あのモンスターに一体なにが……!? ジャイアント白田「体調不良説」を本人に直撃!

 大食い番組全盛時代、フードバトルでモンスターと恐れられた男、ジャイアント白田。なぜか今、定期的に「体調不良説」「失踪説」などが降って湧く男でもある。

 先日放送された『水曜日のダウンタン』(TBS系)の「テレビに食べ物が映ったら同じもの食わなきゃいけない生活、フードファイターなら24時間ギリ達成出来る説」でも、途中でギブアップするなど、全盛期の活躍ぶりからはほど遠いふがいなさをお茶の間に見せてしまった。

「大食い」というジャンルに命を懸けて取り組んできた男は、いま何に命を懸けているのか? そして、かつてのモンスターに現在の大食い界の実情はどのように映っているのか? ジャイアント白田と、日本の大食い界の現在地を探る――。

***

――今、一般の人からタレントさんまで、いわゆる「フードファイター」ではない人たちがYouTubeなどで大食い動画を配信するのが流行していますが、白田さんはレジェンドとして、そのような昨今の流れをどのように見ていらっしゃいますか?

ジャイアント白田(以下、白田) いや、フードファイターたちも、たとえば正司(優子)さんやロシアン佐藤さん、アンジェラ佐藤さんなんかも動画撮ったりしてるんじゃないかなぁ。あと、僕なんかよりずっとレジェンドの魔女・赤阪(尊子)さん、彼女もやってるみたいな話聞きますよ。

――フードファイターの方々も、活動の場所をテレビからネットに移してるということですか?

白田 そうですねぇ。その筆頭株が木下ゆうかちゃんじゃないかな。テレ東の大食い選手権では優勝経験がないのに、YouTubeでは大ブレークして。というか、単純に今、テレビで大食いの番組や大会って、ほどんどないじゃないですか。

――そうなんです。寂しいんですよ。

白田 大会がない中で、変な話、大食いで食ってくって大変じゃないですか。僕が現役でバリバリにやってた頃って、有名になりたくてやっていたわけじゃなくて、大会で優勝することが目的だったんですよ。みんなで切磋琢磨して、レベルもどんどん上がっていって、それがすごく楽しかったんですけど、一時期から大食いっていうジャンルを足掛かりにしてちょっと顔を売りたいなみたいな、大食いから有名になりたいという人が増えていった印象はあります。

――タレント化していった。

白田 そうですね。タレント志望みたいな感じで大食いに足つっこんでくる人が増えたかなとは思う。これは言っていいかわからないですけど(笑)。

――白田さんの感覚は、そうではなかったんですね。

白田 小林尊くんと当時よく話してたのは「もっともっとフードファイターをアスリート化して、それこそオリンピックの競技に入れるみたいな勢いで、競技として世の中に広めていきたいよね」って。

――なるほど、今の流れとはまったく違いますね。

白田 僕は今の現役の子たちのことをそこまで知らないからわからないですけど、見てる印象としてはアスリートとして自分の限界に挑んでいくとか、大会に向けて自分のパフォーマンスを上げていくとか、そういう意識の面ではそこまでギラギラしたものは感じないかなぁ。

――白田さんご自身がユーチューバーとして稼ぐことに興味はないですか?

白田 ゆうかちゃんの話聞くと「すごいないいな」って思うことはありますけど(笑)、僕はやろうと思ったことはないですね。まず頻繁に動画を上げ続ける、頻繁に大食いをし続けるっていうことが僕の性分には合ってないというか。僕は大会に照準を絞って胃を鍛えていくタイプだから。

――アスリートですね。

白田 それと年齢も年齢だから、(YouTubeで大食いは)やろうとは思わないですね。

――白田さんも全盛期の頃は相当、体を酷使されてきたと思うんですけど……。

白田 ものすごい酷使しました(笑)。

――40代目前になって、体調の変化を感じていますか?

白田 体調の変化というか、やっぱり現役当時から感じていたことではあるんですけど、年々「量を食べたい」っていう欲求ってなくなってくるんです。とはいえ職業柄、胃に入れてナンボ、胃を広げてナンボみたいなことを求められるので、やらなきゃいけない。でも、量を食べたいモチベーションはどんどん下がっていく。以前はそれでも「あの大会で優勝したい」とか「あの記録を抜きたい」とか明確な目標があるから頑張れたんですけど、そういった目標がだんだんなくなっちゃう。そのギャップですよね。大会を引退(2007年)した2年くらい前から、そういった葛藤はありました。

――モチベーションが下がっているのに、食べなければいけない……。

白田 頑張れなくなっていましたね。

――でも引退した27歳って、たとえばほかのスポーツでしたら、一番脂が乗ってくる時期ですよね。フードファイターにとっての一番いい年齢は、もっと下?

白田 うーん、MAX鈴木は、確か僕の1個下なんですけど、彼の場合は確か35くらいから出てきて、強いモチベーション持って頑張ってて。だから年齢というよりは、量を食べることに対するモチベーション、欲求の強さじゃないですかね。さらにタレント化することで、普通に生活してたら見られない世界をのぞく楽しさもある。それが原動力になってる人もいると思う。そういう意味で、フードファイターに適した年齢なんてホントはないのかなって思いますよ。

――モチベーションひとつで頑張れる。

白田 そう。菅原(初代)さんとか、バラエティでもちょこちょこ一緒になりますけど、あの人、今でも現役のときと同じくらい食べるので(笑)。普段トレーニングほとんどしてないらしいんですよ。それなのに、ぶっつけ本番でかなりのポテンシャルを発揮できるのはなんでなんだろうなって、いつも不思議です。

――フードファイターの中にも、いろいろなタイプがいる。鍛えて鍛えて臨む人と、菅原さんのように自然体で行く人と。

白田 菅原さんを自然体とするのもアレですけどね(笑)。自然体で10キロくらいの容量いける。あれでトレーニングしたら、超人になっちゃうんじゃないですか?

――白田さんが引退を決めたきっかけは?

白田 もともと30歳までに自分の店を持ちたいなと考えていました。それはフードファイターになるずっと前から。フードファイターのトレーニングって、ものすごく時間がかかるんです。ひとつの大会に向けて、最低でも3カ月は必要。めっちゃ食べて胃を少しずつ広げていくみたいなイメージなんですけど、でもすごくおなかいっぱいになったら、いろんなことめんどくさくなるじゃないですか(笑)。そういうわけで、トレーニングが一日仕事になっちゃう。単純に自分の将来の夢に対して時間が取られすぎちゃって、このままフードファイターとしてやっていくのもなぁ、潮時なのかなぁっていうのは、割と早い段階で考えてましたね。

――3カ月間……途方もないですね。

白田 途方もないですし、孤独。トレーニング期間中は、「俺なんでこんなことしてるんだろう」って、ただただ思ってましたね。自分はフードファイターになりたかったわけではなく、自分の店を持ちたいと思ってやってきたけど、「タレントが店を出した」みたいな感じで言われますしね。

――白田さんとしては順番が逆だったわけですね。

白田 タレントを目指していたわけではまったくないし、有名になりたいみたいな欲求も全然なかったんですよ。

――でも、現実として自分の名前がどんどん世間に知られていき……それに違和感はなかったですか?

白田 そうですね……途中でもう慣れちゃいましたけど(笑)。最近はそこまでテレビに出てないですし、あったとしても月に数本……でも相変わらずインパクトあるし(笑)、どこに行っても顔は指されますけど。違和感というか「もういい加減忘れてよ」とは思いますね。

――『水曜日のダウンタウン』は大きいと思うんですよ……。番組内での「ポンコツ」的な立ち位置については、どう思われますか?

白田 なんとも思わないですよ(笑)。好きに使っていただいて結構ですと。

――懐が深い!

白田 そんなことはないですけど(笑)。

――やっぱり、回数よりもインパクトだと思うんですよ。

白田 江頭さん的な感じですかね(笑)。

――テレビ出演に関しても、食べる仕事はもうあんまり……でしょうか。

白田 そうですね。量食べる仕事は、ほぼほぼ断ってます。『水曜日のダウンタウン』も、僕が食べられない前提で呼ばれてる(笑)。

――だって全盛期の白田さんを知っている身としては、「どこか体調悪いのかな……」と思ってしまうんですよ。

白田 確かに確かに。でも、体調はすこぶるいいです。問題ないです。たまに「また挑戦してみたいな」って思うことはあるんですよ。でも、いざトレーニングするか……となると、そんな気はさらさらなくて(笑)。――でも、それくらい、あの頃にすべてを傾けたっていうことですよね、情熱のすべてを。かつての同志である、小林さんやギャル曽根さんらレジェンドたちとの交流は、まだおありですか?

白田 ありますよ! 小林くんは日本に帰ってくるたびに会いますし、医大生だった射手矢(侑大)くんは医者になってて、彼とは自宅も近いから。ただあの頃やってた仲間で、将来フードファイターで食ってこうって考えていたのは小林くんくらいだったんじゃないかなぁ。

――それぞれ将来やりたいことは違っていたんですね。

白田 フードファイターがこの先どうなるかっていうのを、いま彼ひとりが身をもって示してくれているというか。彼がいい感じになってくれたら、若い世代の子たちも先をイメージしやすくなるんじゃないかな。

――若い子たちに相談されたりしますか?

白田 ないことはないですけど、僕からアドバイスできることなんてないですよ。ただ大会が少ないっていうのは若い子たちのジレンマとしてありますよね。だからというわけじゃないけど、YouTubeなどを使ってフードファイターとしての認知を上げていくやり方を取ってるんだと思う。

――セルフプロデュースですね。

白田 そういう部分では、今の子たちのほうがずっと長けている。僕が現役の頃は、そんなこと考えたことなかったから。記録しか考えてなかった。僕は偉そうなことを言える立場じゃないですけど、記録を追い求めて「自分は世界最強のフードファイターになるんだ」っていう人と、「この業界で一番稼ぐ人間になるんだ」っていう人とでは、取るべき道は全然変わってくると思うんです。将来自分がどんなフードファイターになりたいのかっていうイメージは、もっと明確に持ったほうがいいのかもしれない。

――なるほど。

白田 漠然と「フードファイターになったら稼げそうだな~」ってふわっと思ってる人たちは確かに多くて、そうじゃないよねとは思う。もっと強く、ビジョンを持ってやったほうがいいように思いますね。

――それだけ体も酷使しますし。

白田 そうなんです。あとネットって、一度アップすると残ってしまうじゃないですか。だからそのあたりは慎重になったほうがいい気もする。

――でもやっぱり、テレビで大食いが見たいんですよ……。

白田 僕もテレビで見たいです。でも、今のテレビって、いろいろうるさいじゃないですか。だからテレビでは、もうやれないんじゃないのかなって。だったらネットの動画配信だったり、お祭りみたいなころで大会を開催したり、僕らとしては競技としての大食いを復活させたいですね。

――そのときには、白田さんだったり小林さんだったりギャル曽根さんだったり、そういうアイコン的な存在は不可欠になるんじゃないのかなと思うんです。

白田 ギャル曽根は確かに、大食いというコンテンツで成功した最たる例ですよね。ギャルみたいなメイクでよく食べるというギャップと、アスリート的な大食いとは真逆な「私これ苦手だから食べたくない」とか、試合中にメイク直したり、ギラギラしてる世界に自由奔放な子がやってきて記録を作るという。大食いの世界に風穴をあけたという意味では、ギャル曽根の功績はデカイと思うんですよ。

――なんか漫画の世界みたいなんですよね……当時の大食いって。

白田 確かに。見てる人がそういうドラマを感じてくれるような大食いの世界がまた戻ってきてくれればいいなって、僕も陰ながら応援してます。

(取材・文=西澤千央)

あのモンスターに一体なにが……!? ジャイアント白田「体調不良説」を本人に直撃!

 大食い番組全盛時代、フードバトルでモンスターと恐れられた男、ジャイアント白田。なぜか今、定期的に「体調不良説」「失踪説」などが降って湧く男でもある。

 先日放送された『水曜日のダウンタン』(TBS系)の「テレビに食べ物が映ったら同じもの食わなきゃいけない生活、フードファイターなら24時間ギリ達成出来る説」でも、途中でギブアップするなど、全盛期の活躍ぶりからはほど遠いふがいなさをお茶の間に見せてしまった。

「大食い」というジャンルに命を懸けて取り組んできた男は、いま何に命を懸けているのか? そして、かつてのモンスターに現在の大食い界の実情はどのように映っているのか? ジャイアント白田と、日本の大食い界の現在地を探る――。

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――今、一般の人からタレントさんまで、いわゆる「フードファイター」ではない人たちがYouTubeなどで大食い動画を配信するのが流行していますが、白田さんはレジェンドとして、そのような昨今の流れをどのように見ていらっしゃいますか?

