43歳で漫画家デビュー! 話題のウェブ漫画『王様ランキング』作者「20代で夢破れ、再び漫画家を目指すまで」

 昨年8月、まったく無名だった作者によるウェブ漫画が、突如として話題となった。耳が聞こえない非力な王子・ボッジを主人公とした感動の成長物語『王様ランキング』だ。

 作者の十日草輔(とおか・そうすけ)は現在43歳。若い頃に漫画家を目指して投稿を続けていたものの挫折、会社勤めをしていたが、40代になってから一念発起して退社。再び漫画家を目指して漫画投稿サイト「マンガハック」で公開したところ、大きな話題を呼んだ。

 そして今年2月、『王様ランキング』の単行本がKADOKAWAから2巻同時発売された。「漫画家になる」という夢を実現させたのだ。

「夢にタイムリミットはない」とはいうが、なかなか思い切れない40代からの夢への挑戦。40代からでも夢を実現させる方法を聞いた。

絵を描くって記憶力なんだ

――子どもの頃に好きだった漫画やアニメは?

十日 「週刊少年ジャンプ」(集英社)です。30年くらい前でしょうか。ジャンプの黄金時代だったと思います。みんなアニメ化されて、今でも語られるモンスター作品ばかりでした。アニメでは、宮崎駿作品とドラえもん映画です。私が9~11歳の頃ですが、当時受けた感動はすごかったですね。『風の谷のナウシカ』(84年)は遠足か何かのバスの中で観て、何日も余韻が抜けなかったし、『天空の城ラピュタ』(86年)は映画館へ見に行って、席を立てなかった。寂しくて寂しくて、ずっと見ていたかったことを覚えています。ドラえもん映画だと、『のび太の魔界大冒険』(84年)、『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』(85年)、『のび太と鉄人兵団』(86年)、とんでもなくワクワクしました。アニメ以外では、『里見八犬伝』(83年)や『ネバーエンディング・ストーリー』(85年)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)などなど、今でも大好きな映画ですね。

――当時は、いろいろと黄金期でしたからね。では、漫画を描き始めたきっかけは?

十日 これらの漫画や映画に触れたのがきっかけだと思います。でも、漫画家になりたいとは口外しませんでした。恥ずかしいことだと思っていたので……。「夢は野球選手とサラリーマン」と答えていました。だから落書き程度で、ちゃんとした漫画は描いていなかったですね。

――野球選手とサラリーマン……。わりと振り幅ありますね(笑)。

十日 初めて描き始めたのは21歳の時です。「自分は絵がうまい」と思い込んでいたんですが、いざ描いてみるとプロの絵とは雲泥の差でビックリしました。21歳のいい大人が本気で思っていたんですよ? 当時は頭おかしかったんでしょうね。ペン入れをしてもうまく描けない。線がガタガタだし、震えているんです。ベタもきれいに塗れない。でも「印刷すればキレイになるんだろう」と本気で思っていました。で、集英社に自信満々に送って撃沈です。

 それから「絵というものは、描けば描くほど上達する」とわかってきて、資料を集めて必死でデッサンしていましたね。何度も何度も描くから、頭が記憶する。この時「絵を描くって記憶力なんだ」と気づいて、「すげえなオレ」って思いました。

 絵って、その対象を覚えて想像で描くんですよね。たとえば、指の関節がいくつあるか覚えて想像力で描く。でも、頭の中のものを絵として実現するわけで、実際のものとはちょっと違う。だから創造力でもあるんです。それに気づいてワクワクしましたね。そして2年かかって、やっとペンでまともな線を引けるようになりました。何事にも慣れや訓練って必要なんだなと、この時わかったんです。

――それなのに、漫画をいったんあきらめた理由は?

十日 もう本当にダメだったんです。まったくダメ。投稿しても、賞にかすりもしませんでした。それで、意を決して編集部に持ち込んだんです。初めは愛想よく相手をしてくれましたが、3度目くらいで「また来たのか……」という、うんざりした表情が見えちゃって……。帰路で夢破れたことに気づいて、目の前が真っ白になりました。

――編集さんも、毎日山のような原稿見てますからね……。

十日 でも、編集の方がなぜああいった表情になったのか、今はわかるんですよ。一生懸命、道を示してくれていたのに、私は作品を修正するでもなく、傲慢に「オレの漫画、面白いだろ」と、斜め上からの作品ばかり描いていたんです。読んでくれる人が何を感じるだろうと考えもせず、楽しませようという気持ちがまったくなかったんですね。

――会社員時代は、どんな仕事をしていたんですか?

十日 製版会社→ウェブコーダー→ウェブデザイナー→ウェブ担当者→ウェブマーケティングという順番です。

――わりとウェブ周りの仕事だったんですね。会社で働きつつも「いつか絵で食べていきたい」という思いはあったんでしょうか?

十日 ありました。会社員時代は、もうずっとかすみがかった世界の中で働いていました。漫画はまったく描いていませんでしたけど、絵日記やイラストを描いてはブログにアップしていました。誰も見ていませんでしたが、絵とのつながりを細い糸でもつないでおきたかったんです。何がきっかけになるかわからないという希望を持ってましたね。未練かもしれませんけど……。

1年間で結果が出なかったら、夢はあきらめる

――そこから、会社を辞めて再び漫画を描こうと思ったきっかけは?

十日 Wacomの液晶タブレットを買ってからだと思います。デジタルで絵を描くということに、すごく可能性を感じました。何より、絵と向き合う距離を縮めてもらって、すごく気軽になれたんです。

――40代でフリーになることに対して、不安はなかったですか?

十日 不安はありましたが、会社を辞めなきゃ始まらなかったし、それ以上にワクワクしてたんです。仕事と漫画の両立は無理でしたね。私はひとつのことしかできないので、働きながら……というのは、まったく考えていませんでした。

――40代から再び漫画家を目指すに当たって、立てた戦略などはありますか?

十日 戦略というか、男41歳独身、1年間で結果が出なかったらキッパリ夢はあきらめるという覚悟は決めていました。

――雑誌などに投稿するのではなく、ネットにアップすることにしたのは?

十日 実は、初めは絵本作家を目指していたんです。昔、絵本では賞をいただいたことがあったので、向いているのかなとも思っていたので。でも「ウェブ漫画」という世界があると知って、すぐ飛びついたんです。雑誌に送ることはまったく頭になかったですね。いい思い出もないですから。ウェブ漫画は誰でも投稿できて、多くの人に読んでもらえる。そんな可能性は、雑誌にはないですからね。

 雑誌に送っても、プロの編集者ひとりにしか読んでもらえない。ウェブ漫画は、その比じゃないですから。うまくいけばプロの目にも留まるかもしれないし、なにより初めは、気楽に練習のつもりだったんです。

――無収入で漫画を描いていることに、不安はなかったですか?

十日 それは初めからわかっていたことなので、不安はありませんでした。貯金もあったし、独身ですから。

――『王様ランキング』で、やっていけると感じたタイミングは?

十日 アップして2カ月で、「出版しませんか?」ってお声がかかった時ですね。結局、その話はダメになっちゃいましたけど、お金を払ってくれる人がいるってわかったのは、すごく自信になりました。あとは、読んでくれた方のコメントにもすごく励まされて、モチベーションを維持することができました。これは漫画を描いてアップした者にしかわからないと思います。本当にうれしいんですよ。

 漫画に限らず、自分が一生懸命頑張ったものを、まったく知らない人に共感してもらえた時のことを想像してみてください。社会では「一生懸命やったって、結果が出なくちゃしょうがない」なんて平気で言う人がいますけど、そんなことはないって強く思いますね!

(取材・文=北村ヂン)

43歳で漫画家デビュー! 話題のウェブ漫画『王様ランキング』作者「20代で夢破れ、再び漫画家を目指すまで」

 昨年8月、まったく無名だった作者によるウェブ漫画が、突如として話題となった。耳が聞こえない非力な王子・ボッジを主人公とした感動の成長物語『王様ランキング』だ。

 作者の十日草輔(とおか・そうすけ)は現在43歳。若い頃に漫画家を目指して投稿を続けていたものの挫折、会社勤めをしていたが、40代になってから一念発起して退社。再び漫画家を目指して漫画投稿サイト「マンガハック」で公開したところ、大きな話題を呼んだ。

 そして今年2月、『王様ランキング』の単行本がKADOKAWAから2巻同時発売された。「漫画家になる」という夢を実現させたのだ。

「夢にタイムリミットはない」とはいうが、なかなか思い切れない40代からの夢への挑戦。40代からでも夢を実現させる方法を聞いた。

絵を描くって記憶力なんだ

――子どもの頃に好きだった漫画やアニメは?

十日 「週刊少年ジャンプ」(集英社)です。30年くらい前でしょうか。ジャンプの黄金時代だったと思います。みんなアニメ化されて、今でも語られるモンスター作品ばかりでした。アニメでは、宮崎駿作品とドラえもん映画です。私が9~11歳の頃ですが、当時受けた感動はすごかったですね。『風の谷のナウシカ』(84年)は遠足か何かのバスの中で観て、何日も余韻が抜けなかったし、『天空の城ラピュタ』(86年)は映画館へ見に行って、席を立てなかった。寂しくて寂しくて、ずっと見ていたかったことを覚えています。ドラえもん映画だと、『のび太の魔界大冒険』(84年)、『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』(85年)、『のび太と鉄人兵団』(86年)、とんでもなくワクワクしました。アニメ以外では、『里見八犬伝』(83年)や『ネバーエンディング・ストーリー』(85年)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)などなど、今でも大好きな映画ですね。

――当時は、いろいろと黄金期でしたからね。では、漫画を描き始めたきっかけは?

