『幸色のワンルーム』が『Mother』とは違う理由

 テレビ朝日が、7月放送開始予定の連続ドラマ『幸色(さちいろ)のワンルーム』の放送中止を決定した。はくりによる同名漫画の実写ドラマとなる『幸色のワンルーム』は朝日放送テレビ(ABC)が制作し、テレビ朝日は関東地区で7月7日より土曜深夜に放送する予定だった。関東地区での放送中止の理由は明らかにされていないが、原作漫画には埼玉県朝霞市で誘拐された少女が2年の監禁生活を経て2016年3月に保護された事件をモチーフにしたものではないかと見る向きがあり、実写ドラマ化が決定した際にも批判の声が出ていた。

 今回のテレビ朝日(関東地区)での放送中止に対しても、ネット上では賛否の声が挙がっており、センシティブな内容であるがゆえ中止は妥当だと見なす声もあれば、放送中止に異を唱える声も大きい。虐待被害に遭っている子供を救済すべく誘拐するという展開の作品はこれまでにも発表されており、2010年放送のドラマ『Mother』(日本テレビ系)や先日カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した映画『万引き家族』も該当することを挙げ、『Mother』や『万引き家族』はよくて、なぜ『幸色のワンルーム』はいけないのかという疑問も多く目にする。

 しかし忘れてはならないのが、2016年3月に朝霞の事件が発覚した当時、誘拐犯と被害者の関係を「相思相愛の同棲」「女子中学生の家出」と決めつけるネットユーザーが少なくなかったことだ。SNSで被害者の女性を「嘘つき」と非難する投稿や、事件の概要をまとめ「事実は報道と違う」とデマをまきちらすwebページも複数作られていた。『幸色のワンルーム』はそうした説を補強する点からも、コンテンツとして批判を受けた。『Mother』にそうした背景はないだろう。

 原作『幸色のワンルーム』は当初、原作者のはくりが2016年9月より『世の中には色んな人がいる』というタイトルでTwitterに投稿していた作品で、2017年2月からは漫画サイト「pixivコミック」で不定期連載が開始した。また、コミックス版も現時点で1~4巻まで発売されている。

 あらすじは、家庭では親からの虐待を受け、学校ではいじめに遭いさらに教師から性暴力被害にも遭っている14歳の少女が、自分にストーカーをしていた青年に誘拐され心を通わせていく、というもの。孤独な者同士が惹かれ合い身を寄せ合う設定は、エンタメ作品において珍しくないだろう。

 少女は青年を「お兄さん」と呼んで懐き、警察と両親から逃げ切れたら結婚しよう、逃げ切れなければ一緒に死のうと提案する。また自分の新しい名前を付けてほしいとも求め、「幸(さち)」という名をもらう。ちなみに幸は虐待の影響で痛覚が鈍い、成績優秀だが普通の家庭生活を送ってこなかったため相当に無知で買い物の方法も卵の割り方も知らない、誘拐生活を「こんなに幸せでいいんだろうか」と感じるなど、これでもかというくらいにどこまでも哀れで孤独で無垢な美少女として設定されている。

 また「お兄さん」は、幸のストーカーだったけれど、幸を誘拐するつもりもなければ救済するつもりもなかったという設定だ。「お兄さん」は、外でたまたま見かけた人生に行き詰っている様子の幸に自分自身を重ね、幸のストーカーとなったのだが(当初は幸に嫌悪感を抱き、そんな自分にも嫌悪感、という描写があった)、ある日、家出した幸が自殺する気でいるのだと知り、「お兄さん」は幸を尾行して「僕は君のストーカーだ」「死なれるくらいなら君を誘拐しよう」と告げた。

 すると幸はぱあっと顔を輝かせ「本当ですか」「じゃあ私のこと助けてくれるんですね」「誘拐は犯罪です 見つかれば捕まるのはあなたです でもそんな大きなリスクを背負ってあなた自身の人生を狂わせても 私自身が捨てようとした人生を拾ってくれるんですよね? うれしいに決まっています」と喜んだため、「お兄さん」は幸を自室に連れて帰った。

 幸を、少女を性的搾取したい男性にとって都合のいいキャラクターと読む向きもあるが、それを言うなら「お兄さん」は、孤独を抱える少女にとって都合のいいキャラクターである。

 さて『幸色のワンルーム』は上記のような作品だが、テレビ朝日広報部に放送中止の理由について問い合わせたところ、「6月に入りドラマの詳細が分かってきたことから改めて精査した結果、総合的な判断として放送を見送ることにいたしました」「なお、放送見送りの決定は発表したわけではなく、朝日新聞の取材に回答したものです」とのことだった。制作は大阪の朝日放送であり、すでにオールアップ。朝日放送では予定通り、7月8日から放送する。

乳腺炎で悩む女性が有名母乳相談室で体験した、壮絶な「母乳マウンティング」

「『あなたの母乳は冷たくてまずいから、赤ちゃんが飲まないんだ』と言われ、帰り道で涙がこぼれてしまいました」

 30代の主婦Oさんが、〈桶谷(おけたに)式母乳相談室〉を訪れたときの体験談です。Oさんは昨年冬に男児を出産。その後母乳とミルクで子どもを育てていましたが、子どもが3カ月になる頃、乳腺炎を患い、たまたま見つけた〈桶屋式母乳相談室〉へ駆け込んだのだとか。

Oさん(以下O)「出産でお世話になった病院にも乳腺外来はありましたが、触れるだけでも痛い状態の胸で3カ月の乳児と荷物を抱え、電車に乗るのはなかなかハードルが高くて。自宅から一番近いという理由だけで、桶谷式を謳う相談室なるとことろへ駆け込んだんです」

 桶谷式とは〈桶谷式乳房管理法〉という名称で、〈痛くない乳房ケア〉を謳う手技のこと。創立者は、第2次世界大戦中の満州で助産師活動をしていた桶谷そとみ氏。戦時中の栄養不足から母乳が出ず、命を失う赤ちゃんをたくさん見てきたという経験から、お母さんたちの母乳を出すための独自のマッサージを確立したといいます。

 世のママたちを困らせる「人間は哺乳類なんだから、必ず出る」「母親の食べるもので母乳の味が変わる」というお説は、おそらく桶谷式も源流のひとつ。代替品など手にはいらない戦時中の満州で子どもを育てるには、根性論で乗りきらねばならない場面もあったでしょう。でも、今の時代にそのエッセンスを残す必要ってあるのかな~と、思わせる要素満載の、ぶっちゃけクラシカルな母乳育児法です。

まずい母乳、おいしい母乳?