ジャイアント白田(以下、白田) いや、フードファイターたちも、たとえば正司(優子)さんやロシアン佐藤さん、アンジェラ佐藤さんなんかも動画撮ったりしてるんじゃないかなぁ。あと、僕なんかよりずっとレジェンドの魔女・赤阪(尊子)さん、彼女もやってるみたいな話聞きますよ。

――フードファイターの方々も、活動の場所をテレビからネットに移してるということですか?

白田 そうですねぇ。その筆頭株が木下ゆうかちゃんじゃないかな。テレ東の大食い選手権では優勝経験がないのに、YouTubeでは大ブレークして。というか、単純に今、テレビで大食いの番組や大会って、ほどんどないじゃないですか。

――そうなんです。寂しいんですよ。

白田 大会がない中で、変な話、大食いで食ってくって大変じゃないですか。僕が現役でバリバリにやってた頃って、有名になりたくてやっていたわけじゃなくて、大会で優勝することが目的だったんですよ。みんなで切磋琢磨して、レベルもどんどん上がっていって、それがすごく楽しかったんですけど、一時期から大食いっていうジャンルを足掛かりにしてちょっと顔を売りたいなみたいな、大食いから有名になりたいという人が増えていった印象はあります。

――タレント化していった。

白田 そうですね。タレント志望みたいな感じで大食いに足つっこんでくる人が増えたかなとは思う。これは言っていいかわからないですけど(笑)。

――白田さんの感覚は、そうではなかったんですね。

白田 小林尊くんと当時よく話してたのは「もっともっとフードファイターをアスリート化して、それこそオリンピックの競技に入れるみたいな勢いで、競技として世の中に広めていきたいよね」って。

――なるほど、今の流れとはまったく違いますね。

白田 僕は今の現役の子たちのことをそこまで知らないからわからないですけど、見てる印象としてはアスリートとして自分の限界に挑んでいくとか、大会に向けて自分のパフォーマンスを上げていくとか、そういう意識の面ではそこまでギラギラしたものは感じないかなぁ。

――白田さんご自身がユーチューバーとして稼ぐことに興味はないですか?

白田 ゆうかちゃんの話聞くと「すごいないいな」って思うことはありますけど(笑)、僕はやろうと思ったことはないですね。まず頻繁に動画を上げ続ける、頻繁に大食いをし続けるっていうことが僕の性分には合ってないというか。僕は大会に照準を絞って胃を鍛えていくタイプだから。

――アスリートですね。

白田 それと年齢も年齢だから、(YouTubeで大食いは)やろうとは思わないですね。

――白田さんも全盛期の頃は相当、体を酷使されてきたと思うんですけど……。

白田 ものすごい酷使しました(笑)。

――40代目前になって、体調の変化を感じていますか?

白田 体調の変化というか、やっぱり現役当時から感じていたことではあるんですけど、年々「量を食べたい」っていう欲求ってなくなってくるんです。とはいえ職業柄、胃に入れてナンボ、胃を広げてナンボみたいなことを求められるので、やらなきゃいけない。でも、量を食べたいモチベーションはどんどん下がっていく。以前はそれでも「あの大会で優勝したい」とか「あの記録を抜きたい」とか明確な目標があるから頑張れたんですけど、そういった目標がだんだんなくなっちゃう。そのギャップですよね。大会を引退(2007年)した2年くらい前から、そういった葛藤はありました。

――モチベーションが下がっているのに、食べなければいけない……。

白田 頑張れなくなっていましたね。

――でも引退した27歳って、たとえばほかのスポーツでしたら、一番脂が乗ってくる時期ですよね。フードファイターにとっての一番いい年齢は、もっと下?

白田 うーん、MAX鈴木は、確か僕の1個下なんですけど、彼の場合は確か35くらいから出てきて、強いモチベーション持って頑張ってて。だから年齢というよりは、量を食べることに対するモチベーション、欲求の強さじゃないですかね。さらにタレント化することで、普通に生活してたら見られない世界をのぞく楽しさもある。それが原動力になってる人もいると思う。そういう意味で、フードファイターに適した年齢なんてホントはないのかなって思いますよ。

――モチベーションひとつで頑張れる。

白田 そう。菅原(初代)さんとか、バラエティでもちょこちょこ一緒になりますけど、あの人、今でも現役のときと同じくらい食べるので(笑)。普段トレーニングほとんどしてないらしいんですよ。それなのに、ぶっつけ本番でかなりのポテンシャルを発揮できるのはなんでなんだろうなって、いつも不思議です。

――フードファイターの中にも、いろいろなタイプがいる。鍛えて鍛えて臨む人と、菅原さんのように自然体で行く人と。

白田 菅原さんを自然体とするのもアレですけどね(笑)。自然体で10キロくらいの容量いける。あれでトレーニングしたら、超人になっちゃうんじゃないですか?

――白田さんが引退を決めたきっかけは?

白田 もともと30歳までに自分の店を持ちたいなと考えていました。それはフードファイターになるずっと前から。フードファイターのトレーニングって、ものすごく時間がかかるんです。ひとつの大会に向けて、最低でも3カ月は必要。めっちゃ食べて胃を少しずつ広げていくみたいなイメージなんですけど、でもすごくおなかいっぱいになったら、いろんなことめんどくさくなるじゃないですか(笑)。そういうわけで、トレーニングが一日仕事になっちゃう。単純に自分の将来の夢に対して時間が取られすぎちゃって、このままフードファイターとしてやっていくのもなぁ、潮時なのかなぁっていうのは、割と早い段階で考えてましたね。

――3カ月間……途方もないですね。

白田 途方もないですし、孤独。トレーニング期間中は、「俺なんでこんなことしてるんだろう」って、ただただ思ってましたね。自分はフードファイターになりたかったわけではなく、自分の店を持ちたいと思ってやってきたけど、「タレントが店を出した」みたいな感じで言われますしね。

――白田さんとしては順番が逆だったわけですね。

白田 タレントを目指していたわけではまったくないし、有名になりたいみたいな欲求も全然なかったんですよ。

――でも、現実として自分の名前がどんどん世間に知られていき……それに違和感はなかったですか?

白田 そうですね……途中でもう慣れちゃいましたけど(笑)。最近はそこまでテレビに出てないですし、あったとしても月に数本……でも相変わらずインパクトあるし(笑)、どこに行っても顔は指されますけど。違和感というか「もういい加減忘れてよ」とは思いますね。

――『水曜日のダウンタウン』は大きいと思うんですよ……。番組内での「ポンコツ」的な立ち位置については、どう思われますか?

白田 なんとも思わないですよ(笑)。好きに使っていただいて結構ですと。

――懐が深い!

白田 そんなことはないですけど(笑)。

――やっぱり、回数よりもインパクトだと思うんですよ。

白田 江頭さん的な感じですかね(笑)。

――テレビ出演に関しても、食べる仕事はもうあんまり……でしょうか。

白田 そうですね。量食べる仕事は、ほぼほぼ断ってます。『水曜日のダウンタウン』も、僕が食べられない前提で呼ばれてる(笑)。

――だって全盛期の白田さんを知っている身としては、「どこか体調悪いのかな……」と思ってしまうんですよ。

白田 確かに確かに。でも、体調はすこぶるいいです。問題ないです。たまに「また挑戦してみたいな」って思うことはあるんですよ。でも、いざトレーニングするか……となると、そんな気はさらさらなくて(笑)。――でも、それくらい、あの頃にすべてを傾けたっていうことですよね、情熱のすべてを。かつての同志である、小林さんやギャル曽根さんらレジェンドたちとの交流は、まだおありですか?

白田 ありますよ! 小林くんは日本に帰ってくるたびに会いますし、医大生だった射手矢(侑大)くんは医者になってて、彼とは自宅も近いから。ただあの頃やってた仲間で、将来フードファイターで食ってこうって考えていたのは小林くんくらいだったんじゃないかなぁ。

――それぞれ将来やりたいことは違っていたんですね。

白田 フードファイターがこの先どうなるかっていうのを、いま彼ひとりが身をもって示してくれているというか。彼がいい感じになってくれたら、若い世代の子たちも先をイメージしやすくなるんじゃないかな。

――若い子たちに相談されたりしますか?

白田 ないことはないですけど、僕からアドバイスできることなんてないですよ。ただ大会が少ないっていうのは若い子たちのジレンマとしてありますよね。だからというわけじゃないけど、YouTubeなどを使ってフードファイターとしての認知を上げていくやり方を取ってるんだと思う。

――セルフプロデュースですね。

白田 そういう部分では、今の子たちのほうがずっと長けている。僕が現役の頃は、そんなこと考えたことなかったから。記録しか考えてなかった。僕は偉そうなことを言える立場じゃないですけど、記録を追い求めて「自分は世界最強のフードファイターになるんだ」っていう人と、「この業界で一番稼ぐ人間になるんだ」っていう人とでは、取るべき道は全然変わってくると思うんです。将来自分がどんなフードファイターになりたいのかっていうイメージは、もっと明確に持ったほうがいいのかもしれない。

――なるほど。

白田 漠然と「フードファイターになったら稼げそうだな~」ってふわっと思ってる人たちは確かに多くて、そうじゃないよねとは思う。もっと強く、ビジョンを持ってやったほうがいいように思いますね。

――それだけ体も酷使しますし。

白田 そうなんです。あとネットって、一度アップすると残ってしまうじゃないですか。だからそのあたりは慎重になったほうがいい気もする。

――でもやっぱり、テレビで大食いが見たいんですよ……。

白田 僕もテレビで見たいです。でも、今のテレビって、いろいろうるさいじゃないですか。だからテレビでは、もうやれないんじゃないのかなって。だったらネットの動画配信だったり、お祭りみたいなころで大会を開催したり、僕らとしては競技としての大食いを復活させたいですね。

――そのときには、白田さんだったり小林さんだったりギャル曽根さんだったり、そういうアイコン的な存在は不可欠になるんじゃないのかなと思うんです。

白田 ギャル曽根は確かに、大食いというコンテンツで成功した最たる例ですよね。ギャルみたいなメイクでよく食べるというギャップと、アスリート的な大食いとは真逆な「私これ苦手だから食べたくない」とか、試合中にメイク直したり、ギラギラしてる世界に自由奔放な子がやってきて記録を作るという。大食いの世界に風穴をあけたという意味では、ギャル曽根の功績はデカイと思うんですよ。

――なんか漫画の世界みたいなんですよね……当時の大食いって。

白田 確かに。見てる人がそういうドラマを感じてくれるような大食いの世界がまた戻ってきてくれればいいなって、僕も陰ながら応援してます。

(取材・文=西澤千央)

『カメラを止めるな!』に騙される人が続出中!? “新世代の三谷幸喜”上田慎一郎監督インタビュー

「面白い!」「完全に騙された!」「感動した!」と映画ファンの間で噂を呼んでいるのが、上田慎一郎監督のノンストップコメディ『カメラを止めるな!』だ。今年の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」でゆうばりファンタランド賞(観客賞)を受賞。4月にイタリアで開催された「ウディネ・ファーイースト映画祭」では1位の観客賞をごく僅差で逃したものの、2位のSilver Mulberry Awardに選ばれ、各国から配給の申し込みが殺到している。2017年11月に6日間限定で行なわれた国内での先行上映会は、全席が瞬く間にソールドアウトするほどの人気を呼んだ。インディーズ映画ながら、口コミで『カメラを止めるな!』の面白さが世界中へと広がりつつある。

 タンクトップ姿の若い女性がゾンビに襲われるシーンから映画はスタートする。B級ホラー『ワンカット・オブ・ザ・デッド』の始まりだ。ここから37分間にわたって、ワンカット撮影によるゾンビ映画がゆるゆると続く。1台のカメラで、しかも長回しで撮られている独特のテンションが流れているものの、観た人全員が大絶賛していることにはふと首を傾げてしまう。キャストは無名だし、演技は微妙だし、妙な間があるし……。

 ところが『ワンカット・オブ・ザ・デッド』が終了すると同時に、本編『カメラを止めるな!』が幕を開ける。実はこの映画、B級ホラーの撮影事情を描いた内幕ものだったのだ。お人よしな監督に難題を吹っかけるプロデューサー、超わがままな俳優、撮影になかなか集中できずにいるスタッフたち、と撮影の舞台裏が次々と明かされていく。撮影現場で起きるハプニングの数々に大笑いしながらも、視聴後はすぐに忘れ去られそうなB級ホラーを健気に作っている人々の映画愛、さらには家族愛が思わぬ感動を呼ぶのだ。インディーズ映画界に現われた“新世代の三谷幸喜”と呼びたい上田監督に、バックステージものの傑作『カメラを止めるな!』の舞台裏について語ってもらった。

──ぬるい低予算ホラー映画だなぁと思って観ていたら、クライマックスは思わず感動する展開に。完全に騙されました(笑)。ユニークな作品スタイルはどのようにして生まれたんでしょうか?

