超問題作を引っさげ、大型新人監督がデビュー!! 発達障害者の性と承認欲求を描いた『岬の兄妹』

 障害を抱えた兄妹が、犯罪に手を染めることで生きていく。片山慎三監督のデビュー作『岬の兄妹』は、タブー知らずの大問題作だ。地方都市で暮らす良夫は発達障害の妹・真理子の面倒を見ていたが、職場をリストラされて困窮。真理子に売春させることで、生活の糧を得ることになる。社会のドン底を描いたインディーズ映画ながら、兄妹のタフな生き方に圧倒される魅力的な作品となっている。ポン・ジュノ監督や山下敦弘監督の助監督を務め、念願の劇場デビューを果たす片山監督に、企画意図や助監督時代の体験を語ってもらった。

──自閉症の妹・真理子(和田光沙)に1回1万円で売春させ、脚に障害のある兄・良夫(松浦祐也)は女衒として振る舞う。日本映画にはなかなかない衝撃作です。デビュー作にこの企画を選んだということは、片山監督がどうしても撮りたいテーマだったということですね?

片山慎三監督(以下、片山) いくつか企画は考えていたんですが、このテーマは以前からずっとやりたいと思っていたものです。でも、デビュー作だからこのテーマを選んだというよりは、自主制作だったのでお金をあまり使わずに済みそうだなという現実的な理由から決まった企画でした。自主映画で、監督としてのキャリアのない自分に何ができるかを考えて、これならやれると考えたんです。

――新人監督が有名キャストを使った作品を撮ることは難しい。なら、無名のキャストを使って、メジャーな作品ではできない内容のものにしようと。

片山 そうです。この映画を観る人の多くは、自閉症の真理子を演じた和田光沙さんを観るのは初めてだと思うんです。そんな人たちが「もしかしたら本物?」と錯覚するような作品にしたかったんです。和田さんはインディーズ映画ではかなり知られている存在ですが、まだまだこれから有名になる女優です。松浦祐也さんは、山下敦弘監督の『苦役列車』(12)で1日だけ主演の森山未來さんが現場に来れないときがあって、そのとき森山さんの代役をやったんです。それがすごくよかった。和田さんと松浦さんは以前から知り合いで、相性も抜群でした。そんな2人とじっくり時間を費やして、妥協しない映画を作りたいなと思ったんです。

 

■売春はお金のためではなく

──身体障害者の性について扱った映画は最近少しずつ公開されるようになりましたが、発達障害者や知的障害者の性問題を取り上げた映像作品はほとんどありません。白石和彌監督のデビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(09)か、野島伸司脚本の『聖者の行進』(98年放送/TBS系)くらいまで遡ってしまう。

片山 野島伸司さんのドラマは好きで、『聖者の行進』はリアルタイムで観ていました。けっこう影響を受けている部分はあるかもしれません。今はテレビドラマはもちろん、映画でもこういうテーマのものは難しくなっている気がします。野島さんのドラマは他の作品でも障害者のキャラクターがよく出ていました。親戚にも障害を持っている人がいたので、自分としては身近に感じるテーマではあったんです。

──障害者たちが何度も犯罪を繰り返してしまう実情を取材したルポルタージュ『累犯障害者』(新潮社)も、参考にしているそうですね。

片山 脚本を書く上で、ヒントになりました。いちばん大きかったのは、知的障害を持った女性たちが仕事として売春しているけど、罪の意識がないというところでした。売春は犯罪行為なんだけど、彼女たちも他の女性たちのように認められたいという承認欲求があり、男に抱かれることでその欲求が満たされ、売春が止められなくなってしまうわけです。お金のためではなくなってしまう。その部分には、すごく興味を惹かれました。

──ヒントになる題材はあったわけですが、自分の作品としてどのように肉づけしていったんでしょうか?

片山 脚本は想像も交えて書いたんですが、障害者やその家族と交流する地区のイベントに参加したりもしました。障害者と一緒に絵を描いたりする触れ合いの場にボランティアとして参加したんです。自閉症やダウン症など、いろんな障害を持っている人たちの集まりでした。様々な障害があり、障害の度合いも人によってまったく違うんです。それもあって、この障害の人はこういう症状なんだと型にはめた描き方はやめようと。映画の中の真理子は架空の存在ですが、ひとりのキャラクターとして自由に成立させることができればいいなと、勇気づけられた部分がありました。

■口紅を塗るシーンで役とシンクロ

──オーディションで真理子役を選んだそうですね。

片山 10人くらいの女優に声を掛けて、真理子のポケットから1万円札が出てくるシーンを演じてもらいました。和田光沙さんもそのオーディションに参加してもらったんです。「脱ぐ」ことと撮影が1年間続くことがこちらからの条件でした。この条件をクリアする女優は他にもいたと思います。でも和田さんが真理子役を演じると、あまり可哀想な感じがしないんですよ(笑)。この映画を観る方たちもそう思うはずです。それもあって、和田さんを選んだんです。

──和田さんが演じることで、真理子は陽性のキャラとなった。季節ごとに撮影を重ね、撮影期間は1年以上に。撮影の度に役に入り直すのはキャストも大変だったと思います。

片山 和田さんは特殊な役だったので、難しかったと思います。兄役の松浦さんは普段からああいう感じの人なんです(笑)。和田さんは最初は手探りでの演技でしたが、季節を追うごとにうまくなってきました。どのタイミングで真理子役を掴んだのかは、はっきりとは分かりません。でも、僕がいちばん好きなのは、公衆トイレで口紅を塗った真理子が鏡を見るシーンです。あのシーンの和田さんは、すごく真理子役にハマっていました。その後の撮影はどんどんよくなっていったように思います。

■助監督が常に抱えている悩みとは?

──生活に困った兄妹が、捨てられていたお弁当用の使い切りソースを舐めたり、テッシュペーパーを「甘い」と食べるシーンも、すごくリアルでした。

片山 使い切りソースを舐めるのは、松浦さんたちのアドリブです。テッシュを食べると甘く感じるというのは、ネットか何かで読んだものです。僕の実体験ではありません(笑)。

──アカデミー賞受賞作『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)のギレルモ・デル・トロ監督は、若手時代にドッグフードを食べていたそうです。『ぐるりのこと。』(08)の橋口亮輔監督は「ふえるわかめちゃん」を食べて飢えを凌いでいたそうですが……。

片山 そうなんですか。そこまでは経験していませんが、大阪から東京に上京してきた20代前半の頃は、六畳のアパートに男3人で1年ほど暮らしていたことがあります。月4万6000円の家賃を3人で割っていたので、経済的には楽でしたが、気分的にはサイアクでした(苦笑)。

──助監督を長くやっていると、「自分はいつ監督デビューできるんだろうか」みたいな不安を感じることがありますか?

片山 それは助監督をやっている人たちみんなが抱えている悩みでしょうね。助監督は誰もが監督になれるわけではありませんから。まぁ、長く助監督をやっていると、チャンスは回ってきます。昔のプロデューサーみたいに「おまえもそろそろ、一本撮ってみるか?」みたいに声を掛けられることは今はないと思いますが、例えばテレビドラマ10話あるうちの1~2話を撮らせてもらえることはあるわけです。でも、それでは自分の色は出せない。やっぱり自分で考えた企画を温めて続け、勝負に出ることが大事じゃないかなと思うんです。

■韓国映画の鬼才から学んだこと

──韓国映画『殺人の追憶』(03)や『漢江の怪物 グニエル』(06)などで知られるポン・ジュノ監督の助監督を務めていたそうですね。どうやってコミュニケーションを?

片山 ポン・ジュノ監督の『シェイキング東京』(08)や『母なる証明』(09)に助監督として就いていました。「ただ働きでいいので」と頼み込んだんです。僕は英語も韓国語もつたないんですが、韓国人しかいない現場でずっと過ごしていると何となく分かるようになってくるものです(笑)。とはいえ細かいコミュニケーションが必要な作業はできなかったので、カメラとモニターの間のケーブルを繋ぐとか、そういう簡単な作業をもっぱら担当していました。ポン・ジュノ監督がモニターを覗いている後ろに立って、「同じカットを40テイクも撮るのか。でも、今のカットはさっきのとあまり変わらないなぁ」なんて見ていましたね(笑)。

──助監督時代から、相当に肝が据わっていたんですね。

片山 そうですか(笑)。ポン・ジュノ監督はとてもオープンな性格で、人間的にも本当に素晴しい方でした。激しい内容の作品が多いけれど、すごくバランスも考えて撮っている監督です。ハードなシーンの撮影がある日は、そのシーンだけしか撮らないとか、俳優にあまり無理な負担が掛からないようにしていました。『母なる証明』のときは1日5カット程度しか撮っていません。その分、撮影期間が半年くらいありましたけど。時間を費やして、いい作品を撮るという韓国映画の姿勢は、すごく刺激になりました。

──日本に戻ってからは、山下敦弘監督の硬派文芸路線『マイ・バック・ページ』(11)や『苦役列車』の助監督に。

片山 僕の知り合いが「お前に合っているはずだ」と誘ってくれたんです。うれしかったですね。『マイ・バック・ページ』や『苦役列車』で松浦さんとも知り合いましたし、面白い現場でした。アイドル主演映画の現場にも参加し、自分にはなかった視野を広げるいい勉強になったと思います。助監督時代にいろんなタイプの作品を体験しておくことは大切ですね。

■高校時代の挫折が、映画監督を目指す転機に

──大阪で過ごした高校時代は、花村萬月の小説などを読んでいたとのこと。どんな青春を送っていたのか気になります。

片山 高校時代はラグビー部で3年間けっこうマジメに練習やっていました。とは言っても、映画の試写会の抽選に当たったりすると、母親に頼んで「親戚が入院したので……」など学校に電話してもらって、練習を早退したりしていました(笑)。本を読むのも好きで、学校の行き帰りや部活が休みの日はよく小説を読んでいました。それでも体がデカく、足も速かったんで、顧問の教師からはラグビーで大学推薦できるぞと声を掛けてもらっていたんです。高3のときに鎖骨を折って、それで最後の全国大会は出場できませんでした。多分、怪我をしてなかったら、大学、社会人でもラグビーをずっと続けていたんじゃないかと思います。

──ラグビーに挫折したことが転機になって、映画の世界に。

片山 怪我で大会に出場できなくなったときは途方に暮れました。高校卒業後もしばらくプラプラしてバイクで旅をしたりしていたんですが、しばらくしてシナリオの勉強を始めたんです。その頃、好きだったのはデヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』(95)ですね。スタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』(87)も大好きで、今でもよく見直しています。痛みを感じさせる映画が好きなんです。それから東京に上京して「中村幻児映像塾」に通い、映画の現場に入るようになったんです。

■岬の兄妹と福祉との関係

──自主映画『岬の兄妹』で待望の監督デビューを果たすわけですが、今後は?

