「海外アーティストはOKで、電気グルーヴはアウト⁉」ここがヘンだよレコード会社

 今年3月、麻薬取締法違反容疑で逮捕され、懲役1年6月、執行猶予3年の実刑判決が言い渡された電気グルーヴのピエール瀧。逮捕翌日、電気グルーヴの音源の発売元であるレコード会社、ソニー・ミュージックレーベルズは、彼らのCD・映像商品の出荷停止、店頭在庫回収、デジタル配信停止を発表したが、日本のレコード会社特有の自粛措置とマスコミの薬物報道をめぐる違和感について、ラッパーのダースレイダー氏に話を聞いた。

※前編はこちらから

――不祥事を起こしたアーティストの作品を即回収するのは、日本のレコード会社特有の文化でもありますね。

ダースレイダー ソニーミュージックって、Wスタンダードなんです。先日、洋楽部が「クリス・ブラウンの新曲がリリースされます」とツイートしていましたが、彼は有名な薬物中毒者で、「あんなに薬物やってて本当にパフォーマンスできるのか?」という特集記事を組まれたりしている。そんな人がかっこいいシングルを作ったから、海外では評価されているわけです。ほかにも「バックストリートボーイズのライブにエアロスミスのスティーヴン・タイラーが参加しました」とかツイートしている。でも、スティーヴン・タイラーは以前、アメリカのFOXチャンネルで自分の薬物中毒を告白したドキュメンタリーが話題になった。

 この「海外アーティストの薬物はOKで、日本人はNG」って、会社として矛盾していませんか? 普通ならば社内で、「クリス・ブラウン、スティーヴン・タイラーの作品は扱っているけど、ピエール瀧はどうする?」って選択肢を考えないといけないのに、その議論すらされた形跡がない。社内で思考停止しているから、回収一択になっている。

 レコード会社は、人を売っているわけではなくて、その人が作った作品を販売している。人の気持ちや人生を変えたりする可能性があるものを簡単に回収し、なかったことにしてしまうというのは、レコード会社の使命感を軽く考えすぎだと思う。もちろん、選択肢があっての回収であれば、その会社の作品は今後もそういったスタンダードの下に販売されていくということがわかる。それを踏まえ、我々はそういった会社を支持するのか、という問題ですから。

――テレビのコメンテーターもほぼ回収の是非については論じていませんでしたが、そんな中、松本人志さんは『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、瀧さんと卓球さんの関係性を称賛し、かつ瀧さんの復活も見てみたいとしながらも、「素晴らしいものを作ってもドーピング(薬物)に頼るのは良くないから、僕は(作品を)回収してほしい」といった趣旨の発言をして賛否を呼びました。

ダースレイダー 僕は、番組自体は観ていませんが、松本さんの発言はひとつの選択肢を提示したと思います。テレビは多くのチャンネルがあって、その中にも多くの番組があるのに、コメンテーターは「ドラッグ絶対ダメ‼」の一辺倒じゃないですか? 「ドラッグ作品の何が悪いの?」って言う人がいたっていいと思う。もちろん、僕は薬物を肯定しているわけではないし、薬物をやったアーティストは、この日本では大変な目に遭う思います。でも、どこにチャンネルを合わせても同じことを言っているというのは、同じモノでないと不安になってしまう、見る側の問題でもある。本来は「こっちとこっちで言っていること違うぞ」「この人はこう言っているけど、本当にそうなのかな?」って考える入り口になるのに、そうしないから「マスコミは全部ウソをついている」みたいな陰謀論が出てきてしまう。

 でも、薬物事案は治療が必要なので、原則として薬物報道に関しては「薬物報道ガイドライン」(註:芸能人やスポーツ選手などの薬物依存に対して過激な取材・報道の自粛を求めるもの)にのっとって、社会復帰を念頭に置いた報道を心がけてほしいと思います。

――そういった意味では、今回、ダースレイダーさんたちが立ち上がり、ソニー・ミュージックレーベルズに対して電気グルーヴの音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止の撤回を求める署名活動を行い、6万人超の署名が集まったということには手応えを感じていますか?

ダースレイダー 盛り上がり自体はすごかったと思いますが、集まった署名に対するソニー側の対応は「裁判の結果を待ちます」でした(19日正午現在、動きなし)。仕方がないとは思うのですが、結局、世の中がピエール瀧を許すかどうかみたいな、なんとなくふわっとしたところに判断基準を持ってかれた気がします。もちろん、卓球さんも言及していたように、ソニーの中にも応援していた社員はいたようですが……。

――今回、電気グルーヴだったからというわけでなく、以前から薬物で逮捕されたアーティストの作品回収に対して問題意識を持っていたのでしょうか?

ダースレイダー はい。ずっと思っていたし、10年前に『リンカーン』(TBS系)などにも出ていたD.Oが逮捕され、発売直前だったアルバムが出せなかった時にも、今回とまったく同じことをブログで書いていました。「いい奴なんだけど、酔うと本当にダメなんだよ」とか、いくらでも身近にそういう例はあるわけで、薬物で逮捕された瞬間に悪人になってしまうというのは思考停止でしかない。

 HIPHOPっていうのは、「裏側、逆サイドになんかねーかな」って探す考え方なんです。何か起きた時に、「それってB面見たらどうなる?」って嗅覚的に探るほうが人生も楽しくなる。チャンネルがひとつしかないテレビをずっと見ているよりは、いろいろなチャンネルがあるほうが絶対楽しいと僕は思います。

――一方、ステレオタイプな世間的には、HIP HOPをレペゼンするダースレイダーさんが今回のように表に出ることで、「HIPHOPカルチャーと薬物は密接」といったうがった見方をされるというリスクもあるように感じます。

ダースレイダー 僕はそういう相手に対して、前提条件がなんなのかを常に聞きます。たとえばクラブが薬物と密接だと思う証拠はなんなのか? と。僕なんかはドラマの影響で、薬物取引するのは絶対暗い港の倉庫だと思っていた(笑)。でも、今は薬物がまん延しているのは、霞が関なんじゃないですか? ドラッグやるなら官僚が一番イイですよ。クラブの時代は終わった。

 薬物事案は治療が必要という前提でいっても、僕は瀧さんとか元KAT-TUNの田口淳之介クンより、明らかにこっちのほうがヤバいと思います。だって、国の仕事している人ですよ? 国の仕事って、クスリをキメないとできないくらいハードなのか? もしくは、現実逃避しないとできないものなのか? これ、どちらを想像しても怖いですよね。それに、職場の机に薬物を入れていたって、「いや、持ち物検査どうなっているの?」って話じゃないですか(笑)。クラブだって、入り口で持ち物検査していますからね。

――確かに、テレビは役人の薬物汚染の危険度については報じません。官僚が薬物で逮捕されても、第一報で終わってしまいます。

ダースレイダー 有名人はここぞとばかりに叩かれるのに、役人は有名人じゃないからワイドショーで話題にならない。それを「なんで?」ってみんなが考えたほうがいいと思う。みんな正義の味方のような顔して瀧さんや田口クンをこき下ろしてたけど、同じロジックで役人に対しも怒ってなきゃいけないはずですよね? 霞が関はどうなってるんだ⁉ って。

――最後に、ここ数年、日本におけるHIP HOP黎明期のアーティストの訃報が続いています。MAKI THE MAGICさん、DEV-LARGEさん、そのDLさんの追悼イベントで、さんぴんCAMP並みのプロデュースを再び見せてくれたECDさんも亡くなられました。余命宣告されているダースさんに、死の恐怖というものはないんですか?

ダースレイダー もちろん、常に「死」というのは頭の中にあります。英語で音楽は「playする」ものですけど、その「play」は、日本語だと「再生する」という意味にもなります。再生っていうのは再び生きる、つまり僕らが死んでも再生ボタンを押してもらえれば、いつでも生き返ることができる。だから、僕は今でもたとえばDEV-LARGEさんの曲を聴いて、生き返らせています。生きている間に何か残していれば、なんでも再生できる。大杉漣のDVDを再生するでもいい。それで生き返るんです。

 会えなくなって悲しいとか、新しい曲が聴けなくなって悲しいとかっていうのはあるかもしれないけど、再生することはできる。逆にいうと、死を恐れすぎず、誰かに再生してもらえるような生き方をすれば大丈夫だと僕は思っています。

 人間誰しも、いつ何が起こるかわからない。だから僕の中では起きたことは受け入れて、そうなった時、もし命が尽きた時に、もう一回生き返らせてくれるような関係――それは、卓球さんが言うところの“友達”――が必要ですよね。

 登戸の連続殺傷事件の犯人のように一人の世界で生きていると、再生してもらえない。友達を作らないで一人で生きて、「世の中のすべてが嫌だ」ってやっていたら、本当に死んでしまう。そうならないためにも、再生してもらえるような関係を作ったほうが建設的だと思います。

(取材・文=石井紘人@targma_fbrj)

モラハラ夫だった僕がそれに気づくまで――解決に向けた手掛かり(前編)

 農林水産省の元事務次官の熊澤英昭容疑者が44歳の長男を殺害した事件では、息子による家族への暴力が背景にあったと報道されている。悲惨なDV、虐待のニュースは後を絶たない。また、配偶者からのモラハラで苦しんでいる家庭は多いはずだ。しかし、その時「加害者側」は何を考えているのだろうか? モラハラ夫として妻に去られた経験から回復し、現在は日本家族再生センターでカウンセラーとして被害者、加害者双方の支援活動を行っており『DVはなおる 続』(ジャパンマシニスト社・味沢道明著)の共著者でもある中村カズノリ氏に話を聞く。今回のテーマは「解決に向けた手掛かり」について。 

*これまでのインタビューはこちらから(1) (2)

 

依存対象を分散させる――依存力スカウターを意識する

――2回にわたって加害者当事者の頭の中について伺っており、特徴として「頭の中は地雷がいっぱいで、自分を守るために相手を攻撃してしまうこと」や「家族、家庭願望が人一倍強く、そればかりに依存してしまうこと」などがありました。

 解決策について今回は伺っていきたいと思います。

中村カズノリ氏(以下、中村) まずは「家族、家庭願望が人一倍強く、そればかりに依存してしまうこと」への解決法ですが、依存対象は複数あった方がいいですね。一つがダメになっても他がありますから。依存対象を一つに寄せすぎるのは、なんであれ危険です。

――依存対象をどう散らしていけばいいでしょうか?

