サウナブームに専門医が警鐘! 「整う」より正しい入浴法の基礎とは!?  

 リラックス効果やデトックス効果が期待できるといわれるサウナ。昨今、そんなサウナを舞台にした漫画やテレビドラマが登場し、情報番組などでも特集を組まれるなど、空前の“サウナブーム”になっている。サウナ愛好者を「サウナー」と呼び、そうしたサウナ―が使う「整う」といった言葉がネット上で散見されることも。しかし一方で、サウナの利用が原因となった死亡事故なども報告されており、その危険性も見逃せない。そこで今回、『最高の入浴法~お風呂研究20年、3万人を調査した医師が考案』(大和書房)『たった1℃が体を変える ほんとうに健康になる入浴法』(KADOKAWA)など、お風呂・温泉と健康にまつわる著書を執筆している温泉療法専門医・早坂信哉氏に、サウナによる健康効果と危険性についてうかがった。

サウナには「デトックス効果」も「ダイエット効果」もない

――サウナに入浴することによって、大量の汗が流れ出ます。それが「デトックス効果」につながるといわれていますが、それは本当なのでしょうか。

早坂信哉氏(以下、早坂) 体の中に溜まった「悪いもの」、つまり老廃物や有害物質を排出するという意味での「デトックス効果」は期待できません。研究でも報告されていますが、サウナ入浴で出た汗には、ほとんど老廃物や有害物質は含まれておらず、これらのほとんどが、糞便や尿によって排泄されることが明らかになっています。ただ、温熱効果で血流の巡りは確かに良くなるので、肝臓や腎臓に血液が送られることにより、排せつ器官の運動が活発になり、老廃物などが体の外に出やすくなるということはあります。血流の改善が本来のサウナのデトックス作用と言えるので、発汗は排せつではなく、体温が十分に上がったというサインとお考えください。

――サウナ入浴後、体重が減っていることがありますが、ダイエット効果があると期待していいのでしょうか。

早坂 サウナによって出た大量の汗は、上がった分の体温を下げる“体温調節”のための汗です。体重が減っているのは、体内の水分が出ているだけなので、ダイエット効果は期待できません。だいたい、80度ぐらいのサウナに10分ほど入浴すると、500ミリリットルぐらいの汗をかくと言われているので、それぐらい体重が減ることもありますが、ただの脱水。なので、水分補給をすれば、すぐに戻ってしまいます。熱を与えられることによって、多少なりとも代謝は上がるものの、運動のように脂肪燃焼をしているわけではないのです。また、500ミリリットルほど体内の水分が出てしまうと言いましたが、それにより熱中症にかかってしまう可能性もあるので、水分補給をしてほしいですね。

――どれぐらいの水分補給が必要なのか、目安を教えてください。

早坂 入浴前にコップ1~2杯を飲んでください。また、500ミリリットルぐらい汗をかくので、入浴後にも1~2杯の水分を摂ってほしいですね。水でも十分ですが、ミネラルが入ったむぎ茶、スポーツ飲料やイオン飲料の方が吸収もいいですし、より適しているかもしれません。入浴後に水分補給を怠ると、血液の流れが悪くなり熱中症になる可能性もありますし、血液の粘り気が出て血の塊(血栓)ができやすくなります。血管が詰まると、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしかねません。

――また、飲酒後にサウナで大量に汗をかくことで、アルコールが早く抜けるといったことを聞いたことがあるのですが。

早坂 アルコールが抜けるといった効果もありませんね。飲酒をすると血圧が下がったり、眠くなりますが、そのような体調でサウナに入浴すると、気を失ってしまう場合や寝てしまうケースがあり、熱中症になることもあります。飲酒後のサウナ入浴は危険なのでやめましょう。また、アルコールを代謝するためには、たくさんの水分を必要としますが、サウナに入浴することで、その分の水分まで失われてしまい、結果的にアルコールの代謝が逆に遅れてしまう可能性が高くなります。二日酔いの時にサウナでスッキリしたいという方もいるようですが、同様の理由からオススメできません。
――そのほかに、危険な入浴方法などはあるのでしょうか。

早坂 水風呂の入り方には注意してほしいです。熱いサウナから10度前後の冷水にいきなり浸かると、急激な温度差によって体調不良を起こす「ヒートショック」を自ら発生させるような状況になります。血圧が大きく変動することで、脳卒中や不整脈、狭心症を発症し、最悪の場合死亡することも。意識を失い、水風呂の中で溺死するといった事故もあるので、十分注意してください。

――サウナの醍醐味は「水風呂」というような声もあるのですが、どうしても水風呂に入浴したい場合、注意すべきポイントなどがあったら教えてください。

早坂 冷たすぎる水風呂は避け、“25~30度”ぐらいの「ちょっと冷たいな」と思うぐらいのぬるま湯の風呂に、“ドボン”と浸かるのではなく、手足に少しずつ水をかけ、静かに少しずつ体を慣れさせながら入浴してほしいです。水風呂より刺激が少なく安全なシャワーや外気浴などの方が、体のことを考えるとオススメですね。

――最近はスーパー銭湯など、食事もできる複合型温泉施設などもあります。食事の前後にサウナに入浴するのはどうなんですか。

早坂 できれば食事の前後30分~1時間程度は避けた方がいいです。というのも、皮膚の表面が温められると、全身の血液が皮膚の近くに集まり、消化器官の血液が少なくなります。その結果、消化不良を招く可能性も。また、熱や急な体の痛みが出始めている時、腰痛など慢性的な痛みがひどくなり始めている時なんかもやめた方がいいです。サウナは刺激が強いですし、疲れすぎている時に入浴することによって、逆に体調を崩すことも考えられます。

――サウナに入浴する際、女性が特に注意するべきポイントなどお聞かせください。

早坂 体調については男女ともに、熱中症やヒートショックなどのリスクに差はありません。ただ、美容という点では、注意が必要でしょう。ドライサウナや遠赤外線サウナなどは、湿度が低くとても乾燥しているので、毛髪の乾燥を防ぐために濡れタオルやサウナハットを着用した方がいいかもしれません。霧状のミストが出るミストサウナは乾燥を防げますし、通常のサウナよりも体への負担も少ないので、乾燥が気になる方はこちらの方がいいのではないでしょうか。

サウナで「整う」よりも無理をしない

――“サウナー”と呼ばれるサウナ愛好家の方たちは、サウナと水風呂の入浴を1セットとして、何セットも繰り返すことによって「整う」といった感覚を楽しんでいますよね。

早坂 「あと〇分……」などの我慢大会のような入浴方法は危険ですし、やめてほしいです。汗が流れ出たということは、体温が1.5度ぐらい上昇し、血流が良くなってきた証拠なので、自分にノルマを課していたとしても、ひとまず出るようにしましょう。あくまでも目安ですが、80度のサウナであればどんなに長くても10分まで、100度なら5~6分まで、初心者の方は60度ぐらいの低温のサウナにせいぜい15分ぐらいまでに抑え、自分の体調と相談し、とにかく無理をしないでください。汗をかけばかくほど毒素が出るというわけではないですし、正しい入浴方法で血行促進やリフレッシュに役立ててほしいです。

早坂信哉(はやさか・しんや)
東京都市大学人間科学部教授、一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長、温泉療法専門医、博士(医学)。著書に『最高の入浴法~お風呂研究20年、3万人を調査した医師が考案』(大和書房)、『入浴検定公式テキスト』(日本入浴協会)がある。

「ブスいじりは文化」アインシュタインが築き上げた、ブサイクいじりの“塩梅”

 関西ではすでに和牛やアキナと並び、抜群の人気を誇るアインシュタイン。そして現在、ボケである稲田直樹の一度見たら忘れられない鮮烈な「顔面」と清らかなメンタルのギャップがバラエティでもてはやされ、その知名度はいよいよ全国区に。しかし、いわく「100点のブス(稲田<)」と「30点の男前(河井ゆずる)」コンビが奏でるネタは、驚くほどに正統派で本格派だ。稲田の顔面という強すぎる武器を上手に出し惜しみしながら、東京で売れていく仲間たちに「おこぼれちょうだい」とお願いしながら、虎視眈々とトップを狙う――。

***

――このインタビューのすぐ後にも、別のお仕事が控えていると……次期ブレイク候補として最近特にお名前を伺うのが、アインシュタインさんです。

河井 本当に、よくそんなふうには言っていただけるんですけど……ミキとかEXITに比べたら全然。ただ僕たちは1回出た印象がキツいだけで。

――毎週毎週、どこかで見てる印象があります。

河井 めっちゃ残像が残る期間が長いんです。

――タレントとして、それはとても大事なことですね。

河井 そうですね(苦笑)。いいことではあるとは思いますけど。

――特に『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)や『アメトーーク!』(テレビ朝日系)での稲田さんの衝撃は強かったと思います。

稲田 確かに。

――ただネットなどを拝見すると、もしかして稲田さんより河井さんのほうが変わってるという意見もちょいちょい出てきまして。

河井 いやいや、そんなことないですよ!

稲田 河井さんはおかしい。

――カリスマ伝説。

河井 いやいや、ないです。メチャクチャまともです。

――コンビとしては二段階方式というか、関東のお客さんにはまず稲田さんで衝撃を与えて、その後カリスマ伝説が来るという、そういうコンビとしての戦略があるのかなと。

河井 いや、ないです全然。そんな。カリスマ? なんですか、それ。

――ケンコバさんがラジオでおっしゃっていた――(愛用している自転車は水色の車体に前輪だけピンク色のタイヤの「ミンキーモモ仕様」、夏になると蛍光色の黄色いタンクトップに、アメリカ国旗模様の短パンをはいた上、ミンキー自転車に乗って大阪千日前通に現れるなど)。

河井 あぁ、それ全部ウソです! コバさんがちょっと大げさに言わはったのをラジオのリスナーが面白がって、僕らのWikipediaを書き換えただけなんで。

――Wikipediaは、あまりうのみにしてはいけないということですね。

河井 あんまりっていうか、絶対ダメです!

――稲田さんから見て、河井さんはどういう人ですか?

稲田 しっかり者の、頑固者の、そしていい匂いのする……

河井 なんやねん、それ(笑)。

稲田 そんな39歳ですね。

河井 いや、年はええやろ。お前も35やで。

稲田 アイドルのイベントのMCをさせていただいた時に、楽屋口から入ったら、すごいストロベリーのいい香りがするなぁと思って。さすがアイドルのイベントやなぁと思ったら、それ河井さんから出てた匂いやって。

――まさか体臭が……

稲田 イチゴなんです。

河井 妖精か!!

――よしもと男前ランキング、ブサイクランキングに、それぞれがランクインされています。コンビとして、そういう自らのキャラクターは意識されていますか?

河井 いや、意識も何ももうね、変えられない状況なので。(相方に)男前になってくれっていうのも、むちゃな話なので。あとは僕がどう振り切るかだけやとは思う。

――カリスマが……

河井 いやいや、その呼び方やめてください。なんでカリスマ!

