『アンゴルモア 元寇合戦記』は面白かったけど……「聖地巡礼」で人なんか来てなさそうな対馬の最果て感

 これは、あまりにもハードルが高い<聖地>だと思った。

 ふと、対馬にいってみようと思った。

 対馬は、いわずとしれた玄界灘に浮かぶ国境の島。大きさは日本で10番目の巨大な島だ。巨大ではあるものの、本土からははるかに遠い。

 今回、東京を離れて関西を旅するついでがなければ、あえて行ってみようとは思いもしなかった。何しろ、対馬へは飛行機も船もあるのだけれども、距離は長いし料金は高い。

 ただ、大阪までいってしまえば、時間さえ気にしなければ、距離はぐんと近くなる。大阪南港と新門司をつなぐフェリーは、一晩かかるとはいえネット限定で3,980円という激安料金で、九州まで運んでくれるのだ。

 というわけで、やってきた、大阪南港。今では船便も減ったためか、ターミナルの雰囲気はうらぶれている。でも、乗船客はそこそこ多い。運送業者は日常的に使っているし、最近はフェリーで一泊しながら向かう国内ツアーも盛んな様子。そのためか、旅客は時間に余裕のある老人が圧倒的に多い。

 17時発のフェリーは、アナウンスの流れる中を時間通り出港。途中、明石海峡大橋・瀬戸大橋・来島海峡大橋と夜景が美しい橋を3度もくぐるのが、この航路の名物。ただ、瀬戸大橋に達するのは深夜になってからなので、あえて見物するのは明石海峡大橋くらい。

 船の中にはゲームコーナーなどもあるにはあるけれど、娯楽としては物足りない。やたらと揚げ物が目立つ、バイキング形式のレストランで食事をした後は、風呂に入って寝るだけ。一応、展望風呂にはなっているけれども、日が暮れてしまえば窓の外にはなにも見えない。

 最安の二等は、雑魚寝である。平日ということもあってか、同室の客はもう一人だけ。

 特にすることもないので、風呂を終えればあとは寝るだけである。瀬戸内海を航行するフェリーはあまり揺れることもなく、ぐっすりと眠ることができる。

 翌朝。フェリーは午前5時過ぎに新門司港に到着する。ここからは、無料で小倉駅までバスで運んでくれるサービス付きである。小倉駅からは、一路電車で博多へ。通勤時間の電車は混み合っていて、ザックを背負う旅姿の自分は、少し肩身が狭い。

 博多駅からはバスに乗り換え、またフェリーターミナルへ。ここから対馬へは、フェリーか高速船。当然、選ぶのは料金の安いフェリーのほうである。

 係の人に「船は揺れますか?」と聞くと「今日は、そんなでもないですよ」という。ただ、それは慣れている人の言葉。玄界灘へと乗り出したフェリーは、時折ゆらりと大きく揺れる。途中、壱岐に寄港して対馬厳原港までは4時間半。船酔いを避けるためか、みんな50円の毛布を借りて、横になって寝ている。

 旅が楽しいからと、座ったり立ったりしていれば、すぐに船酔いをしてしまうからだ。

 船にはWi-Fiも飛んでいるが、陸地を離れれば電波は途切れがち。それに画面を見ていると、たちまち船酔いをしてしまいそう。だから、じっと横になっているしかない。

 いつまで、じっとしていればいいのだろう。

 じっと横になっているのも、面倒くさくなった頃、ようやくフェリーは厳原港へ到着した。

 博多を出港したのは、午前10時00分。厳原港到着は、14時45分だから、一日の大半を移動で潰してしまった気分である。

■バスがあるだけマシの観光客に厳しい島

 こうして降り立った厳原は、対馬の中心にあたる町である。だが、街には人の姿は少なかった。事前に聞いていた通り、島で目立つのは最近増えている韓国人観光客向けのハングルの案内。そう、歩いている島の外からやってきた人は、ほぼ韓国人ばかり。そもそも、博多からフェリーでやってきた乗客に旅行者然としていたのは、自分だけ。ほかは、出張らしきスーツ姿か作業着の人しかいなかったのだ。

 とにかく、滞在中に観光客らしき日本人の姿を目にすることは、まったくなかった。むしろ、どこの店でも「何をしに対馬に?」と、日本なのに日本人観光客が珍しがられるのである。

 それは観光案内所でも同様だった。島の地図や名所への行き方を尋ねようと入ってみたら、案内のブースに立っていたのは若い韓国人の女性だった。こちらが、日本語で尋ねると、何か韓国語で話してから、日本人を呼びに行った。

 筆者は旅先では必ず、地域の情報を得るために、まず観光案内所に立ち寄る。旅行者にとっては、はじめて話す現地の人のはずだが、対応はさまざま。親切にあちこち名所を教えてくれる人もいれば、冷たく最低限のことを教えて切り上げようとする人も。

 今回は、後者に近かった。

「和多都美神社に行きたいんですが……」

 そう聞くと「バス、あんまりないんですよね」と、時刻表をくれた。それに目を通していると、目に入ったのが今年アニメになった『アンゴルモア 元寇合戦記』のパンフレット。

 ここまで「聖地巡礼」に訪れるファンもいるのかと尋ねると「こないだは、ツアーも来ましたけど……」と、なぜか言葉少なげである。

 その理由は、それから島の人と話す中で、次第にわかった。半数の人はそんなアニメがあるのを知っている程度。降り立ってみれば決して大きくはない島だけど、そもそも、そんなアニメがあって観光PRをしようとしている人がいることすら知らない人も多かった(観光施設の窓口でも!)。

 今年、やはりアニメ化された『ゴールデンカムイ』は、関連で実施されたスタンプラリーが、北海道の広さを感じさせるものとして話題になった。『アンゴルモア 元寇合戦記』の聖地を巡ろうとすれば、それに比べると面積的には広くはない。ただ、島を訪れた旅行者が「どうやって行けばよいのだ?」と、頭を抱えるところばかり。

 アニメに出てきた金田城は、バスを乗り継げばなんとか行けるだけ、まだよいほう。最初の合戦が描かれた佐須なんて、山を越えた島の反対側なのだが、そもそも公共交通機関は存在しない。

 つまり「聖地巡礼」に限らずとも、観光はレンタカーが大前提。でも、幹線道路すらバスがすれ違いに苦慮するような狭さ。よほど運転に自信がなければ、事故を起こすことになるだろう。そんな島ゆえに「聖地巡礼」スポット選びにも苦悩したのか。なぜか、元寇とは関係ない清水山城(文禄・慶長の役に際してつくられた城)まで『アンゴルモア 元寇合戦記』の聖地として記載されているという状況。

 確かに、元寇の時にそのあたりで戦ったかも知れないし、厳原から歩いていける山城ではある。「アニメ関係ないけど苦渋の選択」と、いったところか。

 観光案内所に併設された食堂で、特産品の対州蕎麦を丁寧に解説してくれた人に、貼ってあった『アンゴルモア 元寇合戦記』のポスターを指さして「アニメの影響で来訪者が増えたりしてますか?」と尋ねると「あははは~」と苦笑して、はぐらかされた。それが、地域の住民のもっとも正直な反応といえるだろう。

 やはりアニメの「聖地巡礼」で地域が活性化していくというのは、限られた成功例が注目されているに過ぎないと、改めて感じた。

■とはいえ、対馬は魅力満点である

 だが、この「行くに行けない」という到達困難さが、逆に興味をそそる。今回、筆者が目指した和多都美神社は、かの神武天皇の祖父である彦火々出見尊(山幸彦)が、豊玉姫命と出会った神話の地。ここは、まだ公共交通機関で到達できる神社。

 とはいえ、バスは日に数本だけ。それも厳原からは約1時間。そして、バス停からは歩いて3キロあまりという立地。最近、休日は神社までバスが来るようになったというので、まだ観光客向けにマシにはなった様子。

 でも、その到達困難さゆえに、神社には圧倒される雰囲気がある。海へと連なる鳥居。本殿の裏手にある磐座は、日本の古来からの信仰を今に伝えてくれるのだ。

 ほかにも対馬には、見どころのある神社は、多い。厳原の街にある厳原八幡宮神社は、三韓征伐の時に、神功皇后が神を祀ったとされる由緒正しい神社。

 そんな神社なのだが、気になるのは境内を同じくする天神神社と若宮神社(合祀され社殿はひとつ)。

 まず天神神社の祭神は安徳天皇と菅原道真。なぜ、安徳天皇かといえば、対馬に伝わる安徳天皇が壇ノ浦で入水せずに逃れてきた伝説があるから。

 でも、これはまだわかる。もっと気になるのは、若宮神社のほうである。

 この祭神は小西マリア。よほど歴史好きでないと知らないだろうが関ヶ原の戦いで西軍について敗れた小西行長の娘である。マリアは、対馬藩主・宗義智に嫁いだが、父が敗れて処刑されたため離縁され、長崎でキリスト教を信仰しながら生涯を終えたという……。

 そんな女性を祀っているのが、この神社。

 わかるだろうか。日本の神社なのに、キリスト教徒を神様として祀っているという希有な神社なのである。なんだ、この妙な懐の深さは……?

