“炎上弁護士”唐澤貴洋弁護士が語る「日本人最多殺害予告」の真実とは?

 日本人最多とされる殺害予告を受け、6年以上に渡って誹謗中傷を受け続ける「炎上弁護士」唐澤貴洋が、初の著書『炎上弁護士 なぜ僕が100万回の殺害予告を受けることになったのか』(日本実業出版社)を12月13日に上梓する。自身の生い立ちから弁護士を目指すまで、そして“炎上”との戦いの日々が赤裸々に明かされた1冊となっているが、同時に唐澤弁護士は『AbemaPrime』(AbemaTV)、『バラいろダンディ』(TOKYO MX)に出演、メディア露出にも積極な姿勢を見せるようになっている。

 同書では「ネット炎上に巻き込まれない方法」として、「情報発信には細心の注意を払う」こと、究極には「ネット上に書き込み自体しない」とまでつづられているが、一体なぜ“炎上弁護士”は、自ら公の場に登場するようになったのか。本人を直撃した。

唐澤 一番の目的としては、本を出したことと同じ理由になりますが、法改正に向けて新たな手法を取ることにしたからです。さまざまな場所で主張していることですが、現在のプロバイダ責任制限法には複数の問題点があります。犯罪が行われている場所を提供する、プロバイダーや掲示板管理者にかかる「責任」を「制限」するということを主とした法律になっているのです。

――殺害予告やプライバシーの侵害といった、ネット上の犯罪をもっと厳しく取り締まるべく、法整備を進めたいということですね。

唐澤 はい。罰則の強化に加えて、義務教育でネットリテラシーを扱うなど、改善すべき点はいくらでもあります。以前は自分が矢面に立つことに抵抗があり、メディア露出は最低限に控えていたのですが、誰かが問題を問題と言わないと現状は改善しないと思うようになりました。そこで、親しくさせていただいているメディア関係者の方々の助言もあって、「今後は自ら出ていくことにしよう」と考えたんです。

――でも、それでは余計に炎上を招きかねないのでは?

唐澤 悪目立ちはしたくありませんが、これまで縁のなかった方々と知り合う機会も増えていて、これが法改正や状況改善に発展すればと思います。その過程で叩かれることも覚悟しています。

――しかし、ネットで出回っている似顔絵よりも、ややふくよかになられた印象です。

唐澤 あのイラストは一応オフィシャルなんですよ。ネット上の事件を担当するようになった当時は、やはり自分の顔を出すことに恐怖感があったため、知人のクリエイターに依頼して描いてもらいました。その後、あれよあれよと“炎上弁護士”になってしまい、その知人からは「絶対に自分の名前を出すな!」と言われているのですが(笑)。

――あのイラストも恒心教(※唐澤ウォッチャーの総称)の作品なのかと思っていました。

唐澤 実は違います。それを勝手にシールにされたり、MMD(※MikuMikuDance=3DCGソフトウェア)のモデルまで登場したり。中にはとても面白いものもあって、ついつい見てしまいます。

――弁護士が自分のMAD動画を面白がったらダメじゃないですか。著作権違反ですよ。

唐澤 著作権は侵害されているし、何より私の名誉が著しく毀損されています。でも、笑っちゃうんですよね。

――ネットを見て笑っている唐澤弁護士は、ちょっと想像がつきません。

唐澤 ネット炎上と戦ってはいるものの、ネット自体が嫌いというわけではありません。今の唯一の癒やしは深夜に見るYouTube。好きなYouTuberはかずさん、ヒカルさん、ラファエルさん、MEGWINさんとか。「オレがオレにオンデマンド!」。

――そんな意外な趣味が(笑)。ネット界隈というか文化みたいなものは、もともと好きだったんですか?

唐澤 学生の頃から好きでした。なんというか、メインストリートにあるもの、例えばゲームでいうと周りの友達は『スト2(※ストリートファイターII)』で盛り上がってるんですけど、僕はそちらにはいかなくて、光栄(現在はコーエーテクモゲームス)の『水滸伝・天命の誓い』とか、『シムシティ』みたいなゲームにハマりました。CD-ROMではなく、フロッピーディスクの時代だったと思うんですけど。サウンドボードをPCに差し込んで、それまで鳴らなかった音が鳴ったときの感動は忘れられません。

――明らかに“お前ら”寄りの青春時代。

唐澤 おっしゃる通りです。でもアニメとかアイドルとか、いわゆるオタク方面には食指が動かず、どちらかといえばアングラ界隈の住民だったと思います。「探偵ファイル」とか「あやしいわーるど」も見ていましたし、三才ブックス、鉄人社の本とかも読んでいました。サイゾーももちろん愛読していますよ!

――それはどうも(笑)。その頃はBBSに悪口を書き込んだりなんてことも……?

唐澤 いえ、書き込みをしたことはありませんでした。あめざー(※リンク集とBBS群からなる有名サイト「あめぞう」ユーザーのこと)だったとは思いますが。

――ROM専(Read Only Member)だったと。聞けば聞くほど、ネット炎上の“加害者側”の素養をお持ちのような。

唐澤 自分に対する殺害予告犯が逮捕されて、接見した時には、少なからずそう感じている自分がいました。まったく擦れてない、自分がやったことが罪になるとは夢にも思っていないような少年の顔を見て、「ああ、彼は俺なのかも知れない」と。

――唐澤さんはぶっちゃけ、いじめられっ子でしたか?

唐澤 それはないと思いますが……でも小学生の時、自分をからかってきた同級生を思い切り突き飛ばして、教室が騒然となったことはありました。そのときから、周囲からの見られ方が変わったというか。

――それは、見直されたというよりも……?

唐澤 完全に引かれましたね(笑)。その頃からずっと浮いてる子どもだったと思います。陰キャの中二病で、パリピという言葉は当時ありませんでしたが、そういった人と真逆の人間でした。

――そんな唐澤少年が弁護士になられた経緯は、ぜひ『炎上弁護士』を手に取って確認していただくとして。「ネット炎上」以外の弁護士活動以外に、何か印象的なエピソードはありますか?

唐澤 まだ弁護士として活動を始めたばかりの頃に請け負った仕事なのですが、とても印象深いことがあります。当時は営業活動に必死で、タクシーの中でまで名刺を配っていたのですが、あるとき運転手さんから「自分の知人を助けてやってくれないか」と、依頼人を紹介されました。詳しくはお話できませんが、その方はとてもお金に困っていて、弁護士費用は勝訴して取り返したお金の一部だけで構わない、という条件で引き受けることにしたんです。

――それは業界的には珍しいことですよね?

唐澤 あんまりないでしょうね。依頼主の方もそこは理解していたのか、裁判所で「せめてこれくらいは受け取ってください」と、裁判所の地下でコーヒーをご馳走してくれました。最終的に勝訴して報酬もいただきましたが、あのときのコーヒーには、それ以上の価値があったと今でも思っています。

――最後に余談ですが、これだけネット炎上で有名な唐澤さんにも、有名人や芸能事務所から依頼がくることはあるのでしょうか?

唐澤 お名前は言えませんが、いくつも頂いていますよ。掲示板の根も葉もないウワサの書き込みを消してほしいとか、昔のグラビア写真を削除したいとか。アップする方は軽い気持ちでも、当事者たちからすれば、死活問題でしょうからね。

――やはりネット上に、安易な気持ちで悪口や個人情報を書き込む風潮自体、今後見直されていくべきですね。

唐澤 それ、サイゾーが言っちゃダメなんじゃないですか?(笑)。

(取材=編集部)

 

●唐澤貴洋(からさわ・たかひろ)
1978年1月4日生まれ。法律事務所Steadiness運営。
法律に関するご相談、お問い合わせはオフィシャルサイトへ。
https://steadiness-law.jp/

元アイドルネッサンス・原田珠々華が語る、グループの解散とアーティストとしての未来

 2018年2月24日、8人組アイドルグループ「アイドルネッサンス」が解散した。クオリティの高い音楽を数々生み出し、たくさんのファンを獲得してきた彼女たちだけに、グループの解散を惜しむ声は多かった。

 解散から4ヶ月後、メンバーであった原田珠々華は、自ら曲を作り、ギターを持って歌うという、「ソロ活動」の道を選んだ。アイドルネッサンスとしての時間は、彼女の中でどんな存在になっているのか? 新たな道で彼女が目指す未来とは――? 1stワンマンライブを直前に控えた、彼女の等身大の気持ちを伺った。

* * *

――アイドルになろうと思ったキッカケは?

原田珠々華(以下、原田) 元々アイドルを見るのは好きだったんですけど、自分がアイドルになることは考えていなかったんです。でも、アイドルネッサンスのライブを見た時に、一番前に出ていたのが「自分たち」ではなく「歌」で、それがすごいなと感じて。それで候補生のオーディションを受けようと思いました。

――6人で活動していた中、2016年に、原田さんと野本ゆめかさんが新メンバーとして加入したわけですよね。心細さなどはありましたか?

原田 もう本当に心細くて。同期のゆめかがいたから、救われていた部分があります。彼女がいなかったら、絶対、すぐにくじけちゃってた。ゆめかとは、仲が良すぎるっていうくらいに仲良しで。性格は自分とは正反対で、それがすごい羨ましかったし、憧れてました。今でも、お互いが頑張れたらいいなって思います。

■一番の思い出は「ファンから求められていたこと」

――アイドルネッサンスに入って、一番思い出に残っていることは?

原田 ファンの方の存在ですね。初めて自分のことを「推し」と言ってもらえて、“誰かから求められている”と感じられたのが一番嬉しかったし、印象に残ってます。

――記憶に残っているライブは?

原田 去年、地元・神奈川の「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」でやったライブです。その時に、「前髪」という曲を初披露したんです。出だしを私が歌うんですが、それまで練習で一回も決まったことがなかったんですよ。でも、本番で初めて、「これだ!」って思えて、達成感がすごくありました。

――解散が決まった時のお気持ちは?

