ネットのおかげで「ここには何もない」感覚が薄れる――山内マリコ×笹井都和古が語る、地方と消費

 作家・山内マリコさん(38)と笹井都和古さん(25)が考える「地方と東京」に迫った前編。後編はさらに、笹井さんの著書『県民には買うものがある』(新潮社)で重要なテーマとして描かれる「SNS」や「消費活動」について語り合った。

物を手に入れても“乾いている”ネット通販

――笹井さんの著書『県民には買うものがある』(新潮社)で描かれる世界は、SNSやネットと密接につながっているのも印象的です。ネットで県外の情報が簡単に得られるようになったことは、“県民”に何らかの変化をもたらしましたか?

笹井都和古さん(以下、笹井) 私の下の世代は特にそうだと思います。よくインスタグラムで女子高生のプリクラを見るんですけど、どこに住んでいる子かわからないんです。みんな一緒で、同じものを持っているから。ネットで見たものをすぐに買える、ネット通販ができるのは大きいですね。だから「ここには何もない」という感覚はないかな。でも、ネットで買うのってなんか違いますよね。

山内マリコさん(以下、山内) 東京にいてもネットで服買っちゃうけど、なんか違うよなあと思う。

笹井 魅力が半減するというか……。小学5年生の時、家族旅行で東京に行って渋谷の109-2で買い物をしたんですが、その時「私はイケてる!」ってすごく思ってました。学校ではイケてる感じじゃないけど、東京で買い物をすることにより、「私は今、イケてる!」って。同じ洋服は滋賀県でも買えるけど、東京で買ったものって特別だと思いましたね。そういう輝きが、ネット通販にはないのかも。

――“物を手に入れる=満足”ではないんですね。

笹井 家で物を受け取ったときは満足してるけど、実際に東京へ行くと、全然違うなあと。わかった気になっていたってことに、東京へ行くまで気づけなかったです。今の中高生は、代引きでネット通販できるのが当たり前だから、そもそも東京に行きたい気持ちが薄い気がします。インスタグラムで見て「この店に行きたい」と思うことはあるかもしれないけど、似たような店は地方にもあるし。大阪の都心部に引っ越してから近所のカフェに行くと、平日なのにものすごい混んでるんですよ。こういうところには、都会の不便さを感じましたね。

山内 都会こそ、ネットで買い物しないと生活が回らない。田舎はスーパーとドラッグストア、ショッピングモールを回ればだいたい必要なものが揃うけど、都会は「あれってどこに売ってるんだろう?」って迷子になる。ホームセンターは都心にないし。田舎の方がその点すごく便利だし、物欲を満たしてくれるおしゃれな郊外の店も増えたけど、やっぱり車で大型店舗を回って用事を済ませる生活には、情緒的な物足りなさを感じてしまう。うーん……。

笹井 実家にいるとき、「ZOZOTOWN」のダンボールがえらいことになったことがありました。“買う体験”ってなんなんでしょう。ネットで買うとバーチャル的で、手元にあってもバーチャルに感じます。店で買う感覚とまったく違う。ネット通販は“乾いている”感じがします。

山内 でも、ユニクロで両手がふさがるほど大量買いしたときも、乾いてない?

笹井 確かに。絶対に必要なものを買ったときは乾いていますね。

山内 潤いになり得る買い物って、無駄なものを買ったときなのかもね。無駄は人生の宝……。

――『県民には買うものがある』の収録作「シー・イズ・メイ」では、Twitterが物語の核となり、登場人物を動かしています。お2人がTwitterを始めたのはいつでしたか。

山内 私は2010年。

笹井 私も2010年、高校2年生の頃です。その時はまだガラケーで、「yubitter」というサービスを使ってました。高校時代は、もうずーっとTwitterを見てました、移動教室の時とか。高校時代の思い出が“Twitterの画面”と言っても過言ではないほどです。私も「シー・イズ・メイ」に登場する“メイちゃん”のように、友達がいない高校時代を過ごしていたので、文章だけで笑わせるツイートを投稿してました。生み出した別人格が、よりどころになっていたように思います。

山内 現実の自分のキャラに満足していないと、余計にやりがいがありそう。友達が多いリア充の子はTwitterとかやっていましたか?

笹井 中学の頃から、ヤンキーもガラケーで個人ホームぺージを作っていた時代だったんですよね。今日の出来事を羅列して、日記を書いていたような。ヤンキーがネットで幅を利かせていたので、非リア充が黎明期のTwitterに逃げた感じです。その後、大学に入るとリア充もTwitterをやり始めて……そうなるとこっちは、アカウントを分けるようになりましたね。

山内 今、何個ぐらいアカウントあるの?

笹井 10個くらいです。

一同 えーーーー!?

笹井 作家の名前と、リアル用と、リアルの中でも“厳選”した人たち用と、オタク用と、グッズ取引用と……。

――何のオタクなんですか?

笹井 「A3!」という、イケメン育成アプリです。

山内 完全に未知の世界だ……!

笹井 高校時代は「mixi」もまだ活気があって、人と出会ったりしてました。本当に、表題作通りの展開です。

山内 mixiとは書いてないんだけど、「これ、mixiのことだ!」ってすぐわかりました。私、一番思い入れあるSNSはmixiだから(笑)。笹井さんは、1994年生まれということは2000年代前半に小学生だったってことですよね。デジタルネイティブというか、SNSネイティブ。それが小説にもすごく表れてました。

――「mixiで人に出会う」というのは、友達づくりですか?

笹井 いえ、友達は学校にいるし事足りてるんで、その友達と盛り上がって、一緒に男の人を探したりしていました。多分、すっごく暇だったんです。恐怖心は少しだけありましたが、友達とキャッキャしながら、「こんな返事来たよ」「えー、会いなよー」「会ってみようかなあ」なんて報告し合うのが楽しかったですね。

山内 抵抗感のなさ(笑)。

――山内さんはmixiに愛着があった一方、笹井さんはTwitterをよく利用されていたようですが、どんな情報を得ていたんですか?

笹井 最初は元から知っている友達とつながって、徐々に何でつながったのかわからない子とつながりだして、最終的に、Twitterばっかりやっている“ツイ廃”みたいなユーザーをよく見ていました。朝起きたら「むくり」とつぶやくような人です。あとは「京都でイベントしてます!」みたいな、バンドマン界隈の人たちともつながったんですが、嫌な感じの人もいましたね。

 わたしはサブカル系でもないし、ファッションにこだわりもないから、そういう男性たちに、すごく舐められている感じがあったんです。アイコンを見た段階で「こいつは違うな」ってはじかれるというか。アイコンの雰囲気から、“品定め”されている感じがありました。

――そういう男性にとっての“正解”の女性のアイコンって、どんなものですか……?

笹井 モノクロで遠くから自分を捉えている感じとか、映画のワンシーンとか、映画『レオン』のマチルダとかですかね。

山内 へぇ〜マチルダのスタイルアイコンぶり、すごいな。サブカルは死んだけど、マチルダだけは時代を超えて生きてる(笑)。

――Twitterで出会った人と、恋愛として関係を深めることはありますか。

笹井 Twitterで出会った人といい感じになったことはありますが、よかったかと聞かれたら、どうなんだろう……。恋愛じゃなく、一夜限りだったとしても、Twitterでその人の中身を見た上で行為に及ぶのって、なんだかスッキリしない感じがします。実際に会う前から「この人、こんなこと考えてるんだ」とわかってしまうって、あまり健全ではないですよね。

山内 人ってリアルとTwitterで全然違うしね。私はmixiでSNSのいろはみたいなものを学んで、あんまり消耗しないよう距離とってたりするけど、笹井さん世代は青春真っただ中にSNSを全力でやって、SNSに適応しつつ、でもやっぱりけっこう摩耗してるんだなぁと、『県民には買うものがある』読んでて思いました。pixivにはpixivのすり減り方があるってこと、知らなかった。これが今の、地方都市の青春なのか〜と。すごく面白かったです。
(番田アミ)

■山内マリコ(やまうち・まりこ)
1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2008年「 女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、 2012年刊行のデビュー作『ここは退屈迎えに来て』は、 2018年に映画化された。 主な著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『 さみしくなったら名前を呼んで』『パリ行ったことないの』『 かわいい結婚』 『東京23話』 『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』『あのこは貴族』 『皿洗いするの、どっち? 目指せ!家庭内男女平等』 『メガネと放蕩娘』 『選んだ孤独はよい孤独』 など。 最新刊は短編小説&エッセイ『あたしたちよくやってる』。

■笹井都和古(ささい・とわこ)
1994年滋賀生まれ、滋賀育ち。京都精華大学人文学部中退。2016年「県民には買うものがある」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」友近賞を受賞。ドラえもんとハムスターがすき。
『県民には買うものがある』試し読みはこちら

眞子さまの一生台無しに……皇室ウォッチャーが「小室圭さんとの強制破談はない」と見るワケ

 昨年2月、宮内庁から「2020年までの結婚延期」が発表された秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さん。延期の背景には、小室さんの母・佳代さんが元婚約者との間に抱える“借金問題”が関係しているようだが、いまだ結婚への具体的な話は進んでいないように見える。そんな中、6月21日、ポーランドとフィンランドへの公式訪問前の記者会見に臨んだ秋篠宮ご夫妻が、眞子さまの結婚の見通しについて、「娘から話を聞いていないので、どのように今なっているのかわからない」と発言。世間からは「結婚をめぐって、親子の仲に溝ができているのではないか」「このような状況では破談も近い」といった声が飛び出す中、皇室ウォッチャーX氏は、秋篠宮さまの発言をどう受け止めているのか、また結婚問題はどのような決着を迎えると考えているのか。話を聞いた。

――秋篠宮さまの「娘から話を聞いていないので、 どのように今なっているのかわからない」というご発言について、率直な感想をお教えください。

皇室ウォッチャーX氏(以下、X) 「肩すかし」という印象が強かったですね。週刊誌やテレビ、新聞の関係者は、事前に宮内記者から「結婚問題」についての質問が出ることを把握していたそうなので。世間的にも、昨秋のお誕生日会見時のような踏み込んだご発言(「私は今でも二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をするべきだと思います」「やっぱり多くの人がそのこと(結婚)を納得し、喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません」など)があるかと期待していたのではないでしょうか。

