アメフトを見れば、その国の内情がよく分かる!? 国民性を丸裸にする観察映画『ザ・ビッグハウス』

 今、日本で最も注目を集めている競技といえば、アメリカンフットボールで間違いないだろう。日大アメフト部員による悪質タックル事件をめぐる謝罪会見は、既得権にしがみつく指導者たちの保身ぶりと指示に従った部員の純粋さとが、あまりにも対照的だった。旧態依然とした、日本社会の閉鎖性を象徴した事件として語り継がれるに違いない。ドキュメンタリー映画『ザ・ビッグハウス』も、アメフトの本場である米国で盛んなカレッジ・フットボールを題材にしたものだ。アメフトの試合が行なわれるスタジアムを舞台に、世界一の大国であり続ける米国の内情、米国人の国民性を面白いほど浮かび上がらせた内容となっている。

 17人の監督たちがそれぞれカメラを手に、ミシガン大学の名門アメフトチーム“ウルヴァリンズ”のホームグランドであるミシガン・スタジアム、通称“ザ・ビッグハウス”を様々な視点から追っていく本作。10万人を収容する巨大スタジアムを被写体にしたこのドキュメンタリーの中心となったのが、NY在住の想田和弘監督だ。川崎市議員選の舞台裏を映し出した『選挙』(07)、岡山にある小さな精神科診療所の内部を密着取材した『精神』(08)など、ナレーションや効果音をいっさい排したドキュメンタリー手法「観察映画」で国際的に知られている。これまでの観察映画は想田監督がひとりでカメラを回してきたが、観察映画第8弾となる今回は、17台のカメラで10万人以上の観客で溢れ返るスタジアムのダイナミックさを伝えるスケールの大きな作品となっている。従来の観察映画のスタイルを変えた理由を、来日した想田監督はこう語った。

想田「ミシガン大学のマーク・ノーネス教授から、1年間ミシガン大学でドキュメンタリーを教えないかと誘われたんです。それで1年間ミシガン大学にいるのなら、学生たちと一緒にミシガン・スタジアムについてのドキュメンタリーを観察映画の手法で撮ろうと。ミシガン大学のあるアナーバー市の人口はおよそ10万人ですが、ウルヴァリンズの試合がある日は市の人口を上回る11万人もの人たちがスタジアムに集まると知り、いったいどんな状況なんだろうと好奇心に駆られました。学生13人を含む17人でカメラを回し、製作費はミシガン大学が負担と、これまでの僕がやってきた観察映画とは異なる部分もあります。でも観察映画でいちばん大切なことは、事前にストーリーを決めず、監督自身がまず目の前で起きている現象をじっくり見て、そして耳を傾けようということ。その核の部分を守ることが今回の大前提でしたし、編集に大学側が口を出さないことが約束されていたので、みんなと一緒に観察映画をつくることにしました」

 17台のカメラは、それぞれの監督たちの好奇心に応じて、スタジアムの隅々にまで入っていく。ただし、フィールド上で熱戦が繰り広げられているアメフト競技そのものは追わない。スポーツ中継ではなく、あくまでも“ザ・ビッグハウス”についてのドキュメンタリー映画なのだ。肝心の試合内容を映さないにもかかわらず、スタジアム全体が強烈な熱気に覆われている様子を臨場感たっぷりに伝えている。

 パラシュートで降下する海軍特殊部隊の隊員に装着された小型カメラがビッグハウス全体を俯瞰して捉えた迫力あるオープニング映像に続き、国旗掲揚および国家斉唱が始まる。試合開始前から、ビッグハウスは沸騰寸前だ。普段はバラバラで、個人主義のイメージがある米国民だが、10万人を超える人々が国旗や国歌で瞬く間にひとつにまとまっていくシーンには驚きを覚える。

想田「米国は民族も人種もバラバラなので、ひとつにまとまる共通項がない国。逆にいえば、“自分たちは米国人なんだ”という意識だけが共通するもので、それを象徴するのが国旗や国歌であり、ナショナリズムになるわけです。普段はバラバラでも、実は国旗や国歌でパッとまとまる。米国は独立戦争によって誕生した、という歴史的背景もそこにはあると思います。戦争に勝つことによって、国が生まれ、民主主義も手に入れた。戦争や戦うことは、米国人にとっての成功体験であり、国の存立基盤なんです。日本人の意識との大きな違いでしょう。アメフトは戦争を成功体験とする米国人にとって、一種の儀式的な競技とも言えると思います」

 華やかなチアガールや吹奏楽団による応援、熱狂する観客席の様子を映し出す一方、カメラはバックステージへと入っていく。厨房では膨大な量のクラブサンドなどのスナック類が準備されていく。また、スタジアムの外ではストリートミュージシャンやダフ屋がスタジアムへと向かう家族連れに声を掛けている。フィールド上で肉体をぶつけ合っているプレイヤーたちも含め、体を使って働いているのは黒人が多いことに気づかされる。1万円前後するチケットを購入して客席で応援に励むウルヴァリンズのファンは圧倒的に白人が占め、年間670万円を払うVIPルームで観戦しているのは愛校心溢れる白人実業家たちだ。ナレーションやテロップの付いていない観察映画である本作は、観る人の見方によって様々なものを喚起させる。

想田「ミシガン大学は常に世界大学ランキングの20位前後に位置している名門校ですが、私立のスタンフォード大学やハーバード大学とは違って州立大学です。しかし州からの助成金は、一般財源のわずか16%しか受けていません。6割が助成金で賄われている日本の大学とは大きく違うミシガン大学がどのような財政で成り立っているかというと、毎試合10万人以上を動員するウルヴァリンズの収益に加え、卒業生たちからの寄付金なんです。VIPルームの使用料年間670万円も含め、大学卒業後にビジネスで成功を収めた卒業生たちが税金の控除も兼ねて、母校に多額の寄付金を贈ることで、貧困層の学生たちは授業料を免除されて通うことができている。現役の学生も卒業生たちも、大学職員も含め、みんな愛校心がとても強い。そんなミシガン大学のシンボルとしてウルヴァリンズがあるんです。ウルヴァリンズが強いシーズンは寄付金も多いそうです。学生スポーツに頼った大学の経営が健全と言えるかどうかは疑問の余地がありますが、助成金を減らされないよう文部科学省の顔色を気にするだけの日本の大学は、参考にすべき点がいろいろとあるんじゃないでしょうか」

 米国ならではのナショナリズム、マッチョ信仰、社会格差、経済事情など、様々な要素が見えてくる本作。17人の監督たちが撮った多彩な映像は、ディスカッションを重ねた上で、想田監督が中心となって編集し、上映時間119分の映画へとまとめられた。また、撮影が行なわれた2016年秋は大統領選挙の真っただ中でもあり、トランプ大統領にちなんだ幻のエンディングが用意されていたことを想田監督は打ち明けてくれた。

想田「トランプが大統領に当選した直後の試合でしたが、スタジアムの前で反トランプのデモ行進が行なわれていたんです。デモといっても6~7人の女性を中心にしたとても小規模なもので、観戦に向かっていた白人の男性トランプ支持者たちが酔いに任せて、デモ隊に対して卑猥な言葉を浴びせてからかっていました。その様子を僕はたまたま撮っていたので、スタジアムのすぐ外で起きた面白い出来事だと思い、映画のエンディングにしていたんです。実際、かなり強烈なシーンです。ところが、スタジアムをいろんな角度から切り取った『ザ・ビッグハウス』ですが、このシーンを最後にすると全部このシーンに持っていかれてしまうと、17人の監督の間で賛否両論になりました。話し合っても決着がつかず、最後は僕が提案する形で民主主義的に決めようと、多数決をとることにしました。結果、圧倒的に『このエンディングはカット』に票が集まった(苦笑)。ミシガンの人たちにとっては、ビッグハウスはとても神聖な場所なんです。その場所がトランプに汚されるのが我慢ならないという空気も感じました。僕ひとりが監督だったら、このエンディングにしていたと思いますが、民主主義的なやり方で決めたので遺恨はありませんよ(笑)。僕の考えたエンディングは幻となりましたが、決してミシガン大学のプロモーション映像ではない、いろんな発見のある観察映画に仕上がったと思っています。学生たちもドキュメンタリーの理論を学んだだけでなく、実際に映画を責任感持って撮り上げたことで、短期間でものすごい成長を見せてくれました」

 かくして、米国社会の内情を映し出した『ザ・ビッグハウス』は完成した。今年4月より公開中の想田監督の前作『港町』が日本社会の縮図のようなミニマムかつ静謐な世界を描いていただけに、とても対照的な作品となっている。機会があれば、過疎化が進む地方の集落を舞台にした『港町』と『ザ・ビッグハウス』を見比べてほしい。両作を見比べることでの発見もあるだろう。また、世代も国籍も異なる他の映画作家たちとの共同作業を経験したことは、想田監督にとって大きな刺激にもなったようだ。

想田「これまでは一人でカメラを回してきたんですが、ケースによっては大人数でカメラを回すのもいいかなと考えるようになりました。大きなスケールのものには、今後も挑戦してみたいですね。2020年の東京オリンピックも興味あります。もし、東京五輪を撮らせてくれるなら、喜んで撮ります。でも、僕が最終的な編集権を持つという点だけは絶対に譲れませんけどね。それでよければ、ぜひ(笑)」

 想田監督が撮る観察映画はこれからどんな社会を切り取り、新しい発見をもたらせてくれるのか楽しみではないか。
(文=長野辰次)

『ザ・ビッグハウス』
監督・製作・編集/想田和弘
監督・製作/マーク・ノーネス、テリー・サリス
監督/ミシガン大学の映画作家たち
配給/東風 + gneme 6月9日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 
(c)2018 Regents of the university of Michigan
※想田監督の新刊『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』(岩波書店)が発売中。
http://thebighouse-movie.com

カヌー・羽根田卓也に直撃♪ “気になる人”はKAT-TUN・上田とさまぁ~ず・大竹?

