『花のち晴れ』視聴率は7.4%惨敗でも、キンプリ平野紫耀のヘタレ王子ぶりは神がかっていた!

 4月17日に放送開始した新連続ドラマ『花のち晴れ~花男 Next Season~』(TBS系)の初回平均視聴率は、7.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だった。『花より男子』(同)でスーパーヒーロー道明寺司を演じた嵐の松本潤が道明寺司役で出演したことも話題となり、TwitterなどSNSでは盛り上がったが、数字の面では合格ラインを下回ってしまった。

 しかし、数字は低かったとはいえ、『花のち晴れ~花男 Next Season~』のドラマとしての出来が悪いというわけでは決してなかった。まず杉咲花が演じるヒロイン・江戸川音(えどがわ・おと)は非常に魅力的な人物として描かれていたし、ダブル主演のKing&Prince・平野紫耀が演じる超大金持ちの神楽木晴(かぐらぎ・はると)のヘタレ王子ぶりも悪くない。演出やストーリー構成に矛盾もなくこれから始まる青春ラブストーリーへのワクワク感を十分に高める内容だった。注目の第一話を振り返ってみたい。

平野紫耀が適役すぎる…!
 『花のち晴れ~花男 Next Season~』の舞台は、F4卒業から2年後、凋落の一途を辿っている英徳学園の高等部。音は化粧品会社の社長令嬢で、高校入学までは大変裕福な暮らしを送っていたが、会社の倒産により一転、貧乏生活に。父(反町隆史)は遠洋漁業に出て行き(伏線の可能性アリ)、生まれながらのお嬢様である母(菊池桃子)は貧乏生活に馴染めず、音が家事を担い週5でコンビニバイトもしながら家計を支えている状況だ。

 英徳学園ではC5(コレクトファイブ)なるトップ集団による“庶民狩り”が横行しており、庶民に転落したことがバレたら否応ナシに退学させられるため、音は身を縮めて学園生活を送り続けている。学費も相当高いのだろうし退学すればいいのにと思ってしまうが、許婚の馳天馬(はせ・てんま)との結婚の約束はなぜか「音がちゃんと英徳学園を卒業できたら」という条件つきのため、こそこそしつつも学園生活を継続しているのだった(この条件は闘病の末亡くなった天馬の実母の遺言なのだが)。

 さてC5のリーダーに君臨するのが、道明寺と並ぶ日本三代財閥のひとつ神楽木ホールディングスの御曹司である神楽木晴。平野紫耀は高めのハスキーボイスかつ、やや舌足らずな喋りなので、本物の超イケメン役を演じたら違和感が強かっただろうが、晴は顔こそイケメンでスーパー金持ちであるものの、喧嘩は弱いし見栄っ張りだしヘタレなお坊ちゃまなので、幼稚さを感じさせる平野ボイスが見事にマッチしており、魅力的なキャラクターに仕上がっている。視聴者のヘタレBOY萌えがはかどることは間違いない。

 そんな晴のヘタレぶりを知っているのは、一部の使用人たちと、C5の男子メンバーだけ(紅一点の不動産王令嬢は知らない)。晴が「『ありがとう』しか喋れないくせに七カ国語をしゃべれると豪語したり」「弱いくせに喧嘩が強いという嘘を流したり」「あやしげな開運グッズをすぐ信じて買い漁ったり」することを知っていて「努力の方向が間違ってるんだよお前は」と呆れる様子のC5、仲のよさがうかがえて微笑ましい。

 しかし晴のヘタレぶりが、C5の外に漏れてしまった。こっそり通販で注文していた<カリスマ性に磨きがかかる火星の石>なるスピグッズをコンビニに受け取りに行ったところで、バイト中の音に遭遇してしまうのだ。音は「庶民だってことがC5にバレた! どうしよう退学になっちゃう!」と焦り、晴は「消えてなくなりてえ、ウワァ~~~~! 今すぐ人を殺せる吹き矢が欲しい!」と狼狽する。さてどうなるか。ここからが面白かった。

 翌日、英徳学園の正門前に3人の不良男子が現れて暴れ出した。女子生徒が恫喝されているのに、ただ見ているしかできないどころか、立ち去ろうとする晴に、音は啖呵を切る。

「守ってくれないんですか? 英徳を守るって言ってたのに! いつも偉そうにふんぞりかえって、何がコレクト5よ! 正しき5人なんて名乗る資格、あなたにはない。そんなの買う暇があるなら心を磨けば? ほんとしょーもない人!」

 ここで晴が、幼少期に不良にカツアゲされている同級生を助けられず影で見ているだけの自分を救ってくれた道明寺司の思い出を回想(宇多田ヒカルのイメージソングとともに)。道明寺は余裕で3人の不良たちを蹴散らし、弱虫な晴を「しょーもない」と一喝、「強くなれ。大切なものを守るには強くなるんだ」と鼓舞したのだ。その思い出を胸に、道明寺のような強い男になるべく、晴は……スピグッズ等を買いまくっているのだった。うん、努力の方向性が違う。

 ともあれ、かつて道明寺に言われたのと同じ「しょーもない」という言葉を音からぶつけられ、「もう二度と、誰にも、しょーもないなんて言わせねえ」と勇気を奮い立たせた晴は、不良たちに向かっていく。ラッキーパンチが決まり、三人もの不良男子をKOした晴は賞賛を浴びてイイ気分に。さらにC5から「音がお前にホレてしまえば、火星の石のことで脅されたりはしないはず」とアドバイスを受けて、晴は音を自宅(尋常じゃないレベルの豪邸)のガーデンパーティーに招いた。

杉咲花が魅力的なヒロインに命を吹き込む
 晴の計画では、夢のようなセレブぶりに音はすぐメロメロになるはずだったのだが、晴があまりにナチュラルに“庶民”を見下し、それを悪いことと認識すらしていないことを露呈してしまったがために、音は激怒。「あんたってほんとしょーもない! 二度と話しかけないで。もうほっといて」と、二度めの「しょーもない」をぶつけて立ち去ってしまう。そもそも音は一年半前まで上流階級のお嬢様としてセレブ生活を堪能していたのだから、いくら金持ちぶりを披露してもさほど驚きはしない。

 何で音が怒っているのか理解できない晴。根っからの悪人というわけではなく、天然ヘタレBOYだから仕方ないのだが……。しかも晴は、自分に対してここまで率直に「しょーもない」と叱りつけてきた相手は、道明寺と音だけということで、早くも音へのリスペクトが芽生えそうな様子だ。

 高慢ちきな王子様ぶりと、その純朴っぷりを同時に表現できるうえ顔面が超イケメンという若手役者、今は平野紫耀以外に考えられない。まさに適役だ。かねてより若手演技派との評価が高い杉咲花も、その評価に違わぬ堂々とした存在感があり、ヒロインにふさわしかった。彼女の演技によって、ヒロインが凛として品のある、魅力的な少女として描き出されている。『花より男子』の井上真央もそうだったが、ハイスペイケメンに取り合いされるほど魅力的な庶民ヒロインの役に説得力を持たせられる女優はそうそういない。杉咲もまた、適役だと思う。

 第一話のラストは、音に婚約者がいること、その婚約者がライバル・桃園学園の生徒会長でIT企業の御曹司・馳天馬(中川大志)であることを、晴が知るシーンだった。これから晴は音にガチ恋し、“音をめぐる三角関係”と、ライバル学園同士の抗争が展開していくのだろうが、ますます面白くなっていく予感しかない。若手アイドルのプロモーションドラマだと予想して敬遠した視聴者もいるかもしれないが、まったくそんなことはなく、レベルの高いコンテンツだと断言できる。

(清水美早紀)

『花のち晴れ』で金持ちイケメン集団C5を演じる俳優たちに約束されたブレイク!

