“健常者”の「寄付したら偉い」「私たちも頑張ろう」とは――ろうの両親を持つ映画監督が語る違和感

 現在、放送中の『24時間テレビ 愛は世界を救う』(日本テレビ系、8月24~25日)。毎年恒例、夏の風物詩といえる同番組では、チャリティーマラソンや特別ドラマをはじめ、障害者や難病患者などのチャレンジ企画が放送されている。42回目となる今回は、嵐がメインパーソナリティを務め、義足の少女やろう学校の生徒を“応援”する企画が放送される。

 しかし、同番組における障害者への演出に対し「感動ポルノ」「健常者が上から目線で泣くためもの」といった指摘が近年続出。その批判は、年々強まっているのだ。

 そんな中、サイゾーウーマンでは2017年に耳の不自由な両親を持つイギル・ボラ監督を取材した。両親が「かわいそう」という目で世間から見られることに、違和感を覚えていたというボラ監督。「障害者はテレビなどでは、かわいそうという視点でしか描かれていなくて、何か利用されているように感じることもありました」と語るその言葉を、再掲するこの機会に、ぜひ読んでいただきたい。

(初出:2017年6月6日)

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 耳の不自由な両親が「かわいそう」という目で世間から見られることに、ずっと違和感を覚えていたというイギル・ボラ監督。娘である監督は、両親を、そうしたイメージとはかけ離れた、家族を愛し、人生を楽しんで生きている夫婦として、ドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』でイキイキと映し出した。ボラ監督から見た両親の歴史、自身のルーツ、映画を通して伝えたいことから、韓国の障害者問題までを伺った。

哀れんでお金を包んで渡そうとする人もいる

――映画『きらめく拍手の音』で、ご両親の歴史をインタビューして、どんな気持ちになりましたか? 知らないことも多かったのでしょうか?

イギル・ボラ監督(以下、ボラ監督) 両親の出会いのことは、この映画を撮るまで知らなかったです。父が母に恋煩いをしていたこと、蜂の群れが花に集まるように、母のもとに男性たちが集まってきたことなどのエピソードを聞くのは楽しかったですね(笑)。両親はそれをすべて手話で語るので、情景が目に浮かぶのです。この2人から私が生まれたのだと、自分のルーツを探る旅にもなりました。私の名前イギル・ボラは、父の姓であるボラ、母の姓であるギルをミックスさせた名前です。普通、子どもは父の姓を名乗るので、イ・ボラとなるのですが、私は2人の影響を受けていますから、母の名字も加えてイギル・ボラと名乗っています。

――耳の不自由な人たちへの周囲の見方に対して疑問に感じていたそうですが、それにはどんなきっかけがあったのでしょう。

ボラ監督 私は耳が聞こえるので、両親と一緒にいるときは自然と通訳をすることになります。そのときに接する人の反応がさまざまなのです。とても驚かれる人もいますし、慌てる方もいますし、同情して哀れんでお金を包んで渡そうとする方もいます。そういう反応を見るたびに、「そうじゃないのに」といつも思っていました。両親は変わっていないし、かわいそうでもない。ただみんなと違う言語で生活しているだけなのです。だから私の大好きなドキュメンタリー映画で、うちの両親の本当の姿、幸福であることを伝えようと思ったのです。

――取材対象がご両親なのは大変でしたか? 家族だからこそ聞ける話もありますよね。

ボラ監督 確かにインサイダーとして撮影できたことは長所ですが、近すぎて距離感が難しかったです。あとスタッフは私ひとりなので、インタビューと撮影を同時にやらないといけない。そうすると、両親と手話で会話ができなくなるんです。カメラを回しながら手話をすることができなくて……。それは、面白くもあり大変なことでした。手話スタッフが必要でしたね。

――韓国ではろう者の映画やドラマは多いのですか?

ボラ監督 ほとんどありません。あっても脇役ですね。日本では健常者と同じようにろう者が登場する作品があると聞きましたが、韓国では、何かが不足している人、助けないといけない人として登場する作品がほとんどです。

――確かに日本では、ろう者が主人公のドラマや映画はあります。ただ、ときどき障害者を感動の材料に利用しているという声もありますね。

ボラ監督 それは嫌ですね。私の両親は何でもできる人たちです。私が頼んだことは何でもしてくれましたし、母は友達のお母さんの中でも飛びぬけて美人ですし、本当に自慢の両親です。でも、障害者はテレビなどでは、かわいそうという視点でしか描かれていなくて、何か利用されているように感じることもありました。だから、私の映画では絶対そうは見せたくなかった。「障害者の人たちも頑張っているのだから、健常者の私たちも頑張りましょう!」というスタンスは絶対に嫌でした。

――でも、失礼のないようにと考えすぎて、どう接したらいいのだろうと悩むこともあります。障害者の方に対しては、どのように接するのがいいのでしょうか?

ボラ監督 自分の方が上だと思わないことです。相手が障害者じゃなくても、そう思ってしまうことはあると思いますが、それは危険です。例えば紛争地域の方、難民の方などに寄付しましょう、寄付したらエライ、みたいな考えはよくありません。でも、メディアはそういう考えを拡大させてしまう恐れがありますね。

韓国の障害者教育は日本より25年遅れている

――日本では2017年に初めての「東京ろう映画祭」が開催され、いい方向へと動き始めたと思うところもありますが、韓国ではそういう動きはありますか?

ボラ監督 韓国は日本より遅れていて、25年前くらいの状況です。この映画を字幕入りで公開しても、私の両親は字幕を読めません。なぜなら、韓国の障害者への教育はとても遅れていて、例えばろう者には「リンゴは手話ではコレ、文字ではコレ」と教えるべきなのに、両親が学んだ韓国の障害者学校は手話ができる教師がいないので、文字を学べないのです。クラスにさまざまな障害者を集めて、普通に授業をするので、耳が不自由な私の両親の場合は、教師が何を教えているのかがわからない。ちゃんとした教育を受けられないから、文字も読めないし、書けないし、文脈もわからないのです。障害者学校で起こった実話をもとにした映画『トガニ 幼き瞳の告発』という作品がありますが、あの映画と同じようなものです。
(※映画『トガニ 幼き瞳の告発』は韓国のろう学校で起こった児童虐待事件を描いた実話の映画化)

――きちんとした教育をさせるために制度を作ったり、立て直そうとしたりする人はいなかったのですか?

ボラ監督 両親が学生だったのは、もう何十年も前ですが、障害者学校では不正も多かったのです。学校建設費用を国からもらっていたにもかかわらず、それを横領して、児童にレンガで学校を建てさせたということもあったそうです。普通は告発すべきと思いますが、障害者学校に手話ができる人はいないので、何もできないのです。教育を受けていないので、何が自分たちの権利なのか、それが間違っているのか否かもわからない。こういうことを認識できない教育になっていることが韓国社会の問題点です。ろう者の人たちは、諦めた方が簡単だと思っています。だから私は映画を通して真実を発信し、こうやってインタビューを受けたり、文章を書いたりすることで、伝えていきたいと思っています。

――ご両親は、娘であるボラ監督が作った自分たち夫婦の映画を見て、どんな感想をもたれましたか?

ボラ監督 すごく喜んでいましたが、母は「おなかの肉がはみだしているところが映ってる!」とか「お化粧もしてないのにカメラを回している!」とか、いろいろ言っていましたけど(笑)。でも、両親は文字が読めないから視覚で情報を得るのが日常なので、手話言語の映画を娘が作ったことが、とてもうれしかったようです。

――映画を見ていると、ご両親は行動的で社交的。毎日をイキイキと暮らす姿がとても素敵だと思いました。ボラ監督自身、ご両親の影響を受けていると思うことはありますか?

ボラ監督 私の両親は、何事も目で見ないと信用しません。それはろう者の特徴でもあるのですが「実際に見て、やってみないとわからない」という考えなのです。行きたい場所へ行ってみる、やりたいことをやってみるという、目で見て体で覚えていくのが両親の生き方です。そういう人たちに育てられたので、私もまず「実際に見たい、体験したい」というタイプです。だから高校生のとき「もっと世界を見てみたい。学びたい」と思って、学校を辞めて世界へ飛び出しました。実際にそうして良かったです。多くの人に出会えましたし、学びもたくさんありました。それは私にとって財産です。

――この映画をどんな人に見てほしいですか?

ボラ監督 新しい世界に出会いたいと思っている人ですね。この映画は、障害者の映画でもないし、教育の映画でもないと思っています。本作は新しい世界に関する映画です。視覚、臭覚、触覚が研ぎ澄まされている、ろう者の美しい世界を見たいと思っている人にぜひ見てほしいです。
(斎藤香)

『きらめく拍手の音』
ボラ監督が、両親の過去から現在までをひもといていくドキュメンタリー。家族を通して、ろう者の生活の真実にスポットを当てていく本作は、音が聞こえない不自由さではなく、工夫を凝らし、前向きにハッピーに生きる毎日が映し出されている。
監督&出演:イギル・ボラ 出演:サングク(父)ギョンヒ(母)グァンヒ(弟)
公式サイト

イギル・ボラ監督
18歳で高校を中退して、東南アジアを旅しながら、旅の過程を記録した中編映画『Road-Schooler』(2009)を制作。その後、韓国国立芸術大学に入学してドキュメンタリー制作を本格的に学ぶ。本作は山形国際ドキュメンタリー映画祭2015アジア千波万波部門で特別賞を受賞した。

嵐・大野智の過激ファンが「ネットで暴走するワケ」――臨床心理士が「アンリー」を解説

 通称「大野アンリー」なる一部の嵐・大野智ファンが、いまネット上で注目されている。この「アンリー」というのは、ジャニーズファンの間で生まれた「オンリー」と「アンチ」を組み合わせた造語で、「グループ/ユニット内のメンバー1人だけを溺愛し、他メンバーを攻撃するファン」のことを指すという。つまり「大野アンリー」とは、「大野だけのファン」を標榜し、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤を敵視する人物であると言えるだろう。

 アンリーと呼ばれるファンは、具体的にどのような言動を取るのだろうか。嵐ファンの女性・Aさんは、「自分の応援するアイドルが、ほかのメンバーのせいで不遇な目に遭っている」と主張するのが特徴ではないかと語る。

「例えば大野くんは、ダンスと歌の才能に優れていて、それは嵐ファンなら誰もが認めるところだと思うのですが、大野アンリーは『その才能が嵐内で生かされていない』『大野くんもストレスを感じているはず』などと怒っているイメージ。グループとしての均一性を保つため、他メンバーのダンスと歌のスキルに合わせなければならず、『実力が発揮できていない』とする声もよく見かけますね。ほかにも、『コンサートの大野くんのソロコーナーは扱いが悪い』『歌番組で大野くんマイクの音量が下げられていた』『カメラに抜かれない』『個人仕事が与えられない』などというコメントもよく見かけます」(同)

