<p> 戦後間もない昭和22年頃というと、食糧不足や公共料金値上げなど庶民にとって「難」がつくことが目立っていた。その中の1つに「結婚難」という事態があった。</p>
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学園ラブコメが南の島のお家騒動に発展、ジェットコースターマンガ『炎のロマンス』
『炎のロマンス(1)』/講談社
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。
まだまだバブルの残り香がぷんぷんしていた頃、『もう誰も愛さない』(フジテレビ系)というドラマがあった。あらすじはまったく覚えてないんだけど、あれよあれよとめまぐるしく話が展開し、先週敵同士だったのに今日は味方になってたり、脚が動かなくなって車イスに乗ってたかと思えば次の週には立てるようになってたり。1週見逃すと、もう話がわからなくなる展開の早さ故、「ジェットコースタードラマ」などと呼ばれていた。まあ、だから詳細を失念しても仕方ないよね、うん。
少女マンガにもある。ジェットコースターが。昔のマンガって、コマ割が今よりも小さくて4段組が当たり前、漫画的表現もまだまだ未発達で、細かい部分は読み手の想像力に負うところが大きかったから、1ページあたりの話のスピードが断然速かった。
村上春樹新刊イベント、「本の内容大妄想大会」「ハルキスト極寒に締め出し」の不条理
<p> 「出版不況」といわれて久しい。以前は、「持ち運べる手軽な娯楽」の地位を独占していた書籍や雑誌が、今やスマホにすっかりその地位を明け渡していることからもよくわかる。そこへ、村上春樹大先生が、ひとつ新作を出すとポツリと告知された。タイトルは『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)だそうだ。それだけで毎日のように発売前なのに「重版かかった」だの「50万部」だのとニュースになり、大フィーバーである。なんか出版界に舞い降りた救世主って感じ。</p>
かつての「ちゃおっ子」、注目! 彼チャマに告るならバレンタインふろくだ!
全国の恋する乙女のみんな、こんにちは☆ シャラララ、素敵にキ~ッス♪ どゎ~い好きな彼チャマに告白する、年に一度のチャンス、「バレンタイン」がやって来たよ~!! チョコレートはもう用意したかな?
今年の「りぼん」(集英社)のふろくには、手作りチョコ用のシリコン型やラッピングバッグが付いてたりして、「スゲー進んでる、実用的!!!!」と驚愕したが、「昭和枯れすすき女」ゆかしな所長の少女時代だって、超絶胸キュンのバレンタイン系ふろくが付いてたんだもんね(ドヤ顔)!! 長い渡り廊下であの人とすれ違うたび心臓が止まった、あの頃のピュアな気持ちを思い出しながらご覧ください!
不倫OLの悲哀を尻目に、主人公の「被害妄想」ネタで引っ張る『クローバー』

『クローバー 1』/集英社
OLは大変なのだ。事務職なんかで会社に入った場合、お茶汲みだのコピー取りだの、楽かもしれないけど達成感も面白みもない仕事を延々とやらされたり、社内恋愛のライバルになっちゃって同僚に意地悪されたりする。 そういう仕事を毎日やってて、ぶっちゃけ10年後、自分が会社で活き活きと仕事をする姿が想像できるだろうか。
そんなOLたちは、夢を見る。「どうにかいい男を見つけて、さっさとこんな厳しい環境からサヨナラしたい……」。そうして男に救いを求めるも、世の中、少女マンガに出てくるようないい男ばっかりじゃないから、彼女たちの夢はいとも簡単に破られてしまうのである。
『クローバー』(集英社)は、けなげに生きるOLたちの、等身大の奮闘記だ。仕事にやりがいを見いだせず、かといって男との恋愛も平坦ではない。登場するOLたちは、みなひどく男たちに悩まされている(そんであんまり仕事しない)。
鬼との禁じられた恋を描く『銀の鬼』、大掛かりなテーマに潜む“うっかり”の罠

『銀の鬼』/ 朝日ソノラマ
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。
他人から「いい人だ」と評価されるには、どうしたらいいだろう。休日にはボランティアとかに行って笑顔を振りまいたり、せっせと他人に金つぎ込んだりすればいいだろうか。「他人に優しくする」っていうのは相手の望むことをしてやらなければいけないわけだから、実はとても高度な技術が必要なのである。しかも結構地味な作業だし。
しかし、いとも簡単に「いい人」を強調できる方法がある。すっごい悪い男に好かれることだ。例えば『王家の紋章』(秋田書店)のキャロル。ひどい暴君メンフィス王に追いかけ回され、「そんな人はイヤ」とか拒絶しながらも、「そんなひどいことをしてはダメよ」とか偉そうに説教するだけでいい人 度跳ね上がり。いい人どころか「悪を許さないから神聖」だ、という簡単な法則ができあがってるんである(まあ彼女の場合は彼女をつけ回す権力者たちからのDVに耐えたり、20世紀の知識を披露して神業発揮したりしてますが )。故に少女マンガでは、悪い男が主人公を追いかけ回す話が結構ある。『花より男子』(集英社)の道明寺も、決して優等生ではないしね。
説教臭い山場があるのに、スポ魂形相と謎解きが悩ましい『リミット』

