“元アウトローのカリスマ”瓜田純士、新曲を発表! アンチコメントに殺人予告も飛び出す事態に……

 “キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(39)が愛妻と共に、2作目のミュージックビデオ(MV)『Alba della Sicilia〜シチリアの夜明け〜』(feat.dj TVXI & Kombow)をYouTubeで発表した。曲調は軽快なラテンポップだが、リリック(歌詞)はマフィアの悲恋物語。イタリアに行ったことがないのにシチリアをテーマに選んだ理由は? MVはどこで撮影したのか? 制作の裏話を夫妻に聞こうとしたら、開口一番、純士の口から殺害予告が飛び出し、しまいには夫婦ゲンカが始まった!

――新曲のMVを拝見しました。

瓜田純士(以下、純士) YouTubeのコメント欄、見ましたか? 新曲を批判している奴らが何人かいましたが、俺、あいつらを●すんで。俺、体懸けるんで 、刑務所に面会に来てくださいよ。「実話」とつくような雑誌は差し入れられないので、単行本の差し入れをお願いします。俺、満期で行く覚悟なんで。

――落ち着いてください! 新曲を批判というのは、「曲はいいけどMVがダメ」という趣旨の書き込みのことですか?(現在は削除済み )

純士 はい。やれ動画がつぎはぎだとか、やれうちの嫁の歩き方がお水くさいだとか、しまいにはカモメの数が多いということにまで文句をつけやがって、ほんと腹が立ちますよ。

――それだけ熱心に見てくれている、ということではないでしょうか?

純士 (耳を貸さずに)ああいうことを言う奴に限って、サザン(オールスターズ)が同じようなMVを撮ったらベタ褒めするんですよ。しかも、あれだけの長文でダメ出ししておきながら、俺のことを「兄貴」とか呼んで、怒られないように予防線を張っているのが一番腹立つんですよ。そんなの極道の世界で「兄貴、みんなが思っていることなので言わせてもらいますけど、今日のスーツにこのネクタイ、マジないっすよ」とか、「兄貴のためを思って言いますけど、アニキの連れている女、マジないっすよ」なんつったら殺されますよ。

――確かに(笑)。

純士 実際にイタリアまで行くカネがないから、いつものYouTubeのメンバーで経費もかけずにイタリアっぽくやってみましたよ、というコンセプトなのに、ゴチャゴチャ言いやがって!

――あのMVは、どこで撮影したのでしょう?

純士 汐留のイタリア街です。イタリア街つっても日本ですから、福山通運のトラックとかも普通に走っているわけですよ(笑)。それはさすがにカットしたけど、日本語のポスターとかはわざと入れ込んだわけです。

――それが瓜田さんならではのお茶目さだと。

純士 そうそうそう。完璧な美とかクオリティを求める奴はディズニーランドで遊んでろ、って話ですよ。こっちは安っぽささえも味になる浅草花やしき感覚で遊んでいる。そのあえてのクオリティに水を差すような奴らは、どうせつまんない人生を送っているんですよ。かわいそうになってきちゃいますよ。

――怒りは収まったでしょうか? では楽曲の話に入ります。今回はなぜイタリアを舞台にしたリリックなのでしょう?

純士 季節ごとに1曲ずつリリースしたいと考えていて、春に出した1曲目は自叙伝みたいな感じだった。2曲目も似たような自叙伝系だと、自分の中で二番煎じになっちゃう。さて、どうしようと考えているときに、あ、そうだ、海外の裏社会を舞台にしたら面白そうだなとひらめいたんですよ。もともとマフィア映画が好きなんで、マフィア発祥の地であるイタリアのシチリアを舞台にしたらどうだろう、と。

――真島昌利作詞作曲の「アンダルシアに憧れて」を思い出しました。

純士 制作中に、それも頭をよぎりました。ただ、俺は作家なので、「アンダルシア~」よりもリアリティがなくちゃいけないと思いました。イタリアには行ったことがないけど行ったことがあるように書くには、調べるしかない。『熱帯夜』(フィリピンを舞台にした瓜田の小説) と同じ発想ですね。

 今回もそういう感じで、イタリアのアングラ事情みたいなリリックを書ければいいなと思いました。書く際に注意したのは、ただのそれっぽい単語の羅列にはしたくないということ。現地の人が見て、「なんだこれは? バカにしてんのか?」となるのは避けたかったんですよ。

 たとえば「山口組のサムライが芸者に恋をして、桜吹雪が舞うなか富士山頂で抱き合い、ササニシキを食べながら京都の大文字焼きを見下ろす」みたいなストーリーになったらバカ丸出しでヤバいじゃないですか。

――(笑)。

純士 だから、時代考証をしっかりやりつつリリックを書きました。たとえば「脱ぎ捨てられたチャッカブーツ」という言葉が出てきますが、これはその時代に活動していたマフィアが実際に好んで履いていたもので、フェラガモが作ったトラメッザというメンズラインのブーツなんですね。そういう史実をちゃんと調べつつ、街の名称とかにも誤りが ないかを調べつつ書いていったら、勝手にストーリーが出来上がった感じです。

――前作とは打って変わって、明るい曲調なのが意外でした。

純士 まず、ただのラップじゃないんだよ、瓜田夫婦はいろんなジャンルをできますよ、という器用さを見せたかった。また、どうせ発表するならバズらせたかったので、いま世界で最も視聴回数が多いといわれるジャンルにしたんですよ。ラテンポップ? あるいはレゲトンってい うのかな? レゲエのようなノリにラテン系の歌詞が入るような曲。

――それは初挑戦の領域だったと思うのですが、迷わず飛びつき、すぐさま発表してしまうスピード感が瓜田夫婦の強みですね。

純士 ラップ初挑戦で前作の「recollection~遠い日の記憶から~」を完成させた時点で、今後はどんなジャンルでもできるだろうと思ったんで。最初はもっとゆっくりな曲調にしようかとも思ったんですけど、「どこにでもある感じで退屈や」と嫁が言うもんだから、セオリーを無視していろいろ聴き比べてみた結果、稲妻が落ちるような感じで「これだ!」というトラックを見つけました。前作同様、Kombow氏のトラックです。

――セオリーを無視するところがアウトローの瓜田さんらしいですが、そこを「素人くさい」と捉える視聴者もいるようです。

純士 俺は音楽で食ってきたわけじゃない。ただの物書きなんですよ。だから俺らがやっていることを、監督目線であれこれダメ出しする奴らが出てくる。こっちがフレッシュな感じだから、上から教えてやろうという凡人の発想でね。

 いきなりこんなベートーヴェンみたいな天才が現れて、その音楽に耳なじみがないからって、既存のものと照らし合わせながら「ああしたらいい」「こうしたらいい」と型にはめようとする。そんな奴らには、ちょっと待ってくれと言いたいです。瓜田夫婦は最初から違うだろ、と。セオリーだのなんだの言いだしたら、見た目から何から全部改造しなけりゃならなくなる(笑)。

 一見アウトローっぽいけど実は型にはまったミュージシャンといえば、湘南乃風の若旦那とMINMI(2016年に離婚)とかがいるわけじゃないですか。ディスるわけじゃないけど、彼らはアーティストとして完成されていて、ちゃんとしたレールに乗っている。そういう人らの「いろいろあったね、俺たち」っていうストーリーを求めるならば、最初からそっちを聴いてくれ、という話なんですよ。瓜田夫婦を一緒にするな、と。

 振り子打法のイチローだって、プロデビュー当時に(土井正三)監督からフォームを変更しろと言われたらしいじゃないですか。でもイチローはそれに従わず、自分のスタイルを貫いて、あれだけの選手になった。俺も一緒。型にはめようとする声に従って、ありきたりな完成度を目指すようだったら、つまんない表現者になっちゃう。だからこのスタイルは変えません。負け惜しみじゃなく、腹が立っているわけじゃなく……いや、存分に腹は立っているんですけど(笑)、腹が立っているのはそいつらのセンスのなさに対してなんですよ。

――なるほど。

純士 汐留のイタリア街で、いつものプロファイリング のカメラマンと、遊び半分でMVを作ってみた。カネも時間もかけていないからツッコミどころ満載だけど、曲は良くない? と思ってもらいたくてやっているんですよ。そのへんの機微をわからない奴は、今すぐチャッカブーツを履いて船着き場に来い! リリックの通り、チャカで頭蓋骨を撃ち抜いてやるから。

――瓜田さんのラップと奥様の歌が、何度も入れ替わる展開が新鮮でした。

純士 俺が日本語ラップで、嫁まで日本語ラップだとつまんないから、真逆を掛け合わせていくことにしました。語り口調で暴走する旦那を、シンガーである嫁の美声でふた する。それを何度も繰り返す構成です。男女デュオだと展開も多くなるから、目も耳も飽きずにより良く聴こえる効果もあるんじゃないかと。

――フック(サビ)が印象的ですが、あの歌メロは瓜田さんが考えたんですか?

純士 楽譜を書けないので鼻歌で作った感じですけど、おおまかなメロディは俺が決めました。でも結局、レコーディングの最中に嫁のアーティスト魂が炸裂して、勝手なアレンジを加え始めたので(笑)、そのへんは夫婦合作ということになりますね。

――レコーディングの所要時間は?

純士 2時間です。俺のパートは一発録りで、10分程度で終了。残り時間はすべて嫁のパートの録音でした。そこは性格の違いで、俺は予習をきっちりして行って、一気に集中して終わらせたいタイプなんだけど、嫁は逆。「なんとかなんねん」と予習もせずに行って、現場でのひらめきを頼りに納得いくまで粘り強くやるタイプなんですよ。嫁は俺のことを「どんだけ出たがりやねん!」とツッコミつつ、「もっとウチにも歌わせてよ(笑)」と言って、どんどん自分が出しゃばってきた。

 しかも、DJのTVXI氏には譜面も何も見せていないし、鼻歌も聴かせていないのに、「ここの語尾は高く上げんのか、低く下げるんか。どっちがええと思う?」とか言いだして。録り終わってミックダウンする段階になってからも、嫁は「ここは高いほうがええわ」とかDJに何度も注文するわけです。俺はせっかちだから「どっちでもいいから早く完成させよう」と思ったけど、嫁は完璧主義だから「妥協すんのは絶対にアカンねん」と言って、いつまでもDJとやりとりをしている。

 しまいにはDJが「勘弁してください。そもそも僕、譜面も見ていないし原曲のメロディも知らないんですから、高いだの低いだの言われても知りませんよ!」と音を上げそうになったので、俺が平謝りする羽目に……。

――と、旦那様は言っていますが、奥様の言い分はいかがでしょう?

瓜田麗子(以下、麗子) ウチはお祭り好きやから、せっかくいろんなバージョンを録ったんやったら全部を使うてほしいとお願いしただけですよ。そんなウチのことを純士は気に入らんかったみたいやけど、こっちかて気に入らん点はあるわ。なんやねん、あのMVは! (純士が編集を担当した)MVを見て、「奥様の歩く後ろ姿がタバコを買いに行くお水みたい」と文句を言うてる視聴者がおったけど、ウチもまったく同感です。なんであの後ろ姿、使うねん! 使うな、言うたのに!

