キャバ嬢社長・桜井野の花、外出自粛中も「店舗営業」で物議! 従業員が“口止め”暴露で窮地に?

 自身もキャバ嬢として働きながら、新宿・歌舞伎町でキャバクラを経営している女社長・桜井野の花。そんな彼女に今、“2つの問題”が生じているという。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、政府は不要不急の外出を控えるよう、国民に呼びかけている。そんな中、桜井は4月4日に自身のYouTubeチャンネルで「キャバクラの営業を続ける」と宣言し、「感染者が出たら誰が責任取るの?」「結局、自分のことしか考えてないんだな」など、2,000件以上の批判がコメント欄に殺到した。これを受け、翌5日には同チャンネルで「4月5日から12日までの1週間の間、お店の営業を自粛し、閉めることにいたしました」と、営業方針の変更を発表していた。

「批判を受けて店を閉めたとはいえ、世間は4月13日以降も外出自粛が続いています。しかし、桜井がオーナーを務めるキャバクラは、本当に13日から営業を再開した模様。18日に“元従業員”がインスタグラムで、桜井から送られたというDMを公開し、そこには『4月13日(月)からオープンします』と書かれていたんです。ほかにも、『社会情勢を鑑みて、SNSなどにお店のオープンや営業風景などを載せるのは暫くはストップでお願いします』などとつづられており、桜井は営業再開が広く知れ渡らないよう、従業員に“口止め”していたと思われます」(芸能ライター)

 この告発を行った元従業員は、今年2月に入店したというが、4月1日に店を解雇されたそう。また、3月19日までは6,000円の時給が保証されていたそうだが、実際には時給1,267円で3月分の給料が算出されていたという。21日には給料明細の写真をインスタグラムで公開しつつ、「今日、労基に行って書類を提出してきました!」と報告している。

「一方、桜井は25日にインスタグラムのストーリー機能を使い、『私も言われっぱなしでは終われないのでご安心ください』と投稿。告発をした元従業員のことは『顔も名前もわかりません』などとつづっています。桜井は『うちの従業員は彼女がルール違反及び急退店をした為 契約書通りの給料を出した それだけのことだと言っています』と主張していて、『解雇された』という告発とは真っ向から対立してる状況です」(同)

 ネット上では、「自粛中に営業してるのもヤバイけど、給料勝手に減らしてるのはもっと最低。無能な経営者!」「桜井さんのYouTubeよく見てたからこそ、今回の件はすごく残念」「同じキャバ嬢として、キャストの給料を契約無視して下げるなんて、本当に腹が立つ。絶対に許されることじゃない」など、桜井への批判が相次いでいる。

 なお、桜井は元従業員からの告発を受け、「証拠集めと更なる従業員へのヒアリングしにお店に行ってきます」「資料は整った。完璧」といった投稿を、インスタグラムのストーリーで続けている。“経営者”として、桜井がこの問題をどのように解決するのか注目したい。

夜の仕事をするシングルマザーと虐待の関係——“事件予備軍”が生まれる背景

『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第20回 渡辺しずかさん(仮名・24歳)の話(後編)

 前編でインタビューした渡辺しずかさんの紹介者(30代・男性)に、横浜の風俗事情について聞いた。

■虐待やネグレクトしてる親に限って、警戒感が強い

――今回、渡辺しずかさん以外のシングルマザーの方はみなさん取材NGだったんですよね。
そうですね。とにかく警戒されました。お店に顔を出すたびに取材の話をしたんですが、全滅ですね。ネグレクトとか虐待をしてそうな子に限って、すごく警戒心が強くて。普段、話をしてる子とかも、取材の話を切り出した時点で「いや、私無理なんで」って感じでした。――キャバクラで働いてる女の子って、どんな子たちなんですか?

 30代の子は少なくて、20代半ばよりは下の子が多いです。中には10代後半の子もいます。子持ちの子も、珍しくないですよ。結婚してなくて、シングルで育ててる子が多いかな。

――女の子たちはなぜシンママになるんですか?

 従業員の女の子から直接聞いたり、女の子の派遣先の店で聞いたりした話ですが、お客さんと行きずりで行為に及んで、妊娠・出産するケースがあるんです。そうした場合、子どもへの愛着はあっても、実の父親が誰かわからなかったり、育てる自信が持てなかったりします。

――シンママになる女の子に傾向はあるんでしょうか?

 年齢が下がれば下がるほど、ひどい親が増えるってのがありますね。家族計画とかもちろんない。言ってみれば若さの暴走。子どもを作ったこともそうだし、夫婦けんかの延長で DVを受けて、子どもと一緒に逃げたりとか、育てていても虐待したりとか。世間で言われてる通り、やはり再婚後の虐待が多いかな。2010年の大阪の虐待事件のような、どうしようもない親も中にはいますよ。そういう虐待とかネグレクトとかをしてそうな子に限って、警戒感が強かった。

――紹介して下さった渡辺さんの話と大分違いますね。

 比べるまでもないですが、渡辺さんはずいぶんしっかりしているほうです。

――事前に聞いていたプロフィールと異なり、渡辺さんは結婚はしていなかったし、母親は離婚じゃなくて病死でした。

 そうだったの? あれ、話と違うなあ。

――話を戻します。虐待とかネグレクトしそうな子どんな母親ですか?

 気が強くて、人に相談しない子が多い。そういう子は、全部自分で決めちゃうんですよ。離婚とかも、すぐにパンと決めてしまって。今後どうしていくとか、将来のための羅針盤など何も持たず、計画とかは何もないままで離婚して、シングルマザーという穴に簡単に飛び込んでしまうんです。すると不幸が連鎖するというか、負のスパイラルに入り込んじゃうんですよね。再婚せず、誰にも相談しない結果、子どもを家に置き去りにしたり、再婚したらしたで、子どもが継父から虐待されたりとか。

――ネグレクトはなぜ起こるんでしょう。典型的なパターンはあったりするんですか?

 仕事が終わった後、女の子同士で飲みに行くことがあるんです。そのとき誘われて断れず、ついて行く。そうしたことが重なって、結果的にネグレクトの状態になるというケースは実際にありますね。それで私が心配して「早く子どものところに帰ってあげたら」って言ったら、説教に聞こえるみたいで、嫌がられます。

――寮生活している子たちはどうでしょう?

 両親が離婚してしまっている子が大半。親が自分で面倒を見きれないということで、キャバクラやホスト、風俗嬢の子らのためのマンションというか寮に入れちゃうんですよ。子どもに「すぐに入りなさい」とか言って入れちゃって、それを子離れと錯覚しちゃう。そんなケースが、ちょっと多い気がしました。

――とすると、まだ10代とかですよね。それは一種の養育の放棄ですね。

 そう言えますね。

――もともとそういう子って、非行に走ってた子が多そうですね。

 その通りです。家出したり、覚醒剤をやったりタトゥー入れたりしている子も多いです。結婚してる子は、ほとんどいないです。シングルマザー、水商売の方、不良外国人。そんな人たちが多いですね。

――寮の建物というのは、どんな感じなんですか? 店側が一棟全部借り上げたりしてるんですか?

 そうです。いわゆる繁華街とかにありますね。そこはかなり評判がよろしくないところ。というか、そういう場所にあるマンションはキャバクラやホストの寮である可能性が高いかな。都会の繁華街であっても、平均的に家賃がすごく安いです。普通の人は住みたがらないので。少し治安が悪いのを我慢すれば、安いから学生さんには人気ですね。でも実際、ヤクザ同士の抗争とかもあります。

――そういうところに住んでいるってことは、夜の仕事に就くわけですよね。そうすると、子どもを預けたりできないんじゃないですか?

 大きいお店には託児所があるんです。グループ会社としてキャバクラの経営とかもやっているところって、 オーナーが暴力団とかそういうイメージがあると思うんですけど、普通の昼の企業の人たちが経営しているケースが多いんですよ。だから意外としっかりしている。だけど、そういうところの託児所は、保育料がべらぼうに高い。

――中には、高い保育料を払えない子もいるのでは?

 そういう子とか、寮に入らず郊外に住んでる子とかは、自宅に子どもを置き去りにしてます。先ほども触れた2010年に子どもが2人餓死したケースがありましたけど。そりゃ起こるよなあって感じ。あれに片足踏み込んでますよ。

――虐待や餓死といったケースを実際、目の当たりにしたことはありますか?

 さすがに餓死はありませんが、虐待やネグレクトについては証拠をつかんだことが何度かあります。それに話にはよく聞きます。例えば、雇ってる女の子たちが仕事に出ている間、彼女たちの子どもを預かって面倒を見ることがあるんです。そのとき、子どもたちの状態を見て、傷を見つけることがありますね。あと送迎のために彼女たちの家へ立ち寄ったとき、荒れた状態の部屋を見たりすることもあります。また、彼女たちの親と話して、実態を教えられることもあります。

 子どもが殺されちゃうような虐待よりも、事件にならないだろうなというレベルの虐待がまん延していますよ。それはネグレクトも含めてですけどね。多いのは、彼氏とか水商売仲間のいたずら。幼児にタバコを吸わせたり、お酒飲ませたり。そんなのばかり。そういうことを知るたびに頭痛がしますし、頭にきますよ。それ以外に、叩く殴る罵倒する、いたずらをするぐらいはいくらでもある。

――「この女の子は虐待しそう」と話をして感じたりするものですか?