 巨大な島に散らばる名所をめぐるための交通網は、観光客にはまったく優しくない。だが、この観光客にまったく慣れていないがゆえの独特の冷たさは、どこにいっても「町おこし」が盛んな現代においては、味わえぬもの。

 来年には、長崎県立対馬歴史民俗資料館の移転・改修も終わり対馬博物館としてオープン予定というが、雰囲気に変化は訪れるのだろうか。

 本土から遠く離れた島で、限れた商店は努力しなくても客は来るのか、大して愛想もよくない。そんな独特の感覚は、そう簡単には変わりはしないだろう。

 むしろ、その独特さこそが、やたらと過剰なサービスとかマニュアルがあふれる現代にあっては、新鮮である。

『アンゴルモア 元寇合戦記』でも用いられた「率土の最果て」という言葉が似合う島・対馬。観光とか「聖地巡礼」では味わえない最果て感を、あえて味わいにいってもよさそうだ。
(文=昼間たかし)

メルカリ、ラクマ……フリマアプリで「もしかして詐欺?」「逆に損した」失敗エピソードを100人調査

 メルカリやラクマなど、スマホで簡単に不用品を売買できるフリマアプリ。いらなくなったものをお金に変えられたり、欲しかった物が安く手に入ったりする一方で、大小のトラブル報告や失敗談が後を絶たないのも事実。そこで、実際にフリマアプリを利用したことのある男女100人に、フリマアプリで「失敗した」体験談を語ってもらった。年末の大掃除で出た不用品の処分に活用する際の参考にどうぞ。

ちっとも売れない

 せっかく出しても売れなければ、出品の手間暇で損をするだけ!?

・メルカリに、自宅にある未使用のブラウスを出品したのですが、値段を高くしてしまったせいか、購入されませんでした。もう少し相場などのリサーチをしてから値付けすればよかったなと思います(50代/女性/個人事業主)
・メルカリで出品しましたが、一切買い手がつかないから辞めました(30代/男性/パート・アルバイト)
・売却側ですが、商品の写真を取ったり寸法を測ったり等、商品説明にすごく時間と手間が掛かったわりに、なかなか売れませんでした。売れても安価なこともあり、割に合わず、失敗したと思いました(20代/女性/正社員)

安くしすぎて儲からず

 値付けは意外と難しい。出品後に後悔した人も少なくないようだ。

・早く売りたいがために、値段を安く設定しすぎたこと。送料込みの値段で販売していたので、あまり得にはなりませんでした。食べ物ではなかったので、もう少し気長に売るつもりで売りたい値段で販売すればよかったなと思います(40代/女性/無職)
・もらい物の価値がわからず、使わないのでメルカリに出品したが、あとで高価な物とわかった。もっと金額を上げて出品すればよかったなあと思った(30代/女性/専業主婦)
・以前、メルカリでギターを出品し、すぐに決まったのですが、ほかの方と比べてかなり安価だったようで、もう少し高めにしておけばよかった(40代/男性/正社員)

 送料や手数料を忘れたことで、結果的に損してしまったという人も。

・販売手数料だけでなく、送料と振り込み手数料も考慮しなければならないのに、安易に値引き交渉に応じてしまったため、手取りの報酬がとても少なかったことです(40代/女性/専業主婦)
・雑貨を処分したくて激安で出品していたら、手数料と送料の方が高くついてしまいました(40代/女性/パート・アルバイト)
・メルカリで送料込みの価格であることを知らずに安く売値を設定してしまい、送料を差し引いたらほとんど手元に残らなかった(50代/男性/正社員)

オークションサイトの方が高く売れたかも……!?

 私物の売買はフリマアプリ以外でも可能。上手な使い分けができれば上級者だろう。

・フリマアプリで売ったあと、オークションサイトでもっと高値がついているのを見つけた(40代/男性/正社員)
・メルカリにいらなくなったiPhoneを売りに出していたのですが、なかなか売れないので売値を大幅に下げて売り抜けました。後でiPhoneの売れ具合を見るサイトで調べてみたら、もう少し上でも売れたことを知ったので、その時は失敗したと思いました(50代/男性/パート・アルバイト)
・初回限定版のCDなどを売りに出したとき、ファンの間では高値で取引されていたことを知らず、元値以下で販売してしまった(20代/男性/学生)

非常識なユーザーに辟易

 非常識なユーザーのせいで嫌な思いをしたという声も多数。

・新品の産褥ショーツを出品した時、男性が女性になりすましていると気がつかずにコメントに返信してしまい、しつこくコメントされました(30代/女性/パート・アルバイト)
・100件取引をしたとして、2%位の割合で変な人との取引がありました。その人のせいでメルカリを辞めようと思いました(40代/女性/個人事業主)
・非常識な購入者さんに当たってしまったとき。非常識な値引き交渉をしてきた上に、購入方法を間違えたのでキャンセルしたいと言い出し、自分でキャンセル方法を調べず私に何とかしてくれと言われたときは、面倒くさいなと思った(30代/女性/個人事業主)
・コンビニATM支払いを選択されて、メッセージもなし、支払いもいつかわからないので、キャンセルするはめになりました。マナーがない人も使えるのが困る(30代/女性/正社員)

 メルカリでは値下げ交渉がよく行われるそうだが、ときには迷惑行為になることも。

・値下げを希望してきた購入者様に対応していると、どんどん値下げを希望され対応が大変だったので、値下げに応じなければよかったと思った(30代/女性/専業主婦)
・値引きをお願いされたから了承したら、すごく上からの発言が増えた(20代/女性/正社員)
・値下げ厨にまとわりつかれて嫌な思いをした。完全無視するのが正解だと気づいた(30代/男性/正社員)
・出品しか経験がないですが、価格設定を下げすぎて、そこからさらに値引き交渉を求められたことです。メルカリは元値で買わず値下げする文化? があるみたいなので、思っていた値段で売ることができませんでした(30代/女性/個人事業主)
・出品した商品が、相手先に到着後、傷があるからと取引後に値下げを交渉された。出品前に確認した際は傷などなかったが、もしかしたら自分にも非があるかもと思い、払ってしまった。今思えば、もしかしたら詐欺だったのではないかと思う(20代/女性/学生)

販売者・購入者間でのやりとりでトラブル

 素人同士のやりとりだけに、トラブルに発展することもある様子。

・発送する側のときなのですが、衣服を内袋のような保護をせずに送った時に苦情を入れられてしまいました。そこまで配慮すればよかったと後悔しています(20代/女性/正社員)
・購入相手が神経質な人で、たくさん連絡が来て面倒くさかった(30代/男性/個人事業主)
・相手に梱包方法・発送方法・発送日時などの細かい打ち合わせをしないまま発送されてしまったとき。適当な梱包で商品が傷ついていた(20代/女性/無職)
・中古PCを購入したら、入金後に「梱包時に落下して壊れたから送れなくなった」と返されたこと。入金してから返金までに多少の時間がかかった(20代/女性/正社員)
・実物と違う商品が届いた。もちろん、訂正して交換してもらいましたが、やりとりが面倒でした(40代/男性/個人事業主)
・夜中に相手から連絡があり、明日仕事の後に振込をしてから返信しようと思っていたら、夕方に「返信がない為取引を止めさせてもらいたい」と、強制的に取引中止されてしまいました。何度もやりとりする必要はないかと思っての行動でしたが、一言くらいは返信しておくべきだったかと後悔しました(30代/女性/個人事業主)

写真に騙された

 現物を見られないだけに、写真と現物にギャップがあることもしばしば。

・思っていたものと違うものが届いたとき。よく見ると写真の写りが良かっただけだと気づいた(30代/男性/個人事業主)
・載っている写真には高級感がありましたが、実際に手に入れた商品は写真と違って安っぽく見えるので失敗したと思いました(30代/女性/無職)
・写真加工されているものが多く、以前可愛いと思ったアクセサリーを購入したのですが、色味が写真と違っていたので残念でした(10代/女性/パート・アルバイト)

 中古品とわかってはいても、許容範囲を超えた使用感は損した気分になるもの。

・メルカリでブランド物のネックレスを買ったとき、よく見たら出品者のイニシャルが入っていて使うに使えなかった(20代/男性/正社員)
・大人気のマンガを購入したら、おもしろいセリフの吹き出しにマーカーが塗られていた(40代/男性/正社員)
・家に届いたら、商品にへこみやキズがたくさんあり少しがっかりしました(50代/男性/個人事業主)
・商品の欠陥点などの注意書きを読んで商品を購入したけれど、いざ商品が届いてみると、前の持ち主のものと思われる香水の匂いが、キツいと感じるほど商品に残っていたことです(20代/女性/パート・アルバイト)
・写真だけでは質感や匂いまでわからなかったので、湿気くさかったことがありました(60代/女性/専業主婦)

サイズ感が難しい

 写真では伝わりにくいサイズ感。イメージと違うことも多々あるようだ。

・洋服を購入する際、ブランドやメーカーでサイズはわかっていたつもりでも、実際届いたら小さかったり大きかったりした。公式のブランドサイトと違って、説明も素人目線なのでサイズは難しいと思った(30代/女性/専業主婦)
・サイズ確認をしっかりとしなかったため、予想よりも随分小さいものが送られてきたときに、失敗したと思いました。しつこいと思われても、サイズに関してはしつこく確かめるべきだったと後悔しています(50代/女性/個人事業主)
・洋服の着用時のサイズ感を聞き、ぽっちゃりな人でもゆったり着られるという回答をもらった。実際商品が届き着てみると、ぽっちゃりではない私でもかなりタイトなものだった。聞いていたサイズ感と違い、失敗したと感じた(20代/女性/正社員)

結果的に高くついた

 “安い”という先入観から、安くない買い物をしてしまったという失敗談もチラホラ。

・商品そのものの値段は安かったものの、支払い方法が少なく、しかも手数料も高かったこと。手数料を引いたら、ほかのサイトで買った方が安かった(20代/女性/無職)
・目新しく、いろいろとメルカリで調べて商品を買った後、Amazonで新品がもっと安い価格で販売していたことを知った時に失敗したなと思いました(40代/女性/個人事業主)
・可愛い商品に「いいね!」がたくさん付いていたので焦って購入したけど、同じ商品がもっと安く出品されていた(40代/女性/パート・アルバイト)