原田 「やりきったな」と。ただ、解散が近づいてくるにつれて、卒業式が近づいてくるみたいな感覚で。「つらい思い出とかも、全部本当は楽しかったんだな」って思い返したりしましたね。

――今振り返ってみて、アイドルネッサンスはどんなグループでしたか?

原田 改めてすごいグループだったなと思います。まるで、水のように、何にも染まっていなくて、それでいて全員がいろんなことに迷って、いろんなことを考えて……。同じものを目指していたということ、メンバーであったことを誇りに思ってます。

――2月の解散から6月のソロ活動始動までの間は、どのように過ごしていましたか?

原田 やりたいことを決めるまでに結構時間がかかりました。ギターと歌でやっていくなら、まだまだ技術が足りなすぎるなと、たくさん練習をしていましたね。

――その間、石野理子さんが「赤い公園」に加入したり、比嘉奈菜子さんが舞台の主演を務めるなど、他のメンバーもソロ活動を始めていましたよね。

原田 正直焦りはありました。いつか、「この子もアイドルネッサンスだったんだ」と思われたいから、“みんなに頑張ってほしいし、全員が何かで成功すればいい”って応援する気持ちもあるんです。その反面、自分のことに精一杯で、他の人のニュース見ると、どんどん追い込まれていって……。

■背中を押してくれた母の言葉

――ソロ活動に挑戦しようと決意したのはなぜですか?

原田 一番大きかったのは、母からの助言です。シンガーソングライターという方向にしても、私よりずっと前から路上で歌ったり、ライブ活動をしている方もいるわけで。その中にいきなり混じって通用するのかと、怖かったんです。でも、それまで私がTwitterにアップした弾き語り動画に反響があったことを、母が「見てくれている人がいるってことは、あなたには何か伝える力があるんじゃない?」と言ってくれたんです。それで勇気が出ました。アイドルネッサンスで一回終わった物語の続きが描けるんじゃないかなと思ってます。

――グループ時代と比べて、一人でステージに立つ感覚は違いますか?

原田 違いますね。グループの時は周りのメンバーに頼っていた部分があって、まずは「このライブをやりきる」という感覚でやってしました。でも今は、「この会場にいらっしゃるお客様を楽しませる」っていう気持ちと、「もっと上に行くからその姿を見てて!」っていう思いも届けなきゃいけないと思うようになって。自分で見せたものが全部自分に返ってくるので、意識が変わりました。

――今は、アイドルのライブイベントで歌う機会が多いかと思います、そのあたりはどう受け止めていますか?

原田 「好きな音楽を届けたい」っていう気持ちは、どういう風に見てもらえたとしても変わらないと思っています。

――以前、「キャラが定まらない」と仰っていましたが、ソロになって、キャラは見えてきましたか?

原田 「キャラが定まらない」って言い出したのも、そういうキャラにするためなんですよ! 「キャラが定まらないキャラ」にしちゃえば、自分がこれから何になっても許されるんじゃないかと思って(笑)。実際そう言い出してから、ブログの書き方とかも自由になった気がしたし、結構受け入れてもらえている気がしたので、今でもそのキャラは続いてると思ってます。

――原田さんのファンの方は、どんな人が多いですか?

原田 文学的な人が多いなっていうイメージです。私は結構ブログが長い方なんですが、それにつられてなのか、ファンの方のコメントもすごい長いんですよ(笑)。あとは、すごく賑やかな人もいらっしゃって、私とは正反対だなと、逆に励まされたりします。

――先ほどの話にもあったTwitterの弾き語り動画を含め、SNSを積極的に活用している原田さんにとって、SNSはどんなツールですか?

原田 自分の中で、一番の武器かなと思ってます。結構ちっちゃい頃から趣味程度にやってたんですよ。やっぱり自分が「こうしたい」って思ったことをすぐに発信できるから、SNSは大切だなって。

■「Fifteen」に込められた思い

――11月3日にデジタルリリースされた「Fifteen」は、まさに15歳の時に作られたとか。

原田 16歳になる前日に作りました。誕生日を迎える前に「一曲作りたい」って思って、その翌日に作ってできたのがこの曲です。結構悩んで曲作りするタイプで、それまでは時間をかけて作っていたんですけど、「Fifteen」は今の思いを全部書いたので、すぐにできたのかなって思ってます。

――曲の背景には、アイドルネッサンス時代を含め、15歳の原田さんが反映されているのかなとも思います。

原田 それはありますね。15歳って、私にとってすごい大きくて。今までの人生で一番なんじゃないかってくらい楽しかったんです。学校も、アイドルネッサンスとしての活動も充実してたなって思うし。そういう思い出を、16歳を過ぎてつらくなった時にも思い出せるように、という気持ちが込められているんです。

――曲を作るときは、詞と曲、どちらが先ですか?

原田 「この歌詞のサビだったら、このメロディーをつけたい」って思って、当てはめていくことが多いですね。

――曲作りの上で、影響を受けたアーティストはいますか?

原田 曲によって、影響受ける人は違うんですが、一貫してこの人っていうのは、やっぱり星野源さんです。ずっとファンなんですけど、歌詞の世界観がすごい好きで、詞の感じとかはすごく影響を受けています。

――今好きなアイドルグループは?

原田 「tipToe.」さんが好きです。アイドルネッサンスファンの方が結構ライブに行ってるっていう噂を聞いて、この前初めてライブ見させていただいたんですけど、アイドルネッサンスと少し近い匂いを感じることもあったりして。ファンの方が、tipToe.さんを好きな理由もわかるし、すごい素敵なグループだなって思います。

■初のワンマンライブに向けて

――12月に1stワンマンライブがありますが、準備のほうはいかがですか?

原田 いろんな方がほんとに私のために動いてくださっています。私も、もうちょっとレベルアップした姿を見せたいと思っているので、「いろいろと準備中」という感じです(笑)。曲も作って、もう完成に近づいてきています!

――バンドセットと、アコースティックと2回ありますが、それぞれ「ここに注目して!」というところは?

原田 バンドセットの時は、自分の明るい面を打ち出したようなパフォーマンスを見せようと思ってるんですけど、アコースティックの時は、ちょっと自分の深い部分や暗い面も見せつつ、“暗いけど励みになる”ような感じにできたらいいなと。

――来年以降の展望などがあれば聞かせてください。

原田 自分の中で、「絶対成功したい!」って思っている理由のひとつに、「どうせダメだろ」って思っている人たちへの悔しさがあるんです。その気持ちが一番バネになってる気がして。もちろんそれだけではありませんが、私の音楽を純粋に聴いてくださる方や、それ以外の方にも、もっと音楽を共有してもらえたらいいなと思っています。あとは、自分を救うためにやってる部分もあるんですよね。夢はワンマンで横浜アリーナに立つことです!

――では、そのファンの方に向けてメッセージがあればお願いします。

原田 いつも応援してくださって本当にありがとうございます。今も変わらずに思っているのは、「ファンの方がいなければ、私は何もできてないし、成り立ってない」ということです。私は絶対にもっと大きい舞台に行くので、それを見守って下されば嬉しいです!

* * *

 新たな道を見つけ、突き進む彼女からは、アイドル活動を経てきたからこその「表現者」としての顔が見えてきた。

 選んだ道が正しいかどうか、答えはすぐには出てこない。しかし、確固たる信念を持っていれば、何かしらを掴むことはできるはずだ。結果がどうであったかは、必ず歴史が証明してくれる。その未来は、きっと輝かしいものであるだろう。

(取材・文=プレヤ-ド)

●原田珠々華(はらだ・すずか)
2002年神奈川県生まれ、16歳。2016年より「アイドルネッサンス」のメンバーとして活動。2018年2月のグループ解散後、6月よりシンガーソングライターとしてソロ活動をスタート。数々のライブイベントに参加している他、12月には、初となるワンマンライブも控えている。

公式サイト:https://www.haradasuzuka.com/
Twitter:@harada_suzuka
Instagram:harada_suzuka_official
LINEブログ:https://lineblog.me/haradasuzuka/

◆デビュー曲「Fifteen」配信中!
https://linkco.re/0EsF61Pn

◆「Fifteen」ミュージックビデオ公開中!

■原田珠々華 ワンマンライブ~BAND SET~ 「ハジマリのオト」
日時:2018年12月13日(木)開場18:15/開演19:00
会場:渋谷WWW
チケット:¥4,800(税込)別途ドリンク代
Band Member : 山本幹宗(G)、おかもとえみ(B)、戸高亮太(D)、野崎泰弘(Key)、
Asuka Mochizuki(Vl)、井上陽介(S.G&A.G&Banj)

■原田珠々華 ワンマンライブ~Acoustic Set~ 「title」
日時:2018年12月23日(日)開場16:15/開演17:00
会場:下北沢GARDEN
チケット:¥3,800(税込)別途ドリンク代

主催・企画・制作タワーレコード株式会社
協力・問合せオデッセー03-5444-6966(平日11:00~18:00)

ヒップホップ界とフォーク界の“異端児”が、すき焼き店で邂逅~5lack×前野健太対談【前編】

 

 ラッパーの5lackが、オリジナルアルバム『KESHIKI』をリリースした。前作『夢から覚め。』から約3年、5lackを取り巻く景色は大きく変化している。RADWIMPS・野田洋次郎のソロプロジェクトillion やSILENT POETSとのコラボ、若手ラッパーの客演をこなし、過去作の配信やストリーミングも解禁。さらに今年は、フジロックフェスティバルのRED MARQUEEに立った。11月には東京・赤坂BLITZでのワンマンライヴも成功させている。

 まさに順風満帆に見えるが、そんな5lackはいま何を思うのか? 今回日刊サイゾーで取材するにあたり、彼は対談を希望した。その相手は、シンガーソングライターの前野健太。一見、共通点のなさそうに見える2人だが、5lackは彼をどのように見ていたのか? そして前野健太は『KESHIKI』をどのように聴いたのか?

■僕がポルノ俳優だから気になってたんですか?

