし、それを見てマイリーが女優業に興味を持つようになったという経緯がある。

 父ビリーとドリーは同じカントリー歌手として交流するようになり、93年にドリーの「Romeo」という曲にフィーチャリングされたことがきっかけで、親睦を深めていった。ビリーはドリーに大きな影響を受けたと公言しており、「娘のお手本的存在としてずっと見守ってくれたら」と92年に生まれたマイリーのゴッドマザーになってほしいと依頼。ドリーは快く受け入れた。

 多忙なドリーだが、マイリーのことは常に気にかけ、マイリーが主演した『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』には叔母役としてゲスト出演して「こんな大御所がディズニー・チャンネルの青春ドラマに出るとは!」と世間を驚かせた。マイリーがコーチを務めるオーディション番組『The Voice』に特別出演して、マイリーと一緒にデュエットしたこともあった。

 ドリーはインタビューで「マイリーはゴッドチャイルドというより、妹、姪に近い存在」と語り、マイリーが破廉恥な言動で叩かれていた時も「自分探しをしているだけよ」と擁護。昨年は、マイリーとリアム・ヘムズワースが復縁したことについて「元に戻ったと聞いて、すごくうれしくてね」と語り、話題を集めた。

 マイリーは先日発売された女性誌「コスモポリタン」のインタビューで、「成功しても全然変わることなく、すべての人に愛と敬意を持って接することができるドリーからは、本当に大きな影響を受けている」としんみり発言。これ以上理想的なゴッドマザーとゴッドチャイルドの関係はないとうらやましがられている。

Drew Barrymore, Steven Spielberg, & Gwyneth Paltrow (Photo by SGranitz/WireImage) 70年代、映画『スティング』(73)でアカデミー賞を受賞した映画プロデューサーのマイケル&ジュリア・フィリップス夫妻は、マリブの邸宅で「ハリウッドの将来を担うであろう監督、プロデューサー、役者、脚本家が交流するホームパーティー」を毎週末のように開催していた。スティーヴン・スピルバーグは、このパーティーの常連だった。女優のブライス・ダナーと彼女の夫でプロデューサーのブルース・パルトローも参加することが多く、スティーヴンとブルースはユダヤ系という共通点もあり意気投合した。家族ぐるみで親しく付き合うようになり、ブライスが第一子である長女グウィネスを出産した際、スティーヴンは快くゴッドファーザーの大役を引き受けた。

 女優を志願したグウィネスを監督作『フック』(91)に出演させるなど、スピルバーグはゴッドファーザーとして彼女に何かと目をかけた。グウィネスはアカデミー女優へと大出世したが、スティーヴンの前では少女のような素の表情になることが多く、イベントで一緒になると、はにかんだ笑顔を見ることができる。

 またスティーヴンはドリュー・バリモアのゴッドファーザーでもあるが、こちらは、ドリュー自身から「私のゴッドファーザーになってほしい」と頼まれ了承したという珍しいケースである。

 天才子役として幼少期から活躍していたドリューの父親は重度のアル中で、親の役目を果たさないひどい男だった。しっかり者のドリューは、『E.T.』に出演して以来、何かと目をかけてくれるスティーヴンに「自分のゴッドファーザーになってほしいと頼みたい」とマネジャーをしていた母親に相談した。スティーヴンはドリューの願いを受け入れ、正式なゴッドファーザーになった。

 ドリューは11歳でアル中、12歳でヤク中、13歳で手首を切る自殺未遂をし入院、さらに14歳で両親と法的に決別するなど壮絶な10代を送ってきたが、「ゴッドファーザーのスティーヴンに、気軽に相談することはできなかった」と英タブロイド紙のインタビューで告白している。「彼はいつだって両手を広げて私を受け入れてくれるけど、私は自分のひどい状態を見せたくなかった。自分でどうにかするから、ちょっと待っててって感じで」と複雑な気持ちを明かしている。

 さらに、彼女が19歳の時に男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した直後、スティーヴンから「服を着なさい!」というメモが貼られた大きな布が送られてきてびっくりしたと告白。やりたい放題のドリューを叱ることができる唯一の存在だと話題になった。

 ちなみにドリューのゴッドマザーは、往年の大女優ソフィア・ローレンとアンナ・ストラスバーグ。この2人も、ドリュー自身が「ゴッドマザーになってほしい」と頼んだと伝えられている。

■ドリュー・バリモアとコートニー・ラブ娘

 コートニー・ラブは米「TimesOnline」のインタビューで、「ドリューとの最初の出会いはトイレ。トイレでタバコを吸ってた時に会ったの。あたしは19歳で、彼女は8歳だった。それからずっと仲良しなのよ」と明かした。

 同じく重度の薬物依存だったコートニーとドリューは、出会った瞬間から意気投合。かなりの年齢差はあったが、コートニーは天才子役として大人社会で育ってきたドリューと対等に接し、一緒に悪い遊びをしまくった。

 ドリューが前述のように「プレイボーイ」でヌードを披露した頃、彼女はコートニーのバンド「ホール」のギタリスト、エリック・アーランドソンと交際。ハリウッドのトラブルメーカーとして白い目で見られつつ、2人はますます友情を深めていった。

 ドリューは、コートニーが自殺した夫カート・コバーンとの間に産んだ一人娘フランシスのこともかわいがり、ゴッドマザーになった。01年にドリューはトム・グリーンというコメディアンと結婚したが、その挙式でフランシスはバージンロードに花びらをまくフラワーガールを立派に務めている。

 ドリューはフランシスのゴッドマザーだという意識を、今もしっかり持ち続けており、07年に受けた雑誌のインタビューでは「最近、コートニーと会ってないから、フランシスとも交流してなくて。本当に残念。また交流を持ちたいわ」と語り、話題になった。

 ちなみにドリューは14年に第二子を出産した際、16歳からの友人で映画『チャーリーズ・エンジェル』シリーズで共演したキャメロン・ディアスに「ゴッドマザーになってほしい」と依頼。キャメロンは喜んで受け入れ、ドリューが離婚などで大変だった時期には子どもを遊びに連れ出すなど、しっかりゴッドマザーの役目を果たしたと伝えられている。

マイケルの知られざる“娘”、スピルバーグやドリューも!? セレブの衝撃的“親子”関係

 最近パリス・ジャクソンが、彼女のゴッドファーザーであるマコーレー・カルキンと親しげに交流している写真をSNSに投稿し、話題になっている。

 ゴッドペアレントとは、子どもの実父母に万が一のことがあった場合、責任と愛情を持ってその子どもの世話をする後見人のこと。特にカトリック教徒の場合、赤ん坊時代に受ける洗礼時にも立ち会い、実父母同様に成長を見守る重要な存在となる。そのため両親は、信頼できて金銭的にも裕福な友人の中から、ゴッドマザー、ゴッドファーザーを選ぶことが多い。「レオナルド・ディカプリオは、トビー・マグワイヤの娘ルビーのゴッドファーザー」「アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの双子、ノックスとヴィヴィアンのゴッドファーザーはU2のボノ」「ベッカム夫婦のブルックリンとロメオのゴッドファーザーはエルトン・ジョン、ゴッドマザーはエリザベス・ハーレー」「マドンナとガイ・リッチーの息子、ロッコのゴッドファーザーはスティング」などセレブの場合、セレブ友達に依頼することが多い。

