なぜ人身事故をスマホで撮影するのか? 精神科医が、JR新宿駅「異例の放送」の背景を語る

「お客さまのモラルに問います。スマホでの撮影はご遠慮ください」

 去る10月2日、JR新宿駅のホームに、“異例の放送”が流れたという。ブラインドサッカーの元日本代表選手の石井宏幸氏が電車に接触する人身事故が発生。駅員らが、ブルーシートで現場周辺を覆い、人の目に触れないようにして、救出活動を行っていると、シート内部にスマートフォンを差し込む“野次馬”が複数現れたため、「モラルを問う」といった放送がなされたそうだ。

 この“異例の放送”を伝えるニュースが報じられると、ネット上は大きな動揺に包まれた。「信じられない」「撮影してどうするつもり?」「現代の日本人は、モラルが低下した」といった声が飛び交った。一方で、キュレーションプラットフォームサービス「NAVER まとめ」に掲載された「山手線 新宿駅で人身事故『白杖の人が飛び降りた、頭部から流血』電車遅延10/2」というページには、「ブルーシート内部」こそないものの、現場の写真が添えられたいくつかのツイートがまとめられている。同ページの閲覧数は10万にも達する勢いで、人身事故の様子を「見たい」という人は“少なからずいる”ことがわかる。

 なぜ人は、人身事故をスマホで撮影し、ネットで拡散したがるのか――今回、『怖い凡人』(ワニブックス)や『一億総他責社会』(イースト・プレス)などの著者である精神科医・片田珠美氏に話を聞いた。

衝撃的な写真・動画で「承認欲求を満たす人々」

 まず片田氏は、人身事故をスマで撮影する人の精神構造に関して、「承認欲求」という観点から話をしてくれた。

「2013年、『バカッター』という言葉が『ネット流行語大賞』の第4位に選ばれ、Twitterを用いて過激な写真や動画をアップする人たちが話題になりました。そして17年には、『インスタ映え』(インスタグラム上で人目を引く投稿)という言葉が、『ユーキャン新語・流行語大賞』の大賞に選出。インスタグラムがTwitterとともにSNSの主流となる中で、衝撃的な写真・動画の投稿により、承認欲求を得ようとする人たちが増えたと感じています」

 その背景を探ると、「仕事で承認欲求を得ることが難しくなった」という現代の一面が浮かび上がる。

「右肩上がりの経済成長が続いた昭和の時代、例えば、調子の良かった製造業に従事する人は、工場でコツコツ働いていれば、『よく仕事をしているね』と認められ、給料もポジションも上がっていったものです。しかし、現在はそんなことはなく、働き手が“使い捨て”の部品のように扱われることも珍しくありません。それに対して、SNSならば、衝撃的な写真・動画を投稿することで、称賛を得ることができる。そうした形での承認欲求や自己顕示欲の表れ方が、ますます顕著になっている印象を受けます」

 また、人身事故に遭った石井さんは、視覚障がい者であり、警視庁新宿署によると「自殺を図った可能性がある」とみられているそうだ。その様子を撮影する人には、「自分より不幸な人の写真・動画を撮り、投稿することで『自分の方がマシだ』と実感する。そうすることでしか、自分自身の人生を肯定できない」傾向も認められるという。

「人身事故をスマホで撮影する人が増えているのは、裏を返せば、それだけ、怒りや欲求不満を溜め込む人が増えているということではないでしょうか。その背景にも、やはり先ほど指摘した社会情勢が関係しているように思います。現代は、昭和の時代と違って、雇用が不安定で、会社勤めをしていてもなかなか給料が増えない状況にあり、経済面で不満を抱いている人が多い。また一部の大金持ちとそうではない人たちの格差が拡大していると言われ、しかも昨今はSNSで、誰もが富裕層の生活を見ることができます。そのため、余計に羨望(他人の幸福が我慢できない怒り)が掻き立てられ、結果的に『他人の不幸は蜜の味』という人が非常に増えたのではないでしょうか」

 この「他人の不幸は蜜の味」という心理は、二つの形で表れやすい。「一つは、羨望の対象である恵まれた境遇の政治家や芸能人、有名スポーツ選手などが失墜した際に、拍手喝さいしてボコボコに叩くこと。そしてもう一つが、今回のように、自分より不幸な人を撮影して、人の目に触れるネット上にアップすること」だという。

「『ほかの人もやっているから、自分もやっていいんだ』という集団心理で、罪悪感を払しょくしながら、人身事故の現場を撮影している面もあると思います。また、そうした行為を『止める人がいない』というのも、非常に問題。見て見ぬ振りをする人=『傍観者』が増えれば増えるほど、行為はエスカレートします。傍観者は、制止すると、自分が攻撃されるかもしれないという恐怖ゆえに、見て見ぬ振りをするわけです。傍観者が増えているのは、物事を正義感や倫理観ではなく、『自分が損をしないように』と損得で考える傾向が強くなっているからでしょう」

 一方で、人間には「他人の不幸を見たい」という根源的な欲望があると話す片田氏。フランス革命の頃、大衆の前で、国王や王妃、貴族らがギロチンによって処刑されたが、「それは、大衆の残酷な欲望を満たすため、ある種のガス抜きとして行われていたのではないでしょうか」と語る。

「ローマ詩人・プラウトゥスの『人間は、人間にとって、狼である』という言葉のように、人は心の奥底に、他人を搾取し、攻撃したいという残忍な欲望を秘めているし、『他人の無残な姿』も見たいのです。しかし、20世紀の近代化の流れの中、ギロチン処刑が『野蛮なこと』として、大衆の前で行われなくなったように、経済が発展し、社会が安定することで、人はこうした残忍な欲望を抑圧するようになりました。裏を返せば、いま人身事故の現場をスマホで撮影する人が増えているのは、日本ひいては世界が不安定な中、残忍な欲望を抑圧できなくなってきたということなのではないでしょうか」

 今回の一件では、新宿駅のホームに「お客さまのモラルに問います」というアナウンスが流れたことを踏まえ、「現代の日本人はモラルが低下した」といった指摘が多数見られたが、片田氏いわく「残忍な欲望は根源的なものなので、『現代のモラル低下』とは必ずしも言い切れない」とのこと。

「ただし、テクノロジーの発達によって、誰もがスマホで簡単に写真や動画を撮影できるようになったことが、『モラル低下』を招いたとは言えると思います。また、『世間というもの』が壊れてきていることも、『モラル低下』につながったと言えるのではないでしょうか。昭和の時代は、『世間様に顔向けできない』『世間様に笑われる』という感覚があり、例えば、会社という『世間』に対して『恥ずかしいことはできない』といった自制が利いたのです。しかし、終身雇用制度が崩れている現在、そうした感覚はなくなりつつあるのではないでしょうか。いいか悪いかは別にして、帰属意識もかなり希薄になっています。そのため『何をやってもいいんだ』と考える人が増えているような気がしますね」

 人身事故の現場をスマホで撮影する人たちの出現は、経済・社会の状況と密接に結びついていることがわかったが、JRが“異例の放送”を行ったように、「傍観者」を脱し、声を上げられる人が一人でも増えてゆくことを願いたい。

相次ぐ視覚障害者のホーム転落事故、どうしたら防げる? 

 視覚障害者のホーム転落事故が相次いでいる。今月1日には京成押上線京成立石駅のホームで66歳の女性が、その翌日には山手線新宿駅のホームで47歳の元ブラインドサッカー日本代表選手が線路に転落、電車に接触して亡くなった。後者は事故か自殺か判然としていないが、いずれにしても、事前に周囲の声がけなどのサポートがあれば防げた悲劇だった可能性があるという。ホームで白杖(はくじょう)を持った視覚障害者を見かけた場合、周囲にいる健常者はどのように介助すればよいのか? 全盲の身でありながら視覚障害者支援を行っている「MDSiサポート」代表の井上直也さん(36歳)に話を聞いた。

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 東京・青梅市在住の井上さんは後天性の視覚障害者だが、視力を失ったあとも、iPhoneのボイスオーバー(画面に表示された文字を読み上げてくれる機能)をフル活用して積極的に外出している。電車やバスを使い、iOS(iPhoneやiPad向けのOS)の出張講師として全国の視覚障害者の元を訪ねるほか、プライベートで新宿へ遊びに行く機会も多いという。

――井上さんは視覚障害者の中では行動派として知られ、ひとりで電車やバスを乗り継いで遠方まで出かける機会も多いそうですね。そんな“外出慣れ”した井上さんでも、周囲のサポートを必要とする場面はありますか?

井上さん 「常に大なり小なり、何かしらで困っている」というのが本音です。特にホームの上は危険度が高いエリアですので、僕をはじめとする視覚障害者の多くは「誰かに声をかけてほしい」と思っています。線路はどちら側にあるのか、ホームの端はどこなのかという大きな問題に直面しているほか、時計が見えないため「今何時だっけ?」と思っているときもあるし、駅のアナウンスを聞き逃して「次はどこ行きなんだろう?」と迷っているときもある。ですから僕の場合、電車に乗る前は「駅員さんや、通りすがりの優しい人が声をかけてくれたらいいな」と思いながら、ホームを歩いていることが多いです。

――ホームで視覚障害者を見かけたら、どのように声をかけたらよいのでしょう?

井上さん 今回、新宿駅で犠牲になった方は「自ら線路に下りる姿が目撃された」と報じられていますが、その前の段階ではおそらく、黄色い点字ブロックの上に立って電車を待っていたはず。そういうときに気軽に声をかけてくれるだけでいいんです。「一緒に乗りましょうか?」とか「次の電車に乗るんですか?」とか。

 その方がもし困っていれば、「一緒に乗ってもらえますか?」とか「次の電車は何時何分発のどこ行きですか?」などと答えるでしょうし、手助けが不要であるなら「大丈夫です。ありがとうございます」と答えるでしょう。仮に自殺を考えていたとしても、周囲から温かい声をかけていただくことで、踏みとどまるケースもあるかもしれない。

「相手が視覚障害者」と考えると、物事が難しくなってしまいがちです。ホーム上で両手に大きな荷物を持っているおばあちゃんがいたら、「ひとつ持ちましょうか?」「どこまで行くんですか?」「何かお手伝いできることはありますか?」などと話しかけるじゃないですか。それと同じ感覚で声をかけてもらえたらうれしいですね。

――声をかける際の注意点はありますか?

井上さん 耳元で突然「大丈夫ですか?」と声をかけられると、目が見えない人はビックリしてしまいますので、最初はある程度の距離感を保って、うっすら聞こえる程度の声量で声をかけてもらえると助かります。困っている視覚障害者は「ひょっとしたら自分に話しかけてくれたのかな?」と思って立ち止まったり、耳を傾けたりするでしょう。

――相手の体に手を添える行為はどうなのでしょう?

井上さん 基本的には、相手の承諾を得てから手を添えていただきたいです。もちろん、命に関わるような危険な場面では問答無用でグイッと引っ張ってもらって結構ですが、そうじゃないときに無言でいきなり手を添えられると、目が見えない人はビックリしてしまうからです。

 特に気をつけていただきたいのは、電車に乗り込む直前ですね。誰も声をかけてくれなかった場合、視覚障害者は気合を入れて自力で前へ進もうとします。「よし行くぞ!」と集中力を高めて、白杖を使って電車のドアの位置などを確認しようとする。その瞬間、無言でいきなり背中に手を添えられたりすると、背後から押されたような感覚になって恐怖を覚えます。ですから、体に触れる際には、事前に「肩に手を添えますよ」「腕を触りますよ」などとお声がけいただけると助かります。

――視覚障害者の方が、電車のドアの位置や、ホームと電車の隙間などを白杖でチェックしている最中に、周囲の人が白杖をつかんで、それを正しい位置へ導こうとする場面をたまに見かけます。親切心でやっていることと思われますが、あの行為はどうなのでしょう?

井上さん 白杖は僕らにとってのセンサーなので、それを第三者につかまれてしまうと、感覚が麻痺してしまいます。お気持ちはありがたいですが、白杖には触れないでいただきたいです。

――駅通路などで道案内をする場合の注意点を教えてください。

井上さん 腕や手をつかまれてグイグイ引っ張られると、これまた恐怖を感じます。ですから、健常者が「つかむ」のではなく、視覚障害者に「つかませる」ほうがよいのかも。健常者のほうから「私につかまってください」と言って、肩、肘、リュックのベルトなどを視覚障害者につかませる。その上で、「歩くの速くないですか?」「もう少しゆっくり歩きましょうか?」などと話しかけながら、ゆるやかに先導してあげるのがスマートかつ安全でしょう。

――ホームと電車の間に大きな隙間がある場合や、階段に差し掛かった場合は、どのように伝えたらよいでしょう?