小室圭さんに美智子さまが「怒り心頭」? 数々の“憂慮発言”は真実なのか

秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんのご婚約について、皇后陛下美智子さまが「決して許すことはできません」と厳しく語っていたと、13日発売の「週刊新潮」(新潮社)が報じている。

 11月22日、秋篠宮さまは誕生日会見にて、長女である眞子さまと小室圭さんの婚約にあたる“納采の儀”を、現状では行なえないと明言。母親の元婚約者からの借金問題が報じられてきた小室さんに対して、「それ相応の対応をするべきだと思います」と発言された。

 これは破談要求とイコールではないかと見られたが、「新潮」によれば、美智子さまは「この問題は、本来であれば2月以前に答えが出るお話です」と断じておられたと報道。婚約内定会見がおこなわれるより以前、昨年5月の時点にマスコミ報道でご交際が明らかにされたときから、美智子さまは「あのような方で、眞子は本当に大丈夫なのでしょうか」と憂慮されていたとある。

 さらに、諸問題の回答を出そうとしない小室さんに対して「あのようなことは、決して許すことができません」と美智子さまがおっしゃっていた、と“関係者”は漏らしている。そのうえ、小室さんが唐突に米国留学をしたことで不信感を募らせているそうだ。くわえて、「許すことのできないもの」とされているのは、留学先のフォーダム大学が小室さんを「眞子さまのフィアンセ」と紹介したことである。つまり小室さんが「自分は日本の皇族のフィアンセである」と吹聴したことが、皇室を一方的に利用していると捉えられ、決して許されることではないとしている。

 きわめて厳しく率直な発言が、美智子さまのお言葉であるとして誌面には掲載された。今年10月20日、美智子さまは84歳の誕生日を迎えられ、約3000字にも及ぶ文章(※宮内庁ホームページから閲覧可能)でお気持ちを示されたが、その一説もまた「破談を願うメッセージだ」として同誌は取り上げてきた。

 <公務を離れたら何かすることを考えているかとこの頃よく尋ねられるのですが,これまでにいつか読みたいと思って求めたまま,手つかずになっていた本を,これからは1冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています。読み出すとつい夢中になるため,これまで出来るだけ遠ざけていた探偵小説も,もう安心して手許に置けます。ジーヴスも2,3冊待機しています。>

 「ジーヴス」については、<イギリスの作家P・G・ウッドハウスによる探偵小説「ジーヴスの事件簿」に登場する執事ジーヴス>と、注釈がつけられている。この『ジーヴスの事件簿』とは、主人公の貴族階級の青年に降りかかるトラブルをその天才執事であるジーヴスが次々と解決していくというユーモア小説だ。

 あくまで探偵小説であり、シリーズものであるわけだが、しかし「週刊新潮」が注目したのは、ジーヴスが仕える貴族青年・バーティーの婚約破談について書かれたストーリーがあることだ。

 バーティーはある令嬢と婚約したが、じつは、令嬢の父には好ましくない過去があった。それでも結婚を切望するバーティーは、暴露本の出版を阻止しようと奮闘するが、ジーヴスに出し抜かれ、本は出版されてしまう。婚約は破談となるが、じつはジーヴスが令嬢の性格を見抜いており、青年にはもっとふさわしい相手がいると慮っての行為だった。主人公は考えを改めて、ジーヴスは信頼を得る……。

 「週刊新潮」は、美智子さまが婚約破棄をめぐった作品をあえて固有名詞で語られたことに着目し、これを「破談メッセージ」と見立てているのだ。

 もちろん同誌に限らず、ありとあらゆるメディアが、「皇室はこの婚約に反対だ」との論調を固めている。冒頭に記した秋篠宮さまの会見でのお言葉からも、それは明らかになった。しかし、こと美智子さまのお言葉となると、眞子さまのご婚約を憂慮するお気持ちをお持ちだとしても、それほどまで率直にお怒りを表明したとは考えづらい。

数々の週刊誌報道について宮内庁が言及
 各週刊誌はこれまで、小室さんの母の借金問題やそのプライベートについて醜聞めいた報道を重ね、過熱の一途を辿っている。

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 こうした状況にあって、5月25日に宮内庁は、眞子さまの結婚延期にまつわる一部週刊誌の報道に、天皇、皇后両陛下が心を痛めているとの声明を発表していた。

 <眞子内親王殿下の納采の儀を始めとするご結婚関係儀式等の延期が発表されて以来,このことに関する両陛下,取り分け皇后さまのお考え,ご対応について様々な憶測がなされ,記事にされてきましたが,このことに関し,両陛下は当初より一貫して変わらぬ対応をしてこられました。>
<一部の週刊誌は,「侍従職関係者」,「宮内庁幹部」,「宮内庁関係者」等のコメントとして,皇后さまが様々な発言をなさっているかのように記していますが,先にも述べたとおり,両陛下は,当初より,細心の注意を払って固く沈黙を守り続けておられ,また,宮内庁職員はもとより,ご親族,ご友人,ご進講者等で,両陛下にこの問題について話題にするような人もこれまで皆無であったと伺っています。>

 この声明を要約すれば、つまり皇后さまは眞子さまの結婚問題について、今年5月時点では、なにも言及されていないということだ。となると、昨年5月に美智子さまが「あのような方で、眞子は本当に大丈夫なのでしょうか」と、しきりに周囲にお尋ねになっていたという話の信憑性が揺らいでしまう。

 しかし6月以降も、各週刊誌は美智子さまのお気持ちについてさまざまに報道してきた。

 「週刊文春」(文藝春秋)は7月、ある美智子さまの知人が<皇后さまは『夢は人生の志として大事なものだけど、あくまでも成し遂げられる可能性と努力があってこそのものよ』とも仰っていました。海外の企業で働くならまだしも、小室さんは仕事に就くための勉強をゼロから海外で始めるわけで、叶うか分からない『不完全な夢』を描いている。まさに『夢追い人』になってしまった………皇后さまは、そんな印象をお持ちになったようです>と漏らした……と伝えている。

 この記事については、宮内庁は7月30日に記事タイトルを名指しで否定した。

 <記事は,このホームページにおける説明の一部を引用しつつも,「美智子さまのお嘆きの気持ちは,余りにも痛切だ。…『小室さん米国留学』の一報は,皇室の雰囲気を一変させるに余りあるものだった」として,「知人」の談話を通して,その後,皇后さまのお考えが変わったと報じています。>

 <しかし,この問題に対する両陛下のご対応には,その後も全く変わりがありません。今も一貫して一切の発言を慎まれています。>

 <なお,日頃から両陛下と親しく,そのお気持ちをよく知る本当の「知人」であれば,このような時に,敢えて両陛下のお気持ちに立ち入ろうとしたり,匿名の「知人」として外部に自分が推測した話をするようなことは到底考えられないことです。>

 確かにそのとおりで、外部に情報を漏らすような「知人」が両陛下のすぐそばにいては困ったことだろう。

 しかしこの直後、8月に「週刊新潮」は、美智子さまが「一貫して小室さんを懐疑的にご覧になってこられた」として、小室さんの留学が公になる前には、<皇后さまは『眞子と小室さんには、それぞれ別々の新しい道を歩んでほしい』と仰っていた。>と報じた。

 さらに、小室さんの留学先・米フォーダム大学での「フィアンセ」取り消し騒動の際にも、<「最近の皇后さまは『小室さんとは、一体どういう方なのでしょう』としきりにこぼしておられます」>とし、<戦没者の慰霊や、被災地への訪問など、陛下と私がこれまで考え、積み重ねてきた象徴の意味を、小室さんは理解されているのかしら。新しい時代は東宮がおらず、その中で皇嗣(秋篠宮さま)の重要性というのは、想像できないほど大きいものです。その皇嗣家に連なる親戚として、あのような方(小室さん)が入ってくるというのは、到底考えられないことです>と語られた……としている。

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宮内庁が意図的に情報を……?
 眞子さまの結婚問題をめぐる、皇室と週刊誌の応酬。両陛下は沈黙を守っておられるが、秋篠宮さまが小室さんへの否定的な見方を明らかにしたことで、少なくとも「皇室は婚約破談に持ち込みたい」とする週刊誌側の論調が間違いではないことがはっきりした。

 さらに美智子さまも心を砕かれているなどと報じられれば、世間はよりいっそう小室さんへの猜疑心を強めるだろう。一部では、宮内庁が意図的に情報を流出させているとの見方もあるが……真偽は定かではない。

 いずれにせよ、眞子さまと小室さんの結婚が暗礁に乗り上げていることは、誰の目にも明らかだ。この結婚騒動がどのような着地点を探るか――世間の関心は高いが、週刊誌のゴシップも、皇室や宮内庁の意向もさておき、なによりも翻弄される眞子さまのお気持ちが心配である。

工藤静香は「悪妻」か またも木村拓哉が嫌いなジャニーズ1位、kōki,バッシングも

 12月13日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が、恒例の「好きなジャニーズ/嫌いなジャニーズ2018」を発表した。「文春オンライン」のメルマガ会員を対象に8月31日~10月24日まで実施したアンケート結果とのことである。夏にも同じアンケート調査があったが、顔ぶれは冬になってもほぼ変わらない。