――5lackさんが対談というのは珍しいですね。

5lack 本当にこういうことは全然しないですね。でもマエケンさんのことはずっと好きで、気になる存在だったんですよ。今回アルバムも出したし、ちょうどいい機会だと思って。お声がけさせてもらったんです。

前野健太 それは、僕がポルノ俳優(安齋肇監督映画『変態だ』主演)だから気になってたってことですかね?

5lack いやいや(笑)。マエケンさんには孤高な存在感があるんですよ。俺もずっと1人で活動してるし、同じ目線で音楽を作ってる感じがするというか。勝手にシンパシーを感じてましたね。

前野 え、本当? うれしいなあ。

5lack 実は俺とマエケンさんって、世の中に出てきたタイミングがほぼ一緒なんですよ。1stアルバム『My Space』を出した頃、俺はまだ実家にいて。家族と一緒にスペシャ観てたら、俺の曲と一緒にマエケンさんのMVが流れたりしてて。うちは父親も音楽好きで、ボブ・ディランはもちろん、曽我部恵一さんみたいな日本のロックやフォークもたくさん聴いてたんです。そんな父親のアンテナにマエケンさんは引っかかってて。俺は父親からすごく音楽的な影響を受けてるから、マエケンさんをずっと「タダ者ではない」と感じてましたね。

前野 僕も5lackさんのことは知ってましたよ。ライターの磯部涼が、ヒップホップとフォークを同じ感覚で取り上げたりしてたから。5lackさんは醸し出す存在感から、なんとなく「詩人なんじゃねぇか」と感じてましたね。あと、ヒップホップの人は怖いなって。

5lack 俺もマエケンさんは怖い人だと思ってましたから。俺の音楽について、いろいろ指摘されちゃうというか。「甘いよ」みたいな(笑)。

 

■長渕剛の「Myself」をカラオケで歌ったら、ブチ上がった

――実は10月19日にWORLD KYOTOで開催された、アパレルブランド・UNDERCOVER主催のイベント「UNDERCOVER KYOTO OPENING PARTY “HATE DANCE LOVE DISCO”」で2人は競演しているんですよね?

5lack はい。最初に会ったのは、イベント前日のすき焼き屋さんでしたよね。オールナイトイベントで、しかもスケジュール的に翌日に打ち上げができないから、みんなで前乗りして決起集会的なことをしたんですよ。

前野 そこでジョニオさん(高橋盾/UNDERCOVERデザイナー)が、5lackさんを僕に紹介してくれたんです。

5lack しかも俺らのテーブルには、ノブさん(北村信彦/HYSTERIC GLAMOURデザイナー)もいたんです。料理は普段からするんですけど、すき焼きは作ったことなくて。でも俺が一番年下だから、備え付けの説明書を見ながら、とりあえずしっかりすき焼きを作りました。

前野 5lackさんはとにかく手際が良くて、僕らのテーブルのが一番美味しそうだった。最初は勝手に怖い人だと思ってたけど、「5lackさんは、すき焼きを美味しく作る人」なんだなって。

5lack マエケンさん、俺のすき焼き作りを、すっごい褒めてくれるんですよ。ジョニオさんやノブさんからチェックが入るんだけど、マエケンさんは「5lack、ヤバい」「このすき焼き、美味しそう」とか言ってくれるから。

前野 あのすき焼き屋さんがよかったよね。お互いに柔らかくなった。

5lack そのあと、みんなかなり酔っ払った状態でカラオケに行ったんですよ。そこで俺が長渕剛の「Myself」を歌ったら、マエケンさんがブチ上がってくれて、音楽的にも一気に意気投合したんです(笑)。

前野 僕ね、「Myself」が大好きなんですよ(笑)。それに5lackさんの声が最高で。歌声を聴いて、僕の中で何かが開いたんですよ。めちゃくちゃ酔っ払って、ジョニオさんに「やべえ、こりゃ詩人だ。声が詩人だ」とか言いまくってたのは、なんとなく覚えてますね。

■「詩人」とは、真実をさらっと教えてくれる人

――マエケンさんが考える「詩人」とは、どんな人ですか?

前野 さらっと真実を教えてくれる人。何かが見えてる人。

5lack そのニュアンスは、なんとなく理解できますね。別に歌詞がどうこうとか、そういうことではなくて、存在で何かを語る人。何かを感じさせる人。そんな感じですよね?

前野 うん、職業ではないんですよ。街中にもたまに「詩人」がいる。例えば、競馬場とかね。いろんな人に紛れてるんだけど、「詩人」がいる場所には、いつもすーっと光が降りてきている。あと、場外馬券場でよく見かけるおじさんがいて。彼も「詩人」ですね。いっつも足元にツバ吐いてるんですよ。でも、そこに自分が着てたジャケットを落としちゃうような人で。あの人は完全に「詩人」。予想は外しまくってるし、ボーッとしてるんだけど、何か大切なものをつかんでる感じがする。ポロッと真実めいたことをつぶやくことがあって。

5lack 自分で自分のことを詩人だと思ったことはないけど、俺、普段からどうでもいいことをずっと考えちゃうタイプなんですよ。例えば、クローゼットの取っ手を見て「なんでここを湾曲にしたのかな」「まっすぐでもいいじゃん」とか。そういう本当にどうでもいいこと延々と考えて、独自の推測をどんどん深めていくタイプなんです。普通に生きてると「そんなことやる必要ないじゃん」ってことがたくさんありますよね? じゃあ、やらなきゃいけないことってなんだろうって考えると、やる必要のないことをやることが人生なのかなって。

前野 何言ってるか全然わかんないよ……(笑)。

 

■日本語が拡張して、新しい何かになる感覚

前野 僕、UNDERCOVERのイベントで観た5lackさんのライヴに、衝撃を受けたんです。日本語が拡張しているように感じた。言葉が新しいものになっていくというか。

5lack 前日のカラオケの段階から、マエケンさんは造形的な表現で俺のことを褒めてくれてましたね。「抑えられたテンションがここでこう来て、スッと入ってくる感じ」みたいな(笑)。

前野 5lackさんがillionとの曲「Hilight」を歌ってたんですよ。その歌詞がすごくカッコよかった。存在も詩人なら、歌詞も詩人だなって。さらにライヴを観て、音楽や言葉を通じてあぶり出したいものが自分とかなり近い人なんだなって思えたんです。正直な話、戦慄が走りましたよ。それくらい良かった。僕はこれまで言葉が持つ音よりも、その意味のほうを大切に、たぶん歌詞を書いていたけど、5lackさんは言葉を引き伸ばしたり、すっ飛ばしたりしてて、日本語で遊んでる感じがした。言葉の持つ可能性を、もっと広げてると思ったんです。

――前野さんは『サクラ』をリリースした際のインタビューでも、「これまでは作詞する上で意味にとらわれすぎてる部分があった」と話していましたね。

前野 そうですね。個人的にここ何年か自分の課題だと思っていたことを、5lackさんはライヴでドンピシャに体現していたんです。しかも、僕は前日のカラオケではしゃぎすぎて、ボロボロに燃え尽きていたんですよ(笑)。だから余計効いた。だって僕、夕方までホテルから出られませんでしたからね。

5lack 実は俺、マエケンさんが酔っ払って帰る様子を、こっそり見てたんですよ。俺も酒が好きだから、マエケンさんが酒でボロボロになるのを見て、ちょっとホッとしてて。「あっ、こっち側の人なんだ」みたいな(笑)。ヒップホップの人ってすごいお酒飲みそうな雰囲気だけど、実際には全然飲まない人が多くて。特に若い子とか。それが内心ちょっと寂しかったんですよね。

前野 そうなんだ。僕はいつもあんな感じなんですよ。後日、ジョニオさんに、5lackさんと僕が肩組んで歌ってる写真を見せてもらったけど、まったく記憶になくて。正直「またやっちゃったなぁ」って落ち込んでたんです。初対面のお酒の席でめちゃくちゃ絡んで、翌日ドン引きされることがよくあるんで。そしたら今回対談のお話をいただいて、驚いたと同時にホッとしたんですよね。「嫌われてなかったんだ」って(笑)。
(後編へ続く/取材・文=宮崎敬太)

「セックスレスだけど子どもが欲しい」は間違いなのか? 不妊治療専門病院の医師に聞く

 2017年、一般社団法人日本家族計画協会が発表した「男女の生活と意識に関する調査」において、約半数もの夫婦が「セックスレス」という結果が出たことは、世間を大いに驚かせた。夫婦間のセックスには、愛情の確認やコミュニケーション以外に、子作りを目的とするケースがある。ゆえに、少子化問題や人口減少問題と結び付け、“セックスしない日本の夫婦”を否定的に見る向きもあるが、その当事者もまた、子どもを授かりたいという思いを抱きながら、「セックスレスを克服できない」と悩んでいるケースも存在するのだ。

 事実、ネットの掲示板などには、「セックスレスだけど妊娠希望」で、「人工受精を考えている」という書き込みが少なくない数確認できる。しかしその半面、「セックスできない相手と子どもをもうけるのは不自然ではないか」「2人でセックスレスを解消するのが先」といった意見を目にすることもある。

 セックスレス夫婦の増加傾向に終わりが見えない現在、この「セックスレスだけど子どもが欲しい」という夫婦の悩みや葛藤は、さらに顕著になっていくのではないか。今回、体外受精・不妊治療の専門病院である「六本木レディースクリニック」院長・小山寿美江氏に取材を行い、「『セックスレスだけど子どもが欲しい』という考えは、間違っているのか?」と率直な疑問を投げかけてみた。

――「男女の生活と意識に関する調査」では、47.2%の夫婦がセックスレスと回答したそうです。

小山寿美江氏(以下、小山) 当院に来院される不妊治療希望のカップルには、20代、30代の方も多いのですが、月の性交回数は1~2回という場合が多く、「少ない」と感じます。不妊の原因はセックスをあまりしていないからで、もっと回数を増やせば妊娠するのではないかと思うことがよくあります。

――よく「健康な夫婦が、避妊せずに普通の夫婦生活を営んでも、1年間妊娠しない状態」を不妊症と定義すると聞きますが、月1~2回は“普通じゃない”ということでしょうか?

