「生理は病気じゃない。走りなさい」 生理痛や陣痛を精神論で乗り越えろと強要する人たち

 高校時代、体育の教師に生理痛を訴えたにも関わらず、3キロも走らされた経験をもつ“くうさん”が描いた漫画が、多くの女性たちの共感を集めている。

 くうさんは、もともと生理痛が重く、倒れて保健室に運ばれてしまったこともあったという。その日も生理痛がひどく、体育の時間に女性教師にその旨伝えたのだが、「生理は病気じゃない。走りなさい」 と言われ、休むことを許されなかった。

 漫画では、くうさんの心の声として「こいつ本当に女!? てゆうか保健体育教える資格持つ人!!?」とある。

 実は女性同士の方が理解し合えないのが、生理にまつわる辛さである。生理については、初経年齢から始まり、その期間、周期、経血量、そして生理痛やPMSや更年期障害の有無や軽重、閉経時期など、個人差が大きい。

 自分の生理痛が軽いと、生理痛の重い女性の辛さが理解できず、なかには仮病ではないかと疑う人までいる。

生理痛で苦しんでいる自分の娘に、「生理痛は陣痛の練習よ」などと見当違いなことを言う母親は、鬼ではなく、ただ単に個人差があるということを理解できていないのだろう。

 同様に男性も、自分の彼女や妻など身近な女性の生理痛が軽いと、他の女性も同じだと思い込んだり、逆に身近な女性の生理痛が重いと、女性はみな生理痛に苦しんでいると思いがちである。

 最近では、男性向けメディアが、生理痛やPMSに対する理解が必要だということを発信するようになってきたが、「生理痛はこんなに辛い」「女性が生理前にイライラするのはしかたがない」といった内容に偏っている点は、非常に危うい。

 生理中や生理前の不調を安易に強調することは、女性差別につながるからである。生理痛やPMSの有無や軽重には個人差があり、鎮痛剤や低用量ピルでコントロール可能であるということも、同時に伝えてほしい。

 くうさんの経験では、生理痛の辛さを理解しようとしない主が、体育教師であるという点において余計にタチが悪い。保健体育の教師こそが、生理にまつわる個人差を伝えるべき立場にあるからだ。

 私の中学時代の男性体育教師は、「生理なんて大したことないって、うちのかあちゃんが言ってた」とのたまい、プールの授業も休むことを許さなかった。それでもほとんどの女子が生理のときは見学していたが、なかには教師に逆らえず、血を流しながら泳いでいる生徒もいた。

 生理や経血に対する考え方は、人それぞれなので、教師は生理中の水泳を強制すべきではない。私個人は、経血をプールで垂れ流すことは、ルール違反だと考えている。

 こうした生理に関する最低限の知識やルールといったものは、本来、初経教育の際にきちんと伝えられるべきだが、現状、小学校で行われる初経教育の内容は、学校ごとに異なり、十分でないところも多い。

 ところで、「生理は病気じゃない」というセリフは、「お産は病気じゃない」といって妊産婦にあらゆる忍従を強いる発想と似ている。生理もお産も、病気ではなくても辛い場面は多々ある。精神論ですべてが乗り越えられるほど、世の中単純ではない。

隣客にディープキス、パンツ半脱げで昏睡!? 泥酔アラサー女子の「プロすぎる帰り方」

(前回はこちら) 

どうも、紫帆です。都内の某飲み屋街で小さなバーを経営している私が、夜毎の営業中に目撃したクソ客・変な客・珍事件について、お話させていただきますね。さて、今宵のお客さまは――

大迷惑! 狭いトイレで昏睡する“泥酔女子”

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 とある週末、常連のお客さまが連れていらした、30代前半の元気な女性。

 常連さんの会社の後輩である彼女は、かなりの豊満体型もあってか、とにかく酒豪です。甲類焼酎の緑茶割りをガンガン空にしながら、「去年までスナックでバイトしてた」という経験も納得のトークの冴えと、華やかな笑顔を披露していました。

 ところが夜が深まるにつれ、徐々に許容量を超えてきたのか、彼女の目の焦点が定まらなくなってきました。たまたま居合わせた男性客にディープキスをしたり、また別の男性にしなだれかかったりと乱れる彼女を心配するものの、連れてきた張本人である常連さんは「いつもこんな感じなんだよ。男みたいなもんだから、大丈夫大丈夫」とのんきに構えています。

 しばらくしてトイレに立った彼女。こちらの不安は的中し、いつまで経っても個室から出てこなくなってしまいました。金曜の夜、このままトイレを占拠されては困ります。事実、「トイレに行きたいから」という理由で他の店に移動してしまったグループも。困り果てたわたしは、彼女をトイレから引きずり出すという強硬手段を取ることにしました。

 が、おそらくは体重90キロ以上の豊満体型で、その上泥酔して寝ているので動かすことすら困難です。常連さんの力も借りて、やっとの思いで狭いトイレの個室から出したものの、背もたれが低く安定しないカウンターチェアに座らせることもできず、決して広くはない店内で床に転がしておくわけにもいかず……。

 仕方なく一旦、店外の路上に寝かせることに(本当に仕方なくです!)。

 薄暗がりの中、うち上げられた大型水生哺乳動物か、はたまた魚市場のマグロかといった体(てい)の彼女をよく見ると、トイレの途中だったのかパンツがずり落ちたまま。し、しかもパンツに装着された生理用ナプキン(肌に触れる面)が丸見えではないですか! 

 当然同じ女性として看過することはできず、初対面の女性の生理用パンツを、無理やり穿かせ直すという荒業を為し終えたのでした……。

 その後も気にかけて見守っていたところ、一時間ほどたって、奇跡の復活を遂げた彼女。常連さんが「タクシー拾うところまで送るよ」と店を出るよう促すと、豊満女子はさっきまで酔い潰れていたとは思えないくらい元気に「また来るわ!」と片手を上げて帰って行きました。その様子があまりにも豪気かつ爽やかで、こちらとしてはとても迷惑だったはずなのに「この女、飲みのプロだな!」と感心せざるを得ませんでした。

 ちなみに常連さんは、気を遣って実際の飲み代よりだいぶ多めに置いて行ってくださいましたけどね。まいど~!