 4月17日の夜10時より、連続ドラマ『花のち晴れ~花男 Next Season~』(TBS系)の放送が開始される。主演は杉咲花(20)で、連続ドラマのヒロインは初めてとなる。前作にあたる『花より男子』も同じくTBSでドラマ化しており、2005年の第一シーズンは平均視聴率 19.8%(関東地区、ビデオリサーチ調べ/以下同)、2007年の第二シーズン『花より男子2(リターンズ)』はさらに数字を上げて平均視聴率 21.6%を獲得するなど大ヒット。翌2008年には映画『花より男子F(ファイナル)』も制作された。

 00年代の『花男』は、井上真央(31)が主演し、子役の殻から脱皮し大きくはばたくきっかけとなった。さらに、イケメン枠で出演した俳優たちも大ブレイク。道明寺司役の嵐・松本潤(34)、花沢類役の小栗旬(35)、西門総二郎役の松田翔太(32)らのその後の活躍ぶりは言わずもがなだ。F4では唯一、中国進出した阿部力(36)が伸び悩み、日本の芸能界での存在感は薄く、昨年、上原多香子(35)との不倫LINEを公開されるという大スキャンダルも起こした。

 松本潤は2002年のドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)ですでに「カッコよすぎる」と話題になっていたが、『花男』でその地位を不動のものにした。小栗旬は、『花男』放送以降に主演の仕事が次々と舞い込むほど人気が急上昇。08年には現在の妻・山田優(33)と付き合うきっかけになったドラマ『貧乏男子 ボンビーメン』(日本テレビ系)で主演を務め、その後も映画やドラマで存在感を増していった。今や、日本を代表する俳優の1人にまで上り詰めているといって過言ではない。松田翔太は同作に出演したのが俳優デビューから約半年後のことで、一番の新人だった。当時は役者としてまだまだ駆け出しだったが、同作への出演で一気に人気を獲得。今年のNHK大河ドラマ『西郷どん』では徳川慶喜を演じている。

 『花男』のヒロインもF4も30代になった今も華々しく活躍しており、このドラマがどれだけ影響力のあるコンテンツだったかがわかる。では、続編にあたる『花のち晴れ』は、どうだろうか。

 『花のち晴れ』の舞台は、F4が卒業して2年後の英徳学園。英徳学園ではF4が独裁的に振る舞っていた結果、著しく学園の評判を落としており、入学希望者数の減少・校舎の老朽化・困難な資金繰り……と悲哀漂う状況に。え、たった2年で? とびっくりしてしまうが、そこで登場したのがF4ならぬC5(コレクトファイブ)。C5は英徳学園の品位を正し地位を向上させるべく、授業料滞納及び寄付金を納めていない生徒を退学に追い込む「庶民狩り」をしているのだ。

 C5もまた学園内の金持ちイケメン集団なわけだが、C5のリーダー・神楽木晴(King&Prince・平野紫耀/21)は、世界に名だたる道明寺財閥と肩を並べる神楽木グループの御曹子。道明寺司を崇拝し、憧れの道明寺に近付くべく肉体を鍛える日々を送っているが、そのことは極秘。しかし、父が経営する会社の倒産により庶民に転落してコンビニバイトをしている英徳学園の生徒・音(杉咲花)に、通販のグッズを購入していることを偶然知られてしまう。また、音の婚約者には、C5とは別のイケメン枠で同じ学園の生徒・馳天馬(中川大志/19)がおり、神楽木晴と馳天馬が音を奪い合う胸キュンな展開になっていくようだ。

 C5のその他のメンバーは、頭脳担当・平海斗(濱田龍臣/17)、C5随一のイケメン・成宮一茶(鈴木仁/18)、C5の肉体派・栄美杉丸(中田圭祐/22)、そして紅一点のツインテールお嬢様・真矢愛莉(今田美桜/21)。大注目作品のわりにキャストの知名度は低く、地味なのではないかと不安がる声も聞こえるが、作品の世界観さえうまく構築できていれば、各キャラクターは魅力的に動き出すことだろう。

 思えば00年代の『花男』も、キャスト発表時は決して「豪華!」と嘆息されるほど役者陣の知名度はなかった。井上真央は子役のイメージが強く、小栗旬が花沢類というイケメン設定であることや、松本潤の棒的な演技力にも疑問の声が上がっていたと記憶している。しかし放送開始からはグイグイ引き込まれていく視聴者が徐々に増え、結果的にシーズン2の制作、映画化まで実現するという大人気コンテンツに成長したのだ。

 今回、神楽木晴を演じる平野紫耀は、今年ジャニーズ事務所の猛プッシュを受けており、少女マンガ実写化で主演した映画『honey』(3月公開)、『ういらぶ。』と二作品が公開。すでに公開終了した『honey』での不良少年役は、よく言えば初々しい、悪く言えば緊張感漂う斬新な演技だったが、『花のち晴れ』の現場で毎日鍛えられ、最終回頃にはぐんと成長した姿を見せてくれることと期待している。

 “雰囲気イケメン”や“芸能人オーラ”といった言葉があるように、役者のかっこよさはブレイク前と後で大きく違って見えるもの。6月末あたりには、『花のち晴れ』のイケメンたちが、知名度を大幅アップさせているかもしれない。

(ボンゾ)

年齢を隠す、ごまかすという「作法」が招く年齢差別

 新年度からNHKの『テレビでハングル講座』を見ることにした。NHKの語学番組は本当によくできているし、なによりも無料なので、たいへんありがたい。

 番組には、進行役のシン・ウィスと講師の女性、生徒役の大貫亜美(PUFFY)が出演する。

 大貫亜美は小学生の頃、父親の転勤にともない2年半ソウルで暮らしていたという。ハングルに少しだけ素養があるという点が、生徒役としてちょうどいいのだろう。

 初回放送(4月4日)でそのあたりを説明するくだりがあった。

シン「(韓国にいたのが)小学生のときっていうのは、まあ、5年くらい前?」
大貫「えっと、7年くらい前かな」
講師もふくめ三人で和気藹々。

  大貫亜美はプロフィールなどでも年齢を隠していない。「作法」に則った台本を読まされただけなのだろう。番組では中盤もう一度同様のやりとりがあり、ちょっとしつこかった。今後はいかに。

 言うまでもなく、こうした作法は女性の年齢が言及される際に多く見られる。これが年齢についての男女の二重基準である。

 私は20代の終わり頃、1、2歳年下の同僚男性から「オバサン」と呼ばれ、「は?」と反応したところ、「女の年は(男の)10歳増しだからね」と返され、まだそんなことを言う人がいるのかと驚いたことがある。

