現実生活でうまくいっていない人ほど、他人のコンプレックスを刺激する!

『自分のすごさを匂わせてくる人』(サンマーク出版)著者であり心理学博士の榎本博明氏に、匂わせについて3回にわたり話を聞いてきた。最終回となる今回は、匂わせの正しい使い方、絶対してはいけないポイント、そして、こじらせた匂わせの行き着く先と、その予防法について伺う。

◆過去のインタビューはこちらから◆
[1]せめてネットくらいでは輝きたい! さえない日常が“匂わせ”に火をつける
[2]妻への感謝をSNS投稿する夫が愛しているのは妻でなく自分自身!
[3]伊藤綾子アナは嵐・二宮和也との交際匂わせをなぜ我慢できなかった?

■SNSでしていい話題は天気の話題くらい?

――匂わせは悪いことばかりではないと初回(記事参照)でもお話伺いましたが、あらためて、匂わせのポイントについて教えてください。

榎本博明氏(以下、榎本) 自分たちの関わり、仕事でもプライベートでも、ここを先に知っておくとお互いに楽だ、ということを匂わせておけば、いい関係を築くために役に立ちますよね。付き合いの最初では背伸びしてしまうものです。有能そうに、寛大そうについ見せてしまう。でも、仕事でもプライベートでもある程度一緒にやっていくのなら、現実の自分を知ってもらった方がいいですよね。

 また、リアルではなくネットの場合「特定の一人に対して」、「特定のグループに対して」、「不特定多数に対して」と発信先の対象が変わってきますよね。

――人数が増えるほど、話題への配慮がより複雑化していきますね。

榎本 はい。一番してはいけないのは、他人のコンプレックスを刺激することです。コンプレックスを刺激したらものすごい攻撃性が向いてきますから。

「結婚を絶対したくない」考えを持つ人の前で「家庭はいい」「子供はいい」という話はするべきではないですよね。失業中の人に「大規模プロジェクトを終えてすがすがしい気持ちだ」と話すのも同じです。相手によって出せる話題は違います。不特定多数が見るネットで、全員が無難な、全員が安全なことを選ばないといけない。

――天気の話くらいしか手札が残らなそうです。

榎本 そうですね。誰の心にも刺さらないといいますか。傷にならない限り、無難な……、スポーツや芸能の、それも差しさわりのない話とか。 

――つくづく、「SNSをしない」で解決しますよね。

榎本 書かずにはいられない承認欲求がありますから、難しいんですよね。

 

■現実生活でうまくいったことのない人ほど他人のコンプレックスに配慮できない

榎本 これは反発されるかもしれませんが、現実生活でうまくいったことのない人ほど、他人のコンプレックスに配慮できないのです。人のコンプレックスを配慮できるまでの心の余裕がない。

 モテたり、勉強や仕事ができたり、現実でうまくいったことのある人や能力を発揮したことのある人は、人からねたまれたり、足を引っ張られたり、悪口や嫌味を言われたりなど他人から攻撃をされる経験があり、他人のコンプレックスに配慮する心の構えが自然とできるようになっています。

――難しい質問だと思いますが、一筋縄ではいかない承認欲求を抱え、それをSNSを通じに強化してしまった人が少しでも楽になるにはどうしたらいいのでしょうか?

榎本 難しいですね。特にネット上で間違った方向に「自己効力(自分の力)」感を持ってしまった人は相当難しいです。極端な例としては、自分の発言でネットが炎上したり、大企業やお店なりを自分の投稿ひとつで困らせたといったものです。

 私も自著を根拠のない内容で中傷されたことがあり、どうしてそんなことを書くのかと相手にメールをしたことがあったんです。そこまで悪意のある人ではなかったようで、ちゃんと返事が来ました。でも、タイトルだけ見て反応して、中身は読んでいなかったのです。なぜそんなことになるのか。自分の発信が自己効力感の源泉になっているからでしょう。その人は、フォロワーがとても多いんです。ネットで活躍している。

――中身も読まずに中傷する人に多くのフォロワーがついているところが一番怖いですね。

榎本 それでモノが売れなかったり、最悪、お店や会社がつぶれたりしますからね。先ほどお話しした個人的な例では、その人は現実でも実績を持っていました。一方で、現実で思うように輝けない、でも輝きたいという人の場合は、冷静に自己モニタリングする心の余裕がない。いい加減な情報を流しまわりに損害を与えることよりも、自分が影響力を持てたという自己効力に重みを置いてしまう。倫理的に考えてどうか、ということがブレーキにならない。

――何かいいブレーキはないものでしょうか。

榎本 ブレーキとなるのは「自分がダメージを被る人の存在」でしょうね。変な目で見られる、ぎこちない態度を取られる、どうも避けられている気がする、と、やはりそれに気づくことなんですよね。

――「変な目/ぎこちない/避けられている」これらすべてはリアルじゃないとなかなか気付けないですね。ネットばかりにいると気づくことも遅れてしまうか、もしくは気づかないままも十分ありうるでしょうね。

榎本 そのためにも、自分の発信に対しどのような反応が起こっているのか自己モニタリングを行うことですね。ネットもリアルも「モニタリングして修正」の繰り返しです。 

■ネット上で匂わせだしたら黄信号

――間違った方向の自己効力が倫理観を超えてしまうと、状況としてはかなり進んでしまったように思えます。それよりも前の「ここから先はまずい(このままでは間違った方向の自己効力に頼り出し、次第に倫理観も失う)」といった黄色信号はあるでしょうか。

榎本 立場によっていろいろですが、でも、自慢はやはりよくないですよね。ネット上の不特定の相手に匂わせをするのは危険なことだと思います。匂わせの時点で、すでに自分を見る目を失いかけているのです。

 知り合いが「高級ホテルの最上階のレストランで食事をしています」と投稿したら見苦しい、イライラする、と思う人が、自分も自慢げな投稿をしてしまう。自分のことだと気が付きにくいので人の姿から自分を顧みることですね。自慢するということは、①自慢したらイラっとする人がいるだけでなく、②自分で自慢しないといけないくらいちっぽけな人間であることをさらけ出しているのです。

 SNSへの不特定多数に向けた匂わせはとても難しいです。ですが、1:1の関係で、自慢ではなく仕事や交際のスタンスを表明する意味での匂わせはむしろ有効に使えばコミュニケーションを円滑に進められます。匂わせを上手に活用してもらえればと思います。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

●榎本 博明(えのもと・ひろあき)氏
1955年、東京都生まれ。心理学博士。MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『「上から目線」の構造』『薄っぺらいのに自信満々な人』(ともに日本経済新聞出版社)、『カイシャの3バカ』(朝日新聞出版)などがある。

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

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『節ネット、はじめました。 「黒ネット」「白ネット」をやっつけて、時間とお金を取り戻す』(CCCメディアハウス) 

現実生活でうまくいっていない人ほど、他人のコンプレックスを刺激する!

『自分のすごさを匂わせてくる人』(サンマーク出版)著者であり心理学博士の榎本博明氏に、匂わせについて3回にわたり話を聞いてきた。最終回となる今回は、匂わせの正しい使い方、絶対してはいけないポイント、そして、こじらせた匂わせの行き着く先と、その予防法について伺う。

◆過去のインタビューはこちらから◆
[1]せめてネットくらいでは輝きたい! さえない日常が“匂わせ”に火をつける
[2]妻への感謝をSNS投稿する夫が愛しているのは妻でなく自分自身!
[3]伊藤綾子アナは嵐・二宮和也との交際匂わせをなぜ我慢できなかった?

■SNSでしていい話題は天気の話題くらい?