 熱心もおっかけもいる、アイドル的人気のリオデジャネイロオリンピックのカヌー・スラロームの銅メダリスト、羽根田卓也選手。

 愛称「ハネタク」の名付け親はマツコ・デラックスだが、その発端となったのは、『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系、2016年6月放送)に寄せられた「『オリンピックでメダルをとれる競技の選手』の友達」と名乗る人物からの以下のような怒りの「投稿メール」だった。

「こんなにメダルに近い選手なのに、どこも彼を取り上げないことに怒りを感じています。まあまあイケメンですし、もっとメディアは食いつくべきです! この投稿をスルーすると、リオのあと後悔すると思います」

 これに対して「なりすましでご本人?」などと、最初は低いテンションだったマツコが、羽根田選手の競技中の映像を見た瞬間、豹変。「可愛い~! なんで今まで気づかなかったんだろう? ハネタクって呼ぼう!」と大いに盛り上がったことから注目を浴びた。しかも、投稿主の宣言通り、実際にリオ五輪ではアジア勢で初の銅メダルを獲得。

 さらに、持ち前の甘いマスクと鍛え抜かれた体に加え、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)をはじめとした数々のバラエティ番組では、自然体でありつつも、柔軟かつ瞬発力あるトーク力を披露。一躍人気者となっていった。メディアに登場するほどにファンは増加し、SNSには「ハネタク女子」なる言葉まで生まれたほどだ。

 そんな羽根田選手が、柳沢慎吾さん、じゅんいちダビッドソンさん、谷花音ちゃんとともに「『明治おいしい牛乳』東京2020オフィシャル牛乳発表イベント」(5月31日開催)の応援ゲストとして登場するという。ぜひ、あのハネタクを一目見たい! というわけで、直撃してきた。

――羽根田選手は、スロバキアを活動拠点にされていますが、日本にいる期間は1年のうちどのくらいなんですか。

羽根田 1年の4分の1くらいですかね。オフシーズンの冬は日本にいることが多いです。

――オフの日の過ごし方は?

羽根田 1週間が「6日間トレーニングをして1日休む」というペースなので、週1回オフがあるんですが、体と心を休めることを一番に心がけているので、なるべく体や心に良いことをしています。僕は個人的にバナナスムージーが好きで、スロバキアでの一人暮らしではミキサーを買って、自分でスムージーを作って飲むこともけっこうあるんですよ。それと、必ず毎日毎朝、 牛乳を飲むようにしていて、トレーニング前や後はもちろん、寝る前にも飲むようにしています。あとは、サウナに行ったり、日本だったら温泉に行ったり。体に良いものがもともと好きで、好物はもずく酢ですね。

――オフの日はなるべくベッドにいたい方だと聞きますが?

羽根田 1日中ベッドにいるわけではないですが、ハイキングに行ったり、1日中買い物をしたりというのは、アスリートのオフの過ごし方として好ましくないとは思っています。お酒も全然飲まないんですよ。お酒の席に出ることは好きなんですけど(笑)。

――テレビやお笑いはお好きなんですか。イベント中、柳沢慎吾さんのネタで、涙を流して笑っていらっしゃいましたね。

羽根田 昔から柳沢慎吾さんが大好きで、テレビでネタをずっと見てきたんです(笑)。実は今日、初対面なんですよ。でも、控え室で、「平馬先輩(中学時代の伝説の先輩)のネタがすごく好きです」と話しかけたら、喜んで下さって、立ち話の状態で延々とネタをやってくれたんですよ!

――すごいサービス精神ですね! 羽根田選手もトークが非常にお上手ですが、そのトーク術はどこで磨かれるんですか?

羽根田 別に磨いていないですよ(笑)。嫌でしょ、カヌーの練習終わった後にトーク磨いていたら(笑)。

――スロバキア流のトークのコツは?

羽根田 スロバキアの方は人見知りというか、恥ずかしがりやが多いので、最初は知らない相手に対して壁を作るんですけど、いったん心を開いてくれるとすごく温かいんです。心を開いてもらうために、僕がまず頑張ったのは、スロバキア語を一生懸命覚えること。高校卒業後に単身でカヌー強豪国のスロバキアに留学したとき、英語があまり得意じゃないコーチと、もっと密にコミュニケーションをとるために、スロバキア語を勉強したんです。そしたら、日本人がスロバキア語を話すのは珍しいので、すごく喜んでもらえたんですよ。

――人との距離を詰めるために心がけていることは?

羽根田 実は、自分も結構な人見知りなので、まず相手のことを知ろうとすることですね。その人が何をしていて、何を頑張っているのかを知って、リスペクトすること。共演するタレントさんのことなども、もちろん事前に調べます。

――ご自身が意識していたり、トークの参考にしたりしているタレントさんはいますか。

羽根田 僕、トンチのきいたことを言う人が好きで。ボソッと面白いことを言うようなタイプ(笑)。例えば、小藪千豊さんなどには学びたいですね。

――ついトークのうまさが気になり、話題が逸れてしまいましたが、本業のカヌーにスカウトしてみたいタレントさんなどは?

羽根田 『炎の体育会TV』(TBS系)で共演したKAT-TUNの上田竜也さん。彼は、運動神経の塊みたいな人ですよね。また、一緒にカヌーをした中で抜群にセンスが良かったのは、さまぁ~ずの大竹一樹さんです。『さまスポ』(テレビ東京)という番組でカヌー対決をしたんですけど、ついマジになっちゃいましたもん。大竹さんは未経験だったんですけど、センスのある人は、ひと漕ぎしただけで水のつかみ方が全然違うので、わかるんですよ。

――大竹さんの年齢からでもカヌーの選手を目指せちゃったりするものですか。

羽根田 もちろん! カヌーは水の流れを読むことや、水に対する感覚を、経験で補える、技術でカバーできる競技なので、50代の選手なども結構いるんですよ。ぜひ本格的に挑戦してみてほしいですね!

 

男女がわかり合うにはどうすべき? 詩人・文月悠光と男の娘・谷琢磨が語る「セクハラ問題」

 史上最年少の18歳で中原中也賞を受賞し、当時は「JK詩人」として一世を風靡した詩人の文月悠光さん。就活経験もなく恋愛経験も未熟で、世間知らずだと自称する文月さんが綴ったエッセイ『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)には、JK詩人と呼ばれたことへの戸惑いをはじめ、セクハラ体験や自身の恋愛体験などが赤裸々に明かされています。今回は、普段から女性の格好で日常生活を送り、「女性の格好をするようになって心が広くなった」と語る、ロックバンド「実験台モルモット」のボーカルでイラストレーターの谷琢磨さんとの対談を実現。2人のジェンダー観や、最近世間を騒がせているセクハラ問題について語ってもらいました。

 子育てはチームなので「手伝う」のではなく「当たり前」

――文月さんはこれまで、谷さんのようにセクシュアリティは男性でありながら、女性の格好をしている男性と、接したことはありますか?

文月悠光さん(以下、文月) セクシュアリティに違和感を持って女性の格好をしている方とは接したことがありますが、谷さんのように、女性の格好を楽しみたくて女装をしてらっしゃる方と接するのは初めてです。

谷琢磨さん(以下、谷) 気づけば7年くらい、女性の格好をしています。もともと女装をしたくて始めたわけではなく、お仕事でロリータブランドの服を着る機会があり、やってみたらまた女装のお仕事をいただけるようになったので、完全にビジネスから入りました(笑)。入り口は仕事でしたが、毎日自撮りをしてブログを更新するとなると、常にこの格好をしていなきゃならない。その結果、この格好でいることが当たり前になっちゃったんです。

文月 疲れませんか?

 それが疲れないんです。この自分でいるのが、すごく自然体になってしまって。

文月 自然なことなんですね。なんだか羨ましくなってきちゃいました(笑)。

――谷さんは1歳半の娘さんがいらっしゃるとのことですが、今、育児が大変な時期なのではないでしょうか?

 早朝に娘の往復ビンタで文字通り叩き起こされるので、寝不足です(笑)。昔は地毛のロングヘアだったのですが、娘に引っ張られて抜けてしまうので、バッサリと切り、最近はウィッグをつけています。

文月 けっこう子育てには参加されているのですか?

 そうですね。嫁とはある程度役割分担していて、一緒に育てている感じです。僕は仕事もあるので、仕事の合間にいったん帰って娘をお風呂に入れて、また仕事に出かけるということもあります。

文月 すごい! しっかり分担されているんですね。

――最近は、少し育児に参加しただけで「イクメン」と呼ぶ傾向が嫌だという女性もいますよね。

 そうなんですか。少しでもやったほうが、お母さんは助かると思いますけどね。でも、「手伝う」という意識でやるといけない気がします。手伝っているわけではなく、育てるのはお父さんもお母さんも同じなので、「当たり前」という感じでしょうか。

 でも、自発的にそういう考え方が生まれたというより、自分が育ってきた環境や、お世話になった事務所に教え込まれたことがバックボーンにあるのかもしれません。仕事でも家庭でもそうですが、チームでやっているのだから、「手伝う」という概念でやるのはよくないと言われてきました。「手伝う」という意識では、外部的になっちゃいますから。

――文月さんは著書の中で、コミュニケーションに関してコンプレックスがあると告白されていますよね。谷さんは、何かコンプレックスはありますか?

 ありまくりです! そもそも、コンプレックスの塊が、この女装姿に表れているというか。僕、足のサイズが23cmしかないんです。男性の格好をしていた頃は、自分に合うサイズの靴を探すのも大変でした。社会が求める男性像から自分がかけ離れていたので、それに対して当時はコンプレックスを抱えていました。

 でもあるとき、自分のダメな部分や嫌な部分も磨いていこうと思いました。自分の嫌な部分が前面に出ているのが、今の女装という形なのだと思います。結局、万人に好かれようと頑張るわけではなく、とてもニッチなところで、自分が嫌いな部分を好きになってくれる人がいるんです。そこを伸ばしていく選択肢を採りました。

文月 社会から押し付けられた男性像に乗れない男性たちは、実は多いと思います。それに対する違和感を大半の人は押し殺したり、女性への嫌悪感(ミソジニー)に転じて怒りを女性にぶつけたりする人もいると思うんです。でも、谷さんの場合、嫌われてもいいから少ない人に自分を理解してもらおうと自分を作り変えた。とても強い生き方だなと。

――文月さんは前作のエッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)で、セクハラを受けたことを綴っていて、今回の書籍でもまた、セクハラについて書かれています。昨年末から#MeToo運動が起こり、福田淳一前事務次官のセクハラ問題と、それにまつわる麻生太郎財務相の問題発言も話題です。なぜ最近こんなにセクハラ問題が起こっているのか、お二人はどう考えますか?

 やはり、セクハラを受けた側が、どんどん言えるようになってきているということですよね。

文月 でも、口を開けるようになってきたからこそ、難しさを感じます。本当はどういう立場であっても「これ、おかしいよね」と言えるのが健全だと思うんです。実際には、被害を受けた側が攻撃されることも多いですし、(告発に対する)受け入れ体制ができている人ばかりではないところに生身で飛び込んでいくのは危険すぎるのではないかと、心配になりますね。

 また、男性側からは#MeTooしにくい面もあり、非対称だなと思います。福田前次官に対して女性記者が告発することができたのは、「同じことを繰り返させてはならない」という使命感のようなものが強かったのだろうと思います。でも、勇気ある行動を取ったにもかかわらず、福田前次官はセクハラの存在自体認めようとしなかった。そこまで女性の心を踏みにじるのか、とあぜんとしてしまいました。二次被害も深刻ですが、今は過渡期なのだと思い、慎重に見守りたいです。

――谷さんは女装をしていて、セクハラや痴漢に遭うことはありませんか?