小山 そのあたりは曖昧にされており、実際に「月何回」という基準はないんです。ただ私は、週1~2回が「普通」なのかなと思っています。なので、妊娠希望のカップルが月1~2回というのは、やはりかなり少ない印象ですね。当院は不妊治療専門病院なので、一般的な産科を受診されているカップルの月の性交回数は知ってみたいとは思います。もし、性交回数が多いのであれば、やはりセックス回数の少なさが不妊症につながっているということなので。

――セックスの回数が少ない、もしくはセックスレスになっている夫婦が多い理由は何だと思いますか?

小山 共働きのカップルが増え、ご主人と奥さんそれぞれの都合で、「セックスのタイミングが合わない」のが一番の理由ではないでしょうか。例えば、ご主人が平日も夜遅くまで仕事をしなければいけなかったり、せっかくの土日も接待でゴルフに行かなくてはならず、なかなかタイミングを合わせられない……といった話はよく耳にしますね。また、単純に共働きで疲れてしまってセックスができないという理由もあると思います。なぜタイミングを合わせてくれないのかと、カップル間で喧嘩になり、よりセックスレスになることもあるのではないでしょうか。それから、昔と違って、いろいろな楽しみがありますし、趣味の選択肢も広がる中で、セックスから関心が遠のいてしまったことも考えられます。

――セックスレス夫婦が増加の一途を辿る中、「セックスレスだけど妊娠希望」という方もいるかと思うのですが、いかがでしょう。

小山 結構いますよ。セックスレスにもいろいろな原因があって、タイミングが合わないというもののほかに、まず、結婚して十年近く年月がたっていてセックスから遠ざかっているケース、また「女性側が痛みを感じてしまう」「男性側が膣内射精障害」といった性交障害があるケースがあります。そういった方々が、「セックスレスだけど妊娠希望」と、来院されています。

――性交障害の方は、まず「治して」から自然に妊娠されることを希望するのではなく、治さないまま、人工受精を希望されるのですか。

小山 いえ、皆さん最初は自然に妊娠することを望んでいます。しかし、“自然なセックスができるように”という指導が、我々の施設ではできないんです。恐らく、そういった役割を担うのはセックスカウンセラーの方だと思うのですが、日本ではあまり見かけないので、人工受精を選択するというわけです。ただ、最初は「ご夫婦でできる努力をしていきましょう」ということで、タイミング法と人工受精を一緒に行うことを提案していきますね。

―― 一方、「タイミングが合わないから」「セックスレスの状態が長かったから」セックスレスになったという方は、自然に妊娠することもできるわけですよね……。

小山 はい。でも、「セックスレスだから人工受精したいです」と、来院されます。セックスレスにはいろいろな理由もありますから、我々も、あまりその点を掘り下げることはありません。「セックスできないのに夫婦と言えるのか?」と感じる方もいるかと思いますが、病院に行くことを選択した方は、そのあたりは割り切っていらっしゃいますよ。「セックスレス」と「夫婦関係が破綻している」のは違う、夫婦はセックスありきの関係ではないと、私は思いますね。実際に、来院されるセックスレス夫婦の方を見ていても、お互い治療に協力的ですし、「仲がいいな」と感じています。

――では先生は、「セックスレスだけど子どもが欲しい」という考えについては……。

小山 別に間違っていないと思います。患者さんに「まずはタイミング法を」とも言っていませんし、人工受精をスムーズに行っています。ゴールは妊娠であり、赤ちゃんを産んで育てること。その過程は、選択してもいいんじゃないかと私は考えますね。

 「セックスレスだけど子どもが欲しい」と思うことに後ろめたさを感じるのは、「自然妊娠が一番いい」という思い込みが強いからなのではないでしょうか。患者さんの中には、現状セックスレスだけど、それを解消して自然妊娠をしたいという方もいらっしゃるんですよ。でもやっぱり、毎月タイミング法でセックスしなければいけないことが負担になり、ご夫婦の仲が悪くなってしまうケースもあります。長々と自然妊娠にこだわって年齢を重ね、結果、妊娠できなくなることこそ、避けなければいけないと思いますね。

――自然妊娠信仰というのがあるのですね。

小山 日本人って、何かと“自然”が好き。例えば分娩方法もそうです。最近でこそ、無痛分娩はポピュラーになってきましたが、少し前までは「痛みを味わってこそ母の資格を得られる」などと言われていました。海外では無痛分娩、帝王切開が主流なのですが……。無痛分娩は、自然分娩より体への負担がかからないので楽だからおススメですし、私自身「痛みを感じなければいけない理由があるのかな」とも思います。もちろん、積極的に自然分娩を選択する方はそれでいいと思いますが、ほかにも選択肢があることは知ってもいいのかなと。また、体外受精においても、排卵誘発剤を使用しないで採卵する「自然周期」がはやっているのも、“自然”が好きな日本らしい側面です。海外ではそんなことはないんですよ。

――「セックスレスだけど子どもが欲しい」ことに葛藤を覚えてしまうのは、古い価値観にとらわれている証拠なのだと実感しました。

小山 不妊や性感染症など、日本は性に関する情報が遅れていますよね。共働き夫婦が増え、専業主婦の女性が減少し、以前に比べて生活スタイルはいっぺんしています。妊娠の仕方も、そういった変化に沿うべき。多様な選択肢があることを知ってほしいですね。

小山寿美江(こやま・すみえ)
六本木レディースクリニック院長。琉球大学医学部医学科卒業後、東京医科大学病院救急救命センター、昭和大学病院産婦人科、木場公園クリニック分院にて院長として勤務。その後、2016年より六本木レディースクリニックにて勤務、17年1月より院長を務める。

セックスは「拒否する方」が悪者なのか? 夫婦間のセックスレス問題、弁護士の見解は

 今年7月、かつて『あいのり』(フジテレビ系)に出演した経歴を持つ人気ブロガー・桃が、8年間連れ添った夫との離婚を発表。その原因を「セックスレス」と明かしたことで、世間から注目を集めた。昨年、一般社団法人日本家族計画協会が発表したデータによると、約半数の夫婦がセックスレスというが、夫婦が互いに納得し、その上で婚姻関係を続けるケースがある一方、桃のように、夫婦ともに不満を抱き、離婚するケースも存在するようだ。

 そんな中、気になるのは、一方が「セックスレスでも婚姻関係を続けたい」と望み、もう一方が「セックスレスだから離婚したい」と考える場合である。セックスをめぐる意見の食い違いは、泥沼離婚劇に発展しそうな気配も漂わせるが、セックスレスは実際、「法的な離婚理由に該当することがある」と、弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士はいう。

「何となくしたくない」はダメなのか?

 民法770条1項には「夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。」とあり、「1 配偶者に不貞な行為があったとき」「2 配偶者から悪意で遺棄されたとき」「3 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき」「4 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」そして「5 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」と定めている。セックスレスは、この第5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たる場合があるというのだ。

 ただし、「単に、応じない、というだけではなく、それが長年にわたった結果、相手が『この人とは婚姻関係を続けられない』と思うに至って、初めて離婚原因になり得ます」とのこと。なお、過去には「ポルノ雑誌に夢中になり、妻とセックスしない」という事例が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるとし、離婚が認められたことがあったという。

 前提として「病気」や「老齢」によってセックスレスになった場合は、それだけで離婚理由にはならないというが、「夫(妻)とは、何となくしたくない」といった生理的・精神的な理由で、相手の要求を拒否し続けると、離婚理由につながるケースもあるわけだ。

 しかし、その「夫(妻)とは、何となくしたくない」の背景には、性嫌悪障害や性欲減退障害といった性障害が関係することも。そういった目に見えにくい原因があっても、法的には、セックスに応じない側が「悪い」と見られてしまうのだろうか。

「例えば、そうした性障害を『治療する』という行動があれば、離婚原因になりにくくなります。しかし、障害を認識した上で治療を拒絶する態度を取り、長年性交渉に応じず、それを相手が不服とすれば、やはり離婚理由になり得ます」

 自身が性障害だとわかっていない人も少なくないだろうが、それでも現実問題、夫婦間ではセックスを拒否する方が離婚を突きつけられる側となり、さらに場合によっては慰謝料を支払うことになるのだ。

 一方で、山岸氏は「配偶者が拒否しているのに、性交渉を強要することも、離婚理由となり得る」と指摘する。配偶者から、「したくないのに、しなければいけない」という多大な精神的負担を与えられたことが、「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当する可能性があるというのだ。

 また、法律上の言葉で、「強要」とは、「『相手を抗拒不能にする暴行、脅迫』を指します。要するに、相手が抵抗できないほどの暴力や脅しによるのが、『強要』です」。夫婦間においても、強制性交等罪という犯罪が成立する場合があるのは、今ではよく知られた話だが、そういった背景を踏まえ、あらためて「セックスしたい側」「セックスをしたくない側」、法的に立場が弱くなるのは一体どちらかと山岸氏に問うてみたところ、そこは「場合によるのでどちらとも言えません」とのことだった。

 そもそも法的には、「『結婚してる夫婦は、他人とセックスしてはいけない』とあるだけで、特に夫婦のセックスを義務付けているわけではありません」という山岸氏。そこからわかるのは、「セックスしたい側」「セックスをしたくない側」のどちらが悪いのかではなく、「『する/しない』を夫婦が話し合えることが、大切なのではないかということ。話し合いもせずに『する/しない』を一方的に決めてしまえば、それは離婚原因にもなり得るわけです」。

 「日本の夫婦の約半数がセックスレス」という現状があるが、山岸氏はそれを少子化問題に絡め、「子どもを授かりたくなるような政策……例えば、子ども手当てだけではなく、1人生まれたらいくら、2人目はいくらという補助金制度や、子どもの人数による所得控除(税金優遇、住宅購入補助など)を実施しなければならないと感じています」と語る。

 今後、セックスレス夫婦が増えていくか、はたまた制度が整うことによって減少に転じるかは定かではない。しかし夫婦関係において「話し合わずに一方が決める」ことが破綻のきっかけになり得るのは、どんな社会でも変わらないのではないだろうか。

セックスは「拒否する方」が悪者なのか? 夫婦間のセックスレス問題、弁護士の見解は

 今年7月、かつて『あいのり』(フジテレビ系)に出演した経歴を持つ人気ブロガー・桃が、8年間連れ添った夫との離婚を発表。その原因を「セックスレス」と明かしたことで、世間から注目を集めた。昨年、一般社団法人日本家族計画協会が発表したデータによると、約半数の夫婦がセックスレスというが、夫婦が互いに納得し、その上で婚姻関係を続けるケースがある一方、桃のように、夫婦ともに不満を抱き、離婚するケースも存在するようだ。

 そんな中、気になるのは、一方が「セックスレスでも婚姻関係を続けたい」と望み、もう一方が「セックスレスだから離婚したい」と考える場合である。セックスをめぐる意見の食い違いは、泥沼離婚劇に発展しそうな気配も漂わせるが、セックスレスは実際、「法的な離婚理由に該当することがある」と、弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士はいう。

「何となくしたくない」はダメなのか?