 そして、こういう人に「どうぞ」と手渡せる本があればいいなと思い、しばらくしてから『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)という本を書いた。一見わかりづらいタイトルだが、「(揶揄的な)オバサン」という言葉を使うと嫌われますよ、という意味である。

 同書では、女性の年齢と男性の年齢に対する世間の考え方の違い、つまり年齢についての二重基準の実態を指摘し、なぜ二重基準が生じたのかについて考えた。また、「オジサン」よりもはるかに多義的な「オバサン」という言葉の意味、そして中高年女性に対する社会の視線などに言及した。女性の年齢を揶揄する男性に対しては「それは恥ずかしいことなんですよ」と、年齢を意識しすぎている女性に対しては「年齢は隠さない方がいいですよ」と伝えたかったのだ。

 もちろん、年齢についての二重基準は、時代とともに解消されてきてはいる。一例を挙げれば、1970年代まで多くの企業や団体に存在した「女子若年定年制」や、その後も2000年頃までは存在した「男女別定年制」も、今はなくなった。

 ちなみに「女子若年定年制」とは、おもに放送局のアナウンサーや観光関係の職種、つまり「女性の美貌」が重視された職種に見られた定年制度で、30歳を「定年」としているところが多かった。「男女別定年制」は「女子若年定年制」ほど顕著ではないが、女性の方が男性よりも10年から5年ほど早く退職しなければならないという制度である。

 現在、制度としての年齢差別は解消されつつあるが、社会の風潮としての二重基準はまだ残っている。これがある限り、女性たちはつねに男性以上に年齢を意識させられながら生きることになる。こうした風潮を解消するために、女性たち自身にできることは何かといえば、それは「年を隠さない」ということである。年を隠したりごまかしたりすることは、「女性の弱みは年齢である」という考え方に迎合することになり、二重基準を強化することになる。

  そもそも日本で暮らしていて年齢を隠し続けるということは、不可能である。不可能に挑み続けるということは、多大なストレスを生む。年をとることは恥ずかしいことでもなければ、いけないことでもないという当たり前のことを踏まえ、余計なストレスを抱えずに生きていくほうが賢明である。

「昔は痩せてた」「美女にモテモテ」飲むほどウソをつく“虚言リーマン”の残念な末路とは?

(前回はこちら) 

どうも、紫帆です。都内の某飲み屋街で小さなバーを経営している私が、夜毎の営業中に目撃したクソ客・変な客・珍事件について、お話させていただきますね。さて、今宵のお客さまは――


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ある意味「夢追い人」!? 迷惑極まりない虚言デブの末路

 年は40代半ば、常にスーツ姿。身長はそこそこあるけど体重はそれ以上にある、いわゆるデ……巨漢。若い頃は痩せていて、ブレイクダンスをやっていたというので、ここでのあだ名を「ブレイクさん」とします。

 ブレイクさんは毎回、席に座ると上機嫌で高級ウイスキーのハイボールを注文し、「隣の店で頼むより100円安いから!」と自らの経済観念をアピールします。そしてハイボールをグビグビと喉に流し込み、夢のある話を披露してくれるのです。

「俺、こう見えてモテるから。特に外人。こないだも六本木のバーで飲んでたら、金髪のロシア人の女2人にホテルに連れてかれちゃって、結局3Pしたよお」

 すごい……夢があります。顔のパーツが肉に埋もれて、もともとのお顔立ちがいまいち判別できないレベルの巨漢であるブレイクさんですが、六本木に行けば何をせずとも金髪美女からベッドのお誘いがあるようです。しかも3Pとは、求められ方が尋常ではありません。

「そんでコンドーム着けようとしたらよお、『アンタの子どもが欲しいから、そんなもの着けるんじゃねえ』って怒ってコンドーム取り上げて、投げつけてくるんだよお」

 初対面の男性とベッドインして中出しを求める外国人女性……夢というより都市伝説です。本当だとしても「日本国籍」とか「養育費」等々のワードが脳裏をかすめます。また「中出しを要求しコンドームを投げつけてくる」女性がたびたび彼の武勇伝に登場するのですが(その時々で外国人だったりお水のお姉さんだったりします)、この世界のどこかではやってるのでしょうか?

 ――とにかくこんな調子で、夢のような話をたくさんしてくれるブレイクさん。バーとは非日常を味わう空間なので、そこでなされる会話の虚実は曖昧でいいとして……問題は話し方。店内全体に響く大声で、1時間以上同じ話を繰り返します。ちょっと面白いと思った話も繰り返されるとウンザリ。何度も話しているうちにディテールが変化したりするのですが、それを指摘すると顔を真っ赤にして自分の話が事実だと強弁。また長時間滞在するので、居合わせたお客さまは彼の話に辟易して次々と帰ってしまいます(常連さんなどは、彼が来店しただけで退散します)。当初はニヤニヤ聞いていた私も、これでは商売あがったり。どうにかして彼の足が遠のく方法はないかと考えるようになりました。

「実はゆうべ、Mちゃんと飲みに行ったんだよお」

 ある夜、ブレイクさんはうれしそうに話し始めました。Mさんはこのバーの常連で、近所のスナックのママ。彼女のお店に行ったブレイクさんは、アフターで一緒にお寿司屋さんに行ったそう。そこでMさんが“熱烈アプローチ”をしてきたというのです。

 

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 さすがにこれはダウト! ……というのも、Mさんは自他ともに認める超イケメン好きで、営業でアフターに行ったとしても巨漢のブレイクさんに色目を使うことはあり得ません。私はさりげなくスマホのボイスメモを録音モードに。そうとも知らず、ブレイクさんはMさんとのデートの顛末を話し続けます(“熱烈アプローチ”から、いつの間にかセックスをしたことになっていました)。ある程度、言質が取れたところでボイスメモをMさんに送信。20分もしないうちに能面のような表情のMさんが来店しました。ブレイクさんはうろたえて口数が少なくなっています。

「おいデブ、何いいかげんなこと言ってんだ」

 アイドル系の可愛らしい顔立ちのMさんが低い声で問い詰めます。必死ではぐらかそうとするブレイクさんですが、流言の証拠であるボイスメモを再生されると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。

「私、既婚者だから。こういう嘘、今後も広めるつもりなら法的手段を検討するよ?」

 Mさんの言葉に、顔色が真っ青へと変化したブレイクさんはそそくさとお会計を済ませ、帰っていきました。以降は来店することもなく、店には平穏が訪れました。が、夢の住人は現実の世界では生きられません。きっとまたどこかのバーで、夢みたいな話をしているのでしょう。

(隔週金曜日・次回は4月27日更新)

プロフィール
浮川紫帆(うきがわ・しほ)
東京都内の繁華街の一角でバーを経営する30代バツイチ女性。ママ歴は6年。好きなお酒はマカストロングのお湯割り。

(イラスト=ドルショック竹下)

松坂桃李が『娼年』で放出した性。過激さだけでないコミュニケーションとしての性行為

「この『娼年』は明らかに僕の20代の最大値でしたね」

 今年の10月で30歳を迎える松坂桃李(29)は、「キネマ旬報増刊 キネマ旬報 featuring松坂桃李」(キネマ旬報社)のなかで、俳優としての20代のキャリアを振り返り、現在公開中の映画『娼年』をこのように語る。