井上さん 僕の場合、「この先、隙間が大きく空いていますよ」「もうすぐ階段がありますよ」と伝えてくれれば大丈夫です。距離感や段差の高さは、白杖で確認できますので。

 ただし、それがすべての視覚障害者に当てはまるとは限りません。中には身体的な制約があり、階段を容易には上がれない方もいますので、「階段で大丈夫ですか?」「エスカレーターやエレベーターまで案内しましょうか?」などと優しく話しかけながら、その方が望む方法で案内していただけるとありがたいです。

――お互いにコミュニケーションを取ることが大事ということですね。

井上さん はい。でも、健常者同士だと視覚で補完できるコミュニケーションも、片方が見えていないというだけで、途端に難しくなるんですよ。たとえば、「あと何歩」「あと何センチ」という指示。通常、健常者がやや前方にいて、視覚障害者がその斜め後ろにいることが多いですよね。その状況で「あと一歩」と言われても、健常者から見た「一歩」なのか、それとも視覚障害者から見た「一歩」なのかが不明瞭で、こちらは判断に迷います。

 ですから、「あなたから見て、あと一歩です」などと、きめ細やかなコミュニケーションを心がけていただけると大変助かります。

――勉強になりました。井上さんのお話を聞くまでは、「視覚障害者の方に気軽に声をかけるのは失礼だったり、ありがた迷惑だったりするのかな」と思っていました。

井上さん 全然そんなことはありません。基本的には大助かりです。視覚障害者もさまざまで、全盲の方もいれば、弱視の方もいます。中にはせっかく親切心でお声がけしていただいたのに、「大丈夫だから放っておいて」と、つっけんどんな対応をする視覚障害者もいるかもしれませんが、大目に見ていただけたらと思います。

 人間誰しもタイミングが悪いときって、あるじゃないですか。僕だってタイミングによっては、「この道は慣れているから大丈夫です」と言ってお断りすることがあります。暑い寒いでイライラしているときもあるし、遅刻したりおなかが空いたりしてイライラしているときもある。これは健常者の方も同じだと思いますが、不機嫌なときに他人から話しかけられると、ついつい対応が悪くなるじゃないですか。

 だからもし無下に断られたとしても、「じゃあ、今後は声がけするのをやーめた!」とは思わないでいただきたいです。そうやって支援者をひとりでも失ってしまうと、今回のような事故のリスクが高まるからです。

――では、今後は視覚障害者の方を見かけたら、気軽に声をかけるようにします。

井上さん ぜひともそうしていただけたらと思います。できれば電車に乗り込む直前ではなく、もうちょっと余裕のありそうなタイミングにお声がけいただけると助かります。先日、新宿駅の山手線15番線ホームで亡くなった方は、事故と仮定した場合、隣にある山手線14番線ホームの「電車が入ります。お下がりください」というアナウンスや電車のドアが開く音を、自分のホームの情報と勘違いして前に出てしまい、線路に転落してしまった可能性もあると僕は思うんです。

――私も実際に新宿駅の15番ホームに目を閉じて立ってみたのですが、聴覚的な情報の遠近感が、とてもつかみづらかったです。

井上さん ですよね。集中していてもわかりづらいのだから、注意力散漫なときはなおさらです。視覚障害者はホームの端のほうにある黄色い点字ブロックの上で電車を待つのですが、点字ブロックの上に立つと、いったんホッとして、気が抜けてしてしまうこともあります。結果、アナウンスなどの音声情報を正確に聞き取れず、誤解したまま前へ進んでしまうことも十分にあり得ると思います。

 そこから急に前へ進んでいった人を、周囲の誰かがとっさに止めるのは難しい。でも、それよりも前の段階――たとえばホームに向かう階段を上っている最中や、ホームの中央にいるタイミングで誰かが声をかけていれば、もしかしたら防げた悲劇だったのかもしれないと思うと残念です。

――転落防止用のホームドアが、早く全駅に設置されるとよいですね。

井上さん それが理想ですが、巨額な費用が必要ですから、実現するにはまだまだ時間がかかりそうです。そうなる前に望むことといえば、「困っている人がいたら、とにもかくにも声をかける」というコミュニケーション習慣の定着ですね。そういう“優しいお節介”が世の中に広がっていけば、それがホームドア以上のセーフティーネットになるかもしれません。

(取材・文=岡林敬太)

「韓国ヘイト」への批判は「表現の自由」を脅かすのか? 憲法学者・志田陽子氏の見解

 最近、世間で話題になる機会が増えた「表現の自由」とは何か――『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店)の著者である憲法学者・志田陽子氏へのインタビュー前編では、選挙演説における「ヤジ排除」は、「表現の自由の侵害にあたるのか」を中心に、話をお聞きした。後編では、「差別表現」への批判や規制に対しても指摘される「表現の自由の侵害」をどのように捉えるべきか、考えていく。

(前編はこちら)

「私が傷ついたから」という表現規制は危ない

――「表現の自由」の侵害が問題になるとき、決まって「公共の福祉に反する場合、表現の自由は制限される」と唱える人が出てきます。『表現の不自由展・その後』中止問題で、「表現の自由の侵害だ」と声が上がった際にも、自民党の杉田水脈衆院議員が、「憲法第21条で保障されている表現の自由は、『公共の福祉』による制限を受けます…」とツイートしていました。この公共の福祉とは、一般的に「社会全体の共通の利益」「人権同士が衝突するのを調整するための原理」と言われますが、現実において、どのように捉えるべきでしょうか。

志田陽子氏(以下、志田) 表現の自由に関する裁判において、必ず持ち出されるのが、この憲法第12条・13条に規定される「公共の福祉」です。昔の判例は、この言葉を用いて、表現の自由を含む「自由権」を簡単に制限できるような説明をしていましたが、今では「公共の福祉」の中身を、もっと具体的な言葉で説明する流れになってきています。表現の自由を制限してもやむを得ない理由が本当にあるのか、それはほかの人のどんな権利や利益を守るために必要なのか、説明できなくてはいけないのです。

――ヤジ排除問題で批判の声が上がった際も、柴山昌彦文部科学相(当時)が、「公共の福祉」をもって反論していました。

志田 本来は、「公共の福祉」が一般人の表現を上から押さえつけるための言葉として使われるのは間違いなのです。一般の人たちが、民主主義の社会を作り上げていく過程で、一人の意見に従うのではなく、大勢で意見を出し合いながら、それを聞き、集約していく……その社会の動き全体を「公共」と言い、その「公共」を大事にすることが「公共の福祉」なのです。公共の空間での「表現の自由」を守ることこそ、「公共の福祉」にかなうことであるはず。「公共の福祉」と「自由権」は本来、そのような形で、循環していくべきものです。しかし現実には、「表現の自由」に対して対立的に制約を課してくる法律もありますから、その時には、「公共の福祉」で終わらせず、「誰のどの権利を守るために表現を制約しなければならないのか」と問うことが必要ですね。

――最近では、差別表現など、誰かの心を傷つける可能性があるものに関しては、表現の自由が規制されるべきだという論調もあります。

志田 確かに最近、特に差別表現において、「誰かの言葉で傷ついた」というのが、法的な問題になりつつあります。ただ、どこかで線引きをしなければ、「私にとって不愉快だから、あなたの表現を塞いでもいい」という“傷ついたもん勝ち”の世界になってしまう危険性も。例えば、『白雪姫』には、自分がこの世で一番美しいと信じる魔女が登場し、自分より美しい容姿の白雪姫という存在にショックを受けて、彼女を殺そうとしますが、「私にとって不愉快だから、あなたの表現を塞いでもいい」がまかり通ると、この魔女の行為を認めることになります。美しい容姿を隠さず出すことも、自己表現の一つですから。意見の違うものや不快なものを見せつけられたときの“単なる苛立ち”は、それを排除する理由にはなりません。排除するためには、自分の「人格」に根差したものが、権利として傷つけられたことを示さなければいけないのです。

――具体的には、どのようなことなのでしょうか。

志田 例えば、騒音問題。Aさんが騒音を立て、隣の家のBさんが迷惑しているとします。その際、Bさんに健康被害が生じてなくても、平穏な生活を壊しているという事実があれば「Bさんの『人格』を侵害している」としてAさんの「表現の自由」は制限され、騒音を排除できるのです。

 しかし、見ないこと・聞かないことで自ら防ぐことのできる「表現」を、わざわざ追いかけて行って、「これは社会にとって不愉快だから」と排除する権利はありません。表現は常に誰かを不快にするリスクがある。誰かを不快にさせたから、その表現は社会に出てはいけないとすると、ありとあらゆる表現が成立しなくなってしまいます。

――「週刊ポスト」(小学館)9月13日号の特集「韓国なんて要らない」が「韓国ヘイトだ」と批判を浴び、同編集部が「誤解を広めかねず、配慮に欠けておりました」と謝罪した一件がありました。「中日新聞」は社説で「回収を検討すべき」と厳しく批判していましたが、これもまた「表現の自由の侵害になり得る」などと指摘されています。この件は、どのように考えますか。

志田 同誌には、「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」というタイトルの企画があり、韓国人の10人に1人が「間欠性爆発性障害」であるという韓国の医学レポートが紹介され、韓国社会が分析されていましたが、これは、日本より差別表現に厳しいヨーロッパにおいては、法律に触れるレベルかもしれないな……とは感じました。

 ただ、現在日本には、差別表現を規制するような罰則が設けられた法律はなく、メディアの見識に委ねられる形となっています。特に、新聞や雑誌は、戦前に検閲による表現規制を受け、そこに自己検閲(忖度)が重なって、「民主主義を台無しにしてしまった」という反省があるので、現在は上からの表現規制はなく、業界内で、倫理的向上を目指すための“示し合わせ”が行われています。しかし、そこに強制力はありません。なぜ法律で規制されていないのかと言うと、「言論の自由」の土俵で、不快だと思った表現に対して、「嫌だ」と声を上げる「表現の自由」が保障されるという前提があるから。ここで「嫌だ」と思った人が、声を上げないまま泣き寝入りしてしまうと、保障の意味はなくなってしまいます。

――「嫌だ」と声を上げられなくなる状況になるのは怖いですね。

志田 最近、「ポスト」のような出版物だけでなく、テレビ番組のコメンテーターが、韓国へのヘイト発言をすることもありますよね。韓国の「ここがダメ」という点をあげつらい、悪者呼ばわりして盛り上がる――そんな状況にあって、日本在住の韓国出身者の方が「嫌だ」と声を上げられなくなってはいないかと、気になっているところです。

 表現の自由においては、誰かにとって「不快」な表現も出てきます。しかしその時、上が規制をかけるのではなく、不快な思いをした人たちが「嫌だ」と声を上げることによって、人々の力で軌道修正していくのが望ましいのです。こうした「自己修復能力」が、今の日本社会にはまだあると思う半面、「失われつつあるのではないか」とも感じ、非常に心配。原則としては、自己修復能力を可能な限り信頼し、罰則は設けるべきではないとは思うのですが、もし差別を受ける当事者が身の危険を感じ、口をつぐんでしまう社会状況になった場合は、罰則を設けた法規制もあり得るのではないかと、私は思っています。

――神奈川県・川崎市議会では「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例(仮称)」の審議が進められています。この素案には、外国にルーツのある人へのヘイトスピーチを繰り返し、勧告・命令に従わない場合、氏名を公表し、最高50万円の罰金を科すという罰則規定もあります。この件に関しても、「表現の自由を脅かす」といった声が出ています。

志田 在日韓国人の方が多く住んでいる川崎市では、差別表現に関する問題を深刻に捉えていると思います。私は、「外国にルーツのある人が、日本人と平等に発言できない状況に置かれている」といった地域の実情をくみ取って、こうした措置に出る自治体が出てくるのは、あってもいいことだと思い始めています。日本人と外国にルーツのある人双方が、同じ「自由」の土俵に立ち、意見を言い合う、ときに批判し合う状況は、「表現の自由」のもと、問題ありませんが、日本人が外国にルーツのある人を対等な「表現の自由」の土俵に立つことさえ許さない状況は、あってはならない。これでは、もともと「表現の自由」に期待されていた、「さまざまな論が切磋琢磨することによって、社会が成熟していくこと」に反してしまいます。

 ヤジ排除問題も、『表現の不自由展・その後』中止問題もそうですが、いま日本全体が「不都合なことは、なかったことにすればいい」といった思考にとらわれているような気がします。例えば、「慰安婦」問題がそうです。さまざまな歴史学者が、「慰安婦」の実際を調査・研究する中、資料に一部足りないところがある、一部に間違った記述があるということが判明した際、「慰安婦」問題を不都合とする人によって、その調査・研究全体が「価値のないもの」「なかったもの」にされてしまう……そんなことが起こっています。「表現の自由」において、学術研究とそれに対する批判は、どちらも大切にされるべきなのですが、気に入らない論を唱える人から発言の資格を奪い、「なかったことにすればいい」で解決させようとしているのは問題です。これは、日本人が克服していくべき問題なのではないでしょうか。

――ヤジ排除問題や『表現の不自由展・その後』中止問題で、「表現の自由」について関心が高まり、「不都合なことは、なかったことにすればいい」という風潮に疑問を抱く人は増えたように思います。

志田 『表現の不自由展・その後』に出品された作品は、もともと社会からの抗議・嫌がらせや忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品です。つまり、昔からずっと、そういったことはあったわけですが、それが「見えないところで言論が排除される」という形で続いてきた。しかし、ネット社会のいま、そうした言論排除の問題が「目に見えるようになってきた」と言えるのではないでしょうか。言論の自由・表現の自由が脅かされていることに気づき、危機感を抱くことが、社会をよい方向に変える第一歩となってほしいと思っています。

志田陽子(しだ・ようこ) 
1961年生。2000年、早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程を単位取得退学。2000年より武蔵野美術大学造形学部に着任(法学)。早稲田大学法学部・商学部非常勤講師。専攻は憲法。著書に 『文化戦争と憲法理論――アイデンディティの相剋と模索』(法律文化社、2006年)『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店、2018年)、編著に『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局、2009年)『映画で学ぶ憲法』(法律文化社、2014年)。

犬猫好きから大人気、『ウチのパグは猫である。』ひぐちにちほ氏に直撃! 秘蔵写真も大公開♪

 空前のペットブームが続いている日本。ペットを飼ってなくても、インスタグラムやTwitter、YouTubeなどでお気に入りの“猫ちゃん”“ワンちゃん”を見て癒やされてる人もいるのでは?