――売れてる芸人さんの特徴なのかもしれないんですけど、コンビがお互いに認め合ってるというか。お互い自由にさせて、良さを引き出し合うみたいなところがあるんじゃないかなと。アインシュタインさんにも、そういうイメージがあります。

河井 コンビ組みたての頃は、よく揉めることもありましたけどね。

――もともと稲田さんから誘ったんですよね。

稲田 そうですね、はい。

――どういうところがカリス……河井さんの魅力だと思われたんですか?

稲田 2年先輩で、よくご飯とか連れていってくれてたんです。学ぶところが多いなというのと、あとしっかりツッコんでくれるなぁというところで。それこそリアルな話でいうと、見た目的にもわかりやすいっていうのもあったんですよ。ただ、ジャニーズの方とか俳優の方とか本物の男前の人を目の前にした時に、河井さんってあれ……? 30点やん!!

河井 当たり前やん! そんなもんプロの男前と並んだらそうなるやろ!!

稲田 いや、30点かーい。

河井 お前ブスのプロか知らんけど、俺は男前のプロちゃうから!

稲田 俺ブスの100点やから。

河井 胸張るな、そんなもん。ええことちゃうやろ!

――稲田さんにコンビ組みたいと言われた時、河井さんはどういうふうに?

河井 断ってました、半年ぐらい。

――それはなぜ?

河井 扱いきれへんなっていう。見たことない武器なんで。僕もピンでやろうと思ってたというのもありましたし。

――気持ちが変わったのは?

河井 『M-1』が2010年に終わるっていうのがわかって、出えへんまま終わるのもなぁというのもあったんです。ほんなら1回ちょっと出てみようか、みたいなのでやり始めたのが、きっかけといえばきっかけだと思いますね。

――組んでみて、印象は変わりましたか?

河井 いや、まぁ組んで変わったっていうことはあんまりないですね。もうある程度はわかっていたので。これとやっていくのか、大変やな、って(笑)。

稲田 めちゃめちゃ嫌々やん……

河井 いやいや、違う。最初は大変ですよ、やっぱり。今よりさらにブスやったので。笑えないブスやったかもわからないです、本当に。

――笑えないブスですか?

河井 今よりも暗かったですし、それこそ。

――今は稲田さんのポジティブな部分が結構フィーチャーされていますが、当時はそういう感じではなかったと。

河井 元の性格はそうやったのかもわかんないですけど、表にあんまり出せてなかったのかもわからないですね。

――河井さんが、それを引き出した……?

河井 いや、そういうつもりでもないんですけど。僕も自分のことでいっぱいいっぱいやったので。徐々にっていうことやと思う。いろんな場面でお仕事させていただいたりとか、いろんな失敗をしてやと思いますけど。

――だんだん「あ、こういうふうにやっていけばいいんだな」という、アインシュタインの形に。

河井 そうですね。でも、何をどうしたらっていうのは、ほんまに劇場の出番を1個1個しっかりちゃんと向き合ってっていうのの積み重ねなのかな、と思いますけど。

――ネタも、そこまで容姿のことを引っ張らないですよね。

河井 意識して、っていうわけじゃないんですけどね。ほんまやったら……。

稲田 フリで入れるくらい。

河井 うまいこと入れられるほうがいいのはいいな、とは思ってるんですけど。

稲田 ネタによってはメチャクチャ入れてるし。でも、毎回毎回そんなブサイクいじりばっかりやと、お客さんも胃もたれするんで。

河井 いじり始めたら、僕らの持ち時間である5分じゃ入りきらない。

――あえてつかみでとどめてっていう。

河井 そうですね、ほどよく……。

稲田 そんな感じですよね。35年ブスやから。35年は5分に収まらない。

――しかし、なんとなく容姿をいじることが難しくなっている風潮というか、やりづらくなってきたりとかあるのかな、とも思うのですが。

稲田 そうなんですよ。でもね、自分で言うのはありですよね、たぶん。それすらも危ういっていわれてる世の中で、全部封じられたらどうしよう。

――不安ですか?

稲田 僕は、面白い文化やと思うんですよね。自分の……言うたら普通の人からしたらコンプレックスなところって、やっぱりちょっと面白いところがあると思うんですよ、絶対に。それをちゃんとお仕事として成り立たせるというか。なくなってはいけない文化だと思うんですよね。一番あかんのは、ブスやなぁと思ってるのに言わへんとか。結局、それがバレてるっていうのが一番ダメなことで。大っぴらに言ったら、こんなに楽しい世界があるんだよって言いたいんですよ。

――卑屈さがないっていうのが、稲田さんのすごいところだと思います。

稲田 ただ、自覚が浅いんですよ。見えないじゃないですか、自分で自分の顔って見えないから。たまにほかの人たちと一緒になって誰かの見た目いじったりしてる時にゾッとします、自分で。

河井 ほんまにようあるんですよ(笑)。

稲田 そこは周りに注意されて、注意っていうか「おい、誰が言ってんねん」って言われた時に「天然でやってしまった感」がすごい恥ずかしいっていう(笑)。

河井 ほかの芸人のことをみんなが「おいブスやなぁ」とか「お前なんやねん、その顔」とか、みんなでわぁってわろてる時に、お前ようわろてんな、本当に。

稲田 いや、笑うのはいいけど、ちょっと優位に立って笑ってる時があって、それはちょっと……。

河井 あるな(笑)。

――でも、いいですよね。妙に自覚しすぎている人より。

稲田 自覚したらしんどいかもしれないですよね、もしかしたら。

――そもそもブサイクとかイケメンって、何を基準としているのかって話ですよね。

稲田 確かに。この人ほんまに男前か? みたいな人が男前って言われたりもしてますもんね。

河井 いやいやいやいや、そんな難しい話じゃないですよ。ブサイクはブサイクでしょ! ただこいつは今までにいなかったブサイク芸人というか。ブラマヨの吉田(敬)さんとか、南キャンの山里(亮太)さんもそうですけど、ブサイクという自覚がちゃんとあって、だからやったからこんなつらい思いしてきた、というのがネタになってる。でも、こいつの場合は、自分のことをブサイクと思えてない瞬間が、長所でもあり短所でもある。無自覚、無責任が功を奏してるのかなぁとは思いますけど。普通じゃない、明るいブスという。

――そして何事においても、やっぱり1位になるってすごい。ブサイクラインキングも男前ランキングも。

河井 中途半端よりは絶対いいと思います。でも、男前ランキングのポスターに和牛の水田(信二)がそこそこの顔して写ってるのはどうかしてるな、とは思いますね。

稲田 本当にそれです。わかってない人が、あのポスター作ったんですよ。

河井 水田に関しては、ちょっと納得してない。

稲田 あれですよね、最近成り金デブですよね。

河井 小金持ち成り金デブです。

――和牛さんやアキナさんなどが一足先に認知度を広げていることに関してはいかがでしょうか。焦りなどはありますか?

河井 いや、でも正直あんまりそういうのはないですね。全然違うので。芸風も違いますし、コンビ歴も違いますし。ずっとユニットでやっててお互いの苦労もよくわかってるので、コンテストの予選で自分たちが落ちて2組が行ってる時とかは、もう頼むから上まで行ってくれ、そんで俺ら引き上げてくれよと。

――なるほど。

河井 おこぼれちょうだい、ちょうだいって(笑)。お互いに、それで面白くやっていけたらいいじゃないですか。

――アインシュタインさんの今後の目標は?

稲田 劇場に出続けていたいな、というのはありますね。あんまり普段、お互いしゃべらないんですよ。舞台上のアドリブで、なんかお互い言いたいことを言うみたいな時間があるんですけど、普段しゃべらない分、それがとてもノリノリになったりするんで。

――お互いの言いたいことを舞台でぶつけ合う、みたいな。

稲田 「お、その角度でいじってくる? ほんなら私も言わしてもらいますけど」って感じで、そのへんがたぶん一番生のお笑いの醍醐味だなと思うので。ネタ合わせしてできるものじゃない。アドリブから生まれるというか。

河井 やっぱりテレビ見て育った世代なので、もちろん全国区の冠番組は目標のうちのひとつです。でも、なんやかんやでやっぱり面白い娯楽やと思うんです、劇場っていうのが。こんだけ数ある娯楽の中から、劇場を選んでもらえるようにし続けたいなというのは思いますね。

――わざわざお客さんが見に来るっていうことですもんね。

河井 そうですね。2,000~3,000円のチケットに加えて何万円も交通費かけてきてくれたりとかっていうのは、やっぱりありがたいですし。

――最近は「第七世代」という言葉をよく聞きますが、お2人的に、そのくくりはどう思われますか?

河井 いや、どうですかね。僕らは意識せずに、やとは思うんですけど。入れるんやったら入りたいなとは思いますね(笑)。

稲田 迷惑してるんですよ。僕らが若くない芸人みたいになるんで。第七世代っていうくくりがあるせいで、それに入れなかった芸人が時代遅れみたいになるでしょ。

河井 でも、まぁ今は漫才劇場も、一応大阪の若手が出る劇場ですけど、もうおっさんばっかりです。

稲田 そうなんですよ。

河井 ゲームコーナー終わった後、もうみんなはぁはぁ言ってるんです。立たれへん、みたいな状況なので。

稲田 第7世代って言いだしたの、霜降りのせいやですよね。一度2人でご飯食べに行って、第七世代についてしっかりお話しないといけませんね。「どう思ってるの?」って。

河井 その発想がおっさんや(笑)。
(取材・文=西澤千央) 

氷川きよしの顔は、なぜ「女性っぽく」なった? 顔面評論家が「パーツの変化」を考察

 1999年のデビュー以来、「演歌界の貴公子」として世の女性たちを虜にしてきた氷川きよしの「見た目」が、いまネット上で大注目を浴びている。8月8日「セ・リーグ公式戦」始球式に登場した際や、8月17日放送の『思い出のメロディー』(NHK)、8月23日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)に出演した際など、氷川が公の場に姿を現すたびに、「顔の印象が激変した!」と騒がれるようになったのだ。その意見の大半は「女性っぽい見た目になった」というもので、中には「美魔女」などと氷川の美貌を褒めたたえる者も少なくない。

 では、氷川の見た目は、具体的に「どこが」「どのように」変化したのだろうか。その顔が人に与える印象にも、何らかの変化は生じたのだろうか。今回、2018年1月発売のシングル「勝負の花道/柔道」と19年8月発売のシングル「大丈夫/最上の船頭」のジャケット写真を比較しながら、観相家・顔研究家・顔面評論家である池袋絵意知氏に見解をお聞きした。

2018年の氷川きよしは「魔裟斗」似だった

 まず、「勝負の花道/柔道」のジャケット写真の氷川について、池袋氏は「パッと見ただけで『イケメン』ですよね」と指摘したうえで、なぜイケメンに見えるか、その顔の特徴を教えてくれた。