片山 商業作品を撮る機会があるといいなと思っています。もちろんオリジナルの企画もやりたいですが、自分が気に入っている原作ものも映画にできればいいですね。樋口毅宏さんの『民宿雪国』は大好きな小説なので、なんとか映画化したいです。

──最後にもうひとつ訊かせてください。『岬の兄妹』を観て、「なぜ、この兄妹は福祉に救いを求めないんだ」と疑問に思う人もいるかもしれません。そのことはどう感じますか?

片山 そう思う人は多いと思います。でも、この映画の中では、2人には自分たちの力で生きていく道を見つけさせたかったんです。何でもかんでも社会のせいにしたり、役所に助けを求める主人公には、映画を観ている人たちは魅力を感じないと思うんです。脚本段階では、2人が役所に生活保護の申請を出すけど却下されるシーンや、役所の人が訪ねてきたのに2人は居留守するシーンとかも考えたんですが、それはちょっと違うなと。ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)という福祉問題を正面から扱ったとてもいい映画がありましたが、描くならあのくらいガッツリやらないとダメだと思うんです。

──犯罪ではあるものの売春でお金を稼ぐようになり、それまで社会から隔離されるように暮らしていた兄妹の家に明るい光が差し込む。あのシーンはとても印象的です。

片山 もちろん経済的な安定を手に入れたという喜びもあるんでしょうが、それ以上に自分たちの力で生きていける手段を見つけたという希望を感じたことが大きかったと思うんです。そんな2人の心情を視覚的に表現したいなと思ったシーンです。障害を持った兄妹を主人公にしていますが、情報弱者の不憫な家族として描いたつもりはありません。普遍的な物語として、みなさんに観ていただきたいですね。観た方の価値観を変えてしまうような映画になるといいなと思っています。
(取材・文=長野辰次)

超問題作を引っさげ、大型新人監督がデビュー!! 発達障害者の性と承認欲求を描いた『岬の兄妹』の画像5

『岬の兄妹』
監督・製作・プロデューサー・編集・脚本/片山慎三
出演/松浦祐也、和田光沙、北山雅康、中村祐太郎、岩谷健司、時任亜弓、ナガセケイ、松澤匠、芹澤興人、荒木次元、杉本安生、風祭ゆき
配給/プレシディオ R15+ 3月1日(金)よりイオンシネマ板橋、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9ほか全国順次公開
(c)SHINZO KATAYAMA
https://misaki-kyoudai.jp


●片山慎三(かたやま・しんぞう)

1981年生まれ、大阪府出身。中村幻児監督主催の映像塾を卒業後、オムニバス映画『TOKYO!』(08)のポン・ジュノ監督パート『シェイキング東京』や『母なる証明』(09)に助監督として参加。韓国から日本に戻り、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11)、『苦役列車』(12)、『味園ユニバース』(15)などにも助監督として就いている。監督作として、本多奏多主演ドラマ『アカギ』第7話などがある。

“イグジスタンス”するために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわ

 現在、アウトサイダーアート界隈で話題の一人の女性アーティストがいる。今、大注目の若手画家・はくのがわ(26)だ。躁鬱病と診断されて以来、何度も精神病院の入退院を繰り返しながら活動を続けてきた彼女。最近では街へ出て、大声を出しながら絵を描いている時に何よりもの幸せを感じるのだという。なぜ、このようなパフォーマンスを始めるに至ったのか? そこには、取材を進めるうちに見えてきた祈りにも近い、切実な「願い」があった。

■絵を描くことでのみ“生きてる実感”が持てた幼少期

 精神病院に通うようになった頃、デイケアに組み込まれている作業療法として絵画のプログラムを選択した。2014年、展示に出してみないかと声をかけられたことが、現在の活動に繋がるきっかけになったという。幼い期から絵を描くことが好きだった? と聞いてみると、「恥ずかしいけど……」と照れながら意外な返答が返ってきた。

「それよりも人に見られながら描くことのほうが楽しかった。私、すぐに友達と揉めるような子だったの。でも、教室のなかで絵を描いてると誰かしら『何描いてるの?』って話しかけてくれるでしょ。そういう時にだけ、生きてる実感が持てたというか。だから、自分より上手でみんなの注目を集めるようなクラスメートのことは嫌いだったよ(笑)」

──じゃあ、人の絵を見ることにはあまり興味がない?

「ないね。あはは(笑)。今ならなんでも面白がれるけど、当時はまったく。こんなのつまらないって思ってた。小さい頃、漫画家になりたかったんだよ。それなのに絵は上達しないままだし、ムカつくことのほうがずっと多かった。だけど、どこかしら拠り所ではあったんだよね」

──自分の描いた絵をSNSにアップするようになったのが、その頃?

「うん。簡単に言えば、捌け口だね。当時、『南条あや』っていうメンタルヘルス系のネットアイドルがいて、彼女のホームページにどハマりしてた。そのうちに、“リストカット”とかそういう単語を目にするようになるでしょ。私とやってることおんなじじゃんって思ったの。ちっちゃい時から自分で壁に頭をぶつけたりしてたよ、バーン! バーン! みたいな(笑)。昔から、いろいろおかしかったよね」

──「ムカつくことのほうが多かった」って、その感覚が変わったのはいくつぐらいの時なんでしょうか?

「中学生になって、いろんな音楽を聞くようになってからかな。ギターのリフがすごく気持ち悪い曲を見つけて、気持ち悪いなぁって聞いているうちに『でも、私はこれが好きだな』って。その時に初めて、普通じゃなくても良いんだって思えたんです。それからは周りの目を気にせず、自分の描きたいものを描くようになって、ようやく絵を描くことそのものを楽しめるようになっていった感じなんだよね」

イグジスタンスするために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわの画像2

■丸を描いた時に自分を肯定できた

 ひと通り生い立ちについて話すと、おもむろに床に落ちているチラシを手に取り、その裏に絵を描き始める彼女。「黄色がいいかな? あ、でもこの色嫌いなんだよね……」と、独り言を呟きながら、目の前の世界に没頭する姿はまるで子どものよう。ここで、はくのがわ流・絵の描き方について、話を聞いてみることにした。

──この前まで白黒で描いていたように思うんですけど、最近はカラーが多いよね。これは、何かきっかけがあったんですか?

「たまたま友達に画材をもらったから使ってるだけで、楽しければなんでもいいと思ってるから、何に描くかも気にならない。電話をしながら、落書きしたりするじゃん?私、そういうことが好きなんだよね。そのほうが、逆に集中できる」

──何を描きたいとか、そういうものは?

「“イグジスタンス”です。つまりは『生存』ってこと。それが私にとって必要なことだから描くんじゃない? 鬱で何もできなくなってた頃に1日ひとつ、何かするだけで達成感を得られるらしいっていうのを知って、ある時に壁に大きな紙を貼って立体的な丸を描いてみたの。そしたらなんとなく、『あ、今日一日なんかできたじゃん』って思えたってだけの話なんです」

──それが原点となって、今まで絵を描いてきたわけですね。この先で、何かにつながってほしいって思うことはありますか?

「みんなが幸せになればなんでもいいよ。だけど最近、それには私の幸せが必要なんだってことに気がついた。私が笑顔でいれば周りの人たちも幸せでしょ。もちろん、欲望はあるし、絵だって学んでみたいと思ったら学びたいけど、どうせみんなと同じことやってるんでしょ? バーカって思ってるので(笑)。私は周りの人たちのために、自分が楽しいと思うことをやりたい」

イグジスタンスするために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわの画像3

■路上パフォーマンスを始めた理由

 去年の7月に精神的に落ち着いてから、何事も一生懸命やるつもりで復帰した職場を半年で辞めたのは、通勤電車で見ず知らずの人にキレている自分の姿に気づいたことが原因だった。仕事柄、大きなカバンを持って電車に乗ることが多く、嫌な顔をされるうちに精神的に追い詰められて、無意識のうちに{なんなんだこいつ……?」と口走るようになっていったという。

──声を出すことで、何か開放される部分があったということなんでしょうか?

「基本的には大声を出すことが好きなんだよ。昔、補修の仕事をしていた時なんてもっと荷物が大きかったから、カートを引きながら『なんなんだおまえらー?』みたいな感じでキレながら歩いた。新宿の街を(笑)。たぶん、私があんなふうになってたのは、声を出せない環境にいたからなんだよね。会社に雇われて働いてるんだから、仕事中は静かにしなきゃいけないと思ってた。でも、今はもう何も失うものがないから、好き勝手しようと思ってね」

──路上パフォーマンスだって、奇異の目に晒されることはあるわけでしょ?

「自分主体でやってるから、こいつバカだなーおかしい奴がいるなーって思われたとしても、全部、私のことになるんだよ。もちろん、恥ずかしいっていう気持ちもあるから、今はそれも楽しんでたりするね。最近、理由付けする必要がなくなってきた気がしていて。例えばお酒を飲んで、何かやらかした時に『酔っ払ってました』って言い訳があるけど、それだって全部、自分に原因があること。どうして自分と、自分じゃないことにしておきたい部分と、離しちゃう必要があるんだろう? って考えた時にもう言い訳する必要ないなと。未来のことも全部、どうしようもなくなった時にやることっていったら、その時に考えるしかないよ」

──逆に、好きなことを好きなようにやってるだけなのに、アウトサイダーアートとして、レッテルを貼られてしまうことに対する窮屈さってありますか?

「え? 全然。中には『精神病の人が書いたんですね~』って面白がってくれる人もいる。私の『楽しい』って、結局はそういうことなんだよね。人が生き生きしている顔を見た時に幸せを感じる」

イグジスタンスするために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわの画像4

■生きてるということは、死ぬ必要がないということ

 あっけからんとした笑顔でそう語る彼女だが、数年前、筆者が彼女と出会ったばかりの頃は常にカバンにカッターを仕込ませている女の子だった。その変化について尋ねてみると、進化心理学について学んだことが、大きく変わるきっかけになったのだそう。

──進化心理学のどこに何を感じたんですか?

「みんな『愛』とか簡単に口にするけど、愛って目に見えるものじゃないから、要は気持ちの持ちようなんだよね。それに気づいた時、え? 愛ってないんだ……騙された……ってものすごく落ち込んで、鬱になったんだけど……(笑)。生物は種を残すために存在しているっていうのが進化心理学の考え方だね。結局は生きるしかないの。今、生きてるなら自分から死ぬ必要はないと思わない? 生きてるってことは、生きる必要があるということでもあるって気がついた」

──あぁ、車に轢かれたりもしないならってこと?