 そもそも秋篠宮さまは、会見の数週間前には質問をご確認になっていたそうですし、その中に、結婚の見通しについての箇所があることも了承されていたはずです。今回のご発言には、逆に深い意味が込められているのかと勘繰ってしまいました。

――ネット上では「親子断絶ではないか?」「まるで他人事」といった声も散見されました。

X 他人事のような言いようだとは感じましたが、親子断絶までとは言えないと思います。眞子さまはご両親と公務にお出ましになるなど、お仕事の面ではコミュニケーションを取られているはずです。ただ、小室さんとの結婚に関しては、世間からのバッシングも当然ご存じでしょうし、家庭内で話題を出しづらい状況なのだと思います。それに加えて、秋篠宮さまは昨秋のお誕生日会見で、小室さんに対して“やるべきこと”をおっしゃっているわけですから、あえて親子間で結婚問題を話題に出す必要性がないということなのかもしれません。

――小室さんは昨年8月から米フォーダム大学へ留学しており、現在は夏季休暇中とのこと。眞子さまとのご結婚のために、“やるべきこと”をしているのでしょうか。

X 秋篠宮さまは、「金銭トラブルの解決」と「国民から祝福される状況にすること」を小室さんに求められています。そこで彼は、母親の元婚約者に対して、話し合いの機会を持つために文書を送付していますが、元婚約者側がなかなか動かない状態で膠着しています。そういった意味では、小室さんは、すでに現状できることを行動に移しているとも言えます。ただ、婚約内定者という身でありながら、夏休みに帰国しないのは問題だと思います。日本でこれだけ批判されている状況もあるので、一旦帰国して、トラブルの進捗状況や留学の近況などを秋篠宮さまに直接お会いして報告するのが筋でしょう。その辺りはまだ不誠実な対応だと感じます。

――小室さんに不信感を募らせる国民からは、「秋篠宮さまが強制破談させるべきでは」といった厳しい声もありますが。

X 秋篠宮さまは小室さんとの結婚に反対のようですし、かつ強制的に破談させられないわけではないでしょうが、実際に行うとは思えません。というのも、秋篠宮さまが眞子さまの意思を尊重する方だからです。ご自身も紀子さまとも大学で出会い、自らの意思で結婚されたように、眞子さまにもお見合いなどではなく、ご自分で選ばれたお相手と結婚してほしいとの思いがあるのではないでしょうか。さらに秋篠宮さまも、そのことを了解した手前、いまさら破談させることはできないとお考えだと思います。これまでずっと、娘を信頼し、彼女の意思を尊重し続けてきたからこそ、眞子さまのお気持ちに従われるでしょう。眞子さまが今の状況を見て、今後どうするのかの判断を下されるのを待っておられると思います 。 

――眞子さまの結婚問題は、どのような結末を迎えると思いますか。

X 今年中の決着はないでしょうね。以前にも話しましたが、今年は即位関連の儀式があるので。もっと言えば、 来年中に決着するのも疑わしくなってきました。金銭トラブルの解決に向けての話し合いが一向に進まず、一方、先日の北欧訪問前の会見で秋篠宮さまは、「眞子さまからのアクションを待っている」ようでしたし、ご自分からは動かない意思を見せられたからです。ヘタをしたら、小室さんが留学から帰国した後に、やっと話が動き始める可能性すらあります。

 個人的には、これだけ批判されている小室さんとの結婚には賛成できません。しかし、眞子さまのお気持ちや今後のことを考えたら、1億5000万円程の一時金を辞退してもらうなどの条件付きで結婚していただくべきなのかもしれません。大学時代からずっとお付き合いされ、20代の大半を小室さんに捧げてきた眞子さまからすれば、どうしても彼と結婚したいはず。もしここで破談になれば、ほかの相手が見つかる保証はないですし、一生が台無しになる可能性があります。秋篠宮さまも眞子さまの意思を尊重されるスタンスなので、税金から捻出される一時金を辞退して国民の怒りを抑えることで結婚される形が、眞子さまにとって一番いい形だとも考えられるでしょう。

ギャルもサブカルも“田舎”へ吸収される――山内マリコ×笹井都和古対談「地方出身女の生き方」

 2016年度、新潮社が主催する「女による女のためのR-18文学賞」にて、芸人・友近が選出する「友近賞」を受賞し、今年3月に刊行された『県民には買うものがある』(新潮社)。表題作では、滋賀県の片田舎に住む女子高生の、性やSNSでのコミュニケーション、そして消費活動に対する葛藤が、身につまされるほど克明に描かれている。まさに“県民”の気持ちを代弁したかのようなこの作品に、読者からは共感の声が多数寄せられていた。

 作者は、滋賀県出身の笹井都和古さん(25)。彼女の作風は、これまで誰も描かなかった地方の“くすぶり”を見事に言語化した小説『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)の作者・山内マリコさん(38)に影響を受けているという。滋賀と富山、地方出身の2人から見た都会とは――。

東京よりも、「まずは京都」の選択肢

山内マリコさん(以下、山内) 今年3月に笹井さんのデビュー短編集『県民には買うものがある』が発売されましたね、おめでとうございます! さっそく拝読しましたが、やっぱり表題作がダントツで好きでした。

笹井都和古さん(以下、笹井) ありがとうございます!

山内 表題作は滋賀で書いていたんですか?

笹井 そうです。大学4年生のとき、体調を崩して休学していて、ずっと家にいる時期があって。そのときに『県民には買うものがある』の表題作を書きました。これまであったことを書いた、という感じです。

山内 作者の出身地でもあるし、何より主人公のバックボーンがすごく書き込まれているから、「この子は本当に“ここ”にいるんだろうな」とひりひり感じさせる小説でした。今も滋賀に住んでるんですか? それとも上京した?

笹井 実は今年3月に大阪で一人暮らしを始めたんです。東京はお金がかかるイメージがあるから、あんまり……。あと、東京と大阪に、あまり違いを感じていないです。大阪の都心部に引っ越したので、もう都会に飽き始めている部分もありますし。都会はすごく疲れる、ということに気づきましたね。

――山内さんが出身地である富山県を出たのはいつですか?

山内 18歳で富山を出て大阪の大学に進学しました。私も「東京にめっちゃ行きたい!」とは思わず、「浪人するのもイヤだから大阪でいい」という感覚で。でも、その大学周辺が自分の地元以上の田舎で、まわりは古墳だらけ。卒業と同時に東京に行く人も多かったけど、やっぱり「私はいいや」と、適度に都会な京都に移りました。3年半いて、結局物足りなくなって、25歳で上京。

――笹井さんは、京都の大学に進学されたんですよね。

笹井 本当は高校から京都に行きたかったんですけど、滋賀県内の高校に受かったので、そっちに行きました。高校で京都に出ていく子たちは、滋賀県内の高校に通っている私たちと、知っていることやしゃべる言葉が違うんです。落ち着いていて、必死さがなくて、冷めている感じというか。私もそれに憧れて、そうなりたかったんですけど、高校3年間は滋賀から出ず……。それで、大学は念願の京都に進学して、“いい感じ”になりました。

山内 いい感じ、とは(笑)?

笹井 私は美大の中の「人文学部」に通っていて、周りは美大生だけど、私の学部だけは“普通の私立文系”って感じで、茶髪のDQN(ドキュン)も結構いて。そういう私たちの学部と美術系の学部は雰囲気がまったく違って、特にグラフィックデザインを専攻している子はかわいくてオシャレでしたね。そんな学校の友達から「人文学部っぽくないな。デザイン学部っぽいやんか」って言われたら……なんかこう、「ウフフ」ってなっていましたね。「えー、そうかなあ?」みたいな。これが、“いい感じ”です(笑)。

山内 自分の属性に“ホクホク”してたんですね。

笹井 そうです。美大生じゃないけど美大に通ってる、私! って感じで、ホクホクしてしまう……。Twitterのプロフィールで現在地を「京都」にしてましたね、滋賀に住んでいるのに。でも、同じように属性にホクホクしている人が大学にはいっぱいいることにも気づいて、「うわあ……」って引いちゃって。それから、「あんまり言わんとこう」と思いました。

――自分がいる“地元”と”東京”の違いを意識し始めたのはいつ頃でしたか? やはりネットの影響が大きいのでしょうか。

笹井 山寺宏一さん司会の『おはスタ』(テレビ東京系)を見ていたときですね。放送が終わると、出演者の女の子たちが、「行ってきまーす!」と言って学校に行くのを見て、「東京って感じ!」と思いました。「東京だと、テレビ出演してから学校へ行けるんだ」みたいな。あとは、夏休みに見る『笑っていいとも!』(フジテレビ系)ですね。「“アルタ前”って何!?」という驚きがありました。

山内 やっぱりテレビで気づきますよね。富山はそもそもテレビのチャンネル数が少なくて、『ドラえもん』が日テレ系で放送されてるんです。テレ朝の顔なのに(笑)。大阪に行ってから「あれ? もしかして……?」と気づきました。あとは雑誌の存在がすごく大きかった。好奇心を満たしてくれるものは雑誌しかなかったですね。地元で普通に楽しく生きてるし、まったく過不足なく便利な生活なんだけど、雑誌をめくると、この世界がすべてではないことが載ってて、むしろここはマイナーなんだと突きつけられる。

 でもそんなマイナーな地方都市こそが、日本の国土の9割を占めてるんだってことを明かしたのが、ネットなんじゃないかな。私は大阪、京都、東京といろんな都市に移り住む中で、地方が特殊な生活圏なんだと気づいたのですが、その気づきを唯一共有できたのがネットだったんです。「田舎=稲が青々として茅葺き屋根がある里山的な桃源郷のイメージだけど、現実はこうだからな」と、チェーン店の看板が並ぶ国道沿いの写真がアップされていて。デビュー作の執筆中にまとめサイト的なやつでそれを見て、自分の現状認識は間違ってないんだと確信を深めていきました。街ってあまりにも当たり前にあるから、住んでる人たちは相対化しづらい。差異に気づくのは、ほかの街を知ってて比較ができる、“越境経験者”なんですよね。