「眉尻にかけて太くなる、りりしく上がった眉毛。引き締まった口。がっしり張ったエラ。高さ大きさ肉付きも立派で、付け根が太い鼻。そしてキリッとした目力……これらは、いわゆる“男性的”なパーツの特徴で、特に氷川さんの口は『責任感の強さ』、エラは『精神的にも肉体的にも強い』、鼻は『猛々しい』といった印象を人に与えます。今風イケメンではなく昔のイケメン、しかし、男くさすぎず、ちょうど良い具合で、誰が見ても『イケメン』と感じる顔なのではないでしょうか。『K-1』の魔裟斗選手に似ているなと感じました」

 また、パーツの配置に関しては、一般的に「集中型」の求心顔だと 「カッコいい」、「拡散型」の遠心顔だと「かわいい」 という印象になると言い、氷川は前者に当てはまるそうだ。

「『集中型』は『神経質』『都会的』といった印象にもなります。この『勝負の花道/柔道』のジャケット写真は、一般的に知られている氷川さんの顔の中で、最も『男性っぽい』のではないかと感じますね」

 では、「勝負の花道/柔道」から約1年半後にリリースされた「大丈夫/最上の船頭」の氷川には、どんな変化が生じたのだろうか。パッと見では「別人」のようにも見えるが……。

「やはり最初に目につくのは、眉の変化です。りりしかった眉が、細くアーチ型の眉に変化しています。また髪形も顔の印象に大きく影響するのですが、髪が伸び、明るい色になってウェーブがかかり、だいぶ変わりましたね」

 一方で、目や鼻、口は、実際の形状が変化したわけではないものの、「勝負の花道/柔道」と比べて、写真の写り方や表情の作り方に、変化が感じられるようだ。

「『大丈夫/最上の船頭』の氷川さんは、目が笑っていて、三日月形になっています。また、口も口角が上がって三日月形になっている。『勝負の花道/柔道』のときの口は、『口角だけ』が上がっていましたが、こちらは口全体が曲線を描いていますね。それから、鼻も、この写真だと小さく見えます」

 池袋氏いわく、眉と髪形が変わっただけでも、だいぶ柔らかな印象になったとのこと。特に眉は、人に与える印象を大きく左右するパーツで、「目の上についているため、目の表情にさえも影響する」のだそうだ。

「例えば、下がり眉が特徴的な槇原敬之さんの眉を、角度を上げると、ものすごくイケメンになるんですよ。眉の形を変えると、全体の顔のつくりまで変わるものなのです」

 それに加え、パーツの見え方が曲線的となったため、「女性っぽい印象」が強まったという氷川。これが、ネット上で「美人になった」と言われるゆえんとなっていると思われるが、池袋氏の目には「美人の顔ではないですね。『可愛い』『面白い』『ファニー』な顔」として映るという。

「先ほど、目が三日月のようだと指摘しましたが、“半笑い”なんですよね。どんぴしゃに似ている人はちょっと思い浮かばなかったのですが……磯野貴理子さん、観月ありささん、元SPEEDの島袋寛子さんの顔の系統で、現在の氷川さんは、3人よりもっとファニーだと思います」

 ネット上でこれほど話題になったのは、実際のところ「ファニーさ」を感じさせる顔に変化したからなのかもしれない。

「ご年配の女性ファンは、『男らしさ』のあるルックスを好む傾向があるように思いますし、そういった方たちにとって、今回のイメチェンは逆効果かもしれません。しかし、これまで興味を持っていなかった人に興味を持ってもらえたという点では、よかったのではないでしょうか」

 氷川は自身のイメチェンを「セクシー路線」と呼ぶなど、気に入っている様子で、10月に行われた記者会見では「母親も喜んでいる」と明かしていた。氷川の「なりたい自分になる」という姿は、多くの人に好意を抱かせるのかもしれない。

池袋絵意知(いけぶくろ・えいち)
観相家、顔研究家、顔面評論家。1999年より顔の研究を開始。 古くからの観相学だけでなく、自然人類学や色彩心理等の研究を取り入れ、独自の顔面観相術「ふ くろう流観相学」を確立。個人鑑定、開運相談、セミナーなどのほか、著書の執筆やスマホアプリの監修なども手がけ、多くの人に幸せな顔になるためのアドバイスをしている。著書に『最強モテ顔講座』(オークラ出版)『顔相恋占い』(池田書店) 『あなたは何顔美人?』(WAVE出版)など。日本顔学会会員、化粧文化研究者ネットワーク会員、美人画研究会 会員。
公式サイト

氷川きよしの顔は、なぜ「女性っぽく」なった? 顔面評論家が「パーツの変化」を考察

 1999年のデビュー以来、「演歌界の貴公子」として世の女性たちを虜にしてきた氷川きよしの「見た目」が、いまネット上で大注目を浴びている。8月8日「セ・リーグ公式戦」始球式に登場した際や、8月17日放送の『思い出のメロディー』(NHK)、8月23日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)に出演した際など、氷川が公の場に姿を現すたびに、「顔の印象が激変した!」と騒がれるようになったのだ。その意見の大半は「女性っぽい見た目になった」というもので、中には「美魔女」などと氷川の美貌を褒めたたえる者も少なくない。

 では、氷川の見た目は、具体的に「どこが」「どのように」変化したのだろうか。その顔が人に与える印象にも、何らかの変化は生じたのだろうか。今回、2018年1月発売のシングル「勝負の花道/柔道」と19年8月発売のシングル「大丈夫/最上の船頭」のジャケット写真を比較しながら、観相家・顔研究家・顔面評論家である池袋絵意知氏に見解をお聞きした。

2018年の氷川きよしは「魔裟斗」似だった

 まず、「勝負の花道/柔道」のジャケット写真の氷川について、池袋氏は「パッと見ただけで『イケメン』ですよね」と指摘したうえで、なぜイケメンに見えるか、その顔の特徴を教えてくれた。

「眉尻にかけて太くなる、りりしく上がった眉毛。引き締まった口。がっしり張ったエラ。高さ大きさ肉付きも立派で、付け根が太い鼻。そしてキリッとした目力……これらは、いわゆる“男性的”なパーツの特徴で、特に氷川さんの口は『責任感の強さ』、エラは『精神的にも肉体的にも強い』、鼻は『猛々しい』といった印象を人に与えます。今風イケメンではなく昔のイケメン、しかし、男くさすぎず、ちょうど良い具合で、誰が見ても『イケメン』と感じる顔なのではないでしょうか。『K-1』の魔裟斗選手に似ているなと感じました」

 また、パーツの配置に関しては、一般的に「集中型」の求心顔だと 「カッコいい」、「拡散型」の遠心顔だと「かわいい」 という印象になると言い、氷川は前者に当てはまるそうだ。

「『集中型』は『神経質』『都会的』といった印象にもなります。この『勝負の花道/柔道』のジャケット写真は、一般的に知られている氷川さんの顔の中で、最も『男性っぽい』のではないかと感じますね」

 では、「勝負の花道/柔道」から約1年半後にリリースされた「大丈夫/最上の船頭」の氷川には、どんな変化が生じたのだろうか。パッと見では「別人」のようにも見えるが……。

「やはり最初に目につくのは、眉の変化です。りりしかった眉が、細くアーチ型の眉に変化しています。また髪形も顔の印象に大きく影響するのですが、髪が伸び、明るい色になってウェーブがかかり、だいぶ変わりましたね」

 一方で、目や鼻、口は、実際の形状が変化したわけではないものの、「勝負の花道/柔道」と比べて、写真の写り方や表情の作り方に、変化が感じられるようだ。

「『大丈夫/最上の船頭』の氷川さんは、目が笑っていて、三日月形になっています。また、口も口角が上がって三日月形になっている。『勝負の花道/柔道』のときの口は、『口角だけ』が上がっていましたが、こちらは口全体が曲線を描いていますね。それから、鼻も、この写真だと小さく見えます」

 池袋氏いわく、眉と髪形が変わっただけでも、だいぶ柔らかな印象になったとのこと。特に眉は、人に与える印象を大きく左右するパーツで、「目の上についているため、目の表情にさえも影響する」のだそうだ。

「例えば、下がり眉が特徴的な槇原敬之さんの眉を、角度を上げると、ものすごくイケメンになるんですよ。眉の形を変えると、全体の顔のつくりまで変わるものなのです」

 それに加え、パーツの見え方が曲線的となったため、「女性っぽい印象」が強まったという氷川。これが、ネット上で「美人になった」と言われるゆえんとなっていると思われるが、池袋氏の目には「美人の顔ではないですね。『可愛い』『面白い』『ファニー』な顔」として映るという。

「先ほど、目が三日月のようだと指摘しましたが、“半笑い”なんですよね。どんぴしゃに似ている人はちょっと思い浮かばなかったのですが……磯野貴理子さん、観月ありささん、元SPEEDの島袋寛子さんの顔の系統で、現在の氷川さんは、3人よりもっとファニーだと思います」

 ネット上でこれほど話題になったのは、実際のところ「ファニーさ」を感じさせる顔に変化したからなのかもしれない。

「ご年配の女性ファンは、『男らしさ』のあるルックスを好む傾向があるように思いますし、そういった方たちにとって、今回のイメチェンは逆効果かもしれません。しかし、これまで興味を持っていなかった人に興味を持ってもらえたという点では、よかったのではないでしょうか」

 氷川は自身のイメチェンを「セクシー路線」と呼ぶなど、気に入っている様子で、10月に行われた記者会見では「母親も喜んでいる」と明かしていた。氷川の「なりたい自分になる」という姿は、多くの人に好意を抱かせるのかもしれない。

池袋絵意知(いけぶくろ・えいち)
観相家、顔研究家、顔面評論家。1999年より顔の研究を開始。 古くからの観相学だけでなく、自然人類学や色彩心理等の研究を取り入れ、独自の顔面観相術「ふ くろう流観相学」を確立。個人鑑定、開運相談、セミナーなどのほか、著書の執筆やスマホアプリの監修なども手がけ、多くの人に幸せな顔になるためのアドバイスをしている。著書に『最強モテ顔講座』(オークラ出版)『顔相恋占い』(池田書店) 『あなたは何顔美人?』(WAVE出版)など。日本顔学会会員、化粧文化研究者ネットワーク会員、美人画研究会 会員。
公式サイト

「ニノに裏切られた」嵐・二宮和也と伊藤綾子に失望……苦しむファンに、臨床心理士が助言

 11月12日、嵐・二宮和也が、元フリーアナウンサー・伊藤綾子と結婚を発表したことで、多くのファンに動揺が広がっている。2016年、「女性セブン」(小学館)によって初めて交際が報じられ、その直後、伊藤が自身の有料ブログに2人の親密関係を“匂わせる”投稿を繰り返していたことが発覚。以来、伊藤は嵐ファンから敵視されるようになり、今回の結婚発表に際しては、ネット上に「なぜ相手が綾子なのか」といった絶望の声が噴出した。

 また、現在、2020年末にグループ活動休止を控え、精力的な活動を行っている最中での結婚発表だっただけに、一部ファンから「なぜこんな大事な時期に」「活休まで待てなかったのか」といった指摘も飛び交うこととなった。