 

(隔週金曜日・次回は7月20日更新)

プロフィール
浮川紫帆(うきがわ・しほ)
東京都内の繁華街の一角でバーを経営する30代バツイチ女性。ママ歴は6年。好きなお酒はマカストロングのお湯割り。

(イラスト=ドルショック竹下)

関ジャニ∞渋谷すばるがいよいよラストセッション! 怒涛の3日間がアツい

 7月8日放送の『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で、関ジャニ∞の渋谷すばる(36)が番組を卒業する。ファンからは惜しむ声が上がっているが、同番組放送までの3日間で、渋谷すばるおよび関ジャニ∞は怒涛の活躍を見せる。この“最後の3日間”を存分に楽しむしかない。まず本日7月6日には『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)の2時間SPに出演。「がむしゃら行進曲」と「NOROSHI」の2曲を披露する。

 「がむしゃら行進曲」は“学校のチャイム”をモチーフにしたメロディーラインが印象に残るアップテンポな楽曲。MVのラストには高校の卒業式で踊る場面があり、“卒業ソング”としてもお馴染みだ。

 そして「NOROSHI」は関ジャニ∞のバンド演奏が光る楽曲。ベース・丸山隆平(34)のスラップ奏法から始まるゴリゴリのロックチューンで、渋谷すばるはリズムギター兼ボーカルとしてステージを盛り上げる。『ミュージックステーション』で生演奏が披露されるのかはわからないが、きっとエネルギッシュなセッションを見せてくれるだろう。

 思えば渋谷すばるの存在を世に知らしめたのも『ミュージックステーション』だった。彼はジュニア時代に同番組への初出演を果たして、「愛してる愛してない」をソロで披露。圧巻のパフォーマンスで視聴者を釘づけにし、たった一夜で「東の滝沢、西のすばる」と呼ばれるまでのアイドルになった。そして2015年には“関ジャニ∞”の看板を背負ってソロ出演。ソロデビュー後の1stシングルに収録された「記憶」を熱唱し、人々を驚かせている。

 今回の『ミュージックステーション』は、そんな渋谷すばるが“関ジャニ∞”として出演する最後のMステ。7人でどのようなパフォーマンスをするのか、しっかり目に焼き付けたい。

 7月7日には『THE MUSIC DAY』(日本テレビ系)に登場。こちらも関ジャニ∞として出演し、「ジャニーズメドレー」という企画に参加する。同企画はV6、嵐、NEWSといった合計9組のジャニーズユニットが、シャッフルで平成30年分のジャニーズソングを披露するというもの。関ジャニ∞が何を歌うのかはまだわからないが、先輩・後輩を交えた豪華コラボには期待しかない。

 そして7月8日はいよいよ『関ジャム 完全燃SHOW』でのラストセッション。この日は番組初の“生放送”が行われ、「7人で最後にやりたい曲」が演奏される。また東京スカパラダイスオーケストラをゲストで迎えて、「無責任ヒーロー」も生披露。渋谷すばるの番組卒業を祝うにふさわしい、豪華なセッションになりそうだ。

昔話の女たちは、バチバチにキレていた——『日本のヤバい女の子』はらだ有彩さんインタビュー

今年5月、初の単著である『日本のヤバい女の子』(柏書房)を刊行されたはらだ有彩さん。浦島太郎の乙姫や虫愛づる姫君、道成寺の清姫にイザナミといった、昔話に登場する女の子たちを取り上げた新感覚のエッセイとして、今話題を呼んでいます。

彼女たちはみんな怖い。残酷だったり気まぐれだったり横暴だったり見た目が整っていなかったり、とてもじゃないけれど“よい女の子”とは言えない人たちばかり。「女性は淑やかで従順であるべき」「か弱く、男性より劣った守られる存在であるべき」「男性のために見た目に気を配るべき」……今も昔も“女”に課せられるレギュレーションを、次々にぶち壊していきます。『日本のヤバい女の子』は、彼女たちの「ちょっと聞いてくれる?」に耳を傾け、想像を巡らせ、「今の時代にもこんなヤバいことがあってさぁ」と文句を言い合い、慰め合い、そして涙を拭きながら励まし合っていくような一冊です。

昔話の世界に見る「風潮に流される」ことの恐ろしさ、現代において矮小化される女性の怒り、苦しさを抱えて現実を生きる私たちに、物語がくれるもの。また著者はなぜ、昔話を今の時代に新しく語り継ぐのか。“ヤバい女の子”たちの究極の女友達であり、永い時間の流れに思いを馳せるストーリーテラーであるはらださんに、お話を伺いました。

“男が女に助けられる=恥”という風潮
——『日本のヤバい女の子』は古くから伝わる民話や伝承のエピソードを参照しつつ、そこに現れる女の子たちを単なる登場人物ではなく、血の通った一人の人間として描いています。さまざまな役割を負わされつつ、その枠組みを破壊していく彼女たちの姿にシンパシーを感じる読者も多いと思いますが、なぜ昔話を題材にされたのでしょうか。

はらだ:大学を卒業して社会に出てから、「ままならないなぁ」と感じることがたくさんあって。たとえば会社でのハラスメントとか、それまで言葉や対話で解決できると思っていたことが全然通用しなくて、周りも特に疑問を持っていない、みたいなこと。でもそういうのって時代が進むにつれて改善されてきているから、今はたぶん歴史の中で一番マシな状態のはずだと思ったんですよね。そうしたら「今でさえこんな感じなのに、昔の人って大丈夫だったん!?」って心配になってきちゃって……。昔話を読んで調べてみることにしたんですけど、案の定大丈夫じゃなかった。

——この本は、鎌倉時代の夫婦の逸話「おかめ伝説」から始まっています。大工の夫・高次が犯した失敗を優れた助言でリカバーしたおかめは、しかし「女の助言で仕事を成功させたなんて知られたら、夫の名誉に傷がつく」と自害をしてしまう。これは“男が女に助けられる=恥”という当時の風潮によるものですが、今の時代では考えられないことですよね。だけど現代においても、理不尽な風潮というものは確かに存在する。

はらだ:おかめの話を読んだとき、本当に「なんで!?」って思ったんですよね。でも私自身、ごく最近までそういう風潮みたいなものに流されまくりだったところもあって。それこそ“大学を出たら就職するもの”って思って就職をしていたし、ブラック企業で結構ひどい目に遭ったにも関わらず“就職したら三年は働くもの”って思い込んでそのまま働き続けていた。別に嫌ならさっさとやめればいいし、誰もそうしなきゃいけないなんて言っていないのに、疑うことをまったくしてこなかったんです。26歳くらいになってようやく自我というものに目覚めた、みたいな感じで……。「今まで信じてたのは何だったんや!?」ってなって、仕事もやめて、これまでなんとなく従ってきたものに反抗しようと思って文章を書き始めました。

——明らかに理にかなっていないことでもなぜか固定された価値観としてあって、しかも当事者もそれを知らぬ間に内面化している、ということがありますよね。夫の窮地を機転で救えるほど聡明な女性だったおかめでさえ、歪な価値観を飲み込んで自害してしまった。だけど高次は妻に助けられたことを本当に恥だと思っていたのか。“世間は”じゃなく“高次は”どう感じるのかを確かめられていたら、と歯がゆい気持ちになりました。