――匂わせは悪いことばかりではないと初回(記事参照)でもお話伺いましたが、あらためて、匂わせのポイントについて教えてください。

榎本博明氏(以下、榎本) 自分たちの関わり、仕事でもプライベートでも、ここを先に知っておくとお互いに楽だ、ということを匂わせておけば、いい関係を築くために役に立ちますよね。付き合いの最初では背伸びしてしまうものです。有能そうに、寛大そうについ見せてしまう。でも、仕事でもプライベートでもある程度一緒にやっていくのなら、現実の自分を知ってもらった方がいいですよね。

 また、リアルではなくネットの場合「特定の一人に対して」、「特定のグループに対して」、「不特定多数に対して」と発信先の対象が変わってきますよね。

――人数が増えるほど、話題への配慮がより複雑化していきますね。

榎本 はい。一番してはいけないのは、他人のコンプレックスを刺激することです。コンプレックスを刺激したらものすごい攻撃性が向いてきますから。

「結婚を絶対したくない」考えを持つ人の前で「家庭はいい」「子供はいい」という話はするべきではないですよね。失業中の人に「大規模プロジェクトを終えてすがすがしい気持ちだ」と話すのも同じです。相手によって出せる話題は違います。不特定多数が見るネットで、全員が無難な、全員が安全なことを選ばないといけない。

――天気の話くらいしか手札が残らなそうです。

榎本 そうですね。誰の心にも刺さらないといいますか。傷にならない限り、無難な……、スポーツや芸能の、それも差しさわりのない話とか。 

――つくづく、「SNSをしない」で解決しますよね。

榎本 書かずにはいられない承認欲求がありますから、難しいんですよね。

 

■現実生活でうまくいったことのない人ほど他人のコンプレックスに配慮できない

榎本 これは反発されるかもしれませんが、現実生活でうまくいったことのない人ほど、他人のコンプレックスに配慮できないのです。人のコンプレックスを配慮できるまでの心の余裕がない。

 モテたり、勉強や仕事ができたり、現実でうまくいったことのある人や能力を発揮したことのある人は、人からねたまれたり、足を引っ張られたり、悪口や嫌味を言われたりなど他人から攻撃をされる経験があり、他人のコンプレックスに配慮する心の構えが自然とできるようになっています。

――難しい質問だと思いますが、一筋縄ではいかない承認欲求を抱え、それをSNSを通じに強化してしまった人が少しでも楽になるにはどうしたらいいのでしょうか?

榎本 難しいですね。特にネット上で間違った方向に「自己効力(自分の力)」感を持ってしまった人は相当難しいです。極端な例としては、自分の発言でネットが炎上したり、大企業やお店なりを自分の投稿ひとつで困らせたといったものです。

 私も自著を根拠のない内容で中傷されたことがあり、どうしてそんなことを書くのかと相手にメールをしたことがあったんです。そこまで悪意のある人ではなかったようで、ちゃんと返事が来ました。でも、タイトルだけ見て反応して、中身は読んでいなかったのです。なぜそんなことになるのか。自分の発信が自己効力感の源泉になっているからでしょう。その人は、フォロワーがとても多いんです。ネットで活躍している。

――中身も読まずに中傷する人に多くのフォロワーがついているところが一番怖いですね。

榎本 それでモノが売れなかったり、最悪、お店や会社がつぶれたりしますからね。先ほどお話しした個人的な例では、その人は現実でも実績を持っていました。一方で、現実で思うように輝けない、でも輝きたいという人の場合は、冷静に自己モニタリングする心の余裕がない。いい加減な情報を流しまわりに損害を与えることよりも、自分が影響力を持てたという自己効力に重みを置いてしまう。倫理的に考えてどうか、ということがブレーキにならない。

――何かいいブレーキはないものでしょうか。

榎本 ブレーキとなるのは「自分がダメージを被る人の存在」でしょうね。変な目で見られる、ぎこちない態度を取られる、どうも避けられている気がする、と、やはりそれに気づくことなんですよね。

――「変な目/ぎこちない/避けられている」これらすべてはリアルじゃないとなかなか気付けないですね。ネットばかりにいると気づくことも遅れてしまうか、もしくは気づかないままも十分ありうるでしょうね。

榎本 そのためにも、自分の発信に対しどのような反応が起こっているのか自己モニタリングを行うことですね。ネットもリアルも「モニタリングして修正」の繰り返しです。 

■ネット上で匂わせだしたら黄信号

――間違った方向の自己効力が倫理観を超えてしまうと、状況としてはかなり進んでしまったように思えます。それよりも前の「ここから先はまずい(このままでは間違った方向の自己効力に頼り出し、次第に倫理観も失う)」といった黄色信号はあるでしょうか。

榎本 立場によっていろいろですが、でも、自慢はやはりよくないですよね。ネット上の不特定の相手に匂わせをするのは危険なことだと思います。匂わせの時点で、すでに自分を見る目を失いかけているのです。

 知り合いが「高級ホテルの最上階のレストランで食事をしています」と投稿したら見苦しい、イライラする、と思う人が、自分も自慢げな投稿をしてしまう。自分のことだと気が付きにくいので人の姿から自分を顧みることですね。自慢するということは、①自慢したらイラっとする人がいるだけでなく、②自分で自慢しないといけないくらいちっぽけな人間であることをさらけ出しているのです。

 SNSへの不特定多数に向けた匂わせはとても難しいです。ですが、1:1の関係で、自慢ではなく仕事や交際のスタンスを表明する意味での匂わせはむしろ有効に使えばコミュニケーションを円滑に進められます。匂わせを上手に活用してもらえればと思います。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

●榎本 博明(えのもと・ひろあき)氏
1955年、東京都生まれ。心理学博士。MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『「上から目線」の構造』『薄っぺらいのに自信満々な人』(ともに日本経済新聞出版社)、『カイシャの3バカ』(朝日新聞出版)などがある。

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伊藤綾子アナは嵐・二宮和也との交際匂わせをなぜ我慢できなかった?

 嵐・二宮和也との交際を匂わせたアナウンサーの伊藤綾子、竹内涼真との交際を匂わせたアイドル「恥じらいレスキューJPN」里々佳……、ジャニーズアイドルや人気若手俳優との交際をSNSで匂わせ炎上した女性芸能人は後を絶たない。自身の芸能生命を絶たれるかもしれないリスキーな行為をなぜ彼女たちは我慢できなかったのか?『自分のすごさを匂わせてくる人』(サンマーク出版)著者であり心理学博士の榎本博明氏に聞いた。

◆過去のインタビューはこちらから◆
[1]せめてネットくらいでは輝きたい! さえない日常が“匂わせ”に火をつける
[2]妻への感謝をSNS投稿する夫が愛しているのは妻でなく自分自身!

■相手の立場より「自分が輝きたい!」が勝ってしまう

――アナウンサーの伊藤綾子さんは嵐・二宮和也さんとの交際匂わせをして大炎上しました。因果関係は不明ですが、担当していたニュース番組も降板になっています。ジャニーズやジャニーズファンを怒らせたらまずいのは明らかで、一般人の女性が「一般人の彼氏いる匂わせ」をSNS投稿するのとはレベルが違います。なぜこんなことをしてしまったのでしょうか。

榎本博明氏(以下、榎本) 伊藤さんがどういうつもりで行動されたかはわかりませんが、やはりこれも「想像力」が働かなかったのでしょう。「こんなことをしたらどうなるのか」という想像力よりも自慢したい気持ちが勝ってしまったのでしょう。

 また、芸能人になりたいという人は目立ちたいという気持ち、承認欲求が強いでしょうから、その衝動に負けてしまうのもあるでしょうね。さらに芸能人の場合、叩かれようがが目立った方がいいという価値観もありますから。それをチャンスに這い上がっていった紗栄子さんのような方もいますし。

――伊藤綾子さんにかぎらず芸能人と交際匂わせをして炎上する女性芸能人は後を絶ちませんが、共通点はありますか?

榎本  やはり承認欲求と自己愛ですね。芸能人同士なら、相手を思えば本来交際は隠すはずです。それを隠すどころか匂わすというのは、相手のことを考えていないんです。自分が目立てばいい。恋愛感情じゃなく、自己愛なんです。

――交際匂わせは女性が多いですよね。

榎本 男性は自分を輝かせるのは仕事、能力で輝かせるのが一般的で「こんないい女とつきあっている」で自分を輝かせるのはあまり手段として取られないですよね。

――むしろ引いてしまいますね。

榎本 女性の場合仕事、能力以外に「こんな活躍している男とつきあっている」というPRもありますからね。ネットとリアルも同じで、匂わすジャンルが男女で違うんですね。

――「このジャンルでやっても匂わせとして効果がない」ということには鼻が利くのに、一方で、投稿した内容が人からどう思われるかについて想像力が働かないというのは不思議ですね。

■リアルよりもネットがメインになっている人ほど日常生活をさらす

――匂わせとは違いますが、SNSで日常生活を高頻度で投稿する人がいますよね。

榎本 寂しさなんでしょう。誰かと一緒に飢えている。この人と密に生きているという人がいないと、ネットのつながりで「一緒」を感じたがる。

 寂しさが基本的にあり、あと「日常生活」をさらす人は2タイプに分けられます。

 まず、リアルなところで深くかかわるのが苦手で、単独行動が好きで集団が嫌いな人です。「距離を置いてネット上でつながっているくらいがちょうどいい」のでしょう。でも人は何かの瞬間に寂しくなります。そんなときはSNSでつながっている仲間と共有したい。

――その気持ちはとてもよく分かりますし、こういう人は多いでしょうね。SNSが寂しい時に誰かしらかまってくれる、スナック的な場所になっている。居心地がよくて離れられないでしょうね。