――そうした違和感を感じなかった人が、地元で生き続けるんでしょうか。

山内 上京してきた人は、地元で普通に幸せに生きてる人を不思議がるけど、こっちが“異端”なんだと思います。自分にとっての“普通”は、県外に出て、そこから好きな仕事に就くことだったけど、少なくともクラスの半数は、18歳の時点で地元を選んでいるし、Uターンも多い。うちは兄が地元派ですが、本当に真逆のタイプ。同じDNAで同じ環境で育ったのに、なぜこんなに志向が違うのか、こればかりは本当にわかりませんよね。

笹井 私は、学生時代の文化的意識の違いかなと思ったこともありましたが、そうでもないですよね。学生時代にサブカル系だった子も、地元にとどまったりするし。

山内 これは我々の永遠のテーマですね。ずっと考えて書き続けるしかないです。ただ確実に言えるのは、こっちが傍流なんだってこと。

――地元で幸せに暮らしている人は、そうした問題を抱えず、満たされた生活をしているんでしょうか。

山内 それは本人たちに聞いてみないとわからないけど、性質に合ってる場所で生きていることはたしかですよね。能町みね子さんが『ドリカム層とモテない系』(ブックマン社)という著作で、まさにそういう地元で幸せをつかむタイプの女子を見事に分析しているのですが、地元が居心地いい子は、必要以上の刺激を求めておらず、前例がないことはやりたくない、冒険を好まない性質だと書いてあって。逆に私たちモテない系は無駄に刺激を求めて冒険に出がちなので、保守的な感覚が理解しづらいというのはありますね。とにかく、私および都会で人生を謳歌しているタイプの女性は、実はそこに入れなかったアウトローなわけで……だから、こっちの問題です(笑)。

――周りの変化に気が付くきっかけとして“同窓会”があると思うのですが、出席したことはありますか?

山内 作家デビュー後に中学の同窓会に出席したけど、同級生は男子も女子も本当に変わってなかったですね。「そのままだ!」ってちょっと面食らったほど。一方私は、中学の自分と今では、完全に別人なんです。あの頃、自分がどういう人間だったかわからないレベルで。

 ただ、変わった方が偉いのではなく、私は中学時代、自分のことをあまり好きじゃなかったから、“変わりたい”という気持ちがあって外に出たんです。でも彼らはきっと当時からそんなこと考えてなくて、変わる必要もなかったし、変わることを望んでもいなかったんだと思います。振り返れば中学時代、私が自分の内面にぐちゃぐちゃ悩んでいる時、彼女たちにはそういう素振りがなかったんですよね。あれって今風に言えば、“自己肯定感”が高かったってことなのかも。私は20代ずっとモラトリアム期間みたいなものだったけど、彼女たちはそんなのすっ飛ばして、迷いなく大人になって結婚してるのかな〜と。

笹井 地元にいた時、「大人になっても独身の女性」が周りにいなかったんですよ。そういう存在って“ファンタジー”で、私も将来は結婚して子どもを産むものだ、と思っていました。でも今、自分がその“架空の人物”になりつつあります(笑)。

――「結婚して子どもを産んで家を持つ」という道から逸れて、迷ってしまうことはないのでしょうか。

山内 迷うけど、なった方が道だから、自分の道を生きるしかないかな。私みたいにもともとメインストリームから外れてる人間が、無理して王道を行こうとすると、絶対ケガするし(笑)。笹井さんは、この先の人生をイメージすると、どうありたい?

笹井 結婚願望もないし、子どもも欲しいと思わないですね。私たち世代に共通しているかもしれないけど、「今が楽しければいい」と刹那的に生きている気がします。

山内 周りに結婚・出産した人はいる?

笹井 結婚式に呼ばれないレベルの、SNSで知るレベルの友達はいます。赤ちゃんの写真を見てかわいいと思うけど、自分が欲しいとは思わないですね。

山内 この先、年齢によって状況や気分は変わっていくでしょうけど、それも全部、書いてほしいですね。
(番田アミ)

(後編に続く)

■山内マリコ(やまうち・まりこ)
1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2008年「 女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、 2012年刊行のデビュー作『ここは退屈迎えに来て』は、 2018年に映画化された。 主な著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『 さみしくなったら名前を呼んで』『パリ行ったことないの』『 かわいい結婚』 『東京23話』 『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』『あのこは貴族』 『皿洗いするの、どっち? 目指せ!家庭内男女平等』 『メガネと放蕩娘』 『選んだ孤独はよい孤独』 など。 最新刊は短編小説&エッセイ『あたしたちよくやってる』。

■笹井都和古(ささい・とわこ)
1994年滋賀生まれ、滋賀育ち。京都精華大学人文学部中退。2016年「県民には買うものがある」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」友近賞を受賞。ドラえもんとハムスターがすき。
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『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』劇場公開!! 佐川一政が再会を願った女優・里見瑤子との20年

 パリ人肉事件を起こした佐川一政の近況を追ったドキュメンタリー映画『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』が7月12日(金)より劇場公開される。ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門審査員特別賞を受賞したものの、衝撃的な内容から国内の配給会社はどこも手を出さず、日刊サイゾーの兄弟サイト「TOCANA」が配給することになった、いわく付きの問題作だ。

 全編、ほぼ佐川一政と脳梗塞で倒れた兄の介護に努める弟・純さんしか登場しない静謐さを極めた作品だが、ピンク映画界で長く活躍する女優・里見瑤子が後半から姿を見せる。寝たきり状態が続く佐川にとっては、まさに神々しさを感じさせる女神のような存在となっている。実は里見にとって佐川と映像作品で共演するのは、これが2度目だった。20年間にわたる佐川との不思議な関わりを、里見に語ってもらった。

<佐川純さんへのインタビューはこちらから>

 里見は、ピンク映画界では、出演作140本を超えるベテラン女優として知られている。高取英が演出する『聖ミカエラ学園漂流記』などの舞台にも出演。また、今春公開されたドキュメンタリー映画『新宿タイガー』では、新宿きっての名物男・新宿タイガーから「あなたは女神だ、天女だ」と酒の席で称賛される様子が映し出されていた。女優・里見瑤子は、マイノリティー界の人々を魅了するものを持っているようだ。

「大変な映画好きで有名な新宿タイガーさんにあんなふうに持ち上げられると、『女優って、すごい職業なんだな。観た人を元気づけられる、素晴らしい仕事なんだな』と思えてきますよね。あくまでも私個人じゃなくて、女優という職業が──ですが(笑)。マイナーな世界を扱うことなしに、ピンク映画はありえないでしょうね。大学生だった私がピンク映画に出ることになったのは、小林悟監督との出会いでした。小林監督が撮った映画は卑猥だという理由で警察官にスクリーンを破かれ、裁判騒ぎになり、後に“ピンク映画”と呼ばれるようなったんです。その話を知って、『ピンク映画ってかっこいいな、小林監督と一緒に仕事したいな』 と思ったんです。それからピンク映画に140本ほど出ていますが、ピンク映画界では200~300本出ている人も少なくないので、私なんかまだまだ(笑)。予算はないけど、スタッフとキャストが知恵と汗を絞って撮り上げるのがピンク映画。それが楽しいんです」

 問題作『カニバ』を撮ったのは、ハーバード大学感覚民族誌学 研究所に所属するフランス人学者であり、映画作家でもあるヴェレナ・パラヴェルと、同研究所に勤めるディレクターのルーシァン・キャステーヌ=テイラーの2人。“ピンク四天王”として活躍した佐藤寿保監督の作品を観て、ピンク映画のアバンギャルドさにハマり、佐藤監督が撮った日仏合作映画『眼球の夢』(16)のプロデュースも2人は手掛けている。

「ヴェレナとルーシァンはピンク映画に興味があったようですが、カニバリズムについての作品も考えていて、世界中のカニバリストの中で唯一会うことができるのは佐川一政さんだけだったことから、日本に取材に来たようです。でも、佐川さんは脳梗塞で倒れてからは体調がすぐれず、口数も少ない状況。それでヴェレナたちが佐川さんに『何かしたいことは?』と尋ねたところ、私と会いたいと話したそうなんです。そのことを佐藤監督から聞いて、まずはヴェレナたちに会って、佐川さんとの出会いを話すことにしたんです」

 里見は、佐川とは20年前に会っていた。しかも、それは高槻彰監督の『実録SEX犯罪ファイル』という1998年にリリースされたアダルトビデオ作品の撮影現場で、2人は共演者として邂逅していた。今回の『カニバ』の中で佐川が若い女性を相手にベッドや浴室で絡む映像が挿入されているが、編集で顔が映らないようになっているその若い女性こそが、里中ゆりという名義で出演していた20年前の里見だった。

「当時の私は、ピンク映画とかアダルトビデオとかの違いがわからずに仕事していたんです。高槻監督からは『ちょっと変わった作家、一夜を一緒に過ごし、3回絡みがある』という条件を事前に説明されて出演しました。私はパリで起きた事件のことを知らずに、佐川さんのアパートを訪ねたんです。そこで映画の話をしたり、『今度食事に行きましょう』 みたいなおしゃべりをして過ごしていたんですが、途中で高槻監督が事件被害者の女性の写真を取り出して、『それでも映画を観に行けますか? 一緒に食事に行けますか? 絡み、できますか?』と私に訊くわけです。意地の悪い企画ですよね。佐川さんとの絡みですが、ご両親が近くに暮らしていて、撮影があることを話していなかったみたいなんです。いつも家族そろって食事をしていた佐川さんがアパートから出てこないことを心配して、ちょうど絡みのときにドアのチャイムが鳴ったりして、その後もうまくできなかった記憶があります」

 このときの体験は、2人にとって大きな意味を持つものとなる。里見はドキュメンタリー性の強いアダルトビデオから、脚本があり、役を演じることが前提であるピンク映画へと路線を定め、それまでは出演するメディアごとに変えていた芸名を里見瑤子で統一するようになる。女性に対してコンプレックスを長年抱いていた佐川にとっても里見は忘れられない女性となり、しばらくは交流が続いたという。