 また、嵐が今年1月、2020年いっぱいでの活動休止を発表してから、「大野アンリーは活気づいた印象」(同)という。

「嵐の活休はもともと、大野くんが『自分の嵐としての活動を一旦終えたい。自由に生活をしてみたい』とメンバーに提案したことがきっかけだったのですが、大野アンリーは『やっぱり大野くんは嵐というグループが嫌だったんだ』など、自分たちの主張が裏付けされたとばかりにアピールしだしたというか……。大野アンリーは、一般的な嵐ファンの目に『思い込みが強すぎる過激なファン』として映っていると思います」(同)

 そんな大野アンリーの心理が「まったく理解できない」というAさん。確かにネット上にも、「大野アンリーは意味不明」「暴走しすぎている」といった指摘が飛び交っている状況だ。そこで今回、神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士の杉山崇氏に、大野アンリーの心理に関して、見解を聞いた。

 杉山氏はまず、大野アンリーの心理について、「自らと大野さんを一体化させ、“悲劇のヒロイン”になっているのではないか」と考察する。

「人は、悲劇に酔いしれていると、自分の弱点や欠点から目を背けることができます。また悲劇によって、周囲から同情や共感を得られると、承認欲求が満たされ、脳から快楽物質が出るのです。大野アンリーは、自らの考える『大野さんの悲劇(=才能があるのに不遇な扱いを受けている)』に乗っかるような形で、悲劇のヒロインを楽しんでいるように見えます」

 大野アンリーが、自身と大野を一体化するのは、「好き」という感情によるものだといい、「おじいちゃん、おばあちゃんが、孫のこと『目に入れても痛くない』というのと同じような感じ。好きで好きでしょうがなくて、自分と大野さんの境界線がなくなってしまっている状態とも言える」そうだ。

 なお、悲劇のヒロインになるためには、“悪役”の存在が絶対不可欠と杉山氏。たいていは近しい人物を悪役に仕立てるため、「ほかのメンバーやスタッフを攻撃するような心理が働くのではないかと思います」という。

「大野アンリーには、『大野くんも自分と同じ気持ちだ』と考える傾向もあるようですが、心理学の用語でこれを“投影”と言います。自分の気持ちを相手に映し出して、『相手はこう思っているに違いない』とし、ファンタジーに酔いしれているのです。アイドルというのは、もともと“ファンタジーを売る”のが仕事だと思うのですが、大野アンリーは、大野さん自身やジャニーズが提供するファンタジーではなく、自らが生み出したファンタジーを拡大させ、酔いしれ、楽しんでいる……そんな印象を受けますね。私の考えとしては、それで自分が楽しむ分にはいいと思うのですが、周りの人を誹謗中傷して、ほかのファンを傷つけるのはどうなのだろうか、ほかのファンがかわいそうなのではないか、と思ってしまいます」

 杉山氏は、大野アンリーに「悲劇のヒロイン」に酔いしれている可能性があるというが、その状態に“陥りやすい人”の特徴はあるのだろうか。

「悲劇のヒロインに酔いしれることで、自分のことから目をそらせるという点から、『自分に自信がない人』『コンプレックスが強い人』という特徴があると言えるかもしれません。また、『被拒絶感が強い人』。自分は誰からも大切にされないといじけている面があり、それを大野さんに投影している可能性はあるのではないでしょうか」

 また「新奇性追求の強い人」も、悲劇のヒロインになりやすいと杉山氏。

「この『新奇性追求の強い人』とは、目新しいものが好きで、同じことをしていると飽きてしまう人のことを指すのですが、そういう人がネガティブ思考を併せ持つと、どんどん新しい悲劇を探しだそうとするのです。加えて、本人は自分のことを『コミュニケーション能力が高い』と思い込んでいるが、実は低いといった面も併せ持つと、些細なことで『あの人にこんなことをされた!』と怒り出すようになるのです」

 嵐ファンの間で、大野アンリーは「攻撃性が強い」とする向きもあるが、そこには「新奇性追求の強い人が、悲劇のヒロイン化している」といった背景があるのかもしれない。

 大野アンリーは現在、その攻撃的な言動で、多くの嵐ファンを困惑させているというが、何らかのきっかけによって、アンリー的思考から脱することはあるのだろうか。

「大野アンリーは、大野さん本人からの言葉しか耳に入らないと思います。なので、大野さんに、『応援してくれるのは本当にありがたいのだけど、メンバーや事務所の悪口はやめてほしい』などと言っていただければ、変わる可能性はあります。大野さん以外の人から、その言動を咎められても、大野アンリーは『敵』とみなすのみなのではないでしょうか。嵐ファンの中には抗議したい人もいるでしょうが、悲劇のヒロインになりたい大野アンリーに燃料を投下するだけなので、知らん顔した方がいいと思います」

 しかし、たとえ本人からの願いであったとしても、「『誰かに言わされている』などと妄想を膨らませ、受け止められないケースもあると思います。妄想の中でしか生きられないという人もいるのです」。

 嵐が活動休止するまであと1年半。嵐ファンと大野アンリーの間で大きな諍いが起こらないことを祈るばかりだが……。

【幸福の科学学園1期生語る4】青春をエル・カンターレに捧げた私が、いま教団について思うこと

 宗教団体「幸福の科学」の創始者兼総裁である大川隆法氏が設立し、信者の2世が通うとされる男女共学の全寮制中高一貫私立校「幸福の科学学園」。同校の設立から5年後となる2015年、幸福の科学は、4年生大学の開学計画として「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)」も設立している。大学設置基準の要件を満たさないとして大学の認可は得られず、大卒認定は受けられない私塾の位置づけだが、偏差値70とも言われる幸福の科学学園から8割近い生徒が進学している実情もあるようだ。

 サイゾーウーマンではこれまで3回にわたって、高校1年生からの3年間、幸福の科学学園に在籍した1期生・Aさんに、ベールに包まれていた学園生活を聞いてきた。最終回となる4回目は、HSUに関するエピソードとともに、Aさんが今、幸福の科学自体をどのようにとらえているのかに迫る。

【第1回】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法登場に涙した入学式
【第2回】社会科で「霊言」「過去世」の話題も――知られざる授業内容
【第3回】セックスした生徒は独房懲罰、鍵のない部屋で私物物色――息苦しい寮生活

HSUの入学を辞退したら「悪魔が憑いている」と説教

――幸福の科学が大学としての認可を目指す「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(以下、HSU)」については、何かご存じですか?

Aさん(以下、A) 私は幸福の科学学園を卒業後、一般の大学に進学しましたが、1年生のときに「次年度からHSUの1期生として編入しないか」と親に勧められたので、ある程度は知っています。HSUには、人間幸福学部、経営成功学部、未来産業学部、芸能未来創造学部という4つの学部があって、政治、経済、宇宙、芸能など、幸福の科学グループの活動に関連する内容を教えているんです。卒業後は、出家して幸福の科学の職員になったり、幸福実現党に入ったり、幸福の科学が運営する芸能プロダクションに所属したりする人が多いみたいですね。大学として認可されていない分、好き勝手やっているというか、幸福の科学学園より宗教色が濃い印象もあります。

――Aさんは、親から勧められて入学したのですか?

A いいえ、していません。HSUの話が持ち上がったときは、大学の認可が下りる前提だったし、幸福の科学学園の卒業生であれば推薦で合格できたようなので、私もはじめは「転学してもいいかな」って思っていました。でも、開校の数カ月前に、不認可の通知が出て私塾になることが決定したので、「大学を辞めてまで入り直すことはない」と思い直したんです。でも、親には「HSUに行かなかったら絶対に不幸になる」と言われ、「不幸になったときに親のせいにしない」という誓約書まで書かされました。

――不認可になったことで入学を辞退した人も多かったのでは?

A 辞退したのは少数で、ほとんどみんな入学したみたいですよ。辞退したの子の中には、辞退を申し出てから開学までの間、数人の教授と何回か面談させられたことがあったと言っていました。教授から突然電話がかかってきて「あなたには悪霊が憑いている」「私が教育し直す」などと説教されたといった話も聞きましたね。 

――なかなか衝撃的ですね。

A 実は幸福の科学学園に在籍していたときにも、似たような話を聞いたことがあるんです。学園を辞めようか悩んでいた生徒が、現在校長を務める女性に突然呼び出されて、カフェテリアで数時間くらい説教されたなんて話も。幸福の科学の信者は、表向きは穏やかで優しい人が多いのですが、幸福の科学を否定された瞬間、態度が豹変したり、悪霊が憑いていると言い出したりする人もいるんです。

――現在Aさんは幸福の科学を脱会されているのでしょうか?

A 気持ちの上では脱会していますし、信仰も活動も一切していません。でも、書類上では除籍されていないので、正式に辞めたことにはなっていないと思います。2世の場合、脱会しようとすると親に連絡がいくようなんです。それで揉めた知り合いもたくさんいます。私は親に連絡がいくのが嫌で、正式な手続きはせずに抜けたのですが、親がどうやら感づいたようで、ひとり暮らしの家に「このままでは不幸になる」「今あなたには悪霊がとり憑いている」みたいな手紙がいきなり送り付けられてきました。無視していると、今度は「私にとって、どれだけあなたがかわいい子だったか」といった親の思いをしたためた内容の手紙に変わり、それも無視したら、LINEで直接連絡をよこしてきました。いろいろな手で引き戻そうとしていたようですが、「気持ち悪い」というのが正直な気持ちです。

――そもそも、脱会しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

A 親への不信感が一番ですね。親が信者だったことで、私も6~7歳くらいのときに幸福の科学に入会しています。当時の記憶はないし、親の影響もあって、何の疑問も抱くことなく信じ続けてきました。でも、幸福の科学学園に入ってから、山奥で常に大人の信者に監視されていることに息が詰まると感じるようになり、また、1期生ということでカリキュラムや先生の言うことがコロコロ変わったので、だんだんと「自分たちは“お試し”なんだ」「大人の都合に振り回されている」ということもわかってきたんです。それを親に訴えたものの、理解してもらなかったことが引き金になりましたね。親に対して疑問や反感を持つようになったら、親のバックにある幸福の科学自体にも疑問を感じるようになって、サラッと抜けたという感じです。

――現在の親御さんとの関係は?

A 親は“幸福の科学を信じている私”には優しかったのですが、幸福の科学を辞めるか辞めないかで揉めてからは関係がこじれ、結局、戸籍を抜きました。ひとり暮らしの家も数回引越し、住民票の閲覧もできないようにしているので、事実上の絶縁状態です。

――2世が脱会するのは、親子の縁を切るに等しいのでしょうか?