 民法770条1項には「夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。」とあり、「1 配偶者に不貞な行為があったとき」「2 配偶者から悪意で遺棄されたとき」「3 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき」「4 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」そして「5 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」と定めている。セックスレスは、この第5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たる場合があるというのだ。

 ただし、「単に、応じない、というだけではなく、それが長年にわたった結果、相手が『この人とは婚姻関係を続けられない』と思うに至って、初めて離婚原因になり得ます」とのこと。なお、過去には「ポルノ雑誌に夢中になり、妻とセックスしない」という事例が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるとし、離婚が認められたことがあったという。

 前提として「病気」や「老齢」によってセックスレスになった場合は、それだけで離婚理由にはならないというが、「夫(妻)とは、何となくしたくない」といった生理的・精神的な理由で、相手の要求を拒否し続けると、離婚理由につながるケースもあるわけだ。

 しかし、その「夫(妻)とは、何となくしたくない」の背景には、性嫌悪障害や性欲減退障害といった性障害が関係することも。そういった目に見えにくい原因があっても、法的には、セックスに応じない側が「悪い」と見られてしまうのだろうか。

「例えば、そうした性障害を『治療する』という行動があれば、離婚原因になりにくくなります。しかし、障害を認識した上で治療を拒絶する態度を取り、長年性交渉に応じず、それを相手が不服とすれば、やはり離婚理由になり得ます」

 自身が性障害だとわかっていない人も少なくないだろうが、それでも現実問題、夫婦間ではセックスを拒否する方が離婚を突きつけられる側となり、さらに場合によっては慰謝料を支払うことになるのだ。

 一方で、山岸氏は「配偶者が拒否しているのに、性交渉を強要することも、離婚理由となり得る」と指摘する。配偶者から、「したくないのに、しなければいけない」という多大な精神的負担を与えられたことが、「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当する可能性があるというのだ。

 また、法律上の言葉で、「強要」とは、「『相手を抗拒不能にする暴行、脅迫』を指します。要するに、相手が抵抗できないほどの暴力や脅しによるのが、『強要』です」。夫婦間においても、強制性交等罪という犯罪が成立する場合があるのは、今ではよく知られた話だが、そういった背景を踏まえ、あらためて「セックスしたい側」「セックスをしたくない側」、法的に立場が弱くなるのは一体どちらかと山岸氏に問うてみたところ、そこは「場合によるのでどちらとも言えません」とのことだった。

 そもそも法的には、「『結婚してる夫婦は、他人とセックスしてはいけない』とあるだけで、特に夫婦のセックスを義務付けているわけではありません」という山岸氏。そこからわかるのは、「セックスしたい側」「セックスをしたくない側」のどちらが悪いのかではなく、「『する/しない』を夫婦が話し合えることが、大切なのではないかということ。話し合いもせずに『する/しない』を一方的に決めてしまえば、それは離婚原因にもなり得るわけです」。

 「日本の夫婦の約半数がセックスレス」という現状があるが、山岸氏はそれを少子化問題に絡め、「子どもを授かりたくなるような政策……例えば、子ども手当てだけではなく、1人生まれたらいくら、2人目はいくらという補助金制度や、子どもの人数による所得控除(税金優遇、住宅購入補助など)を実施しなければならないと感じています」と語る。

 今後、セックスレス夫婦が増えていくか、はたまた制度が整うことによって減少に転じるかは定かではない。しかし夫婦関係において「話し合わずに一方が決める」ことが破綻のきっかけになり得るのは、どんな社会でも変わらないのではないだろうか。

「多くの男性はまともなセックスを知らない」精神科医が語る、性教育の限界と必要性

 日本性科学会理事長で産婦人科医の大川玲子先生に、女性の性機能不全に対する治療としてのセックス・セラピーの必要性を、女性の性と権利に詳しい婦人科医の早乙女智子先生に、女性の人権を取り巻く現状について伺ってきた。

 では、男性の性にはどのような問題があるのか? 今回は、性別違和についてカウンセリングやケアを行い、性犯罪者処遇プログラムの専門家でもある、精神科医の針間克己先生に、性暴力の根本に横たわるセックスの認識のズレや、日本の性教育が抱える矛盾について、お話を伺った。

■多くの男性は、まともなセックスを知らない

――精神科医からみて、男性が抱える性の問題は何がありますか?

針間克己先生(以下、針間) まず、性の問題を解決する方法はあるのに、それを見つけられない人が多い。性で悩んでいる人がインターネットで検索して調べようとすると、コンプレックスに付け込んでものを売りつけようとするような怪しいサイトや情報しか出てこないのが現状です。そして、医療機関や相談機関は、男性からするとプライドが損なわれるため行きづらい。男性はまだまだ、そういった相談に行くのを嫌がる傾向があります。しかし、恥ずかしさやプライドといった表面的なハードルを取り払わないと、解決まで進みません。プライドを捨てて一歩踏み出したほうがよいでしょう。性機能の診察において男性は泌尿器科、女性は産婦人科が対象となりますが、心理的要因が強い場合には、精神科でみることもあります。

――痴漢やレイプといった性犯罪など、男性の性に起因する問題が減少しないのはなぜでしょうか?

針間 そもそも多くの男性が、まともなセックスを知らないからです。最近の若い男性の多くはAVを見て育つので、AVの中で暴力的なものもスタンダードだと思ってしまっています。自分が挿れたいときにいつでも挿れられるわけではなく、ちゃんと合意を得て挿れられる状態にしてからでないと、男性は行為をしてはいけないんです。夫婦間できちんとセックスの合意が得られていない場合、それが性暴力になることも知らない男性がほとんど。年齢を重ねた夫婦間では、妻が濡れなくなっているのに夫が強引に求めてくるのが原因で、セックスレスになってしまうこともあります。

――そうした男性の認識は、いつになったら正されるのでしょうか?

針間 スウェーデンでは今年、合意を得ないセックスはレイプとする法律ができましたが、日本とは大きな差があります。それでも日本も少しは変わってきている。たとえば20年前、30年前、痴漢はほぼ放置されていました。職場などの飲み会で、女子社員を勝手に触ってもとがめられない時代がありました。女性がはっきり「NO」と言ってないからいいだろうという態度だった。しかし、現在では社会的に「痴漢は犯罪」という認識になりましたし、女子社員を触るのはセクハラとして注意されるようになった。女性の人権を尊重する時代がやっと来たともいえます。

――となると、セックスに合意が必要という意識が根付くまで、あと数十年は必要と考えられます。

針間 性暴力に関しては、最近だいぶ変わってきました。20年前は、携帯の出会い系サイトを通じて被害に遭った女の子がいると、女の子に携帯の使い方を教えなくてはいけないと新聞に書いてありましたが、今は被害者になりうる側に予防法を教えるだけではなく、性暴力を振るう加害者を作ってはいけないという認識も広がってきました。世の中は、徐々に変わってきてはいると思います。ただ、数年前にはやった「壁ドン」は暴力です。女性の逃げ場をなくして追い詰めている。少女漫画のファンタジーの世界の中でならともかく、現実の世界でやったら、ただの暴力にしかならない。でも、そのことに触れたマスコミは、なかったように思います。

――AVの世界がファンタジーである、合意のないセックスはカップル間でも性暴力だと認識するには、教育の力が必要なのではないでしょうか?

針間 学校で教える性教育は、セックスしないことを前提としているのです。だから「セックスする前に合意を得ましょう」といったことは教えられない。性暴力の話でいえば、「ストーカー的なことはやめましょう」という中途半端なことは教えますけど、「セックスをするには、必要なプロセスを踏まないといけない。合意があれば大丈夫です」とは教えません。

――しないことを前提としていたら、教育はできませんよね。

針間 現実的には性行為をする高校生はいるのですから、放っておくよりも、適切な性教育をして対策したほうがいいのは明白です。政府は子どもを増やしてほしいけれど、高校生には産んでほしくないという矛盾がある。性教育を行うにも、メリット・デメリットのバランスを考えることが大事になってきます。性教育によって、望まぬ妊娠と、すでに起こってしまっている梅毒など性感染症の爆発的増加を防げるわけです。

――先生自身は、性教育に期待することはなにかありますか?

針間 私個人としては、性教育によって女性が人生を豊かにするのは、非常にいいことだと思います。きちんとした性教育を行えば、女性が自分自身の体や妊娠や避妊についてよく知り、性行動をコントロールできるようになる。避妊して、性感を高めて楽しむことができる。それが保守的な人々にとっては喜ばしくないから反対しているんです。

――性暴力や感染症が防げる一方、女性がセックスを楽しむようになるため、性教育そのものを阻むということですか?