 そんな中、犬猫好きからあこがれを集めているのは、漫画家・ひぐちにちほさん。5匹の猫と1匹の犬(パグ)と生活中で、それらの様子をアップしているインスタグラムも人気です。そんなひぐちさんの新作はコミックエッセイ『ウチのパグは猫である。』(ぶんか社)。ゴルゴ13号に似た眉毛を持つ仔犬パグ・お茶目ちゃんが、猫に囲まれた生活で自分も猫だと思ってしまう……そんな姿をコミカルに描いた本作。今回、ひぐちさんに直撃して『ウチのパグは猫である。』のお話から、“主人公”のお茶目ちゃんのこと、ペットと生きる意味まで、一問一答形式で聞いてみました!

『ウチパグ』に出てくる猫ちゃん5匹とお茶目ちゃん、人にたとえるとどんな性格ですか?

・(猫)べっぴん→ドジだし方向音痴だし料理もできないけど、みんなから慕われるタイプ

・(猫)水玉→プライド高いのに人見知りで食べ物の好き嫌いも激しくて甘えん坊(ズバリ面倒臭いタイプ)

・(猫)親分
→何かあったら人のうしろに隠れるビビリ男子。でも、イケメンで母性をくすぐるタイプだからモテるんだろうなぁ。

・(猫)多喜
→良妻賢母。家事も完璧、優しい、料理上手、嫁にしたいタイプ。

・(猫)福
→能天気。行き当たりばったり人生だけどなぜかうまくいくタイプ。

・(パグ)お茶目
→やりたい放題、俺が俺がタイプ(女子だけど)。でも、みんなに元気を与えてくれる太陽的存在。

 

 福ちゃんとお茶目がぴっとりくっついている写真。犬と猫、どちらもいてよかったなぁ……としみじみ思えるから。

 
 
 
 
 
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ひたすらイチャイチャしているだけの動画です。

ひぐち にちほさん(@higu_nichi)がシェアした投稿 -

■お茶目ちゃんは、ひぐち家で4代目のパグとのことですが、これまでのパグと違うところは?

 今までの先代パグたちは人見知り、犬見知りだったけどお茶目は社交的。おっとりしているのがパグだと思ったけど、お茶目はとにかく“活き”がいい。

 ウ◯チ文字の話。みなさん引いちゃうかな、と心配でしたが意外と共感していただいたり。Part2をやろうかな、と。

■犬友達さん、ご近所さんからお茶目ちゃんはどう思われてる?

お茶目が人懐こいせいか、ハマる方はメチャメチャ大好きになってくれます。ウ◯チまで可愛いそうです。

■犬猫のほかに好きな動物、会ってみたい動物はいますか?

ハシビロコウが大好きです! 一緒に並んで記念撮影するのが夢!

あまり泣かないタイプなのですが外国の動画で消防隊の人が狭い場所から子猫を救出できて泣いちゃってるのを見て、ジーンときました。

■好きな動物ベスト3とその理由を教えてください!

・犬:人生のパートナー的存在になってくれる
・猫 :程よい距離感で接してくれる。あとしなやかなフォルムが好き
・ハシビロコウ:よくわからないけど惹かれる。前世はハシビロコウだったのかも?

■犬になるなら、何犬になりたいですか?

バセットハウンド。ウチにいた子で走るだけでスゴイ! と褒められた。走っただけで!

■犬や猫と生活したいと思っている方へメッセージ

犬猫との生活ははっきり言って最高です! 最期がつらいとは言っても、それまでの一緒にいる10数年間ずっと楽しくて幸せなのです。もちろんお金もかかるけど、働く活力になります。私は一人暮らしのままだったら、もっとダメ人間になっていたと思うのでウチの子たちに感謝です。

ひぐちにちほ
漫画家。1989年にデビュー。代表作は、パグの小春ちゃんを描いた大人気シリーズ『小春びより』(講談社)。そのほか、5匹の猫と2匹の犬と暮らす日常を描く『ひぐち猫。~犬漫画家が猫を飼いはじめたらこうなった~』(同)、古民家風の家を建てる夢を実現させるまでを描いた『結婚する予定もないから、好きなように家建てちゃいました。』(ぶんか社)など。現在、『本当にあった笑える話スペシャル』(同)、『婦人公論』(中央公論新社)にて連載中。

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ガーリィレコードチャンネル、YouTubeで人気の「気配斬り」はよしもと本社のゴミ捨て場から生まれた!?

 テレビ的にはほぼ無名の芸人4人が、YouTubeで人気を博している。9月中旬時点でチャンネル登録者数は60万人超。11月には日本青年館ホールでの単独イベントも控えている。

「ガーリィレコードチャンネル」のメンバーは、お笑いコンビ・ガーリィレコードの高井佳佑、フェニックス、そして同期芸人の秋山太郎と雨野宮将明の4人からなる。藤原竜也やMr.Children桜井和寿のモノマネ、アニメやゲームをネタにした動画などで注目されるようになり、現在は4人が食事をとったり、ウレタン棒を振って遊んでいるゲーム「気配斬り」など、ただ遊んでいるように見える、無邪気な「ホームビデオ」感のある動画が中心だ。高橋一生や松坂桃李らがファンを公言しており、先日は『しゃべくり007』や『嵐にしやがれ』(共に日テレ系)にも出演を果たした。

「第7世代」芸人が話題になる昨今だが、ライブシーンから賞レースを勝ち上がり、テレビで脚光を浴びるといった、従来のパターンとはまったく別の方法で知名度を獲得しているガーリィレコードチャンネルは、どのような発想の元で作られているのだろうか?

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――YouTubeチャンネル登録者数60万人突破、おめでとうございます(9月中旬取材時)。失礼ながら、それまで無名だった芸人さん のチャンネルが、短期間でこんな数字を出したというのは異例のケースだと思います。

フェニックス 去年の7月21日から、毎日動画を投稿し始めたんです。その前から、Twitterに上げていた動画(「対マスターハンド戦にて  全く意味のないフォックス下スマッシュ」)が無断転載されていたので、その対策として、ちょこちょこ自分たちで動画を上げてはいたんですが、本格的に始めたのはその頃ですね。

――YouTuberの世界では、子どもたちの夏休みが、1年で最もバズりやすい期間だといわれています。そこを意識して、自分たちの知名度を戦略的に上げようという意図があったのでしょうか?

フェニックス そうですね。「夏休みは(数字が)伸びる」と聞いていたので。でも、そこまで戦略的なことは考えていなくて、「ひとりでも多くの人に知ってもらえたら」くらいの気持ちでした。

太郎  もともとは、雨野宮がガーリィレコードの2人を誘って始めたんです。当初は雨野宮は裏方というか、作家的なポジションで、動画には出てなかったんですけど。俺が合流するようになったのは、フェニックスとルームシェアを始めたことがきっかけでしたね。それで、俺も暇だったので、動画に参加することになったんです(※現在、フェニックスと太郎は、友人2名と一軒家を借りてルームシェア中。「ガーリィレコードチャンネルハウス」と呼ばれ、主な撮影場所になっている。なお、今年6月には、高井と雨野宮もルームシェアを開始)。

――雨野宮さんは、どうして2人とYouTubeを始めようと考えたのでしょうか?

雨野宮 僕はもともと極楽とんぼさんが大好きで、お2人がAbemaTVで番組(『極楽とんぼKAKERUTV』)を始めたことをきっかけにして、ネット番組やYouTube動画をいろいろ見るようになったんです。そうするうちに、「YouTubeに芸人が出ていったら、絶対人気が出るのに」と思うようになりました。そんな頃、ガーリィレコードのモノマネ動画がTwitterでバズっているのを見て、「これはあるぞ……ガーリィレコード、YouTubeワンチャンあるぞ……」とひらめいたんです(笑)。

フェニックス 「YouTubeは稼げるぞ……」と、甘いささやきが……。

雨野宮 「思ってる以上に稼げるぞ……」「テレビも変わっていくぞ……」

高井 ずっと耳元でささやかれ続けました(笑)。

雨野宮 YouTubeって、(登録者数を)ゼロから100にする段階が大変で、そこから先は軌道に乗れば自然と伸びていくだろうと思っていたんです。ガーリィレコードのモノマネなら、その “100”になるという確信があったので、「YouTubeチャンネルをやらせてくれ」と頼んだんです。

――そこからガーリィレコードチャンネルがスタートしたと。当初から、今のような編集なしの「ホームビデオ」ノリだったんでしょうか?

フェニックス 最初はモノマネ動画ばかり上げてました。でも、そればかりだとネタ切れになると気づき、ご飯食べるだけだったり、単に遊んでいるだけの動画を上げるようになりました。

雨野宮 毎日毎日、「今日は何をしよう?」と話してて、まんま夏休みのノリでしたね。

太郎 本当に友達の家に遊びに行くノリで、「何も決まってないけど、とりあえず集まろう!」みたいな(笑)。

雨野宮 何も起きなくて、「夕焼けを見た!」くらいの日もあるよね。

高井 あの部屋で、ただ何をするでもなく寝っ転がってて、夕方になって窓から日が入ってくると、なんだかエモいというか、すごくノスタルジックになるんですよね。

フェニックス あの部屋の雰囲気も相まってな。

――最初からガチガチに戦略を詰めて、ほかと差別化した動画を作ったというよりは、結果的にこうなったんですね。

高井 遊んでいるうちに、今の動画のベースが出来上がったのかな。

雨野宮 「動画の編集をしないのが、ほかと違ってカッコいい」と言われるけど、「やらない」じゃなくて「できない」だけなんです!

――そんな遊びの延長線から生まれた「深夜のテンションシリーズ」も好評ですが、中でも「気配斬り」動画は大人気ですね。一体どのような経緯で誕生したんでしょうか?

フェニックス それこそ遊びの中で生まれたというか、みんなで、よしもとの東京本社の中庭で走り回ってるときに……。

雨野宮 それもおかしいんですけどね。まず「本社で走り回る」って、なんなんだ(笑)。

フェニックス で、中庭のゴミ捨て場に、2本のウレタン棒が落ちていたんです。男としては、棒を見つけたら振らざるを得ないじゃないですか。そしたら、すごく気持ちのいい音がしたんですね。

高井 みんなで気に入って、通りすがりの社員さんに「これもらっていいですか?」「いいですよ、ゴミだし」みたいな感じでもらってきました。

雨野宮 もともと「気配玉」というゲームをやっていて、棒を使って「斬り」にしたら、もっと面白いんじゃないかと思って始めたのがきっかけですね。

――そんな経緯で生まれた「気配斬り」ですが、大変バズッた結果、皆さんも『しゃべくり007』や、『嵐にしやがれ』などの地上波テレビ番組に出演したりと、話題を呼んでいます。

高井 ゴールデン番組に、あのゴミが!

雨野宮 かっこいいタレントさんが、あのゴミを持って!

フェニックス あのゴミがきっかけで、『24時間テレビ』だぜ!