榎本 もう一つ考えられる「日常を高頻度で報告する」タイプは、現実がうまくいっていない人ですね。ネットの世界では人とうまくいっている自分を保ちたい。それで孤独を癒しているのです。

■匂わせる人はニュータイプ? 日本人のスタンダードはむしろ「対人不安」

――インタビュー1回目(リンク)で、学生に承認欲求の話をすると反響が大きかった、とお話しがありました。ほか、学生はどのようなことで悩んでいるのでしょうか。

榎本 対人不安ですね。人とうまく関わっていけるかです。

 日本人はもともと対人不安の強い人が多いんです。「嫌われると思って何も言えない」「断りたいのに断れない」「もう帰りたいのに帰りたいといえない」「相手が自分のせいで退屈しているのではないか?」「自分は集団から浮いているのではないか」ですね。

――これらの感覚に、身に覚えがまったくない人の方が少ないのではないかと思います。

榎本 対人不安は日本人に多い、と学校で話すと「自分だけじゃなかった、安心した」と学生からの反響がとても強いんです。普段あまり授業に熱心ではない学生もこの時はとても真剣に話を聞いています。SNSは監視社会ですから、余計人の目が気になって対人不安が強くなってしまうのでしょう。

――学生は世間が大人よりは狭くて少ないですから、そこで居場所を失う恐怖は大人よりずっと強いでしょうし、さらにその中でSNSの監視があるのですから、今の学生は気の毒ですね。

* * *

 対人不安の強い人が本来日本は多いはずなのに、「ニュータイプ」である匂わせな人たちを見て、対人不安の強い人はますます「みんなきらきらしているのに、自分だけがどこかおかしいのではないか」とさらに不安を強めていく構図はあるだろう。一方で匂わせの人が幸福かと言えばそうではなく、承認欲求の虜なのだ。次回、最終回では改めて匂わせとどう付き合っていけばいいか、引き続き榎本氏に聞く。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

●榎本 博明(えのもと・ひろあき)氏
1955年、東京都生まれ。心理学博士。MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『「上から目線」の構造』『薄っぺらいのに自信満々な人』(ともに日本経済新聞出版社)、『カイシャの3バカ』(朝日新聞出版)などがある。

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

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「Zipper」休刊、そして主婦の友社買収……動乱の2017年女性誌トピックスを徹底分析!

 雑誌不況時代の現在、2017年も休刊や廃刊となった女性誌が続出した出版界。しかし、市場が狭まる中、売上が好調な女性誌も存在しているのもまた事実。そんな今年の動向の総まとめを、女性ファッション誌の研究歴21年、『新社会学研究』(16年創刊、新曜社)の編集同人である甲南大学・栗田宣義教授にうかがった。

 

女性誌版元の雄・主婦の友社買収が象徴すること

――今年、最も印象的だった女性誌に関する出来事を教えてください。

栗田宣義氏(以下、栗田) なんといってもTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が出版社の主婦の友社を買収すると発表したこと。これはファッション誌業界において、すごく大きな意味を持っていると思います。

というのも、主婦の友社は女性向け雑誌を多く手掛ける老舗出版社で、「Ray」(88年創刊)や「mina」(01年創刊)や「S Cawaii!」(00年創刊)、その他にも主婦の友社の支援を経て復刊された「小悪魔ageha」「姉ageha」などがあります。日本の女性向け雑誌版元の良心ともいえる存在だったんですね。

――CCCの狙いはどういうところにあるのでしょうか。

栗田 CCCは動画配信サービスなどが流行している昨今、レンタル事業を中心に行うTSUTAYAの店舗が続々閉店に追い込まれるなど苦戦しています。しかし、新規展開の蔦屋書店に関しては、16年の販売額が約1308億円だったり、書籍を扱う店舗数が800軒を超えるなど書店としては急成長を遂げています。CCCは主婦の友社のほかにも、徳間書店や美術出版社を買収し、傘下に入れています。そういう意味で、CCCは今後の書店展開において、出版社買収によって足りない部分を充足させようという意欲的な行動なのでしょう。しかし、CCCも紙媒体での女性誌運営はまだまだ未知の領域でしょうから、そこが懸念する点ですよね。主婦の友社の編集権が今まで通りなのかも含め、持ち前の雑誌のカラーがきちんと今後出せるのかなど、動向を見守りたいと思います。

CCCは現在、ネットでの情報発信が中心です。主婦の友社の優秀な編集スタッフを、CCCのネットマガジンなどに投入して展開していくというのは予想できますが、果たしてそれが成功するのか。今まで休刊した雑誌の多くは「ネットに力を入れるから、紙媒体はお休み」というパターンが多いのですが、その後に成功しているかというと、必ずしもそうではありません。

――主婦の友社も、買収されるくらい厳しい状況だったと?

栗田 今年上半期のABC販売部数公査(以下、ABC公査)で数字を見てみると、なかなか厳しいんですよね。「Ray」「mina」ともに4万6,000部。「S Cawaii!」にいたっては3万4,000部なんです。ほかの赤文字系の数字を見てみますと、「CanCam」(81年創刊、小学館)は10万部、「JJ」(75年創刊、光文社)が6万3,000部、「ViVi」(83年創刊、講談社)は8万8,000部。赤文字系で唯一5万部を割っていたのが「Ray」ということになりますね。また、「mina」が競合する「non-no」(71年創刊、集英社)は12万6,000部ですから、その3分の1くらいの実売しかなかったということになります。これを見ると、「Ray」「mina」ともにかなり他誌に水をあけられていたことがわかります。ファッション誌は5万部を割ると厳しいといわれている中、主婦の友社の雑誌はすべてそうでした。そうするとやはり、相当の整理が生じてくる可能性があります。今もっとも苦しいのは、雑誌刊行を主体とした版元なのは間違いないですね。

――そんな中、好調な女性誌はあるのでしょうか。

栗田 やはり宝島社は強い。旗艦誌である「sweet」(99年創刊)が26万部。ボーイッシュファッションの先駆的存在「mini」(00年創刊)が14万部、「SPRiNG」(96年創刊)が12万部と圧倒的な部数を誇ります。「リンネル」(10年創刊)を含めた4誌がファッション誌ランキングのベスト4までを独占していますが、いずれも有名ブランドとコラボレーションした豪華付録付きの雑誌ばかりです。

しかし宝島社以外は弱いのかといえばそうでもなく、集英社はかつて20世紀には100万部を誇った「non-no」が13万部弱、「MORE」(77年創刊)が12万部、「Seventeen」(68年創刊)が14万部と好調で、“女性誌の集英社”のプライドにかけて部数を守っている印象です。ほかにも「MORE」のライバル誌である講談社の「with」(81年創刊)は10万部、「VERY」(95年創刊、光文社)は8万6,000部ですから、集英社や講談社、小学館に光文社といった大手老舗出版社はいずれも踏ん張っている印象です。なので残念ながら主婦の友社のひとり負けといった印象。他の老舗出版社はファッション誌以外に、漫画などの売れ線分野を持っています。主婦の友社は女性誌に特化した出版社でしたから、戦いに負けてしまった理由はそこにあるのかもしれません。

――ローティーン誌に関してはいかがでしょうか。

栗田 新潮社が強いですね。「nicola」(97年創刊)が15万部で、この数字は3年前と変わりません。子どもの数が減ってきている中、市場が小さくなっているのに数字が横ばいどころか上向きというのは驚異的なこと。ということは「nicola」を読む小学生の比率が増えているということになります。ほかにも姉妹誌である「ニコ☆プチ」(06年創刊・隔月刊)は7万部なので、足したら22万部。この数字は宝島社の旗艦誌「sweet」の26万部に近いですが、「sweet」は購買層が20〜30代と幅広いのに比べ、「nicola」は10代前半と狭いですからね。世代への浸透率がすさまじいのがよくわかります。

ここから読みとれるのは、「nicola」や「Seventeen」などのティーン誌は、ファッション系統が細分化されていないこと。赤文字系や青文字系やストリート系、すべて網羅しています。ですから、そういう意味でファッションの流行へ対応がしやすいのでしょう。

――ファッション系統が細分化しているほうが厳しいということでしょうか。

栗田 そうなります。4~5年前にギャル雑誌の休刊が相次いだわけですが、今年は、古着リメイクで一世を風靡し、月刊から季刊になっていた「Zipper」(93年創刊、祥伝社)が休刊を発表。またゴスロリファッションの代名詞だった「ケラ!(KERA)」(98年創刊、ジェイ・インターナショナル)が紙媒体での発行をやめ、デジタル版に移行しました。つまり今年はストリート系雑誌の休刊が相次いだといえます。同じくファッション専門誌である「装苑」(36年創刊、文化出版局)も部数が下火で隔月刊化しました。文化出版局は大学や専門学校を背景に持った大きな会社ですから、今後も旗艦誌として発行はしていくのでしょうけれど。隔月というのは、賢い選択ではあるんですよね。月刊ですと編集部も第一編集部、第二編集部というように複数並行体制が必要になってきますが、隔月なら1つで大丈夫ですし、色んなメリットはあると思います。