――動画がアップされる前に、直してもらえばよかったじゃないですか。

麗子 純士は、ウチが何度も口出しすることを嫌がるんですよ。編集が終わらなくなるし、大ゲンカにもなるから。でも横顔のアップだけはどうしても使ってほしくなかったから、そこだけはブーブー文句を言うて消してもらいました。MVの中でイタリア語の単語が差し込まれる場面が数カ所ありますよね? あれ、もともとはウチの横顔のシーンやったんです(笑)。だから余計、動画がつぎはぎな印象になっちゃったんですよ。

――奥様が満足している点はありますか?

麗子 トラックを選ばせてくれたのはよかったです。純士は独特の色っぽい声をしているので、あれぐらいアップテンポな曲に、聴き取れないぐらいの早口で言葉を詰め込んだほうがハマると思ったんです。最初は抵抗していた純士ですが、「よく聴くと味があるな」と受け入れてくれたのがうれしかったです。

――非常に良い曲だと思いましたよ。

麗子 すったもんだありつつも、最終的におしゃれな感じにまとまったから、「まいっか、ハハハ」となりました。前作もそうでしたが、夫婦ゲンカを何度も何度も重ねた末に、やっとこさ完成した作品なんですよ。

純士 レコーディング日もMVの撮影日も、ケンカが絶えませんでしたからね。嫁を連れ出すのも一苦労でしたから。「レコーディングは6時からって決まっているんだよ。そろそろ行くぞ!」と声をかけても、「嫌や。8時からにならへんのか? ご飯食べてからがいい」とゴネ始める。「じゃあ、さっさと食べて出かけよう」とせっついても、「ご飯食べたらおなかが出るし顔もむくむねん。もうちょい待ちぃな」とか言われるんですから。

 MVを撮影後、9時間かけて編集した試作品を見せたら、「この横顔、ブサイクやわ。なんで撮影前にご飯食べたんやろ?」とか言われても、知らねーよ! って話じゃないですか。顔が映ると文句を言うから、文句を言われない後ろ姿をメインにしたんですよ。そしたら今度は視聴者から「奥様の歩き方ダメだ」と指摘され、「どうしてちゃんと歩かなかったの?」と嫁に聞いたら、大ゲンカになってしまいました。

麗子 ウチは初めから、「後ろ姿しか使ったらアカンで」と言ってからイタリア街に向かったんですよ。それやのに、試作品を見てみたら顔も映っているし、ええ感じのシーンは全部カットされていたから頭に来たわ!

純士 今の言葉、ちゃんと録音しましたよね? 俺はまさにそう聞いていたんですよ。「後ろ姿しか使ったらアカン」と。となると当然、編集では後ろ姿だけを使いますよね? そしたら「あの正面を向いたカメラ目線が一番のお気に入りやったんや。なんで使うてくれへんかったんや!」なんてことを平気で抜かす。事前に聞いていたことと全然違うことを後から言いだすんですよ。おまけに撮影当日は替えの衣装を忘れるし。

麗子 忘れてへんわ! カバンの奥に入れといたのに、純士がアホやからそれに気づかへんかっただけや!

――夫婦で仲良く制作していたのかと思いきや、裏では激しい争いが起きていたんですね。そして、その遺恨はいまだに尾を引いているという……。

麗子 ですから、ダメ出しのコメントは極力控えていただけたらな、と。これ以上、夫婦ゲンカの火種を用意されたら、ホンマに離婚に発展するっちゅーねん!

純士 瓜田夫婦の作品は、トラブルやアクシデントさえも丸ごと真空パックしたナマモノなんですよ。そういうドタバタを想像しつつ、温かい目で見守ってくれたらうれしいですね。
(取材・文=岡林敬太)

※瓜田夫婦『Alba della Sicilia〜シチリアの夜明け〜』(feat.dj TVXI & Kombow)デジタル音源配信中
https://linkco.re/2svr55GZ

※瓜田純士のYouTube好評配信中(瓜田純士プロファイリング ) https://www.youtube.com/channel/UCv27YAy0FZ-4wwisy5zPmeg

※「“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、かく語りき」の記事一覧 https://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士、新曲を発表! アンチコメントに殺人予告も飛び出す事態に……

 “キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(39)が愛妻と共に、2作目のミュージックビデオ(MV)『Alba della Sicilia〜シチリアの夜明け〜』(feat.dj TVXI & Kombow)をYouTubeで発表した。曲調は軽快なラテンポップだが、リリック(歌詞)はマフィアの悲恋物語。イタリアに行ったことがないのにシチリアをテーマに選んだ理由は? MVはどこで撮影したのか? 制作の裏話を夫妻に聞こうとしたら、開口一番、純士の口から殺害予告が飛び出し、しまいには夫婦ゲンカが始まった!

――新曲のMVを拝見しました。

瓜田純士(以下、純士) YouTubeのコメント欄、見ましたか? 新曲を批判している奴らが何人かいましたが、俺、あいつらを●すんで。俺、体懸けるんで 、刑務所に面会に来てくださいよ。「実話」とつくような雑誌は差し入れられないので、単行本の差し入れをお願いします。俺、満期で行く覚悟なんで。

――落ち着いてください! 新曲を批判というのは、「曲はいいけどMVがダメ」という趣旨の書き込みのことですか?(現在は削除済み )

純士 はい。やれ動画がつぎはぎだとか、やれうちの嫁の歩き方がお水くさいだとか、しまいにはカモメの数が多いということにまで文句をつけやがって、ほんと腹が立ちますよ。

――それだけ熱心に見てくれている、ということではないでしょうか?

純士 (耳を貸さずに)ああいうことを言う奴に限って、サザン(オールスターズ)が同じようなMVを撮ったらベタ褒めするんですよ。しかも、あれだけの長文でダメ出ししておきながら、俺のことを「兄貴」とか呼んで、怒られないように予防線を張っているのが一番腹立つんですよ。そんなの極道の世界で「兄貴、みんなが思っていることなので言わせてもらいますけど、今日のスーツにこのネクタイ、マジないっすよ」とか、「兄貴のためを思って言いますけど、アニキの連れている女、マジないっすよ」なんつったら殺されますよ。

――確かに(笑)。

純士 実際にイタリアまで行くカネがないから、いつものYouTubeのメンバーで経費もかけずにイタリアっぽくやってみましたよ、というコンセプトなのに、ゴチャゴチャ言いやがって!

――あのMVは、どこで撮影したのでしょう?

純士 汐留のイタリア街です。イタリア街つっても日本ですから、福山通運のトラックとかも普通に走っているわけですよ(笑)。それはさすがにカットしたけど、日本語のポスターとかはわざと入れ込んだわけです。

――それが瓜田さんならではのお茶目さだと。

純士 そうそうそう。完璧な美とかクオリティを求める奴はディズニーランドで遊んでろ、って話ですよ。こっちは安っぽささえも味になる浅草花やしき感覚で遊んでいる。そのあえてのクオリティに水を差すような奴らは、どうせつまんない人生を送っているんですよ。かわいそうになってきちゃいますよ。

――怒りは収まったでしょうか? では楽曲の話に入ります。今回はなぜイタリアを舞台にしたリリックなのでしょう?

純士 季節ごとに1曲ずつリリースしたいと考えていて、春に出した1曲目は自叙伝みたいな感じだった。2曲目も似たような自叙伝系だと、自分の中で二番煎じになっちゃう。さて、どうしようと考えているときに、あ、そうだ、海外の裏社会を舞台にしたら面白そうだなとひらめいたんですよ。もともとマフィア映画が好きなんで、マフィア発祥の地であるイタリアのシチリアを舞台にしたらどうだろう、と。

――真島昌利作詞作曲の「アンダルシアに憧れて」を思い出しました。

純士 制作中に、それも頭をよぎりました。ただ、俺は作家なので、「アンダルシア~」よりもリアリティがなくちゃいけないと思いました。イタリアには行ったことがないけど行ったことがあるように書くには、調べるしかない。『熱帯夜』(フィリピンを舞台にした瓜田の小説) と同じ発想ですね。

 今回もそういう感じで、イタリアのアングラ事情みたいなリリックを書ければいいなと思いました。書く際に注意したのは、ただのそれっぽい単語の羅列にはしたくないということ。現地の人が見て、「なんだこれは? バカにしてんのか?」となるのは避けたかったんですよ。

 たとえば「山口組のサムライが芸者に恋をして、桜吹雪が舞うなか富士山頂で抱き合い、ササニシキを食べながら京都の大文字焼きを見下ろす」みたいなストーリーになったらバカ丸出しでヤバいじゃないですか。

――(笑)。

純士 だから、時代考証をしっかりやりつつリリックを書きました。たとえば「脱ぎ捨てられたチャッカブーツ」という言葉が出てきますが、これはその時代に活動していたマフィアが実際に好んで履いていたもので、フェラガモが作ったトラメッザというメンズラインのブーツなんですね。そういう史実をちゃんと調べつつ、街の名称とかにも誤りが ないかを調べつつ書いていったら、勝手にストーリーが出来上がった感じです。

――前作とは打って変わって、明るい曲調なのが意外でした。

純士 まず、ただのラップじゃないんだよ、瓜田夫婦はいろんなジャンルをできますよ、という器用さを見せたかった。また、どうせ発表するならバズらせたかったので、いま世界で最も視聴回数が多いといわれるジャンルにしたんですよ。ラテンポップ? あるいはレゲトンってい うのかな? レゲエのようなノリにラテン系の歌詞が入るような曲。

――それは初挑戦の領域だったと思うのですが、迷わず飛びつき、すぐさま発表してしまうスピード感が瓜田夫婦の強みですね。

純士 ラップ初挑戦で前作の「recollection~遠い日の記憶から~」を完成させた時点で、今後はどんなジャンルでもできるだろうと思ったんで。最初はもっとゆっくりな曲調にしようかとも思ったんですけど、「どこにでもある感じで退屈や」と嫁が言うもんだから、セオリーを無視していろいろ聴き比べてみた結果、稲妻が落ちるような感じで「これだ!」というトラックを見つけました。前作同様、Kombow氏のトラックです。

――セオリーを無視するところがアウトローの瓜田さんらしいですが、そこを「素人くさい」と捉える視聴者もいるようです。

純士 俺は音楽で食ってきたわけじゃない。ただの物書きなんですよ。だから俺らがやっていることを、監督目線であれこれダメ出しする奴らが出てくる。こっちがフレッシュな感じだから、上から教えてやろうという凡人の発想でね。

 いきなりこんなベートーヴェンみたいな天才が現れて、その音楽に耳なじみがないからって、既存のものと照らし合わせながら「ああしたらいい」「こうしたらいい」と型にはめようとする。そんな奴らには、ちょっと待ってくれと言いたいです。瓜田夫婦は最初から違うだろ、と。セオリーだのなんだの言いだしたら、見た目から何から全部改造しなけりゃならなくなる(笑)。

 一見アウトローっぽいけど実は型にはまったミュージシャンといえば、湘南乃風の若旦那とMINMI(2016年に離婚)とかがいるわけじゃないですか。ディスるわけじゃないけど、彼らはアーティストとして完成されていて、ちゃんとしたレールに乗っている。そういう人らの「いろいろあったね、俺たち」っていうストーリーを求めるならば、最初からそっちを聴いてくれ、という話なんですよ。瓜田夫婦を一緒にするな、と。

 振り子打法のイチローだって、プロデビュー当時に(土井正三)監督からフォームを変更しろと言われたらしいじゃないですか。でもイチローはそれに従わず、自分のスタイルを貫いて、あれだけの選手になった。俺も一緒。型にはめようとする声に従って、ありきたりな完成度を目指すようだったら、つまんない表現者になっちゃう。だからこのスタイルは変えません。負け惜しみじゃなく、腹が立っているわけじゃなく……いや、存分に腹は立っているんですけど(笑)、腹が立っているのはそいつらのセンスのなさに対してなんですよ。

――なるほど。

純士 汐留のイタリア街で、いつものプロファイリング のカメラマンと、遊び半分でMVを作ってみた。カネも時間もかけていないからツッコミどころ満載だけど、曲は良くない? と思ってもらいたくてやっているんですよ。そのへんの機微をわからない奴は、今すぐチャッカブーツを履いて船着き場に来い! リリックの通り、チャカで頭蓋骨を撃ち抜いてやるから。

――瓜田さんのラップと奥様の歌が、何度も入れ替わる展開が新鮮でした。

純士 俺が日本語ラップで、嫁まで日本語ラップだとつまんないから、真逆を掛け合わせていくことにしました。語り口調で暴走する旦那を、シンガーである嫁の美声でふた する。それを何度も繰り返す構成です。男女デュオだと展開も多くなるから、目も耳も飽きずにより良く聴こえる効果もあるんじゃないかと。

――フック(サビ)が印象的ですが、あの歌メロは瓜田さんが考えたんですか?