中村 依存の対象は人でなくてもいいんですよね。仕事でも趣味でもいいし、それこそオタク趣味のように、フィクション作品やキャラクターに向けてもいいんです。SNSでもいいですし。

 自分の中で「依存力」を数値化してみるといいんです。それこそ『ドラゴンボール』のスカウター的な。依存力が100 万あって、それを家族だけに全部ぶつけてしまったら、ぶつけられた方はきついですよね。そしてぶつける方とて、依存する対象がいなくなってしまったらその行き場のない感情が負の感情として自分の中に溜まっていってしまいます。

――加害者も被害者も仕事をしたり、家族以外の交友関係や趣味があったりと「家族の構成員として以外の自分」がすでにいるはずなのに、そこに関心が持てず「家族であること」ばかり考えてしまう、というのが問題なのかもしれませんね。

 

 

自己肯定と自己受容を養うのは「おしゃべり」

中村 次に「頭の中は地雷がいっぱいで、自分を守るために相手を攻撃してしまうこと」の対策についてです。

 これに効くのは、日常のたわいもないおしゃべり、雑談だと思います。

――「おしゃべり」とは、ちょっと意外ですね。

中村 私は「自分も相手も尊重するコミュニケーション」に慣れていませんでした。もちろん頭では、そういうコミュニケーションが理想的であることは分かっているんです。でもできなかった。原家族(※自分が育った家族)が厳しく、そういった体験をしてこなかったんです。

 野球のバットをただやみくもに振るだけではボールに当たらないですよね。当てるにはキレイなフォームで素振りを繰り返して、習得する必要がある。私の場合「人とのコミュニケーション」という分野において、ずっと間違ったフォームで素振りをし続けてきたんです。

――スポーツなら学校の授業で、クラス全員で同じ競技をやるので、自分がどのくらいうまいか下手なのか把握できますよね。一方で家庭環境って閉ざされていますから、自分の育った家庭のおかしさってなかなか気づけないですね。

中村 はい。私自身人とのコミュニケーションを学べたのが、カウンセリングのグループワークを通じてでした。おしゃべりはコミュニケーションの基本、「素振り」なんです。

――カウンセリングのグループワークではどういったことを話すのですか?

中村 グループワークにはいくつかのルールがあります。まず自分自身の体験を語ることです。一般論や他人のことを話しても仕方ないですし。また、内容は何を話しても良くて、どエライ下ネタでもいいし、「あいつを殺したいくらい嫌いだ」でもいいんです。

――家族の話題だけではないんですね。

中村 そうなんです。お昼何食べた? とか、むしろ雑談がいいんです。雑談という形でコミュニケーションの正しいフォームの素振りをしていくんです。

 

話したくないことを「今は話したくない」という自由

中村 グループワークのルールには「話したくないことは話さなくていい」というものもあります。あるテーマについて話をしたくない時は、この話は自分にはしんどいのでパス、ということもできます。

 地雷が多い人の特徴として、地雷を他人に踏まれそうになったときに、嫌なのに、それを断れないんです。「そのことは話したくない」と言えない。嫌な話題を振られて、断れずイライラを溜めていく。

――いじめ、モラハラ、パワハラ、セクハラなんてまさにそうですよね。大なり小なり、したくない話題を振られ、上手な対処ができず、自己嫌悪や苛立ちを抱えている人など、ゴマンといるのではと思います。

中村 そういったシチュエーションで、適切に自分を守ることができるかどうかですよね。

 第1回で、DV は攻撃ではなく防衛だとお話ししました。嫌なことを言ってくる相手に対しては防衛をする必要はあるんです。ただそれを「暴力や暴言」で解消するのか「このことは話したくない」などの相手を尊重した平和的なやり方で解消できるかで、まったく結果は変わってきますよね。

 

「怒ってはいけない」が逆効果な理由

――防衛の「手段」が変わるということで、防衛する必要自体はあるということですね。

中村 そうなんです。嫌なことを言われて腹が立っているのに「怒ってはいけない、怒るのはダメだ」と自分に言い聞かせるのは無茶です。

 怒りって、2次感情なんです。怒りのもとになる感情があります。寂しい、悔しい、憎らしい、妬ましい、悲しい……。その感情が自分を押しつぶすのを守るために怒りにして外に出すんです。

 ですので「怒っちゃいけない」では、フタをし続けた感情がいつか爆発してしまいます。怒りの1次感情に目を向けることです。今なぜ自分はイライラしているんだろうと自分を見つめる。それがわかれば怒りの条件が揃わないようにすることもできますよね。

 

 

おしゃべりを通じて、過去が変わる

――嫌なことがあったとき、世間話などのささやかなおしゃべりで気持ちが少し和らぐことってありますよね。

中村 おしゃべりには効能があります。内容は天気の話とか他愛のないことでいいんです。

 ただおしゃべりのポイントとして「自分の思ってもいないようなこと」を話さないことですね。自分の思っていることとしゃべってることがずれていくと自己不一致が起きてきてしまうので。

――しかし大人で、特に職場なら、ある程度本音と建前の使い分けは宿命ですよね。

中村 はい。だからこそ、思ってもいないようなことを話さずに済む「気楽なおしゃべり」の場は大人ほど大切です。

――今この流れで思い出したんですが、冬の終わりにちょっと気難しい人と歩いていた時に、今日はあったかいですねと話したら「そんなにあったかいと思わない」とぶっきらぼうに返され、それすら否定かと、もや~っとしたのを思い出しました。でも今ここで、この話をして、それを聞いてもらうことで、なんだか成仏できた感じはあります。笑い話になったというか。

中村 それがまさにおしゃべりの効能です。会話を通じ、過去のモヤモヤが「成仏」するんです。過去そのものは変わりませんが、自分が捉える過去の意味づけが変わるんです。それが傷が癒えるということなんですよね。

――「過去と他人は変えられない」的格言がありますけど、「過去の意味付け」は変えられるんですね。しかも、何も本人に「あのときは傷ついた!」とか問いたださなくても、他の人と話すことで成仏させられるというのは希望のある話ですね。

中村 カウンセリングはまさにそういう作業ですね。そういった作業を通じ、これからの自分の物事の受け取り方も変わってきます。心地いいコミュニケーションができるようになり、自ずと問題も起きにくくなってきます。

 私の場合、雑談でのコミュニケーションを通じ、“何を言っても大丈夫”と受け入れてくれる環境で自己肯定と自己受容を回復させることによって、頭の中の地雷の数を減らしていくことができました。

 * *

 DV、虐待、モラハラの処方箋の1つは「おしゃべり」。気軽にくつろいだ雰囲気の下でのおしゃべりは人を和やかに幸せにする。しかし、気軽なおしゃべりができる相手がいないから困っているのだという人も多いはずだ。最終回となる第4回では、引き続き解決のための手がかり編。中村氏に「おしゃべり」のコツについて聞いていく。

(文/石徹白未亜 [https://itoshiromia.com/])

 

 

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「CD回収を仕方ないって思っちゃう僕らもヤバい」ダースレイダー、電気グルーヴ騒動を斬る!