はらだ:高次はきっと風潮に従うよりも、おかめが生きていてくれる方を望んだはず。じゃなかったら、妻がああいう形で死んでしまったことを後世に残る形で語ったりしないですよね。それでもおかめが「高次に恥をかかせたくない」って思い詰めて自害してしまうくらいには、“女に仕事を助けられるのは恥”って感覚がみんなの中に浸透していたんだと思います。でも後世の、社会の風潮が変わった後の私たちから見たら本当にやりきれない。今だったらありえないし、じゃあ彼女の死ってなんだったんだろうってなる。だから「今みんながそうだから」という理由で何かをするっていうのは、すごく怖いことだなって思います。

「この風潮はおかしい」と書き記した人がいた
——昔の“そういうもの”が今では“ありえない”になるように、時代が移り変わるにつれて、人々の間にある価値観も少しずつ更新されています。ですが逆に「これは昔の方がマシだったな」ということはありましたか。

はらだ:昔話を読んでいると、女性が“人ならざる力”みたいなものを持っている存在で「怒らせると大変なことになる」っていう描かれ方をされているんです。それはすごくいいなって思いました。能面において、鬼になったときに角が生えるのは基本的には女の人の面だけらしいんですけど、強大な力を発揮したり、何か別の存在に変化したりする力があるものとしてみんなが認識しているわけですよね。たとえば道成寺に伝わる『安珍・清姫伝説』の清姫は、自分を騙した男を大蛇に化けて焼き殺すし、『鬼神のお松』は夫を亡くし、知人の男に裏切られた怒りと悲しみで復讐の鬼になる。「どうせ何もできやしないだろう」という認識によるキャラクター設定ではなくて、最終兵器を持っている存在としてそこにいるのがよかった。

——今の日本って女性の怒りというものが矮小化されているというか、「女は何があってもじっと耐え忍ぶべき」とか、「女の怒りはただのヒステリーで、取るに足らないもの」というような認識が広くあるように感じます。

はらだ:「保育園落ちた日本死ね」って、ありましたよね。あれを釣りだと思ってる人、おそらく男性っぽいアカウントが、インターネットに一定数いたんです。「女性がそんな乱暴な言い方するわけないだろう。これは釣り、俺には分かる」みたいな感じで。「いやいやいや、あるでしょ!?」って思ったんですけど。昔話にはバチバチにキレてすべてを破壊し尽くす乱暴な女性がたくさん登場するので、それがどうして消滅していったのかが分からない。

——一方で「女は怖い」ふうの言説も存在するけれど、それはそれで“女の敵は女”系の、男性たちが掌握できて、笑って許せたり面白がれたりするものでしかない気がします。

はらだ:「想像できる範囲の怒りでしかないだろう」という感じはあるかもしれないです。この間も「日本のヤバい女の子」のweb連載で書いたんですけど、能に『竹生島』っていう演目があって、そこは弁財天、つまり女の神様が司ってる島だから、女の人は入ってはいけないっていう決まりになっている。お参りにきた男性二人が、地元の漁師と一緒にいた女性の船に乗せてもらって島に行くんですけど、さあ上陸しましょうっていうときにその女性も一緒に入ろうとするので、「ここは女人禁制だけど大丈夫? 神様が怒らない?」と尋ねたら、「いや、そんなんまったく怒りませんけど」って答える。実はその女性こそが弁財天の化身だったんです。周囲は“女の敵は女”みたいに勝手に決めつけているけど、実際にそんなことはないのにねっていう話なんですよ。

——かなり進んだ考えが導入されていますね。

はらだ:「能の演目が作られた当時にその概念がすでに存在していたんだ、どこかに『みんなこう言ってるけど、なんかおかしいんじゃないか』って思って書き記した人がいたんだ」ってびっくりして。ちょっと元気が出ますよね。にも関わらず、その学びが現代に全然引き継がれていない。そういうのも興味深いし、不思議だなって思います。

「“女の子”という言葉が示す意味そのものが変化していけばいい」
——本に登場するヤバい女の子たちは、“女らしさ”のレギュレーションを次々に破壊していくヒーロー/ヒロインのようにも思えます。表現の世界で見られるヒロイン像も、たとえば“戦うヒロイン”の登場のように、男性から守られるお姫様的なものから、自力で戦うヒーロー的なものへと変遷が見られますが、そうした女の子たちについてどう感じられていますか。

はらだ:女性がヒーロー化するときって、必ずと言っていいほどドレスアップしますよね。『美少女戦士セーラームーン』もそうだし『プリキュア』シリーズとかも。『プリキュア』は女の子が肉弾戦をするという点ではたしかにエポックメイキングだけど、ドレスアップもするし、服飾とかお菓子とかの“女の子らしさ”と紐付けされたものと結びつけられるから不思議だなと思っていて。だけど歴史の中ではドレスアップ=着飾ること自体が男性の目を惹くという要素と密接に関わっていた瞬間もあったわけで、それと切り離されたヒロインっていないのかな、と考えたりもします。

——ディズニー映画に登場するプリンセスも、ヒロイン像の変遷する例としてしばしば取り上げられますね。

はらだ:プリンセス像が変化していくこと自体はいいことだと思います。だけど各々の“プリンセス像”が変化する反面、“プリンセス”という外枠のイメージは変わっていない気がするんですよね。「プリンセスみたいになりたい」って言うのと、「『アナと雪の女王』のプリンセスみたいに主体性を持ちたい」っていうのとは必ずしも一致しない人はあんまりいないんじゃないかな。しかも「女の子なら誰でも憧れるもの」みたいに表現したりするじゃないですか。

——たしかに、言葉が指す意味自体はアップデートされていない。“女の子”のイメージもそうですね。今も昔も“ヤバい女の子”はたくさんいるのに、“女の子”と聞くとなんとなく可憐なものが想像されてしまう。

はらだ:実は一人一人はちょっとずつ変化しているんだけど、それに私たちがついていけていなくて、古典的なイメージのままだったりするんじゃないかなって。アップデートされていないし、ダイバーシティに対応していない感じですよね。だから“プリンセス”や“女の子”という言葉の意味も、将来的に一緒に変化していったらいいなと思います。じゃあ何でタイトルで「女の子」と使っているのかというと、昔、あるメーカーさんで総合職の男性たちが一般職の事務の人たちのことを「女の子」という総称で呼んでいるのを見て、そりゃ確かにほとんど女性なんだけど、うーん…となったことがあって。「女の子」にもっと親愛の意味を込め直したかった、というのがあります。「女」「女性」「女の人」よりも近い、友達の感覚で使っています。

——はらださんが表現をされるとき、一番気を遣われているのはどういうところですか?