――ストリート系の雑誌が休刊になってしまったのは、そっち系のファッションが飽きられてきたからなのか、それとも違う何かを読んでいるのか、どっちなのでしょうか。

栗田 WEARやインスタグラムとか、アプリのほうに行ってるんでしょうね。雑誌を買わないからといって情報にお金を払わないのではなく、いままで雑誌代に支払ってきた分が通信料に代わってきたということが言えます。SNSの情報充実度はすごいものがあり、何人かのインフルエンサーをフォローしていれば情報は十分、というのが現在です。特にストリート系ファッションを好む女子は、情報収集が活発で上手な層なので、雑誌への見切りが早かったのでは。逆に「non-no」などを読む層は、保守的だから、一番最後まで雑誌を買い続ける客層がしっかりついているのではないでしょうか。ですので、集英社が「Seventeen」を読む層を囲い込み、そのまま「non-no」、さらに「MORE」へと移行させていくように、新潮社も「nicola」を読む層を囲い込んで、そのまま少女たちが大人になった際に読む雑誌を自社のファッション誌にスライドさせるべく新雑誌を創刊していけば安泰でしょう。

 

アイドルがファッションモデルに抜擢される動きは今後も続く?

――「MORE」といえば、いち早く元AKB48の篠田麻里子さんを専属モデルに抜擢し、成功した印象があります。現在ではAKB48や乃木坂46、欅坂46のメンバーたちが続々とファッション誌の専属モデルになっていますが、この動きは今後も続くのでしょうか。

栗田 女性アイドルが女性誌の専属モデルをすることは、女性票を獲得するのに有効なやり方です。実際「Ray」の専属モデルである乃木坂46の白石麻衣さんは、今年2月に出版した2nd写真集『パスポート』(講談社)が推定売り上げ23万部という莫大な数字を叩き出しましたが、同写真集は女性の購入者が多いことでも話題となっています。これはファッションモデルをやることによって、女性票を獲得した証しと言えると思います。雑誌の実売数に関して、現役女性アイドルの出演がどれだけ具体的に貢献しているのかの特定は難しいですが、どの雑誌に出るかによって影響力が違ってきます。ですので、そういった話があればどこでも出ますという時代では無いでしょうね。

栗田 2017年の総まとめとしては、ファッション系統ごとにカテゴライズされた雑誌を成立させるのが、難しくなってきた時代だということがいえるでしょう。これからは、ファッション総合誌が売れていた、90年代半ばの頃に回帰していくのではないでしょうか。総合誌が良かった時代といえば、「non-no」が100万部発行されていた95〜96年あたり。それが90年代終わりになると、ギャル系やストリート系など雑誌が細分化され、総合誌である「non-no」の部数が落ちてきたという流れがありました。しかし今はまた、「non-no」や「MORE」のように、総合的な側面を持つ女性誌が生き残るだろうということがいえます。

――ファッションだけでなく、情報も充実した、保守層に好まれる内容の誌面づくりということですね。

栗田 これまでは、出版社という枠組みを超えて、赤文字系雑誌、青文字系雑誌とカテゴライズすることが可能でした。一時の「cancam」など赤文字系雑誌は、4つ子かなというくらい内容が似ていたりもしましたが、今後はそういうこともないでしょう。現在、宝島社が他社の女性誌と一線を画しているように、出版社ごとの個性が際立ってくる流れになるのではないでしょうか。雑誌の作り手である編集者のアイデアやスキル、人脈が効いてくるようになり、そういう意味では出版の本来の紙という在り方が生きる時代になるのでは。“編集部がすばらしいから雑誌が売れる”を体現しているのが新潮社でして、ローティーン誌の市場が活況だというわけではないのに、売れているというのはすごいことですからね。

――出版社と編集の底力が試される市場になる、ということですね。

栗田 赤文字系、青文字系、ストリート系、ギャル系といったファッション系統の多様化バブルが、90年後半から10年後半の、ほぼ20年続いていたわけですが、今年はその終焉といえるのでは。00年代初頭から06年くらいまでは、ファッション誌バブルで各社が参入し、ファッション誌の数が一番多く、一番雑誌を買う層である10代後半から25歳の若年層向けの雑誌が35誌ほどありました。しかし現在では10誌ほどがなくなり、25誌くらい。ファッション誌を作れば売れるだろうという時代は終わり、弱い雑誌は淘汰され、現在は“本物”が残っているといえます。しかし、今後はさらに淘汰される可能性があり、将来的にはおそらく10数誌になるでしょう。そこに入れるか試されるのが2018年だと思うんですね。やはりそういった時にファッション誌以外にヒットジャンルを持つ集英社、小学館、講談社、光文社といった大手老舗出版社の底力は強いわけでして。そういう意味で女性誌に特化していた主婦の友社の買収は、時代を象徴する出来事だったのかなと思います。

(取材・文/犬塚左恵)

 

栗田 宣義(くりた・のぶよし)

1958年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業、社会学者、甲南大学教授。専門分野はファッションとメイクの社会学、ポップカルチャーの社会学など。女性ファッション誌の研究歴は21年、『新社会学研究』(16年創刊、新曜社)の編集同人。近著に『マンガでわかる社会学』(オーム社)がある。

【昼間たかし】話を聞いているだけじゃ見えてこないものがある。ルポルタージュで振り返る2017年

 改めて、取材して書くことに傾注しようと決めた。2017年は、そんな年であった。

 だから木訥に、自分の興味の赴くままに、人に会い文章を書き記してきた。なぜ、そんなことをするのか。それは、ほかにすることを思いつかないからだ。

 そうした個人的な情熱だけで走った文章を掲載してくれる「日刊サイゾー」は、私のような書き手にとっては心底ありがたいメディアである。

 そんな2017年も、あと数日ばかり。改めて、今年「日刊サイゾー」と「おたぽる」に書いた文章を読み直し、私なりの自省を込めた解説をしていきたいと思う。

 

●神社本庁も「これはちょっと……」と漏らした。「DMM GAMES」新作『社にほへと』から考えるオタクの信仰
http://otapol.jp/2017/04/post-10195.html

 なぜか大きな注目を集めたこの文章の中で感じたのは、発端になったゲーム『社にほへと』に対するさまざまな人の感覚の違いであった。

 パッと見た時から、私には「なんと罰当たりな」という気持ちが湧いた。怒りではなく畏れである。神道への理解の根本には「考えるな、感じるんだ」というような意識がある。その感じ方の違いが千差万別なのだと、改めて感じた。だから、すぐに取材に応じてくれた神社本庁だけでなく、ゲームの企画者たちの思いも聞いてみたいと思ったが、果たすことはできなかった。

 ただ、この文章が掲載されてから後、企業内の友人からは「いま、箝口令が敷かれていて」などの話も聞いており、ただならぬ事態が起きていることは容易に想像ができた。

 数年もすれば「リリース前に中止されたゲーム」として記録だけが残ることになるだろう。その頃には、改めて製作サイドの想いを聞くことができるだろうか。

 なお、この問題に関する論評はいくつもあるが『宗教問題』20号に掲載されている中川大地「神社を擬人化した美少女ゲームはなぜ開発中止に追い込まれたのか」は、読んでおくべき価値ある論考だと思っている。

 

●行ってみて聞いてわかった 御朱印帳のネット転売で、なぜ宮司は「もう来ないで下さい」と書いたのか
http://www.cyzo.com/2017/06/post_33347_entry.html

 神道関係では、こちらの記事はまた別の方向から、信仰というものを考える機会になった。

 発端は、Twitterでの宮司の怒りのツイートが話題になったこと。表面だけ追って見えるのは、神社で頒布した限定品の御朱印帳を、すぐにネットで転売しているヤツがいる、けしからん……と、ただそれだけのこと。

 でも、ただそんな「けしからん」などということで宮司がツイートしたのではないことは、神社を訪ねて初めてわかった。

 自身が宮司になるまで。なってからの地域の人々と共に支え合ってきた想い。金曜日の午後に聞いた話を、土日を使って一気呵成に書き上げた。そんな熱くなるものが、ここにはあった。

 宮司もまた、足を運んだ私の想いに応えてくれた。今なお神社のTwitterの冒頭には、この記事についてのツイートが掲示されている。

 改めて財布を、どんなテーマでも、迷うくらいならば、取材費で血塗れにしてでも、現地に足を運ぼうと思った。そのことは、必ず文章に成果として現れるのだと。

 