 この映画は、大学もサボりがちで、人生に目的を見出せない森中領(松坂桃李)が、ふとしたきっかけで男娼の仕事を始め、その仕事を通じて成長していくという物語。

 映画のなかでは7人の女優との濡れ場が描かれ、それもいわゆる「朝チュン」ではなく、フェラチオであったり潮吹きであったり放尿であったりと、AV並みに激しい性描写が描かれている。

 この映画は、2016年に劇団ポツドール主宰の三浦大輔(43)による演出で公演した舞台を、同じく三浦が監督を務めて映画化したもの。舞台の『娼年』も松坂が主演しているが、公演当時も過激な性描写が大きな話題となった。

舞台『娼年』は観客の目の前で松坂と女優が激しい濡れ場を演じる過激な作品だったが、三浦は松坂に役をオファーする際「『娼年』をやるとイメージが明らかに変わるけど大丈夫?」と聞いたという。

 仕事を依頼する段になってわざわざそんなネガティブな質問をした理由を三浦は「松坂くんが役者として現状に満足しているなら、イメージががらりと変わるから出ないほうがいいと思ったんです」(前掲「キネマ旬報 featuring松坂桃李」)との配慮であったと語っている。

 しかし、当の松坂はそのオファーを「ラッキーだな」と思っていたと言う。ウェブサイト「CINRA」のインタビューで松坂は「僕がそれまでやってきた作品のテイストを考えると、なかなか自分のイメージからは遠い作品ではあったと思うんです。でも、自分が今後、役者の仕事を続けていく……今年で30歳になるんですけど、40歳、50歳、そしてそれ以降になっても続けるにあたっては、僕がいままで20代の前半でやってきたような仕事のスタイルでは、なかなか難しいだろうなって思い始めていたので」と語り、俳優という仕事を生涯続けていくものとするためには現状のようなキャリアの積み方では不足があり、どこかで脱皮を図りたいと感じていたと述べている。

 ここで三浦と松坂の思惑がぴったりと合致した。三浦はこれまでの作品のなかで最も俳優との「共犯意識」が芽生えたと語っており、ふたりはどんどん物語の世界に没入していった。その入り込み方はひとかたならぬものがあったようで、性描写に対する大胆さが麻痺していったことから、松坂は「舞台の稽古中はプロデューサーさんに「いや、これはちょっと……」と止められたりして」(前掲「キネマ旬報 featuring松坂桃李」)なんてエピソードもあったと話している。

 その結果、地獄のように大変だったと話す舞台の『娼年』は高い評価を受けて終了。そして今度は映画で再び『娼年』という作品を向き合うことになる。

コミュニケーションとしての性交を撮る
 松坂はこの仕事について〈撮影が終わったあとは矢吹丈のような状態でした〉(昨年10月投稿)とツイートしているが、その言葉は誇張ではないだろう。

 前述の通り、映画『娼年』でも激しい性描写が描かれ、松坂は男性器以外のすべての部分をカメラの前に晒しているし、快感に悶えて喘ぎ声を漏らす場面まで何度も登場する。4月6日放送『A-Studio』(TBS)にゲスト出演した際、松坂はAVを役づくりの参考に用いたことを告白したうえで、スタッフと共にホテルに宿泊しているときは、皆に見つからないように廊下のエレベーター脇にあるホテルの有料カードを買うのに苦労していたと笑い話を語っていたが、そんなエピソードが生まれるのもよくわかる。

 とはいえ、その性描写は決してAV的な演出ではなく、モノとしての性を「消費」するものとはなっていない。

『娼年』という物語のテーマは、人生そのものに退屈し心を閉ざしていた青年が、男娼という仕事を通じてたくさんの女性と接するうちに、だんだんと自らの心の壁を打ち破り大人になっていくというものだ。

 ゆえに、この作品のなかで登場する性描写は、「快感を貪る行為」ではなく、一貫して「コミュニケーション」として描かれる。

 映画の公式パンフレットで三浦は「セックスを会話を撮るように綿密に撮っていきたいと思いました」と映画内での性描写の撮り方の目標を語っているが、実際、映画では松坂や女優の裸体ではなく、松坂の表情の変化を丁寧に撮ることに比重が置かれている。あまり前例のない濡れ場の撮り方であるため、三浦は事前にセックスシーンの絵コンテをつくり、入念なリハーサルを行ったうえで撮影に入ったそうだ。

 その考えはもちろん松坂も共有しているもので、前述『A-Studio』で彼は「この作品はただセックスするっていうことじゃなくて」「身体のコミュニケーションのなかで生まれてくる会話というか、けっこう繊細なお芝居が必要」と、『娼年』における性描写の特殊性を語っていた。

 このように、『娼年』は松坂にとって大変な作品だったようだが、俳優としてのキャリアの壁を乗り越えるための試みは功を奏したようだ。来月12日公開『孤狼の血』では、暴対法成立直前の広島を舞台にヤクザと警察による癒着と抗争が描かれる。そこで松坂は、ヤクザと警察の関係性に疑問をもちながら仕事に飲み込まれていく大学出の新人巡査の役を演じた。

 これまた並々ならぬハードな役づくりが必要な役だが、それをこなす背景には『娼年』を乗り越えて得た知見があることは間違いない。今後の松坂桃李の活躍に期待が募る。

(倉野尾 実)

ポリコレ棒の間違い〜差別的な感情ではなく言動の問題

 朝日新聞系列のウェブメディア「withnews」の連載「LGBTテンプレ考」に掲載された「LGBTが気持ち悪い人の本音 『ポリコレ棒で葬られるの怖い』」という記事がいま話題になっている。

 近年、様々なメディアで「LGBT」という言葉を見聞きするようになった。セクシュアルマイノリティを総称する形で使用されることの多いLGBTだが、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーそれぞれの頭文字を取った言葉であって、すべてのセクシュアルマイノリティを包括するものではない。またL/G/B/Tが直面する問題は常に一致するわけではなく、特に性的指向であるLGBと、出生時に割り当てられた性別に違和感を抱くTを「LGBT」と一括りにすることの問題性を指摘されることは度々あった(参考:LGBとTをつなげる作法)。さらに当然ながら、例えばレズビアン女性がみんな同じ問題を抱えているとは限らない。

 メディアで「LGBT」が使用される際、こうした内実が踏まえられないことは少なくない。また、メディアにたびたび登場するオネエタレントをみて、「LGBTはオネエみたいな人たち」など、画一的なイメージを抱いている人も多い。「LGBTテンプレ考」はまさにこうした「LGBT」に関するテンプレを、平易な文体やキャッチーなイラストなどを用いて解きほぐしていく連載で、これまで概ね好評価を受けてきたもののように思う。

 それではなぜ「LGBTが気持ち悪い人の本音 『ポリコレ棒で葬られるの怖い』」には多くの批判が寄せられたのだろうか。

 理由のひとつは、記事の中でインタビューを受けている、「LGBTが理解できない。気持ち悪い」と語る43歳男性の言葉がそのまま掲載されているように受け取れる点にあるだろう。おそらくこの記事は、これまでの回を読む限り、「LGBTは気持ち悪い」と思う人を擁護する意図でつくられたわけでない。あくまで推測でしかないが、差別する側の実態を掴むことによって、差別・偏見を解消するためにどうすればいいのかを考えたい、という問題意識があったのだったのだろう。