純士 楽譜を書けないので鼻歌で作った感じですけど、おおまかなメロディは俺が決めました。でも結局、レコーディングの最中に嫁のアーティスト魂が炸裂して、勝手なアレンジを加え始めたので(笑)、そのへんは夫婦合作ということになりますね。

――レコーディングの所要時間は?

純士 2時間です。俺のパートは一発録りで、10分程度で終了。残り時間はすべて嫁のパートの録音でした。そこは性格の違いで、俺は予習をきっちりして行って、一気に集中して終わらせたいタイプなんだけど、嫁は逆。「なんとかなんねん」と予習もせずに行って、現場でのひらめきを頼りに納得いくまで粘り強くやるタイプなんですよ。嫁は俺のことを「どんだけ出たがりやねん!」とツッコミつつ、「もっとウチにも歌わせてよ(笑)」と言って、どんどん自分が出しゃばってきた。

 しかも、DJのTVXI氏には譜面も何も見せていないし、鼻歌も聴かせていないのに、「ここの語尾は高く上げんのか、低く下げるんか。どっちがええと思う?」とか言いだして。録り終わってミックダウンする段階になってからも、嫁は「ここは高いほうがええわ」とかDJに何度も注文するわけです。俺はせっかちだから「どっちでもいいから早く完成させよう」と思ったけど、嫁は完璧主義だから「妥協すんのは絶対にアカンねん」と言って、いつまでもDJとやりとりをしている。

 しまいにはDJが「勘弁してください。そもそも僕、譜面も見ていないし原曲のメロディも知らないんですから、高いだの低いだの言われても知りませんよ!」と音を上げそうになったので、俺が平謝りする羽目に……。

――と、旦那様は言っていますが、奥様の言い分はいかがでしょう?

瓜田麗子(以下、麗子) ウチはお祭り好きやから、せっかくいろんなバージョンを録ったんやったら全部を使うてほしいとお願いしただけですよ。そんなウチのことを純士は気に入らんかったみたいやけど、こっちかて気に入らん点はあるわ。なんやねん、あのMVは! (純士が編集を担当した)MVを見て、「奥様の歩く後ろ姿がタバコを買いに行くお水みたい」と文句を言うてる視聴者がおったけど、ウチもまったく同感です。なんであの後ろ姿、使うねん! 使うな、言うたのに!

――動画がアップされる前に、直してもらえばよかったじゃないですか。

麗子 純士は、ウチが何度も口出しすることを嫌がるんですよ。編集が終わらなくなるし、大ゲンカにもなるから。でも横顔のアップだけはどうしても使ってほしくなかったから、そこだけはブーブー文句を言うて消してもらいました。MVの中でイタリア語の単語が差し込まれる場面が数カ所ありますよね? あれ、もともとはウチの横顔のシーンやったんです(笑)。だから余計、動画がつぎはぎな印象になっちゃったんですよ。

――奥様が満足している点はありますか?

麗子 トラックを選ばせてくれたのはよかったです。純士は独特の色っぽい声をしているので、あれぐらいアップテンポな曲に、聴き取れないぐらいの早口で言葉を詰め込んだほうがハマると思ったんです。最初は抵抗していた純士ですが、「よく聴くと味があるな」と受け入れてくれたのがうれしかったです。

――非常に良い曲だと思いましたよ。

麗子 すったもんだありつつも、最終的におしゃれな感じにまとまったから、「まいっか、ハハハ」となりました。前作もそうでしたが、夫婦ゲンカを何度も何度も重ねた末に、やっとこさ完成した作品なんですよ。

純士 レコーディング日もMVの撮影日も、ケンカが絶えませんでしたからね。嫁を連れ出すのも一苦労でしたから。「レコーディングは6時からって決まっているんだよ。そろそろ行くぞ!」と声をかけても、「嫌や。8時からにならへんのか? ご飯食べてからがいい」とゴネ始める。「じゃあ、さっさと食べて出かけよう」とせっついても、「ご飯食べたらおなかが出るし顔もむくむねん。もうちょい待ちぃな」とか言われるんですから。

 MVを撮影後、9時間かけて編集した試作品を見せたら、「この横顔、ブサイクやわ。なんで撮影前にご飯食べたんやろ?」とか言われても、知らねーよ! って話じゃないですか。顔が映ると文句を言うから、文句を言われない後ろ姿をメインにしたんですよ。そしたら今度は視聴者から「奥様の歩き方ダメだ」と指摘され、「どうしてちゃんと歩かなかったの?」と嫁に聞いたら、大ゲンカになってしまいました。

麗子 ウチは初めから、「後ろ姿しか使ったらアカンで」と言ってからイタリア街に向かったんですよ。それやのに、試作品を見てみたら顔も映っているし、ええ感じのシーンは全部カットされていたから頭に来たわ!

純士 今の言葉、ちゃんと録音しましたよね? 俺はまさにそう聞いていたんですよ。「後ろ姿しか使ったらアカン」と。となると当然、編集では後ろ姿だけを使いますよね? そしたら「あの正面を向いたカメラ目線が一番のお気に入りやったんや。なんで使うてくれへんかったんや!」なんてことを平気で抜かす。事前に聞いていたことと全然違うことを後から言いだすんですよ。おまけに撮影当日は替えの衣装を忘れるし。

麗子 忘れてへんわ! カバンの奥に入れといたのに、純士がアホやからそれに気づかへんかっただけや!

――夫婦で仲良く制作していたのかと思いきや、裏では激しい争いが起きていたんですね。そして、その遺恨はいまだに尾を引いているという……。

麗子 ですから、ダメ出しのコメントは極力控えていただけたらな、と。これ以上、夫婦ゲンカの火種を用意されたら、ホンマに離婚に発展するっちゅーねん!

純士 瓜田夫婦の作品は、トラブルやアクシデントさえも丸ごと真空パックしたナマモノなんですよ。そういうドタバタを想像しつつ、温かい目で見守ってくれたらうれしいですね。
(取材・文=岡林敬太)

※瓜田夫婦『Alba della Sicilia〜シチリアの夜明け〜』(feat.dj TVXI & Kombow)デジタル音源配信中
https://linkco.re/2svr55GZ

※瓜田純士のYouTube好評配信中(瓜田純士プロファイリング ) https://www.youtube.com/channel/UCv27YAy0FZ-4wwisy5zPmeg

※「“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、かく語りき」の記事一覧 https://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

「新宿二丁目」伏見憲明氏が語る実態――世間的な「勝ち札」が通用しない“多様性の街”

 東洋一のゲイタウンとして名をはせた「新宿二丁目」。東西約300m、南北約350mという狭い区画の中には、雑居ビルが建ち並び、300を超えるゲイバーやレズビアンバーが店舗を構えている。

 戦前には遊郭が栄え、戦後は赤線・青線地帯だったこのエリアは、いつの間にかセクシュアルマイノリティが集う街へと変遷した。その事実を知っている人であっても、現在の新宿二丁目を“二丁目”たらしめている歴史的背景を熟知している人は少ないだろう。

 ベールに包まれた街の秘密を、膨大な資料に基づいてひもといた書籍が『新宿二丁目』(新潮新書)。自身も新宿二丁目でゲイバーを営む、著者の伏見憲明氏にインタビューを行い、いまなお新陳代謝が進む摩訶不思議な街の実態に迫った。

■ひと昔前は隠れるように歩き、忍び込む街だった

――LGBTタウンとして知られてきた新宿二丁目ですが、最近はヘテロセクシュアル(異性愛者)の男女も気軽に訪れることができる街に変容している印象です。

伏見憲明氏(以下、伏見) ええ、だいぶ変わりましたね。ひと昔前は、誰にも見られないように、店と店の間を小走りで移動する人が少なくなかった。隠れるように飲んで隠れるように帰る、そんな街でした。かつては、店の中は満席でスゴい熱気に包まれていましたが、外はがらんと誰もいない雰囲気でした。90年代後半まではそんな感じですね。現在は週末、とりわけ夏場なんか通りに人があふれているけど。

――著書『新宿二丁目』では、繁華街であるだけではなく、多様性や包摂を体現している街と表されています。雰囲気は変わっても、その本質は変わっていない印象ですか?

伏見 そうですね、というか、新宿自体が吹きだまりみたいな街ですからね(笑)。多様な人が集まって同じ空間を共有するわけなので、個人の感覚、趣味、主義主張だけ押し通すと、居心地が悪い。時には対立しても、譲り合ったり、我慢したり。だからこそ、新しい出会いから何が生み出されるんですよね。その積み重ねが、新宿二丁目の輪郭を形成してきたのだと思います。

――なるほど。ちなみに、2018年の東京レインボープライドでは、浜崎あゆみさんが新宿二丁目への思いを語って話題になりました。伏見さんもゲイバーを経営されていますが、女性一人で来店するお客さんも少なくないですよね。

伏見 ゲイバーといえば、かつては男性同性愛者が恋愛やセックスの相手を見つける場所でしたけど、いまや恋愛もセックスもマッチングアプリで調達できる時代ですからね。なので、男性同性愛者がゲイバーを訪れる動機も変わってきている気がします。バーもゲイ相手の商売だけでは、なかなか店が回らない。そうした変化を受けて、女性も足を踏み入れやすくはなっていますよね。

――ヘテロセクシュアルの女性は、もちろん恋愛やセックス目当てではないわけで、そうなると何を求めて足を運んでいるのでしょうか?

伏見 強いて言えば、“行き場のない何か”を抱えている人が多いような気がします。“オンナ”というジェンダーに違和感を持っていたり、オンナとしての商品性を競い合ったりするのに疲れているように見えます。だから女同士でいるよりも、ゲイが中心の空間のほうがリラックスできるのかも。ゲイバーは、たとえ女性が裸になったとしても「あ、服着てもらえますか? っていうか勘弁してください」と言われるような場所ですからね(笑)。性的に見られないことによる心地よさを求めているのかもしれません。

――ゲイバーは、ジェンダーに起因する疲れが生じない空間ということですか?