 痴漢には、ものすごく遭いますね。加害者の中には、男性だとわかっていてやっている人も多いと聞きます。女装仲間と話し合った結果、我々は少し珍しい生き物なので、性的な意味合いではなく、遊園地の着ぐるみを触る感覚で触っているのではないかという結論に至りました。

文月 えっ! それも、ある種の暴力に思えますが……。好奇心によるものですかね?

 好奇心はあるのだと思います。また、男性は女性に比べて、触られることに対してそこまで抵抗のない方が多いのだと思います。

文月 男性は、自分の体と性的な意味が、あまり結びついていないということですか?

 みんながそうとは限りませんが、触られることに関しては性的な意味合いを感じていない男性も多いと思います。だから、結局セクハラ問題も、訴えられる側に男性が多いのはそういう面があるからかと。逆のパターンで女性が男性に対してセクハラをしているというのもあるのではないでしょうか?

文月 たくさんあると思います。

 だけど、男性が告発する案件が少ないのは、それを不快と感じている男性が少ないのかもしれないですよね。

文月 あと、不快だと感じていても、言い出せない土壌があるのかもしれません。同世代の男性から、女性にセクハラを受けたという話を個人的に聞いたことがありました。でも、それを#MeTooできるような空気ではないですよね。

――「童貞はいじってもいい」という雰囲気もそうですよね。

文月 社会の権力構造上は、男性のほうが優位なのに、男性の身体に対して世間の扱いが雑な部分があるのかなと。そういうことを男性はどうのみ込んでいるのだろうという点は気になっています。何も感じていない、疑問に思っていない人が大半なのでしょうか。

 性別という意味合いで分けると、男性って何も行動しないと何も起きないんですよね。女性は男性から良くも悪くもアプローチを受けたり、女性がメイクやファッションで自分を美しく見せることで惹きつけられたりする男性もいます。でも、男性は基本すっぴんだし、女性ほど髪形やファッションのバリエーションがない。行動を起こさないと何も起こらないというのが、自分が男性の格好をしていたときの感想です。積極的な人間ではなかったので、ナンパもできないし、女性に声をかけることもなかったです。

 誤解を受けるかもしれませんが、女性からはセクハラと捉えられても、男性にとっては女性へのコミュニケーションだと思ってやっていて、もしかすると本人は悪気のないパターンもあるでしょうね。

文月 それは非常に多いと思います。

 だから、行動を起こさないと何も起きないという悩みを抱えている男性もたくさんいます。女性の格好をするようになってから、自分は「男性」というものに縛られていたことに気づきました。

――男性と女性がわかり合うには、どうすればいいのでしょう?

 これは多分、わかり合えないから、人類は繁栄しているんですよね。お互いが理解し合える立ち位置だと、興味を持てなくなるというか。

文月 でも、「わからない」って大事だと思います。「わかるでしょ?」と思った途端に、甘えが生じる部分がありそうです。体の仕組みが違う以上、根本的なところを理解してもらうのは難しい。その了解がある上で、じゃあどうやって自分の生きづらさや要望を伝えていくか、というところが重要だと思います。

 そうですね。男性と女性の生活スタイルに差がある以上は、お互いわかり合えないですよね。異性に対する理解は深まらないと思うので、女性がすっぴんで街を歩いて何も起こらない日常を味わったり、男性もスカートをはいて痴漢に遭遇して嫌な思いをしたり、それぞれが男性・女性の生活を体験する日を1日設けたほうがいいと思う(笑)。

 女性は身だしなみからして、男性よりも時間とお金を使っているし、それが気持ちの面で自分に与えている影響はとても大きいです。逆に、男性は寝坊をしたとしても、布団から出て、着替えるだけで外に出られるという日常が、女性にはわからないでしょうし。

文月 そうして互いの立場を体験して、気持ちの部分も含めて理解できれば、異性に対してモヤモヤすることは減る気がしますね。
(姫野桂)

文月悠光(ふづき・ゆみ)
詩人。1991年北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少で受賞。詩集に『屋根よりも深々と』(同)、『わたしたちの猫』(ナナロク社)。最近では、エッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)が若い世代を中心に話題に。NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、書評の執筆、詩作の講座を開くなど、幅広く活動中。

谷琢磨(たに・たくま)
切ナ色歌謡ロックバンド「実験台モルモット」コエ担当。女装モデル、タレント、絵描きとして活動。『バイキング』(フジテレビ系)女装コンテスト優勝。『お願い!ランキング』(テレビ朝日系)ゲスト出演。

男女がわかり合うにはどうすべき? 詩人・文月悠光と男の娘・谷琢磨が語る「セクハラ問題」

 史上最年少の18歳で中原中也賞を受賞し、当時は「JK詩人」として一世を風靡した詩人の文月悠光さん。就活経験もなく恋愛経験も未熟で、世間知らずだと自称する文月さんが綴ったエッセイ『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)には、JK詩人と呼ばれたことへの戸惑いをはじめ、セクハラ体験や自身の恋愛体験などが赤裸々に明かされています。今回は、普段から女性の格好で日常生活を送り、「女性の格好をするようになって心が広くなった」と語る、ロックバンド「実験台モルモット」のボーカルでイラストレーターの谷琢磨さんとの対談を実現。2人のジェンダー観や、最近世間を騒がせているセクハラ問題について語ってもらいました。

 子育てはチームなので「手伝う」のではなく「当たり前」

――文月さんはこれまで、谷さんのようにセクシュアリティは男性でありながら、女性の格好をしている男性と、接したことはありますか?

文月悠光さん(以下、文月) セクシュアリティに違和感を持って女性の格好をしている方とは接したことがありますが、谷さんのように、女性の格好を楽しみたくて女装をしてらっしゃる方と接するのは初めてです。

谷琢磨さん(以下、谷) 気づけば7年くらい、女性の格好をしています。もともと女装をしたくて始めたわけではなく、お仕事でロリータブランドの服を着る機会があり、やってみたらまた女装のお仕事をいただけるようになったので、完全にビジネスから入りました(笑)。入り口は仕事でしたが、毎日自撮りをしてブログを更新するとなると、常にこの格好をしていなきゃならない。その結果、この格好でいることが当たり前になっちゃったんです。

文月 疲れませんか?

 それが疲れないんです。この自分でいるのが、すごく自然体になってしまって。

文月 自然なことなんですね。なんだか羨ましくなってきちゃいました(笑)。

――谷さんは1歳半の娘さんがいらっしゃるとのことですが、今、育児が大変な時期なのではないでしょうか?

 早朝に娘の往復ビンタで文字通り叩き起こされるので、寝不足です(笑)。昔は地毛のロングヘアだったのですが、娘に引っ張られて抜けてしまうので、バッサリと切り、最近はウィッグをつけています。

文月 けっこう子育てには参加されているのですか?

 そうですね。嫁とはある程度役割分担していて、一緒に育てている感じです。僕は仕事もあるので、仕事の合間にいったん帰って娘をお風呂に入れて、また仕事に出かけるということもあります。

文月 すごい! しっかり分担されているんですね。

――最近は、少し育児に参加しただけで「イクメン」と呼ぶ傾向が嫌だという女性もいますよね。

 そうなんですか。少しでもやったほうが、お母さんは助かると思いますけどね。でも、「手伝う」という意識でやるといけない気がします。手伝っているわけではなく、育てるのはお父さんもお母さんも同じなので、「当たり前」という感じでしょうか。

 でも、自発的にそういう考え方が生まれたというより、自分が育ってきた環境や、お世話になった事務所に教え込まれたことがバックボーンにあるのかもしれません。仕事でも家庭でもそうですが、チームでやっているのだから、「手伝う」という概念でやるのはよくないと言われてきました。「手伝う」という意識では、外部的になっちゃいますから。

――文月さんは著書の中で、コミュニケーションに関してコンプレックスがあると告白されていますよね。谷さんは、何かコンプレックスはありますか?

 ありまくりです! そもそも、コンプレックスの塊が、この女装姿に表れているというか。僕、足のサイズが23cmしかないんです。男性の格好をしていた頃は、自分に合うサイズの靴を探すのも大変でした。社会が求める男性像から自分がかけ離れていたので、それに対して当時はコンプレックスを抱えていました。

 でもあるとき、自分のダメな部分や嫌な部分も磨いていこうと思いました。自分の嫌な部分が前面に出ているのが、今の女装という形なのだと思います。結局、万人に好かれようと頑張るわけではなく、とてもニッチなところで、自分が嫌いな部分を好きになってくれる人がいるんです。そこを伸ばしていく選択肢を採りました。

文月 社会から押し付けられた男性像に乗れない男性たちは、実は多いと思います。それに対する違和感を大半の人は押し殺したり、女性への嫌悪感(ミソジニー)に転じて怒りを女性にぶつけたりする人もいると思うんです。でも、谷さんの場合、嫌われてもいいから少ない人に自分を理解してもらおうと自分を作り変えた。とても強い生き方だなと。

――文月さんは前作のエッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)で、セクハラを受けたことを綴っていて、今回の書籍でもまた、セクハラについて書かれています。昨年末から#MeToo運動が起こり、福田淳一前事務次官のセクハラ問題と、それにまつわる麻生太郎財務相の問題発言も話題です。なぜ最近こんなにセクハラ問題が起こっているのか、お二人はどう考えますか?

 やはり、セクハラを受けた側が、どんどん言えるようになってきているということですよね。

文月 でも、口を開けるようになってきたからこそ、難しさを感じます。本当はどういう立場であっても「これ、おかしいよね」と言えるのが健全だと思うんです。実際には、被害を受けた側が攻撃されることも多いですし、(告発に対する)受け入れ体制ができている人ばかりではないところに生身で飛び込んでいくのは危険すぎるのではないかと、心配になりますね。

 また、男性側からは#MeTooしにくい面もあり、非対称だなと思います。福田前次官に対して女性記者が告発することができたのは、「同じことを繰り返させてはならない」という使命感のようなものが強かったのだろうと思います。でも、勇気ある行動を取ったにもかかわらず、福田前次官はセクハラの存在自体認めようとしなかった。そこまで女性の心を踏みにじるのか、とあぜんとしてしまいました。二次被害も深刻ですが、今は過渡期なのだと思い、慎重に見守りたいです。

――谷さんは女装をしていて、セクハラや痴漢に遭うことはありませんか?

 痴漢には、ものすごく遭いますね。加害者の中には、男性だとわかっていてやっている人も多いと聞きます。女装仲間と話し合った結果、我々は少し珍しい生き物なので、性的な意味合いではなく、遊園地の着ぐるみを触る感覚で触っているのではないかという結論に至りました。

文月 えっ! それも、ある種の暴力に思えますが……。好奇心によるものですかね?

 好奇心はあるのだと思います。また、男性は女性に比べて、触られることに対してそこまで抵抗のない方が多いのだと思います。

文月 男性は、自分の体と性的な意味が、あまり結びついていないということですか?

 みんながそうとは限りませんが、触られることに関しては性的な意味合いを感じていない男性も多いと思います。だから、結局セクハラ問題も、訴えられる側に男性が多いのはそういう面があるからかと。逆のパターンで女性が男性に対してセクハラをしているというのもあるのではないでしょうか?