●「上から目線の権力の介入」千葉市が主導するミニストップの“エロ本規制”に、日本雑誌協会からも批判
http://www.cyzo.com/2017/11/post_143469_entry.html

 事態の推移については、関連するものも含めて記した通りである。このテーマでは、今のところ情報を手早く書いて知らせることに徹している。それを「作品」と呼べるようなものにしていくのは、これからのことだ。

 ここで気になったのは、ミニストップが成人向け雑誌の取り扱い中止を発表してから、同社や千葉市を批判する人々の動向である。ネットでさまざま評論を繰り広げる人や、市長のTwitterアカウントに批判を書く人は無数にいた。けれども、具体的な行動はどこにもみられなかった。

 この人たちは、いったい何をしたかったのだろう。エロ本に限らない、禍々しいものを偶然に覗き見た気になった。

 その間にも出版業界では、各コンビニチェーンと、これがミニストップに限った話であるなどの確認を取っていた。情報をまとめたり、評論するだけでは物事の本質は見えてこないのだなと思った。

●「ガイナックスのコンテンツならなんでも使える」と豪語!? 渦中の「神戸アニメストリート」岸建介氏の手口と次の寄生先も発見!
http://otapol.jp/2017/04/post-10331.html

 マンガやアニメが地域振興の目玉となり、<聖地巡礼>が話題になる昨今。これも、起こるべくして起こった事件だといえる。

 正直なところ、小はプロデューサーの仕切りがグダグダだった話から、大はイベントの成否よりも、地元企業に資金をいかに分配するかのほうに力点が置かれた結末等々、失敗例は数多く聞く。

 そして、そのことは巧妙に隠蔽され、知られることは少ない。この事件は、ことが明るみになっただけ、まだマシだといえるだろう。

 何しろ、行政が絡んでいるとなれば信用度は上がる。そうそう悪人がいるとは、誰もが思いたくないものだ。

 この文章の際には取材に応じることもなく電話を切った武田康廣も、また被害者。岸が取締役に名を連ねていることに気づいた人物が、すぐに武田に連絡したところ「え、これからGAINAX WESTの記者会見なんだよ……」という最悪なタイミングだったという。

 当の岸は、すでに新たな店舗をオープンさせていることを幾人かから聞いている。でも、今のところは、そこを訪ねてみる気にはならない。なぜなら、被害にあった当事者に先んじて正義を追求するのは、物書きの仕事ではないと思うからだ。

 

●29万票の金利~山田太郎と「表現の自由」の行方
http://otapol.jp/2017/07/post-11040.html

 書いた後で考えたのは、冒頭のアイスクリームを食べている自身の描写。

「オッサンがアイスを食べてる描写などいらぬ」などと批判的な感想が半分。「アイスの描写で引き込まれる」と絶賛が半分。

 つまり、自分でもどちらがよいのかわからない。ただルポルタージュやノンフィクションという文章では当たり前の「私」や「ぼく」という主観的な書き方を、ネット媒体では、新鮮に感じる人が多いのだと思った。

 毎日取材しているわけではないが、山田太郎の取材には、だいたい5年。そして、選挙の取材から1年も寝かせてしまった。その間も、今もなお29万票の金利は残っているように見える。

 では、次に山田が選挙に立った時、私は取材をするだろうか。

 そのことの答えは、まだ出ていない。

 

●新作『女装千年王国』も大好評! 西田一が語る、ただひとつの“愛の物語”
http://www.cyzo.com/2017/10/post_34930_entry.html

 世には、変態だとかニッチだとか呼ばれるジャンルがいくつもある。男の娘というジャンルも、その一つだ。

 人は、そこにどういう感情を抱くだろうか。口では貶しながらも、実は羨ましさを持っているのではないか。

 そこの世界に足を踏み入れることは、とてつもない決意と覚悟がなくては、できないことなのだから。

 そして、そこに至る人生の旅はさまざまだ。

 無数の旅路の一つで、乗り合わせた客のつもりになり、この掌編を仕上げた。女装エロゲーに人生を賭けた西田の旅路は、どこへ続くのだろうか。また、旅路を共にしたいと思っている。

 

●「アダルトグッズ+催眠音声」の可能性を追求するトランスイノベーションへの誘い
http://www.cyzo.com/2017/10/post_34820_entry.html

 まさかここまで人生を賭けて、情熱を注ぎ込んでいるなんて。そんな感動を伝えるためには、まず自分のことを書かなくてはならないと思った。自分自身が、いかに催眠音声を楽しんでいるのか。取材の時から、そのことを大いに話した。そうでなくては、取材が、上から目線の覗き見になってしまうと思ったからだ。そして文章も同様。

 別に自分の楽しんでいるものを、恥ずかしがる必要はない。むしろ、今の楽しさの、その先を求める探究心は誇るべきものではないか。そんなことを考える機会となった。

 

●なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た
http://www.cyzo.com/2017/09/post_34442.html

 2016年のオープン以来、さまざまなメディアに取材されているカストリ書房。

 訪問する前に、これまでカストリ書房について触れた幾つもの文章を読んだ。そして「なんだこれは?」という気分になった。多くのメディアの文章では、カストリ書房、そして、遊郭が女性にブームとなっている背景として「豊かな時代への憧れ」などの、わかりやすい言葉を用いていた。なるほど、それはわかりやすいかもしれない。けれども、そんな総括には、綺麗にまとめただけの上から目線を感じた。

 僅かなインタビューの時間で、さまざまなものが見えてきた。カストリ書房がもてはやされる理由。その根底には、間違いなく店主の渡辺豪の人となりがあるのだと思った。

 状況を描くのではなく細部を描写するルポライターの矜恃を改めて考えた。

●9月25日午後8時、たつき監督はなぜツイートをしたのか──『けものフレンズ』わからなかったこと、そして、わかったこと。
http://www.cyzo.com/2017/10/post_34862.html

 妄想である。箝口令の中で周辺取材は限られている。いつもは、すぐに返事を返してくるヤツまで「福原Pに会わせてよ」とLINEすると既読スルー。そんな状態で得られた情報を元に書いた。

 正直なところ、KADOKAWAとヤオヨロズと、どちらが正邪なのかはどうでもいい。

 原作者との軋轢云々も同様である。ただ、いい大人と呼ばれる年齢のたつき監督が、自身の仲間をも巻き込むような、あの乱暴なツイートを叩きつけるに至った心境を書きたかったのだ。

 きっとこうだろうと、私自身の思いで綴った文章。真偽のほどはわからぬが、ある関係者から「だいたい、あってる……」とポツリと呟かれて、この件は終わった。

 

●西原理恵子の生き様が人生の分岐に──『嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい本』40原が語る“パンツ愛”そして、これから
http://www.cyzo.com/2017/11/post_143771_entry.html

 パンツ愛を聞いていたら、飛び出してくるのは西原理恵子に『パトレイバー』などなど……。

 それらを通じてイラストレーター・40原の「なにものかになりたい」という情熱を、存分に聞くことができた。

 もちろん「パンツ愛」は、本物だが、それと共に多くの文字数を使った彼の半生。やがて、これを読んだ人が、なにものかになってくれるとよいなと思っている。

 あまりに話に熱中していたので、4時間くらい喫茶店で話ながらも「おかわりどうですか」というタイミングを逸っしたのは反省。
 

●女と自由との揺らぎ──『私だってするんです』小谷真倫の探求「自分の凡庸に負けたんだ……」
http://www.cyzo.com/2017/12/post_144853.html

 自画像が、がさつそうな女性だったので、どんな人が来るのかと思ったら、まったく真逆のタイプの人だった。

 インタビューは初めてという緊張感。そんな緊張感の中で、訪ねるテーマはオナニー。

 ふと言葉の合間に見せる表情が、作品に真摯に取り組む意志の強さを感じさせていた。

 連載は、さらに好調に続いている。2018年は、もっと話題になる描き手なのではないかと思っている。

 幾つもの掌編・短編・中編を書き続けてきた2017年。なにかを成し遂げた人。なにかを成し遂げた人を見ていると、この人物は、どのような人生を歩んで今があるのか。そんなことに興味がわく。

 テレビ東京系の番組『家、ついて行ってイイですか?』が注目されていることからも、分析や批評が持てはやされる時代は、もう終焉を迎えていることが、よくわかる。

 2018年は、もっと個や細部を追いかけていきたいと思っている。
(文=昼間たかし)

妻への感謝をSNS投稿する夫が愛しているのは妻でなく自分自身!