 「好き」部門1位は中居正広、2位増田貴久、3位大野智、4位山下智久、5位木村拓哉。「嫌い」部門1位は木村拓哉、2位小山慶一郎、3位手越祐也、4位近藤真彦、5位松本潤となっており、「好き」「嫌い」両方で上位5位以内にランクインしているのは、木村拓哉だけだ。

 定期的に開催されるこの手のアンケート企画において、「好き」「嫌い」両方で上位入りすることが多い木村拓哉だが、特に2016年のSMAP解散騒動以降は「妻の言いなりになった」など、木村拓哉を「嫌い」な理由として妻・工藤静香の存在が持ち出されることが増えた。昨年12月には妻・工藤静香とともに「嫌いな夫婦」1位に選ばれ、また今年9月には工藤静香が「女が嫌いな女」1位に選ばれていた。

 今回も、「嫌い」部門で木村拓哉に投票した人のコメントを見ていくと、「とうとう子どもや家族を売りにし始めた」(49・女)、「父親面を前面に出してきたのが見苦しい」(55・女)、「自分自身のこれからの仕事なのに、妻の意見に左右されるとは」(56・女)など、やはり、妻・工藤静香、次女・kōki,の存在が、木村拓哉「嫌い」を後押ししている傾向があるようだ。

 木村拓哉と工藤静香夫妻の次女で、今年5月にモデルデビューしたkōki,に対してもネット上では「親の14光り」とバッシングが浴びせられている。kōki,への批判的なコメントに目を通していくと、「静香の言いなり」「親子でセンス悪い」「厚かましさはさすが静香の娘」など、kōki,自身にというよりも、kōki,を通して母の工藤静香を叩くような文面のものが多い。

 木村拓哉にせよkōki,にせよ、工藤静香の存在ありきで嫌われてしまっているように見えるが、工藤静香はそれほどまでに「悪妻」なのだろうか。

工藤静香に向かう「でしゃばりやがって」の怨念
 結果的に夫や娘のアンチを増殖する原因になってしまっている工藤静香が、家族にとって“悪妻”や“毒母”なのかといわれると、それはおそらく違うのだろう。

 木村拓哉が公の場で妻・工藤静香について語ることはないが、次女・kōki,は12月12日、「BVLGARI AVRORA AWARDS 2018」に登壇した際、「将来的にどんな女性になりたいか」を聞かれ、こう答えた。

「私は母のような女性になりたいと思います。お母さんはいつも私のことをサポートしてくれて、自分より私のことを考えてくれて、すごく大好きです」

 このようにkōki,は両親へのリスペクトを表明することを厭わない。デビュー当初から両親をいかに尊敬しているか公言しており、なかでも『Numero TOKYO』(扶桑社)でのkōki,のインタビューからは、kōki,にとって母の存在が大きいことは明白だった。

 インタビューによれば、kōki,は母と一緒に庭の草むしりをしたりカフェに朝食を食べに行ったり洋服を買いに行ったり、仲の良い母子だ。またモデル活動を始めるにあたって「すでに人が作ったもの、人がやったことの中であなたにできないことは何もない。だからトライだけはしてね」と背中を押してくれたのだという。母子密着が過ぎるのではないかと見る向きもあるかもしれないが、日本一有名な夫婦ともいえる木村拓哉・工藤静香夫妻の元に生まれ、世界に通用するモデルを目指すことを決めた15歳の少女にとって、母の存在は心の拠り所となるのは悪いことではないだろう。

 しかし、kōki,が家族のことを隠さず、オープンに語れば語るほど、つまり母の存在感を示せば示すほど、工藤静香アンチは工藤静香とkōki,を一緒くたに叩く。工藤静香のどこがそこまで人を刺激するのかといえば、まずきっかけは、SMAP解散騒動において「フライデー」(講談社)の取材に単独で応じたことだろう。SMAPメンバーに対して突き放したような発言をした工藤は、SMAPファンを敵に回し、SMAP解散の元凶とまで言われるようになった。

 そしてSMAP解散後にInstagramを開設。ファンとの交流の場だとして当初は鍵をかけたアカウントだったが、現在は解放しており、一挙手一投足がネットニュースになる。夫の仕事関係に口を挟み、娘の芸能活動をプロデュースし、手料理やインテリアを部分的に公開してみせる工藤の態度が、アンチには「気に入らない」のだ。

 そうした工藤静香アンチの意見を観察していると、「でしゃばりやがって」という非難が多いことに気付く。工藤静香がどう動こうと彼女の勝手だが、妻として、また母として「控えめ」な態度が彼女に求められているということなのだろう。

 では、世間から“良き妻”“良き母”として認められるためには、自身の存在を消し、でしゃばらず、一歩下がった妻・母でいるよりほかないのだろうか。そんな“昔ながらの素敵な奥さん”のような態度を平成も終わろうという2018年に求められるとは、驚きである。もっとも、工藤静香は“昔ながらの素敵な奥さん”であろうとしている節も見受けられるが。

 ひとつ言えるのは、たとえ工藤静香が夫の仕事についてジャニーズ事務所残留を勧めるなどの“口出し”を本当にしていたとしても、それを是とするか非とするかは夫である木村拓哉だということだ。娘との関係もそうだ。もし母によるプロデュースと自身の方向性に違いが生じ、話し合いができないほど関係がこじれれば、娘は出て行くだろう。そのときはそのときだ。

大島由香里と離婚寸前の小塚崇彦、7月の『深イイ話』では円満ぶり猛アピール

 元フジテレビアナウンサーの大島由香里(34)と、元フィギュアスケート選手の小塚崇彦(29)夫婦が離婚協議中でありすでに別居していると報じられたのは12月上旬。小塚崇彦はブログで別居を否定せず、「現在私ども夫婦で話し合いを重ねておりまして、ご報告できる段階にございません」と言及していた。

 一報を伝えたスポーツ紙は「多忙によるすれ違い」のため離婚協議に至ったとしていたが、12月11日発売の「FLASH」(光文社)は、大島が「どうしても許せないこと」があったために今秋から別居しているとし、「彼が土下座して謝ってきたら、やり直せるかも」と考えているという知人の声を伝えた。

 小塚の本拠地は生まれ育った愛知県名古屋市。大島はフジテレビを退社し、その地に移住した。しかし小塚は今年1月ごろから東京に部屋を借り、名古屋にいるのは一カ月のうち一週間ほどだという。その「すれ違い」に加えて、大島が「どうしても許せないこと」の内情について、今度は「週刊文春」(文藝春秋)が伝えている。

 それによれば、小塚は“夜の遊蕩児”になってしまい、女性の宛名で書かれた名古屋市内のビジネスホテルの領収書や、キャバクラ嬢の名刺や領収書に大島はショックを受けていたという。小塚は朝帰りしてリビングで眠りこけ、娘の世話もしないとあり、それが事実なら大島も大変だっただろう。大島が「いい加減にしてほしい」と訴えて小塚も謝るというが、反省は長続きしないようだ。

 「文春」記事ではさらに、12月9日未明にTBSのスポーツ番組『S☆1』への生出演を終えた小塚が、タクシーで横浜に向かい、羽生結弦のモノマネで知名度を獲得中のモノマネ芸人・羽生ゆずれない(23)とクラブで飲んだ後、年配男性および女性二人とともにドン・キホーテでカップ麺や酒を買い込み、インターコンチネンタルホテルに宿泊したと詳細に記している。チェックインした時刻は午前4時30分だったという。

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 同誌の取材に対して小塚は、9日深夜の行動はレッドブル主催のスポーツイベントの打ち合わせだったと説明。一方で、「(キャバクラなどの飲食店に)連れて行ってもらうこともコミュニケーションのうち」「そこで仕事がもらえると勘違いしていたこともあった」「それも(大島と)考え方が違うんだなあと(思った)」等との考えを明かしている。

 小塚は父親の小塚嗣彦、母親の小塚幸子、祖父の小塚光彦、叔母の坂野浩子が元フィギュアスケート選手であり、“日本フィギュア界のサラブレッド”と呼ばれてきた。小塚家では娘も当然、後継者としてフィギュアスケートを滑るものだと期待されているという。小塚の父は、息子の夜遊びを「そんなことどうでもいいんですよ」と一蹴し、「小さな子供がいるんだから、世間一般、常識として(離婚は)通らない。私のまわりではそういうことがない」とコメントしており、大島が逃げ出したくなる理由もよくわかる。

 

「トヨタ社員として頑張っている」「一カ月のうち三週間は出張でいない」
 ただ、小塚崇彦と大島由香里は、円満夫婦として今年7月9日放送の『1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演していた。1歳の長女・樺子(かこ)ちゃんも顔を隠すことなく登場させたが、その表情は父親そっくり。番組では現役選手を引退後、プロスケーターに転向せずトヨタ自動車株式会社社員になった小塚と、フジテレビの報道キャスターとして活躍していたが結婚後はその職を辞し、小塚の地元である名古屋に移住し主婦生活を送る大島に密着していた。

 非常勤嘱託社員としてトヨタのスポーツ強化・地域貢献室という部署に属する小塚は、イベント企画の立案から運営までを担当していると紹介された。大島は、「出張が多い部署なので1カ月のうち3週間は家に帰ることができない」と苦笑するが、この生活を受け入れたという。小塚不在の日が多いことから夕飯はいつも子連れで小塚の実家の世話になっているそうだ。

 およそ6年の交際を経て結婚した夫婦だが、初めての大喧嘩の理由は小塚が「スケート選手を引退して、会社員となり家族を養う」と勝手に決めたことだったという。小塚は結婚直後に「生活の安定のため」引退を宣言し、大島は泣いて大反対。大島は「みんなが欲しくても欲しくても手に入らないもの(スケートの才能)を持っているんだから」「リンクの上が一番輝いている」と語り、小塚も説得されてアイスショーに出るなどスケートを再開したという。これが深イイ話だ。