 そしてその子どもが成長し、女優、歌手になってから「えっ! このセレブがゴッドマザー/ゴッドファーザーだったの!?」と世間をアッと驚かすことが時々あるのだ。

 今回は、そんなセレブたちの意外なゴッドマザー&ゴッドファーザーをご紹介しよう。

■マイケル・ジャクソンとニコール・リッチー

 1980年代に一世を風靡していた歌手のマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチー。2人は85年に名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」を共同で作詞・作曲したことで知られているが、仕事だけでなくプライベートでも仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしていた。

 ライオネルは75年に大学時代の恋人とゴールインした後、自身のバックバンドのメンバーだった男性と衣装担当だった女性との間に生まれたものの育児放棄されてしまったニコールを引き取った。その6年後、ニコールが9歳の時にライオネルは正式な養子縁組手続きをし、我が子同然愛情を注いで育てた。

 小さな頃から仕事をさせられ、複雑な子ども時代を過ごしてきたマイケルは、「大人は、すべての子どもに愛情を注ぐべきだ」という信念を持つライオネルに深く共感したのだろう。喜んでニコールのゴッドファーザーになり、成長を見守り、愛情を注いだ。ライオネルも「マイケルは子どもの頃、子どもと遊ぶことができなかった。だから大人になり、心を許せる子どもとだけ付き合うことにしたのだろう」と理解を示し、「ニコールもマイケルの家に行き、遊ぶのが大好きだったよ」と英タブロイド紙のインタビューで回想している。

 ニコールはパリス・ヒルトンとリアリティ番組に出演したり、パーティーガールとして世間を騒がせていた時期があったが、ゴッドファーザーのマイケルと親しく交流していることは表に出さず、2人の関係を大切に守った。また、薬物依存を克服しようと決心したニコールをマイケルは応援し、つらいリハビリ治療中には心の支えになったとも伝えられている。

 だから2009年にマイケルが急死した時、ニコールは大きな精神的ショックを受けた。彼女は第二子を妊娠中で、生まれてくる長男をマイケルに見せることを楽しみにしており、翌年に控えた結婚式では歌ってほしいと頼んでいたとも報じられていた。

NEW YORK, NY - APRIL 21:  Jamie Lee Curtis, Greg Campbell, Riva Marker and Jake Gyllenhaal attend the "Hondros" Premiere during 2017 Tribeca Film Festival at Cinepolis Chelsea on April 21, 2017 in New York City.  (Photo by Mike Coppola/Getty Images for Tribeca Film Festival ) ジェイク・ギレンホールの父親は数多くのテレビ映画・劇場映画を手がける監督のスティーヴン・ギレンホール、母親はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』(88)を手がけた脚本家のナオミ・フォナー。姉のマギーも女優という、芸能一家に育った。母親ほど年の離れた大御所女優のジェイミー・リー・カーティスと腕を組んで楽しそうに出かける姿がパパラッチされたことがあるが、実はジェイミーは彼のゴッドマザーなのである。

 ジェイミーはラジオ番組に出演した際、「ナオミとは、とても仲の良い友達なの。私はジェイクが赤ん坊の頃から知ってるのよ」と嬉しそうに語り、「だからね、彼がこの業界で仕事を始めた時に言ったの。『あなたのセレブリティ・ゴッドマザーとして言わせてもらうけど! あなたなら大丈夫!』って。そしたら、もうすごい才能でね!」と大興奮。ニューヨークのリンカーン・センターで上演されたミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』でのジェイクの歌声が素晴らしかったと大絶賛し、「その時の動画がネットにあるはずだから、探して聴いてちょうだい!」とリスナーに呼びかけ、親バカならぬ“ゴッドマザー”バカっぷりが話題となった。

 ジェイクとジェイミーは、一緒に仕事もしている。今年4月に開催されたトライベッカ映画祭で、ニュー・ドキュメンタリー監督賞と観客賞を獲得したドキュメンタリー映画『Hondros』は2人の共同作だ(ジェイクは製作総指揮、ジェイミーは共同製作総指揮)。映画祭のレッドカーペットにはもちろん一緒に登場し、仲良しっぷりを見せつけていた。

 なお、ジェイクは『ブロークバック・マウンテン』(2006)で共演したヒース・レジャーと親友になり、ヒースの婚約者、ミシェル・ウィリアムズが産んだ娘マティルダのゴッドファーザーになった。ヒースが08年に急死した時は、悲しみに暮れるミシェルを励ましつつゴッドファーザーとしてマティルダの世話を積極的にこなしたと報道されている。2人の交流はいまも続いているそうだ。

■ドリー・パートンとマイリー・サイラス

 アメリカでは知らない人はいない、カントリーミュージックの超大御所ドリー・パートン。数多くのヒット曲を飛ばしてきた彼女は、音楽界からレジェンドとしてあがめられており、映画に出演したり自分のテーマパーク「ドリーウッド」も運営している。

 一方のマイリー・サイラスは、アイドルからお騒がせセレブを経てポップ歌手として再び人気を集めている。彼女の父親のビリー・レイ・サイラスは、もともとカントリー歌手だった。92年に「Achy Breaky Heart」で大ブレークした後、俳優としても本格的に活動をし、それを見てマイリーが女優業に興味を持つようになったという経緯がある。

 父ビリーとドリーは同じカントリー歌手として交流するようになり、93年にドリーの「Romeo」という曲にフィーチャリングされたことがきっかけで、親睦を深めていった。ビリーはドリーに大きな影響を受けたと公言しており、「娘のお手本的存在としてずっと見守ってくれたら」と92年に生まれたマイリーのゴッドマザーになってほしいと依頼。ドリーは快く受け入れた。

 多忙なドリーだが、マイリーのことは常に気にかけ、マイリーが主演した『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』には叔母役としてゲスト出演して「こんな大御所がディズニー・チャンネルの青春ドラマに出るとは!」と世間を驚かせた。マイリーがコーチを務めるオーディション番組『The Voice』に特別出演して、マイリーと一緒にデュエットしたこともあった。

 ドリーはインタビューで「マイリーはゴッドチャイルドというより、妹、姪に近い存在」と語り、マイリーが破廉恥な言動で叩かれていた時も「自分探しをしているだけよ」と擁護。昨年は、マイリーとリアム・ヘムズワースが復縁したことについて「元に戻ったと聞いて、すごくうれしくてね」と語り、話題を集めた。

 マイリーは先日発売された女性誌「コスモポリタン」のインタビューで、「成功しても全然変わることなく、すべての人に愛と敬意を持って接することができるドリーからは、本当に大きな影響を受けている」としんみり発言。これ以上理想的なゴッドマザーとゴッドチャイルドの関係はないとうらやましがられている。