針間 「女性は産む機械」とか、「何人産んでほしい」といった政治家の発言のもとになっているのは、「女性はただ結婚して、ただ産んでくれればいいだけ」という思想です。女性が自分で何かを考えて、自発的に動いてほしくないからです。単純に産むことさえしてくれればいいので、いろいろなことを知ってほしくない。妊娠しないようにバースコントロールできる能力が高まるのは、そういう人々にとって非常に都合が悪いのでしょう。

――医療の現場からセックスに関する啓蒙は行われていますか?

針間 医療においては、セックスが一番遅れている問題です。一般の内科などの診察室では、性のことを口に出すと、自分がおかしいと思われるのではないかと懸念している医師もいます。専門的な性の知識を勉強していないからこそ、助言が個人的な経験によるものになってしまいがちな傾向があるのです。たとえば男性患者に相談されても、「僕の経験では、女性をイカすにはこうしたほうがいいよ」なんて言ってしまう医師もいる。専門的知識に、個人的な経験による意見が混じってしまう危険性があるんです。

――たしかに、セックス行為そのものは、親しい間柄であっても踏み込めないテーマですし、個人の観点からしか話せません。

針間 性暴力については、「セクハラはよくない」と考え方が変わってきたし、LGBTに関しては20年前と比べて劇的に認識が変わって、誰を好きになるかは個人の問題になりました。ところがセックスの問題だけ、議論されないまま取り残されている。非常にパーソナルな問題で、取り上げにくいために日本では取り上げられていない。セクシュアリティは個人の尊厳や人格に深く関わる問題なので、性暴力で損なわれるのもいけないし、本当は楽しみたいのに楽しめないのも権利を損なわれている。セクシュアリティを軽んじられている現在の状態はよくないですね。

――LGBTへの認識のように、女性の性に関する扱いも、急に変わることはあるのでしょうか?

針間 LGBTの状況が大きく変わったのは、1998年に性同一性障害を持つ人への手術が埼玉医科大学で行われてからです。それが医療行為として認められ、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例法に関する法律」が2003年にできました。さらに、病気としてではなくLGBTという存在についての認知が世間に広がってきた。ただ、そういうドラスティックな変化は、LGBTとは違って起こりにくいでしょう。

――性から派生するあらゆる問題に傷つき、絶望的な気持ちになっている日本女性は数多くいますが、この先はどうなっていくとお考えですか?

針間 本当に課題の多い問題でありますが、だんだんと変わっていくでしょう。我々は大河の一滴一滴です。世の中は確実に変わってはいる。一滴ずつ汗を流すことで変わっていくしかないと思います。
(弥栄 遖子)

針間克己(はりま・かつき)
はりまメンタルクリニック院長。1990年東京大学医学部医学科卒業。96年東京大学医学部大学院博士課程修了。医学博士。日本性科学学会理事。性同一性障害研究会理事。日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員。The World Professional Association for Transgender Health(WPATH)会員。著書に『一人ひとりの性を大切にして生きる―インターセックス、性同一性障害、同性愛、性暴力への視点』(少年写真新聞社)『セクシュアル・マイノリティへの心理的支援―同性愛、性同一性障害を理解する』(編著・岩崎学術出版社)などがある。

物議を醸したラブホテルと、記号化されたコンプレックス――『ダルちゃん』の“成長”とは

「ダルちゃんは、思いきり傷つく必要があった」

 

前編はこちら:「ジェンダー論の、少し先の話」――著者・はるな檸檬さんに聞く『ダルちゃん』執筆の背景

――スギタとダルちゃんのラブホテルでのシーンは、読む側にもダルちゃんの痛みがダイレクトに伝わり、衝撃的でした。

『花椿』担当編集 実はそのシーンは、リスク対策などの面から「企業の媒体で発信する内容にふさわしいかどうか」で、内部で議論になりました。そうした企業の思惑が表現の幅を狭めてしまう一因になりかねないところは、非常にもどかしいところなんですが……このときはるなさんに、「この表現を和らげる可能性はないか」とご相談させていただいたんです。

 するとはるなさんは、「ダルちゃんはおもいきり傷つかなければならないこと」、「その後、ダルちゃんは、初めて友達と呼べる人ができること」、「恋をすること」、「自分を表現することを知ること」、いろいろと乗り越えて最後には、「希望がある展開にするという考えがあること」をうかがいました。そして、「ダルちゃんは自分ではコントロールできないほど、すでに勝手に動き出し、物語を紡ぎ出していること」など、とても強くて熱い想いを聞き、弊社としては、はるなさんの創作する過程を邪魔してはならないと判断し、はるなさんと、命を得て動き出すダルちゃんに委ねました。

はるな そうなんですよね。仲良くなるつもりで登場させたサトウさんのことを嫌いになるしで、キャラが勝手に動き始めた最初のシーンでした。以前、講談社の担当編集さんから、「某有名漫画家先生が『キャラが勝手に動き始めると、物語が動くようになる』と言っていた」という話を聞いたことがあったんです。それを思い出し、「これがソレか」と。「じゃあ、思っていた流れとは違うけれど、ダルちゃんの動くままにやってみよう」と思っていたら、ホテルまでついていっちゃいました。

――ダルちゃんが恋愛をする相手のヒロセくんは足が不自由に描かれていますが、それも自然な流れでしょうか。

はるな これが正しい表現かはわかりませんし、もし当事者の方に失礼があったら、もう謝るしかないのですが、男性が持つコンプレックスを記号化するために、そうした描写になりました。これは当初から念頭にあった部分です。

――コンプレックスは「ダルちゃん」のテーマの一つであったと思います。登場人物それぞれに、象徴的なコンプレックスがあります。

はるな コンプレックスは、みんなにありますよね。みんな少し上を見ている。「あの人はいいな」と思って見ているその人にもコンプレックスはあって、不毛ですよね。美貌がある人でも学歴にコンプレックスがあったり、学歴がある人でも恋人がいる人にコンプレックスがあったり、不毛なことをみんながやっているし、わたしもやっていました。自分に持っていないものを眺めても仕方がないけれど、その不毛さから抜け出そうと思って抜け出せるものではないです。

 そうした、「このコンプレックスを含めて、いいかな」と思えるまでの過程を、ひとりの女性を通して描いてみたかったんだと思います。

――いち読者として、“スイッチ”を入れない状態のまま自立したダルちゃんを、立派だなと、憧れの目で見ました。

はるな 成長って、何かを足すことではないと思っています。「成長=何か荷物を持たなければ、何か付加価値をつけなければできないこと」だと思いがちですが、実は荷物を捨てることだったりするんじゃないのかなと。

――読者の反響の中には、自立したダルちゃんに対し、「結局、男性たちのお世話係になっている。女性はやっぱりそういう役割にならなきゃいけないのか」といった声がありました。

はるな そうしたご感想もいただくかな、と思っていました。でも「女性は」「男性は」というくくりを超えたところに、人それぞれ得手不得手があると思います。そのあたりをフラットにとらえて、「得意な人が得意なことをやればいい」となった時に、きっとこの子はこういうことが得意だろうな、と思ったので。自分の得意なことが誰かの役に立つ、それが仕事の本質だと思うんです。別に女性がやろうが男性がやろうが構わない、という前提で考えたら、「ダルちゃんが女性だからこういう役割である」ではなくて、「ダルちゃんが得意なことをやったら、こういう役割になった」というくらいのことです。男女平等の、その先の話というか。

 でも、どう読んでいただいても、世に出た時点で読者のものになるので、本当に自由にとらえていただきたいのが本音です。

――ダルちゃんはさまざまな経験や年齢を重ねて、表現の楽しさや自立を手に入れました。それは年齢を経て、誰もが会得できることなんでしょうか。

はるな 年齢を重ねた、その年数は関係ないと思います。ただ、年を取ると「負けを認める」「自分の弱みを受け入れる」ことが若い時よりもしやすくなると思う。もちろん人によりますが。若いうちにそれができればいいですが、若いと等身大の自分を見ることに、勇気がいりますからね。思っていた自分と違う自分を受け入れることって、すごくつらいから。

 年を取る、年齢を重ねるって、単純に挫折を味わう可能性が増えるということでもあると思っていて。わたし、挫折経験のない人にあまり魅力を感じないんですが、挫折がないと、本当に人生を理解できないんじゃないかと思うんです。挫折経験こそ、その人の魅力的な部分じゃない? くらいの。

――ヒロセくんもそうした描かれ方をしていたように思います。

はるな そうですね。でも結果的に、ヒロセくんが持つコンプレックスが、2人の仲を引き裂くことになってしまいましたが。そういえば、そんなヒロセくんについて、読んでくれた友達に、「ヒロセ、すげームカつく! ああいう、コンプレックスを売りにしている男っているよね! 別れ話の時、絶対引き止めてほしかったんだよ!」と言われてビックリしたことがありました(笑)。描いた本人も知らなかったヒロセくんの一面を知らされて、へえ〜そんな人だったの!? みたいな(笑)。読み手によって言うことがバラバラで、毎回驚きます。読み手の経験により、それぞれの感想が生まれるんだなと思いました。

――他には、登場人物のどんな知られざる一面を教わりましたか?

はるな サトウさんはわたしから見るといい人でしかないんですが、「サトウさんって、いやなとこあるよね?」みたいな感想もありました(笑)。みんなの中に、それぞれダルちゃんがいるんでしょうね。そう思うと、ダルちゃんはもう生きていて、わたしのコントロール下にいないんだろうなと感じます。

――最後に、単行本発売に際して、どんな方に読んでもらいたいですか?