 仕事柄、かなりコミュニケーションは取るようにしています。一緒に酒を飲んで話したりするんですが、そのとき子どもの話を一切しなかったりします。それで、こちらから聞いてみても、警戒して話してくれませんね。そういう女の子はインスタに子どもの写真がまったくなかったり、そもそもインスタに鍵がかかってて見れなくなってたりします。そういった女の子は虐待を疑います。実際にそうした話は、この業界では耳にしますから。

――警戒しているのは虐待やネグレクトを疑われるからと言い切れるんですか?

 ネグレクトをしていたり、虐待している女の子は、親とか親戚、友人たちといった周りの人たちから、すでにいろいろ注意されているので、話題に出すこと自体、嫌がるし、場合によっては怒り出す女の子もいます。

――注意したり、やめるよう説き伏せたりするんですか?

 そういう若いシンママたちにどうやって接するかっていう、その距離感は本当に難しい。少しでも注意したり叱ったりすると、逆ギレしてすぐに離れていっちゃうので。それまで、どれだけ僕を信用していたとしても。それで縁が切れてしまったら、子どもの安否など知りようがなくなりますから。個人的に気がかりなので、薄い線でつながりを持っていますけど。こちらの顔色を察して LINE をブロックされたりとかということは何度もあります。

――本当はそういう方たちに話を伺いたかったんですけど、難しいですね。

 出てこないですからね。わかってますよね、あの子たちも。

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 男性の言葉に、私は暗澹とした気持ちになった。事件予備軍である若い親たちと、どうやって接していくのか。その手かがりとなるアイディアを、私はまるで持ち合わせていなかったのだ。

 もちろんこうした悲惨なケースは一部の子たちなのだろう。大半は渡辺さんのように真面目に生きている。そのことは間違いない。

西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『〈日本國〉から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

「子どもの父親はキャバクラの客」出産を知らせず、未婚で育てるシングルマザー

『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第20回 渡辺しずかさん(仮名・24歳)の話(前編)

 8年前、大阪で、2人の幼児の遺体がマンションの一室で発見されるという痛ましい事件があった。風俗嬢の母親はシングルマザーで、子どもを置き去りにして男と遊び回っていたと報じられていた。

 そうした母親はごく一部だろう。シングルマザーの大半はなんとかやりくりして、自分の子どもたちを必死に育てているのではないだろうか。

 この連載では主に30~40代のシンママたちを中心に話を聞いてきた。しかし、風俗や水商売の仕事をしながら子どもを育てている母親の話は聞いていない。そこで私は、そうした女性たちにパイプを持つ、ある男性に、誰か紹介してもらえないかとお願いした。すると男性は後日、「1人だけ話をしてもいいという子がいるよ」と連絡してくれた。その女性は、離婚歴があり、子どもが1人いるキャバクラ嬢。彼女が高校生のときに両親が離婚。以後、父親と暮らしていたという。家庭が荒れる中で、少しやんちゃなこともしたと話を聞いていた。

 20代のその女性は、どのような経緯でシングルマザーになったのか? 現在に至るまでに、紆余曲折を繰り返してきたのだろうか?

■キャバクラ嬢をしながら子育てなんか難しい

 その女性は、ある日の夕方に横浜市内某所の寂れた喫茶店を指定してきた。約束の時間を少し過ぎ、子どもを乗せた自転車で現れたのは、丸顔でおっとりとした雰囲気の、派手さのない、どちらかというと地味な女性だった。

「お待たせしました」

 それが今回、お話を伺う、渡辺しずかさんであった。

 彼女と話していくうち、前出の男性に聞かされていた話と食い違っている点に徐々に気がつくことになる。最初に疑問を感じたのは、職業についてであった。

――キャバクラで働いていると聞きました。

 キャバクラの仕事は、20歳の頃から出産直前までやってました。だけど今はもう辞めてますよ。だって、夜にキャバクラ嬢をしながら子育てなんか難しいですよ。

――キャバクラで働いていた時、仕事はどんな感じだったんですか?

 キレイなヒラヒラのドレスを着て、お客さんと一緒にお酒を飲んだり、お話をしたり、毎晩そんな感じです。お客さんがお酒を頼んでくれたら、その分、マージンがもらえました。割合的にそんなに多くはなくて、5割よりは少なかった。

――店の外でお客さんと会ったり、同伴で出勤したりとか、そんなことはありましたか?

 確かに、お客さんからのお誘いはありましたね。店を通さずに会いたがるお客さんが多いんです。中には気持ちの悪い人もいて、店の外で待ち伏せされたこともあります。それで私、断り切れなくて、誘いに乗ってしまったことも何度かありました。

――ほかには、どんな女性が働いていたんですか?

 シンママの子は何人かいて、その中に、DVを受けて子どもと一緒に逃げたっていう子もいましたね。その子に、どのぐらい話を聞いたか? わざわざそれ以上は聞けないですよ。お店の寮に住んでる子もいましたね。私は住んだことないので、中がどうなってるとか、詳しいことは知らないですけど。

――では、結婚して離婚した男性について、話を聞かせてください。その男性とは、いつ知り合って、いつ結婚されたんですか?

 いえ……。そもそも結婚してません。

――えっ! 離婚歴のあるシングルマザーじゃないんですか……。お子さんの父親は?

 店の外で会っていた、キャバクラのお客さん。たぶんサラリーマンなんだろうけど、はっきりとは知りません。家庭を持っていたかとか、子どもがいるかとか、そういったことは今となってはわからないです。関係を持った日以降、彼に連絡はしていません。

――大事な父親なのでは? 子どもに会わせてもらえず、悲しんでいるかもしれませんよ。

 関わりたくないんです。あんな人に関わり続けるぐらいなら、養育費なんていりません。彼には出産したこと自体、伝えてません。自分に子どもが生まれたことや、その子が育っていることを彼は知りません。

――でも、子どもにとっては、血を分けた親なのでは?

 今後、彼に実の父親として会いにきてほしいとか、そんなことは別に望みませんから。

――……なるほど。では話を変えましょう。妊娠がわかったのはいつですか?

 21歳の頃です。病院に行った時には、もう妊娠9カ月だっていうじゃないですか。それまで、つわりらしいつわりはなかったし、おなかが膨らんでいることにも気がつきませんでした。びっくりしちゃって。実家の家族には、すぐに言いだせなかった。言ったら父親とか兄とかに反対されるって思ってましたから。だけど何日か後に、意を決して打ち明けたんです。そしたら意外なことに、全然反対されませんでした。キャバクラはすぐに辞めて、実家に戻って、出産に備えました。

――赤ちゃんが生まれた時の様子を教えてください。

 おなかが痛いなと思って、お風呂に入ってみたんです。ところが全然痛みがひかない。そこで父親に「おなかが痛い」って伝えたら、「子どもが外に出たがってるんだ。今から病院行ってこい!」って強い調子で言われて、すぐにタクシーに乗って病院に行って診てもらいました。すると、もう子宮口が開いている状態。まもなく分娩室に運ばれちゃって、気がついたらシュッと生まれてきた。それでも病院に着いてから生まれるまでは、4〜5時間かかりましたね。私もともと結婚願望と出産願望、両方あったんですけど、順番が逆になっちゃいましたね(笑)。

――生まれた直後は、どのように過ごしていましたか?

 1週間入院して、その後は、助産所みたいなところで1カ月ぐらい過ごしました。そこでは、助産師とかが授乳の仕方とか、育て方をいろいろ教えてくれたり、赤ちゃんの世話をしてくれたりしました。だから、生まれた直後でも15分おきに母乳を飲ませるとか、眠れなくてつらいとか、そういうことはありませんでした。まあ、そうなっていても大丈夫だったかも。もともと私、我慢強い体質ですから。

――そこを出てからは、どうされたんですか?

 実家に戻りました。先ほど話した父親のほかに、兄が住んでいます。母はいません。

――不仲で離婚されたんですよね。

 いえ、母は、私が高校を卒業した後、がんで亡くなってしまいました。

――事前に聞いていた話と、ことごとく食い違いますね。それはともかく、生い立ちとか家族関係について話してもらえますか? 出身は横浜ですか?

 いえ、神戸です。私がまだ小さい頃、神戸で震災が起こって、それを機に一家で横浜に引っ越したそうです。震災の記憶は全然ないですね。なんで横浜だったのかも聞いてないです。横浜には別に親戚はいませんし、なんででしょうね。父親は昔も今もトラックの運転手なので、単に仕事があったからじゃないですかね。心機一転ってことで。

――出身地も違いましたね。お父さんはどんな人ですか?