上田 4、5年ほど前になるんですが、ある舞台を観て、そこからインスピレーションを得たんです。すごく面白いと聞いて観に行ったところ、最初はB級サスペンスっぽい展開で、「あれ~、上演終わった後、なんて感想を言おうかなぁ」と微妙な気分で観ていたんです。すると1時間ほどでカーテンコールになり、「えっ、もう終わったんだ」と思っていたら、そこから舞台裏が描かれるというコメディ展開だったんです。これは面白いなと。それでストーリーも登場人物も変えていますが、この作品の構造を使った映画をつくりたいと、プロットを開発していったのが『カメラを止めるな!』なんです。

──同じ時間を別角度から捉え直す点では、吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』(12)、無茶な映画製作のオーダーについつい応えてしまう映画人の哀しい性を描いているという点では、園子温監督の『地獄でなぜ悪い』(13)などを連想させますね。

上田 映画ならではの時間軸を遡らせたり、時間を省略させた作品が大好きなんです。『桐島、部活やめるってよ』は劇場で3回観ましたし、DVDでは何十回見直したか分からないほどです。クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(94)や内田けんじ監督の『運命じゃない人』(05)、スタンリー・キューブリック監督の『現金に体を張れ』(56)も昔から好きですね。バックステージものもよく観ています。三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』(97)とか。いちばん影響を受けたのは、三谷さんが作・演出した舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』です。副題が『幕を降ろすな』。三谷さんのドラマや舞台は、僕が思春期の頃に見たので、僕にとってはど真ん中なんです。

 

■本番中のほつれを大事にした

──劇中劇『ワンカット・オブ・ザ・デッド』と舞台裏が綿密にリンクする脚本を書き上げるのは、簡単じゃなかったのでは?

上田 映画の脚本は中学の頃から書いていることもあって、これまで撮ってきた短編映画の脚本はだいたい一晩で初稿を書き上げています。脚本を書くスピードは速いほうだと思います。でも、今回はさすがに時間を要しました。初めての劇場デビュー作ということもあり、2カ月くらい掛かりました。脚本を書く上で難しかったのは、メインになる登場人物が15~16人ほどいるんですが、それぞれに見せ場をつくることでした。今回、ワークショップに参加した新人俳優たちを使って映画を撮るという企画だったので、決して安くはないワークショップ参加費を払って参加してくれた出演者たちに、それぞれに見せ場をつくるという使命があるなと思いました。それに加え、表の芝居とその裏で起きているエピソードをうまく呼応するような脚本にしなくちゃいけなかったので、嫁と生まれたばかりの子どもを里帰りさせて、脚本執筆に集中しました。

──ワークショップ参加者にそれぞれ見せ場を用意したいという上田監督の心配りがあったんですね。苦労した甲斐あって、脇役俳優や裏方スタッフにもひとりずつ人間味があって、それぞれが自分の人生を歩んでいるんだろうなぁということを感じさせます。

上田 そうですね。個性的なキャストが集まってくれたと思います。上映時間が96分なんですが、その中に15~16人もキャラクターがいると観客は混乱しないかなと心配でしたが、みなさんそれぞれのキャラクターを楽しんでいただけているみたいでよかった(笑)。

──クランクイン前に、かなりリハーサルを重ねた?

上田 はい、特に37分間の部分ですね。でも、リハーサルをやり過ぎないようにも気をつけました。あまり固めすぎると面白くないなぁと。本番中にほつれみたいなものが出たほうが面白いんじゃないかなと。本作を実際にご覧になっても区別はつかないと思いますが、僕が脚本上で書いていたトラブルと、それとは別に現場でリアルに起きたトラブルが交じっているんです(笑)。ゾンビメイクが間に合わずに、キャストがアドリブでつないでいる場面は、本当にメイクが遅れてしまって、みんな必死でつないでいます(笑)。あとカメラのレンズ部分に血のりが付着してしまうんですが、あれもアクシデントでした。あのときは僕とカメラマンとでアイコンタクトを交わして、乗り切りました。本番では37分間の長回しは6回挑戦し、最後までカメラを回したのは4回です。血のりで衣装が真っ赤になってしまうので、1日に2~3テイクやるのが精一杯でしたね。

──撮り終わった瞬間は「やったー!」ですね。

上田 いえ、カメラにちゃんと映っているかどうか確認するまでは安心できなかったですね。カメラマンが転ぶ場面があるんですが、本番でカメラマンは本当に転んでしまい、転んだ拍子にカメラの録画スイッチがオフになり、最後まで演じたけど確認したら撮れてなかったなんてこともあったんです(苦笑)。僕やスタッフがカメラに見切れないようにするのも、けっこう大変でした。ちょっとくらいなら見切れてもいいように、スタッフも僕も劇中衣装の『ワンカット・オブ・ザ・デッド』Tシャツを着ていたんです(笑)。

■二度は撮れないカットを撮ることの大切さ

──「早い、安い、質もそこそこ」を売りにしているディレクターの日暮(濱津隆之)は、現場のことをよく知らないプロデューサーから無茶ぶりされ、断れずにワンテイクのゾンビものを撮ることになる。雇われ監督だった日暮が、あまり気の進まない企画ながらも撮影現場に入ると全力以上のものを発揮してしまう。雇われ監督ならではの哀歓が、本作の肝になっているように感じました。

上田 自分が本当にやりたい企画なら、がんばるのが当然ですよね。あまりやりたくないはずの企画で、さらに現場で次々と問題が起き、トラブルに巻き込まれていく展開のほうがコメディになるなと考えたんです。監督の日暮は普段は再現ドラマのディレクターという設定です。再現ドラマって、1日でものすごい量のカットを撮らなくちゃいけない。それでも職人として、納期を守ることをいちばんに考えている。スキルを持ちながら、妥協することもできるプロフェッショナルだと思うんです。これが映画監督なら「こんな質のものは世間に見せられない」とお蔵入りさせてしまうかもしれない。僕は、大人の職人であることに憧れみたいなものが少しあるんです。日々の仕事に対する葛藤を持ちながら、あるとき娘に対する格好つけもあって、ちゃんとした作品をつくろうという気持ちが湧いてくるわけです。

──ディレクターの日暮には、上田監督自身の体験も投影されている?

上田 多分にあると思います。わがままな役者っていますよ(笑)。適当なプロデューサーもいます(笑)。最初は「監督の好きなように撮ってかまいません」と言いながら、撮影直前になって「クライアントから頼まれました」「この人をちょっとでいいので、どこかで使ってください」「台詞を増やしてほしいと事務所が言ってきたので、よろしく」とか。でも、僕はなるべく、そういう無茶ぶりも楽しむように心掛けるようにしています。

──現場では意図せぬアクシデントが次々と起こる一方、役者やスタッフたちとの個性が化学反応を起こし、思いがけないものが生まれることに。

上田 そこは、すごく意識していることです。リハーサルはやりますが、本番では逆にリハーサルで固めていったことを、崩そうと考えています。何度やっても撮れるカットじゃなくて、二度と撮れないカットを積み重ねていきたいんです。ドキュメンタリーが入った、二度は撮れないカットを狙うことは、映画づくりにおいて重要なことだと思いますね。

 

■流行に左右されない、100年後に観ても面白い映画

──『ワンカット・オブ・ザ・デッド』は日暮ディレクターの奥さんや娘がアシストすることで、カメラを止めることなく撮影が続くことになる。上田監督の奥さまは、アニメ映画『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)のふくだみゆき監督。ふくだ監督の協力も大きかったのでは?

上田 とても大きかったです(笑)。物理的なことで言えば、『カメラを止めるな!』のタイトルロゴやポスターなどのビジュアルは、彼女がやってくれました。衣装なども、相談して決めています。女性はこういう場でピアスは付けないとか、そういう細かい点は、男ではなかなか気づきません。あと、いちばん大きなのは僕のメンタルケアですね(笑)。

──それ、とても大事ですよね。

上田 ハハハ。やっぱり外でイヤなことがあって、落ち込むこともあるわけです。でも、家に帰って話し相手がいるのは、すごく大きい。「実は今日はこんなことがあってさ~」と話しているうちに、だんだんと笑い話になっちゃうんです。精神衛生上、とてもいいですね。脚本もその都度、いちばん最初に読んでもらっています。妻は遠慮がなく、面白くないときはハッキリと「面白くない」と言ってくれるので、有り難いですよ。『カメラを止めるな!』には当時生まれて数カ月だった息子も出演しています。脚本を書いているときに、夜泣きがすごくて、そのときの体験を脚本に活かしました。『カメラを止めるな!』は妻と息子なしでは完成しなかった映画です(笑)。

──クラウドファンディングで製作された本作ですが、HP上の「100年後に観ても おもしろい映画」という上田監督のスローガンが印象に残ります。

上田 最近起きた事件や事象を追い掛けて映画を撮るというよりは、50年や60年経っても楽しんで観てもらえるような娯楽作品を追求したいなと僕は考えているんです。映画そのものの面白さが真ん中にあるような普遍的な映画を、これからも撮っていきたいですね。
(取材・文=長野辰次)

『カメラを止めるな!』
監督・脚本・編集/上田慎一郎
出演/濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山﨑俊太郎、大沢真一郎、竹原芳子、吉田美紀、合田純奈、浅森咲希奈、秋山ゆずき 
配給/ENBUゼミナール・シネマプロジェクト 6月23日(土)より新宿K’s cinema、池袋シネマ・ロサにて劇場公開
(c)ENBUゼミナール
http://kametome.net

●上田慎一郎(うえだ・しんいちろう)
1984年滋賀県出身。中学・高校の頃から自主映画を制作。2010年から映画製作団体PANPOKOPINAを結成。主な監督作に、短編映画『テイク8』(15)、『ナポリタン』(16)など。オムニバス映画『4/猫』(15)の一編『猫まんま』で商業デビュー。『カメラを止めるな!』で劇場長編デビュー。同級生のわき毛が気になって仕方がない女子中学生を主人公にした、ふくだみゆき監督のアニメ作品『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)ではプロデューサーを務めている。

『カメラを止めるな!』に騙される人が続出中!? “新世代の三谷幸喜”上田慎一郎監督インタビュー

「面白い!」「完全に騙された!」「感動した!」と映画ファンの間で噂を呼んでいるのが、上田慎一郎監督のノンストップコメディ『カメラを止めるな!』だ。今年の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」でゆうばりファンタランド賞(観客賞)を受賞。4月にイタリアで開催された「ウディネ・ファーイースト映画祭」では1位の観客賞をごく僅差で逃したものの、2位のSilver Mulberry Awardに選ばれ、各国から配給の申し込みが殺到している。2017年11月に6日間限定で行なわれた国内での先行上映会は、全席が瞬く間にソールドアウトするほどの人気を呼んだ。インディーズ映画ながら、口コミで『カメラを止めるな!』の面白さが世界中へと広がりつつある。

 タンクトップ姿の若い女性がゾンビに襲われるシーンから映画はスタートする。B級ホラー『ワンカット・オブ・ザ・デッド』の始まりだ。ここから37分間にわたって、ワンカット撮影によるゾンビ映画がゆるゆると続く。1台のカメラで、しかも長回しで撮られている独特のテンションが流れているものの、観た人全員が大絶賛していることにはふと首を傾げてしまう。キャストは無名だし、演技は微妙だし、妙な間があるし……。

 ところが『ワンカット・オブ・ザ・デッド』が終了すると同時に、本編『カメラを止めるな!』が幕を開ける。実はこの映画、B級ホラーの撮影事情を描いた内幕ものだったのだ。お人よしな監督に難題を吹っかけるプロデューサー、超わがままな俳優、撮影になかなか集中できずにいるスタッフたち、と撮影の舞台裏が次々と明かされていく。撮影現場で起きるハプニングの数々に大笑いしながらも、視聴後はすぐに忘れ去られそうなB級ホラーを健気に作っている人々の映画愛、さらには家族愛が思わぬ感動を呼ぶのだ。インディーズ映画界に現われた“新世代の三谷幸喜”と呼びたい上田監督に、バックステージものの傑作『カメラを止めるな!』の舞台裏について語ってもらった。

──ぬるい低予算ホラー映画だなぁと思って観ていたら、クライマックスは思わず感動する展開に。完全に騙されました(笑)。ユニークな作品スタイルはどのようにして生まれたんでしょうか?