高井 でも、本当にありがたいですよね。

――何がチャンスになるか、本当にわかりませんね。そしてさまざまなYouTuberたちも、こぞって「気配斬り」動画を上げています。

高井 TikTokでも「#気配斬り」みたいなのが、めちゃめちゃありますよ。だいたいルールを間違えているんですけど。

――ガーリィレコードチャンネルの動画では、お互い一度しか振ってはいけないルールでやっているのに、当たるまで何度も振り続けている動画を見たことがありますね。

雨野宮 僕らの感覚としては、一度きりが面白いと思ったけれど、振り回しているのが面白いと感じる人もいるかもしれない。それは着眼点の違いですよね。広まってくれるなら全然アリです。

――とはいえ、元ネタに言及しない人もいるじゃないですか。

太郎 まいっちゃいますよね~~~!(※太郎の持ちギャグ)

――ちなみに、これを読んでいる方の中にも、「気配斬り」に挑戦してみたい人もいると思うんです。やるときの注意点を教えて下さい。

フェニックス まず、何もない6畳間がないと……。

――そこからですか。

高井 硬い棒では絶対やらないこと。ぜひウレタン棒を手に入れてほしいですね。

太郎 腕を大きく振ると相手の体や周囲の物に当たってけがをする可能性があるので、なるべく自分の体の近くで小さめに振ってください。安全面が大事ですね。

フェニックス それに、やってる様子を見る人や撮影する人がいないと、何も面白くないですよ。

雨野宮 「気配斬り」って、人柄が出ると思うんですよ。何も気にせず行くタイプなのか、周りに気を使うタイプなのかとか。だから、恋人同士が同棲を始める前なんかには、一度「気配斬り」をしてほしい。「ねえ、アタシと気配斬りしよ?」って。

フェニックス アレをやると、仲良くなるもんね。新入社員同士とかでもやってほしいですね。

――気配斬りで、わかることがあると(笑)。そして、カジサックさんや中田敦彦さんといった、これまでテレビで活躍していたよしもとの先輩芸人が、YouTubeの世界に進出しています。これは脅威に感じますか?

雨野宮 僕たち、全員27歳で同い年なんです。みんなで「観てたテレビが全部終わっちゃったな」って話をよくしていて。『みなおか』『めちゃイケ』『はねトび』(フジテレビ系)、全部終わってしまった。でも、そこで活躍されていた人で、今YouTubeの世界に来られている人もいるじゃないですか。あの頃、僕たちが好きだった人たちと共演する夢がかなうというか。

フェニックス 正直、上の人たちがYouTubeをやってくれればくれるほど、ウチらもやりやすくなるし。

高井 今後もYouTubeに参入する芸人は増えてほしいですね。

――逆に皆さんは、劇場で評価を高めて賞レースを勝ち上がり、テレビでブレイクという芸人の売れ方の王道を目指したことはあったのでしょうか?

フェニックス ウチらは、コンビを組んで8年目なんですけど、もう1年目の終わりくらいから、漫才で賞レースを目指すのは無理だからやめました。

――早くないですか?

高井 早めにあきらめました! 上京したばかりの頃は、しゃべくり漫才をしたいと思ってました 。

フェニックス 「無理」ってなりましたね。それに、無限大ホールに出ている同期も先輩も、めちゃくちゃ面白いんですよ。同期は、ラフレクラン、空気階段ですし。

高井 正攻法じゃ勝てないから、僕らの強みを生かそうと思ったんです。

フェニックス 何かのジャンルで一番だったら食えるという目算があって、僕らは2人ともアニメやマンガが大好きだから、秋葉原で一番になろうと思ったんです。オタク文化は強いし、この国では絶対なくならないと確信して、2年目から『DEATH NOTE』ネタをやり始めました。

――一般的に、登録者数が数十万人を超えたYouTuberは、着ている服や住んでいる部屋が豪華になっていき、端的にいえば羽振りがよくなってくるじゃないですか。ガーリィレコードチャンネルは、収入に関しては、ぶっちゃけどうなんでしょうか?

高井 まあまあ、そこはよしもとさんですよね(笑)。

太郎 でも、カジサックさんが割合を変えてくれたりして、僕らも変わってきてはいます。

――それはよかったです。今後の野望はありますか? たとえば、ほかのYouTuberのような豪華な部屋に住みたいとか……。

フェニックス その欲は、あんまりないですね~。

高井 だったら、もっとおいしいものを食べたい。

――では、今後はどうなっていきたいですか?

雨野宮 結婚して子どもをつくって……。

太郎 幸せになりたいのが一番ですかね!

高井 息子とサイクリングしたいですね。そして海沿いに家を……。

――ちょっと地に足が着きすぎているので、もう少し芸人としての大きな目標もお願いします!

フェニックス 大きな目標、そうっすね。まあ、このYouTubeをきっかけに、いろんなことができたらなぁって思います。

(取材=藤谷千明/構成=斎藤岬/撮影=尾藤能暢)

 

●ガーリィレコードチャンネル

写真左から、雨野宮将明、フェニックス(ガーリィレコード)、高井佳佑(同)、秋山太郎。東京NSC17期の同期4人組。「本物の米津玄師」としてガチャピンちゃんねるにも登場している。

https://www.youtube.com/channel/UC6VjNLslXbb6Stl0I2MkQWA

 

ガーリィレコードチャンネル、YouTubeで人気の「気配斬り」はよしもと本社のゴミ捨て場から生まれた!?

 テレビ的にはほぼ無名の芸人4人が、YouTubeで人気を博している。9月中旬時点でチャンネル登録者数は60万人超。11月には日本青年館ホールでの単独イベントも控えている。

「ガーリィレコードチャンネル」のメンバーは、お笑いコンビ・ガーリィレコードの高井佳佑、フェニックス、そして同期芸人の秋山太郎と雨野宮将明の4人からなる。藤原竜也やMr.Children桜井和寿のモノマネ、アニメやゲームをネタにした動画などで注目されるようになり、現在は4人が食事をとったり、ウレタン棒を振って遊んでいるゲーム「気配斬り」など、ただ遊んでいるように見える、無邪気な「ホームビデオ」感のある動画が中心だ。高橋一生や松坂桃李らがファンを公言しており、先日は『しゃべくり007』や『嵐にしやがれ』(共に日テレ系)にも出演を果たした。

「第7世代」芸人が話題になる昨今だが、ライブシーンから賞レースを勝ち上がり、テレビで脚光を浴びるといった、従来のパターンとはまったく別の方法で知名度を獲得しているガーリィレコードチャンネルは、どのような発想の元で作られているのだろうか?

***

――YouTubeチャンネル登録者数60万人突破、おめでとうございます(9月中旬取材時)。失礼ながら、それまで無名だった芸人さん のチャンネルが、短期間でこんな数字を出したというのは異例のケースだと思います。

フェニックス 去年の7月21日から、毎日動画を投稿し始めたんです。その前から、Twitterに上げていた動画(「対マスターハンド戦にて  全く意味のないフォックス下スマッシュ」)が無断転載されていたので、その対策として、ちょこちょこ自分たちで動画を上げてはいたんですが、本格的に始めたのはその頃ですね。

――YouTuberの世界では、子どもたちの夏休みが、1年で最もバズりやすい期間だといわれています。そこを意識して、自分たちの知名度を戦略的に上げようという意図があったのでしょうか?

フェニックス そうですね。「夏休みは(数字が)伸びる」と聞いていたので。でも、そこまで戦略的なことは考えていなくて、「ひとりでも多くの人に知ってもらえたら」くらいの気持ちでした。

太郎  もともとは、雨野宮がガーリィレコードの2人を誘って始めたんです。当初は雨野宮は裏方というか、作家的なポジションで、動画には出てなかったんですけど。俺が合流するようになったのは、フェニックスとルームシェアを始めたことがきっかけでしたね。それで、俺も暇だったので、動画に参加することになったんです(※現在、フェニックスと太郎は、友人2名と一軒家を借りてルームシェア中。「ガーリィレコードチャンネルハウス」と呼ばれ、主な撮影場所になっている。なお、今年6月には、高井と雨野宮もルームシェアを開始)。

――雨野宮さんは、どうして2人とYouTubeを始めようと考えたのでしょうか?

雨野宮 僕はもともと極楽とんぼさんが大好きで、お2人がAbemaTVで番組(『極楽とんぼKAKERUTV』)を始めたことをきっかけにして、ネット番組やYouTube動画をいろいろ見るようになったんです。そうするうちに、「YouTubeに芸人が出ていったら、絶対人気が出るのに」と思うようになりました。そんな頃、ガーリィレコードのモノマネ動画がTwitterでバズっているのを見て、「これはあるぞ……ガーリィレコード、YouTubeワンチャンあるぞ……」とひらめいたんです(笑)。

フェニックス 「YouTubeは稼げるぞ……」と、甘いささやきが……。

雨野宮 「思ってる以上に稼げるぞ……」「テレビも変わっていくぞ……」

高井 ずっと耳元でささやかれ続けました(笑)。

雨野宮 YouTubeって、(登録者数を)ゼロから100にする段階が大変で、そこから先は軌道に乗れば自然と伸びていくだろうと思っていたんです。ガーリィレコードのモノマネなら、その “100”になるという確信があったので、「YouTubeチャンネルをやらせてくれ」と頼んだんです。

――そこからガーリィレコードチャンネルがスタートしたと。当初から、今のような編集なしの「ホームビデオ」ノリだったんでしょうか?

フェニックス 最初はモノマネ動画ばかり上げてました。でも、そればかりだとネタ切れになると気づき、ご飯食べるだけだったり、単に遊んでいるだけの動画を上げるようになりました。

雨野宮 毎日毎日、「今日は何をしよう?」と話してて、まんま夏休みのノリでしたね。

太郎 本当に友達の家に遊びに行くノリで、「何も決まってないけど、とりあえず集まろう!」みたいな(笑)。

雨野宮 何も起きなくて、「夕焼けを見た!」くらいの日もあるよね。

高井 あの部屋で、ただ何をするでもなく寝っ転がってて、夕方になって窓から日が入ってくると、なんだかエモいというか、すごくノスタルジックになるんですよね。

フェニックス あの部屋の雰囲気も相まってな。

――最初からガチガチに戦略を詰めて、ほかと差別化した動画を作ったというよりは、結果的にこうなったんですね。

高井 遊んでいるうちに、今の動画のベースが出来上がったのかな。

雨野宮 「動画の編集をしないのが、ほかと違ってカッコいい」と言われるけど、「やらない」じゃなくて「できない」だけなんです!

――そんな遊びの延長線から生まれた「深夜のテンションシリーズ」も好評ですが、中でも「気配斬り」動画は大人気ですね。一体どのような経緯で誕生したんでしょうか?

フェニックス それこそ遊びの中で生まれたというか、みんなで、よしもとの東京本社の中庭で走り回ってるときに……。

雨野宮 それもおかしいんですけどね。まず「本社で走り回る」って、なんなんだ(笑)。

フェニックス で、中庭のゴミ捨て場に、2本のウレタン棒が落ちていたんです。男としては、棒を見つけたら振らざるを得ないじゃないですか。そしたら、すごく気持ちのいい音がしたんですね。

高井 みんなで気に入って、通りすがりの社員さんに「これもらっていいですか?」「いいですよ、ゴミだし」みたいな感じでもらってきました。

雨野宮 もともと「気配玉」というゲームをやっていて、棒を使って「斬り」にしたら、もっと面白いんじゃないかと思って始めたのがきっかけですね。

――そんな経緯で生まれた「気配斬り」ですが、大変バズッた結果、皆さんも『しゃべくり007』や、『嵐にしやがれ』などの地上波テレビ番組に出演したりと、話題を呼んでいます。

高井 ゴールデン番組に、あのゴミが!

雨野宮 かっこいいタレントさんが、あのゴミを持って!

フェニックス あのゴミがきっかけで、『24時間テレビ』だぜ!