 このような背景から、二宮の結婚を「到底受け入れられない」というファンは少なからずおり、SNS上には「ニノのことをずっと好きでいたいのに、嫌いになりそう」といった悲痛な思いが散見される状況だ。ファンは、こうした複雑な心理状況を、どのように克服していけばいいのか――今回、神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士の杉山崇氏に助言をいただいた。

「ニノに裏切られた」「綾子にマウントを取られた」ファンの心理状況

 まず杉山氏は、結婚発表を受け、混乱するファンの心理状況について、2つの点を指摘する。

「ファンの方はいま、『二宮さんに裏切られたような心理』『伊藤さんに“マウント”を取られたような心理』を抱えているのではないでしょうか。まず前者に関してですが、具体的に言うと、『活休までの間に、ニノとまた新しい思い出を作ろう』と楽しみにしていた気持ちを台無しにされた……といった“裏切り”を感じているのではないでしょうか。たとえるならば、母親や父親と、一緒に遊ぶ約束をしていたのに、『ごめん急に仕事が入った』と約束を破られてしまったときの子どもの気持ち。『お母さん、お父さんなんて嫌いだ!』と腹を立てる一方、『本当は一緒に遊んでほしかった』という思いがあるため、二宮さんに対し、『ずっと好きでいたいのに、嫌いになりそう』と相反する気持ちを抱くのでしょう」

 また、この裏切られたような心理には、二宮に対する「こんな人とは思わなかった」という感情もあるのではないかと杉山氏。デビューから20年間、ファンを喜ばせてきた二宮に、「これからも私たちを喜ばせてくれるはず」といった期待を抱いていたものの、それを裏切られたという心理なのかもしれない。

「一方で、伊藤さんに対する『マウントを取られたような心理』についてですが、ファンにとって二宮さんは、ある意味『収穫物』であったわけです。それを横取りされ、マウンティングされたような心理なのではないでしょう。そもそも伊藤さんの“匂わせ”ブログこそが、まさにマウンティングの心理の表れであり、それを受けたファンが、マウントを取り返そうとしていた矢先に、結婚が発表されて再びマウントを取られてしまった。ファンは、大きな屈辱感を与えられたと思いますし、伊藤さんに攻撃的な心理を抱くのは、致し方ないようなことであると感じますね。ただ、一般的に怒りに近い感情は衝動性が高いとされ、数カ月単位ではありますが、『時間がたつにつれて抜けていく』傾向はあります」

 では、「ニノのことをずっと好きでいたい」と思いながらも、「嫌い」という感情に心が支配されそうなファンは、こうした状況をどのように克服したらよいのだろうか。

「やはり、二宮さんの“協力”が必要になってきます。人間は、自分の心の痛みを人に理解してもらうと、その痛みが軽くなるものなので、二宮さんから『結婚によってファンを傷つけてしまったことは理解している』『本当に申し訳ない』といった明確なメッセージがあると、ファンも『私たちのことを大切に思ってくれている』と感じるでしょうし、ファンでい続けることが比較的可能になると思います」

 しかし、二宮がそういったメッセージを発信することは、「あまり考えられない」と杉山氏。というのも「ファンに対して、へりくだりすぎている行為と見ることもでき、アイドルは通常やらないのではないか」とのこと。そのためファン側が、結婚を「いつかは来ることだった」と受け止め、二宮の言動やパフォーマンスから、「『ファンの気持ちを理解してくれている』『ファンと一緒に新しい思い出を作ろうとしてくれている』と感じる点を見つけ出し、意識を向けていくことが、好きでいるために重要なことなのでは。そもそもアイドル側が、『ファンの存在を大事に思っている』と伝わるように発表すべきとも思いますけどね……」という。

「また、ファンの方は、アイドルのことを家族や恋人のように感じていることが多い。人間というのは、ずっと“そのままでいる”ことはなく、進化や発展を遂げていくものであり、実際に、大切な家族や恋人の“変化”を、寂しく思いながらも一緒に喜んだ経験がある人もたくさんいるのではないでしょうか。なので、二宮さんのことを、あらためて自分の家族や恋人のような存在なのだと認識し、彼の“変化”を一緒に喜ぶ――当然『私の思いが届かない』という感情もあるかと思いますが、そういった感情を抱くこと自体も、肯定的に楽しんでいくといいのではないでしょうか」

 しかし、まだ結婚発表から日が浅いこともあり、二宮の結婚を一緒に喜ぶことは「無理」というファンは多いはず。「アンチ化」しているファンも見受けられるが……。

「人間の心理には、『共感モード』と『批判モード』という2つのモードがあり、怒りを感じると『批判モード』のスイッチが入って、途端に理屈っぽくなり、時には屁理屈で相手を追い詰めるようになる傾向があります。結婚発表を受けた途端、『プロ意識がない』『アイドル失格』などと口にしだすファンもいると聞きますが、そういった人は、怒りによって『批判モード』にスイッチが入ったのだろうなと感じますね。確かに、まだ結婚発表から数日しかたっていませんし、多くのファンの方が、二宮さんの姿を見れば見るほどつらく、伊藤さんへの怒りがわくという心理状況だと思います。まずは気持ちを整えることが先。そのために、二宮さんの出演するテレビ番組やコンサートを見ないなど、距離を置くことが必要でしょう」

 ネット上では現在、嵐ファン同士が言い争いをしているシーンも散見される。「本当のファンなら、ニノの結婚を祝福してあげるべき」という人、一方で「本当のファンだからこそ、ショックを受け、怒りを感じているのだ」という人が対立しているような状況なのだが、杉山氏は、ネットで言われる「本当のファン」とはまた別の「幸せなファン」とは何かを、考えてみるのもよいのではないかと言う。

「『幸せなファン』とは、『アイドルと心でつながっているファン』とも言えます。先ほど、二宮さんの“変化”を一緒に喜び、楽しむことを提案しましたが、それは、大好きな二宮さんと“一緒に生きている”という感覚になれることでもあるのです」

 当然、二宮の結婚で、「ファンをやめる」と決意した人も少なくはないだろう。しかし、どこかにまだ「好きでいたい」という感情が残っているのであれば、杉山氏のアドバイスを実践してみてもいいのかもしれない。

『宮本から君へ』助成金問題、KAWASAKIしんゆり映画祭……日本社会全体を覆う「忖度」と、どう闘う?

前編はこちらから

 11月15日(金)公開のドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』が注目される森達也監督と、配給会社「スターサンズ」の代表取締役である河村光庸プロデューサーの対談後編。話題は映画の内容だけにとどまらず、「忖度」や「同調圧力」によって動いている日本特有の社会構造へと広がった。

戦争さえも「忖度」によって引き起こされた

―――記者クラブの閉鎖性は、村社会を生み出す日本人の民族性とも関わる問題のようですね。

 そう思います。日本社会は集団と親和性が高い。言い換えれば、群れるのが大好きなんです。群れは同質性でまとまります。異質なものを入れたら、群れではなくなってしまう。つまり集団化が進めば、異質なものを排除しようという動きも大きくなる。それは近年のヘイトスピーチ、あるいは欧米の移民排斥の動きなどにも表れています。排他性でいえば、まさに日本の記者クラブですね。民主党政権時代の記者クラブはフリージャーナリストにも扉を開こうとしたんですが、安倍政権になって再び固く閉められてしまった。たぶん、既成メディアの記者たちにとっても、そのほうが楽なんでしょう。政治権力にとっても、そのほうがメディアをコントロールしやすいわけです。

――菅官房長官に質問を繰り返す望月記者に対し、会見の司会を務める上村秀紀官邸報道室長は「質問は手短に」と連呼する。上村室長は「i」ではないわけですね。

 望月さんは「彼が標的になるのはかわいそう」と話していましたし、僕もそう思います。彼は別に悪人ではありません。官邸にはたくさんの「上村さん」がいる。たまたま前面に出ているのが、上村さんだった。組織の中には100人、200人の上村さんがいます。

河村 今のマスメディアに対して、私が言いたいのは、「表現者を孤立させるな」ということ。日刊サイゾーは『宮本から君へ』に対して文化庁が助成金の不交付を決めた問題を、プロデューサーである私に対する政権からの圧力ではないかと報じた(参照記事)わけだけど、問題を私個人のことに矮小化している。本当は「表現の自由」に関わる大きな問題なんです。もっとメディアはそのことを認識して、記事にしてほしい。メディアの責任は重いですよ。表現者を孤立させちゃ、ダメです。森監督は強い人だから孤立することを恐れていないけど、多くの人は孤立することを恐れ、多数派に同調してしまう。そこが問題なんです。

 『A』や『A2』を公開したとき、同業者からよく聞かれました。「危険な目に遭わなかった?」「公安とかの尾行がついているんじゃないの?」と。それを聞いて、みんなおびえているんだなぁと感じました。過度におびえていると、何も取材できなくなってしまう。

河村 6月に劇映画『新聞記者』を公開したとき、私も同じことを尋ねられました。内閣情報調査室にスポットライトを当てても平気なのかと。全然平気ですよ。権力は、直接的には手を出さないんです。誰も具体的な命令は下しません。すべては同調圧力、忖度で動いてしまう。そこには主体というもの、実体がないんです。

――みんな、実体のない影におびえ、踊らされている?

河村 すべては我々の勝手な思い込み、幻想にすぎないわけです。忖度した結果、そうなってしまう。官僚の世界は特にそうでしょうし、戦前も同じような状況だったと思います。海軍があって、陸軍があって、天皇陛下がいて、それを取り巻く大勢の人たちがいて、主体がどこにあるのかわからずに戦争に突入してしまった。戦争が始まったのに責任者はどこにもいないという、おかしな状況になっていたんです。

 『i-新聞記者ドキュメント-』は東京国際映画祭で上映され、中国とタイの記者からの取材を先ほど受けました。中国は共産党、タイは軍事政権が大きな存在となっていて、不自由である理由がはっきりとわかっています。でも、日本を支配しているのは場と空気なんです。場と空気という見えないものに支配されているので、自分たちが不自由であることすら気づいていません。日本は非常に屈折した状況なんだなと、他国の記者たちの取材を受けながら感じました。

河村 もしかしたら、安倍総理さえもそうなのかもしれない。自分の意思ではなく、「こうしたほうがいいんじゃないかな」という単なるイメージで動いているのかもしれない。かつて吉本隆明が『共同幻想論』という本を出しましたが、今の日本が共同幻想そのもののように思えます。戦前もね、大正デモクラシーがあり、自由を謳歌していた時期もあったのに、あっという間に戦争へとなだれ込んでしまった。今の状況はひどく危険に思えて仕方ありません。だから、マスメディアは物事や人物を孤立化させないで、社会全体を見つめながら取り上げていかないとダメなんです。『新聞記者』は大ヒットしたので、ネトウヨも騒ぎませんでした。

 ネトウヨは劇場で映画を観ないから。来てほしいなあ。

河村 『新聞記者』は公開前に右寄りの学者が少し騒いだ程度で、公開後にガンガンくるかと覚悟していたら、無反応だった(笑)。私はね、愛国主義も民族主義も、別に悪いことだとは思いません。ただ、自分とは異なる存在を排除しようとするのが問題です。その途端に、愛国主義や民族主義が排他主義になってしまう。それがマズいんです。

――『i-新聞記者ドキュメント-』はアニメーション表現もあり、最後は森監督自身のナレーションで締めています。若い観客にも届きやすいように努めたんでしょうか?