 今年3月、コカインを使用したとして麻薬取締法違反容疑で逮捕された電気グルーヴのピエール瀧に、懲役1年6月、執行猶予3年の実刑判決が言い渡された。ミュージシャンとしてのみならず、近年は俳優としても大活躍していただけに、その逮捕は世間に衝撃を与えたが、逮捕の翌日、電気グルーヴの音源の発売元であるレコード会社、ソニー・ミュージックレーベルズは、彼らのCD・映像商品の出荷停止、店頭在庫回収、デジタル配信停止を発表。日本の音楽業界ではもはや通例となっているこの措置だが、電気グルーヴという存在の大きさも相まって、各所で「音楽は誰のものなのか」という議論を呼ぶこととなった。

 そんな中、ネット上ではソニーの対応撤回を求める署名活動も行われ、3月15日から4月10日の27日間で79カ国から6万4,606人の署名が集まった。

 この署名活動の発起人の一人で、東京大学中退という、ラッパーとしては異色の経歴を持ち、コメンテーターとしても活躍するダースレイダー氏が、世の中にはびこる“思考停止”のヤバさを訴える『ダースレイダー自伝 NO拘束』(ライスプレス社)を上梓した。そんなダースレイダー氏に、自身の病気に対するスタンスと一連の電気グルーヴ騒動について振り返ってもらった。

***

――過去にも多くのラッパーが自伝を出版していますが、ダースレイダーさんの本は毛色が違いますね。

ダースレイダー これは“体調不良本”なんですよ(笑)。もともと、脳梗塞で倒れた時に、自分に何が起きているのかを把握するために書き始めたんです。初体験のことばかりでも、当時の気持ちとか感情とかって、慣れてくると忘れちゃうじゃないですか? 退院後、ライスプレスの編集長に会う機会があって、「本書きませんか?」って声をかけられたので、「実はこういうのを書いていて……」と渡したら本になったという流れです。

――ダースさんは2010年、脳梗塞で倒れ、合併症により左目を失明。1カ月の入院生活を余儀なくされました。ある意味、健康啓発本でもありますね(笑)。

ダースレイダー この本を読んで、健康な人にも病気を追体験してもらえれば、という思いがあります。知っているのと知らないのとでは、構え方も変わってくる。今は自分の健康に問題がなくても、たとえば突然、交通事故に巻き込まれてしまう可能性もある。そういった状況になった時に、どのように受け入れるか。逃げずに受け入れて、前進するマインドを形にしたかったんです。

――ダースさんのトレードマークになっている左目の眼帯も、そういった意思の表れなんですよね。

ダースレイダー 病気を抱えている人への偏見ってあるじゃないですか? パジャマ姿で弱っている的なビジュアルが浮かぶ。でも僕は、派手な眼帯つけて、元気そうにすることで、そういう固定概念を壊したい。病気の人も生きづらくなく、「病気も個性ってことでいいじゃん」みたいなところまで持っていければいいかなって思っています。

――ダースさんが脳梗塞と診断された時、医師から説明を受ける前に、まずは個室で「あなたはもう戻れません。このまま悪化して死にますが、なんとか食い止めましょう」とソラマメ君みたいなキャラが苦渋の表情を浮かべながら朽ちていくビデオを見せられた、というシーンは非常にシュールでしたが、特に序章はHIP HOP的なモノの見方が反映されていますね。

ダースレイダー HIP HOPって、よくHIP HOP GAMEっていうんですが、僕は人生は全部ゲームだと思ってるんです。この本に出てくるいろいろな医者に対しても、“どうやってクリアするか”という感覚でいました。医者と聞くと一概にありがたがってしまいますが、実際には誠実な奴もいれば、うさんくさい奴もいるし、適当な奴もいる。ゲームだったら、冷静に分析できますよね。どんな能力を持っているのか、どんな技を使ってくるのか、といった具合に。権威ある人に自分が知らないことについて一方的に話されると、相手を信じるしかなくなっちゃいますよね? でも、実はそれってすごく怖いことでもある。そうならないためにも、まずは自分のことを知る。たとえば、自分に知識がない場合、人の言うことをどう受け取ってしまうのかっていうことを知っていれば違いますよね。そういう具合に、なるべく一つひとつの状況を自分なりに分析して、ゲーム感覚でクリアしていくのが大事かなと思います。病気も同様で、自分でゲーム的に数値化し、イメージ化してそれをどう乗り越えていくかを考えると、結構楽しくなってくる。重い病気でも、強敵として捉えて、「こいつ強えな~、なんとかしなきゃ」みたいに乗り越えていく。

 HIP HOP的な考え方で病気を捉えると、自分の中でポジティブに状況をリミックスできるんですよね。しんどかったり、つらかったり、苦しかったりというのは当然なんですけど、経験を経ることによってパワーアップしたり、自分の中でステージが上がるとか、強靭になるという意味での体験ができたと思える。それはHIP HOPを知らない人でも、こういう考え方で病気に向き合えば――というのを記せたと思っています。

――医療に対して思考停止状態になっている人って、実はすごく多いですよね。

ダースレイダー 高校の時、サッカー部の練習で腰を痛めて地元の病院に連れていかれたんですけど、そこがヤブ医者で。「試合出たいか?」って聞かれたので、「出たいです」って答えたら「じゃあ、出ていいよ」って。で、実際に試合に出たら、腰がグキッってなって立てなくなっちゃった(笑)。それで都立の大きな病院へ行ったら、医者に「なんで試合なんか出たんだ‼」って怒られて、「え? だって、前の医者は『出ていい』って言ったよ?」みたいな。その時の思考停止のせいで脊椎分離症になっちゃって、いまだに冬になると腰が悪いし、いろいろな体の機能が停止してしまうオマケがついた。

 セカンドオピニオンの医者でも、みんなそれぞれ言うことが違う。僕は、どんな状況でも、選択肢のある思考方法が重要だと思っています。選択肢は、場合によっては少ない時もあれば、たくさんある時もあると思うけど、選択肢がない状況に自分を置かないっていうのは思考停止を避ける考え方だと思います。

――その思考停止の話に、電気グルーヴ作品の出荷停止、在庫回収、配信停止の撤回を求める署名活動もつながりますよね?

ダースレイダー はい。まず、僕は滝さんや(石野)卓球さんと直接の知り合いではない、 という立場で話しています。瀧さんが犯したことに対して、瀧さんが向き合わなきゃいけないのは、社会の中で生きる人としては当然です。でも、電気グルーヴの作品に関してどう扱うべきなのか? それに対する答えが、回収(出荷停止、在庫回収、配信停止)の一択しかない風潮は思考停止していると思います。本来であれば、売上金全額をダルクのような(薬物依存者の)支援団体に寄付する。もしくは、店頭での販売だけは中止する。プロモーションは行わないなど、ほかにもいろいろな選択肢があったと思うのですが、ソニーは回収一択だった。

 選択肢というのは、プラスとマイナス、それぞれの側面だと思うんです。今回はマイナス面に関しては考えられていて、それで(薬物中毒者の与える悪影響と考えて)回収となった。でも、プラスの面は考えていたのかなって。

 瀧さんに限らず、今後も、不祥事を起こした人を世間から抹殺してしまうのか? 戻ってくるためには償いをするとか治療をするとか、いろいろな方法がありますが、自分の作った作品をを享受するファンがたくさんいるってことは本人のモチベーションになるわけだから、そういう面も検討しましたか? という話です。

――今回の件に限らず、以前からミュージシャンが不祥事を起こすたびに、レコード会社による“自粛”が当然のように行われていますが、なぜ自粛するのか、具体的な理由は明示されません。

ダースレイダー 最初はL’Arc〜en〜Cielっていわれているんですが(筆者注:1997年にドラムのsakuraが覚せい剤取締法違反の現行犯で逮捕。これを受けて、バンドの活動およびシングルの発売中止、旧譜も一時的に回収された)、何か不祥事があった時に作品を回収する動きって、さまざまな選択肢の中から選んだってわけじゃないですよね。「不祥事を起こした人を放っておくとソニーの株価に影響が出る」と言う人もいますが、僕は逆に、こういう時にきちんと選択肢を検討して「弊社は、その選択肢の中から〇〇を選びました」っていうことをアピールできる会社こそ信用に値する会社で、株価も上がるべきなんじゃないかなって思う。そうならないのであれば、日本の社会の問題でもある。世間が会社のそういった行動を評価しないから、会社もマイナスばかりを見てしまう。それは僕らの責任だと思うので、今回声を上げました。回収を「仕方ないよね」って思っちゃう僕らもヤバいよ! っていう。こういう時にきちんと考える会社を評価して、そこの製品を買おうと思わないと、会社側もマイナスばかりを考えてしまう。今回の話は独立した話じゃなくて、社会全体に連動しているんです。

――そういう意味でも、一連のマスコミ報道をどのように見ていましたか?