 すでにSNSやブログでも指摘されているが、残念ながらこの記事は「LGBTを差別する人に会ってみたら、怖い人じゃなかった」「マジョリティも苦悩してる」という地点で留まってしまい、むしろ「だから責め立てるようなことはしちゃいけない」と、差別している側にとって都合のいい形で受け止められかねないものになっている。

 例えば男性は記事の中でこう語っている。

「…『保毛尾田保毛男』がはやったころ、僕は中学生でした。あの時傷ついていた人がいたなんて、当時想像もしていなかった。毎週木曜日の夜9時にあの番組を見て、大笑いして寝て、翌朝同級生と『見た?』と話して」

「後になって『あの時傷ついた人に気付けなかったあなたは罪人です』と言われると、『うち実家の花畑はキレイだなあ』と思っていたら、いきなり戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになるんですよ」

 保毛尾田保毛男は、『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)に登場する、七三分けに青ひげ、「ホモなのか」と問われると「あくまで噂なの」とはぐらかすなど、ゲイへの偏見を過剰にデフォルメする形で造形された、とんねるず・石橋貴明ふんするキャラクターだ。昨年9月、同番組30周年記念放送の際に、このキャラクターを復活させたことで批判が殺到したことは記憶に新しい。

 保毛尾田保毛男のストライクな世代だという男性は、このキャラクターを無邪気に楽しんでいた時代を「実家の花畑」と表現し、批判の声があがる現在を「戦闘ヘリが飛んできて機銃掃射で荒らされる、みたいな気持ちになる」と言う。

 確かに当時はいまのように「LGBT」という言葉がメディアで聞かれることもなく、セクシュアルマイノリティに対する人権意識も低かったのかもしれない(当時から社会の差別に対して声を上げる人びとはいたのだが)。無自覚にセクシュアルマイノリティを差別したり、偏見を抱いていた人は多くいるだろう。だが、かつてに比べて社会問題として受け止められるようになった現在において、こうした指摘に「楽しい思い出をいきなり踏みにじられた」と憤慨するのは、ただの開き直りでしかない。「自分が楽しんでいたものが差別的なキャラクターだったのだと気づけなかった」と振り返り、無自覚に踏みにじってきた人びとのことを考えるほうが建設的だろう。

 そこに登場する男性の言葉からは、被害者意識や、変化していく社会への恐れが感じられる。

「強迫観念として、ポリティカルコレクトネスに反してしまったら、僕の方が社会的に葬られるというのがあるんですよ」

「…異性愛が普通だと教わって育ってしまったから、全く悪意のない、うっかり吐いた言葉が『差別だ』と炎上することがある」

 気がつけば時代が変わっていた。悪意なく「普通」だと思っていたことが、「差別」になってしまった。理解しなければと思うけれど、気持ち悪いと思う。いつ「ポリコレ棒」で叩かれるかわからない。怖い――これが男性の素直な気持ちなのだろう。悪気なく振る舞っているだけなのに、いきなり糾弾されることが怖いという感覚は、広く共有されているのかもしれない。だから、マイノリティが自身の権利を主張したり、社会に現存する差別の問題を指摘しているとき、「感情的になったら誰も理解してくれないよ」というアドバイスも飛び交う。だが、差別されている人が、自身を踏みにじっている人に対して、感情をおさえ、ご理解いただけるまで懇切丁寧にご説明さしあげるべきとされることのおかしさに、そろそろ気づいてもらいたい。

 そもそもこの男性は大きな誤解をしている。

 男性は「(この連載で実施された)アンケートに書いたとおり、忖度(そんたく)して『差別はよくない。みんなで明るい未来をつくろう』と回答すれば、良かったのかもしれない。でも、それじゃあ本当の解決にならないですよね?」と言っている。しかし、おそらく多くの部分はそれで解決するのだ。

 昨年、『LGBTを読みとく』(ちくま新書)を出版した森山至貴さんはインタビューの中でこう語っている。

「たまに『あなたが私の内側にある偏見をなんとかしてくれないと私はあなたを差別します!』みたいな恫喝の仕方をする人がいます。でも、たとえばナイフで人を刺したいと考えている人がいたとしても、実際に刺さなければ周りの人に危害を加えることにはなりません。ここで大事なのは、その人の気持ちは知らないけど、ともかく刺すのをやめてもらうことです。だから、心の中に偏見があるのはまあ知らないけど、その偏見をこちらに向けないでほしいという考え方は十分あり得ると思います」(知識を手にすれば、他者を傷つけずにすむ。『LGBTを読みとく』著者・森山至貴氏インタビュー)

 なにより問題となっているのは、差別的な言動であって当人の感情ではない。「差別的な感情をいますぐ直さなければならない」でも「セクシュアルマイノリティのことを理解しなさい」でもなく、「差別的な感情を発露することで人を傷つけるのはやめるべきだ」という基本的な話でしかない。

 男性は、仕事の中で、同性パートナーは保険金の受取人になれないことを知り、「すぐに解消してあげたらいいと思う」とも言っている。「LGBTは気持ち悪い」という感情がなくなっていくのは喜ばしいことだ。そして、仕事で出会ったゲイが、保毛尾田保毛男のような人ではない「普通」の人で、ステレオタイプが刷り込まれていたことに気づいた経験があったとも語る男性は、きっと「気持ち悪い」という感情も少しずつ消えていくのではないか、というのは楽観的だろうか。いずれにせよ、それでもやはり「LGBTは気持ち悪い」と思うのであれば、その感情の発露が誰かを傷つけるものだと理解し、言動に気をつけること、まずはそれだけだ。

水原希子がセミヌード撮影現場を「見られたくない」ことと、インスタにセクシー写真を投稿することは矛盾するか

 2001~2016年まで写真家・アラーキーこと荒木経惟氏の被写体モデルを務め“ミューズ”と呼ばれていたダンサーのKaoRi氏による告発は、大きな波紋を広げている。

▼荒木経惟の被写体を務めたKaoRi氏の告発 アラーキーの女性礼賛とは何だったのか

 4月9日には、モデルで女優の水原希子(27)がInstagramのストーリー機能を使い、KaoRi氏のnoteを引用しながら、「モデルは物じゃない。女性は性の道具ではない」と発信した。

「かおりさん長い間どれ程苦しかったか、辛かったか、想像するだけでも心が痛みます」
「この業界にいる若いモデル そして女性、男性にもこの記事を読んでほしい。モデルは物じゃない。女性は性の道具ではない。みんな同じ人間。心を交わし合う事を忘れてはいけない」

 こう綴った水原希子は、自身も20代前半の頃、仕事で次のような経験をしたと明かした。

「ある企業の広告撮影で上半身裸になって手で胸を隠して撮影」した時に「何故か沢山の男の人、多分上層部であろう20人くらいの社員の人達」がスタジオに来た。「裸だから撮影中は見られたくないと伝えたけれども、写真を確認しなくてはならないからと言う理由で、結局、仕事だからと拒否できないんだよと言う理由で」、結局、大勢の男性たちに裸を見られる環境下でその撮影を強いられたのだという。