「そう! 今まで何度も精神病院に入院したけど、その上で思うのは、みんな生きてるし? と。訳のわかんない人たちもいっぱいいるけど、きっと私も誰かに同じように思われてたりするんだよね。普通って自分のなかにしかないよ。みんな、誰の普通を信じてるの?多数決のいきすぎじゃないか? って思う」

──ということは、精神的に自立したことによって落ち着いたということなんでしょうか?

「そうだね。誰かに死ねって言われて、俺、死んだほうがいいんだ……って思うような奴は勝手に死ねばいい。『傷つきました……』とか言われたところで、その人だって他のことで、誰かを傷つけてるかもしれないじゃん。逆に、『大好きです』って言われた時に、本当かよ? とか、おまえなんかとは違うって思ったことが私はあったからね。どんなに優しい言葉を使っても、気持ちや理想の押し付けはいつも腹が立つ。でも、ムカついてるのは自分なんだから、自分自身でどうにかするしかないんだよ」

──そういえば、先日、ツイッターにホームレスに話しかけられたらキレられたって書いてたけど……。

「私、寂しい時って結構、人に話しかけるんだよ。昨日も酔っ払って、そのへんのおじさんに『私は生きてるぞー!』とか適当なこと言って話しかけたら、チッって舌打ちされて泣いちゃったんだけど……(笑)。でも、なかには笑顔で応えてくれる人もいるし、嫌な顔する人たちもいつか変わるって信じてる。変わるっていうか、元の場所に戻れるような。私は戻ってきて、素直な気持ちになれるようになったよ。『やりたいことやる』っていうのはそういうことなんですよ、きっと」

(写真・文=佐藤麻亜弥)

●はくのがわ
twitter@edoakemijanaiyo
「アール・ブリュット ジャポネII」展
フランスパリ市立アル・サン・ピエール美術館 3月10日(日)まで
http://www.hallesaintpierre.org
「NAKANO街中まるごと美術館!アール・ブリュット-人の無限の創造力を探求する2019-」
中野ブロードウェイ商店街、中野サンモール商店街、中野南口商店街 3月3日(日)まで
■今後の展示予定
「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展~ヤンキー人類学から老人芸術まで~」
東京ドームシティギャラリーアーモ (4月12日~5月19日)
https://www.tokyo-dome.co.jp/aamo/event/kushino2019.html

“イグジスタンス”するために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわ

 現在、アウトサイダーアート界隈で話題の一人の女性アーティストがいる。今、大注目の若手画家・はくのがわ(26)だ。躁鬱病と診断されて以来、何度も精神病院の入退院を繰り返しながら活動を続けてきた彼女。最近では街へ出て、大声を出しながら絵を描いている時に何よりもの幸せを感じるのだという。なぜ、このようなパフォーマンスを始めるに至ったのか? そこには、取材を進めるうちに見えてきた祈りにも近い、切実な「願い」があった。

■絵を描くことでのみ“生きてる実感”が持てた幼少期

 精神病院に通うようになった頃、デイケアに組み込まれている作業療法として絵画のプログラムを選択した。2014年、展示に出してみないかと声をかけられたことが、現在の活動に繋がるきっかけになったという。幼い期から絵を描くことが好きだった? と聞いてみると、「恥ずかしいけど……」と照れながら意外な返答が返ってきた。

「それよりも人に見られながら描くことのほうが楽しかった。私、すぐに友達と揉めるような子だったの。でも、教室のなかで絵を描いてると誰かしら『何描いてるの?』って話しかけてくれるでしょ。そういう時にだけ、生きてる実感が持てたというか。だから、自分より上手でみんなの注目を集めるようなクラスメートのことは嫌いだったよ(笑)」

──じゃあ、人の絵を見ることにはあまり興味がない?

「ないね。あはは(笑)。今ならなんでも面白がれるけど、当時はまったく。こんなのつまらないって思ってた。小さい頃、漫画家になりたかったんだよ。それなのに絵は上達しないままだし、ムカつくことのほうがずっと多かった。だけど、どこかしら拠り所ではあったんだよね」

──自分の描いた絵をSNSにアップするようになったのが、その頃?

「うん。簡単に言えば、捌け口だね。当時、『南条あや』っていうメンタルヘルス系のネットアイドルがいて、彼女のホームページにどハマりしてた。そのうちに、“リストカット”とかそういう単語を目にするようになるでしょ。私とやってることおんなじじゃんって思ったの。ちっちゃい時から自分で壁に頭をぶつけたりしてたよ、バーン! バーン! みたいな(笑)。昔から、いろいろおかしかったよね」

──「ムカつくことのほうが多かった」って、その感覚が変わったのはいくつぐらいの時なんでしょうか?

「中学生になって、いろんな音楽を聞くようになってからかな。ギターのリフがすごく気持ち悪い曲を見つけて、気持ち悪いなぁって聞いているうちに『でも、私はこれが好きだな』って。その時に初めて、普通じゃなくても良いんだって思えたんです。それからは周りの目を気にせず、自分の描きたいものを描くようになって、ようやく絵を描くことそのものを楽しめるようになっていった感じなんだよね」

イグジスタンスするために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわの画像2

■丸を描いた時に自分を肯定できた

 ひと通り生い立ちについて話すと、おもむろに床に落ちているチラシを手に取り、その裏に絵を描き始める彼女。「黄色がいいかな? あ、でもこの色嫌いなんだよね……」と、独り言を呟きながら、目の前の世界に没頭する姿はまるで子どものよう。ここで、はくのがわ流・絵の描き方について、話を聞いてみることにした。

──この前まで白黒で描いていたように思うんですけど、最近はカラーが多いよね。これは、何かきっかけがあったんですか?

「たまたま友達に画材をもらったから使ってるだけで、楽しければなんでもいいと思ってるから、何に描くかも気にならない。電話をしながら、落書きしたりするじゃん?私、そういうことが好きなんだよね。そのほうが、逆に集中できる」

──何を描きたいとか、そういうものは?

「“イグジスタンス”です。つまりは『生存』ってこと。それが私にとって必要なことだから描くんじゃない? 鬱で何もできなくなってた頃に1日ひとつ、何かするだけで達成感を得られるらしいっていうのを知って、ある時に壁に大きな紙を貼って立体的な丸を描いてみたの。そしたらなんとなく、『あ、今日一日なんかできたじゃん』って思えたってだけの話なんです」

──それが原点となって、今まで絵を描いてきたわけですね。この先で、何かにつながってほしいって思うことはありますか?

「みんなが幸せになればなんでもいいよ。だけど最近、それには私の幸せが必要なんだってことに気がついた。私が笑顔でいれば周りの人たちも幸せでしょ。もちろん、欲望はあるし、絵だって学んでみたいと思ったら学びたいけど、どうせみんなと同じことやってるんでしょ? バーカって思ってるので(笑)。私は周りの人たちのために、自分が楽しいと思うことをやりたい」

イグジスタンスするために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわの画像3

■路上パフォーマンスを始めた理由

 去年の7月に精神的に落ち着いてから、何事も一生懸命やるつもりで復帰した職場を半年で辞めたのは、通勤電車で見ず知らずの人にキレている自分の姿に気づいたことが原因だった。仕事柄、大きなカバンを持って電車に乗ることが多く、嫌な顔をされるうちに精神的に追い詰められて、無意識のうちに{なんなんだこいつ……?」と口走るようになっていったという。

──声を出すことで、何か開放される部分があったということなんでしょうか?

「基本的には大声を出すことが好きなんだよ。昔、補修の仕事をしていた時なんてもっと荷物が大きかったから、カートを引きながら『なんなんだおまえらー?』みたいな感じでキレながら歩いた。新宿の街を(笑)。たぶん、私があんなふうになってたのは、声を出せない環境にいたからなんだよね。会社に雇われて働いてるんだから、仕事中は静かにしなきゃいけないと思ってた。でも、今はもう何も失うものがないから、好き勝手しようと思ってね」

──路上パフォーマンスだって、奇異の目に晒されることはあるわけでしょ?

「自分主体でやってるから、こいつバカだなーおかしい奴がいるなーって思われたとしても、全部、私のことになるんだよ。もちろん、恥ずかしいっていう気持ちもあるから、今はそれも楽しんでたりするね。最近、理由付けする必要がなくなってきた気がしていて。例えばお酒を飲んで、何かやらかした時に『酔っ払ってました』って言い訳があるけど、それだって全部、自分に原因があること。どうして自分と、自分じゃないことにしておきたい部分と、離しちゃう必要があるんだろう? って考えた時にもう言い訳する必要ないなと。未来のことも全部、どうしようもなくなった時にやることっていったら、その時に考えるしかないよ」

──逆に、好きなことを好きなようにやってるだけなのに、アウトサイダーアートとして、レッテルを貼られてしまうことに対する窮屈さってありますか?

「え? 全然。中には『精神病の人が書いたんですね~』って面白がってくれる人もいる。私の『楽しい』って、結局はそういうことなんだよね。人が生き生きしている顔を見た時に幸せを感じる」

イグジスタンスするために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわの画像4

■生きてるということは、死ぬ必要がないということ

 あっけからんとした笑顔でそう語る彼女だが、数年前、筆者が彼女と出会ったばかりの頃は常にカバンにカッターを仕込ませている女の子だった。その変化について尋ねてみると、進化心理学について学んだことが、大きく変わるきっかけになったのだそう。

──進化心理学のどこに何を感じたんですか?

「みんな『愛』とか簡単に口にするけど、愛って目に見えるものじゃないから、要は気持ちの持ちようなんだよね。それに気づいた時、え? 愛ってないんだ……騙された……ってものすごく落ち込んで、鬱になったんだけど……(笑)。生物は種を残すために存在しているっていうのが進化心理学の考え方だね。結局は生きるしかないの。今、生きてるなら自分から死ぬ必要はないと思わない? 生きてるってことは、生きる必要があるということでもあるって気がついた」

──あぁ、車に轢かれたりもしないならってこと?

「そう! 今まで何度も精神病院に入院したけど、その上で思うのは、みんな生きてるし? と。訳のわかんない人たちもいっぱいいるけど、きっと私も誰かに同じように思われてたりするんだよね。普通って自分のなかにしかないよ。みんな、誰の普通を信じてるの?多数決のいきすぎじゃないか? って思う」

──ということは、精神的に自立したことによって落ち着いたということなんでしょうか?