Drew Barrymore, Steven Spielberg, & Gwyneth Paltrow (Photo by SGranitz/WireImage) 70年代、映画『スティング』(73)でアカデミー賞を受賞した映画プロデューサーのマイケル&ジュリア・フィリップス夫妻は、マリブの邸宅で「ハリウッドの将来を担うであろう監督、プロデューサー、役者、脚本家が交流するホームパーティー」を毎週末のように開催していた。スティーヴン・スピルバーグは、このパーティーの常連だった。女優のブライス・ダナーと彼女の夫でプロデューサーのブルース・パルトローも参加することが多く、スティーヴンとブルースはユダヤ系という共通点もあり意気投合した。家族ぐるみで親しく付き合うようになり、ブライスが第一子である長女グウィネスを出産した際、スティーヴンは快くゴッドファーザーの大役を引き受けた。

 女優を志願したグウィネスを監督作『フック』(91)に出演させるなど、スピルバーグはゴッドファーザーとして彼女に何かと目をかけた。グウィネスはアカデミー女優へと大出世したが、スティーヴンの前では少女のような素の表情になることが多く、イベントで一緒になると、はにかんだ笑顔を見ることができる。

 またスティーヴンはドリュー・バリモアのゴッドファーザーでもあるが、こちらは、ドリュー自身から「私のゴッドファーザーになってほしい」と頼まれ了承したという珍しいケースである。

 天才子役として幼少期から活躍していたドリューの父親は重度のアル中で、親の役目を果たさないひどい男だった。しっかり者のドリューは、『E.T.』に出演して以来、何かと目をかけてくれるスティーヴンに「自分のゴッドファーザーになってほしいと頼みたい」とマネジャーをしていた母親に相談した。スティーヴンはドリューの願いを受け入れ、正式なゴッドファーザーになった。

 ドリューは11歳でアル中、12歳でヤク中、13歳で手首を切る自殺未遂をし入院、さらに14歳で両親と法的に決別するなど壮絶な10代を送ってきたが、「ゴッドファーザーのスティーヴンに、気軽に相談することはできなかった」と英タブロイド紙のインタビューで告白している。「彼はいつだって両手を広げて私を受け入れてくれるけど、私は自分のひどい状態を見せたくなかった。自分でどうにかするから、ちょっと待っててって感じで」と複雑な気持ちを明かしている。

 さらに、彼女が19歳の時に男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した直後、スティーヴンから「服を着なさい!」というメモが貼られた大きな布が送られてきてびっくりしたと告白。やりたい放題のドリューを叱ることができる唯一の存在だと話題になった。

 ちなみにドリューのゴッドマザーは、往年の大女優ソフィア・ローレンとアンナ・ストラスバーグ。この2人も、ドリュー自身が「ゴッドマザーになってほしい」と頼んだと伝えられている。

■ドリュー・バリモアとコートニー・ラブ娘

 コートニー・ラブは米「TimesOnline」のインタビューで、「ドリューとの最初の出会いはトイレ。トイレでタバコを吸ってた時に会ったの。あたしは19歳で、彼女は8歳だった。それからずっと仲良しなのよ」と明かした。

 同じく重度の薬物依存だったコートニーとドリューは、出会った瞬間から意気投合。かなりの年齢差はあったが、コートニーは天才子役として大人社会で育ってきたドリューと対等に接し、一緒に悪い遊びをしまくった。

 ドリューが前述のように「プレイボーイ」でヌードを披露した頃、彼女はコートニーのバンド「ホール」のギタリスト、エリック・アーランドソンと交際。ハリウッドのトラブルメーカーとして白い目で見られつつ、2人はますます友情を深めていった。

 ドリューは、コートニーが自殺した夫カート・コバーンとの間に産んだ一人娘フランシスのこともかわいがり、ゴッドマザーになった。01年にドリューはトム・グリーンというコメディアンと結婚したが、その挙式でフランシスはバージンロードに花びらをまくフラワーガールを立派に務めている。

 ドリューはフランシスのゴッドマザーだという意識を、今もしっかり持ち続けており、07年に受けた雑誌のインタビューでは「最近、コートニーと会ってないから、フランシスとも交流してなくて。本当に残念。また交流を持ちたいわ」と語り、話題になった。

 ちなみにドリューは14年に第二子を出産した際、16歳からの友人で映画『チャーリーズ・エンジェル』シリーズで共演したキャメロン・ディアスに「ゴッドマザーになってほしい」と依頼。キャメロンは喜んで受け入れ、ドリューが離婚などで大変だった時期には子どもを遊びに連れ出すなど、しっかりゴッドマザーの役目を果たしたと伝えられている。

ジェイZ&ビヨンセ夫妻と家族ぐるみで仲良しなのは誰だ!? 意外な仲良しセレブたち

 先月、イギリスのトーク番組に出演したジェイミー・フォックスが、「エド・シーランがブレークする前に俺の家のソファーに泊まった」と告白。一見接点がなさそうな2人の意外な親交が大きな話題となった。

 エドとジェイミーのように、誰もが知っている世界的セレブ同士がプライベートで深く親交しているケースは案外多い。今回はそんな、とても意外な「プライベートで仲良しなセレブ」をご紹介しよう。

■キャリー・フィッシャー&コートニー・ラブ
『スター・ウォーズ』のレイア姫役で知られるキャリー・フィッシャーが昨年末に急死した際、多くのセレブがSNSに追悼コメントを投稿した。その中でもロックミュージシャン兼女優で、お騒がせセレブとしても有名なコートニー・ラブの哀悼の言葉は「とてつもなく心がこもっている」と話題を集めた。

 2006年にコートニーが出版した自叙伝『Dirty Blonde: The Diaries of Courtney Love』で序文を執筆したキャリーは、コートニーと友人になった経緯を「お互いに1992年に産んだ同じ年齢の娘がいて、隣に住んでいて。庭の境界線を共有して。そんなことから私たちの友情は始まった」と説明。「私の娘ビリーと、彼女の娘フランシスが友達になってね。娘たちを連れて、一緒にタイやオレンジカウンティ・フェア(オレンジカウンティ郡で毎年開催される夏祭り。移動式遊園地などがやってくる)に行って。めちゃくちゃ楽しんだわ」と記し、ご近所のママ友として友情をスタートさせたことを明かした。

 同い年の一人娘を育てるシングルマザー同士というだけでなく、キャリーはポール・サイモンと結婚・離婚、コートニーはカート・コバーンと結婚・死別しており、ミュージシャンに惹かれてしまうところや、薬物依存症やキャリアの低迷に苦しんだ過去など、共通点が多い。それゆえ、すぐにママ友の枠を超えた深い友情で結ばれるようになった。娘や親との関係にも悩むコートニーは8歳年上のキャリーを心から信頼し、ほかの人には話しにくいような悩みも打ち明けるようになっていった。