はらだ:私は「ニュートラルだとみせかけて実は根底が偏ってる」っていうのが一番ださいと思っています。たとえば「美人とかブスという指針を日常に持ち込むべきではない」という話をしているときに「そうそう、女の子はみんな可愛いんだから」って発言があったとしたら、それは大きな問題じゃないですか。「そもそも可愛くなくても問題ないはずだ」っていうふうに、できるだけ真理に近づいた状態で話をしたいと思っていて。

——フラットな状態で表現をするために、どういったプロセスを踏まれているのでしょうか。

はらだ:結局のところ他人のことは分からないから、なるべく私のジャッジを入れない、断言をしないようにしています。あとは自分で自分の間違いを注意するのは無理だから、信頼できると思う人を勝手に心の中に呼び寄せてみて、「この人だったらどう思うかな」って想像するようにする。たとえば私の母はゴリゴリのフェミニストなんですけど、口寄せみたいな感じで呼んでみて、できるだけ余計なことで苛立ちを感じさせたり、悲しませたりしないようにしようって思っています。

『日本のヤバい女の子』(柏書房)
「今生だけでは時間が足りないから」
——『日本のヤバい女の子』は、現代で生きづらさを抱える人たちを優しくお茶に誘い、心をすくい上げてくれるような本だと感じます。読者を苦しさから助け出したいという意識はありますか。

はらだ:助け出せるかどうかは、正直分からないです。自分にできることって限られていると思うから。たとえば身近に同性のカップルがいて、「結婚したいけどできないんだよね」という相談をされたとしても、私がすぐに解決してあげられることってたぶんないんですよ。そういうときに、ちょっと喋って楽になってもらう、みたいなことが本を通してできたらいいなと思って。

『馬娘婚姻譚』という話には、馬を愛して結婚したけれど、父親の手で馬を殺されてしまった女の子が出てくるんですけど、悲しみに暮れた彼女は馬の首とともに天に昇って、オシラサマと呼ばれる神となるんです、みたいな話をして、実際には無理なんだけど「そういう話もあるんだな」「最悪宙に消えればいいか」ってちょっと楽になってもらえたらいいなって思ってて。私はただ、「私やあなたのほかにも、同じ目に遭ってる人がいたんだよ」っていうことを書き残しておきたかったんです。それを読んでくれた人たちが「じゃあ私もこうしてみよう」、「状況は変わらないけどこう思う」とか、「いっそ状況を変えてみよう」とか、結果として思ってくれたらいいなって。

——本の序文には「私たちが昔話になる日を夢見て」というタイトルがつけられていますが、はらださんの文章からは、伝承を語り継ぐ流れに連なるような、後世に資料を残していくような印象を受けます。

はらだ:たぶんすでに社会にある問題を一つ残らず完璧に改善するには、今生だけでは時間が足りないので、「ちょっと間に合わなかったけど、あとよろしく!」みたいな感じで次の世代の人に引き継ぎをしたいという気持ちはあります。たぶんあと70年くらいしたら私たちって死んでいるし、この瞬間に生まれた人でもあと100年くらいしたら死ぬじゃないですか。連綿と人類というものが続いていくなかで、自分の思ったことを誰かに伝えて、それでまたそれが伝わって……って続いていく。

——はらださんの視点は、遠い時代の女の子たち一人一人の感情に寄り添う女友達のようでもあり、悠久の時の流れを見せてくれるストーリーテラーのようでもあり、私たちの身近なところにも、もっと遠い時代にも希望を示してくれるものだと感じました。

はらだ:もちろん「明日会社に行ったら絶対あの上司がいらんこと言ってくるわ」っていうことはあるけど、歴史上でみんな繋がっていて、長い目で見てちょっとずつよくなっていくのかなって思うことで救われることもあるなって思うんです。今の視点ともっと広くて高い視点をいったりきたりしながら、なんとか暮らしていきたい。時間が経って癒されることもあれば、癒されないこともあると思うんですけど、長い時間の中でいろんな人たちの物語と混ざり合って、最後にはよかったって思えるように暮せたらいいな。
(聞き手・構成/餅井アンナ)

羽生結弦選手が国民栄誉賞の授賞式で強調した「皆様」という言葉

 2014年ソチ五輪、2018年平昌五輪のフィギュアスケート男子で金メダルを獲得した羽生結弦選手(23)に、7月2日、国民栄誉賞が贈られた。スケート選手の受賞は初のことであり、また個人受賞としては史上最年少である。首相官邸で行われた表彰式に、紋付き袴姿で出席した羽生選手は、安倍晋三首相より表彰状と盾を受け取った。国民栄誉賞受賞者には、表彰状および盾、記念品もしくは金一封が贈られると規定されているが、今回、羽生選手は記念品を辞退している。

 表彰式後、羽生選手は報道陣の取材に応じた。10代の頃からメディアの取材に丁寧に応じることで知られている羽生選手だが、その姿勢は健在で、ひとつひとつの質問に律儀に丁寧に答える姿からは羽生選手の真面目な性格がうかがえる。

 記念品を辞退したことについて羽生選手は「自分の中で皆様を代表してって気持ちがすごくあり、皆様とだからこそ取れた賞という気持ちがすごくあったので、僕個人の気持ちだとかはあまり出したくないな、と。そういう意味でも記念品は辞退させて頂きました」と説明。今後の目標については、「競技会に向けてしっかりとまずは準備していくことが大事」「怪我の具合も少しずつ良くなってきて、できるジャンプ、技も増えてきている」として、自身の身体と相談しながら競技会への準備を進めたい意向であるという。

 羽生選手はその回復についてもまた、国民栄誉賞の受賞と同じく、自分ひとりの努力や実力によるものだとは捉えていないだろう。どこまでも「皆様」という言葉を用い、慎重に言葉を選んで表現している。

<自分の気持ちの中では、ここまで応援してくださった方々も含めて、皆さんの思いがこの背中を押してくださったというふうに思いますし、最年少っていうよりは、皆さんがそばにいてくれて、ここで自分が受け取ることができたのかなって感じております>

<日本人として誇りを持って、これから日本だけじゃなく海外にも目を向けて、僕はスケーターとして滑っていきたいと思っていますし、海外の方から見ても素晴らしい賞であるからこそ、せっかく頂けた賞の名を背負って、いろんな活動のきっかけとなるような機会になればと思っています>

<スケーターとして、人間として、このように素晴らしい賞を頂けるということは『普通ではいけないんだな』っていう風に、自分の中ではちょっとけじめをつけています。だからこそ、これからも私生活含めて、常にいろんなことに気を遣って、ひとりの人間として後ろ指さされないような生き方をしていきたいと思っています>

<五輪二連覇だったり、そういった皆様の評価というか、そういった結果をいただけたからこそできることって絶対あると思うので、僕にしかできないこと、僕しか感じてこれなかったこと、僕しか学べなかったこと、伝えていけるような存在になりたいと思っています>