「そうだね。誰かに死ねって言われて、俺、死んだほうがいいんだ……って思うような奴は勝手に死ねばいい。『傷つきました……』とか言われたところで、その人だって他のことで、誰かを傷つけてるかもしれないじゃん。逆に、『大好きです』って言われた時に、本当かよ? とか、おまえなんかとは違うって思ったことが私はあったからね。どんなに優しい言葉を使っても、気持ちや理想の押し付けはいつも腹が立つ。でも、ムカついてるのは自分なんだから、自分自身でどうにかするしかないんだよ」

──そういえば、先日、ツイッターにホームレスに話しかけられたらキレられたって書いてたけど……。

「私、寂しい時って結構、人に話しかけるんだよ。昨日も酔っ払って、そのへんのおじさんに『私は生きてるぞー!』とか適当なこと言って話しかけたら、チッって舌打ちされて泣いちゃったんだけど……(笑)。でも、なかには笑顔で応えてくれる人もいるし、嫌な顔する人たちもいつか変わるって信じてる。変わるっていうか、元の場所に戻れるような。私は戻ってきて、素直な気持ちになれるようになったよ。『やりたいことやる』っていうのはそういうことなんですよ、きっと」

(写真・文=佐藤麻亜弥)

●はくのがわ
twitter@edoakemijanaiyo
「アール・ブリュット ジャポネII」展
フランスパリ市立アル・サン・ピエール美術館 3月10日(日)まで
http://www.hallesaintpierre.org
「NAKANO街中まるごと美術館!アール・ブリュット-人の無限の創造力を探求する2019-」
中野ブロードウェイ商店街、中野サンモール商店街、中野南口商店街 3月3日(日)まで
■今後の展示予定
「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展~ヤンキー人類学から老人芸術まで~」
東京ドームシティギャラリーアーモ (4月12日~5月19日)
https://www.tokyo-dome.co.jp/aamo/event/kushino2019.html

西武・そごうとシャネル――「女性の生きづらさからの脱却」を描くCMを比較して見えてくるモノ

 前編では、昨年末から今年にかけて立て続けに炎上した「内閣府のセクハラ防止啓発ポスター」「菅公学生服の防犯啓蒙ポスター」の問題点について、大妻女子大学准教授・田中東子先生に解説いただいた。後編では、新年早々物議を醸した、西武・そごう「わたしは、私。」広告について話をお聞きした。

(前編はこちら)

西武・そごうCMの問題点を紐解く

――新年に、安藤サクラさんが登場する、西武・そごうの「わたしは、私。」広告が新聞広告とムービーで公開され、炎上しました。女性が四方八方からパイを投げつけられ、笑いながら倒れるのですが、最後はそのクリームを拭い取るという様子が描かれています。そこには、「女の時代、なんていらない? 女だから、強要される。女だから、無視される。女だから、減点される。女であることの生きづらさが報道され、そのたびに、『女の時代』は遠ざかる。今年はいよいよ、時代が変わる。本当ですか。期待していいのでしょうか。活躍だ、進出だともてはやされるだけの『女の時代』なら、永久に来なくていいと私たちは思う。時代の中心に、男も女もない。わたしは、私に生まれたことを讃えたい。来るべきなのは、一人ひとりがつくる、『私の時代』だ。そうやって想像するだけで、ワクワクしませんか。わたしは、私。」というコピーが添えられており、ネット上では、「何を伝えたいコピーなの?」「女性を侮辱しているようにしか見えない」と批判が飛び交いました。

田中東子先生(以下、田中) この西武・そごうの広告を見たとき、「女性の生きづらさからの脱却」を表現したかったのだと思ったのですが、その表現方法が問題だと感じました。2017年に公開された「ガブリエル シャネル」の新作香水のCMが、同じテーマを描いていて、私の周りでは「かっこいい」と評判が良かったのですが、シャネルのCMと比較すると、西武・そごうの問題点が明らかになるのではないでしょうか。

――シャネルのCMとは、具体的にどのような内容なのでしょうか。

田中 シャネルのCMは、蜘蛛の巣のようなものに捕らえられている女性が目を覚ますシーンから始まります。この蜘蛛の巣は、女性に対する社会の攻撃やしがらみを表しているのでしょう。そこから女性が自分の力で光の方に走り出し、途中で蜘蛛の糸が体に巻き付いて倒れそうになるものの、それでも踏ん張って前に進み、蜘蛛の糸を断ち切る。そして壁をぶち破って外の世界に出ると、そこは広野で、地平線に朝日が見えるという内容なのです。

 一方、西武・そごうのCMを見てみると、飛んでくるパイが、女性に対する社会の攻撃やしがらみと言えます。パイを投げつけられた女性は倒れてしまい、しかも顔や体を汚されたままの状態でCMが終わる。シャネルCMのように、薄暗く狭い世界から明るく広い世界に飛び出していくといった場面が明確に変わるシーンもなく、最初から最後まで同じ空間に居続けるんです。つまりこれは、女性は社会から束縛されたまま生きていく、社会は何も変わらない、ただただ「女性が強くあれ」ということしか描かれていない。それに……このパイが、精液にしか見えないなぁとも思いましたね。

――シャネルと西武・そごうのCMを比較すると、確かに何にモヤモヤしていたのかがよくわかりました。

田中 西武・そごうのCM見た人全員が、いま私が分析したようなことを考えていたわけではないでしょうが、やはり無意識のうちに「社会の側は変わらない」のに、「女性は傷つけられたまま強く生きていきなさい」というメッセージを読み取ったからこそ、不快感を覚えたのだと思います。

――なぜ同じテーマなのに、人に与える印象がこうもガラリと変わるのでしょうか。

田中 CMを作るときには、企画書に「現状、何が課題になっているのか」を盛り込むと思うのですが、日本で広告制作を行う人はもしかすると課題分析力が乏しいのかもしれないですね。課題を読み違えているから、その解決策が不快なものとしてCMに表れてしまうということです。ジェンダーの文法をきちんと学んでいない人が、CM制作に携わっているのかもしれません。前編でも触れましたが、海外の大学ではもっとジェンダー系の授業が多いものなのですが、日本の大学の場合、女子大ではジェンダー学が盛んなものの、共学の大学ではあまり教えていないなぁと感じますね。

 今は、ジェンダーをめぐる表現が炎上していますが、今後、外国人労働者が増えていくと、人種をめぐる表現が問題視されるようになっていくと予想しています。いま欧米の大学では、ジェンダーだけでなく、人種やエスニシティの問題についてしっかりと学ぶことが人文社会科学の課題になっているんですが、日本ではまだまだ。専門的に研究している方はたくさんいらっしゃるのですが、大学や高校などで十分に教えているかというと、そこは乖離している印象です。

――ただ、今こうしてCMが炎上すること自体が、社会に変化が訪れようにとしている証しに見えます。

田中 そうですよね。多文化的でリベラルな教育を受ける若い世代が増えてきているからこそ、CMの作り手……特に、CM内容の最終決定権を持つ世代とのギャップが生じて、炎上という現象につながっているのでしょう。今、アラフォー世代の上か下かで、ジェンダーに関する考え方や教育の水準がまったく異なってきていて、それが、CM炎上が多発する背景になっているのではないでしょうか。

――炎上を炎上として消費するだけでなく、何が問題かを議論すべきですね。

田中 炎上にも2パターンあります。「目的と表現方法のどちらも間違っているもの」そして「目的は正しいのに、表現方法が間違っているもの」です。前編で取り上げた菅公学生服の防犯啓蒙ポスターは、性被害者の側に犯罪の原因を押し付けるものなので、目的も表現方法もどちらも間違っていました。しかし、東幹久さんのセクハラ防止ポスターは、「男性側が問題視していない発言でもセクハラに当たるということを指摘する」という目的は良いものであるにもかかわらず、現状の課題が見えておらず、また男性側に寄り添いすぎるという表現方法を選んでしまっていた点が問題でした。そして、西武・そごうのCMも、女性のエンパワーメントを描くという目的は非常に良いものであったのに、表現の段階で間違えたと言えます。

――炎上が議論されることで、そもそも「目的から間違えている」ポスターやCMは、減っていくかもしれません。

田中 そうですね。女性をエンパワーメントしたいという広告が増えていることは間違いないので、今後の課題は「表現方法」になっていくと思います。いまの社会において何が課題で、どう解決していけばいいのかという課題分析力が求められるようになるでしょう。なので、後者のパターンで炎上した制作サイドに対しては、炎上したことに怯えるのではなく、課題分析の部分を反省し、めげずに女性を応援するCMを作り続けてほしいと思っています。

「ミニスカートが性犯罪誘発」「これもセクハラ?」女性を不快にする表現がなくならないワケ

 1月中旬、スクールウェアなど各種衣料の製造販売をしている菅公学生服株式会社の「防犯啓蒙ポスター」がネット上で炎上を巻き起こした。ポスターには制服姿の女子生徒の下半身がイラストで描かれ、「痴漢に気をつけて!」「自分が『カワイイ』と思った短いスカートによって性犯罪を誘発してしまいます」というメッセージが添えられていたのだが、「性犯罪は被害者にも非があると言っているようなものだ」「女性蔑視ではないか」との批判が飛び交い、同社は謝罪とともにポスターの回収を決定した。

 近年このように、女性への痴漢やセクハラ防止のポスターが“ズレている”と炎上する事案が後を絶たない。また、女性の描き方が物議を呼ぶ企業CMも枚挙にいとまがない状況だ。なぜ今、女性をめぐる“表現”は問題視されるのか。今回、「メディア文化論」「ジェンダー論」を研究する、大妻女子大学准教授・田中東子先生に、最近の炎上事例の問題点を解説いただくとともに、その背景を考察してもらった。

「ミニスカート」の意味に男女間ギャップがある

――菅公学生服の防犯啓蒙ポスターが炎上しました。この騒動をどのように見ていましたか。

田中東子先生(以下、田中) 痴漢の責任の所在を、加害者から被害者にずらしているから、炎上したということでしょう。現在「りぼん」(集英社)で連載中の『さよならミニスカート』という作品があるのですが、痴漢に怯える女子生徒に対し、男子生徒が「お前らもさー変質者恐がってるくせに なんでそんなスカート短けーの?」「結局さぁー男に媚び売るために履いてんだろ?」「そんなの触られて当たり前…」と言うシーンがあります。そこですかさず主人公の女の子がキレて、「スカートはあんたらみたいな男のために履いてんじゃねえよ」とつかみかかるのです。あのポスターに怒りを覚えた女性たちの気持ちを、まさに“代弁”してますよね。