伏見 そう思います。というか、女同士って人間関係が大変じゃないですか。油断できないところがあるでしょ? じゃあ、対男性でいいかっていうと、それはそれで性的な記号としてのオンナ性を意識せざるを得ない場面も多い。いろいろ消去していった結果、ゲイが多い空間が一番楽じゃない?って(笑)。女性からすると「所詮オカマだろ?」だし、ゲイも「所詮オンナだろ?」って、お互いそこそこ馬鹿にし合っているがゆえの、均衡が保たれている気がしますね(笑)。差別ゆえの対等。

――絶妙なあんばいの人間関係ですね。

伏見 人間関係で一番難しいのは、実は“対等な関係”だと思うんです。上下関係やジェンダー規範に沿って行動しているほうが、案外楽なんですよね。それに比べて、対等性を維持することって思いのほか大変。女同士だと対等でいることに神経質にならざるを得ないし、対男性ならジェンダー的な気配りも求められる。だから、ある意味、“どうでもいい関係”が楽なんですよ。ゲイバーに来店した女性にとって、隣に座っているゲイは、どうでもいい関係でいられる相手。ゲイという記号性を媒介にすることで、難しい人間関係から解放されて楽になれる女性が多いのかなと思います。ただ、どうでもいいから、雑なコミュニケーションでOKっていうわけにもいかないところが難しいけど(笑)。

――とはいえ、ノンケNGのゲイバーも少なくありません。ちなみに、伏見さんのお店「A Day In The Life」は、さまざまなセクシュアリティの人を寛容に受け入れていらっしゃいますよね。

伏見 誰にでも開かれているってわけでもないですよ。ゲイバーがすべての人を受け入れたら、ゲイバーでなく、ただのバーですからね(笑)。やはり“特別な空間”でないとつまらない。ちなみに、僕の見立てですが、席の半数はゲイで埋まっていないと面白くならないかな。カクテルと同じで、何をベースにするかで、空間の面白さや個性が出るんですよね。なので、うちは、一応ゲイが主役というのを建前にしている。あとは脇役。それを排除だと言われても、「会員制なので」というスタンスを取ります。ちなみに、初来店の女性のお客様には、「“ブス”って言われても“下女”って言われても、それを楽しんで受け入れられますか?」って聞いて、ゾーニングというか、ふるいにかけていますね(笑)。

――ゲイバーとしての個性を保つためには、排除と寛容のバランスが大切だということですか? お客さんの中には、“二丁目らしいコミュニケーション”を求めている人も多いように思いますが、二丁目にはユーモラスでウィットに富んでいる、特異なコミュニケーションのありようが存在していますよね。

伏見 そうですね。たとえば、勤め先や肩書、どんな車に乗っているかとか、つまり自分がどれだけ勝ち札を持っているかに左右される“マウンティングのコミュニケーション”で成り立つハイソな街もありますが、その点、二丁目って世間的なヒエラルキーはそれほど重要ではない。どんな大会社の社長も、フリーターも、同じ空間にいて違和感がありませんから。

 女性もどれだけきれいかとか、おしゃれかで評価が上がるわけでもなく、むしろレベルが低ければ低いほど面白がられるわけです。たとえば、「アンタ、ほんとにブスね!」って言われて、どう返すかがむしろ大事。「これでも整形してるんです!」くらいネタで言ってほしい(笑)。だから「お金持ちのお嬢様です」ってアピールされても、「へぇー……」みたいな感じ? 自虐のコミュニケーションっていえばいいのか、“負け札をどれだけ楽しめるか”に根差したコミュニケーションが受け継がれているんですよね。

――それを面白がれる人が集う場所って、肩の力が抜けるというか、無理したところで見抜かれるからこそ心地よいのかもしれないですね。特異であり、希有な街として、いまもなお存在感を放つ二丁目を、伏見さんも著書で「生きることを共有する場であった」と回顧されていますが、それはつまり、どのような場所でしょうか?

伏見 いまでこそ、LGBTフレンドリーな人も増えましたけど、僕が若かりし頃なんてセクシュアルマイノリティであることを、家庭や職場で大っぴらにできない時代でした。正直な自分をさらけ出せなかった時代、「本当の自分」で生きることができたのは二丁目だったんです。でも、僕自身、最初から好きだったわけではないですね。

――それは、なぜでしょう?

伏見 僕が初めて足を踏み入れたときは、あまりにも性的な街で、ゲイにとっては、それはそれで闘いがあるんです。ゲイバーの扉を開くと、あからさまに値踏みされましたからね。イケメンだったらいいけど、僕みたいなブスはあっさり終了。闘う前に試合が終わってるもんだから、「揚がっちゃってるわよね~」なんて言われて「天ぷらホモ」とか、4年に1回しかチャンスがないからって「オリンピックホモ」とか、ヒドいあだ名付けられちゃって(笑)。本当にモテなかったので、二丁目に足を運んでも、つらかったし面白くなかったんです。

――いまはどうですか?

伏見 大人になると、ブスにはブスなりの楽しみ方があることがわかってきます(笑)。また、不思議な出会いやワクワクすることが自然と生まれるところに、面白みを感じられるようになりました。

――たとえば、どのようなことでしょう?

伏見 最近デビューしたドラァグクイーンのユニット「八方不美人」も、うちの店でたまたま飲んでいた作詞家の及川眠子さんの、「楽曲を提供するわよ~」なんてひと言がきっかけで生まれたり、うちの店長のこうきが絵本を出したときも、やっぱりうちで飲んでいた中村うさぎさんが「文章を書くわよ~」なんて言ってくれたことで刊行が決まったり。あと、うちは「生産性を上げなきゃ」ってことで、店で男女の出会いをアシストすることもあるんですよ(笑)。僕自身おせっかいな仲人ババアの趣味があって、それで自分の快楽を満たしているだけなんですけどね。

――集う人の価値観が変わると、ひいては街も変わりますよね。伏見さんは、これからの二丁目を、どのように展望されていますか?

伏見 確実に、「ゲイの街」ではなくなっていくでしょうね。いまの流れに従って、男性同性愛者の出会いの場としての機能は縮小し、女性や外国の方が増えて、本当の意味で多様な街になると思います。

 あと、現在二丁目全体がビルの老朽化による建て替え期に差し掛かっているので、家賃の上昇も予想されます。うちみたいな小さなスナックだと、いつまで商売を続けていけるのかなとは思いますね。料金を高く設定しないと商売が成り立たなくなると、二丁目の文化も変わっていくと思います。かつての赤線・青線地帯からゲイタウンに変貌を遂げたのも、数十年とたたないうちですから、仕方ないとうえば仕方ないですよね。街は、そうやってどんどん変わっていくものなのかなって思っています。
(末吉陽子)

伏見憲明(ふしみ・のりあき)
作家。1991年、『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)でデビュー。『魔女の息子』(河出書房新社、第40回文藝賞受賞作)、『欲望問題』(ポット出版)など著書多数。最新刊は『新宿二丁目』(新潮新書)。2013年、新宿二丁目にゲイバー“A Day In The Life “を開店。
アデイonline

男性も生理用品を買うようになれば――ナプキンのパッケージが「ダサい」から脱却するためには?

 「花柄」「蝶柄」「レース柄」「パステルカラー」などのデザインに偏りがちで、世間から「ダサい」と言われることも少なくない生理用品のパッケージ。そんな中、ユニ・チャームは「生理用品を隠す必要性を感じさせない」新しいパッケージのデザインを開発すると、「#NoBagForMe」プロジェクトをスタートしたが、生理用品を隠すのは、そもそもパッケージデザインの問題なのだろうか。

 ブログ「これ、誰がデザインしたの?」において、生理用品のデザインに疑問を投げかけた、デザインジャーナリストで東京造形大学准教授の渡部千春氏が、日本の生理用品のパッケージデザインと生理に対する抵抗感の関係性について分析する。

(前編はこちら)

黒い袋に入れるのは「生理用品自体」が恥ずかしいから

――生理用品のパッケージのデザインに「恥ずかしさ」を覚える女性も多いようですが、その理由はどこにあると思われますか。

渡部千春氏(以下、渡部) それはパッケージのデザインよりも「生理用品」そのものに恥ずかしさを覚えている人が多いのだと思います。前編で意見を聞いたゼミの学生によると、「ドラッグストアの黒い袋はいかにも『生理用品を買いました』と言っているようなので嫌。知り合いのおじいさんが『成人用オムツを買うのは恥ずかしい』と言っていたので、男女問わずデリケートゾーンに関するものに対しては、そういう感覚はあるのだと思う」「女性同士でも『このナプキンいいよ』『このパッケージいいね』という話はしない」と言っていました。生理用品を購入したこと自体、男性に知られたくないし、女性同士であっても生理的な事柄についてはあまり話さない。にもかかわらず、パッケージの主張がすごく強く、透明の袋だと透けて見えてしまう。

 なお、紙袋や黒い袋に入れるのは日本特有ですね。欧米は最近ではプラスチック廃止の方向に動いていることもあり、レジ袋は使わずカバンの中に直接入れる人が増えています。中国、香港、またイスラム教徒が多いインドネシアやマレーシアといったアジア圏でも、一般的なレジ袋に入れたり、カバンに直接入れているのを見かけます。

――日本では、個別のナプキン数個をポーチなどに入れて持ち運ぶ人が多いですよね。そのままカバンに……というのは、躊躇する人が多いと思います。

渡部 海外では、夫が妻の生理用品を買うことも、日本ほどには抵抗がないようです。もう20年以上前ですが、私がスウェーデンに遊びに行っていたとき、男性の友人に「生理ナプキンを買ってくる」と言えなくて、「ちょっとドラッグストアに……」と曖昧にぼかしていたんですね。でも結局ばれてしまって恥ずかしい思いをしていたら、「なんだ、ナプキンか。ママに買ってこいと言われて、買うこともある」と平然と言われて驚いたことがあります。

――海外の生理用品で、「この商品のデザインはいいな」と思うものがあれば教えてください。

渡部 理想的という意味では、アメリカ「Edgewell Personal Care」の「o.b.タンポン」、オランダ「hema」やフランス「monoprix」のプライベートブランド商品などでしょうか。海外では、大きさや形、対応する経血量を示す「1〜5」の表記などが、パッケージの目立つところに付いているデザインが多いですね。特に、アメリカ、フランスは移民が多いので、文字よりも視覚的にわかるようになっており、それを邪魔しない程度のデコレーションが施されています。日本の場合は、まずデコレーションで目を引いてから、大きさや形は小さく表記されているので、機能がわかりにくい。色分けによって、機能を一目でわかるようにしている商品もありますが、その違いは、ある程度買い慣れてからでないとわかりません。

 なお世界的に展開している「always」(日本ではプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパンより1986年から2018年まで「whisper」として販売)ブランドも、国によってかなり違います。米国では、大柄な装飾が多く、フランスは柄が少なめ。ロシアは細かい装飾が多く、インドネシアはシンプル。個人的には、インドネシアくらいシンプルな方が、清潔感があるように思いますね。

――海外では、日本のような「花柄」「蝶柄」「レース柄」「フリル柄」はあまりないのですね。

渡部 いえ、ロシアは派手なパッケージが多いですよ。ただそれは、本当にこういうデザインが好きな人が多いのではないかと推測しています。生理用品だけでなく、ヘアケア製品にもそういったデザインが多用されているので。