<国民栄誉賞を頂けるということを聞いた時に、やはり自分は、自分の報道とか結果とかスケートとか、そういうものを通して皆様の力が皆様に還元されているんだなって思えたので。今回の明るいニュースが、皆様にとって明るい光になって頂けていたら嬉しいと思いましたし、やっぱりそういう存在にこれからもならなければいけないなって改めて思いました。だからこそ、言葉で表すのはすごく難しいんですけど、ひとりの人間としてだけじゃなく、ひとつ存在として、羽生結弦という存在として、皆様の力が僕に注がれていて、その力が皆様にまた巡っていって、ということになるためには、やはりその期待に応えなくてはいけない。そして、その期待に応えられるだけの努力、技術、芸術を持っていなければいけないと強く思っているので、これからもさらに身を引き締めて頑張っていきたいと思っています>

 羽生選手の語る一言、一言は、どこまでも謙虚だ。かつ、俯瞰的でもある。羽生結弦という存在を誰よりも冷静に客観視しているのは、他ならぬ羽生結弦自身なのではないだろうか。

 実績や栄光は、チーム羽生スタッフや関係者、家族のサポート、ファンの応援があったからこそ成し遂げたものであると繰り返す羽生選手は、自分自身の背負うものの重さを強く認識している。弱冠23歳にして、その自覚を持ち、重圧に耐える強さも兼ね備えている羽生選手は、やはりトップアスリートなのだろう。また、だからこそ周囲が彼をサポートし、ファンも応援し続けようという好循環につながる。

 今年2月、一時は右足首の負傷で出場が危ぶまれていた平昌五輪で金メダル獲得した羽生選手は、帰国後安静・リハビリに入り、3月開催の世界選手権出場は断念していたが、経過は良好のようで、4月には自身プロデュースのアイスショー「Continues~with Wings~」ではジャンプなしの演技を披露し、5月25日~7月1日に5会場で開催された「ファンタジーオンアイス2018」や6月に開催された「ヒーロー&フューチャーズ2018イン長野」では3回転や4回転のジャンプも披露していた。今後は競技会に向けて本格的に練習を再開する予定のようだ。

 男子フィギュア界では、高橋大輔氏が32歳にして選手として競技復帰することを発表している。次のシーズンも楽しみに待ちたい。

伊藤詩織氏のドキュメンタリーでBBC が映し出したのは、性暴力を軽視しすぎる日本社会の現状

 6月28日、BBCの英国向けテレビチャンネルBBC Twoにて、ジャーナリスト・山口敬之氏からの準強姦被害を訴えている伊藤詩織氏を取り上げたドキュメンタリーが放送された。直訳すると「日本の秘められた恥」と題されたこのドキュメンタリーは、日本のテレビメディアではほとんど報道されないこの問題について、多角的な視点から取り上げていた。

 この事件では、山口敬之氏に対して逮捕状が出ており、成田空港で警察が山口氏の帰国を待ち構えていたが、直前になって上層部から逮捕の取りやめが指示されたとされている。番組では、山口氏が安倍首相の自伝本を書くなど、首相に近しい人物であったことを紹介したうえで、突然の逮捕取りやめにこの関係性が影響を与えている可能性を示唆していた。

 また、『Japan’s Secret Shame』では、日本において性暴力の被害者への理解や支援が行き届いていない現状も問題視。番組内で伊藤氏は、都内唯一の性暴力被害者の支援センターを訪問するが、そこでは人員不足のため担当者が2名しかおらず(かつては1人体制の時もあったと証言される)、また、暴行直後に法医学的証拠を残すためのレイプキットもその施設にはなく、特定の病院に行かなくてはならないといった状況も説明された。

 支援だけでなく、捜査の面でも、日本は性暴力対策への遅れが目立つ。伊藤氏は、警察に被害を訴えた際、3、4人の男性捜査員の目の前で等身大の人形を相手に性行為の再現をさせられ、さらに、それを写真に撮られるといった体験をしたとも番組で語っている。

 これらの話の一部は、伊藤氏の著書『Black Box』(文藝春秋)でも訴えられていたことでもある。

 日本において、性暴力被害者に対するケアがどれだけ貧しい状況にあるか『Japan’s Secret Shame』では克明に紹介された。なるべく早急に被害者の目線に立った支援や捜査のシステムを整え、被害に遭った人たちが声を出しやすい環境を整えていく必要性があるが、日本社会においてそのような状況がつくりにくいのにはもうひとつ要因があるようだ。被害者に対するセカンドレイプである。

 番組では伊藤氏に向かってインターネットを通して<ビッチ><あちこち寝てまわって欲しいものを手に入れてる女><売春婦に決まってる>といった罵詈雑言が浴びせられ、家族の写真まで拡散されているという二次被害も紹介している。さらに唖然とさせられるのが、山口氏を擁護する立場として『Japan’s Secret Shame』のインタビューに応えている自由民主党・杉田水脈衆議院議員の言葉だ。

 なんと、杉田議員は「レイプされた彼女にも責任がある」との意見を表明したのである。『Japan’s Secret Shame』で杉田議員はこのように答える。

<彼女の場合は明らかに女としても落ち度がありますよね。男性の前でそれだけ飲んで、記憶をなくしてっていうようなかたちで>

<社会に出てきて女性として働いているのであれば、それは嫌な人からも声をかけられますし、それをきっちり断ったりとかするのも、それもスキルのうちですし>

 続けて、インタビュアーからセクハラを受けた経験について質問された杉田議員は笑いながら<そりゃ、社会に生きていたら山ほどありますよ(笑)。はい。でも、まあ、それは、そういうものかなあと思って>と語り、さらに、伊藤氏の告発の方こそ山口氏の尊厳を損なわせるものであるとの主張を述べていた。

<男性の方は悪くないと、犯罪ではないという司法裁判がくだっているわけです。そこを疑うということは、日本の司法に対する侮辱だと思います。日本の警察、世界で一番優秀です。伊藤詩織さんがああいう記者会見を行なって、ああいう嘘の主張をしたがためにですね、山口さんや山口さんの家族には、死ねとかっていうような誹謗中傷のメールとか電話とかが殺到したわけですよ。だから、私はこういうのは男性側のほうが本当にひどい被害を被っているんじゃないかなというふうに思っています>

 たとえ女性が酩酊するほど酒を飲んでいたとしても、それが女性側に対する「レイプされても仕方がない」という理由にならないのは言うまでもなく、「女はセクハラぐらい我慢しろ」という暴言もあまりにひどい。