――これまでも、「性犯罪の責任を被害者に負わせるな」という声を上げる人は多かっただけに、「なぜいまだに、こうしたポスターが作られるのか」と驚く人もいました。

田中 時代時代によって、ミニスカートの意味するものは違うと思います。もともと1960年代にミニスカートが流行した際、ミニスカートは、「女性の身体所作やパフォーマンスを拘束するロングスカートからの脱却」を意味していました。女性たちが、動きやすさや活発さを手に入れ、自由にふるまえるようになる……ミニスカートの意味とは、元来そういったものであり、「エロい」「誘ってる」などというのは、男性が勝手に付与した意味なんです。

 いかつい肩パットと尖ったヒールをミニスカートを合わせていたバブル期の女性のファッション も同様です。彼女たちは、男性たちを「メッシーくん」「アッシーくん」にするなど、その行為 が良かったか悪かったかは別として、女性に勢いがあり、元気な時代だったと感じるんです。 ところが一転して2000年代に入ると、ファッションが「モテ」の文脈で語られだし、ミニスカートにも「モテるため」「選ばれるため」「可愛がられるため」というような意味が強まったように感じます。不況による就職氷河期の影響もあって、「実入りのいい男に選ばれるために……」というサバイバル戦略の一つだったのかもしれませんが。

――現在はまた、女性がミニスカートに別の意味を見いだしているように思います。

田中 「モテるために」ではなく、「可愛い自分が好き」「私の可愛さは私が決める」といった自分本位の考えによってファッションを選ぶようになり、ミニスカートも「可愛い自分になるためのもの」という意味のアイテムになった印象。ただ男性側の認識が遅れていて、ミニスカートに付与されている現在の意味に、男女間でギャップが生じている気がします。

――そのギャップがめぐりめぐって、菅公学生服の防犯啓蒙ポスターを生み出したのでしょうか。

田中 大学でジェンダー教育を受けることのなかった世代が古い認識のまま偉くなり、こうしたポスターの最終決定を担う役職にいるのかなとも感じますね。それから、今回の「性犯罪の責任を加害者ではなく被害者に転嫁している」という炎上では、被害者側である女性が、加害者側である男性に何が間違っているのか説明しなくてはならない、という構図も気になりました。アメリカの文学研究者イブ・コゾフスキー・セジウィック氏が、著書『クローゼットの認識論―セクシュアリティの20世紀』(青土社)の中で、コミュニケーションや言語にまつわる権力の非対称性について指摘しています。差別する側は「差別するつもりはなかった」「差別的だと気づかなかった」などと知識の不足や無知であることを示しているにもかかわらず、そういう知識の幅の狭い側、もしくは狭いふりをする側の方が、コミュニケーションや対話の条件を決定する権力をもっているがゆえに非難されることがなくなり、反対に、差別される側に「なぜ差別なのか」を説明する義務、それに伴う学習が発生している。このこと自体が差別する側と差別される側との間の対等ではない関係を示しているのではないか……ということです。これは、男子学生を擁する共学の大学より、女子大の方がジェンダー教育に熱心であることにも通じていて、なぜ被害に遭う女性側が一生懸命勉強をして知識を蓄え、加害者である男性側が勉強をしないで無知なままでいるのかと、学生間での性犯罪や性暴力のニュースを見るたびに不満を覚えますね。

――防犯啓蒙ポスターの炎上は、まさに「弱い立場の人が説明をする」という構図でした。

田中 「『ミニスカートをはいてると痴漢されますよ』と言うこと自体が間違っている」、そこまで説明しなければいけないのは正直言って面倒くさいですし、やはりまだまだ日本は男性優位の社会で、女性が弱い立場に置かれていると実感させられます。

――昨年11月には、俳優・東幹久さんが起用された内閣府の「セクハラ防止啓発ポスター」が炎上しました。「痩せてきれいになったんじゃない?」「今日の服かわいいね。俺、好みだな」といった言葉に不快感を示す女性のイラストとともに、困り顔の東さんの顔写真が掲載され、大きく「これもセクハラ?」というメッセージが掲載されています。「セクハラする男性側の『これじゃ何も言えない』『俺が悪いの?』という声が聞こえる」「セクハラを軽く扱いすぎている」などの批判が飛び交いました。

田中 このポスターが炎上した理由の一つとして、東さんが“表現力のある優秀な俳優である”ことが挙げられると私は思っています。東さんの表情について「俺が悪いの?」といっているように見えるとの指摘がありましたが、彼はこれまで、女性を狙うギラギラした役を演じる機会が多かったような印象があり、そういった役のイメージを、写真1枚で見る人に想起させてしまったのではないかな……と。このポスターは、見る人が“ここに描かれていない意味”を読み取れてしまうつくりになっているように思うんです。

 もちろん、ポスターのつくり自体にも問題はあります。「これもセクハラ?」の文字が大きすぎて、「セクハラを決めるのは、あなたではない!」というその下のメッセージがあまり目立たない。それから、東さんが「これもセクハラ?」と発言しているように見えてしまうデザインも、加害者を擁護していると誤解されてしまう原因になってしまったのではないでしょうか。例えば、「これもセクハラ?」を「これもセクハラ!」に変えて、「セクハラを決めるのは、あなたではない!」というメッセージを添えていたなら、炎上しなかったのかなと思いますね。

――「?」(クエスチョンマーク)を「!」(エクスクラメーションマーク)に変えるだけで、かなり印象が違います。

田中 「これもセクハラ!」にすると、東さんではなく、セクハラを受けた女性側の台詞という印象になるんです。「?」を選んでしまった時点で、このポスターは男性に寄り添いすぎているんですよね。だからこそ、「?」をつけてしまったのかもしれません。

――男性側に対する過剰な配慮を感じるというか、一種の甘やかしではないかとさえ思ってしまいます。

田中 「男性に甘い」風潮と言うと、日本の男の子は、とにかくお母さんから甘やかされている傾向がありますよね。娘には家事の手伝いをさせるけど、息子にはさせないといったお母さんは結構いて、そこが「男性に甘い」の根っこになっているような気がします。ただし最近は、娘にも息子にも平等に手伝わせているという家庭が増えているとは聞いています。特に共働き家庭なのに夫が家事をしないことに不満を抱き、「この悪の連鎖を断ち切る!」との思いで、息子にもしっかり手伝いをさせるという人もいるそうです。これからは“子どもの性別問わず”という育て方が重要になると感じています。

(後編につづく)

「ミニスカートが性犯罪誘発」「これもセクハラ?」女性を不快にする表現がなくならないワケ

 1月中旬、スクールウェアなど各種衣料の製造販売をしている菅公学生服株式会社の「防犯啓蒙ポスター」がネット上で炎上を巻き起こした。ポスターには制服姿の女子生徒の下半身がイラストで描かれ、「痴漢に気をつけて!」「自分が『カワイイ』と思った短いスカートによって性犯罪を誘発してしまいます」というメッセージが添えられていたのだが、「性犯罪は被害者にも非があると言っているようなものだ」「女性蔑視ではないか」との批判が飛び交い、同社は謝罪とともにポスターの回収を決定した。

 近年このように、女性への痴漢やセクハラ防止のポスターが“ズレている”と炎上する事案が後を絶たない。また、女性の描き方が物議を呼ぶ企業CMも枚挙にいとまがない状況だ。なぜ今、女性をめぐる“表現”は問題視されるのか。今回、「メディア文化論」「ジェンダー論」を研究する、大妻女子大学准教授・田中東子先生に、最近の炎上事例の問題点を解説いただくとともに、その背景を考察してもらった。

「ミニスカート」の意味に男女間ギャップがある

――菅公学生服の防犯啓蒙ポスターが炎上しました。この騒動をどのように見ていましたか。

田中東子先生(以下、田中) 痴漢の責任の所在を、加害者から被害者にずらしているから、炎上したということでしょう。現在「りぼん」(集英社)で連載中の『さよならミニスカート』という作品があるのですが、痴漢に怯える女子生徒に対し、男子生徒が「お前らもさー変質者恐がってるくせに なんでそんなスカート短けーの?」「結局さぁー男に媚び売るために履いてんだろ?」「そんなの触られて当たり前…」と言うシーンがあります。そこですかさず主人公の女の子がキレて、「スカートはあんたらみたいな男のために履いてんじゃねえよ」とつかみかかるのです。あのポスターに怒りを覚えた女性たちの気持ちを、まさに“代弁”してますよね。

――これまでも、「性犯罪の責任を被害者に負わせるな」という声を上げる人は多かっただけに、「なぜいまだに、こうしたポスターが作られるのか」と驚く人もいました。

田中 時代時代によって、ミニスカートの意味するものは違うと思います。もともと1960年代にミニスカートが流行した際、ミニスカートは、「女性の身体所作やパフォーマンスを拘束するロングスカートからの脱却」を意味していました。女性たちが、動きやすさや活発さを手に入れ、自由にふるまえるようになる……ミニスカートの意味とは、元来そういったものであり、「エロい」「誘ってる」などというのは、男性が勝手に付与した意味なんです。

 いかつい肩パットと尖ったヒールをミニスカートを合わせていたバブル期の女性のファッション も同様です。彼女たちは、男性たちを「メッシーくん」「アッシーくん」にするなど、その行為 が良かったか悪かったかは別として、女性に勢いがあり、元気な時代だったと感じるんです。 ところが一転して2000年代に入ると、ファッションが「モテ」の文脈で語られだし、ミニスカートにも「モテるため」「選ばれるため」「可愛がられるため」というような意味が強まったように感じます。不況による就職氷河期の影響もあって、「実入りのいい男に選ばれるために……」というサバイバル戦略の一つだったのかもしれませんが。

――現在はまた、女性がミニスカートに別の意味を見いだしているように思います。

田中 「モテるために」ではなく、「可愛い自分が好き」「私の可愛さは私が決める」といった自分本位の考えによってファッションを選ぶようになり、ミニスカートも「可愛い自分になるためのもの」という意味のアイテムになった印象。ただ男性側の認識が遅れていて、ミニスカートに付与されている現在の意味に、男女間でギャップが生じている気がします。