 コンビニに食材を運ぶトラックの運転手。夜中に出て行って昼前に帰ってくる。頑固で言い方が強い人。怒鳴ったりはしないけど、怒らせると怖いかな。普段は手は出ないけど、一回、包丁を振り回されたことがあったな。あのときは振り回した挙げ句、投げつけられました。当たりはしなかったけど(笑)。

 そんな父親だから、母は普段、いろいろと我慢していたんだと思います。パートをしてたんですが、私が中学生のとき、がんが発覚しました。それ以来、3年以上、入退院を繰り返しました。

――母親が弱っていくことで、しずかさんが荒れたりはしなかったんですか?

 その間、生活が大変になったとか、気持ちが落ち込んだり、生活が荒れたりしたことはなかったですよ。女の私がやんなきゃって思って、母の代わりにちょくちょく家事をやっていました。

――偉いですね。それで、お母さんが亡くなった時の様子を教えてください。

 保育の専門学校に通っていて、当時は一人暮らしをさせてもらってました。授業かバイトかで外出してて、実家からの連絡に気がつくのが遅れちゃって、母親の死に目には会えませんでした。亡くなったとき、母はまだ40代。母のことを思い出すと、今でも泣きそうになります。その後、学校を中退して、キャバクラで働くようになりました。その点においては、荒れたという言葉にちょっと相応しいのかな。

――ところで、今はどんな生活なんですか?

 住まいは実家なので楽です。だけど、子育て自体は父も兄も手伝ってくれません。ほとんど私一人でやってるので、その分、大変かな。言い方が悪いですけど、男の人は子育てが全然できなくて、叱るだけですよね。

 今、付き合ってる彼氏がいるんですが、彼も父や兄と同様、子どもの面倒が全然見られない。おむつを替えるのですらダメで、見ててもどかしいです。だから「もういい。私自分でやる」って言って私がやっちゃう。

――じゃ、息子さんを、ほぼ1人で育ててきたと。息子さんは2歳とのことですけど、今までかなり大変だったでしょう。

 いや、そうでもないですよ。ずっと完全母乳ですし。保育園には1歳になる手前で預け始めました。こちらは東京とかに比べると、すぐ入れます。保活とかあり得ないです。それで、いま昼間はファストフード店で働いています。

 息子の日々の成長を見るのが、何より楽しみです。息子が初めて立ったときは感動しましたよ。最近は、夜泣きはしなくなりましたし、こちらの言っていることを理解していてすごいなと思います。例えば「ゴミをポイしてきて」って言うと、ちゃんと捨ててきてくれるし、「戸を閉めて」と言うと、カチッとなるまでちゃんと閉めてくれますし。

 とにかく、かわいくてたまらない。顔がまん丸なのでみんなに「ポチャポチャだね」って言われます。私の小さい頃に瓜二つと言っていいぐらいに、よく似ています。

――(写真を見る)かわいいですね。こんな子がいたら、そりゃ楽しいでしょう。それで、今後はどのように考えていますか?

 結婚は、機会があればしたいです。子どもがいても許してくれる人ならぜひ。でも、今の彼氏とはしないと思います。私がしたいと思わないので。

――今後もし、子どもが大きくなって、「お父さんは誰?」と聞かれたらどうしますか?

 「亡くなった」とか「蒸発した」とか、そういうふうに言うと思います。「いる」とは言わないつもりです。

 後編は、渡辺さんを紹介してくれた、風俗業界に顔が利く男性に、風俗へ勤めるシングルマザーの姿について聞く。
(後編へつづく)

海外で「日本人はモテる」は昔話? アジア5カ国で働いた元底辺キャバ嬢が語る“夜の景気”

 4月上旬、アジアにある日本人客向け“日本人キャバクラ”の潜入記『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イースト・プレス)が発売された。著者は、歌舞伎町や六本木の元キャバ嬢で、現在は、裏モノ、夜遊びをテーマにしたコラムを執筆するライターのカワノアユミ氏。

 2014~15年に、1年弱をかけ、タイ、香港、シンガポール、カンボジア、ベトナムの日本人キャバクラへ潜入したカワノ氏に、日本人キャバクラは儲かるのか? さらには、かつてアジアで激モテしていたとされる日本人女性の現在の“価値”について、話を聞いた。

■海外で「日本人はモテる」は昔話?

 カワノ氏が初めて海外のキャバクラで働いたのは、2001年のこと。当時付き合っていた彼氏でスカウトマンのケンちゃんに、「お前、香港のキャバクラ行かね?」と“売り飛ばされ”、10日間限定で香港初となる日本人キャバクラのキャバ嬢になった。

「当時は日本人の女の子の価値がすごく高くて、日給3万円。10日で30万円稼げました。1997年に香港がイギリスから返還されたばかりで、夜のお店があまりなかったことも理由かと思います」

 ところが、再び15年に同じ店で働くと、月給約28万円と、3分の1に下がってしまった。

「そこからさらに寮費を引かれ、手元に残るのは18万程度。おそらくですけれど、理由は、ほかのアジア系の外国人の価値が上がったんだと思います。韓国人が整形などで、すごくきれいになったんですよ(笑)。キャバ嬢は、やっぱり見た目が命です。それから、01年以降はお店がだんだん増えてきて、中国人、香港人が働くようになったことも大きく影響していると思います」

 また、現在では香港の物価が上がった一方、日本人駐在員の給料は下がってきて、日本人キャバクラは高すぎて行けないという事実もあるそうだ。

「聞いたところによれば、現地のキャバクラの料金は、“連れ出し”(店外デート)込みで5~7万円が相場のようですね。ちなみに、アジアのキャバクラは、女の子の連れ出しができるお店がほとんど。連れ出しがないお店は、日本人オーナーのお店ぐらいしかない気がします」

■バンコクで初のナンバー1になったポイントは“同伴”

 続いて、“夜遊び天国”として知られ、カワノ氏自身が大好きなタイのバンコクでも、現地初の日本人向けキャバクラへ潜入。

「飛び込みで働き始めました。タイにはカラオケができるキャバクラ店がたくさんありますが、日本人キャバクラは15年にパッポン(バンコクの三大歓楽街のひとつ)にできたのが初だと思います。香港同様、タイも連れ出しが基本ですが、日本人客は色恋関係を求めているのではなく、普通の日本語での会話を求めてるんですよね」

 また、カワノ氏はこのお店で、日本で達成できなかった初のナンバー1にも輝く。そのコツは、「タイの夜遊び教えてあげるよ~」と、客をアフターに誘い出すこと。バンコクの大歓楽街として有名なパッポンのゴーゴーボーイ(ゴーゴーバーの男版)やディスコなどに連れて行った。日本人キャバクラにやってくる客は、ほぼ100%バンコク初心者なのだという。

「タイでは、同伴して、一緒に遊んで、お客さんとの距離を縮めたほうがいいですね。日本では、店外デートしちゃうと、満足して店に来なくなっちゃうんですが、タイを含め、海外だと日本人キャバクラがそこしかないケースが多いので、じゃあ、店に行こうかな、という流れによくなります」

 月給は最高で25万円だったとのことで、物価の安いタイでこれだけの金額をもらえたら、かなりリッチな暮らしぶりが想像できる。

 ところ変わって、シンガポールでは、タイの夜の世界とはガラリと雰囲気が異なる。

「アジアのゆるさがまったくないです。政府が認めた地域以外で売春ができないので、まず日本のような風俗街はもちろん、夜の歓楽街がない。デパートとかショッピングモールがある大通りに、日本食のお店とかがあって、そこの近くに、キャバクラとスナックが数軒、並んでいるぐらいですね」

 さすがは、シンガポール。ゴミひとつ落ちていないクリーンな国のイメージ通り。だが、景気が上り調子で絶好調のため、店にやってくる客の金払いは良いようだ。

「シンガポールのキャバクラは主に接待で使われるため、日本人よりも外国人客が多かったですね。料金もボトル込みで2~3万円と比較的高く、客層も一昔前の歌舞伎町にいそうなバブルな人が多かったです(笑)」

 とはいえ、リッチな生活ができるかというと、そうでもない。理由は物価の高さ。日給約1万円もらえるものの、寮費が1週間で2万5,000円。外食は食堂で850円程度とそこそこするため、手元には残る額は少なかった。

「働いている日本人キャストの女の子は、将来事業を起こすことを考えていて、自分で何かやりたいという子が多かったです。あと、駐在員や現地の社長との結婚、玉の輿を夢見てる人が多いんですけれど、実際、かなう人はあまりいない。結局、日本に帰って、普通の日本人と結婚している子が多いから、そこに夢はないかも(笑)」