 そこから半年も経たない12月に、別居と離婚協議の報道。番組の密着取材時にも、すでに“夜遊び”の問題は表面化していたはずだ。夏前まではまだ、関係はかろうじて保たれていたということだろうか。「一カ月のうち三週間はいない」という発言は、週刊誌報道とも一致するが、「仕事のため不在」なのか「夜遊びで不在」なのかで印象はだいぶ異なってくる。

 小塚はスケートリンクの氷上にレッドカーペットを敷き、ピンスポットまであてて大島にサプライズ・プロポーズをしたという。その愛が嘘偽りでなかったのなら、妻の訴えを無視して夜な夜な遊び歩くことはあり得ないと思うが……。これだけ「小塚の夜遊び飲酒が悪い」との報道が連発される以上、大島の怒りはもう氷解し得ないところまできているのかもしれない。

JRが自ら招いた破綻への道のり……「阿佐ヶ谷アニメストリート」は、なぜ“死んだ街”になったか

「やはり、マンガやアニメにはエロもあるじゃないですか。秋葉原の街なんか、そんなものであふれ返っている。でもね、阿佐ヶ谷アニメストリートは、エロはダメなんです」

 聞いてもいないのに、担当者がそんなことを言いだしたのには驚いた。

 2014年、鳴り物入りでオープンしたJR総武線・中央線高架下の「阿佐ヶ谷アニメストリート」が、来年2月末をもって閉鎖されることが発表された。もはや、この件すら話題にもなっていないことが、この新たなオタクの街が、どういった目で見られていたかを示している。

 JR東日本都市開発が、高円寺駅~阿佐ヶ谷駅間の高架下に「阿佐ヶ谷アニメストリート」をオープンすると発表したのは、13年6月のことだった。同区間高架下は生活道路として利用され、駐車場や倉庫も並んでいる。そこにアニメの関連ショップを並べて新たな街を創出するというのが目論見だった。

 杉並区は、全国で練馬区に次いで2番目にアニメ関連企業が集中する地域。その当時、すでに日本最初の本格アニメ関連展示施設である「杉並アニメーションミュージアム」や、西武新宿線上井草駅前に作られた「ガンダムモニュメント」が話題になっていた。予定では、約100メートル、2,000平方メートルあまりの敷地を使い、そこにフィギュア工房、コスプレ衣装のオーダーメイド店、撮影スタジオ、配信スタジオなどの「クリエイターズ・アンテナショップzone」、キャラクターグッズやCD・DVDなどの「物販zone」、さらには「製作スタジオzone」、展示・イベントスペースを併設した「カフェ」、専門学校のサテライト教室や就業体験ができる「大学・専門学校zone」とエリア分けし、多種多様な店舗が軒を連ねるとされていた。

「総武線の黄色い電車がアニメ文化のひとつの軸となることを目指しているんです」

 担当者は、総武線・中央線沿線の秋葉原や「中野ブロードウェイ」がある中野とつながる新たなオタクの街の夢を語った。だが、その次に語った冒頭の言葉。それを聞いたときから、この計画には暗雲が立ちこめているように見えた。

 翌14年3月29日に、阿佐ヶ谷アニメストリートは開所式を迎えた。軒を連ねるオフィシャルショップでは声優らによるイベントも開催され、多くの人で賑わっていた。当初の担当者の言葉は不安を感じさせたが、これなら徐々に新たなスポットとして定着していくのではないかと思わせるものだった。

 だが、まったくそんなことはなかった。1年もたたない間に「閑古鳥が鳴いている」と揶揄されるようになった。撤退する店舗も出ている。その実情を、阿佐ヶ谷アニメストリートをプロデュースし、ストリート内にオフィスも構える作戦本部株式会社の代表取締役で「作戦本部長」の鴨志田由貴に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「これは想定内のことであって、最初の2年間はお客さんが来るとは考えていませんでした。定着するまで3年はかかると思っていますから」

 阿佐ヶ谷アニメストリートの前に、鴨志田はJR秋葉原駅~御徒町駅間の高架下を利用した商業施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」を手がけていた。ここは現在も多くの人が足を運ぶ人気スポットになっている。ただ、それまでには3年あまりかかった。だから、阿佐ヶ谷アニメストリートも人が来るように、大家であるJR東日本都市開発と店子が一体となって街を育てていかなくてはいけない。そんなことを鴨志田は考えていた。

 だが、成功した「2k540 AKI-OKA ARTISAN」とは違い、阿佐ヶ谷アニメストリートは想定外の我欲に満ちたボタンの掛け違えにあふれていた。

 例えば、店舗前に設置したイベントや商品の案内を記したチラシ用のラックの設置が、それである。店舗面積も限られているわけだから、ラックはどうしても通路にはみ出す形になる。それは、どこの街でも通行人の迷惑にならないように気を使いつつ、当たり前に行われていること。ところがJR東日本都市開発は、強行に「通路上にラックを置かないように」と主張。鴨志田が何度も説明してラックが設置できるようになるまで、1年あまりを費やすこととなった。

 そして、肝心の出店した店舗にも、街を育てようという意識は薄かった。家賃が高めに設定されたために、出店したのは大半が企業系の店舗になってしまったのだ。

「企業系の店舗を運営する人の意識は、やはりサラリーマン的になってしまいます。家賃を下げて、中野ブロードウェイのように個人店が入居できるようにしたほうがいいでしょう」

 そう鴨志田はJR東日本都市開発を説得したが、大企業の意識を変えることは容易ではなかった。しかも、入居希望者を選ぶ立場にあるはずのJR東日本都市開発は、とんでもない企業が入り込んでいるのも見極められなかった。

 家賃を払っているのに、まったく営業をしていない店舗があったのである。そんな店舗が、余計に「閑古鳥」の雰囲気を濃くしていた。営業していないと名指しされる店舗は2つあった。ひとつは、教育プログラムを企画開発しているマイクロミュージアムラボラトリーが運営していた「マイクロミュージアム・カフェ」。取材を申し込んでもなしのつぶてだったが、関係者は誰もが「JRや杉並区から仕事を受注するべく、“地域に店舗を運営している”という既成事実を得るために出店したのではないか」とウワサしていた。

 もうひとつの店舗は、萌え系イラストをフィーチャーしてLEDバックライトパネルを販売する「ピカットアニメ」。同社は店舗内での販売は行っておらず、全面をガラス張りにして、中に商品を展示する無人のショールームとして利用していた。ところが取材すると、営業していないことを問題とする指摘には、真っ向から反論した。

「JRとは最初の段階から、このような使い方をするということで、暗黙の了解を得ていました。書類の上でも、オープン以降すべての曜日を休業日として、JRに提出していました。ところが、昨年の8月頃から突然(営業していないことを)問題だと言い始めたんです」

 これに加えて、店舗として借りているはずが、実態は事務所として利用している企業もあった。もはや街は育たないと判断したのか撤退も相次ぎ、15年10月になると、16区画の中で営業しているのは4店舗にまで減ってしまった。

 そして、阿佐ヶ谷アニメストリートには、鴨志田がさまざまなアイデアを考えたところで、人が足を運ばない巨大な問題があった。最寄りの阿佐ヶ谷駅からの導線が、あまりにもひどかったのである。阿佐ヶ谷アニメストリートのオープン当初から、阿佐ヶ谷駅から向かう場合に通らなければならない、高架下の商店街・ゴールド街の建て替えに伴う立ち退きが泥沼化していたのだ。

 半ば廃墟となった商店街を通り抜けなければ、たどり着けないという状況は、街の成長を決定的に疎外していた。立ち退き問題が一段落してからは、さらにひどくなった。本来の通路が工事で使えなくなった結果、飲食店の勝手口などがある裏口を通らなければならなくなってしまったのだ。

 17年7月にゴールド街だった場所は「ビーンズ阿佐ヶ谷」として再オープンしたが、すでに手遅れだった。この間も、鴨志田は個人店の出店や、期間限定での店舗の利用を受け付けるなどのアイデアを出していたが、JR東日本都市開発は聞く耳を持たなかったようだ。

 国鉄が民営化されてJRが発足してから30年を超えた。首都圏の駅は、どこもキラキラした店舗が並ぶ空間となっている。でも、かつて鉄道駅が持っていたような泥臭さのある店舗が消えた駅は、どこか寂しい。阿佐ヶ谷アニメストリートの失敗の本質は、そうした現状ともリンクしているようにみえる。
(取材・文=昼間たかし)

※取材対象者の発言は当時のものです。

JRが自ら招いた破綻への道のり……「阿佐ヶ谷アニメストリート」は、なぜ“死んだ街”になったか

「やはり、マンガやアニメにはエロもあるじゃないですか。秋葉原の街なんか、そんなものであふれ返っている。でもね、阿佐ヶ谷アニメストリートは、エロはダメなんです」

 聞いてもいないのに、担当者がそんなことを言いだしたのには驚いた。

 2014年、鳴り物入りでオープンしたJR総武線・中央線高架下の「阿佐ヶ谷アニメストリート」が、来年2月末をもって閉鎖されることが発表された。もはや、この件すら話題にもなっていないことが、この新たなオタクの街が、どういった目で見られていたかを示している。

