先日発表された、世界経済フォーラムによる「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」2019年版で、過去最低の121位となった日本。なぜこの国は、女性が生きにくいのか。「女性活躍」という時代のもと、なぜ私たち女性は苦しくなっているのだろうか。
「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」の中止・再開騒動や補助金の不交付をめぐる騒動、徴用工訴訟に端を発した日韓対立など、安倍晋三首相や政権中枢、それを支える日本最大の保守団体「日本会議」の歴史修正主義が日本社会を文化的・経済的に混乱させている。安倍首相は、国会議員としてのキャリア初期から「慰安婦」問題を否定し、歴史修正主義の動きに関わり、各方面に圧力をかけてきた。その姿勢から見えてくるのは強烈なセクシズムの姿だ。だが、第二次安倍政権以降、「女性活躍」政策を打ち出しているために、その反動性が見えづらくなっている。しかし、今後国会で争点になるであろう憲法、教育、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の“改悪”を通して女性や子ども、マイノリティの権利は脅かされ、「多様性ある社会」も後退の危機に瀕することが予想される。そこで今回の特集では、安倍政権や日本会議の狙いと危険性を、項目ごとに検証する。
なぜ日本で女性運動は“後退”した?
第1回では、安倍首相が1993年に議員当選した直後から積極的に関わってきた「慰安婦」問題とフェミニズムへのバックラッシュを振り返りながら、保守派の狙いを浮き彫りにしつつ、日本における女性運動の“後退”についても考えたい。
本稿でいうバックラッシュとは、男女共同参画社会の流れを止めようとする政治・市民運動の総称を指す。女性差別撤廃条約や、国連での会議の積み重ねなどを経て、95年に北京で国連世界女性会議が開催された。こうした動きを受け、日本でも99年に男女共同参画社会基本法が成立したが、その直後から保守派の“攻撃”が始まる。国会や地方議会では、保守系議員の質問の中で、男女共同参画条例への攻撃が行われたり、男女共同参画条例制定に向けたタウンミーティングに保守派が押しかけて「フェミニズムは共産主義」などとわめいたりすることもあった。右派論壇誌などでも男女共同参画は「過激なフェミニズム」の陰謀などとして批判され、ネット上でも叩かれるなど、あらゆる手段でのフェミニズムへの反動の動きがあった。
ほかにも、都立養護学校での性教育に都議が介入した七生養護学校事件(※1)や、母子衛生研究会発行の性教育副教材『思春期のためのラブ&ボディBOOK』が、不備もないのに山谷えり子参議院議員の批判によって回収・絶版となった事件に象徴されるような性教育バックラッシュが起こった。また東京都国分寺市での上野千鶴子・東大教授(当時)の講演キャンセルや、福井県生活学習館から上野氏らの著作を含む約150冊が書棚から撤去される(※2)など、さまざまな事案が全国で起こった。
多くの事案で、日本会議系団体の動きがみられ、人脈的にも重なりが見られる。彼らの狙いは一体なんだったのか。バックラッシュについて、行政側や女性運動関係者、バックラッシャーと呼ばれる保守団体/議員側双方の聞き取りをまとめた共著『社会運動の戸惑い』(斉藤正美・荻上チキ、勁草書房)を持つ、モンタナ州立大学教員の山口智美さんに話を聞いた。
――まず初めに、安倍政権を支える「日本会議」についてご説明いただけますか。
山口智美氏(以下、山口) 日本会議は、会員4万人ほどの保守団体です。それだけでは大きな勢力ではないのですが、神社本庁や、新生佛教教団などといった宗教団体が参加しているため、裾野が広く、動員に長けていて、署名・集会活動を得意としています。共通のイシューを持っている団体というよりは、右派団体の集合体といったようなイメージでしょうか。「日本会議国会議員懇談会」には安倍首相をはじめ、現内閣の閣僚が多く名を連ねています。
※1 都立七生養護学校(現七生特別支援学校)では、知的障害を持つ子どもたちが理解しやすいように工夫を凝らした人形や歌を通じて性教育を行っていたが、03年7月に土屋敬之都議(当時)が都議会でこれを批判。後日、都議や杉並区議らと共に産経新聞の記者が同校を訪れ、教材や授業内容を非難。翌日には産経新聞が「まるでアダルト・ショップ」と記事にした。校長をはじめ大量の教員が処分されたが、一部の教員らが裁判を起こす。13年に最高裁が原告・被告双方の上告を棄却。それにより、当時の都議3人と都に計210万円の賠償を命じた一、二審判決が確定した。
※2 06年4月に「福井県生活学習館 ユー・アイふくい」の情報ルームに置かれていた図書が、男女共同参画の内容にふさわしくないと撤去されたもの。その苦情は、県が委嘱した男女共同参画推進員のひとりが申し立てたのだったが、実は彼は反フェミニズム側の統一教会(当時)関係者であり、行政制度を利用してバックラッシュを行った事例として知られる。『社会運動の戸惑い』には、彼への聞き取りも収録されている。
――バックラッシュとは、どの期間の流れを指すのでしょうか?