「いつも家族を支えてくれる妻、ありがとう。感謝してるよ」といった、妻への感謝をなぜかSNS投稿する夫を見ると、こう思わないだろうか。「本人に言え」と。家族や、または恋人や友人に恵まれて幸せ/仕事が充実/リッチな生活をしている……といった、言わなくてもいいことをあえて投稿するは、なぜ、うかつに、あえて投稿してしまうのか? 前回に引き続き(インタビュー[1])、『自分のすごさを匂わせてくる人』(サンマーク出版)著者であり心理学博士の榎本博明氏に聞いた。

 

■「承認欲求&自己愛」でおそろかにされる        「周りの人の気持ち」

――「ウザい匂わせ投稿」でよく見かけるのが、「配偶者への感謝SNS投稿」です。妻から夫に対する“ありがとう”だけでなく、夫から妻への感謝の言葉も最近見ます。「SNSに書かずに本人に言え」と思うのですが、こういう投稿をする人の背景には何があるのでしょうか。

榎本博明氏(以下、榎本) 承認欲求と自己愛ですね。自己愛は誰にでもあるものですが、それに溺れてしまっているのです。

 例えば「妻への感謝をSNS投稿する夫」の場合、男性の理想像はかつてのような「男らしい男、強い男」でなく「優しい男」になりつつありますよね。それをふまえ「自分はこんな風に家族に優しくしている」と人に見せつけて自己愛を満たしたい。

――時代の男性像の変遷はしっかり押さえる客観性があるわりに、読者がその投稿をどう思うかについては無自覚なんですね。

榎本 はい。そんなものはSNSで他人に見せつけるものではないし、相手にだけ分かればいいのです。相手が外に自慢しているのをどう思っているのか、というのを考えると、なんでそんなことができるのか不思議ですよね。

――投稿者は「SNSの読者」だけでなく、勝手に投稿のネタにした「自分の配偶者」の気持ちにも想像力が働かないとなると怖いですね。

榎本 アピールすればするほど自分が小さい人間であることがばれてしまう。自慢せざるを得ないというのは、それだけ自分に自信がないのでしょう。投稿した自分に酔っている。恥ずかしい人だと周囲から思われていることに想像力が働かない。

 学生に聞いてみても、「こういう匂わせ投稿をする人は異質の人間だ」と言っていましたね。自慢したら嫌がられる、というのは普通の感受性があればわかるはずです。

 それでも自慢が止められない人は、どこかが壊れている人です。

■匂わせな人ほど、SNSが大好き!

――匂わせやすさと性別・世代は関係ないのでしょうか?

榎本 関係ないですね。僕の同世代にもいますよ。性別や年齢によって変わる、というよりも「自己モニタリング」ができていない人ほど匂わせますね。「自分が発信したことにどんな反応が返ってくるか見て、表現を調整する」ことができないのです。

 日常生活でモニタリングができない人は、ネット上でもモニタリングができません。

――いわゆる、場の空気が読めない人ですね。

榎本 はい。周りの人がぎょっとするようなこと、その話題はその場にいるAさんにとって傷つくような内容だから触れてはいけない、ということも口にしてしまう。自分の発言で場が凍っていることにも気が付かない。

 そういう人ほどSNSが好きなんです。SNSは一方的ですから。

■匂わせに閉口する人は「文句をつける」のでなく「いなくなる」

――SNSで匂わせを見るのに慣れてきて、さらに、なぜか匂わせに「いいね!」がついている状況を見ると、「むしろこれが普通なのか? イラっときているこっちの心が狭いのでは?」と思えてくるんですよね。

榎本 匂わせる人は匂わせる人同士でやり取りしますからね。そういう人同士で「いいね!」しあったり、義務感でいいねする人もいますから。不快に思う人は反応しなくなります。匂わせに文句をつける人はいないでしょう?

――確かに。Twitterならともかく、本人との紐づけの強いFacebookではないでしょうね。

榎本 リアルの場で、ひどい匂わせでその場にいる誰かを傷つけるような発言をした場合、場が凍り付いたり、たしなめる人や、話を逸らす人も出てくるもしれません。しかしSNSでそれをしたら、引いた人は、こんな人にはもう関わりたくないとそのまま離れていきます。ですので当の本人は勘違いしたまま、気づけないままなんです。

――人が引いて、離れているのに気が付かない、というのはネットならではの怖さですね。

* * *

「SNSは一方的ですから」という榎本氏の発言は、思わず唸ってしまった。考えてみればSNSは双方向、と言われがちだが対面のコミュニケーションとはまったく別物だ。SNSは一方的に始め、終わらせられるし、誰に対しての発言かはぼやけがちだし、対面ではとても言えないような発言も見かける。

 リアルのコミュニケーションの方がよほど難しく面倒で、それゆえネットのコミュニケーションに流れる気持ちはよくわかるが、そこに頼ると衰えていくものもあるのだろう。次回も引き続き榎本氏に、アナウンサーの伊藤綾子氏をはじめとした、「交際匂わせ炎上」についても聞く。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

●榎本 博明(えのもと・ひろあき)氏
1955年、東京都生まれ。心理学博士。MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『「上から目線」の構造』『薄っぺらいのに自信満々な人』(ともに日本経済新聞出版社)、『カイシャの3バカ』(朝日新聞出版)などがある。

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

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せめてネットくらいでは輝きたい! さえない日常が“匂わせ”に火をつける

 2017年の新語・流行語大賞にも選ばれた「インスタ映え」。インスタに限らず、SNSで家族、恋人、友人に恵まれて幸せ/仕事が充実している/リッチな生活をしている……といった知人の匂わせ投稿に血圧が上がったことが一度もない人など少ないはずだ。“匂わせ”とは何なのか? なぜ人は匂わせてしまうのか? 『自分のすごさを匂わせてくる人』(サンマーク出版)著者であり心理学博士の榎本博明氏に聞いた。

■匂わせは悪いことばかりではない!      ~人間関係を円滑にする匂わせ~

――“匂わせ”というとSNSの自慢投稿を想像してしまいますが、『自分のすごさを匂わせてくる人』では、匂わせを悪いことだけでとらえていないのが新鮮でした。

榎本博明氏(以下、榎本) 匂わせは悪いことばかりではありません。匂わせは“自分の印象をどういう風に相手に伝えるか”ですよね。「印象操作」と言ってしまうと悪い印象がありますが、匂わせとは自分がどういう印象を持たれたいかという情報の与え方なのです。

――セルフプロデュースは多かれ少なかれ全員がしていますもんね。

榎本 また、匂わせにより相手とのミスマッチを防げます。私自身も仕事の依頼を受けることがありますが、「こういうことが好きだ(できる)、逆にあれは嫌いだ(できない)」と匂わせていないと、仕事はうまく進みません。

 例えば、私はバラエティ番組には出たくないのですが、匂わせておけば、そういった依頼は来なくなります。ミスマッチのまま進んでしまった方がお互い時間も無駄にしてしまいますし、気まずくなってしまいますから。

 プライベートでも一緒で、価値観やどういう付き合いをしていきたいかとか、相手に望むものなどを匂わせておけば、あとからのミスマッチを防げます。

――スタンスを明確に表明するとちょっと角が立つようなことに匂わせをうまく使うのは、日本的な知恵とも言えますね。

■せめてネットでは輝きたい!~さえない日常が匂わせに火をつける~

――でも、匂わせは短所もありますよね。

榎本 はい。ついやりすぎてしまう。承認欲求が高まりすぎて、相手の反応について想像力を働かせられず、やりすぎて反発を食らってしまう。

――SNSが承認欲求を加速させているのではと思うこともあります。

榎本 そうですね。SNSで、人の目を無茶苦茶意識するようになってしまった。

 学生たちに心理学の講義で、承認欲求の話をすると反響が高いです。「SNSをしていたころは辛くて、やめたらありのままの自分でいられた」と言った学生もいました。それも友達には言いづらいようで、私に言うんですね。

――もともと日本人は人の目を気にする傾向が強いですが、SNSでますますそうなってしまったところはあるでしょうね。

榎本 SNSが流行る前は、職場や学校では人の目を気にして自分を抑えていても、職場や学校を出て、一人になれば自由になれた。でも今は歩いていても電車に乗っていてもスマホからSNSの通知が来ます。起きている間、ずっと人の目を気にしないといけない。

 人の目を意識しだせば「認められたい」「馬鹿にされたくない」「仲間外れにされたくない」という思いが出てきます。それでついつい匂わせをやりすぎてしまう。

■24時間、365日輝いていなくてはいけないという風潮

榎本 スマホが匂わせを加速させているところもありますね。パソコンの時代でも、むかついたり目立ちたいという思いから何か匂わせたいと思った人はいたでしょう。でもパソコンの前に座るまでの時間に「やっぱりやめとこう」と冷静になった人は多かったと思います。しかし今はスマホがあるから、衝動的にすぐ書き込めてしまう。

――「承認欲求」「衝動」が、「自分がすることが人からどう思われるかという想像力」を上回ってしまうんですね。匂わせやすい人はどのような特徴があるのでしょうか。

榎本 承認欲求が強く、かつ満たされていない人です。現状が満たされていないから承認欲求が強くなってしまうのですが。

 あと、最近の風潮も匂わせを加速させていますよね。政府も「全ての女性が輝く社会づくり」とか言っているじゃないですか。芸能人やスポーツ選手、政治家ならともかく、一般の人がいつも輝け、輝けと言われてもですよね。

――他人の匂わせを見ると、闘争心に火がついてしまうというのもありますよね。

榎本 でも、仕事でも、プライべートでも輝けるものがないという場合、じゃあ、何で輝けるか……? となると、ネットの世界で虚勢を張ることになってしまう。ネットで、現実離れした自分を匂わせてしまう。満たされない承認欲求が匂わせに走らせているのです。

■キラキラアカウントに夢中な人は、他人を見下したい?