 JR東日本都市開発が、高円寺駅~阿佐ヶ谷駅間の高架下に「阿佐ヶ谷アニメストリート」をオープンすると発表したのは、13年6月のことだった。同区間高架下は生活道路として利用され、駐車場や倉庫も並んでいる。そこにアニメの関連ショップを並べて新たな街を創出するというのが目論見だった。

 杉並区は、全国で練馬区に次いで2番目にアニメ関連企業が集中する地域。その当時、すでに日本最初の本格アニメ関連展示施設である「杉並アニメーションミュージアム」や、西武新宿線上井草駅前に作られた「ガンダムモニュメント」が話題になっていた。予定では、約100メートル、2,000平方メートルあまりの敷地を使い、そこにフィギュア工房、コスプレ衣装のオーダーメイド店、撮影スタジオ、配信スタジオなどの「クリエイターズ・アンテナショップzone」、キャラクターグッズやCD・DVDなどの「物販zone」、さらには「製作スタジオzone」、展示・イベントスペースを併設した「カフェ」、専門学校のサテライト教室や就業体験ができる「大学・専門学校zone」とエリア分けし、多種多様な店舗が軒を連ねるとされていた。

「総武線の黄色い電車がアニメ文化のひとつの軸となることを目指しているんです」

 担当者は、総武線・中央線沿線の秋葉原や「中野ブロードウェイ」がある中野とつながる新たなオタクの街の夢を語った。だが、その次に語った冒頭の言葉。それを聞いたときから、この計画には暗雲が立ちこめているように見えた。

 翌14年3月29日に、阿佐ヶ谷アニメストリートは開所式を迎えた。軒を連ねるオフィシャルショップでは声優らによるイベントも開催され、多くの人で賑わっていた。当初の担当者の言葉は不安を感じさせたが、これなら徐々に新たなスポットとして定着していくのではないかと思わせるものだった。

 だが、まったくそんなことはなかった。1年もたたない間に「閑古鳥が鳴いている」と揶揄されるようになった。撤退する店舗も出ている。その実情を、阿佐ヶ谷アニメストリートをプロデュースし、ストリート内にオフィスも構える作戦本部株式会社の代表取締役で「作戦本部長」の鴨志田由貴に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「これは想定内のことであって、最初の2年間はお客さんが来るとは考えていませんでした。定着するまで3年はかかると思っていますから」

 阿佐ヶ谷アニメストリートの前に、鴨志田はJR秋葉原駅~御徒町駅間の高架下を利用した商業施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」を手がけていた。ここは現在も多くの人が足を運ぶ人気スポットになっている。ただ、それまでには3年あまりかかった。だから、阿佐ヶ谷アニメストリートも人が来るように、大家であるJR東日本都市開発と店子が一体となって街を育てていかなくてはいけない。そんなことを鴨志田は考えていた。

 だが、成功した「2k540 AKI-OKA ARTISAN」とは違い、阿佐ヶ谷アニメストリートは想定外の我欲に満ちたボタンの掛け違えにあふれていた。

 例えば、店舗前に設置したイベントや商品の案内を記したチラシ用のラックの設置が、それである。店舗面積も限られているわけだから、ラックはどうしても通路にはみ出す形になる。それは、どこの街でも通行人の迷惑にならないように気を使いつつ、当たり前に行われていること。ところがJR東日本都市開発は、強行に「通路上にラックを置かないように」と主張。鴨志田が何度も説明してラックが設置できるようになるまで、1年あまりを費やすこととなった。

 そして、肝心の出店した店舗にも、街を育てようという意識は薄かった。家賃が高めに設定されたために、出店したのは大半が企業系の店舗になってしまったのだ。

「企業系の店舗を運営する人の意識は、やはりサラリーマン的になってしまいます。家賃を下げて、中野ブロードウェイのように個人店が入居できるようにしたほうがいいでしょう」

 そう鴨志田はJR東日本都市開発を説得したが、大企業の意識を変えることは容易ではなかった。しかも、入居希望者を選ぶ立場にあるはずのJR東日本都市開発は、とんでもない企業が入り込んでいるのも見極められなかった。

 家賃を払っているのに、まったく営業をしていない店舗があったのである。そんな店舗が、余計に「閑古鳥」の雰囲気を濃くしていた。営業していないと名指しされる店舗は2つあった。ひとつは、教育プログラムを企画開発しているマイクロミュージアムラボラトリーが運営していた「マイクロミュージアム・カフェ」。取材を申し込んでもなしのつぶてだったが、関係者は誰もが「JRや杉並区から仕事を受注するべく、“地域に店舗を運営している”という既成事実を得るために出店したのではないか」とウワサしていた。

 もうひとつの店舗は、萌え系イラストをフィーチャーしてLEDバックライトパネルを販売する「ピカットアニメ」。同社は店舗内での販売は行っておらず、全面をガラス張りにして、中に商品を展示する無人のショールームとして利用していた。ところが取材すると、営業していないことを問題とする指摘には、真っ向から反論した。

「JRとは最初の段階から、このような使い方をするということで、暗黙の了解を得ていました。書類の上でも、オープン以降すべての曜日を休業日として、JRに提出していました。ところが、昨年の8月頃から突然(営業していないことを)問題だと言い始めたんです」

 これに加えて、店舗として借りているはずが、実態は事務所として利用している企業もあった。もはや街は育たないと判断したのか撤退も相次ぎ、15年10月になると、16区画の中で営業しているのは4店舗にまで減ってしまった。

 そして、阿佐ヶ谷アニメストリートには、鴨志田がさまざまなアイデアを考えたところで、人が足を運ばない巨大な問題があった。最寄りの阿佐ヶ谷駅からの導線が、あまりにもひどかったのである。阿佐ヶ谷アニメストリートのオープン当初から、阿佐ヶ谷駅から向かう場合に通らなければならない、高架下の商店街・ゴールド街の建て替えに伴う立ち退きが泥沼化していたのだ。

 半ば廃墟となった商店街を通り抜けなければ、たどり着けないという状況は、街の成長を決定的に疎外していた。立ち退き問題が一段落してからは、さらにひどくなった。本来の通路が工事で使えなくなった結果、飲食店の勝手口などがある裏口を通らなければならなくなってしまったのだ。

 17年7月にゴールド街だった場所は「ビーンズ阿佐ヶ谷」として再オープンしたが、すでに手遅れだった。この間も、鴨志田は個人店の出店や、期間限定での店舗の利用を受け付けるなどのアイデアを出していたが、JR東日本都市開発は聞く耳を持たなかったようだ。

 国鉄が民営化されてJRが発足してから30年を超えた。首都圏の駅は、どこもキラキラした店舗が並ぶ空間となっている。でも、かつて鉄道駅が持っていたような泥臭さのある店舗が消えた駅は、どこか寂しい。阿佐ヶ谷アニメストリートの失敗の本質は、そうした現状ともリンクしているようにみえる。
(取材・文=昼間たかし)

※取材対象者の発言は当時のものです。

羽生結弦モノマネ羽生ゆずれないに批判殺到「改名して」 小塚崇彦との「美女連れ込み」報道で

 元フィギュアスケート選手の小塚崇彦が、元フジテレビアナウンサーの大島由香里との離婚報道で揺れている。「週刊文春」(文藝春秋)は、12月9日深夜~朝にかけて、テレビ出演を終えた小塚が、羽生結弦のモノマネで知名度を獲得中のモノマネ芸人・羽生ゆずれないと共に横浜へ向かったとして、その足取りを追い、掲載している。

 同誌によれば、12月9日未明にTBSのスポーツ番組『S☆1』への生出演を終えた小塚は、羽生ゆずれないをピックアップしてタクシーで横浜へ。中華街近辺のクラブで一時間ほど飲んだ後、年配男性に連れられて出たという二人は、“レースクイーン風の美女”と形容される若い女性二人と合流する。5人はドン・キホーテでカップ麺や酒を購入し、「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」へ入った。時刻は午前4時30分だったという。

 この行動について小塚は、レッドブル主催のスポーツイベント「クラッシュドアイス」の打ち合わせだったと説明。「レッドブルの方から羽生ゆずれない選手を連れて来てよと」頼まれて、遅い時間だったがホテルで打ち合わせをしたという。しかし女性二人については「レッドブルの中で働いている方のようですけども」と曖昧だ。

 たしかに小塚は12月上旬、レッドブルの「クラッシュドアイス」をPRする投稿をInstagramで盛んにしていた。横浜みなとみらいで12月7日と8日に開催された「クラッシュドアイス」。その終了直後に、次回開催についての打ち合わせがホテルでおこなわれたということだろうか。

 一方の羽生ゆずれないは、所属事務所スタッフ(統括マネージャー)SNSで「文春」報道を否定し、経緯を詳細に説明をしている。

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<小塚崇彦さんと羽生ゆずれないが、女性二人をホテルに連れ込みといったタイトル、内容となっておりますが、この内容が事実と異なることであることをお伝えさせていただきます。>
<小塚崇彦さんのご厚意で、その大会の関係者の代表の方、関係者の方に、羽生ゆずれないを紹介していただけるということで、打ち上げ会場に同席させていただきました。>
<チーム小塚という新しいチームに、羽生ゆずれないもぜひ参加してほしいとのご依頼をいただき、打ち上げの席から、その話をする為に関係者代表の方が宿泊されている、オフィシャルホテルのお部屋に、関係者の男性と、その大会関係者の女性二人と、お部屋に伺いました。1時間程お話をし、その後帰路につきました。>
<記事に書かれているような女性との関係など事実無根であり、当事務所としても、残念な気持ちでございます。>
<深夜に打ち上げ会場に行き、シティホテルに朝方行ったことで、誤解を招くような形になってしまいましたが、週間文春さんの記者に、羽生ゆずれない本人が突撃取材を受け、お答えしたことが全く載っておらず、弊社プロダクションとして、事実をお伝えするべきであると判断致しました。>