 そして、筆者が気になったのは、ここ最近、イオンモールができたり、街が激変しているというカンボジア。

「イオンモールは、お金持ちの人が買い物に行く感じで、周りはそんなに大きくは変わってないんじゃないかな。風俗街は、メコン川沿いに、置屋、ガールズバー、KTV(カラオケ)とかが結構あるんです。ぼったくりに遭うことも多いので、現地に住む日本人は日本人キャバクラか、日本人経営のスナックに集まっていましたね。駐在のお客さんは少なくて、自分で事業を立ち上げているアクの強い日本人が多かったです」

 ベトナムでは、番外編としてハノイの日本人向けガールズバーへも潜入。Tシャツと短パン姿で、女の子10人ぐらいとカウンターに並んで接客した。

「ハノイは夜遊びできる場所がほとんどなくて、22時には街全体が真っ暗になる分、働いていたお店はものすごく繁盛していました。街に日本人の女の子があまりいなくて、『うわ~、日本人の女の子がたくさんいる!』って、すごい喜んでもらえましたよ。お客さんは、出会いがなさすぎて、女の子と話すだけで、明らかに緊張してましたね(笑)」

 ちなみに日給は6,000円ほどで、寮費が1カ月で約5,000円。物価も安いので、なかなか楽しいハノイライフが送れそうだ。

 カワノ氏に聞いたところによれば、アジアの日本人キャバクラは、まだまだひとつの国に1~2軒存在する程度。その上、日本でキャバ嬢をしていた経験者が働いているケースは、極めて少ないという。閉塞感漂う日本に飽きたら、アジアへ飛び出し、現地の日本人キャバクラでナンバー1を目指してみるのも、ひとつの選択かも!?
(上浦未来)

アジア5か国でキャバ嬢やってきました&女のディープ夜遊びガイド
〜『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(カワノアユミ著)発売記念トークイベント〜
4/15(日) なんば紅鶴 19:00~

32歳で「半熟キャバクラ」に体験入店! 井川遥似も“お母さん”も年齢から解放される世界

 職業・売れないグラドル、吉沢さりぃ32歳。最近は、オーディションの案内がきても「20代限定」がほとんど。業界のオジサマたちからは、「32歳って中途半端なんだよね。いっそのこと、37歳くらいだったらオモシロイんだけどねー」なんて言われる今日このごろ。確かに32歳って、女としてフレッシュでもないし、とはいえ、熟してるかといえば、そうでもない……あ、私っていま「半熟」なのでは……? 意外と長い女の人生、現在の自分の立ち位置が「半熟」なのかを知るべく、そして、そもそも「半熟」とは何なのか――という謎を解くべく、最近話題の「半熟キャバクラ」店の門を叩いてみることにした。

■浅草橋の「半熟」キャバ嬢たちは幅広すぎでカオス

 さっそくネットで求人を見つけた東京・神田の某「半熟キャバクラ」に体験入店を申し込み。当日、店に到着すると、テレビで見たことのあるママさんを発見! この店のママであるTさんは30代半ばで、まさに「半熟」なんだけど、ルックスは“Theキャバ嬢”という感じで髪形モリモリ。まるで歌舞伎町からひとり抜け出して、神田の下町にやって来たかのようだった。

 面接シートを書いてママを待っていたのだが、シブいオヤジボーイがこちらにやって来て「ごめん! 今日ね、ウチ出勤多すぎて……別店舗いける?」とのこと。おいおい。わしゃあ腐ってもグラドル、六本木や新宿で通用しない容姿なのはわかるけど、まさか神田でも門前払いなんかい! テイの良い「うちじゃあチョット……」なんでしょうな(涙)。

 左遷を命じられて向かったのは、同系列の浅草橋店。そこで持参のワンピースに着替えてから簡単に仕事の説明を受け、待機する。店内は5〜6人のボックス席が6卓あり、満卓だと40人くらいは入りそうな、まあまあの広さ。しかしキャストのヘアメイクはなく、ドレスにも規定はなかったので、ガッツリ夜の蝶の店というより、どちらかといえば「キャバクラ寄りのスナック」という感じかな。

 15名ほど在籍しているキャストの年齢層はかなり広いようだった。20代後半OL風の素朴なコから、明らかに「お母さん」って呼びたくなるような50代半ばの完熟キャストまで取り揃える、なかなかカオスなラインナップ。

 そのなかで「半熟」として輝いているように見えたのは、全盛期のあゆみたいな金髪・外巻き・前髪パッツンの三拍子を揃えた、水商売の化石のような40代のお姉さま。今どき、逆に老けて見えるのでは……? いや、90年代のノスタルジーを感じられるからアリなのか……?

 正直、やべぇババアしかいないだろうと完全にタカをくくっていた私。しかし、中には井川遥似のアラフォーらしき美女も。アラフォー井川はその整った目鼻立ちを年相応のメイクテクニックで際立たせており、スタイルも崩れることなくキレイにくびれている……「半熟」といっても、マジで振り幅がでかすぎる。

 20時を回った頃から、店にお客さんが増えだした。「半熟」目当てといえど、客の多くはフツーのサラリーマンかブルーカラー系のお兄ちゃんたち。ほかにも、六本木あたりで遊んでそうな若いLDH系な集団がなぜか遊びに来ていたり、「赤坂で働いてる」という超大手企業のサラリーマンの姿まで。客のノリは飲み会の二軒目って感じで、常連さんが多いみたいだった。

 とはいえ、やっぱり“半熟キャバあるある”なのか、客に年齢の話をダイレクトに振られることが多いのが特徴。しかし、アラフォー半熟キャバ嬢たちは、「何歳?」と聞かれると途端にイキイキするのだ。なぜなら年齢を明かした途端、男に「見えないね! 若い!」などと言われまくるから。なるほど、実世界ではお世辞でも「若い」とは言われなくても、「半熟」キャバ嬢と銘打っていれば、チヤホヤされまくるのか……。一方で32歳の私は「キミも37歳くらいデショ? いやー、若く見えるね!」なんて言われてしまい、少々複雑な気持ちになる。

 飲み代は1セット45分3,300円(税・サービス料込み)と、キャバクラとしてはお手頃価格。ハウスボトルも焼酎、ウィスキーから選べるシステムで、明朗会計だ。なによりビックリしたのが「むやみやたらに、客にドリンクをねだらないでね」と、ボーイにクギを刺されたこと。確かに、嬢が席に着いてもドリンクをねだる文化がないし、お客さんからドリンクを勧められることもまったくない(白目)。お客さんだけが酒をかっくらっており、嬢はお酒を作るだけ。知らないおっさんが歌うももいろクローバーZの「行くぜっ!怪盗少女」に、シラフで手拍子しながら「うまいですねぇ」とお世辞を言うのは、なかなかキビしいものがあった。

 泣く子も黙る酒豪の私は心底ゲンナリしたものの、よくよく考えたら働くキャバ嬢たちにとってはノルマがないし、お客さんにも負担にならない良心的なシステムなのかも(昔、働いていたクラブは、1日2組程度しか客がこなくて閑古鳥だったくせに、店長にからは「ドリンク毎日20杯飲めや」とマジな目で言われていた)。

 オープンから2時間もすると満卓に近い客の入りで、意外(?)にも半熟キャバクラはかなりの盛況ぶりだった。合計4時間半勤務で、7組のお客についたが、お客さんは基本的にアッサリしてて、若いキャバ嬢相手みたいにガッツいたり、しつこく口説いたりもしてこないからラク。酒をねだれないから喉が渇いて死にそうだった以外は、それなりに楽しい時間を過ごせたし、何よりも楽チンだった。客の出入りが激しく、しかもフリー客ばかり。1人のお客さんについても5〜10分でチェンジとなるので、こちらとしては非常にストレスフリー。合う客も合わない客もいるから、お互いに早く回転した方がいいに決まってる。お客さんもおとなしく、ガツガツLINE交換を迫ってきたり、本名を聞き出そうとしたり、やたら胸を触ってくる輩などもいない。料金が安いせいか、お客さん側のモトを取ろうという気持ちが薄いのかもしれない。

 「半熟」で働くキャバ嬢たちは、頭のてっぺんから足の爪までお金かけて完ペキって感じではなく、なんだかいい感じにスキがあって好感が持てる。高級キャバにありがちな、嬢同士のギスギスした雰囲気もまったくない。待機中は、完熟のパイセン嬢が「寒くない?」なんて気さくに話しかけてくれたりして癒やされた。

 自分に自信を失いかけたアラサー・アラフォー女性は、やたらひとり旅に出たり、習い事を始めたりするけど、ぶっちゃけアフター5のヨガよりも、半熟キャバクラへの入店をオススメしたい! ここなら、「半熟」だろうが「完熟」だろうが、年齢を気にする必要がない。というか、何歳だろうが、男から「見えないね、若い!」と言ってもらえるのだ。私も「半熟」が板につく37歳くらいになって、売れないグラドルを続けるくらいだったら、マジでレギュラーキャストとして入店しようかと真剣に考えております。