『リミット』(すえのぶけいこ、講談社)
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。
このところ、子どものいじめがいっそう社会問題化している。いじめられる方の苦悩やいじめる方の心の闇について論じるのはほかの方に譲るとして、いじめの本質とは何かを考えてみよう。いじめは、いじめる側が「こいつはいじめてもいい奴」「こうされても仕方がない奴」と判断するから起こる。つまり自分の立ち位置、相手の立ち位置を勝手に決めてしまっているのだ。もちろん自分が上位である。人ってホントに都合がいいな。
しかしその立ち位置を逆転させたら、どうなるか。それが『大奥』(白泉社)である。……間違えた。『リミット』(講談社)である。
この話は、合宿所に向かう、とある高校のクラスの生徒たちが乗っているバスが谷から転落してしまうところから本格的に話がスタートする。クラスには生き生きと高校生ライフを楽しむ女子たちや、いじめられっ子がいた。そんな人間関係を描いた後に起こった事故。生き残った数人の生徒たちが、なんやかんややりながら、救出されるまでを描く。
「常識とは何か」を突き付けられる、『えっちぃ放課後』の所構わぬヤリっぷり

『えっちぃ放課後(1)』(相川ヒロ、
講談社)
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。
人によって「常識」というのは微妙に違うものだ。例えば、息を吸って吐いて、ご飯を食べたら出す、というような生きることの根源のたいていのことは常識だけれど、言質が一致してないとか、他人に迷惑がかかるとか、一般的に「罪だ」とされていることをする人は、非常識と言われるだろう。でもその間の、グレーな部分は、「やってる人が多ければ常識」といった風に、ゆらぎのあるものである。
ここに、『えっちぃ放課後』という、タイトル見ただけでも、何が行われるのかがキラリとわかる話がある。このマンガはタイトル通り、「あらゆるエッチな放課後」について語られる短編集だ。
えっと、自分、女子校だったんでわからないんですが、共学の放課後というのは、こんなにエッチまみれなんですか? 振り向けば、ここそこから女の吐息が顔にかかりそうなくらい、学校中がエッチであふれているものなんですか? これは常識なんですか? これじゃあ先生はさぞかし性教育とコンドームの配布に必死でしょう。
今なお愛される雑誌「オリーブ」が志向した、“かわいい”と“少女性”の強さ

Photo by jetalone from Flickr
「トレンドに流される事なく自分の気持ちや環境に応じて行動するようになったのも『オリーブ』の影響かも。言葉にすると難しいけれど、『オリーブ』は私のバイブルです」
「女の子が男の真似をしなくても、女の子らしく独自の道を切り開いてもいい、という絶対的な肯定感を『オリーブ』からもらった」
(元読者へのアンケート、金沢21世紀美術館「Olive 1982-2003 雑誌『オリーブ』のクリエイティビティ」展、2012年1月実施)
1980~90年代の少女たちに多大な影響を与えた雑誌「オリーブ」(マガジンハウス)が休刊して約10年。かつて「オリーブ少女」と呼ばれた愛読者たちは、大人になった今もなお、その精神が自分の中に宿っていることを感じている。「オリーブ」の魅力を振り返る「Olive 1982-2003 雑誌『オリーブ』のクリエイティビティ」展(2012年2月25日~7月1日開催)を企画した金沢21世紀美術館キュレーターの高橋律子さんも、「私の感性はオリーブでできている」と語る元オリーブ少女だ。公立美術館が、私企業の1つの雑誌をテーマにすることはあまり例がないが、高橋さんの熱意によって実現した。その高橋さんによる講演「雑誌『オリーブ』をめぐって ~「雑誌の時代」と少女カルチャー~」が9月17日、東京・原宿にあるVACANTで開かれた。会場には、元オリーブ少女だけでなく、男性や「オリーブ」を知らない若い女性も多く見られた。
『毎日逢いたい』が描く、「男は女に寛容」という罪深き理想

『毎日逢いたい!』(牧村久実、講談社)
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。
最近ちまたでは、嫁の作ったまずい飯を食べ続けることで、愛情を示さなければならない夫たちがいるようである。ネットでその報告を読んでいると、夫の書き込み自体が創作なんじゃないかと思えてくるほど、嫁の料理は奇想天外である。でもまあ嫁に家事やらせるつもりなら、最初っから見極めておくべきであり、それができなかったのは、ひとえに自分が料理をしないからだろってことで、どうにもこうにも彼らに同情の余地はあんまりない。
しかし『毎日逢いたい』(講談社)の晶は、かなりかわいそうな男子である。彼は高校生ながら、日本中の誰もが知ってる、いわば尾田栄一郎バリの人気マンガ家だ。そこへ、なんかモヤモヤして家出をしてきた有夏が、ひょんなことから晶の家の家政婦をすることになる。晶は売れっ子なので超金持ちでしかもイケメン。もちろん有夏にあてがわれた恋愛相手だ。つまり“毎日逢いたい”のは晶と有夏。こうして「高校生同士なのに当たり前のように同棲」というお膳立てができあがり、晶は「家政婦募集」という張り紙を出してまっとうな家政婦を欲しがったのに、「まずい飯」以上の苦行に耐えることとなった。