――生理用品のパッケージデザインは、今後どう変わっていってほしいと感じますか。

渡部 「血」のイメージを払拭するものとしては、包帯や絆創膏のようなアプローチが正しいのではないかと思うのですが、あまり医療品の雰囲気を漂わせるのは、商品としてのアプローチ力が足りないかもしれません。というのも、医療品のイメージが強いと「使用感が悪い」と思われそうだからです。世界的なトレンドとして「肌にやさしい」などオーガニックの流れから、デザインは徐々に変わってくるのではないでしょうか。

 ただ、日本でその傾向がはっきりと表れるには時間がかかるかもしれません。というのも、日本の女性はいまだに男性と比べ「働きにくい」環境にあり、「買い物をするのは女性」というイメージも根強い。そういった社会が根本的に変わり、「男性も女性用を含め家族のものを買う」といったことが一般的になれば、もっとニュートラルなデザインになるでしょうし、商品としてのアプローチも「かわいい」より、機能のわかりやすさを重視するようになると思います。実際、世界的に男性向けの尿もれパッドや成人用オムツは、かつて妻が夫のため、親のために買って用意するものでしたが、今では男性自ら買うものとするアプローチに変わってきています。

――消費者側の意識、そしてニーズが変わると、おのずとデザインも変わっていくということでしょうか。

渡部 イメージとしては、ティッシュのパッケージに近い。例えば、日本製紙クレシアの「スコッティ」。かつてティッシュといえば「装飾が施されている方が、高級感がある」とされ、今も「スコッティ」にはそういった商品があるのですが、現在は、値段やサイズ、また「肌にやさしいか」などでティッシュを選ぶ人が増えたので、白を基調にしたシンプルなパッケージのものも展開されています。また「スコッティ」は、基幹となっている5個セットの商品がブランドとして確立されていることから、さまざまな種類、デザインのものを展開できる面があると思います。生理用品も、各ブランドのベーシックな商品をしっかり確立させた上で、バリエーションを広げていくことが望ましいのではないでしょうか。今は、どれが基幹商品かわかりにくく、あまりにも種類が多すぎて選びにくいという面もあります。

 女性は生理用ナプキンの使用が終了する頃、あるいは並行して、尿漏れパッドに移行する人も多く、その次にオムツと続く人もいるでしょう。一人暮らしの高齢者も多いので、自分でオムツを買うのに恥ずかしくないものがほしい。ただこれは生理と同様、パッケージデザインよりも社会的な認知が必要です。

――確かに、そもそも生理が恥ずかしいものとして捉えられている限り、どんなパッケージであっても恥ずかしさは続いてしまいますね。

渡部 親が娘に対して、初潮をどう説明するかは、日本に限らず各国でも難しいトピックのようです。そうした根本的なところが変わっていくといいですね。そういった意味でも、ユニ・チャームの「#NoBagForMe」はいいプロジェクトだと思います。こういったプロジェクトが一時的な話題作りではなく世間に浸透していくかどうかは、ユニ・チャームがしっかり広報し、ドラッグストアの店員さんから消費者まで理解を広めていくことが必要だと思います。

渡部千春(わたべ・ちはる)
東京造形大学准教授。デザインジャーナリスト。1969年新潟生まれ、93年東京造形大学卒業。世界の日用品、食品パッケージなどを研究。『これ、誰がデザインしたの?』『続・これ、誰がデザインしたの?』(美術出版社)、『北欧デザイン』(プチグラパブリッシング)、『北欧デザインを知る』(NHK生活人新書)など著書多数。
ブログ「これ、誰がデザインしたの?

生理用品のパッケージデザインは「納得いかない」――美大准教授が語る“違和感”の正体

 6月12日、生理用品ブランド「ソフィ」を販売しているユニ・チャームが、「生理用品を購入する時に紙袋や中身の見えないビニール袋などで生理用品を包む外袋に対して、“紙袋いりません”と言う選択肢をもつことを推進するプロジェクト」として、「#NoBagForMe」プロジェクトをスタート。「女性の体に自然に起こる生理について、『当たり前に語れる世の中であってほしい』との願いを込めて」「生理用品を隠す必要性を感じさせない」新しいパッケージのデザインを、20〜30代の美大出身女性や元アイドルらとともに開発するという。

 ネット上では、この一報を受け「確かに生理用品のパッケージデザインはダサい」という声が散見されることとなり、また同プロジェクトにも携わるアパレル経営者で起業家のハヤカワ五味氏が、青山ブックセンターで生理用品のセレクトショップ「illuminate」を立ち上げるといった動きも出てきたが、デザインジャーナリストで東京造形大学准教授の渡部千春氏も、自身のブログ「これ、誰がデザインしたの?」において、以前から「生理用ナプキンのパッケージデザインについて、どうも納得がいかないところが多い」と、疑問を投げかけ考察を行っていた一人。今回、そんな渡部氏に、生理用品のパッケージデザインの問題点について話を聞いた。

花柄やピンクは「痛みを和らげる」ため?

――生理用品のパッケージデザインについて、「納得がいかない」と感じる点を具体的に教えてください。

渡部千春氏(以下、渡部) 「20〜30代」をターゲットにしているように思えてならない点です。ユーザーは12歳くらいから50歳くらいまでの幅広い層のはずなのに、「花柄」「蝶柄」「レース柄」「パステルカラー」など、中高生や中年女性が持つには違和感があるものが多い。もっとユーザー個々の指向性に合わせるのであれば、例えば中高校生くらいだとキャラクターものが好きな子もいるでしょうし、一方で中年層は、娘がいるかいないか、で分かれるかもしれません。母親は自己主張よりも娘を中心に生活用品を合わせようとする傾向が見受けられます。とはいえ、そうでないケースも非常に多い。子どものいない中高年、家族と一緒に住んでいない、あるいはシングルの女性などにもう少し意識を寄せれば、パッケージの好みはばらけてくるはずなのですが、現状、日本のマーケティングというのは生理用品に限らず、消費力の高い「20〜30代」の「女性」を中心に捉えがちですね。

 今ある生理用品のような「押しの強い色や柄」のパッケージで消費者を掴む傾向になったのは90年代後半くらいから。ここ20年ほどは変わっていないようです。それより以前は「生理は隠すもの」という認識が今よりも強く、何の表情もないようなパッケージでした。

――「花柄」や「パステルカラー」などのパッケージについて、ユニ・チャームは、「そうしたパッケージには『痛みを和らげる』ような優しいイメージもあり、実際に高い評価を受けてきた側面もある」(6月12日付け「ハフポスト日本版」)とコメントしています。

渡部 日本や海外の医薬品のパッケージデザイン集を見ると、日本に比べて海外は「パッケージで痛みを和らげよう」という意識はあまり感じられません。日本はそういう傾向が強いのかもしれませんね。

 なお、韓国の「ソフィ ボディーフィット 貴愛娘(ギエラン)」は、痛みを和らげるとされるよもぎ成分を配合している製品ですが、花柄やピンクではなく“漢方”のイメージを打ち出したパッケージになっています。

――そもそも痛みを和らげるイメージがパッケージに必要なのかどうかも疑問です。

渡部 実際に色彩学的には、パステルカラーなどの柔らかい色、緑系の色などは、人の心を穏やかにさせるといった働きはあると言われています。とはいえ、メーカーは消費者のアンケート結果に大きく左右されているのではないでしょうか。また、質問の仕方もやや誘導式なのではないかとも考えられます。例えば、花柄やパステルカラーのパッケージに関して、「このパッケージデザインは痛みを和らげると思うか」という質問を女性に投げかけ、「非常にそう思う」「そう思う」「あまりそう思わない」「まったく思わない」からどれかを選択させるというアンケートを実施した場合、恐らく「そう思う」にチェックする人が多いと思います。しかし「和らげないと思うか」という質問だと結果は違ってくるはず。アンケートでは後者のような聞き方は少ないと思います。

――「蝶柄」や「レース柄」についてはどう思われますか。

渡部 蝶柄やレース柄に関しては「かわいい」の象徴として起用されていると言えます。私感ですが、日本における「かわいい」の感覚は、プレ・ディズニーランド世代、ポスト・ディズニーランド世代で差があるのではないでしょうか。東京ディズニーランドが開業したのが1983年。生まれた頃、すでにディズニーランドがあった世代の「かわいい」という感覚は、ディズニーに影響されていると思うのです。特に、ディズニープリンセスがプロダクトとして出てきた2000年代初期に、子ども時代~思春期を過ごした世代以降は、その影響を受けていると感じています。

 もちろん、ディズニープリンセス以前もお姫様のイメージはありましたが、パーティなどの特別な機会以外で自分が身につけるという感覚はほとんどなかったと思います。また、かつては蝶柄やレースにピンクや紫色が組み合わさると、いわゆるセクシーな下着も連想させたのです。しかし、ディズニープリンセスが登場したことにより、濃いピンクや紫といった色とレースやリボンを、躊躇なく受け入れられる女性が増えたと考えています。

――確かに、ディズニープリンセスのイメージと生理用品のパッケージには似たものがありますね。渡部さんは大学で教鞭をとっていらっしゃいますが、実際に若者は、生理用品のパッケージに関して、どう感じているのでしょうか。

渡部 学生の中には、特にパッケージを気にしたことはなく、「母親が買ってきたものを使っている」という子もいるんですよ。自分で買っているというゼミの学生からは、次のような意見を得たのでご紹介します。

学生A「花柄や蝶柄、レースなど、ガーリーなデザインを好む同年代女性はいると思いますが、私自身は抵抗があります。愛用しているのは『ロリエ スリムガード』(花王)。これはサイズがピンク、黄色、緑と色別になっていて、見慣れてしまえばすぐにわかる点がいいと思います。パッケージでいいなと思ったのは、生理用品っぽくない茶色のパッケージに、うさぎの絵が描かれている『オーガニックコットンナプキン』(コットン・ラボ)です」

学生B「私は、パッケージは気にせず機能で選んでいます。使っているのは、薄くて羽つきがいい『スリムガード』。ナプキンの形そのままのイラストをパッケージに入れている商品があり、わかりやすくていいとは思うのですが、レジに持っていくときに少し抵抗があります」

学生C「私も使い心地重視。蛍光色とか派手なピンクよりもあまり色が派手でない、シンプルなパッケージの方が買いやすい。なぜユニセックスなデザインではだめなのか疑問です。使っているのは、『elis Megami 素肌のきもち』(エリエール)。パッケージではなく使い心地で選びました」

 このように、「かわいい」パッケージの対象となっていると思われる20代前半女性の中にも、「デザインに抵抗がある」という子がいるのです。それでも、こうしたデザインが世に溢れているのは、「パッケージは気にしない」あるいは「目立たなければいい」「形がわかればいい」と思っている人が多いとも言えるでしょう。

(後編につづく)

渡部千春(わたべ・ちはる)
東京造形大学准教授。デザインジャーナリスト。1969年新潟生まれ、93年東京造形大学卒業。世界の日用品、食品パッケージなどを研究。『これ、誰がデザインしたの?』『続・これ、誰がデザインしたの?』(美術出版社)、『北欧デザイン』(プチグラパブリッシング)、『北欧デザインを知る』(NHK生活人新書)など著書多数。
ブログ「これ、誰がデザインしたの?