「その頃の佐川さんは交友関係が広くて、芸能人みたいにきれいな女性をよく連れていました。恒例のバーベキュー大会を開いていましたし、ほかの女友達と一緒に日光まで旅行したこともあります。そのときは、ドキュメンタリー監督の森達也さんが同行していて、カメラを回していました。森さんが撮った映像が作品になったかどうかはわかりません。佐川さんとはそんな感じの交流が一時期ありましたが、特にケンカ別れしたとかではなく、なんとなく疎遠になっていったんです。『カニバ』の撮影は久々の再会でした」

 里見はヴェレナとルーシァンの両監督に、佐川との出会いやアダルトビデオ≒ドキュメンタリーの撮影現場での思い出が彼女にとって決していいものではなかったことを懸命に語ったという。2日間という短い日数だが、『カニバ』の撮影に参加。だが、完成した『カニバ』を観て、『実録SEX犯罪ファイル』の映像が使われていたことに里見は驚く。

「顔は映っていませんが、すぐにこれは自分だとわかりました。両監督から使用するための承諾を求められたか? いいえ、それはないです。女優って、監督や脚本家と違って、出演作に対する著作権がないんです。『実録SEX犯罪ファイル』としての映像が使われているのではなく、佐川さんがビデオ作品にかつて出ていたことを伝えるためにたまたま選ばれた作品なんだと私は思っています。だから、私の顔を見せないようにしているんじゃないでしょうか。友達からは言われます、『嫌な作品は断ればいいのに』と。でも、私にはそれができないんです。オファーされた作品は、すべて受けるようにしています。断るのは、スケジュールが合わないときだけ。自分から『こんな作品に出たい』とアピールすることもしません。仕事を選ぶという発想が私にはないんです」

 久々に再会した佐川とは会話を続けることが難しかったので、里見が佐川をスケッチするなど、絵でのコミュニケーションを図ったという。両監督が用意したメイド服に着替えることには抵抗を感じたが、メイド服姿になった里見は佐川を車椅子に乗せ、近くの公園へ連れ出すことにも成功した。どんなオファーが来ても、全身で対応してみせる女優・里見瑤子。包容力、懐の深さを感じさせる。

「私自身は、包容力なんて、ないんですけど(笑)。3~4週間ほどですが、ストリップ劇場で踊り子をしたことがあります。踊り子がショーを見せるステージとは別に、劇場の一角に“ぬきぬきルーム”という部屋があって、そこで踊り子とは違う女の子たちが男性客を相手にサービスをしているんです。おじさんたちはうれしそうな顔で、部屋に向かうわけです。そんなおじさんたちを相手にしている女の子たちはミューズだなぁ、女神だなぁと感じます。決して、お金だけじゃないと思うんです。踊り子がステージで脚を広げていると、おじいちゃんが『ありがたや』と手を合わせて拝んでいるわけです。その姿にはウソはないと思いますし、そんな女優と観客との一対一の関係性こそが大切なんじゃないのかなって私は思うんです。佐川さんが私のことをどう思ったのかは、全然わかりませんけど」

 女優・里見瑤子が、やはり女神に思えてくる。佐川はそんな女神に救済されることを、ずっと待ち望んでいたのではないだろうか。

(取材・文=長野辰次)

『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』

監督・撮影・編集・製作/ヴェレナ・パラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー

出演/佐川一政、佐川純、里見瑤子

配給/TOCANA  R15+ 7月12日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国ロードショー

(c)Norte Productions,S.E.L

https://caniba-movie.com

遺族は“顔写真の入手”に傷ついている――被害者支援の弁護士が語る「マスコミの問題点」

 5月28日、神奈川県・川崎の登戸駅付近で、スクールバスを待っていた小学生らが、男性に相次いで刺され、小学6年生の女子児童と保護者の男性が死亡、17人が負傷するという「川崎殺傷事件」が起こった。

 この痛ましい事件は、多くの人々にショックを与え、ネット上では、亡くなられた被害者への哀悼や加害者男性への強い憤り、事件の真相解明を求める声などが飛び交ったが、その中で「マスコミ批判」も過熱。加害者男性の名前が公表される前に、被害者の実名が報じられたことをきっかけに、「それより加害者のことを知りたい」「被害者の実名や経歴、人となりを報じる意味は?」「被害者の気持ちをもっと考えるべき」といった声が巻き起こり、「被害者の実名や顔写真を出すな!」といった主張も散見された。

 これまでも、被害者やその家族が報道自粛をする中、マスコミが強引な取材やプライバシー侵害にあたるような報道を行ったとして、「被害者報道の在り方」が議論されることはたびたびあった。そんな中、ここ数カ月の間に起こった「池袋暴走事故」(4月19日)、「大津園児事故」(5月8日)でも、同様の議論に発展、マスコミの取材や報道の仕方が疑問視されることが続いており、現在あらためて事件や事故を取材・報道するマスコミの姿勢が問われているのだ。

 今回、「被害者報道」の現状と課題に、報道サイド/被害者支援サイド双方の視点から考えていく。後編では、日弁連犯罪被害者支援委員会、NPO法人神奈川被害者支援センターにて、被害者支援に携わってきた武内大徳弁護士に話をお聞きした。

 武内氏は、1999年から被害者支援に従事している。この被害者支援とは、具体的に、犯罪被害者参加制度(殺人や傷害、業務上過失致死傷など、一定の犯罪の被害者やその家族、および委託を受けた弁護士が、刑事裁判に直接参加することができる制度)での支援、刑事手続きの流れの説明や法廷への付添支援などだが、事件・事故発生後に被害者側のもとに駆け付け、マスコミの取材対応を行うこともあるという。

(前編:川崎殺傷、池袋・大津事故――「被害者報道」めぐるマスコミ批判に、報道記者はどう答える?

――川崎殺傷事件で、被害者の実名、顔写真が報じられたことに対し、ネット上で多くの批判が巻き起こりました。

武内大徳氏(以下、武内) 私の所属する神奈川県弁護士会では、川崎市中1男子生徒殺害事件が起こった2015年と、座間9遺体事件が起こった17年に、被害者のプライバシー尊重を求める会長談話を発表しています。中学生でも理解できる平易な文章で、被害者報道とプライバシーの問題について述べているもので、多くの反響をいただきました。これまでも弁護士会の有志と、報道機関の有志がこの問題について意見交換を行っているのですが、現状「なぜ犯罪の被害に遭うと、プライバシーが開かれてしまうのか?」という問いに対しての理論的な説明は、いまだ為されていないと感じます。

 例えば「被害者の実名報道は、人々に強い衝撃を与え、社会をよりよくするための議論を呼ぶ」「ひいては国民にとっていいことである」という意見もよく耳にしますが、それってつまり「ここに道路を作ると、社会にとっても、国民にとってもプラスになるから、あなたの家を取り壊しますね」と言っているようなものではないか……と。「公共性の利益」という理由では、人々は説得されなくなってきていると思います。

――それでもやはり、報道の精神として「実名報道」は絶対とする関係者はいます。

武内 しかし、性犯罪の被害者に関しては、すでに匿名報道が行われているのです。「社会をよりよくするために」というのであれば、性犯罪の被害者がどれだけつらい目に遭っているかは、世の中に伝えなくてもいいのか? と感じてしまいます。もちろん、実名かつ顔写真を報じる方がインパクトはありますし、人々の「かわいそう」という気持ちを呼び起こすであろうことも理解できます。しかし、「やめてほしい」という遺族の申し出を無視してまですることなのかと、疑問は抱いてしまいますね。

――ほかにも問題だと思う報道はありますか。

武内 ある殺人事件の被害者報道では、亡くなられた男性のご家庭が母子家庭で、生活が厳しく、一時期、生活保護を受給していたことが、「美談仕立て」で報じられたこともありましたが、なぜ被害者になった途端、そこまで世間にさらされなければいけないのかと思いました。人々が関心を寄せるような形にして報じるのがマスコミの仕事かもしれませんが、もう少しご遺族の気持ちを考えるべきなのではないでしょうか。

――では、「取材方法」についてはどうでしょうか。川崎殺傷事件のマスコミ取材において「問題がある」と感じた点なありますか。

武内 川崎殺傷事件では、小学6年生の女の子が亡くなられましたが、翌朝の各メディアで、お父様の「今日は勘弁してほしい」「今日は妻を一人にすることはできない」というコメントが報じられました。事件が起こったその日の夜、お父様に「今日は勘弁してほしい」という対応を強いていること自体、普通の感覚であれば、「おかしいのではないか」と感じるものです。「勘弁してほしい」という言葉には、「許してほしい」という謝罪のニュアンスも含んでいる印象もあります。メディアとして速報性が要求されるとしても、事件当日の夜にまで、ご遺族のコメントを取る必要性はあるのだろうか、本当に国民が求めている情報なのかを考え直すべきではないかと思いました。

――ほかにも、ご遺族がマスコミの取材や報道に対し、傷ついていることはありますか。

武内 顔写真の入手や掲載についてです。マスコミが被害者の顔写真を、学生時代の同級生などから入手することがあるのですが、ご遺族にとってみれば、「自分たちの知らない間に、一体誰が?」と強い不信感を抱き、嫌な思いをされることがよくあります。

――マスコミ側からすると、ご遺族に「顔写真をください」と訪ねていくことの方が配慮に欠けると思っているのかもしれません。

武内 いや、「どうせ使うのであれば、この写真をつかってほしい」と思われているご遺族は少なくないですよ。速報性を求められ、他社との競争がある中で、記者の方が葛藤されている面はあると思います。個人的な心情としては被害者の方の葬儀にまで取材に行きたくない、けれど、もし自分が行かなかった葬儀で、突然記者会見が開かれ、他社の記者が参加していたらどうしよう……などと葛藤するのではないでしょうか。ただ私は、その場に我々のような代理人が入ることで、問題は解決すると思っています。

 代理人がご遺族とマスコミの間に入り、コメントや顔写真の手配・提供などを行う――例えば、記者がご自宅の周りを取り囲んでいる状況のとき、ご遺族に「何か一言でもコメントを出せば、この状況はちゃんと落ち着きます」と助言し、もしコメントが得られれば、「コメントを出すから、解散してほしい」とマスコミ側に伝えて、発表する。そうすれば、マスコミが直接ご遺族にコメントや顔写真をお願いすることはなくなりますし、取材時のトラブルはかなり回避できるのでは。もちろん、ご遺族が「コメントは出さない」と言えば、無理強いはしませんが、「突然のことで何をコメントしていいかわからない」ということなら、「それをそのままコメントにしましょう」と提案します。弁護士が事件発生直後からご遺族を支援する仕組みは、ご遺族側のご負担を軽減させるだけでなく、マスコミ側にとっても助かるものだと思いますし、もっと広めていきたいです。