A 周囲の2世に話を聞くと、「親に説得を試みたらわかってもらえた」とか「幸福の科学を離れることを親が黙認してくれた」とか、そういう家庭もあるんです。うちのように親がストーカー化するような家庭は珍しいのかもしれません。どんな宗教にも言えることですが、結局は家庭環境なんですよ。ひどい親の下でなければ、私は現在も幸福の科学を信じて、幸せに暮らしていたかもしれません。親の言う通りHSUに編入して、今ごろは信者がやっている会社で働いていた可能性もあります。たとえ安月給でも、「私は選ばれた人間だから、この苦労は主が使命を課しているんだ」なんて、都合よく解釈して。実際、そういう2世もたくさんいるのではないでしょうか……そう考えると、もしかしたら、この親の下でよかったのかもしれませんね。幸福の科学に疑問を持てたので。 

――元信者として、今は幸福の科学をどのように、とらえていらっしゃいますか?

A 幸福の科学信者には、「幸福の科学の教えを知っている人は選ばれた人間」という選民思想を持っています。信者ではない一般の人を「選ばれなかったかわいそうな人たち」ととらえ、だから「教えを伝導してあげましょう」と、上から目線のスタンスになるというか……。それはどうなんだろうと感じることはありますね。あと、公式サイトに、正心法語を読むことで「末期がんが完治した」「エイズが回復した」といった衝撃的な体験談がたくさん書かれているので、それは問題かなとも思います。また私自身、「家が裕福ではない」「親がちょっとおかしい」という2世信者の生きづらさは、身をもって実感しているところです。

 ただ実際のところ、信者ではない“一般の人の視点”で幸福の科学を見た時、家族、親戚、友⼈や同僚が信者だと⼤変なこともありますが、「まったくの無関係」であれば、強引な勧誘を受けたり、危害を加えられたりといったことはないので、無害なのではないかとも思いますね。

――脱会後の生活の中で、幸福の科学の教えなどが影響していると感じたことはありましたか?

A 幸福の科学の信者はみんなすごく優しくて、幼い頃から「選ばれた子」としてすごく大切にしてくれていたので、私自身も「選ばれた人間として、きっと他人とは違う優秀なところがあるはず」「私は人々を救うために生まれてきたんだ」って、ずっと信じて生きてきました。その影響からか、脱会後も選民思想が抜けず、「相手を見下していたな」「偉そうに言っちゃったな」と、後悔したことが何度もあります。また、幸福の科学の外の世界を、誰も教えてくれなかったので、社会に出てからは自力でイチから学ばなければなりませんでした。それはそれで楽しい面があったものの、結局15年以上を幸福の科学信者として過ごしてきて、その教えがしみついているので、世間とのギャップを感じ「もういいや、死のう」と思ったことも、正直ありました。今は「私の青春はエル・カンターレに捧げちゃったんだな」と冷静に自分のことを見ている……そんな感じかもしれません。

【幸福の科学学園1期生語る4】青春をエル・カンターレに捧げた私が、いま教団について思うこと

 宗教団体「幸福の科学」の創始者兼総裁である大川隆法氏が設立し、信者の2世が通うとされる男女共学の全寮制中高一貫私立校「幸福の科学学園」。同校の設立から5年後となる2015年、幸福の科学は、4年生大学の開学計画として「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)」も設立している。大学設置基準の要件を満たさないとして大学の認可は得られず、大卒認定は受けられない私塾の位置づけだが、偏差値70とも言われる幸福の科学学園から8割近い生徒が進学している実情もあるようだ。

 サイゾーウーマンではこれまで3回にわたって、高校1年生からの3年間、幸福の科学学園に在籍した1期生・Aさんに、ベールに包まれていた学園生活を聞いてきた。最終回となる4回目は、HSUに関するエピソードとともに、Aさんが今、幸福の科学自体をどのようにとらえているのかに迫る。

【第1回】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法登場に涙した入学式
【第2回】社会科で「霊言」「過去世」の話題も――知られざる授業内容
【第3回】セックスした生徒は独房懲罰、鍵のない部屋で私物物色――息苦しい寮生活

HSUの入学を辞退したら「悪魔が憑いている」と説教

――幸福の科学が大学としての認可を目指す「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(以下、HSU)」については、何かご存じですか?

Aさん(以下、A) 私は幸福の科学学園を卒業後、一般の大学に進学しましたが、1年生のときに「次年度からHSUの1期生として編入しないか」と親に勧められたので、ある程度は知っています。HSUには、人間幸福学部、経営成功学部、未来産業学部、芸能未来創造学部という4つの学部があって、政治、経済、宇宙、芸能など、幸福の科学グループの活動に関連する内容を教えているんです。卒業後は、出家して幸福の科学の職員になったり、幸福実現党に入ったり、幸福の科学が運営する芸能プロダクションに所属したりする人が多いみたいですね。大学として認可されていない分、好き勝手やっているというか、幸福の科学学園より宗教色が濃い印象もあります。

――Aさんは、親から勧められて入学したのですか?

A いいえ、していません。HSUの話が持ち上がったときは、大学の認可が下りる前提だったし、幸福の科学学園の卒業生であれば推薦で合格できたようなので、私もはじめは「転学してもいいかな」って思っていました。でも、開校の数カ月前に、不認可の通知が出て私塾になることが決定したので、「大学を辞めてまで入り直すことはない」と思い直したんです。でも、親には「HSUに行かなかったら絶対に不幸になる」と言われ、「不幸になったときに親のせいにしない」という誓約書まで書かされました。

――不認可になったことで入学を辞退した人も多かったのでは?

A 辞退したのは少数で、ほとんどみんな入学したみたいですよ。辞退したの子の中には、辞退を申し出てから開学までの間、数人の教授と何回か面談させられたことがあったと言っていました。教授から突然電話がかかってきて「あなたには悪霊が憑いている」「私が教育し直す」などと説教されたといった話も聞きましたね。 

――なかなか衝撃的ですね。

A 実は幸福の科学学園に在籍していたときにも、似たような話を聞いたことがあるんです。学園を辞めようか悩んでいた生徒が、現在校長を務める女性に突然呼び出されて、カフェテリアで数時間くらい説教されたなんて話も。幸福の科学の信者は、表向きは穏やかで優しい人が多いのですが、幸福の科学を否定された瞬間、態度が豹変したり、悪霊が憑いていると言い出したりする人もいるんです。

――現在Aさんは幸福の科学を脱会されているのでしょうか?

A 気持ちの上では脱会していますし、信仰も活動も一切していません。でも、書類上では除籍されていないので、正式に辞めたことにはなっていないと思います。2世の場合、脱会しようとすると親に連絡がいくようなんです。それで揉めた知り合いもたくさんいます。私は親に連絡がいくのが嫌で、正式な手続きはせずに抜けたのですが、親がどうやら感づいたようで、ひとり暮らしの家に「このままでは不幸になる」「今あなたには悪霊がとり憑いている」みたいな手紙がいきなり送り付けられてきました。無視していると、今度は「私にとって、どれだけあなたがかわいい子だったか」といった親の思いをしたためた内容の手紙に変わり、それも無視したら、LINEで直接連絡をよこしてきました。いろいろな手で引き戻そうとしていたようですが、「気持ち悪い」というのが正直な気持ちです。

――そもそも、脱会しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

A 親への不信感が一番ですね。親が信者だったことで、私も6~7歳くらいのときに幸福の科学に入会しています。当時の記憶はないし、親の影響もあって、何の疑問も抱くことなく信じ続けてきました。でも、幸福の科学学園に入ってから、山奥で常に大人の信者に監視されていることに息が詰まると感じるようになり、また、1期生ということでカリキュラムや先生の言うことがコロコロ変わったので、だんだんと「自分たちは“お試し”なんだ」「大人の都合に振り回されている」ということもわかってきたんです。それを親に訴えたものの、理解してもらなかったことが引き金になりましたね。親に対して疑問や反感を持つようになったら、親のバックにある幸福の科学自体にも疑問を感じるようになって、サラッと抜けたという感じです。

――現在の親御さんとの関係は?

A 親は“幸福の科学を信じている私”には優しかったのですが、幸福の科学を辞めるか辞めないかで揉めてからは関係がこじれ、結局、戸籍を抜きました。ひとり暮らしの家も数回引越し、住民票の閲覧もできないようにしているので、事実上の絶縁状態です。

――2世が脱会するのは、親子の縁を切るに等しいのでしょうか?

A 周囲の2世に話を聞くと、「親に説得を試みたらわかってもらえた」とか「幸福の科学を離れることを親が黙認してくれた」とか、そういう家庭もあるんです。うちのように親がストーカー化するような家庭は珍しいのかもしれません。どんな宗教にも言えることですが、結局は家庭環境なんですよ。ひどい親の下でなければ、私は現在も幸福の科学を信じて、幸せに暮らしていたかもしれません。親の言う通りHSUに編入して、今ごろは信者がやっている会社で働いていた可能性もあります。たとえ安月給でも、「私は選ばれた人間だから、この苦労は主が使命を課しているんだ」なんて、都合よく解釈して。実際、そういう2世もたくさんいるのではないでしょうか……そう考えると、もしかしたら、この親の下でよかったのかもしれませんね。幸福の科学に疑問を持てたので。 

――元信者として、今は幸福の科学をどのように、とらえていらっしゃいますか?

A 幸福の科学信者には、「幸福の科学の教えを知っている人は選ばれた人間」という選民思想を持っています。信者ではない一般の人を「選ばれなかったかわいそうな人たち」ととらえ、だから「教えを伝導してあげましょう」と、上から目線のスタンスになるというか……。それはどうなんだろうと感じることはありますね。あと、公式サイトに、正心法語を読むことで「末期がんが完治した」「エイズが回復した」といった衝撃的な体験談がたくさん書かれているので、それは問題かなとも思います。また私自身、「家が裕福ではない」「親がちょっとおかしい」という2世信者の生きづらさは、身をもって実感しているところです。

 ただ実際のところ、信者ではない“一般の人の視点”で幸福の科学を見た時、家族、親戚、友⼈や同僚が信者だと⼤変なこともありますが、「まったくの無関係」であれば、強引な勧誘を受けたり、危害を加えられたりといったことはないので、無害なのではないかとも思いますね。

――脱会後の生活の中で、幸福の科学の教えなどが影響していると感じたことはありましたか?