 いえ、何も考えていません。単にアニメーションは自分自身がやってみたかっただけで、ナレーションもこの作品にとってベストな演出だろうと考えてのことです。お客さんへのサービスはほとんど考えません。「森友事件」などを字幕で説明しているのは、僕自身が事件を忘れかけていたこともありますが、河村さんからの要望でした。

河村 「森友事件」など基本的なことはわかって観てもらわないと、『i-新聞記者ドキュメント-』は楽しめませんから。海外の人たちにも観てほしいでしすね。

 中国とタイの記者から取材を受けた話をしましたが、共産党が統治する中国から見ても、軍事政権下にあるタイから見ても、今の日本のマスコミの状況は、かなり特殊だと感じられたようです。同じアジアだから通じるところもあるでしょうが、はっきりと物事を捉える欧米人が観たら驚くと思いますよ。

――劇映画『新聞記者』や今回の『i-新聞記者ドキュメント-』を企画できるのは、河村プロデューサー自身が邦画界の異端児だからではないでしょうか。河村プロデューサーは、「スターサンズ」を立ち上げる前は出版社を経営。さらにそれ以前は、沖縄の「星の砂」などいくつかのブームの仕掛け人でもあったそうですね。

 そうなんですか?

河村 若い頃に、「星の砂」で商売していた時期がありました。「スターサンズ」という社名は、そこからつけたものです(笑)。

 河村さんは根っからの山師ですよ。映画プロデューサーとして、正しい姿だと思います。

河村 私は映画をプロデュースする上で、3つのポイントを心掛けているんです。ひとつはインディペンデントであること、もうひとつはシニア、そして映画を本業だとは考えないことです。森監督もそうでしょ?

 ドキュメンタリーだけでは食べていけません。本を出したり大学で教えたり、いろいろして暮らしている状況です。そうか。だからできることがある、という意味ですか。なるほどね。

――森監督からは「山師」という言葉が出ましたが、河村プロデューサーの目には、今の映画業界なら勝算は十分ありと映っているんじゃないでしょうか?

河村 多くの映画会社は、映画製作と配給を別々にやっているわけです。その点、私は企画の段階から、どんなふうに宣伝しようかと考えながら取り組んでいます。今の日本の映画界は、ぼや~っとした状況。エッジの利いたもの、強いフックのあるものが必要です。人の心に何か引っ掛かるものがないと、ヒットはしません。そういう意味では、今はチャンスだと考えています。

 要は、河村さんは組織人ではないわけです。組織人には映画プロデューサーは務まらない。ヘタしたら首を吊ることになるかもしれないけど、逆にカジノで豪遊できる立場になるかもしれない。そんな気質じゃないと、面白い映画はプロデュースできないと思います。映画は、そんなジャンルです。でも現状、多くの日本の映画プロデューサーは組織人になっている。だから冒険ができない。まあ僕の周囲には、冒険するプロデューサーは結構いますけれど。彼らが救いです。

――最後になりましたが、先ほども話に出た『宮本から君へ』に対して、文化庁が助成金の交付を取りやめた問題について。安倍政権への「忖度」が働いたと河村プロデューサーは感じていますか?

河村 わかりません。わかりませんが、「忖度」が働く構図ではあります。でも、それは「河村を潰してやろう」という誰かの主体的な意図があって、助成金の交付が取りやめられたわけではないと思います。この問題で重要なのは、「表現の自由」に抵触するということ。憲法違反になることを考えずに、役人は助成金の不交付を決めてしまった。私個人が狙われたとかそういうことではなく、もっと大きな問題です。

――ミキ・デザキ監督のドキュメンタリー映画『主戦場』は一部の出演者が上映差し止めを求め上告中であることから、「KAWASAKIしんゆり映画祭」では上映中止になりかけるなど、日本社会全体を「忖度」が覆っているように感じられます。

 この闘いのラスボスは「空気」ですよ。空気が相手だから、闘いようがありません。

河村 ラスボスは空気! うまいこと言うなぁ(笑)。空気が相手なら、自分たちで新しい、熱い空気を生み出していくしかないんじゃないですか? マスメディアが果たす責任は、大きいですよ。

(取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)

『i-新聞記者ドキュメント-』

監督/森達也 企画・製作・エグゼクティブ・プロデューサー/河村光庸
出演/望月衣塑子
配給/スターサンズ 11月15日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2019 「i −新聞記者ドキュメント−」製作委員会
https://i-shimbunkisha.jp

●森達也(もり・たつや)
1956年広島県生まれ。92年にテレビドキュメンタリー『ミゼットプロレス伝説 小さな巨人たち』でディレクターデビュー。テレビドキュメンタリーとしてオウム真理教の信者たちを取材した『A』は所属していた制作会社から契約解除を通告されるも、同作は98年に劇場公開された。2001年に続編の『A2』を公開し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞・市民賞を受賞。11年には綿井健陽、松林要樹、安岡卓治らとの共同監督作『311』を発表し、賛否を呼ぶ。16年に公開された『FAKE』も大きな話題に。著書に『放送禁止歌』(光文社)、『オカルト』(角川書店)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)など多数。

●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年東京都生まれ。89年にカワムラオフィス、94年に青山出版を設立。98年にはアーティストハウスを設立し、映画への出資・配給を始める。『ブレアウィッチプロジェクト』(99年)などの日本配給を手掛けた。2008年に映画配給会社「スターサンズ」を設立。韓国のインディペンデント映画『息もできない』(08年)を大ヒットさせたほか、エグゼクティブ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(12年)、企画制作を担当した『あゝ、荒野』(17年)は国内の映画賞を総なめ。新井英樹原作コミックの実写化『愛しのアイリーン』(18年)、『宮本から君へ』も過激な描写で大反響を呼んだ。

望月衣塑子記者は、なぜ“アウトサイダー”なのか? 報道の不自由さをもたらす元凶を徹底究明!

 国境なき記者団が発表する世界180カ国・地域を対象とした「報道の自由度ランキング」において、日本は2018年に続いて19年も67位と下位に低迷している。この国で報道の自由を妨げているものは、いったいなんなのか? ドキュメンタリー作家・森達也監督の『FAKE』(16年)以来となる新作ドキュメンタリー映画『i 新聞記者』が、11月15日(金)より劇場公開される。東京新聞でスクープを連発する望月衣塑子記者の取材ぶりをカメラで追ったものだ。望月記者の著書『新聞記者』(角川新書)を原案にした劇映画『新聞記者』や、助成金取り消し問題で揺れる『宮本から君へ』などの問題作を次々と放つ映画製作・配給会社「スターサンズ」の河村光庸プロデューサーと森監督が対談。安倍政権すらも動かしている「ラスボス」の正体に言及した、スリリングな1時間となった。

***

――『A』(97年)と『A2』(01年)ではオウム真理教の信者たち、『FAKE』ではゴーストライター騒ぎの渦中にあった佐村河内守氏、そして『i 新聞記者』では望月記者。森監督のドキュメンタリー映画は、どれも世間からバッシングされている人たちが被写体となっています。

 誤解されているようだけど、僕は受け身です。いつも自分から被写体を選んでいるわけではないんです。『A』は僕がテレビのディレクターをやっていた頃です。当時のテレビはオウム一色で、オウム以外は取り上げることができなかった。だから仕方なくオウムの取材を始めた。でも、結果的に僕はその作品が原因でテレビの世界から排除され、映画として公開することになった。『FAKE』のきっかけは、出版社から佐村河内さんを題材に本を書かないかと打診されたことです。いったんは「興味ないです」と断ったんですが、「本人に一度会ってくれ」と何度も頼まれて会ったところ、「これは本ではなく、映像にすべきだ」と思ったことが始まりでした。今回は2年くらい前に、河村さんから望月さんの著書を原案にした映画を撮らないかと声を掛けられたことが始まりです。結果として、望月さんのドキュメンタリーを撮ることになった。自分から能動的に動いているわけではない。まぁでも、被写体に興味が湧いてくる部分が、きっと自分の中にあるんでしょうね。

――菅義偉官房長官との会見でのやりとりで有名になった望月記者ですが、『i 新聞記者』は望月記者を追うと同時に、記者クラブの閉鎖性が浮かび上がってきます。

河村 記者クラブを題材にしようというのは、最初から考えていたものではありません。望月記者を森監督が追っているうちに浮かび上がってきたものです。望月記者と菅官房長官とが攻防を繰り広げる中で、記者クラブの在り方が素材として現われてきた。取材を進める中で、テーマが明確になっていく。これが森監督の撮るドキュメンタリーの真骨頂でしょう。

 望月さんと菅官房長官との記者会見でのやりとりが激しいものになっていたので、当然その様子を自分のカメラで撮ろうとしたんですが、官邸記者クラブに所属していないから、会見の取材どころか官邸に入ることすらできない。ハードルはとても高い。まず官邸の承認を得なくてはいけないんですが、その承認を得るためには、記者としての実績を証明することが必要。仮に官邸が承認しても、記者クラブに加盟している新聞社全社の了解を得なくてはいけない。まさに“ミッション・インポッシブル” でした。結局はカットしたけれど、隠しカメラとかいろいろ考えたんです。

――河村プロデューサーには、途中経過の報告などはあったんでしょうか?

河村 私のところには取材経過はほとんど伝わってこなかったし、こちらからも途中で口を挟むことはしませんでした。題名に『i』とついている意味すら、私は知らなかった。森監督からは「望月衣塑子の頭文字です」とか言われていたんです。完成した映画を観て、森監督が記者クラブとせめぎ合っていたことを知り、『i』の意味も映画の最後まで観ることで、「一人称」の「私」だとようやくわかった(笑)。

 望月さんの著書を原案に映画をつくろうという企画の段階から僕は関わり、藤井道人監督が撮った劇映画『新聞記者』とは別に、ドキュメンタリー映画を撮ることになった。河村さんがプロデューサーとして劇映画のスタッフに対して強権発動しているのも知っていました。なので、ドキュメンタリーも河村さんが撮影や編集に口を挟んでくるのかなと身構えていたのだけど、ありがたいことに僕に関しては、河村さんはほぼ放置してくれました。

河村 藤井監督の『新聞記者』だけに限らず、劇映画の場合は、いつも脚本に口を出しています。劇映画にとって、脚本はそのくらい重要です。でも、ドキュメンタリーには脚本がない。成り立ちが、まったく異なります。

 ドキュメンタリーは現実に規定されます。だから、ドキュメンタリーでゴジラや地底人を撮ることはできないけれど、劇映画なら撮ることができる。ならば、劇映画は自由なのか? 実はそうではない。脚本を書かねばならないから、自分のイメージに規定されます。現実は、時として自分のイメージを超えたり壊したりしてくれる。まさかと思うことが現実に起きてしまう。撮りながら、現実に翻弄されます。これはドラマにはない醍醐味です。

 

――望月記者は東京新聞社会部の記者であり、全国紙の政治部記者たちが詰める官邸の記者クラブではアウトサイダー。それゆえに菅官房長官に対して食い下がることができるものの、記者クラブでは浮いた存在となっている。

 それは確かですね。やっぱり感じるのは望月さんのメンタルの強さです。でも映画を観ればわかるけれど、決して強いだけの女性ではない。ならばなぜ彼女は、会見の場でこれほどに強いのか? 政治権力やほかの記者たちの冷たい視線に屈さないのか? それはこの映画のテーマにつながる部分です。

――東京新聞以外の他社の記者たちを取材しようとは、森監督は考えなかったんでしょうか?