ダースレイダー マスコミの報道は「何をみんなが見たいか」という写し鏡でもある。瀧さんが釈放された瞬間、ヘリコプターで追っかけたり、髪形の話したり、謝り方がどうとか。そういった報道を「くだらねえ」と言っている人がいるのと同じ数だけ、それを見ている人もいる。そのことを考えなきゃいけなくて、そういう人たちにそうじゃない選択肢を提示しなきゃいけない。

 いろいろな報道があった中から、「俺は瀧の髪形が気になる」っていうのを積極的に選んでいる人がいるなら、「あなたはそういうセンスの人ですね」でいい。でも、今は選択肢を与えられていないし、それにすら気づいてないことが本当に多い。

ダースレイダー 今回、卓球さんがTwitterで世間が「何言ってんだコイツ」っていうような選択肢をどんどん出したことはすごく重要だったと思う。釈放された瀧さんと笑顔のツーショットを出したツイートは決定打で、あの写真をいいと思う人と不謹慎だと怒る人がいる。その時点で選択肢が生じて、健全な状態に近づいている。どちらを選ぶのかは、その人の生き方や考え方ですよね。友達と話をしている時に、「あの写真はないわ」「いい写真だったじゃん」っていう会話が生まれてくる。そういう会話は必要です。そういった意味で、卓球さんのツイートは大きな功績を残したと思う。

――メンバーが不祥事を起こしたら連帯責任で謝罪するのが当然、という風潮にも一石を投じました。

ダースレイダー 卓球さんはTwitterで絡んでくる奴らをクランケって呼んでいるんですが、彼らに対して「お前ら、友達いねーんだろ?」「“知り合い”と“友達”は違うよ」ってツイートしていて、瀧さんみたいな境遇になった時に友達がいかに大切かということを教えてくれた。みんな、何かをやらかす可能性ってあると思うんですよ。事故を起こしてしまうとか、意図せず巻き込まれてしまうこともあるし。そういった状況に自分が置かれた時に、支えてくれる友達がいるかいないかで、まったく変わる。「自分に卓球さんみたいな友達がいるのといないのと、どっちがいいの?」「自分が困った時に、叩かれようが何しようが言いたいことを言ってくれる人がそばにいるのといないのとどっちがいい?」という選択肢も生まれますよね。僕は「友達いらないよ」って絶対に言えないし、そういう人のほうが多いんじゃないかな。

 卓球さんが笑顔の写真を載せるまでは、「売り上げが、生活が、賠償金が」っていう話ばかりだったけど、そんなことよりも、それらと引き換えられないものを卓球さんは見せてくれたと思う。

(後編へ続く/取材・文=石井紘人@targma_fbrj)

モラハラ夫だった僕がそれに気づくまで――「加害者と被害者の共通点」

 農林水産省の元事務次官の熊澤英昭容疑者が44歳の長男を殺害した事件では、息子による家族への暴力が背景にあったと報道されている。悲惨なDV、虐待のニュースは後を絶たない。また、配偶者からのモラハラで苦しんでいる家庭は多いはずだ。しかし、その時「加害者側」は何を考えているのだろうか? モラハラ夫として妻に去られた経験から回復し、現在は日本家族再生センターでカウンセラーとして被害者、加害者双方の支援活動を行っており『DVはなおる 続』(ジャパンマシニスト社・味沢道明著)の共著者でもある中村カズノリ氏に話を聞く。今回のテーマは「加害者と被害者の共通点」について。 

*前回のインタビューはこちらから

頭の中が地雷でいっぱいになってしまう理由

――第1回では、加害者の頭の中は「地雷」まみれだと伺いました。地雷がまったくない人などほとんどいないですが「地雷まみれ」になってしまったら生きにくいですよね。そうなってしまう背景はどこにあるのでしょうか。

中村カズノリ氏(以下、中村) 自己受容と自己肯定の低さがあると思います。私の定義ですが「自己受容」とは自分のだめな部分も含めて「自分はそれでOK」と受け入れること、「自己肯定」は自分の良い部分を認めて自分の承認欲求を満たすことになります。

 ただ、原家族(※最初に育った家族)でのコミュニケーションで自分はこれでいい、という自己受容や自己肯定が育まれないと「自分が誰にも認められないんじゃないか」という不安が残ったままになります。

 それが地雷という形になったり、また、地雷を踏まれたら傷を負うから、防衛のために相手を必要以上に攻撃をしてしまうんです。

――「不安」が「地雷」になるんですね。しかし、原家族に問題のある場合、自分がその問題を次の家庭で継承してしまう連鎖を断ち切るのはなかなか難しそうですね。

中村 はい。そもそも自分の家庭の問題を、問題だと気づけるのも難しいですよね。いろいろな家庭を経験しないと、自分の育った家庭のおかしさに気づけませんから。他の家族と触れ合う機会などがあればいいのでしょうけれど、そういう機会も減ってきていますよね。

壊れた家庭の加害者、被害者の「結婚、家庭願望」は人一倍強い

中村 僕の場合は、原家族が厳しくしんどい場所でした。ですが、自分の中で「家族は大事なもの」という価値観はとても強かったんです。「男は家庭を作って維持してなんぼだ」という気持ちが強くありました。だから元奥さんに逃げられたときはショックでした。家庭が壊れてしまったと。

――『DVはなおる 続』を読んでいて、中村さん同様に、加害当事者は意外なくらい「家庭」や「結婚生活」への思い入れ、こだわり、憧れが強いように感じました。

 DVや虐待やモラハラで家庭を壊しているわりに、結婚や家庭への憧れがむしろ人一倍強いんですよね。結婚しないとダメ、独身でいる選択肢なんて信じられないというか。

中村 それも結局「家庭を作って認められたい」ということなのでしょうね。

――根深いですね。

 同書では被害者側の手記もありますが、被害者側にも似たものを感じます。「家族」への気持ちやこだわりが人一倍強く、読んでいる側としては逃げればいいのにと思ってしまうような壮絶な状況でも留まってしまう。

中村 はい。心の中で「家族」に依存する比重が高すぎるという点で、加害者と被害者は似ています。家族への依存が強すぎるので、ほかに行けないというか、そもそも家族以外の選択肢がないんです。

――中村さんと私は同い年です(1980年生まれ)。ですので、中村さんの話す「家庭と男と責任感と」という感じは、少し古風な印象を受けました。

中村 「男らしさ」へのこだわりが強かったんですよね。実際は全然男らしくなかったのですが。

――一方で「男らしさ」へのこだわりは私たちより10年くらい若くなるとさらに薄れていっていると見ていて感じます。

中村 10歳下くらいから全然違ってきますよね。そういった「世代特有の家庭観」もあります。ですが、その人たちも「親の家庭観」を引きずりますから、一概に皆新しい価値観というわけでもないですね。

 さらに「親の世代特有の家庭観」も子どもは引きずります。例えば今30歳の男性も、彼の父親が若い時に生まれた子なのか、年を取ってからできた子供なのかでも、その彼の持つ家庭観のベースは変わっていきます。

* * 

 2回にわたって加害者側の心の動きについて解説してきた。次回からは解決に向けた手掛かりを引き続き中村氏に伺う。

(文/石徹白未亜 [https://itoshiromia.com/])

 

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オンナたちの釜ヶ崎――圧倒的「男性社会」で生きてきた「私娼」「女性ホームレス」の姿

 大阪府大阪市西成区の北部に位置する、あいりん地区――旧地名の「釜ヶ崎」と呼ばれることも多い同地区は、簡易宿所や寄せ場が集う「日雇い労働者の街」「ドヤ街」として、全国的にその名を知られている。「酔っ払いのおっちゃんたちが路上でたむろしている」「盗品や薬、違法DVDなどを売る泥棒市をやっている」「シャブの取り引きや賭博は日常茶飯事」「治安が悪いので女性は昼間でも行かない方がいい」――そんな種々雑多な「釜ヶ崎のウワサ」を耳にしたことがある人も少なくないのではないか。

 そんな世間から“特殊な街”という印象を持たれている釜ヶ崎を舞台にした映画『月夜釜合戦』が、今春全国ロードショーされた。古典落語『釜泥』をベースに、釜ヶ崎の繰り広げられる騒動を描いた人情喜劇で、昨年ポルトガルで開催された「ポルト・ポスト・ドック国際映画祭」のインターナショナルコンペティション部門で、日本映画初のグランプリを受賞。同作は、映画ファンからも好評を得ており、今年3月東京公開含む2巡目の全国公開も行われている。

 同作の大きな特徴は、主人公を含め、釜ヶ崎に暮らす「女性」の姿がクローズアップされている点だ。先に記したように、釜ヶ崎から連想されるイメージは男性が中心にあるが、釜ヶ崎の女性たちは、いったいどのように生きているのか――今回、『月夜釜合戦』の監督・佐藤零郎氏と、女性ホームレスの研究を行う立命館大学産業社会学部准教授・丸山里美氏に話を聞いた。

 2005年から釜ヶ崎に関わり、野宿生活者の支援運動などを行ってきたという佐藤零郎氏は、確かに釜ヶ崎には、多くの人がイメージするように「圧倒的に女性が少ない」という。そんな中、なぜ『月夜釜合戦』で釜ヶ崎の女性を描こうと思ったのか。その背景には、「釜ヶ崎の再開発」があるそうだ。

「釜ヶ崎で生活をする中で、監視カメラの設置や露店の撤去、路上で暮らす人たちのテントが潰されるなど、野宿生活者や日雇い労働者を街から追いやるような動きを感じました。これは全世界的に見られる『ジェントリケーション』という現象で、アクセスがいい都心部の比較的地価が安い場所を再開発することにより、地価を上昇させ、その利潤を得るというものなのですが、僕は資本が利潤を得るために貧乏人が追い出されるなんて、大問題だと思い、対抗したいと考えたんです。いろいろ調べていくと、釜ヶ崎でジェントリケーションが起こったのはこれが初めてではないことがわかった。1970年に大阪万博が開催されましたが、60年代から日雇い労働の供給を増やすために、働き口のない地方の男性を釜ヶ崎に一挙に集め、その過程で地区内に占めるドヤの割合は増加し、単身男性の労働者向けの部屋になり、徐々にドヤは高層化・巨大化していきました。結果、地区内に家族層が暮らせるような家屋の割合は減っていき、女性や子どもが釜ヶ崎を後にしなくてはならない状況が生まれました」