 コートニーは、02年に米Oxygen局で放送されたキャリーのトーク番組『Conversations from the Edge with Carrie Fisher』に出演。これまであまり語りたがらなかった実母の話をしたり、過去の男性関係を赤裸々に語り話題になったが、心を許しているキャリーが相手だったから話せたことだったのだ。

「キャリーは私にとってメンター」と明かすコートニーは、06年に放送された自身のドキュメンタリー番組『The Return of Courtney Love』で、大きなベッドに寝そべりながらキャリーといろいろな話をする姿を「日常」として撮影させている。その番組でキャリーがコートニーに伝えた「私も本当にたくさんの悪い選択をしたわ。でもそれを選んだのは私。だから私は被害者じゃないの。あなたも同じよ」という言葉は、とても重みがあると多くの視聴者を感動させた。

 コートニーがインスタグラムに投稿し、大きな反響を呼んだキャリーへの追悼メッセージに添えられたツーショット写真は、15年のクリスマスに撮影したもの。2人はクリスマスを一緒に祝う、本物の家族のように親しい仲だったのだ。そのキャリーの予期せぬ死は、コートニーを精神的に打ちのめした。葬儀には、娘フランシス・ビーン・コバーンと参列。泣きはらしたすっぴんのコートニーの手をフランシスがしっかりと繋ぎ支えている姿がパパラッチされ、「コートニーが娘と仲良くしてる姿を見て、キャリーはきっと喜んでいるだろう」と話題になった。

 16年のアデルのコンサートを親友のエマ・ストーンたちと鑑賞したり、インタビューでアデルの大ファンであることをオープンに語っているジェニファーは昨年、米誌「TIME」の「最も影響力のある100人特集号」で「自分に多大なる影響を与えてくれた、かけがえのない親友アデル」について執筆。

「アデルに初めて会ったのは2013年のアカデミー授賞式」と明かし、「『Skyfall』をパフォーマンスする彼女を少しでも間近で見たくて、バックステージに忍び込んだ。ロープやケーブルに引っかからないようにイブニングドレスの裾を持ち上げてステージの近くまで寄ったの」「『Chasing Pavaments』(08)以来のファン」「彼女の歌を聴くと、自分のことを理解してくれる人がいる、力づけてくれる人がいるって思う。鏡の前でヘアブラシを持って歌うなんて、デスティニーズ・チャイルド以来だわ」とうれしそうにつづり、アデルの歌が「自分の人生を良い方向に変えてくれた」と大絶賛した。

 そんな「憧れの歌手」とジェニファーが友情を深めるきっかけとなったのは、ずばりお酒。2人とも酒豪で楽しくお酒を飲めることから、意気投合したのだという。15年にはニューヨークで、アデル、ジェニファー、エマ・ストーンの3人でレストランで食事をし、その後、同じ車に乗って大盛り上がりする姿がパパラッチされ、「テイラー・スウィフト軍団より、こっちのほうが楽しそう!」と話題を集めたものだった。

 ジェニファーは「TIME」のエッセーで、プライベートなアデルの顔も紹介している。「友達としても最高だし、母親としても交際相手としても最高な完璧な女性なの。子どものハロウィーンの衣装を手作りしちゃうのよ」と明かし、「世界の宝物のような歌手だけど、スィートでおもしろくて、頭もよい美人さんなの。ビッチよねぇ」と茶目っ気たっぷりに締めくくった。

 昨年の感謝祭は、ジェニファーがイギリス人のアデルに「アメリカの伝統的な感謝祭がどんなものか体験してほしい!」と、自宅の感謝祭の夕食会に招待したと報道されている。「家族で過ごす感謝祭に招くなんて、どれだけ仲良しなんだ!?」と全米を驚かせた。

■スヌープ・ドッグ&デビッド・ベッカム

 07年から09年まで放送された「スヌープ・ドッグが父親として奮闘する姿を追う」リアリティ番組『Snoop Dogg’s Father Hood』で、スヌープは友人であるベッカムを登場させて世間を驚かせた。ベッカムが設立したサッカー・アカデミーに子どもたちを連れて行き、直々にトレーニングをしてもらうエピソードで、やる気がないテンションの低い子どもたちとは対照的に、スヌープが笑顔で張り切りまくる展開にファンは大喜びした。

 トレーニングの後、スヌープはアメリカに移り住んで間もないベッカムを、「オレ様のソウルフード」であるフライドチキンを振る舞うため、お気にいりのジャンクフード店に連れて行く。しかし店には妻が待ち構えており、「また不健康な食事をして!」と怒られてスヌープはしょんぼり。ベッカムにかばわれたあげく慰めてもらい、「幼馴染みみたいな雰囲気でびっくり!」と大きな話題となった。
  
 スヌープはその後、出演してくれたお礼にスリッパをプレゼントした。喜んだベッカムはそれを履いた写真を送り、スヌープも「クールじゃん!」と大喜び。すぐに電話し「オレがラップやめて、お前がサッカーやめたら、スリッパ作ろうぜ!」と盛り上がったと、うれしそうに明かした。

 共通点が全くなさそうな2人だが、実はものすごく仲が良い。スヌープは11年にBBCラジオ1の番組に出演した時、自分が名付けた「Dベック」というニックネームで彼のことを呼びながら、「アルバムを完成させたら真っ先に聞いてもらう、心から信頼している友人だ。レーベルよりも先に聞いてもらう」「父親として、夫として、そして友人として素晴らしい男だ。奴との友情はかけがえのないものなんだ」と告白。「ある夜、たまたま出会ってね。それからずっとマブダチなんだよ」と、親友であることを明かした。

 一方のベッカムも、Yahoo!オンラインチャットで「スヌープとはLAに引っ越してから友達になったんだ。俺たちが友達だなんて、変に感じるかもしれないけどね」「彼はすごい才能がある素晴らしい男なんだよ。サッカーとか、スポーツが大好きな人でね。マンチェスター・ユナイテッドのファンでもあるんだ。ブラジルにもよく行くそうで、ブラジル・チームのファンだとも言ってたな」と語っている。

 なお、妻のヴィクトリア・ベッカムは、最初はスヌープに悪い印象を持っていたとのこと。スヌープは英「Daily Mirror」のインタビューで、「05年のLive 8コンサートでヴィクトリアに会ったんだけど、オレのバッドボーイな人格を嫌ってたね」「『スヌープ・ドッグは悪人だから、夫と関わってほしくないわ。悪影響を受けちゃう』って感じだった」とぼやきつつ、リアリティ番組を見てファミリーマンとして信用してもらったと思うと告白。

 スヌープは今年4月にも、「デビッドとサイモン・コーウェルとオレとで、週末にベガス・パーティーを主催したいなって思ってるんだよ」「10年前だったら、ヴィクトリアは絶対にダメって言っただろうけど、今は彼女とも友達だしね」と発言。ネット上では「Dベックとスヌープの友情が、今も変わることなく続いているのにびっくり」という声が上がると共に、「いやいや、ポルノ業界で活躍したこともあるスヌープと夫がラスベガスでパーティーなんて、ヴィクトリアが許可するわけないでしょ」とスヌープの願いは実現しないだろうと話題になった。