上田 4、5年ほど前になるんですが、ある舞台を観て、そこからインスピレーションを得たんです。すごく面白いと聞いて観に行ったところ、最初はB級サスペンスっぽい展開で、「あれ~、上演終わった後、なんて感想を言おうかなぁ」と微妙な気分で観ていたんです。すると1時間ほどでカーテンコールになり、「えっ、もう終わったんだ」と思っていたら、そこから舞台裏が描かれるというコメディ展開だったんです。これは面白いなと。それでストーリーも登場人物も変えていますが、この作品の構造を使った映画をつくりたいと、プロットを開発していったのが『カメラを止めるな!』なんです。

──同じ時間を別角度から捉え直す点では、吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』(12)、無茶な映画製作のオーダーについつい応えてしまう映画人の哀しい性を描いているという点では、園子温監督の『地獄でなぜ悪い』(13)などを連想させますね。

上田 映画ならではの時間軸を遡らせたり、時間を省略させた作品が大好きなんです。『桐島、部活やめるってよ』は劇場で3回観ましたし、DVDでは何十回見直したか分からないほどです。クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(94)や内田けんじ監督の『運命じゃない人』(05)、スタンリー・キューブリック監督の『現金に体を張れ』(56)も昔から好きですね。バックステージものもよく観ています。三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』(97)とか。いちばん影響を受けたのは、三谷さんが作・演出した舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』です。副題が『幕を降ろすな』。三谷さんのドラマや舞台は、僕が思春期の頃に見たので、僕にとってはど真ん中なんです。

 

■本番中のほつれを大事にした

──劇中劇『ワンカット・オブ・ザ・デッド』と舞台裏が綿密にリンクする脚本を書き上げるのは、簡単じゃなかったのでは?

上田 映画の脚本は中学の頃から書いていることもあって、これまで撮ってきた短編映画の脚本はだいたい一晩で初稿を書き上げています。脚本を書くスピードは速いほうだと思います。でも、今回はさすがに時間を要しました。初めての劇場デビュー作ということもあり、2カ月くらい掛かりました。脚本を書く上で難しかったのは、メインになる登場人物が15~16人ほどいるんですが、それぞれに見せ場をつくることでした。今回、ワークショップに参加した新人俳優たちを使って映画を撮るという企画だったので、決して安くはないワークショップ参加費を払って参加してくれた出演者たちに、それぞれに見せ場をつくるという使命があるなと思いました。それに加え、表の芝居とその裏で起きているエピソードをうまく呼応するような脚本にしなくちゃいけなかったので、嫁と生まれたばかりの子どもを里帰りさせて、脚本執筆に集中しました。

──ワークショップ参加者にそれぞれ見せ場を用意したいという上田監督の心配りがあったんですね。苦労した甲斐あって、脇役俳優や裏方スタッフにもひとりずつ人間味があって、それぞれが自分の人生を歩んでいるんだろうなぁということを感じさせます。

上田 そうですね。個性的なキャストが集まってくれたと思います。上映時間が96分なんですが、その中に15~16人もキャラクターがいると観客は混乱しないかなと心配でしたが、みなさんそれぞれのキャラクターを楽しんでいただけているみたいでよかった(笑)。

──クランクイン前に、かなりリハーサルを重ねた?

上田 はい、特に37分間の部分ですね。でも、リハーサルをやり過ぎないようにも気をつけました。あまり固めすぎると面白くないなぁと。本番中にほつれみたいなものが出たほうが面白いんじゃないかなと。本作を実際にご覧になっても区別はつかないと思いますが、僕が脚本上で書いていたトラブルと、それとは別に現場でリアルに起きたトラブルが交じっているんです(笑)。ゾンビメイクが間に合わずに、キャストがアドリブでつないでいる場面は、本当にメイクが遅れてしまって、みんな必死でつないでいます(笑)。あとカメラのレンズ部分に血のりが付着してしまうんですが、あれもアクシデントでした。あのときは僕とカメラマンとでアイコンタクトを交わして、乗り切りました。本番では37分間の長回しは6回挑戦し、最後までカメラを回したのは4回です。血のりで衣装が真っ赤になってしまうので、1日に2~3テイクやるのが精一杯でしたね。

──撮り終わった瞬間は「やったー!」ですね。

上田 いえ、カメラにちゃんと映っているかどうか確認するまでは安心できなかったですね。カメラマンが転ぶ場面があるんですが、本番でカメラマンは本当に転んでしまい、転んだ拍子にカメラの録画スイッチがオフになり、最後まで演じたけど確認したら撮れてなかったなんてこともあったんです(苦笑)。僕やスタッフがカメラに見切れないようにするのも、けっこう大変でした。ちょっとくらいなら見切れてもいいように、スタッフも僕も劇中衣装の『ワンカット・オブ・ザ・デッド』Tシャツを着ていたんです(笑)。

■二度は撮れないカットを撮ることの大切さ

──「早い、安い、質もそこそこ」を売りにしているディレクターの日暮(濱津隆之)は、現場のことをよく知らないプロデューサーから無茶ぶりされ、断れずにワンテイクのゾンビものを撮ることになる。雇われ監督だった日暮が、あまり気の進まない企画ながらも撮影現場に入ると全力以上のものを発揮してしまう。雇われ監督ならではの哀歓が、本作の肝になっているように感じました。

上田 自分が本当にやりたい企画なら、がんばるのが当然ですよね。あまりやりたくないはずの企画で、さらに現場で次々と問題が起き、トラブルに巻き込まれていく展開のほうがコメディになるなと考えたんです。監督の日暮は普段は再現ドラマのディレクターという設定です。再現ドラマって、1日でものすごい量のカットを撮らなくちゃいけない。それでも職人として、納期を守ることをいちばんに考えている。スキルを持ちながら、妥協することもできるプロフェッショナルだと思うんです。これが映画監督なら「こんな質のものは世間に見せられない」とお蔵入りさせてしまうかもしれない。僕は、大人の職人であることに憧れみたいなものが少しあるんです。日々の仕事に対する葛藤を持ちながら、あるとき娘に対する格好つけもあって、ちゃんとした作品をつくろうという気持ちが湧いてくるわけです。

──ディレクターの日暮には、上田監督自身の体験も投影されている?

上田 多分にあると思います。わがままな役者っていますよ(笑)。適当なプロデューサーもいます(笑)。最初は「監督の好きなように撮ってかまいません」と言いながら、撮影直前になって「クライアントから頼まれました」「この人をちょっとでいいので、どこかで使ってください」「台詞を増やしてほしいと事務所が言ってきたので、よろしく」とか。でも、僕はなるべく、そういう無茶ぶりも楽しむように心掛けるようにしています。

──現場では意図せぬアクシデントが次々と起こる一方、役者やスタッフたちとの個性が化学反応を起こし、思いがけないものが生まれることに。

上田 そこは、すごく意識していることです。リハーサルはやりますが、本番では逆にリハーサルで固めていったことを、崩そうと考えています。何度やっても撮れるカットじゃなくて、二度と撮れないカットを積み重ねていきたいんです。ドキュメンタリーが入った、二度は撮れないカットを狙うことは、映画づくりにおいて重要なことだと思いますね。

 

■流行に左右されない、100年後に観ても面白い映画

──『ワンカット・オブ・ザ・デッド』は日暮ディレクターの奥さんや娘がアシストすることで、カメラを止めることなく撮影が続くことになる。上田監督の奥さまは、アニメ映画『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)のふくだみゆき監督。ふくだ監督の協力も大きかったのでは?

上田 とても大きかったです(笑)。物理的なことで言えば、『カメラを止めるな!』のタイトルロゴやポスターなどのビジュアルは、彼女がやってくれました。衣装なども、相談して決めています。女性はこういう場でピアスは付けないとか、そういう細かい点は、男ではなかなか気づきません。あと、いちばん大きなのは僕のメンタルケアですね(笑)。

──それ、とても大事ですよね。

上田 ハハハ。やっぱり外でイヤなことがあって、落ち込むこともあるわけです。でも、家に帰って話し相手がいるのは、すごく大きい。「実は今日はこんなことがあってさ~」と話しているうちに、だんだんと笑い話になっちゃうんです。精神衛生上、とてもいいですね。脚本もその都度、いちばん最初に読んでもらっています。妻は遠慮がなく、面白くないときはハッキリと「面白くない」と言ってくれるので、有り難いですよ。『カメラを止めるな!』には当時生まれて数カ月だった息子も出演しています。脚本を書いているときに、夜泣きがすごくて、そのときの体験を脚本に活かしました。『カメラを止めるな!』は妻と息子なしでは完成しなかった映画です(笑)。

──クラウドファンディングで製作された本作ですが、HP上の「100年後に観ても おもしろい映画」という上田監督のスローガンが印象に残ります。

上田 最近起きた事件や事象を追い掛けて映画を撮るというよりは、50年や60年経っても楽しんで観てもらえるような娯楽作品を追求したいなと僕は考えているんです。映画そのものの面白さが真ん中にあるような普遍的な映画を、これからも撮っていきたいですね。
(取材・文=長野辰次)

『カメラを止めるな!』
監督・脚本・編集/上田慎一郎
出演/濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山﨑俊太郎、大沢真一郎、竹原芳子、吉田美紀、合田純奈、浅森咲希奈、秋山ゆずき 
配給/ENBUゼミナール・シネマプロジェクト 6月23日(土)より新宿K’s cinema、池袋シネマ・ロサにて劇場公開
(c)ENBUゼミナール
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●上田慎一郎(うえだ・しんいちろう)
1984年滋賀県出身。中学・高校の頃から自主映画を制作。2010年から映画製作団体PANPOKOPINAを結成。主な監督作に、短編映画『テイク8』(15)、『ナポリタン』(16)など。オムニバス映画『4/猫』(15)の一編『猫まんま』で商業デビュー。『カメラを止めるな!』で劇場長編デビュー。同級生のわき毛が気になって仕方がない女子中学生を主人公にした、ふくだみゆき監督のアニメ作品『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)ではプロデューサーを務めている。

髭男爵・山田ルイ53世「一発屋芸人とは、“逆白鳥”なんです」

「ルネッサ~ンス」で一世を風靡した……という書かれ方もうんざりするほど経験しているであろう、お笑いコンビ・髭男爵。2008年のブレークから紆余曲折、当事者となった山田ルイ53世が自身と同じ「一発屋」という枠で語られる芸人たちの過去と現在を真摯なインタビューで紡ぎ出した著作『一発屋芸人列伝』(新潮社)が話題を呼んでいる。数々の文豪たちが執筆にいそしんだという新潮社の通称「缶詰め部屋」で、山田ルイ53世が「一発屋」という言葉に抱く思いを訊いた。

***

――「芸人さんが芸人さんの本を書く」というのは、バランスがとても難しいと思うんです。すごい熱い感じで書いてあると、読み手としてはちょっと引いてしまったり。

山田ルイ53世(以下、山田)そうですね。やっぱり身内だから。

――逆にこれをライターが書いたら、それもちょっと嫌な感じがするんじゃないかと。

山田 最初に編集者の方から「新潮45」(新潮社)で「一発屋芸人が一発屋芸人を取材する」というお話を頂いたときは、「ん?」「ちょっと変な感じになりませんか……」って、結構渋ったんですよ。おっしゃる通り、身内同士のかばい合いというか、傷のなめ合いみたいになったらほんまお寒い話ですし、かといって同じ芸人なのに、突き放しすぎるのもおかしい。そういう距離感は本当に苦労したというか、気を使いました。さらにそこに先輩後輩という概念もあって。でもいざやることが決まって、だったら最初はHGさんだなって。

――なぜHGさんだったのでしょうか?

山田 単純に言うと、すごく尊敬しているんです。そもそも「一発会」みたいな一発屋界隈を活性化させるような活動を、別になんの得にもならへんのにやってるんですよ。今のHGさんのポジションだったら安定してるし、普通なら、わざわざ人のためにそんなことやらへんよなと思うんです。だけどHGさんは、たとえば「一発屋総選挙」とか、そういうギミック作りをすごいしてくれてて、我々はそれに乗っからせてもらってる。

――一発屋の活性化。

山田 髭男爵が2008年1回売れて、翌年から堕ちていくっていう過程の中で「ルネッサンスのボリューム小さくなってないか」とか「もっと胸張って伝統芸にしていけばいい」みたいな発想を最初に言いだしたのが、HGさんとムーディ勝山君なんですよ。僕、結構ネガティブなので、そういう考え方は思ってもみなくて、すごく明るい気持ちにさせてもらった。本当に断酒会の主催者みたいなんですよ。皆で輪になって座って、一発屋同士、気持ちを吐露する。HGさんって、NPO法人の代表みたいなところがあるんです。自分のためじゃなく、人のためにやってるっていう。

――断酒会というたとえが出ましたが、そういう会で一番難しいのは「自分はアルコール依存症である」と認めることだという話を聞きます。一発屋と呼ばれる方たちが「自分は一発屋である」と認めることに、苦悩はあったりするものでしょうか?