 杉田議員はブログで、このインタビューは<「#metoo運動の日本での反応」ということで、男女共同参画やセクハラに対する一般的な話しが主>という企画内容の取材であり、伊藤氏の特集番組という認識はなかったと釈明している。一方で、放送後には<もし私が、「仕事が欲しいという目的で妻子ある男性と2人で食事にいき、大酒を飲んで意識をなくし、介抱してくれた男性のベッドに半裸で潜り込むような事をする女性」の母親だったなら、叱り飛ばします。「そんな女性に育てた覚えはない。恥ずかしい。情けない。もっと自分を大事にしなさい。」と>ともツイートしており、番組企画に対する杉田議員の認識はどうあれ、性暴力の被害は女性にも責任があるという基本的な主張は変わらないようだ。

 『Japan’s Secret Shame』が映し出したのは、女性の性暴力に対して、日本社会全体があまりに冷酷であり、無理解であるという現実だ。

 政権与党にいる国会議員がこれだけ堂々と女性差別の構造を是とするような発言をしている状況で、性暴力被害に遭った被害者が声を出しやすい環境をつくることができるのか、ましてや、「女性活躍」など絵に描いた餅なのではないだろうか。

(倉野尾 実)

「夏のパイパン問題」に最終結論! 外専女子が導き出した、欧米男性が好む「おまたの毛」

 さて、季節はいよいよ夏本番……この頃になると肌の露出が一気に増えて「ムダ毛の処理」に悩まされる女性、多いのではないでしょうか。

 この連載の第2話で私が感じた疑問――「Hな雰囲気になった時、“アソコの毛”はどうしておくべきか」。当時は知識もなく、外専女子の友達も周りにいなかったので、漠然と「欧米の女性のあそこはツルツルである」と思っていました。

前回はこちら

アンダーヘアは「自然体」or「ツルツル」? 

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 だからといって「じゃあ自分もブラジリアンワックスに行こう!」という気にはなれませんでした。なぜなら、アダルトビデオのジャンルに「毛あり日本人女性」というのがあるくらいだし、生やしておいたほうが欧米人は喜ぶに違いない! と信じていたから。

 わざわざ欧米人女性をマネてつるつるにするなど愚の骨頂と思っていたし、大事なところをスッカスカにしておくのはなんとなくマヌケな感じ。「隠しておくのがエロくていいのではないの?」と日本人らしく(?)「恥の文化」を尊重し、スーパーナチュラル(生まれたまんまの姿)を貫き通していました。
 
 そう考えてからしばらくたち、外専女子の女友達もできた私。

 彼女には、イタリア人と付き合っている友人・C子がいるそうなのですが、C子の彼が、あるとき急遽イタリアに戻ることになったのだそう。日本に残されたC子は数カ月後、彼を追いかけてイタリアへ渡り、無事再会。

 久しぶりの再会に盛り上がり、さあやることヤろう! となりパンツを脱いだC子ですが、パッカーンとご開帳するや否や、彼から脚を閉じられて「絶対、無理‼︎」と叫ばれ、おまたをお返しされたという……。

 C子は彼と会っていない間、おまたの毛の処理をしておらず、生えかけのワイルドヘアーがコンニチハ状態になっていたらしいのです。

 私はその話を聞いて、「え〜、そんなんでHできないの? その彼氏、過剰反応すぎない? 愛があれば毛なんてどうでもいいじゃん。理解できないな〜」と思ったのでした。

 そんなやりとりも忘れかけたある日、ふとテレビに目をやると……そこには黒々とした「アソコの毛」が映っているではないですかー‼︎ 

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 ……もちろんそんなわけはなく、「アソコの毛」だと錯覚したのは、体操の内村航平選手のワキ毛。確実にお手入れしていなさそうな、のび放題の、凶暴さすら感じる黒々としたワキ毛……。そのビジュアルは、完全に私のおまたと一致しています。

 こんなワサワサなおまたを外国人男性に見せていたのか、私! グロい! キモい! 恥ずかしい! 

 頭を抱え、じだんだ踏んで今までのいろんなHシーンを思い浮かべては恥ずかしさでギャアアと叫んで卒倒しそうになり、いてもたってもいられずブラジリアンワックスサロンに突撃。

 いろんな脱毛のデザインを見せていただきましたが、内村選手のワキ毛が脳裏に焼き付いた私は迷うことなく「つるつるで!」とオーダーし、あの「ズウ~~ン」としたなんとも言えない痛みにうなりながら耐えて、つるっつるのおまたにしていただきました‼︎ 

 抜きたてのおまたを見ていると、毛で隠しているより、丸見えの方がはるかにエロいと感じます。

 まる見えおまたを好きな相手に見られるのは相当恥ずかしいし、日本の「恥の文化」って奥が深いんだなあと、感慨深い気持ちにすらさせられました。

 古い角質も取れてスベスベして手触りもいいし、衛生的(特に生理の時とか)だし、どんな形のパンツをはこうが毛がはみ出ないし、良いことづくし。

 私の経験から、欧米外国人男性はステディな関係以外ではクンニをなかなかしないんですが、私に限ってはアソコの毛がボーボーだったことも一因としてあるだろうと確信。愛とか恋とかの前に、私の黒々とした毛は、彼らに恐怖心さえ与えていたに違いない……‼︎ 「スーパーナチュラル」のせいで、だいぶ損をしてきたのでは……と愕然としました。

 晴れてボーボーを卒業し、「愛されおまた」を手に入れましたが、なぜかその後から全っ然外国人男性とめぐり会えず、一度もHしてません。もしかしたら毛と一緒に男運もなくしてしまったのかも……。

 

(隔週火曜日・次回は7月17日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

「夏のパイパン問題」に最終結論! 外専女子が導き出した、欧米男性が好む「おまたの毛」

 さて、季節はいよいよ夏本番……この頃になると肌の露出が一気に増えて「ムダ毛の処理」に悩まされる女性、多いのではないでしょうか。

 この連載の第2話で私が感じた疑問――「Hな雰囲気になった時、“アソコの毛”はどうしておくべきか」。当時は知識もなく、外専女子の友達も周りにいなかったので、漠然と「欧米の女性のあそこはツルツルである」と思っていました。

前回はこちら

アンダーヘアは「自然体」or「ツルツル」? 