十日 これらの漫画や映画に触れたのがきっかけだと思います。でも、漫画家になりたいとは口外しませんでした。恥ずかしいことだと思っていたので……。「夢は野球選手とサラリーマン」と答えていました。だから落書き程度で、ちゃんとした漫画は描いていなかったですね。

――野球選手とサラリーマン……。わりと振り幅ありますね(笑)。

十日 初めて描き始めたのは21歳の時です。「自分は絵がうまい」と思い込んでいたんですが、いざ描いてみるとプロの絵とは雲泥の差でビックリしました。21歳のいい大人が本気で思っていたんですよ? 当時は頭おかしかったんでしょうね。ペン入れをしてもうまく描けない。線がガタガタだし、震えているんです。ベタもきれいに塗れない。でも「印刷すればキレイになるんだろう」と本気で思っていました。で、集英社に自信満々に送って撃沈です。

 それから「絵というものは、描けば描くほど上達する」とわかってきて、資料を集めて必死でデッサンしていましたね。何度も何度も描くから、頭が記憶する。この時「絵を描くって記憶力なんだ」と気づいて、「すげえなオレ」って思いました。

 絵って、その対象を覚えて想像で描くんですよね。たとえば、指の関節がいくつあるか覚えて想像力で描く。でも、頭の中のものを絵として実現するわけで、実際のものとはちょっと違う。だから創造力でもあるんです。それに気づいてワクワクしましたね。そして2年かかって、やっとペンでまともな線を引けるようになりました。何事にも慣れや訓練って必要なんだなと、この時わかったんです。

――それなのに、漫画をいったんあきらめた理由は?

十日 もう本当にダメだったんです。まったくダメ。投稿しても、賞にかすりもしませんでした。それで、意を決して編集部に持ち込んだんです。初めは愛想よく相手をしてくれましたが、3度目くらいで「また来たのか……」という、うんざりした表情が見えちゃって……。帰路で夢破れたことに気づいて、目の前が真っ白になりました。

――編集さんも、毎日山のような原稿見てますからね……。

十日 でも、編集の方がなぜああいった表情になったのか、今はわかるんですよ。一生懸命、道を示してくれていたのに、私は作品を修正するでもなく、傲慢に「オレの漫画、面白いだろ」と、斜め上からの作品ばかり描いていたんです。読んでくれる人が何を感じるだろうと考えもせず、楽しませようという気持ちがまったくなかったんですね。

――会社員時代は、どんな仕事をしていたんですか?

十日 製版会社→ウェブコーダー→ウェブデザイナー→ウェブ担当者→ウェブマーケティングという順番です。

――わりとウェブ周りの仕事だったんですね。会社で働きつつも「いつか絵で食べていきたい」という思いはあったんでしょうか?

十日 ありました。会社員時代は、もうずっとかすみがかった世界の中で働いていました。漫画はまったく描いていませんでしたけど、絵日記やイラストを描いてはブログにアップしていました。誰も見ていませんでしたが、絵とのつながりを細い糸でもつないでおきたかったんです。何がきっかけになるかわからないという希望を持ってましたね。未練かもしれませんけど……。

1年間で結果が出なかったら、夢はあきらめる

――そこから、会社を辞めて再び漫画を描こうと思ったきっかけは?

十日 Wacomの液晶タブレットを買ってからだと思います。デジタルで絵を描くということに、すごく可能性を感じました。何より、絵と向き合う距離を縮めてもらって、すごく気軽になれたんです。

――40代でフリーになることに対して、不安はなかったですか?

十日 不安はありましたが、会社を辞めなきゃ始まらなかったし、それ以上にワクワクしてたんです。仕事と漫画の両立は無理でしたね。私はひとつのことしかできないので、働きながら……というのは、まったく考えていませんでした。

――40代から再び漫画家を目指すに当たって、立てた戦略などはありますか?

十日 戦略というか、男41歳独身、1年間で結果が出なかったらキッパリ夢はあきらめるという覚悟は決めていました。

――雑誌などに投稿するのではなく、ネットにアップすることにしたのは?

十日 実は、初めは絵本作家を目指していたんです。昔、絵本では賞をいただいたことがあったので、向いているのかなとも思っていたので。でも「ウェブ漫画」という世界があると知って、すぐ飛びついたんです。雑誌に送ることはまったく頭になかったですね。いい思い出もないですから。ウェブ漫画は誰でも投稿できて、多くの人に読んでもらえる。そんな可能性は、雑誌にはないですからね。

 雑誌に送っても、プロの編集者ひとりにしか読んでもらえない。ウェブ漫画は、その比じゃないですから。うまくいけばプロの目にも留まるかもしれないし、なにより初めは、気楽に練習のつもりだったんです。

――無収入で漫画を描いていることに、不安はなかったですか?

十日 それは初めからわかっていたことなので、不安はありませんでした。貯金もあったし、独身ですから。

――『王様ランキング』で、やっていけると感じたタイミングは?

十日 アップして2カ月で、「出版しませんか?」ってお声がかかった時ですね。結局、その話はダメになっちゃいましたけど、お金を払ってくれる人がいるってわかったのは、すごく自信になりました。あとは、読んでくれた方のコメントにもすごく励まされて、モチベーションを維持することができました。これは漫画を描いてアップした者にしかわからないと思います。本当にうれしいんですよ。

 漫画に限らず、自分が一生懸命頑張ったものを、まったく知らない人に共感してもらえた時のことを想像してみてください。社会では「一生懸命やったって、結果が出なくちゃしょうがない」なんて平気で言う人がいますけど、そんなことはないって強く思いますね!

(取材・文=北村ヂン)

金属バット、注目度急上昇もどこ吹く風「トム・ブラウンと間違えてんちゃいますか?」

『M-1グランプリ2018』(ABC・テレビ朝日系)敗者復活戦。「よいしょ、うぃー」で締める、独特すぎるネタで話題をかっさらったのが金属バットだ。そのインパクトから、年明け以降はテレビ出演が急増し、注目度は急上昇中。大阪の劇場にもろくに出ていなかったところから激変しつつある状況を、本人たちはどう受け止めているのか――。

――お笑い好きの知る人ぞ知る存在だったのが、昨年のM-1グランプリ敗者復活戦で強烈なインパクトを残して、注目度が一気に上昇したと思います。M-1直後は、多くの先輩芸人がラジオやテレビで金属バットを話題に上げて褒めていました。

友保隼平(以下、友保) なんか言うてくれてはるみたいすね。

小林圭輔(以下、小林) 言うた人が1,000万円くれなダメですね。ちょっとカネくれんとおかしい。

友保 全然お金ないからなぁ。むかつくわ。酒ばっか飲んでまう(笑)。

――東京の劇場にも頻繁に呼ばれるようになって、仕事は確実に増えてますよね?

友保 前もちょろちょろあったんすけどね。ほんま、大阪よりこっちのほうが多いねぇ。

小林 大阪、仕事ないからな。

友保 劇場(大阪・よしもと漫才劇場)入ってないしな。

小林 メンバーじゃないから。

――先日、ルミネでのライブ(『オレたちの好きな漫才2本~企画コーナーもやります~』)に行きました。

友保 あら、言うてくれやんと。手ぇ振ったのに。

――ありがとうございます(笑)。金属バットの出番では、歓声が上がってましたね。

小林 いいお客さんっすよね。

友保 昔は出てきたら悲鳴上がってたんすよ。袖から出てきたら、そっち側の席から波みたいに悲鳴が広がってって。あれはなくなったね。

小林 見慣れたんかな。

友保 俺らがオーラまとってきたんちゃう? いよいよスーパースターのオーラを(笑)。

――オーラはわかりませんが、ライブ中、金属バットのネタ出番が終わったら結構な数のお客さんが退場していったんですよ。その後にお2人が無限大ホールでのライブにも出る予定だったから、ハシゴする人が間に合うように出ていったのかな、と。マナーとしては微妙なところですが、人気芸人の出るライブでは時々見る光景なので、金属バットの人気を実感しました。

友保 あれ、ちゃうらしいっすよ。俺らじゃなくて、外のミスドがあのタイミングで半額なったからみんな飛び出してったらしいっす。俺も人遣って調べさせたら、パイがめっちゃ残ってて半額になってたらしい。

小林 パイの半額はアツいな。俺もそれやったら行きたかった。

友保 いちばんうまいからな、ミスドのパイ。

小林 200円くらいするもんな。

友保 ウインナー入ったやつな。高いなぁ。

――おいしいですもんね。でも、無限大ドームのバレンタインイベントへの出演も発表されていたじゃないですか(注:取材時は開催前)。女子人気が高まってる証拠では?

友保 いやぁ~……ねぇ。狂牛病の牛とか連れてったろうかな。牛一匹持っとったら、カフェ営業なんかできんやろ。

小林 俺は姿をくらますよ。

友保 それは男らしないやろ! 戦わんと。

小林 無限大の壁にこう(布かぶせて)はりついてやで?

友保 「でやで?」ってなんやねん。

小林 ちゃんとすぐ近くにはおるから。でもほんまに、何させられるんやろな。

友保 なぁ、イヤやなぁ。勝手に生レバーとか売ったろか。

――とはいえ、出てくるだけで悲鳴が上がっていた状況からは180度変わってますよね。

小林 トム・ブラウンと間違えてんちゃいますか?

友保 その可能性はあるな。(フォルムが)全く一緒やからな。

――仕事が増えてくると、東京に出てくるか、大阪に残るか、考えることはないですか?

小林 サイゾーさんがあるほうに行きたいっすね。

――じゃあ、渋谷ですね。

友保 うわっ、最悪や。渋谷が一番嫌いやねん。きちゃねぇ街やで。道の真ん中でゲボ吐くやつ見たの、初めてですよ。

小林 せめて端やなぁ。

友保 ゲボ吐くときも一応ルールがあんのにな。渋谷、好かんですわ。劇場(無限大ホール/ドーム)はめっちゃええねんけど。

小林 劇場が移動してくれたらええのにな。

――無限大はいい劇場なんですね。何がそんなに気に入ってるんですか?

小林 喫煙所がすぐそこなところ。

友保 ルミネもいいな。喫煙所、袖からすぐのとこにあるもんな。コーヒー無料やし。最近見っけてん、無限にコーヒー飲めんぞ。漫才劇場はタバコ吸うのに1回降りなあかんもんな。コーヒーも有料やし。

小林 昔は袖で吸えたのになぁ。

――そこなんですか(ノートパソコンを打つ)。

友保 メルカリしてんすか?

小林 やめたほうがいいすよ。

――メモを取っていただけです……。そういえば、M-1決勝直前に友保さんがツイッターで見取り図・盛山さんに激励のような言葉を書いていたのが印象に残ってるんです。同級生で同期なんですよね?

友保 そうなんすよ。ワシ、小中(学校)一緒なんすよ。かなわんやっちゃで、ほんまに。ハゲは幼稚園一緒やろ?

小林 覚えてないけど、そう。

友保 盛山がNSC行くっていうのは、ちょっと聞いてたんですよ。俺も行くの決まってたから、「嫌やなぁ」「なんかの間違いであってくれ」思ったけど、行ったらほんまにおったんすよ。

――じゃあ学生時代に仲が良かったわけではない?