山口 男女共同参画行政へのバックラッシュは、99年の男女共同参画社会基本法の成立がきっかけとなり、実際に運動が起きて広がったのが00年からでした。基本法は理念が書かれたもので、これに基づいた条例が各自治体で制定されていきました。ちょうど02~05年が一番バックラッシュの激しかった時期ですね。そこで攻撃に利用されたのが、95年に東京都の外郭団体だった東京女性財団が発行したパンフレットの中で提起された「ジェンダー・フリー」という概念でした。「ジェンダーにとらわれない態度や意識」といった意味合いで使われ始め、その後、主に行政のパンフレットや講座などを通じて広がった概念でした。ですが、定義が曖昧なカタカナ語だったこともあり、2000年代に男女共同参画へのバックラッシュが本格化した際に、保守派によるバッシングの格好のターゲットになってしまいました。保守派は「ジェンダー・フリー」概念の曖昧さにつけ込んで、「性差の無視」「人間を中性化し、カタツムリ化をめざす」「ひな祭りなどの伝統を破壊する」、さらには「日本社会全体の解体」をめざす、などと解釈します。そしてそれを右派論壇で拡散し、条例制定に反対する議会質問でも活用するなどと、攻撃に利用していったのです。
そして05年には政府が第二次男女共同参画基本計画を出し、「『ジェンダー・フリー』という用語を使用して、性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる」として、「ジェンダー・フリー」という用語は国としては使用しないという趣旨の文言が入れられたことで、保守派にとっては一定の満足ができる内容になり、バックラッシュの動きが落ち着いてきます。でも、日本軍「慰安婦」問題に目を向けてみると、90年代半ばからすでに反動の動きが始まっていました。もうひとつ、96年に法制審議会から選択的夫婦別姓に関する民法改正の答申が出たことも、背景としては大きいと思います。日本会議の前身となる運動は、95年に「夫婦別姓に反対し家族の絆を守る国民委員会」を結成して、大規模な集会や署名集めなどを始めていました。
――「慰安婦」問題が一般的に表面化したのは、91年に金学順さんが「慰安婦」として初めて名乗り出たことです。これは保守派にとっても大きな衝撃だったのでしょうか?
山口 名乗り出自体には、実はそれほど大きな反発はなかったように思います。それよりも、96年に中学校用歴史教科書に「慰安婦」の記述が掲載されたことに保守の人たちは危機感を覚えたようです。同年には「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、つくる会)が生まれ、それまで保守の運動にかかわったことのない人、例えば漫画『新・ゴーマニズム宣言』(小学館)で歴史認識問題を取り上げた小林よしのりさんらが参加するなどの動きもあり、地域レベルでも保守の運動に参加したことがなかった市民が、つくる会の教科書運動に関わり始めるなど、運動の広がりを見せました。教科書採択は市町村の教育委員会が担当するため、運動も地域密着にならざるを得ない。すると各地を結ぶネットワークが生まれてきます。これが現在に至るまでの保守派の大きな流れのひとつになっています。
――「慰安婦」否定や教科書問題、男女共同参画へのバックラッシュに関わっている人物は重なり、安倍政権に近い人が多いですね。例えば八木秀次・麗澤大教授は「つくる会」から分かれた「日本教育再生機構」の理事長を務め、安倍政権のブレーンとも言われる存在。バックラッシュ当時は、統一教会(現「世界平和統一家庭連合」)系の雑誌「世界思」』(世界思想社)のインタビューで「(ジェンダー・フリーには)ポストモダン思想や新左翼の過激思想が入り込んでる」と批判的な発言をしています。また、安倍首相が推進議員連盟の会長を務めていた、「親学推進協会」会長の高橋史朗・麗澤大特任教授は、性教育や夫婦別姓、男女共同参画への批判記事を書き、「つくる会」では副会長を務めていました。さらに高橋氏は現在も「慰安婦」問題など歴史認識に関わる国内外での動きにも深く関わっています。