――そのギャップがめぐりめぐって、菅公学生服の防犯啓蒙ポスターを生み出したのでしょうか。

田中 大学でジェンダー教育を受けることのなかった世代が古い認識のまま偉くなり、こうしたポスターの最終決定を担う役職にいるのかなとも感じますね。それから、今回の「性犯罪の責任を加害者ではなく被害者に転嫁している」という炎上では、被害者側である女性が、加害者側である男性に何が間違っているのか説明しなくてはならない、という構図も気になりました。アメリカの文学研究者イブ・コゾフスキー・セジウィック氏が、著書『クローゼットの認識論―セクシュアリティの20世紀』(青土社)の中で、コミュニケーションや言語にまつわる権力の非対称性について指摘しています。差別する側は「差別するつもりはなかった」「差別的だと気づかなかった」などと知識の不足や無知であることを示しているにもかかわらず、そういう知識の幅の狭い側、もしくは狭いふりをする側の方が、コミュニケーションや対話の条件を決定する権力をもっているがゆえに非難されることがなくなり、反対に、差別される側に「なぜ差別なのか」を説明する義務、それに伴う学習が発生している。このこと自体が差別する側と差別される側との間の対等ではない関係を示しているのではないか……ということです。これは、男子学生を擁する共学の大学より、女子大の方がジェンダー教育に熱心であることにも通じていて、なぜ被害に遭う女性側が一生懸命勉強をして知識を蓄え、加害者である男性側が勉強をしないで無知なままでいるのかと、学生間での性犯罪や性暴力のニュースを見るたびに不満を覚えますね。

――防犯啓蒙ポスターの炎上は、まさに「弱い立場の人が説明をする」という構図でした。

田中 「『ミニスカートをはいてると痴漢されますよ』と言うこと自体が間違っている」、そこまで説明しなければいけないのは正直言って面倒くさいですし、やはりまだまだ日本は男性優位の社会で、女性が弱い立場に置かれていると実感させられます。

――昨年11月には、俳優・東幹久さんが起用された内閣府の「セクハラ防止啓発ポスター」が炎上しました。「痩せてきれいになったんじゃない?」「今日の服かわいいね。俺、好みだな」といった言葉に不快感を示す女性のイラストとともに、困り顔の東さんの顔写真が掲載され、大きく「これもセクハラ?」というメッセージが掲載されています。「セクハラする男性側の『これじゃ何も言えない』『俺が悪いの?』という声が聞こえる」「セクハラを軽く扱いすぎている」などの批判が飛び交いました。

田中 このポスターが炎上した理由の一つとして、東さんが“表現力のある優秀な俳優である”ことが挙げられると私は思っています。東さんの表情について「俺が悪いの?」といっているように見えるとの指摘がありましたが、彼はこれまで、女性を狙うギラギラした役を演じる機会が多かったような印象があり、そういった役のイメージを、写真1枚で見る人に想起させてしまったのではないかな……と。このポスターは、見る人が“ここに描かれていない意味”を読み取れてしまうつくりになっているように思うんです。

 もちろん、ポスターのつくり自体にも問題はあります。「これもセクハラ?」の文字が大きすぎて、「セクハラを決めるのは、あなたではない!」というその下のメッセージがあまり目立たない。それから、東さんが「これもセクハラ?」と発言しているように見えてしまうデザインも、加害者を擁護していると誤解されてしまう原因になってしまったのではないでしょうか。例えば、「これもセクハラ?」を「これもセクハラ!」に変えて、「セクハラを決めるのは、あなたではない!」というメッセージを添えていたなら、炎上しなかったのかなと思いますね。

――「?」(クエスチョンマーク)を「!」(エクスクラメーションマーク)に変えるだけで、かなり印象が違います。

田中 「これもセクハラ!」にすると、東さんではなく、セクハラを受けた女性側の台詞という印象になるんです。「?」を選んでしまった時点で、このポスターは男性に寄り添いすぎているんですよね。だからこそ、「?」をつけてしまったのかもしれません。

――男性側に対する過剰な配慮を感じるというか、一種の甘やかしではないかとさえ思ってしまいます。

田中 「男性に甘い」風潮と言うと、日本の男の子は、とにかくお母さんから甘やかされている傾向がありますよね。娘には家事の手伝いをさせるけど、息子にはさせないといったお母さんは結構いて、そこが「男性に甘い」の根っこになっているような気がします。ただし最近は、娘にも息子にも平等に手伝わせているという家庭が増えているとは聞いています。特に共働き家庭なのに夫が家事をしないことに不満を抱き、「この悪の連鎖を断ち切る!」との思いで、息子にもしっかり手伝いをさせるという人もいるそうです。これからは“子どもの性別問わず”という育て方が重要になると感じています。

(後編につづく)

嵐だけじゃない……関ジャニ∞にも迫る「商品としての終わり」を、企業コンサルタントが解説

 企業コンサルタント・大関暁夫氏に、ジャニーズの男性アイドルグループの「寿命」について考察してもらったインタビュー前編。後編では、SMAP解散騒動以降、タレントの不祥事や流出が続く事務所が、今後アイドルグループをどのように扱うべきか、話を聞いた。

(前編はこちら)

嵐の再始動は「同窓会」レベルが望ましい

――商品としてのアイドルグループの寿命は「15年」とのことですが、嵐は20周年を迎える年に活休を発表しました。

大関暁夫氏(以下、大関) 大野さんは、3年前くらいから「一度何事にも縛られず、自由な生活をしてみたい」という気持ちが出てきたそうですが、恐らく15年を過ぎた頃から、グループを続けていくことへの緊張感がゆるんだのではないでしょうか。それはごく自然なことだと思いますよ。今回のケースで良かったなと思うのは、「メンバーの仲が良い」という点。大野さんの申し出を、ほかのメンバーが突っぱねるのではなく、ちゃんと耳を傾けて受け入れた。もしかしたら、彼らも「嵐は一回終わりにした方がいい」と感じていたのかもしれませんね。先ほど、嵐の活休の発表を受けたとき、ジャニーズ事務所の商品戦略の甘さを感じたと述べましたが、嵐が結果的に21年目で活休することになったのは、“ギリギリ”のところで、いい形で着地できたと思います。大正解と言えるでしょう。もし活動を無理に引っ張っていたら、後味の悪い終わり方をすることになったかもしれません。

――嵐の仲の良さは会見でも表れていたと思います。

大関 5人グループだと、メンバーごとに人気や仕事量の差が生まれ、嫉妬や妬みが生まれやすくなるもの。人間関係がうまくいっていないと、事務所を通じて「なぜアイツにばかり仕事が」などと文句を言うメンバーも出てくるでしょう。人数が増えれば増えるほど、グループというのは運営が難しくなるものなんですが、嵐にはそういったことがなかったように思いますね。

――お話を聞いていると、嵐が活休から明けた後、今と同じような活動をもう一度行うのは、やめた方がいいのではないかとも思えます。

大関 「同窓会」のような形で単発のコンサートを開催し、昔を懐かしむというのが限界だと思います。今と同じような……例えば、「グループのレギュラー番組を週に2本持つ」「年に何枚もCDリリースをして音楽番組に多数出演する」といった形に戻ることはないでしょう。事務所としても、やらせてはいけないことだと思います。一般的にも、一度ライフサイクルを終えた商品が、復刻版として再登場することはあれど、それがまたメインの商品に戻るのはあり得ません。

――嵐の後にデビューした関ジャニ∞が、今年ちょうど15周年になります。

大関 昨年、渋谷すばるさんが事務所を退所した一件も、グループとしてのピークアウトを迎えつつあることの現われだったのでは。事務所が、関ジャニ∞に、エンディングを用意してあげる時期が来たのだと思います。村上信五さんが、12年にマツコ・デラックスさんと一緒に『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)を始めた頃は、まだ“アイドルの延長線上”でMCをしていたように見えましたが、今はそれとは別の次元でMCの仕事をしている気がします。個のタレントとしての自我を感じ始めているのではないでしょうか。

――昨年15周年を迎えたNEWSも、小山慶一郎さんと加藤シゲアキさんの未成年飲酒同席騒動が明るみになり、それぞれ活動自粛と厳重注意を受けたほか、手越祐也さんもスキャンダルが続出するなど、問題が次から次へと浮上しました。

大関 「花形」段階でのピークの高さによって、寿命が短くなったり長くなったりするのですが、ピークが低いと、グループの空中分解や問題が早い段階から目に見えて起こるというのはあるかもしれませんね。

――今後、ジャニーズ事務所がアイドルグループを運営していく上で、どのようなことを心がけるべきなのでしょうか。

大関 SMAPや嵐のような看板アイドルが「金のなる木」になった段階で、次の「花形」候補として、新たな「問題児」を仕掛けていくことです。「いい子がいるからデビューさせよう」ではなく、もっとシステマティックに考えていくべきだと思います。たとえみんな売れっ子になっても、一気にピークアウトを迎えたら、事務所が立ち行かなくなってしまいますから。

 昨年デビューしたKing&Princeが、デビューシングル売り上げ60万枚超えを記録するなど、かなりの人気を集めているそうですが、正直言って仕掛けた時期が遅すぎました。2010年前後に、Hey!Say!JUMPやKis-My-Ft2などのグループがデビューしているものの、彼らの「花形」としてのピークが低いことを察した段階で、すぐ次の「問題児」を世に出さなければいけなかったと思います。キンプリが、これからどこまで伸びるかは、事務所にとっての重要事項でしょうね。

――「花形」としてのピークが低いグループのファンは、複雑な気持ちになってしまうかもしれませんね……。

大関 事務所としては、見極めが大事なんです。小粒な商品に投資しすぎても、無駄になってしまいますから。ピークはここだと見極めたら、小さい「金のなる木」にしてあげて、ピークアウトに持っていくべきであり、引っ張れば引っ張るほど、本人たちがかわいそうです。商品戦略としては、オールマイティーな「花形」ではなく、一つのジャンルの「花形」に育てるのも手。当初期待したほどのブレークはなくても、コアなファンや根強い人気をつかんでいると思えば、そのマーケットだけ狙っていくというやり方です。

――今年に入って、滝沢秀明さんが「ジャニーズアイランド」の社長に就任しました。ジャニーズJr.の育成と、彼らの作品や公演をプロデュースしていく会社なのですが、滝沢さんがまさに、新たな「問題児」を仕掛けていくことになります。

大関 滝沢さんは、より速く花形のピークに持っていけるような商品を吟味しているのでしょう。事務所が今そこに力を入れているのは、理にかなっていますし、かなり重要な仕事だと思います。恐らく、ジャニーズ事務所はこれまで、商品戦略を考えず、行き当たりばったりでアイドルグループを売ってきました。しかし昨年、タレントの不祥事や退所が続いたところを見るに、もっと長期的な戦略を練ってアイドルグループを運営すべき段階に来たのではないでしょうか。

――これまでの事務所であれば、嵐が「休みたい」と言っても、聞き入れなかったのではないかといった声が、ファンの間から聞こえてきます。それも事務所が変わろうとしている兆しなのかもしれません。