吉沢さりぃ(よしざわ・さりぃ)
山梨生まれ。B107cm、Kカップの現役底辺グラドル兼ライター。2016年に『グラビアアイドルのぶっちゃけ話』(彩図社)で作家デビュー。趣味は飲み歩き♡ Twitter→https://twitter.com/sally_y0720

『奥様は、取り扱い注意』より怖い!? 監禁された娘が語る「私を助けた意外な人物」

 綾瀬はるか主演の連続ドラマ『奥様は、取り扱い注意』(日本テレビ系)。綾瀬演じる主人公・伊佐山菜美は、特殊工作員という過去を持つ専業主婦で、同じセレブ住宅街に暮らす、主婦友の大原優里(広末涼子)や佐藤京子(本田翼)とともに、主婦の間で起きるさまざまなトラブルを解決していくストーリーだ。

 10月25日放送の第4話では、菜美が優里、京子と一緒に、町内の豪邸に住む主婦・美佐子(星野真里)が開く「読書会」に参加する。美佐子の息子・悠斗に会った菜美は、夫の勇輝(西島秀俊)に「子どもが欲しい」と言おうとするが、はぐらかされてしまう。数日後、悠斗が誘拐される事件が発生。犯人は翌日までに1億円支払うよう要求、「警察に通報したら息子を殺す」と脅迫してきたところを、菜美が助けようとする……という展開だ。

 誘拐ではなかったが、監禁され、犯人から脅迫を受けるというトラブルに巻き込まれた女性、アイリさん(仮名・20歳)。家族の力によって果たされた脱出劇について語ってくれた。

アイリさんは高校生の時、家の事情からキャバクラで働いていた。当時、彼女の住む地域には、18歳未満を雇う違法キャバクラがあったという。

「私が16歳の時に、父が病気で他界しました。私は三姉妹の長女なので、家計を助けようとアルバイトを始めたのですが、母は心労から徐々にアルコールに溺れるようになったのです」

 家に帰るといつも酒を飲んでいる母を、初めは仕方ないと思った。だが次第に嫌気が差し、友人の家を泊まり歩く生活を送るようになる。そんな時、街で声を掛けられたのが、キャバクラのスカウトだったという。

「高校生の私でも働けて、寮にも入れると言われました。すぐ働くことになり、学校へも行かなくなったのです。そんな時、母から『再婚したので、家に戻ってこい』と連絡がありました。再婚相手を聞くと、なんとヤクザだと言うんです。母のアルコール依存はマシになっていたようですが、見ず知らずで、しかもヤクザの義父と暮らしたくなかったので、帰りませんでした」

 キャバクラの寮に入り、週5日働くようになったアイリさん。しかし数カ月働いた頃、店に対して徐々に不信感を募らせるようになったという。

「給料が遅れていたんです。店長に聞いてもうまくはぐらかされ、1カ月で数万円しかもらえないこともありました。50万円ほどの未払いがあったと思います。このまま働いてもらちが明かないと思い、店長に退店を告げました」

 アイリさんの言葉を聞いて店長がとったのは、思いがけない行動だった。

「『今辞めたら、給料は払わない』と脅され、寮に監禁されました。携帯電話を奪われ、従業員に交代で寮の出入り口を見張られました。暴力などはありませんでしたが、外出はおろか、出勤もさせてもらえません。『もし通報すれば、未成年のお前たちも捕まるぞ』『店のバックには、ヤクザが付いているから逃げられない』と脅され、警察にも行けそうにありませんでした。私以外の未成年のキャストにも、未払いがあったようです。3日後、隙を見て逃げ出したのですが、すぐに見つかって連れ戻されました」

 アイリさんを助けたのは、意外な人物だった。

「連れ戻された時、偶然近くに住んでいた同級生が見ていて、実家に連絡してくれたそうです。それを聞いた義父が『話をつけてやる』と、店に乗り込んできました。後から聞いたところでは、義父は、キャバクラや飲食店や不動産業を仕切るのは『企業ヤクザ』だと言っていました。義父のような本物のヤクザ(暴力団の構成員)は店を持つことができないので、経営は企業ヤクザにやらせるそうです。ヤクザは名刺1枚出すことも脅迫になってしまうので、『相手がケツモチを出してこない限り、こっちも出ることができない』とも言われました。しかし、店長がケツモチの組の名を出したので、義父も出ることができたのです。結局、支払われた給料50万円のうち、20万円は義父のシノギ(収入)になりましたが……」

 現在は1人暮らしをしているアイリさん。実家には時々帰るが、母や義父との仲は良好だという。すでにカタギになったという義父のことを、アイリさんはどう思っているのだろうか?

「ヤクザだった義父が解決してくれたことには感謝しています。義父からは今も『また、未払いトラブルがあったら、いつでも言ってこい』と言われています。義父に頼むとシノギも取られますけどね。今は、変な店では働かないようにしています」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のリアル元子!? “ホームレス”からナンバー1キャバ嬢へ成り上がった女の意外な夢

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である「ルダン」を手に入れようとするが、「ルダン」はおろか、「カルネ」までも差し押さえられてしまう。先週の第7話では、「燭台」のママ・岩村叡子(真矢ミキ)にも見放され、議員秘書の安島富夫(江口洋介)を頼り、弁護士を紹介してもらうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、夜の世界でトップにのし上がった女性がいる。深田恭子似のリサさん(仮名・27歳)は、現在も大阪の有名キャバクラでトップを走り続けるナンバー1キャストだ。リサさんが水商売の世界に入ったのは大学生の時。学費を払うために始めたという。

「実家はそこまでひどく苦労しているわけではありませんが、親には頼れないと思い、名古屋の実家を出て、自分で学費を払っていました。当時は同棲していた彼氏がいたので、キャバクラはお金を稼ぐためだけのアルバイト感覚でした」

 大学へは行っていたものの、「卒業後は彼氏と結婚して専業主婦になるんだろう」と、漠然とした考えで生きていたと、リサさんは当時を振り返る。就活はせず、卒業が近づいてきた頃、事は起きた。

「彼氏に振られたんです。20歳そこそこの彼氏に将来を託していたつもりはなかったのですが、22歳の私にとっては絶望的でしたね。就職先もナシ、同棲していた家も追い出されて住む家もナシ、学費を払っていたので貯金もナシ。親に就職先を探してないなんて口が裂けても言えず、実家に帰ることもできませんでした」

 彼氏との別れを機に、突如ホームレスになってしまったリサさん。幸い、キャバクラのアルバイトは続けていた。

「友達の家やネットカフェを泊まり歩いて、1カ月間がむしゃらに働きました。それまでは彼氏の休みに合わせて店を休んだり、お客さんに営業もまったくしてこなかったんですが、この時、初めて水商売の仕事と向き合いました」

 もともと、社交的で人見知りしない性格のリサさん。本来、真面目だったこともあり、遅刻も欠勤もせずに働き、1カ月後、2,000円だった時給は5,000円にまで上がった。結果、部屋を借りることもできた。その後も、店での成績は順調に伸ばしたというリサさんの「売れるための秘訣」とは、何だったのだろうか?

「お客さんと一緒になって楽しむことを、一番大事にしました。私は特に気配りができるというタイプでもないし、連絡がマメというわけでもないので。店に来ていない時にメールや電話を頑張るのではなく、店に来たら必ず楽しんでもらえるようにしました。私のお客さんは割とお金持ちで、普段は高級クラブで飲んでいるような人が多いです。仕事中は部下を使って、高級クラブではチヤホヤされる、常に誰かの上にいる人たち。私はそういう人にも常に同じ立場で、友達のように接して一緒に騒いじゃいます。それが良いと言って来てくれる人が多いですね。ただ、売れている人の接客は観察していました。私にはなくて、売れている人にあるものは吸収するようにしていました」

 その後、キャバクラで初めてのバースデーイベントを行ったリサさんは、1日で300万円を売上げ、ナンバー1になった。

「ナンバー1になった時、あまり実感は湧きませんでしたが、正直複雑でした。私は、常に誰か尊敬する先輩がいて、それを追っかけるという立場が好きだったので。ナンバー1になると、抜かされないような努力をしないといけなくて、今までと努力の内容が変わってくるのも嫌でした。もちろんプライドがあるので、一度上に行ったら落ちたくないという気持ちもあります。でも、そのためにお客さんに無理させるというのは、私のスタイルではないと思いましたね」

 また、トップになったことにより、トラブルも生じてくる。

「店の子のドレスがハサミでズタズタに切られていたのを、私が犯人扱いされたり、口説いてきたお客さんに冷たくしたら、その客がほかのキャストに『リサがお前の陰口言ってる』など、私の立場を悪くするうわさを流されたりしました。その客は出禁にしたのですが、その後、ストーカーまがいなことをされました。メールを1日100通近く送ってきたり、私の自転車を見て帰ってるかを確認されたり……。結局、こういったトラブルが絶えず、店を移ることにしたんです」