――ネットの意見を見ると、「マスコミが被害者側を虐げている」「マスコミ=悪」と考える人も少なくありませんが、代理人はあくまで「双方にとって何がベストか」を考える立場なのですね。

武内 私は、こういったマスコミ対応を「交通整理」「状況のコントロール」と言っているのですが、「取材は一切お断り」とするのも上手なやり方ではないと思います。記者の方たちは何か情報をつかんで社に持ち帰らなければいけないですし、もしご遺族の取材は一切NGとすると、今度は近隣の方や同じ学校の生徒、職場の同僚など、周辺取材が激化してしまい、新たなトラブルが起こる可能性もあります。

――ネット上では、「被害者報道」自体の必要性について議論する向きもあります。

武内 「被害者報道はいらない」という論調は危険です。もし被害者が、加害者を長年DVで苦しめ続けてきた人物だとしたら、それでも実名報道は必要ないと思いますか? また、もし国会議員が刺されたりしたら、歴史的事実として記録しなければいけませんし、実名で報じるのは当然でしょう。「被害者」などと、大きな主語で議論を行うのは大変危険だと感じます。さらに、事件発生直後は「何も考えられない」という状態だったご遺族の方も、時間がたつにつれて、犯人の逮捕や、裁判の開始、判決が出たタイミングで、「私たちの気持ちも知ってほしい」と思うことがあります。その声を多くの人たちに届けるのはマスコミの仕事です。

――今、被害者報道が注目されていますが、今後の課題についてどう思われますか。

武内 かつて、マスコミによる被害者報道をめぐっては、取材方法にしても、報じられ方にしても、もっと大雑把なものだったと思います。しかし今では、インターネットを通じて、被害者側が声を上げることができるようになったので、問題視されだしたのだと思います。一方、そのネットの発達が、被害者側の負担になるケースもある。ネットのない時代は、実名報道されても、後になってその情報を調べることはなかなか難しいことでしたが、今はネットで検索すると、すぐに名前が出てくる。アーカイブの質が激変し、誰でも簡単に過去の情報にアクセスでき、しかもそれが消えないのです。今、被害者報道が注目を浴びているのは、こうした背景があると見ています。

 私の今後の課題としては、先ほども言っていたように、被害者側に、無料で弁護士がつくという制度の存在をもっと世に広めること。一方、取材サイドに関しては、今回のような取材依頼が来ること自体が「変わっていっている兆し」とも受け止めています。また、実際に「実名を出さずに済む場合は匿名で」というケースも出てきましたし、相模原障害者施設殺傷事件では、警察がご遺族の意向などを理由に、19人の犠牲者を匿名で発表する対応を取りましたが、各社それぞれ実名か匿名かを検討し、「ネットの記事、第一報以外には実名を載せない」などの対応を取ったと言います。マスコミ側にもっと報道の在り方――「なぜ報じるのか」という点を考えていってほしいと願っています。

武内大徳(たけうち・ひろのり)
弁護士。神奈川弁護士会。1999年から被害者支援に携わる。著書に『犯罪被害者等基本計画の解説』(番敦子氏、佐藤文彦氏との共著/ぎょうせい)などがある。

“パパ活”アイドル・まろか、批判にも「言ってろ」「なにが悪いの?」――本音に直撃

 すっかり聞きなれたワードとなった“パパ活”。若い女性がご飯やお小遣いなどを目的に男性と出会うことを意味しています。今では“パパ活”専用のマッチングアプリが登場しているほど広まっていますが、「援助交際なんじゃないの?」「危なそう」という声が上がっているのも事実。

 パパ活って実際のところどうなの? と疑問に思った編集部は今回、“パパ活”を公言しているグラビアアイドル・まろかさんに会ってきました。まろかさんは、1990年10月29日生まれの28歳。職業はグラビアアイドル。日本テレビ系トークバラエティ『女が女に怒る夜 くりぃむ上田vs怒れる女芸能人たちの発散トークバラエティ』でパパ活を公言し話題に。“じいや”と呼ぶ67歳のパパがいることを明かしました。

――パパ活を始めようと思ったきっかけは、なんですか?

まろか 実は、「パパ活を始めよう!」と思って始めたわけじゃないんです。お友達の紹介で年上の方たちと食事に行っていたんですけど、周りから「それってパパ活だよね?」と言われて「あ、そうなんだ~」みたいな。

――気が付いたらパパ活だった、という感じなんですね!

まろか そうですね(笑)。実際にパパ活をしてる子たちも、「サポートしていただいてる」くらいの気持ちで、パパ活をしているという認識はあまりないんじゃないんかな? 

――『女が女に怒る夜』(日本テレビ系)に“パパ活女子”で出演されていましたが、反響はありましたか?

まろか 私がパパ活してるのを知っている子たちからは、「面白かったよ~」的な反応はありましたけど、ほかの子からは触れにくいのか何も言われませんでした(笑)。でも、番組内容から“お金持ちの友達が多い”と思われたのか「紹介して!」という連絡はくるようになりました。紹介して面倒なことになったら嫌なので、紹介はしません(笑)。

――パパ活には賛否両論ありますが、批判についてどう思いますか?

まろか うーん……「言ってろ」って感じですね! メンタルは強いタイプなので、特に気にしていないです。パパ活って、お互い合意の上で成立している関係なのに、「何が悪いの?」って純粋に思います。

――ここからは、より詳しくパパ活について伺っていきたいのですが……。パパにお小遣いをもらう際、具体的にどうもらっているんでしょうか?

まろか 私の場合は会うたびにいただく感じではなくて、例えばカードの明細をスクショでパパに送って「どうしよう~こんなに使っちゃった~」って相談して、その分を振り込んでもらったりしてます。自分から「お金ほしい!」とは言いませんね。その場でいただくときは、「寿」とか書いてあるご祝儀袋などで渡してもらってます(笑)。あとは、私が席を離れたときに、バッグの中に入れておいてもらうとか。

――なるほど……。パパとは、どういうところで出会うんでしょうか?

まろか 人それぞれ出会い方は違うと思うんですけど、友達の紹介や、マッチングアプリが主だと思います。でも、マッチングアプリにもいろいろあるので、しっかり見極めてから使った方がいいと思います。自分を守れるのは自分だけなので、自衛の意識をしっかり持って、アプリの安全性はとことん調べた方がいいですね。

――最近「LOVE&(ラブアン)」というマッチングアプリを見つけたのですが、まろかさん的にどうですか? 女性も男性も本人証明の提出が必須なので、安心して始められるみたいです。

まろか え~、女性は完全無料なんですね。すごく良くないですか? 

――登録している男性の年収は1000万~2000万円が平均だそうです。中には年収10億円の人もいてビックリしました。

まろか 10億!? すごい! ぜひお会いしてみたいですね……(笑)。でも、そこまでいくと「嘘じゃないの?」って疑いたくなります(笑)。

――それが、「LOVE&(ラブアン)」には“認証マーク”があって、本人証明を提出した人には“本認証”、収入証明を提出した人には“収入証”のマークがつくんです。ちなみに、その10億円の人はどちらのマークもついていました!

まろか じゃあ10億円は嘘じゃないんですね! これ、女性は画像だけじゃなくて動画で自己紹介できるのが新しいですね。男性の気持ちを考えたら、動画でしゃべってる姿とか動いてる姿を見れた方が「実際に会ってみたら全然違った!」ってならなそう。「LOVE&(ラブアン)」は比較的安全そうだし、男性の収入レベルも高いし、パパ活だけじゃなくて婚活にも使えますね。友達と一緒に登録しようかな?

(取材・文=ヨコシマリンコ)

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“パパ活”アイドル・まろか、批判にも「言ってろ」「なにが悪いの?」――本音に直撃

 すっかり聞きなれたワードとなった“パパ活”。若い女性がご飯やお小遣いなどを目的に男性と出会うことを意味しています。今では“パパ活”専用のマッチングアプリが登場しているほど広まっていますが、「援助交際なんじゃないの?」「危なそう」という声が上がっているのも事実。

 パパ活って実際のところどうなの? と疑問に思った編集部は今回、“パパ活”を公言しているグラビアアイドル・まろかさんに会ってきました。まろかさんは、1990年10月29日生まれの28歳。職業はグラビアアイドル。日本テレビ系トークバラエティ『女が女に怒る夜 くりぃむ上田vs怒れる女芸能人たちの発散トークバラエティ』でパパ活を公言し話題に。“じいや”と呼ぶ67歳のパパがいることを明かしました。

――パパ活を始めようと思ったきっかけは、なんですか?

まろか 実は、「パパ活を始めよう!」と思って始めたわけじゃないんです。お友達の紹介で年上の方たちと食事に行っていたんですけど、周りから「それってパパ活だよね?」と言われて「あ、そうなんだ~」みたいな。

――気が付いたらパパ活だった、という感じなんですね!

まろか そうですね(笑)。実際にパパ活をしてる子たちも、「サポートしていただいてる」くらいの気持ちで、パパ活をしているという認識はあまりないんじゃないんかな? 

――『女が女に怒る夜』(日本テレビ系)に“パパ活女子”で出演されていましたが、反響はありましたか?

まろか 私がパパ活してるのを知っている子たちからは、「面白かったよ~」的な反応はありましたけど、ほかの子からは触れにくいのか何も言われませんでした(笑)。でも、番組内容から“お金持ちの友達が多い”と思われたのか「紹介して!」という連絡はくるようになりました。紹介して面倒なことになったら嫌なので、紹介はしません(笑)。

――パパ活には賛否両論ありますが、批判についてどう思いますか?

まろか うーん……「言ってろ」って感じですね! メンタルは強いタイプなので、特に気にしていないです。パパ活って、お互い合意の上で成立している関係なのに、「何が悪いの?」って純粋に思います。

――ここからは、より詳しくパパ活について伺っていきたいのですが……。パパにお小遣いをもらう際、具体的にどうもらっているんでしょうか?