大関 事務所サイドも、SMAP解散騒動を経て、同じようなことを二度と起こしたくないと感じているのかもしれませんね。アイドルグループビジネスの難しさは、商品が人間であるという点。人間は年を取るほど、精神的にも大人になり、いろいろなことを考えるようになるものです。アイドルビジネスを作り上げたジャニー喜多川社長は、そんなアイドルたちの気持ちをわかってあげられる存在だと思いますし、だからこそ嵐の申し出を受け入れたのでしょう。ファンの皆さんはきっと「永遠に応援したい」と願っていることでしょうが、本人たちのためにも、アイドルグループの終わりを受け入れてあげるべきだと、私は思います。

取材協力:大関暁夫(おおぜき・あけお)
All About「組織マネジメント」ガイド。東北大学卒。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントの傍ら上場企業役員として企業運営に携わる。

嵐だけじゃない……関ジャニ∞にも迫る「商品としての終わり」を、企業コンサルタントが解説

 企業コンサルタント・大関暁夫氏に、ジャニーズの男性アイドルグループの「寿命」について考察してもらったインタビュー前編。後編では、SMAP解散騒動以降、タレントの不祥事や流出が続く事務所が、今後アイドルグループをどのように扱うべきか、話を聞いた。

(前編はこちら)

嵐の再始動は「同窓会」レベルが望ましい

――商品としてのアイドルグループの寿命は「15年」とのことですが、嵐は20周年を迎える年に活休を発表しました。

大関暁夫氏(以下、大関) 大野さんは、3年前くらいから「一度何事にも縛られず、自由な生活をしてみたい」という気持ちが出てきたそうですが、恐らく15年を過ぎた頃から、グループを続けていくことへの緊張感がゆるんだのではないでしょうか。それはごく自然なことだと思いますよ。今回のケースで良かったなと思うのは、「メンバーの仲が良い」という点。大野さんの申し出を、ほかのメンバーが突っぱねるのではなく、ちゃんと耳を傾けて受け入れた。もしかしたら、彼らも「嵐は一回終わりにした方がいい」と感じていたのかもしれませんね。先ほど、嵐の活休の発表を受けたとき、ジャニーズ事務所の商品戦略の甘さを感じたと述べましたが、嵐が結果的に21年目で活休することになったのは、“ギリギリ”のところで、いい形で着地できたと思います。大正解と言えるでしょう。もし活動を無理に引っ張っていたら、後味の悪い終わり方をすることになったかもしれません。

――嵐の仲の良さは会見でも表れていたと思います。

大関 5人グループだと、メンバーごとに人気や仕事量の差が生まれ、嫉妬や妬みが生まれやすくなるもの。人間関係がうまくいっていないと、事務所を通じて「なぜアイツにばかり仕事が」などと文句を言うメンバーも出てくるでしょう。人数が増えれば増えるほど、グループというのは運営が難しくなるものなんですが、嵐にはそういったことがなかったように思いますね。

――お話を聞いていると、嵐が活休から明けた後、今と同じような活動をもう一度行うのは、やめた方がいいのではないかとも思えます。

大関 「同窓会」のような形で単発のコンサートを開催し、昔を懐かしむというのが限界だと思います。今と同じような……例えば、「グループのレギュラー番組を週に2本持つ」「年に何枚もCDリリースをして音楽番組に多数出演する」といった形に戻ることはないでしょう。事務所としても、やらせてはいけないことだと思います。一般的にも、一度ライフサイクルを終えた商品が、復刻版として再登場することはあれど、それがまたメインの商品に戻るのはあり得ません。

――嵐の後にデビューした関ジャニ∞が、今年ちょうど15周年になります。

大関 昨年、渋谷すばるさんが事務所を退所した一件も、グループとしてのピークアウトを迎えつつあることの現われだったのでは。事務所が、関ジャニ∞に、エンディングを用意してあげる時期が来たのだと思います。村上信五さんが、12年にマツコ・デラックスさんと一緒に『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)を始めた頃は、まだ“アイドルの延長線上”でMCをしていたように見えましたが、今はそれとは別の次元でMCの仕事をしている気がします。個のタレントとしての自我を感じ始めているのではないでしょうか。

――昨年15周年を迎えたNEWSも、小山慶一郎さんと加藤シゲアキさんの未成年飲酒同席騒動が明るみになり、それぞれ活動自粛と厳重注意を受けたほか、手越祐也さんもスキャンダルが続出するなど、問題が次から次へと浮上しました。

大関 「花形」段階でのピークの高さによって、寿命が短くなったり長くなったりするのですが、ピークが低いと、グループの空中分解や問題が早い段階から目に見えて起こるというのはあるかもしれませんね。

――今後、ジャニーズ事務所がアイドルグループを運営していく上で、どのようなことを心がけるべきなのでしょうか。

大関 SMAPや嵐のような看板アイドルが「金のなる木」になった段階で、次の「花形」候補として、新たな「問題児」を仕掛けていくことです。「いい子がいるからデビューさせよう」ではなく、もっとシステマティックに考えていくべきだと思います。たとえみんな売れっ子になっても、一気にピークアウトを迎えたら、事務所が立ち行かなくなってしまいますから。

 昨年デビューしたKing&Princeが、デビューシングル売り上げ60万枚超えを記録するなど、かなりの人気を集めているそうですが、正直言って仕掛けた時期が遅すぎました。2010年前後に、Hey!Say!JUMPやKis-My-Ft2などのグループがデビューしているものの、彼らの「花形」としてのピークが低いことを察した段階で、すぐ次の「問題児」を世に出さなければいけなかったと思います。キンプリが、これからどこまで伸びるかは、事務所にとっての重要事項でしょうね。

――「花形」としてのピークが低いグループのファンは、複雑な気持ちになってしまうかもしれませんね……。

大関 事務所としては、見極めが大事なんです。小粒な商品に投資しすぎても、無駄になってしまいますから。ピークはここだと見極めたら、小さい「金のなる木」にしてあげて、ピークアウトに持っていくべきであり、引っ張れば引っ張るほど、本人たちがかわいそうです。商品戦略としては、オールマイティーな「花形」ではなく、一つのジャンルの「花形」に育てるのも手。当初期待したほどのブレークはなくても、コアなファンや根強い人気をつかんでいると思えば、そのマーケットだけ狙っていくというやり方です。

――今年に入って、滝沢秀明さんが「ジャニーズアイランド」の社長に就任しました。ジャニーズJr.の育成と、彼らの作品や公演をプロデュースしていく会社なのですが、滝沢さんがまさに、新たな「問題児」を仕掛けていくことになります。

大関 滝沢さんは、より速く花形のピークに持っていけるような商品を吟味しているのでしょう。事務所が今そこに力を入れているのは、理にかなっていますし、かなり重要な仕事だと思います。恐らく、ジャニーズ事務所はこれまで、商品戦略を考えず、行き当たりばったりでアイドルグループを売ってきました。しかし昨年、タレントの不祥事や退所が続いたところを見るに、もっと長期的な戦略を練ってアイドルグループを運営すべき段階に来たのではないでしょうか。

――これまでの事務所であれば、嵐が「休みたい」と言っても、聞き入れなかったのではないかといった声が、ファンの間から聞こえてきます。それも事務所が変わろうとしている兆しなのかもしれません。

大関 事務所サイドも、SMAP解散騒動を経て、同じようなことを二度と起こしたくないと感じているのかもしれませんね。アイドルグループビジネスの難しさは、商品が人間であるという点。人間は年を取るほど、精神的にも大人になり、いろいろなことを考えるようになるものです。アイドルビジネスを作り上げたジャニー喜多川社長は、そんなアイドルたちの気持ちをわかってあげられる存在だと思いますし、だからこそ嵐の申し出を受け入れたのでしょう。ファンの皆さんはきっと「永遠に応援したい」と願っていることでしょうが、本人たちのためにも、アイドルグループの終わりを受け入れてあげるべきだと、私は思います。

取材協力:大関暁夫(おおぜき・あけお)
All About「組織マネジメント」ガイド。東北大学卒。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントの傍ら上場企業役員として企業運営に携わる。

嵐の活動休止発表……企業コンサルタントが、ジャニーズグループ「15年寿命」説を提言

 1月27日、国民的アイドル・嵐の活動休止が突如発表された。同日午後5時、ファンクラブ会員向けサイトで、メンバー5人によるメッセージ動画が公開され、活休の報告とその経緯を説明。リーダー・大野智が2017年6月、「2020年をもって、自分の嵐としての活動を終えたい」「一度、何事にも縛られず自由な生活をしたい」とメンバーに告げ、話し合いを重ねた結果、2020年末でグループ活動を休止するとの結論に至ったという。

 同日午後8時からは記者会見も行われ、メンバーは「解散ではない」ことをあらためて強調、また活休期間は明確に決められていないことも明かしていた。会見で見せた“誰も悪者にしない”という姿勢や仲睦まじい様子には、嵐ファンから「感動した」「やっぱり嵐は5人で嵐」「再始動までずっと待ってる」など、温かなコメントが寄せられていたものの、一方で「大野くんの気持ちもわかるけど、やっぱり悲しい」「このまま事実上の解散になりやしないか」「こんな大勢のファンがいるのに、なぜ……」と複雑な胸中を隠しきれない人も少なくない。

 そんな中、「嵐がいま活休を発表したのは正しい」と断言するのが、企業コンサルタントの大関暁夫氏だ。ビジネスの視点で、「ジャニーズの男性アイドルグループ」という商品のライフサイクルを考えたとき、嵐は英断を下したと評価できるという。今回、数々のジャニーズグループの例を挙げながら、「商品として」のアイドルグループの寿命を考察してもらった。

――嵐の活休発表を知った際、率直にどのように感想を抱きましたか。

大関暁夫氏(以下、大関) 真っ先に、ジャニーズ事務所は、根本的な商品(=アイドルグループ)戦略をちゃんと考えていないなと感じました。商品には、それぞれの“ライフサイクル”というものがあります。複数の事業を持つ企業が、どの事業にどれだけの投資を行うかという戦略を考える際、「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」というフレームワークを用いることがあるのですが、それにジャニーズのアイドルグループ(商品事業)を当てはめて考えたとき、戦略の甘さを感じたのです。

――PPMとはどういったものなのでしょうか。

大関 PPM分析では、4つのポジションに事業を分類していきます。その4つは、事業のライフサイクルを示しており、「問題児(積極的に投資をしていく売り出し中の商品)」→「花形(投資を続けるべき利益を上げている商品)」→「金のなる木(投資をしなくても利益を生む商品)」→「負け犬(投資は不要で利益も少ない商品)」となります。