山口 以前、保守派の方に話を聞いたところ、歴史教科書の最初の採択運動が01年夏に失敗に終わり、彼らの中でも大きな喪失感が広がったようです。もちろん運動を離れた人もいましたが、「次は何をしようか」と目を向けたときに、よく知らない間に通っていた男女共同参画社会基本法があったと言っていました。そして、男女共同参画条例制定の動きが地域レベルでも起きてきたことで、危機感が高まりました。こうして保守派は男女共同参画の条例づくりへの反対運動を展開していったのですが、その際に教科書採択運動でできたネットワークが活用されたのだと思います。それを引っ張ってきたのが、「諸君!」(文藝春秋)や「正論」(産経新聞社)などの右派論壇や、保守系団体の機関紙などで活躍していた学者、評論家、ジャーナリストでした。
もうひとつバックラッシュの動きを後押ししたのは、インターネットです。95年に発売された「Windows 95」によってパソコン、インターネットが多くの人に普及するようになり、99年には「2ちゃんねる」などの掲示板サイトが生まれました。バックラッシュの際には、「フェミナチを監視する掲示板」などの掲示板サイトや、活動家のブログが運動を助けました。また、この頃には産経新聞や世界日報など、右派メディアの情報もネット上で手に入れやすくなっていました。2000年代半ばになると、排外主義を打ち出す「在特会」(在日特権を許さない市民の会)が生まれますが、彼らは動画やストリーミングなどを積極的に使ってきました。ネットの影響はすごく大きい。
――在特会もそうですが、保守派にとって「慰安婦」問題の否定は長年のテーマです。戦時性暴力の問題である「慰安婦」問題こそ、植民地主義やレイシズムの問題はもちろんのこと、女性の権利侵害を浮き彫りにする問題でもあります。
山口 第二次以降の安倍内閣は、「女性活躍」とか「女性が輝く社会」を打ち出しているので、フェミニズムへの反動性が見えづらいのですが、歴史を振り返ってみても、「慰安婦」問題否定の動きの裏には必ず安倍さんがいます。彼は93年に政界入りしてすぐに自民党の「歴史・検討委員会」のメンバーに名を連ねます。同会は、95年に「大東亜戦争は侵略戦争ではなかった」と主張する『大東亜戦争の総括』(展転社)という本を発売するのですが、その中にも安倍さんが出てきます。その後、97年に設立された「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(教科書議連)では事務局長を務め、同じ97年に日本会議が結成されるとその議連にも参加します。
00年には、日本軍の戦時性暴力を裁く民衆法廷「女性国際戦犯法廷」(※3)が行われましたが、法廷を取り上げたドキュメンタリー番組を制作したNHKに圧力をかけて番組を改変させている。05年には自民党内に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が設置され、その座長を務めました。そして06年に第一次安倍内閣が成立し、07年3月には「慰安婦」の強制連行はなかったという発言もしている。だからこうしてみると、彼は「慰安婦」問題とジェンダー平等、両方へのバックラッシュにずっと関わっているんですね。
※3 元「慰安婦」らが日本で起こした裁判では被害の事実認定はされるものの、国家損害賠償は認められなかったことを受け、日本軍の戦時性暴力の責任の所在を明らかにするために行われた民衆法廷(抗議活動のひとつ)。「慰安婦」だけでなく、日本軍兵士だった男性が自ら行った強姦の事実について証言した。NHKはETV特集『戦争をどう裁くか』の第2夜放送「問われる戦時性暴力」(01年1月30日放送)でこの裁判を取り上げたのだが、最も注目を集めていた昭和天皇への有罪判決についてまったく言及しないなど、不自然な構成となっていた。05年には朝日新聞が、放送前に安倍氏と故・中川昭一氏がNHK幹部に圧力をかけて番組内容を改変させたと報じた。
――行政の男女共同参画へのバックラッシュとして、山口さんが印象に残っている事例を教えてください。
山口 男女共同参画へのバックラッシュは、男女共同参画条例の制定、当時次々に建てられていた男女共同参画センターやそこで行われていた啓発活動への反対、ジェンダー平等教育や性教育、アカデミックなフェミニズムへの批判など、さまざまな側面がありました。当時の保守派は、男女共同参画やフェミニズムを、「『男らしさ、女らしさ』を完全に否定する」「マルクス主義や共産主義に基づく革命思想である」「日本を破滅に導く」など、時には荒唐無稽とも思える主張を行い、センセーショナルにフェミニズムを攻撃していました。