はるな 若い女性に向けて描いたつもりではありましたが、連載中、意外と50代男性から感想をいただいたりして驚いたこともありました。なので、年齢や性別で区切らず、こうした感覚を共感できる人になら、誰でも読んでほしいです。ダルちゃんはもう、わたしの手から離れているので、どんな人がどんな感想を持っても、それぞれの解釈で楽しんでいただけたら、と思います。

(取材・文=有山千春)

 

はるな檸檬(はるな・れもん)
1983年宮崎県生まれ。2010年に宝塚ファンを題材にした『ZUCCA×ZUCA』(講談社)でデビュー。他に自身の読書遍歴を描いた『れもん、よむもん!』(新潮社)、出産体験を描いた『れもん、うむもん!』、宝塚ファンの夫婦を描いた『タクマとハナコ』(文藝春秋)など。

「ジェンダー論の、少し先の話」――著者・はるな檸檬さんに聞く『ダルちゃん』執筆の背景

 資生堂が運営する「ウェブ花椿」での連載開始からSNSを中心に話題となり、最終回を迎えた10月4日以降はさまざまな反響であふれかえった、漫画家・はるな檸檬さん初となるストーリーマンガ『ダルちゃん』。12月6日に小学館より単行本が全2巻で発売されることとなり、話題再燃が予想される中、「ジェンダー論?」「主人公は何かのメタファー?」「女性の幸せって結局なに?」などなど……読者が気になっているであろうことすべてを、はるなさんに聞いた。

 

――当初、花椿さんからどういった打診があったのでしょうか?

はるな檸檬さん(以下、はるな) 「20代女性に向けた、共感を得られるものを描いてほしい」と打診をいただき考えたのが、『ダルちゃん』でした。

――そのときから、プロットが出来上がっていたのでしょうか。

はるな いえ。ぼんやりと、「主人公は20代OLで、恋愛したり、友達ができたり。『ウェブ花椿』さんで詩の公募をしていたから、詩を絡めていきたい」という大筋はありましたが、あまり詳細なプロットはなくて。でも担当編集さんから「このあとどうなるんですか!?」とせっつかれることもなく、自由にやらせてもらいました。これから何が起こるかわからないまま原稿を受け取ってくださった花椿さんの、懐の深さを感じました(笑)。

 正直、不安もあったと思うんです。担当編集さんからは、『れもん、うむもん!』(※はるなさんの出産・育児エッセイ、新潮社)を読んでいただいたことが打診のきっかけだとおっしゃっていただいたこともあったし、わたし自身も、もうちょっとギャグも絡めた明るい話を描くつもりでいたんです。でも、勝手にこうなってしまった……というのが、正直な経緯です。

 当初は、笑いを含んだライトな“あるある”を散りばめた作風を意識していたというはるなさん。だが物語は、読者の深層をえぐる方向へと、舵を切る。

――どのあたりから方向性が変わったんですか?

はるな 2話目からですね。1話目は、もう少しライトな語り口で描くつもりでいました。だけどもともと、心の奥の方で、「オブラートに包まずに、言いたいことを言いたい」という本心があったんですよね。優しくふんわりと語りかける作風で、「気持ちが軽くなりました」と言っていただけるような表現も良いけれど、それだけでは伝わらないものもあるのでは、と思いまして。そうした本心が、2話目からどろりと出ちゃいました。それでも、担当編集さんは何も言わず受けに徹してくださって。本当にありがたかったです。

――主人公がOLで、その描写がリアリティにあふれるところも、読者に刺さった要因の一つかと思います。OLさんを取材されたのでしょうか。

はるな わたし自身、OL経験が3年間あるんです。漫画家のアシスタントと並行して、派遣で事務OLをしていました。書類をあちらの部署からこちらの部署へ移動させたり、お茶くみをしたり、給湯室でめっちゃふきんを洗っていました。

――当時の、言いたくても言えなかったことが、こうして湧き出たんでしょうか。

はるな 言いたいことを言えないのは言わずもがな、「社会に出て会社にいる」こと自体、不自然な状況じゃないですか。みんなやっていることですが、わたしは毎日、疲労感がすごくて。毎朝、いったんその空気になじむように、「その場で成り立つ自分」にスイッチングすることが、できないわけではないけど、結構しんどかった。

 たとえば、エレベーターで居合わせた人に、「今日はすごくいい天気ですね」なんてコミュニケーションを取ることは、社会を円滑に進めるひとつのテクニックだし悪いことではまったくないけど、すごく面倒くさかったんです。だからわたし、部署が2階にあって社員食堂が15階にあったけど、毎日お昼は階段で15階まで移動していましたからね。エレベーターで人に会うのが面倒くさすぎて(笑)。足腰が強くなりました(笑)。

――肉体的疲労感より、精神的疲労感が勝ったんですね。

はるな 体が疲れる方が楽でした。いい経験をさせてもらったけれど、「ずっと会社にいるのは、わたしには厳しい」と実感し、「家で仕事がしたい」と思ったことが、漫画を描き始めた理由のひとつでもあります。

――その“スイッチング”がつまり、ダルちゃんで言うところの“擬態”ですか?

はるな そうですね。いったん、何かのフリをしないと、ついだらっとした部分が出ちゃうといいますか。特にスイッチングの最たるものが、社会人1年目で経験した、求人広告の営業の仕事です。いわゆる「100軒回ってくるまで帰ってくるな!」というようなところ。アポなしで各店に入る前に、「ふー……!」と一呼吸置いて、スイッチングして、「しつれいしま――すっっ!」と、扉を開ける。これはすさまじくしんどかったですね。世の営業職の人はみんなこれをやっているんだというのを、身をもって体感しました。

 「ダルダル星人」が“擬態”した姿が、「ハケンOLマルヤマナルミ」として描かれる本作。メイクし、ストッキングをはき、通勤時にスマホで占いとニュースをチェックし、会社では社内ゴシップに参加するのが、“普通”だと、ダルちゃんは思っている。

――読者の反響の中には、「『ダルダル星人』は、発達障害のメタファーだ」といった声もありました。

はるな ダルちゃんの擬態前後の姿は、「自然」対「社会」とか、「感覚」対「概念」などのイメージを表現したものです。人には、動物として生きる本能と、人間として送る社会的生活の2本の柱があって、生まれたときはみんな「自然」だけど、社会に適応していく中で、人それぞれどちらかに強弱が寄っていくと思うんです。そうした感覚を記号化したのが、あの姿です。

 人ははるか昔から、社会に適応する時点で無理をしているといいますか、ぬるぬるしたものを無理やり四角い型の中に入れる作業を、強引にやってきたと思うんですよね。その際に“普通”って概念はすごく便利で楽なんですよ。「これが“普通”らしいから、この型に入っておけば楽じゃん!」と。でもその“普通”って実は、幻想なんじゃないのか?と。「普通の人」っていないよね、ていう。

 わたしが最初に“普通”という言葉を意識したのは、16歳くらいのときです。宇多田ヒカルさんがデビューして日本中が沸いていた頃、彼女と同じ年のわたしは、彼女のブログをよく読んでいました。そこにファンの女の子が残した、「ヒカルちゃんもそんなことを考えているんだ。ヒカルちゃんも普通の女の子なんだと思って、うれしかったです」というコメントに対して、宇多田さんが言及していたことがあったんです。「普通って、なに?」「普通ってそもそもなんなのか、考えたことある?」といったようなことを書いていて。

 インターナショナルスクールで育った彼女からしたら、まっとうな意見だったのかもしれませんが、当時、宮崎の田舎の高校生のわたしからすると、「なぜこれにそんなに反応したんだろう」と思って、それが強烈な印象として残っていたんですよね。

 擬態したダルちゃんが出会うのは、営業のスギタや、友達となる女性サトウさん、そして、のちに恋人となるヒロセくんたち。それぞれが印象的な言葉をダルちゃんに投げかけ、彼女とともに読者も揺さぶられる。なかでもスギタは、ダルちゃんを踏みにじる傲慢な人物として描かれており、似たような男性との遭遇経験のある読者も多いようで、特に反響を呼んだシーンの一つでもある。

――はるなさん自身も、スギタみたいな野郎と遭遇したことがあるんですか?

はるな うーん…なんていうか、ああいう人は別に、いつでもどこにでも、いくらでもいますよね。わたしがあの場面で描きたかったのって、たぶん「こういう男いるよね! 気をつけようね!」とかじゃなくて、女の子、もしかしたら男の子もですけど、弱者の立場にいて、さらに自己肯定感の低い人間が自分を守るつもりで逆のことをしちゃって、誰かに蹂躙(じゅうりん)されてしまうまでの流れを可視化したかったというか。具体的に何が起こっているのかをみんなで共有したい、みたいな感じです。男性批判とかでもない。スギタさんが女性でダルちゃんが男性でも、同じことは起こり得ますし。

 実は本作を描くにあたり、あるひとりの女性を念頭に置いたんです。わたしより少し若いくらいの女の子で、恋愛相談を聞いたのですが「セフレがころころ変わる生活をしていて、友達に30歳になったから、同じようなことはしていられないよとか言われるんです……。でも自分は別に困ってはいないしー、男落とすのってゲームみたいで面白いじゃないですか、コレクション増えたみたいな(笑)」とか話していて、こちらが何を語りかけてもまったく響かない子で。自分以外の誰かを大切にするとか、それ以前に自分を大切にするといったことが欠落している感じで。

 そんな中で、一緒に話を聞いていた年上の女性が、とても鋭いことをおっしゃったんです。「それは肉体的に負荷がかかる行為だと思うけど、それを繰り返さなきゃいけない今のあなたの状況は、わたしから見ると自傷行為に近い」と。それを聞いても彼女は、「ほおー」なんて言うだけで。いくら言葉を尽くしても、かみ合わなかったんですよね。

 そういったことが、ずっと頭に残っていたんです。彼女に、何をどう伝えればよかったんだろう、と。人間、生きる中でもっともつらいことは、自分と向き合うことだと思うんです。見たいように物事を見ると、現実よりもちょっとよく見える、けれどそんな自分の本質を真正面から見るのって、すごく怖いですよね。彼女の話を聞いていると、幼少期から他人と比べられ続けて劣等感を植えつけられる経験があったようでしたが、ダルちゃんも、幼少期から自分を否定されることで、「自分を否定されたくない」という思いが強すぎて、スギタを好きになろうとしたんだと思うんです。

 こうしたシーンを描いて、若い女性が俯瞰でダルちゃんの姿を見ることで、「不誠実さが自分自身に向かうことの残酷さ」を伝えたい、という気持ちがありました。

(後編に続く・12月6日更新予定)

「ジェンダー論の、少し先の話」――著者・はるな檸檬さんに聞く『ダルちゃん』執筆の背景

 資生堂が運営する「ウェブ花椿」での連載開始からSNSを中心に話題となり、最終回を迎えた10月4日以降はさまざまな反響であふれかえった、漫画家・はるな檸檬さん初となるストーリーマンガ『ダルちゃん』。12月6日に小学館より単行本が全2巻で発売されることとなり、話題再燃が予想される中、「ジェンダー論?」「主人公は何かのメタファー?」「女性の幸せって結局なに?」などなど……読者が気になっているであろうことすべてを、はるなさんに聞いた。

 

――当初、花椿さんからどういった打診があったのでしょうか?

