2019年の下半期、大きな話題を集めたドラマがある。それが、動画配信サービス「Netflix」のオリジナルドラマ『全裸監督』だ。80年代に活躍したAV監督・村西とおる氏の自伝がモチーフになった作品だが、同ドラマでは引退してかなりたつAV女優・黒木香さんの半生と当時の活躍ぶりにもスポットが当てられている。
前編では、Netflix側が黒木さんの了承を得ることなくドラマを制作したと言われており、それが世間で「人権侵害では?」と物議を醸した件について、元AV女優で文筆家の森下くるみさんと、NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士に話をお聞きしたが、後編ではお二人に、AV業界全体の問題についてうかがった。
(前編:『全裸監督』黒木香さんから考える「AV女優の人権」とは)
過去作品は自分の知らないところで販売され続ける
――森下さんは、AV女優として活動していた作品の販売停止を行いましたよね。どのような経緯から販売停止を行ったんですか。
森下くるみさん(以下、森下) 二次使用に関して、きちんとした契約がなかった時代にデビューしたので、20年近く前に撮影した作品がいつまでも使い回されていて……。直接のきっかけになったのは、コンビニで販売されていた雑誌の付録に1998年のデビュー作がついていたことですね。販売するといった連絡もなければ、いくら売れても出演者には1円も入ってこない。そんな時、二村ヒトシ監督に「いまだに私の女優時代の作品が、二次使用で売られている」と話したところ「引き下げてもらえばいい」ってアドバイスしていただいて。その後は、AV人権倫理機構が販売停止を請け負っていることを知り、ホームページからフォーマットをダウンロードして、書類を作って送付。私の場合は、メーカー2社からしか出ていないので連絡が取りやすかったのか、ネットで配信されていたものに関しては、書類を申請してから1~2カ月で削除されました。まだ販売され続けているものがあるので、引き続き声を上げていこうと思います。
伊藤和子弁護士(以下、伊藤) 販売停止に関しては、販売や配信が続く限り時効になりません。今、“自分”が困っているならば、差し止めを求めることは可能です。しかし、AV業界では1回撮影すると、いつまでどこの販売元から、どのような形態で販売され続けるのかわからないという問題も発生してきました。例えば、A社が潰れると、作品の版権がほかの会社に譲渡されて、自分が知らない間に、全然違うAV女優の名前やタイトルに差し替えられ、その作品が売られていたりするケースも。さらに、海外のサイトで無修正版を配信されたり。そうすると、なかなかその映像流出って、止められないんです。
――先ほど、「契約がなかった時代」とお話されていましたが、詳しくお聞かせください。
森下 私がデビューしたのが98年で、契約書自体を見ことがなかったんですね。メーカーと、当時所属していた事務所は契約を結んでいたはずなのに。書面の確認もできずにいきなり専属女優として活動しはじめたという(苦笑)。幸い大きなトラブルはなかったのですが、不利な状態で活動していました。監督やスタッフと信頼関係があったので、AV強要問題などで取り沙汰されているような、殴られたりとか、恫喝とかもなかったですが。
――事前説明と撮影内容が違うといったトラブルはありましたか。
森下 ありましたよ。私の場合は「それは違うんじゃないですか。聞いていないので、できません」って話して、監督と気まずい雰囲気になって、撮影を止めたことも。あとは撮影を止めたくないという気持ちが勝り、「ずいぶんハードな内容だな……」って思いながら行ったプレイもあります。長い時間を使って事前に打ち合わせをしても、現場でどうなるかわかりませんからね。つい許容範囲以上のことを受け入れてしまって、正直辛かったなってことが何度か。また、『全裸監督』でも描かれていましたが、無修正が流出したケースも聞いたことがあります。知り合いの女優さんのマスターテープが流出してしまって、モザイクのかかっていない動画がネットに上がってしまうというトラブルが起こりました。
伊藤 私が担当したケースだと、現場で「こんなシーン聞いていません。私はできない」と監督さんに伝えても、撮影を止められないという事例が多くありました。監督さんによっては、女優さんと男優さんのどちらにも暴力を振るう人もいるみたいで、泣きながら撮影したという方もいますね。過去には、現場でトラブルが起こり、警察を呼んでも取り合ってもらえなかったという話もありました。
――ギャラについて、疑問を抱いたことはありますか。
森下 メーカーから事務所にいくら支払われたのか、まったく知らされていなかったです。19歳の頃かな、マネージャーに「ギャラを上げてくれ」と申し出たら、「業界の常識でいったらそんなことできないけど、何とかしてみる」なんて言われて、ほんの少しだけ上げてもらえて、それっきりです。
伊藤 私が知っている事例では、実際に支払われたギャラが、作品の販売収益額の100分の1っていうケースもありましたよ。メーカーとプロダクションとの契約はあっても、プロダクションと女優さんとの契約はまちまちのようで。
森下 むごいですね。今は契約書必須の時代だからいいけれど、それこそ20年前、女優同士で連絡先を交換させないようにしていたプロダクションもあって、つまりギャラとか都合の悪い話が漏れないようにってこと。月に何本も撮影の入るような売れっ子の女優さんから「1本あたり数十万円くらいしかもらっていない」と聞いた時は、さすがにちょっとそれはかわいそうだ……って思いました。「事務所を辞めなよ」とは言えなかったですが。
――AV女優同士の関係の希薄さが、連帯を生みにくくし、権利や訴えを起こしにくくしているんですかね。
森下 いや、単純にみんな「業界ってそんなもの論」を飲みこんじゃってたんじゃないかなって。「お金のことは言ったら悪いかな」っていう人間関係ができていたような気もします。会社(AVメーカー)があって、自分(AV女優)もいる、自分がいるから会社も潤うみたいな、依存ではないですが、お互いに共存している部分が大きかったのかもしれない。私も基本的には自分のために頑張っていたけど、女優として活動することで、会社やスタッフに還元できればいいなとは思っていましたし。
AV女優を守るためには
――伊藤弁護士がAV強要問題に取り組んでいく中で、業界の雰囲気に変化はありましたか?