 Oさんが母乳相談室へ駆け込み、まずはじめに驚いたのは〈全身白づくめ〉という施術者の出で立ちと、室内の汚さだったそう。

O「アパートの一室にある相談室に入ると、出てきたのは、全身白づくめの貫禄漂う中年女性。思わず、猫にまで白い布を巻いていた某宗教団体……パナウェーブでしたっけ、それを思い出してしまいました。そして、ぶっきらぼうな対応や、雑然として古く汚い印象の室内の居心地の悪さも加わり、入った瞬間すでに失敗という言葉が頭に浮かびました。施術は背中が痛くなるレベルの硬いベッドに横たわり乳房のマッサージがはじまるんですが、マッサージ中に母乳が吹き出て施術者の手にも自分の顔にもかかるんですよ。そこでまず、『ほら‼ 冷たいのよ! 色も黄色くて、まずい! こんなおっぱいだから、赤ちゃんが飲まない』。だから乳腺が詰まる、というんです」

 出口周辺にたまっていた母乳は、〈今わきたて!〉という状態と比べればわずかにぬるいのかもしれませんが、体内にあったものがそこまで冷たいのか~!? 相談室の助産師(施術者)によって対応にバラつきがあるというのはよく言われることですが、納得しにくいお説を押し付けないよう、認定時に統一したほうがいいのでは。

O「で、マッサージしていると後半に出てくる母乳は作られたてだから、開始直後よりはほんのわずか温かいような気がする。すると、ドヤ顔で『ほら、これがおいしい母乳なのよ!』と」

帰り道、涙が…

 単純に「自分で少し絞ってから飲ませると、赤ちゃんがよく飲んでくれますよ~」程度の説明じゃいけないんですかねえ。わざわざ「まずい!」とママを貶めるパフォーマンスの意義がよくわかりません。まるで、母乳マウンティング。

 しかも赤ちゃんが、ほんのわずかな温度差で「まずい!」と拒否するという話。それが本当なら、常温で飲ませる〈液体ミルク〉を与えられたらどうなるのか。「女将を呼べ!」と激怒する海原雄山のごとく、取りつく島もなくなるのでは?

 また、〈乳腺炎になったから母乳がまずくなり赤ちゃんが飲まない〉のか、〈母乳がまずくて赤ちゃんが飲まず、乳が溜まって乳腺炎になったのか〉、まるでタマゴが先かニワトリが先かという話を聞いているような錯覚が……。

O「ほかには『小麦粉禁止』『南のものは体が冷える」などの一部で有名な食事指導や、『あなたはがんばれば母乳だけでいけるはずだから、そうするべき!』とも強く言われましたね。生活サイクル的に必要だから粉ミルクも使っているのですけど、頭ごなしに母乳こそが正義! って感じで、とても疲れました」

 お母さんと赤ちゃんのための相談室というより、母乳教のための母乳指導? 母乳育児の魅力を伝えるどころかネガティブな印象にしてしまっては、商売あがったりになりそうですけど。

 そして疲れきったOさんにさらに追い打ちをかけるのは、施術後に授乳していたときのこと。

O「うちの子、げっぷが下手なんですよね。そこへ早く帰りたいという焦りもあり、授乳が終わった子どもの背中をちょっと強めにトントンしていたんです。そうしたら、次の人を施術していたその助産師が手を止めてすっ飛んできて、『そんなに強く叩かなくていいッ!』と大声で怒鳴るんです。母乳がまずいとけなされるわ怒鳴られるわで、不覚にも帰り道泣いてしまいました」

 その相談室へは、二度と行くまいと決心。しかし翌週に再び痛みが出てきたので、次はタクシーで気軽に行かれる距離の、別の桶谷式母乳相談所へ足を運ぶことに。なぜまた桶谷へ? というツッコミは横に置いておきましょう。

O「次の相談所はHPもあり、とてもきれいな店内でした。1回目の相談所でのことを訴えたからか初回は丁寧でやさしい対応でしたね。ところが2回目の施術で、また違和感が。おっぱいの詰まりが、あまり改善されてなかったんですよ。すると『言いつけを破って、ケーキとか甘いものを食べたでしょう!』と」

母乳最高! という価値観

O「『いえ、言われたとおり魚と野菜しか食べてません!』と答えると『おかしいわね……じゃあ、体を冷やす服装をしているからよ!』と、なぜか決めつけ(笑)。私はいつもボトムはロング丈のパンツですし靴下も履いているし、肩を出しているわけでもないし、ごくごくノーマルな服装なんですけど」

 あらゆる不調を〈冷え〉のせいにするのって、大変お手軽な対応という印象。「冷え」「愛情不足」「便利なものに頼りすぎ」は、これを繰り出せばとりあえずママたちの罪悪感を刺激しつつ、それっぽく説教できる定番の便利ワードになるつつあるのでは。

 その母乳相談室も前回と同様、マンションの1室。自分の前後に来店しているお母さんと施術者のやりとりが筒抜け状態で、そこで見た次のようなやりとりもなかなかのパンチがあったと話すOさん。

O「順番を待っている間に見たのは、〈今スグ断乳したい〉という女性です。保育園も始まるし、自分的にも体力の限界なので、もう明日にでも授乳をやめたいと訴えている話が聞こえてきました。ところが施術者は『いつくらいが目安?』とトンチンカンな対応。今すぐって言ってなかったっけ?」

ほかに適切な相談室があれば

O「その女性が改めて『だから、明日にでも!』と言うと、ありえないという勢いで『ええええ!?』とのけぞっていました。乳房管理的に無理があるというニュアンスではなく、『こんなに出てるのにもったいない』という感じ。そして『やめる前に、授乳している写真を撮っておきなさい!』とか、乳房管理とは別問題だろうという指導へ。授乳写真……私ならちょと無理です(笑)」

 結局マッサージを受けると一時的に楽にはなるものの、母乳最高教のような価値観と、根拠のよくわからない食事指導が苦手で、Oさんはその後、〈桶谷式〉には一切近寄らないようになったそう。

 現在は順調に離乳食も進み、乳房が痛くなりそうなときは〈積極的に母乳を飲ませる〉という方法で乗りきっているとのこと。しかし桶谷式に不信感を持ちながらも、通っていたときは指導された「キャベツ湿布」※を律儀に続けていたというのですから、Oさんの真面目なお人柄がにじみ出ています。

 ネット上にも〈桶谷式〉のアレな評判は多々あり、それらを目にするたびに、母乳育児の周りに漂う〈手間暇かける、ていねいな育児こそが愛情〉という呪いの存在を実感します。

「民間療法的なものに頼るからそうなるのでは?」という疑問もありますが、一般的な乳腺炎の治療は抗生剤を使うため、医師によっては一時的に授乳を禁止される場合も。それを避けようとすると、母乳マッサージの有名どころ=桶谷という流れになりがちだという話でした。Oさんも「桶谷以外に、もっと気軽に行かれる母乳相談室があればいいのに」と、こぼしています。

時代に合わせた、母乳指導を!

O「その手の情報を集めたいと思ったとき、失礼ながらとにかく役に立たないのが区の保健師なんですよね。評判のいい母乳マッサージを教えてくれと言っても、『ここがいいとか勧められないんです』とか、やたら遠い場所の施設をアナウンスされたり。子どもの発語が遅いことを相談したときも、『片言で話してください』ですって。ワンワンとかブーブーとか、赤ちゃん言葉を交えてとかならまだ理解できますが、片言って~!?」

〈区の保健師の情報が微妙問題〉は、実は私も激しく同意。わが家の場合は「ここの保育園ならお母さんがフリーランスでも預かってくれますよ!※※」と保健師に教えられた認可外保育園を見学してみると、大家族番組で見かけるカオスな情景をさらに煮詰めたような環境劣悪保育園。二度と保健師にアドバイスを求めるまい……と固く誓いました。

※※特に認可保育園の場合、在宅仕事のフリーランスは入園選考で不利になるケースが多い。

 母乳トラブルは一過性で専門家も少なく、情報も偏ったものになりがちです。試行錯誤した結果を世のお母さんのために! というお気持ちは素晴らしいのですが、その情熱を「現代に合わせてアップデート」することにも傾けてほしいと思った体験談でありました。

「外国人シェアハウス」ってどんな場所!? 男4女1が暮らす都内マンションに外専女子が潜入!