生理用品のパッケージデザインは「納得いかない」――美大准教授が語る“違和感”の正体

 6月12日、生理用品ブランド「ソフィ」を販売しているユニ・チャームが、「生理用品を購入する時に紙袋や中身の見えないビニール袋などで生理用品を包む外袋に対して、“紙袋いりません”と言う選択肢をもつことを推進するプロジェクト」として、「#NoBagForMe」プロジェクトをスタート。「女性の体に自然に起こる生理について、『当たり前に語れる世の中であってほしい』との願いを込めて」「生理用品を隠す必要性を感じさせない」新しいパッケージのデザインを、20〜30代の美大出身女性や元アイドルらとともに開発するという。

 ネット上では、この一報を受け「確かに生理用品のパッケージデザインはダサい」という声が散見されることとなり、また同プロジェクトにも携わるアパレル経営者で起業家のハヤカワ五味氏が、青山ブックセンターで生理用品のセレクトショップ「illuminate」を立ち上げるといった動きも出てきたが、デザインジャーナリストで東京造形大学准教授の渡部千春氏も、自身のブログ「これ、誰がデザインしたの?」において、以前から「生理用ナプキンのパッケージデザインについて、どうも納得がいかないところが多い」と、疑問を投げかけ考察を行っていた一人。今回、そんな渡部氏に、生理用品のパッケージデザインの問題点について話を聞いた。

花柄やピンクは「痛みを和らげる」ため?

――生理用品のパッケージデザインについて、「納得がいかない」と感じる点を具体的に教えてください。

渡部千春氏(以下、渡部) 「20〜30代」をターゲットにしているように思えてならない点です。ユーザーは12歳くらいから50歳くらいまでの幅広い層のはずなのに、「花柄」「蝶柄」「レース柄」「パステルカラー」など、中高生や中年女性が持つには違和感があるものが多い。もっとユーザー個々の指向性に合わせるのであれば、例えば中高校生くらいだとキャラクターものが好きな子もいるでしょうし、一方で中年層は、娘がいるかいないか、で分かれるかもしれません。母親は自己主張よりも娘を中心に生活用品を合わせようとする傾向が見受けられます。とはいえ、そうでないケースも非常に多い。子どものいない中高年、家族と一緒に住んでいない、あるいはシングルの女性などにもう少し意識を寄せれば、パッケージの好みはばらけてくるはずなのですが、現状、日本のマーケティングというのは生理用品に限らず、消費力の高い「20〜30代」の「女性」を中心に捉えがちですね。

 今ある生理用品のような「押しの強い色や柄」のパッケージで消費者を掴む傾向になったのは90年代後半くらいから。ここ20年ほどは変わっていないようです。それより以前は「生理は隠すもの」という認識が今よりも強く、何の表情もないようなパッケージでした。

――「花柄」や「パステルカラー」などのパッケージについて、ユニ・チャームは、「そうしたパッケージには『痛みを和らげる』ような優しいイメージもあり、実際に高い評価を受けてきた側面もある」(6月12日付け「ハフポスト日本版」)とコメントしています。

渡部 日本や海外の医薬品のパッケージデザイン集を見ると、日本に比べて海外は「パッケージで痛みを和らげよう」という意識はあまり感じられません。日本はそういう傾向が強いのかもしれませんね。

 なお、韓国の「ソフィ ボディーフィット 貴愛娘(ギエラン)」は、痛みを和らげるとされるよもぎ成分を配合している製品ですが、花柄やピンクではなく“漢方”のイメージを打ち出したパッケージになっています。

――そもそも痛みを和らげるイメージがパッケージに必要なのかどうかも疑問です。

渡部 実際に色彩学的には、パステルカラーなどの柔らかい色、緑系の色などは、人の心を穏やかにさせるといった働きはあると言われています。とはいえ、メーカーは消費者のアンケート結果に大きく左右されているのではないでしょうか。また、質問の仕方もやや誘導式なのではないかとも考えられます。例えば、花柄やパステルカラーのパッケージに関して、「このパッケージデザインは痛みを和らげると思うか」という質問を女性に投げかけ、「非常にそう思う」「そう思う」「あまりそう思わない」「まったく思わない」からどれかを選択させるというアンケートを実施した場合、恐らく「そう思う」にチェックする人が多いと思います。しかし「和らげないと思うか」という質問だと結果は違ってくるはず。アンケートでは後者のような聞き方は少ないと思います。

――「蝶柄」や「レース柄」についてはどう思われますか。

渡部 蝶柄やレース柄に関しては「かわいい」の象徴として起用されていると言えます。私感ですが、日本における「かわいい」の感覚は、プレ・ディズニーランド世代、ポスト・ディズニーランド世代で差があるのではないでしょうか。東京ディズニーランドが開業したのが1983年。生まれた頃、すでにディズニーランドがあった世代の「かわいい」という感覚は、ディズニーに影響されていると思うのです。特に、ディズニープリンセスがプロダクトとして出てきた2000年代初期に、子ども時代~思春期を過ごした世代以降は、その影響を受けていると感じています。

 もちろん、ディズニープリンセス以前もお姫様のイメージはありましたが、パーティなどの特別な機会以外で自分が身につけるという感覚はほとんどなかったと思います。また、かつては蝶柄やレースにピンクや紫色が組み合わさると、いわゆるセクシーな下着も連想させたのです。しかし、ディズニープリンセスが登場したことにより、濃いピンクや紫といった色とレースやリボンを、躊躇なく受け入れられる女性が増えたと考えています。

――確かに、ディズニープリンセスのイメージと生理用品のパッケージには似たものがありますね。渡部さんは大学で教鞭をとっていらっしゃいますが、実際に若者は、生理用品のパッケージに関して、どう感じているのでしょうか。

渡部 学生の中には、特にパッケージを気にしたことはなく、「母親が買ってきたものを使っている」という子もいるんですよ。自分で買っているというゼミの学生からは、次のような意見を得たのでご紹介します。

学生A「花柄や蝶柄、レースなど、ガーリーなデザインを好む同年代女性はいると思いますが、私自身は抵抗があります。愛用しているのは『ロリエ スリムガード』(花王)。これはサイズがピンク、黄色、緑と色別になっていて、見慣れてしまえばすぐにわかる点がいいと思います。パッケージでいいなと思ったのは、生理用品っぽくない茶色のパッケージに、うさぎの絵が描かれている『オーガニックコットンナプキン』(コットン・ラボ)です」

学生B「私は、パッケージは気にせず機能で選んでいます。使っているのは、薄くて羽つきがいい『スリムガード』。ナプキンの形そのままのイラストをパッケージに入れている商品があり、わかりやすくていいとは思うのですが、レジに持っていくときに少し抵抗があります」

学生C「私も使い心地重視。蛍光色とか派手なピンクよりもあまり色が派手でない、シンプルなパッケージの方が買いやすい。なぜユニセックスなデザインではだめなのか疑問です。使っているのは、『elis Megami 素肌のきもち』(エリエール)。パッケージではなく使い心地で選びました」

 このように、「かわいい」パッケージの対象となっていると思われる20代前半女性の中にも、「デザインに抵抗がある」という子がいるのです。それでも、こうしたデザインが世に溢れているのは、「パッケージは気にしない」あるいは「目立たなければいい」「形がわかればいい」と思っている人が多いとも言えるでしょう。

(後編につづく)

渡部千春(わたべ・ちはる)
東京造形大学准教授。デザインジャーナリスト。1969年新潟生まれ、93年東京造形大学卒業。世界の日用品、食品パッケージなどを研究。『これ、誰がデザインしたの?』『続・これ、誰がデザインしたの?』(美術出版社)、『北欧デザイン』(プチグラパブリッシング)、『北欧デザインを知る』(NHK生活人新書)など著書多数。
ブログ「これ、誰がデザインしたの?

眞子さまと小室圭さんの結婚は、なぜ不安視される? 「現代日本の結婚」が孕む問題点

 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの“結婚騒動”が、いまだ国民の注目を集めている。一昨年9月、二人は婚約内定会見を行ったものの、その後、昨年2月に宮内庁から「2020年まで結婚延期」が発表されることに。その背景には、小室さんの母親が、元婚約者との間に借金トラブルを抱えているとの週刊誌報道が関係しているとされ、現在、報道を見る限り、借金トラブルの解決の見通しは立っていない状況だ。

 しかし、眞子さまと小室さんの結婚は、借金トラブル報道の前から国民の間で先行きを不安視されている面があった。というのも、小室さんは婚約内定の一報が流れた当初、一部で「弁護士事務所にパラリーガルとして週3日ほどの勤務し、大学院に通っている」と報じられ、「アルバイトという立場で、眞子さまと結婚しようとしているのか」と物議を醸したのだ。会見で小室さんは、「正規職員として働いているかたわら、社会人入学した大学院に夜間で通っている」と説明したものの、「将来のことにつきましては、みなさまとご相談しながら考えてまいりたいと思います」と述べ、将来設計が不透明なことに、国民から「結婚後の経済面は大丈夫なのか」と疑問の声が噴出。加えて、結婚延期発表後の昨年8月、国際弁護士資格取得のため米フォーダム大学に留学したことが伝えられると、ますます「将来についてどう考えているのだろうか」「結婚自体を取りやめにした方がいいのでは」といった声が飛び交う事態となった。

 戦後、「日本の家族のモデル」となった皇室。今回の結婚騒動にも、「現代の結婚」が孕む問題点が隠されているということはないか。『結婚不要社会』(朝日新聞出版)などの著者である中央大学教授の山田昌弘氏に、「家族社会学」(家族という形態や機能、またその問題を研究する社会学)の視点から、眞子さまと小室さんの結婚騒動を語ってもらった。

眞子さまとの小室圭さんは「現代の結婚が抱える矛盾」の象徴

――眞子さまと小室圭さんの一連の結婚騒動をどのようにご覧になっていましたか。

山田昌弘氏(以下、山田) 社会学者として興味深く見ていました。結婚には「好きな人と一緒になる」「新しい経済生活を始める」という2つの側面があり、1990年くらいまでは、どちらもうまくかなう形になっていたのですが、近年はいわゆる「好きな相手が経済的にふさわしいとは限らない」「経済的にふさわしい相手を好きになるとは限らない」といった矛盾が現れてきました。眞子さまと小室さんの結婚騒動は、まさにその矛盾の象徴なのではないでしょうか。

 結婚に関する研究を行う中で、現在でも「女性は結婚に『経済の安定』を最も望む」ことがわかっており、例えば「好きな人と結婚できれば生活が苦しくても構わないか」というアンケートでも、男性は「構わない」との回答が多い一方、女性は少ないといった調査結果もありました。そのため世間から、眞子さまの結婚に対して「大丈夫なのか?」といった声が出ることも頷けます。

――結婚における“矛盾”が現れてきた理由は何でしょうか。

山田 男性の収入に格差が生じたことです。昔は中卒でも企業に就職すれば収入は安定し、年功序列で収入も増えていきました。昔は、いつまでも収入が安定しないというのはごく一部の男性だけでしたが、現在は結構な割合にのぼっています。一生涯にわたる生活の安定を保障できる男性が少なくなったのです。

――そんな中、妹の佳子さまが「私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています」「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」というお気持ちを表明され、話題を集めました。

山田 若い人たちの間では、眞子さまと小室さんの結婚を応援するという人も多いようです。以前、ゼミの学生たちにもアンケートを取ったのですが、4分の3がお二人の結婚を応援すると回答していました。恐らく、まだ結婚生活をリアルに想像できないからでしょう。

――小室さんは、国際基督教大学卒で、前職は三菱東京UFJ銀行、さらに一橋大学大学院国際企業戦略研究科(経営法務専攻)にも通っていました。現在も、米フォーダム大学に留学し、国際弁護士資格の取得を目指しており、こうした経歴等を見ると、今後の経済生活は安定しそうだとも考えられますが……。