 最後に水原希子は、自身も何度か撮影してもらったことのある荒木氏に向けて「あなたにとって女性とは一体何なんですか? 何故、長期に渡ってあなたのミューズであったかおりさんを精神的に追い込む必要があったのか」「シンプルに、残念極まりないです」と綴っていた。

 水原希子は22歳の頃に撮影した資生堂の2013年正月用ポスターに、上半身裸に手のひらでバストを覆うだけのセミヌードでうつっていた。彼女がいう「ある企業の広告撮影で上半身裸になって手で胸を隠して撮影」とは、この広告撮影を示しているのだろうか。通常、女優やモデルが露出の多い衣装で撮影に臨む際、現場はなるべく少人数で撮り、外から様子が見えないようスタッフがガードするなど最大限の配慮をすると聞く。そのうえで撮影されたフォトを、広告関係者らがブラウザでチェックするのが一般的なのだと。しかし、まだ22歳で売り出し途中だった時期の水原希子が、「仕事だから」と衆人環境で上半身裸のまま笑顔を作らなければいけなかったとしたら、しかもそれが化粧品最大手企業の広告制作現場だったとしたら、デリカシーや人権を考慮した現場が「一般的」とはとても言えないことになる。

 日本での著名人による「#Metoo」は、未だ非常に少ない。声を上げなければいけないわけではないが、それだけ声を上げづらい閉塞的な環境なのではないかと推測される。「#Metoo」に限らず、政治的な発言やジェンダー、ものの見方ひとつとっても、著名人――特に若い女性――は無難な発言が好まれ、少しでも「これはおかしいと思う」というようなコメントを出すと過激扱いされてきた。たとえば、のんこと能年玲奈(24)は、写真集とそれにまつわる展示の発表イベントで、「日本では女の子の世界観を発揮できる場所が少ない。発表できるのはまれ。テレビとか映画を見ても、(キャストは)男の人だらけで女の人は1人とか、男の人だらけ。女の人だけで成立するのは珍しい」と発言したことを、スポーツ新聞が【まるで女性活動家のよう】と報道。たちまちネットに転載され、「フェミだ」「レズなの?」と変人扱いされた。

 そんな日本の芸能界で活動をしながら、のんや水原希子は頻繁に持論を発信する稀有な存在である。特に水原は、アメリカ人の父親と日本育ちの韓国人の母親との間に生まれたというルーツから「日本人じゃないのに日本人のフリをしている」とヘイトスピーチの対象にされ、さらにインスタに投稿する写真でお尻やバストトップの形がわかる一枚(フォトグラファーの撮った写真で、雑誌等に掲載されたものであったり、そのアナザーカットであることが多いのだが)を受けて「汚い」「ビッチ」と誹謗中傷されてもいる。民族差別と女性差別を同時に受けていると言える状況だ。

 しかし水原希子は、黙らないし逃げもしない。インスタで友人の投稿写真に「いいね」したことから中国で非難を浴びると、謝罪動画をアップして誤解をとくべく釈明した。「不適切だった、不快感を与えて済まなかった」といった定型文の謝罪ではなく、彼女は自らの言葉で説明した。昨年、水原がサントリーのPR動画に出演していることに対してTwitter上でヘイトスピーチが相次いだ際は、彼女は公式Twitterアカウントで「一日も早く、この世の中の人種や性別などへの偏見がなくなってほしい。そして、世界中の人がどこにいても自分らしく生きていける世の中になるように、まずは私が私らしくこれからも強い心をもって、生きていこうと想います」と表明している。

 3月7日放送の『NEWS ZERO』(日本テレビ系)にVTR出演時には、かつては自身のバッググラウンドを「恥ずかしい」と思い「隠すようなことを」してきたと打ち明けた上で、「みんなが一緒の方向を見ないといけない。そういう暗黙のルールみたいなものが一番怖い」「アジアの女性だって意思があるし、美しいし、もっと発信していきたい」と語り、4月2日の朝日新聞のインタビュー連載「じぶん流@SNS」では、SNSの怖さを体感し、「2週間くらい泣き続け」たり悩んだこともあったが、「何が正しいのか、一目瞭然だと思う」からと「卑劣なコメントも、削除せず残して」いると語っている。

 前述したように水原希子へのバッシングとして、彼女がインスタに投稿した露出度の高い写真を“下品”で“過激”と受け止めたうえでの誹謗中傷もあるが、彼女はいちいちネット(主にまとめサイト)で話題になった写真もまた、削除していない。今回、KaoRi氏の告発を知った水原希子が投稿したインスタストーリーについて、「いつも下品な写真を自分で投稿しているくせに」と矛盾を指摘するコメントが少なからずネット上に出ているが、自ら望んで身体を露出した写真を撮影して公開することと、望んでいないのにもかかわらず裸を見られることは、たとえそれが同じ一枚の写真になったとしても全く別ものである。ゆえに水原がこれまで、セクシーな写真を公開してきたことと、セミヌード写真の撮影現場に入ってきた大勢の男性に対して「裸だから撮影中は見られたくない」と拒絶することとは、まったく矛盾しない。

 さて、これまで紹介してきたような発言をしても、水原希子はファッション雑誌だけでなく様々な広告やCMに起用され続けている。このことは、日本の芸能界を中心に活動するモデルや役者、タレントたちに、「自分の意見をちゃんと発言してもいいんだ!」と気付きを与えるかもしれない。彼女が粘り強く発信し続けること、それを応援し続けることで、少しずつでも日本も変わっていく可能性がある。そう前向きに考えたい。

水原希子がセミヌード撮影現場を「見られたくない」ことと、インスタにセクシー写真を投稿することは矛盾するか

 2001~2016年まで写真家・アラーキーこと荒木経惟氏の被写体モデルを務め“ミューズ”と呼ばれていたダンサーのKaoRi氏による告発は、大きな波紋を広げている。

▼荒木経惟の被写体を務めたKaoRi氏の告発 アラーキーの女性礼賛とは何だったのか

 4月9日には、モデルで女優の水原希子(27)がInstagramのストーリー機能を使い、KaoRi氏のnoteを引用しながら、「モデルは物じゃない。女性は性の道具ではない」と発信した。

「かおりさん長い間どれ程苦しかったか、辛かったか、想像するだけでも心が痛みます」
「この業界にいる若いモデル そして女性、男性にもこの記事を読んでほしい。モデルは物じゃない。女性は性の道具ではない。みんな同じ人間。心を交わし合う事を忘れてはいけない」

 こう綴った水原希子は、自身も20代前半の頃、仕事で次のような経験をしたと明かした。

「ある企業の広告撮影で上半身裸になって手で胸を隠して撮影」した時に「何故か沢山の男の人、多分上層部であろう20人くらいの社員の人達」がスタジオに来た。「裸だから撮影中は見られたくないと伝えたけれども、写真を確認しなくてはならないからと言う理由で、結局、仕事だからと拒否できないんだよと言う理由で」、結局、大勢の男性たちに裸を見られる環境下でその撮影を強いられたのだという。

 最後に水原希子は、自身も何度か撮影してもらったことのある荒木氏に向けて「あなたにとって女性とは一体何なんですか? 何故、長期に渡ってあなたのミューズであったかおりさんを精神的に追い込む必要があったのか」「シンプルに、残念極まりないです」と綴っていた。