友保 ただの同級生っすね。あいつは明るくてめちゃめちゃ人気者やって、俺は家でレゴばっかやってたんで(笑)。

――でも、決勝には行けなかったのに結果としてテレビ出演は増えましたよね。手応えはどうですか?

小林 嫌いっすねぇ。

友保 うまいこといかんなぁ。あらゆるところで「ややウケ」か「ややスベり」で帰ってくるんすよ。バチーン! っていったことないな。

小林 二度と出たくないな。

友保 ダサなったな、お前(笑)。年食ったのう。ダサいハゲになっちまったわ。でもまぁ(手応えは)ないなぁ。

――『ネタパレ』(フジテレビ)初登場回は、登場早々におならをして話題になってましたが。

小林 いや、僕らのとこが流されただけで、あれはみんなやってんすよ。

友保 全員プッププップこいてんすよ。

小林 悪意があるんすよ、編集に。

――それは気づきませんでした。ちなみに、これから出てみたい番組は?

友保 『地球ドラマチック』(NHK)とか出たいな。動物の間にちょろっと映り込みたいですわ。うまいことやってくれはるでしょ。お前は『世界陸上』(TBS系)しか見ぃひんもんな。

小林 そやな。『世界陸上』出たいな。

友保 遅いわ、もう。アーチェリーくらいしか出られへんやろ。

小林 なんで選手で出んねん。

友保 選手で出な意味ないやろ、あんなもん。

小林 いや、中井美穂さんとこ。

友保 織田裕二さんどかせよ。

小林 あの人はどかされへん。俺の次に陸上好きやから。

友保 お前より好きに決まってるやろ。お前そんなに陸上好きちゃうやんけ、おい。

小林 好きよ。いま走ろか?

――走らないで大丈夫です。M-1の敗者復活戦では、みちょぱさんとの絡みも話題でしたね。年末に出演した『スマートフォンデュ』(テレビ朝日系)では、友保さんがバリバリのギャルメイクをしてたじゃないですか。ギャルが好きなんでしょうか。

友保 そらそうですよ。ギャルは全員好きでしょ、あなた。でも、めちゃめちゃヤバいヤツやな。ギャル好きで、ギャルになろうとしてるって。俺、最後はギャルさばいて着るんちゃう? シリアルキラーや。

小林 早いうちに手ぇ打たんとな。去勢やな。

友保 M-1優勝したら賞金で去勢するわ。

――「お金がない」と最初に言ってましたけど、まだバイトしてるんですか?

小林 してますよ。

友保 こいつ、むちゃくちゃなんですよ。「明日のライブ、ネタどうしよ。なんか考えなな」とか言うてたら「すまん、バイトや」って帰ってって。ワシはしんどいからバイト行ってないんすけど、お前ももうええやろ。それ、ほんまにバイトなんか?

小林 俺はM-1優勝してもバイト行くよ。バイトしてたら、1,000万円が1,010万に変わるからな。

友保 なんで(賞金)根こそぎいってんねん。500万はくれよ。トロフィーやるから600万くれや。

小林 ジャンケンせぇへん?

友保 嫌やって。マジで嫌やって。オール・オア・ナッシングすぎるやろ。

小林 大勝負しよ。100本先取でええから、それでライブしよ。

友保 負けたら客前でゲー吐くで。出したらあかんとこまで出してまうわ。

小林 そのライブのギャラは負けたほうがもらう。

友保 いらんわ、そんな微々たるカネ。チャリ銭いらんのや。ビッグマネー見とんのや、こっちは。

(取材・文=斎藤岬/写真=鈴木渉)

■プロフィール
金属バット
小林圭輔と友保隼平(共に1985年、大阪府堺市出身)のコンビ。2006年結成。

■ライブ情報
なんばグランド花月プレミアムフライデーオールナイトライブ「芸人がリクエスト!噂のあのネタ、あのユニットコント、あのコーナーをもう一度!!」
日時:3月29日(金)開場22:30/開演23:00/終演29:00
会場:なんばグランド花月
料金:前売り2500円/当日3000円
出演者:ちゃらんぽらん冨好、浅越ゴエ、ミサイルマン岩部、スマイル、トット、祇園、見取り図、金属バット、プリマ旦那、クロスバー直撃、守谷日和、ジュリエッタ、爆ノ介、美たんさん福井、ヘンダーソン、ジソンシン、マルセイユ、ロングコートダディ、ツートライブ、ダブルアート、ネイビーズアフロ、ビスケットブラザーズ、ヒガシ逢ウサカ、マユリカ、ニッポンの社長、清友、小西武蔵(吉本新喜劇)、さや香、ラニーノーズ、からし蓮根、いなかのくるま、フースーヤ他

チケットよしもと/チケットぴあ/ローソンチケットにて発売中
※18歳未満入場不可

「東京が怖い」はガチ?  キャラ作り!? 話題の青森ローカルアイドル・王林を直撃!

 青森県弘前市のご当地アイドル「りんご娘」のメンバー・王林が話題となっている。

「王林」という中国人っぽい芸名でありながら、しゃべりはド天然で津軽弁丸出し。仕事のために東京に来るたびに、人の多さや、街のにぎやかさにショックを受け、「東京が怖い」キャラとしてブレイクしているのだ。

……とはいえ、これだけ頻繁に東京のテレビ番組に出ていたら、さすがに「東京が怖い」という気持ちも薄れてきちゃうんじゃないの? もしかして、キャラ作りで「怖い」と言ってるだけ!?

 そのへんのところを突っ込んでみました。

■東京に着いても、自分はブレずに歩き続けよう

――子どもの頃から芸能活動をされていたそうですね。

王林 はい。小学校3年生の時に、弘前にある事務所に入りました。ずっとモデルに憧れていたので、てっきりモデルがやれると思っていたら、小学生で「アルプス乙女」、中学生の時に「りんご娘」というアイドルグループに入って、今みたいなことになっちゃって……。

――王林っていう芸名は「りんご娘」になってからなんですね。初めて聞いた時、どう思いましたか?

王林 「アルプス乙女」の時の芸名は「斉藤」だったんですよ、りんご農家に多い名字なので……。「りんご娘」では、みんなりんごの品種にちなんだ芸名なんですけど、本当は「彩香」ってりんごがよかったです。一番、人の名前っぽいから。

――「王林」って、よく中国人っぽい名前だって言われていますけど。

王林 私の中ではりんごのイメージしかなかったから意外でしたね。青森では常識です。

――アイドル活動をする中で、東京へも来るようになった?

王林 弘前産りんごのPRで全国を回るキャンペーンガールになったんですよ。それで、あちこち行きました。大阪とか福岡とか……。

――そのあたりもだいぶ都会ですけど、やっぱり東京が一番怖い?

王林 圧倒的に東京が怖いですね。人の数からして違いますし、来ること自体、申し訳ないんですけど……ストレスです。新幹線に乗ったら、着いた後のことを考えて自分のメンテナンスをしています。「東京に着いても、自分はブレずに歩き続けよう」って。

――???「都会の絵の具に染まらない」的な意味ですか?

王林 人がぶつかってきても対応できるような感情を、新幹線の中では作るようにしています。

――東京駅は乗り換えも大変ですよね。

王林 そのためのアプリを入れたんですけど、だからといって、そのアプリをそんなに信用していいのかどうかもわからないし……。

――アプリは信用しましょうよ。

王林 「これを見たらわかるよ」って言われていたんですけど、やっぱりわからないんですよ、携帯の画面だと。実際に「ここからここまで」って言ってもらわないと。

――地下だと特にそうですね。人には聞けなかったんですか?

王林 聞きました。

――意外と東京の人も優しいでしょ?

王林 教えてはくれるんですけど……。「わからないから聞いてるんだよ」とは思いますね。教えてくれることが難しいんですよ。「何番線ですよー」とか言われてもわからない。わかる人に聞いてもわからない!

――(笑)。東京で、どこかに遊びに行ったりはしないんですか?

王林 一度もしてません。ホテルと仕事場だけですね。基本的にはホテルに泊まりたくないというか……帰らせてほしい、その日のうちに!

――弘前から日帰りは大変じゃないですか?

王林 でも、帰ったほうが自分の気持ち的には楽になるので。ホテルが怖いんですよ。「青森の人が来た」って思われてるかもしれないじゃないですか。外に出て、もう一回入る時も「この人、本当にホテルに泊まっている人か?」って疑われてるんじゃないかと……。

――基本的に、東京のホテルに東京の人は泊まっていないですから!

――テレビ局って都会の極みみたいな場所ですけど、芸能人と会話するのは怖くないんですか?

王林 緊張はしますけど、電車で隣に座った人に話しかけるよりは、気持ちを楽にして話すことができます。それはなぜかというと、テレビにはいろんな人がいるから、私みたいな人の話も理解してくれるような気がするんです。心を開けます。

—――電車で隣に座った人に話しかけるハードルは、弘前でも同じでしょう。

王林 弘前だったら、特に話せないという感情は浮かばないです。みんな友達っていうか、みんな仲間っていうか。

――いくら弘前でも、大半は知らない人ですよね?

王林 みんな、そんなに壁を作っているような感じではないんです。気軽に話しかけるし、気軽に話しかけられるし。

――何を話すんですか?

王林 たとえば、床のタイルがはがれているのが気になったら、お互いに確実に気づいているんだから、ちゃんと話し合おうと。「はがれてますね」って。

――(笑)。東京では、知らない人とめったに話さないですからね。

王林 みんな、黙々と歩いているのが怖いんですよ。もっと人の存在を理解してほしい。みんなそこにいるのに、なぜいないことにしちゃうのかっていうのは思いますね。

――人が多すぎて、いちいち「人」だって認識してると大変ですからね。

王林 あまりにも考えなさすぎていると思ってしまいます。

――でも、最近は、東京で話しかけられたりもするんじゃないですか?

王林 ああ、すごくまれに、声をかけられるようになりました。ビックリします。東京なんて、青森から離れている場所でも私が知られているなんて。

――知ってますよ、テレビに出てたら。

王林 それをかみしめるようになってきたかもしれません。

――ところで、これだけ何度も東京に来てたら、そろそろ慣れてきてもいいんじゃないかと思うんですが。

王林 うーん、東京駅を降りて、日テレに行くのは上手になりました。

――日テレのある新橋駅まで2駅ですからね。

王林 それに気づいたのが最近でした。新幹線を降りて山手線に乗り換えるのが難しいんですよ。「山手線は『緑』と覚えておけばいい」って言われていたんですけど、色だけで認識するっていうのは、あやふやな世界観なんで。ハッキリした確信は持てないじゃないですか。

――???