ただ、実際の動きとしては、02年6月に制定された山口県宇部市の男女共同参画条例作りをめぐる動きが、私は印象に残っています。それまでは男女共同参画やフェミニズムの動きにひたすら反対してきた保守派が、宇部市の男女共同参画条例では、「男らしさ、女らしさを一方的に否定することなく」「専業主婦を否定することなく」などの、性別による固定的な役割分担にとらわれないことをうたう男女共同参画社会基本法の本来の方向性と異なる内容の文言が含まれた条例を提案してきたのです。そして可決されたこの条例は、フェミニストたちに大きな衝撃を与えました。この動きの中で大きな役割を果たしていたのが、先ほども日本会議に関わる宗教団体として触れた、山口県に本部を持つ新生佛教教団系の新聞、日本時事評論でした。これ以降、保守派は男女共同参画に反対するだけでなく、自分たちの方向性に沿った内容の条例作りに関わり始め、すでにできた条例については文言の変更を要求するようになっていく、その大きな転機となったのが宇部市の条例だったのです。
ただでさえわかりづらい「男女共同参画」の中身を、保守派が主張する内容にすり替えてしまうという動きは、現在の安倍政権の男女共同参画や「女性活躍」の政策に帰結しているともいえると思います。
――ジェンダー平等に反対するだけでなく、保守派は性的マイノリティの権利向上にも反対していますね。
山口 性的マイノリティに関しては、宮崎県都城市の事案が象徴的です。同市は03年12月に、当時の岩橋辰也市長のもとで「男女共同参画社会づくり条例」を制定しました。条例の中で「男女共同参画社会」を、「性別又は性的指向にかかわらずすべての人の人権が尊重され、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もってすべての人が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」と定義しました。これは、「性別又は性的指向にかかわらず」という言葉で性的マイノリティの権利擁護を明文化した、全国で初めての条例でした。ただ成立過程を見てみると、統一教会系の世界日報が「“同性愛解放区”に向かう都城市」といった記事を出し、実際に保守派議員への働きかけも行っていました。結果、わずか1票差で条例は可決されました。しかし、04年12月の市長選で岩橋氏が落選し、新市長のもと市町村合併が行われると、「性別又は性的指向にかかわらずすべての人の人権」から「性別又は性的指向にかかわらず」をカットして「すべての人の人権」に変更されたうえで条例が再制定されました。男女共同参画へのバックラッシュの中には、LGBTなど性的マイノリティへの攻撃が含まれていたことはとても重要なのですが、フェミニズムの立場で運動をしてきた人たちの間でも、その視点が抜けるという問題を抱えてきたと思います。
――保守派による、リプロダクティブ・ヘルス/ライツへの攻撃はあったのでしょうか?
山口 リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関しては、男女共同参画へのバックラッシュよりもずっと古くから反動の動きがあります。72年の優生保護法“改悪案”(人工妊娠中絶の要件から、「経済的理由」を削除し、「障害をもつ胎児」を加えようとするなど)に向けて、宗教団体の「生長の家」が当時、大々的なキャンペーンを行っています。また、82年にも「生長の家」が、「経済的理由」を削除するという提案を再び行いました。どちらも保守派の提案は通らなかったのですが、現在の「日本会議」のリーダー層の中には当時、「生長の家」の運動に関わっていた人たちがいるというつながりがあります。また、バックラッシュの時に大きな役割を果たした統一教会でも、同性愛や両性愛を否定するというのが教義の前提にありますし、中絶は禁じられています。もともと欧米のキリスト系保守団体が同性愛に反対し、中絶の禁止をずっと訴えてきて、当時のアメリカではジョージ・W・ブッシュ政権が禁欲を性教育のベースとする動きがありました。統一教会はこうした海外の動向をきちんと見ており、禁欲性教育を日本にも取り入れようとした。
――「男らしさ、女らしさを否定しない」「専業主婦を否定しない」などの彼らの主張や中絶禁止へのこだわりを見ると、女性を家庭内ケア労働に従事させるために性別役割分業、「女性=産む性」への固執が見えてきます。