文月 たくさんあると思います。

 だけど、男性が告発する案件が少ないのは、それを不快と感じている男性が少ないのかもしれないですよね。

文月 あと、不快だと感じていても、言い出せない土壌があるのかもしれません。同世代の男性から、女性にセクハラを受けたという話を個人的に聞いたことがありました。でも、それを#MeTooできるような空気ではないですよね。

――「童貞はいじってもいい」という雰囲気もそうですよね。

文月 社会の権力構造上は、男性のほうが優位なのに、男性の身体に対して世間の扱いが雑な部分があるのかなと。そういうことを男性はどうのみ込んでいるのだろうという点は気になっています。何も感じていない、疑問に思っていない人が大半なのでしょうか。

 性別という意味合いで分けると、男性って何も行動しないと何も起きないんですよね。女性は男性から良くも悪くもアプローチを受けたり、女性がメイクやファッションで自分を美しく見せることで惹きつけられたりする男性もいます。でも、男性は基本すっぴんだし、女性ほど髪形やファッションのバリエーションがない。行動を起こさないと何も起こらないというのが、自分が男性の格好をしていたときの感想です。積極的な人間ではなかったので、ナンパもできないし、女性に声をかけることもなかったです。

 誤解を受けるかもしれませんが、女性からはセクハラと捉えられても、男性にとっては女性へのコミュニケーションだと思ってやっていて、もしかすると本人は悪気のないパターンもあるでしょうね。

文月 それは非常に多いと思います。

 だから、行動を起こさないと何も起きないという悩みを抱えている男性もたくさんいます。女性の格好をするようになってから、自分は「男性」というものに縛られていたことに気づきました。

――男性と女性がわかり合うには、どうすればいいのでしょう?

 これは多分、わかり合えないから、人類は繁栄しているんですよね。お互いが理解し合える立ち位置だと、興味を持てなくなるというか。

文月 でも、「わからない」って大事だと思います。「わかるでしょ?」と思った途端に、甘えが生じる部分がありそうです。体の仕組みが違う以上、根本的なところを理解してもらうのは難しい。その了解がある上で、じゃあどうやって自分の生きづらさや要望を伝えていくか、というところが重要だと思います。

 そうですね。男性と女性の生活スタイルに差がある以上は、お互いわかり合えないですよね。異性に対する理解は深まらないと思うので、女性がすっぴんで街を歩いて何も起こらない日常を味わったり、男性もスカートをはいて痴漢に遭遇して嫌な思いをしたり、それぞれが男性・女性の生活を体験する日を1日設けたほうがいいと思う(笑)。

 女性は身だしなみからして、男性よりも時間とお金を使っているし、それが気持ちの面で自分に与えている影響はとても大きいです。逆に、男性は寝坊をしたとしても、布団から出て、着替えるだけで外に出られるという日常が、女性にはわからないでしょうし。

文月 そうして互いの立場を体験して、気持ちの部分も含めて理解できれば、異性に対してモヤモヤすることは減る気がしますね。
(姫野桂)

文月悠光(ふづき・ゆみ)
詩人。1991年北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少で受賞。詩集に『屋根よりも深々と』(同)、『わたしたちの猫』(ナナロク社)。最近では、エッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)が若い世代を中心に話題に。NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、書評の執筆、詩作の講座を開くなど、幅広く活動中。

谷琢磨(たに・たくま)
切ナ色歌謡ロックバンド「実験台モルモット」コエ担当。女装モデル、タレント、絵描きとして活動。『バイキング』(フジテレビ系)女装コンテスト優勝。『お願い!ランキング』(テレビ朝日系)ゲスト出演。

NEWS・小山慶一郎は、なぜパリピを卒業できない? 臨床心理士が“未成熟さ”を分析

 未成年女性との飲酒報道を受け、芸能活動の自粛を発表したNEWS・小山慶一郎。5月末、インターネット上に、小山が未成年女性らと飲酒し、さらに飲酒を強要するという音声データが流出、同席した加藤シゲアキともども世間から問題視され、このことを重く見たジャニーズ事務所は、各メディアにFAXを送付し、両名は女性が未成年であることを知らなかったとしつつも、小山に「活動自粛」、加藤には「厳重注意」の処分を科した。

 NEWSファンからは、今回の騒動ならびに小山への活動自粛の処分にさまざまな声が出ており、小山を擁護し未成年女性を非難する者もいれば、適切な処分と納得する者、また小山の未熟さを嘆く者もいるが、皆一様に、音声データの内容に関しては、大きなショックを受けているようだ。

 この問題となった音声を聞くと、小山は「K(※同席女性の実名)ターゲット! Kターゲット! Kターゲット! 飲み干せ! はいはいはい!」「M(※同席女性の実名)が飲んでない! Mが飲んでない! 3、3、2、2、1、1せーの!」という、数種類のコールによって飲酒を煽っていることから、ファンの間では「パリピ音声」「ランチキ音声」などと呼ばれることに。小山が34歳であることから、「いい年して、こんなパリピ飲み会やってるのが引く」「20代前半じゃあるまいに、いつまでパリピやってるの?」とガッカリするファンも少なくなかった。

 パリピは、世間一般的に、パーティーやイベント、クラブなどで大騒ぎしている者を指す言葉として知られ、「チャラい」「派手」「刹那的」といったイメージも付与されている。また『パリピ経済 パーティーピープルが市場を動かす』(新潮新書)の著者である博報堂若者研究所・原田曜平氏は、「今を全力で楽しむ人たち」とも定義。こうしたイメージから、「パリピ=若者」という印象を持つ者が大半だと思われるが、なぜ小山は、34歳という社会的に成熟した年齢になっても、“パリピ”を卒業できないのか。その心理を探るために、神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士の杉山崇氏に聞いた。

 まず杉山氏は、「現在、『パリピ』は、“騒いでハメを外している人”という意味合いになっていると思うのですが……」という前提の上で、「人間はみんなパリピなんですよね」と語る。

「心理学的には、パリピのような状態を『退行している』といいます。皆さん、赤ちゃんの頃は、“自分のやりたいように騒いでいた”と思うんですが、そのマインドって、実は大人になっても心のどこかにずっと残り続けているんですよね。ただ、『退行しやすい人』『退行しにくい人』がいるのは確かです」

 退行しやすい人は、一言で言うと“未成熟な人”だという。

「この未成熟な人というのは、3つのベクトルに分かれます。1つ目が、『自覚のない人』で、自分のアイデンティティがしっかりしていない、例えば『自分はアイドルなんだから、そのように振る舞わなければいけない』という自覚が弱い人です。2つ目が、『協調性のない人』で、ここで言う協調性とは “仲間と仲良くする”ではなく、“人や社会に協力する”という意味合い。騒いだら社会の迷惑なのにハメを外してしまうわけですが、それを社会的協調性がないと言います。3つ目が、『大きなロマンがない人』。大きな夢や目標を持ち、それが達成されることで『世界は良くなる』と思う……そういった心理を“自己超越性”と言うのですが、大きな夢や目標がなく、自己超越性のない人は、目先の快楽に流されやすい特徴があるんです。この3つのベクトルが全て欠けていると、退行しやすくなります」

 こういった退行しやすい人は、「小山さんには当てはまらないと思いますが……プライベートだけでなく仕事の場においても、場当たり的で、自分さえよければいい、目の前のモノ的欲求に惑わされる、機嫌が悪いという特徴があるんです。いつもそんな感じなので、あまり人から信頼されず、仕事ができないケースが多い」という。

 これらの特徴に小山が当てはまるかどうかは、一概に判断しかねるものの、杉山氏は、小山の騒動を見て「批判されすぎるのは、ややかわいそうな気もします」という。

「アイドルは、人を楽しくするという仕事ですが、自分が楽しくなければ、見ている人も楽しくならないんです。それだけに小山さんも、ああいったノリになったのかもしれません。もしくは、リーダーとしてちょっと疲れたんですかね。NEWSはこれまでに何人もの脱退者を出し、そのことを小山さん自身がテレビで涙ながらに語ることもあったと聞きましたが、悲劇を背負い続けなければいけないのも大変だと思います」

 ファンがNEWSに対して、“悲劇を乗り越えた”というドラマ性を抱き続けているとすれば、「小山さんが“悲劇のグループのリーダー”という役割に疲れ果て、ハメを外してしまった……という可能性はあるかもしれませんね」。

 普段、固い仕事をしている人物が、その役割から解放され、“悪いパリピ化”をしてしまうことは、一般的に珍しくなく、年齢問わず起こり得ることのようだ。

「小山さんは、『34歳なのになぜパリピを卒業できない』などと言われていたそうですが、こういう人は、おじさんでもいますよね。普段、無理をしていればしているほど、『退行して楽になりたい』という気持ちが強くなり、ハメの外し方が激しくなってしまうことはあるかなと思います」

 アイドルとニュースキャスターという二足のわらじを履く小山。感じている重圧は、確かに一般人からは計り知れないのかもしれない。しかし、未成年女性に飲酒を強要したこと、そしてファンを失望させたことに変わりはない。これから小山は芸能活動自粛に入るが、その期間に、己をどう見つめ直すのか、見守っていきたい。

薬物依存者の「見た目激変」は嘘八百!? 医師が「薬物タレントの外見変化」真相を明かす

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 芸能界やスポーツ界など、著名人の薬物逮捕者が出ると、世間が特に注目するのが、その“外見”ではないだろうか。

 薬物依存になると、外見が変化する――そんな昔からある薬物のイメージを、さらに世間に強く印象付けたのが、2010年、神奈川県横浜市中区にて、コカインをポリ袋に入れて所持していたことが発覚し、現行犯逮捕された田代まさしだろう。ニュース番組で盛んに報じられた田代は、激やせして頬がげっそりとこけ、目元がくぼみ、頭髪も薄くなって、顔色も悪いといった容貌で、多くの人々が、「薬物のせいでボロボロになった」「薬物は怖すぎる」「『それとも人間やめますか?』って本当なんだ」などと驚きの声を上げたのだ。

 このように、薬物逮捕された著名人の外見は、薬物の恐ろしさを世間へ視覚的にダイレクトに伝えるものとなっているが、その一方で、見た目がまったく変わらない人物もいる。例えば、09年に覚せい剤取締法違反(使用、所持)で起訴された酒井法子は逮捕時、「以前と見た目が違う」といったことはなく、現在では「怪物級の美魔女」として、アラフィフらしからぬ若々しいルックスを称賛されているのだ。

 薬物で見た目が激変する人と、まったく変わらない人がいるのはなぜなのか? その疑問を解決すべく、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長の松本俊彦先生に取材を行うと、開口一番「薬物で見た目が変わるというのは、あまりあてになりません」と、話を始めてくれた。