 現在は比較的大手のキャバクラに移ったリサさん。移籍してほどなくナンバー1になったリサさんは、約3年たった今でも、その座をキープしている。

「前の店からお客さんをほぼ全員連れてきたので、売上は安定しています。あまり目立つと、前の店同様、トラブルになりかねないので、うまく調整しているんです。こちらの店へ移るまでの休暇期間に、お客さんのほうから裏引き(客から直で現金をもらうこと)を提案してくれたので、今も毎月数十万から100万円ほど援助してもらいながら、たまに店に来てもらってます。マンションを買ってくれるという話もたまにありますが、愛人とか枕営業とかはしたくないので断わりました。あくまでお互い楽しく飲めるのがスタンスです」

 ちなみに今までもらったプレゼントで一番高かったものは、フランク・ミュラーのカサブランカ(推定100万円)という。そんなリサさんに将来の夢を聞いてみた。

「ずっと夜の仕事を続けていきたいとか、自分の店を持ってママになりたいとかは思いません。なるべく早く上がって、昼の仕事に就きたいですね。今、税理士の資格を取るために専門学校へ通っています。やっぱりこの仕事を通して、夜の嫌な部分がいっぱい見えてしまったからかな」

 リサさんが、そう話すのには理由がある。

「今の店に入ってしばらくした時に、仲の良かった子が店を辞めたんです。その後、その子に税務署から数百万円の請求が来たと聞きました。どうやら、店側と揉めて辞めた子の給料明細を、店が税金対策のために税務署に提出していたそうです。結局、私が知り合いの税理士を紹介して、うまく収まりました。私が裏引きを始めたのはこういう理由もあるのですが、キャバ嬢にとって税金対策は切っても切れない悩みです。通常、キャバクラで働いている人は、店から10%の所得税を引かれます。そこから、キャバクラが本職の人は稼ぎをうまく確定申告して、なるべく税金を取られないようにします。しかし中には、税金に詳しくないキャバ嬢を利用し所得税を多く取って、残りを着服する悪質な店もあります。また、昼間働いている『掛け持ちキャバ嬢』に対して、面接時にマイナンバーを記載した身分証を提出させ、所得税の名目のまま法外な金額を取る店もあるそうです。そういう相談をよく受けていて、話を聞いてあげるのも好きなので、そのような悩みを聞いてあげたくて、税理士を目指そうと思いました」

 何気なくキャバクラに入り、その後、ホームレス経験をしてナンバー1になったリサさん。彼女は今、水商売について何を思うのだろうか?

「サクッと稼いで辞めるのが一番いいと思います。お客さんにお金使わせることに罪悪感を抱いて辞めていく、心がきれいな女の子も中にはいますけど、お客さんはいつか切れてゆくものです。キャバクラにはまってお金を使う人は、結局どこへ行っても使います。罪悪感は持たずに、お金をもらって夢をたくさん与えてあげましょう」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のリアル元子!? “ホームレス”からナンバー1キャバ嬢へ成り上がった女の意外な夢

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である「ルダン」を手に入れようとするが、「ルダン」はおろか、「カルネ」までも差し押さえられてしまう。先週の第7話では、「燭台」のママ・岩村叡子(真矢ミキ)にも見放され、議員秘書の安島富夫(江口洋介)を頼り、弁護士を紹介してもらうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、夜の世界でトップにのし上がった女性がいる。深田恭子似のリサさん(仮名・27歳)は、現在も大阪の有名キャバクラでトップを走り続けるナンバー1キャストだ。リサさんが水商売の世界に入ったのは大学生の時。学費を払うために始めたという。

「実家はそこまでひどく苦労しているわけではありませんが、親には頼れないと思い、名古屋の実家を出て、自分で学費を払っていました。当時は同棲していた彼氏がいたので、キャバクラはお金を稼ぐためだけのアルバイト感覚でした」

 大学へは行っていたものの、「卒業後は彼氏と結婚して専業主婦になるんだろう」と、漠然とした考えで生きていたと、リサさんは当時を振り返る。就活はせず、卒業が近づいてきた頃、事は起きた。

「彼氏に振られたんです。20歳そこそこの彼氏に将来を託していたつもりはなかったのですが、22歳の私にとっては絶望的でしたね。就職先もナシ、同棲していた家も追い出されて住む家もナシ、学費を払っていたので貯金もナシ。親に就職先を探してないなんて口が裂けても言えず、実家に帰ることもできませんでした」

 彼氏との別れを機に、突如ホームレスになってしまったリサさん。幸い、キャバクラのアルバイトは続けていた。

「友達の家やネットカフェを泊まり歩いて、1カ月間がむしゃらに働きました。それまでは彼氏の休みに合わせて店を休んだり、お客さんに営業もまったくしてこなかったんですが、この時、初めて水商売の仕事と向き合いました」

 もともと、社交的で人見知りしない性格のリサさん。本来、真面目だったこともあり、遅刻も欠勤もせずに働き、1カ月後、2,000円だった時給は5,000円にまで上がった。結果、部屋を借りることもできた。その後も、店での成績は順調に伸ばしたというリサさんの「売れるための秘訣」とは、何だったのだろうか?

「お客さんと一緒になって楽しむことを、一番大事にしました。私は特に気配りができるというタイプでもないし、連絡がマメというわけでもないので。店に来ていない時にメールや電話を頑張るのではなく、店に来たら必ず楽しんでもらえるようにしました。私のお客さんは割とお金持ちで、普段は高級クラブで飲んでいるような人が多いです。仕事中は部下を使って、高級クラブではチヤホヤされる、常に誰かの上にいる人たち。私はそういう人にも常に同じ立場で、友達のように接して一緒に騒いじゃいます。それが良いと言って来てくれる人が多いですね。ただ、売れている人の接客は観察していました。私にはなくて、売れている人にあるものは吸収するようにしていました」

 その後、キャバクラで初めてのバースデーイベントを行ったリサさんは、1日で300万円を売上げ、ナンバー1になった。

「ナンバー1になった時、あまり実感は湧きませんでしたが、正直複雑でした。私は、常に誰か尊敬する先輩がいて、それを追っかけるという立場が好きだったので。ナンバー1になると、抜かされないような努力をしないといけなくて、今までと努力の内容が変わってくるのも嫌でした。もちろんプライドがあるので、一度上に行ったら落ちたくないという気持ちもあります。でも、そのためにお客さんに無理させるというのは、私のスタイルではないと思いましたね」

 また、トップになったことにより、トラブルも生じてくる。

「店の子のドレスがハサミでズタズタに切られていたのを、私が犯人扱いされたり、口説いてきたお客さんに冷たくしたら、その客がほかのキャストに『リサがお前の陰口言ってる』など、私の立場を悪くするうわさを流されたりしました。その客は出禁にしたのですが、その後、ストーカーまがいなことをされました。メールを1日100通近く送ってきたり、私の自転車を見て帰ってるかを確認されたり……。結局、こういったトラブルが絶えず、店を移ることにしたんです」

 現在は比較的大手のキャバクラに移ったリサさん。移籍してほどなくナンバー1になったリサさんは、約3年たった今でも、その座をキープしている。

「前の店からお客さんをほぼ全員連れてきたので、売上は安定しています。あまり目立つと、前の店同様、トラブルになりかねないので、うまく調整しているんです。こちらの店へ移るまでの休暇期間に、お客さんのほうから裏引き(客から直で現金をもらうこと)を提案してくれたので、今も毎月数十万から100万円ほど援助してもらいながら、たまに店に来てもらってます。マンションを買ってくれるという話もたまにありますが、愛人とか枕営業とかはしたくないので断わりました。あくまでお互い楽しく飲めるのがスタンスです」

 ちなみに今までもらったプレゼントで一番高かったものは、フランク・ミュラーのカサブランカ(推定100万円)という。そんなリサさんに将来の夢を聞いてみた。

「ずっと夜の仕事を続けていきたいとか、自分の店を持ってママになりたいとかは思いません。なるべく早く上がって、昼の仕事に就きたいですね。今、税理士の資格を取るために専門学校へ通っています。やっぱりこの仕事を通して、夜の嫌な部分がいっぱい見えてしまったからかな」

 リサさんが、そう話すのには理由がある。

「今の店に入ってしばらくした時に、仲の良かった子が店を辞めたんです。その後、その子に税務署から数百万円の請求が来たと聞きました。どうやら、店側と揉めて辞めた子の給料明細を、店が税金対策のために税務署に提出していたそうです。結局、私が知り合いの税理士を紹介して、うまく収まりました。私が裏引きを始めたのはこういう理由もあるのですが、キャバ嬢にとって税金対策は切っても切れない悩みです。通常、キャバクラで働いている人は、店から10%の所得税を引かれます。そこから、キャバクラが本職の人は稼ぎをうまく確定申告して、なるべく税金を取られないようにします。しかし中には、税金に詳しくないキャバ嬢を利用し所得税を多く取って、残りを着服する悪質な店もあります。また、昼間働いている『掛け持ちキャバ嬢』に対して、面接時にマイナンバーを記載した身分証を提出させ、所得税の名目のまま法外な金額を取る店もあるそうです。そういう相談をよく受けていて、話を聞いてあげるのも好きなので、そのような悩みを聞いてあげたくて、税理士を目指そうと思いました」

 何気なくキャバクラに入り、その後、ホームレス経験をしてナンバー1になったリサさん。彼女は今、水商売について何を思うのだろうか?