「外専女子初心者」にありがちな、どんな外国人もかっこよく見えてしまうマジックにかかっていた私。

 数カ月前にナンパしたオーストラリア人男子・エリックを奇跡のイケメンと錯覚し、夢にまで見た再会を果たしたところ、目の前に現れたのはただのブサメンでありました。さらにブサメンエリックは泥酔しており、タクシーで自宅に帰らせようとするも、私のよくわからない意地が発動し、エリックについていくことになり……。

前回はこちら

ここだけ異国!? ”異常に汚い”シェアハウスの内部

7-1

 エリックの住まいは5DKのマンションの一室、いわゆる「シェアハウス」。外国人の集うシェアハウスってどんなん!? と、ちょっとわくわくしながら到着。

 ドアを開けて玄関に入ると「グニョッ」。何か踏んだ――! 

 踏んだのは、くたくたになった外国人サイズのでっかいスニーカー。パンプスやサンダルなんかもごちゃごちゃと、重なり合って放置してある。私は、日本人専用のシェアハウスには何度かおじゃましたことがあって、そこの玄関もまあ散らかっているけど、どこかしら整理整頓しようとした痕跡はみられる。しかし、この散らかり方はさすが個人を重んじる外国人、って感じ! 東京だけどここは異国だと確信。

 ダイニングキッチンには夜中だからか、住人は誰もいない。電気をつけると、真ん中に大きなテーブルがある。住人共通で使うのだろう、テーブルの上には外国語で書かれたメモや手紙、お菓子、そして私たちはめったに目にすることのない在日外国人向けのフリーペーパーのようなものが雑に置かれている。ここには男性4人、女性1人が住んでいるらしいのだけど、男女ごちゃまぜって、「そういうこと」にならないんだろうか!? あとからエリックに聞いてみたら、「彼女はブスだから」って。おまえが言うな。

 床には母国から届いたであろう、異国情緒たっぷりの食品がつまった段ボール。どの国もそうなんだな、こうやって食料送ってくれるんだな〜と感心。

 ほかの住人に見つからないよう、そそくさとヤツの部屋に入ると、思わずため息の出る光景が……。

むき出しのマットレスでムリヤリ添い寝

 6畳1間のフローリングの部屋にはこじゃれた小物ひとつなく、白熱灯のランプがひとつだけ灯っていて、床には開いたまんまの大きいスーツケースにシャツや下着がだらしなくあふれており、家具は備え付けの勉強机と椅子、そしてむき出しのマットレス。色気もくそもない上、ヤツは早々とマットレスで寝てしまった。

 私はすることもなく、ヤツの横で寝てみることに。

……何も起こらない……。

「本当に寝たの!? 女が横にいるのに!!」私は悔しくなり、着ていたニットを脱ぎ、キャミ姿になってエリックを起こしてみる。「ねえ、暇なんだけど」と言うと、「う〜ん」と私をちらりと見て寝返りを打ち、また寝始めた。今度は背中を向けて横になっていると、彼の腕が私の体をまさぐり始めた!

 しめしめ、と思うも「やだ!」と振り払うと、その後まさぐってくることはなく……。ふつふつと「1回拒否っただけであきらめるのかよ!! ブサイクのくせに!!」という不条理な怒りがこみ上げてきた私。

「こいつどんなちんこしてるんだろう、ものすごいテクニックを持ってるかもしれん」「隣の部屋に人がいるとか、コーフンするかも」「ここまできてなんかもったいない」というヤル気が湧いて、半分意識のないヤツのボクサーブリーフをペロン! からの、ポロリ!

7-2

 わあ、これは……!! 見事なフツチン。

 例えるなら、市販のサラダドレッシングの大きさで、青白い。「ん〜、まあ、入れてみるか……」と、手で大きくしてはみたけど、酔っているので完全に硬くはない。「ねえ、ゴムある?」と聞くとヤツは起き上がって、机の引き出しからそれを出してきてくれたものの、私は心の中で「ええ!? あなたに日本でセックスチャンスがあったの……!?」と叫びました。我ながらなんという矛盾の数々。

 ゴムを装着して、ヤツをまたいで、いざ、フツチン挿入! 

 デカい外チン特有の激痛もなく、フツー。騎乗位で動いてみたものの、エリックは8割がた眠っているようで、口をパカーと半開きにして超マヌケ顔でウトウト。はだけたシャツからのぞく、これまた青白く引き締まっていないやや霜降りボディ! あの悪夢(デヴィット)を彷彿とさせる……。時折、意識が戻ってきたのか、下から2、3回弱く突かれて、止まる、の繰り返し。

 まさに、壊れかけた外国人ダッ○ワイフならぬ、ダッ○ハズバンドじゃないか!!

 「何やってんの、私……」

 今まで味わったことのないむなしさが私の体を突き上げ、ソッコーでフツチンを抜いて、無駄にヤル気でメラメラしている勝負下着を見ないようにしてつけ直し、服を着てダッシュでその部屋を去り、シェアハウスを脱出。チャリをこいで自宅にかけこみ布団にもぐったのでした。

 これから外専女子デビューする方、初期の“イケメン誤認”にはくれぐれもお気をつけくださいね。

(隔週火曜日・次回は7月3日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

土下座事件も今や昔……安室透効果で人気の『名探偵コナン』公式の優しさも広がる一方

『名探偵コナン』が妙な盛り上がりを見せている。公式によるファンを取り込むさまざまな施策には「隔世の感を禁じ得ない……」と、遠い目をする人も多い。

 すでに長寿連載になっているマンガ『名探偵コナン』(小学館)が再びの盛り上がりを見せたのは、劇場版アニメ『ゼロの執行人』が公開されてから。今回の劇場版でカギを握る人物となる3つの顔を持つ男・安室透が、突如女性ファンの中で人気を呼んだのである。

 いつも、子どもから大人まで楽しめる手堅い構成となっている『名探偵コナン』の劇場版。もとより、ファンの多かった安室透だが、今回は製作側も予想だにしなかった盛り上がりだ。

 とりわけ、安室の本名が降谷零であることから、全国でも30人ほどしかいない名字である降谷の印鑑がバカ売れするという珍騒動も起きている。

 さらに『ゼロの執行人』のTwitterアカウントでは、応援上映の時の心得として「執行して」などの、うちわやペンライトなどの応援グッズの持ち込みを推奨している。

 いったい、いつから『名探偵コナン』は、こんな大人な(推定)のファンにサービス満点な作品になったのか。長年のファンである女性は目に見えて変化したのは、2年ほど前からだという。

「大阪COMIC CITYに『週刊少年サンデー』(同)が、出張編集部を出展した時に『コナンの同人誌がアツい!』とTwitterでつぶやき話題になったことがありました。それまで、長いこと『名探偵コナン』の同人誌は、公式に知られると危険なものと思われていたのですが……」

『名探偵コナン』の同人誌は公式には絶対に知られてはならないと、ファンの間で認識されていたのは2005年に発生した「土下座事件」が発端。ある同人誌サークルが小学館側から著作権侵害であると内容証明を送付され、損害賠償を支払うという事件があったためだ。

 それから10数年が過ぎ、出版社の対応や同人誌やファンを取り巻く状況もガラリと変化。主出版社側はむしろ、あらゆる手段を用いて手堅いファンを取り込む方向へとシフトしているようだ。

 実際、安室透を表紙にした「少年サンデーS」6月号と7月号は、完売し重版が決定。長寿連載でありながら、いまだにファンが増える希有な作品ゆえに、なんでもウェルカムにする姿勢は正しい。
(文=大居候)