高井 でも、本当にありがたいですよね。

――何がチャンスになるか、本当にわかりませんね。そしてさまざまなYouTuberたちも、こぞって「気配斬り」動画を上げています。

高井 TikTokでも「#気配斬り」みたいなのが、めちゃめちゃありますよ。だいたいルールを間違えているんですけど。

――ガーリィレコードチャンネルの動画では、お互い一度しか振ってはいけないルールでやっているのに、当たるまで何度も振り続けている動画を見たことがありますね。

雨野宮 僕らの感覚としては、一度きりが面白いと思ったけれど、振り回しているのが面白いと感じる人もいるかもしれない。それは着眼点の違いですよね。広まってくれるなら全然アリです。

――とはいえ、元ネタに言及しない人もいるじゃないですか。

太郎 まいっちゃいますよね~~~!(※太郎の持ちギャグ)

――ちなみに、これを読んでいる方の中にも、「気配斬り」に挑戦してみたい人もいると思うんです。やるときの注意点を教えて下さい。

フェニックス まず、何もない6畳間がないと……。

――そこからですか。

高井 硬い棒では絶対やらないこと。ぜひウレタン棒を手に入れてほしいですね。

太郎 腕を大きく振ると相手の体や周囲の物に当たってけがをする可能性があるので、なるべく自分の体の近くで小さめに振ってください。安全面が大事ですね。

フェニックス それに、やってる様子を見る人や撮影する人がいないと、何も面白くないですよ。

雨野宮 「気配斬り」って、人柄が出ると思うんですよ。何も気にせず行くタイプなのか、周りに気を使うタイプなのかとか。だから、恋人同士が同棲を始める前なんかには、一度「気配斬り」をしてほしい。「ねえ、アタシと気配斬りしよ?」って。

フェニックス アレをやると、仲良くなるもんね。新入社員同士とかでもやってほしいですね。

――気配斬りで、わかることがあると(笑)。そして、カジサックさんや中田敦彦さんといった、これまでテレビで活躍していたよしもとの先輩芸人が、YouTubeの世界に進出しています。これは脅威に感じますか?

雨野宮 僕たち、全員27歳で同い年なんです。みんなで「観てたテレビが全部終わっちゃったな」って話をよくしていて。『みなおか』『めちゃイケ』『はねトび』(フジテレビ系)、全部終わってしまった。でも、そこで活躍されていた人で、今YouTubeの世界に来られている人もいるじゃないですか。あの頃、僕たちが好きだった人たちと共演する夢がかなうというか。

フェニックス 正直、上の人たちがYouTubeをやってくれればくれるほど、ウチらもやりやすくなるし。

高井 今後もYouTubeに参入する芸人は増えてほしいですね。

――逆に皆さんは、劇場で評価を高めて賞レースを勝ち上がり、テレビでブレイクという芸人の売れ方の王道を目指したことはあったのでしょうか?

フェニックス ウチらは、コンビを組んで8年目なんですけど、もう1年目の終わりくらいから、漫才で賞レースを目指すのは無理だからやめました。

――早くないですか?

高井 早めにあきらめました! 上京したばかりの頃は、しゃべくり漫才をしたいと思ってました 。

フェニックス 「無理」ってなりましたね。それに、無限大ホールに出ている同期も先輩も、めちゃくちゃ面白いんですよ。同期は、ラフレクラン、空気階段ですし。

高井 正攻法じゃ勝てないから、僕らの強みを生かそうと思ったんです。

フェニックス 何かのジャンルで一番だったら食えるという目算があって、僕らは2人ともアニメやマンガが大好きだから、秋葉原で一番になろうと思ったんです。オタク文化は強いし、この国では絶対なくならないと確信して、2年目から『DEATH NOTE』ネタをやり始めました。

――一般的に、登録者数が数十万人を超えたYouTuberは、着ている服や住んでいる部屋が豪華になっていき、端的にいえば羽振りがよくなってくるじゃないですか。ガーリィレコードチャンネルは、収入に関しては、ぶっちゃけどうなんでしょうか?

高井 まあまあ、そこはよしもとさんですよね(笑)。

太郎 でも、カジサックさんが割合を変えてくれたりして、僕らも変わってきてはいます。

――それはよかったです。今後の野望はありますか? たとえば、ほかのYouTuberのような豪華な部屋に住みたいとか……。

フェニックス その欲は、あんまりないですね~。

高井 だったら、もっとおいしいものを食べたい。

――では、今後はどうなっていきたいですか?

雨野宮 結婚して子どもをつくって……。

太郎 幸せになりたいのが一番ですかね!

高井 息子とサイクリングしたいですね。そして海沿いに家を……。

――ちょっと地に足が着きすぎているので、もう少し芸人としての大きな目標もお願いします!

フェニックス 大きな目標、そうっすね。まあ、このYouTubeをきっかけに、いろんなことができたらなぁって思います。

(取材=藤谷千明/構成=斎藤岬/撮影=尾藤能暢)

 

●ガーリィレコードチャンネル

写真左から、雨野宮将明、フェニックス(ガーリィレコード)、高井佳佑(同)、秋山太郎。東京NSC17期の同期4人組。「本物の米津玄師」としてガチャピンちゃんねるにも登場している。

https://www.youtube.com/channel/UC6VjNLslXbb6Stl0I2MkQWA

 

選挙演説へのヤジ排除は「なぜ許されない」? 憲法学者・志田陽子氏に聞く「表現の自由」

 ここ最近、世間で「表現の自由」という言葉が、盛んに飛び交うようになっている。

 7月の参議院議員選挙で、安倍晋三首相が北海道・札幌市で応援演説を行う中、ヤジを飛ばした人物を、北海道警察の警官が取り押さえ、現場から排除する騒動が起こった。その後、8月にも、埼玉県知事選において、柴山昌彦文部科学相(当時)が応援演説をしている際、大学入試改革への反対を訴えていた人物が、同様に警官に取り囲まれ、現場から遠ざけられるという事態が発生。これを受け、世間からは「表現の自由の侵害ではないか」と疑問の声が飛び交ったのだ。

 柴山氏は、こうした世間の反応に対し、記者会見で「表現の自由は最大限保障されなければいけない」とする一方、「演説会に集まっておられた方々は候補者や応援弁士の発言をしっかりと聞きたいと思って来られているわけですから、大声を出したり、通りがかりでヤジを発するということはともかくですね、そういうことをするというのは、権利として保障されているとは言えないのではないか」と反論。すると、「ヤジは公職選挙法が禁じる演説妨害にあたるのか否か」「表現の自由が“制限”される基準は何か」が論点となり、議論が加速することとなった。

 また、これらの「ヤジ排除問題」と並行して、8月には、国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の『表現の不自由展・その後』の展示品に、多くの誹謗中傷や脅迫が送られ、開幕から3日で中止となる騒動も勃発(その後、10月8日から再開)。河村たかし・名古屋市長が、「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの」として、展示の中止を訴えたことに対し、大村秀章・愛知県知事が、「表現の自由を保障した憲法21条に違反する疑いが極めて濃厚ではないか」と痛烈に批判したこと、また、9月末に、文化庁が『あいちトリエンナーレ』への補助金を「全額不交付とする」と決めたことも注目を浴び、「表現の自由」をめぐる議論がさらに活発化したのだ。

 「表現の自由」とは一体何なのか――あらためてこの疑問について取り上げるべく、今回サイゾーウーマンは、『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店)の著者である憲法研究者・志田陽子氏に取材を行うことに。こうした騒動に対し、「何だか息苦しい社会になったと思いました」と語る志田氏に、その真意を聞いた。

――まず、ヤジ排除問題に関してお聞きします。率直に、どのような感想を抱きましたか。

志田陽子氏(以下、志田) 「表現の自由」とは、人に不快感を与えようとも、相手の権利侵害にならなければ、言いたいことを表現していいという自由のこと。ただこの件は、人と人との間で生じる不快感や差別表現の話ではなく、民主主義における表現の自由、言論の自由に関する話。「民主主義の前提として、可能な限り表現の自由、言論の自由は保障されるべき」という基本の考え方が、警察官や日本の行政に共有されていないのが問題だと感じました。

 柴山元文科相の発言から「ヤジが公職選挙法の演説妨害にあたるのか否か」といった議論もありましたが、それは「程度」の問題。確かに選挙演説を妨害した場合、公職選挙法第225条「選挙の自由妨害罪」にあたる可能性はあるのですが、それは「演説がまったくできなくなるような激しい妨害」の場合なのです。1948年、演説の妨害に関し、最高裁判決が「聴衆がこれを聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」としたことがあります。例えば、演説現場に、何台もの街宣車を乗り付け、割れた音で音楽を流しながら、怒鳴り声を上げたり、拡声器を使ったりなどすれば、演説を聞き取ることが不可能、または困難な状況となるかもしれませんが、今回のような生の声でヤジを飛ばすのは、それにあたらないのではないでしょうか。

―― 一人、ないしは数人が、特に拡声器やマイクなどを使わずに声を上げたところで、候補者や応援者の演説が聞こえなくなるというのは、考えにくいところです。

志田 そもそも日本の公職選挙法は、一般人と政治家の生のコミュニケーションを取りにくくさせている法律とも言えます。例えば候補者やそのサポーターが、有権者を戸別訪問して、直接、政策の説明をすることは禁止されているのです。そんな中、選挙演説というのは、一般人と政治家が直接コミュニケーションを取れる大変重要な場面です。候補者やその応援者にとって、確かにヤジは気持ちのいいものではないと思いますが、しかし、民主主義においては、賛否両論あるのが当然、たくさんの異論がぶつかり合いながら、有権者の考え方を集約していくことが大事なのです。ヤジを排除するというのは、異論を押さえつけることになり、民主主義においてあってはならない表現抑圧と言えるでしょう。

――参院選においては、選挙演説に集まった反対派の人の意見を聞き、議論するという候補者もいました。

志田 それが理想的ですよね。むしろ、ヤジを排除するのは、民主主義のもと選ばれるべき人にとって、自殺行為なのではないでしょうか。議員の「議」は、議論の「議」です。いろんな人と対話を、時に議論をして、多くの人を納得させて票が集まり、選ばれる――だからこそ得られる、誇りと自信があるように思います。異論を押さえつけ、組織票で当選しても、その人は「本物ではない」ということになります。警察が気を利かせて排除したなら、候補者をスポイルしていることになりますよね。これは、政治の劣化にもつながることだと思います。

 政治家の中には、親の代からの地盤を引き継ぎ、有権者との議論をスルーし、人気取りのための発言と握手ばかりに終始する人もいますが、これは本来の民主主義とは言えないのです。大日本帝国憲法から日本国憲法に生まれ変わるとき、世襲制、また終身制が採用される貴族院が廃止され、その都度、民意で議員が選ばれるようになったのですが。もしかすると、選挙事務所や協力者が、そういう空気をつくっている可能性もあるかもしれません。候補者の弱みが出てしまう議論を避け、“イケイケ”のムードで、当選まで持っていきたいという思いもあるように感じます。

――ヤジに関してですが、「お前なんて辞めちまえ!」など、汚い言葉でのヤジに嫌悪感を示す人も多いです。かと言って、排除するのは、やはり「表現の自由」を侵害するということですね。

志田 「お前なんて辞めちまえ!」というヤジは、確かに口汚く聞こえるでしょうが、その人の役職の適格性や政策について疑問を抱いている……とも言い換えられます。ヤジ排除は、表現の自由の侵害とも言えますが、憲法第16条にも反しているように思うのです。憲法第16条では、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」という「請願権」が規定されています。つまり国民は、自分が求める政策について、国会議員に対してであれ、行政に対してであれ、平穏な方法で請願する権利を持ち、それによって不利益は受けないと、しっかり規定されているわけです。先ほどの公職選挙法違反のレベルにあたるもの以外は、きつい言葉でも、言葉である限り、平穏な方法と見るべきでしょう。その請願に対して、警察が身柄を取り押さえるというのは、憲法の趣旨に反します。

 「保育園落ちた日本死ね!!!」もそうですが、苦しい思いをしている人の生の声というのは、“口汚い”“きつい”と取られてしまうこともあるのではないでしょうか。しかし、それを排除してしまうと、やはり民主主義とはかけ離れていきますし、一見“口汚い”“きつい”と思われる生の言葉を、どう政治の世界で成熟させていくかが重要。それが「熟議」です。そう考えると「ヤジ」は必要なのです。ただ、特定の人物に対して「殺す」と言うなど、脅迫にあたることをする者は、排除しなければいけませんが。

――選挙演説におけるヤジ排除を見ていると、まるでアイドルの握手会でヤジを飛ばすアンチを、運営側が出禁にするのと似ているな……と思ったのですが。

志田 確かにそうですね。タレントだったら、握手会やコンサートに自分を支持してくれるファンだけを集めて、ヤジを飛ばすアンチにお引き取り願うのは自由です。というのもタレントは、私的な商行為として、それらを実施しているから。しかし、民主主義の選挙の空間は、タレントの握手会やコンサートとはまったく違います。私的な空間ではない「公共の空間」では、異論を排除してはいけないのです。

国民の知る権利にとって、賛否どちらも「ある」状況が必要

――この「公共の空間で、表現の自由が保障されなければいけない」という点に関しては、『表現の不自由展・その後』中止問題でも論点になっていました。大村県知事が記者会見で、河村市長から展示中止の訴えがあったこと、また「税金を使っているから、あたかも日本国全体がこれを認めたように見える」との発言があったことを踏まえ、「税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守られなければならない」と話していました。