「サクッと稼いで辞めるのが一番いいと思います。お客さんにお金使わせることに罪悪感を抱いて辞めていく、心がきれいな女の子も中にはいますけど、お客さんはいつか切れてゆくものです。キャバクラにはまってお金を使う人は、結局どこへ行っても使います。罪悪感は持たずに、お金をもらって夢をたくさん与えてあげましょう」
(カワノアユミ)

リアル『黒革の手帖』人生! 風呂なし住宅から、月300本指名のホステスが見た水商売とお金

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である『ルダン』を手に入れようとする。先週の第6話では、オーナーの長谷川庄治(伊東四朗)と約束した期日に契約金の残金を支払えなかったことで、『ルダン』を手に入れることはおろか、『カルネ』までも差し押さえられてしまうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。木村亜美さん(35歳)だ。現在は水商売をはじめとするサービス業専門のフリーコンサルタントとして活躍する彼女だが、以前は北海道で月間最高300本の指名本数を取るナンバー1ホステスだった。亜美さんが水商売の世界に飛び込んだのは、幼い頃から見てきた家庭の事情にあったと話す。

■市営住宅の風呂なし2LDKに家族5人暮らし

「父は建築業を営んでいましたが、消費税の引き上げ以降、仕事が激減しました。函館の市営住宅の2LDKに家族5人暮らしでした。ボロボロの住宅にお風呂はなく、冬は母が石油代を節約していたため、家の中に入る隙間風で、吐く息が白いほど寒かったです。幼い頃、体が強くなかった私は、何度も風邪や肺炎にかかっていました」

 初めて働いたのは、18歳の時にスカウトされた函館の高級クラブだった。

「函館の歓楽街の規模は小さいですが、3店あるクラブは全国の富裕層のお客様には有名でした。中でも私がスカウトされたクラブは、VIPな方や著名人もたくさん来店されてたんです。ホステスにも入店条件があり、店が決めた基準体重であること、身長160cm以上、黒髪、上品さがあることなどの、条件を満たしている人しか入店できません。そこに在籍していたと言うだけで、他店でも優遇されるほどでした」

 両親のために、亜美さんは水商売で成り上がろうと決めた。だが、初めの時給は驚くものだったそう。

「時給は1,300円。理由は、未経験の三流ホステスだからです。入店すると、まず1週間の研修があり、ホステスとしての立ち振る舞いを徹底的に叩き込まれます。頭上に数冊の本を乗せて落とさないように歩く練習や、手の位置を覚えさせられました。後ろ姿から指先まで、常に美しくいるためです。次に教わったのは店のマニュアルで、内容は非公開なので詳しくは言えませんが、分厚いマニュアル本を何度も読まされました。こうした研修を終えて、入店から1週間後に初めて客席に着くことができます。二流、一流になると時給は上がっていくのですが、接待を任される一流ホステスになると、信じられないほど高額な時給がもらえます。私が在籍していた時は、10年勤務しているお姉さんは時給5万円以上だったそうです」

 初めての高級クラブは、見たことのないほど煌びやかな世界だったという。

「6〜7桁のお会計は当たり前、100万円の束を出してチップをばら撒くお客様も珍しくありません。お客様からは『ホステスが遠慮することは失礼』『ワガママは聞いてもらうべき、自分のお金を使うのは失礼』と教わりました。お客様は、『これ、こないだ欲しいって言ってたでしょ』『一流のお店に入ったなら、それなりのものを着なきゃね』と、ブランド物のバッグや服など、欲しいものは何でも買ってもらえたんです」

 一方で年功序列の世界や、給料システムに窮屈さを感じるようになったという。給料は指名本数や売り上げではなく、時給のみ。その時給も勤務年数のみでしか上がらなかった。あくまで両親のために働きたかったと話す亜美さんは、20歳の時にラウンジへ移籍した。

「クラブで学んだことも含め、自分がどこまでできるのか挑戦したい気持ちもありました。クラブの経験があり時給は優遇されましたが、それがほかのキャストの気に障り、初日からいじめられたんです。陰口を叩かれたり、トイレに呼び出されて『生意気だ』と殴られました。腹は立ちましたが、やり返しません。1カ月後に私がそのキャストの売り上げを抜き、彼女が謝ることになると思ったからです」

 亜美さんは1カ月後、彼女の売り上げを見事に抜き、店のママが亜美さんの味方に付いた。そして、思惑通り、殴ったキャストは急に亜美さんに媚び出したという。「ママが厳しかったおかげで根性がついた」と亜美さんは話す。

「ママは厳しい人でした。入店した頃から営業前の準備を任されてましたが、時々遅刻してたのがバレて、階段から蹴り落されたこともあります(笑)」

 その後、函館初の指名制キャバクラに移り、亜美さんはナンバー1になった。月の指名本数は300本、売り上げは300万円以上。ナンバー1になった秘訣とは何だったのだろうか。

「クラブやラウンジは『店が抱えるお客様』でしたが、キャバクラは新規のお客様がメインなので、一から関係を築いていかなければなりません。時間がかかる作業なので、営業時間外も無駄にしません。昼間、お客様と会社の社食をご一緒したり、差し入れのお弁当を作ったりしました。時には自腹を切ってサプライズをしたり、誕生日プレゼントは奮発しました。手間と時間を惜しまず、常に男性を立てる女性に徹するのがコツです」

 その頃、実家の状況は急変していた。

「祖母が亡くなり、その医療費で両親の借金は膨れ上がっていました。実家の荷物は差し押さえられ、当時の私のお給料だけではどうすることもできない状況になっていたんです。姉もキャバクラで働いていたのですが、『もっと稼ぐにためは北海道を出るしかない』と、私と姉はほかの土地への出稼ぎを決めました」

 全国の求人を探し、亜美さんたちは時給5,000円の静岡のキャバクラへ出向いた。札幌・ススキノや東京も考えたが、家賃や生活費を抑えることを優先したという。姉と店の寮に入り、せんべい布団の部屋に寝泊まりしながら出勤した。入店1カ月でナンバー1になり、月給は7桁に上った。

「姉と合わせて月100万円を実家に送り、差し押さえは免れました。ちょうどその頃、知り合いから『スナックを始めるからママをやらないか?』と誘われたのをきっかけに、経営側にまわることになったんです。数年前に一度閉店したその店はボロボロで、オーナーはオープン準備から経営まで私に丸投げしてきました。集客や宣伝に使える資金はないと言われた私は『廃墟のようなこのお店をどうしたら良いか』『売り上げが出なければ、自分のお給与も出ない』と考えたんです。コンセプトと集客方法、回転率を固め、オープンから二週間で黒字化に成功し、表に立つことよりも経営(裏側の作業)の仕事に興味を持ち始めました」

 しかし、亜美さんはほどなくしてママを辞めることとなる。

「いくら売り上げても、オーナーはすべて愛人に使ってしまったんです。金庫に入れている釣り銭用の小銭もすべて持っていってしまい、私は営業中に何度も両替に行くことになり、それが営業に支障を来すようになりました。オーナーには、何度注意しても聞いてもらえませんでしたし、愛人もオーナーに貢いでほしいあまりに、店にわざわざ来て『今日何組くるの?』『どのくらい売り上げありそう?』など、大声で話すようになったのです。お給料はそれなりにもらえていましたが、オーナーと愛人の態度に嫌気が差したのです」

 この時の経営の経験を生かしたいと思った亜美さんは、その後、現在のビジネスを立ち上げた。

「黒字化するまでのアイデアや、女性に指導して効果があったことなどをブログにしたら反響があったので、それをきっかけに、独学で経営の勉強をしました。実家に送りながらもわずかに残っていた200万円の貯金をすべて立ち上げに使いました。事業内容は主に店舗と個人キャスト向けのコンサルティングです。同時に、現役の頃に『店でお客様との会話に困ってしまう』というホステスの悩みをヒントに、トークスキルを指導してレベルを上げるチャットレディ・プロダクションを立ち上げました」

 現在の収入は現役の頃と同じくらいと話す亜美さんの「成り上がり人生」は続いていく。苦労した両親の背中を見て育ち、月間300本の指名を取るナンバー1ホステスになった亜美さん。彼女は今、お金と水商売について何を思うのだろうか?