■レオナルド・ディカプリオ&トビー・マグワイア
 
 トビーの家族と交流している姿が、しょっちゅうパパラッチされているディカプリオ。子どもたちの面倒をよくみており「父親体験のつもりか」などと叩かれることもあるが、実は彼はトビーの長女ルビーのゴッドファーザーだ。トビーとは、四半世紀以上にわたる大親友である。

 2人が最初に出会ったのは、『バックマン家の人々』(89)のスピンオフテレビドラマのオーディション会場だった。ディカプリオは主要キャストとして採用されトビーは落ちたのだが、出会った瞬間から大の仲良しになったとのこと。年齢が半年しか違わないこともあり、同じ役のオーディションを受けることが多いライバルだったのだが、嫉妬やいがみ合いもなく、一緒に遊びまくるようになった。

 ディカプリオは91年に、人気ドラマ『愉快なシーバー家』のセミレギュラーとして出演しているが、共演者だったジョアンナ・カーンズは、「親友のトビーがよく現場に遊びに来て、2人で悪さばかりしてた」とうんざりした口調で回想している。

 親友の2人のうち、先にブレークしたのは『タイタニック』(97)が世界的大ヒットとなったディカプリオのほうだった。「ハリウッドの次世代イケメン俳優」ともてはやされ、調子に乗った彼はニューヨークのパーティーを荒らしまくるプレイボーイ軍団「プッシー・ポッセ」を結成。この悪名高き軍団にトビーは主要メンバーとして参加し、一緒に遊びまくる姿がパパラッチされるようになった。

 パーティーで遊びすぎたためか、ドラッグ&アルコール依存症に悩まされたこともあったトビーだが、19歳の時に強い精神力で克服。「レオの取り巻き」扱いされていた時期もあったが、『スパイダーマン』(02)でブレイクし、ようやく俳優として高く評価されるようになる。『華麗なるギャツビー』(13)で、主人公のギャツビー(ディカプリオ)と、彼と不思議な友情を築くニック(トビー)として共演した際には、ディカプリオは「トビーは自分の長年の大親友。オレたちは、ずっと嘘のない正直な付き合いをしていた。この嘘偽りない友情があったからこそ、今回、最高の作品を撮ることができた」と発言している。

 一方のトビーも米芸能誌「Poeple」の取材で、「(レオナルドとは)ごく普通の親友だよ。たくさん笑うし話もするし」「同じ趣味を持ってるとか、共通点が多いんだよ。たとえばバスケが大好きで、一緒にバスケするし」と告白。「レオには親愛の情を持ってるよ。大親友だからね」と嬉しそうに明かしていた。

 トビーは昨年ジェニファーと離婚することを発表したが、その時もネット上では「でも、レオナルドとは絶対に離婚しないから大丈夫!」という声が上がったほど「大親友」として知られているトビーとレオナルド。この2人ほど強い絆で結ばれた子役出身スターはいない、と言っても過言ではないだろう。

 ヒップホップ・R&B界のロイヤルファミリーと呼ばれるビヨンセとジェイ・Z。近年はアルバムで「ジェイに浮気された、けど許す」「浮気してビヨンセの妹にボコられた、反省してる」と激白しあって話題を集めているが、少し前までは私生活を語らないことで有名だった。交際についてもオープンに語ることなく、08年の挙式も極秘中の極秘だったのだが、この結婚式にはグウィネス・パルトローとコールドプレイのクリス・マーティンが出席していた。実はこの4人、とても仲良しなのだ。

 14年に離婚するまで夫婦だったグウィネスとクリスは、06年に開催されたとある慈善パーティーでビヨンセとジェイと出会い意気投合。ごくごく自然に交流を始めた。同年9月27日、ビヨンセも参加したロンドンでのジェイのコンサートに、クリスはゲストパフォーマーとして招待されている。歌手ではないグウィネスまでステージに登場し、歌声を披露して話題騒然。後にグウィネスは、「ジェイから『君の誕生日なんだから歌いなよ!』と勧められて、思い切ってステージに上がった。最高の経験をさせてもらった」と明かしている。

 07年のアカデミー授賞式では顔を寄せ合い、ひそひそ話をして大笑いするビヨンセとグウィネスの姿が撮影され、「えっ、この2人仲良いの!?」と世間はびっくり。その後、4人はますます親睦を深め、08年4月に行われたビヨンセとジェイの極秘結婚式にグウィネスとクリスが招待されたのだった。
 
 グウィネスのインタビューでの発言をまとめると、この4人は、ジェイが大好きで兄のように慕う彼女を中心とした関係になっているようだ。グウィネスは10年に自身のライフスタイル提案サイト「Goop」でジェイにインタビューし、彼の経歴を大絶賛。12年に出演したトーク番組では、「この世で最も尊敬している人間の一人」と告白。13年に受けた雑誌のインタビューでも「ジェイは私にとってお兄さん的存在なの」「子どもたちも、ジェイおじさん、Bおばさんって呼んでいるのよ」と明かし、ビヨンセが娘のブルー・アイビーを出産した時は「子育てのアドバイスをしてあげた」とも語った。グウィネスがブルー・アイビーのために1000ドル(約11万円)する高級ストローラー(ベビーカーの一種)をプレゼントしたとも報じられ、アンチから「ストローラーに1000ドルもかけるなんて嫌味」だと叩かれたものだった。

 また、婦人誌「ハーパーズ」のインタビューでグウィネスは「息子はヒップホップ大好きなの。ジェイおじさんがぶら下げてるようなチェーンを欲しがるのよ」と嬉しそうに語っている。12年にジェイとカニエ・ウェストのコンサートを観た時には興奮のあまり、曲名にちなんで「ニガーがパリに!」とツイートしてしまい、「白人女優がニガーという差別用語を使った」と大炎上した。

 グウィネスばかりが語っているようだが、ビヨンセも13年のHBOドキュメンタリー番組のプレミアでグウィネスのことを「本当に素晴らしい友人」とコメント。彼女の名前を口にした瞬間、心がこもった表情になっていたことから、「セレブママ友達として、より一層友情が深まったに違いない」と話題になった。

 昨年、ビヨンセとコールドプレイが「スーパーボウル」のハーフタイムショーでパフォーマンスした時も、グウィネスはジェイと一緒に観戦。うろちょろするブルー・アイビーの世話をしている姿もパパラッチされ話題となった。その後のインタビューでグウィネスは「しょっちゅうベビーシッターしているわ」と明かし、これも美談として感心された。

 今年5月に13歳になった長女アップルの誕生日パーティーには、ブルー・アイビーとジェイ、双子を妊娠中のビヨンセも出席したと報道。ビヨンセは双子を早産したため祝福コメントはまだ控えているが、すでに双子には会いに行ったものとみられている。