A 幸福の科学の信者はみんなすごく優しくて、幼い頃から「選ばれた子」としてすごく大切にしてくれていたので、私自身も「選ばれた人間として、きっと他人とは違う優秀なところがあるはず」「私は人々を救うために生まれてきたんだ」って、ずっと信じて生きてきました。その影響からか、脱会後も選民思想が抜けず、「相手を見下していたな」「偉そうに言っちゃったな」と、後悔したことが何度もあります。また、幸福の科学の外の世界を、誰も教えてくれなかったので、社会に出てからは自力でイチから学ばなければなりませんでした。それはそれで楽しい面があったものの、結局15年以上を幸福の科学信者として過ごしてきて、その教えがしみついているので、世間とのギャップを感じ「もういいや、死のう」と思ったことも、正直ありました。今は「私の青春はエル・カンターレに捧げちゃったんだな」と冷静に自分のことを見ている……そんな感じかもしれません。

【幸福の科学学園1期生語る3】セックスした生徒は独房懲罰、鍵のない部屋で息苦しい寮生活

 大川隆法氏率いる宗教団体「幸福の科学」が営む、学校法人の全寮制私立中高一貫校「幸福の科学学園」。同校の第1期生・Aさんへのロングインタビュー第3回では、学園生活全般について取り上げる。同校には、ルール違反者に科せられる「独房懲罰」なるものがあり、一部週刊誌でもその存在が報じられ、波紋を呼んだことがあるが、Aさんにその詳細を聞いた。

【第1回】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法登場に涙した入学式
【第2回】社会科で「霊言」「過去世」の話題も――知られざる授業内容

大川隆法の祭壇の前で……「独房懲罰」の実態

――「独房懲罰」という幸福の科学学園ならではの罰があるとの話を耳にします。これは本当なのでしょうか?

Aさん(以下、A) はい。規則を破ったり、異性交遊をしたりした生徒を、一定期間謹慎とする懲罰がありました。ただ、入学したときに「独房懲罰がある」といった説明は一切なかったですし、1期生が1年目に罰を受けたという話も聞かなかったので、2期生、3期生と生徒が増えていく中で、対処的にできたものではないかと思います。恐らく、大川も先生方も、設立当初は「処罰を必要とするような出来事は起こらない」と思っていたんじゃないでしょうか。

――独房懲罰に関して、実際に見聞きした事例があれば教えてください。

A 女子寮に侵入した男子が3日間ほど、人目に付きにくい場所のトイレでセックスしていたカップルは1週間ほど、それぞれ謹慎になったと記憶しています。あと、学園祭で許可なく綿菓子を販売した子がいたんですが、普段からあまり素行が良くなかったうえ、信仰にもあまり熱心ではなかったことも相まってか、1週間程度の謹慎を受けていました。ほかにも、ショッピングモールで万引きをした子は、保護者が迎えに来て1週間ほど自宅に帰されていましたね。

――男女交際は基本禁止されているといったうわさも耳にします。

A 異性絡みで独房懲罰を受けたという話はよく聞きましたね。カップルは、普段カフェテリアで一緒に勉強する程度で、休日に時間をずらして寮を出て、出先で落ち合ってデートするとか、みんな大人にバレないよう、こっそり付き合っていたみたいです。一方で、「いじめで罰を受けた」という話は、特に聞いたことがありません。

――謹慎期間中の生徒が、どのように過ごしていたかご存じですか?

A 謹慎処分を受けた子から聞いた話によると、寮に独房懲罰専用の部屋があって、そこで過ごしたとのことでした。部屋の中には、大川の顔写真が飾られた祭壇が置かれていて、その目の前に設置された机に1日中座らされ、毎日違う大川のビデオを見て、反省文を書かされたそうです。

――謹慎中であることは、ほかの生徒にも知らされるのでしょうか?

A いえ、実は独房懲罰があること自体、公にされていなかったんですよ。“都合の悪いことは隠せばいい”といった感じで、先生も寮のスタッフであるハウスペアレントも、誰も何も触れませんでした。ある日突然、学校に来なくなる生徒がいて、最初は「どうしたんだろう?」と不思議に思っていたのですが、すぐにうわさが広まるといった感じです。口の軽いハウスペアレントからポロッと聞いたこともありますよ(笑)。でも、独房懲罰の存在を知らない生徒は、最後まで知らずに過ごしたんじゃないかと思います。

――寮生活について教えてください。寮はどのような感じだったのでしょうか?

A 寮は、高校2年生までは2人1部屋で、高校3年生だけ1人1部屋を与えられました。テレビや冷蔵庫を個人的に置くのも禁止で、寮内のリビングにある共用のテレビや冷蔵庫を使用していました。寮の中では、中学1年生から高校3年生までの縦割りで数人のチームに分かれ、各チームに1人ずつ、ハウスペアレントがついているんです。ハウスペアレントは、郵便物を管理してくれたり、家から振り込まれるお小遣いを月に1回渡してくれたり、門限を管理したりしていましたね。

――門限は何時でしたか?

A 当時は、平日が午後7時くらい、週末は午後8時か9時くらいだったと記憶しています。平日は、7時半までに夕飯を済ませて、そのあと夜のお祈りをして、8時からが自由時間なのですが、入り口のカギは門限の時間に自動でロックされちゃうし、部活が終わって寮に戻ると6時半くらいになってしまうので、平日はどこへも行けません。校舎と寮は一続きになっていて、窓を開けない限り外の空気を吸うことすらできないんですよ。

――週末はどのように過ごしていたのでしょうか?

A 週末の過ごし方は自由なので、シャトルバスで那須塩原駅まで出て、そこから電車で宇都宮などに移動してショッピングすることが多かったです。シャトルバスは、最初、那須塩原駅までしかなかったのですが、最終的には黒磯方面、福島方面にも走るようになったので、いろいろなところへ出かけられるようになりました。ただ、1時間に1本程度しかなく、ハウスペアレントとバス会社の連携がうまくいかないと、間違った時間にバスが来ることも。また、バスで外出すると丸1日潰れてしまうので、土日のどちらかは部屋でゆっくり過ごすことが多かったですね。週末を利用して実家に帰る子もいましたが、帰省以外での外泊は暗黙の了解で禁止だったので、帰省組以外はみんな門限までには帰ってきていました。

――生活に必要な個人的なものは、週末にまとめ買いする感じですか?

A ネット注文で寮に届けてもらうこともできますよ。ただ、部屋に鍵がないので、授業を受けている間などに、ハウスペアレントが無断で私物をチェックしており、アダルト系やグロテスクなマンガなどは「自我を乱す」として没収されることもあるんです。男子生徒は「エロ本を没収された」と言っていました。私もボーイズラブのマンガを隠し持っていたら、ある日ハウスペアレントに「Aさんってああいうマンガが好きなんだね」と言われて、物色されたことに気づいたことがあります。学校も寮もずっと同じメンバーで、ただでさえ息が詰まるのに、常に監視の目がある息苦しさも感じました。

――そのほかに、Aさんが学園生活の中で印象に残っているのはどんなことですか?

A とにかくごはんがマズいことですね。学園創立に合わせて信者がつくった会社に、調理を任せていたようなのですが、メニューのレパートリーが少ないうえ量も少なく、どの料理も脂ぎっていて本当にマズかった。寮の大人たちに食事の文句を言っても、「主への感謝が足りない」「信仰心が足りない」と受け入れてもらえなかったのもつらかったですね。同級生の子が、親に食事のマズさを親に訴えたら、「学園ができたこと自体が素晴らしいのだから、そういう文句は言わないでおこうね」って、丸く抑え込まれたそうです。

――成長期である10代にとって、食事がおいしくないというのは切実な問題ですよね。

A 自分の部屋でお湯は沸かせたので、みんなカップラーメンを買い込んで食べていました。でも、夜中におなかが空いて涙が出るんですよ。親にこうした実情を訴えてもわかってもらえず、一度、どうにも耐えられなくなって、寮の大人たちにも友達にも内緒で、実家に帰ったことがあります。でも、親に「みんなエル・カンターレ様のために頑張っているのに、あんたは何やっているの」「本当なら、私が行きたいくらいの素晴らしい学園なのに」と怒られて、「帰りなさい」と殴られました。学校にも電話をされて、次の日の朝一で学園に帰されましたね。

――学園で過ごした3年間を今振り返ると、どのように感じますか?

A 宗教の授業とお祈りがある以外は一般的な高校とほとんど変わらないのですが、世界宗教として幸福の科学の名を広め、学園の名前も広めるために、いい大学へ行け、とにかく勉強しろ、という圧がすごかったです。「若者が一番にやることは勉強だから、恋愛も、エッチな本も必要ないよね?」「ごはんがマズいだなんて感謝が足りないんじゃない?」という感覚の大人たちに囲まれた学園生活……私の心は限界でした。

(第4回につづく)

【幸福の科学学園1期生語る2】社会科で「霊言」「過去世」の話題も――知られざる授業内容

 宗教団体「幸福の科学」が運営する、男女共学の全寮制中高一貫校「幸福の科学学園」。同校の第1期生・Aさんへのロングインタビュー第2回では、「授業内容」について話を聞く。一部週刊誌において「宗教色の強い授業が行われている」「教育基本法第2条にある『幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い』という部分に抵触するのではないか」といった報道もあったが、その真偽とは――。

【第1回】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法登場に涙した入学式

先生の熱心度で変わる「朝のお祈り」

――幸福の科学学園の公式サイトに掲載されている1日のスケジュールによると、始業前に「朝のお祈り」の時間があるようですが、どのように行われるのでしょうか?

Aさん(以下、A) 幸福の科学には「正心法語」という、キリスト教でいう聖書みたいな根本経典があるのですが、それを10分ほどかけて唱えたあと、主への祈りや守護指導霊への祈り、悪霊撃退の祈り、成功のための祈りなどのいろいろなお祈りを、毎朝ホームルーム前の時間にクラスごとに行っていました。

――お祈りの内容などは全クラス共通ですか?

A 担任の先生の熱心さによって、お祈りの内容は結構違っていましたね。私の担任は熱心で、正心法語を10分、そのほかのお祈りを各1分ずつくらいで15分ほどかけてやっていたのですが、うちのクラスが最後のお祈りをしている頃には、もうホームルームまで終わっているクラスもありました。お祈りの途中にチラッと廊下を見ると、終わったクラスの友達が、窓越しに「うぇーい」と通り過ぎて行ったりしていて、「うちも早く終わらないかな~」って思いながら祈っていました(笑)。

――幸福の科学学園では、宗教の授業があるそうですね。

A 週に1~2回、授業としてカリキュラムに組み込まれていて、一番多かったのは、創始者兼総裁である大川隆法の講演会のビデオを見る……というもの。ただ見るだけなんですけど、幸福の科学では「大川のビデオを見るだけで体内に光が入る」といわれているので、みんな手を合わせてから、姿勢を正して見ていました。途中で寝ちゃう子もいましたよ。でも、「ビデオを見ながら寝るのは魔が入っている証拠」とされているので、生徒同士で起こし起こされて……といった感じでしたね。あとこれは、宗教の授業ではないですが、一般の大学の教授など、恐らく幸福の科学つながりであろう外部の人を呼んで、礼拝堂で、普段の授業ではやらないような講義を受けた記憶もあります。これはもしかしたら、公式サイトで紹介されている「探究創造」という授業の一環だったかもしれませんね。

――「国語」や「社会」といった通常の授業はどのような内容でしたか?