「お金は追うほど逃げていくもの、いわゆる色恋営業、枕営業では、お金を手にすることはたやすいですが、一度、寝てしまったらお客様はそれで満足してしまいます。客との体の関係から抜け出せなくなり、精神を病んでしまうホステスもたくさんいます。この世界で『成り上がる人間』とは、逆境にくじけずに悔しさをバネにできる人。高く目標を持ち、そこに努力して向かえる人。メンタルが弱くても、自分自身で立て直せる人だと思います。水商売は、落ちてしまえば抜け出せない地獄、登り詰めれば成功への入り口になる夢のあるお仕事だと思います」
(カワノアユミ)

リアル『黒革の手帖』人生! 風呂なし住宅から、月300本指名のホステスが見た水商売とお金

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である『ルダン』を手に入れようとする。先週の第6話では、オーナーの長谷川庄治(伊東四朗)と約束した期日に契約金の残金を支払えなかったことで、『ルダン』を手に入れることはおろか、『カルネ』までも差し押さえられてしまうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。木村亜美さん(35歳)だ。現在は水商売をはじめとするサービス業専門のフリーコンサルタントとして活躍する彼女だが、以前は北海道で月間最高300本の指名本数を取るナンバー1ホステスだった。亜美さんが水商売の世界に飛び込んだのは、幼い頃から見てきた家庭の事情にあったと話す。

■市営住宅の風呂なし2LDKに家族5人暮らし

「父は建築業を営んでいましたが、消費税の引き上げ以降、仕事が激減しました。函館の市営住宅の2LDKに家族5人暮らしでした。ボロボロの住宅にお風呂はなく、冬は母が石油代を節約していたため、家の中に入る隙間風で、吐く息が白いほど寒かったです。幼い頃、体が強くなかった私は、何度も風邪や肺炎にかかっていました」

 初めて働いたのは、18歳の時にスカウトされた函館の高級クラブだった。

「函館の歓楽街の規模は小さいですが、3店あるクラブは全国の富裕層のお客様には有名でした。中でも私がスカウトされたクラブは、VIPな方や著名人もたくさん来店されてたんです。ホステスにも入店条件があり、店が決めた基準体重であること、身長160cm以上、黒髪、上品さがあることなどの、条件を満たしている人しか入店できません。そこに在籍していたと言うだけで、他店でも優遇されるほどでした」

 両親のために、亜美さんは水商売で成り上がろうと決めた。だが、初めの時給は驚くものだったそう。

「時給は1,300円。理由は、未経験の三流ホステスだからです。入店すると、まず1週間の研修があり、ホステスとしての立ち振る舞いを徹底的に叩き込まれます。頭上に数冊の本を乗せて落とさないように歩く練習や、手の位置を覚えさせられました。後ろ姿から指先まで、常に美しくいるためです。次に教わったのは店のマニュアルで、内容は非公開なので詳しくは言えませんが、分厚いマニュアル本を何度も読まされました。こうした研修を終えて、入店から1週間後に初めて客席に着くことができます。二流、一流になると時給は上がっていくのですが、接待を任される一流ホステスになると、信じられないほど高額な時給がもらえます。私が在籍していた時は、10年勤務しているお姉さんは時給5万円以上だったそうです」

 初めての高級クラブは、見たことのないほど煌びやかな世界だったという。

「6〜7桁のお会計は当たり前、100万円の束を出してチップをばら撒くお客様も珍しくありません。お客様からは『ホステスが遠慮することは失礼』『ワガママは聞いてもらうべき、自分のお金を使うのは失礼』と教わりました。お客様は、『これ、こないだ欲しいって言ってたでしょ』『一流のお店に入ったなら、それなりのものを着なきゃね』と、ブランド物のバッグや服など、欲しいものは何でも買ってもらえたんです」

 一方で年功序列の世界や、給料システムに窮屈さを感じるようになったという。給料は指名本数や売り上げではなく、時給のみ。その時給も勤務年数のみでしか上がらなかった。あくまで両親のために働きたかったと話す亜美さんは、20歳の時にラウンジへ移籍した。

「クラブで学んだことも含め、自分がどこまでできるのか挑戦したい気持ちもありました。クラブの経験があり時給は優遇されましたが、それがほかのキャストの気に障り、初日からいじめられたんです。陰口を叩かれたり、トイレに呼び出されて『生意気だ』と殴られました。腹は立ちましたが、やり返しません。1カ月後に私がそのキャストの売り上げを抜き、彼女が謝ることになると思ったからです」

 亜美さんは1カ月後、彼女の売り上げを見事に抜き、店のママが亜美さんの味方に付いた。そして、思惑通り、殴ったキャストは急に亜美さんに媚び出したという。「ママが厳しかったおかげで根性がついた」と亜美さんは話す。

「ママは厳しい人でした。入店した頃から営業前の準備を任されてましたが、時々遅刻してたのがバレて、階段から蹴り落されたこともあります(笑)」

 その後、函館初の指名制キャバクラに移り、亜美さんはナンバー1になった。月の指名本数は300本、売り上げは300万円以上。ナンバー1になった秘訣とは何だったのだろうか。

「クラブやラウンジは『店が抱えるお客様』でしたが、キャバクラは新規のお客様がメインなので、一から関係を築いていかなければなりません。時間がかかる作業なので、営業時間外も無駄にしません。昼間、お客様と会社の社食をご一緒したり、差し入れのお弁当を作ったりしました。時には自腹を切ってサプライズをしたり、誕生日プレゼントは奮発しました。手間と時間を惜しまず、常に男性を立てる女性に徹するのがコツです」

 その頃、実家の状況は急変していた。

「祖母が亡くなり、その医療費で両親の借金は膨れ上がっていました。実家の荷物は差し押さえられ、当時の私のお給料だけではどうすることもできない状況になっていたんです。姉もキャバクラで働いていたのですが、『もっと稼ぐにためは北海道を出るしかない』と、私と姉はほかの土地への出稼ぎを決めました」

 全国の求人を探し、亜美さんたちは時給5,000円の静岡のキャバクラへ出向いた。札幌・ススキノや東京も考えたが、家賃や生活費を抑えることを優先したという。姉と店の寮に入り、せんべい布団の部屋に寝泊まりしながら出勤した。入店1カ月でナンバー1になり、月給は7桁に上った。

「姉と合わせて月100万円を実家に送り、差し押さえは免れました。ちょうどその頃、知り合いから『スナックを始めるからママをやらないか?』と誘われたのをきっかけに、経営側にまわることになったんです。数年前に一度閉店したその店はボロボロで、オーナーはオープン準備から経営まで私に丸投げしてきました。集客や宣伝に使える資金はないと言われた私は『廃墟のようなこのお店をどうしたら良いか』『売り上げが出なければ、自分のお給与も出ない』と考えたんです。コンセプトと集客方法、回転率を固め、オープンから二週間で黒字化に成功し、表に立つことよりも経営(裏側の作業)の仕事に興味を持ち始めました」

 しかし、亜美さんはほどなくしてママを辞めることとなる。

「いくら売り上げても、オーナーはすべて愛人に使ってしまったんです。金庫に入れている釣り銭用の小銭もすべて持っていってしまい、私は営業中に何度も両替に行くことになり、それが営業に支障を来すようになりました。オーナーには、何度注意しても聞いてもらえませんでしたし、愛人もオーナーに貢いでほしいあまりに、店にわざわざ来て『今日何組くるの?』『どのくらい売り上げありそう?』など、大声で話すようになったのです。お給料はそれなりにもらえていましたが、オーナーと愛人の態度に嫌気が差したのです」

 この時の経営の経験を生かしたいと思った亜美さんは、その後、現在のビジネスを立ち上げた。

「黒字化するまでのアイデアや、女性に指導して効果があったことなどをブログにしたら反響があったので、それをきっかけに、独学で経営の勉強をしました。実家に送りながらもわずかに残っていた200万円の貯金をすべて立ち上げに使いました。事業内容は主に店舗と個人キャスト向けのコンサルティングです。同時に、現役の頃に『店でお客様との会話に困ってしまう』というホステスの悩みをヒントに、トークスキルを指導してレベルを上げるチャットレディ・プロダクションを立ち上げました」

 現在の収入は現役の頃と同じくらいと話す亜美さんの「成り上がり人生」は続いていく。苦労した両親の背中を見て育ち、月間300本の指名を取るナンバー1ホステスになった亜美さん。彼女は今、お金と水商売について何を思うのだろうか?

「お金は追うほど逃げていくもの、いわゆる色恋営業、枕営業では、お金を手にすることはたやすいですが、一度、寝てしまったらお客様はそれで満足してしまいます。客との体の関係から抜け出せなくなり、精神を病んでしまうホステスもたくさんいます。この世界で『成り上がる人間』とは、逆境にくじけずに悔しさをバネにできる人。高く目標を持ち、そこに努力して向かえる人。メンタルが弱くても、自分自身で立て直せる人だと思います。水商売は、落ちてしまえば抜け出せない地獄、登り詰めれば成功への入り口になる夢のあるお仕事だと思います」
(カワノアユミ)