王林 これは本当に緑なのか青なのか水色なのかってわからないんで、ちゃんと「山手線」という文字を探して乗るようにしています。

――内回り、外回りは理解していますか?

王林 それはまだちょっとわからないですね。新幹線を降りて最初に現れる山手線が、乗るべき山手線だっていうのは認識しています。

――これだけ東京をイヤがっていますけど、東京のテレビ番組などに呼ばれるのはうれしいんですよね?

王林 それはもう、すっごくありがたいです。東京のテレビに出て、あからさまに青森を押し出したいです。

――王林さんを平均的な青森の人として認識していいかどうかは微妙ですけどね。

王林 そこに関しては、青森の人からも「みんなこうだと思われると困る」とは言われています。でも私としては青森を背負って出てきている気持ちなんで、「まあまあそんなこと言わずに」って思います。

――東京進出っていうのは考えていない?

王林 進出っていうのは、「住む」っていうことですか? それはすみません、いつまでも通わせてほしい。同級生で、東京の大学に進学してひとり暮らししている子もいるんですけど、その話を聞くだけで耐えられないです。どういう生活ぶりをしてるんだろうって思いますね。

――「せっかく仕事で出てきているんだから、東京で会おうよ」みたいな話にならないんですか?

王林 絶対に会いたくないです。会うなら地元で会うし、東京で会う理由が何かあるなら挙げてほしいと思います。

 青森から東京に出て行く人も多いですけど、東京でいろんな物を見てからUターンして戻ってきて、それを生かして青森を盛り上げてくれるとうれしいです。だから私も、東京のテレビに出て青森を広めて、地元でりんごを盛り上げていきたい! 「りんご娘」も、もっとたくさんの方に知ってもらいたいし、もっと大きいグループになりたいと思っていますから。

――メンバーみんなが「東京で頑張っていくぞ!」と言いだしたら?

王林 それは間違っています。青森あっての「りんご娘」だから、そんなことしちゃいけないと思います。

――(笑)。じゃあ最後に、青森のアピールを。

王林 これからの時期だと、やっぱり弘前のさくらまつりが最高です! 弘前の桜が、日本で一番キレイだと思いますよ。りんごの剪定技術を桜に応用しているので、すごいボリュームでフワフワした、優しい桜なんです。あれを見てしまうと、東京の桜がすっごいスカスカに見えます。

――いちいち東京をディスらなくてもいいんですよ。

王林 東京の桜で満足している方に、弘前へ来てもらいたいです!
(取材・文=北村ヂン)

●りんご娘
2000年7月に、青森県弘前市のボランティア集団「弘前アクターズスクールプロジェクト」から誕生したダンス&ボーカルユニット。メンバーは王林、とき、ジョナゴールド、彩香(さいか)。音楽・芸能活動を通した地方からの情報発信と地元青森の活性化を目的としている。年間80本以上のイベント出演や地元施設でのボランティアライブのほか、テレビやラジオ、CMへの出演も数多く、幅広い年代層から支持され、青森県での知名度はほぼ100%。3月19日に3rdアルバム『FOUR s 』を発売予定。
http://ringomusume.com/

天気が悪い日に不調なら「低気圧女子」? 痛みの原因と対策を健康気象アドバイザーに聞く

 低気圧が近づくと、頭痛やめまいなどが起こり、心も体も調子が悪くなる……という経験はありませんか? 天候の変化が引き起こしてしまう心身のさまざまな症状は「気象病」と呼ばれ、特に女性は「低気圧女子」という言葉も生まれるほど、低気圧の接近による体調不良に悩まされている人が多いといいます。なぜ気温や気圧の変化が心身に影響を及ぼすのか、そして気象病の改善方法などを、『低気圧女子の処方せん』(セブン&アイ出版)の著者で健康気象アドバイザーの小越久美さんにお聞きしました。

■自律神経の乱れが「低気圧女子」を生む!

 気圧や気温の変化で体調を崩してしまうのは、なぜなのでしょうか?

「私たちの体は、気温に関係なく、体温を一定に保とうとしています。また、気圧の変化にも体の内側から対応しているのですが、こうした働きを担っている『自律神経』が、低気圧の接近や気温の変化に追いつかないと、さまざまな不調が現れてしまうのです。自律神経には、『交感神経』と『副交感神経』の2種類があり、2つの神経が1:1で働いている状態が健常ですが、多くの人は生活習慣や日々のストレスで自律神経のバランスがそもそも乱れています。その上、気温や気圧の変化によってもこの比率が乱されることで、気象病の症状が出てしまうのです」

 交感神経は体を温め、アクティブモードにする神経で、副交感神経は反対に体温を下げ、リラックスモードにするという特徴を持っています。つまり、どんよりとした天気の日などに、だるかったり眠かったりするのは、副交感神経の方が優位に働いて、体がリラックスモードになるからなのだそうです。

「一方で、急な気温の低下や、気圧が急変することを、“内耳“という耳の奥の器官がキャッチすると、一時的に交感神経が興奮状態になり、頭痛、関節痛、古傷の痛み、首や肩のコリなどの症状を引き起こします。“内耳”が気圧の変化をキャッチして痛みを招くことは、気象病研究者の佐藤純先生の研究で明らかになりました。ほかにも自律神経の乱れは、めまいや耳鳴り、アレルギー症状の悪化、全身のむくみ、便秘など、さまざまな症状を引き起こします」

 気象病とは天候の変化によって現れたり、悪化したりする、さまざまな病気の総称なのです。雨が降ると立っていられないほど頭が痛い、曇りの日は1日中やる気が起きない、こういった経験に心当たりがあれば、あなたも「低気圧女子」かもしれません。

 気象病にかかるのは圧倒的に女性が多いといいますが、その理由は何なのでしょうか?

「女性には生理がありますよね。その関係で女性の体は、交感神経が働きやすい黄体期と、副交感神経が働きやすい卵胞期を、2週間ごとに繰り返しています。生理周期の影響で自律神経のバランスが乱れている上、気温や気圧がさらに悪影響を及ぼすため、女性は気象病の症状が出やすいのです。また、女性は40歳を過ぎると、副交感神経の働きが低下します。年々慢性痛がひどくなるのも、このせいだと考えられます」

 低気圧女子には、天気が悪い日は痛み止めが必須という人も多いといいます。とはいえ、ゲリラ豪雨など急に天気が変化してしまう時には、薬を持っていない場合もあるでしょう。薬以外に症状を改善する方法はあるのでしょうか?

「薬以外の治療法では、根本的に低気圧の影響を受けにくい体にしていくこと、つまり自律神経を整えることが最も有効な改善法です」

 小越さんは、「自律神経を整えるための第一歩は、天気に合わせた生活スタイルを心がけること」と話します。

「お天気が悪い日は副交感神経が働きやすいので、早起きして念入りにメイクをしたり、朝食に好物を作ってみたり、早歩きで駅へ向かってみたり、電車では立ってみたり、交感神経が刺激されるようにするといいでしょう」

 こういった切り替えのスイッチがあるだけで、自然とアクティブモードになっていくというわけです。

「とはいえ、生活すべてを変える必要はありません。ラクになるために無理をしても、本末転倒ですからね。オススメは、明るい色の服を着ることです。オレンジや赤などの暖色は、見るだけで交感神経を優位にしてくれます。天気予報を活用して、要注意な日に向けた服のローテーションや、仕事のスケジュールを組んで、天気とうまく付き合い、低気圧女子を卒業しましょう」

 こうした対策を立てるためにも、どういう天気で、自分がどういう調子の時、どういう症状が出るのかを、体調がすぐれないと感じた日だけでも記録をしていくと、徐々に傾向がわかるようになるといいます。

「たとえば、『朝から雨、生理1日目、頭痛がした』というように、簡単にでも記録をつけていけば、雨の予報が出ていて、かつ生理と重なりそうな日は、自分の体調が悪くなることが予想できるので、あらじめ対策を立てることができます。天気予報は1週間先まで出ますから、体調を想定したスケジューリングも可能というわけです」

 低気圧女子の敵は気象現象ですから、抵抗しようがなさそうにも思えるかもしれません。しかし、明日の天気と、自分の傾向さえわかれば、対策が可能なのです。自分も低気圧女子だと感じた人は、今すぐ天気予報を確認し、クローゼットの中をチェックしてみるとよいですね。
(ますだポム子/清談社) 

小越久美(おこし・くみ)
1978年、岐阜県生まれ。気象予報士、健康気象アドバイザー。多くの低気圧女子から相談を受け、悩みを解決したいという思いから『低気圧女子の処方せん』(監修:小林弘幸)(セブン&アイ出版)を上梓。現在は、一般財団法人日本気象協会に所属している。

7.22銃乱射事件は現実と非現実との壁を壊した!? ノルウェー監督が語る『ウトヤ島、7月22日』

 日本人にとって「3.11」は東日本大震災と福島第一原発事故を思い出させる重い数字として脳裏に刻まれているが、北欧のノルウェー人にとっては「7.22」が大きなトラウマとなっている。東日本大震災と同じ2011年の7月22日に、ノルウェー連続テロ事件は起きた。午後3時30分ごろ、首都オスロの政府庁舎が爆破され、8名が死亡。同日午後5時すぎ、オスロ近郊にあるティーリフィヨレン湖に浮かぶウトヤ島で銃乱射事件が起き、サマーキャンプ中だった10代の男女69名の命が奪われた。どちらも極右系サイトの常連投稿者だったアンネシェ・ブレイビク(事件当時32歳)の犯行だった。単独犯による史上最悪の大量殺人事件となっている。

 この衝撃的な事件を題材にしたのが、ノルウェー映画『ウトヤ島、7月22日』。ウトヤ島で夏休みを過ごしていた若者たちが、突如現われた殺人鬼の無差別銃撃によってパニック状態に陥りながらも、懸命にサバイバルする姿を描いたものだ。“現代の十字軍”を自称したブレイビクが銃を乱射し、警察に投降するまでの時間は72分間だった。本作はその犯行時間を、被害者側の視点から1シーン1カットの長回しで撮り上げている。スクリーンから漂う臨場感と緊張感がハンパない。来日したエリック・ポッペ監督に、「7.22」がノルウェー人にどれだけ大きな衝撃を与えたのかを語ってもらった。

──2011年は東日本大震災が起きたこともあり、日本では「ノルウェー連続テロ事件」についての詳しいニュースは伝わってきませんでした。今日は事件と映画について、いろいろと教えてください。

エリック・ポッペ 日本があの大災害から立ち直ったことには敬意を感じています。東日本大震災と同じくらい、ノルウェー人にとっては「7.22」はとても大きな事件でした。第二次世界大戦でナチスドイツの侵攻を受けて以来の大惨事だったんです。事件から生還した被害者たちは二度と同じような事件が起きないようにと、ニュース番組のインタビューに答えたり、インターネット上で自身の体験談を語りました。事件のトラウマに苦しみながらも彼らは勇気をもって発言したのですが、そんな彼らに対してヘイトメールが届くようになったのです。「ブレイビクがお前を殺さなかったことが残念だ」というような文面です。あれだけ悲惨な事件が起きたのに、事件後には極右勢力が増殖するようになったのです。

■ネット上の敵意が現実世界を侵蝕し始めた!!