A 優先されるべきは一般教養などの勉強なので、授業内容にも使用するテキスト類にも、宗教色はなく、一般的な高校と変わらない内容でした。ただ、信仰度合いの強い先生だと、授業中に幸福の科学関連のビデオを見せたり、「過去世」や「霊言」など幸福の科学で使われる言葉を使ったりする人もいました。特に社会、倫理は、授業の特性からか、宗教的な話題が出ていたのを覚えています。

――具体的にどのような感じですか? 

A 大川は霊言として有名人の過去世をたくさん公表しているのですが、例えば、社会の授業で、坂本龍馬や安倍晋三氏など、大川が過去世を公表している人の名前が挙がったときに、「この人の過去世はこうなっていて、今は政治家の○○に生まれ変わっているんですよ」みたいなことをサラッと言う先生がいました。あと、倫理の授業では、哲学者の思想などを学んだあとに、「信者ではないとそういう思想の人もいるけれど、本当の教えはエル・カンターレの教えだから。生まれ変わりもあるし、生きている間の行いで、天国に行くか地獄に行くかが決まるから、みんなはちゃんと勉強しようね」って感じで締めくくったり。「アリストテレス、フランシス・ベーコン、大川隆法」が並んでいるような扱いでしたね。

――こうした授業内容が、大学入試などに影響することはありませんでしたか? 

A 社会や倫理以外の授業で、幸福の科学の教えに絡めることはありませんでしたし、こうした話題を出すのも信仰に熱心な先生くらいだったので、一般的な勉強はしっかりできたと思います。幸福の科学の教えに絡める先生も、スタンスとしては、「本当の教えは幸福の科学の教えで、これから広まって一般教養になる。でも今はまだ教科書の内容が一般的だから、ちょっと我慢して、テストでは『○○』と回答しよう」という感じだったので、試験に影響したりすることはなかったですね。

――1日のスケジュールでは、寮での夕食の前後に学業の時間がとられています。勉強をしっかりさせるのだなという印象を持ちました。

A 私たちのときは、「夜学習」の時間は決められていなかったんですよね。1期生ということもあり、先生たちも手探り状態だったのか、初めは「夜は学校で勉強」と言われていたのに、1カ月ほどしたら「部屋でリラックスして過ごしていい」ことになり、しばらくしたら「やっぱり学校で勉強しなさい」とか……そうやって、コロコロ方針が変わっていました。でも、最終的には自由になって、勉強する意思の強い生徒は学校やカフェテリアで勉強するし、先生に質問にも行くけれど、一方で、私みたいに部屋でマンガを読んで過ごす子もいるといった感じになっていました。ただ、「学園の名前と幸福の科学を広めるために、とにかく勉強していい大学に行け」といった雰囲気はありましたね。

――全国の高校偏差値データなどでは70前後の高い偏差値となっています。

A 偏差値に関しては、「一般の高校に通っていたけれど、幸福の科学学園に1期生として入り直したという1学年上の人たち」や、「幸福の科学を信じて熱心に勉強していた人たち」が、引っ張り上げたのかなって思います。まぁ、山奥なので、勉強以外やることないですし。でも、70前後という数字は本当なのか? という疑問を抱いているのも正直なところです。

――進路指導などはどのような感じでしたか?

A 私の時代は、本人の学力に見合った大学を勧める感じだったので、そのあたりは一般的な高校と変わらなかったと思います。今は幸福の科学がつくった「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)」という私塾があるので、もしかしたらそちらに入学を勧められることもあるかもしれませんが。ただ、「浪人してでも東大」という人はいなかったような気がするので、今思うと、1期生から浪人だらけでは示しがつかないし、みんなストレートに合格させて実績を出したかったからなのかな? とも感じますね。

(第3回につづく)

【幸福の科学学園1期生が語る1】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法登場に涙した入学式

 2017年2月、女優・清水富美加(現在は法名・千眼美子として活動)が突如、「幸福の科学」に出家する騒動が起こり、世間を騒然とさせた。宗教団体「幸福の科学」――1986年に立宗した、地球の至高神エル・カンターレを本尊とする新宗教で、創始者兼総裁である大川隆法氏は数千年ぶりに下生したエル・カンターレの本体意識であり、人類救済の使命の下に活動を行っているという団体だ。以前からその名前を知っている人は少なくなかっただろうが、若手女優・清水の出家によって、あらためて幸福の科学が注目され、さらに昨夏には、17年末をもって教団から離れた大川氏の長男・宏洋氏がYouTuberとしてデビュー、内部事情を赤裸々に語る動画も話題を集めるようになった。一方、政界においても、09年に発足した「幸福実現党」の動向がメディアに取り上げられることがある。

 そんな幸福の科学だが、「今の日本を救うため」に、教育改革にも尽力していることをご存じだろうか。10年、全寮制の中高一貫校「幸福の科学学園」を栃木県・那須塩原に、さらに13年には滋賀県・大津に関西校を開校している。生徒は、信者の子どもであるいわゆる“2世”だというが、一部週刊誌で「授業で幸福の科学の教義を刷り込んでいる」といった内部の様子が報じられたことがあるものの、その実態はほとんど表沙汰になっていないのが現状だ。幸福の科学学園で、生徒たちは何を学び、どのような生活を送っているのか――今回サイゾーウーマンでは、幸福の科学学園1期生であるAさんのロングインタビューを4回にわたって掲載する。第1回では、母からの勧めだったという入学の経緯、出席者全員が涙したという「伝説の入学式」について、当時の心境もあわせて話してくれた。

幸福の科学学園への入学は生まれる前からの約束

――幸福の科学学園の1期生とのことですが、入学に至った経緯を教えてください。

Aさん(以下、A) 初期の頃からの会員である母の勧めです。私が1994年生まれで、たまたま高等部1期生として入れる年に、学園の開校が決まったというのが、入学の理由。幸福の科学では、人は「親子の約束」や「人生計画の約束」をしてから生まれてくると教えているので、「1994年に生まれて1期生として学園に入る」というのも、やはり生まれる前からの約束である、と。当時は、「選ばれた人間の証し」みたいに思っていました。母も「素晴らしい! やっぱりうちの子は選ばれているんだ!」と喜んでいましたね。

――入試はどのような感じだったのでしょうか?

A 私は推薦入試で合格して入学しました。ただ、あとからわかったことなのですが、中学2年生のとき、母から参加するように言われた、幸福の科学グループ運営の「仏法真理塾サクセスNo.1」の合宿が、実質的に1期生の入学可否をジャッジする場だったようです。実際に入学したら、合宿で一緒だった子がたくさんいました。「あれ? あの子もこの子も、合宿にいたなぁ」って。ただ、合宿には参加せず一般入試で入学した子も全体の1~2割くらいいました。生徒は全員、幸福の科学の信者を親に持つ子どもでしたね。

――合宿が入学選考の場だったとわかったきっかけは?

A 学園に入って2~3年たった頃に、母からサラッと言われたんです。それまで「まさか……」と思っていたので、驚きました。

――ちなみに、そのサクセスNo.1の合宿は、どのようなものだったのですか?

A 期間は1週間くらいだったと記憶しています。お祈りから始まり、勉強をしたあとに、外で鬼ごっこや大縄跳びをしたり、ミニゲームをしたり。夜は幸福の科学の歌を歌いながらキャンプファイヤーをしました。そこでは、将来の夢を発表しあうのですが、「エル・カンターレ様のために政治家になります」とか「エル・カンターレ信仰を広げるために勉強を頑張りたいです」などと言いながら涙を流し、聞いている人も感極まって泣く、みたいな。今思うと本当に恥ずかしいんですけど、私も含め、みんなで泣いていたのを覚えています。

――そのような活動を通して、学園に合うかどうか、適性を見ていたのかもしれませんね。

A 確かに1期生は、やんちゃな子もいましたが、勉強ができて真面目でおとなしいタイプの子が比較的多かった印象です。ただ、1期生から生徒数が足りないなんて恥ずかしくて公表できないと思うので、恐らく合宿に参加した子は、ほとんど全員受かったんじゃないでしょうか。なお、2期生や3期生は、恋愛にも積極的な子など、真面目でおとなしいばかりではないタイプの子もいましたね。

大川隆法の登壇に親子で大号泣の入学式

――そうして、幸福の科学学園に入学に至ったわけですが、どのような学園なのか簡単にご説明いただけますか。

A 幸福の科学学園は、幸福の科学の創始者兼総裁である大川隆法が建てた、男女共学の全寮制の私学。私は高等部からの入学でしたが、中等部もあります。私が通っていたのは幸福の科学学園那須本校といって、栃木県の那須高原の標高300メートルくらいの場所にありました。最寄りのJR那須塩原駅からでもバスで30分以上かかる、森に囲まれたまさに“山奥”。とにかく、夜になると虫が大量に出るような場所です(笑)。広い敷地の中に、大川隆法記念講堂という礼拝堂と校舎、カフェテリアを挟んで3階建ての寄宿舎が男女それぞれにあって、全て廊下でひと続きになっています。

――親元を離れて3年間を過ごすことに、寂しさや不安はありませんでしたか?

A 家族と離れ、地元の友達もいない中で、やっぱり寂しさはありました。でも、神様である大川が作った学校に1期生として入れるのはステータスといった感覚があったし、ギリシャ調の真っ白で綺麗な校舎、真新しい体育館、教室、図書館の本……全て私たちが初めて使えるんだ! といううれしさもあり、さらに、入学式で大川が登壇したこともあって、感動とか心の充実感とかの方が強かったですね。

――入学式はどのような感じだったのでしょうか? 

A 中等部と高等部それぞれ、ひと学年100人ずつくらいが定員なのですが、1期生ということで、広い敷地に中高それぞれ1学年分の生徒と保護者しかおらず、こじんまりとした印象でした。何か特別なことをした記憶はありません。ただ、大川は、イエス・キリストやモーセをはじめとする全ての神様のてっぺんに立つ至高神で、数千年に一度だけ地上に降りてくるという設定なので、信者にとっては同じ時代を生きていることだけでもすごい奇跡、しかも本人に会えるなんて、もうとてつもなく奇跡的なことなんですよ。だから、入学式に現れたときは、保護者も生徒も皆、大号泣。ちなみに、大川はその年の体育祭や学園祭にも登場しましたが、翌年以降は入学式にすら顔を出していなかったと思います。私が通っていた3年間の話ですが。

――幸福の科学学園の生徒は全員親が信者とのことですが、生徒自身も熱心な信者なのでしょうか?