 現在、釜ヶ崎の再開発に関して、自治体は「労働者の高齢化が進み、街が衰退していく。今のうちから、女性や子どもが住める街にしよう」と説明しているというが、「そもそも女性や子どもが住めない街にしたのは誰なんだ! と。『釜ヶ崎の歴史の中には、女性もいた』とことで再開発の欺瞞を映画で突きたくて、主人公を女性にしました。なので、『月夜釜合戦』は、特定の時代設定があるわけではなく、釜ヶ崎の“変遷”の厚みを凝縮して描いていると言えます」。

 『月夜釜合戦』の主人公・メイは私娼をしており、ほかにも釜ヶ崎のほど近くにある飛田新地の公娼・アケミが登場する。また出演シーンはわずかながら、路上生活者と思しきマッチ売りの老婆(マッチの火が消えるまでの間、股座をのぞくことができるという商売をする老婆)の姿もあったが、監督は彼女たちを「釜ヶ崎を女性の住める街にするという言説からは除外される、排除されんとする女性たち」として捉え、劇中に登場させたという。飛田新地で働く女性は現在も大勢存在しているが、私娼やマッチ売りの老婆は、すでに現在の釜ヶ崎では姿を見かけない女性たちだ。

「マッチ売りの老婆は、釜(ヶ崎)にいるおっちゃんに『おったぞ』という話を聞きましたし、また開高健氏の『日本三文オペラ』(角川書店/1950年代後半、大阪造兵廠跡のスクラップを狙う食いつめ者たちの集団・アパッチ族を描いた小説)にも登場し、そこから着想を得ています。大々的にこの商売をやっていたわけではなかったでしょうが、人目を避け、陰でこっそりそういった商売をして、生きていた女性が釜ヶ崎には存在した。今も表立っていないだけで、私娼もマッチ売りの老婆もいるでしょう」

 また、映画では直接的に描かれていなかったが、60年代に男性の街に変貌しつつあった釜ヶ崎には、「労働者」として働く女性もいたそうだ。

「土工と言って、現場の雑用をするといった仕事をしていた女性がいました。実際、炊き出しに並んでいる高齢の女性に『昔はどんな仕事をしていたんですか?』と聞くと、『日雇い労働していた』『飯場の飯炊きをやってた』という人に会うことがあります。しかし、産業の合理化……つまり、女性より男性の方が労働力になるからという理由で、それまで女性が担っていた仕事を男性が行うようになって、やはり釜ヶ崎から女性がいなくなっていったわけです。今も昔も変わらないのは、資本は利潤を追求するために、この街を都合よく利用してきたということです」

 それでは、近年の釜ヶ崎で、女性たちはどのように暮らしているのか。立命館大学産業社会学部准教授・丸山里美氏はまず、釜ヶ崎と一口に言えど、日雇い労働者の人たちが寝泊りし、路上で野宿する人の姿も見られるドヤ街と言われるエリアだけを指すときと、その周辺の貧困住宅地域や、ときにはほど近くにある飛田新地も含める場合があると指摘する。

「私も『月夜釜合戦』を見ましたが、主人公である女性は釜ヶ崎周辺で個人売春をしてお金を稼ぎ、近隣の安いアパートに住んでいるように思いました。60~70年代はこうした私娼の女性も釜ヶ崎にいたようですが、現在では見かけません。天王寺のあたりにはいるという話は耳にするのですが……。また、飛田新地で働いている女性は、現在、近隣ではなく別の場所に住んで通勤しているような印象もありますね。そして、少なくとも釜ヶ崎には現在、女性向けの日雇い仕事というものはありません」

 一方、釜ヶ崎の路上には、女性ホームレスも「ゼロではない」というが、その数は極めて少ないのではないかと、丸山氏は指摘する。

「そもそも一般的に、野宿者の女性の割合は全体の3%と言われていますが、恐らく釜ヶ崎ではその比率はさらに低いのではないでしょうか。いろいろと理由はあるものの、『女性にとって釜ヶ崎が暮らしにくい場所だから』だと、私は理解しています。釜ヶ崎は、そもそも男性の人口比率が圧倒的に多い街ですし、また野宿をする人向けの資源が揃ってはいるものの、例えばシェルターが雑魚寝タイプだったりなど、基本的に男性利用者を想定して作られているんです。それに、酔っ払ってちょっかいをかけてくる男性も多いですし、女性に対する暴力が蔓延している街でもあります。釜ヶ崎に限ったことではありませんが、女性ホームレスの3分の1が『DVから逃げてきたケース』という調査結果もあり、そういった女性にとって、男性の多い釜ヶ崎で暮らすことは耐えられないのではないでしょうか」

 中には、「女性だから優遇してもらえる面」もあるかもしれないというが、それでも釜ヶ崎のような男性社会で、女性ホームレスが生き抜くのは、やはり難しいのではないかと丸山氏は言う。

「今の釜ヶ崎に住んでいるのは、野宿をしている人、日雇い労働をしながらドヤ(簡易宿泊所)に暮らす人、地元の商店の経営者そこに勤めている人、そして福祉マンションとなったドヤに暮らす生活保護受給者だと思います。この生活保護受給者の男女比は、路上生活者の男女比と比べて、女性の割合が高いと感じますね。一度野宿した経験があって、生活保護を受給するという人には、釜ヶ崎は暮らしやすい資源がたくさんあるんです。福祉マンションもそうですが、ホームレスの支援団体も多く入っていますし、生活保護受給者を対象にした介護の事業もあります。野宿をしていた女性が支援団体とつながり、福祉マンションに入るというケースは、個人的によく見ています」

 丸山氏いわく、ここ最近の釜ヶ崎は、どんどん福祉化しているとのこと。一見、生活保護受給者の女性にとって、住みやすい環境と化す兆しがあると言えるかもしれないが、それは「一概には言えない。やはり、その女性それぞれだと思います」という。

「福祉の面でもそうですが、特にここ2~3年で、街自体も綺麗になった印象です。ただそれが、釜ヶ崎の女性にとって、ひいては釜ヶ崎の人にとって、『暮らしやすくなったのか』と言うと、それは断言できない面はありますね。泥棒市をやっていたり、薬物が取り引きされているといった話があったり、売春をしている女性がいたり……そういう“昔ながらの釜ヶ崎”でしか生きられないという人もいると思うんです。個人的に、女性にとって危険が多い街ではあるので、単純に『いいところですよ』と言いづらいところはありつつも、見方を変えれば、『さまざまな事情を抱えた人たちが暮らせる街』でもあると思います」

 2025年に、2度目となる大阪万博を控える中、街のクリーン化はさらに進んでいくことだろう。日雇い労働者の居場所となっていた「あいりん総合センター」(病院施設や市営住宅、また西成労働福祉センターと職業安定所といった労働施設のほか、日雇い労働者が求職活動を行う“寄せ場”の複合施設)も今年の3月31日で閉鎖となるなど、釜ヶ崎は今まさに大変貌の最中にあると言える。その中で、見えづらい存在である釜ヶ崎の女性たちは、どんな生活、心境の変化を感じるのか――今後も注視していきたい。

認知症患者のセクハラ対策は「虐待との線引き難しい」――介護事業者が語る葛藤と望み

 昨今、問題視されている「介護現場におけるハラスメント」。現場の声を取り上げた前編で、看護師のYさんが、「管理職の態度が重要」と指摘していたが、事業所側はセクハラの実態と対策をどう考えているのだろうか。比較的小規模で、面倒見が良いとして定評のある有料老人ホームに勤務するEさん、富裕層が入居する“高級有料老人ホーム”で働いていたKさん、グループホームを展開する事業所幹部のHさんに話を聞いた。

(前編はこちら)

「職員に病気であることの理解を促す」Eさん

40代女性。有料老人ホームの管理職

 私自身、セクハラされることがありますが、大きな声で「ダメ」と言います。双極性障害(躁うつ病)の方などだと、叩いてきたり、きついことを言ってきたりはしょっちゅう。目が合っただけでも怒られますが、病気なので、そうやってうっぷんを晴らせば治まります。管理職としては、職員に「病気であること」を理解してもらうように伝えています。薬で抑えることは、なるべくしたくないと思っているので、病気がひどくなっても、周りが温かい目で見守るしかないと思っています。

「ハラスメント対策は限界がある」Kさん

50代男性。有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の管理職を経て、現在は老人ホーム入居相談員

 ハラスメント対策をやっても限界があるでしょう。確かに、現場からはお客さまによるセクハラや暴言などの被害は上がってきます。しかし、結局お客さまのモラルの問題になります。もちろんあまり目に余るようだと、担当を替えたり、管理職から注意をしたりはしますが、そういった個別対応くらいしか対策はないでしょうね。

60代男性。グループホームを中心に、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)も展開する事業所幹部

 対策マニュアルの存在は知っていましたが、これまでじっくり読んだことはなく、今回、改めてマニュアルを読みました。セクハラは介護業界が抱える問題だとも言えます。職員にとって、お客さまがハラスメントをするのは、「自分たちが悪い。介護のプロとして能力があればかわせるはず」という自己反省につながりがちなんです。認知症の人からハラスメントをされるのは、人間関係が構築できていないからだと反省してしまう。