──移民や難民の受け入れに反対していたブレイビクは、移民受け入れを表明していたノルウェー労働党(当時の政権与党)青年部のキャンプ地であるウトヤ島を襲ったわけですね。

エリック そうです。それまでのヘイトスピーチはインターネット上で行なわれていたのが、「7.22」をきっかけに現実世界でもヘイトスピーチが飛び交うようになってしまったんです。米国大統領のドナルド・トランプもその1人でしょう。ヘイトスピーチは危険です。実際にブレイビクはネット上のヘイトスピーチに感化され、犯行に及びました。現実からは離れた世界、ネット上の敵意が我々のいる現実世界を侵蝕するようになったのです。この事件は他人事だとは放っておけない問題です。中には「この事件を映画化するのは時期尚早だ」と反対する声もありました。確かにそれは正論です。ですが、時期尚早だと言っている状況ではないという切迫感から、この映画を企画したんです。

──「7.22」は現実世界とネット世界との境界線を崩壊させた大事件でもあったということですね。映画化は大変な苦労があったと思います。事件についてのリサーチ、資金集め、キャスティング……どれも大変だったと思いますが、いちばんの難関だったのは?

エリック 生存者たちが協力してくれ、彼らにしか分からないことを教えてくれました。彼ら被害者たちは犯人が単独犯であることも、本物の警官なのかどうかも事件当時は分かりませんでした(ブレイビクは警官に変装して島に上陸した)。銃声が鳴り響いた72分間はまるで永遠のような長さに感じられたでしょう。彼らの体験をリアルに再現するにはどのような手法にすべきかを熟考し、見つけ出した答えが事件の起きた72分間を被害者側の視点からノーカットで撮影するというアイデアでした。ですが逆に困った問題も生じたのです。こんな困難な撮影に耐えうる女優が見つかるだろうかということです。極限状態に陥った人間の複雑な表情を演じることは容易ではありません。女優選びがいちばんの難関でしたが、主人公のカヤ役のアンドレア・バーンツェンは見事に演じ切ってくれました。

■犠牲者たちの尊厳を損なってはならない

──家族想いのカヤを熱演したアンドレア・バーンツェンをはじめキャストはみんな新人だったと聞いています。リハーサルに3カ月を費やしたそうですが、打ち合わせの際にどのような話し合いを行なったのでしょうか?

エリック ディテールを大切にしようと話しました。ディテールをきちんと再現することで、あの日のウトヤ島で何が起きたのかを正しく伝えることができると考えたんです。アンドレアが演じたカヤは特定の1人の人物ではなく、生存者たちの証言をもとに集約したキャラクターとなっています。フィクションの存在ですが、ウトヤ島で起きたことをより正確に理解することができるキャラクターです。脚本を用意して、彼女たちはアドリブを交えることなく一字一句そのまま脚本どおりに演じてもらいました。大変な作業でしたが、その分しっかりとリハーサルを重ねたんです。生存者たちは撮影現場にも付きっきりで立ち会ってくれました。精神が今にも壊れてしまいそうになったとき、彼らはお互いに冗談を言い合ったり、歌を歌ったりしたそうで、そのことも映画には盛り込みました。生存者たちが繰り返し言ったことは「犠牲者たちの尊厳を失うことなく、誠実に演じてほしい」ということでした。そのことには充分こだわって撮影しています。

──アドリブはなかったとのことですが、銃弾から身を守るために森に身を潜めたカヤの腕に一匹の蚊がとまるカットは印象的です。殺人鬼から命を狙われているカヤは、自分の腕にとまった蚊を叩き潰すことに躊躇してしまう。命の重さを考えさせる、とても重要な場面になっていると思います。あのカットはどのように撮ったのですか?

エリック あの蚊がとまるカットだけが、この映画の唯一のアドリブでした(笑)。あのカットに気づいてもらえると、うれしいです。何度もリハーサルを繰り返したことで、逆に生まれた余白のような瞬間でした。私はこの映画を撮っている間、ずっと命の在り方について考えていました。SF映画の中では人類は宇宙人と戦争を繰り広げ、SF映画でなくても多くの映画の中にはアクションシーンがあり、命の奪い合いが描かれています。我々はそれらをエンターテイメントとして楽しんでいるわけです。今回、この映画では試してみたいと思っていたことがありました。1人の人間の肉体から命が抜けていく瞬間を、自分たちはカメラで撮ることができるのか。はたして映画にはそんな力があるのか。我々の鈍化した感覚は鋭敏さを取り戻すことができるのか。そのことをこの映画では試してみたかったのです。

──逮捕されたブレイビクは裁判を経て、現在は21年の禁固刑に処せられています。ノルウェー以外の国では「なぜ死刑にしないんだ」「21年は短い。終身刑にすべき」という声もありました。そのことをエリック監督はどう考えますか?

エリック ノルウェーでは21年の禁固刑がいちばん重い刑罰です。ノルウェーの刑務所は受刑者たちの更生に重きを置いており、彼らに治療を施すために受刑させているという側面があるんです。それもあって、ノルウェーには死刑制度は存在しません。「ブレイビクは21年後に出所するのか」と不安に思う海外の人は多いかもしれません。ですが、それはないと私は考えます。刑期を終えた際にブレイビクは自分が更生していることを裁判所でもう一度証明しなくてはいけないんです。恐らく、彼にはそれができないはずです。21年の刑期を終えた後も、ブレイビクは刑務所内で生き続けることになるでしょう。

 * * *

 国連が発表する「世界幸福度ランキング」では常に上位にランキングされ、移民や難民に対しても支援政策を打ち出していた“幸福と寛容の国”ノルウェーを襲った空前の大量殺人事件。2011年7月22日、ウトヤ島でいったい何が起きたのか。72分間にわたる衝撃を劇場で体感してみてほしい。
(取材・文=長野辰次)

『ウトヤ島、7月22日』
監督/エリック・ポッペ 脚本/シブ・ラジェンドラム・エリアセン、アンナ・バッヘ=ビーク 撮影/マルティン・オッテルベック
出演/アンドレア・バーンツェン、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン、ジェニ・スペネピク、アレクサンデル・ホルメン、インゲボルグ・エネス
配給/東京テアトル 3月8日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9ほか全国ロードショー
CopyrightC) 2018 Paradox
http://utoya-0722.com

●エリック・ポッペ
1960年ノルウェー・オスロ生まれ。83年からロイターなどの新聞カメラマンとしてキャリアをスタートさせ、国内外の紛争ニュースに従事。『BUNCH OF FIVE』(98)で映画監督デビュー。ジュリエット・ビノシュが戦場カメラマンを演じた『おやすみなさいを言いたくて』(13)はモントリオール映画祭で審査員特別賞を受賞。『ヒトラーに屈しなかった国王』(17)はアカデミー賞外国語部門のノルウェー代表に選ばれた。『ウトヤ島、7月22日』は第68回ベルリン映画祭エキュメニカ審査員賞、スペシャルメンションを受賞。

なぜ「オマンコ」はタブー? 女陰語研究者の『探偵!ナイトスクープ』プロデューサーに聞く

 女性の性器のことを指す「オマンコ」という言葉は、テレビやラジオで「放送禁止用語」扱いになっていることは多くの人が知っているところだろう。象徴的な出来事として、30数年前、アイドル歌手として活動していた松本明子がテレビの生放送番組で「オマンコ」と叫んだことが問題となり、一時期芸能活動停止を余儀なくされるなどの大騒動となった。

 一方、男根語の「おちんちん」や「チンコ」は、テレビでも耳にすることがある。しかし、なぜ女陰語だけが、あたかも極端に卑猥な言葉であるかのように、禁句となってしまっているのだろうか。

 女陰語の歴史や、女陰語を口にすることがタブーになった背景について、“日本初”の女陰語・男根語の本格研究本である『全国マン・チン分布考』(集英社インターナショナル新書)の著者で、視聴者参加型バラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』(ABC系)企画プロデューサー・松本修氏に聞いた。

「オマンコ」は京で栄えた言葉だった

 松本氏は、以前『探偵!ナイトスクープ』の番組内で「アホ」、「バカ」などの侮蔑語の区分けを調査、分析し、その成果を『全国アホ・バカ分布考』(太田出版)として1993年に出版している。

 今回の『全国マン・チン分布考』は、女陰語が放送禁止用語のため、『探偵!ナイトスクープ』では扱えず、「テレビではできないことは本でやってみよう」と、一念発起した松本氏が独自に調査を始め、一冊にまとめた大作だ。

 まず松本氏は、91年に、全国すべての市町村(平成の大合併前、3261市町村)の教育委員会に向けて、女陰語の呼び名に関するアンケート調査を実施する。翌年、およそ4割にあたる、約1,400の地方自治体から返答があった。回答した担当者の多くは当時50歳以上の戦前・戦中に生まれ育った世代が中心だったため、方言の歴史的な調査資料として、相当価値が高いものだという。

 その結果から、松本氏はこれまで言語学者が誰もやってこなかった『女陰全国分布図』を作成した。

「現在、女陰語として一般的に使われている『マンコ』などは、江戸・東京のオリジナルの言葉だと思われがちですが、まったくの誤りで、実は京生まれ、京育ちの言葉だったことが明らかになりました。さらに、日本本土の女陰語の多くは京にルーツがあることが多かったのです」