土下座事件も今や昔……安室透効果で人気の『名探偵コナン』公式の優しさも広がる一方

『名探偵コナン』が妙な盛り上がりを見せている。公式によるファンを取り込むさまざまな施策には「隔世の感を禁じ得ない……」と、遠い目をする人も多い。

 すでに長寿連載になっているマンガ『名探偵コナン』(小学館)が再びの盛り上がりを見せたのは、劇場版アニメ『ゼロの執行人』が公開されてから。今回の劇場版でカギを握る人物となる3つの顔を持つ男・安室透が、突如女性ファンの中で人気を呼んだのである。

 いつも、子どもから大人まで楽しめる手堅い構成となっている『名探偵コナン』の劇場版。もとより、ファンの多かった安室透だが、今回は製作側も予想だにしなかった盛り上がりだ。

 とりわけ、安室の本名が降谷零であることから、全国でも30人ほどしかいない名字である降谷の印鑑がバカ売れするという珍騒動も起きている。

 さらに『ゼロの執行人』のTwitterアカウントでは、応援上映の時の心得として「執行して」などの、うちわやペンライトなどの応援グッズの持ち込みを推奨している。

 いったい、いつから『名探偵コナン』は、こんな大人な(推定)のファンにサービス満点な作品になったのか。長年のファンである女性は目に見えて変化したのは、2年ほど前からだという。

「大阪COMIC CITYに『週刊少年サンデー』(同)が、出張編集部を出展した時に『コナンの同人誌がアツい!』とTwitterでつぶやき話題になったことがありました。それまで、長いこと『名探偵コナン』の同人誌は、公式に知られると危険なものと思われていたのですが……」

『名探偵コナン』の同人誌は公式には絶対に知られてはならないと、ファンの間で認識されていたのは2005年に発生した「土下座事件」が発端。ある同人誌サークルが小学館側から著作権侵害であると内容証明を送付され、損害賠償を支払うという事件があったためだ。

 それから10数年が過ぎ、出版社の対応や同人誌やファンを取り巻く状況もガラリと変化。主出版社側はむしろ、あらゆる手段を用いて手堅いファンを取り込む方向へとシフトしているようだ。

 実際、安室透を表紙にした「少年サンデーS」6月号と7月号は、完売し重版が決定。長寿連載でありながら、いまだにファンが増える希有な作品ゆえに、なんでもウェルカムにする姿勢は正しい。
(文=大居候)

眞子さま婚約騒動に見る、皇室の女性たちを苦しめる“伝統”

【歴史学者・小田部雄次氏インタビュー 中編】

 2018年5月25日、宮内庁は、秋篠宮家の長女・眞子内親王の結婚延期をめぐる一部週刊誌の報道に、天皇、皇后両陛下が心を痛めているとの声明を同庁ホームページで公開した。2017年末以降、眞子内親王の婚約者・小室圭氏の母親の400万円を超える借金トラブルが週刊誌やワイドショーで取り沙汰され、今年2月には宮内庁より2人の結婚延期が発表されたのは周知の通り。しかし、この結婚延期騒動を「小室家側に問題があった」で片付けてよいのだろうか?

 日本近現代史が専門の歴史学者で、近代以降の皇室の在り方にも詳しい小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授の話をもとに、過去に起きた皇室の婚姻トラブルを参照しながら騒動の背景を全3回に分けて考察する。

***

 第1回では皇室における二大婚姻トラブルともいえる大正天皇の婚約破棄事件と、昭和天皇の「宮中某重大事件」を見てきたが、それ以外にも皇室にはさまざまな婚姻トラブルがあった。例えば、1920(大正9)年に大韓帝国(現・韓国)の皇太子・李垠(り・ぎん)の妃となった李方子(り・まさこ)女王の一件である。

韓国皇室に嫁いだ日本の女王

「李方子さんは、明治初期に新設された宮家の一つである梨本宮家の生まれで、皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)の妃候補でもあった。つまり久邇宮良子(のちの香淳皇后)さんのライバルだったのですが、方子さんの母親である梨本伊都子(いつこ)さんが鍋島家の生まれで、この鍋島家は豊臣秀吉による朝鮮出兵以来、韓国とつながりが深い家柄なんです。そこで、1910(明治43)年の日韓併合を受けて、韓国の皇室に日本の皇族女子を嫁がせるという話になり、方子さんに白羽の矢が立てられた」(小田部雄次氏、以下同)

 これは「内鮮一体」(朝鮮を差別せずに内地=日本本土と一体化しようというスローガン)のための政略結婚であり、方子女王にとってショックな出来事であったのはもちろん、韓国側も抵抗する案件であろう。なぜなら、韓国の皇室に日本人の血を入れられてしまうのだから。逆に、日本の皇室に韓国人(およびその他の外国人)の血を入れることはない。「内鮮一体」と謳いながら、そこには明らかな差別意識があった。

「方子さんは結婚後、夫と共に日本で暮らすことになり、1921(大正10)年に第一子の晋をもうけるのですが、翌年に親子3人で韓国を訪れたとき、晋が急死してしまうんです。これは、確証はありませんが、韓国の宮廷による毒殺ではないかともいわれています」

 実は、1919(大正8)年に、方子女王の夫になる李垠の父・李太王(高宗)が死去している。これには日本側の陰謀による毒殺説が残っており、同年の三・一運動の引き金にもなった。李晋の毒殺は、それに対する報復ではないかとも囁かれている。

「しかも方子さんは、日本が第二次世界大戦に負けた結果、王公族(大日本帝国により併合された旧大韓帝国皇室である李王家とその一族の日本における身分)の身分を失い、1952(昭和27)年発効のサンフランシスコ講和条約での日本の主権回復に伴い日本国籍も喪失します。かといって韓国へ帰ることもできず、1963(昭和38)年になってようやく朴正煕大統領の計らいによって夫と第二子・玖(きゅう)と共に帰国を果たします」

 皇族の女性であることと、大日本帝国の膨張主義が生んだ悲劇といえそうである。そして、李方子の夫・李垠の異母妹である徳恵翁主(とくけいおうしゅ ※「翁主」は李氏朝鮮における皇帝の側室所生の皇女の称号)もまた数奇な運命をたどっている。

「徳恵さんは、1925(大正14)年に12歳で渡日して学習院に入るのですが、そこでいじめに遭い、さらに1930(昭和5)年に母親を亡くしてから奇行や登校拒否が問題になり、早発性痴呆症(統合失調症)と診断されます。その翌年に、日韓融和の一環として、旧対馬藩主・宗家の当主である宗武志(たけゆき)に嫁いだんです」

 先述した通り、皇室に外国人の血を入れることはない。つまり外国人を皇后や親王妃として迎えることは決して許されないが、大名家などの華族クラスの妻であれば許容範囲であり、この徳恵翁主のケースは、日本から韓国へ嫁いだ李方子とは逆パターンの政略結婚といえる。

「2人の夫婦仲自体は良好だったようですが、徳恵さんは病状が悪化し、終戦直後に入院してしまいます。そして、1955(昭和30)年には、徳恵さんの実家からの要請で武志さんとの離婚が成立しています」

 さらに、李方子の妹である梨本宮家の規子女王も、不幸な婚姻トラブルに見舞われている。それは、山階鳥類研究所の創始者・山階芳麿王の兄である山階宮武彦王との間で起こった。

「武彦さんは海軍航空隊のパイロットで『空の宮様』とも呼ばれたのですが、1923(大正12)年の関東大震災で奥さんを亡くし、精神を病んで引きこもってしまった。それを指して、山階宮邸には“開かずの間”ができたといわれます。山階宮家は、そんな武彦さんの後妻として規子さんを迎えようとした。そこで、規子さん自身もそれを納得したうえで婚約したのですが、結局、結婚を申し出た山階宮家側からの意向で婚約は破棄されてしまいます。規子さんはその後、梨本宮家の遠縁の華族家に嫁ぎましたが、この婚約破棄は相当なショックだったことでしょう」

