「お客さまのモラルに問います。スマホでの撮影はご遠慮ください」
去る10月2日、JR新宿駅のホームに、“異例の放送”が流れたという。ブラインドサッカーの元日本代表選手の石井宏幸氏が電車に接触する人身事故が発生。駅員らが、ブルーシートで現場周辺を覆い、人の目に触れないようにして、救出活動を行っていると、シート内部にスマートフォンを差し込む“野次馬”が複数現れたため、「モラルを問う」といった放送がなされたそうだ。
この“異例の放送”を伝えるニュースが報じられると、ネット上は大きな動揺に包まれた。「信じられない」「撮影してどうするつもり?」「現代の日本人は、モラルが低下した」といった声が飛び交った。一方で、キュレーションプラットフォームサービス「NAVER まとめ」に掲載された「山手線 新宿駅で人身事故『白杖の人が飛び降りた、頭部から流血』電車遅延10/2」というページには、「ブルーシート内部」こそないものの、現場の写真が添えられたいくつかのツイートがまとめられている。同ページの閲覧数は10万にも達する勢いで、人身事故の様子を「見たい」という人は“少なからずいる”ことがわかる。
なぜ人は、人身事故をスマホで撮影し、ネットで拡散したがるのか――今回、『怖い凡人』(ワニブックス)や『一億総他責社会』(イースト・プレス)などの著者である精神科医・片田珠美氏に話を聞いた。
衝撃的な写真・動画で「承認欲求を満たす人々」
まず片田氏は、人身事故をスマで撮影する人の精神構造に関して、「承認欲求」という観点から話をしてくれた。
「2013年、『バカッター』という言葉が『ネット流行語大賞』の第4位に選ばれ、Twitterを用いて過激な写真や動画をアップする人たちが話題になりました。そして17年には、『インスタ映え』(インスタグラム上で人目を引く投稿)という言葉が、『ユーキャン新語・流行語大賞』の大賞に選出。インスタグラムがTwitterとともにSNSの主流となる中で、衝撃的な写真・動画の投稿により、承認欲求を得ようとする人たちが増えたと感じています」
その背景を探ると、「仕事で承認欲求を得ることが難しくなった」という現代の一面が浮かび上がる。
「右肩上がりの経済成長が続いた昭和の時代、例えば、調子の良かった製造業に従事する人は、工場でコツコツ働いていれば、『よく仕事をしているね』と認められ、給料もポジションも上がっていったものです。しかし、現在はそんなことはなく、働き手が“使い捨て”の部品のように扱われることも珍しくありません。それに対して、SNSならば、衝撃的な写真・動画を投稿することで、称賛を得ることができる。そうした形での承認欲求や自己顕示欲の表れ方が、ますます顕著になっている印象を受けます」
また、人身事故に遭った石井さんは、視覚障がい者であり、警視庁新宿署によると「自殺を図った可能性がある」とみられているそうだ。その様子を撮影する人には、「自分より不幸な人の写真・動画を撮り、投稿することで『自分の方がマシだ』と実感する。そうすることでしか、自分自身の人生を肯定できない」傾向も認められるという。
「人身事故をスマホで撮影する人が増えているのは、裏を返せば、それだけ、怒りや欲求不満を溜め込む人が増えているということではないでしょうか。その背景にも、やはり先ほど指摘した社会情勢が関係しているように思います。現代は、昭和の時代と違って、雇用が不安定で、会社勤めをしていてもなかなか給料が増えない状況にあり、経済面で不満を抱いている人が多い。また一部の大金持ちとそうではない人たちの格差が拡大していると言われ、しかも昨今はSNSで、誰もが富裕層の生活を見ることができます。そのため、余計に羨望(他人の幸福が我慢できない怒り)が掻き立てられ、結果的に『他人の不幸は蜜の味』という人が非常に増えたのではないでしょうか」
この「他人の不幸は蜜の味」という心理は、二つの形で表れやすい。「一つは、羨望の対象である恵まれた境遇の政治家や芸能人、有名スポーツ選手などが失墜した際に、拍手喝さいしてボコボコに叩くこと。そしてもう一つが、今回のように、自分より不幸な人を撮影して、人の目に触れるネット上にアップすること」だという。
「『ほかの人もやっているから、自分もやっていいんだ』という集団心理で、罪悪感を払しょくしながら、人身事故の現場を撮影している面もあると思います。また、そうした行為を『止める人がいない』というのも、非常に問題。見て見ぬ振りをする人=『傍観者』が増えれば増えるほど、行為はエスカレートします。傍観者は、制止すると、自分が攻撃されるかもしれないという恐怖ゆえに、見て見ぬ振りをするわけです。傍観者が増えているのは、物事を正義感や倫理観ではなく、『自分が損をしないように』と損得で考える傾向が強くなっているからでしょう」
一方で、人間には「他人の不幸を見たい」という根源的な欲望があると話す片田氏。フランス革命の頃、大衆の前で、国王や王妃、貴族らがギロチンによって処刑されたが、「それは、大衆の残酷な欲望を満たすため、ある種のガス抜きとして行われていたのではないでしょうか」と語る。
「ローマ詩人・プラウトゥスの『人間は、人間にとって、狼である』という言葉のように、人は心の奥底に、他人を搾取し、攻撃したいという残忍な欲望を秘めているし、『他人の無残な姿』も見たいのです。しかし、20世紀の近代化の流れの中、ギロチン処刑が『野蛮なこと』として、大衆の前で行われなくなったように、経済が発展し、社会が安定することで、人はこうした残忍な欲望を抑圧するようになりました。裏を返せば、いま人身事故の現場をスマホで撮影する人が増えているのは、日本ひいては世界が不安定な中、残忍な欲望を抑圧できなくなってきたということなのではないでしょうか」
今回の一件では、新宿駅のホームに「お客さまのモラルに問います」というアナウンスが流れたことを踏まえ、「現代の日本人はモラルが低下した」といった指摘が多数見られたが、片田氏いわく「残忍な欲望は根源的なものなので、『現代のモラル低下』とは必ずしも言い切れない」とのこと。
「ただし、テクノロジーの発達によって、誰もがスマホで簡単に写真や動画を撮影できるようになったことが、『モラル低下』を招いたとは言えると思います。また、『世間というもの』が壊れてきていることも、『モラル低下』につながったと言えるのではないでしょうか。昭和の時代は、『世間様に顔向けできない』『世間様に笑われる』という感覚があり、例えば、会社という『世間』に対して『恥ずかしいことはできない』といった自制が利いたのです。しかし、終身雇用制度が崩れている現在、そうした感覚はなくなりつつあるのではないでしょうか。いいか悪いかは別にして、帰属意識もかなり希薄になっています。そのため『何をやってもいいんだ』と考える人が増えているような気がしますね」
人身事故の現場をスマホで撮影する人たちの出現は、経済・社会の状況と密接に結びついていることがわかったが、JRが“異例の放送”を行ったように、「傍観者」を脱し、声を上げられる人が一人でも増えてゆくことを願いたい。