 まずハラスメントは、施設か在宅か、本人からか家族からか、認知症かそうでないか、とそれぞれ分けて考える必要があります。在宅は確かにセクハラが多い。相手のフィールドに行くわけですから、より大変です。AVつけっぱなし、なんていうことはザラにあります。でも訪問介護に2人で行くというのは、コストに見合わないでしょうね。

 グループホームは認知症の人の施設なので、これもまたセクハラだらけ。毅然とした態度を取ると言っても、「ダメ」と強く言うのと、虐待との線引きもまた難しい。

 いずれも大事なのは、自己反省ではなく、情報共有。在宅なら、ケアマネまで情報を上げる。ケアマネが機能していないと、泣き寝入りするしかないのですが、認知症ではない人からのセクハラがひどければ、ケアプランに基づく介護サービスを提供できないとして、サービス提供自体を断ることもすべき。あるいは、役所や地域包括支援センターまで投げ返す。利用者から叩かれるのなら、警察もありだと思います。

 グループホームなどの施設だと、ハラスメントを理由に入居者を退去させるのは難しいですが、これも共有が大事。担当者会議で情報を共有して、個別に対策を考える必要があります。

 認知症といっても、精神疾患の場合もあります。ハラスメントというレベルを超えると、暴力とみなして、対処を考える必要があります。介護職一人で引き受けさせてはいけない。逃げるとか、人を呼ぶことも場合によっては必要ですし、入居者を病院に移すことも考えなければなりません。

 いずれにしても、介護職が一人で抱え込まず、みんなで話せる環境づくりが重要。そのうえで医師や家族と相談するなどの対策を考え、予防策も取って、とことんやらないとダメだと思います。そこまでやらないと、家族も納得しませんし、職員による虐待につながったり、辞めることになったりするのです。

 いろんな問題が発生したときに、プロとして乗り切ろうとする気持ちは大切ですが、ハラスメントに関しては、スキルが足りないということで片付けては絶対にいけないと思っています。

 お話を聞いて、想像以上の実態に背中が寒くなると同時に、前編に登場した看護師Yさんの「セクハラは痴漢と同じ」という言葉が腑に落ちた。犯罪が蔓延している職場で誰が安心して働けるだろうか。

 今回の取材を通して、介護のスキル不足という自己反省もときには必要だろうが、不可抗力のハラスメントに対して介護職が反省する必要はない。声を上げて、組織として対策を考えてほしい。自分が被害者ではなくなっても、新たな被害者を生まないために。そんなことを思った。

 そして利用者側の視点から言っても、管理者は利用者だけでなく介護職も守るべきなのではないだろうか。職員を大切にする事業所なら、親を安心して任せられるという好循環が介護の現場に起こることを祈る。

モラハラ夫だった僕がそれに気づくまで――「加害者の共通点」とは

 農林水産省の元事務次官の熊澤英昭容疑者が44歳の長男を殺害した事件では、息子による家族への暴力が背景にあったと報道されている。悲惨なDV、虐待のニュースは後を絶たない。また、配偶者からのモラハラで苦しんでいる家庭は多いはずだ。しかし、その時「加害者側」は何を考えているのだろうか? モラハラ夫として妻に去られた経験から回復し、現在は日本家族再生センターでカウンセラーとして被害者、加害者双方の支援活動を行っており『DVはなおる 続』(ジャパンマシニスト社・味沢道明著)の共著者でもある中村カズノリ氏に話を聞く。今回のテーマは「加害者の共通点」について。

 

歯ブラシを濡らさない妻が気に食わない

――中村さんはモラハラの加害側の当事者でしたが、自覚はあったのでしょうか。

中村カズノリ氏(以下、中村)気づきながらも気づかないふりをしていた、という感じでした。危ないな、というのは自分の中で感じつつも出すことなんてできないし、それで周りに変な目で見られたくないと。

――交際の中で、もともと自分にそういう傾向があると思ったことはありますか?

中村 ありました。異常に嫉妬したりとか。相手の行動や価値観でおかしいと思うところは直すように言ったりとか。

――例えば相手のどういったことを直していましたか?

中村 歯磨きをする前に歯ブラシを僕は濡らしているんですが、元奥さんが濡らさないので、「なんで濡らさないの、おかしくない?」と。「おかしいだろ!」というきつい言い方ではないですが。自分と同じじゃないのが耐えられなくて。

――歯ブラシを濡らした方が歯磨き粉が泡立っていいだろうと。

中村 そうやって理屈っぽく言っていましたね。そういったことがほかにも広がっていきました。

――日常の箸の上げ方、下ろし方まで気になっていくと。相手にしてみたら勘弁してほしいですよね。歯ぐらい好きに磨かせろと。

中村 そういう日々が続くと向こうだって僕に対し険悪になっていきますよね。それを僕も察知して悪循環が続き、相手が何を話しても受け入れられなくなっていってしまったんです。

 どんどん歯止めが利かなくなり、最終的には感情に任せ、家の物を元奥さんの前で壊してしまいました。そこで元奥さんが出て行って、それでようやく、自分のモラハラに気づいたんです。

――物を壊したのはそのときが初めてでしたか?

中村 実際に壊したのは初めてでした。ですがそれ以前にも元奥さんの前で座布団を壁に投げつけたりとかはしていましたね。

――今の中村さんのお話や、『DVはなおる 続』内の加害者側の手記を見る長年家族に対しDV、虐待、モラハラをしている側の人たちにも共通しますが、自身の加害性に気づくのが「配偶者や子どもが家を出て行ってから」なんですよね。

 そうまでしないと気が付けないのかと、ぞっとしました。そうなると被害者側としては、我慢するだけ損だなと。

中村 そう思います。

 

虐待、DV、モラハラは「攻撃」ではなく「防衛」

――今の「歯ブラシ」の件もそうですが、本書の加害者の人たちの手記を見ると、自分たちは相手を「攻撃」しているのではなく、相手が不快なことをしているからそれを「防衛」していた、という主張が共通していましたね。

中村 はい。加害側にしてみればDVや虐待やモラハラは「攻撃」ではなく自分の心を守るための「防衛」なんです。

――怒らせるお前が悪いのだと。

 でも一方で、怒っているときに「怒らせるお前が悪い」という感情は、多かれ少なかれ誰でも持っている感覚ですよね。

中村 そうなんです。そこのセーフとアウトになるはっきりとした境界線はありません。条件がそろうことで攻撃力が上がってしまう。そのトリガーは人によってさまざまです。

――いわゆる「地雷」ですね。

――ほかのことで何か言われても受け流せるけど、この分野で何か言われたりからかわれたりしようものなら許せないのが「地雷」ですよね。

 生い立ち、容姿、学歴、優秀な兄弟と比較されること、健康面の問題、過去の大きな失敗や後悔、どうしてもできないことなど、地雷は人によりさまざまですが、大抵の人は多かれ少なかれありますよね。

中村 はい。ただ、加害の当事者は「地雷」が人一倍多いのだと思います。地雷は触れられたくない部分であり、自分で自分を認められていない部分とも言えます。

 先ほどの「歯ブラシに水をつけないなんて」も、地雷になってしまうんです。

――「歯ブラシに水をつけない」が「生い立ちを否定される」レベルでいらだつとなると、毎日カリカリ、イライラすることだらけで、加害側も相当生きにくいですね。

中村 「歯ブラシに水をつけない」は地雷のサイズとしては小さいのですが、一度地雷に着火すると、ほかの地雷を誘発してしまうんです。「そういえばあのときもああだった! あのときも! ムカつく!」と。そしてどんどん一人で炎上していってしまう。

――しかし度合いに差はあれど、人に腹が立った時に「あの人そういえばあのときもああだった、こうだった、やっぱりムカつく!」となるのって、結構普通ですよね。

中村 そうなんです。なので、DV、虐待、モラハラの加害者とそうでない人の間には、別に明らかな境界線があるわけではなく、程度の問題なんです。よって、何かのきっかけで「そちら側」に行ってしまってもおかしくない、地続きなものだと思います。

 

自分の地雷をあえて自分で踏んでしまうのはなぜ?