「男系男子」は本当に皇室の“伝統”か

 以上のように、皇族の結婚により公家や宮家の女子は振り回されてきたわけだが、特に戦後は、それに巻き込まれまいとする動きもあったという。

「例えば美智子さまと雅子さまは、民間からすっと皇室に入られたように見えるかもしれませんが、実はそこに至るまですったもんだがあったんです。宮内庁としては、今上天皇と皇太子の妃候補を旧宮家や華族から出したかったんです。事実、いずれも当初は旧宮家の北白川家の娘が候補に挙がりました。ただ、候補になると週刊誌が騒ぐし本人たちも息苦しいから、言葉は悪いですが、みんな逃げちゃったんです。特に今上天皇の妃探しのときは、『戦後のゴタゴタの中で皇室になんて入りたくない』といったことを雑誌で語る妃候補もいました」

 皇室に近い存在である旧宮家や公家の娘たちは、皇室に入ることの大変さを知っていたし、そこから逃げる術も知っていた。しかし、民間人は逃げきれない。民間人が皇室に入るということは、身分差が取り払われたという点で喜ばしいことだが、同時にそれは民間人に尋常ならざる覚悟を強いることでもあったのだ。

「美智子さまにしろ雅子さまにしろ、かなり辞退し続けたんですよ。宮中という世界に入るには、恋愛感情だけでは越えられない高いハードルがありますから。雅子さまはプロポーズのとき、皇太子殿下から『雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから』と言われ、それに支えられて頑張ってらっしゃいますが、やはりご苦労もなさっている。美智子さまにしても、立派な皇后陛下になられているものの、1993(平成5)年に失声症になられたこともありました」

 では、具体的に何が彼女たちを苦しめたのか。

「簡単にいえば、“伝統”ですよね。宮中に関わりを持つ人間は、それこそ神話の時代からの伝統を守ってきた人たちの子孫であり、例えば礼一つとっても、箸の上げ下げ一つとっても、いろいろな人がいろいろなことを言ってくる。姑・小姑が山ほどいる世界だと思えばわかりやすいでしょうか。だから雅子さまも当初は『喋りすぎるな』と怒られましたよね」

 戦後の新しい時代の文化に触れて育ち、また幼少時から海外経験も豊富だった雅子妃殿下にとって、宮中の作法や慣例などはおよそ時代錯誤に見えたはずである。しかし、それは守らなければならない伝統だった。そして、宮中の伝統の中で彼女を最も苦しめたのは、男系男子による皇位継承であろう。ただし、その伝統は明治期にいわば“後付け”で生まれたものにすぎない。

「男系男子の規定が初めて明文化されたのは、1889(明治22)年に大日本帝国憲法と同時に制定された旧皇室典範なんです。実際、江戸期にも2人の女性天皇がいましたし、時代をさかのぼれば推古天皇や斉明天皇など、計8人の女性天皇が存在します。ですから、近世以前には女性が天皇になってはいけないといった明文化されたルールなど存在せず、いわば“たまたま”男系男子による継承が続いたのだ、という言い方のほうが正確。では、なぜ長きにわたり男系継承が続いて、女性天皇が極端に少ないのかといえば、それは結局のところ、日本が一貫して男尊女卑社会だったから、ということに尽きるのではないでしょうか」

 逆にいえば、歴史的に日本における女性の社会的地位が高ければ、女性天皇ももっと簡単に誕生していたかもしれない。

政治が“回避”した「女性天皇」議論

 また、明治期までは側室があり、皇位継承者たる男子はたくさん生まれていたため、継承者問題を議論する必要もなかった。いささか乱暴な言い方かもしれないが、「天皇は男でも女でもいいけれど、男がいるなら男のほうがいい」という、明確な根拠のない男系推しが続いた結果なのだ。あるいは、あえて根拠を挙げるならば、小田部氏のいう通り女性蔑視の考え方であろう。

「相撲でいう『女は土俵に上がるな』に似ていますよね。女相撲が存在するのに、あたかも女人禁制がもとから存在したルール、伝統であるかのような言い方をされるという点で。あるいは、『過去の女性天皇だって、中継ぎに過ぎなかった』などと文句をつける学者もいますが、中継ぎだろうといたことには変わりませんし、それを言ったら中継ぎの男性天皇だってたくさんいましたからね」

 小田部氏によれば、天皇という職能上、女性で困ることはないという。

「『女性には生理があるから儀式ができない』などという男系論者がいますが、儀式には代拝というシステムがあって、代々の天皇たちも体調が悪いときなどは代役を立てていました。また『生理の血が“穢れ”である』というのも、伝統といえばそうではあるかもしれませんが、現代的な価値観でいえばある種の迷信に近いもの。それをいま声高に主張すれば、それこそ大問題になりますよね。私にいわせれば、それを変えて何が悪いのか、と。結局は、「男系であるべし」を主張するための、まさに“ためにする議論”でしかないのではないか、と」

 2017(平成29)年5月、今上天皇の生前退位を受け、共同通信社が世論調査で女性天皇の賛否を問うたところ、賛成は86パーセントだった。また、同時期に毎日新聞が実施した同様の世論調査でも賛成が68パーセントと高いパーセンテージを示している。にもかかわらず、なぜ女性天皇の議論が進まないのか。

「2006(平成18)年に秋篠宮家に悠仁親王が誕生し、当面の男系断絶が回避されて以降、女性天皇をめぐる議論は下火になりましたが、それから10年以上まったく進んでいないですよね。特に近年における議論停滞の一因は、現政権である自民党の、もっといえば安倍晋三首相の重要な支持基盤の一つが、女性天皇に反対する保守層だからでしょう。逆にいえば、もし仮に安倍首相が退陣すれば、女性天皇の議論が活発化する可能性は高い」

 保守を名乗るのであれば、天皇という存在の重要性は十分に理解しているはずだ。しかし、その保守層が「伝統」とやらに固執するあまり議論を停滞させ、先細っていく皇室を蔑ろにする結果を生んでいるというのは皮肉な話である。今上天皇の生前退位にしても、多くの国民が支持していたのにもかかわらず、安倍内閣は非協力的だったことも記憶に新しい。

 以上を踏まえ、次回は眞子内親王の結婚延期問題の背景に迫りたい。

(構成/須藤 輝)

小田部雄次(おたべ・ゆうじ)

1952年生まれの歴史学者で、静岡福祉大学名誉教授。専門は日本近現代史。皇室史、華族史などに詳しく、著書に『皇族―天皇家の近現代史』(中公新書)、『肖像で見る歴代天皇125代』 (角川新書)などがある

眞子さま婚約騒動に見る、皇室の女性たちを苦しめる“伝統”

【歴史学者・小田部雄次氏インタビュー 中編】

 2018年5月25日、宮内庁は、秋篠宮家の長女・眞子内親王の結婚延期をめぐる一部週刊誌の報道に、天皇、皇后両陛下が心を痛めているとの声明を同庁ホームページで公開した。2017年末以降、眞子内親王の婚約者・小室圭氏の母親の400万円を超える借金トラブルが週刊誌やワイドショーで取り沙汰され、今年2月には宮内庁より2人の結婚延期が発表されたのは周知の通り。しかし、この結婚延期騒動を「小室家側に問題があった」で片付けてよいのだろうか?