まろか 私の場合は会うたびにいただく感じではなくて、例えばカードの明細をスクショでパパに送って「どうしよう~こんなに使っちゃった~」って相談して、その分を振り込んでもらったりしてます。自分から「お金ほしい!」とは言いませんね。その場でいただくときは、「寿」とか書いてあるご祝儀袋などで渡してもらってます(笑)。あとは、私が席を離れたときに、バッグの中に入れておいてもらうとか。

――なるほど……。パパとは、どういうところで出会うんでしょうか?

まろか 人それぞれ出会い方は違うと思うんですけど、友達の紹介や、マッチングアプリが主だと思います。でも、マッチングアプリにもいろいろあるので、しっかり見極めてから使った方がいいと思います。自分を守れるのは自分だけなので、自衛の意識をしっかり持って、アプリの安全性はとことん調べた方がいいですね。

――最近「LOVE&(ラブアン)」というマッチングアプリを見つけたのですが、まろかさん的にどうですか? 女性も男性も本人証明の提出が必須なので、安心して始められるみたいです。

まろか え~、女性は完全無料なんですね。すごく良くないですか? 

――登録している男性の年収は1000万~2000万円が平均だそうです。中には年収10億円の人もいてビックリしました。

まろか 10億!? すごい! ぜひお会いしてみたいですね……(笑)。でも、そこまでいくと「嘘じゃないの?」って疑いたくなります(笑)。

――それが、「LOVE&(ラブアン)」には“認証マーク”があって、本人証明を提出した人には“本認証”、収入証明を提出した人には“収入証”のマークがつくんです。ちなみに、その10億円の人はどちらのマークもついていました!

まろか じゃあ10億円は嘘じゃないんですね! これ、女性は画像だけじゃなくて動画で自己紹介できるのが新しいですね。男性の気持ちを考えたら、動画でしゃべってる姿とか動いてる姿を見れた方が「実際に会ってみたら全然違った!」ってならなそう。「LOVE&(ラブアン)」は比較的安全そうだし、男性の収入レベルも高いし、パパ活だけじゃなくて婚活にも使えますね。友達と一緒に登録しようかな?

(取材・文=ヨコシマリンコ)

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川崎殺傷、池袋・大津事故――「被害者報道」めぐるマスコミ批判に、報道記者はどう答える?

 5月28日、神奈川県・川崎の登戸駅付近で、スクールバスを待っていた小学生らが、男性に相次いで刺され、小学6年生の女子児童と保護者の男性が死亡、17人が負傷するという「川崎殺傷事件」が起こった。

 この痛ましい事件は、多くの人々にショックを与え、ネット上では、亡くなられた被害者への哀悼や加害者男性への強い憤り、事件の真相解明を求める声などが飛び交ったが、その中で「マスコミ批判」も過熱。加害者男性の名前が公表される前に、被害者の実名が報じられたことをきっかけに、「それより加害者のことを知りたい」「被害者の実名や経歴、人となりを報じる意味は?」「被害者の気持ちをもっと考えるべき」といった声が巻き起こり、「被害者の実名や顔写真を出すな!」といった主張も散見された。

 これまでも、被害者やその家族が報道自粛をする中、マスコミが強引な取材やプライバシー侵害にあたるような報道を行ったとして、「被害者報道の在り方」が議論されることはたびたびあった。そんな中、ここ数カ月の間に起こった「池袋暴走事故」(4月19日)、「大津園児事故」(5月8日)でも、同様の議論に発展、マスコミの取材や報道の仕方が疑問視されることが続いており、現在あらためて事件や事故を取材・報道するマスコミの姿勢が問われているのだ。

 今回、「被害者報道」の現状と課題に、報道サイド/被害者支援サイド双方の視点から考えていく。前編では、大手マスコミの報道記者であるA氏に話をお聞きした。

――ネットを中心に「被害者報道の在り方」を問う声が過熱しています。この現状について、どのように感じますか?

A氏(以下、A) 匿名の人がネット上で意見を言うことが当たり前になった今、「被害者の実名を報じるな」などの声が出ていることはもちろんわかっています。しかし報道記者として……もっと言うと“報道の精神”として「実名報道」というのは原則です。

 記者にもよると思うのですが、私はこの仕事を「歴史を記し、後世に伝えていく仕事」だと考えています。極端な例になりますが、安土桃山時代の関ヶ原の戦いで、当時10代だった小早川秀秋が石田三成を裏切り、徳川家康に寝返ったという話は、歴史上の出来事として広く知られていますよね。それは「小早川秀秋」という実名だからこそだと思うのです。例えば、「10代の武士」としか記録されていなかったら、日本の歴史上、大きな影響を及ぼしたこの戦いの真相を知ることはできなかったはずです。

――ほかにも、「実名報道の意義」について、思うところはありますか。

A 私は、「報道とは世の中に議論を起こすためのもの」だとも思っています。例えば、池袋暴走事故でも、被害者の実名と顔写真が出ましたが、もし「30代の女性と3歳の娘さん」としか伝えられなかったら、もちろん皆さん「かわいそうに」とは感じるものの、高齢者の免許返納問題がこれほど議論されることはなかったのではないでしょうか。

 事件や事故が起こった際、ネットでは「被害者の実名や顔写真を出す意味がわからない」と怒る人もいますが、こうして報じられたからこそ、被害者母子への「かわいそう」という気持ちがさらに強くなり、高齢者の免許返納問題について考えなければいけない機運が高まったと、私は理解しています。

――池袋暴走事件では、亡くなられた被害者女性の夫が会見を開き、顔写真の公開を行いましたが、それも「さまざまな議論がなされ、少しでも犠牲者がいなくなる未来」を考えてのことと、お話されていました。

A 旦那さんは、弁護士の方と一緒に考え、会見を開いてくれたのではないかと思っています。

 なお、池袋暴走事件に関しては、事故が起きた日の夜、旦那さんの話を聞きたいと、記者たちがご自宅の前に集まっていました。旦那さんの立場としては、我々の取材は「過熱しすぎである」と思われて当然だと思いますが、しかしそれでも、我々はご遺族に真摯に向き合い、二度とこのような事故がないように、どうすればいいのかを考えるため、取材させていただきたいという思いを持っていたのです。

――「実名報道をやめてほしい」というご遺族の方に対して、どう向き合うべきだと思いますか。

A ご遺族の気持ちを考えたら、亡くなられた家族の実名や顔写真が出ることを「やめてほしい」と思う方がいるのは当然です。もし自分が同じ立場だったら、嫌だと感じるでしょう。それでも、やはり「実名報道は原則」を我々は忘れてはいけないと思います。我々は、ご遺族の方に対して、最大限「なぜ実名報道をしなければいけないのか」という理由を申し上げる。その努力をするべきだと感じています。ただ晒したいから、実名や顔写真を報じているということは絶対にありません。川崎の事件で亡くなられた男性は外務省職員で、実名や顔写真以外に、どのような仕事をしていたかについても詳しく報じられていましたが、それは男性が“確かに生きていた“ということで、その人生を奪ったことが、どのような意味であるかを世の人に考えてもらいたいと思うわけです。逆に……全てが隠されている方が違和感などを感じてしまうところもありますね。

――「違和感」というのはどういうことでしょうか。

A 「亡くなられたのは30代の男性」だけしか報じられないと、何か隠されているのではないか……と感じてしまうのではないでしょうか。例えばアメリカだと、加害者や被害者だけでなく、事件・事故の目撃者のインタビューでも実名かつ顔出しなんです。文化の違いもあるでしょうが、「隠す理由がない」のであれば、実名は原則であるべきだと感じます。

――被害者報道の在り方については、長年議論されていることですが、“変わってきた”と感じる点はありますか。

A 昔に比べると、被害者やそのご家族に配慮した報道にはなってきていると思いますし、いまこうして議論が再燃している中、テレビや新聞各社は、あらためて「実名報道の意義とは」「取材方法に間違いはなかったのか」と話しているのではないでしょうか。例えば、葬儀の取材はご遺族が最も嫌がられるものだと思います。一昔前は当然のように取材されていたと思いますが、現在では葬儀の取材を必ずしもするものではありません。そこはご遺族の考えを尊重して、自粛しなければいけない場合もあるのではないか、と。

――確かに以前は、テレビで葬儀の様子が流れることもよくありましたが、減ってきているように感じます。

A 昔は、勝手にマンション中に入って、住人に話を聞くといった取材も普通に行われていましたから。今だと「不法侵入」で逮捕される可能性もあります。「取材方法」に関しては特に変わってきていますね。

――速報性が重視され、各社の競争が激化することが、強引な取材につながるといった指摘もありますが。

A 確かに、「各社の競争が激化」という点は、認めざるを得ないところはありますね。上から「どうしてうちだけ被害者の写真が手に入れられないんだ」などと叱られることは実際にあるのです。ただ、だからと言って、ご遺族の自宅のピンポンを押して「写真をください」なんてことはしないですし、各社の競争がご遺族に何か大きな影響を及ぼすということはないのでは……。逆に、実名報道でなかった場合は影響が出ると思います。ご遺族以外の方からお写真を入手する際、「あの人に何かあったの?」などと騒ぎになり、ご遺族にも負担になってしまう可能性もあります。

――大津園児事故では、事故当日に保育園側が会見を開き、その中で記者が、保育園側の安全責任を追及するような質問や、出発前の園児の様子などを聞こうとしたことにより、ネット上で「保育園側を責めるのはおかしい」「意味のない質問」などと大炎上が起こりました。

A 個人的には、質問内容がよくなかったと思います。保育園側の安全責任を追及することが、あの会見での本質ではないと感じますし、ただ、追及しようとする気持ちはわかります。事故というのは、さまざまなミスが重なって起きるものですし、その原因を考える意味では正しいが、あの状況、あのタイミングで聞くべきではなかった。保育園が重大なミスを犯した“悪者”ではないであろうことは、あの時点でわかっていたでしょう。

――マスコミが、被害者サイドである保育園に「会見を開かせた」といったニュアンスでとらえる人も少なくなかったようです。

A 私は「開くべきだった」「開くべき意味があった」と思います。保育園側に不手際があったわけではないことが、あの会見によって知れ渡ったのですから。

もし数字取りだけが目的だったら……

――被害者報道について、今後の課題だと感じることをお教えください。

A 先ほど、「原則として実名報道」というお話をしました。いま実名報道の是非について議論が巻き起こってはいるものの、その精神は揺らぐことはありません。さまざまな意見を聞き、考えなければいけない問題ではありますが、実名報道をやめていこうという流れではなく、実名報道は行う、けれど、「なぜ実名報道をするのか」を理解してもらうことを意識すべきではないかと。その努力なしに実名報道をするのは、やはり「被害者への配慮はない」と思います。

 我々は目先のスクープで“数字”を狙っていると勘違いされがちですが、もし数字取りだけが目的なら、過去にあった事件や事故を再び振り返る――例えば「地下鉄サリン事件から20年」などの特集は行いません。報道によって世の中を変えていきたいという気持ちを持っていることを知っていただければと思います。

超問題作『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』佐川一政の実弟が、加害者家族の実情を告白!!