 また、羽生ゆずれない本人が『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)の取材に応じ、同席していた女性二人は大会関係者でありやましい関係は「一切ない」と、同様の説明をした。

 つまり、その夜、「横浜中華街近くのクラブ」では、スポーツイベント「クラッシュドアイス」の打ち上げが開催されていた。小塚は羽生ゆずれないをイベント主催側の上層部に紹介するため、その宿泊先であるインターコンチネンタルホテルへ赴いた。小塚がそのままホテルに泊まったのか、朝方にタクシーで東京へ帰宅したのかは「文春」記事からは定かでない。

 “飲んだ後、朝の4時半に打ち合わせ”と言われても信じられるわけがない、という人もいるだろう。嘘に決まっている、と断罪する声もネットでは多い。しかし、イベント後の打ち上げを経てのことだと考えれば、納得がいく。興行の世界はそういう業界でもあるだろう。おそらくその日その時間にクラブで「クラッシュドアイス」開催の打ち上げがあったことは事実である。調べればすぐに嘘かどうかバレてしまうのだから、小塚も羽生ゆずれないもそんな嘘はつかないだろう。ともすれば「文春」も、夜遊びというより、PRに関係したイベントの打ち上げに参加したに過ぎないということは、承知のうえでこのような報道をしている可能性もある。

 それでも小塚および羽生の“悪評”はもうネット上で拡散し、彼らが「女遊びをする仲間」であるかのような情報が量産されている。一度広まった悪評は簡単には消えない。どれだけ否定してもだ。それこそ名誉毀損で裁判を起こし、勝訴して謝罪を受けたところで、最初の悪評だけを記憶にとどめている人が情報をアップデートしてくれるとは限らない。

 すでに小塚のインスタには「女遊び」を批判するコメントがついており、また、羽生ゆずれないのSNSも荒れている。特に、羽生結弦のファンによる「迷惑なので芸名を変えてほしい」「羽生を名乗るな」との要望が多い。事実がどうであれ、この「文春」報道によってイメージが傷ついたことは間違いなく、改名を余儀なくされるかもしれない。

『ドキュメンタル』の“ゆりやんショック”――女性芸人の局部露出は笑えるか否か

 11月30日から12月7日にかけて、ネット番組『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』(Amazon Prime Video)のシーズン6が配信された。ダウンタウン・松本人志がホストをつとめる同番組は、召集を受けた10人の芸人たちが密室に閉じ込められ、12時間をともにしながらお互いに笑わせ合う。最後まで笑わなかったものが賞金1000万円を受け取るというお笑いサバイバルゲームだ。

 シーズン6に参加した10人は、FUJIWARA・藤本敏史、陣内智則、スリムクラブ・真栄田賢、千鳥・大悟、村上ショージ、ジミー大西のほか、森三中・黒沢かずこ、ハリセンボン・近藤春菜、友近、ゆりやんレトリィバァ。これまでのシーズンは、女性芸人不在、もしくは単独参加ばかりだったので、4人の実力派女芸人が終結したシーズン6は、異色作といえるだろう。ホストの松本人志も、「今回は女芸人が多め」などと発言しており、女芸人を意図的に投入していることは明白だ。

 一方で、松本はドキュメンタルについて「お年寄りとか女子供が見て、そこまでどうなんだろうっていうのはありますね。本当に好きな人はのめりこむように見てくれるんじゃないかなっていう、そういう意味ではこれぐらいのターゲットを絞り込む感じで」と説明している。女芸人は、はなから部外者として立ち向かうことを強いられているのだ。

 これまでも、男芸人たちが局部を露出したり、尻の穴に異物を挿入して飛ばしたりと、かなりきわどい芸の応酬が繰り広げられてきた。視聴者からはこうした展開が「下品すぎる」と批判されるばかりか、シーズン4では森三中・黒沢に対するセクハラではないかと物議を醸したこともあった。いずれにせよ、ドキュメンタルにおいては、体を張った下ネタが場の空気を支配しており、女芸人たちが与しにくい土壌があることは明らかだ。

 筆者はイチお笑いファンとして、ドキュメンタルでは女芸人たちの持ち味が出にくいのではないかと危惧し、シーズン6の展開を心配していた。しかし同時に、4人の女芸人たちが実力を見せつけ、安易な下ネタに走りがちな男芸人にひと泡吹かせる……そんな展開も期待していたのだ。

 しかし案の定、シーズン6でも序盤から、村上ジョージが乳首をいじり、ジミー大西が局部をさらし、肛門にうずらの卵を入れて飛ばす……などの下ネタが横行する。女芸人たちは当初、男芸人たちの独壇場を遠巻きに見ているだけだった。しかし、その空気は逆に女芸人たちの結束感を強めていったようだ。

結束する4人の女芸人たち(『ドキュメンタル』公式Twitterアカウントより) チーム制ではないのに、自然と男vs女の笑わせ対決のような構図が出来上がっていた。女芸人たちが一致団結して笑いを取りにいく――特に、友近とゆりやんの小芝居は絶品で、男芸人たちを次々と笑わせていく様はじつに痛快だった。裸にならなくても、局部を露出しなくても、しっかりと笑いを取れる女芸人たちの実力が、たしかに証明されていたのだ。

 

芸人も視聴者も度肝を抜かれた“ゆりやん乳首ショック”
 しかし、ゲーム後半からは事態が一変する。突如、ゆりやんが露出度の高い星条旗柄の水着姿で登場し、ほかの芸人たちを面食らわせた。さらに水着がズレてしまい、ゆりやんの右乳首が露出(※動画では編集によって隠されている)。どのような反応が正解かわからなかったのだろう、場は静まり、さすがの陣内や藤原もイジるどころか直視できずにいた。

 続けて、ゆりやんの舞踊に合わせて友近が音頭を取る即興ネタが披露されたが、ゆりやんが舞うたびに水着はズレて、右乳首がむき出しになってしまう。ゆりやんが着替えるまで、片乳首は見え隠れする情況にあった。

ゆりやんの乳首が……(『ドキュメンタル』公式Twitterアカウントより) ゆりやんの一幕が、男芸人たちの下ネタ熱に火を点けたことはもちろんだが、女芸人たちも次々と露出度の高い衣装に着替えて下ネタに走り出した。たとえば、テニスウエアでスコートを履いた友近が、真栄田が露出させた睾丸をつま先でいじり倒し、「50-0(フィフティー・ラブ)!」などとゲームカウントするくだりまで飛び出している。

 そして、ゆりやんの快進撃は留まるところを知らなかった。タイムアップが差し迫り、窮地に追い込まれた芸人たちが焦り出すなか―――髷を結い、さらしを巻き、力士に扮したゆりやんがおもむろに登場したのだ。上半身は裸であり、両の乳首は丸出しだ。

 この瞬間、ゆりやんの暴走に全員が度肝を抜かれたが、松本人志も舌を巻き、「はい、もうコイツの優勝!」と宣言。「普通に乳出しとるがな!」とツッコミながら大爆笑。全てを圧倒する両乳首が決め手となり、ゆりやんの優勝でゲームは幕を閉じるのだった。

 今回の戦いについて、松本が「女芸人舐めんなよってのが伝わってきた」と総括したとおり、ゆりやん、そして友近の活躍はとにかくすごかった。SNSの感想をさらってみると、「ゆりやんの芸人魂がまじですごすぎる」「正直あそこまで突き抜ける事が出来るとは思ってもみなかった!」「ゆりやん、尊敬してます!」と、ゆりやんの健闘を讃える声が続出している。

「男女が互いに裸になること=平等」なのか?
 しかし一方で、有料ストリーミング番組内とはいえ、また編集で処理されているとはいえ、セクシービデオではない動画において女性の乳首が公然と露出されたことに驚き、ショックを受けたという声も多い。ゆりやんのファンであり、贔屓目に見ていた筆者も、そのひとりだ。

 前述したとおり、ドキュメンタルでは男芸人による体を張った下ネタが横行している。男の下半身は、なかば強力な“武器”であるともいえるだろう。だからこそ女芸人たちはホモソーシャル的な笑いに与することができず、臍を噛んできた。イチ視聴者としても、もどかしさにやきもきしていたほどだ。

 しかし今回、ゆりやんは乳首を露出させるという手段を用いて、(文字通り)男根が支配するドキュメンタルの空間に風穴を開けた。さらに優勝まで勝ち取ったことで(ちなみに、初の女性優勝者だ)、男芸人たちに一矢報いたことになるだろう。筆者も、ゆりやんの優勝、それ自体にはカタルシスを覚えたが――ひるがえせば、女芸人が男と張り合うため、勝つためには、乳首を露出させるしかない――という、ひとつの解がここに示されたことになる。

 

 断っておくが、ゆりやんの行為を責める気はないし、「乳首出すな!」と強要もしない。もちろん、女としての尊厳がうんぬんなどと、お笑い部外者の一般論を差し挟む気もまったくない。ゆりやんが芸人として、並々ならぬ覚悟をもってゲームに挑み、自らの意思で乳首を晒したであろうことは、放送を見れば明白だ。懸念しているのは、ゆりやんの優勝によってドキュメンタルの下ネタがいっそうエスカレートしてしまうことだ。

 これから、男芸人たちは「ゆりやんの乳首が優勝」という先例に対し、より過激な下ネタで対抗するだろうし、そうなれば女芸人たちも流れに迎合するよりほかないだろう。ドキュメンタルを通して笑いのシーンにおける性差を目の当たりにし不満を抱いてはいたが、「男女が互いに裸になること=平等」とは、とても思えない。