はるな檸檬さん(以下、はるな) 「20代女性に向けた、共感を得られるものを描いてほしい」と打診をいただき考えたのが、『ダルちゃん』でした。

――そのときから、プロットが出来上がっていたのでしょうか。

はるな いえ。ぼんやりと、「主人公は20代OLで、恋愛したり、友達ができたり。『ウェブ花椿』さんで詩の公募をしていたから、詩を絡めていきたい」という大筋はありましたが、あまり詳細なプロットはなくて。でも担当編集さんから「このあとどうなるんですか!?」とせっつかれることもなく、自由にやらせてもらいました。これから何が起こるかわからないまま原稿を受け取ってくださった花椿さんの、懐の深さを感じました(笑)。

 正直、不安もあったと思うんです。担当編集さんからは、『れもん、うむもん!』(※はるなさんの出産・育児エッセイ、新潮社)を読んでいただいたことが打診のきっかけだとおっしゃっていただいたこともあったし、わたし自身も、もうちょっとギャグも絡めた明るい話を描くつもりでいたんです。でも、勝手にこうなってしまった……というのが、正直な経緯です。

 当初は、笑いを含んだライトな“あるある”を散りばめた作風を意識していたというはるなさん。だが物語は、読者の深層をえぐる方向へと、舵を切る。

――どのあたりから方向性が変わったんですか?

はるな 2話目からですね。1話目は、もう少しライトな語り口で描くつもりでいました。だけどもともと、心の奥の方で、「オブラートに包まずに、言いたいことを言いたい」という本心があったんですよね。優しくふんわりと語りかける作風で、「気持ちが軽くなりました」と言っていただけるような表現も良いけれど、それだけでは伝わらないものもあるのでは、と思いまして。そうした本心が、2話目からどろりと出ちゃいました。それでも、担当編集さんは何も言わず受けに徹してくださって。本当にありがたかったです。

――主人公がOLで、その描写がリアリティにあふれるところも、読者に刺さった要因の一つかと思います。OLさんを取材されたのでしょうか。

はるな わたし自身、OL経験が3年間あるんです。漫画家のアシスタントと並行して、派遣で事務OLをしていました。書類をあちらの部署からこちらの部署へ移動させたり、お茶くみをしたり、給湯室でめっちゃふきんを洗っていました。

――当時の、言いたくても言えなかったことが、こうして湧き出たんでしょうか。

はるな 言いたいことを言えないのは言わずもがな、「社会に出て会社にいる」こと自体、不自然な状況じゃないですか。みんなやっていることですが、わたしは毎日、疲労感がすごくて。毎朝、いったんその空気になじむように、「その場で成り立つ自分」にスイッチングすることが、できないわけではないけど、結構しんどかった。

 たとえば、エレベーターで居合わせた人に、「今日はすごくいい天気ですね」なんてコミュニケーションを取ることは、社会を円滑に進めるひとつのテクニックだし悪いことではまったくないけど、すごく面倒くさかったんです。だからわたし、部署が2階にあって社員食堂が15階にあったけど、毎日お昼は階段で15階まで移動していましたからね。エレベーターで人に会うのが面倒くさすぎて(笑)。足腰が強くなりました(笑)。

――肉体的疲労感より、精神的疲労感が勝ったんですね。

はるな 体が疲れる方が楽でした。いい経験をさせてもらったけれど、「ずっと会社にいるのは、わたしには厳しい」と実感し、「家で仕事がしたい」と思ったことが、漫画を描き始めた理由のひとつでもあります。

――その“スイッチング”がつまり、ダルちゃんで言うところの“擬態”ですか?

はるな そうですね。いったん、何かのフリをしないと、ついだらっとした部分が出ちゃうといいますか。特にスイッチングの最たるものが、社会人1年目で経験した、求人広告の営業の仕事です。いわゆる「100軒回ってくるまで帰ってくるな!」というようなところ。アポなしで各店に入る前に、「ふー……!」と一呼吸置いて、スイッチングして、「しつれいしま――すっっ!」と、扉を開ける。これはすさまじくしんどかったですね。世の営業職の人はみんなこれをやっているんだというのを、身をもって体感しました。

 「ダルダル星人」が“擬態”した姿が、「ハケンOLマルヤマナルミ」として描かれる本作。メイクし、ストッキングをはき、通勤時にスマホで占いとニュースをチェックし、会社では社内ゴシップに参加するのが、“普通”だと、ダルちゃんは思っている。

――読者の反響の中には、「『ダルダル星人』は、発達障害のメタファーだ」といった声もありました。

はるな ダルちゃんの擬態前後の姿は、「自然」対「社会」とか、「感覚」対「概念」などのイメージを表現したものです。人には、動物として生きる本能と、人間として送る社会的生活の2本の柱があって、生まれたときはみんな「自然」だけど、社会に適応していく中で、人それぞれどちらかに強弱が寄っていくと思うんです。そうした感覚を記号化したのが、あの姿です。

 人ははるか昔から、社会に適応する時点で無理をしているといいますか、ぬるぬるしたものを無理やり四角い型の中に入れる作業を、強引にやってきたと思うんですよね。その際に“普通”って概念はすごく便利で楽なんですよ。「これが“普通”らしいから、この型に入っておけば楽じゃん!」と。でもその“普通”って実は、幻想なんじゃないのか?と。「普通の人」っていないよね、ていう。

 わたしが最初に“普通”という言葉を意識したのは、16歳くらいのときです。宇多田ヒカルさんがデビューして日本中が沸いていた頃、彼女と同じ年のわたしは、彼女のブログをよく読んでいました。そこにファンの女の子が残した、「ヒカルちゃんもそんなことを考えているんだ。ヒカルちゃんも普通の女の子なんだと思って、うれしかったです」というコメントに対して、宇多田さんが言及していたことがあったんです。「普通って、なに?」「普通ってそもそもなんなのか、考えたことある?」といったようなことを書いていて。

 インターナショナルスクールで育った彼女からしたら、まっとうな意見だったのかもしれませんが、当時、宮崎の田舎の高校生のわたしからすると、「なぜこれにそんなに反応したんだろう」と思って、それが強烈な印象として残っていたんですよね。

 擬態したダルちゃんが出会うのは、営業のスギタや、友達となる女性サトウさん、そして、のちに恋人となるヒロセくんたち。それぞれが印象的な言葉をダルちゃんに投げかけ、彼女とともに読者も揺さぶられる。なかでもスギタは、ダルちゃんを踏みにじる傲慢な人物として描かれており、似たような男性との遭遇経験のある読者も多いようで、特に反響を呼んだシーンの一つでもある。

――はるなさん自身も、スギタみたいな野郎と遭遇したことがあるんですか?

はるな うーん…なんていうか、ああいう人は別に、いつでもどこにでも、いくらでもいますよね。わたしがあの場面で描きたかったのって、たぶん「こういう男いるよね! 気をつけようね!」とかじゃなくて、女の子、もしかしたら男の子もですけど、弱者の立場にいて、さらに自己肯定感の低い人間が自分を守るつもりで逆のことをしちゃって、誰かに蹂躙(じゅうりん)されてしまうまでの流れを可視化したかったというか。具体的に何が起こっているのかをみんなで共有したい、みたいな感じです。男性批判とかでもない。スギタさんが女性でダルちゃんが男性でも、同じことは起こり得ますし。

 実は本作を描くにあたり、あるひとりの女性を念頭に置いたんです。わたしより少し若いくらいの女の子で、恋愛相談を聞いたのですが「セフレがころころ変わる生活をしていて、友達に30歳になったから、同じようなことはしていられないよとか言われるんです……。でも自分は別に困ってはいないしー、男落とすのってゲームみたいで面白いじゃないですか、コレクション増えたみたいな(笑)」とか話していて、こちらが何を語りかけてもまったく響かない子で。自分以外の誰かを大切にするとか、それ以前に自分を大切にするといったことが欠落している感じで。

 そんな中で、一緒に話を聞いていた年上の女性が、とても鋭いことをおっしゃったんです。「それは肉体的に負荷がかかる行為だと思うけど、それを繰り返さなきゃいけない今のあなたの状況は、わたしから見ると自傷行為に近い」と。それを聞いても彼女は、「ほおー」なんて言うだけで。いくら言葉を尽くしても、かみ合わなかったんですよね。

 そういったことが、ずっと頭に残っていたんです。彼女に、何をどう伝えればよかったんだろう、と。人間、生きる中でもっともつらいことは、自分と向き合うことだと思うんです。見たいように物事を見ると、現実よりもちょっとよく見える、けれどそんな自分の本質を真正面から見るのって、すごく怖いですよね。彼女の話を聞いていると、幼少期から他人と比べられ続けて劣等感を植えつけられる経験があったようでしたが、ダルちゃんも、幼少期から自分を否定されることで、「自分を否定されたくない」という思いが強すぎて、スギタを好きになろうとしたんだと思うんです。

 こうしたシーンを描いて、若い女性が俯瞰でダルちゃんの姿を見ることで、「不誠実さが自分自身に向かうことの残酷さ」を伝えたい、という気持ちがありました。

(後編に続く・12月6日更新予定)