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 だからといって「じゃあ自分もブラジリアンワックスに行こう!」という気にはなれませんでした。なぜなら、アダルトビデオのジャンルに「毛あり日本人女性」というのがあるくらいだし、生やしておいたほうが欧米人は喜ぶに違いない! と信じていたから。

 わざわざ欧米人女性をマネてつるつるにするなど愚の骨頂と思っていたし、大事なところをスッカスカにしておくのはなんとなくマヌケな感じ。「隠しておくのがエロくていいのではないの?」と日本人らしく(?)「恥の文化」を尊重し、スーパーナチュラル(生まれたまんまの姿)を貫き通していました。
 
 そう考えてからしばらくたち、外専女子の女友達もできた私。

 彼女には、イタリア人と付き合っている友人・C子がいるそうなのですが、C子の彼が、あるとき急遽イタリアに戻ることになったのだそう。日本に残されたC子は数カ月後、彼を追いかけてイタリアへ渡り、無事再会。

 久しぶりの再会に盛り上がり、さあやることヤろう! となりパンツを脱いだC子ですが、パッカーンとご開帳するや否や、彼から脚を閉じられて「絶対、無理‼︎」と叫ばれ、おまたをお返しされたという……。

 C子は彼と会っていない間、おまたの毛の処理をしておらず、生えかけのワイルドヘアーがコンニチハ状態になっていたらしいのです。

 私はその話を聞いて、「え〜、そんなんでHできないの? その彼氏、過剰反応すぎない? 愛があれば毛なんてどうでもいいじゃん。理解できないな〜」と思ったのでした。

 そんなやりとりも忘れかけたある日、ふとテレビに目をやると……そこには黒々とした「アソコの毛」が映っているではないですかー‼︎ 

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 ……もちろんそんなわけはなく、「アソコの毛」だと錯覚したのは、体操の内村航平選手のワキ毛。確実にお手入れしていなさそうな、のび放題の、凶暴さすら感じる黒々としたワキ毛……。そのビジュアルは、完全に私のおまたと一致しています。

 こんなワサワサなおまたを外国人男性に見せていたのか、私! グロい! キモい! 恥ずかしい! 

 頭を抱え、じだんだ踏んで今までのいろんなHシーンを思い浮かべては恥ずかしさでギャアアと叫んで卒倒しそうになり、いてもたってもいられずブラジリアンワックスサロンに突撃。

 いろんな脱毛のデザインを見せていただきましたが、内村選手のワキ毛が脳裏に焼き付いた私は迷うことなく「つるつるで!」とオーダーし、あの「ズウ~~ン」としたなんとも言えない痛みにうなりながら耐えて、つるっつるのおまたにしていただきました‼︎ 

 抜きたてのおまたを見ていると、毛で隠しているより、丸見えの方がはるかにエロいと感じます。

 まる見えおまたを好きな相手に見られるのは相当恥ずかしいし、日本の「恥の文化」って奥が深いんだなあと、感慨深い気持ちにすらさせられました。

 古い角質も取れてスベスベして手触りもいいし、衛生的(特に生理の時とか)だし、どんな形のパンツをはこうが毛がはみ出ないし、良いことづくし。

 私の経験から、欧米外国人男性はステディな関係以外ではクンニをなかなかしないんですが、私に限ってはアソコの毛がボーボーだったことも一因としてあるだろうと確信。愛とか恋とかの前に、私の黒々とした毛は、彼らに恐怖心さえ与えていたに違いない……‼︎ 「スーパーナチュラル」のせいで、だいぶ損をしてきたのでは……と愕然としました。

 晴れてボーボーを卒業し、「愛されおまた」を手に入れましたが、なぜかその後から全っ然外国人男性とめぐり会えず、一度もHしてません。もしかしたら毛と一緒に男運もなくしてしまったのかも……。

 

(隔週火曜日・次回は7月17日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

高プロは序奏でしかない? 政府が目指す「成果型」の完成形はすべての会社員に関係ある

 こんにちは! ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。

 最初に個人的なお知らせがあります。7月中旬頃に新刊が発売されます。タイトルは『まだ間に合う 老後資金4000万円をつくる!お金の貯め方・増やし方』(明日香出版社)です。Amazonでも予約受付が始まりました。この連載でも紹介してきた企業型DCやiDcCoの実践的なこともふんだんに書きました。読んでいただけたら嬉しいです。

 さて、6月29日、安倍政権が今国会の最重要課題と位置付けてきた働き方改革法案が成立しました。法案に盛り込まれる内容の中で最も注目されていたのは「高度プロフェッショナル制度」。略して高プロとも言われています。

 一部の高収入会社員限定のもので自分には関係ないと思っている人も多く、その場合、制度の内容にも注目していないかもしれません。今回は、高プロについての解説と、本当に自分に関係ないかということをお伝えしていきます。

高度プロフェッショナル制度って何?
 まず、高プロの対象者ですが、会社員の中でも年収1075万円以上で、かつ、アナリスト、コンサルタントなど一部の高度な専門業務に限られる、ということになっています。

 通常の会社員は1日8時間、週40時間の労働という法律上の縛りがあり、それを超えると時間外労働、そして深夜労働、休日労働という取り扱いになりますが、該当者からはそういった考え方がなくなります。労働時間という概念がほぼ無くなってしまうということです。当然、それらに対する手当、割増賃金もなくなります。労働への評価・対価は「時間型」から「成果型」になるのです。成果によっては、給料が下がることもあるでしょう。

 なぜこのような話が出てくるかというと、大きな理由としては、日本の企業は人件費のわりに、つまり労働時間のわりに生産性が低いことが指摘されているからです。経済成長を促し国際競争力を高めるためには、ここテコ入れしなければということです。また、労働者にとっても、現状だと仕事の遅い人の方が残業代等でお給料が高くなる現象も起こります。

なぜ国会でこんなに揉めたの?
 高プロに対しては反対意見が非常に多く大揉めになりました。揉めた大きな理由として挙げられるのは、「過労死」を招く可能性があるだろうという指摘です。

 何時間働いても問題がないので、仕事の完了や成果を求めて際限なく働いてしまう、というか働かされてしまう可能性は考えられます。今までの法律でもいわゆるブラック企業に勤務し過労で亡くなった方がいます。その遺族にとっては、労働時間という概念のない制度の成立など考えられないということで、声を上げています。人の「死」に繋がることとして国会も揺れたという印象が強いです。

 また、働き方改革とは、長時間労働を是正する、働き方の多様化を柔軟に受け入れるなど、働く手にとってプラスのものではなかったのですか? 実は、雇う側にとって都合の良い話だったのですか? という声もあります。会社と従業員が、同じ方向を向くのが理想ですが、どうしても対立する両者になりやすいのでこういった意見が出るのも当然でしょう。

 現在の法律でも「裁量労働制」という、きっちり所定労働時間を働くことではなく、成果が重視される制度があります。高プロよりも縛りがあるにも関わらず、長時間労働が横行しており、会社側に都合の良い制度では? という指摘が以前からありました。そして高プロについて議論する際、この裁量労働制の実態データが参考資料として使用されていたのですが、厚生労働省が高プロ成立のためにデータを改ざんしたのではという問題もありました。

その他の労働者には関係のないこと?
 高プロの対象は一部の人ですが、「時間型」から「成果型」への時流の変化は、将来的には全ての会社員にとって関係のあることだと思います。