山田 確かに本人の経歴を見れば一般的には文句は言えないとは思いますが、ご実家が借金トラブルを抱えているとのこと。日本では、結婚において「いざとなった時のバックアップがあるか」、つまりフローよりストックの方が重要視される面があります。眞子さまは結婚によって民間人になると、ご実家から金銭的支援を受けることができなくなります。国民の税金を使うことになってしまうからです。そのため、男性側の実家の経済力に注目が集まり、「いざとなった時、皇室の女性としての体裁を保てるだけの支えはあるのか」と、結婚が不安視されるのではないでしょうか。なお、中国でも、結婚において夫側の実家の経済力を見られる傾向があります。「新居の頭金は夫の実家が払うもの」という空気があるのです。

――確かに一般的な結婚でも、「相手の実家」を見るということはあると思います。

山田 雅子さまが天皇陛下とご結婚されたとき、キャリアウーマンである点が話題になりましたが、世間的に「驚かれる」「拒否される」といった空気はありませんでした。なぜなら、ご実家の小和田家が名家だったからではないでしょうか。

 ただ、眞子さまは“生活水準が落ちても好きな人と結婚したい”といったスタンスのようにも見受けられますし、若い人たちはその点を支持して、「応援したい」と感じているようにも思います。

――皇族の方々は、たいへん質素な生活をされていると言いますが、一般世間の金銭感覚とは異なるであろうことは想像に難くありません。

山田 最近では、老後の金銭計画まで考えて結婚するという人もいますが、眞子さまがそこまで考えられていたかと言われると、どうなのでしょうか。先ほど、「女性は結婚に『経済の安定』を最も望む」という話をしましたが、中には「男性の経済面は関係ない」「愛情だけで結婚したい」という若い女性も2割くらいはいるのです。ただし、その場合、女性は「結婚後も自分が働き続けること」、つまり、「共働きで生活費を稼ぐこと」を考えています。私が最も最も注目しているのは、ここです。皇室に生まれ育った眞子さまが、今後小室さんと結婚して民間人になり、経済的に厳しい状況に陥った場合、果たして「働く」のだろうか、と。

――世間では「果たして二人は結婚すべきか否か」という議論が活発です。

山田 私は社会学者なので、「結婚すべきか否か」について判断言及することはありませんが、「いくら好きでも、経済的に苦労するような相手との結婚はやめた方がいい」と考える人は多いだろうなというのはわかります。特に親の立場だと、そう思うでしょう。しかし今の日本には、そうやって考えているうちに「結婚したいけど、一生独身」となる人が大勢いるのです。皇族の女性を迎えるとなると人の目にもさらされますので、眞子さまと付き合いたいという男性が将来現れるかどうか……また、眞子さまご自身も「たとえ経済的に安定していたとしても、彼以上に好きになるの相手が現れるか」と考えている可能性はあると思います。

――「結婚したいけど、経済的に安定しないから、独身を選択する」というケースが増えている中、小室さんは、それと逆行するように「収入は不安定だけれど、皇族の女性にプロポーズ」したのですね。

山田 確かにそれは日本のスタンダードではなく、「カップルの愛情」に絶対的な価値を置く欧米のスタンダードと言えます。だからこそ世間の「何かウラがあるのではないか、もしくはよっぽどの自信過剰か」といった疑念を巻き起こしたのではないでしょうか。しかし、それでも眞子さまが小室さんとご結婚され、その後、お金を稼ぐ労働を行うとなれば、それは日本の結婚の「新しいモデル」の一つになると思います。

山田昌弘(やまだ・まさひろ)
1957年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。社会学者。専門は、家族社会学。東京学芸大学教育学部教授を経て、現在、中央大学文学部教授。「パラサイト・シングル」「格差社会」「婚活」といった言葉の生みの親として知られている。『パラサイト・シングルの時代』(筑摩書房)『少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ』(岩波書店)『結婚不要社会』(朝日新聞出版)など著書多数。

しいたけ占い人気の裏側――「占い否定層にウケるカラクリ」「ゲッターズ飯田を追い抜けたワケ」

 かつては細木数子の「六星占術」、鏡リュウジの「西洋占星術、タロット占い」などが人気を博した占い界で、昨今注目を集めているのが、占い師・しいたけの「しいたけ占い」だ。2014年から「VOGUE GIRL」で開始した連載「WEEKLY! しいたけ占い」が話題を呼んで人気に火がつき、現在「最も支持されている占い」の一つと言えるだろう。

 この「WEEKLY! しいたけ占い」は、12星座別にその週の運勢をオーラカラーと共に診断するもの。「しいたけ」にちなんだ独特な占い内容なのかと思いきや、非常にポピュラーな12星座占いなのである。特に目新しさはないにもかかわらず、なぜしいたけ占いは女性の心をつかむのか――今回、経営コンサルタントで心理学博士の鈴木丈織(すずきじょうじ)氏に見解をお聞きしたところ、「当たる/当たらない云々とは別のところに人気の理由がある」と、そのカラクリを明かしてくれた。

非科学的なものを哲学的に解説するしいたけ占い

 まず鈴木氏は、しいたけ氏の「早稲田大学大学院政治学研究科修了」「哲学を学んでいた」という経歴に着目し、「もともと男性も女性も、物事を追究していく“哲学的な思考”を持つことにあこがれを抱くところがある」と指摘したうえで、しいたけ占いの特異性を考察する。

「12星座占いという非科学的なものを、哲学を学んだ人が説いている――つまり、 しいたけ占いには、“神秘性”と“信憑性”があり、そのギャップが人の心を惹きつけるのではないでしょうか。実際に占い内容を読んでみると、普段あまり聞きなれない哲学的な言葉が散見されます」

 例えば、「WEEKLY! しいたけ占い」7月15日(月)~7月21日(日)には、こんな一文がある。山羊座の人に向けた「今週のあなたを分析」の項目から抜粋する。

「何か未来に対して自信がなくても『やってみよう』と思った人、そして、『なんかやるべきことが見えた。粛々とやって、ひとつひとつ結果を出していこう』と思った人って『良い沈黙』を武器として手に入れるのです」

 この「良い沈黙」という言葉について、鈴木氏は「なかなか日常的には使わないですよね。この『良い沈黙』とは、心理学的に、自分の立場や環境との関わり方、現状などを、自ら客観的に見て、自己検討することなのではないかと私は受け取るのですが、これは哲学的なものの見方とも言えます。皆さん、そこに惹かれるのでは」

 また鈴木氏は、しいたけ占いでオーラカラーが診断されている点に関して、「色彩心理学を用いている」と指摘。「例えば、『「新機軸と急展開」の黄色が出ています』という一文を見ましたが、黄色は色彩心理学上、『新機軸』『急展開』を示す色と言えます。つまりしいたけ占いには、心理学という科学も織り交ぜられていると言えるでしょう」。

 しいたけ占いを「当たる」という人が多いのも、このあたりに理由がありそうだ。

「哲学や心理学は、占いと違って誰しもに当てはまるもの。だから、しいたけ占いを『当たる』と感じる人が多いのでしょう。ただし、『WEEKLY! しいたけ占い』を詳しく見ていくと、『今週のあなたを分析』と『今週どう乗り切る?』の2項目からなっており、前者は、哲学などが織り交ぜられていますが、後者はいわゆる一般的な12星座占いとして、『◎◎するといいですよ』などの助言が書かれている。占いをあまり信じない人でも、前者の『今週のあなたを分析』に書かれていることには興味を抱くかもしれませんね」

 さらに、しいたけ占いのキャラクターにも、人の「かわいい」という心理を呼び起こす仕掛けがあるそうだ。

「しいたけ占いのキャラクターは、頭にしいたけを被っています。人は頭が胴より3倍大きいものを『かわいい』と感じるものなので、これもまた人を惹きつける要因になっているのではないでしょうか」

 そもそも女性は、「生物学的に、“より強い種を残す”ため、相手の外見的イメージに惑わされず、本質を見極めようとする習性があると言われており、それは女性心理の基本ともされる」と鈴木氏。つまり、「哲学的な思考が織り交ぜられているしいたけ占いは、そんな“本質を見極めたい”という女性心理にマッチしていると思います。占い内容が実際に当たる/当たらないというより、しいたけ占い自体、そしてしいたけ氏自身に、女性は惹かれているようにも感じますし、自らの考え方によって『当たりにいこう』とする心理も働いている気がしますね」と、しいたけ占い人気の考察をまとめた。

 占い界では、しいたけ氏以外にも人気占い師がいる。その一人が、ゲッターズ飯田氏だ。もともとお笑いタレントだったという異色の経歴で、テレビに多数出演していることもあり、抜群の知名度を誇っているが、昨今、女性人気という点では、しいたけ氏が飯田氏を追い越す勢いがあるとする向きも。事実Twitterのフォロワー数は、しいたけ氏が約45万人、飯田氏は約26万人だ。鈴木氏は、そんな2人の占いを比較すると、ある興味深い傾向がみられるという。

 飯田氏の占いは、哲学的な言葉や言い回しで、読み手に思考を促すしいたけ占いに比べると、「◎◎すべし」など、ずばり指摘するタイプのものも見受けられるが、「元来の女性心理からすると、飯田氏の方がウケはいいと言える」そうだ。

「今は徐々に変わりつつありますが、女性は受動的なことが多く、『◎◎すべし』などと、断定的なことをズバリ言われると、“ドキッ”として、心が惹かれる面があるとされています。少し前に流行した“壁ドン”と同じ。壁に追い詰められて愛の告白をされると、思わず『はい』と言ってしまう……という。しかし今こうして、しいたけ占いのような女性自身に思考させるような占いが流行し始めたのは、とても興味深いですね。女性が自己決断する世の中になってきたのだと感じます」

 鈴木氏いわく、占いにハマりやすい女性は「前向きな人」とのこと。一般的に、ネガティブで不安感が強い人ほど、傾倒する傾向があるように思えるが……。

「前向きな人は、成功・成長を求めており、そのための“保証”や“支え”を欲する……占いの良い部分だけを信じて、悪い部分は無視するという感じなのではないでしょうか。占いにハマる人の大部分が、そういった人だと思いますよ。一方、ネガティブな人のハマり方は、むしろ失敗を自分の責任ではなく、星の責任にするというような心理で占いをしているのでは」

 占いは当たるも八卦当たらぬも八卦。頼り切るものではなく、物事を考えるきっかけとして、しいたけ占いが人気を博しているのかもしれない。

若者の「政治アレルギー」とどう向き合う? 「ViVi」炎上を経た、ファッション誌編集者の葛藤

 7月21日に参議院議員選挙を控える前月(6月)のこと、講談社が発行するファッション誌「ViVi」のWeb版が、自民党とのタイアップ広告記事を掲載し物議を醸した。現在はすでに特設サイトも閉鎖されているが、極めて異例な企画だけに大きな波紋を呼んだ。