 まったく考えませんでした。他社の記者も取材したほうがよかったと思いますか? だってほかの記者たちがどんなリアクションするのか、想像つくでしょう。『FAKE』のときも、佐村河内さんだけを密着取材するのではなく、ゴーストライターを務めた新垣隆さんやスクープ記事を書いた神山典士さんをもっと取材するべきだと言われましたが、僕にはその気がまるで起きませんでした。興味が湧かないのならカメラは向けません。

――『i 新聞記者』もそうですが、森監督は著書『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)や『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)でも、一人称単数で語ることの大切さを主張していますね。

 当たり前のことだと思うけれど、「考える」という述語の主語は、「私」や「僕」などの一人称単数です。「我々」ではない。「怒る」「笑う」「泣く」。ぜんぶ一人称単数です。テレビ番組でも、よくありますよね。「我々は、現場に飛んだ……」みたいなナレーション。「我々」ではなくディレクターの「私」でいいはずだと、ずっと思っていました。主語は大切です。なぜなら述語が変わる。さらにジャーナリズムにおいて最も大切な現場性は、主語は一人称単数にすることで発動するはずです。「我々」など曖昧な複数、あるいは自らが帰属する社や局などの組織を主語にするのなら、視聴率や部数などの市場原理、スポンサーの意向、組織の立場や政権との関係、リスクヘッジや社内規定など、現場にとって余計な要素がより大きな障害となってしまう。

河村 望月記者だけが日本では注目を集めているけれど、会見の場で突っ込んで質問するのは海外では普通のことですし、その質問にきちんと答えるのも当然のこと。日本のジャーナリズムの現場では、当たり前のことがなされていないんです。でも、誰もこの問題には触れようとはしない。誰もやらないから、私が映画をつくろうと考え、そして森監督に呼び掛けた。それだけのことなんです。忖度し、同調圧力化し、萎縮してしまっている社会が怖いんです。「私」はどうするべきか考えてほしいし、もっと多くの「私」が現われてほしい。

(後編へ続く/取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)

『i 新聞記者』
監督/森達也 企画・製作・エグゼクティブ・プロデューサー/河村光庸
出演/望月衣塑子
配給/スターサンズ 11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2019 「i −新聞記者ドキュメント−」製作委員会
https://i-shimbunkisha.jp

●森達也(もり・たつや)
1956年広島県生まれ。92年にテレビドキュメンタリー『ミゼットプロレス伝説 小さな巨人たち』でディレクターデビュー。テレビドキュメンタリーとしてオウム真理教の信者たちを取材した『A』は、所属していた制作会社から契約解除を通告され、1998年に劇場公開された。2001年に『A2』を公開し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年には綿井健陽、松林要樹、安岡卓治らとの共同監督作『311』を発表し、賛否を呼ぶ。2016年に公開された『FAKE』も大きな話題に。著書に『放送禁止歌』(光文社)、『オカルト』(角川書店)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)など多数。

●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年東京都生まれ。89年にカワムラオフィス、94年に青山出版を設立。98年にはアーティスト・ハウスを設立し、映画への出資・配給を始める。『ブレアウィッチプロジェクト』(99年)などの日本配給を手掛けた。2008年に映画配給会社「スターサンズ」を設立。韓国のインディペンデント映画『息もできない』(08年)を大ヒットさせた他、エグゼクティブ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(11年)、企画制作を担当した『あゝ、荒野』(16年)は国内の映画賞を総なめ。新井英樹原作コミックの実写化『愛しのアイリーン』(18年)、『宮本から君へ』も過激な描写で大反響を呼んだ。

望月衣塑子記者は、なぜ“アウトサイダー”なのか? 報道の不自由さをもたらす元凶を徹底究明!

 国境なき記者団が発表する世界180カ国・地域を対象とした「報道の自由度ランキング」において、日本は2018年に続いて19年も67位と下位に低迷している。この国で報道の自由を妨げているものは、いったいなんなのか? ドキュメンタリー作家・森達也監督の『FAKE』(16年)以来となる新作ドキュメンタリー映画『i 新聞記者』が、11月15日(金)より劇場公開される。東京新聞でスクープを連発する望月衣塑子記者の取材ぶりをカメラで追ったものだ。望月記者の著書『新聞記者』(角川新書)を原案にした劇映画『新聞記者』や、助成金取り消し問題で揺れる『宮本から君へ』などの問題作を次々と放つ映画製作・配給会社「スターサンズ」の河村光庸プロデューサーと森監督が対談。安倍政権すらも動かしている「ラスボス」の正体に言及した、スリリングな1時間となった。

***

――『A』(97年)と『A2』(01年)ではオウム真理教の信者たち、『FAKE』ではゴーストライター騒ぎの渦中にあった佐村河内守氏、そして『i 新聞記者』では望月記者。森監督のドキュメンタリー映画は、どれも世間からバッシングされている人たちが被写体となっています。

 誤解されているようだけど、僕は受け身です。いつも自分から被写体を選んでいるわけではないんです。『A』は僕がテレビのディレクターをやっていた頃です。当時のテレビはオウム一色で、オウム以外は取り上げることができなかった。だから仕方なくオウムの取材を始めた。でも、結果的に僕はその作品が原因でテレビの世界から排除され、映画として公開することになった。『FAKE』のきっかけは、出版社から佐村河内さんを題材に本を書かないかと打診されたことです。いったんは「興味ないです」と断ったんですが、「本人に一度会ってくれ」と何度も頼まれて会ったところ、「これは本ではなく、映像にすべきだ」と思ったことが始まりでした。今回は2年くらい前に、河村さんから望月さんの著書を原案にした映画を撮らないかと声を掛けられたことが始まりです。結果として、望月さんのドキュメンタリーを撮ることになった。自分から能動的に動いているわけではない。まぁでも、被写体に興味が湧いてくる部分が、きっと自分の中にあるんでしょうね。

――菅義偉官房長官との会見でのやりとりで有名になった望月記者ですが、『i 新聞記者』は望月記者を追うと同時に、記者クラブの閉鎖性が浮かび上がってきます。

河村 記者クラブを題材にしようというのは、最初から考えていたものではありません。望月記者を森監督が追っているうちに浮かび上がってきたものです。望月記者と菅官房長官とが攻防を繰り広げる中で、記者クラブの在り方が素材として現われてきた。取材を進める中で、テーマが明確になっていく。これが森監督の撮るドキュメンタリーの真骨頂でしょう。

 望月さんと菅官房長官との記者会見でのやりとりが激しいものになっていたので、当然その様子を自分のカメラで撮ろうとしたんですが、官邸記者クラブに所属していないから、会見の取材どころか官邸に入ることすらできない。ハードルはとても高い。まず官邸の承認を得なくてはいけないんですが、その承認を得るためには、記者としての実績を証明することが必要。仮に官邸が承認しても、記者クラブに加盟している新聞社全社の了解を得なくてはいけない。まさに“ミッション・インポッシブル” でした。結局はカットしたけれど、隠しカメラとかいろいろ考えたんです。

――河村プロデューサーには、途中経過の報告などはあったんでしょうか?

河村 私のところには取材経過はほとんど伝わってこなかったし、こちらからも途中で口を挟むことはしませんでした。題名に『i』とついている意味すら、私は知らなかった。森監督からは「望月衣塑子の頭文字です」とか言われていたんです。完成した映画を観て、森監督が記者クラブとせめぎ合っていたことを知り、『i』の意味も映画の最後まで観ることで、「一人称」の「私」だとようやくわかった(笑)。

 望月さんの著書を原案に映画をつくろうという企画の段階から僕は関わり、藤井道人監督が撮った劇映画『新聞記者』とは別に、ドキュメンタリー映画を撮ることになった。河村さんがプロデューサーとして劇映画のスタッフに対して強権発動しているのも知っていました。なので、ドキュメンタリーも河村さんが撮影や編集に口を挟んでくるのかなと身構えていたのだけど、ありがたいことに僕に関しては、河村さんはほぼ放置してくれました。

河村 藤井監督の『新聞記者』だけに限らず、劇映画の場合は、いつも脚本に口を出しています。劇映画にとって、脚本はそのくらい重要です。でも、ドキュメンタリーには脚本がない。成り立ちが、まったく異なります。

 ドキュメンタリーは現実に規定されます。だから、ドキュメンタリーでゴジラや地底人を撮ることはできないけれど、劇映画なら撮ることができる。ならば、劇映画は自由なのか? 実はそうではない。脚本を書かねばならないから、自分のイメージに規定されます。現実は、時として自分のイメージを超えたり壊したりしてくれる。まさかと思うことが現実に起きてしまう。撮りながら、現実に翻弄されます。これはドラマにはない醍醐味です。

 

――望月記者は東京新聞社会部の記者であり、全国紙の政治部記者たちが詰める官邸の記者クラブではアウトサイダー。それゆえに菅官房長官に対して食い下がることができるものの、記者クラブでは浮いた存在となっている。

 それは確かですね。やっぱり感じるのは望月さんのメンタルの強さです。でも映画を観ればわかるけれど、決して強いだけの女性ではない。ならばなぜ彼女は、会見の場でこれほどに強いのか? 政治権力やほかの記者たちの冷たい視線に屈さないのか? それはこの映画のテーマにつながる部分です。

――東京新聞以外の他社の記者たちを取材しようとは、森監督は考えなかったんでしょうか?