中村 そして、頭の中が地雷だらけな人は、自分の地雷を自分で踏み抜いて傷つく回数も多くなります。

 あくまで一例ですが「引きこもりの人は社会と接点を持っていなくて危ない」と言われがちですが、本人が快適に暮らせていれば別に問題はないんじゃないでしょうか。でも、それを引きこもっている本人が一番気にしてしまう。

――そこで本人が「このままじゃ自分はダメだ」と自分で自分を追い込み、Googleで「引きこもり ダメ」と調べ出し、情け容赦ない意見を見て落ち込んで、ますます気持ちは荒んで……というような。

中村 はい。それが自分で自分の地雷を踏むということです。 地雷が多いと、意識的、無意識的にもこういった選択をしてしまいがちになります。

――でも、何も引きこもりの人に限らず、多くの人が、自分の地雷を自分で踏んでいますよね。結婚しなきゃダメ、友達がいないとダメ、いいねをもっともらえないとダメ、痩せなきゃダメ、正社員にならないとダメ、ちゃんとしてないとダメだとか……。何もしなければそれなりに快適だった場所を、自分であえて不快にしてしまっている人は少なくないと思います。

 * *

「加害者側の頭の中は地雷でいっぱい」。冒頭で触れた元事務次官の父親に殺された44歳の長男も、SNSで非常に他者に攻撃的だったという報道もある。

 なにもこの長男に限らず、SNSでいつも怒っている人など普通によく見かける。そういう人たちの頭の中も、おそらく地雷まみれなのだろう。

 本人にしてみれば好きで怒っているのではなく、不愉快な現実や、時として現実ですらなく、自分の頭の中で作ったイメージという仮想敵に怒らされ続けている「被害者」なのだ。毎日怒り散らす本人もつらいだろうが、そういう人の周りにいる側とてたまったものではない。

 第2回では「DV加害者と被害者の共通点」について引き続き中村氏に問う。

(文/石徹白未亜 [https://itoshiromia.com/])

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

 

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介護職が明かす「パワハラ」「セクハラ」問題の今、「高齢者にも性欲を感じる権利がある」が……

 「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」をご存じだろうか。

 一般的な職場でのハラスメントには、大声で怒鳴ったり、長時間執拗に叱責したりするパワーハラスメントやモラルハラスメント、性的な嫌がらせをするセクシャルハラスメント、妊娠・出産を理由とする解雇・降格などのマタニティハラスメントがあるが、その舞台が「介護現場」となると、上司や同僚以外に、要介護の高齢者やその家族との関係も絡んでくる。さらに認知症などの病気も関係するので、ハラスメントの線引きや対策はより難しくなることは想像に難くない。

 冒頭のマニュアルは、平成30年度厚生労働省老人保健健康増等進事業において進められていたもので、有識者による検討委員会での議論を踏まえ、2019年3月に完成した。

 これは介護事業者に向けたもので、介護現場におけるハラスメントの実態や、事業者自身として取り組むべきこと、職員に対して取り組むべきこと、関係者との連携に向けて取り組むべきことが実践事例とともにまとめられており、4月には厚生労働省から介護事業者や市町村に対して周知するよう、事務連絡が発せられている。
【参考リンク】介護現場におけるハラスメント対策マニュアル

 繰り返しになるが、一般企業のハラスメント対策とは違い、介護現場でのハラスメントに関与するのは、認知症などを含む高齢者とその家族だ。しかも介護をするのは、施設内の個室や利用者の自宅など密室である場合が多く、ハラスメントが起きやすい状況もある。今回、ハラスメントの実態と対策の有効性について、実際に介護に携わっている介護職と介護事業者双方に話を聞いた。前編では、ケアマネジャーのNさん、有料老人ホームに勤務するOさん、リハビリテーション病院の看護師Yさんという“現場の介護職”の声を紹介しよう。

50代女性。介護療養型医療施設、特別養護老人ホーム(特養)を経て、現在はケアマネジャー

 介護療養型医療施設のケアワーカー時代、私も若く、また経験も浅かったので、ひどいセクハラに遭いました。患者さんの陰部洗浄をしていると「もっと優しくして」「ご主人とはどれくらいしてるの」といった言葉によるセクハラとか、入浴介助をしていると抱きつかれたり、「キスさせて」と迫られたりすることも、たびたびありましたね。ついには追いかけられ、じっと見続けられるといったようなところまでエスカレート。気持ち悪くて吐きそうになるし、恐怖もありました。でも相手は患者さん。私が未熟だからだと思って、ずっと耐えていたのですが、とうとう耐え切れなくなり、もう病院を辞めようと決心してその人を怒鳴りました。すると「そんなこと言わないで」と、セクハラがピタリとやんだんです。

 病院には、「適度なセクハラは患者さんの脳の活性化に良いので、ある程度は認めよう」という雰囲気があり、同時にセクハラを起こすような気持ちにさせないよう、上手にかわすのも仕事のうち、という考え方がありました。認知症の方が、朝からあそこをしごいていたので、上司に相談したら、「お菓子を持たせるなどして、気をよそにそらせるように」などとケアの一環として指導されたこともあります。でも私にはとても無理でした。実際毅然としたケアワーカーには、そういうことをしないんです。おとなしくて、仕事があまりできないようなケアワーカーを狙ってやる。わざといやらしい雑誌を置いて、反応を見て楽しむような。恥ずかしがってモジモジすると負け。ますますひどくなります。

 逆に特養では、そんな“元気”のある人はいませんでした。今は要介護3以上の人しか入所できませんし。だから特に対策もなかったですね。ヘルパー研修はありましたが、「高齢者にも尊厳がある。性欲を感じる権利もある。いけないことではない」と教わりました。

 現在はケアマネジャー(ケアマネ)として、自治体のヘルパー講習の講師も務めています。講習では、「必ず入口のドアを開けておきましょう」とか、朝から部屋でわざとAVを流している人には「消しますよ」と言って消すように指導します。恥ずかしそうに「ヤダー」とか言うのは、利用者を刺激させるのでダメです。今は私が新人だった頃と違って、触られそうになると叩き返したという若いヘルパーもいるようで、強くなったなと思います。

50代女性。訪問介護ヘルパーを経て、有料老人ホーム勤務

 訪問介護の利用者さんはほとんど女性だったので、セクハラは記憶にありません。パワハラはありました。でも「あんたなんか頼んだ覚えはない」などと言われるのは、認知症の症状の一つでもあるんです。新しく訪問介護に入った私の仕事ぶりをご家族が見張っていたこともあって、利用者さんは「こっちは金を払っているんだ」という意識が強いですね。

 そういう意識は、有料老人ホームでも強いです。介護職がちゃんと仕事をしているか、虐待をしていないか、チェックするために、監視カメラを部屋につけているご家族も少なくありません。いい気持ちではありませんが、同僚も「やましいことがないんだから、堂々として、見てもらえばいい」と言っています。

 でも、ハラスメントに関しては、特に有料老人ホームだと運営側が満床にしておきたいので、お客さまに「出て行って」とは言えません。お客さまへの接遇の方が重視されています。だから、介護職が自分で身を守るしかありません。研修でパワハラ、セクハラについて講義を受けることはありますが、対策をするとか、お客さまに向けて注意書きを貼ったり配ったりするということもないですね。介護職同士で話し合って、こうしようと対策を共有するくらいです。新人がやられることが多いと、男性が入るようにするとか。会社としての対策はありません。お客さまに自室でAVを流されたり、暴言、暴力を振るわれることも多いですが、これもかわすしかありません。お客さまを叱ることもないですし、何かを言ったとしても「こうしてください」程度で、きつい言い方はしません。それにもし叩いたりすると、高齢者はすぐにあざができるので、わかってしまうんです。あまりにもコールが頻繁だと、コールを外すことがあるくらいですね。

50代女性。療養型医療施設、訪問看護師、有料老人ホームなどを経て、現在はリハビリテーション病院勤務

 訪問看護では、言葉のセクハラはありましたが、こちらは看護師だし、向こうには家族もいるのであまりひどいものはありませんでした。精神疾患や反社会的勢力などの本当に危なそうな人のところには、一人ではいかないとか、年配の看護師が行くとかの対応はしていましたが、事業所としては2人で行くというのはコスト的に難しいでしょうね。

 現在勤務している回復期のリハビリ病院は、入院期間が長く、認知症の患者さんも多いので、環境としては高齢者施設と大差ありませんが、病院としての対策は以前からしっかりしています。そもそも高齢者はセクハラなんて言葉のない時代に生きてきた人だから、お尻を触るなんて当たり前。しかも病気で前頭葉の働きが低下している人なんて、昔は厳格だったという男性が「お姉ちゃん、●●さんを指名するにはどうしたらいいの?」とか、部下が見舞いに来ているのに「ズボンに手を入れて」と言ってきたり、枚挙にいとまがないほど。こっちは下の世話をしているのに、何を今さらみたいな感じですよ(笑)。

 病気のせいで、これまで理性で抑えていたものがなくなってセクハラをする人をやめさせるのは難しいですが、頭ははっきりしているのに故意にやる人には「家族に伝えます」と言います。さらにひどくなると、本人と家族に主治医や師長から、「今は時代が違います。職員も嫌がっているので、あまりひどいとここにはいられません」と厳重に注意します。セクハラをするのは痴漢と一緒。ターゲットとなるのは若い子です。相手を見極めてやっている。だから、担当を替えたり、役職者が注意すると、一定の効果は出ます。医師などは注意したあと、ちゃんとフォローもしてくれています。上に立つ人の態度が重要だと思いますね。ちなみに、男性介護職も看護師も、股間を触られたり、セクハラ発言をされたりというのはあるものの、女性従事者ほど同情されない傾向はありますね。

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 お話を聞かせてもらった全員が「ハラスメントの経験がある」と口を揃えた。介護現場のハラスメントはそれほど日常茶飯事ということだろう。後編では、事業所側がこの問題をどのように捉えているかについて注目したい。

(後編につづく)

秋篠宮家・佳子さま、ヒップホップダンサーの夢も? 弁護士に聞く「皇族の職業」問題

 昨年2月、長女の眞子さまが小室圭さんとの結婚延期を発表したことをきっかけに、国民からこれまで以上の注目を集めるようになった秋篠宮家。最近では、次女・佳子さまの動向がメディアに取り上げられることも増えており、今年1月には、郊外の公民館でダンススクールのレッスンを受けられていたと「女性自身」(光文社)が報じている。