山口 女性が「産む性」であることの維持には、すごくこだわっています。性別役割分業でいえば、保守派が目指すのは、家庭や地域社会の相互互助を日本の伝統・美徳とした大平正芳内閣の提唱した「日本型福祉社会」なのです。社会保障や教育といった分野での公(おおやけ)の役割を小さくしようとする、新自由主義社会に合わせてアップデートした家制度、つまり子育てや介護の問題を社会化せずに、家族内での相互扶助の問題に終始させたいのです。そこで子育てや介護を担わされるのは、日本社会の現状を考えれば、女性になってしまうことでしょう。自民党が02年に出した改憲草案の中で、家族生活における個人の尊厳と両性の平等を定めた24条には「家族は互いに助け合わなければならない」という文言が新たに加えられています。これはまさに「日本型福祉社会」的なあり方を志向するものだといえます。
昨年、杉田水脈衆議員議員がLGBTの人たちは「生産性」がないと発言して批判を浴びましたが、その杉田議員は次世代の党に所属して いた14年に「男女平等は、絶対に実現しえない反道徳の妄想」と述べ、男女共同参画社会基本法の廃止を訴える質問を国会で行っています。また、杉田議員は「慰安婦」問題を否定する活動を繰り広げてきた人でもあります。00年代初めのバックラッシュの時代だけではなく、現在に至っても、男女共同参画やフェミニズム批判と、性的マイノリティへのバッシング、さらには「慰安婦」問題などの歴史認識問題もつながったものだということが明らかです。
――日本会議や安倍政権によって女性の権利が奪われかねないという危機感は、なかなか社会で共有されません。バックラッシュの全体像は一般的にまったく知られていませんし、日本型福祉社会への布石である24条改憲は、「自衛隊明記」「緊急事態条項」などの他の改憲項目に比べて報道量も少ないように感じます。
山口 マスコミ業界ではまだまだ男性が多く、例えば大手新聞社に勤める彼らは高給取りで、専業主婦を配偶者に持つ人たちも多いようです。彼らのジェンダー観は、実は日本会議と同じようなものなのではと思う時もあります。むしろ日本会議の人たちの方が、ある意味「素直」に本音を発しているといえるのかもしれません。一時期「日本会議」の研究本がブームとなりましたが、そうした書籍の筆者のほとんどが男性でした。それらの本では、「慰安婦」問題については教科書問題の項目で多少触れられているものもありましたが、フェミニズムへのバックラッシュについてはほとんど記載がなく、見落とされています。日本会議があれだけ熱を入れてフェミニズムへの反対運動に関わってきたにもかかわらず、これだけ無視されるのはおかしいと思います。
――改めて、バックラッシュというのは何を後退させたと思いますか?
山口 いろんなものを後退させたと思いますが、ひとつは行政の対応ですね。内容的には不十分とはいえ男女共同参画社会基本法ができて、これから男女共同参画に向けた社会を作っていこうという機運がありました。それがバックラッシュによって、行政の腰が引けてしまった。それまで市民がフェミニズムの講座を受けたりパンフレットを作ってみたり、男女共同参画センターを活動の場にしたりしていたのに、予算も減らされ、そういった運動がかなり後退しました。また、行政の講座も、男女共同参画との関連が不明なもの、例えば婚活講座などが男女共同参画の名のもとで行われるようにもなっています。今や、「男女共同参画」という名称も消えつつあり、「女性活躍」や「少子化対策」などに取って代わられてしまっています。
もう一点、重要な後退としては、第一次安倍政権のもとで、06年に政権最大の成果である教育基本法の「改正」が行われたことがあります。ここで「愛国心」教育など新たな項目が入り込んできました。愛国心教育ももちろん問題ですが、この「改正」において「家庭教育」の条項(※4)を入れられたのは非常に影響が大きかった。そして、第二次安倍政権以降は、表向き政権は経済成長戦略として「女性活躍」や、「女性が輝く社会」をうたってきましたが、実際にはフェミニズム側はやられっぱなしになっている状況だと思います。安倍政権のもとで、女性やマイノリティにとって住みやすい社会になったでしょうか? 多くの女性にとっては、仕事と家事、育児、介護などさまざまな負担を抱え込みながら、ますます生活は苦しくなり、女性の間の格差が広がっている状態にはなっていないでしょうか。同じひとり親世帯でもシングルマザーの方が貧困率が高かったり、非正規雇用の比率も女性の方が圧倒的に多かったり、男女の賃金格差も続いており、多くの女性は苦しい生活を強いられています。性教育の広がりは頓挫し、選択的夫婦別姓の導入も進んでいませんし、性暴力の加害が問われない判決も相次いでいます。さらに日本軍「慰安婦」問題の解決も程遠いどころか、政権が積極的に歴史の事実の否定に必死となり、国内のみならず海外でも、「少女像」設置などの戦時性暴力の歴史を記憶する動きに圧力をかけているという状況です。