ジェイZ&ビヨンセ夫妻と家族ぐるみで仲良しなのは誰だ!? 意外な仲良しセレブたち

 先月、イギリスのトーク番組に出演したジェイミー・フォックスが、「エド・シーランがブレークする前に俺の家のソファーに泊まった」と告白。一見接点がなさそうな2人の意外な親交が大きな話題となった。

 エドとジェイミーのように、誰もが知っている世界的セレブ同士がプライベートで深く親交しているケースは案外多い。今回はそんな、とても意外な「プライベートで仲良しなセレブ」をご紹介しよう。

■キャリー・フィッシャー&コートニー・ラブ
『スター・ウォーズ』のレイア姫役で知られるキャリー・フィッシャーが昨年末に急死した際、多くのセレブがSNSに追悼コメントを投稿した。その中でもロックミュージシャン兼女優で、お騒がせセレブとしても有名なコートニー・ラブの哀悼の言葉は「とてつもなく心がこもっている」と話題を集めた。

 2006年にコートニーが出版した自叙伝『Dirty Blonde: The Diaries of Courtney Love』で序文を執筆したキャリーは、コートニーと友人になった経緯を「お互いに1992年に産んだ同じ年齢の娘がいて、隣に住んでいて。庭の境界線を共有して。そんなことから私たちの友情は始まった」と説明。「私の娘ビリーと、彼女の娘フランシスが友達になってね。娘たちを連れて、一緒にタイやオレンジカウンティ・フェア(オレンジカウンティ郡で毎年開催される夏祭り。移動式遊園地などがやってくる)に行って。めちゃくちゃ楽しんだわ」と記し、ご近所のママ友として友情をスタートさせたことを明かした。

 同い年の一人娘を育てるシングルマザー同士というだけでなく、キャリーはポール・サイモンと結婚・離婚、コートニーはカート・コバーンと結婚・死別しており、ミュージシャンに惹かれてしまうところや、薬物依存症やキャリアの低迷に苦しんだ過去など、共通点が多い。それゆえ、すぐにママ友の枠を超えた深い友情で結ばれるようになった。娘や親との関係にも悩むコートニーは8歳年上のキャリーを心から信頼し、ほかの人には話しにくいような悩みも打ち明けるようになっていった。

 コートニーは、02年に米Oxygen局で放送されたキャリーのトーク番組『Conversations from the Edge with Carrie Fisher』に出演。これまであまり語りたがらなかった実母の話をしたり、過去の男性関係を赤裸々に語り話題になったが、心を許しているキャリーが相手だったから話せたことだったのだ。

「キャリーは私にとってメンター」と明かすコートニーは、06年に放送された自身のドキュメンタリー番組『The Return of Courtney Love』で、大きなベッドに寝そべりながらキャリーといろいろな話をする姿を「日常」として撮影させている。その番組でキャリーがコートニーに伝えた「私も本当にたくさんの悪い選択をしたわ。でもそれを選んだのは私。だから私は被害者じゃないの。あなたも同じよ」という言葉は、とても重みがあると多くの視聴者を感動させた。

 コートニーがインスタグラムに投稿し、大きな反響を呼んだキャリーへの追悼メッセージに添えられたツーショット写真は、15年のクリスマスに撮影したもの。2人はクリスマスを一緒に祝う、本物の家族のように親しい仲だったのだ。そのキャリーの予期せぬ死は、コートニーを精神的に打ちのめした。葬儀には、娘フランシス・ビーン・コバーンと参列。泣きはらしたすっぴんのコートニーの手をフランシスがしっかりと繋ぎ支えている姿がパパラッチされ、「コートニーが娘と仲良くしてる姿を見て、キャリーはきっと喜んでいるだろう」と話題になった。

 16年のアデルのコンサートを親友のエマ・ストーンたちと鑑賞したり、インタビューでアデルの大ファンであることをオープンに語っているジェニファーは昨年、米誌「TIME」の「最も影響力のある100人特集号」で「自分に多大なる影響を与えてくれた、かけがえのない親友アデル」について執筆。

「アデルに初めて会ったのは2013年のアカデミー授賞式」と明かし、「『Skyfall』をパフォーマンスする彼女を少しでも間近で見たくて、バックステージに忍び込んだ。ロープやケーブルに引っかからないようにイブニングドレスの裾を持ち上げてステージの近くまで寄ったの」「『Chasing Pavaments』(08)以来のファン」「彼女の歌を聴くと、自分のことを理解してくれる人がいる、力づけてくれる人がいるって思う。鏡の前でヘアブラシを持って歌うなんて、デスティニーズ・チャイルド以来だわ」とうれしそうにつづり、アデルの歌が「自分の人生を良い方向に変えてくれた」と大絶賛した。

 そんな「憧れの歌手」とジェニファーが友情を深めるきっかけとなったのは、ずばりお酒。2人とも酒豪で楽しくお酒を飲めることから、意気投合したのだという。15年にはニューヨークで、アデル、ジェニファー、エマ・ストーンの3人でレストランで食事をし、その後、同じ車に乗って大盛り上がりする姿がパパラッチされ、「テイラー・スウィフト軍団より、こっちのほうが楽しそう!」と話題を集めたものだった。

 ジェニファーは「TIME」のエッセーで、プライベートなアデルの顔も紹介している。「友達としても最高だし、母親としても交際相手としても最高な完璧な女性なの。子どものハロウィーンの衣装を手作りしちゃうのよ」と明かし、「世界の宝物のような歌手だけど、スィートでおもしろくて、頭もよい美人さんなの。ビッチよねぇ」と茶目っ気たっぷりに締めくくった。

 昨年の感謝祭は、ジェニファーがイギリス人のアデルに「アメリカの伝統的な感謝祭がどんなものか体験してほしい!」と、自宅の感謝祭の夕食会に招待したと報道されている。「家族で過ごす感謝祭に招くなんて、どれだけ仲良しなんだ!?」と全米を驚かせた。

■スヌープ・ドッグ&デビッド・ベッカム

 07年から09年まで放送された「スヌープ・ドッグが父親として奮闘する姿を追う」リアリティ番組『Snoop Dogg’s Father Hood』で、スヌープは友人であるベッカムを登場させて世間を驚かせた。ベッカムが設立したサッカー・アカデミーに子どもたちを連れて行き、直々にトレーニングをしてもらうエピソードで、やる気がないテンションの低い子どもたちとは対照的に、スヌープが笑顔で張り切りまくる展開にファンは大喜びした。

 トレーニングの後、スヌープはアメリカに移り住んで間もないベッカムを、「オレ様のソウルフード」であるフライドチキンを振る舞うため、お気にいりのジャンクフード店に連れて行く。しかし店には妻が待ち構えており、「また不健康な食事をして!」と怒られてスヌープはしょんぼり。ベッカムにかばわれたあげく慰めてもらい、「幼馴染みみたいな雰囲気でびっくり!」と大きな話題となった。
  