 日本近現代史が専門の歴史学者で、近代以降の皇室の在り方にも詳しい小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授の話をもとに、過去に起きた皇室の婚姻トラブルを参照しながら騒動の背景を全3回に分けて考察する。

***

 第1回では皇室における二大婚姻トラブルともいえる大正天皇の婚約破棄事件と、昭和天皇の「宮中某重大事件」を見てきたが、それ以外にも皇室にはさまざまな婚姻トラブルがあった。例えば、1920(大正9)年に大韓帝国(現・韓国)の皇太子・李垠(り・ぎん)の妃となった李方子(り・まさこ)女王の一件である。

韓国皇室に嫁いだ日本の女王

「李方子さんは、明治初期に新設された宮家の一つである梨本宮家の生まれで、皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)の妃候補でもあった。つまり久邇宮良子(のちの香淳皇后)さんのライバルだったのですが、方子さんの母親である梨本伊都子(いつこ)さんが鍋島家の生まれで、この鍋島家は豊臣秀吉による朝鮮出兵以来、韓国とつながりが深い家柄なんです。そこで、1910(明治43)年の日韓併合を受けて、韓国の皇室に日本の皇族女子を嫁がせるという話になり、方子さんに白羽の矢が立てられた」(小田部雄次氏、以下同)

 これは「内鮮一体」(朝鮮を差別せずに内地=日本本土と一体化しようというスローガン)のための政略結婚であり、方子女王にとってショックな出来事であったのはもちろん、韓国側も抵抗する案件であろう。なぜなら、韓国の皇室に日本人の血を入れられてしまうのだから。逆に、日本の皇室に韓国人(およびその他の外国人)の血を入れることはない。「内鮮一体」と謳いながら、そこには明らかな差別意識があった。

「方子さんは結婚後、夫と共に日本で暮らすことになり、1921(大正10)年に第一子の晋をもうけるのですが、翌年に親子3人で韓国を訪れたとき、晋が急死してしまうんです。これは、確証はありませんが、韓国の宮廷による毒殺ではないかともいわれています」

 実は、1919(大正8)年に、方子女王の夫になる李垠の父・李太王(高宗)が死去している。これには日本側の陰謀による毒殺説が残っており、同年の三・一運動の引き金にもなった。李晋の毒殺は、それに対する報復ではないかとも囁かれている。

「しかも方子さんは、日本が第二次世界大戦に負けた結果、王公族(大日本帝国により併合された旧大韓帝国皇室である李王家とその一族の日本における身分)の身分を失い、1952(昭和27)年発効のサンフランシスコ講和条約での日本の主権回復に伴い日本国籍も喪失します。かといって韓国へ帰ることもできず、1963(昭和38)年になってようやく朴正煕大統領の計らいによって夫と第二子・玖(きゅう)と共に帰国を果たします」

 皇族の女性であることと、大日本帝国の膨張主義が生んだ悲劇といえそうである。そして、李方子の夫・李垠の異母妹である徳恵翁主(とくけいおうしゅ ※「翁主」は李氏朝鮮における皇帝の側室所生の皇女の称号)もまた数奇な運命をたどっている。

「徳恵さんは、1925(大正14)年に12歳で渡日して学習院に入るのですが、そこでいじめに遭い、さらに1930(昭和5)年に母親を亡くしてから奇行や登校拒否が問題になり、早発性痴呆症(統合失調症)と診断されます。その翌年に、日韓融和の一環として、旧対馬藩主・宗家の当主である宗武志(たけゆき)に嫁いだんです」

 先述した通り、皇室に外国人の血を入れることはない。つまり外国人を皇后や親王妃として迎えることは決して許されないが、大名家などの華族クラスの妻であれば許容範囲であり、この徳恵翁主のケースは、日本から韓国へ嫁いだ李方子とは逆パターンの政略結婚といえる。

「2人の夫婦仲自体は良好だったようですが、徳恵さんは病状が悪化し、終戦直後に入院してしまいます。そして、1955(昭和30)年には、徳恵さんの実家からの要請で武志さんとの離婚が成立しています」

 さらに、李方子の妹である梨本宮家の規子女王も、不幸な婚姻トラブルに見舞われている。それは、山階鳥類研究所の創始者・山階芳麿王の兄である山階宮武彦王との間で起こった。

「武彦さんは海軍航空隊のパイロットで『空の宮様』とも呼ばれたのですが、1923(大正12)年の関東大震災で奥さんを亡くし、精神を病んで引きこもってしまった。それを指して、山階宮邸には“開かずの間”ができたといわれます。山階宮家は、そんな武彦さんの後妻として規子さんを迎えようとした。そこで、規子さん自身もそれを納得したうえで婚約したのですが、結局、結婚を申し出た山階宮家側からの意向で婚約は破棄されてしまいます。規子さんはその後、梨本宮家の遠縁の華族家に嫁ぎましたが、この婚約破棄は相当なショックだったことでしょう」

「男系男子」は本当に皇室の“伝統”か

 以上のように、皇族の結婚により公家や宮家の女子は振り回されてきたわけだが、特に戦後は、それに巻き込まれまいとする動きもあったという。

「例えば美智子さまと雅子さまは、民間からすっと皇室に入られたように見えるかもしれませんが、実はそこに至るまですったもんだがあったんです。宮内庁としては、今上天皇と皇太子の妃候補を旧宮家や華族から出したかったんです。事実、いずれも当初は旧宮家の北白川家の娘が候補に挙がりました。ただ、候補になると週刊誌が騒ぐし本人たちも息苦しいから、言葉は悪いですが、みんな逃げちゃったんです。特に今上天皇の妃探しのときは、『戦後のゴタゴタの中で皇室になんて入りたくない』といったことを雑誌で語る妃候補もいました」

 皇室に近い存在である旧宮家や公家の娘たちは、皇室に入ることの大変さを知っていたし、そこから逃げる術も知っていた。しかし、民間人は逃げきれない。民間人が皇室に入るということは、身分差が取り払われたという点で喜ばしいことだが、同時にそれは民間人に尋常ならざる覚悟を強いることでもあったのだ。

「美智子さまにしろ雅子さまにしろ、かなり辞退し続けたんですよ。宮中という世界に入るには、恋愛感情だけでは越えられない高いハードルがありますから。雅子さまはプロポーズのとき、皇太子殿下から『雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから』と言われ、それに支えられて頑張ってらっしゃいますが、やはりご苦労もなさっている。美智子さまにしても、立派な皇后陛下になられているものの、1993(平成5)年に失声症になられたこともありました」

 では、具体的に何が彼女たちを苦しめたのか。

「簡単にいえば、“伝統”ですよね。宮中に関わりを持つ人間は、それこそ神話の時代からの伝統を守ってきた人たちの子孫であり、例えば礼一つとっても、箸の上げ下げ一つとっても、いろいろな人がいろいろなことを言ってくる。姑・小姑が山ほどいる世界だと思えばわかりやすいでしょうか。だから雅子さまも当初は『喋りすぎるな』と怒られましたよね」

 戦後の新しい時代の文化に触れて育ち、また幼少時から海外経験も豊富だった雅子妃殿下にとって、宮中の作法や慣例などはおよそ時代錯誤に見えたはずである。しかし、それは守らなければならない伝統だった。そして、宮中の伝統の中で彼女を最も苦しめたのは、男系男子による皇位継承であろう。ただし、その伝統は明治期にいわば“後付け”で生まれたものにすぎない。