――「南京虐殺はなかった」など意図的に事実を歪曲した主張を右派雑誌に掲載し、極端な言説で支持者を広げる歴史修正主義者の動きと、バックラッシュ当時の保守派の動きは似通っています。『社会運動の戸惑い』の中で、当時の女性運動側にいた関係者の話として、バックラッシュ側が「『条例ができると男女のトイレがいっしょになります』と何度も繰り返していたことを、『そんなことに反応するのってばかばかしい』と思っていたのに、あっという間に社会に浸透した」と振り返りつつ、「わかりやすいメッセージってものすごく浸透がはやいんです」とおっしゃっていたのが印象的でした。それを踏まえると、バックラッシュから学ぶことも多いと思います。
山口 先ほども言ったように、歴史修正主義の主張を展開する人たちと、フェミニズムへのバックラッシュに関わってきた人たちは同じなので、そのやり方にも当然共通性はあります。そして、今振り返ると、当時のフェミニズムの対抗は概ね失敗に終わったと私は思っています。バックラッシュの主張を受けた形での腰の引けた反論しかできなかった。当初は相手の主張をバカにして、まともに取り合わなかった。もちろん、小山エミさんや荻上チキさんらネット上でバックラッシュ批判の言論を展開してきた人たちはいました。さらに、フェミニズム批判の主張の中に、まともに取り上げる必要がないものが多々あるのも事実で、フェミニストがそうしたものに対して必ず議論を行わねばならないとも思いません。むしろ議論に応えるえることで、土俵に乗ってしまい、相手の問題設定に縛られてしまうという問題が発生することもあります。例えば、当時、日本女性学会がバックラッシャーの主張を批判する『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』(日本女性学会ジェンダー研究会編、明石書店)を出版しました。ですが、Q&A形式を使う中で問題のありかが、ひな祭りの是非などといった保守派が設定したものにずらされてしまい、守りに入った反論しかできなくなってしまったこともありました。
さらに、バックラッシュに対抗していく上で、フィールドワークや分析もせずに、バックラッシャーを新自由主義のもとで冷遇され、鬱憤を抱えている男性と決めつけてしまっていたのも問題でした。実際に私が会ったバックラッシャーの男性は、保守的な家庭観を持ちつつ、実は配偶者は活動的だったり、社交的だったりするケースもありましたし、フェミニズムをかなりしっかり勉強している人もいました。そして、勉強した上で、あえて効果を狙って、大げさでトンデモとも見える論を使ってフェミニズム批判をしている人もいました。男女共同参画へのバックラッシュに対抗しようとした人たちが、バックラッシュの動きが「慰安婦」問題バッシングと人脈や運動の仕方において共通点があると十分に気づけなかったことも、失敗の一因だと思います。さらに性的少数者へのバッシングも同時に起きていたのに、それに留意していたとも言い難い。私自身も含め、フェミニズム側も、バックラッシュについて誰が、どんな目的で、どんなネットワークを持っているか、彼らの主張と運動の組み立て方を冷静に分析するなど、バックラッシュ当時の対応を反省し、再検討する必要があります。
※4 新設された10条のこと。子の教育についての第一義的責任を保護者に求めている。同時に、国や自治体が家庭教育支援の名のもとに、家庭教育に介入する余地が生まれている。教育基本法の改悪や家庭条項の問題点については、次回以降取り上げる。
山口智美(やまぐち・ともみ)
モンタナ州立大学教員。専門は文化人類学、フェミニズム。アメリカにおける「慰安婦」の碑や像の設置と、それに反対する日本政府や右派団体の動向にも詳しい。共著に、『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)、『ネット右翼とは何か』(青弓社)、『エトセトラ VOL.2 特集 We Love田嶋陽子!』(エトセトラブックス)など。現在、斉藤正美と共著で『田嶋陽子論』(青土社)執筆中。



――「合掌のように、手のひらを合わせて力を入れる」と大胸筋が鍛えられてバストアップにつながると雑誌に書いてあったのですが、こちらはどうでしょう?