志田 大村県知事のおっしゃっていたことは、憲法研究者からすると「至極真っ当な意見」です。『表現の不自由展・その後』に関して言えば、展示品に賛否両論あるのは当然で、賛否どちらも「ある」という状況が、国民の知る権利にとって重要なこと。公共の空間において、人々に「選択肢がこれしかない」と思い込ませることが問題なのです。「日本人の心を踏みにじるからダメ」と言って展示を中止するのは、賛成する根拠も、また批判する根拠も、人々から奪うことになってしまいます。

 これは、先ほどの選挙演説へのヤジに関しても同じことが言えます。候補者や応援者の演説内容に賛否両論があり、聴衆が「私はこちらの意見だ」と選べる状況でなくてはいけない。ヤジを排除して、議論を起こさせないようにすることは、聴衆側からすると「大事な考え方に触れるチャンス」を奪われていることになるのです。

(後編につづく)

志田陽子(しだ・ようこ) 
1961年生。2000年、早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程を単位取得退学。2000年より武蔵野美術大学造形学部に着任(法学)。早稲田大学法学部・商学部非常勤講師。専攻は憲法。著書に 『文化戦争と憲法理論――アイデンディティの相剋と模索』(法律文化社、2006年)『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店、2018年)、編著に『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局、2009年)『映画で学ぶ憲法』(法律文化社、2014年)。

選挙演説へのヤジ排除は「なぜ許されない」? 憲法学者・志田陽子氏に聞く「表現の自由」

 ここ最近、世間で「表現の自由」という言葉が、盛んに飛び交うようになっている。

 7月の参議院議員選挙で、安倍晋三首相が北海道・札幌市で応援演説を行う中、ヤジを飛ばした人物を、北海道警察の警官が取り押さえ、現場から排除する騒動が起こった。その後、8月にも、埼玉県知事選において、柴山昌彦文部科学相(当時)が応援演説をしている際、大学入試改革への反対を訴えていた人物が、同様に警官に取り囲まれ、現場から遠ざけられるという事態が発生。これを受け、世間からは「表現の自由の侵害ではないか」と疑問の声が飛び交ったのだ。

 柴山氏は、こうした世間の反応に対し、記者会見で「表現の自由は最大限保障されなければいけない」とする一方、「演説会に集まっておられた方々は候補者や応援弁士の発言をしっかりと聞きたいと思って来られているわけですから、大声を出したり、通りがかりでヤジを発するということはともかくですね、そういうことをするというのは、権利として保障されているとは言えないのではないか」と反論。すると、「ヤジは公職選挙法が禁じる演説妨害にあたるのか否か」「表現の自由が“制限”される基準は何か」が論点となり、議論が加速することとなった。

 また、これらの「ヤジ排除問題」と並行して、8月には、国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の『表現の不自由展・その後』の展示品に、多くの誹謗中傷や脅迫が送られ、開幕から3日で中止となる騒動も勃発(その後、10月8日から再開)。河村たかし・名古屋市長が、「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの」として、展示の中止を訴えたことに対し、大村秀章・愛知県知事が、「表現の自由を保障した憲法21条に違反する疑いが極めて濃厚ではないか」と痛烈に批判したこと、また、9月末に、文化庁が『あいちトリエンナーレ』への補助金を「全額不交付とする」と決めたことも注目を浴び、「表現の自由」をめぐる議論がさらに活発化したのだ。

 「表現の自由」とは一体何なのか――あらためてこの疑問について取り上げるべく、今回サイゾーウーマンは、『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店)の著者である憲法研究者・志田陽子氏に取材を行うことに。こうした騒動に対し、「何だか息苦しい社会になったと思いました」と語る志田氏に、その真意を聞いた。

――まず、ヤジ排除問題に関してお聞きします。率直に、どのような感想を抱きましたか。

志田陽子氏(以下、志田) 「表現の自由」とは、人に不快感を与えようとも、相手の権利侵害にならなければ、言いたいことを表現していいという自由のこと。ただこの件は、人と人との間で生じる不快感や差別表現の話ではなく、民主主義における表現の自由、言論の自由に関する話。「民主主義の前提として、可能な限り表現の自由、言論の自由は保障されるべき」という基本の考え方が、警察官や日本の行政に共有されていないのが問題だと感じました。

 柴山元文科相の発言から「ヤジが公職選挙法の演説妨害にあたるのか否か」といった議論もありましたが、それは「程度」の問題。確かに選挙演説を妨害した場合、公職選挙法第225条「選挙の自由妨害罪」にあたる可能性はあるのですが、それは「演説がまったくできなくなるような激しい妨害」の場合なのです。1948年、演説の妨害に関し、最高裁判決が「聴衆がこれを聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」としたことがあります。例えば、演説現場に、何台もの街宣車を乗り付け、割れた音で音楽を流しながら、怒鳴り声を上げたり、拡声器を使ったりなどすれば、演説を聞き取ることが不可能、または困難な状況となるかもしれませんが、今回のような生の声でヤジを飛ばすのは、それにあたらないのではないでしょうか。

―― 一人、ないしは数人が、特に拡声器やマイクなどを使わずに声を上げたところで、候補者や応援者の演説が聞こえなくなるというのは、考えにくいところです。

志田 そもそも日本の公職選挙法は、一般人と政治家の生のコミュニケーションを取りにくくさせている法律とも言えます。例えば候補者やそのサポーターが、有権者を戸別訪問して、直接、政策の説明をすることは禁止されているのです。そんな中、選挙演説というのは、一般人と政治家が直接コミュニケーションを取れる大変重要な場面です。候補者やその応援者にとって、確かにヤジは気持ちのいいものではないと思いますが、しかし、民主主義においては、賛否両論あるのが当然、たくさんの異論がぶつかり合いながら、有権者の考え方を集約していくことが大事なのです。ヤジを排除するというのは、異論を押さえつけることになり、民主主義においてあってはならない表現抑圧と言えるでしょう。

――参院選においては、選挙演説に集まった反対派の人の意見を聞き、議論するという候補者もいました。

志田 それが理想的ですよね。むしろ、ヤジを排除するのは、民主主義のもと選ばれるべき人にとって、自殺行為なのではないでしょうか。議員の「議」は、議論の「議」です。いろんな人と対話を、時に議論をして、多くの人を納得させて票が集まり、選ばれる――だからこそ得られる、誇りと自信があるように思います。異論を押さえつけ、組織票で当選しても、その人は「本物ではない」ということになります。警察が気を利かせて排除したなら、候補者をスポイルしていることになりますよね。これは、政治の劣化にもつながることだと思います。

 政治家の中には、親の代からの地盤を引き継ぎ、有権者との議論をスルーし、人気取りのための発言と握手ばかりに終始する人もいますが、これは本来の民主主義とは言えないのです。大日本帝国憲法から日本国憲法に生まれ変わるとき、世襲制、また終身制が採用される貴族院が廃止され、その都度、民意で議員が選ばれるようになったのですが。もしかすると、選挙事務所や協力者が、そういう空気をつくっている可能性もあるかもしれません。候補者の弱みが出てしまう議論を避け、“イケイケ”のムードで、当選まで持っていきたいという思いもあるように感じます。

――ヤジに関してですが、「お前なんて辞めちまえ!」など、汚い言葉でのヤジに嫌悪感を示す人も多いです。かと言って、排除するのは、やはり「表現の自由」を侵害するということですね。

志田 「お前なんて辞めちまえ!」というヤジは、確かに口汚く聞こえるでしょうが、その人の役職の適格性や政策について疑問を抱いている……とも言い換えられます。ヤジ排除は、表現の自由の侵害とも言えますが、憲法第16条にも反しているように思うのです。憲法第16条では、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」という「請願権」が規定されています。つまり国民は、自分が求める政策について、国会議員に対してであれ、行政に対してであれ、平穏な方法で請願する権利を持ち、それによって不利益は受けないと、しっかり規定されているわけです。先ほどの公職選挙法違反のレベルにあたるもの以外は、きつい言葉でも、言葉である限り、平穏な方法と見るべきでしょう。その請願に対して、警察が身柄を取り押さえるというのは、憲法の趣旨に反します。

 「保育園落ちた日本死ね!!!」もそうですが、苦しい思いをしている人の生の声というのは、“口汚い”“きつい”と取られてしまうこともあるのではないでしょうか。しかし、それを排除してしまうと、やはり民主主義とはかけ離れていきますし、一見“口汚い”“きつい”と思われる生の言葉を、どう政治の世界で成熟させていくかが重要。それが「熟議」です。そう考えると「ヤジ」は必要なのです。ただ、特定の人物に対して「殺す」と言うなど、脅迫にあたることをする者は、排除しなければいけませんが。

――選挙演説におけるヤジ排除を見ていると、まるでアイドルの握手会でヤジを飛ばすアンチを、運営側が出禁にするのと似ているな……と思ったのですが。

志田 確かにそうですね。タレントだったら、握手会やコンサートに自分を支持してくれるファンだけを集めて、ヤジを飛ばすアンチにお引き取り願うのは自由です。というのもタレントは、私的な商行為として、それらを実施しているから。しかし、民主主義の選挙の空間は、タレントの握手会やコンサートとはまったく違います。私的な空間ではない「公共の空間」では、異論を排除してはいけないのです。

国民の知る権利にとって、賛否どちらも「ある」状況が必要

――この「公共の空間で、表現の自由が保障されなければいけない」という点に関しては、『表現の不自由展・その後』中止問題でも論点になっていました。大村県知事が記者会見で、河村市長から展示中止の訴えがあったこと、また「税金を使っているから、あたかも日本国全体がこれを認めたように見える」との発言があったことを踏まえ、「税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守られなければならない」と話していました。

志田 大村県知事のおっしゃっていたことは、憲法研究者からすると「至極真っ当な意見」です。『表現の不自由展・その後』に関して言えば、展示品に賛否両論あるのは当然で、賛否どちらも「ある」という状況が、国民の知る権利にとって重要なこと。公共の空間において、人々に「選択肢がこれしかない」と思い込ませることが問題なのです。「日本人の心を踏みにじるからダメ」と言って展示を中止するのは、賛成する根拠も、また批判する根拠も、人々から奪うことになってしまいます。

 これは、先ほどの選挙演説へのヤジに関しても同じことが言えます。候補者や応援者の演説内容に賛否両論があり、聴衆が「私はこちらの意見だ」と選べる状況でなくてはいけない。ヤジを排除して、議論を起こさせないようにすることは、聴衆側からすると「大事な考え方に触れるチャンス」を奪われていることになるのです。

(後編につづく)

志田陽子(しだ・ようこ) 
1961年生。2000年、早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程を単位取得退学。2000年より武蔵野美術大学造形学部に着任(法学)。早稲田大学法学部・商学部非常勤講師。専攻は憲法。著書に 『文化戦争と憲法理論――アイデンディティの相剋と模索』(法律文化社、2006年)『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店、2018年)、編著に『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局、2009年)『映画で学ぶ憲法』(法律文化社、2014年)。

“元・地下芸人”脳みそ夫が振り返る「マウントばかり取っていた」あの頃

「日経エンタテインメント!」(日経BP社) の<好きな芸人ランキング>では17位に急浮上。LINEスタンプやTikTokの“脳みそ夫体操”などSNSを駆使した活動で、子どもや女子高生の間で人気を集めている、脳みそ夫。永野氏と共に「地下に生きていた」脳みそ夫が、いかにして「デジタルネイティブ」「スマホ世代」に大人気といわれるようになったのか? 飄々としながらも、ポツリポツリと名言があふれ出す 。いま明らかになる、脳みそ夫の脳みそ――。

***

脳みそ夫 サイゾーさんに取材していただくってことで、サイトを見せてもらったんですが、かが屋とか……なんかサイゾーらしくないというか。すごく普通の、「Quick Japan」(太田出版)的な感じだったんで。

――「Quick Japan的」(笑)。

脳みそ夫 やっぱり、サイゾーは恐ろしいイメージがあるので。

――芸人さんのインタビューは割と真面目に……いや全部真面目ですが。

脳みそ夫 でも自分のこと話すのって、ちょっと恥ずかしいです。

――4年くらい前に、永野さんにインタビューさせてもらったんです(参照記事)。永野さんと脳みそ夫さんは地下芸人時代のお仲間だったとのことですが、そこで永野さんが「自分を地下に閉じ込めようとしていたやつらはクソだ」みたいなことをおっしゃってて。

脳みそ夫 たぶんそれ、サイゾーさんに合わせてるやつです(笑)。

――自分の芸について語ることに、抵抗はありますか?

脳みそ夫 戦略的にこういうことしてますとか話しちゃうと、やっぱり冷めちゃう部分もありますしね。

――聖徳太子とOLとか、アラサーと武士とか、そういう斬新な組み合わせって、どうやって「発見」するんだろうと。

脳みそ夫 2014年にタイタンに入って、そこから1年くらいあとなんですね、確か。聖徳太子のネタができたの。

――ネタの構想みたいなものは、ずっとあったんですかね?