 また、シーズン4では森山中・黒沢に対するセクハラが問題視されていたのだから、場合によっては、女から男へのセクハラも指摘されて然るべきだろう。いずれにせよ、ドキュメンタルの笑いが「双方の性差を振りかざすこと」に硬直化してしまうのは、芸人たちにとっても、もちろん視聴者としても喜ばしいことではないはずだ。

 森三中といえば、大島美幸は過去、ダウンタウンの番組でたびたび裸になってきた。やはりこれも編集で処理されてはいるが、大島の場合は乳首のみならず下半身まで脱いでいた。しかしあくまでも「大島美幸だから許容される」、つまり例外のような扱いだったように思う。ちなみに大島の夫である鈴木おさむは、全裸で笑いを取った妻を絶賛している。

 おりしも12月10日に女芸人だけのコンテスト番組『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ系)がおこなわれ、阿佐ヶ谷姉妹が優勝した。しかし全体的に、笑いがおとなしい印象は否めない大会だった。

 だが一方で、今回のドキュメンタルは「女芸人はおもしろくない」などという流言を覆すに足る内容であり、とりわけ女芸人たちのネタが非常に面白かった。しかし、いつまでも下ネタに終始していては視聴者のマンネリも招くだろう。

 女芸人も乳首を出し、下ネタに走った。ドキュメンタルは岐路を迎えている。さらに過激化するのか、それとも軌道を変更して別の笑いを模索していくのか―――次回のシーズン7は、来春の配信が予定されている。

(今いくわ)

コミケの「表現の自由」が問われるとき……初参加の「中核派」担当者が語る“宣伝扇動の新時代”

「あ、取材ですか。では、担当に確認を取って、折り返し連絡先を伝えますので、お待ち下さいね」

「え、いや……君ら革命党だよね?」

「そりゃそうですけど。取材ですしねえ」

 夏まで全学連の委員長だった齋藤郁真の言葉には、何度も取材を受けているだけとは思えないカジュアルさがあった。

 今月末に開催される同人誌即売会「コミックマーケット95」。「平成最後のコミケ」となる今回、開催まで数週間が迫り参加を予定している人々は、カタログやSNSなどで出展サークルをチェックして、祭りの当日に向けてそわそわとしている。

 SNSを通じて、出展サークルへの期待や不安の声が交わされる中に、ひときわ目立っているサークルがある。最終日になる開催3日目。「評論・情報」の枠でくくられるスペースに配置される初参加のサークル「みどるこあ」である。

 長方形で四角く囲うように並べられた出展サークルのスペースは、混雑する人の海に浮かぶ島に見立てられ「○○島」と、ジャンル名で呼ばれる。さまざまな色をした波に浮かぶ島の中で「評論島」はコミックマーケットの混沌さの極。そこには、マニアックな研究やコレクション、主義・主張を記した同人誌を頒布するサークルが並ぶ。もとより混沌としているのが平常の「評論島」で、初参加のサークルである「みどるこあ」が注目を集めるのには、理由がある。それは、このサークルが新左翼セクト・中核派のメンバーによるものだからである。

 中核派の若手メンバーによって運営される「前進チャンネル」が12月5日に公開した「重大ニュース」。その動画の中で彼らが冬のコミックマーケットにサークル「みどるこあ」として、参加することが発表された。

 すぐに、動画を視聴した人や、メンバーの関連するTwitterアカウントで、この話題が流れるようになった。翌日には、togetterにもまとめができた。

 初めての参加を興味深く考えている旨を記す言葉が並ぶ一方で、極めて否定的な反応も現れた。「公安にマークされている実体を持つ団体の出店を歓迎するなんて冗談じゃない」「公安から目をつけられてるようなところにスペース提供しないでくれよ」「いくら表現の自由があるとはいえ公安監視対象・反社会的勢力をコミケに入れちゃダメでしょ」。面白がるものから、コミケがなくなってしまうのではないかと心配するものまで、無数の言葉の洪水は、今も続いている。

 否定的な反応をぶつけられれば多少なりとも気が滅入ってしまうものだが、彼らには、そんな様子はまったくない。

「意外に好意的な印象が多いですねえ。そう、togetterのコメントなんかも面白く読んでいますよ」

 そう話すのは、今回コミックマーケットへの参加の音頭を取っているメンバーの吉田悠。2015年にテレビ東京系で放送された『ザ・ドキュメンタリー【追跡!ニッポンの過激派 “革命戦士”になったオレ】』での密着取材も話題になったことのある活動家だ。積極的にメディアの取材を受け入れる中核派の若手メンバーたちは、幾度も暴力革命の肯定を言葉にしている。その政治的スタンス。そして、過去の組織が行ってきた活動ゆえに「警察にマークされるテロ組織」であるとして、今回のような否定的な意見をぶつけられるのは、彼らにとっては日常である。むしろ「悪名は無名に勝る」が、彼らのいつものスタンスである。

 今回、吉田がコミケにサークル参加しようと思い立ったのは「もっと、新しいことをやってみたい」と思ったから。その下地になったのは昨年5月の開始以来「過激派がYouTuberになった」と、注目されている「前進チャンネル」の存在。そして、吉田自身が活動家としての人生よりも長い、コミケ参加歴を持っているからである。

「初参加は、高校2年生の時、07年夏コミの3日目。友達に誘われたんですけど、その友達も参加は初めて。だから2人で1時間も前にいけばいいなと思っていったら、お台場の方まで長い行列ができていて、入場できたのは午後になってから。圧倒されましたね。それで、友達について何冊か買っていたんですが、それだけじゃつまらないと思って、うろうろとしてみたんです。島中のほうで『ローゼンメイデン』のキャラクターのイラスト集を見つけて、とてもいいものを買ったとうれしくなりました。それが、直後に『初音ミク』で一躍ヒットしたKEIさんのイラスト集だったんです。それからもコミケに通いました。いくつかのサークルが島中から壁サークルになっていくのも見て、これが創作というものかと知りました。その場となっているコミケは、戦後もっとも大きい大衆運動だと思うんですよね。理念のもとに、タブーをつくらずに、参加者も含めて場をつくり、維持することを考えているんですから」

 コミケ参加を機に本格的になったオタクとしての生き方は、活動家となった今も変わらない。趣味を同じくする中核派のメンバーとコミケには一般参加する。それに、時間があれば一緒にアニメも観る。

「自分は懐古厨なので、あまり最新のアニメは観ないんですけど、今年一番の作品は仲間に強烈に勧められた『邪神ちゃんドロップキック』ですね」

 あくまで、今回のサークル参加は「宣伝煽動の新しい形」だと吉田は言うのだが、そうは思えない。自分だけが知っている面白いことを、人にも伝えてみたいというオタクの血が騒いだように見えるのだ。一般参加の回数を重ねれば「一度はサークル参加してみたい」と、大抵の参加者は考えるものだから。

 前述のように、過去の浅草橋駅焼き討ちであるとか、対立する革マル派との戦争(いわゆる内ゲバ)などを取り上げて、中核派がコミケへの参加をすることに否定的な意見を述べる人も多い。とはいえ、政治・宗教の分野で活動する<ガチ勢>が、コミケに参加することは、コミケの長い歴史の中には当たり前にあった。新左翼の「党派」でカテゴライズすると、確かに初だと思うが、かつてノンセクト系のサークル参加は幾度もあった。

 近年でも「反ヘイト」や「行動する保守」まで、コミケには左右を分別せずさまざまな主張をするサークルが参加している。余談であるが、筆者は「メディア規制三法」が問題になってた頃に、何人かの仲間と共に、この「言論/表現の自由」を侵害する法案に反対するビラまきを、国際展示場駅前でやったことがある。そのとき、誰が言い出したか、揃ってヘルメット・サングラス・タオルの3点セットで「武装」していた。

 しばらくビラまきをしていると警察官が10人余り急ぎ足でやってきたのである。その場は何事もなく収まったが、準備会にも通報されていたようなので、総本部に謝りにいったら、当時の米澤嘉博代表に爆笑されたのを覚えている。ま、それくらいにコミケというのは混沌とした場である。いや、それ以前に中核派とは政治思想がまったく異なる筆者が書くこんな文章を認めてるのが、すでに混沌としている。そして、その混沌は実に楽しいものだ。

 今回の中核派のサークル参加に対する、コミケ参加者の声からは、混沌すなわち「なんでもアリ」が思った以上に参加者の中で理解されていることが見えてくる。正直、もっと「テロ集団だ」とか自ら権力の走狗を買って出る人々。ようは普段は「エロ漫画けしからん、取り締まれ」と言っている人々に怒り「表現の自由」を主張するのに、自分の気に入らないものには普段の敵と同じになってしまう……そんな意見が出てくるものかと思ったのだが、思ったよりも少ない。

 まずは話題になっていることで参加する目的の一部を果たした吉田だが、当日の頒布物の準備も進めている。

「機関誌のほかに、過去の『前進(機関紙)』をデザインしたクリアファイル。それに、活動家のみんなで分担して執筆する記念コピー本を予定しています。コピー本ができるかどうか不安ですが……」

 ほかの出展サークルがそうであるように、開催が間近に迫り準備に忙しそうな吉田。最後に、批判的な意見の中にある「革マル派がブースに攻めてくるのではないか」というものを拾って尋ねてみた。

「来ないとは思いますけど……隣のブースに出展してくれるんなら、新刊の交換とかしたいな」

(取材・文=昼間たかし)