「男系男子の規定が初めて明文化されたのは、1889(明治22)年に大日本帝国憲法と同時に制定された旧皇室典範なんです。実際、江戸期にも2人の女性天皇がいましたし、時代をさかのぼれば推古天皇や斉明天皇など、計8人の女性天皇が存在します。ですから、近世以前には女性が天皇になってはいけないといった明文化されたルールなど存在せず、いわば“たまたま”男系男子による継承が続いたのだ、という言い方のほうが正確。では、なぜ長きにわたり男系継承が続いて、女性天皇が極端に少ないのかといえば、それは結局のところ、日本が一貫して男尊女卑社会だったから、ということに尽きるのではないでしょうか」

 逆にいえば、歴史的に日本における女性の社会的地位が高ければ、女性天皇ももっと簡単に誕生していたかもしれない。

政治が“回避”した「女性天皇」議論

 また、明治期までは側室があり、皇位継承者たる男子はたくさん生まれていたため、継承者問題を議論する必要もなかった。いささか乱暴な言い方かもしれないが、「天皇は男でも女でもいいけれど、男がいるなら男のほうがいい」という、明確な根拠のない男系推しが続いた結果なのだ。あるいは、あえて根拠を挙げるならば、小田部氏のいう通り女性蔑視の考え方であろう。

「相撲でいう『女は土俵に上がるな』に似ていますよね。女相撲が存在するのに、あたかも女人禁制がもとから存在したルール、伝統であるかのような言い方をされるという点で。あるいは、『過去の女性天皇だって、中継ぎに過ぎなかった』などと文句をつける学者もいますが、中継ぎだろうといたことには変わりませんし、それを言ったら中継ぎの男性天皇だってたくさんいましたからね」

 小田部氏によれば、天皇という職能上、女性で困ることはないという。

「『女性には生理があるから儀式ができない』などという男系論者がいますが、儀式には代拝というシステムがあって、代々の天皇たちも体調が悪いときなどは代役を立てていました。また『生理の血が“穢れ”である』というのも、伝統といえばそうではあるかもしれませんが、現代的な価値観でいえばある種の迷信に近いもの。それをいま声高に主張すれば、それこそ大問題になりますよね。私にいわせれば、それを変えて何が悪いのか、と。結局は、「男系であるべし」を主張するための、まさに“ためにする議論”でしかないのではないか、と」

 2017(平成29)年5月、今上天皇の生前退位を受け、共同通信社が世論調査で女性天皇の賛否を問うたところ、賛成は86パーセントだった。また、同時期に毎日新聞が実施した同様の世論調査でも賛成が68パーセントと高いパーセンテージを示している。にもかかわらず、なぜ女性天皇の議論が進まないのか。

「2006(平成18)年に秋篠宮家に悠仁親王が誕生し、当面の男系断絶が回避されて以降、女性天皇をめぐる議論は下火になりましたが、それから10年以上まったく進んでいないですよね。特に近年における議論停滞の一因は、現政権である自民党の、もっといえば安倍晋三首相の重要な支持基盤の一つが、女性天皇に反対する保守層だからでしょう。逆にいえば、もし仮に安倍首相が退陣すれば、女性天皇の議論が活発化する可能性は高い」

 保守を名乗るのであれば、天皇という存在の重要性は十分に理解しているはずだ。しかし、その保守層が「伝統」とやらに固執するあまり議論を停滞させ、先細っていく皇室を蔑ろにする結果を生んでいるというのは皮肉な話である。今上天皇の生前退位にしても、多くの国民が支持していたのにもかかわらず、安倍内閣は非協力的だったことも記憶に新しい。

 以上を踏まえ、次回は眞子内親王の結婚延期問題の背景に迫りたい。

(構成/須藤 輝)

小田部雄次(おたべ・ゆうじ)

1952年生まれの歴史学者で、静岡福祉大学名誉教授。専門は日本近現代史。皇室史、華族史などに詳しく、著書に『皇族―天皇家の近現代史』(中公新書)、『肖像で見る歴代天皇125代』 (角川新書)などがある

漫画、アニメ……2次元にハマってゴミだらけ! ヲタ活に時間を“全振り”する30女の汚部屋

 20代の捨てられない思い出、過去の恋愛、三日坊主のアイテム、蓄積された趣味のコレクション、不安の数だけ溜まるストック商品……。収納ライター・ito makiが、30代・女性のひとり暮らしにありがちな、モノと煩悩に支配された“汚部屋"を一掃。ゴミという名の過去を捨て、心ごと汚れを洗い流し、願いが叶う“悟り部屋”に変えていきます!

【煩悩002-1】ヲタ活にハマって片付かない! 2次元に没入する30代女性の部屋(Cさん・34歳)

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 第2回目のクライアントは、東京の新宿区に住む女性Cさん(34歳)のお部屋です。独身・ひとり暮らし、75,000円の1DKアパートに4年ほどお住まいです。

 筆者は、これまで整理収納アドバイザーとして多くのお宅を訪問してきましたが、クライアント様の多くは、「片付けると考えただけで、動きが止まってしまう」「この後どうしたらいいか、わからない」と悩んでいました。

 ですが、今回のCさんは、一緒に作業をしていく中で、もっとも「効率の良さ」に驚かされたクライアント様になります。それもそのはず、Cさんの職業は家庭科の先生! 家事を教える仕事ですから、基本的な知識は備わっていて当然だったのです。

 でも……?

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 この汚部屋です。

 なぜ、汚部屋になってしまったのでしょう? 実はできるはずなのに、できない女性が抱える問題は、どこにあるのでしょうか。

① 仕事と趣味で忙しく、家のことを気にかける時間がない
② 整理収納の効果やインテリアについて、興味がなかった
③ やればできるからこそ、後回しにして膨らんだ

 Cさんの場合は、大きく分けて上記の3つ。「帰宅するのは午後9~10時頃で、そのまま、大好きな2次元の世界へ飛び込んでしまう」とのこと。

 仕事が忙しく、在宅時間も少ない。週末はイベントなどの外出が多い。飲食街が近いので、外食も多い……。これ、2次元がどうのとかではなく、働くアラサー女性にとって「あるあるな悩み」ではないでしょうか?

 1DKの部屋に女性3人がいるだけで、空気がモワッと霧のようにかすみます。

 「なんか空気が重い」「悪いモノが憑いてる気がします……」筆者と担当編集者のAさんは、この空気に“邪気”を感じていました。

 空気が淀んでいる原因は、どこにあるのでしょうか。

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 家具の裏や、部屋の隅を確認すると、湿気によるカビが発生していました。(思わず掃除してしまいました)

01c
 引き出しの中には、虫の糞らしき残骸が見えます。飲食街に住んでいるため、ゴキブリが多いのかもしれません。

 このレベルになると、目標までの道のりが遠いため、毎日片付けてもすぐ挫折してしまいがちです。そのため、気合を入れて「一気に片付ける日」を用意する必要があります。

 Cさんのお部屋の場合、2人で「丸2日」使って片付けました。1日目は、大掃除と処分品の選定です。2日目に、グループに分別したモノを収納していきます。

 また、湿気剤などの処理をしていないため部屋の「隅」や「裏」にホコリとカビが発生しているので、空気の入れ替えと除湿を徹底的に行います。

 次回から、部屋をコーナー別に分類し「悩み」と「目標」をまとめていきます!