 たとえば、室町時代にまでさかのぼると、女児の女陰はその見た目が似ていることから、当時は最高級の贅沢な食品「饅頭(マンジュー)」にたとえられた。

 饅頭を指す「マン」という御所の女房ことば(宮中に仕える女房が使った言葉)を経て、敬意、親愛の情を表す接頭辞「オ」が付いた「オマン」、同様に親愛を意味する指小辞「コ」が語尾に付く「オマンコ」という呼称にたどり着いた。

 最初は幼い少女の女陰だけに対して使っていた「マンジュー」が、大人の女陰にまで幅広く使われるようになったことで、幼女専用の新しい愛称がさらに必要とされ、「べべ」「マンコ」など、さまざまな変遷を遂げてきた歴史があるのだという。

 また、松本氏によれば、女陰語に限らず、方言は「周圏分布」といって、池に小石を投げ入れたときに生じる波紋のように広がっていくのだという。その中心点がかつての文化の中心地・京都である。方言の多くは、地方で生まれたものではなく、京の都から威風を受け継ぐように広がっていったものなのだ。

 よって、京都よりも東にある方言は、原則として西にもある。たとえば、関東の「マンコ」「オマンコ」は、四国・中国地方でも同様に使われている。

 ちなみに日本最古の歴史書「古事記」では、女陰のことを「ホト」(山間のくぼんだ所、地形の陰になっている部分の意)と呼び、『女陰全国分布図』を見ればわかるように、今でも鳥取県西部と岡山県北東部、鹿児島県の大隈半島の南端の3カ所にわずかに残っているという。

 東京語の「オマンコ」、九州地方に多い「ボボ」などは、今では人前で決して口に出すことができない卑猥語のような扱いになってしまっているのが現状だが、松本氏が言うには、明治時代あたりまでは、女性自身が誇りをもって、日常的に話していたという。

「明治ごろまではまだ江戸時代の名残があり、女性も普通に女陰語を誇らかに使っていました。しかし、西洋の価値観、文化、思想の流入の影響を受けたせいで、女陰語が『はしたない』『恥ずかしい』ものだとされ、特に大正時代以降から徐々に言えなくなり始めたのです。そして、昭和、戦後、平成になると、公的な場所では誰も口にすることができなくなりました」

 しかし、女陰語の歴史をひもとけば、当時は「オマンコ」や「ボボ」も決して下品でも、不潔でもない言葉なのだと、松本氏は強調する。

「文献を見れば、『ボボ』は安土・桃山時代、都の婦女子が自由に使っていた女陰語でしたし、徳川時代は、上方、江戸どちらでも『オマンコ』という言葉を口に出すことは女の子にも、カッコイイことでした。今、『オチンチン』『オチンコ』と言う以上に、愛すべき、かわいい言葉だったのです」

女陰語だけが言えないのはかえって女性差別

 昨今、性教育の重要さが再認識されている現状においても、女陰語を教えられることはほとんどない。

 松本氏は、知人が授業参観の様子を教えてくれた際、その授業内容に驚愕したという。

「女性の先生が小学2年生の子どもたちに『男根を“ペニス”、女性器は“バルバ”』と教えていたのです。バルバはペニスと同様ラテン語で、欧米では医学用語として使われているようですが、それならオマンコ、ボボこそ、はるかにさわやかで、美しいですし、わざわざラテン語を持ってくるとは、あきれます」

 男根語は比較的気軽に口に出せるにもかかわらず、女陰語はまったく言えない。これこそ女性差別以外の何ものでもないと、松本氏は憤る。

「大正時代からの約100年、女陰語が事実上、言葉として抹殺され、まったく発することができない状況は、女性差別と言うしかありません。『オチンコ』が言えるのなら、『オマンコ』と言って何が悪いのでしょうか。もしも『オマンコ』が今となって卑猥に聞こえてしまうなら、京都で近年まで女性のための上品な言葉として使われてきた『オソソ』と言っても構いません。日本も男女平等を目指すならば、この男女差別の状況を変えなきゃいけないでしょう」

 セクハラなどへの意識が高まっている日本社会ではまだまだ、女陰語を気軽に言える状況にはない。「ただそのような風潮こそが本来、女性に対するセクハラなのだ」と、松本氏はいう。

 この自主規制が強い日本で皆が「オマンコ」と気兼ねなく言える日は来るのだろうか。
(福田晃広/清談社)

“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士が音信不通に!? その意外な原因は……

キング・オブ・アウトロー瓜田純士が音信不通に!? その意外な原因は……の画像1

“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(39)の様子がおかしい。YouTubeやSNSの更新が滞りがちな上、記者がLINEのメッセージを送っても既読マークがなかなか付かないのだ。心配して電話をかけてみたところ、受話器の向こうから悲痛な声が聞こえてきた。

――もしもし、ご無沙汰しております。お元気ですか?

瓜田純士(以下、瓜田) あ、イタタタタ……。実は1カ月ほど前から、腰痛で苦しんでまして……。こうしてしゃべるだけでもちょっと痛いし、歩くのも辛いし、椅子に座ってもムズムズするから、ほぼ寝たきりの日々が続いてるんですよ。

――それは大変ですね。腰痛の原因は?

瓜田 格闘技の練習中に、腰を傷めたのがきっかけです。安静にしてれば1週間程度で治ったんでしょうけど、俺はじっとしてることができない性格だから、ネットや本で腰痛治療の情報を漁りつつ、セルフ整体みたいなのを家であれこれ試してたら、どんどん症状が悪化してしまいまして……。

――たとえば、どんなことを試したのでしょう?

瓜田 まずは、どこかのジジイがYouTubeで指導してた通り、ベッドでうつ伏せになって両手を広げ、上半身を動かさずに、腰だけを振る動作を試してみた。これ、トコズリしてるみたいで恥ずかしいんですけど、続けてくうちに痛みが和らいできたんです。が、そこで油断してジム通いを再開したら、またしても「グギッ!」とやっちゃいまして。

――あらあら……。

瓜田 前回よりも重症らしく、トコズリのポーズも効かなくなってきたから、今度は立ったまんま腰をフリフリするポーズとか、他のジジイが推奨する謎のストレッチとか、いろいろとやってみたけど、ことごとく逆効果で。先日とうとう、涙が出るほど腰が痛くなってしまいました。

――あれこれやりすぎたのが、いけなかったのでは?

瓜田 うちの嫁も、ずっとそう言ってたんですよ。「痛いってことはどこかを損傷してるんやから、回復するまでジタバタせんと安静にしてんのが一番やで」と。で、ようやく3日前から嫁の言う通り、家でおとなしく湿布して寝てたら、この1カ月で一番ラクな状態になって、今日久々に買い物に出かけることができました。嫁からは「ワケのわからんオヤジの言うことを聞くより、妻の話を最初から聞いとけばよかったんや。ウチのこと、信用してへんのか?」と詰められまくってます。

――完治するまでコルセットをつけてみたらどうでしょう?

瓜田 実は一つ持ってるんですけど、使えなくて。腰痛になった数日後、サプライズ好きの嫁から「ウエスト何センチなん?」とだけ聞かれたんです。ジャージかパンツでも買ってくれるのかと思って、「79ぐらいかな」とスリムなときのサイズを答えたら、そのサイズのコルセットをサプライズでプレゼントされまして……。案の定それ、どう頑張っても入らない。腰痛になって以来、ろくに外出も運動もせず、寝転がってチョコ食ってケツ掻いてDVDばかり見てたから、お腹がすっかり太っちゃったんですよ(笑)。

――それはまずいですね。

瓜田 まずいことがもう一つありまして。俺が弱ってる隙を狙って、飼い猫のセブンが悪さをするようになったんです。このあいだも、嫁が夜中に一瞬玄関を開けた隙に、家出しちゃった。動物を飼い慣れてる嫁は「朝になれば戻ってくる」と余裕でしたが、俺は猫の習性を知らなかったから、心配でたまらなくなると同時に、逃した嫁への苛立ちも募ってきて、夫婦間の空気までおかしなことになってきた。

――結局、セブンは見つかったのでしょうか?

瓜田 朝5時になっても戻ってこないから、腰をさすりながら外へ探しに出かけたんです。嫁も俺の不機嫌さに恐れをなして、目を擦りながらついてきて、ふたりで明け方の街をウロウロ。その間、俺は嫁への抗議の意味も込めて無言のままです。最終的にセブンは、我々の気配を察知したのか、家に戻ったら玄関の前にいたから思い切り抱きしめてやりましたよ。「よ~しよし」と言いながら。

――よかったですね。

瓜田 いや、一難去ってまた一難ですよ。今度は目の下にクマを作った嫁が、「私とセブン、どっちが大事なん? ウチがホンマに困ったときのアンタの態度がよぉわかったわ!」とか言ってヘソを曲げてしまった。腰痛になって以来、家事全般を嫁に任せっきりで、嫁も「ええよ、ええよ」と言ってくれてたのに、その一件以来、「セブンを探しに行く体力はあるくせに、洗濯もんの取り込みもでけへんねんな」などと嫌味を言うようになったんですよ。

――腰痛が原因で、夫婦仲にヒビが……。

瓜田 そういえば今日、こんな出来事がありました。腰がちょっと良くなってきたから、夫婦揃って久々にチャリで買い物に出かけたんですよ。そしたら、生意気なBMWが後ろからクラクションをしつこく鳴らしてきた。どうやら嫁のチャリが邪魔だったみたい。だとしても、そこまでしつこく鳴らさなくてもいいだろ思って、運転席を覗き込みながら「なんだコラ!」と怒鳴ったら、BMWは逃げて行きました。

――まぁ瓜田さんの顔を見たら、たいていの人は逃げるでしょう。

瓜田 その一部始終を見てた嫁が、俺に向かって笑顔でこう言ったんです。「好きやで」と。やっぱ家でゴロゴロしてる無能亭主より、表で戦ってる旦那のほうが好きみたい。ノロケみたいですいませんが、それが今日イチのうれしい出来事ですね。

 * * *

 夫婦仲も腰痛も回復傾向にある瓜田。YouTube配信などの表現活動にも、そろそろ本腰を入れてくれそうだ。
(取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)

※瓜田純士のYouTube好評配信中!(瓜田純士プロファイリング)
https://www.youtube.com/channel/UCv27YAy0FZ-4wwisy5zPmeg

※「“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、かく語りき」の記事一覧
https://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