――その最たるものが「キラキラアカウント」*だと思います。こういった鼻につくアカウントは、一方でフォロワーが数万人いるような人もいます。いやなもの見たさという娯楽もあるとは思うのですが。

榎本 キラキラアカウントのフォロワーも多分いろいろなタイプがいるでしょうね。純粋に自分の変身願望を満たしてくれる存在として、素直にあこがれている人もいるかもしれません。

 一方キラキラアカウントを「こんなバカがいるわ」という気持ちでフォローしている人もいるでしょう。最近のお笑いを見ていても思いますが「人を見下したい」気持ちを満たすものが流行っていますよね。心理学には「社会的比較」という言葉があります。他人と比較して「自分の方があいつよりましだ」という気持ちになると、自己肯定感が高まるのです。

*有名ホテルやブランド品の写真など、ラグジュアリーな生活の様子や、誰に向けているのかよくわからない恋愛指南を投稿するアカウントのこと

* * *

“匂わせ”な他人のSNSを「イラつくのに見るのがどうにもやめられない」状態になっている際は、「自分の自己肯定感が弱まっていているサインかもしれない」と気づくと、少し冷静になれるかもしれない。引き続き榎本氏に、たまに見かける「配偶者の感謝をなぜかSNS投稿する人」の匂わせなど、さらに聞いていく。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

●榎本 博明(えのもと・ひろあき)氏
1955年、東京都生まれ。心理学博士。MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『「上から目線」の構造』『薄っぺらいのに自信満々な人』(ともに日本経済新聞出版社)、『カイシャの3バカ』(朝日新聞出版)などがある。

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

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『鋼の錬金術師』も黒歴史になるのか……誰も止められない“マンガの実写化”という悲劇

 今回も、やっぱり賛否両論というヤツだ。

 12月1日から公開になった『鋼の錬金術師』の実写版をめぐって、さまざまな意見が出ている。映画としては、普通に面白いという意見から、原作と比べるとどうしても違和感が拭えないというものまで。とにかく、観た人だけでなく観ていない人まで混じって、さまざまな意見が飛び交っているのだ。

 これまで、数多くのマンガが実写化されては黒歴史となってきた。中でも後世にまで語り継がれるであろう実写版として挙げられるのは、まず『デビルマン』(2004年公開)。制作費10億円をつぎ込んだというこの作品は、映画史上に残る「反面教師」として観ておかなければならない映画として、その地位を不動のものにしている。

 特に必要もないのに出てくるゲストたち。完全に棒読みの出演陣。そして、何がどうなっているのか、本と末がつながらない脚本。例えば、前評判からして最悪で、原作者の鳥山明が異例の「別モノ」コメントをした『ドラゴンボール エボリューション』は、それでも映画としては成立しているから、まだマシといえる。

 もはや、実写化→公開前から「観てないけど酷評」はテンプレ状態。2010年代に限っても『ルパン三世』『進撃の巨人』など「なんで、こんなふうに実写化をしてしまったんだ」と、映画館に入場料を払ってしまった自分の頬を殴りたくなる作品は後を絶たない。もう実写になったことすら忘れられていそうな『ワイルド7』とか『ガッチャマン』は、怒りの記憶がない分、まだマシな部類かも知れない。

 でも、こうした「原作レイプ」的な実写化は、現代になって始まったものではない。人気マンガの実写化というのは『あんみつ姫』や『サザエさん』の時代から行われてきたものだ。

『ゴルゴ13』は1970年代に二度にわたって実写化されているが、とりわけ千葉真一がゴルゴを演じる『ゴルゴ13 九竜の首』(1977年公開)は、標的を撃つシーン以外は、ほぼゴルゴ的要素が皆無の珍作。同年、千葉は『ドーベルマン刑事』でも主演しているが、こちらも主人公が44マグナム弾くらいしか使わない残念な作品になっている。

 とはいえ、80年代あたりは黒歴史的な作品もある一方で、一定の評価を得る実写化も存在した。『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズは比較的話題になった作品といえる。テレビドラマからの派生で劇場版も製作された『スケバン刑事』も同様だろう。

 また『女囚さそり』シリーズや『0課の女』など原作とは、キャラ設定も物語もまったく異なるのに、名作になった作品もある。

 実は製作サイドも、たいていの場合は「こんな実写化は、誰も面白いハズがない」とは、気づいている。でも、それを止めることのできない“大人の事情”が、数々の黒歴史を作っているのだ。

 そんな“大人の事情”の最たるものが「失敗したくない」という甘えだ。

 現在では、多くの作品が製作委員会方式となっている。そこでは「俺についてこい!!」と、旗を振るようなプロデューサーもいない。各出資企業の腹の中にあるのは、出資を回収して、損のない程度に儲けて、また来期も事業を存続させる。ただ、それだけである。

 そこに集まるのは「ナンタラの賞を取ったり実績のある有名な監督」「今、話題の俳優・アイドル」を使うという無難な意見だけ。そもそも、原作のマンガだって「これだけ単行本が売れている」という理由で出資が集めやすいから使われているに過ぎないのだ。

 結局、問題はマンガの実写化のみならず、次々と企画を立てて製作しなくては、お金が回らないという企業の都合にある。

 誰もが止められない負のスパイラルが続く限り、駄作は永遠に量産されていく。
(文=是枝了以)

浜崎あゆみの“オラオラジャージ”コレクションを、メンナク初代編集長がファッションチェック!!

 2000年代を代表する歌姫と喝采を浴びていたのも今は昔――最近、ネット上では、浜崎あゆみが“オモシロアーティスト枠”として人々の注目を集めている。全盛期に比べるとかなりボディに貫禄がついたにもかかわらず、なぜかインスタグラムにアップされる写真は“細身”という、まるでマジックのような現象が頻発。また、ライブ中の動画が流出した際には、まったく声が出ていない様子で、「観客に歌わせすぎ」「なのにすごいドヤ顔」といったツッコミがネット上を飛び交っていた。そんな中、浜崎の“ファッションセンス”もまた、ネットユーザーから厳しいチェックの目を向けられ、特に私服のジャージセットアップには「オラついてる」「田舎のダサいヤンキー」「いい年こいて恥ずかしい」など散々な言われ様だ。

 しかし、浜崎の“オラオラ”ジャージスタイルは、ネットで言われているように、本当にダサいのか? 我々の目が、浜崎のファッション性に追いついていないだけではないのだろうか? そこで今回は、オラオラ系ファッション雑誌「メンズナックル」(ミリオン出版)の初代編集長で、現在、ぽっちゃり男性向けファッション&ライフスタイル雑誌「Mr.Babe」の編集長を務める倉科典仁氏にファッションチェックを依頼! 浜崎の“オラオラ”ジャージスタイルに隠された意図を読み解いてもらった。

【CHECK.1】「オラ系ピンク」を着こなすにはタイトなサイジングをチョイス。ショート丈でセクシー感を出しながらも“やけど危険”なアンタッチャブル・フレーバーを演出。

■浜崎あゆみは元々ヤンキー気質!?

 “ダサい”か“ダサくない”か?