 スヌープはその後、出演してくれたお礼にスリッパをプレゼントした。喜んだベッカムはそれを履いた写真を送り、スヌープも「クールじゃん!」と大喜び。すぐに電話し「オレがラップやめて、お前がサッカーやめたら、スリッパ作ろうぜ!」と盛り上がったと、うれしそうに明かした。

 共通点が全くなさそうな2人だが、実はものすごく仲が良い。スヌープは11年にBBCラジオ1の番組に出演した時、自分が名付けた「Dベック」というニックネームで彼のことを呼びながら、「アルバムを完成させたら真っ先に聞いてもらう、心から信頼している友人だ。レーベルよりも先に聞いてもらう」「父親として、夫として、そして友人として素晴らしい男だ。奴との友情はかけがえのないものなんだ」と告白。「ある夜、たまたま出会ってね。それからずっとマブダチなんだよ」と、親友であることを明かした。

 一方のベッカムも、Yahoo!オンラインチャットで「スヌープとはLAに引っ越してから友達になったんだ。俺たちが友達だなんて、変に感じるかもしれないけどね」「彼はすごい才能がある素晴らしい男なんだよ。サッカーとか、スポーツが大好きな人でね。マンチェスター・ユナイテッドのファンでもあるんだ。ブラジルにもよく行くそうで、ブラジル・チームのファンだとも言ってたな」と語っている。

 なお、妻のヴィクトリア・ベッカムは、最初はスヌープに悪い印象を持っていたとのこと。スヌープは英「Daily Mirror」のインタビューで、「05年のLive 8コンサートでヴィクトリアに会ったんだけど、オレのバッドボーイな人格を嫌ってたね」「『スヌープ・ドッグは悪人だから、夫と関わってほしくないわ。悪影響を受けちゃう』って感じだった」とぼやきつつ、リアリティ番組を見てファミリーマンとして信用してもらったと思うと告白。

 スヌープは今年4月にも、「デビッドとサイモン・コーウェルとオレとで、週末にベガス・パーティーを主催したいなって思ってるんだよ」「10年前だったら、ヴィクトリアは絶対にダメって言っただろうけど、今は彼女とも友達だしね」と発言。ネット上では「Dベックとスヌープの友情が、今も変わることなく続いているのにびっくり」という声が上がると共に、「いやいや、ポルノ業界で活躍したこともあるスヌープと夫がラスベガスでパーティーなんて、ヴィクトリアが許可するわけないでしょ」とスヌープの願いは実現しないだろうと話題になった。

■レオナルド・ディカプリオ&トビー・マグワイア
 
 トビーの家族と交流している姿が、しょっちゅうパパラッチされているディカプリオ。子どもたちの面倒をよくみており「父親体験のつもりか」などと叩かれることもあるが、実は彼はトビーの長女ルビーのゴッドファーザーだ。トビーとは、四半世紀以上にわたる大親友である。

 2人が最初に出会ったのは、『バックマン家の人々』(89)のスピンオフテレビドラマのオーディション会場だった。ディカプリオは主要キャストとして採用されトビーは落ちたのだが、出会った瞬間から大の仲良しになったとのこと。年齢が半年しか違わないこともあり、同じ役のオーディションを受けることが多いライバルだったのだが、嫉妬やいがみ合いもなく、一緒に遊びまくるようになった。

 ディカプリオは91年に、人気ドラマ『愉快なシーバー家』のセミレギュラーとして出演しているが、共演者だったジョアンナ・カーンズは、「親友のトビーがよく現場に遊びに来て、2人で悪さばかりしてた」とうんざりした口調で回想している。

 親友の2人のうち、先にブレークしたのは『タイタニック』(97)が世界的大ヒットとなったディカプリオのほうだった。「ハリウッドの次世代イケメン俳優」ともてはやされ、調子に乗った彼はニューヨークのパーティーを荒らしまくるプレイボーイ軍団「プッシー・ポッセ」を結成。この悪名高き軍団にトビーは主要メンバーとして参加し、一緒に遊びまくる姿がパパラッチされるようになった。

 パーティーで遊びすぎたためか、ドラッグ&アルコール依存症に悩まされたこともあったトビーだが、19歳の時に強い精神力で克服。「レオの取り巻き」扱いされていた時期もあったが、『スパイダーマン』(02)でブレイクし、ようやく俳優として高く評価されるようになる。『華麗なるギャツビー』(13)で、主人公のギャツビー(ディカプリオ)と、彼と不思議な友情を築くニック(トビー)として共演した際には、ディカプリオは「トビーは自分の長年の大親友。オレたちは、ずっと嘘のない正直な付き合いをしていた。この嘘偽りない友情があったからこそ、今回、最高の作品を撮ることができた」と発言している。

 一方のトビーも米芸能誌「Poeple」の取材で、「(レオナルドとは)ごく普通の親友だよ。たくさん笑うし話もするし」「同じ趣味を持ってるとか、共通点が多いんだよ。たとえばバスケが大好きで、一緒にバスケするし」と告白。「レオには親愛の情を持ってるよ。大親友だからね」と嬉しそうに明かしていた。

 トビーは昨年ジェニファーと離婚することを発表したが、その時もネット上では「でも、レオナルドとは絶対に離婚しないから大丈夫!」という声が上がったほど「大親友」として知られているトビーとレオナルド。この2人ほど強い絆で結ばれた子役出身スターはいない、と言っても過言ではないだろう。

 ヒップホップ・R&B界のロイヤルファミリーと呼ばれるビヨンセとジェイ・Z。近年はアルバムで「ジェイに浮気された、けど許す」「浮気してビヨンセの妹にボコられた、反省してる」と激白しあって話題を集めているが、少し前までは私生活を語らないことで有名だった。交際についてもオープンに語ることなく、08年の挙式も極秘中の極秘だったのだが、この結婚式にはグウィネス・パルトローとコールドプレイのクリス・マーティンが出席していた。実はこの4人、とても仲良しなのだ。

 14年に離婚するまで夫婦だったグウィネスとクリスは、06年に開催されたとある慈善パーティーでビヨンセとジェイと出会い意気投合。ごくごく自然に交流を始めた。同年9月27日、ビヨンセも参加したロンドンでのジェイのコンサートに、クリスはゲストパフォーマーとして招待されている。歌手ではないグウィネスまでステージに登場し、歌声を披露して話題騒然。後にグウィネスは、「ジェイから『君の誕生日なんだから歌いなよ!』と勧められて、思い切ってステージに上がった。最高の経験をさせてもらった」と明かしている。

 07年のアカデミー授賞式では顔を寄せ合い、ひそひそ話をして大笑いするビヨンセとグウィネスの姿が撮影され、「えっ、この2人仲良いの!?」と世間はびっくり。その後、4人はますます親睦を深め、08年4月に行われたビヨンセとジェイの極秘結婚式にグウィネスとクリスが招待されたのだった。
 