 

 事件は1981年6月11日に起きた。パリに留学中だった佐川一政は、好意を抱いていたオランダ人女性を自宅アパートへ呼び出し、射殺。遺体の一部を食べ、残った遺体をブローニュの森の池に捨てようとした。世界を震撼させた「パリ人肉事件」だ。逮捕された佐川は犯行を認めたが、心身喪失としてフランスの裁判で無罪となり、84年に帰国。作家、評論家、男優として脚光を集めることになる。

 あの事件から38年。佐川は現在どうしているのか? ヴェチア映画祭でオリゾンティ部門審査員特別賞を受賞したドキュメンタリー映画『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』は、カニバリスト・佐川一政の素顔に迫った衝撃作だ。そして本作で見逃せないのは、2013年に脳梗塞を患ってから闘病生活を送る佐川の介護を続ける、実の弟・純さんの存在である。

 事件以来、言葉では言い尽くせない辛酸を舐めてきたはずの純さんが、1歳年上の兄の世話を焼き、口数の少ない兄に代わってインタビューに応える姿が『カニバ』では映し出される。国内の配給会社がどこも手を出さなかった問題作ながら、加害者家族について考えさせる作品ともなっている。これまでメディアに出ることのなかった純さんに、心境を語ってもらった。

 日本に帰国後はマスコミの寵児となり、一時期はピンク映画やアダルト作品 にも出演していた佐川だが、現在は生活保護を受け、病院での入院生活が続いている。本作を監督したのは、ハーバード大学感覚民族誌学 研究所に所属するヴァレナ・バラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラーの2人。15年に日本で取材撮影が行われた本作は、佐川兄弟にどのような形でオファーされたのだろうか?

「僕も詳しい内情は知らないんです。兄と以前から付き合いのあった佐藤寿保監督から連絡があり、その電話には僕が出ました。兄に用件を伝えると、佐藤監督にはピンク映画などで世話になったし、彼の紹介なら取材を受けてもいいんじゃないかということになったんです。それで、兄が暮らしていたアパートで1週間くらい撮影が続きました。兄の食事の世話をしていた僕も必然的にカメラに映ることになったんですが、ずっとカメラを回し続けていたので、どういう狙いで撮っているのか、よく分からないままでした。向こうは、どうしてあんな事件が起きたのか訊きたいのでしょうが、兄は体調が悪く、口数も少ない。これでは埒が明かないと思い、兄がどのような幼少期を過ごしたのかを知ってもらうため、一緒に育った僕自身の話もすることにしたんです。以前は人前に出ることも、カメラの前に立つことも嫌でしたが、もういいかなと。僕自身の話をすると、監督たちは喜んでくれました」

 幼い日の純さんが、兄とおそろいの服を着て一緒に遊ぶ8ミリ映像が本作の中で紹介されている。まるで双子のようだ。とても兄弟仲がよく、愛情に満ちた家庭で2人が育ったことが分かる。

「父も母も絵心があり、カメラで撮ることも好きでした。兄弟で一緒に映っている写真がたくさん残っているんです。両親は兄と僕とを別け隔てなく育てようという主義でした。それには理由がありました。戦時中、両親は満州で過ごし、父はソ連軍に抑留され、満州に残された母は苦労し、そのとき生まれた姉はわずか10日間しか生きられませんでした。また、兄は生まれたときはとても小さく、体も弱かったんです。パリで起きた事件は兄が過保護に育てられたせいだとマスコミから責められ、母はすごく悩んでいました。今では子どもを学校まで車で送り迎えすることは日本でも珍しくありませんが、虚弱体質だった兄を高校まで母が送り迎えしていたことも事件当時は叩かれたんです」

 1981年6月、テレビのニュースがパリで起きた事件を伝え、佐川家の生活は一変した。マスコミに追われた父親は会社を退職することに。その頃、大手広告代理店に勤めていた純さんは2カ月間休職し 、母親と共に九州で 嵐が過ぎ去るのを待ったという。

「ありがたいことに、職場のみんなは励ましてくれ、2カ月後に復職したときも温かく受け入れてくれたんです。僕がいないときは、マスコミの対応もうまくやってくれました。ただし、父はそれまで勤めていた会社を辞めることになりました。心労もあったんだと思いますが、それからしばらくして脳梗塞で倒れ、母はその介護疲れで心の病気になりました。両親は1日違いで亡くなり、一緒に葬式をすることになったんです。ネットでは母は自殺したことになっている? 誰がそんなことを書くんでしょうか。事実とは違います。母は悪性の肺炎で亡くなりました。葬式は父のいた会社の社葬という形で行われ、兄は表には出ていません。兄は控室でモニターを見ながら手を合わせていたんです」

 両親だけでなく、弟である純さんの人生も大きく変わった。ストレスから、1年間ほどぜんそくを患ったという。また、純さんは結婚することなく、今も独身生活を送っている。

「両親が心配して、一度お見合いをしたことがあります。先方は家族を自殺で亡くしていたそうです。僕は結婚してもいいかなと思ったんですが、食事の席で僕がエビフライの尻尾を残したところ、同席していた先方の親戚が『尻尾を残すような男に姪っ子を嫁にやるわけにはいかない』と言いだし、こちらの親戚と口論になってしまったんです(苦笑)。そんなこともあり、こちらから断りを入れると、とても怒っていました。断られることはないと思っていたんでしょうね。

 その後、僕はオーケストラをやっていたので、オーケストラ仲間から同じように楽器をやっている女性を紹介され、お付き合いしたことがあります。女性の両親は僕と交際していることを知って『まぁ、いいんじゃないの』と容認してくれていたんですが、いざ女性が本気で結婚したいと両親に伝えたところ、『生まれてきた子どもは、父親の兄が事件を起こしたことを言われるかもしれない。子どもがかわいそうだ』と言われたんです。そう言われたら、僕はもうどうすることもできません。あきらめるしかなかった。その後、2人ほど好意を持った女性がいました。後で説明するのは面倒なので、最初に兄のことを話すと、それでもう終わりですね」

 それまでは淡々と語っていた純さんだが、この体験はとてもナイーブなものだったようで、目尻をぬぐう仕草を見せた。取り返しのつかない罪を犯した家族を持った人間の痛みと苦しみが伝わってくる。

「秋葉原通り魔事件の加害者の弟さんは、自分の将来を悲観して自殺したそうですね。でも、それはあまりにもひとりで考えすぎたんじゃないでしょうか。僕の場合は兄が事件を起こした直後、励ましてくれた人がいました。『兄は兄、君は君。人格が違うんだから、人生も違うんだよ。だから、元気に生きるんだよ』と。僕も思うんです。兄が事件を起こす前に、僕に相談してくれていればと。そうすれば、もしかしたらあの事件は防ぐことができたんじゃないかと」

 映画の中では、純さんが兄の世話をかいがいしく焼く姿が映し出される。現在は入院中の兄を見舞うため、1日おきには病室を訪ねているという。自分と両親の人生を破壊した兄のために、どうしてそこまで尽くすことができるのだろうか?

「家族なんだから、兄の世話をするのは当然のことです。きょうだいが多いと、中には家族の介護を押し付け合うところもあるのかもしれません。でも、僕にしてみれば、それは家族じゃありません。僕はただ当たり前のことをしているだけなんです」

 自分の欲望は抑え、兄に尽くしているようにしか見えない純さんだが、『カニバ』の中で思いがけない告白をする。カメラに向かって二の腕を純さんが見せると、その腕は赤く腫れ上がり、多くの傷が残っていることが分かる。純さんによると、これは自傷行為ではなく、性癖の一種なのだそうだ。

「はっきりと覚えています。3歳のときでした。僕の寝巻の袖の部分に、太い輪ゴムが通してあったんです。その袖に腕を通すと、輪ゴムの圧迫感がすごく気持ちよかったんです。誰にもそのことを話せないまま、快感を求める気持ちが、だんだん高じていきました。一番気持ちいいのは、有刺鉄線を腕に巻くことです。ハンガーに有刺鉄線を掛けておくと、自分ひとりで巻くことができるんです 。錐を使うこともあります。1本では物足りないので、5本ほど束にした錐を腕に落とすと、血が少しにじんで気持ちいいんです。下半身も元気になります(笑)。僕は、兄が人を食べたいなどと考えていたことを、事件が起きて初めて知りました。兄も僕のこの性癖を、今回のドキュメンタリーで初めて知ったんです。同じ家で育っても、お互いの心の中までは分かりません。映画に出たことで、初めて兄弟間の隠し事がなくなったといえるかもしれませんね」

 家族とは、血を分けた兄弟とは何か? ドキュメンタリー映画『カニバ』の焦点の定まらない映像の中に、あなたは何を見つけるだろうか?