 薬物使用で見た目は変わらない――取材開始早々、意外な事実が明るみとなったが、松本先生は、世間にはびこる“勘違い”を解説してくれた。

「確かに薬物によって外見が変わるというイメージは強く、昔、文部科学省による高校生の『薬物乱用防止啓発ポスターコンクール』の審査員をしたとき、みんな目が落ち窪んで、頬がこけているゾンビのような絵を描いていました。しかし、そういう薬物依存者は本当に重篤な、それこそ“死ぬ直前”の人にくらいしかいないのではないでしょうか。それに、田代まさしさんが逮捕されたときの“げっそりした顔の写真”がよくネットに出回っていますが、あの顔と薬物との因果関係はわかりません。もしかすると、別の事情で体調を崩していた可能性もあります。クスリを使うと不摂生になって、顔がちょっと疲れて見えるというのはあるかもしれませんが、個人差があります。少なくとも誰もが明らかに見た目が変わることはありません。それにクスリを使っていなくても、顔が疲れている人は普通にいますよね」

 松本先生いわく、「例えば、若者に薬物を勧める薬物依存者というのは、ちょっとイケてる年上のお兄さんのような外見の印象なんです。だからみんな、『ああ、クスリをやっても大丈夫なんだ』と思ってしまうわけです」とのこと。確かに、薬物依存者の外見が病的であれば、誘われても手を出さない人が大半なのかもしれない。

「外見は本当に人それぞれなんです。他者から見て『ちゃんとしているな』という場合はクスリを使っているときで、『普段よりちょっとヨレているな、やつれているな』という場合はクスリを使うのを我慢しているときなんて人も結構います。もちろん、重篤な人は見た目が変わる場合もありますが、そこまでいくのはごく一部。見た目だけではクスリを使っているかどうかはわからないし、だからこそ逮捕されたときに『まさかあの人が』と驚くんです」

 世間では、こんなウワサも蔓延している。16年に覚せい剤で逮捕された、元プロ野球選手の清原和博と俳優の高知東生は、「色黒で眼光が鋭い」という共通点があり、ネット上では、これらもまた、薬物依存者の特徴的な見た目だとささやかれていたが……。

「じゃあ、酒井法子さんが色黒だったか、眼光が鋭かったかという話です。色黒というのは、薬物の影響ではなく、日焼けサロンに行くことを好むカルチャー圏の人たちが、たまたまクスリに近いところにいるというのが真相なのではないかと思っています」

 松本先生の話によると、一部ネット上でウワサされている「やつれた顔や体を隠すために色黒にしている」という説も「患者さんからそんな話は聞いたことがないです」とのこと。また、薬物を使用すると、体を虫が這いずり回る感覚を覚えるため、皮膚を引っ掻き回してしまい、それを隠すために焼いているという説もあるが、「確かに重篤なコカイン乱用者ではそうした症状が出ることが知られていますが、めったに出る症状ではありません。覚せい剤でもそういった症状が出る人もいますが、かなり重症な人です」。コカインといえば、15年に逮捕された女優・高部あいが思い浮かぶが、逮捕時の彼女は肌が白く、見た目に何の違和感もなかった。

「覚せい剤を使用している状態の時にはテンションが高くベラベラしゃべるというのは、確かにその通り。瞳孔が開いて目がキラキラして見える、目が大きく見える、また汗ばんで肌がテカッているというのも特徴ですが、薬物を使用していない人でも、こういった状態になる人は珍しくありませんよね。あと、ろれつが回らないともよく言われていますが、むしろ覚せい剤を使うと、早口になり、滑舌がよくなります。ろれつが回らないのは、恐らく覚せい剤で上がったテンションを抑えるために、医者からもらった安定剤を飲んでいたり、あるいは覚せい剤の効果が切れて虚脱しているような場合ではないでしょうか。そもそも最も、見た目によって『この人、使ってるな』とわかる薬物は、アルコールですよ。僕は、アルコールはれっきとした薬物だと思っていて、アルコールは覚せい剤なんかよりはるかに脳みそが縮むし、内臓障害も深刻で、覚せい剤よりマシなのは、幻覚が出てこないということくらいです」

 ではなぜ、これほどまでに、「薬物=見た目が変わる」というイメージが広まってしまったのだろうか。松本先生は、薬物が広まった背景をひもときながら、次のような見解を示してくれた。

「クスリというと、反社会的な人物が手を染めるものと考えられているかもしれませんが、第二次世界大戦後の日本では、新聞記者や文化人たちもクスリを使っていて、作家の坂口安吾さんや織田作之助さんがヒロポン注射をよく打っていたというのも有名な話。その後、薬物が違法化されたことにより、反社会的な生育歴を持つ人が薬物を使用するようになっていったという流れなんです。昭和50年代頃には、そういった反社会的な人物が、クスリの影響というより、その人の元々の性格によって、凶悪事件を多数起こしたことでクスリも社会問題になり、また、そうした人物がより多くの人をハメようと、濃度を高め、依存性を強めた薬物を世に広めようとしていました。日本民間放送連盟(民放連)が『覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?』というCMを流し始めたのも、ちょうどその頃。覚せい剤撲滅のために、クスリがいかに恐怖なのかというのを知らしめようとしたのだと思いますが、マスメディアがそのベタなイメージを深く考えずに今も使っているのが、『薬物=見た目が変わる』という印象を強めてしまったのかなと考えます」

 バブルがはじけた直後から90年代半ば頃には、一般人の間にも覚せい剤が広がり、「推測ですが、ここ数年で逮捕された芸能人たちは、その頃にクスリを始めたのでは。そういう人たちは、反社会的な人物ではないから、凶悪事件を起こさない。でもクスリをやめるのは難しくて、結果、捕まったのかなと感じています」。

 また、松本先生は、薬物は見た目を激変させるというのが、薬物使用者への偏見や差別を増長させるのではないかと、危惧しているそうだ。

「芸能人が薬物逮捕された際、マスメディアが、見た目の変化をことさらに指摘し、『薬物依存者はモンスター』というイメージを強調させているのではないでしょうか。薬物乱用防止のための啓発かもしれませんが、一方で、薬物依存症リハビリ施設『ダルク』の設立反対運動が市民の間で起こっているという話を聞くと、差別や偏見を増長させ、治療を目指す薬物依存者を孤立させているのではないかと感じてしまうんです。マスメディアの報道の仕方も考えていかなければいけませんね」

 最後に、「『見た目は変わらないからクスリをやっても大丈夫』と訴えたいわけではなく、かと言って『見た目は変わらないけれど、逆にこんな恐ろしさがある』と、ことさらに恐怖を煽りたいわけではない」と語った松本先生。「違法薬物に手を出してはいけない」という啓発とともに、薬物にまつわる正しい知識を世間に周知させることの重要性を実感させられた。

松本俊彦(まつもと・としひこ)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業後、国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事。『よくわかるSMARPP―あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)など著書多数。

薬物依存者の「見た目激変」は嘘八百!? 医師が「薬物タレントの外見変化」真相を明かす

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 芸能界やスポーツ界など、著名人の薬物逮捕者が出ると、世間が特に注目するのが、その“外見”ではないだろうか。

 薬物依存になると、外見が変化する――そんな昔からある薬物のイメージを、さらに世間に強く印象付けたのが、2010年、神奈川県横浜市中区にて、コカインをポリ袋に入れて所持していたことが発覚し、現行犯逮捕された田代まさしだろう。ニュース番組で盛んに報じられた田代は、激やせして頬がげっそりとこけ、目元がくぼみ、頭髪も薄くなって、顔色も悪いといった容貌で、多くの人々が、「薬物のせいでボロボロになった」「薬物は怖すぎる」「『それとも人間やめますか?』って本当なんだ」などと驚きの声を上げたのだ。

 このように、薬物逮捕された著名人の外見は、薬物の恐ろしさを世間へ視覚的にダイレクトに伝えるものとなっているが、その一方で、見た目がまったく変わらない人物もいる。例えば、09年に覚せい剤取締法違反(使用、所持)で起訴された酒井法子は逮捕時、「以前と見た目が違う」といったことはなく、現在では「怪物級の美魔女」として、アラフィフらしからぬ若々しいルックスを称賛されているのだ。

 薬物で見た目が激変する人と、まったく変わらない人がいるのはなぜなのか? その疑問を解決すべく、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長の松本俊彦先生に取材を行うと、開口一番「薬物で見た目が変わるというのは、あまりあてになりません」と、話を始めてくれた。

 薬物使用で見た目は変わらない――取材開始早々、意外な事実が明るみとなったが、松本先生は、世間にはびこる“勘違い”を解説してくれた。

「確かに薬物によって外見が変わるというイメージは強く、昔、文部科学省による高校生の『薬物乱用防止啓発ポスターコンクール』の審査員をしたとき、みんな目が落ち窪んで、頬がこけているゾンビのような絵を描いていました。しかし、そういう薬物依存者は本当に重篤な、それこそ“死ぬ直前”の人にくらいしかいないのではないでしょうか。それに、田代まさしさんが逮捕されたときの“げっそりした顔の写真”がよくネットに出回っていますが、あの顔と薬物との因果関係はわかりません。もしかすると、別の事情で体調を崩していた可能性もあります。クスリを使うと不摂生になって、顔がちょっと疲れて見えるというのはあるかもしれませんが、個人差があります。少なくとも誰もが明らかに見た目が変わることはありません。それにクスリを使っていなくても、顔が疲れている人は普通にいますよね」

 松本先生いわく、「例えば、若者に薬物を勧める薬物依存者というのは、ちょっとイケてる年上のお兄さんのような外見の印象なんです。だからみんな、『ああ、クスリをやっても大丈夫なんだ』と思ってしまうわけです」とのこと。確かに、薬物依存者の外見が病的であれば、誘われても手を出さない人が大半なのかもしれない。

「外見は本当に人それぞれなんです。他者から見て『ちゃんとしているな』という場合はクスリを使っているときで、『普段よりちょっとヨレているな、やつれているな』という場合はクスリを使うのを我慢しているときなんて人も結構います。もちろん、重篤な人は見た目が変わる場合もありますが、そこまでいくのはごく一部。見た目だけではクスリを使っているかどうかはわからないし、だからこそ逮捕されたときに『まさかあの人が』と驚くんです」

 世間では、こんなウワサも蔓延している。16年に覚せい剤で逮捕された、元プロ野球選手の清原和博と俳優の高知東生は、「色黒で眼光が鋭い」という共通点があり、ネット上では、これらもまた、薬物依存者の特徴的な見た目だとささやかれていたが……。

「じゃあ、酒井法子さんが色黒だったか、眼光が鋭かったかという話です。色黒というのは、薬物の影響ではなく、日焼けサロンに行くことを好むカルチャー圏の人たちが、たまたまクスリに近いところにいるというのが真相なのではないかと思っています」