 グウィネスのインタビューでの発言をまとめると、この4人は、ジェイが大好きで兄のように慕う彼女を中心とした関係になっているようだ。グウィネスは10年に自身のライフスタイル提案サイト「Goop」でジェイにインタビューし、彼の経歴を大絶賛。12年に出演したトーク番組では、「この世で最も尊敬している人間の一人」と告白。13年に受けた雑誌のインタビューでも「ジェイは私にとってお兄さん的存在なの」「子どもたちも、ジェイおじさん、Bおばさんって呼んでいるのよ」と明かし、ビヨンセが娘のブルー・アイビーを出産した時は「子育てのアドバイスをしてあげた」とも語った。グウィネスがブルー・アイビーのために1000ドル(約11万円)する高級ストローラー(ベビーカーの一種)をプレゼントしたとも報じられ、アンチから「ストローラーに1000ドルもかけるなんて嫌味」だと叩かれたものだった。

 また、婦人誌「ハーパーズ」のインタビューでグウィネスは「息子はヒップホップ大好きなの。ジェイおじさんがぶら下げてるようなチェーンを欲しがるのよ」と嬉しそうに語っている。12年にジェイとカニエ・ウェストのコンサートを観た時には興奮のあまり、曲名にちなんで「ニガーがパリに!」とツイートしてしまい、「白人女優がニガーという差別用語を使った」と大炎上した。

 グウィネスばかりが語っているようだが、ビヨンセも13年のHBOドキュメンタリー番組のプレミアでグウィネスのことを「本当に素晴らしい友人」とコメント。彼女の名前を口にした瞬間、心がこもった表情になっていたことから、「セレブママ友達として、より一層友情が深まったに違いない」と話題になった。

 昨年、ビヨンセとコールドプレイが「スーパーボウル」のハーフタイムショーでパフォーマンスした時も、グウィネスはジェイと一緒に観戦。うろちょろするブルー・アイビーの世話をしている姿もパパラッチされ話題となった。その後のインタビューでグウィネスは「しょっちゅうベビーシッターしているわ」と明かし、これも美談として感心された。

 今年5月に13歳になった長女アップルの誕生日パーティーには、ブルー・アイビーとジェイ、双子を妊娠中のビヨンセも出席したと報道。ビヨンセは双子を早産したため祝福コメントはまだ控えているが、すでに双子には会いに行ったものとみられている。

酒飲み、育児放棄、薬漬け……問題視されやすい、お騒がせママセレブ

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『ビバヒル』では長らく処女の役だったのに……

 アメリカでは、子育てに奮闘する母親たちを暖かい目で見守る人がほとんど。公共マナーを守れるなど最低限のしつけができていれば、親バカであっても、「子どもの個性を大事にして素晴らしい」と褒められるものである。そのためセレブが一般人とはちょっとズレた子育てをしていても、「人それぞれだから」と受け止め、日本のように炎上騒ぎになることは少ない。しかし、虐待に対して敏感な国だからか、少しでも疑いのタネがあるセレブには容赦なくバッシングを浴びせる。今回は、次々とバッシングネタを提供する「お騒がせママセレブ」を紹介しよう。

トリ・スペリング

 『ビバリーヒルズ高校/青春白書』のドナ役でブレイクしたトリ・スペリングは、「テレビ界の重鎮である父親のコネでスターになった」と10代の頃から何かにつけバッシングされてきた。特にチャーリー・シャニアンと豪華な結婚式を挙げたにもかかわらず、うだつの上がらないカナダ人俳優ディーン・マクダーモットと駆け落ち同然で再婚したことがクローズアップされ、ハリウッドを代表するワガママ娘といわれてきた。

逮捕、放尿、犬のトラブルまで! セレブは飛行機内でもお騒がせ

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ダンスより犬をどうにかすべきだった、J・ロペス
とM・アンソニー

 映画やドラマ、アルバムのプロモーションのほか、ロケやコンサートなどで世界中を飛び回るセレブたち。移動中の機内で休息を取る者が多いため、飛行機内での彼らの様子が世に出回ることは稀である。しかし、最近、機内でトラブルを起こすセレブが増えておりニュースとして報じられることもしばしば。昨年はジャスティン・ビーバーが、カンタス航空の乗務員に無礼な態度をとったことが、他の乗客によりTwitterで暴露され大きな話題となった。しかし、ジャスティンの一件はまだかわいいもの。中には、とんでもない問題を起こしたセレブもいるのである。

 今回は、飛行機でとんでもないトラブルを起こしたセレブを紹介したい。

「そこのケツ穴さんよ!」C・ラブが、カートの写真を掲げたファンにブチ切れ

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周囲に「やっべえもん見た!」としか思わせないコートニー

 ダイエットと美容整形に成功し、見事"美魔女"へと変身したコートニー・ラブ。本業のミュージシャン活動もエネルギッシュに行っており、先日もブラジルで開催された音楽祭に登場し、乳を見せながら上機嫌でシャウトした。しかし、演奏の最中、観客のある行動に腹を立てたコートニーは、突然ブチキレ、悪態をつく騒ぎに。47歳になっても相変わらずだと話題になっている。

 コートニーがブチ切れた音楽祭は、サンパウロで開催された「サンパウロ・ミュージック・アンド・アート・フェスティバル」。彼女は12日に、自分よりも2周りくらい年下のミュージシャンたちをゾロゾロ引き連れ舞台に立った。

美しさを求めるがゆえ……整形中毒に陥ったセレブベスト5

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カートが惚れた、完璧な鼻の形をご覧あれ。

 アメリカで最も美容整形が行われているのはビバリーヒルズ。そこで多くのハリウッド・セレブを顧客に持つドクター・フィッシャーによると、セレブの実に70%が、何らかの整形手術を受けているのだという。

 ドクター・フィッシャーは、いわゆる「ティアドロップ」と呼ばれるテクニックの持ち主で、とても自然に仕上げることで有名だが、他の医師が整形に失敗した顔や胸などを直すことでも知られている。ドクター・フィッシャーは「整形したいとクリニックに来る40%の人には、必要がないと断る」そうだが、金目当ての悪徳医師は不必要な手術を繰り返し行い、結果、何度も手直ししないと命にも関わるほど崩れてしまうのだそうだ。

 外見が重要視されるセレブたちは整形中毒に陥りやすい。悪徳医師に当たってしまうことも少なくなく、酷い目にあうセレブも多い。

若きコートニー・ラブ!? テイラー・モンセンの過激なポルノ発言

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悪口には愛とセンスが必要だって、まだ分かっていないのね

 人気海外ドラマ『ゴシップガール』で背伸びしたがる高校生ジェニー役を演じ、大ブレイクした女優のテイラー・モンセン。現在、女優業よりバンド活動に力を入れている彼女は、16歳にして堂々とタバコを吸い、下着同然の娼婦のようなファッションを好み、口を開けば生意気な発言ばかりで、ハリウッドのトラブルメーカーと称されている。そんなテイラーが、最新インタビューでポルノについて語り、再び爆弾発言をした。