 なにせ、高プロの元となったのは、第一次安倍政権の時に実現しなかった「ホワイトカラーエグゼンプション」と言われているからです。エグゼンプションとは、脱時間給制度です。こちらは年収400万円以上のホワイトカラーを対象と考えられていました。年収400万円となれば日本中の多くの会社員・契約社員が対象となります。政府が目指す「成果型」の完成形はここではないかと考えられます。

 今回の高プロ成立を含む働き方改革は、労働基準法制定以来70年ぶりの大改革です。法律の改正には何らかのメッセージがあると考えるべきだと思います。長らく、労働者に有利とも言える労働者トレンドだった法律ですが、もしかすると会社側に有利とも言える経営者トレンドに動いていく可能性、そして結果を出す人とそうでない人に対する報酬やストレスの格差が生まれるなども考えられるのではないでしょうか。

 今回の対象者は少なくても、関係の無い話とは思わない方が良さそうです。

汚部屋30女の“ホコリ”と“淀み”を一挙解決! 「窓が死んだ部屋」を解決する“300円テク”

 20代の捨てられない思い出、過去の恋愛、三日坊主のアイテム、蓄積された趣味のコレクション、不安の数だけ溜まるストック商品……。収納ライター・ito makiが、30代・女性のひとり暮らしにありがちな、モノと煩悩に支配された“汚部屋"を一掃。ゴミという名の過去を捨て、心ごと汚れを洗い流し、願いが叶う“悟り部屋”に変えていきます!

【煩悩002-3】ホコリと湿気で「写真すら霞む」”汚テレビ”を一掃 (Cさん・34歳)

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 前回に引き続き、第2回目のクライアント・東京都新宿区の1DKに住むCさん(34歳)のテレビ周りを片付けていきます。

 「湿気が多い」と悩むCさんでしたが、南側に面したテレビ裏の窓を開けると、まぶしい太陽光が差し込んできました! 

 溢れるモノや大きな家具が邪魔で、あまり窓を開けていなかったというCさん。部屋に漂う「ホコリ」と「湿気」を一掃するため、テレビ周りの風通しを良くしていきましょう。

 デスク周りには「本の山」、プラスチックチェストには「趣味のグッズ」、テレビ下の収納ボックスには「よくわからないモノ」……。

 窓のある南側へギュウギュウに押し込まれた、Cさんの「モノの山」をすべて崩してみました。

 可愛いドナルドの帽子は、得体の知れないシミで汚れています。更には、むき出しのDVDの山、山、山……。さながら怪しい露天商のよう。

 南側に押し込まれた、モノの一部です。

 ためこんだ「モノの量」と向き合い、<必要・不必要・保存>と分けていきます。

 Cさんには、「ストック買いの癖」「もったいない病」「モノに対する強い執着心」がほぼないため、3つの分類だけで作業がサクサクと進みます。一見難しそうな「趣味グッズと本」のジャッジも、簡単に進みました。これは、モノを良く使っている(大切に思う)からこそ、できる判断です。

 「高かったから」「もったいないから」「使うかも」「売れるかも」など、”カラカモ”な気持ちは、モノの存在感を忘れていたときに出てきがちな言葉です。「モノがある理由」がわかるCさんだからこそ<必要・不必要・保存>の判断が早かったのかもしれません。

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 大きくて底の深い収納ボックスに、やみくもに放り込まれていたモノを「グループ別」に分け、ダイソーの蓋付きスクエアボックス小・100円×2点/中・200円×7点/大・300円×5点(すべて税抜)へまとめました。収納ボックス代は、合計3,100円(税抜)になります。

 細かくセパレートされた収納ボックスにしておけば、今後あるかもしれない引っ越しにも、すぐ対応できます。

02_06 ビフォーの窓際には、気の向くままに置かれたモノが散らばっています。カラーボックス、デスク、プラスチックチェスト、本棚と、高さが異なる家具が多く、圧迫感もありました。窓を家具で遮っているのもよくありません。

家具の高さを揃え、”白”の効果で光を増やす

02_08_jpg 座ったとき、視線の先に「抜け」があると、広さを感じられます。また「高さ」と「面」を揃えればスッキリ度もアップします。ここでは、ニトリのカラーボックス1,102 円(税抜)を追加で購入しました。ニトリのカラーボックスは棚板を追加できるので、暮らし方が変わっても融通が利くのでオススメです。

 ビフォーに比べ、窓まわりが広く見えませんか?  これで、窓から入る「光」と「風」を防ぐモノはありません。カラーも「白」で揃えたので、「光」が反射して明るさも感じられます。

<部屋を広く明るく見せるポイント>

① 視線の先に「抜け」をつくる
② 視線の先の「高さ」「奥行き」「面」を揃える
③ 「色」と「素材」をあわせる
④ 明るい色の面積を広くとる
⑤ 小物を外に出さない

 5つのポイントを守るだけで、部屋がキラキラと輝き出します。部屋に充満していたホコリやカビの澱みが消え、クリアな空間へと変わりました。

 「モノを置く癖」は、300円の“花”で防ぐ!

 棚の上にモノを置く癖があったCさんの行動を防ぐために、セリアで購入したバラの花束を3つ(300円/税抜)飾りました。人は、花の周りを汚さないようにしようと思うもの。たとえそれが造花でも!

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 さらに、ダイソーの丸型ボックスを2つ購入し、ネイルグッズと保湿ケア&薬入れを用意しました。取りにくい場所に保管していた「女磨きグッズ」も、手に届きやすい配置で、見栄えもアップ。合計200円(税抜) 。

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 写真に移るほどモワッと澱んでいた「空気の汚れ」が消え、明るくなりました。これまで、自分では淀みを感じていなかったCさんも「明らかに、何かが違います……!」と実感できたようです。

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 VOL.2の「テレビ周り」に使用した金額は、合計4,742円(税抜)です。

 次回【VOL.3】は、クローゼットのビフォーアフターです。

(毎週月曜更新・次回は7月9日予定)

<プロフィール>
ito maki
収納ライター・兼・整理収納アドバイザー1級。おがくず工場に生まれ、ホテル清掃員、国鉄系レストランの厨房、内装会社、デパートの搬入搬出など“家事の土台”を極めた生活を経て、出版社入社ののち独立、現在に至る。モノを手放すほど「幸運」が舞い込むジンクスを何度も体感! 貧乏神と決別した実体験をもって、整理収納の威力をお伝えします。
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<片付けに悩む[30代・ひとり暮らしの女性]を大募集>

自分のお部屋を片付けたい、都内近郊在住の30代女性を募集。収納ライターのito makiさんが、30代女性・ひとり暮らしの「煩悩部屋」を一掃いたします。URL先の応募要項をご一読の上、ふるってご応募ください!

★応募フォームはこちら★