A すごく熱心な信者の子もいれば、普通に信じている程度の子、どちらかというと授業に来るのすら苦痛といった子などもいて、生徒によって信仰度に温度差がありました。私も入学して2年目くらいまでは普通に信じていましたが、いろいろあって最後の方は、学校に来ない子を見ても「そりゃそうだよな」みたいに思っていましたね。

――信仰度でグループが分かれるなど、信仰が友人関係に影響するようなことはありましたか?

A 信仰度でグループが分かれるといったことはなく、趣味が合うとか、部活が同じとかの子同士で仲良くなるような、一般的な高校生と変わらない感じでしたよ。ただ、休み時間とかに「この人の過去世何だっけ」「最新刊で○○さんの霊言が出たよね」なんて会話はよくしていましたね。

――生徒さん全体の雰囲気はどのような感じでしたか?

A 幸福の科学の信者は、表面的には物腰柔らかで、ピュアでふわっとした優しそうな感じの人が多い。特に学園生の親は、全寮制の私立校に子どもを通わせられるくらいの経済力もある人が多いので、生徒もみんな、お金持ちの信者の子らしい清楚な雰囲気がありました。

(第2回につづく)

【幸福の科学学園1期生が語る1】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法登場に涙した入学式

 2017年2月、女優・清水富美加(現在は法名・千眼美子として活動)が突如、「幸福の科学」に出家する騒動が起こり、世間を騒然とさせた。宗教団体「幸福の科学」――1986年に立宗した、地球の至高神エル・カンターレを本尊とする新宗教で、創始者兼総裁である大川隆法氏は数千年ぶりに下生したエル・カンターレの本体意識であり、人類救済の使命の下に活動を行っているという団体だ。以前からその名前を知っている人は少なくなかっただろうが、若手女優・清水の出家によって、あらためて幸福の科学が注目され、さらに昨夏には、17年末をもって教団から離れた大川氏の長男・宏洋氏がYouTuberとしてデビュー、内部事情を赤裸々に語る動画も話題を集めるようになった。一方、政界においても、09年に発足した「幸福実現党」の動向がメディアに取り上げられることがある。

 そんな幸福の科学だが、「今の日本を救うため」に、教育改革にも尽力していることをご存じだろうか。10年、全寮制の中高一貫校「幸福の科学学園」を栃木県・那須塩原に、さらに13年には滋賀県・大津に関西校を開校している。生徒は、信者の子どもであるいわゆる“2世”だというが、一部週刊誌で「授業で幸福の科学の教義を刷り込んでいる」といった内部の様子が報じられたことがあるものの、その実態はほとんど表沙汰になっていないのが現状だ。幸福の科学学園で、生徒たちは何を学び、どのような生活を送っているのか――今回サイゾーウーマンでは、幸福の科学学園1期生であるAさんのロングインタビューを4回にわたって掲載する。第1回では、母からの勧めだったという入学の経緯、出席者全員が涙したという「伝説の入学式」について、当時の心境もあわせて話してくれた。

幸福の科学学園への入学は生まれる前からの約束

――幸福の科学学園の1期生とのことですが、入学に至った経緯を教えてください。

Aさん(以下、A) 初期の頃からの会員である母の勧めです。私が1994年生まれで、たまたま高等部1期生として入れる年に、学園の開校が決まったというのが、入学の理由。幸福の科学では、人は「親子の約束」や「人生計画の約束」をしてから生まれてくると教えているので、「1994年に生まれて1期生として学園に入る」というのも、やはり生まれる前からの約束である、と。当時は、「選ばれた人間の証し」みたいに思っていました。母も「素晴らしい! やっぱりうちの子は選ばれているんだ!」と喜んでいましたね。

――入試はどのような感じだったのでしょうか?

A 私は推薦入試で合格して入学しました。ただ、あとからわかったことなのですが、中学2年生のとき、母から参加するように言われた、幸福の科学グループ運営の「仏法真理塾サクセスNo.1」の合宿が、実質的に1期生の入学可否をジャッジする場だったようです。実際に入学したら、合宿で一緒だった子がたくさんいました。「あれ? あの子もこの子も、合宿にいたなぁ」って。ただ、合宿には参加せず一般入試で入学した子も全体の1~2割くらいいました。生徒は全員、幸福の科学の信者を親に持つ子どもでしたね。

――合宿が入学選考の場だったとわかったきっかけは?

A 学園に入って2~3年たった頃に、母からサラッと言われたんです。それまで「まさか……」と思っていたので、驚きました。

――ちなみに、そのサクセスNo.1の合宿は、どのようなものだったのですか?

A 期間は1週間くらいだったと記憶しています。お祈りから始まり、勉強をしたあとに、外で鬼ごっこや大縄跳びをしたり、ミニゲームをしたり。夜は幸福の科学の歌を歌いながらキャンプファイヤーをしました。そこでは、将来の夢を発表しあうのですが、「エル・カンターレ様のために政治家になります」とか「エル・カンターレ信仰を広げるために勉強を頑張りたいです」などと言いながら涙を流し、聞いている人も感極まって泣く、みたいな。今思うと本当に恥ずかしいんですけど、私も含め、みんなで泣いていたのを覚えています。

――そのような活動を通して、学園に合うかどうか、適性を見ていたのかもしれませんね。

A 確かに1期生は、やんちゃな子もいましたが、勉強ができて真面目でおとなしいタイプの子が比較的多かった印象です。ただ、1期生から生徒数が足りないなんて恥ずかしくて公表できないと思うので、恐らく合宿に参加した子は、ほとんど全員受かったんじゃないでしょうか。なお、2期生や3期生は、恋愛にも積極的な子など、真面目でおとなしいばかりではないタイプの子もいましたね。

大川隆法の登壇に親子で大号泣の入学式

――そうして、幸福の科学学園に入学に至ったわけですが、どのような学園なのか簡単にご説明いただけますか。

A 幸福の科学学園は、幸福の科学の創始者兼総裁である大川隆法が建てた、男女共学の全寮制の私学。私は高等部からの入学でしたが、中等部もあります。私が通っていたのは幸福の科学学園那須本校といって、栃木県の那須高原の標高300メートルくらいの場所にありました。最寄りのJR那須塩原駅からでもバスで30分以上かかる、森に囲まれたまさに“山奥”。とにかく、夜になると虫が大量に出るような場所です(笑)。広い敷地の中に、大川隆法記念講堂という礼拝堂と校舎、カフェテリアを挟んで3階建ての寄宿舎が男女それぞれにあって、全て廊下でひと続きになっています。

――親元を離れて3年間を過ごすことに、寂しさや不安はありませんでしたか?

A 家族と離れ、地元の友達もいない中で、やっぱり寂しさはありました。でも、神様である大川が作った学校に1期生として入れるのはステータスといった感覚があったし、ギリシャ調の真っ白で綺麗な校舎、真新しい体育館、教室、図書館の本……全て私たちが初めて使えるんだ! といううれしさもあり、さらに、入学式で大川が登壇したこともあって、感動とか心の充実感とかの方が強かったですね。

――入学式はどのような感じだったのでしょうか? 

A 中等部と高等部それぞれ、ひと学年100人ずつくらいが定員なのですが、1期生ということで、広い敷地に中高それぞれ1学年分の生徒と保護者しかおらず、こじんまりとした印象でした。何か特別なことをした記憶はありません。ただ、大川は、イエス・キリストやモーセをはじめとする全ての神様のてっぺんに立つ至高神で、数千年に一度だけ地上に降りてくるという設定なので、信者にとっては同じ時代を生きていることだけでもすごい奇跡、しかも本人に会えるなんて、もうとてつもなく奇跡的なことなんですよ。だから、入学式に現れたときは、保護者も生徒も皆、大号泣。ちなみに、大川はその年の体育祭や学園祭にも登場しましたが、翌年以降は入学式にすら顔を出していなかったと思います。私が通っていた3年間の話ですが。

――幸福の科学学園の生徒は全員親が信者とのことですが、生徒自身も熱心な信者なのでしょうか?

A すごく熱心な信者の子もいれば、普通に信じている程度の子、どちらかというと授業に来るのすら苦痛といった子などもいて、生徒によって信仰度に温度差がありました。私も入学して2年目くらいまでは普通に信じていましたが、いろいろあって最後の方は、学校に来ない子を見ても「そりゃそうだよな」みたいに思っていましたね。

――信仰度でグループが分かれるなど、信仰が友人関係に影響するようなことはありましたか?

A 信仰度でグループが分かれるといったことはなく、趣味が合うとか、部活が同じとかの子同士で仲良くなるような、一般的な高校生と変わらない感じでしたよ。ただ、休み時間とかに「この人の過去世何だっけ」「最新刊で○○さんの霊言が出たよね」なんて会話はよくしていましたね。

――生徒さん全体の雰囲気はどのような感じでしたか?

A 幸福の科学の信者は、表面的には物腰柔らかで、ピュアでふわっとした優しそうな感じの人が多い。特に学園生の親は、全寮制の私立校に子どもを通わせられるくらいの経済力もある人が多いので、生徒もみんな、お金持ちの信者の子らしい清楚な雰囲気がありました。

(第2回につづく)

”元アウトローのカリスマ”瓜田純士が大ヒットアニメ『天気の子』をメッタ斬り!

“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(39)が森羅万象を批評する不定期連載。今回は、新海誠監督の最新作『天気の子』の鑑賞を依頼し、率直な感想を語ってもらった。同監督の前作『君の名は。』を酷評した瓜田だが、果たして今回はどうなるのか……?

『天気の子』が大ヒット中だ。公開から8月11日までの時点で、観客動員584万人、興行収入78億円を突破した。公式サイトなどによると、そのあらすじは以下の通り。

〈高1の夏。離島から家出し、東京にやってきた帆高。しかし生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく見つけた仕事は、怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。彼のこれからを示唆するように、連日降り続ける雨。そんな中、帆高は一人の少女(陽菜)に出会う。彼女には、祈ることで空を晴れにできる能力があった――〉

 音楽は前作同様、RADWIMPSが担当。小栗旬、本田翼、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子ら豪華声優陣が脇を固める。

 ちなみに数年前、新海監督の前作『君の名は。』に対し、「0点」という厳しい採点をした瓜田だが(記事参照)、その後、評価が変わったという。

「こないだテレビで『君の名は。』を見直したら、案外よかった。RADWIMPSの音楽や、あの絵に慣れたせいもあるけど、ストーリーも凝っていて面白いと感じた。それだけに、この新作には大いに期待している」と言って、新海ファンの愛妻と共に映画館に入って行った。

 さてさて、鑑賞後の心の天気は、晴れなのか、曇りなのか、雨なのか――。劇場の外で待ち伏せて、直撃インタビューを行った。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

――いかがでしたか?