 水原希子は22歳の頃に撮影した資生堂の2013年正月用ポスターに、上半身裸に手のひらでバストを覆うだけのセミヌードでうつっていた。彼女がいう「ある企業の広告撮影で上半身裸になって手で胸を隠して撮影」とは、この広告撮影を示しているのだろうか。通常、女優やモデルが露出の多い衣装で撮影に臨む際、現場はなるべく少人数で撮り、外から様子が見えないようスタッフがガードするなど最大限の配慮をすると聞く。そのうえで撮影されたフォトを、広告関係者らがブラウザでチェックするのが一般的なのだと。しかし、まだ22歳で売り出し途中だった時期の水原希子が、「仕事だから」と衆人環境で上半身裸のまま笑顔を作らなければいけなかったとしたら、しかもそれが化粧品最大手企業の広告制作現場だったとしたら、デリカシーや人権を考慮した現場が「一般的」とはとても言えないことになる。

 日本での著名人による「#Metoo」は、未だ非常に少ない。声を上げなければいけないわけではないが、それだけ声を上げづらい閉塞的な環境なのではないかと推測される。「#Metoo」に限らず、政治的な発言やジェンダー、ものの見方ひとつとっても、著名人――特に若い女性――は無難な発言が好まれ、少しでも「これはおかしいと思う」というようなコメントを出すと過激扱いされてきた。たとえば、のんこと能年玲奈(24)は、写真集とそれにまつわる展示の発表イベントで、「日本では女の子の世界観を発揮できる場所が少ない。発表できるのはまれ。テレビとか映画を見ても、(キャストは)男の人だらけで女の人は1人とか、男の人だらけ。女の人だけで成立するのは珍しい」と発言したことを、スポーツ新聞が【まるで女性活動家のよう】と報道。たちまちネットに転載され、「フェミだ」「レズなの?」と変人扱いされた。

 そんな日本の芸能界で活動をしながら、のんや水原希子は頻繁に持論を発信する稀有な存在である。特に水原は、アメリカ人の父親と日本育ちの韓国人の母親との間に生まれたというルーツから「日本人じゃないのに日本人のフリをしている」とヘイトスピーチの対象にされ、さらにインスタに投稿する写真でお尻やバストトップの形がわかる一枚(フォトグラファーの撮った写真で、雑誌等に掲載されたものであったり、そのアナザーカットであることが多いのだが)を受けて「汚い」「ビッチ」と誹謗中傷されてもいる。民族差別と女性差別を同時に受けていると言える状況だ。

 しかし水原希子は、黙らないし逃げもしない。インスタで友人の投稿写真に「いいね」したことから中国で非難を浴びると、謝罪動画をアップして誤解をとくべく釈明した。「不適切だった、不快感を与えて済まなかった」といった定型文の謝罪ではなく、彼女は自らの言葉で説明した。昨年、水原がサントリーのPR動画に出演していることに対してTwitter上でヘイトスピーチが相次いだ際は、彼女は公式Twitterアカウントで「一日も早く、この世の中の人種や性別などへの偏見がなくなってほしい。そして、世界中の人がどこにいても自分らしく生きていける世の中になるように、まずは私が私らしくこれからも強い心をもって、生きていこうと想います」と表明している。

 3月7日放送の『NEWS ZERO』(日本テレビ系)にVTR出演時には、かつては自身のバッググラウンドを「恥ずかしい」と思い「隠すようなことを」してきたと打ち明けた上で、「みんなが一緒の方向を見ないといけない。そういう暗黙のルールみたいなものが一番怖い」「アジアの女性だって意思があるし、美しいし、もっと発信していきたい」と語り、4月2日の朝日新聞のインタビュー連載「じぶん流@SNS」では、SNSの怖さを体感し、「2週間くらい泣き続け」たり悩んだこともあったが、「何が正しいのか、一目瞭然だと思う」からと「卑劣なコメントも、削除せず残して」いると語っている。

 前述したように水原希子へのバッシングとして、彼女がインスタに投稿した露出度の高い写真を“下品”で“過激”と受け止めたうえでの誹謗中傷もあるが、彼女はいちいちネット(主にまとめサイト)で話題になった写真もまた、削除していない。今回、KaoRi氏の告発を知った水原希子が投稿したインスタストーリーについて、「いつも下品な写真を自分で投稿しているくせに」と矛盾を指摘するコメントが少なからずネット上に出ているが、自ら望んで身体を露出した写真を撮影して公開することと、望んでいないのにもかかわらず裸を見られることは、たとえそれが同じ一枚の写真になったとしても全く別ものである。ゆえに水原がこれまで、セクシーな写真を公開してきたことと、セミヌード写真の撮影現場に入ってきた大勢の男性に対して「裸だから撮影中は見られたくない」と拒絶することとは、まったく矛盾しない。

 さて、これまで紹介してきたような発言をしても、水原希子はファッション雑誌だけでなく様々な広告やCMに起用され続けている。このことは、日本の芸能界を中心に活動するモデルや役者、タレントたちに、「自分の意見をちゃんと発言してもいいんだ!」と気付きを与えるかもしれない。彼女が粘り強く発信し続けること、それを応援し続けることで、少しずつでも日本も変わっていく可能性がある。そう前向きに考えたい。

アソコの毛は「全剃り」すべき? ドイツ語講師のフリードリヒと初デートで起きた“障壁”

”鼻がデカい”フリードリヒをロックオン!

2-1_700

 「外専女子」になった私は、ある日ふと、“とても身近な外国人男性”が、自分の理想の外国人男性像をはるかに上回っていることに気づいたのです。

 その“身近な外国人男性”とは、ドイツ語個人レッスンの講師!

マザコンの日本人彼氏とまだ交際していた頃、私はひとりでドイツのベルリン州へ旅行に行ったのでした。憧れのドイツ文化や芸術、音楽に感銘をうけた私は、帰国後すぐに「ドイツ語個人レッスン」のサイトにアクセス! 1時間2,800円でお手頃、主にカフェでマンツーマンレッスン、講師は指名可……。男女合わせて6人ほどの講師の中から、ベルリン出身で年も1つ上、はにかんだ笑顔のフリードリヒ先生を指名。

 恵比寿駅で待ち合わせし、実際にフリードリヒ先生と会った感想は「身なりもきちんとした、清潔で感じの良い先生」程度で、恋愛対象として見ることもなかったのですが……。

 レッスン契約からほどなくして、彼に内縁関係を解消され、日本人男性に絶望した時、私の心にフリードリヒがグイグイ入ってきたのです。

 彼が来日した理由は、日本のとある会社に勤めるのが目標で、現在は日本語学校に通いながら生活のためにドイツ語を教えているとのこと……。

 これって! 日本に目的を持って単身で渡ってきた、いわゆる「自立している外国人」ではないか!! 彼はドイツ人(重要)だし顔もイケメンだし、真面目だし……。これは運命に違いない!!
 
 こうして彼は、私に即ロックオンされたのでした。

 レッスンは2週間に1回(本当は毎週でも受けたいけど経済的事情で)、恵比寿駅の近くにあるカフェのカウンターで2人、肩を並べて行います。

 レッスン終了後、彼がこんな質問を。

「どこか面白い飲み屋を知らない? 君なら知ってそうだね」

 私は新宿にある友達が働いている小さなバーの話をしてみたら、

「いいね! 今度一緒に行こう! いつがいい?」

 ……なんて返事が!!