 ジャニーズのこれまでのアイドルグループをいくつか例にして解説していきますと、最初の商品である初代ジャニーズは、1964年にレコードデビューし、解散は67年だったので、実質3年間しか活動していませんでした。当時のアイドルの寿命は短く、また事務所も手探り状態だったためか、「花形」の段階で人気がピークアウトして解散したと見ています。次の商品である68年レコードデビューのフォーリーブスは、78年まで約10年活動。「花形」の状態になったとき、積極的にテレビで売っていくなどという新たな投資をして「金のなる木」にまで成長し、7年目くらいで人気がピークアウトして「負け犬」となり、解散に至ったという印象です。

――82年デビューのシブがき隊は88年に解隊と、6年しか活動しませんでした。しかし、85年デビューの少年隊は、ここ数年グループでの活動はないですが、現在も公式サイトにページがありますし、ファンは再始動を期待しています。

大関 少年隊が最後にCDシングルを発売したのが2006年で、これが前作から5年半ぶり。01年までは、定期的にCDを出していて、冠番組の放送が02年までだと考えると、舞台を除く少年隊の活動は、85~2000年初頭の約15年間がメインであったと言えるでしょう。デビュー10年頃に「金のなる木」に育ち、15年でピークアウトを向かえ、その後は各々が独自路線を切り開き、グループを自然消滅のような形に持っていったように見えます。恐らく、意図した流れではなかったでしょうが、もし事務所が、少年隊としての活動を引き伸ばそうとしていたら、何か良からぬ結末を迎えていたように思います。

――良からぬ結末とはなんでしょうか。

大関 「花形」の段階にいるときは、メンバーたち自身も、今目の前のことを一生懸命やろうというモードで、事務所も新しいことをどんどんやらせていこうと投資をします。その後、「金のなる木」に育ち、ピークアウトを迎えると、本人はそのことを敏感に察するものなのです。すると、「このままでいいのか」「もっとやるべきことがあるのではないか」といった気持ちが膨らみ、人によってはグループ活動に不平不満を抱いたり、集中力を欠いて問題を起こすケースが出てくる。少年隊はその前に上手にフェードアウトした“理想形”といえ、ジャニーズのアイドルグループのピークアウト、つまり寿命は「15年」と定義できるのではないかと思うのです。

 そう考えると、25年活動したSMAPがああいった解散の仕方をしたのは、致し方なかったのかもしれません。もちろんSMAPは並外れた人気を誇っていたので、ピークアウトが15年よりもっと後だったとも考えられますが、それでも「15年」からさらに10年もというのは、活動を引き伸ばしすぎたのでは。本人たちは15年を過ぎたあたりから、何らかの問題意識は持っていたように感じます。事務所は「まだまだ儲かる」と無理に活動を続けさせるのではなく、15年を過ぎたあたりで、速やかにメンバーを自由に……解散なり休止なり、グループとしての形を終え、メンバーが個々人として活動する“次のステップ”を用意してあげるべきだったのではないでしょうか。

――TOKIOも、デビュー25周年目を目前にした昨年、山口達也が強制わいせつ事件で書類送検となり、退所に至りました。

大関 それもやはり、ピークアウトを過ぎてもなおグループ活動を続けたことにより、「集中力を欠いて問題を起こす」メンバーが出てきたというふうに見ることができます。山口さんは以前からお酒に溺れるようなところがあったと聞きますし、16年には離婚を経ています。TOKIOが20年を迎えた頃から、山口さん自身もさまざまな問題を抱え、それが犯罪という最悪の形で出てしまったのかもしれません。あの事件は起きるべくして事件だったようにも感じます。

 一方でV6は、CDリリースは続いているものの、すでに個々の活動がメインとなっています。少年隊と同じような形で、うまくグループ活動をフェードアウトに持っていく、いい例だと思いますね。なお、2人組のKinKi Kidsに関しては、グループではなく“コンビ”なので、また話が違ってくるんです。2人だと相対で相談でき、意思の統一がしやすいものですが、3人以上のグループになるとそれがなかなか難しくなります。アイドルグループのピークアウトは「15年」という定義は、あくまで3人以上のグループに当てはまると考えています。

(後編につづく)

取材協力:大関暁夫(おおぜき・あけお)
All About「組織マネジメント」ガイド。東北大学卒。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントの傍ら上場企業役員として企業運営に携わる。

「カール」をもろパクリ!? ファミマ「かーるいチーズスナック」は法的に問題か、弁護士がジャッジ

 1月下旬、東京・表参道に1号店がオープンしたティラミスブランド「HERO’S(ヒーローズ)」。同店で売られる瓶入りティラミスや猫のキャラクター、ブランドロゴなどが、シンガポール発のティラミスブランド「ティラミスヒーロー」のものと酷似していたことから、“パクり疑惑”が浮上し、大炎上が巻き起こった。

 「HERO’S」は、この騒動を受け、公式サイトで「『THE TIRAMISU HERO』 のロゴ(登録番号第6073226号)に関しましては、シンガポールの日本側運営会社に対し、その使用権をお渡しする所存でございます。皆さまにお騒がせ致しまして誠に申し訳ありませんでした」と謝罪したが、瓶入りティラミス自体の販売は続けており、ネット上では疑問の声が鳴りやまない状況だ。

 こうしたお菓子の“パクリ疑惑”は、日本国内でも多発している。昨年6月から、ファミリーマートが発売している東ハト製造のスナック菓子「かーるいチーズスナック」は、当初から、明治の「カール」(チーズあじ)に味も見た目も名前もそっくりだとネット上で話題になった。「カール」は、一昨年8月の生産分をもって東日本での販売が終了していただけに、「カールに似たお菓子がまた食べられてうれしい」などと喜ぶ者も多く、「ジェネリックカール」「脱法カール」といった呼称まで生まれている。

 しかし、「HERO’S」が大炎上を巻き起こした今、このカールそっくりのスナック菓子「かーるいチーズスナック」はスルーされてもいいのだろうか。名称からも、ファミマや東ハトが意図的に「カール」に似せているのは明白のように思え、ネット上でも「パクリ」との指摘が飛び交っているが、法的に問題はないのか、弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士に話を聞いた。

カールの形状が意匠権として登録されていなければ……

 「かーるいチーズスナック」を見て、「これは確かにカールに似てますね」と感想を漏らした山岸氏だが、「結論から言いますと、『カール』の形状が『意匠権』 として登録されていなければ、大方セーフです」と述べる。

「なお、『登録されていなければ』と言いましたが、恐らく登録されていないでしょうし、さらに、 明治が今から意匠登録をしようとしても、 もはや登録はできないでしょう。したがって、問題はなさそうです」

 この「意匠権」とは、「新規性と創作性があり、 美感を起こさせる外観を有する物品の形状・模様・ 色彩のデザインの創作についての権利をいうのですが、要するに、『形』に特徴がある新しいデザインを保護する権利です。食品でも、例えば、ゴディバの『チョコレート』や、 エスビー食品の『カレールウ』なども意匠権として登録されています」と山岸氏は解説する。

「一方の『カール』ですが、正直なところ、『ふわっとした感触のチーズ味のお菓子』は、『カール』や『かーるいチーズスナック』に限らず、 だいたいこんな感じのものが、ほかにもあるのではないでしょうか。例えば、『板チョコ』にも、『一口サイズにポキッと折れるように膨らみと谷間がある』というお決まりの形があるように、『ふわっとした感触のチーズ味のお菓子』も、この形がお決まりの形ではないでしょうか」

 さらに山岸氏は、「カール」の形を見て、「何らかの美感があるとも思えません」と指摘する。

「言ってみれば、『なぜこの形なのか?』について、 たいした理由を見いだせないということ。となると、意匠権登録時の審査は通らないと思いますし、今さら審査請求しても、『新規性』がないので、登録はムリなのです」

 「かーるいチーズスナック」に、法的な問題はなさそうであることがわかったが、山岸氏いわく、「意匠権」や「著作権」といった強い権利が認められない場合であっても、 商品やパッケージが法的に保護されることがあるとのこと。

「これを、不正競争防止法2条1項3号が規定する『商品形態模倣行為の禁止』といいます。この条文では、先ほど指摘したような“お決まりの形”ではない商品において、商品の外部(パッケージなど) および内部の形状ならびにその形状に結合した模様、色彩、光沢および質感を真似された(たまたま同じような形になった場合は除く)場合、 その“パクられた”商品の製造や販売を差し止めたり、損害賠償請求ができるとしています」
 
 さらには、「他人の商品の形にのっかって『不正な利益』 を得ようとする目的で“パクった”場合、5年以下の懲役、500万円以下の罰金(いずれか、または双方) という刑罰が科される場合もある」そう。つまり、「商品の形自体や、 パッケージをデッドコピーのように“まるパクリ”するととんでもないことになりかねない」というのだ。

 しかし、やはり「板チョコ」のような「その種類の物ならば、だいたいそういう形になる」というものは保護されないといい、「カール」も同様で、「もし東ハトやファミマが “パクった”としても、不正競争防止法で保護してもらうのも難しいでしょう」と山岸氏。加えて、意図的に“パクった”かどうかを立証するのも、「難しいところがあります。『こちらも独自に開発したら、たまたま、こういう形やパッケージになった』と言われてしまうかもしれないので」ということだ。

 ここで思い出すのが、江崎グリコ「ポッキー」の高級版である「バトンドール」だ。韓国のロッテグループが、「バトンドール」と箱の形が酷似した商品を同国内で販売したとして、江崎グリコが販売差し止めを求める訴訟を起こし、ソウル中央地裁がグリコ側の訴えを認める判決を出したことがある。

「『バトンドール』のように、 韓国も含めて大々的に宣伝し、販売されている商品について、『いや、当社は、開発過程においてグリコのCMなんて一度も見てませんし、 お店で見たこともありませんし買ったこともありません』などという言い訳が通用するはずもありません。確かに『意図的にパクったかどうか』は、開発者の頭の中を覗かないと真実はわかりませんが、 四囲の状況、つまり、開発者が『オリジナル』に接する機会が十分にあったことや、『オリジナル』の広告戦略状況などを精査すれば、おのずと『独自開発の結果できました!』などとうそぶくことは到底できないだろう、 ということになるわけです」
 
 山岸氏の解説によると、法的に問題はないという「かーるいチーズスナック」。明治に「かーるいチーズスナック」についての見解を求めたところ、「他社の製品についてですので、コメントは差し控えさせていただきます」とのことだったが、今後もファミマの店頭で販売されるであろう「かーるいチーズスナック」を見て、えも言われぬ心苦しさを感じる「カール」ファンも決して少なくないように思う。