眞子さま、元ももクロ・有安杏果は「洗脳状態」? 精神科医が「恋愛感情」との危険な関係を説く

 2月、ももいろクローバーZの元メンバー・有安杏果に、熱愛スキャンダルが勃発した。25歳年上の精神科医との交際、また、医師が有安の個人事務所代表を務めることが明るみとなったほか、ももクロ脱退や事務所退所にも医師が絡んでいたのではないかと、週刊誌が報じたのである。ももクロファンは、この事態に驚愕し、「有安は洗脳されているのではないか?」「早く目を覚ましてほしい」などと、ネット上で悲痛な声を漏らしている。

 今、世間で「洗脳疑惑」がささやかれているのは有安だけでない。秋篠宮家の長女・眞子さまもその一人だ。一昨年、当時、都内の弁護士事務所でパラリーガルとして勤務していた小室圭さんと婚約内定を発表。しかしその後、小室さんの母が元婚約者との間に借金トラブルを抱えていることが報じられ、昨年2月、「結婚延期」の運びに。8月には小室さんが3年間の米フォーダム大学への留学に旅立ち、結婚は暗礁に乗り上げている状況だ。世間では、実母がトラブルを抱え、さらには自身も将来の見通しが立っていない小室さんへの不信感が高まっている中、週刊誌報道によると、それでも眞子さまの結婚のご意思に変わりはない様子。「まるで現実が見えていない」「小室さんに洗脳されているみたいだ」といった指摘が国民から上がる事態となっている。

 有安と眞子さまの共通点――それは、両者とも恋人との関係が歪んでいるように見える点だ。今回、「洗脳と恋愛」という観点から、『被害者のふりをせずにはいられない人』(青春出版社)や『高学歴モンスター~一流大学卒の迷惑な人たち~』(小学館)などの著者である精神科医・片田珠美氏に話を聞いた。

洗脳が恋愛感情によってより強くなるワケ

 まず片田氏は、洗脳とはどのような状態かについて説明をしてくれた。

「相手に対する批判力を失い、相手を過大評価し、欠点が美点に見えてしまう状態のことを指します。別の言葉では、『相手を理想化してしまう』とも言えるでしょう」

 なお精神医学において「洗脳」という診断名は存在しないが、患者から相談を受ける中で、「洗脳状態」と指摘することはあるそうだ。

「例えば、夫からこれまでの自分の価値観を全否定され、鬱状態になっているのに、『夫はとても賢くて正しい。私はバカだから』と言う女性は結構います。そういう方に、『あなたは洗脳状態にあります。旦那さんの価値観が必ずしも全て正しいわけではないし、あなたの実家の価値観や、これまでやってきたことが全て間違ってるわけじゃないですよ』と申し上げると、目からウロコが落ちたような反応をされますね。自分が夫から“洗脳されて”鬱になっていることに気づいていないんです」

 このような洗脳状況下では、「DVをされても、これがDVであること自体わからなくなるケースもあります。しかもDVをする男というのは、暴力を振るった後、涙を流して土下座して謝ることも多く、被害者側がつい絆されてしまうんですね。ちなみに、もともと洗脳されているため、DVに気づけなくなる場合もあれば、DVによる恐怖で、『私が悪い』と思い込まされる場合もあります。相互作用によって洗脳が強まっていくのです」。

 ほかにも片田氏は、コミュニティ内で強い権力を握るママ友や近所の奥さんに洗脳されて、高額商品を買わされてしまった女性などの例を挙げるが、相手に対して「恋愛感情」を持っていると、より洗脳されやすい面があるという。

「恋愛している人の精神状態を『ほれこみ』と言うのですが、その場合、恋愛対象を過大評価して、批判力を失いやすい。先ほど説明した、洗脳と同じ状態なのですが、洗脳とほれこみはニアリーイコールで、『恋愛にのぼせ上がっているときは、洗脳も起こりやすい』と言えるでしょう。ただ、この『ほれこみ』は、恋愛につきものであり、そもそも相手にのぼせ上がるようでなければ、恋愛じゃないんですね。問題になるのは、『ほれこみ』が度を超し、他者から見て『おかしい』と思われるような洗脳状態になっているケースです」

 恋人に対して「好き」という感情が高まり、「あばたもえくぼ」となっている人は珍しくない。そういうときに起こりやすい洗脳は、“他人事ではない”と思わされる。

 では、有安のケースはどうだろう。精神科医に洗脳されているのではと、ファンから心配の声が飛び交っているが、そもそも有安が抱く恋愛感情自体、「典型的な『転移性恋愛』です」と、片田氏は厳しい目を向ける。転移性恋愛とは、精神分析の創始者、ジークムント・フロイトによれば「患者が転移の結果として、医師や精神分析家などに恋愛感情を抱くこと」を指すという。

「自分の悩みを親身に聞き、相談に乗ってくれる主治医のことを『頼りになる』と感じると、恋愛感情を抱きやすい。有安さんはももクロ時代から、この医師に相談をしていたそうですが、特に精神科ではよくあることなんです。フロイトは、治療中に起こる転移性恋愛を『非常に危険なこと』とみなし、患者さんと距離を置くなどして深みにはまらないように助言していました。実際には、主治医と患者さんが結婚することもあるのですが、同業者として今回のケースを考えるに、『若い女の子の弱みに付け込み、転移性恋愛を利用して男女の関係になったのではないか』といった批判はやむを得ないと感じています」

 転移性恋愛によって、有安は「ほれこみ」という精神状態になり、おのずと、洗脳も起こっているのではないかと考察することができる。

「ほれこみや洗脳が起こりやすいのは、本人が弱っているとき。ももクロでの活動に疑問を感じ、弱っているとき、医師と出会ってのめりこんでいったのではないでしょうか。精神科医といったって人格者ばかりではありませんから、有安さんを洗脳し、“支配しよう”と考えても不思議ではないと思います」

 一方、眞子さまに関しても、片田氏の目には「ほれこみによって洗脳状態になり、相手を過大評価している」状態に映るという。ほれこみや洗脳の要因となる、皇室のプリンセスが抱える“弱み”とは、一体何なのだろうか。

「皇室という閉鎖空間にいらっしゃる眞子さまには、“出会い”がありません。国際基督教大学(ICU)に通われていましたが、恐らくほかの学生は、畏れ多くて声をかけることも憚られたことでしょう。眞子さまは、恋愛結婚だったご両親の影響により、ご自身もお見合いではなく、恋愛結婚を強く望まれていたと聞きますが、しかし、出会いがないんです。そんな中、交際を申し込んだ身の程知らずが小室さんだったわけで、そうなると眞子さまも、視野狭窄に陥り、ますます小室さんにのめりこんでいったと考えられます。そもそも眞子さまは、皇族という身分ゆえに、男性との交際経験があまりないように見えます。こういう真面目な人ほど、洗脳されやすいという面もあるんです」

 さらに眞子さまには、「この相手といま結婚できなければ、一生結婚できないのではないか。結婚がかなり遅れるのではないか」といった不安もあるのではないかと片田氏。出会いがないという状況と、婚期を逃すことへの不安によって「洗脳が解けにくくなっているように見えます」という。

「一部週刊誌で、眞子さまがご友人に対して、『私のせいで、あんなに世間に晒されて、彼に申し訳ない…』と、小室さんへの思いを語っていたと報じられたそうですが、眞子さまが自分自身のことを加害者のように思わされているところも問題と言えるでしょう」

 有安も眞子さまも「洗脳状態」といえるとの考察が繰り広げられる中、ここで気になるのが、どうしたら洗脳が解けるのかという点だ。現在双方ともに、世間から疑問の目を向けられているが、片田氏いわく「周りから非難されれば非難されるほど、2人の結びつきは強くなる。『自分たちを迫害するものと、一緒に戦おう』となり、洗脳によって強固に結びついた関係が続いていきます」とのこと。

「洗脳から解き放たれるためには、本人が洗脳されていると気づき、『これではダメだ』と思わなければいけません。有安さんは3月にソロライブを行うそうですが、『ライブ会場がガラガラ』『CDを出しても全然売れない』という“どん底”に陥り、精神科医の男性と一緒にいても『どうにもならない』と気づいたら、洗脳が解けるのではないでしょうか。実際に危機的状況に直面する前の段階で、周りが何を言っても無駄。そもそも周囲の声が耳に入るなら、洗脳状態には陥りません。有安さんは、擬似恋愛の対象であるアイドルだった方なので、今回25歳年上の精神科医と交際していることを知り、ファンをやめた人も多いと思います。ある意味、洗脳が解けやすい状況になったと言えるのではないでしょうか」

 一方、眞子さまに関しても同様だという。いくら秋篠宮さまや紀子さま、宮内庁が結婚に反対しようと、週刊誌が小室さんに関するネガティブな報道をしようと、眞子さまには何も響かないばかりか、「火に油を注ぐようなもの。恋愛というのは、障害があればあるほど燃えますから」という。眞子さまが洗脳から解き放たれるのは、実際に結婚生活をスタートして苦労を強いられるなど、“どん底”を経験したときとも考えられるが、「ただし、そういった苦境に立たされたとき、逆に『また二人で力を合わせて頑張ろう』となる可能性もある」とのことだ。

 なお、洗脳する側の特徴として、「自己愛、承認欲求が強く、ゆえに相手を支配し、相手を変えたいという気持ちを持っている」点が挙げられるという。洗脳が解けた相手が逃げ出そうとすると、「『自己愛が傷つけられた』と怒り、ともするとストーカー化してしまう」だけに、洗脳問題は根深いことがわかる。

 最後に片田氏は、こうした洗脳を「珍しいことではない。一般的にもよく起こり得る」と警鐘を鳴らす。“洗脳疑惑”と聞くと、特別な状況下の人にだけに起こることととらえがちだが、より「身近なこと」として受け止め、自身を振り返るきっかけにしてみてもよいのかもしれない。

どうした、ニューヨーク!? “ネクストブレーク”枠から抜け出すために「なんでもやってみる」

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 この数年、「偏見」ネタで人気を博している若手芸人・ニューヨーク。一昨年の『M-1グランプリ2017』(ABC・テレビ朝日系列)直後、“よしもと推されコンビ”といわれた彼らの本音に迫るインタビューを行ったが(参考記事:『M-1』翌日──“よしもと推されコンビ”ニューヨークの本音に迫る!)、その後なかなかブレークできないまま、年末のM-1は準々決勝敗退と、調子を落としているように見える。“ネクストブレーク”から抜け出すための、彼らの新たな挑戦を聞いた。

――ファンとしては、ニューヨークさんがいつ時代を変えてくれるのか、と何年も待っているんですよ。それが去年、調子悪かった気がしまして。

屋敷 確かに2018年は捨て年でした……。それまでは徐々に上がっていく感じだったのが、動きが何もなかったんです。ラジオ(MBS『アッパレやってまーす!』)もなくなって、賞レースは「キングオブコント」が2回戦落ちで、「M-1」は決勝行くつもりでやってたら準々決勝で落ちて。落選を知った瞬間、ソファから一歩も動けなくなって、天井見てました(笑)。

嶋佐 僕はショックというか、相当ムカつきましたね。「全然あげてくれねえじゃん」って。

屋敷 そこで考えたんですよ。今まで周りから「いける」「次はニューヨーク」と言われてきた。それにあぐらをかいて、大きなアクションを起こさず、神輿の上でじっとしてきたな、と(笑)。このままだったらフェイドアウトしていくな、と焦りだして、YouTubeチャンネル作るとか、ラジオで発信するとか、いろいろ考えました。それをマネージャーに伝えて、相方ともそういう話になっていきましたね。

嶋佐 賞レースの決勝でもいかないかぎり、仕事がドーンと舞い込むこともないでしょうし、それなら何かやったほうがいいかな、と。それでニューヨーク、デニス、マテンロウ、鬼越トマホークの同期4組で、「でへへチャンネル」も始めたんです。

屋敷 今、登録者数いくつやったっけ?