 松本先生の話によると、一部ネット上でウワサされている「やつれた顔や体を隠すために色黒にしている」という説も「患者さんからそんな話は聞いたことがないです」とのこと。また、薬物を使用すると、体を虫が這いずり回る感覚を覚えるため、皮膚を引っ掻き回してしまい、それを隠すために焼いているという説もあるが、「確かに重篤なコカイン乱用者ではそうした症状が出ることが知られていますが、めったに出る症状ではありません。覚せい剤でもそういった症状が出る人もいますが、かなり重症な人です」。コカインといえば、15年に逮捕された女優・高部あいが思い浮かぶが、逮捕時の彼女は肌が白く、見た目に何の違和感もなかった。

「覚せい剤を使用している状態の時にはテンションが高くベラベラしゃべるというのは、確かにその通り。瞳孔が開いて目がキラキラして見える、目が大きく見える、また汗ばんで肌がテカッているというのも特徴ですが、薬物を使用していない人でも、こういった状態になる人は珍しくありませんよね。あと、ろれつが回らないともよく言われていますが、むしろ覚せい剤を使うと、早口になり、滑舌がよくなります。ろれつが回らないのは、恐らく覚せい剤で上がったテンションを抑えるために、医者からもらった安定剤を飲んでいたり、あるいは覚せい剤の効果が切れて虚脱しているような場合ではないでしょうか。そもそも最も、見た目によって『この人、使ってるな』とわかる薬物は、アルコールですよ。僕は、アルコールはれっきとした薬物だと思っていて、アルコールは覚せい剤なんかよりはるかに脳みそが縮むし、内臓障害も深刻で、覚せい剤よりマシなのは、幻覚が出てこないということくらいです」

 ではなぜ、これほどまでに、「薬物=見た目が変わる」というイメージが広まってしまったのだろうか。松本先生は、薬物が広まった背景をひもときながら、次のような見解を示してくれた。

「クスリというと、反社会的な人物が手を染めるものと考えられているかもしれませんが、第二次世界大戦後の日本では、新聞記者や文化人たちもクスリを使っていて、作家の坂口安吾さんや織田作之助さんがヒロポン注射をよく打っていたというのも有名な話。その後、薬物が違法化されたことにより、反社会的な生育歴を持つ人が薬物を使用するようになっていったという流れなんです。昭和50年代頃には、そういった反社会的な人物が、クスリの影響というより、その人の元々の性格によって、凶悪事件を多数起こしたことでクスリも社会問題になり、また、そうした人物がより多くの人をハメようと、濃度を高め、依存性を強めた薬物を世に広めようとしていました。日本民間放送連盟(民放連)が『覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?』というCMを流し始めたのも、ちょうどその頃。覚せい剤撲滅のために、クスリがいかに恐怖なのかというのを知らしめようとしたのだと思いますが、マスメディアがそのベタなイメージを深く考えずに今も使っているのが、『薬物=見た目が変わる』という印象を強めてしまったのかなと考えます」

 バブルがはじけた直後から90年代半ば頃には、一般人の間にも覚せい剤が広がり、「推測ですが、ここ数年で逮捕された芸能人たちは、その頃にクスリを始めたのでは。そういう人たちは、反社会的な人物ではないから、凶悪事件を起こさない。でもクスリをやめるのは難しくて、結果、捕まったのかなと感じています」。

 また、松本先生は、薬物は見た目を激変させるというのが、薬物使用者への偏見や差別を増長させるのではないかと、危惧しているそうだ。

「芸能人が薬物逮捕された際、マスメディアが、見た目の変化をことさらに指摘し、『薬物依存者はモンスター』というイメージを強調させているのではないでしょうか。薬物乱用防止のための啓発かもしれませんが、一方で、薬物依存症リハビリ施設『ダルク』の設立反対運動が市民の間で起こっているという話を聞くと、差別や偏見を増長させ、治療を目指す薬物依存者を孤立させているのではないかと感じてしまうんです。マスメディアの報道の仕方も考えていかなければいけませんね」

 最後に、「『見た目は変わらないからクスリをやっても大丈夫』と訴えたいわけではなく、かと言って『見た目は変わらないけれど、逆にこんな恐ろしさがある』と、ことさらに恐怖を煽りたいわけではない」と語った松本先生。「違法薬物に手を出してはいけない」という啓発とともに、薬物にまつわる正しい知識を世間に周知させることの重要性を実感させられた。

松本俊彦(まつもと・としひこ)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業後、国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事。『よくわかるSMARPP―あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)など著書多数。

流行の「はしか」、大人が重症化する理由とは? 女性がするべき予防法

 ゴールデンウィーク前後から流行が騒がれている「はしか」。3月の沖縄での感染報告を中心に患者が急増したのち、現在は愛知県や東京都などで感染例が報告されている。はしかは、子どもに比べて大人のほうが重症化しやすいといわれ、特に妊娠中の発症は流産などのさまざまなリスクがあるという。そこで、大人の「はしか」が重症化しやすい理由や、その予防策などについて医師に聞いた。

■例年の5倍超え! 2018年に猛威をふるう「はしか」

 各地ではしかの感染報告が寄せられている今、なぜ全国的に流行しているのだろうか。

「今回の大流行のはじまりは、沖縄に来た台湾人旅行者でした。それを皮切りに、沖縄県内で感染が広まってしまった理由のひとつは、春休みと時期が重なった点にあります。はしかウイルスは、インフルエンザウイルスの約10倍の感染力があるので、最初の感染者が観光客として巡った先々で拡散していった可能性も高いです」

 そう話すのは、MYメディカルクリニック院長・笹倉渉氏。また、笹倉氏によれば、はしかの初期症状は風邪と酷似しているため、診断が遅れた可能性もあるという。

 先日、沖縄では新たな感染報告がなく終息に向かっているという発表があったが、ゴールデンウィーク前後に流行のピークを迎えた同県では、旅行のキャンセルが相次ぎ、多額の損害が出た。

「沖縄の場合、一極に人が集中する場所があまりなかったことが不幸中の幸いです。やはり、空気感染が広がりやすい環境は人混みなので、東京のように人がたくさん集まる場所や電車利用者が多い地域の場合は、さらに感染が広がる可能性があります」(同)

■39度以上の高熱で命の危険も

 国立感染症研究所の報告によれば、もっとも多く感染しているのは30〜39歳の32%、次いで20〜29歳で24%(2018年5月16日現在)。いわゆる成人層が多く発症していることがわかっている。北青山Dクリニック院長・阿保義久氏によると、大人のはしかは重症化しやすく、入院するケースも少なくないという。

「この年齢層の人がはしかに感染すると、10日前後で発熱や咳、鼻水など風邪に似た症状があり、その状態が2〜3日続いたのち38〜39度以上の高熱と発疹があらわれます。はしかの高熱による苦痛は命の危険を感じるほど重症化することがあり、そのうち40%ほどの患者が入院を余儀なくされます」

 高齢者など、免疫力が低下している場合は中耳炎や肺炎、脳炎に進展して1000人に1人が死に至るとても怖い病なのだ。また、妊娠中の女性は流産のリスクもあるため、さらに注意が必要になるという。

「妊娠中にかかると、流産や早産をきたす可能性があります。妊娠中は予防接種を受けることができないので、ワクチン接種を受けたことがなかったり、はしかにかかった経験がないという妊婦さんは、現在のような流行時には外出を控え、人混みを避けるようにしてください」(同)

 はしかは非常に感染力が強く、免疫がない場合は100%発症する、と阿保氏。感染者のくしゃみや咳で飛び散ったウイルスによって感染する飛沫感染や、空気中にあるはしかウイルスを吸い込んでの感染など、人から人へと難なく感染していくという。

 では、重症化しやすい大人と比べて、子どもの場合は軽い症状で済むのだろうか。

「たしかに、一般的には大人のほうが重症化しやすいといわれています。仮説ではありますが、子どもと大人の免疫システムの違いが症状の重さに影響しているのではないか、と推測されます。ただし、子どもが発症した場合も、高熱が出て命にかかわることがあるので、油断は禁物です」(同)

 患者の年齢にかかわらず、重症化を防ぐには発症後の対応や治療がポイントとなるそう。はしかには、特異的な治療薬がないため、症状が出てからは解熱剤の適正利用が基本的な治療法となるようだ。

「はしかの感染が疑われる場合は、病院に行き、速やかに免疫グロブリン製剤を投与すれば症状を抑えられる可能性がありますが、免疫力が極めて低い患者が対象となるので、あまり現実的とはいえない治療法です。医療機関では症状に応じた対処療法薬を利用します。38度以上の高熱時には解熱剤を処方されることが多いのですが、解熱剤で熱を下げすぎると、免疫力が低下し回復が遅れてしまいます。免疫力を高めるためには、解熱剤の適正利用を心がけてください」(同)

 発熱時の体温は37〜38度程度の適度な高熱を維持するのが理想とのこと。ツラいからといって、やみくもに熱を下げてはならないようだ。また、高熱で汗をかいたときの水分補給や、おかゆ、うどんなど消化によい食事をする、といった通常の発熱時と同じ対応のほかに、部屋の温度や湿度にも気を配る必要があるそう。

「室温は20〜25度、湿度50〜60%が適切な環境です。また、発汗後の衣服はこまめに交換しましょう。もちろん、外出はせず、はしかにかかったことのない人や予防接種を受けていない人との接触は避けてください。感染を広げない工夫が必要です」(同)

 周囲に感染する期間は、症状が発生する1日前(発疹出現の3〜5日前)から、発疹消失後4日前後まで(解熱後3日程度)とされている。症状発生前は難しいかもしれないが、少なくとも発熱後の外出は避ける必要がありそうだ。

「発疹が消失して4日ほど経過し、かつ解熱後3日がたてば完治といえるでしょう。ちなみに、発熱、発疹などの主症状は7〜10日で回復しますが、免疫力が回復するには1カ月ほど要すると考えられています」(同)

 笹倉氏によれば、医療機関によっては待合室感染を防ぐために、はしかの疑いがある患者の診察を受け付けていないケースもあるそうなので、事前の連絡は必須だ。

■はしかのワクチン接種が、沈静化のカギ

 感染力が強く、つらい症状に悩まされるはしか。未然に防ぐには、2回のワクチン接種による免疫強化が有効な対策になるという。

「はしかの予防接種によって95%以上の人には免疫がつき、発症を抑えることができます。はしか流行時には人混みを避け、日頃から十分な睡眠や適度な運動、バランスのとれた食事を摂るなどの免疫力を下げない習慣をつけることも大切ですが、現実的に難しい人も多いはず。はしか対策はワクチン接種が最善策といえます」(阿保氏)

 平成2年4月2日以降に生まれた人は、小学校入学前までに合計2回のワクチン接種を受けるように勧められているが、それよりも前に生まれた人が受けた、はしかの定期接種は1回のみ。

 現在、日本ではしかにかかっている20代後半〜30代は、はしかに感染した経験がなく、ワクチンの定期接種も1回のみという人がほとんど。流行している年齢層の傾向とも合致しているようだ。