伊藤 最初に調査報告書を公表した時には、「そういう事例はありません」みたいな風潮でしたね。活動を始めて数カ月たってから、強要の被害を訴える女性や、ギャラの問題、二次使用の問題など声が内部から上がってきました。二次使用についてもギャラが支払われるようになったり、前進している部分もあると思います
――改善すべき点は、どういう部分でしょうか。
伊藤 性行為をするので肉体的負担があります。にもかかわらず、性病の検査は、女優持ち。危険な撮影でも、保険に入っていないというような労働環境なんです。そのような労働環境についての問題はまだまだありますね。
森下 強要問題をきっかけに、AV業界の外にいる人たちによって、ようやく業界内の規則ができたという経緯があるので、この先、放っておいても特に何も変わらないと思うんですね。監督や女優さんが個人で性病検査なりを受けても、認知の限界がある。プロダクションだけでなく、大手メーカーなどにも“自発的な”対策を考えてほしいところです。その方が、一般社会や業界内部、お客さんにまで影響を広げられると思うので。
――元AV女優という立場から、AV業界を改善していくとすればどのような活動を行いますか。
森下 完全引退して10年くらいたっているので、今の現場や女優さんの状況についてはまったくわからないし、活動を行う予定もありません。ただ、現状のAV女優さんを知った上でなら、現場でのトラブル対策とか、引退後の生活のこととか、何でもアドバイスはできると思います。AV女優は今や何千人もいて、ギャラが数万円の人から数百万の人までさまざまです。中でも、「後悔してるけど誰にも相談できなくて苦しい」という方のお話は聞いてあげたくて。そういうのはメーカーや事務所は何もしてくれないから、いたたまれないですよ。
――現在のAV業界を見たとき、どのように感じていますか。
伊藤 AV強要問題については、前進はしている部分もあると思っています。でもそれが、AV女優さんの抱える問題の全体の10%なのか、30%なのか、全てを把握できてないんです。そういったことも含めて、業界は真摯に考えていってほしい。女優さんも横のつながりが分断されているようなので、森下さんみたいな人に声を上げていただけると、困っている人を励ますことにもなるので、そういうのが大事だと思います。
伊藤和子(いとう・かずこ)
弁護士 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
1994年弁護士登録。女性や子どもの権利、えん罪事件、環境訴訟など、国内外の人権問題に関わって活動している。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。06年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外の深刻な人権問題の解決を求め活動中。また、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々奔走している。近著に『なぜ、それが無罪なのか 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)ミモザの森法律事務所(東京)代表
森下くるみ(もりした・くるみ)
文筆家 1980年秋田県生まれ。『小説現代』(講談社)2008年2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。初の著作『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)は2012年に映画化、2018年に電子書籍としてkindle singlesで発売。他の著書に『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。現在は季刊誌『東京荒野』で育児考察を、dancyu webでは食について連載中。執筆は映画誌への寄稿や書評まで多岐にわたる。
生理前に、心身の不調に悩む女性は少なくない。胸が張る、過度の眠気、肌荒れ、食欲が増す、便秘、集中力低下、イライラする、無気力感といった症状をもたらす「PMS(月経前症候群)」はよく知られているが、PMSより精神的症状の深刻度合いが大きいとされる「PMDD(月経前不快気分障害)」という疾患をご存じだろうか。 PMSと比較して認知度が低く、またPMSと勘違いされることもよくあるというPMDD。そこで今回、その実態を探るべく『月経の前だけうつ病になってしまう女性たち―PMDD(月経前不快気分障害)を治す』(講談社)『月経前不快気分障害(PMDD)』(星和書店)などの著者である東北医科薬科大学・山田和男病院教授に、PMDDの症状や治療法についてうかがった。