 外国人の良いところは、日本人と違って「いつか行こうね!」という社交辞令がないところ。誘いたくない相手には、いっさい話を振らないのです。

 お互い都合の良い日に約束をして、初デートの運びに。運命だと悟った相手から誘われるなんて、これはもう間違いない!

2-2_700

 

 デート当日、私にはひとつの悩みが。それは「Hな雰囲気になった時、“あそこの毛”はどうしておくべきか」。当時の私は外専女子になりたて、外国人のシモ知識も少なく、知っているのは、なんとなくあちらの女性はあそこの毛がないらしい、ということくらい。

 思い切って全剃りなんてしたら、待ってましたと言わんばかりだし、こなれている感満載じゃないか。

 結果、「スーパーナチュラル」(※脱毛用語で「ほぼ全残し」)で行くことに。彼は覚えたての日本語で友達や常連さんに「ワタシハベルリンデ、ウレマシター!」と言い放ち、「生まれましただよね、売られてないよね」などとツッコまれ皆で笑ったりと、とても楽しいらしく、無邪気な彼に私はうっとり。

 そんなうっとりで“スーパーナチュラル”な私と彼は……あっさり新宿駅でお別れ。

 拍子抜けしましたが、「誠実なのね!」と、ますます彼を好きになった私。それからも何度か飲みの誘いがあり、これはもう告白してもOKだろう、と決めたのでした。

 バーのカウンターで肩を並べていい感じ(私だけ)になった頃、私は覚えたてのドイツ語で「私はあなたに、ダーリンになってほしい」と告白。彼は一瞬止まって、「アワワワワ」とうろたえ、ハーっとため息をつき、私にこう言いました。「君はかわいいし面白いし、一緒にいてとても楽しい、けど」

 けど!?

 ……凍りつく私に一言

「トモダチフォーエバー(原文ママ)」

 さらに彼は、「ところで君のドイツ語ちょっと間違ってる」と、私のガタガタなドイツ語のミスまで指摘してくれたのでした……。

 期待で胸がパンパンだっただけに、大ショック。いまだにどうやってうちに帰ったのか覚えていません。

 今考えると、ヘタに男女関係にならず、“トモダチ”として大事にしてくれていたんだな、と彼の誠実さをひしひしと感じます。今となっては……。

 外専女子をやっていて、唯一の良い思い出です。

 ちなみに「フリードリヒ先生、実はゲイ疑惑」がいまだ私の心に渦巻いています。

 

 

(隔週火曜日・次回は4月24日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

アソコの毛は「全剃り」すべき? ドイツ語講師のフリードリヒと初デートで起きた“障壁”

”鼻がデカい”フリードリヒをロックオン!

2-1_700

 「外専女子」になった私は、ある日ふと、“とても身近な外国人男性”が、自分の理想の外国人男性像をはるかに上回っていることに気づいたのです。

 その“身近な外国人男性”とは、ドイツ語個人レッスンの講師!

マザコンの日本人彼氏とまだ交際していた頃、私はひとりでドイツのベルリン州へ旅行に行ったのでした。憧れのドイツ文化や芸術、音楽に感銘をうけた私は、帰国後すぐに「ドイツ語個人レッスン」のサイトにアクセス! 1時間2,800円でお手頃、主にカフェでマンツーマンレッスン、講師は指名可……。男女合わせて6人ほどの講師の中から、ベルリン出身で年も1つ上、はにかんだ笑顔のフリードリヒ先生を指名。

 恵比寿駅で待ち合わせし、実際にフリードリヒ先生と会った感想は「身なりもきちんとした、清潔で感じの良い先生」程度で、恋愛対象として見ることもなかったのですが……。

 レッスン契約からほどなくして、彼に内縁関係を解消され、日本人男性に絶望した時、私の心にフリードリヒがグイグイ入ってきたのです。

 彼が来日した理由は、日本のとある会社に勤めるのが目標で、現在は日本語学校に通いながら生活のためにドイツ語を教えているとのこと……。

 これって! 日本に目的を持って単身で渡ってきた、いわゆる「自立している外国人」ではないか!! 彼はドイツ人(重要)だし顔もイケメンだし、真面目だし……。これは運命に違いない!!
 
 こうして彼は、私に即ロックオンされたのでした。

 レッスンは2週間に1回(本当は毎週でも受けたいけど経済的事情で)、恵比寿駅の近くにあるカフェのカウンターで2人、肩を並べて行います。

 レッスン終了後、彼がこんな質問を。

「どこか面白い飲み屋を知らない? 君なら知ってそうだね」

 私は新宿にある友達が働いている小さなバーの話をしてみたら、

「いいね! 今度一緒に行こう! いつがいい?」

 ……なんて返事が!!

 外国人の良いところは、日本人と違って「いつか行こうね!」という社交辞令がないところ。誘いたくない相手には、いっさい話を振らないのです。

 お互い都合の良い日に約束をして、初デートの運びに。運命だと悟った相手から誘われるなんて、これはもう間違いない!

2-2_700

 

 デート当日、私にはひとつの悩みが。それは「Hな雰囲気になった時、“あそこの毛”はどうしておくべきか」。当時の私は外専女子になりたて、外国人のシモ知識も少なく、知っているのは、なんとなくあちらの女性はあそこの毛がないらしい、ということくらい。

 思い切って全剃りなんてしたら、待ってましたと言わんばかりだし、こなれている感満載じゃないか。

 結果、「スーパーナチュラル」(※脱毛用語で「ほぼ全残し」)で行くことに。彼は覚えたての日本語で友達や常連さんに「ワタシハベルリンデ、ウレマシター!」と言い放ち、「生まれましただよね、売られてないよね」などとツッコまれ皆で笑ったりと、とても楽しいらしく、無邪気な彼に私はうっとり。

 そんなうっとりで“スーパーナチュラル”な私と彼は……あっさり新宿駅でお別れ。

 拍子抜けしましたが、「誠実なのね!」と、ますます彼を好きになった私。それからも何度か飲みの誘いがあり、これはもう告白してもOKだろう、と決めたのでした。

 バーのカウンターで肩を並べていい感じ(私だけ)になった頃、私は覚えたてのドイツ語で「私はあなたに、ダーリンになってほしい」と告白。彼は一瞬止まって、「アワワワワ」とうろたえ、ハーっとため息をつき、私にこう言いました。「君はかわいいし面白いし、一緒にいてとても楽しい、けど」

 けど!?

 ……凍りつく私に一言

「トモダチフォーエバー(原文ママ)」

 さらに彼は、「ところで君のドイツ語ちょっと間違ってる」と、私のガタガタなドイツ語のミスまで指摘してくれたのでした……。

 期待で胸がパンパンだっただけに、大ショック。いまだにどうやってうちに帰ったのか覚えていません。

 今考えると、ヘタに男女関係にならず、“トモダチ”として大事にしてくれていたんだな、と彼の誠実さをひしひしと感じます。今となっては……。

 外専女子をやっていて、唯一の良い思い出です。

 ちなみに「フリードリヒ先生、実はゲイ疑惑」がいまだ私の心に渦巻いています。

 

 

(隔週火曜日・次回は4月24日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。