 
(毎週月曜更新・次回は6月25日予定)

<バックナンバーはこちらから>
30代女子の「煩悩部屋」ビフォーアフター

<プロフィール>
ito maki
収納ライター・兼・整理収納アドバイザー1級。おがくず工場に生まれ、ホテル清掃員、国鉄系レストランの厨房、内装会社、デパートの搬入搬出など“家事の土台”を極めた生活を経て、出版社入社ののち独立、現在に至る。モノを手放すほど「幸運」が舞い込むジンクスを何度も体感! 貧乏神と決別した実体験をもって、整理収納の威力をお伝えします。
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松岡茉優と指原莉乃、熱狂的なモーニング娘。ファン同士だから起きた緊張感溢れる対面

 本日(6月17日)23時10分より放送される『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日)は、「ハロー!プロジェクト20周年~なぜ長く愛されるの? 歴史と変化に迫る~」と題してハロー!プロジェクトを特集。そのトークコーナーに大森靖子、ヒャダインといったハロプロ好きを公言するミュージシャンと並んで出演するのが、女優の松岡茉優である。

 松岡茉優は熱狂的なモーニング娘。ファンとしても知られており、様々なメディアでモーニング娘。について語るたびに「オタク特有の早口」になる姿はおなじみだ。その縁で、フェイクドキュメンタリードラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』(テレビ東京)の企画として、ハロー!プロジェクトのコンサートでモーニング娘。’16(当時)の一員に加わり、ステージでの共演を果たしたこともある。

 『関ジャム 完全燃SHOW』でどんな話が繰り出されるのか楽しみだが、つい先日、そんな松岡茉優と、同じく熱狂的なハロプロファンとして知られる指原莉乃の緊張感溢れるハロプロトークが話題となっていた。

 それはフジテレビで放送されたリリー・フランキーと指原莉乃の番組『真夜中』(6月3日深夜および同月10日深夜放送分)でのこと。この回では、映画『万引き家族』でリリーと共演した松岡茉優と安藤サクラがゲスト出演したのだが、同じ趣味を共有し合う者同士ノリノリかと思いきや、むしろその逆。リリーと指原だけで話すオープニングトークで指原は<モー娘。の話、ナシにしましょう今日>と話す。その思いは松岡も同じだったようで、松岡も<なるべく指原さんとはモー娘。の話をしたくない>と話していたと、リリーは明かす。

 そして、遂に二人は対面するのだが、初対面ではないのにも関わらず、お互いがお互いを牽制し合う緊張感漂う空気に。お互いモーニング娘。を好きになった時期や思い入れのある時期が違うこともあり(指原は5期、6期からで、松岡は9期から)、ファンとしての「流派」やスタンスの違いが読めないことから、その緊張感が生まれていたらしい。松岡はここでも<ナーバス感は私も漂っています>と微妙な心情を漏らす。

 オタク特有の面倒臭さが爆発し、テレビの画面ごしでも緊張感が伝わってくる放送となっていたのだが、リリーのお膳立てのもと対面して語るうちに、だんだんと緊張した空気はほどけていく。そして、松岡がモーニング娘。ファンになるきっかけとなった9期生の鞘師里保(2015年卒業)の話をしだした途端、二人の間にあった壁は一気に決壊するのだった。

 松岡が<私は一生鞘師単推し、単推しは鞘師って決めてるし、彼女と同じ時代に生まれてきてよかったって思うから><私が1995年に生まれたのはあの子の歌声を生で聴くため>と頭のネジが少し外れたことを言い出すも、指原はそこにツッコみを入れるどころか<本当にすごいですよね。私もマジで彼女に対してはそう思います>と完全同意。

 とはいえ、鞘師はもうモーニング娘。から卒業してしまっている。そこで、指原が松岡に現在のモーニング娘。で気になっているメンバーを聞くと、松岡は若干恥ずかしそうに<ライブ行って目で追っちゃうのは、まーちゃん(佐藤優樹)なんですよ>と告白。

 佐藤優樹は指原のお気に入りメンバーでもあり、その言葉を聞くやいなや指原は<きゃー、やっぱりそうですよね!>と絶叫。二人はますます早口になり、同席するリリーと安藤サクラを置いてけぼりにしながら、身を乗り出して語りだす。

 そして、これからのモーニング娘。の展望について、松岡が<14期に森戸(知沙希)が入って、『揃ったな』と思って。これからはモーニング(のメンバー)それぞれのスキルやパフォーマンスが上がっていって、鞘師一強の時代じゃなくて、モーニングひとりひとりのメンバーの個性が輝き始めていて、いま現状(他には)ないアイドル像になるはずだと思うんですよ>と熱く分析すると、指原はおしぼりで机を叩き目を見開きながら<メッッッッチャメチャわかります、マジで>と同意するのだった。

 最初の空気とのあまりの違いに、リリーは思わず<今日、モー娘。の話しないって言ってたのに、すげえ喋るじゃん>とツッコミを入れながらも、<よかった、よかった、仲良くなれてねぇ>と、まるで父親のような優しい声色で安堵の気持ちをつぶやく。

 最終的には、二人でLINEのIDを交換。『万引き家族』の宣伝のための出演だったのにも関わらず、映画の話はあまり出ずに番組は終わった。指原は<すいません。番宣なのに、結局こんな感じで>と謝るも、松岡は嬉しそうに<お友だちのできた日になった>と応じ、リリーも<それが一番ですよ>と番組を締めた。

 今回の『関ジャム 完全燃SHOW』に指原の出演はないが、また近いうちに、友だちとなった松岡指原コンビでの話を聞いてみたいものだ。

(倉野尾 実)

「手数料もあこぎ」なLINEスタンプ、少々売れてもクリエイターは儲からない“悲惨な実情”

 華々しい数字とは裏腹に、まったく稼げない……。

 登場から4年を迎えた「LINEクリエイターズスタンプ」の作者泣かせな実情が明らかになってきている。

 誰でもLINEスタンプを制作・販売できるプラットフォーム「LINE Creators Market」が登場したのは、2014年の春。今では、登録クリエイターの数は世界で150万人あまりに成長。4年間の販売総額は530億円。売上上位の10人の平均販売額は、累計6億4,100万円を記録している。

 絵の描ける人なら手軽に稼げる方法。ともすれば、爆発的なヒットができるかも……と、取らぬ狸の皮算用のひとつでもしたくなる「LINEクリエイターズスタンプ」。だが、わずかな上位の輝かしい金額とは裏腹に、多くのクリエイターにとっては「売れても稼ぐことができない」ものとなっている。

「ここ3年ほどで、5万個ほどは売れています、けっこう頑張ってると思うのですが……」

 そう話すのは、シュール系ギャグを得意とする漫画家のK氏。K氏は3年前に単行本の発売にあわせて「LINEクリエイターズスタンプ」で、自信のキャラクターのスタンプを販売することにした。

「1個売れるごとに通常は37円がクリエイターの収入になります。LINEウェブストアから購入された場合は1個50円になるそうですが、そんなところから買う人はいないですよね」

 ちなみに販売価格は150円。諸々の諸経費を引かれた末にクリエイターに入るのは37円というわけだ。

 37円×5万個で、収入は185万円。となると、多いように見えるが、3年で割ると1年あたり約61万円。月額で約5万円。

 労働せずとも毎月5万円が振り込まれるのはオイシイように見えるかもしれないが、キャラヴァリエーションを生み出すために要する時間からすると、まったく報われない数字だ。

「ちなみに、売上を引き落とすときにも600円くらいの手数料がかかるんです。でも、LINE Pay(ペイ)にすると手数料がタダ! あこぎだと思いますよ」

 この上、確定申告をする手間もあることを考えれば、LINEという会社のためだけにスタンプを売っているようなものだ。

 とはいえ、話を聞いたH氏は、単行本を出版している漫画家でもあり、まだ売れているほう。

 さらに底辺なクリエイターあたりは「まったく売れない、儲からない」という人が多数いる。

 小銭でもいいから収入がほしい。その程度に目標を設定しなければ「LINEクリエイターズスタンプ」はオイシくないようだ。
(文=是枝了以)