「成人でも予防接種を受けることは可能です。ワクチン接種の回数が少なければ、はしかに対する免疫は弱くなるので、一度もはしかにかかったことがない人は、予防接種を受ける必要があります。はしか対策は、まず発症の予防をすることが重要です」(同)

 予防接種をしても、10年ほどたつとはしかの免疫が低下するともいわれているので、自分に免疫があるかどうかわからない場合は、医療機関ではしかの血液検査を受けることもできるとのこと。

「実は、妊娠可能女性の場合は、各自治体によって風疹とはしかの混合ワクチンを指すMRワクチンを無料、もしくは助成金の補助を受けられる制度があります。ぜひそうした制度をうまく活用して、はしかに備えましょう」(前出・笹倉氏)

 また、多くの人が予防接種を受けることで、日本でのはしかの大流行は防げる、と笹倉氏。今後、はしかの流行はさらに拡大するのか、沈静化に向かうのか……大人たちの“予防意識”がそのカギを握っている。
(真島加代/清談社)

阿保義久(あぼ・よしひさ)
1993年東京大学医学部卒業。その後東京大学医学部附属病院第一外科、腫瘍外科、血管外科などの勤務を経て、2000年に北青山Dクリニックを開設。『尊厳あるがん治療 CDC6 RNAi療法』(医学舎)、『下肢静脈瘤が消えていく食事』(マキノ出版)など著書多数。
北青山Dクリニック

笹倉渉(ささくら・わたる)
私立藤田保険衛生大学医学部を卒業後、東京慈恵会医科大学付属病院麻酔科助教、北部地区医師会病院麻酔科科長などの勤務を経て、2016年9月にMYメディカルクリニックを開設。クリニックでは内科・外科を担当し「安心・癒し・快適」なクリニックづくりを目指す。
MYメディカルクリニック

流行の「はしか」、大人が重症化する理由とは? 女性がするべき予防法

 ゴールデンウィーク前後から流行が騒がれている「はしか」。3月の沖縄での感染報告を中心に患者が急増したのち、現在は愛知県や東京都などで感染例が報告されている。はしかは、子どもに比べて大人のほうが重症化しやすいといわれ、特に妊娠中の発症は流産などのさまざまなリスクがあるという。そこで、大人の「はしか」が重症化しやすい理由や、その予防策などについて医師に聞いた。

■例年の5倍超え! 2018年に猛威をふるう「はしか」

 各地ではしかの感染報告が寄せられている今、なぜ全国的に流行しているのだろうか。

「今回の大流行のはじまりは、沖縄に来た台湾人旅行者でした。それを皮切りに、沖縄県内で感染が広まってしまった理由のひとつは、春休みと時期が重なった点にあります。はしかウイルスは、インフルエンザウイルスの約10倍の感染力があるので、最初の感染者が観光客として巡った先々で拡散していった可能性も高いです」

 そう話すのは、MYメディカルクリニック院長・笹倉渉氏。また、笹倉氏によれば、はしかの初期症状は風邪と酷似しているため、診断が遅れた可能性もあるという。

 先日、沖縄では新たな感染報告がなく終息に向かっているという発表があったが、ゴールデンウィーク前後に流行のピークを迎えた同県では、旅行のキャンセルが相次ぎ、多額の損害が出た。

「沖縄の場合、一極に人が集中する場所があまりなかったことが不幸中の幸いです。やはり、空気感染が広がりやすい環境は人混みなので、東京のように人がたくさん集まる場所や電車利用者が多い地域の場合は、さらに感染が広がる可能性があります」(同)

■39度以上の高熱で命の危険も

 国立感染症研究所の報告によれば、もっとも多く感染しているのは30〜39歳の32%、次いで20〜29歳で24%(2018年5月16日現在)。いわゆる成人層が多く発症していることがわかっている。北青山Dクリニック院長・阿保義久氏によると、大人のはしかは重症化しやすく、入院するケースも少なくないという。

「この年齢層の人がはしかに感染すると、10日前後で発熱や咳、鼻水など風邪に似た症状があり、その状態が2〜3日続いたのち38〜39度以上の高熱と発疹があらわれます。はしかの高熱による苦痛は命の危険を感じるほど重症化することがあり、そのうち40%ほどの患者が入院を余儀なくされます」

 高齢者など、免疫力が低下している場合は中耳炎や肺炎、脳炎に進展して1000人に1人が死に至るとても怖い病なのだ。また、妊娠中の女性は流産のリスクもあるため、さらに注意が必要になるという。

「妊娠中にかかると、流産や早産をきたす可能性があります。妊娠中は予防接種を受けることができないので、ワクチン接種を受けたことがなかったり、はしかにかかった経験がないという妊婦さんは、現在のような流行時には外出を控え、人混みを避けるようにしてください」(同)

 はしかは非常に感染力が強く、免疫がない場合は100%発症する、と阿保氏。感染者のくしゃみや咳で飛び散ったウイルスによって感染する飛沫感染や、空気中にあるはしかウイルスを吸い込んでの感染など、人から人へと難なく感染していくという。

 では、重症化しやすい大人と比べて、子どもの場合は軽い症状で済むのだろうか。

「たしかに、一般的には大人のほうが重症化しやすいといわれています。仮説ではありますが、子どもと大人の免疫システムの違いが症状の重さに影響しているのではないか、と推測されます。ただし、子どもが発症した場合も、高熱が出て命にかかわることがあるので、油断は禁物です」(同)

 患者の年齢にかかわらず、重症化を防ぐには発症後の対応や治療がポイントとなるそう。はしかには、特異的な治療薬がないため、症状が出てからは解熱剤の適正利用が基本的な治療法となるようだ。

「はしかの感染が疑われる場合は、病院に行き、速やかに免疫グロブリン製剤を投与すれば症状を抑えられる可能性がありますが、免疫力が極めて低い患者が対象となるので、あまり現実的とはいえない治療法です。医療機関では症状に応じた対処療法薬を利用します。38度以上の高熱時には解熱剤を処方されることが多いのですが、解熱剤で熱を下げすぎると、免疫力が低下し回復が遅れてしまいます。免疫力を高めるためには、解熱剤の適正利用を心がけてください」(同)

 発熱時の体温は37〜38度程度の適度な高熱を維持するのが理想とのこと。ツラいからといって、やみくもに熱を下げてはならないようだ。また、高熱で汗をかいたときの水分補給や、おかゆ、うどんなど消化によい食事をする、といった通常の発熱時と同じ対応のほかに、部屋の温度や湿度にも気を配る必要があるそう。

「室温は20〜25度、湿度50〜60%が適切な環境です。また、発汗後の衣服はこまめに交換しましょう。もちろん、外出はせず、はしかにかかったことのない人や予防接種を受けていない人との接触は避けてください。感染を広げない工夫が必要です」(同)

 周囲に感染する期間は、症状が発生する1日前(発疹出現の3〜5日前)から、発疹消失後4日前後まで(解熱後3日程度)とされている。症状発生前は難しいかもしれないが、少なくとも発熱後の外出は避ける必要がありそうだ。

「発疹が消失して4日ほど経過し、かつ解熱後3日がたてば完治といえるでしょう。ちなみに、発熱、発疹などの主症状は7〜10日で回復しますが、免疫力が回復するには1カ月ほど要すると考えられています」(同)

 笹倉氏によれば、医療機関によっては待合室感染を防ぐために、はしかの疑いがある患者の診察を受け付けていないケースもあるそうなので、事前の連絡は必須だ。

■はしかのワクチン接種が、沈静化のカギ

 感染力が強く、つらい症状に悩まされるはしか。未然に防ぐには、2回のワクチン接種による免疫強化が有効な対策になるという。

「はしかの予防接種によって95%以上の人には免疫がつき、発症を抑えることができます。はしか流行時には人混みを避け、日頃から十分な睡眠や適度な運動、バランスのとれた食事を摂るなどの免疫力を下げない習慣をつけることも大切ですが、現実的に難しい人も多いはず。はしか対策はワクチン接種が最善策といえます」(阿保氏)

 平成2年4月2日以降に生まれた人は、小学校入学前までに合計2回のワクチン接種を受けるように勧められているが、それよりも前に生まれた人が受けた、はしかの定期接種は1回のみ。

 現在、日本ではしかにかかっている20代後半〜30代は、はしかに感染した経験がなく、ワクチンの定期接種も1回のみという人がほとんど。流行している年齢層の傾向とも合致しているようだ。

「成人でも予防接種を受けることは可能です。ワクチン接種の回数が少なければ、はしかに対する免疫は弱くなるので、一度もはしかにかかったことがない人は、予防接種を受ける必要があります。はしか対策は、まず発症の予防をすることが重要です」(同)

 予防接種をしても、10年ほどたつとはしかの免疫が低下するともいわれているので、自分に免疫があるかどうかわからない場合は、医療機関ではしかの血液検査を受けることもできるとのこと。

「実は、妊娠可能女性の場合は、各自治体によって風疹とはしかの混合ワクチンを指すMRワクチンを無料、もしくは助成金の補助を受けられる制度があります。ぜひそうした制度をうまく活用して、はしかに備えましょう」(前出・笹倉氏)

 また、多くの人が予防接種を受けることで、日本でのはしかの大流行は防げる、と笹倉氏。今後、はしかの流行はさらに拡大するのか、沈静化に向かうのか……大人たちの“予防意識”がそのカギを握っている。
(真島加代/清談社)

阿保義久(あぼ・よしひさ)
1993年東京大学医学部卒業。その後東京大学医学部附属病院第一外科、腫瘍外科、血管外科などの勤務を経て、2000年に北青山Dクリニックを開設。『尊厳あるがん治療 CDC6 RNAi療法』(医学舎)、『下肢静脈瘤が消えていく食事』(マキノ出版)など著書多数。
北青山Dクリニック

笹倉渉(ささくら・わたる)
私立藤田保険衛生大学医学部を卒業後、東京慈恵会医科大学付属病院麻酔科助教、北部地区医師会病院麻酔科科長などの勤務を経て、2016年9月にMYメディカルクリニックを開設。クリニックでは内科・外科を担当し「安心・癒し・快適」なクリニックづくりを目指す。
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浮浪者が寝顔にオシッコ、父は援交で逮捕!? 「ほぼ路上」で暮らした13歳の“楽しい日常”

 家庭内DV当たり前の壮絶な家から、母親&兄妹と“昼逃げ”した先は、通行人と目が合う吹きっさらしの“ほぼ路上”だった――。

 連載がスタートするや、たちまち話題となった実録漫画『ほとんど路上生活』。6月2日に単行本(小学館刊)が発売された作者の川路智代さんに、その濃厚な数年間を伺った。なぜしばらくDVから逃げなかったのか。なぜ“ほぼ路上”に住み続けることができたのか。学校には通えたのか。これだけハードな生活を送っていてなぜ、病まずに生きていけたのか。平成末期とは思えぬ、驚きのサバイバル・ライフとは。

 

――この漫画を描くに至ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

川路智代さん(以下、川路) 現担当編集さんに創作漫画を持ち込んだ際、「エッセイコミックは描けますか?」と言われたんです。そこで、自分の人生で何か面白いことはあったかなと思い返してみると、「そういえば中学生の頃、4年間だけ“ほぼ路上”に住んでいたなあ」と思い出したんです。それまで、すっぽりと忘れていましたから。

――それは、「忘れるほどたいしたことなかった」ということですか?