山田 そうですね。自分の負けとか、ダメなところとか、失敗したことっていうのをゴクリとのみ込むっていうのは、別に芸人じゃなくて人間誰しもしんどいし、できるならやりたくないことだから、そういう意味でやっぱり……生々しくなるんですかね。「一発会」は心のセーフティネットっていう部分もあって。これよく最近みんなで話すんですけど「これからの一発屋の子は楽やな」って。こういう受け皿があるから、ある程度勢い落ちてきたな……ってなっても「一発会入りましてん」っていうネタもできるし。それはひとえに2人のおかげだと思う。

――本当にたくさんの芸人さんがいる中で、テレビに1回出るだけでも大変なことで、そこからさらに売れるっていうのは本当に限られた人たちであるのに、「一発屋=失敗」みたいな風潮もおかしいっちゃおかしな話ですよね。

山田 いや、それはあっていいし、しかるべきですよ。こんな本書いて本当に僕はクソダサいんですけど、お茶の間の方が「この芸はこういうギミックでできてて、こういう歴史があって、だから笑わなあかん」みたいなことは絶対ないわけで。もうただボーッと見るのが、世間のスタンスじゃないですか。芸人が自分から「すごいでしょ」って言うなんてみっともないから、もちろん誰も言わない。ただ僕はこういうご縁を頂いたので、皆が言わない分、自分が犠牲になって言いましょうっていうのはあります。それは書くモチベーションの一つとしてありました。だから基本ダサいことだと思ってるっていうのは、ご理解いただきたいです。

――この本がすごいなと思ったのはまさにそこで、変な言い方ですが、もしかしたら芸人さんを二度殺してしまうかもしれないと。その危険を感じながら書くって、ものすごい緊張感だったのではないかと。

山田 本当に手前味噌ですけど、そのバランスはすごい気にしました。もちろん褒めすぎたらあかんし、こき下ろしすぎるのもおかしいし。だからありのままをなるべく写生するぐらいの、ありのままを言語化するぐらいの気持ちでやってました。

――書く時のスタンスとしては「芸人同士」ですか? それとも「取材者と対象者」みたいな感じですか?

山田 それは……どっちもありましたよね。同じ芸人やっていう意識では、やっぱり書く時に、聞いた時以上にはせなあかんと。最低でも同じぐらいの面白さでは書かないと、スベらせたことになるから。たぶん僕が芸人じゃなかったら、そのへんは許されると思うんですけどね。ただ芸人同士っていうことを意識しすぎると、より突っ込んだ話もできないし。自分の中で、「インタビューする人」っていうのと「芸人」っていうのとの狭間でのせめぎ合いみたいなのはありました。

――この本の生々しさは、そういう部分にも起因しているんですね……。

山田 僕の場合は基本的に自分自身の恨み、私怨みたいなところも執筆の原動力の一つだったから、皆さん話しやすかったかもしれない。ちょっと真剣な話、突っ込んだ話、家族の話、あるいは「想い」の部分を話している時、やっぱり僕とHGさんなり、僕とジョイマンさんなり、僕と相手の芸人さんとの間に脱がれた衣装が置かれたように見えたんですよ。お互い衣装を脱いで、真ん中に置いて、生身の人間でしゃべろうみたいな部分もありました。

――自分の象徴ともいえる衣装を言葉で脱がせていくって、それは本当にインタビュアーとしての理想だと思います。

山田 いや、僕は取材や執筆に関しては素人なので、もちろんすぐにできたわけじゃないです。やっぱりHGさんから始まって、「新潮45」(新潮社)で連載10回やっていくうちに、後半になればなるほど要領を得てきたというか、つかめてきました(笑)。

――「つかんだな」と実感したのは、どなたの部分ですか?

山田 うーん……やっぱりムーディ君と、天津木村さんのバスジャック事件かなぁ。いま振り返ってみれば、あのバスジャック事件書いてる時の熱い気持ち、追及していかなあかんみたいな気持ち、あの時、名前わからなかったですけど、あれがジャーナリズムだったんですね。真実を突き止めなければという熱いジャーナリズム。

――そういう意味ですと、波田陽区さんのところが……ちょっとそれまで読んでいたものと毛色が違うような気がして……。

山田 皆それ言う! なぜそう思ったのか教えていただきたい!!

――バスジャック事件の「書いているうちに探っていかなきゃみたいな気持ち」と逆というか、これ以上あまり探っちゃいけないんじゃないかみたいな、どこか心のブレーキが働いたのかなと。勘繰りですが。

山田 なんとなくわかります……。だからまず言えるのは、あの原稿そのまま通してくれた波田君、格好いいっていう。これ皆さんに言えるんですけど、全然原稿直さないんですよ。そこがやっぱり芸人の矜持というか。全体通して面白かったってなったら、このままでいいよっていう、この潔さ、格好良さ。その最大が波田君ですけど、僕も「ちょっと悪いな」って思う部分もあったんです。「言い過ぎてるところあるな」って。

――こき下ろしてる感じには全然思わなかったです。皆さんドキュメンタリーなんですけど、波田さんは特にその感じが強かった。

山田 ドキュメンタリーが過ぎました。

――だからでしょうか……自分の中にある波田さん的な要素がうずくというか。

山田 波田君の要素が入ってるんですか、自分に(笑)。

――人間が持ってる最も人間くさい部分というか、波田さんはそれを惜しげもなく見せてくれる。コウメ太夫さんに対する感覚とは全然違うんですよね。

山田 コウメさんは、ちょっと神に近い部分がありますから(笑)。

――そういう意味でも、読み比べると皆さん違いました。

山田 皆さん、違う生きざまですよね。そうそう、昨日HGさんに会って、僕ちょっとびっくりしたんですけど、最近ハードゲイの衣装、2カ月に1回しか着てないって。RGさんとの正統派漫才、レイザーラモンの芸で評価され始めてるから、あのハードゲイの衣装着るのが、自分で主催してる一発屋イベントでしかないらしいんです。だからか……ちょっとやっぱり似合ってなかったですね(笑)。着せられてる感じ。「コスプレキャラ芸人」として堂々と胸張ってた先輩が少し恥ずかしそうにコスプレしてるっていうのは、正統派漫才で評価を得た一つの弊害やなと感じました(笑)。

――「堂々と伝統芸にしていけ」と言っていた方が(笑)。

山田 ただね、そのキャラ物の芸人がスーツ着て正統派でもう一回再評価されるって、本当すごいんです。密集した林の中にあるバンカーからボール打って、ワンオンするぐらいの見事なリカバリーなんです。

――山田さんご自身はどうですか? 執筆活動をしながら髭男爵としていざ営業やテレビ出演となった時に、「ちょっと恥ずかしい」と感じたりしますか?

山田 それはないですね。僕エゴサーチとかすごい好きなんですけど、「本めっちゃ面白かった、ただ髭男爵のネタは好きじゃないけど」「髭男爵のギャグでは笑ったことないけど、この本は笑った」と、僕と髭男爵を2つに分けるんですよね、皆さん(笑)。あなたが面白いっていうこの本は髭男爵である俺が考えてるし、これも髭男爵の芸のうちなんだっていう感覚なんですけど、どうも受け取り手の中にはそうじゃない人もいるみたいで。

――批評をしてる人に対しては皮肉なことかもしれないですけど、この本はまさにそれを一つにしてくれたんですよね。今までバラバラだった芸人さんのネタや人間性や生き方、それをギュッと一つにしてくれたっていう。

山田 さっきも言いましたけど、お茶の間の人は、ボーッと見ていてもちろんいいんです。ただお笑いのみならず、世間一般で皆バッサリ斬りたがる風潮がすごいじゃないですか? 発信者する側の色気というか、欲を感じるんですよ、そこに。何かをバッサリ斬って、注目されたい。それって結局、皆ちょっと一発当てたいんやん、みたいなね。

――「1億総実は一発当てたい」化……。

山田 それはあると思う。でも、この本に出てくる芸人は「一発」っていう言葉ついてますけど、読んでいただいたらわかる通り、本当に緻密にコツコツ組み上げた芸をやってるから、その果ての一発なので。まあでもね、一番いいサンドバッグであることは間違いないですから。わかりやすく一回大きく成功して、わかりやすく墜ちるっていう。だから「あの人は今」みたいなくくりと違って、現代の一発屋っていうのは「リアルタイムで負けを見せる仕事」みたいなことになってる。

――すごい。

山田 たとえばいま芸能界にいない人を、芸能界での勝ち負けで叩くことってないじゃないですか。ただ、一発屋って特殊で、現役で負けを見せる仕事みたいになってるんです。当然我々も意識してそれやってる部分もあるし、叩きやすい。昔、歌舞伎町で一瞬話題になった殴られ屋みたいなもんです。

――以前8.6秒バズーカーさんにインタビューした時、絶頂の時だったんですけど「一発屋になりたいんですよ」って言っていたのを、今ふと思い出しました。

山田 たぶんそれ、絶頂の時だから言えることですよ。リアルに墜ちてきた時は、そんな心境にはならない。焼きごてを喉に突っ込まれるぐらい、難しいですから。最近、HGさんのやってる一発屋ライブに、ようやく8.6秒が自首してきたって聞きました。HGさんは、これを「自首」と呼ぶんですけど(笑)。

――自首すれば、誰でも入れるんですか……。

山田 そうです。むしろ、自首しないと無理なんですって。一発屋は人から言われることじゃない、自称する人しか名乗れない。芸人の間では、一発屋を自称していない人に対しては、一発屋イジリしないんです。

――それが、その方にとってオイシイかどうか。

山田 僕らは一発っていうか0.8発くらいですけど、HGさんや小島よしお君みたいな、あんなすさまじい経験ってなかなかないと思う。普通に今テレビに出てる売れっ子の人でもないと思う。だからすごいし、大きく勝ったあと大きく負けた人間の生きざまっていうのは、何かしら響くところが、刺さるところがあると思います。“逆白鳥”なんですよね。

――逆白鳥ですか?

山田 白鳥は水の上では優雅にしてるけど、下はバシャバシャ水をかいてる。我々の場合、水の上でバシャバシャやってて、下はしっかり平泳ぎの感じ。今回は、その水より下の部分を、ちょっと書かせてもらったっていう。

――本当に……この本にはそういう的を射たたとえがたくさんあって、嫉妬すら感じました。書く職業の人間として。

山田 いや、逆白鳥は僕、2週間前から考えてましたから(笑)。

(取材・文=西澤千央)

 

少年期は「万引き」どころじゃなかった“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士に映画『万引き家族』を見せたら……?

“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(38)が森羅万象を批評する不定期連載。今回の議題は、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いた是枝裕和監督の『万引き家族』だ。少年期は万引きよりも悪いことを山ほどしてきたが、近年は家族の絆と社会的規範をことさら重んじる瓜田。果たしてこの映画にどんな反応を見せるのか?

 新宿の映画館のロビーに妻同伴で現れた瓜田が、いきり立っている。どうやら夫婦ゲンカの真っ最中のようだ。

「このバカ女が! てめえが男だったら蹴り飛ばしているところだぞ!」

 何があったのかを尋ねてみると……。

「チャリでここまで来る最中、俺は新宿育ちだから安全かつ最短のルートを知っているって言ってんのに、嫁が見当違いな道をズンズン先に行っちゃうんですよ。ちょっと待て! と言っても止まってくれないから頭に来て」

 妻も負けていない。記者を盾にしながら、涙目になってこう反撃する。

「純士が鈍臭いねん! この運動音痴のバカ旦那を、私の代わりにシバいたってください!」

 万引き家族ならぬドン引き家族と化した瓜田夫妻をどうにかこうにかなだめつつ、急いで劇場内へ送り込む。私語厳禁の場内で2時間ほど映画の世界に没頭させれば、きっと両者の怒りも収まるだろうという期待を込めて……。

 以下は、上映終了後のインタビューである。

 * * *

――いかがでしたか?

瓜田純士(以下、純士) いやぁ、衝撃的でした。このところ、いろんな映画を褒めてばかりいたから、今回はけなしてやろうと思ったんですけど、文句のつけようがないわ。すごい映画でした。

瓜田麗子(以下、麗子) 一言でまとめると、「アカン!」。最高の意味でもアカンかったし、やっていることのデタラメさもアカンかったし、切なすぎるという意味でもアカンかった。もっと早い段階で軌道修正して、もっといい環境におったら……アカン! 思い出したらまた泣けてきた(と言ってハンカチで目頭を拭う)。

純士 この映画の家族は、共依存で成り立っているんですよ。貧困という問題も絡んで、ものすごくいびつな共依存になっていた。結果、法を犯さざるを得ない部分もあったけど、見えない絆みたいなものに依存しつつ、家族が成り立っていたじゃないですか。そこが刺さりました。他人事じゃないな、と。

――他人事じゃない?