 まったく考えませんでした。他社の記者も取材したほうがよかったと思いますか? だってほかの記者たちがどんなリアクションするのか、想像つくでしょう。『FAKE』のときも、佐村河内さんだけを密着取材するのではなく、ゴーストライターを務めた新垣隆さんやスクープ記事を書いた神山典士さんをもっと取材するべきだと言われましたが、僕にはその気がまるで起きませんでした。興味が湧かないのならカメラは向けません。

――『i 新聞記者』もそうですが、森監督は著書『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)や『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)でも、一人称単数で語ることの大切さを主張していますね。

 当たり前のことだと思うけれど、「考える」という述語の主語は、「私」や「僕」などの一人称単数です。「我々」ではない。「怒る」「笑う」「泣く」。ぜんぶ一人称単数です。テレビ番組でも、よくありますよね。「我々は、現場に飛んだ……」みたいなナレーション。「我々」ではなくディレクターの「私」でいいはずだと、ずっと思っていました。主語は大切です。なぜなら述語が変わる。さらにジャーナリズムにおいて最も大切な現場性は、主語は一人称単数にすることで発動するはずです。「我々」など曖昧な複数、あるいは自らが帰属する社や局などの組織を主語にするのなら、視聴率や部数などの市場原理、スポンサーの意向、組織の立場や政権との関係、リスクヘッジや社内規定など、現場にとって余計な要素がより大きな障害となってしまう。

河村 望月記者だけが日本では注目を集めているけれど、会見の場で突っ込んで質問するのは海外では普通のことですし、その質問にきちんと答えるのも当然のこと。日本のジャーナリズムの現場では、当たり前のことがなされていないんです。でも、誰もこの問題には触れようとはしない。誰もやらないから、私が映画をつくろうと考え、そして森監督に呼び掛けた。それだけのことなんです。忖度し、同調圧力化し、萎縮してしまっている社会が怖いんです。「私」はどうするべきか考えてほしいし、もっと多くの「私」が現われてほしい。

(後編へ続く/取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)

『i 新聞記者』
監督/森達也 企画・製作・エグゼクティブ・プロデューサー/河村光庸
出演/望月衣塑子
配給/スターサンズ 11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2019 「i −新聞記者ドキュメント−」製作委員会
https://i-shimbunkisha.jp

●森達也(もり・たつや)
1956年広島県生まれ。92年にテレビドキュメンタリー『ミゼットプロレス伝説 小さな巨人たち』でディレクターデビュー。テレビドキュメンタリーとしてオウム真理教の信者たちを取材した『A』は、所属していた制作会社から契約解除を通告され、1998年に劇場公開された。2001年に『A2』を公開し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年には綿井健陽、松林要樹、安岡卓治らとの共同監督作『311』を発表し、賛否を呼ぶ。2016年に公開された『FAKE』も大きな話題に。著書に『放送禁止歌』(光文社)、『オカルト』(角川書店)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)など多数。

●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年東京都生まれ。89年にカワムラオフィス、94年に青山出版を設立。98年にはアーティスト・ハウスを設立し、映画への出資・配給を始める。『ブレアウィッチプロジェクト』(99年)などの日本配給を手掛けた。2008年に映画配給会社「スターサンズ」を設立。韓国のインディペンデント映画『息もできない』(08年)を大ヒットさせた他、エグゼクティブ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(11年)、企画制作を担当した『あゝ、荒野』(16年)は国内の映画賞を総なめ。新井英樹原作コミックの実写化『愛しのアイリーン』(18年)、『宮本から君へ』も過激な描写で大反響を呼んだ。

「人は信じたいものしか信じない」山口連続殺人放火事件に見る、限界集落とSNSの共通点

 2013年7月21日、山口県周南市の限界集落で起きた連続殺人放火事件。集落の住人だった当時63歳の男が近隣に住む高齢者5人を殺害し、被害者宅を放火するという忌まわしい事件は「現代の八つ墓村」などと騒がれ、「犯人の男は村八分にされていた」などといった噂がネット上でまことしやかに語られた。事件から6年がたった今年8月、最高裁で男の死刑が確定したが、男は妄想性障害が進行しており、その動機についてはもはややぶの中だ。

 そんな事件の真相に迫ったルポ『つけびの村』(晶文社)が話題になっている。ノンフィクションライターの高橋ユキ氏は複数回にわたって現地取材を行うも、掲載媒体が見つからず、“最後の手段”とnoteで有料記事としてアップしたところ大反響を呼び、大幅な加筆を加えて出版された。「事件ノンフィクションの定型」とは一線を画す手法で、高橋氏がたどり着いた事件の真相とは――。

***

――今年9月に刊行された『つけびの村』が扱っている山口連続殺人放火事件は、2013年に起きた事件です。本書によれば、高橋さんが取材を始めたのは17年とのことですが、なぜこの時期だったんでしょうか?

高橋 ある月刊誌からの依頼で最初の取材をしたんですが、特に何かがあったタイミングではなかったですね。本にも書いた通り、くだんの集落では戦中まで「夜這い」があったという話が別の媒体で記事になって、それについてちょっと取材に行ってきてくれ、と。ずいぶん不思議な時期に依頼が来るものだな、と思いました。

――夜這いの風習があったことが今回の事件の因縁につながっている、という話ですよね。正直、わりと眉唾な話に聞こえると思うのですが、それを元に現地に取材に行くというのがまずすごいな、と。

高橋 さすがに月刊誌でも珍しい依頼だと思います。戦中に夜這いがあったかどうかの証言を今さら取ってくるって、かなり難しいですからね。その頃、思春期だった方ももう亡くなっているかもしれないですし。だから「これは空振りに終わるんだろうな」と思いながら取材に行きました。

――結局、その月刊誌では掲載できなくて実話誌に載せてもらったということでしたが、取材費は月刊誌のほうから出たんですか?

高橋 そうですね。それはありがたかったです。どんどん休刊になっていますが、事件モノをやるには、月刊誌の存在はすごく大切でした。大きいテーマで継続的に取材をして、自分なりに結論をつけて最終的に本にするという流れが立ち行かなくなっていると感じます。

――犯人がつかまって裁判にまで至っている、世間的にはひとまず「終わった」事件を追いかけるのも、ネットメディアではなかなかやれないことだと思いました。

高橋 私も普段、ネットメディアで事件モノを書かせてもらうときは、判決があったり控訴・上告があったりしたタイミングで編集さんに話をします。それくらいしか書けるチャンスがないんですね。この事件は今年7月に最高裁で判決があったので、個人的にはやっと一区切りがついたタイミングだったかな、と。

――本書の結末も、最高裁の死刑判決について高橋さん自身が考え続けるところで終わります。保見光成 (ほみ・こうせい)死刑囚は妄想性障害と判断されていて、妄想の世界を生きている人に贖罪は可能なのか、というしこりを感じていることが率直に書かれていて、これは裁判傍聴を続けてきた高橋さんならではじゃないかと思いました。

高橋 個人的に「どうなんだろうな」と思っていることを書きました。解釈はさまざまにあって、「妄想性障害であっても完全責任能力が認定されたんだから死刑になるのが当然だ」と思う人もいれば、「この状態で死刑にするのは人権的にどうなのか」と思う人もいるので、読んだ人にも考えてもらえるといいな、と。今でもまだ自分の考えはまとまっていないですね。本にも書いた通り、私は当事者でもないし遺族でもないので、どうあるのが一番いいのかはまだわかりません。

――その「当事者でもないし遺族でもない」というところで終わるのが、この本のすごいところだと思います。あとがきで「いま、普通の“事件ノンフィクション”には、一種の定型が出来上がってしまったように感じている」と書かれていましたよね。事件に至った経緯、周辺情報、遺族、本人への取材を経て結論を出して、事件が内包する社会問題を提示する――という。

高橋 売れる本はどこが読者を惹きつけているか知りたくて、Amazonで殺人関連のノンフィクションをランキング上位から順に買って読んだんですが、そういうパターンが多いかな、と感じます。もちろん、私はそうしたノンフィクションも好きです。でも、読者として読んでいて「これはさすがに想像じゃないか?」「ちょっとついていけないかも」と複雑な思いを抱くときもあったので、定型をあまり意識しないで書いてみようと思いました。

――とはいえ最初は、そのスタンダードなスタイルにはめ込むように取材を重ねていた、とも書かれていました。

高橋 そうなんです。最後に本人から「私は本当はこういう動機で罪を犯しました」という話を聞き出して、それをクライマックスにして結論を出すという構成を考えていたんですが、取材をする中で、村の「噂」がかなり興味深いと感じたことと、面会した保見死刑囚は妄想性障害が相当進行していて事件の動機を語れない印象だったことで、その構成は頓挫しました。困ったんですが、それなら「噂」をテーマにしたノンフィクションはあまり見たことがないからそっちを中心にしよう、と切り替えました。

――「コープの寄り合い」で生まれていた噂の中身に迫っていくところは、特に引き込まれました。でもその後、後半では一転して村のお祭りの話が続きます。あの構成には、どういった意図があったのですか?

高橋 お祭りの話、長かったですよね、すみません(笑)。最初に原稿をnoteで公開したとき、「異様な村」「怖い村」ととらえている反応が多くて、それがちょっとひっかかったんです。確かに事件は起きたけど、同じように噂話ばかりしている集落は全国でほかにもあるはずで、私が住んでいた地元もそうでした。かつてはこの村も栄えていたときがあって、いろんな人が住んでいて地元を愛していたんだけれど、人口が少なくなったせいで噂が娯楽としての強度をだんだん増していったんだということがわかるように、栄えていた時期のことをきちんと入れたいと思ったんです。

 それに、ネットの一部では「村八分」説(編注:犯人が村民から村八分に遭っており、嫌がらせを受けていたことが犯行理由とする説)が今も根強く残っていて、住んでいる人たちは事件で怖い目に遭ったのにそんなことを言われ続けるのは気の毒だな、という思いもかなりありました。

――一方で、住人の方々の家を訪れたり加害者のお姉さんたちのもとを訪ねたり、口が重いであろう当事者の方々を直撃されてますよね。私は経験がないのですが、直撃取材は怖くないんでしょうか?

高橋 私は週刊誌でも仕事をしているんですが、週刊誌記者ってわりと直撃が多いですよね。先輩記者には“猛者”と呼ばれるような人もいますが、みんな「ピンポンするのは気が重いな」って言うんです。私もすごく怖いです。でも、先輩記者たちが気が重いというのであれば、私も怖くて当然だ! と思ってピンポンを押しました。相手の方の生活を乱すことになるので罪悪感はあるし、冷たく対応されたら悲しいけど、当然だなと思ってしょんぼりします。普通の人と同じように怖いんですよ(笑)。

――加害者のお姉さん3人の取材はすべて断られてしまいますが、加害者側も残された人たちは大変な思いをするんだと、そのぶん強く感じました。

高橋 都会だったら事件が風化する速度は速そうですが、田舎だと「あの人は今どこそこに住んでる」「騒ぎになって逃げた」とか、みんながよく知ってるんですよね。これが当人だったらつらいだろうな、と取材をしていても思いました。

――濃淡の差はありますが、娯楽としての噂というのは、どこにでも存在しますよね。SNSで日々起こっていることもそうだといえますし。

高橋 そうなんですよね。SNS上で、会ったこともない人をすごく批判したり、何か決めつけてかかったりするのも、似たようなマインドだと思います。この事件についても、「村八分」説をいまだに強固に信じている人がすごくいて、人は信じたいものしか信じないんだな、というのは強く感じます。逆に今は「なんでこの人はここまでこの説を信じているんだろう? どんな事情があるのか?」っていうほうが、だんだん興味が湧いてきていますね。