瓜田純士(以下、純士) いやぁ、ひどい!

瓜田麗子(以下、麗子) えええっ!? 最高やったのに……。

純士 まず、この手のストーリーをやるのに新宿を舞台にしちゃダメだと思いました。帆高がチャカ(拳銃)を拾うシーンが出てきたけど、「新宿でチャカ」となると、きっとそれが原因となって、何かものすごくディープな事件に巻き込まれるんだろうなと期待してしまった。

 ところが、チャカにまつわるストーリーが出てこない。監督としたら、チャカを使えばスリリングな映画になると思ったんだろうけど、なんの伏線にもなっていないからガッカリしました。だったら新宿に触るな、と言いたい。新宿はもっと毒々しい世界なのに、街の使い方を間違えてんじゃねーよと。

 そもそもいくら16歳とはいえ、拳銃の不法所持、発砲、公務執行妨害までついて、保護観察処分はないでしょう。本来なら、特別少年院送致になるはずで……。

麗子 うるさいわ! そんな細かいことはどーでもええねん! あのピストルのおかげで緊張感と後半へのつながりができて、めっちゃよかったやん。それにウチもちっちゃい頃、公園でよぉ物を拾ったで。だから、拾った物を宝物にするあの純粋な気持ちがわかんねん。それを、いざというときのためにお守りにしとってんやろな。ホンマは届けやなアカンけどな。

純士 アカンのはこの映画だよ。ヒロインの陽菜にしたって、天気をいじれる能力があるというから、もっと太古の何かの魂が乗り移ったり、新宿のチャカのバイオレンス展開と絡んだりしつつ、壮絶な死とか罰当たりとかタイムトラベルでもあるのと思いきや、たいしたことは起きていない。

 総じて言うと、なんにもない。スッカラカンなんですよ。なのに、終始意味ありげな音楽をかけっぱなしで、帆高が勝手に事態を大きくしているだけ。別に警察から逃げなくてもいいわけだし、「助けるために撃った」と言えばいいだけのことなのに。きっと「彼女が好きで、彼女を守るために逃げる男」ってのが新海監督の中で、ものすごく伝えたい絵だったんでしょうね。だからまったく何も起きていないのに、大声でわめいて冷や汗をかいて、かったるい音楽をかけて、涙をちょちょぎらせながら走り回っている。走っている場合じゃねーだろ! とっとと家に帰れっつーの!

麗子 ひどい……(泣きそうな顔に)。

純士 ごめん、ごめん(と妻に謝る)。でも、これが本音だから。編プロの男が「月刊ムー」のライターっていう設定はいいにしても、それが物語に効果的に絡んでいない。「今こういう都市伝説を検証しているんだが、俺はおっさんだから向いていない。ちょうどおまえぐらいの年齢の子を探していた。ちょっと潜入取材に行ってこい」ってことで帆高が事件に巻き込まれ、その最中に謎の少女と出会い、発砲したチャカの硝煙がきっかけで古代の天気にまつわる壮大なスケールの話に発展して……とかならいいけど、そういう感じでもなかったじゃん。

 で、ここで走らなきゃいいのにって場面で、ことごとく走り出すでしょ、あの帆高ってバカは。チャカだってとっとと捨てればいいものを、なぜか後生大事に抱えたまんま逃げている。陽菜の能力にしたって、なぜ備わっているのかの説明が足りないし。

麗子 説明、あったで。

純士 あったけど、足りない。腑に落ちないんだよ。天気をいじったことのひずみで、街一個を吹き飛ばしちゃうとかの大事に至るならわかるけど、そこまでのことは起きていない。好き勝手に能力を使って、勝手に少女が消えて行く。そして意外と簡単に再会できちゃうから、前作のような切なさもない。そのくせ、泣かせの音楽だけはしつこくしつこくかかっている。いつドラマチックなことが始まるの? と待っているうちに2時間が終わっちゃった。本当に新海って子は……。

麗子 ラブホのシーンとか、めっちゃほほえましかったし、キュンキュン来たやん。

純士 せいぜいあそこがハイライトでしょう。でもそれにしたって、新海監督が憧れていたであろう思春期の子どものちっぽけな冒険みたいなもんを、とんでもない大ごとをやらかしているように見せているだけ。監督の人生経験が浅いから、あんな陳腐な物語になっちゃったんでしょう。

 帆高を追うリーゼントの刑事の走り方もまたキモいんですよ。で、帆高が逃げている最中に、なぜか女上司がタイミングよくバイクで現れる。ルパン三世の峰不二子がやるなら、ああいうご都合主義も許せるんですよ。でも、あの絵のタッチでやられると興醒め。ああいうルパンみたいなスリリングな展開を一切遊んでないオタクが手がけるとこうなっちゃうのか、という悪例だと思いました。

麗子 モンキーパンチ(ルパン三世の作者)も、そんなに遊んでいないと思うで。

純士 でも、モンキーパンチにはセンスがあるじゃん。

麗子 それは贔屓目やわ。

純士 いや、新海監督にはセンスがないの! 警察モノとか事件モノに手を出すのは、向いていない。あと、コミカルな描写も不向きかな。てるてる坊主のシーン。あれで笑わそうとしているんだとしたら、センスがないですね。

 新海監督は男女の青くさいイチャイチャ描写のセンスはあるんだから、「今、私の胸元見てたでしょ?」「い……いや、見てません(照)」みたいなのを2時間たっぷりやってりゃいいんですよ。RADWIMPSも気の毒だよ。こんな監督に気に入られてさ。

麗子 こんな最高な映画を純粋に楽しめへん純士のほうがよっぽど気の毒やわ! どんだけ文句を言うたら気が済むねん!

純士 まだまだ文句は言い足りないね。ストーリーの進め方も気に入らない。もっと登場人物の会話や絵で物語を説明してほしかったのに、モノローグと音楽でグイグイ進めちゃっていたから、それはちょっと違うんじゃないかと。

 あと、天気を操るという大きなテーマを扱うんであれば、それなりの解説がないと。そんなでかいテーマに触っておきながら、納得いく解説がない。解説不足を、音楽や喜怒哀楽の表情でごまかしている印象を受けました。

 女や子どもはだませても、本とかが好きな大人の男は、この手の作品が苦手だと思うわ。思春期丸出し男の「全部俺のせいで」という思い込みで、勝手にトラブルを大きくしやがって。新海監督は、自己投影しているのかわかんないけど、ああいう主人公が好きなんだろうな。その感覚が俺には理解できないわ。

麗子 そこがええねんやん! どこにでもおる普通の子が、純粋な気持ちで頑張っているところに胸を打たれるねん!

純士 誰だって頑張っているよ。俺だって。

――奥様はこの作品をどのように評価していますか? 

麗子 大満足です。ホンマに素晴らしい作品やと思います。哀愁と、まっすぐさと、キレイな心と、キレイな絵。しかも音楽もええところで入ってくるから、ええ意味で「もうホンマに新海って子は(ハート)」と思って(笑)。

純士 単なるファンだろ。

麗子 うん。やっぱウチ、新海監督とRADWIMPSの大ファンやわ! 今回、『君の名は。』の瀧と三葉が出てきたシーンもあったやろ? あれ、深海ファンのウチからしたら、めっちゃうれしかったわ~!

純士 悪いけど、そんな嫁の感性を俺は全否定するわ。本当に吐き気がする。

麗子 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、純士は新海監督が嫌いやから、なんでもかんでも気に食わんとイチャモンつけてるだけなんちゃう?

純士 いや、違う。前作を見直して、新海監督の才能も見直したんだって。これを活字で読んだら面白いだろうな、と思ったんだよ。だからこそ、今回は残念だった。期待していた分、余計に腹が立ってきちゃって。

 何度も言うけど、全体的に何も起きていないんですよ。始まってもいなければ終わってもいないままエンドロールになっちゃった。猪木とアリの試合と一緒ですよ。演出は派手だし、本人たちは決死の戦いのつもりだけど、実は何も起きていないっていう。

麗子 純士はお小言が多すぎる。小姑みたいで鬱陶しいわ。ウチは『君の名は。』のときもそうやったけど、終始涙が止まらへんかったわ。今回はネギを切っているシーンでも涙が出てきたもん。ネギやから泣いたんちゃうで。あの思いやり言うんかな。男女の距離が少しずつ縮まっていく感じにホロッと来たんや。

純士 なんで帆高が陽菜をそんなに好きになったのかもよくわからないけどなぁ。マックでハンバーガーをもらった程度のことで、「陽菜! 陽菜!」って、あそこまでなるかね?

麗子 それが思春期の恋やねん。些細なことから惹かれ合うもんやろ?

純士 あんなに思い込みが激しかったら病気だよ。もっとルパンのように、オシャレにできないもんかね。

麗子 普通の男の子やもん。そんなん期待したらアカンわ。

純士 宮崎駿の作品だって、普通の人が登場するけど、もっと壮大な物語があるじゃん?

麗子 駿に近ない?

純士 近くないよ。

――新宿が主な舞台だったことに対し、奥様はどのように感じましたか?

麗子 ウチは新宿在住やから、めっちゃうれしかった! 街の再現度がすごかったですね。あ、ここ行ったことある! あ、ここも知ってる! って感じで、物語に一層入り込みやすかったです。

純士 バイトがなかなか見つからず、行くあてもなく新宿をさまよう。そして人の冷たさに打ちひしがれながら、野良猫に餌をやる。その展開が古いっつーの。そもそも家出してないで早く帰れよ。なぜ帰らないのかの説明もないし。

麗子 思春期の男の子はいろいろあんねん。音楽もアカンかった?

純士 ただただ耳障り。音楽って、ここぞの場面に取っておかないとダメだと思うんだけど、この映画では「曲を流すのは今じゃねーから!」のオンパレード。あんなにしつこく流されると、耳と心が疲れちゃう。

麗子 そんなん言わんといて。RADWIMPSも最高やったけど、あの女性ボーカル(三浦透子)の歌は、あいみょんの100倍よかったやん。

純士 あんな場面で使われたら、あの歌手もかわいそうだよ。

麗子 純士の心ない言葉の数々を、純粋な新海監督がもし読んだらと思ったら胸が痛い……。かわいそうやわ……。

純士 ぜひ読んで傷ついてほしい。そして、次回に生かしてほしい。

――今のところ辛辣な意見しか言っていない純士さんですが、強いてよかった点を挙げるなら?