川路 そうですね。客観的には壮絶ですが、楽しかったので。

 川路さんが当時暮らしたのは、母親の実家であった魚屋に併設した宴会場。「客がいないから」と川路さん一家4人の住まいとなったが……。ドアがないため、外を歩く通行人と目が合う。天敵、虫や雨風との攻防戦。そして、寝顔に小便をかけてくるおじさんや、羽交い締めしてくるおじさんなど、侵入する不審者との戦い。数々のサバイバルを、川路さんは経験したのだ。しかしそうした暮らしを、笑顔で「楽しかった」と回想する。

 

川路 不思議なもので、人間って楽しい記憶ほど忘れちゃうし、思い出すことはないようで。一方で、宴会場に住む以前に暮らしていた実家での嫌な記憶は、嫌というほど残っています。

――実家は田舎の資産家で、祖父母、両親、兄妹と暮らしていたんですよね。物心ついて以降、覚えている記憶はどんなものですか?

川路 4、5歳頃ですかね、当時から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描いていたことを覚えています。父親は、子どもが苦手だったのか、風呂から出た妹を唐突にスリッパで叩きまくるなどしていました。一方、祖母のほうは、子どもに対してはすごく優しくて、私のことも可愛がってくれていたように思います。

だけどある時、私が家の受話器をいたずらしたことで、祖父にぶん殴られて大泣きしたことがあったんです。すると兄が、祖母に連れられ、真剣な表情で私の前にやってきまして、おもむろに正座をして「智ちゃんは、殴られていないよ」と言ってきました。訳がわからないまま「なんで? 殴られたよ?」と返すと、「いや、殴られてないよ」と……。理解できず、パニックに陥りましたね。

――祖父に殴られたはずなのに、兄が来て、しかも殴られた事実を否定したんですか? 

川路 はい、今思えば、祖母は祖父をかばうために、兄に口裏を合わせるよう強要したのだと思います。当時は子どもでしたから、兄も大人の言うことを聞くしかなかったんでしょう。結構、ごちゃごちゃした内情の家でした。

――ですが、そうした“つらさ”などを感じさせない明るい作風です。当時は、「こんなつらい生活、嫌だ」とふさぎ込んでいたんでしょうか?

川路 いえ、つらいことはつらかったけど、そんなふうには思いませんでした。比較対象がなかったし、子どもって、自分がいる環境を受け入れる能力が長けているように思います。私はあの家で、それが当たり前のように育ったので。今でこそ「DV」という言葉を使っていますが、私にとっては「しつけ」でしたしね。祖父も父も、荒ぶっていましたね。

 作中、遺産相続で祖父と父が言い争う声を聞くシーンや、母や兄、妹が顔中にあざを作っている描写もある。祖父はまさに「荒ぶる」という言葉どおり粗暴なイメージを想起させる一方、父は違う。作中では、いつも表情の変わらぬ薄ら笑いを浮かべ、見方によっては可愛くも見えてくる「熊」として描かれている。

 

川路 これまでは父親の顔を忘れかけていたのですが、この漫画を描くにあたり思い出したんですよ。本当にあの絵のままの顔。喜怒哀楽がなくて、何を考えているのかまったくわからない不気味な人でした。顔は優しくて、とても暴力を振るうようには見えないし。

――作中では一切ありませんでしたが、父親らしいことをしてもらった記憶はありますか?

川路 ひとつだけあります。とある年の節分の日、四つんばいになった父の背中に私が馬乗りになり、手のひらに乗せた豆を父の口の前に差し出すと、食べてくれました。今考えれば、すっごい気持ち悪いんですけど(笑)。

――異常な家庭環境は、隠そうと思っても他人から見ると違和感を覚えることがあるかと思います。当時通っていた保育所や幼稚園の先生には、何か指摘されなかったんでしょうか?

川路 記憶にないですね。指摘されても、母親が必死にごまかしていたんだと思います。とにかく人の世話にならないように。

 父と結婚した母に降りかかったのは、まさに苦行だった。喜怒哀楽もなく会話もない夫。荒ぶる祖父。立つことが困難な曽祖父の介護を平然と押し付け、人一倍資産に執着する祖母。母は文句ひとつなく、自分の実家に泣きつくことなく、日々を真摯に生きた。子どもたちが生まれてからも、苦行を一手に背負い続けた。

 

川路 母のそういう話は、最近初めて聞いたんです。母も私と同じで、宴会場での記憶はないのに、嫌なことは本当によく覚えているんですよ。10時間以上話していましたが、それでも足りなそうなほどでした。

――祖父母や父の、母に対する仕打ちは、とても十数年前のエピソードだとは思えぬほどです。

川路 田舎ですからね~。たしかにあそこは簡単には逃げられそうにないです。すごく狭いコミュニティで、噂で成り立っている場所で、身動きが取れなかったんでしょうね。

――祖母の自殺の動機はなんだったのでしょうか?

川路 父には兄弟がいましたが、家系なのか、父含めほとんど働いていませんでした。それに、代々、女遊びと金遣いだけは荒かったそうで。曽曽祖父くらいかな、彼は女学校に出向き、「このなかで一番計算の早い娘を出してくれ」と言い、その子と結婚し、仕事をすべて任せたそうです。祖母も祖母なりに、何か悩み続けていたことがあったんだと思います。

 父もパチンコ狂いとして描かれ、働くそぶりは一切みせない。母と兄妹が家を出てからも、風俗店へ行ったり、女子高生と援助交際をし逮捕にまで至っている。そのおかげで晴れて両親が離婚できることになり、登場人物全員が歓喜に包まれた。

川路 家にいたときも、父が女の人の香水の匂いをさせて帰ってくることがありましたが、当時のことを母は、「本当にどうでもよかった。生きることに精一杯だったから」と振り返っていました。

――「生きることに精一杯」、たしかに日々の苦行がありすぎて、“死なずに生きる”だけでも相当なエネルギーを使う環境です。一方で宴会場での暮らしも、「生きることに精一杯=サバイバル」といった印象を受けます。たとえば、不審者が侵入し羽交い締めにしてきたり……。

川路 漫画に描いた人々をはじめ、動物の鳴きマネをするおばさんや、必ず外でうんちをしてしまうおじさんなど、町の顔として慣れ親しんでいたので、実は特に気にしていませんでした。「治安が悪いなあ」と思う程度で(笑)。一度、頭のしっかりした空き巣が侵入したことがあったそうで、母とカチ合うと、「○○さん家かと思いました」と言ったそう。母は腹が立って追い出したと話していましたが、いや警察呼べよ、と(笑)。あと、早朝、ホームレスの人に鍋を盗まれたことがありました。あれは朝ごはんが作れず最悪でしたね! その後裁判所から、裁判に出るか否かの電話がありましたが、母は「鍋ひとつで恥ずかしいから」と断っていました。

 宴会場での出来事を、笑顔まじりで話す川路さん。ふと気づくのは、彼女は当時、中学生だったということ。が、作中でもインタビュー中でも、学校でのエピソードがない。そう、川路さんは、学校には通っていなかったのだ。

川路 中学校には、1年生のとき最初の2、3カ月だけ行き、嫌になって行かなくなりました。転校生ということもあり浮いてしまったのと、もともと集団行動が苦手だったし、家で絵を描いている方が楽しかったから、母にそれを許してもらったんです。

――どんな生活をしていたんですか? 1日のスケジュールは?

川路 朝はみんなと一緒に起きて家のことを手伝い、妹の着替えなどをし、学校へ行く兄と妹を見送ってからは、家で絵を描いてすごしたり。外に出るときは、ローカルスーパーや、夜仕事の母が動物園に連れていってくれたりもしました。「絵を描くためには、いろいろなものを見ておいたほうがいいでしょう」と、貧乏なりに楽しんでいましたね。で、夕方には同級生が帰宅するので、家にこもっていました。

――一般的な母親は、義務教育は無理をしてでも行かせがちです。が、川路さんの母は、好きなことを積極的に学ばせてくれたんですね。

川路 普通はあり得ないですけどね。小さい頃から「漫画家になる」と言っていたようで、そのつもりでいてくれたみたいです。それに、中学校の校長先生がいい人で、絵の先生でもあったようで、たまに会いに行き一緒にデッサンをしていました。

――壮絶な幼少期を経験したからには、思春期にはリストカットなどをするなど病みそうなものですが、そうした段階は経ていないんですね。

川路 母がとにかく強く、病まないタイプなので、辛抱できたのかもしれません。あとは、父の血も入っているからかなあ。顔にナメクジが這っていてもなんとも思わないような人だから、私もそんな感じなのかもしれません。私はリストカットなど、自分を傷つけることも、薬を飲んだことも一度もないんです。リストカットに対しては、「血がすごく出るし、痛そう。でもやっちゃうってことは、痛くないのかな」と思うくらいの凡人の発想です。とにかく環境に恵まれていたんだと思います。

――宴会場での一連の経験がもたらしたものはありますか?

川路 「人間って優しいんだなあ」と知ることができたことでしょうか。実家では、家族といえど他人だったし、人間関係でこじれまくっていたから。宴会場では、私が絵を描いていると路上から話しかけてくれる優しい人がいたり。学校は行きませんでしたが、その分ほかの楽しさがありました。

 あとは、他人への偏見を持たないようになりました。どれだけ変な人でも、「その人にはその人の人生があるから」と思えて、気に留めないようになりました。自分だっていつどうなるかわからないし、「変人」だと思われる人生が、自分にはすごく身近に感じられます。なぜかというと、私には私の人生があって、その青春時代の思い出を「普通ではない」とみなさんに楽しんでいただけているからです。

――だから、不審者に対しても親しみを込めて話されるんですね。最後に、この漫画をどんな人に読んでほしく、どう感じてほしいですか?

川路 理想としては、小学生や中学生など、子どもに読んでもらいたいです。小さいうちから、「いろいろな人生を経験している人がいるんだ」というのを知っておいたほうがお得だぞ、と。そうすることで、世の中にある偏見を取っ払ってほしい。もし、子どもを持つ読者さんがいましたら、ぜひ読ませてあげてほしいと思います。

(文=有山千春)

 

<プロフィール>

川路智代(かわじ・ともよ)
日本画+少女漫画の表現技法を追求する漫画家。本作がデビュー作。
無料コミック・小説投稿サイト『エブリスタ』で『ほとんど路上生活』を連載中。
同作の単行本は6月2日、全国書店で発売。