脳みそ夫 いや、全然 なくて。僕、それまでずっとフリーだったんですけど、34歳で事務所に入って。そこで初めてテレビのオーディションに行かせてもらったんですが、全然受かんないんですよね。テレビってやっぱり視覚メディアだから、今までの自分の芸には、そういう部分がすごく欠けてたなと思いました。パンチの効いた衣装とか、視覚を意識すれば、コントの設定もすぐわかってもらえるじゃないですか。

 あと、僕なぞかけがすごい好きで、〇〇と〇〇の共通点を考えるのが得意なんです。2つの異なる設定を入れて、その共通点をコントのギャグにしていこう、って感じで。顔で人、格好で職業みたいな。一番パンチのある顔って誰かなと思って……聖徳太子に。

――そこで聖徳太子が出てくる発想がすごいです。

脳みそ夫 聖徳太子って、パッと見てすぐ聖徳太子だとわかるじゃないですか。

――確かに、ちょんまげだとパッと見わかんないかもしれない。家康か信長か。

脳みそ夫 そうなんですよ。OLもね、OLの服着たら一発でわかるので。それでもわからない人用に、最初に「聖徳太子だってOLするっつーの」って言う。

――「聖徳太子」に「OL」を合わせたのは、どうしてですか?

脳みそ夫 聖徳太子が絶対やらなそうだなと思ったのが、OLだったんです。

――やらないですね、確かに。

脳みそ夫 時代もね、性別も違いますから。

――コントの中で聖徳太子は蘇我氏とちょっと恋仲になったり、推古天皇にどやされたりするわけですが、一方で小野妹子は隋に行っていたり、フィクションとノンフィクションが渾然となっていて……そういうストーリーは、どういうところから発想するんですか?

脳みそ夫 最初は「少女漫画あるある」みたいな感じで、唐突に胸キュンネタを入れたり、ちょっと皮肉で作ったんですよ。だけど、思ったよりそれがスッと受け入れられたもんだから、そこからはもう皮肉じゃなくて、本当に少女漫画読んで研究したりとかして。

――もともとは嫌み成分だったんですね!

脳みそ夫 ちょっとまだ地下芸人時代の毒気が残ってたというか。完全に抜きましたけどね。

――それは意識的に?

脳みそ夫 そもそも僕、そういう感じじゃないんですよ。もうちょっと素直な人間なんです。

――無理して毒気を出していた。

脳みそ夫 はい。やっぱりね、そういうのって、年取ると疲れないですか? やるのも見るのも。

――すごくわかります。

脳みそ夫 きついですよね。仕事から帰ってきて、やっとホッとしたのに、誰かをくさすみたいな芸、見たくないじゃないですか。そういうのでストレス発散する人もいるんでしょうけど……。

――若い時はパワーがあって、毒も上手に分解出てきていた気がするんですけど、年取ってからの毒って、本当に嫌な回り方しかしないっていうか。

脳みそ夫 なんか、自分に浴びせられたような気になっちゃうと思うんですよね、ファンの方が。攻撃はしたくない。

――毒気を抜いていった自分に、物足りなさは感じなかったですか?

脳みそ夫 いや、ないですね。「そもそもコイツ何やってるんだ?」っていう域まで達したら超面白いじゃないですか。「いったい何を今見せられてるんだ?」っていう時間が、なんか面白い。

――確かに、聖徳太子がOLやってたり修学旅行行ってたり、そこにわかりやすいメッセージはなくて。すごい面白かったけど、これは一体なんだったんだろう、みたいな。

脳みそ夫 自分では、わりとわかりやすく作ったつもりなんですけどね。確か、最初は『BS笑点』(BS日テレ) の色物コーナーでやらせてもらったんです。観覧席にはおじいさんおばあさんが多くて、当然ね、笑うようには仕込まれてると思うんですが、「聖徳太子だってOLするっつーの」って言ったら、最前列のおばあさんが「は?」って。その時に「あ、これってそんなに一般的ではないんだな」とはなりました。

――「は?」(笑)。

脳みそ夫 お年寄りって、新しいシステムをインストールできないじゃないですか。もう既存のOSでやるしかない、みたいな。だからそれはもうしょうがないかなと。

――「あらゆる世代に笑ってほしい」という感じではないですか?

脳みそ夫 本当は、それがすごくあって。逆にターゲットって、まったく決めてないんです。幅広くやりたいから。年いった人って、ダジャレ好きじゃないですか。僕も好きなんです、ダジャレ。だから、そういう真似したくなるようなフレーズをネタに入れていこうみたいな気持ちはあります。

――「おったま遣隋使」とか「びっくら古今和歌集」とか。

脳みそ夫 そういうのだと、おじさんも気軽に言ってくれるんで。

――そこはかとない教養を感じます。

脳みそ夫 いや(笑)。教養っていうか、『おぼっちゃまくん』という漫画が昔から大好きで、その「茶魔語」からかなりのヒントをもらった感じなんですよね。「おはヨーグルト」とか「友だちんこ」とか。

――しかし言葉のセレクトが、ベタに見せつつも、ちょっとオシャレなんですよね。

脳みそ夫 あぁ、そうですね(笑)。でも、EXITさんも歴史の用語を語尾にくっつけたり、やってますね。

――了解道中膝栗毛的な

脳みそ夫 そうそうそう。だから僕の中ではわりとオシャレだと自分で思ってたんですけど、「あ、本当のオシャレって、こういうのなのかな」って思わされてはいますね(笑)。

――いや、脳みそ夫さんもオシャレです。

脳みそ夫 (笑)。ただの親父ギャグにはしたくはなかったんで。ちょっと普通にパッと思いつかない感じには、してるつもりです。

――自分の中で、なんらかの法則はあるんですか?

脳みそ夫 普段あんまり使わない「びっくらこいた」とか「おったまげた」とかを語呂のいい歴史用語に乗せる、ってことですかね。

――あえてちょっと今使わない言葉を引っ張ってくる。

脳みそ夫 ただそれだと限られちゃうんですよね、感情表現も。そこを「こんちわーっす」「あざーっす」「すいませーんっす」で補完するみたいなのはあります。

――なるほど。あと、ネタの途中で突然出てくる「こんちわーっす」は、どういうコンセプトなんでしょうか?

脳みそ夫 難しい質問ですね……。なんていうんですかね、“1回だけ使える復活の薬”みたいな感じ。ちょっとスベっても、それ1回やると戻せるんですよ。ただ、1つのネタの間に2回も3回もやるとウケない(笑)。

――脳みそ夫さんは一度、人生に「パチプロ」を挟まれたり、ストレートに芸人にはならなかった。そのちょっとした遠回りが、逆によかったなって思うことはありますか? 

脳みそ夫 いや……今のところないですね(苦笑)。以前、テリー伊藤さんと対談させてもらった時に、パチプロ時代のことを話したらテリーさんがすごいウケてくれて、その時はよかったなと思いましたが。それ以外はないですかね。もっと早く芸人やってればよかったなって、すごく思います。

――芸の肥やしには、ならなかったんですね。

脳みそ夫 最初、「脳みそ」とコンビを組んでたんですけど、相方は水槽に浮かんだ脳みその模型で、そいつとしゃべるっていうのを8年やってた。その頃は、そういうのが好きだったんです。とりあえず、好きなことをやっとかないと、って。

――そこでとことんやったから、また違うものにも挑戦できる。

脳みそ夫 そうですね。あと、いきなり僕が芸歴1年目から今の感じだったら、たぶんアンチも多かったのかなと思うんで。

――ああ……。確かに、“この人、かつて脳みそとコンビ組んでたのに”って思うと、より滋味深く感じるかもしれないです。

脳みそ夫 芸人が芸人を引き上げてくれるみたいなところって、あるじゃないですか。そういう仲間からの助けを、すごく感じます。変なことやっていた、その頃があるから。

――フリーでやってる時と事務所に入ってからは、全然違いますか?

脳みそ夫 あぁ、もう全然違いました。フリーの時って、自分のためだけにしかやってなかったんですよね。でも、事務所に入ったら事務所の人たちも仕事で動いてくれてるんで、結果出さないと申し訳ないし、お金にもならないなっていう意識が芽生えたりとか。それが、よりお客さんに向けてどうやるか、みたいなのを考えるきっかけになったと思います。

――意識が変わるんですね。

脳みそ夫 そうなんです。あとね、今も地下の劇場ですごい面白いフリーの子いっぱいいるんですけど、やっぱり世界が狭いんですよね。すごい狭いコミュニティで褒められて、それで満足してしまう。需要と供給がすごい狭いところでぐるぐるしてる。それだとやっぱり……もうちょっと年齢を重ねていくと、この先何もいいことないなって気づきました。

――永野さんも、「売れるのは悪」という空気は、なんとなく地下にはあったとおっしゃっていました。

脳みそ夫 そうですか(笑)。いやいや、すごいセンシティブな問題でよね。もともと繊細な方だと思うんですよね、永野さんって。だからすごく自意識が強いというか。僕、最近思ったんですけど、たとえばワタナベコメディスクールに入る人って、そういうこと考えないんですよ。最初から売れることを善として、もうセルアウトのために生まれてきたみたいな感じがするんです。そもそもの出自が違うというか。

――メジャーに対するゆがんだ感情が、「俺たちのほうがすごい」「すごくなくて逆にすごい」みたいな、謎の論理を生み出しているのかもしれないです。そういうところは私にもあります……。

脳みそ夫 その頃は、そういうマウント取るみたいなことを無意識にやってて。メジャーなものに対してこっちのほうがいいんだ、みたいな。それって結局、終わりがないというか。そんなことやってもあんまり意味がないなと思って。だから「勝った」「負けた」みたいなのとか、誰より上だとか下だとか、そういうのじゃないところに行きたいと思いました。で、すごく年いったときのことを考えて、ちょっと独特になっていかないときついなって。常に漫才とかコントで、同じ種目で争うみたいな感じだと……だって、爆笑問題みたいにメチャクチャ化け物みたいな人がいますから。やっぱそれより、性格的にあんまり争いが好きじゃないんで。競争のない世界に行きたい。

――ああ、まさに「和を以て貴しとなす」。

脳みそ夫 そうそう。それが本当に偶然、太子様の考えに近くなった(笑)。

――目標にしてる人はいますか?

脳みそ夫 僕、なぎら健壱さんにずっと憧れてて、なぎらさんって漫談がすごい面白いんですよ。『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)でもすごくベタなこと言って、タモリさんがそれにツッコむ。そんな人って、いなくないですか? タモリさんがめちゃめちゃツッコむって。すごいなぁって。

――もし自分が『タモリ倶楽部』に出るとしたら、どういう回がいいですか?

脳みそ夫 味噌ですかね。味噌すごい好きなんで。今みそソムリエの資格を二浪中なんですよ。誰でも取れるんだと思ったのに……受験料3万5,000円するんですよ。でも取りたい。やっぱり肩書がないとね、テレビも使いづらいだろうし。

――お味噌好きだから、脳みそ夫なんですか?

脳みそ夫 逆です。脳みそだから、味噌に詳しくなろうと思って。打算的なやつです。みうらじゅんさんが言ってたんです。「趣味とは自分をいかにだませるか」だと。もう尋常じゃないくらい趣味に関するものを集めて、物量で自分を圧倒するみたいな。だから今ちょっとその段階なんですよね。味噌に関するものをいっぱい集めてて……すみません、話がちっちゃくなりました(苦笑)。

――いえいえ、ソムリエ資格を取得したらCMとかもきそう、マルコメとか。

脳みそ夫 あ、それ、いいですね!!

――(永野さんが「メイクマネー」と言ってた時と同じ目だ……)

(取材・文=西澤千央)

“元・地下芸人”脳みそ夫が振り返る「マウントばかり取っていた」あの頃

「日経エンタテインメント!」(日経BP社) の<好きな芸人ランキング>では17位に急浮上。LINEスタンプやTikTokの“脳みそ夫体操”などSNSを駆使した活動で、子どもや女子高生の間で人気を集めている、脳みそ夫。永野氏と共に「地下に生きていた」脳みそ夫が、いかにして「デジタルネイティブ」「スマホ世代」に大人気といわれるようになったのか? 飄々としながらも、ポツリポツリと名言があふれ出す 。いま明らかになる、脳みそ夫の脳みそ――。

***

脳みそ夫 サイゾーさんに取材していただくってことで、サイトを見せてもらったんですが、かが屋とか……なんかサイゾーらしくないというか。すごく普通の、「Quick Japan」(太田出版)的な感じだったんで。

――「Quick Japan的」(笑)。

脳みそ夫 やっぱり、サイゾーは恐ろしいイメージがあるので。

――芸人さんのインタビューは割と真面目に……いや全部真面目ですが。

脳みそ夫 でも自分のこと話すのって、ちょっと恥ずかしいです。

――4年くらい前に、永野さんにインタビューさせてもらったんです(参照記事)。永野さんと脳みそ夫さんは地下芸人時代のお仲間だったとのことですが、そこで永野さんが「自分を地下に閉じ込めようとしていたやつらはクソだ」みたいなことをおっしゃってて。

脳みそ夫 たぶんそれ、サイゾーさんに合わせてるやつです(笑)。

――自分の芸について語ることに、抵抗はありますか?