 佳子さまといえば、学習院女子高等科在学中からヒップホップダンスに熱中され、同校の「八重桜祭」で「KYS」というユニットを組んでK-POPのダンスを披露されたことが一部週刊誌で報じられ、話題を呼んだこともある。大学進学後も、大学祭のステージなどに立つことはなかったようだが、密かにダンスは続けており、「自身」では皇室担当記者の「佳子さまはイギリスのリーズ大学で、パフォーマンス・文化産業学科の講義を受けられました。(中略)留学中に、佳子さまの『ダンサーになりたい』という情熱が再燃したのではないでしょうか」というコメントも紹介されているほどだ。

 しかしその半面、お母さまである紀子さまが、ダンスに熱中しすぎる佳子さまに苦言を呈されたという報道も見受けられる。「週刊文春」(文藝春秋)では、「(紀子さまは)HIPHOPのようなダンスは皇族にふさわしくないとのお考えがあり、過去には『やめなさい』と強く反対したこともあった」と伝えられており、これが紀子さまと佳子さまの間に溝を作っているとの見解も。

 皇族の趣味は、「皇族にふさわしい」ものでなければいけないのかと疑問が浮かぶとともに、佳子さまのダンサーの夢が事実であれば、果たして実現可能なのかも気になるところ。今回、皇室問題に詳しい弁護士X氏に話を聞いた。

 まず、皇族の趣味に関してだが、愛子さまが幼少期に熱中されていたという「相撲」、眞子さまが部活動で取り組まれていたという「スキー」に比べ、確かに佳子さまの「ヒップホップダンス」は「皇族の趣味としては意外」と感じる人もいるだろう。しかし一般的な若者の趣味とすればなんら違和感はなく、「皇族だからという理由で、趣味に何かしらの制限があるということはない」とX氏は断言する。

 一方で、ダンサーという職業に就くことは可能なのだろうか。上皇両陛下の長女である黒田清子さまは、学習院大学文学部を卒業後、公益財団法人山階鳥類研究所非常勤研究助手であったほか、例えば高円宮家の承子さまは、公益財団法人日本ユニセフ協会の常勤嘱託職員、三笠宮家の彬子さまは日本赤十字社の常勤嘱託職員として勤務されている。そんな中、佳子さまがダンサーの職に就き給与を得るのは、現実的なのだろうか。ひいては皇族は職業選択に制限があるのだろうか。

「少しざっくりとした回答になるのですが、佳子さまも含め皇族の方々は、皇族である限り“公務”から離れることはできないため、あまりにも忙しく、“世間的な職業”に就くことは事実上できない、というのが真実です」

 「皇族の方々は多忙」という話は少なからず耳にするが、「具体的にご公務というのは、新年祝賀や一般参賀、各種祭祀・儀式などの『宮中公務』、国民体育大会や国民文化祭、各種式典等へのご出席などの『行幸啓』、諸外国の元首等との親善などの『国際親善』など、さまざまなものがあります」という。

「これらを両陛下のみならず、秋篠宮さまご一家、三笠宮さまご一家、高円宮さまご一家などが行っておられるのですが、例えば、秋篠宮さまご一家(皇嗣殿下、皇嗣妃殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下)のご公務だけでも、今年1月から5月末まで190件近くあり(宮内庁発表)、佳子さまに限って言えば約50件(ご家族との同席も含む)あります。こうした多忙な状況において、朝に出勤して夜に退勤するというような“世間的な職業”ができるはずもありません」

 つまり、皇族方は、皇族としている限り、ご公務が仕事であり、「公益法人の理事長などに就任されてもいますが、あくまで名誉職です」とのこと。そのため、趣味が制限されるということはないものの、職業は制限されることになり、「佳子さまがダンサーという職業に就き収入を得る、というのはまずないでしょう」。

 しかし、清子さまが労働によって給与を得た史上初の内親王となったように、時代の移り変わりとともに、職業選択の幅が広がるといったことは考えられないのか。

「両陛下、皇族の方々に対し、日本国民が描く『皇室の方々はこうであってほしい』という“皇室像”が変わらなければ、皇族の方々が就職される職業の内容も変わらないのではないでしょうか」

 5月発売の「自身」では、ダンスを封印して初の海外ご公務を行うとも伝えられた佳子さま。職業にすることは現状難しいものの、佳子さまにダンスを続けてほしいと願っている国民も決して少なくないはずだ。

秋篠宮家・佳子さま、ヒップホップダンサーの夢も? 弁護士に聞く「皇族の職業」問題

 昨年2月、長女の眞子さまが小室圭さんとの結婚延期を発表したことをきっかけに、国民からこれまで以上の注目を集めるようになった秋篠宮家。最近では、次女・佳子さまの動向がメディアに取り上げられることも増えており、今年1月には、郊外の公民館でダンススクールのレッスンを受けられていたと「女性自身」(光文社)が報じている。

 佳子さまといえば、学習院女子高等科在学中からヒップホップダンスに熱中され、同校の「八重桜祭」で「KYS」というユニットを組んでK-POPのダンスを披露されたことが一部週刊誌で報じられ、話題を呼んだこともある。大学進学後も、大学祭のステージなどに立つことはなかったようだが、密かにダンスは続けており、「自身」では皇室担当記者の「佳子さまはイギリスのリーズ大学で、パフォーマンス・文化産業学科の講義を受けられました。(中略)留学中に、佳子さまの『ダンサーになりたい』という情熱が再燃したのではないでしょうか」というコメントも紹介されているほどだ。

 しかしその半面、お母さまである紀子さまが、ダンスに熱中しすぎる佳子さまに苦言を呈されたという報道も見受けられる。「週刊文春」(文藝春秋)では、「(紀子さまは)HIPHOPのようなダンスは皇族にふさわしくないとのお考えがあり、過去には『やめなさい』と強く反対したこともあった」と伝えられており、これが紀子さまと佳子さまの間に溝を作っているとの見解も。

 皇族の趣味は、「皇族にふさわしい」ものでなければいけないのかと疑問が浮かぶとともに、佳子さまのダンサーの夢が事実であれば、果たして実現可能なのかも気になるところ。今回、皇室問題に詳しい弁護士X氏に話を聞いた。

 まず、皇族の趣味に関してだが、愛子さまが幼少期に熱中されていたという「相撲」、眞子さまが部活動で取り組まれていたという「スキー」に比べ、確かに佳子さまの「ヒップホップダンス」は「皇族の趣味としては意外」と感じる人もいるだろう。しかし一般的な若者の趣味とすればなんら違和感はなく、「皇族だからという理由で、趣味に何かしらの制限があるということはない」とX氏は断言する。

 一方で、ダンサーという職業に就くことは可能なのだろうか。上皇両陛下の長女である黒田清子さまは、学習院大学文学部を卒業後、公益財団法人山階鳥類研究所非常勤研究助手であったほか、例えば高円宮家の承子さまは、公益財団法人日本ユニセフ協会の常勤嘱託職員、三笠宮家の彬子さまは日本赤十字社の常勤嘱託職員として勤務されている。そんな中、佳子さまがダンサーの職に就き給与を得るのは、現実的なのだろうか。ひいては皇族は職業選択に制限があるのだろうか。

「少しざっくりとした回答になるのですが、佳子さまも含め皇族の方々は、皇族である限り“公務”から離れることはできないため、あまりにも忙しく、“世間的な職業”に就くことは事実上できない、というのが真実です」

 「皇族の方々は多忙」という話は少なからず耳にするが、「具体的にご公務というのは、新年祝賀や一般参賀、各種祭祀・儀式などの『宮中公務』、国民体育大会や国民文化祭、各種式典等へのご出席などの『行幸啓』、諸外国の元首等との親善などの『国際親善』など、さまざまなものがあります」という。

「これらを両陛下のみならず、秋篠宮さまご一家、三笠宮さまご一家、高円宮さまご一家などが行っておられるのですが、例えば、秋篠宮さまご一家(皇嗣殿下、皇嗣妃殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下)のご公務だけでも、今年1月から5月末まで190件近くあり(宮内庁発表)、佳子さまに限って言えば約50件(ご家族との同席も含む)あります。こうした多忙な状況において、朝に出勤して夜に退勤するというような“世間的な職業”ができるはずもありません」

 つまり、皇族方は、皇族としている限り、ご公務が仕事であり、「公益法人の理事長などに就任されてもいますが、あくまで名誉職です」とのこと。そのため、趣味が制限されるということはないものの、職業は制限されることになり、「佳子さまがダンサーという職業に就き収入を得る、というのはまずないでしょう」。

 しかし、清子さまが労働によって給与を得た史上初の内親王となったように、時代の移り変わりとともに、職業選択の幅が広がるといったことは考えられないのか。

「両陛下、皇族の方々に対し、日本国民が描く『皇室の方々はこうであってほしい』という“皇室像”が変わらなければ、皇族の方々が就職される職業の内容も変わらないのではないでしょうか」

 5月発売の「自身」では、ダンスを封印して初の海外ご公務を行うとも伝えられた佳子さま。職業にすることは現状難しいものの、佳子さまにダンスを続けてほしいと願っている国民も決して少なくないはずだ。