純士 はい。瓜田家に置き換えてもわかることなんで。ウチも、他の家とは明らかに違うんですよ。でも、他の家がどうであれ、ウチらが共有している暗黙のルールみたいなものがあって。この映画の家族と瓜田家の違いは、法を犯しているか、いないか、だけ。一歩間違えたらウチだってこうなってもおかしくないと思っているから、他人事じゃないんですよ。もし俺が法を犯すようなことがあったとしても、ウチらは普通に夫婦のままでいると思う。そういう絶対的な揺るぎない絆が、リリー(・フランキー)さんと安藤サクラの間にもあったから共感できたし、泣けました。

――なるほど。

純士 リリーさんは、貧困が生んだ、一つの大黒柱。やっていることはセコイんだけど、絶対の大黒柱なんですよ。それに気に入られたくて一人前になろうとする子どもたちが、気の毒なんだけどいじらしくて、たまらなかったですね。

麗子 リリーの生い立ちまでは描かれていなかったけど、彼もきっとネグレクトで育ったんやろうな。だから不器用で、浅はかで。

純士 リリーさんの「万引き以外に教えられることがない」みたいなセリフが強烈だったね。工事現場でもろくすっぽ役に立たないポンコツだけど、本当はいろんなことを子どもに教えてあげたいという父性を持っている。でも、学がないから、それをできないというね。ド底辺エレジーだわ、これは。

麗子 そんなリリーやけども、家族との間に絆はあんねんな。

純士 それってすごく重要なこと。血が繋がっていても心が繋がっていない家族って、世の中にいっぱいいるじゃないですか。帰るべき家に帰ることが不幸の始まりだったりするという。

麗子 つい先日、目黒で女児虐待死事件があったばかりやろ。それと映画がダブってもうて、涙が止まらへんかったわ。

純士 ネタバレになるからストーリーについてはあまり触れられないけど、まあとにかく衝撃的な作品でした。

――役者陣の演技はいかがだったでしょう?

麗子 「きれい」とか「格好いい」で一切売っていない点がよかったわ。

純士 軍人の格好をしているのに髪型をセットしているような映画が多い中、今回は「100裸」で来た。そこがすごい。

麗子 安藤は実際、すっぴんの体当たり演技やったんちゃう? エッチのときだけやろ、化粧をしていたんは。

純士 あの濡れ場は最高だったなぁ。「どうしたんだ、化粧なんかして」とリリーさんが言って、目の前の女房を抱きたいんだけど、照れ臭いからそうめんを食っている。セリフはあまりないんだけど、両者の思いが手に取るようにわかる、すごい間合いだったね。

麗子 安藤は、泣いたらめっさきれいやし。

純士 リリーさんの演技も、神がかっていたよね。

麗子 リリーは、あの痩せ方がええねん。こんなオッサン、下町におるおる、思ったわ。

純士 なで肩で、髪の毛が薄くて、釣具の上州屋で買ったような服を着て(笑)。あの貧相な見た目で、「寒ぃ。雪降りそうだな」と言われたら、こっちまで寒くなるという。肩の力が抜けた素のべらんめえ口調とか、ヤバくなったらへどもど言い訳しながらすぐ逃げようとするところとかも、生まれながらの小悪党って感じで最高だったわ。

麗子 子役の2人も、よかったな。

純士 お兄ちゃんに認められたくて、妹がちっちゃい手で不器用に頑張っていたり、そんな妹をかばうためにお兄ちゃんが体を張ってオトリになったりして、どっちも健気だったよね。お兄ちゃんが、父ちゃんの愛情を何度も確かめる場面も切なかったわ。

――女優陣はいかがでしたか?

純士 樹木希林の達観した感じも、松岡茉優の影ある感じも超よかったですよ。「今日なんかいいことあったの?」「その彼はイケメンなの?」「おしゃべりな男はダメよねぇ」なんて厨房にいる女どもが楽しげに語り合っている脇で、リリーさんがバレバレの手品を子どもたちに教えているシーンなんかは、どの家庭にもある幸福な一瞬って感じで微笑ましかったけど、こんな生活いつまでも続けられるわけないだろと思うと悲しくもなったね。

――そのほか、好きなシーンは?

純士 みんなでドタバタしながら子どもの水着を万引きするシーンですね。俺、十代の頃、団地とかの養生をしに行くバイトをしていて、いろんな世帯を玄関越しに覗く機会があったんですよ。「この狭さで、この人数。いったいどうやって暮らしているんだ?」と思うような家庭が結構あったんだけど、そんときの光景を思い出しました。わちゃわちゃしていて貧乏臭いんだけど、どこか楽しげな東京イーストサイドの光景。

麗子 貧乏メシも、うまそうやったな。

純士 そうそう。カレーうどんにコロッケをのっけて食うと、めちゃめちゃ美味しいんだよ。

麗子 純士は、富士そばでいつもそうしているもんな。やっぱ幸せってお金ちゃうな。愛やねん。

純士 でも世間はそういう家族のことをああ見るんだ、というのも見せたかったんだと思うよ。監督は。

麗子 こんな家族、もしニュースで見たら引くもんなぁ。

純士 でもあの人たちが笑顔で暮らしていたのはまぎれもない事実だという。いやぁ、考えさせられる映画でした。

――不満点は?

純士 強いて言うなら、一点だけ。これは好みの問題だろうけど、いくらなんでもあの唐突な終わり方はないかな、と思いました。断ち切りたいけど断ち切れず、バスの窓を開けてしまって「父ちゃん!」と叫んでしまう。俺だったらそこでオシマイにしたかな。

麗子 議論や想像の余地を残すために、あえてああいう終わり方にしたんやと思うで。ああだこうだ、見終わったあとに話せるやん。

純士 話はもう終わりでいいでしょう。それよりも早く家に帰りたい。最近、セブン(瓜田家の飼い猫)が反抗期だから、もうちょっと厳しめの教育をしなくちゃいけないのかなと思い始めていたんだけど、この映画を見て考えを改めました。帰ったら、セブンを思い切り抱きしめてやろうと思います。

 * * *

 口論しながら現れたときはどうなることかと思ったが、自転車で仲良く並走しながら家路につく瓜田夫婦を見送り、ホッと一安心したのだった。
(取材・文=岡林敬太、撮影=おひよ)

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紀州のドン・ファン怪死事件――資産家の高齢男性は「若い女」「結婚」に何を求めるのか?

 「紀州のドン・ファン怪死事件」――まるで推理小説のタイトルのような事件が、いま世間を騒然とさせている。和歌山県で酒類販売業や金融業を営む資産家・野崎幸助氏が、5月24日、77歳でこの世を去った。自宅寝室のソファーに、素っ裸のままで座り込み、息絶えていたという野崎氏の遺体からは、多量の覚醒剤が検出され、和歌山県警は6月6日、死因を「急性覚醒剤中毒」と発表。遺体に注射の痕がなかったことから、経口摂取したものと考えられ、現在、事件の焦点は、「野崎氏は、自ら覚せい剤を飲んだのか、それとも誰かから飲まされたのか」に絞られている。

 そんな中、世間の耳目を集めているのが、「55歳年下のモデル妻・Sさん」の存在である。そもそも野崎氏は、50億円という莫大な資産を持つとされ、30億円を4000人の女性に費やしてきたと自ら豪語する人物。一昨年2月には、当時交際していた27歳の女性に、自宅から6000万円相当の金品を盗まれて話題を呼んだこともあった。そんな野崎氏が、今年2月に結婚したのがSさんで、その馴れ初めは昨年秋、空港でSさんに一目ぼれした野崎氏が、わざと転倒して“出会い”を演出し、その後デートを続けて結婚に至ったという。

 2月、「現代ビジネス」のコラムで本人が明かしたところによると、周囲から「女は財産目当て」「エロジジイと思われる」などと揶揄されたそうだが、「どうせ嫉妬をしているのでしょう」「金持ち喧嘩せず」「破談を願っている99%の方々には申し訳ありませんが、少なくとも私が幸福になる自信があります」と、力強く反論。しかし、今回の報道で浮き彫りになった2人の結婚生活は、一般的な“幸福な結婚生活”とは大きくかけ離れたもので、野崎氏はSさんに「月100万円のお小遣いとブラックカード」を渡し、月の半分は「別居状態」だったとのこと。果たして野崎氏がこの結婚に満足を覚えていたのか、それとも疑問を抱いていたのか、今となっては知る由もないが、世間に大きな違和感を与えたのは事実だろう。

 果たして、若い女性と結婚した資産家の高齢男性というのは、女性に、結婚に何を求めるのか。そしてそこから浮かび上がってくる“ドン・ファン”像とは――今回、婚活アドバイザーの立花えりこ氏、そして老年学研究者であるライター・島影真奈美氏に話を聞いた。

 東京・銀座にある、結婚相談所「Bゼルム」のアドバイザー・立花氏は、これまで50~70代のシニア婚活を数多くサポートしてきた経歴を持つ。お金持ちのシニア男性が、自分よりかなり年の若い女性とのお見合いを希望するケースは珍しくないそうで、「というか、お金持ちではない男性でも、『会えるものなら会いたい』と若い女性を希望されます」という。

「お金持ちの男性であれば、若い女性とお見合い自体は組めるんですが、成婚に至るケースはかなり少ないです。女性側が、『男性の健康面が不安』『話が合わない』などと思うようで、一方の男性側もしっくりこないと感じ、お付き合いしても長続きしませんね。それから、婚活の場では、男性の熱意がないと成婚に至りにくい面もあるのですが、お金持ちの男性はこれまで女性にモテてきたので、“頑張って女性を口説く”ことをしないんです」

 また、お金持ちの高齢男性が若い女性を求める背景には、次のような点が考えられるという。

「彼らは、お見合いで若い女性と出会えることは出会えるので、感覚が麻痺してきて、『若い女性と付き合うのが当たり前』と思うようになるのかもしれません。また、人前に立つことも多いだけに、自慢になる若い奥さんを求めているという点も考えられます。あと、資産家の方は相続の問題があるので、子どもを産んでほしいから若い女性を望むのかもしれませんね。一方で、女性側がお金持ちの高齢男性に求めるものは、ずばり“経済力”。『お父さんを早くに亡くしていて、年上の男性がタイプ』という方、また『両親も年が離れているから』という方もいますが、それでも『お金がない人はちょっと』というケースが多い。男性側は、女性が経済力を求めていることをわかっていないこともあるので、そこは、我々アドバイザーがわかるように教育していきます」

 野崎氏は、こうした若い女性を求める一般的な資産家の高齢男性とは、一線を画す。お金を使うことに躊躇なく、積極的に女性を口説く野崎氏は、立花氏の目にも「かなり珍しいタイプ」に映るそう。そもそもどんな資産家でも、野崎氏のように55歳も年の離れた女性と結婚するケースは、「結婚相談所では見たことがありません」という。

「その背景には、親族から『相続の問題で揉める』と結婚を反対されることもあると思います。それに、ドン・ファンはSさんに対し、『結婚してくれたら 毎月100万円渡す』と提示していたと報道されていますが、これは契約結婚ですよね。こういった方は、結婚相談所にはいらっしゃらないんですよ。ただ、お見合いパーティに参加を希望される男性で、『とにかく若い女性との出会いがほしい』『前に付き合っていた子は20代だった』と、電話口でお話になっていた方がいました。そういう、何よりも“若い女性と付き合うこと”が目的になっている方は、ご自身のお金が魅力になっているとわかっているのかなと感じますね」

 野崎氏は、若い女性との出会いを求めて、高級デートクラブに登録していたと報じられているが、そこに集うのは“お金第一”という考えの女性であり、お互いのメリットが一致しやすかったのかもしれない。

「ただ結婚生活となると、どうなのでしょう。資産家の高齢男性と若い女性のご夫婦で、奥さんが“遊びほうけている”“仕事にばかり没頭している”など、妻としての役目を果たしていないと、やはり離婚に至るケースは結構あるんです。若い奥さんが来てくれただけでは、男性は満足しない。ギブ&テイクが成り立たなければ、結婚生活はうまくいきません」

 「まだ事件性があるかどうかもわかっていない段階で、『亡くなった』という第一報を知ったとき、ふと『ドン・ファンは腹上死した』と思った」と語るのは、老年学研究者の島影氏。野崎氏の自伝『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』(講談社)に、ホステスを口説き損ねた晩、ホテルで脳梗塞を発症し、三途の川を渡りかけたものの九死に一生を得たというエピソードがつづられているのだが、そこで“もしホステスをお持ち帰りしていたら腹上死していたかも”“そういう最期も悪くない”と野崎氏は語っていたのである。