脳みそ夫 戦略的にこういうことしてますとか話しちゃうと、やっぱり冷めちゃう部分もありますしね。

――聖徳太子とOLとか、アラサーと武士とか、そういう斬新な組み合わせって、どうやって「発見」するんだろうと。

脳みそ夫 2014年にタイタンに入って、そこから1年くらいあとなんですね、確か。聖徳太子のネタができたの。

――ネタの構想みたいなものは、ずっとあったんですかね?

脳みそ夫 いや、全然 なくて。僕、それまでずっとフリーだったんですけど、34歳で事務所に入って。そこで初めてテレビのオーディションに行かせてもらったんですが、全然受かんないんですよね。テレビってやっぱり視覚メディアだから、今までの自分の芸には、そういう部分がすごく欠けてたなと思いました。パンチの効いた衣装とか、視覚を意識すれば、コントの設定もすぐわかってもらえるじゃないですか。

 あと、僕なぞかけがすごい好きで、〇〇と〇〇の共通点を考えるのが得意なんです。2つの異なる設定を入れて、その共通点をコントのギャグにしていこう、って感じで。顔で人、格好で職業みたいな。一番パンチのある顔って誰かなと思って……聖徳太子に。

――そこで聖徳太子が出てくる発想がすごいです。

脳みそ夫 聖徳太子って、パッと見てすぐ聖徳太子だとわかるじゃないですか。

――確かに、ちょんまげだとパッと見わかんないかもしれない。家康か信長か。

脳みそ夫 そうなんですよ。OLもね、OLの服着たら一発でわかるので。それでもわからない人用に、最初に「聖徳太子だってOLするっつーの」って言う。

――「聖徳太子」に「OL」を合わせたのは、どうしてですか?

脳みそ夫 聖徳太子が絶対やらなそうだなと思ったのが、OLだったんです。

――やらないですね、確かに。

脳みそ夫 時代もね、性別も違いますから。

――コントの中で聖徳太子は蘇我氏とちょっと恋仲になったり、推古天皇にどやされたりするわけですが、一方で小野妹子は隋に行っていたり、フィクションとノンフィクションが渾然となっていて……そういうストーリーは、どういうところから発想するんですか?

脳みそ夫 最初は「少女漫画あるある」みたいな感じで、唐突に胸キュンネタを入れたり、ちょっと皮肉で作ったんですよ。だけど、思ったよりそれがスッと受け入れられたもんだから、そこからはもう皮肉じゃなくて、本当に少女漫画読んで研究したりとかして。

――もともとは嫌み成分だったんですね!

脳みそ夫 ちょっとまだ地下芸人時代の毒気が残ってたというか。完全に抜きましたけどね。

――それは意識的に?

脳みそ夫 そもそも僕、そういう感じじゃないんですよ。もうちょっと素直な人間なんです。

――無理して毒気を出していた。

脳みそ夫 はい。やっぱりね、そういうのって、年取ると疲れないですか? やるのも見るのも。

――すごくわかります。

脳みそ夫 きついですよね。仕事から帰ってきて、やっとホッとしたのに、誰かをくさすみたいな芸、見たくないじゃないですか。そういうのでストレス発散する人もいるんでしょうけど……。

――若い時はパワーがあって、毒も上手に分解出てきていた気がするんですけど、年取ってからの毒って、本当に嫌な回り方しかしないっていうか。

脳みそ夫 なんか、自分に浴びせられたような気になっちゃうと思うんですよね、ファンの方が。攻撃はしたくない。

――毒気を抜いていった自分に、物足りなさは感じなかったですか?

脳みそ夫 いや、ないですね。「そもそもコイツ何やってるんだ?」っていう域まで達したら超面白いじゃないですか。「いったい何を今見せられてるんだ?」っていう時間が、なんか面白い。

――確かに、聖徳太子がOLやってたり修学旅行行ってたり、そこにわかりやすいメッセージはなくて。すごい面白かったけど、これは一体なんだったんだろう、みたいな。

脳みそ夫 自分では、わりとわかりやすく作ったつもりなんですけどね。確か、最初は『BS笑点』(BS日テレ) の色物コーナーでやらせてもらったんです。観覧席にはおじいさんおばあさんが多くて、当然ね、笑うようには仕込まれてると思うんですが、「聖徳太子だってOLするっつーの」って言ったら、最前列のおばあさんが「は?」って。その時に「あ、これってそんなに一般的ではないんだな」とはなりました。

――「は?」(笑)。

脳みそ夫 お年寄りって、新しいシステムをインストールできないじゃないですか。もう既存のOSでやるしかない、みたいな。だからそれはもうしょうがないかなと。

――「あらゆる世代に笑ってほしい」という感じではないですか?

脳みそ夫 本当は、それがすごくあって。逆にターゲットって、まったく決めてないんです。幅広くやりたいから。年いった人って、ダジャレ好きじゃないですか。僕も好きなんです、ダジャレ。だから、そういう真似したくなるようなフレーズをネタに入れていこうみたいな気持ちはあります。

――「おったま遣隋使」とか「びっくら古今和歌集」とか。

脳みそ夫 そういうのだと、おじさんも気軽に言ってくれるんで。

――そこはかとない教養を感じます。

脳みそ夫 いや(笑)。教養っていうか、『おぼっちゃまくん』という漫画が昔から大好きで、その「茶魔語」からかなりのヒントをもらった感じなんですよね。「おはヨーグルト」とか「友だちんこ」とか。

――しかし言葉のセレクトが、ベタに見せつつも、ちょっとオシャレなんですよね。

脳みそ夫 あぁ、そうですね(笑)。でも、EXITさんも歴史の用語を語尾にくっつけたり、やってますね。

――了解道中膝栗毛的な

脳みそ夫 そうそうそう。だから僕の中ではわりとオシャレだと自分で思ってたんですけど、「あ、本当のオシャレって、こういうのなのかな」って思わされてはいますね(笑)。

――いや、脳みそ夫さんもオシャレです。

脳みそ夫 (笑)。ただの親父ギャグにはしたくはなかったんで。ちょっと普通にパッと思いつかない感じには、してるつもりです。

――自分の中で、なんらかの法則はあるんですか?

脳みそ夫 普段あんまり使わない「びっくらこいた」とか「おったまげた」とかを語呂のいい歴史用語に乗せる、ってことですかね。

――あえてちょっと今使わない言葉を引っ張ってくる。

脳みそ夫 ただそれだと限られちゃうんですよね、感情表現も。そこを「こんちわーっす」「あざーっす」「すいませーんっす」で補完するみたいなのはあります。

――なるほど。あと、ネタの途中で突然出てくる「こんちわーっす」は、どういうコンセプトなんでしょうか?

脳みそ夫 難しい質問ですね……。なんていうんですかね、“1回だけ使える復活の薬”みたいな感じ。ちょっとスベっても、それ1回やると戻せるんですよ。ただ、1つのネタの間に2回も3回もやるとウケない(笑)。

――脳みそ夫さんは一度、人生に「パチプロ」を挟まれたり、ストレートに芸人にはならなかった。そのちょっとした遠回りが、逆によかったなって思うことはありますか? 

脳みそ夫 いや……今のところないですね(苦笑)。以前、テリー伊藤さんと対談させてもらった時に、パチプロ時代のことを話したらテリーさんがすごいウケてくれて、その時はよかったなと思いましたが。それ以外はないですかね。もっと早く芸人やってればよかったなって、すごく思います。

――芸の肥やしには、ならなかったんですね。

脳みそ夫 最初、「脳みそ」とコンビを組んでたんですけど、相方は水槽に浮かんだ脳みその模型で、そいつとしゃべるっていうのを8年やってた。その頃は、そういうのが好きだったんです。とりあえず、好きなことをやっとかないと、って。

――そこでとことんやったから、また違うものにも挑戦できる。

脳みそ夫 そうですね。あと、いきなり僕が芸歴1年目から今の感じだったら、たぶんアンチも多かったのかなと思うんで。

――ああ……。確かに、“この人、かつて脳みそとコンビ組んでたのに”って思うと、より滋味深く感じるかもしれないです。

脳みそ夫 芸人が芸人を引き上げてくれるみたいなところって、あるじゃないですか。そういう仲間からの助けを、すごく感じます。変なことやっていた、その頃があるから。

――フリーでやってる時と事務所に入ってからは、全然違いますか?

脳みそ夫 あぁ、もう全然違いました。フリーの時って、自分のためだけにしかやってなかったんですよね。でも、事務所に入ったら事務所の人たちも仕事で動いてくれてるんで、結果出さないと申し訳ないし、お金にもならないなっていう意識が芽生えたりとか。それが、よりお客さんに向けてどうやるか、みたいなのを考えるきっかけになったと思います。

――意識が変わるんですね。

脳みそ夫 そうなんです。あとね、今も地下の劇場ですごい面白いフリーの子いっぱいいるんですけど、やっぱり世界が狭いんですよね。すごい狭いコミュニティで褒められて、それで満足してしまう。需要と供給がすごい狭いところでぐるぐるしてる。それだとやっぱり……もうちょっと年齢を重ねていくと、この先何もいいことないなって気づきました。

――永野さんも、「売れるのは悪」という空気は、なんとなく地下にはあったとおっしゃっていました。

脳みそ夫 そうですか(笑)。いやいや、すごいセンシティブな問題でよね。もともと繊細な方だと思うんですよね、永野さんって。だからすごく自意識が強いというか。僕、最近思ったんですけど、たとえばワタナベコメディスクールに入る人って、そういうこと考えないんですよ。最初から売れることを善として、もうセルアウトのために生まれてきたみたいな感じがするんです。そもそもの出自が違うというか。

――メジャーに対するゆがんだ感情が、「俺たちのほうがすごい」「すごくなくて逆にすごい」みたいな、謎の論理を生み出しているのかもしれないです。そういうところは私にもあります……。

脳みそ夫 その頃は、そういうマウント取るみたいなことを無意識にやってて。メジャーなものに対してこっちのほうがいいんだ、みたいな。それって結局、終わりがないというか。そんなことやってもあんまり意味がないなと思って。だから「勝った」「負けた」みたいなのとか、誰より上だとか下だとか、そういうのじゃないところに行きたいと思いました。で、すごく年いったときのことを考えて、ちょっと独特になっていかないときついなって。常に漫才とかコントで、同じ種目で争うみたいな感じだと……だって、爆笑問題みたいにメチャクチャ化け物みたいな人がいますから。やっぱそれより、性格的にあんまり争いが好きじゃないんで。競争のない世界に行きたい。

――ああ、まさに「和を以て貴しとなす」。

脳みそ夫 そうそう。それが本当に偶然、太子様の考えに近くなった(笑)。

――目標にしてる人はいますか?

脳みそ夫 僕、なぎら健壱さんにずっと憧れてて、なぎらさんって漫談がすごい面白いんですよ。『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)でもすごくベタなこと言って、タモリさんがそれにツッコむ。そんな人って、いなくないですか? タモリさんがめちゃめちゃツッコむって。すごいなぁって。

――もし自分が『タモリ倶楽部』に出るとしたら、どういう回がいいですか?

脳みそ夫 味噌ですかね。味噌すごい好きなんで。今みそソムリエの資格を二浪中なんですよ。誰でも取れるんだと思ったのに……受験料3万5,000円するんですよ。でも取りたい。やっぱり肩書がないとね、テレビも使いづらいだろうし。

――お味噌好きだから、脳みそ夫なんですか?

脳みそ夫 逆です。脳みそだから、味噌に詳しくなろうと思って。打算的なやつです。みうらじゅんさんが言ってたんです。「趣味とは自分をいかにだませるか」だと。もう尋常じゃないくらい趣味に関するものを集めて、物量で自分を圧倒するみたいな。だから今ちょっとその段階なんですよね。味噌に関するものをいっぱい集めてて……すみません、話がちっちゃくなりました(苦笑)。

――いえいえ、ソムリエ資格を取得したらCMとかもきそう、マルコメとか。

脳みそ夫 あ、それ、いいですね!!

――(永野さんが「メイクマネー」と言ってた時と同じ目だ……)

(取材・文=西澤千央)