 結論から言うと、現在のぼやけたファッションを良しとする人間からすれば“ダサい”んでしょうね。しかし、見る角度を変えると「浜崎あゆみ! グッジョブ!!」だと思う。

 あくまでも私個人の持論だが、浜崎の出身地、育った環境を考えると“やんちゃ系”“ヤンキー系”ファッションは元々嫌いじゃないと思う。彼女は根っからの“ヤンキー気質”なのではないか。

 それを前提に、浜崎の真意を考えると、“オラ系ピンクジャージ”の写真に添えられた「ジャージ系セットアップがハイファッションに復活したのが嬉しい」というコメントも、「実はオラ系ファッションを着る大義名分が立ったので嬉しくてついつい集めてしまう」という意味であり、彼女のDNAにヤンキー気質が組み込まれているからこその言葉のように思う(ハイファッションの意味がわかっているのかは知らないが……)。

【CHECK.2】ジャージー系セットアップをタウンユースするには“折れない心”が重要。いかにもワンマイルスタイル(ラフな地元カジュアル)を演出しながらもベストサイジングなものをチョイス。ただし表参道、代官山、白金周辺を歩く時にはひねりを効かせた差し色の統一感はマスト。

■もしかするとJKに向けた新たなファッションカルチャー戦略!?

 一方で、そんなヤンキー気質を持った浜崎が、ビジネス的もしくはムーブメントを起こすための戦略として、オラ系ファッションを身に着けている可能性もある。

 そもそも彼女がブレークするきっかけになったのは、90年代の渋谷系女子(不良系ギャル)に支持されたこと。それが全国区となり、彼女の歌やファッション、生き方が渋谷を中心にローカル女子たちのハートにヒットし、カリスマ的存在(今風に言えば、全国の女子高生たちへのインフルエンサー的存在)になったのだ。

 彼女のタイプを昔のアイドルに例えると、ブリッ子アイドル・松田聖子ではなく、どこか不良の香りがするビター系アイドル・中森明菜。女の子たちは、完璧なアイドルではなく、どこか未成熟感の漂う彼女に共感していたように思う。

 そんな浜崎は、ここ最近“悟り世代”と言われている元気のない若者たちに向けて、一石を投じようとしているのではないか。そして、JKたちに新たなムーブメントを起こしたいと思っている気がする。

 いや、あるいは浜崎がカリスマだった頃に支持していた当時の女子高生(現在30、40代、地方在住及び地方出身都会在住で、昔やんちゃしてた、もしくはヤンチャファッションに憧れていた女子)たちに向けた、「大人になってもオラオラしていいんだよ」というメッセージが込められているのかもしれない。

【CHECK.3】「セットアップジャージー×ブーツ」目に刺さるようなターコイズブルーなジャージーをブーツインすることで“暴走するオンナの疾走感”を演出。このスタイリングが男たちのハートに必ず刺さるはず。

■1970~90年代は自己主張したい若者があふれていた

 若者たち皆が何かに反発し、主張していた時代――例えばオートバイに乗り、爆音とともに暴走していた“ヤンキー”、はたまた一際目立つぱっぴスタイルに身を包み、原宿の歩行者天国で踊りまくっていた“竹の子族”など、1970~90年代は、「オレ&私を見てくれ!」と自己を主張したがる若者たちが街にあふれていた。その姿は、若者たちに夢と共感を与え、社会現象にまでなり、またその中からファッションカルチャーが生まれ、有名人が多数輩出されたのも事実だ。

 今回の浜崎スタイルの主張ポイントをヤンキー的切り口で説明すると、黒のセットアップジャージの両腕には、和テイストのモチーフが入っており、これは、特攻服の背中にある刺繍の名残り。またピンクのジャージとターコイズブルーのジャージにブーツを合わせているシルエットは、まさに横浜系暴走族に多いスタイルだったりする。

 今時の男子が中性化(ジェンダー的というか)しているのに対し、女性の間では、いわゆる肉食系が増加しているように思う。浜崎が自ら“主張の強い”スタイルを身にまとうことで、今時女子にワイルドスタイルの新鮮さ、カッコ良さを刷り込もうとしているとしたら……“カワイイ系”“キレイ系”にうんざりしている昔ヤンチャだった大人女子のDNAを刺激し、再びムーブメントを起こそうとしていたら……私的には大賛成だ。

【CHECK.4】漆黒の「ジャージーセットアップ×ニット帽」は両腕の和柄モチーフと相まってニュージェネレーションな“大和撫子スタイル”を演出し、世界の女性たちを魅了する。
■浜崎あゆみのファッションは“はじめの一歩”

 本線からずれたようだが、“ダサい”“ダサくない”は人によって感じ方が違うと思うが、太古の昔から、ファッションは冒険であり、はじめの一歩を踏み出すものには批判が伴うもの。ベルボトムのデニムがカッコイイとされていた時代に、ストレートパンツ、スリムパンツ(昔の言い方)を最初にはいた奴は「何だそれ? お前ダサくね?」と言われていたはずだ。

 浜崎のジャージスタイルは、次世代ファッションカルチャーに対する彼女の“はじめの一歩”戦略かもしれない。もしかすると2020年のオリンピックイヤーには、スポーツ熱も高まって、街を歩く人々が“オラ系ジャージ”で闊歩していることもあり得る。

 まさに“ダサい”は、次世代の“かっこいい”なのかもしれない。

倉科典仁(くらしな・のりひと)
1963年生まれ。88 年にミリオン出版入社後、ティ ーン誌や車雑誌、単行本などの編集を手がける。04 年4月渋谷系ファッション雑誌「メンズナックル」を創 刊し、独特のキャッチコピーが大きな話題となった。 15年10月に、自分自身が太っていることをきっか けに、ぽっちゃり男性向けファッション&ライフスタイル雑誌「Mr.Babe」を創刊。17年5月には「Mr.Babe ウエブマガジン」をスタート。ポッチャリ男性たちの 総合ポータルサイトを目指す。
Mr.Babeウェブマガジン

【画像アリ】ゲテモノを超えた本物のグルメ! 信州では当たり前の昆虫食が集結した「大昆蟲食博」

 昆虫食は、ゲテモノ食い? いやいや、昆虫は美味いのだ。

 単なる怖いもの見たさを超えた本気の昆虫食を展示する「大昆蟲食博」が、長野県伊那市にある市立伊那市創造館で来年5月7日まで開催されている。

 この伊那市というのは、日本でも有数の昆虫食文化が存在する地域。中でも知られるのが、ざざ虫である。ざざ虫とはトビケラ、カワゲラ、ヘビトンボといった川に住む虫の総称。冬になると伊那市周辺の天竜川では、ざざ虫を捕るざざ虫漁が現在も盛んに行われている。「虫踏み」というこの漁法は、河原の石を集めて、鉄製のかんじきでイモを洗うように踏むもの。すると、石の裏についている虫が流れて、網にひっかかるのだ。この地方では、冬の風物詩となっている。

 そうして捕れた虫は、主に佃煮にして食べられる。なぜ佃煮にするのか? その理由を案内してくれた地元のざざ虫博士・牧田豊さんは語る。

「佃煮は作るのも簡単だし、保存がしやすいのが理由でしょう。ただ、佃煮は今でこそ砂糖を使って甘辛く味付けしていますが、昔は砂糖を使わず、もっとしょっぱかったはずです」

 

 牧田さんによれば、ざざ虫を食べる文化は伊那地方だけでなく各地に存在していた。その中で“伊那=昆虫食”のイメージができたのは、大正時代に創業した「かねまん(2011年に閉店)」の存在が大きいという。同店では、ざざ虫の佃煮をお土産などとして販売していた。それは次第に珍味として知られるようになり、東京の料亭などでも販売されるようになった。

 つまり、自家消費だけでなく産業となったことで残ったのだという。

 ただ、それによって、食べられる虫にも変化が起きた。前述のように、ざざ虫とは川に住む虫の総称。その中でもトビケラなどの小さい虫のほうが、メジャーなざざ虫となったのである。

「本当に美味しいのは、孫太郎虫(ヘビトンボの幼虫)。小指くらいのサイズがあるので、しっかりと食べている感じを味わえます。ただ、そんな大きさのためか、佃煮にするとグロいので、販売されているものには使われていません」

 そう聞くと、逆に食べてみたい。そこで、どこに行けば食べられるのかを聞いてみると……。

「う~ん、地元の漁師さんにお願いするしか……」

 この企画展を立案した館長の捧(ささげ)剛太さんも、やはり昆虫食を探求中。この企画に当たっては「カンボジアで売っているタランチュラのフライを買ってきてもらって食べたのですが、美味い!!」という。その探究心はとどまるところを知らず、現在、毎日のように「ざざ虫のピザ」「イナゴとざざ虫と蜂の子のパスタ」「虫の軍艦巻き」などの新メニューを考案中だ。

 これからの時代。虫はメジャーな食べ物になっていくのか?

 なお来年3月には、昆虫食に詳しい人々を招き、講演を兼ねた実食会も予定されている。
(文=昼間たかし)