「なので最初は『あぁ本望を遂げたんだ』と思ったんですが、その後、遺体から覚せい剤が検出されたと報じられ、『まさかそんな展開になるとは』と驚きましたね。ドン・ファンは、著書を読む限り、かなりぶっ飛んでいる人物。若い女性をナンパするためには手段を選ばず、惜しみなく金を使い、道化にもなれる。そこまで徹底されると、年齢差を超えて口説かれる女性がいるのは不思議ではないかなと思います。ただ、あまりにも極端な人物像のため、同年代の高齢男性と比較して……という見方をするは難しそうですが」

 確かに野崎氏は、一般的には考えられないようなナンパ術を著書で披露している。好みの女子大生に「ハッピー・オーラ、ハッピー・エレガント、ハッピー・ナイスボディ。あなたとデートしたい、エッチしたい……」と語りかけるなど、「ドン・ファンは女性に対して、どこまでも図々しいんですよね。目先のプライドにとらわれず、捨て身で口説ける男性は年齢問わず、恋愛市場で捕食者になれる。特にモテ要素がなくても一定のニーズがある上に、ドン・ファンの場合は潤沢な資金力もあったと考えるとかなり強い。ただ、そうは言っても、本に書かれている内容が全て本当かはわかりません。報道では、ドン・ファンが女性にお金を出し渋っていたという内容のものもありましたしね。そこはなんとも言えませんが、本人名義で発信していた“紀州のドン・ファン”のキャラ設定は、かなり異色の存在だったといえるでしょう」。

 そんな枠にはまらない男である野崎氏だが、老年学の見地から、気になる点もあるという。

「年を取ってから若い女性に貢いだり、周囲から見て『バカだなぁ』と思うような恋愛にハマッて身包みを剥ぎ取られてしまうというケースがあります。これは、年を取ると、情動的な満足の方を重視するようになるという、“社会情動的選択性理論”に基づく行動だと考えられます。若い頃は、たとえ嫌な相手でも『メリットがあるから関わっておこう』と考えたとしても、年を取って人生の残り時間が短くなると、そんな気が起きなくなる。『自分にとって楽しいことを優先しよう』と考えるようになると言われます。ドン・ファンの著書を読むと、彼は若い頃から若い女性を追いかけていたようなので、なんとも言いにくいところがありますが、年を取っても若い女性に執着していたのは、社会情動的選択性理論で説明できるところがあるのかもしれない……といったところでしょうか」

 島影氏は、著書の中から、コンドームの訪問販売業をしていた若かりし頃の野崎氏が、顧客である女性を相手にセックスして売り上げを伸ばしたという箇所を指摘し、「ドン・ファンが、お金のためにやりたくないことをやっているのって、本の中ではここぐらいなんですよね。もともと、恋愛に限らず情動的な性格で、それが年を重ねてより強くなったというのは、あるかもしれません」。

「もう1つ気になったのが、ドン・ファンが本を出した後、全国から『私と交際しませんか?』『結婚前提でお付き合いをしませんか?』とファンレターをもらったと、『現代ビジネス』のコラムに書いているんですが、そこで『全員がオーバー40歳以上でありまして中には70代の図々しい猛者もおります』『こんな婆さんとオレ付き合うワケないだろ。どうせ財産目当てだろうから』などと、若くてナイスバディな女以外の女性、年を取っている女性をかなり蔑んでいるんです。それを見るに、“老いへの恐怖”のようなものが極端に強い人だったのかなと感じました。ドン・ファンは著書の中でも、『(自分の)年齢を意識しない』と書いていますが、どちらかというと、“若々しい自分”への強い執着があったのではないかと」

 確かに、「年寄り扱いをされたくない」という高齢者は少なくないだろうが、島影氏いわく野崎氏はそういった感覚とも少し違っており、「なんというか“歳をとること”自体を認めていない、自分すらも拒絶している感じすらするんです」。

「『老い』にはある種のネガティブなイメージがつきまといます。しかしその半面、年老いていくことで得られる豊かさもある。『老い』を完全否定する言動を繰り返していると、実際に年を取り、誰かの助けを必要になっても、手を伸ばせない。周囲も手助けしづらくなる。自分自身の老いを受け入れられず、人間関係にも苦しむことになる危うさを感じました」

 77歳の野崎氏は、すでに“老い”をひしひしと感じていたため、結婚という選択をしたとも考えられる。しかし、そこで待っていたのが突然の死とあっては、何とも言えない物悲しさを感じてしまう。

「“紀州のドン・ファン”というのは、『若い女と付き合ってセックスしたい、そのためにはお金を惜しまない』という何ともシンプルな人物のはず。ただ、そのキャラクターに隠された素顔は一体どんな人物だったのか、正直わからない。謎は深まるばかりですね」

 事件発生からもうすぐ1カ月経過しようとしているが、いまだ「紀州のドン・ファン怪死事件」の報道は鳴り止むことを知らない。果たしてどんな結末を迎えることになるのか、注目していきたい。

「障害者について知らないからこそ、怖いと思っていた」社会が変わるために必要なこととは?

 小1~高3までの障害のある子が通う学童保育のような放課後デイサービス「あいだっく」を運営する上田宏樹さんと、障害があるため企業での就労に不安を感じる人たちが雇用契約を結ばずに働ける就労継続支援B型事業所「アプローズ」代表の光枝茉莉子さん。両氏の対談から、障害を持っているがゆえに、放課後の過ごし方においても働き方においても選択肢が非常に限られてしまうという現実が見えてきた。

(前編はこちら:障害者の「選択肢」を増やす――放課後デイサービスと就労継続支援B型事業所がもたらすもの)

■就学と就職の間にある断絶は、本当に溝が深い

 後編は、「いまは、本人の意志と周りの支援があれば民間就職につながる道も確保されるようになりつつある」と話す光枝さんのお話からスタートする。

光枝茉莉子さん(以下、光枝) アプローズでは、障害者によるフラワーアレンジメントサービスを行っていて、主にネット販売用の商品を制作しています。ただ、障害者スタッフがずっと働き続けるための場所を提供しているわけではありません。ウチに来たのをきっかけに就職したいと考えるようになった方、働く自信を持てた方は積極的に動いてほしい。今年で5年目を迎えましたが、これまでに20名以上の方が企業に就職されました。

上田宏樹さん(以下、上田) 就職は、どういうところへ?

光枝 本当にいろいろです。事務職の方もいれば、経験を生かしてお花関連の会社に就職された方もいます。職場によって、お給料の額は大きく変わります。アプローズはB型事業所なので月に数万円にしかならないのですが、就職すれば少なくとも最低賃金以上は支払われます。就職の前後で彼らの能力に大きな変化があったわけではなくて、環境が変わってしっかり働きさえすればお給料がアップするということなんです。だから私たちは、ずっと事業所に囲い込むのではなく、社会に出る背中を後押しするスタイルを目指しています。

上田 僕たちも、就労支援を考えたことがあるんです。就学中はいろんなものに守られていますけど、卒業してからのほうが人生は長いですよね。高校卒業後の“行き場”を考えてあげたいし、それを望まれる親御さんの声もたくさん届いています。

光枝 就学と就職の間にある断絶は、本当に溝が深いですよね。

上田 残念ながら、僕らは就労支援にすぐには取り組めないんですよ。卒業する子どもたちの数は年々増えていくので、中途半端な状態で始めても、就労支援を待つ子どもの数がどんどん増えていくだけなので。でもいずれ、意外な形で彼らの“仕事”を作れればと思っています。自分で収入を得るってことももちろん大事なんですけど、それ以上に、卒業後の“居場所”が必要です。どこにも行けない子がいる。ずっと家にいるしかない。すると親御さんの人生にも影響してしまう……障害があるというだけで、こんなに選択肢のない人生を余儀なくされるってヘンですよね。そこに風穴をあけていきたいです。

 2018年4月、障害者雇用促進法が改正されたことによって、企業の法定雇用率(常用雇用者数に対する障害者の割合)が引き上げられた。光枝さんはこれを、追い風と見ている。

光枝 障害者の雇用に積極的な企業は増えていますし、特に精神障害の方の採用は、これから増加するでしょう。精神障害をお持ちの方の中には、かつて就労経験があって、そのときにスキルを身につけられているケースも多々あります。そうした人たちが職場で困るのは、能力に関することではなく、多くが対人関係やコミュニケーションスキルの問題です。だから、企業側に障害者への理解を浸透させる役割の方が1人でもいて、彼らの日々の不満や不安に耳を傾けてもらえたら、安定して働ける方は多いと思います。なかには、視覚からの情報がインプットされにくい方もいるので、そういう場合は口頭で順を追って説明してあげるとか。一人ひとりの特性を見極めてフォローしてくれる人が企業側には必要です。

 障害者の就労は、障害者の努力のみによってなされるものではない。企業が受け入れ体制を整え、社会全体も変化していくことが必要なのだと、上田さんと光枝さんは語る。障害者は社会の一員なのに社会とつながりにくい、そんな状況を現在進行形で変えている両氏だが、冒頭で紹介した通り、そもそもは障害者について特に考えることなくこれまでの人生の大半を生きてきた。そのお2人の意識の変化は劇的なものではなく、ちょっとした気づきの積み重ねによってもたらされたもののように見える。最後に、社会が、そして個人が変わるためのヒントとなる、上田さんの言葉を紹介しよう。

上田 僕自身、放課後デイサービスをやっているうちに、ずいぶん変わったと思います。以前は、障害者について何も知らなくて、知らないからこそ、怖いと思っていたところもあった。でも、いまはウチに通ってくれている子みんなが、かわいいと思います。彼らの現在についても将来についても、ずっと考えていきたい。放課後デイサービスや就労支援を通して、障害者がどんどん社会とつながっていって、健常者と触れ合う機会が増えれば相互理解が進むだろうし、そこからさらに好循環が生まれるのではないでしょうか。僕らが放課後デイサービスを始めて6年、社会は少なからず変化したと感じています。これから先は、さらに加速度的に変わっていくといいですよね。
(三浦ゆえ)

障害者の「選択肢」を増やす――放課後デイサービスと就労継続支援B型事業所がもたらすもの

「僕はこの事業を始めるまで、障害を持つ子どもと接したことがなくて」
「前職が東京都庁福祉保健局だったのですが、私もそこに就職するまで、障害がある方は身近にいませんでした」

 互いにそう話すのは、放課後デイサービス「あいだっく」を運営する上田宏樹さんと、就労継続支援B型事業所「アプローズ」で障害者によるフラワーアレンジメントサービスを行う光枝茉莉子さん。ともに障害がある子どもや大人を社会につなぐことが事業内容だ……が、ここまで読んですでに「わからない語句がいくつも出てきた」と思われる読者も少なくないだろう。

■障害がある子にも、絵が好きな子もいれば、そうでない子もいる

「放課後デイサービスとは、障害がある子のための“学童保育”のようなところです。学校が終わった子らが過ごす場で、現在は小学1年から高校3年までの約350人が通っています。国の事業としてスタートした2012年に参入したのですが、僕たちはそもそもデザイン会社なので、『子どもたちが自由に絵を描いて過ごせる場を』と考えてスタートしたんです。でも、ちっとも描いてくれなかった(笑)。これは困ったなと思いましたが、彼らを見て初めて、障害がある子にも、絵が好きな子もいれば、そうでない子もいるという当たり前のことに気づけたんです」(上田)

 そこで、サッカーができる、遊びながらパソコンを学べるなど、多様な内容を用意していった結果、好評を博し、あいだっくは18年5月時点で、東京、神奈川に計9カ所の事業所を展開するに至っている。

 一方、光枝さんが立ち上げた「アプローズ」は就労継続支援B型事業所にあたるが、これは障害があって企業で働くことが難しかったり不安だったりする人たちが、雇用契約を結ばずに働ける施設を指している。

「私は都の職員として働いているときに、障害者の就労支援事業、中でも主にB型事業所を担当していました。そこでの課題は、障害者の工賃アップ。でも行政側からの支援は、運営費や工賃アップを目的とした設備整備に対して補助金を出すなどといったものが中心でした。これでは根本的な課題解決にはならないと感じたので、職を辞して、自分で事業所を立ち上げました。障害者が作り、販売するフラワーアレンジメント商品の売り上げから、彼らに工賃を払うという事業モデルです」(光枝)

 アプローズのアレンジメントはインターネット上で販売しているほか、企業や病院からのオーダーを受けて制作されることもある。

「これまでには、首相公邸や議員会館に飾られるアレンジメントを制作したこともあります。働いている障害者のみなさんが自分たちで納品するのですが、納品先で『すごくきれい』『ありがとう』という言葉をかけてもらえると、とてもいい笑顔で事業所に帰ってくるんですよ」(同)