 6月10日、「ViVi」のWeb版が「わたしたちの時代がやってくる! 権利平等、動物保護、文化共生。みんなはどんな世の中にしたい?」というタイトルのPR記事を公開。この呼びかけに、同誌の公認インフルエンサーである“ViVi girl”が、「ハッピーに生きていける社会にしたい!」「いろんな文化が共生できる社会に」「自分らしくいられる世界にしたい」など、それぞれの思いを語り、また、同誌の公式Twitterアカウントは、PR記事のリンク先とともに、「みんなはどんな世の中にしたい? 自分の想いを #自民党2019 #メッセージTシャツプレゼントのハッシュタグ2つをつけてツイートすると、メッセージTシャツがもらえるよ!」と投稿。瞬く間にツイートは拡散され、反応があったが、そのほとんどが「若い人に自民党に対する良いイメージだけを植え付けようとしている」「自民党の広報誌?」「自民党の政策と相反している」というような批判や疑問の声だった。

 そんな中、女性向けファッション誌の作り手側である編集部員A氏も、この「ViVi」の自民党タイアップには「凄まじい衝撃を受けた」という。「クライアントである自民党の政策を企画内で何ら説明していないだけでなく、ほかの政党との比較も行っていない。モデルに党のロゴマークが入ったTシャツを着させて、理想とする未来を語らせるという『雰囲気』だけでバックアップしていることに疑問を抱きました」と企画意図には疑問を隠せない様子だが、一方でファッション誌において「若い読者に向けた、政治への関心を高める企画」を実現することの難しさを実感したという。今回、その内情を明かしてくれた。

「自社がもし特定の政党に絞った企画が上がってきたら、それは断固拒否します。特に『#自民党2019』のように、一党に絞った揚げ句『なんか良さそうな雰囲気』で読者を誘導することが嫌です。また、出版社をはじめその企画に携わった人々が、漏れなくその“思想”を支持するということを意味しているので、もし自分たちが知らない間に自社からそのような発行物やキャンペーンがあったとしたら純粋にショックですし、内容によっては反対・抗議を考えますね」

「ViVi」自民党タイアップ企画をめぐる炎上を見て、もしこの事態がわが身に降り掛かったら……を想像し、あらためて「あの企画はあり得ない」と感じたというA氏。しかし一方で、この騒動において「ファッション誌が政治を取り扱うこと自体は賛成」といった声が世間から上がった点には、思うところがあったようだ。

「『今後、政治を取り上げる予定はあるか?』と問われると、正直なところ“政治”を前面に押し出した企画は考えていません。例えば、いまだに日本は、芸能人が政治的発言をするとアレルギー反応が出るような環境なので……」

 芸能人の政治的発言は疎まれる傾向にあるというのは事実だろう。実際、NEWSのメンバーで、小説家や情報番組のコメンテーターなど文化人としての顔を持つ加藤シゲアキが、「朝日ジャーナル」(緊急復刊2016年7月7日号、朝日新聞出版)の中で、学生団体「SEALDs」に賛同の意を表明した際、一部ファンから「個人の思想の自由は認められるべきだけど、ジャニーズの看板を背負っているなら発言を控えてほしい」「アイドルに政治的発言はしてほしくない」という批判の声が上がった。また、モデルのローラが昨年末、自身のインスタグラムに「We the people Okinawa で検索してみて。美しい沖縄の埋め立てをみんなの声が集まれば止めることができるかもしれないの。名前とアドレスを登録するだけでできちゃうから、ホワイトハウスにこの声を届けよう」と投稿、さらに沖縄県宜野湾市・米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事中止について署名活動を行ったところ、「芸能人はイメージ商売だし、政治的な発言ばかりしているとCMで使いにくくなりそう」「浅い知識で行動するのはやめてほしい」と非難の言葉が相次いだ。

 A氏は「政治について語る機会を提案することや、選択肢を提示することは大切という認識はあります。しかし、こうしたアレルギー反応を恐れている面も確かにあるのです」と語る。「ファッション誌が政治を取り扱うこと自体は賛成」という声がある一方、現実問題、政治について語ること=「過激」「危険」といったイメージも根強く、A氏はその狭間で頭を悩ませているようだ。

海外に根付く、「語ることがクール、気にしない方がダサい」という価値観

 しかし、海外に目を向けてみると事情は異なってくる。10~20代の若者が集まる米国内のコンサートで、来場者に有権者登録(アメリカで投票前に必須となる登録)を呼びかけた歌手のアリアナ・グランデが、「若い世代の政治への関心を高めている」と称賛されているほか、A氏いわく「パリコレクションなどのランウェイでは、女性の権利やトランプ政治への反対意見など、世の中のムードやそれに対する表明が大きくされている」とのこと。日本でそういった土壌を育むには何が必要なのだろうか。

「海外には、政治や時事について『語ることがクール、気にしない方がダサい』という価値観があるんですね。それを、いかに日本の若年層に浸透させるか……といった点を考えていくことが大事だと思います。その前段階として、“アレルギー反応を起こさせない”ことに留意すべきなのかもしれません」

 A氏はこうした実感から、「突然、真正面から政治問題を扱う」ことは得策ではないと感じているようだ。

「例えば、『反戦』などは、若い読者でも取っつきやすいのではないかと思っています。直接的ではなく、“間接的”なテーマから始めること。それが、特に若者向けのファッション誌で政治を扱うために必要なことだと感じます」

 2016年の6月より、公職選挙の選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられ、若者による積極的な政治への参加が期待されている。一方で、若年層の投票率はいまだに低いのが現状。7月21日に参院選が行われるが、今後の在り方として、ファッション誌やSNSなど若者が目にしやすいメディアが、政治意識を高める役を買って出ることが重要になってくるのかもしれない。

京アニ放火事件、33人死亡のショックーー「心神喪失で無罪は許さない」の声に弁護士の見解は?

 7月18日、京都市にあるアニメ制作会社「京都アニメーション」(以下、京アニ)のスタジオが爆発炎上し、33人が死亡するという痛ましい事件が起こった。放火したとみられる男・青葉真司容疑者は、現在京都市内の病院で治療を受けているといい、「意識不明、重体」と報じられている。

 『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』(TOKYO MXほか)『けいおん!』(TBS系)など、数多くの人気作品を世に送り出してきた京アニで起こった今回の大火災。放火事件の犠牲者数としては「平成以降最悪」だといい、世間はその凄惨さに大きなショックを受けるとともに、深い悲しみに暮れている。また、テレビや新聞の報道から、放火疑いの青葉容疑者の情報が徐々に明らかになるにつれ、ネット上には、強い怒りの感情をむき出しにする者がみられるように。そんな中、特に印象的なのが、次のような言葉だ。

「心神喪失、心神耗弱状態だったと認められ、無罪や減刑になってほしくない」
「責任能力がないと判断されないことを祈る」

 今回のような、多くの犠牲者を出す“テロ”とも言える事件が発生した場合、こうしたコメントがネット上でみられることは少なくない。2001年に起こった「附属池田小事件」の裁判で、弁護人が宅間守元死刑囚(04年9月執行)について「心神喪失もしくは心神耗弱の状態にあった」と主張したことなどが、強く印象に残っている人が多いということだろうが、果たして今回の事件の裁判をめぐって、同様の事態が展開される可能性はあるのか。弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士に話を聞いた。

警察官2人をナイフで突き刺した男が「無罪」の例も

 心神喪失者及び心神耗弱者の責任能力に関しては、刑法第39条に、「1.心神喪失者の行為は、罰しない」「2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」と規定されている。山岸氏は、「刑法第39条が適応された事例」を次のように語る。

「2017年8月、警察官2人をナイフで突き刺すなどした罪(殺人未遂)で起訴された被告に対し、今年3月、金沢地裁が、鑑定の結果『心神喪失』として、無罪を言い渡した事件がありました。詳しくはわからないものの、『ナイフで人を刺す』という行為が『悪いことなのかどうなのかわからない』とは、一体どういう精神状態なのか……私個人としては理解できないところでしたので、印象に残っています」

 この心神喪失、及び心神耗弱の「鑑定」また「判断」とは、どのように行われるものなのか。刑法第39条を適用するのは裁判所・裁判官のみであるため、「責任能力がある/ない」を“判断”するのは、当然裁判官だが、「裁判官は医学・生物学・心理学等については素人であるため、“鑑定”を行う」という。

「この鑑定において、医師等が専門的見地から、『まさに罪を犯そうとしているときに、精神の障害により物事の善悪を判断できる状況にあったか』を検証し、裁判所に意見を提出します。裁判官はこの意見を踏まえて、法律的見地から『この人物に刑を適用して罰するべきかどうか』を判断するわけです。なお、起訴するかしないかを判断する検察官が、起訴する前に科捜研などで被疑者に検査を行い、『この人物は心神喪失だ』と判断した場合には、そもそも『起訴しない』こともあります。この場合は、刑法第39条を適用するわけではなく、『起訴しない』という判断になります」

 京アニ放火事件に関しても同様に、裁判で弁護側が心神喪失・心神耗弱状態を主張するのではないかと、ネット上で指摘されている。

「今回の事件においては、犯人性(犯人ではないこと)を争うような弁護活動は無理ですし、情状を酌んでもらうような弁護活動も無理でしょう。となると、“お決まり”のように、心神喪失・心神耗弱を主張するなどといった弁護活動がなされるでしょうが、報道によれば、青葉容疑者は犯行直後に『パクられた(真似された)』と、動機のようなことを口にしていたとのこと。そのような状況であったならば、心神喪失・心神耗弱を主張するような弁護活動も、まず無理でしょう。公判において、もし青葉容疑者が罪を認めるのであれば、弁護人は余計な弁護活動をするべきではないと考えます」

 また、33人もの犠牲者を出した重大な事件という点において、「刑法第39条の適用」に反対する声も出ているが、「事件の大きさと刑法第39条適用の有無は関係ないので、心神喪失が認められるなら、無罪にもなり得るでしょう」と山岸氏は言う。

「検察官は、起訴するにあたり『刑法第39条が適用され、無罪にならないこと』『刑事責任を問えること』をしっかりと検証した上で、起訴しているのです。つまり、無罪になることを避けるため、検察官は“精神的に問題がある”人物を『あえて起訴しないこと』ができるのです。もちろんその場合、精神病院への強制入院など、その他の措置がありますが、こうした背景から、刑事裁判において刑法第39条が適用されるケースは稀になります」

 なお、現在、青葉容疑者は、重体であると報じられている。もし今後、死亡した場合だが、それでも「事件」は存在するため、警察はその終了処理を行うといい、「被疑者死亡のまま書類送検、要するに、まず、一連の捜査を行った警察が証拠などの関係書類一式を検察庁に送検し、その後、検察庁が不起訴として終了することになる」そうだ。

 青葉容疑者に関しては、事件発生の数日前に近隣住人とトラブルになっていたという報道も。近隣住人はマスコミの取材に対し、青葉容疑者に胸ぐらをつかまれ「殺すぞ。こっちは余裕がないんだ」とすごまれたことを、明かしていた。

「昨今、鬱屈した環境にある成人が、突然、このような重大事件を引き起こすことが繰り返されています。基本的人権の尊重と社会的正義を実現する立場にある弁護士である以上、なかなかはっきりとは言えませんが、重大事件を引き起こす可能性のある人間に対しては、警察職員が注意を怠らないようにすべきだと私は考えます。具体的にそういった人物を定義することは非常に難しい問題ではあるものの、周辺住民からの当該人物に関する連絡や相談などを真剣に聞き、早い段階から訪問するなどして把握することは必要と感じます」

 事件の全貌が明らかになるには、まだ時間がかかりそうだが、真相が解明されること、そして何より今回負傷された方々の一日も早い回復を祈らずにはいられない。