(取材・文=長野辰次)

 

『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』

監督・撮影・編集・製作/ヴァレナ・バラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー

出演/佐川一政、佐川純、里見瑤 子

配給/TOCANA   R15+ 7月12日(金)

(c)Norte Productions,S.E.L

https://caniba-movie.com

女性は「容姿を問われて当然」なのか――望月衣塑子氏が語る、ジェンダーの後進性が生む“損失”

 5月下旬、とある女性がつづったブログがネット上で大きな話題となった。ゲームの大会に出場し、優勝するほどの実力があったにもかかわらず、容姿に対する誹謗中傷を受けたために、大会への出場を辞めたという内容だ。彼女はブログの中で、「不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」「全部私の容姿のせいなので」などと謝罪の言葉をたびたびつづり、この内容が話題になると、「本当にひどい話……地獄すぎる」「なぜ頑張ってる人が批判されて傷つかなきゃいけないのか」といった同情の声が多数寄せられ、ゲーム業界のみならず広く議論を呼んだ。

 この件以降も、容姿がその人の評価や能力と関係ない場面で、勝手に“審判”されることに違和感を表明するケースが増えてきているが、明らかなセクハラを受けていたのに、なぜ彼女が謝らなければならなかったのだろうか。容姿を評価するという“空気感”が生む不当な損失や差別、組織としてとるべき対応について、東京新聞の記者であり、ハラスメントやジェンダーの問題に取り組んでいる、望月衣塑子氏に寄稿いただいた。

容姿への誹謗中傷が生んだ大損失

 ビデオゲームの対戦競技「エレクトロニック・スポーツ(eスポーツ)」。日本でも若い世代を中心に盛んで、さまざまな大会が開催されている。プレイヤーの大半は男性で、大会賞金で生活するトップ選手は、国内外を見てもほぼ男性で占められている。女性はまだマイノリティだ。将来的にオリンピックの公式競技となる可能性も取り沙汰されているという。そういう意味で、気になる出来事があった。

 あるeスポーツの公式大会に参加していた女性プレイヤーが、容姿について心ない中傷をネット上で受け続けた結果、競技から「逃げる」選択をしたという。

 5月に公開された本人のブログを読んだ。高校2年生の時に地方大会で優勝し、多くの称賛を受けた。だが、同時に容姿や服装など、競技の成績と関係ないところで誹謗中傷を受け始めたこと、競技で得た喜びよりも嫌がらせへの悲しみがそれを上回り苦しくなったこと、つらいのを我慢してまで競技を続ける必要がないという結論に至ったこと、それに気づくのが遅れたせいで、苦しんだ過去の自分に対して申し訳ない思いを持っていることなどが、綿々とつづられている。ひどい話だ。何よりも悲しいのは、彼女が「自分自身が悪い」と責めていること。全然、違うよ。あなたはちっとも悪くない。

 彼女は当初、Twitterで誹謗中傷をしてくるアカウントをブロックしたり、自分に対する評価をネットで調べる「エゴサーチ」をしないように努めたりしたという。だが、容姿にまつわる他人の目に敏感になる年頃だ。気にするな、というほうが難しい。他人が「不条理な中傷と戦え」などと軽々しく言えないし、そんな苦労をする必要もない。彼女がその場から去るという選択は間違っていない。でも、eスポーツ競技とそれに関わる人たちにとって、大きな才能の損失だったことは、はっきりしている。

 近代オリンピックで女性選手の参加が認められたのは1900年の第2回パリ大会からで、最初はテニスとゴルフのわずか2種目。その後、女性が参加できる競技は少しずつ増えたが、男性で占められた大会役員の「女性らしさを損なわない」という価値観の時代が続いた。94年に世界スポーツ会議で「ブライトン宣言」が採択され、ようやく男女の機会均等の機運が高まった。現在の日本選手団を見れば、女子選手の活躍は周知の通りだ。裏を返せば、高い能力があっても、こうした歴史と環境があったために、今まで五輪の夢をあきらめていた女性アスリートたちがいたのだと思う。

 eスポーツは黎明期で、これから競技人口は増えていく。筋肉量や心肺機能の差が成績に直接結びつくわけではないので、他の競技よりも女性が参加しやすい。ましてや、子どもの頃からゲームに親しめる日本ならば、能力の高い女性プレイヤーが頭角を現すチャンスは多いだろう。でも、このような“陰湿ないじめ”を見せられれば、「次に狙われるのは自分かもしれない」と誰だって思う。女性が参加をためらうのは、目に見えている。

 団体が連携して、ネット上の心ない攻撃の拡散を防ぐ方策を練ることはできないか。たとえばサッカーは、問題行動を起こしたサポーターの入場をクラブが自主的に禁止・制限している。スタジアムで子どもや女性が安心して観戦を楽しめることで、「おらがチーム」の応援につながり、子どもが安心してサッカーを始めることができる。eスポーツもその環境づくを学び、取り入れるべきだと思う。

 そんな環境を生んだ責任の一端は、マスコミにもある。「美人作家」「美しすぎる弁護士」などといった報じ方はやめてほしい。「ミスコン」のように外見の美しさを競うジャンル(その是非についても議論があるが、紙幅の都合上、ここでは触れない)を除けば、本人の能力や努力と外見は何の相関も因果関係もない。なのに、マスコミが見た目のイメージをセットにして伝えれば、受け取る側は「女性は容姿も問われて当然」と思ってしまうではないか。

 もちろん、男性も「イケメン」などと書かれることはある。だが、女性のほうがより顕著だろう。かわいければたくさんのスポンサーがつくから? “美人”と見出しに入れれば媒体を手に取る男性が増えるから? 見目麗しい人を愛でるのはその人の勝手だ。ただ、「『美人』『かわいい』と書いておけば本人も嫌がらない。ハラスメントにならない」という安易な考えで、気軽に使ってはいないだろうか。それは外見を「抱き合わせ」で報じることの免責理由にはならない。このような報じ方をすれば、同時に「ブスのくせに」「女らしくない」という差別意識を生むからだ。この点、広告をはじめマスコミ業界が率先して自省し、抑制するべきだと思う。

 ジェンダー問題の後進性が損失を生んでいるケースは、他の分野でも見られる。私がこのブログを読んで思い返したのが、ブロガー・はあちゅうさんのケースだ。

 17年秋以降、米・ハリウッドから世界に広がった「#MeToo」のムーブメントで、日本ではジャーナリスト・伊藤詩織さんの会見を皮切りに、作家の森まゆみさん、元厚生労働事務次官の村木厚子さん、はあちゅうさんらが次々と過去の被害を打ち明けた。はあちゅうさんは、告発に7年を要したとし、その理由について、「忘れられない私が人間的に未熟だ」と思っていたから、と語った。自分の責任に落とし込んでしまうのが、今回の件と共通している。その分析は誤っている。でも、そう思い込まされてしまう環境に、私たちはいまだに置かれている。私はそのことに最も怒りを感じるし、一抹の後悔がある。

 男女雇用機会均等法が1986年に施行され、女性の社会進出が進んだが、日本は長らく“男社会”が続いてきた。男女平等の度合いを指数化して世界順位を示す「ジェンダーギャップ指数」を見ると、日本の2018年の順位は149カ国中110位で、まだまだ遅れている。1989年の流行語大賞は「セクハラ」で、2018年は「#MeToo」が新語・流行語大賞のトップテンに入った。女性への性的いやがらせは、平成の約30年の間、ろくに解決していないことになる。

 均等法第一世代の女性はパイオニアだった。「だから女はダメだ」と周囲に言わせないため、諸々を犠牲にしてむちゃくちゃ働いた。結婚や出産を選択しなかった先輩もいる。彼女たちの多くは、取材先や社内でのセクハラに耐えてきた。嫌な気持ちを押し込んで、なかったことにしようとした人もいた。先輩の昔話を聞くと「男性の2倍働いて、ようやく半分の評価がもらえるぐらい」というから、いかに苛烈だったかがうかがえる。

 私が採用された2000年当時、同期のうち女性は3割まで増えていた。それでもまだ警察、自治体の幹部、政治家など取材先は、自分より年上の男性だらけで、女性記者は目立つ存在だった。名前と顔をすぐに覚えてもらえたし、携帯電話を聞き出すのもラクだったと思う。代わりに、夜の食事や飲み会にしつこく誘われることも多かった。一度会っただけの人からつきまとわれ、「つきあいたい」と会社にまで電話がかかってきたこともあった。

 セクハラの被害にも遭ったが、仕事と割り切って適当に受け流してきた。うまく情報を取ったときだけ「女は得だね」、弱音を吐けば「泣けばいい」と思われるのが嫌だと当時は思っていたから。個人として評価されたかったし、弱みを見せないようにしてきた。

 でも、自分が傷つかないようにするため、「セクハラ被害を無かったことにしよう」「早く忘れてしまおう」と問題を矮小化すると、加害者にも周囲にも、その言動がセクハラであり、ひどい行為だと気付いてもらうチャンスがなくなってしまう。昨年、テレビ朝日の女性記者が福田淳一財務事務次官(当時)から受けたセクハラ被害を告発したが、福田氏はセクハラを否定していた。「胸触っていい?」「キスしていい?」などという福田氏に対し、「いやいや、正真正銘のセクハラだよ」と誰しもツッコミを入れたと思うが、財務省内でもこれまで、福田氏の行為が“即アウト”レベルのセクハラだと認識されてこなかったのかもしれない。

 それは、私たちの世代が悔しさを押し込め、我慢したせいかもしれない。女性が「嫌なことを忘れるのが当然だ」と思い込ませる環境をつくってしまったのだとしたら。声を上げず、問題を積み残しにしてしまったのではないか――。若い後輩記者からセクハラ被害の相談を受けることが増えた今になって、そう悔やんでいる。

 セクハラを我慢せずに「おかしい」「いやだ」と声を上げていくことが必要だが、それには勇気がいる。各企業や団体も「女性活用」をうたうのであれば、悩み相談レベルからサポートする窓口を作らなければならないだろう。ただし、片方の主張だけで判断はできないだろうし、一方を処分して「おしまい」にするだけでは次につながらない。組織上層部は、セクハラを当事者同士の限定的な問題として扱うのではなく、被害者が自分を責めたり、組織から逃げ出したりしないよう、環境の改善に役立てる意識を持ってほしい。

■望月衣塑子(もちづき・いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。2004年、日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をスクープし、自民党と医療業界の利権構造を暴く。また09年には足利事件の再審開始決定をスクープする。東京地裁・高裁での裁判担当、経済部記者などを経て、現在は社会部遊軍記者。防衛省の武器輸出、軍学共同などをテーマに取材している。二児の母。