 お2人の事業はジャンルこそ違えど、共通している点が少なくない。そのひとつが、これまでになかった“選択肢”を提供していることだろう。

「この事業を始めるにあたって、僕も放課後デイサービスの前身のようなところをいくつか見学しました。だいたいは自治体や、親御さんたちによるNPOが運営していて、学校が終わってから家に帰るまでの間、障害を持つ子を“お預かり”しているといった感じで、子どもたちはマンションの一室でゲームで遊んだり、本を読んだりして過ごしている。でも、障害がない子たちには、放課後の過ごし方にもっといろんな選択肢がありますよね。友達と遊ぶとか、習い事や塾に通うとか。あいだっくでは絵とサッカーとパソコンができるだけなのでまだまだですが、障害がある子にとっても選択肢は多いほうがいい。子どもが何をやりたいかって、実は親御さんも知らないことが多いんですよ。親が『うちの子は音楽、ぜんぜんダメで』と言っていたのに、文化祭と称して音楽イベントを催したところ、その子がノリノリで楽しんでいた、ってこともありました。経験しないと、わからないですよね」(上田)

 上田さんによると、まさに“習い事”感覚で、曜日ごとに異なる事業所に通っている子どももいるのだという。

「ただ、サッカーは、始める前に悩みましたね。外でスポーツをさせたいという親御さんの声を聞いていながらも、事業所で友達とじゃれていてかすり傷ができただけでも役所に報告しなければならなかったりと、大変なんですよ。ましてスポーツなんて……と躊躇していました。でも、これも子どもにとっては機会損失ですよね。これから2020年のオリンピックに向けて、きっと日本国民全体がスポーツで盛り上がりを見せる。なのに彼らはスポーツをした経験が少ないから楽しめない……それはおかしい! と考えて、最終的にはサッカーができる事業所を作ろうと決断しました」(同)

「上田さんのお話を伺っていて、選択肢が少ないのは就労支援の現場も同じだと感じました。かつて、“措置”という名目で行政が障害者の通う福祉事業所を決めてしまい、本人たちはそこでの仕事を強いられるという時代がありました。その職場でやりたいことに出会えれば幸運ですが、そうでない場合は働く意欲も体力はあるのに、それを生かせる環境で仕事ができない――ということになります。お花屋さんで働くという選択肢も、彼らにはほとんどなかったんですよね。でも私たちがこうした就業の道を生み出したことで、障害のある方がご自身でネットでアプローズを見つけ、『ぜひ働きたい』と連絡を下さるケースも出てきました」(光枝)

 現在は本人の意志と周りの支援があれば民間就職につながる道も確保され始めていて、実際にアプローズを経て就職を果たしたケースがこれまでにいくつもある、と光枝さんは続ける。後編では引き続き、障害者が社会とつながり、働くためには何が必要かを伺う。

(後編へつづく)

アメフトを見れば、その国の内情がよく分かる!? 国民性を丸裸にする観察映画『ザ・ビッグハウス』

 今、日本で最も注目を集めている競技といえば、アメリカンフットボールで間違いないだろう。日大アメフト部員による悪質タックル事件をめぐる謝罪会見は、既得権にしがみつく指導者たちの保身ぶりと指示に従った部員の純粋さとが、あまりにも対照的だった。旧態依然とした、日本社会の閉鎖性を象徴した事件として語り継がれるに違いない。ドキュメンタリー映画『ザ・ビッグハウス』も、アメフトの本場である米国で盛んなカレッジ・フットボールを題材にしたものだ。アメフトの試合が行なわれるスタジアムを舞台に、世界一の大国であり続ける米国の内情、米国人の国民性を面白いほど浮かび上がらせた内容となっている。

 17人の監督たちがそれぞれカメラを手に、ミシガン大学の名門アメフトチーム“ウルヴァリンズ”のホームグランドであるミシガン・スタジアム、通称“ザ・ビッグハウス”を様々な視点から追っていく本作。10万人を収容する巨大スタジアムを被写体にしたこのドキュメンタリーの中心となったのが、NY在住の想田和弘監督だ。川崎市議員選の舞台裏を映し出した『選挙』(07)、岡山にある小さな精神科診療所の内部を密着取材した『精神』(08)など、ナレーションや効果音をいっさい排したドキュメンタリー手法「観察映画」で国際的に知られている。これまでの観察映画は想田監督がひとりでカメラを回してきたが、観察映画第8弾となる今回は、17台のカメラで10万人以上の観客で溢れ返るスタジアムのダイナミックさを伝えるスケールの大きな作品となっている。従来の観察映画のスタイルを変えた理由を、来日した想田監督はこう語った。

想田「ミシガン大学のマーク・ノーネス教授から、1年間ミシガン大学でドキュメンタリーを教えないかと誘われたんです。それで1年間ミシガン大学にいるのなら、学生たちと一緒にミシガン・スタジアムについてのドキュメンタリーを観察映画の手法で撮ろうと。ミシガン大学のあるアナーバー市の人口はおよそ10万人ですが、ウルヴァリンズの試合がある日は市の人口を上回る11万人もの人たちがスタジアムに集まると知り、いったいどんな状況なんだろうと好奇心に駆られました。学生13人を含む17人でカメラを回し、製作費はミシガン大学が負担と、これまでの僕がやってきた観察映画とは異なる部分もあります。でも観察映画でいちばん大切なことは、事前にストーリーを決めず、監督自身がまず目の前で起きている現象をじっくり見て、そして耳を傾けようということ。その核の部分を守ることが今回の大前提でしたし、編集に大学側が口を出さないことが約束されていたので、みんなと一緒に観察映画をつくることにしました」

 17台のカメラは、それぞれの監督たちの好奇心に応じて、スタジアムの隅々にまで入っていく。ただし、フィールド上で熱戦が繰り広げられているアメフト競技そのものは追わない。スポーツ中継ではなく、あくまでも“ザ・ビッグハウス”についてのドキュメンタリー映画なのだ。肝心の試合内容を映さないにもかかわらず、スタジアム全体が強烈な熱気に覆われている様子を臨場感たっぷりに伝えている。

 パラシュートで降下する海軍特殊部隊の隊員に装着された小型カメラがビッグハウス全体を俯瞰して捉えた迫力あるオープニング映像に続き、国旗掲揚および国家斉唱が始まる。試合開始前から、ビッグハウスは沸騰寸前だ。普段はバラバラで、個人主義のイメージがある米国民だが、10万人を超える人々が国旗や国歌で瞬く間にひとつにまとまっていくシーンには驚きを覚える。

想田「米国は民族も人種もバラバラなので、ひとつにまとまる共通項がない国。逆にいえば、“自分たちは米国人なんだ”という意識だけが共通するもので、それを象徴するのが国旗や国歌であり、ナショナリズムになるわけです。普段はバラバラでも、実は国旗や国歌でパッとまとまる。米国は独立戦争によって誕生した、という歴史的背景もそこにはあると思います。戦争に勝つことによって、国が生まれ、民主主義も手に入れた。戦争や戦うことは、米国人にとっての成功体験であり、国の存立基盤なんです。日本人の意識との大きな違いでしょう。アメフトは戦争を成功体験とする米国人にとって、一種の儀式的な競技とも言えると思います」

 華やかなチアガールや吹奏楽団による応援、熱狂する観客席の様子を映し出す一方、カメラはバックステージへと入っていく。厨房では膨大な量のクラブサンドなどのスナック類が準備されていく。また、スタジアムの外ではストリートミュージシャンやダフ屋がスタジアムへと向かう家族連れに声を掛けている。フィールド上で肉体をぶつけ合っているプレイヤーたちも含め、体を使って働いているのは黒人が多いことに気づかされる。1万円前後するチケットを購入して客席で応援に励むウルヴァリンズのファンは圧倒的に白人が占め、年間670万円を払うVIPルームで観戦しているのは愛校心溢れる白人実業家たちだ。ナレーションやテロップの付いていない観察映画である本作は、観る人の見方によって様々なものを喚起させる。

想田「ミシガン大学は常に世界大学ランキングの20位前後に位置している名門校ですが、私立のスタンフォード大学やハーバード大学とは違って州立大学です。しかし州からの助成金は、一般財源のわずか16%しか受けていません。6割が助成金で賄われている日本の大学とは大きく違うミシガン大学がどのような財政で成り立っているかというと、毎試合10万人以上を動員するウルヴァリンズの収益に加え、卒業生たちからの寄付金なんです。VIPルームの使用料年間670万円も含め、大学卒業後にビジネスで成功を収めた卒業生たちが税金の控除も兼ねて、母校に多額の寄付金を贈ることで、貧困層の学生たちは授業料を免除されて通うことができている。現役の学生も卒業生たちも、大学職員も含め、みんな愛校心がとても強い。そんなミシガン大学のシンボルとしてウルヴァリンズがあるんです。ウルヴァリンズが強いシーズンは寄付金も多いそうです。学生スポーツに頼った大学の経営が健全と言えるかどうかは疑問の余地がありますが、助成金を減らされないよう文部科学省の顔色を気にするだけの日本の大学は、参考にすべき点がいろいろとあるんじゃないでしょうか」

 米国ならではのナショナリズム、マッチョ信仰、社会格差、経済事情など、様々な要素が見えてくる本作。17人の監督たちが撮った多彩な映像は、ディスカッションを重ねた上で、想田監督が中心となって編集し、上映時間119分の映画へとまとめられた。また、撮影が行なわれた2016年秋は大統領選挙の真っただ中でもあり、トランプ大統領にちなんだ幻のエンディングが用意されていたことを想田監督は打ち明けてくれた。

想田「トランプが大統領に当選した直後の試合でしたが、スタジアムの前で反トランプのデモ行進が行なわれていたんです。デモといっても6~7人の女性を中心にしたとても小規模なもので、観戦に向かっていた白人の男性トランプ支持者たちが酔いに任せて、デモ隊に対して卑猥な言葉を浴びせてからかっていました。その様子を僕はたまたま撮っていたので、スタジアムのすぐ外で起きた面白い出来事だと思い、映画のエンディングにしていたんです。実際、かなり強烈なシーンです。ところが、スタジアムをいろんな角度から切り取った『ザ・ビッグハウス』ですが、このシーンを最後にすると全部このシーンに持っていかれてしまうと、17人の監督の間で賛否両論になりました。話し合っても決着がつかず、最後は僕が提案する形で民主主義的に決めようと、多数決をとることにしました。結果、圧倒的に『このエンディングはカット』に票が集まった(苦笑)。ミシガンの人たちにとっては、ビッグハウスはとても神聖な場所なんです。その場所がトランプに汚されるのが我慢ならないという空気も感じました。僕ひとりが監督だったら、このエンディングにしていたと思いますが、民主主義的なやり方で決めたので遺恨はありませんよ(笑)。僕の考えたエンディングは幻となりましたが、決してミシガン大学のプロモーション映像ではない、いろんな発見のある観察映画に仕上がったと思っています。学生たちもドキュメンタリーの理論を学んだだけでなく、実際に映画を責任感持って撮り上げたことで、短期間でものすごい成長を見せてくれました」

 かくして、米国社会の内情を映し出した『ザ・ビッグハウス』は完成した。今年4月より公開中の想田監督の前作『港町』が日本社会の縮図のようなミニマムかつ静謐な世界を描いていただけに、とても対照的な作品となっている。機会があれば、過疎化が進む地方の集落を舞台にした『港町』と『ザ・ビッグハウス』を見比べてほしい。両作を見比べることでの発見もあるだろう。また、世代も国籍も異なる他の映画作家たちとの共同作業を経験したことは、想田監督にとって大きな刺激にもなったようだ。

想田「これまでは一人でカメラを回してきたんですが、ケースによっては大人数でカメラを回すのもいいかなと考えるようになりました。大きなスケールのものには、今後も挑戦してみたいですね。2020年の東京オリンピックも興味あります。もし、東京五輪を撮らせてくれるなら、喜んで撮ります。でも、僕が最終的な編集権を持つという点だけは絶対に譲れませんけどね。それでよければ、ぜひ(笑)」

 想田監督が撮る観察映画はこれからどんな社会を切り取り、新しい発見をもたらせてくれるのか楽しみではないか。
(文=長野辰次)

『ザ・ビッグハウス』
監督・製作・編集/想田和弘
監督・製作/マーク・ノーネス、テリー・サリス
監督/ミシガン大学の映画作家たち
配給/東風 + gneme 6月9日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 
(c)2018 Regents of the university of Michigan
※想田監督の新刊『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』(岩波書店)が発売中。
http://thebighouse-movie.com