純士 街の細かい風景描写は評価できるけど、そんなのはソフトでなんとでもなるし。あの独特の人物の絵にはだいぶ慣れたけど、それでも表情が乏しい気がしました。家出中の横顔も、疲労困憊しているようには見えないし。

麗子 それ、よかったところちゃうやん!

純士 よかったところを探すのに、ここまで苦労する映画もなかなかないんだよ。

麗子 純士はひねくれすぎやねん。ウチも泣いたけど、隣のおばちゃんも、前の席の子どもやおっちゃんも、号泣しとったで。今回は純士も感動してくれていると思っとったら、全然違うかってんな。

純士 誤解なきよう言っておくけど、俺は決してあまのじゃくでコキ下しているわけじゃないからね。純粋に思っていることを言っているだけ。

麗子 悲しいわ。もっと価値観一緒になって、一緒に泣きたかったのに……。

純士 一つ確認するけど、ちゃんとストーリーを理解した上で泣いた?

麗子 当たり前や! ストーリーも絵も音楽もキレイやから感動したんや。

純士 絵と音楽にだまされているんじゃない?

麗子 ちゃうわ! ストーリーもいろんな角度から、こう来て、こう来て、こう来たやん(と言って方々から矢が飛んでくるような仕草)。

純士 こう来ても何も、ほとんど何も始まっていないんだけどな……。

――今のところベタ褒めの奥様ですが、不満点はありましたか?

麗子 最後のほうの展開があまりにも現実離れしているところと、猫はカロリーメイトを食べへんやろ? ってところと、都会のマックにあんな親切な店員はおらへんわってところだけが引っかかった。ウチ、上京して間もない頃、よぉ疲れ果てて新宿のマックで寝てもうたんやけど、いつもゴッツい警備員が問答無用で起こしにきたからな(笑)。以上3つのリアリティの欠如で、3点だけ減点やな。

純士 結局、「こんな青春っていいな」っていう監督の幻想を描いているだけなんだよな。俺がスポンサーだったら、監督にカネを渡して、「もっと歌舞伎町で遊んでこい!」と言いますね。

麗子 新海監督は女の人に対してキレイな夢を見てくれてんねん。そやから、作品もキレイやねん。

純士 フォーエバー・チェリーボーイかよ……。

――まあ、それこそが新海監督の持ち味という声もありますけどね。

純士 結局のところこれは、凡人のための映画なんでしょう。例えばですが、あるサラリーマンが財布を落とした。それを誰かが拾って警察に届けたとしましょう。凡人はそれを見て「いい人だ」と言って泣くんです。

麗子 ウチのこと、ディスってんのか?

純士 そうじゃないけど、俺みたいなタイプの人間は、そんなことでは感動しないんだよ。落ちた財布からハミ出た免許証の写真を見て、シャーロック・ホームズみたいな奴が、「むむっ、この顔には見覚えが!」と言って、警察には届けずに尾行を開始する。そういう物語に面白みを感じるんですよ。

麗子 そんな奴、おるか!

純士 何事も、ひねったり凝ったりオシャレだったりするほうが面白い。だから俺は、タカキューの服よりもイタリアのファッションのほうが好きなんだよ。

麗子 ウチもタカキューは嫌やで。フォーエバー21は好きやけど。

純士 もしこの映画が中国で売れたら、やっぱりなと思う。中国では売れても、イタリアやフランスでは売れないはず。

麗子 全世界で売れるわ!

純士 とにかく今回の作品は俺には無理だわ。こんなに熱を持って話しているのが嫌になってきたわ。

麗子 嫌よ嫌よも好きのうちや!

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 瓜田純士は正直者だが、お天気屋なところがあるのも事実。あれだけボロクソにけなした『君の名は。』を、のちに「面白い」と評した前例もあるため、新海監督の次回作が出る頃に再び『天気の子』の感想を聞いてみるのも一興かもしれない。
(取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)

『天気の子』瓜田夫婦の採点(100点満点)
純士  0点
麗子  97点

※瓜田純士のYouTube好評配信中!(瓜田純士プロファイリング) https://www.youtube.com/channel/UCv27YAy0FZ-4wwisy5zPmeg

※「“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、かく語りき」の記事一覧 https://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

「ブスだから自信がない」という自由もある――山崎ナオコーラ氏が語る、容姿と自信の関係性

 「容姿というものは、人間の価値を決定するほどのものではない」「悪口の文脈ではなく、自虐の文脈でもなく、素敵な文脈の中で、『美人』『ブス』と書いていきたい。もっと軽く、『美人』『ブス』と言ったり書いたりできる社会を作りたい、と私としては思うのだ」と語る山崎ナオコーラ氏のエッセイ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社)。しかし、現実には「ブス」と言われただけで、自信を失い、全てがうまく行かないと思ってしまうこともがあるかもしれない。そんな人たちに、著書で山崎氏は、「『あなたの自信のなさはどこから来ているのですか?』と尋ねてみたいのだ。誰かから押しつけられていないですか?」と問いかける。著書に何度も登場する「自信」という言葉の真意を山崎氏に聞いた。

(前回:「ブスVS美人」は“男”がつくった構図――山崎ナオコーラ氏が語る、美醜問題の元凶とは?

――本書のタイトルは『ブスの自信の持ち方』ですが、本文には「『自信を持ちたいか持ちたくないかは、自分で決めていい』という人間の基本はあるはずだ」「『自信を持たない自由はある』と私は思う」と書かれています。最近は「自己肯定力」という言葉がさかんに使われ、「容姿や能力に関係なく自信は持った方がいい」という風潮がある中、「自信のあるなしは自分が決める」という言葉は新鮮でした。

山崎ナオコーラ氏(以下、山崎) 以前は、自立して自信を持つことが大事だと思って生きていました。自分でお金を稼いで、自分でなんでも決めて、自分をコントロールすることがいいことだと。でも、だんだんと「人に頼ることも大事なのかも」という気持ちに変わってきた。病気で仕事をするのが難しい人もいるわけだし、人に支えてもらったり、応援してもらったりすることで生きやすくなる人もいるはずです。自立して自信を持っている方が生きやすいですが、「人に頼る生き方も、美しい生き方だ」という価値観を社会に浸透させた方が、多くの人が生きやすくなるのではないでしょうか。それに、世の中には自信が100%ある人、または0%の人、どちらかしかいないわけではなく、20%あるとか70%あるとか、同じ人でも、日によって、シーンによって違うものなので、「ある」「ない」と言い切れるものではないと思うんです。

男と女の違いもなだらかなものだと思う

――自信は「ある」「ない」で語れないという考えに至ったのは、どういうきっかけですか。

山崎 この本にも書きましたが、大学時代、ある日突然、顔中にニキビが吹き出たことがあって、ニキビが薄くなるまでの1~2週間、大学を休んでしまったんです。今思えばニキビなんか気にせず大学に行っていればよかったんですけど、当時は「外に出るのがものすごく怖い」と思ってしまい、「これまで自分の顔に自信があると思っていなかったけど、自信がゼロではなかったんだな。今、『自信がなくて、人と会えない。何もやる気がしない』と感じているということは、ニキビがなかったときは、少しは自信があったということなんだ」と感じ、自信は0か100ではなく、“なだらか”なものなんだと、その時に気付きました。

――多くのことが二元論で語られがちの世の中ですが、本文にある「『努力をしている人』か『努力不足の人』か、というのも、完璧な努力をしている人など世界中にひとりもいないし、一切の生きる努力を放棄している人もひとりもいないので、ぼんやりとしか分けられない」という内容など、山崎さんは“曖昧”な部分を認めている点が印象的です。

山崎 二元論の方がわかりやすいですが、きっぱり分けられないことの方が多いはず。性別にしても、男性と女性はなだらかな違いだと思います。私は子どもの頃から女の子扱いされることがかなり苦手で、出席簿が男の子と女の子に分かれていることや、申込書に性別を書き込むことも嫌だと感じていました。私がこういう思考になったのは、いろいろ考えた結果というより、生まれつきのような気がします。成長していくうちに同性愛者として悩みを抱える人、“女性”という性を受け入れながらも社会の扱いには我慢できないという人の存在を知りました。性別ではない、ほかの差別で悩む人たちも多くいます。自分と同じような悩みはあまり見かけませんでしたが、さまざまな在り方や考え方があるんだな、と知っただけでも楽になったんです。その頃は「多様性」という言葉では認識していませんでしたが、「多様性」がある寛容な社会になると、多くの人が生きやすいはずですよね。

――いまだに「容姿差別は当たり前」という風潮がある一方、インターネットを中心に「容姿差別発言で大炎上」という例もあります。「容姿差別」をめぐる世間の動きは、今後どうなっていくと思われますか。

山崎 差別が完全になくなることはないけれど、「ブス」は生きやすくなっていくと思います。いろいろな顔の人がいることが当たり前になり、人の顔に驚いたり失礼なことを言ったりすることはどんどん減るでしょう。良い方向に変わってきていると思います。

――本書では「タイトルに反して、『自信の持ち方』の指南はしません」と書かれていますが、自信が持てなくて生きるのがつらい人が、生きやすくなるにはどうすればいいでしょうか。

山崎 私自身も完璧に実践できているわけではありませんが、“自分に集中”するのが一番。コツコツ努力して、その努力を“自分だけ”が知っていると自信につながる。私の場合は文章をコツコツ書いてきました。ただ、努力をすると、「あの人は努力している、していない」とか、「私の努力は、他人から見たらどうだろうか」とか、つい他人の目が気になってしまいがちです。でも、そういうことを気にすると、自分の努力の“軸”がぶれてしまいます。努力の度合いは“自分だけ”が知っていればいいんです。それを続けていくのはどうでしょうか。

――努力すればするほど、評価が欲しくなって余計に苦しくなることもありますよね。

山崎 私自身、「評価が気にならない」というところには、なかなかいけないですね。でも、評価を気にしている限り自信は持てない。良い文章が書けなくても、毎日2時間書くと決めてとりあえず書けたら、それだけでいいのかもという気がします。

山崎ナオコーラ(やまざき・なおこーら)
1978年生まれ。作家。國學院大學文学部日本文学科卒業。2004年『人のセックスを笑うな』が文藝賞を受賞し、作家デビュー。著書に、小説『趣味で腹いっぱい』など。エッセイに『指先からソーダ』『母ではなくて、親になる』(いずれも河出書房新社)、『かわいい夫』(夏葉社)などがある。
2019年7月10日、新刊『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社)が発売。