嶋佐 800(笑)。結構頑張っている4組なんですけどねえ。

――4月に行われる単独に向けて、「我々ニューヨーク、遂に本気を出します。ここ10年で一番の本気です」とコメントを出してますね。今年は何とかしようという意気込みを感じました。

屋敷 毎年ルミネで単独ライブ2回というのがルーティーンになっていて、刺激がないと停滞するから、それも変えたいなと思ったんです。そうしたらスラッシュパイルの片山さん(お笑いを中心としたライブ・興行企画会社の代表)と話す機会があって、「じゃあ一緒にやりましょう」ということになりまして。いろいろアイディア出してもらった結果、今回はルミネから飛び出して、「シブゲキ」という劇場で3公演になりました。

嶋佐 いつも1回だけというのが、もったいなかったんで。それこそ何回かやったほうが、いろんな方に見てもらえますし。

――ニューヨークさんの単独、ずっと面白いと思って見ているんですよ。でも、そこから仕事広がったり、ネタが賞レースで引っかかったり、次につながらないという感触だったんですか?

屋敷 今までは面白いネタを作って、来た人が喜んで、いいネタを賞レースに持っていけばいいなと考えていたんです。でもそれだと燃費が悪いような気がした。

嶋佐 単独しかやってないネタがたくさんありますし。

屋敷 それに、テレビに出るためだけに絞ってネタを作るのは、リスクが高い時代になったというか。今売れている人って、テレビにあまり媚びてないじゃないですか。単独やラジオ、自分の中の柱を持っている芸人のほうが、テレビに出ても映りがオモロい気がするんですよね。賞レースは運も流れもあるんで、それだったら単独自体の価値が評価されて、芸人としてええ感じになればいいな、と思ってます。

――YouTubeで毎週日曜夜に配信している「ニューラジオ」も、「このままではまずい」という気持ちから始まったんですか?

屋敷 ですね。接触してないと、お客さんは僕らのこと忘れていきますから。習慣でレギュラーのラジオを聞いているときは、週1回はその芸人のことを考えるじゃないですか。そうするとファンでもいてくれるし、ライブにも行こうとも思うし。だったらラジオをYouTubeで毎週やればええのかなと思って。

――「ニューラジオ」で聞いたところによると、ニューヨークを好きなスタッフが手弁当でやっているみたいですね。

屋敷 ありがたいことに……。ただ作家には、くしゃくしゃの1,000円札だけ握らせてますよ(笑)。

嶋佐 自腹ですよ! 昨日の生放送も、作家が終電残り3分で駅までダッシュしてました(笑)。

屋敷 泊まったら赤字になるからな。ありがたいことに足立区から新宿まで来てくれてるんですよ。そこらへんは恵まれてます。

――一方、同期4組で始めた「でへへチャンネル」の手ごたえはどうですか。

嶋佐 ないです!(即答) 

屋敷 ないですけど、編集する人を募集したら、プロに近い数名から応募がきて、玄人の人はチェックしてくれてることに気づきました。ただいかんせん、普通の人は誰も見ていません(笑)。

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――これからは芸人だけじゃなくて、YouTuberもライバルになりますよね。

嶋佐 そこなんですよ。それこそ昨日仕事した17歳の高校生TikTokerは、フォロワー88万人でしたよ。俺はこの世界で10年やって、1万5,000人……。なかなか難しいです。

屋敷 節目の時代に芸人になりましたねえ。僕ら、「テレビに出て売れる」というモデルケースを目指して、芸人になった最後の世代なんです。

嶋佐 「金稼ぎたい」「モテたい」が目的で、そのためにお笑いをセレクトしただけですから。

屋敷 今、芸人になるのは、ヘンなヤツが多いと思いますよ。後輩なんて、お笑いサークルで一緒にやってたヤツらがYouTubeで大金持ちになってるらしいんです。でも「あいつら面白くないんで、僕は芸人選びました」とか言っている。そういう意味では、下の世代のほうがだいぶピュアですね。

――配信を始めるにあたって、人気あるYouTuberはチェックしましたか? 芸人さんの間では「あいつらは面白くない」という評価もあると思うんですが。

屋敷 自分でちょっと編集作業するようになったら、すごいちゃんとしていることが分かりましたね。サムネイルの統一感を意識していたり、面倒くさい編集をちゃんとやってたり。「頑張ってるんだな」と見方が変わりました。

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――支持される理由が分かったと。

嶋佐 やっぱり今の中高生は、ネット中心ですからね。Abemaで放送している恋愛リアリティ番組の特番でMCをやったら、それで声かけられることが多くて。

屋敷 学祭でキャーキャー言われると思ったら、それが理由だったな。

嶋佐 もっと小さい子含めて、そういう若い人たちに、僕ら芸人がやっている純度の高いお笑いに気づいてもらわないと、先がないですよ。

屋敷 でもYouTubeもすごいスピードで大きくなった分、規制もいきなり厳しくなったじゃないですか。結局、過激なことをできない媒体になって、短期間でテレビの歴史をたどっている気がするんですよ。金がかかっているぶん、クオリティはテレビのほうが高いし、いろんな人に広く知ってもらう手段はテレビがベスト。それは変わってないのかもしれません。

――配信は儲かるんですか?

屋敷 まだ全然。それこそ「オールナイトニッポン」の時よりも、もっともっとムーブメントにならないと、きびしいですね。それでYouTubeに寄せないで、生のラジオという手法を持ち込んだわけですけど、一体どこまで通用するか……。こないだ視聴者層を確認したら、18歳から24歳までの男がほとんどでした。

嶋佐 普段YouTube見ている人なのかな。

屋敷 いや、俺らのラジオを聞いてた人じゃない?

――ハネるには女子人気が必要なんでしょうね。

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嶋佐 うーん。女の子はチャラついているのが好きですからね……。俺が一番いい男ということをなかなか気がついてくれない。もっとビジュアルとか評価されていいのに。(堂々と語る)

――……。

屋敷 やばっ! マジきもいわ。文字になるの分かってる?(笑) でもダイアンさんとかすごくないですか? 関西でラジオが人気になって、芸歴20年の今、絶好調じゃないですか。昨日もTikTokerの子に好きな芸人聞いたら、四千頭身や霜降り明星じゃなくて、サンドウィッチマン、千鳥、NON STYLEなんですよ。誰も若手芸人の名前出さない。おじさんが人気者になるドリームは残されてますね。

嶋佐 若い子が若手好きなのは、お笑いファンの中でだけなんでしょうね。

屋敷 それまでいぶし銀だった和牛さんが、ワーキャー言われ出したの30代後半でしょ。そんな芸人、今までいなかった。年齢に関してお笑いファンは寛容というのが分かったから、これからぶり返すこともあるかなと……。今年は仕掛けていきたいです!

――ところで肝心の稼ぎは、今どうなんですか。

屋敷 「全然稼げてないな」というのと、「バイトせんでも食べれてるのは幸せなことだな」という2つの気持ちがありますね。でもこのままでは、ずっと食っていけないという焦りもあって。僕らがもらう劇場出番は、他の芸人でも替えが利くんですよ。それこそダンビラムーチョでも魔人無骨でもいい。このまま50歳になったら、若手に声がかかって、劇場呼ばれなくるのは間違いないんです。そこでM-1優勝なり、一回旗立てておけば、「ニューヨークさんじゃないとダメなんです」となって、芸人を続けていい許可証はもらえるとは思っていて。それでもっと自立した仕事しようということで、YouTubeを狙ったというのはありますね。

嶋佐 金ねえ……。今、現金がないんですよ。

――現金?

嶋佐 こないだの給料日、4万円しかなくて。

屋敷 いやいや、もうちょいもろてたやろ。投資に金入れすぎてなくなってる。

――ああ、配信でも「仮想通貨に希望を見出してる」と語ってましたもんね。

嶋佐 仮想通貨に120万円、ロボットアドバイスの積立投資に16万円入れてるんですよ。仮想通貨はリスクを避けるため、6種類に分けてます。

屋敷 よう考えてるな……。

嶋佐 そのひとつが、知り合ったお金持ちの方が自ら作ったフィリピンの通貨なんです。そこに20万円。

屋敷 いかにも怪しいわ。円を持って、お笑いに専念しろって!(笑)

(取材・文=鈴木工/撮影=鈴木渉)

■ニューヨーク
嶋佐和也(1986年生まれ、山梨県出身)と屋敷裕政(1986年生まれ、三重県出身)のコンビ。2010年結成。THE MANZAI2014認定漫才師。『ラフターナイト』(TBSラジオ)第1回グランドチャンピオン。

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■ニューヨーク単独ライブ「ありがとう」
【日時】
4月19日(金)19:00開場 19:30開演
4月20日(土)17:30開場 18:00開演
4月21日(日)16:30開場 17:00開演
【会場】CBGKシブゲキ!! 
【料金】前売り4000円/当日4500円
チケットよしもと、チケットぴあ、ローソンチケットにて発売中