――先ほどのノンフィクションの定型の話に通じるのかもしれませんが、わかりやすく一本筋が通って聞こえるストーリーを消費したいという感覚があるのかな、と思いました。

 かつてのノンフィクションでは、犯人が異常な事件を起こした理由を生まれ育ちに帰結させて読者を納得させている部分があったのかなと思うんですが、実際はそれだけではないですよね。保見死刑囚も、生まれや育ちは村のほかの人とさほど変わりはないんです。ただ妄想性障害がひどくなってしまったという事情がある。でも、病気であるという結論は、読者は納得しづらいと思うんです。こんなに不条理な事件が起こったのに理由は病気か、って。その感覚もよくわかるので、『つけびの村』はそこがモヤモヤする人もいるかもしれません。ほかの書き手の方だったら、別の結論のつけ方をしたのかもしれない――と、想像はめぐらせます。でもやっぱり事件の取材をすると、こういう場合もあるんだということを、きちんと出したかったんです。

(取材・文=斎藤岬)

 

●たかはし・ゆき
1974年生まれ、福岡県出身。2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人等の刑事事件を中心とした裁判傍聴記を、雑誌、書籍等に発表。現在はフリーライターとして、裁判傍聴のほか、さまざまなメディアで活躍中。著書に、『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)『霞っ子クラブの裁判傍聴入門』(宝島社)『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』(扶桑社)(以上、霞っ子クラブ名義)、『木嶋佳苗 法廷証言』(宝島社、神林広恵氏との共著)『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)ほか。Web「東洋経済オンライン」「Wezzy」「サイゾーウーマン」等にて連載中。

 

「人は信じたいものしか信じない」山口連続殺人放火事件に見る、限界集落とSNSの共通点

 2013年7月21日、山口県周南市の限界集落で起きた連続殺人放火事件。集落の住人だった当時63歳の男が近隣に住む高齢者5人を殺害し、被害者宅を放火するという忌まわしい事件は「現代の八つ墓村」などと騒がれ、「犯人の男は村八分にされていた」などといった噂がネット上でまことしやかに語られた。事件から6年がたった今年8月、最高裁で男の死刑が確定したが、男は妄想性障害が進行しており、その動機についてはもはややぶの中だ。

 そんな事件の真相に迫ったルポ『つけびの村』(晶文社)が話題になっている。ノンフィクションライターの高橋ユキ氏は複数回にわたって現地取材を行うも、掲載媒体が見つからず、“最後の手段”とnoteで有料記事としてアップしたところ大反響を呼び、大幅な加筆を加えて出版された。「事件ノンフィクションの定型」とは一線を画す手法で、高橋氏がたどり着いた事件の真相とは――。

***

――今年9月に刊行された『つけびの村』が扱っている山口連続殺人放火事件は、2013年に起きた事件です。本書によれば、高橋さんが取材を始めたのは17年とのことですが、なぜこの時期だったんでしょうか?

高橋 ある月刊誌からの依頼で最初の取材をしたんですが、特に何かがあったタイミングではなかったですね。本にも書いた通り、くだんの集落では戦中まで「夜這い」があったという話が別の媒体で記事になって、それについてちょっと取材に行ってきてくれ、と。ずいぶん不思議な時期に依頼が来るものだな、と思いました。

――夜這いの風習があったことが今回の事件の因縁につながっている、という話ですよね。正直、わりと眉唾な話に聞こえると思うのですが、それを元に現地に取材に行くというのがまずすごいな、と。

高橋 さすがに月刊誌でも珍しい依頼だと思います。戦中に夜這いがあったかどうかの証言を今さら取ってくるって、かなり難しいですからね。その頃、思春期だった方ももう亡くなっているかもしれないですし。だから「これは空振りに終わるんだろうな」と思いながら取材に行きました。

――結局、その月刊誌では掲載できなくて実話誌に載せてもらったということでしたが、取材費は月刊誌のほうから出たんですか?

高橋 そうですね。それはありがたかったです。どんどん休刊になっていますが、事件モノをやるには、月刊誌の存在はすごく大切でした。大きいテーマで継続的に取材をして、自分なりに結論をつけて最終的に本にするという流れが立ち行かなくなっていると感じます。

――犯人がつかまって裁判にまで至っている、世間的にはひとまず「終わった」事件を追いかけるのも、ネットメディアではなかなかやれないことだと思いました。

高橋 私も普段、ネットメディアで事件モノを書かせてもらうときは、判決があったり控訴・上告があったりしたタイミングで編集さんに話をします。それくらいしか書けるチャンスがないんですね。この事件は今年7月に最高裁で判決があったので、個人的にはやっと一区切りがついたタイミングだったかな、と。

――本書の結末も、最高裁の死刑判決について高橋さん自身が考え続けるところで終わります。保見光成 (ほみ・こうせい)死刑囚は妄想性障害と判断されていて、妄想の世界を生きている人に贖罪は可能なのか、というしこりを感じていることが率直に書かれていて、これは裁判傍聴を続けてきた高橋さんならではじゃないかと思いました。

高橋 個人的に「どうなんだろうな」と思っていることを書きました。解釈はさまざまにあって、「妄想性障害であっても完全責任能力が認定されたんだから死刑になるのが当然だ」と思う人もいれば、「この状態で死刑にするのは人権的にどうなのか」と思う人もいるので、読んだ人にも考えてもらえるといいな、と。今でもまだ自分の考えはまとまっていないですね。本にも書いた通り、私は当事者でもないし遺族でもないので、どうあるのが一番いいのかはまだわかりません。

――その「当事者でもないし遺族でもない」というところで終わるのが、この本のすごいところだと思います。あとがきで「いま、普通の“事件ノンフィクション”には、一種の定型が出来上がってしまったように感じている」と書かれていましたよね。事件に至った経緯、周辺情報、遺族、本人への取材を経て結論を出して、事件が内包する社会問題を提示する――という。

高橋 売れる本はどこが読者を惹きつけているか知りたくて、Amazonで殺人関連のノンフィクションをランキング上位から順に買って読んだんですが、そういうパターンが多いかな、と感じます。もちろん、私はそうしたノンフィクションも好きです。でも、読者として読んでいて「これはさすがに想像じゃないか?」「ちょっとついていけないかも」と複雑な思いを抱くときもあったので、定型をあまり意識しないで書いてみようと思いました。

――とはいえ最初は、そのスタンダードなスタイルにはめ込むように取材を重ねていた、とも書かれていました。

高橋 そうなんです。最後に本人から「私は本当はこういう動機で罪を犯しました」という話を聞き出して、それをクライマックスにして結論を出すという構成を考えていたんですが、取材をする中で、村の「噂」がかなり興味深いと感じたことと、面会した保見死刑囚は妄想性障害が相当進行していて事件の動機を語れない印象だったことで、その構成は頓挫しました。困ったんですが、それなら「噂」をテーマにしたノンフィクションはあまり見たことがないからそっちを中心にしよう、と切り替えました。

――「コープの寄り合い」で生まれていた噂の中身に迫っていくところは、特に引き込まれました。でもその後、後半では一転して村のお祭りの話が続きます。あの構成には、どういった意図があったのですか?

高橋 お祭りの話、長かったですよね、すみません(笑)。最初に原稿をnoteで公開したとき、「異様な村」「怖い村」ととらえている反応が多くて、それがちょっとひっかかったんです。確かに事件は起きたけど、同じように噂話ばかりしている集落は全国でほかにもあるはずで、私が住んでいた地元もそうでした。かつてはこの村も栄えていたときがあって、いろんな人が住んでいて地元を愛していたんだけれど、人口が少なくなったせいで噂が娯楽としての強度をだんだん増していったんだということがわかるように、栄えていた時期のことをきちんと入れたいと思ったんです。

 それに、ネットの一部では「村八分」説(編注:犯人が村民から村八分に遭っており、嫌がらせを受けていたことが犯行理由とする説)が今も根強く残っていて、住んでいる人たちは事件で怖い目に遭ったのにそんなことを言われ続けるのは気の毒だな、という思いもかなりありました。

――一方で、住人の方々の家を訪れたり加害者のお姉さんたちのもとを訪ねたり、口が重いであろう当事者の方々を直撃されてますよね。私は経験がないのですが、直撃取材は怖くないんでしょうか?

高橋 私は週刊誌でも仕事をしているんですが、週刊誌記者ってわりと直撃が多いですよね。先輩記者には“猛者”と呼ばれるような人もいますが、みんな「ピンポンするのは気が重いな」って言うんです。私もすごく怖いです。でも、先輩記者たちが気が重いというのであれば、私も怖くて当然だ! と思ってピンポンを押しました。相手の方の生活を乱すことになるので罪悪感はあるし、冷たく対応されたら悲しいけど、当然だなと思ってしょんぼりします。普通の人と同じように怖いんですよ(笑)。

――加害者のお姉さん3人の取材はすべて断られてしまいますが、加害者側も残された人たちは大変な思いをするんだと、そのぶん強く感じました。

高橋 都会だったら事件が風化する速度は速そうですが、田舎だと「あの人は今どこそこに住んでる」「騒ぎになって逃げた」とか、みんながよく知ってるんですよね。これが当人だったらつらいだろうな、と取材をしていても思いました。

――濃淡の差はありますが、娯楽としての噂というのは、どこにでも存在しますよね。SNSで日々起こっていることもそうだといえますし。

高橋 そうなんですよね。SNS上で、会ったこともない人をすごく批判したり、何か決めつけてかかったりするのも、似たようなマインドだと思います。この事件についても、「村八分」説をいまだに強固に信じている人がすごくいて、人は信じたいものしか信じないんだな、というのは強く感じます。逆に今は「なんでこの人はここまでこの説を信じているんだろう? どんな事情があるのか?」っていうほうが、だんだん興味が湧いてきていますね。

――先ほどのノンフィクションの定型の話に通じるのかもしれませんが、わかりやすく一本筋が通って聞こえるストーリーを消費したいという感覚があるのかな、と思いました。

 かつてのノンフィクションでは、犯人が異常な事件を起こした理由を生まれ育ちに帰結させて読者を納得させている部分があったのかなと思うんですが、実際はそれだけではないですよね。保見死刑囚も、生まれや育ちは村のほかの人とさほど変わりはないんです。ただ妄想性障害がひどくなってしまったという事情がある。でも、病気であるという結論は、読者は納得しづらいと思うんです。こんなに不条理な事件が起こったのに理由は病気か、って。その感覚もよくわかるので、『つけびの村』はそこがモヤモヤする人もいるかもしれません。ほかの書き手の方だったら、別の結論のつけ方をしたのかもしれない――と、想像はめぐらせます。でもやっぱり事件の取材をすると、こういう場合もあるんだということを、きちんと出したかったんです。

(取材・文=斎藤岬)

 

●たかはし・ゆき
1974年生まれ、福岡県出身。2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人等の刑事事件を中心とした裁判傍聴記を、雑誌、書籍等に発表。現在はフリーライターとして、裁判傍聴のほか、さまざまなメディアで活躍中。著書に、『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)『霞っ子クラブの裁判傍聴入門』(宝島社)『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』(扶桑社)(以上、霞っ子クラブ名義)、『木嶋佳苗 法廷証言』(宝島社、神林広恵氏との共著)『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)ほか。Web「東洋経済オンライン」「Wezzy」「サイゾーウーマン」等にて連載中。